企業に持ち込まれる余剰資金運用案件について、出資の方向で話が進んでいくと、時折、契約相手として、BVI(ブリティッシュ・バージン・アイランド)やらケイマン諸島に籍を置く、LLCやらLLPといった名称の、なんだかよくわからない法人が登場します。
状況としては、案件を持ち込む金融マン(たいていは、いい大学を出て、バカ高いスーツを着て、バカ高い靴を履いて、バカ高いネクタイをクビからぶら下げて、堂々としているが物腰が柔らかく、話し方がジェントルな、エリート然とした金融マン )は、タックスヘイブンがどったらこったら、登録規制や開示規制がどったらこったら、ヘッジファンドとして活動するにはオフショア環境が最適云々と長々しい割に、理解困難な話をします。
上記説明をどこまで理解しているかどうかわかりませんが、その結果、企業や団体の資金管理責任者は、この
「ファンド」
に結構な大金を注ぎ込まことになります。
この
「ファンド」
の組織形態が、LLCとかLLPと呼ばれるものであることが多いのです。
もちろん、うまく運用されて、たくさんの利息やら配当やらがくっついて、大きく成長して戻ってくればいいのですが、たまに、預けたお金が雲散霧消して、大きな事件やトラブルに発展します。
代表的な事件としては、
「AIJ投資顧問事件」
で、運送会社や建設会社、電気工事会社など中小企業の厚生年金基金を高利回りで運用するなどと称し、2011年9月末時点で、124の企業年金(アドバンテストや安川電機といった大企業の企業年金も含まれていたようです)から1984億円の資産の運用を受託していましたが。
しかし、実際は、2003年に年金の運用を開始した時点で預かった資金の半分を失っており、2008年には損失が500億円にまで膨れ上がり、その後は、粉飾決算して、損失を隠し続けて資金集めをしていました。
結局、関係者は詐欺で告訴され、投資顧問会社も子会社の証券会社も破産し、預けたお金は消失しました。
このとき、顧客への説明として
「ケイマン籍の子会社を通じ日経225オプションの売り戦略を主力としている」
とのセールストークでだったようです。
この
「ケイマン籍の子会社」
の実体や背景等については、当初、年金基金の代理人や破産管財人も回収を企図して相当調査したものと思われますが、その後も具体的な回収成果については報道もなく、最終的に7%程度になったと言われる債権者配当割合等を考えると、雲散霧消してしまったと思われます。
「ケイマン籍の子会社」
は、千数百億円もの金銭を預かっていたようですが、こんな無責任なことをやって、タダで済むものなのでしょうか。
担当者とか責任者とかそういった関係者が出てきて説明してもよさそうですが、事件としては、
「消失」「消えた」
と、なんとも頼りない結末になっているようです。
お金がドライアイスのように
「消える」
わけはないのであって、バクチで消えたのか、盗んだのか、飲んだり食ったりして使ったのか(1千億円以上も飲み食いしたら痛風を発症するかもしれず、生命や健康をリスクにさらす行為ですが、できなくはありません)、ミサイルを買ったりロケットを飛ばしたりといった尋常じゃない無駄遣いをしたのか等、何らかの背景事実が存在するはずです。加えて、盗むといっても、現金でもっていくとしたら、1400億円だと、1万円札で14トンになりますし、ドルでもそのレベルのボリューム感なので、まずあり得ないので、おそらく、振込送金をしているはずで、振込送金をたどっていけば、お金の流れは相当程度解明できるはずです。
ですが、
「消失」
というのは、なんとも不可解で、納得できない説明であり、逆に言えば、
「カネを預けた先の民間企業相手に債権者や利害関係人として調査を求める」
という非常に当たり前なことを要求しただけにもかかわらず、ものすごい障害に遭遇し、事実上断念したのであろう、と推測されるところです。
ただ、これは構造上、当初から想定されているリスクが実現しただけ、とも言えます。
これは、LLCとかLLPという横文字の本質的意味を読み解けば簡単に説明できる話です。
LLCとは、Limited Liability Corporation(有限責任会社)の略であり、LLPとはLimite Liability Partnership(有限責任組合)の略です。
両者に共通する、このLimited Liability(有限責任)、響きとしてはなんだかカッコいいし、日本語の
「有限責任」
という言葉ないし概念も、かつて存在して聞き覚えのある
「有限会社」
等の言葉としては、ある程度馴染みのあるもので、それなりの、しっかりとした責任をイメージさせてくれます。
しかし、このLimited Liability(有限責任)とは、
「しっかりとした責任」
とは全く逆の実体を内包する概念であり、Limited Liability Corporation なりLimite Liability Partnership が、どれだけ関係者に迷惑をかけ損害を被らせようが、法人ないし組合の出資者は、出資した金額がなくなるだけで、それ以上一切の責任を負わない、という意味です。
とはいえ、1千数百億円もの金銭を預かるわけですから、さぞデッカイ出資金があって、会社の構えも立派で、従業員が何百人も働いているイメージを彷彿とさせてくれそうですが、実際は、資本金ないし出資金は1$とかそのくらいで、会社のオフィスはなく、従業員はおらず、私書箱の中でのみ存在する、ペーパーカンパニーというか幽霊法人がほとんどです。
Limited Liability Corporation なりLimite Liability Partnershipに出資したオーナーがやってきて
「今回の事件ではいろいろご迷惑をおけけしました。いろいろ紆余曲折あってお預かりした大事な1千数百億円(※1千数百円ではない)を消失させてしまいました。責任を痛感し、出資金全額をもって有限責任を果たします」
といっても、資本金ないし出資金の1$を放棄するだけ。
要するに、Limited Liability(有限責任)という御大層な形容詞ですが、一般的な言葉に翻訳すると、No Liability(無責任)という意味です。
年金基金の担当者が、大事な虎の子を預けた先は、遠い遠い異国の離れ小島にある、
「No Liability Coporation(無責任会社)やNo Liability Partnership(無責任組合)」
ということです。
これを、預かった会社ないし法人から観察すると、
「どこか遠い国のお金持から、1千数百億円(※1千数百円ではない)ものお金が振り込まれて、どんなに好き勝手やってお金が全額なくなっても、弁償するのは1$」
という状況です。
この状況で、
「食い物にするな」
という方が不自然であり、無理筋でしょう。
もし、今後、
「いい大学を出て、バカ高いスーツを着て、バカ高い靴を履いて、バカ高いネクタイをクビからぶら下げて、堂々としているが物腰が柔らかく、話し方がジェントルな、エリート然とした金融マン」
がやってきて、自信満々、
「タックスヘイブンがどったらこったら、登録規制や開示規制がどったらこったら、ヘッジファンドとして活動するにはオフショア環境が最適云々」
と長々しい割に、理解困難な前置きとともに、預けただけでものすごい配当や利回りが得られるような
「よだれが5リットルくらい出る、おいしい話」
を提案してきた状況に遭遇したとしましょう。
その際、提案された資料に、Limited Liability Corporation やLimite Liability Partnershipといった言葉が出てきたときには要注意です。
こういう場合、意識の上で、この
「Limited Liability Corporation やLimite Liability Partnershipといった言葉」
は
「No Liability Coporation(無責任会社)やNo Liability Partnership(無責任組合)」
と書換え、植木等が歌う無責任一代男(古っ!)を脳内で連続再生しながら、眉毛にツバをべったりつけて、話を聞くようにした方がいいでしょう。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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