00741_モノのマネジメント(製造・調達・廃棄マネジメント)における企業法務の課題1: モノつくり環境の変化

1 かつて“世界の工場ニッポン”と呼ばれた時代

もうすでにはるか昔の“歴史の話”になってしまうのですが、日本が
「世界の工場」
と呼ばれた時代がありました。

すなわち、冷戦時代においては、日本は、
「フツーのものをフツーの値段でフツーに作れる」
という稀有な工業国家として、西側世界の生産機能の大半を引き受けていたのです。

経済はインフレーション傾向にあり、作っても作ってもモノが不足し、作ればすべてモノが売れる時代でした。

「作ったら売れる」
という環境において、日本は、ひたすら右肩上がりの成長を享受し、
「世界の工場」
の地位を築き上げたのです。

メーカー等でこの時代のことを知っている方の話を聞くと、皆さん、口を揃えて、
「昔は全員残業してフル稼働しても生産が追いつかなかった」
「人がたくさんいたし、いつも人手不足だった」
「どんどん設備を更新していたし、覚えるのが大変だった」
「たくさんの下請けを使っていたが、それでも捌き切れないほどの注文があった」
「とにかくメーカーが強くて、価格交渉もメーカー主導でできた」
など、今では信じられないようなことをおっしゃいます。

2 冷戦の終結と大競争時代の到来

しかし、その後、冷戦が終結しました。

東西が仲直りして(というより東側世界が白旗を上げて、西側世界に擦り寄ってきて)、世界に平和が訪れました。

平和になった世界では、東とか西とかにかかわらず、世界中の国の企業が、1つになった市場に向かって能率競争(価格と品質による競争)を展開するようになったのです。

そして、東欧諸国や中国が競争に参入し、圧倒的な価格競争力で
「世界の工場」
という地位を日本から奪取しにかかります。

そのころ、日本国内においては社会が成熟し、デフレ・低成長時代になり、モノ余りが顕著になっていきました。

やがて、世界中で供給過剰になり、モノが余ってだダブつき始め、低成長時代に突入する中、日本は、
「安くて便利で効率的な世界の工場」
から
「生産コストが高く、規制や言語や文化の特異性による障壁が高く、使いづらい老朽設備の工場」
というダメな国に変化していきました。

このようにして、
「フツーのものをフツーに作れる」
という工業国家ニッポンは希有でもなんでもなく、
「ビミョーなものを、イジョーな安価で作れる中国や東欧諸国や南米・アジア・アフリカの発展途上国」
に簡単に負けることを意味するようになりました。

3 環境変化への対応が求められる時代

以上のような時代の変化にともなって、日本企業は、
「フツーのものを大量に作れば、フツーに在庫が積み上がり、フツーの会社が生き残れない時代」
を迎えるようになったのです。

また、製品のライフサイクルも信じられないほど短くなりました。

どんなに斬新な商品であっても、販売直後から、世界中の企業がこぞって、さらに安くて良い物を作り出しはじめ、一瞬でコモディティ化する状況になっています。

このようにして、日本の産業界は大きな試練に直面します。

鉄鋼業界では生き残りをかけて合従連衡が頻繁に行われるようになり、自動車メーカーも日本というローカルマーケットを出て、今や完全な多国籍企業と化しています。

三洋電機はパナソニック(かつての松下電器)に吸収され影も形もなくなりました。

他方、吸収した側のパナソニックも、1929年の世界大恐慌の時ですらリストラしなかったにもかかわらず、大量のリストラを発表しています。

さらに、液晶テレビ製造で世界を席巻したシャープも、今や中国企業の子会社となりつつあります。

環境が激変する時代においては、企業は、生き残りのための変革を行い、環境適応しなければなりません。

そして、環境適応する際には、
「圧倒的なブランドやコアコンピタンス(絶対的差別化要因)を前提に、これをさらに磨き上げるか」か、
「まったく新しい考えで、まったく新しいモノを作り、まったく新しい市場に参入すること」
が求められます。

言い換えれば、ブランドもコアコンピタンスもなく、新しい事業を興すこともなく、コモディティをひたすら作り続ける企業は、倒産を余儀なくされ、市場から強制的に退場させられる、という厳しい時代が到来したのです。

4 大量生産・大量消費時代の終わり

前述のとおり、日本においては、
「インフレ経済を前提とした高度成長時代」
から
「デフレ経済を前提としたモノ余り、低成長時代」
に突入し、また、外に目を向ければ、大量かつ安価な労働力を引っさげた新興国が強力な価格競争力で日本に勝負を挑んでいる状況です。

一昔前まで日本のお家芸であった、
「大量消費(販売)を前提とした大量生産」
はまったく機能しなくなりました。

また、
「規制緩和」
という行政システムの大きな変化に伴い監督官庁の保護育成が期待できなくなり、業界同士の横のつながりも、独禁法の運用強化に伴って完全に分断されつつあります。

ここで、日本のメーカーは、大量消費を前提とした大量生産から脱却し、ユニークなデザインや、機能面で特徴を備えた、高付加価値の商品を作り、巻き返しを図ろうとします。

しかしながら、ここにも大きな壁が立ちはだかります。

5 コモディティ化とガラパゴス化

コモディティ化(commoditization)という言葉があります。

これは、
「所定の製品カテゴリー中の製品において、メーカー毎の機能差や品質差が不明瞭化し、総じて均質化していき、消費者の認識上、メーカーの特異性が認識されなくなる」
という現象です。

コモディティ化が起こると、消費者が
「より安い商品」
を求める以上、これが市場原理としてメーカー側により安い商品を投入させる圧力として働き、企業収益を圧迫することになります。

世界が単一市場化し、グローバル競争が恒常化した今日、日本のメーカーは、圧倒的なコスト競争力を有する新興国と勝負しなければならず、しかも、情報が瞬時に世界をかけめげる現代においては、機能差や品質差はあっという間に解消します。

これを敷衍すると、
「現代産業社会においては、すべての商品はコモディティ化する」
という命題が導かれます。

こういったコモディティ化回避の企業戦略としては、多機能化、高付加価値化、ブランド化といった差別化戦略がありますが、
「過剰に機能を追加したり、独自仕様を追求すればそれで問題解決」
というものでもありません。

差別化・独自化も一歩間違えると、ガラパゴス化(Galapagos Syndrome)するリスクが出てきます。

ガラパゴス化とは、進化論におけるガラパゴス諸島の生態系をもじったもので、
「孤立した環境(日本市場)における最適化が仇となって、却ってグローバル仕様との互換性を喪失し、孤立化して進化から取り残され、海外から適応性(汎用性)と生存能力(低価格)を備えた外来種が侵入してくると、たちまち駆逐され、遂には淘汰されてしまう」
という現象です。

今や
「ガラケー(ガラパゴス携帯電話)」
と一般用語化した“機能てんこ盛り”の携帯電話、一昔前の例でいいますと、パソコンの日本独自機種であるPC-9800シリーズ、さらに、カーナビ、非接触ICカード等、ガラパゴス化によって戦略優位を喪失した日本の事業分野は少なくありません。

5 価格とグローバル品質とスピード

以上を前提とすると、今後の企業としてのものつくりの方向性が見えてきます。

キーワードとしては、価格と品質とスピードです。

「能率競争、すなわち、価格と品質の両面における競争力をもたないと、製造業として生き残れない」
ということは、今更いうまでもありません。

ここで注意すべきは、
「価格」

「品質」
は、ローカルで競争力があってもダメで、グローバル市場を想定した競争力がないと生き残れない、という点です。

すなわち、今までは、価格競争力といっても国内のライバルだけを意識しておけばよかったところ、今や、中国やインドから廉価な製品がどんどん流入してきますし、品質についても、ローカルな特異性を追求していると、ガラパゴス化してしまい、ある日突然、グローバル規格に駆逐されてしまいます。

したがって、現代産業社会においては、価格も品質も、常にグローバル市場を意識することが求められます。

加えて、事業展開のスピードが絶対的に必要となります。

前述のとおり、
「すべての商品はコモディティ化する」
という現実があります。

品質において圧倒的優位性ある商品であっても、コモディティ化の脅威には勝てない以上、
「コモディティ化する前に、魅力的で高品質の商品を開発し、圧倒的スピードで提供し続ける」
ということによってしか企業は生き延びられなくなっています。

以上の要素をすべて併せ持つ理想的な企業が、iPhone、iPadで有名なアメリカのアップル社です。

かつてはソニーを模範としてきたアップルですが、グローバル市場で受け入れられる魅力的商品を提供し、かつ、価格に対する主導権を常に持ち続けて、急成長を遂げ、いつの間にかソニーを追い越し、今や、世界の産業界におけるリーダーとして君臨しています。

現在苦境にある日本のメーカーが過酷なグローバル競争を生き残るためには、アップル社の方向性(理念、哲学、戦略、戦術)に学ぶところが大きいのではないでしょうか。

初出:『筆鋒鋭利』No.060、「ポリスマガジン」誌、2012年8月号(2012年8月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.061、「ポリスマガジン」誌、2012年9月号(2012年9月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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