M&Aの成功のためには、
1 「現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収予算」と「予算内の買収を実現するためのハードな交渉」
2 PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業
3 全体的な戦略の合理性
のすべてが必要です。
しかし、これらはいずれも日本企業の“不得意中の不得意項目”といえます。
1 「現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収予算」と「予算内の買収を実現するためのハードな交渉」
M&Aは、いってみれば、買い物と同じです。
専業主婦が、大根や肉や魚を買うのと大差ありません。
とにかく、
「良い物を安く」
というのが買い物における賢い戦略です。
ところがM&Aを行うほとんどの日本企業は、賢い企業の買い方をしていません。
外資系で訓練を受けて独立した百戦錬磨のM&Aのプレーヤーがやるような
「“1万円札を3000円で買える”といった、しびれるくらい安い買い物の提案が目の前に転がっており、それを、相手の無知につけ込み、足元をみて、2000円に値切って買う」
という買い方ができる日本企業は皆無です。
買い物慣れしていいない日本企業のM&Aプレースタイルは、
「買いたい」
という強い願望が先行し、この願望が強力なバイアス(認識の歪み)となって
「価格の合理性に関する検証」
を怠らせ、
「買いたい気持ちがある以上、多少高くても、値段は安いと信じる」
といった愚劣なジャッジの末、経済合理性に反する買い物を敢行して、大損害を被る例がほとんどです。
すなわち、M&Aを行うほとんどの日本企業は、
「感情で決めて、理屈で正当化し、相手のペースに振り回され、引くに引けず、最後は意地になってどこまでも高値交渉に付き合う」
という、
「買い物では、もっともやってはいけない、愚かな購買行動」
に走るのです。
といいますか、M&Aを行う日本企業の大半は、買い物に参加する前提として、
「適正な買収価格」なるもの
を把握しておりませんし、当然ながら買収予算も冗長性があっていい加減にしか設定されておらず、さらに言うと、そもそも、マガイモノとホンモノを見分ける鑑定眼すら欠如しています。
企業に持ちかけられるM&A取引の中には、
「生きている企業」
ではなく、
「死にそうになっている企業」
の買収話もあり、これを前提としたファイナンス(DIPファイナンス)、などというという
「ちょっと聞いただけで、うまくいかなさそうな代物」
もあります。
DIPファイナンスの
「DIP(debtor in possession)」
とは、即ち経営再建中の会社、さらに具体的にいうと“実質的に倒産状態にある会社”のことをいいます。
DIP企業の買収とは、たとえていうなら、
「金持ちで若くて健康な人間」 と結婚するのではなく、
「赤貧にあえぎ、かつ今にも死にそうな病人」
との縁談話であり、DIPファイナンスとはそんな縁談に多額の結納金(ファイナンス)を出すという話です。
したがって、DIP企業買収やDIPファイナンスなどという技法は、普通に考えておよそうまく行くとは期待できない代物です。
よほど企業を見る目があれば格別、こういう話に踊らされている企業は後で大きなケガを負う羽目になりかねません。
にもかかわらず、M&Aの経験のなさそうな企業に限って、ブローカーやコンサルタントの
「最先端のM&A! 今、グローバル企業がこぞって採用する、DIPファイナンスを用いた、DIP企業買収戦略!」
などといった、無内容で有害な煽り文句に踊らされ、
「ババつかみ」
をさせられてしまいます。
ここまで酷い買収話ではないにせよ、日本の一般的事業会社の買収条件の交渉のスキル、なかんずく、価格交渉については、その下手くそっぷりは、非常に際立っております。
日本企業が買収に参加すると、まず、どの企業も、
「物欲しそう」
にしています。
何時でも席を立って破談させるようなポーズをみせながら、
「大阪のおばちゃん」
のようななりふりかまわぬ値切り交渉を行うような日本企業は皆無です。
「骨付きを前に、空腹で死にそうになっている、素直な子犬」
のように、ヨダレを垂らして、尻尾をふりながら、1分でも早く
「お預け食らわされている状態」
が1分でも早くなくなるよう、相手の意のままに全ての条件を呑み、ぼったくられている。
これが標準的な日本の事業会社のM&Aスタイルです。
無論、契約書をギチギチ詰めていけば、ある程度のリスクはヘッジできますが、そこまで、時間と労力をかけて契約書を詰めなければならない、というのであれば、座組自体を考えなおした方がいいかもしれません。
すなわち、
「市場価格1万円で新品を調達できる、商品について、5万円を払って中古品を購入する」
といった趣の取引構造的に狂ったM&A取引については、どんなに優秀な弁護士に契約書をつくってもらったところで、そもそもの取引の前提が狂っているわけですから、うまくいくはずもありません。
ビジネスや交渉の失敗は、法務では補えないのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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