01643_法律相談の技法9_初回法律相談(3)_課題の整理_展開予測とゴールデザイン

「相談者が(素人考えを前提に、主観的に)求めるゴール」
が把握され、
「相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム」
が認識されましたら、
「当該ゲームの環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」
を教示し、相談者を啓蒙します。

ここで、
「相談者が(素人考えを前提に、主観的に)求めるゴール」
と、
「ゲームの環境、ゲームのロジック、ゲームのルールを踏まえて、経験則に基づく現実的な展開予測に基づき設定される現実的なゴールデザイン」
とのギャップ(差分)を顕著にして、相談者との間で正しくチームビルディング(協働関係構築)ができるか、が議論されることになります。

例えば、相談者が、
相手方とこういう約束したことは間違いありません。絶対です。そして、相手方が、その約束に違反して、当方に損害を被らせたことも紛(まご)うことなき事実であり、真実です。神様はきちんとみてますし、真実は真実であり、絶対です。もちろん、証拠だの資料だの、そんなものはありません。だって、それまでは、お互い信頼しあっていましたから。強固な信頼関係にある者同士に、契約とか資料とかそんな無粋なものは必要あるわけないでしょ。そんなの当たり前じゃないですか。とにもかくにも、相手の契約違反は、明々白々で明らかで、神様だって、裁判官だって、見間違うことなんで500%ありません。ですから、損害賠償を請求して、相手に、きっちり落とし前つけてやってください
と強硬に主張し、以上のような状況を前提に、
「相談者が被った全損害の賠償を相手に支払わせる」
ということを
「相談者が(素人考えを前提に、主観的に)求めるゴール」
として設定していた、としましょう。

しかしながら、
法律実務の世界においては、以下のような、
「特殊なゲームの環境、ロジック及びルール 」
が形成さており、(素人の方がテレビドラマや映画や小説などを根拠に妄想として構築する)一般常識がまったく通用しません 。

すなわち、
「『相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム』の環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」
として、

1 言い分はあっても、証拠がない
→これを民事トラブル処理の実務の世界では「ウソ」といいます。
2 契約があっても、契約書はない
→相手が了解していない可能性があり、「妄想」と判断されます。
3 記憶があっても、記録がない
→この場合、当該記憶にかかる事実は「なかったもの(マボロシ)」と扱われます。江戸時代や中世ヨーロッパではいざしらず、現代では、マボロシでは裁判は戦えません。
4 裁判所や相手方に穏当で真っ当で健全な常識が通用しない
→法律は常識に介入しません。といいますか、法は常に非常識な人間の味方です。また、日本の裁判所は、常に加害者にやさしく、被害者に過酷です。
5 「証拠ないから、資料がないから、というだけで、約束を否定し、約束違反をなかったことにして、責任を否定するなんて、あまりにも非常識で反社会的。法的責任云々の前に、社会的責任があるでしょ」という主張
→「社会的責任がある」「道義的責任がある」というフレーズを耳にすることがあるでしょう。裏を返せば、つまり「法的責任がない」という意味です。
6 社会正義に反する行いについては、出るとこ(裁判所)に出れば、明敏で正義を求める裁判官が成敗してくれるはず
→下品な独裁国家や中世封建社会でもない限り、先進的な法治国家においては、「社会正義」などという曖昧なもので、他者に法的責任を追及することなどおよそ不可能です。

といったものが厳然と存在しております。

相談者の直面した状況(相手方と何らかの約束をしたが、契約書も資料もない)に以上のような
「『相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム』の環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」
を当てはめて、合理的な展開予測を行ってみます。

そうしますと、
「相談者を取り巻く現状を前提にすると期待できる現実的なゴール」
としては、
期待可能な現実的ゴールデザイン1:
損害賠償の期待は絶無であるが、裁判を受ける権利が人権として保障されているので、訴訟を提起して、裁判沙汰にして、事態を大事にして、相手方に対して、『泣き寝入りはしない』というメッセージをミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化・大事(おおごと)化して、カタルシスを得る(鬱憤を晴らす)」
期待可能な現実的ゴールデザイン2:
「極めて乏しい期待としては、わずかながらの裁判官の同情(情緒面において同調)を得て、応訴とこれに伴う時間とコストと労力といった無駄な資源動員と機会損失を忌避したい相手方の忌避と嫌悪感に基づく一定の譲歩を得て、『責任原因を前提とする損害賠償』としてではなく、『見舞金』程度のファイトマネーを下賜賜る」
という程度のものしか出てきようがありません。

要するに、
「ボロ負けになるが、爪痕が残せるし、相手を訴訟に引きずり込み無駄な資源動員をさせることで、『裁判を受ける権利という保障された人権行使』の名の下に、合法的な嫌がらせが実行できて〔全く理由も根拠もなく、また主観面で最初から権利濫用意図があれば不当訴訟として逆に損害賠償請求を食らうので、この点は警戒すべきリスクになる〕、そのことで鬱憤を晴らせ、ケジメがつけられる(訴訟をやって、敗訴すれば、恥の上塗りになって、さらに、自尊心が傷つく、ということになるリスクもある。このあたりは感受性による)」
「試合としてはボロ負けですが、相手と裁判官の同情と憐憫から、雀の涙程度の見舞金をもらう程度」
というプロジェクトゴールを設定することになりますが、これを相談者が受け入れることができるか、という話になります。

この点で、相談者によっては、
・「相談者を取り巻く現状」について認識がおかしい、
・「『相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム』の環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」がおかしい、
・展開予測がおかしい
・設定されたゴールがあまりにも不愉快であり容認しがたい
などと言い始め、ゴールデザインの点で相談者(要するに無知で未熟で未経験の素人ですが)と弁護士との間で共有が困難な事態が生じることがあります。

こういうときも、弁護士としては、無理せず、去る者は追わずで、相談者が離れるままにするべきです。

「放流」
すなわち、暗い見通しを忌避して相談を中断する依頼者を引き止めずに望み通りお帰りいただくことになります。

弁護士は医師と違って、応召義務を負いませんし、むしろ、ゴールデザインを共有しないまま、同床異夢で、クライアントに無駄で無価値な時間と費用と労力を費やさせることこそ善管注意義務に悖ります。

逆に、弁護士が、ゲームロジック、ゲームルール、実務的なゲーム相場観を前提に設定した現実的かつ合理的なゴールを相談者と共有されるのであれば、次のステップに進むことになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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