01581_企業法務ケーススタディ(No.0365):治療院経営者のための法務ケーススタディ(5)_既往歴のある箇所への施術の危険性

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
おかしいんです、ホントにおかしいんです!
ウチでマッサージと軽いストレッチを受けたお客さんが、
「頚椎第7棘突起骨折、頚髄損傷」
の診断書を持ってきて、慰謝料を払え、などとぬかしやがるんですよ。
今まで
「イナバウアー・スペシャル」
とか調子に乗ってやって失敗してきたから(参照:治療院経営者のための法務ケーススタディ(1)「過激で強烈な施術」を行うなら、医学的初見を前提にすべき)、あまり奇をてらったことはやらないで、常識的な施術を心がけていたわけですよ。
それに、練習台役のスタッフへの施術であると、患者さんへの施術であるとを問わず、問診をして施術をすることが大切、ってことで(参照:治療院経営者のための法務ケーススタディ(3)_無料で従業員を練習台にするときも、きちんと問診を)、ちゃんと質問票に既往症を書いてもらったうえで、問診もするようにしていました。
今回のお客さんからは、
「何年か前に椎間板ヘルニアとか頚椎捻挫とかをやってるから普段からマッサージには通っている、今回は、海外出張で重たい荷物を持ち歩いて全身疲れちゃって、しかも肩凝りがヒドイ」
ことを聞き取りました。
それで、全身マッサージをしてから、首回りのストレッチをしてあげました。
ストレッチっていっても、こないだのイナバウアーなんかとは全然違いますよ!? 
問診で、頚椎捻挫とかの既往症が分かっていましたから、優しくやりました。
患者さんを仰向けに寝かせて、頭を支えてあげてアゴを引かせて、首の後ろを伸ばすストレッチとか、頭の重さを利用して、患者さんの首が動く範囲内で、ゆっくりと回してあげるストレッチとかです。
ムリに力をいれたりなんてしてません。
施術が終わった後は、まだマッサージをしたほうが良いように見えたので、また来院することをお勧めしたら、普通に予約を入れて帰っていきました。
それがイキナリ、
「施術が原因で、頚髄損傷になった!」
だなんて信じられますか?
そんなの、絶対、ウチのせいじゃないですよ!
大方、どっかで転んでケガしたのを、ウチのせいにしてるんですよ。
「訴えてやる!」
とか言ってますけど、これは正々堂々と裁判を受けて立って大丈夫ですよね??

モデル助言:
以前の助言をちゃんと取り入れてくれていたのですね。
その点は、とても良かったです。
とはいえ、頚椎捻挫の既往症がある方に対して、
「優しく」
とはいえ、首回りのストレッチをやったのですか?
もちろん、池井毛さんのおっしゃるとおり、神様の目で見ると、客観的には、今回の施術ではなくて、他の原因が、今回の患者さんの傷害の原因となっているかもしれません。
池井毛さんからすれば、
「イナバウアー」
なんかじゃなくて、優しくストレッチをしてあげた、という自覚もあるでしょうから、まさか、自分のせいでこんな傷害が発生しただなんて、認めたくもないでしょう。
ところが、今回と同じような事例で、
「患者の傷害が本件施術以外の原因によるものとまで認められないから、本件施術が患者の傷害の原因である」
と認定し、後遺症による慰謝料等も含めて、なんと3800万円弱の損害賠償の支払いを、マッサージをしたマッサージ師と、そのマッサージ師の雇用者である会社に対して命じた裁判例(東京地裁平成15年3月20日判決)があるんです。
この裁判例は、海外出張が続いて肩凝りが酷くなった患者さんが、治療院に来院されました。
その際、質問票には
「8年前椎間板ヘルニア、5年前頸椎捻挫、3年前再度」
と記載され、問診では、
「普段からマッサージに通っている、先日まで3週間の海外出張があり、重い荷物を持って移動していた、普段は左手親指側にしびれがある、坐骨神経痛が左足に出ている」
などと話しました。
マッサージ師は、触診でわかった肩周りの筋肉の緊張を緩めるために、背中、臀部、下肢、頚まわりのマッサージをしてから、池井毛さんがやったようなストレッチをやったそうです。
その後、次回の予約を入れた患者さんは、勤め先の会社に戻ろうとして駅まで行ったのですが、その途中で頚部に痛みが生じたことが、裁判所によって認定されています。
このように、
「優しいストレッチ」
が終わった後、治療院から出て
「移動中」
に首が痛くなった、という事例なのです。
ところが、裁判所は、
「患者に頚椎捻挫の既往があったこと、肩凝りが酷い状況であったこと、本件施術と患者の頚部の痛みとの間に時間的接着性があること(つまり、施術してすぐに痛みが生じた、ということです)、本件施術をした部位と傷害の発生部位が同じであること」
などを指摘しました。
そして、
「マッサージ師が行った本件施術は、力の入れ具合や速度等によっては、傷害が生じる危険性があったこと」
からすれば、
「本件施術と原告の傷害の発生との因果関係が推定され、これを否定しうるような他の原因が存しない限り、因果関係を肯定することができる」
と判断しました。
これはつまり、
「昔ケガした部分について、ケガが悪化する危険性がある施術をして、そこに傷害が発生したら、多分、その施術が原因。そんなの絶対ウチのせいじゃない、とか言うのであれば、他の原因があったことを証明しろ」
と言っているのと同じです。
今回は、他の原因があったことを積極的に示していかないと、裁判では厳しい判決が出てしまうかもしれません。
とはいえ、
「その患者さんは、今回の傷害が発生する前に、どこでどういう行動をしていたのか」、
なんて、池井毛さんが調べるのはものすごく難しいですよ。
しかも、施術をした部分と同じ部分について、
「頚椎第7棘突起骨折、頚髄損傷」
の診断書が出ていますから、裁判例に照らせば、有利とはいえません。
放っておいて裁判になれば、負ける可能性も十分にあります。
そーっと示談にして、損切りしたほうが、賢いかもしれませんね。
それから、もちろん、既往症がわかっている部分の施術は、今後は本当に慎重にやらないといけないですよ!

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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