さて、取引交渉が一段落し、いよいよ契約書を作成する、という話になり、法務担当者なり弁護士として、契約書起案作業に入ろうとします。
あるいは、取引交渉がまとまり、先方が契約書を作成することになり、送られてきた契約書を、法務担当者なり弁護士として、契約書の査読なり評価なり校正なりをするという段階になりました。
では、そのまま契約書起案や契約書レビュー等作業に突入していいのでしょうか?
いえ、契約書という文書作成ないし校正作業をする前に行うべき必須の前置作業があります。
そもそも、契約書とは、端的にいえば、記録であり、証拠文書です。
ビデオや音声記録と同様、発生した事柄の正確な記録に過ぎません。
ビデオ作品に、知的で理性的で教養あふれるドキュメンタリーもあれば、お笑いやバラエティーや、はたまたAV(アダルトビデオ)といったものまであり、品位の高低や内容の充実度や作品のクオリティといったものは、撮影に使用されたビデオ機材や撮影者の品性や媒体のスペックはまったく無関係であり、
「記録された対象事象の内容」
に完全に依存します。
要するに、狂った内容や馬鹿げた内容や低劣な事象が発生し、これをビデオ動画映像に収めた場合、どんなに高級なビデオカメラを使って、どんなに品性高潔な撮影者を使っても、出来上がった動画作品は、当然ながら、狂った内容や馬鹿げた内容や低劣な内容となります。
漫才や、バラエティのドッキリ現場や、男女の性交シーンを、皇室報道専属のカメラマンが、普段皇室関係報道に使うビデオ機材を用いて撮影したからといって、その作品が、知的で品位高潔で教養あふれた奥ゆかしく雅なものになるわけではありません。
要するに、
契約書は、契約当事者の約束した内容を、正確に文書として記述するものですが、肝心の
「約束した内容」自体が、
狂った内容、
馬鹿げた内容、
不利な内容、
何の目的かはっきりしない内容、
意味が不明な内容、
曖昧な内容、
不明瞭な内容、
であれば、これを、記録ないし証拠文書として、正確性を期して契約書として成文を得ても、やはり、できあがった契約書は、
狂った契約書、
馬鹿げた契約書、
不利な契約書、
何の目的かはっきりしない契約書、
意味が不明な契約書、
曖昧な契約書、
不明瞭な契約書、
とならざるを得ません。
その意味では、取引の交渉がまとまった、という段階において、改めて、当該交渉によってまとまったとされる
「約束内容」
の具体的内容を確認・明確化するとともに、その内容の合目的性や経済合理性等を精査しなければなりません。
すなわち、
「当該交渉によってまとまったとされる『約束内容』」なるもの
を確認・検証し、
狂った内容ではないか?
馬鹿げた内容ではないか?
不利な内容ではないか?
何の目的かはっきりしない内容ではないか?
意味が不明な内容ではないか?
曖昧な内容ではないか?
不明瞭な内容ではないか?
というストレステスト(耐性チェック)をして、合意内容の基本構造と基本内容を明確にしておくべき必要があります。
このような、確認・検証プロセスを経由せず、深く考えず、法務担当者や弁護士に、適当に丸投げしてしまうと、狂った内容を正確に文書化した契約書や、不利な内容を正確に文書化した契約書となって出現し、そのまま企業リスクに直結して、やがて大きなトラブルに見舞われることになりかねません。
実際、そのようなトラブルが発生し、倒産の危機に瀕した日本屈指の大企業の例が存在します。
電機メーカー東芝は、7125億円もの損失を原子力事業全体で発生させ、2016年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、同年12月末時点で自己資本が1912億円のマイナスという、債務超過の状況に陥りました。
この惨事のグラウンド・ゼロ(根源的起点)は、
意思決定者(経営陣)が機能的非識字状態に陥っていたことと、
にもかかわらず、
「日本語の翻訳」
「日本語の意味翻訳」
「日本語の機能的解釈」
を行うことなく、機能的非識字状態のまま契約に突入した、
さらには、当該取引において、一体どのような契約内容を実現しようとしたかを確認・検証しておらず、狂った契約内容をそのまま調印・締結処理を進めてしまった、
というあまりに未熟で愚かで情けない失敗にあります。
東芝傘下のウェスティングハウスは、2015年末に買原発の建設会社、米CB&Iストーン・アンド・ウェブスターを買収した際、買収直後に、ある価格契約を締結しました。
複雑な契約を要約すると、
「工事で生じた追加コストを発注者の電力会社ではなくWH側が負担する」
というものでした。
原発は安全基準が厳しくなり工事日程が長期化し、追加コストは労務費で4200億円、資材費で2000億円になりました。
しかし、問題は担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかったことにあり(機能的非識字状態)、さらにいえば、この
「価格契約」
が極めて不利で合理性がない契約、すなわち狂った内容であったにもかかわらず、契約締結処理を敢行したことにありました。
原子力担当の執行役常務、H(57)らは
「米CB&Iは上場企業だったし、提示された資料を信じるしかなかった」
と悔しさをにじませた、とされます。
「提示された資料を信じるしかなかった」
という弁解ですが、いかにも他に選択肢がなかったという他律的で外罰的な言い訳をしていますが、別に、アタマに銃を突きつけられて契約を點せられたわけではありません。
自らが自らの責任でやらかしたアホなミスであり、自己責任、因果応報、自業自得の帰結であり責任逃れのしようがない、愚かな考えと愚かな行動の結果です。
要するに、取引構造的に、
狂った内容で、
馬鹿げた内容で、
不利な内容
ともいうべき契約であったにもかかわらず、このような取引の構造については壊滅的に無知な状態のまま、
「みかけだけはしっかりとした重厚な契約書」
の外観だけを信頼して、調印・締結処理をしました。
「外観だけは、重厚で、多くの条項が記載された契約書」の中身は、
狂った内容で、
馬鹿げた内容で、
不利な内容
を正確無比に表現しただけであり、外観がどんなに素晴らしくとも、
狂った内容で、
馬鹿げた内容で、
不利な内容
であることに変わりありません。
しかしながら、
「漫才や、バラエティのドッキリ現場や、男女の性交シーンであっても、皇室報道専属のカメラマンが、普段皇室関係報道に使うビデオ機材を用いて撮影して、菊の御紋が入った宮内庁御用達仕様のDVDに記録格納すれば、その作品が、突然、知的で品位高潔で教養あふれた奥ゆかしく雅なものに変異するはずだ」
などと信じたのか、見掛け倒しに惑わされ、ろくに検証もせず、
狂った内容で、
馬鹿げた内容で、
不利な内容
がきっちり盛り込まれた契約書にサインし、我が国屈指の大企業を倒産の危機に陥れてしまった。
これが一連のトラブルの真相です。
(以上、出典は、日経新聞2017年2月21日付記事 「もう会社が成り立たない」東芝4度目の危機 (迫真))
契約書を作成したり調印・締結処理する以前に、
当該交渉によってまとまった
「約束の内容」
を精査し、
狂った内容ではないか?
馬鹿げた内容ではないか?
不利な内容ではないか?
何の目的かはっきりしない内容ではないか?
意味が不明な内容ではないか?
曖昧な内容ではないか?
不明瞭な内容ではないか?
というストレステスト(耐性チェック)をして、合意内容の基本構造と基本内容を明確にしておくべき必要があり、しっかりと、
「ビジネス面での合理性」
「ビジネス面での目的合理性や経済合理性」
の検証や確認をすべきである、
という教訓を確認するには、大きな意義と価値ある事例として、紹介させていただきます。
いずれにせよ、
契約書を作成したり校正したり、という作業、すなわち、合意された約束内容を正確かつ完全無比な記録として文書化する、という記録作成作業を行う前に、一体、どのような内容を記録作成しようとしているのか、
大部にわたる重厚長大な契約書を時間と労力とコストをかけて作成したが、これによって表現した内容は、
「1万円札を5万円で買う」
「仕事を受注したが、その受注条件は、『追加コストが、労務費で4200億円かかろうが、資材費で2000億円かかろうが、その挙げ句、最終的には親会社が債務超過になるようなものであっても、これをすべて負担してでも、喜んで受注させていただき、感涙に咽びつつ、ありがたく仕事をさせていただく』などという壊滅的に不利で愚かなもの」
といった、あまりにアホすぎて呆れるより笑うほかないような失敗をしないためにも、この
契約書を作成・チェックする前の必須の前提作業としての、
「ビジネス面での合理性」「ビジネス面での目的合理性や経済合理性」
をしっかりと遂行しておきべきです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
✓当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ:
企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所