00115_企業法務ケーススタディ(No.0069):マイカー通勤制のリスクに注意せよ

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社談合坂建設 代表取締役 妹新井 栄(いもあらい さかえ、41歳)

相談内容: 
ウチの会社では、以前は、会社にいったん集合してから会社の車で現場に向かわせていたのですが、昨年ガソリン代が高騰したのを受け、従業員から
「自家用車で現場に行くことにするからガソリン代見合いで、ちょっと給料上げてくれ」
という話が出ました。
そこで、マイカー通勤を容認するとともに、現地集合・現地解散ということにしてみたのですが、やってみたら意外にうまく機能し、移動のための無駄な時間が減り、会社としては大きなメリットにつながりました。
そこで、ガソリン代高騰が収まった後もこの仕組みを続け、昨年末、会社の車もほとんど処分しちゃいました。
ところが、こないだウチの若い従業員が、朝まで飲み明かし、酔いが覚めない状態で飲み屋からマイカー運転で現場に直行し、途中で事故りやがったんですよ。
ケガ人はなかったんで良かったんですけどもね、T字路でそのまま突っ込んで、ブロック塀をこわしちゃったんですよ。
ところがその従業員、任意保険にも入っていなかったため、ぶっこわしたお宅の修理費が払えないってことが発覚したんです。
そうこうしているうちに、そこのご主人から、当社に
「塀の修理代として400万円支払え」
なんていう内容証明が届いたんですよ。
そりゃ、ウチの従業員がしたことですけど、個人が勝手に酔っぱらって起こした事故ですよ。
こんなもんにイチイチ賠償責任負わされていたら、会社なんかやってられませんよ。
ウチに賠償金払う義務なんかないですよね、先生!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:使用者責任
従業員にマイカー通勤をさせると、設例のような経費削減や時間短縮につながることがあり、特に自動車での移動頻度が高い地方の企業等においては、マイカー利用を前提とした通勤体制を構築する企業も多いようです。
しかしながら、マイカー通勤を採用することは、設例のようなメリットばかりではありません。
マイカー通勤する従業員が事故を起こしたことによって従業員個人が負うべき損害賠償義務を、企業が負わされるリスクが存在するのです。
「江戸時代であれば、子の責任を親が負うってことはあったかもしれない。
しかし、現代の私的自治・自己責任原則を基本とする近代法の下で、子供ですらない従業員の不始末を会社が負うなんてことはあるはずないだろ!」
とお考えの向きもいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、民法715条において
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」
と定められています。
すなわち、
「たくさんの従業員を働かせることにより、大きく儲けている企業については、当該従業員の業務遂行中の不始末についても責任を負うのが公平だ」(報償責任の法理)
という考えに基づき、民法上の自己責任原理に大きな修正が加えられているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:マイカー通勤制のリスク
もちろん、民法715条は、従業員がひき起こしたあらゆる賠償義務を企業が負担せよ、と言っているわけではなく、企業が賠償義務を負うべき範囲を
「その事業の執行について第三者に加えた損害」
に限定しています。
しかしながら、裁判の動向をみると
「その事業の執行について」
の概念は拡張の一途を辿っており、
「私生活」

「勤務中」
か微妙な場合、ことごとく
「勤務中」
とみなされ、企業側に賠償責任を負担させる方向での司法判断が増加しています。
また、
「マイカー通勤をタテマエでは禁止していたのだけれども黙認していた」
というような事例においてすら、マイカー通勤中の事故について、会社に賠償責任を負わせた裁判例も存在します。
このように、マイカー通勤を認めた企業については、通勤中に従業員が起こした事故についてすべからく連座させられるリスクが発生することになるのです。

モデル助言: 
御社の場合、マイカー通勤を容認し、事実上奨励すらしている状況ですので、今回の件で損害賠償を免れるのは厳しいと思いますね。
とはいえ、今回は、車が住宅に突っ込んだと言っても、被害はさほど大きくなく、また、ブロック塀自体かなり古いものです。
被害者としては、今回の件を逆手にとって塀全体を一挙に修繕しようという魂胆で、相当ふっかけているものと思われますね。
今後は、支払額の適正化が交渉主題になりますが、数十万円の適正額に収めることは可能だと思います。
あと、今後の話ですが、今回のような事態を防ぐ方法としては、
「マイカー通勤を明確に禁止し、黙認もしない」
という体制に復帰するか、
「マイカー通勤を容認しつつ、厳格なリスク管理をする」
という体制にするか、いずれかの選択しかあり得ませんね。
後者で行くのであれば、マイカー通勤を認める前提として、任意保険加入を絶対条件とし、かつ3年以上無事故無違反の者に限定し、かついざとなったときに賠償義務を負担させる身元保証人も増やす、といった入念なリスク予防体制の導入を検討すべきですね。
いずれにせよ、死亡事故とか重篤な事件が発生してしまう前に、マイカー通勤のリスクに気付いて良かったです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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