00154_企業法務ケーススタディ(No.0109):「大規模小売業者」ではないから独禁法違反にはならない?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社坪谷酒廊 代表取締役 坪谷 喜士郎(つぼや きしろう、39歳)

相談内容: 
この不況で、むやみに従業員も増やせないし、削れる人件費は削りたいですよね?
そうかといっても、安売りキャンペーンとかでガンガン売っていこうとするときには、売り場の改装やら商品の陳列やらで、兵隊がたくさんいるんですよ。
ウチの商品は飲み物ですから、簡単に募集できるパートのおばちゃんでは、重くてちょっと大変なんですよね。
そこで、ウチでは、
「新潟や山形で地酒を作っている、知名度がイマイチ」
という感じの地味な酒蔵さんにお願いして、チョイと兵隊をタダで貸してもらっているんですよ。
店舗の入り口に、
「まぼろしの地酒コーナー」
なんて感じの売り場を作ってやって、
「売りたければソッチも努力しな。
協力しなかったら調味料売り場に追いやるぞ」
なんて脅せば、健気に頑張ってくれちゃいます。
ところがウチの総務部長が、
「こないだ、ホームセンターがウチと似たようなことやって、公取委からえらい怒られた」
なんて脅かすんです。
でもキチンと調べさせたら、公取委が定めている
「年商100億円以上か、店舗面積が1500平方メートル以上」
の場合に適用されるルールがあり、それに違反した、ということだそうです。
ウチは年商25億にやっと届くかどうかというところですし、店舗もそこまで広くないですから、こんなの無視でいいっすよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:優越的地位の乱用
わが国では、取引社会では、誰とどのような契約をしようが一切自由である、とされています(契約自由の原則)。
これは、市場におけるそれぞれのプレーヤーが己の知力や財力を最大限に活用して、自由に契約交渉を行い、互いに競争させる基盤を確保することが、市場経済の発展には必須と考えられているからです。
しかし、弱肉強食の自由主義原則も度が過ぎると、本来予定していた
「自由な競争によって、経済の発展を図る」
ことができなくなり、ともすれば、
「強いプレーヤーが市場を意のままに操り、かえって自由競争の基盤が破壊される」
状態となってしまいます。
そこで、独占禁止法は、取引上優越的地位にある者が、正常な商慣習に照らして不当な取引をすること等を
「不公正な取引方法」
として禁止しています。
公正取引委員会は、独禁法2条9項6号の規定に基づいて、大規模小売業者が納入業者に対して要求する行為のうち、
「不公正な取引方法」
に該当する行為を告示で定めています。
これによれば、年商100億円以上または1500平方㍍以上(政令指定都市等では3千平方㍍以上)の売場面積の店舗を有する小売業者は
「大規模小売業者」
であり、
「大規模小売業者」
が納入業者に対して、その従業員の派遣をさせることは、原則として
「不公正な取引方法」
にあたるとされています。
これは、
「大規模小売業者」
による優越的地位の乱用を効果的に規制するために、いわばひとつの典型例として示したものであり、
「この告示に該当さえしなければ、小売業者による優越的地位の乱用を自由にやってよい」
ということを明言した趣旨ではありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」
独禁法2条9項5号は、「大規模小売業者」であるか否かにかかわらず、優越的地位の乱用を禁止しており、公取委は、これにつき
「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」
を定めています。
この指針では、
「優越的地位」
にあたるか否かは、
「納入業者にとって当該小売業者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すか否か」
について、
「当該小売業者に対する取引依存度、当該小売業者の市場における地位、販売先の変更可能性、商品の需給関係等」
を、総合的に考慮するものとされています。
「優越的地位」
にあると判断され、かつ、その地位を乱用して、従業員の派遣をさせたと判断されれば、それは立派な
「優越的地位の乱用」
として、独禁法上違法となることがあります。

モデル助言: 
たしかに、今年の夏頃にあった、某ホームセンターに対する公取委の排除措置命令は、
「大規模小売業者」
に対する先ほどの告示を根拠としてなされています。
以前新聞を賑わせた、家電量販店の事例などもそうです。
おっしゃるとおり、貴社の場合には、
「大規模小売業者」
の要件には該当しませんから、この告示違反を理由として排除措置命令は受けることはありません。
しかし、
「大規模小売業者」
についての告示にひっかからなくても、貴社が
「優越的地位」
にあるとされて、かつ、貴社が従業員を納入業者に派遣させていることによって
「公正な競争が阻害される恐れがある」
と判断されれば、独禁法第2条9項5号違反となりますから、貴社なら絶対大丈夫というわけにはいきませんよ。
貴社と納入先との間の具体的事情を慎重に検討しないと何ともいえませんが、昨年の独禁法改正によって、こうした優越的地位乱用の取引について、排除措置命令だけでなく、課徴金納付命令まで食らっちゃう可能性も出てきましたから、思わぬところで足を救われないよう、詳しく調べる必要がありますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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