00199_企業法務ケーススタディ(No.0154):昇給できるのに降給できないの!?

相談者プロフィール:
湾岸倉庫株式会社 代表取締役会長 滝村 総一郎(たきむら そういちろう、76歳)

相談内容: 
先生、私ねぇ~、長年奉職した警察署長を辞してからは、うちの親戚がやってた倉庫業の会長に据えられたのよね~。
ただ、会長のイスに座ってれば、月20万円あげるからっていわれてね~。
年金だけじゃ暮らしていけないから、ラッキーと思って、毎日、11時過ぎに出勤して午後3時には帰るっている悠々自適な生活が始まったのはいいですけどね~。
実は、先日、労働基準監督署の人間がやってきて、
「責任者出てこい」
っていうから、一応、元警察署長としてかっこいいところみせようと思って出ていったら、なんでも、ウチの従業員の青島ってのが、勝手に給与を下げられたことを労働基準監督署に相談したらしいのよ。
で、ウチの人事を仕切っている副社長の秋山に聞いたら、上司に向かって
「仕事は現場で起きてるんだ~」
とか暴言を吐いたり、そのくせ仕事は雑で遅かったりで、今年から給料を下げたらしいのよ。
そしたら、青島が、
「何を根拠に給料を下げるんだ」
とかってかみついて、挙げ句の果てに、労働基準監督署に駆け込んだということらしいのね。
だって、従業員の給料なんてのは、会社が従業員の働き具合をみて決められるんだし、給料を上げられるなら、下げるのだって、当然、できるはずじゃないですか。
先生、そうですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:給料の定め方
民法623条以下に規定される雇用契約は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって成立しますので、給料の額は、原則として、雇用者と従業員の合意によって決まることになります。
そうすると、従業員の給料を変更する場合、いちいち、雇用契約の当事者である雇用者と従業員との間の話合いによって決めなければならないことになりますので、多くの従業員を雇用しているなどの場合には、煩雑になってしまいます。
そこで、たいていの企業(常時、10人以上の従業員を雇用している企業)の場合、雇用条件について画一的に処理するために、
「就業規則」
を作成し、その中で、給料の額の計算方法や支給条件などについて細かく定めることとしました。
この
「就業規則」
は、労働契約法7条の
「使用者が合理的な労働条件が定められている『就業規則』を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」
旨の規定によるもので、労働者の個別の同意を得なくとも、
「就業規則」
を定めることで、多数の従業員に対して、一挙に画一的な労働条件の内容を設定することを可能としています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「降給」も規定がないとだめ
ところで、多くの
「就業規則」
は、
「昇給」
に関する規定(昇給のための査定方法、昇給額の決定方法、時期など)についてはしっかりと定めているようですが、給料の額を減額する意味の
「降給」
については、あまり規定していない場合があるようです。
もし、
「降給」
の規定がないにも関わらず、雇用者が一方的に
「降給」
してしまった場合、
「賃金を引き下げる措置は、労働者との合意等により契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当な理由がなければなし得るものではない」
と判断され、当該
「降給」
が無効とされてしまう場合もあります(東京地裁96年12月1日判決。アーク証券事件)。
そして、単に
「賃金は勤務成績によって降給すことがある」
と規定するだけでは足りず、能力別の資格等級基準などを設けるなどして、どのような人事評価によれば、どのくらい
「降格」
になるのかを明確にしなければならないとされております。

モデル助言: 
滝村さんの会社に、何人の従業員がいるのかは分かりませんが、もし、常時、10人以上の従業員を雇っているなら、当然のことながら、就業規則を整備しなければなりません。
え?
就業規則はあるけど
「降給」
の規定がない場合どうするかですって?
まずは、勝手に減額した分を直ちに払ってあげてください。
そうじゃないと、
「給料全額払いの原則(労働基準法24条)」
に違反して、罰金刑をくらってしまう場合もあります。
次に、今後、適法に
「降給」
するために、就業規則を変更して
「降給」
の規定を新設しなければなりませんね。
あ、でも、変更といっても、好き勝手に就業規則を変更してもだめですよ。
「降給」
規定の新設は従前の労働条件よりも労働者にとって
「不利益変更」
になりますので、第四銀行事件(最高裁97年2月28日判決)が判示するように、労働者の被る不利益の程度、使用者側の必要性の内容・程度、代償措置等を総合的に考慮して、
「合理的な変更」
にあたるかどうかを慎重に検討しながら進めなければなりません。
まずは、就業規則の見直しをしていきましょう!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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