01527_業界「協調」時代から、業界「競争」時代へ
国際政治における冷戦の終結と日本国内の社会の成熟化の動きを受けて、経済がインフレ・高度成長時代からデフレ・低成長時代へシフトするようになり、これまでの常識は通用しなくなりました。 すなわち、企業は、小さくなっていくパイの奪い合いをしなければ生き残れなくなりました。 護送船団行政や業界癒着構造の終焉の動きに併せて、低成長...
国際政治における冷戦の終結と日本国内の社会の成熟化の動きを受けて、経済がインフレ・高度成長時代からデフレ・低成長時代へシフトするようになり、これまでの常識は通用しなくなりました。 すなわち、企業は、小さくなっていくパイの奪い合いをしなければ生き残れなくなりました。 護送船団行政や業界癒着構造の終焉の動きに併せて、低成長...
昭和時代・平成時代初期においては、護送船団方式、すなわち「行政機関は、許認可権限やこれに基づく行政指導などの権限(行政裁量権)を駆使して、業界全体をコントロールしていく」という産業秩序が構築されていましたが、バブル経済崩壊後の1990年代後半ころから、状況が一変しはじめます。 1998年に、中央省庁等改革基本法が成立し...
かつての日本企業の推奨されるべき行動原理は、「上を見て、横を見て、後ろを振りかえる」というものでした。 「上を見る」とは、「お上、すなわち何事も監督官庁にお伺いを立て、その指導のもとに全て物事を決める」という経営スタンスです。 また、「横を見る」とは、「業界同士協調しながら、事業を進めていく」というあり方です。 最後に...
昭和ないし平成初期の護送船団行政の時代であれば、官庁主導による保護育成と業界協調体制による救済がありました。 法務だのコンプライアンスだの細かいことに目くじら立てなくても、慣行と業界の相場感に従い、それでもわからなければお上の指導に依存していれば安泰でした。 すなわち、かつては、管理や法務は無視して、営業だけをしていれ...
法令遵守が各企業毎に自己責任で行わなければならない時代となった現在、管理、なかんずく法務管理を適正に行わないと、今後も健全に生き残ることは不可能です。 実際、金融・証券業界は、いち早くこのような時代の流れに適合して管理強化、法務強化を完了しました。 金融庁も金融検査マニュアルを作り上げました。 このマニュアルを見ると、...
ところで、昭和の時代においてもそれなりに企業不祥事が発生し報道されていましたが、「コンプライアンス」という言葉が取り沙汰されることはありませんでした。 昭和の時代においては、企業にとっては、監督官庁こそが、法制定者であり、法執行者であり、紛争解決機関であり、神様であったのです。 監督官庁と緊密な関係を保っていれば、そも...
「コンプライアンス」という言葉があります。 21世紀に入って降って湧いたように登場し、その後、事あるたびに使われるようになってきた経営上のキーワードです。 「コンプライアンス」とは日本語に訳すと「法令遵守」という意味になります。 法律を守るのはある意味当たり前といえば当たり前です。 「何故、法令遵守を経営課題としてわざ...
「情熱派で正義感の強い企業」の「亜種」として、倫理や社会貢献が大好きで、これを社員にも強制する企業もあります。 まず、不祥事を起こした企業は、将来の不祥事を予防する方法として企業倫理を徹底させる、ということをよく表明します。 しかしながら、倫理というのは人によってその内容が異なるものであり、その内容を明らかにしないまま...
企業経営者の中には、性善説に立ち、「社内外の人間をとことん信じるぞ」と公言される方もいますが、このような企業の命脈は長くないと考えられます。 昭和の時代の産業社会は「顔なじみ」しかしない牧歌的なムラ社会であり、信頼こそがムラ社会の唯一の秩序基盤であり、ムラの長(監督官庁)や庄屋(業界団体の顔役)がムラの秩序に睨みを効か...
「インフレ経済を前提とした高度成長時代」から「デフレ経済を前提としたモノ余り、低成長時代」に突入した日本においては、競争のルールが、より苛酷に、よりシビアに、より冷徹な方向で、劇的に変化しました。 2015年に、「デフレ脱却のため、異次元とも言えるレベルで金融の量的緩和(通貨供給量の増加)で、経済が再び成長する」という...