00885_グローバル化とは全く無縁の、国毎に顕著に異なるモザイク的国際法環境

世界市場は単一化され、国際取引は日々活発化しています。

ビジネスや会計の世界では、ヒト・モノ・カネ・情報の動きが国境をやすやすとまたぎ、言語の問題は別として、マネーや会計という共通言語で国際的なプラットフオームが形成されつつあることも事実です。

このような状況をふまえると、
「法律という分野においても、国境がなくなり、自由に取引できる環境ができるようになったのではないか」
という錯覚が生じます。

実際、法律を全く知らないビジネスパースンは、往々にして、世界に
「“国際所有権”とか“国際登記”とか“国際特許権”といった趣のものが存在し、債権や物権その他の法的関係を全て可視できる共通のプラットフォームがあるはずだ。国際取引における法律は、この種のツールを利用して、一元管理すればいい」
などといった安直な妄想を抱きがちです。

しかしながら、(ビジネスやマネー、会計と異なり)法律に関して、各国は、国際化の動きに一切関知せず、むしろこれに背を向けた姿勢を固持しており、それぞれ主権国家が独自性を貫く状態が続いています。

すなわち、国際社会における法秩序に関しては、主権国家という“巨大な暴力団”が、それぞれ、法律という“ナワバリ”を使って、領土という固有の“シマ”を排他的に堅持する状況が続いているのです。

このようなモザイク的な国際法環境は、世界が単一主権国家によって独裁される状況でも出現しない限り、永遠に続くものと思われます。

ある程度国際法務を経験された方であれば常識以前の話ですが、
「世界のあらゆるところであらゆる民事規律として通用するオールマイテイーな法、としての国際法」
なるものは全く存在せず、一般に
「国際法(国際私法)」
と呼ばれるものの実体は、“シマ”ごとに異なるルールのハーモナイゼーションの手続ないし方法論に過ぎません。

一般的に、欧米先進国においては法律による統治がなされており、法律に従った行動をしていれば、予見不能な事態に陥ることは少ないといえます。

また、欧米先進国においては、日本の法令とその基本的哲学のレベルで異なる法令が存在することも少ないと思われます。

ただし、日本の法令とは大きく異なる制度が海外には存在することも事実であり、民事裁判における陪審制や懲罰的損害賠償の制度など、現地に進出する日本企業としては、その特性を十分に理解しておく必要があります。

したがって、国際法務においては、そもそも
「どの国の法律を用いて、当事者間の関係が規律されるのか」
が重要なポイントとなります。

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00884_国際取引活発化・高度化と、これに対応するための国際法務の重要性

冷戦の終了に伴い、製品市場、労働市場、金融市場ともに世界の市場が単一化し、また、インターネットの発達により、大量のヒト・モノ・カネ・情報がスピーデイーに世界を行き来する時代が到来しました。

これにより、国際取引は増加の一途を辿っています。

質の面でも国際取引や国境をまたぐ事業は高度なものに発展しています。

債権や株式に対する国際投資、外国のマーケットでの資金調達、為替や金利差を用いた金融派生商品、ジョイントベンチャー、国際的M&A、クロスライセンスによる技術取引といった技術的に高度な国際取引が、今や日常的に行われるようになっています。

また、古典的な輸出入取引についても、商品や機器の輸出入だけではなく、設備・機器に技術を付加して輸出する取引、これにファイナンスを付加したベンダーフアイナンス取引、さらに複数の金融機関の参加を前提としたシンジケーション方式のプロジェクト・ファイナンスによるプラント輸出など、国際取引は日々発展を続けており、これを支援する企業法務(国際法務)についても高度の知見が要求されるようになってきています。

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00883_アジア圏、イスラム圏以外の地域を対象法域とする国際法務実践上の課題と対応の基本

これらの地域の国際法務を実践していく上では、旧宗主国であった欧米諸国の法環境を想定し、これがその後の歴史的・政治的経緯によりどのように変容してきたか、という点を折り込みつつ、的確に現地の法体系や法文化の特徴をつかみながら、法務対応していくことになります。

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00882_イスラム圏を対象法域とする国際法務実践上の課題と対応の基本

中東等のイスラム諸国では、イスラム教という信条、理念に基づいて制定されたイスラム法の理解、また、イスラム圏特有のイスラム金融やスクークと呼ばれるイスラム債券の理解が必要不可欠となります。

中東特有の政治リスク(政情不安、政府による強権発動等)にも対応しなければなりません。

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00881_中国を中心とするアジア圏を対象法域とする国際法務実践上の課題と対応の基本

近年、中国における経済環境、法令環境は目まぐるしく変化しています。

そして、日本企業が、中国企業と提携したり、中国市場に直接乗り込み製品やサービスを提供したり、その他中国企業への投資を行ったり、といった活発な国際取引を開始しています。

このような中国に関係する国際取引を実施する場合には、中国契約法をはじめ、知的財産法、競争法、通商法、製造物責任法など複雑化・多様化する各種法令の精査、理解に加え、中国政府との関係構築などの非法律的対応も必要となります。

また、中国は
「法の支配ではなく、人の支配がいまだ色濃く残る法環境である」
などといわれますので、中国に現地法人を設立したり、合弁・合作会社を設立する日本企業は、
「中国のファジーな法環境において、どのようにして、法的合理性に基づく緻密な内部統制を構築するか」
という課題にも直面します。

さらに、中国でのビジネスでは、中央政府や地方政府の役人達とのリレーションが欠かせません。

これは、決して、不正競争防止法において禁止される外国公務員贈賄行為を意味するものではありません。

日本企業が持ち込む事業が成功すれば、その地方に与える経済効果は大きく、担当者にとっては、中央の人事当局における成績評価を改善する絶好のチャンスとなります。

したがって、事業の意義や成功した場合における地域経済や労働市場に与える影響等をしっかり説明すれば、地方の行政当局の積極的な協力を得ることも不可能ではありません。

このように、
「属人的に物事が進む法文化」
を持つ中国の実態を見極めることで柔軟に対応しながら、日本及び現地の法令を確実に遵守していく、というところが、中国に進出する際の国際法務実践上の要諦となります。

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00880_非欧米国際法務の概要(アウトライン)

日本国内では、低迷する経済状況と、少子高齢化を原因とする内需の縮小により企業の成長が鈍化してきています。

他方、近隣のアジア諸国をみると、10億人超の市場を持つといわれる中国には世界中から投資マネーや工業用資材が流入していますし、韓国製家電の世界進出や、シンガポールや香港の証券取引所の発展等、どの国も目覚ましく成長を続けています。

また、中東の新興国も潤沢なオイルマネーを背景に成長が期待されます。

以上のような状況をふまえ、日本企業は、これまでのような欧米諸国との取引に依存することなく、このような新興国市場への進出を開始しています。

とはいえ、非欧米諸国の企業や法人との取引を企業法務の観点から考察する場合、“法文化の違い”以前に、
「(欧米基準に慣れた目線からみると、誤解も含め)そもそも“法文化”が存在しないとも思われるほど、あまりにミステリアスで難解で複雑な“法文化”をもつ国」
も多く、欧米以上に法的トラブルが多発することを想定しなければなりません。

また、一括りに
「非欧米国際法務」
といっても、様々な国や法体系が無数に存在するため、その一般的傾向を抽出し、これを統一的に整理し把握することは非常に困難です。

とはいえ、“非欧米諸国における国際取引一般についてのリスク発見と対策の勘どころ”のようなものをまとめることは可能だと思われますので、以下、非欧米諸国を、おおまかに

1 中国を中心とするアジア圏を対象法域とする国際法務
2 イスラム圏を対象法域とする国際法務
3 その他の地域を対象法域とする国際法務

と、3つに区分できるのではないか、と考えられます。

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00879_M&Aの基本6:M&Aを成功させるために必要なスキル(3)合理的に戦略を立てて、合理的かつ戦略的に実施する

M&Aという業務課題は、
「正解とやり方がわかっていて、経験さえあれば誰がやっても同じ結果が期待できる、陳腐なルーティン」
ではなく、
「正解がなく、定石も不明で、誰も経験がない、未知のプロジェクト」
というべきものです。

買うべきか買うのを避けたほうがいいのか、
買うにしてもいくらで買うべきか、
目の前の企業の適正価格はいくらか、
予算を超えた価格だがやはり買うべきか、
買った後投資回収できるか、
DDの結果は信頼できるか、
シナジーシナリオは実現できるか、
買った後の調査不足や想定外で大損したり財務リスクを抱えることはないか、
こんなものまったくわかりません。

正解があるかどうかわかりませんし、定石も不明で、誰も経験のない、未知のプロジェクトです。

この種の不確実性満載のプロジェクトは、目的設定以前に、状況や環境や相場観の認知・解釈すら選択課題であり、緻密かつ理詰めで構築していかないと手に負えないものです。

インパール作戦のように、杜撰な計画で適当におっぱじめた挙げ句、意地になってムキになって撤退を拒んで突進したら、最後は全滅することもあります。

常に、失敗する可能性を念頭に置き、リスクを保守的かつ鋭敏に感受し、リスクが制御不能となる前にダメージ・コントロールしつつ撤退することも考えながら、進めていくべき必要があります。

日本人は、大学入試のように、
「正解があり、正解が想定できるルーティン」
については、実に緻密に、合理的に対処できます。

しかし、M&Aの失敗率のデータが示すように、
「正解がなく、定石も不明で、誰も経験がない、不確実性満載の、未知のプロジェクト」
となると、途端に、合理的思考を放棄し、トップの鶴の一声で、情緒的に
「エイヤ」
で決定し、絶望的なリスクや障害があっても、撤退をせず、壊滅的な泥沼に陥って無残な失敗をしがちです。

綱渡りや空中ブランコは、勢いとノリでやったら失敗します。

綱渡りや空中ブランコを生業にするサーカス団のプロは、雑でガサツで勢いだけで刹那的に生きている無謀で野蛮な人間ではなく、冷静で緻密で計算高く自己制御ができる実に知的な方々です。

そして、何より、綱渡りや空中ブランコに失敗した場合の怖さを誰よりも理解し、失敗が現実化するメカニズムや兆候を研究しつくし、失敗が現実化しないようにありとあらゆる方面に神経を研ぎ澄まします。

というより、綱渡りや空中ブランコを生業にするサーカス団のプロは、そもそも論として、
「綱渡りや空中ブランコが、危険な営みである」
ということを知っており、過去に何回成功していようが、しっかりと
「綱渡りや空中ブランコが、危険な営みである」
という認識を持ち続けます。

ところが、ズブの素人が、何の準備も知識もなく、
「綱渡りや空中ブランコが、危険な営みである」
ということを認知せず、勢いとノリでやったら、どうなるでしょうか?

待っているのは悲惨な結果だけです。

M&Aを成功させるために大切なことは、成功させるために、あるいは失敗しないために、
「M&Aは成功率3割の危険な営みである」
という認識を持ち、知的資源を絶え間なく惜しみなく動員することです。

そして、その大前提として、
「M&Aは、素人には難しい、『綱渡りや空中ブランコ』なみに知性と計算と冷静さが要求される、常に失敗のリスクがつきまとう、危険で怖い営みである」
という事実を知り、当該認識をもち続けることです。

そして、「正解や定石のないプロジェクトである」という前提認識で、戦略を立案し、これを戦略的に遂行することが必要です

こういう言い方をすると、
「先生、脅すの? そんなに慎重に考えていたら、商機を逃すよ、事業が大きくならないよ」
と反論されます。

しかし、このいいざまは、株式投資や、FXや、CFDや、商品先物や、仕組債や、ノックイン型投資信託や、金利スワップや、為替オプションや、パチンコや、バカラや、チンチロリンで失敗した方々が、勝負の前に豪語する言い方と似ています。

データが示すのは、M&Aは、多くのカネを費やして他人が不要と判断した中古品・リサイクル品を手に入れる、勝率3割以下のポンコツバクチであり、丁半バクチ以下の期待値しかない、極めて危険な営みです。

確実に勝てる案件でもない限り、少しでもリスクがあれば、買い手の有利なポジションを使って、
「や~んぺ」
と言って撤退すればいいだけです。

場馴れしていないド素人の事業会社が、無理して、M&Aマーケットという
「鉄火場」
に乗り込み、身ぐるみ剥がれて死期を早める、なんてリスクを背負うことなんてありません。

M&Aといった、知らない、理解できない、馴れない分野で起死回生の一発逆転を狙うのではなく、地道なリストラと、保有資源の再活用によって、土地勘のある市場を地味に掘り起こし、しぶとく生き残ることが重要ではないでしょうか。

そうしている間に、
「“1万円札を3000円で買える”といった、しびれるくらい安い買い物の提案が目の前に転がっており、それを、相手の無知につけ込み、足元をみて、2000円に値切って買う」
なんて笑いが止まらないくらい美味しい案件が飛び込んでくるかもしれません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00878_M&Aの基本5:M&Aを成功させるために必要なスキル(2)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業

M&Aの成功のためには、

1 「現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収予算」と「予算内の買収を実現するためのハードな交渉」、
2 PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業、
3 全体的な戦略の合理性、

のすべてが必要です。

しかし、これらはいずれも日本企業の“不得意中の不得意項目”といえます。

2 PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業

M&Aを買い物になぞらえて説明できますが、
「人生におけるそこそこ重要な決断で、かつ決断し、セレモニー自体も大変だが、むしろ、セレモニーを行った後の話の方がより重要かつ大変」
という意味において、状況が近似する、
「結婚」
になぞらえて、その難しさや、失敗の根源的原因を探っていきます。

M&Aという結婚自体もそこそこ大変で厄介で苦労続きで面倒です。

散々苦労して取引にこぎつけたのだから、もうこれで、バラ色の未来が描けるだろう、というのが、まあ、普通のM&Aの買い手の認識です。

ところが、結婚もそうですが、結婚するまでに、いろいろな障害や苦労や、あるいは結婚相手に群がる競争相手との競争に競り勝った困難を乗り越えて、さんざん時間とエネルギーを費消したから、といって、そのような
「結婚に至る苦労の大きさ」

「結婚後の生活が楽しく、愉快で、幸せになる」
ということを保障する、というものでもありません。

ちなみに、2013年のデータですが、日本における一般の夫婦の離婚率は31%、とのことです。

これは、恋愛破綻率ではありません。

結婚がぶっ壊れる確率です。

結婚を決めて、結婚式を挙げて、入籍に至るまで、相当な時間とエネルギーとコストを費やしたはずです。

その、膨大な時間とエネルギーとコストの結晶としてのつながりが、3割も解消される、ということです。

離婚に至らないまでも、
「仮面夫婦」
などのような離婚に近い状態の破綻夫婦が、膨大な
「暗数」
として存在する、ということも考えれば、これはこれで、衝撃的な話です。

まあ、一般の方の婚姻となると、気持や感情も入りますし、
「ソロバン勘定」
だけで計算づくでやるわけでもなく、また、
「ビビっと来たので、すべてをなげうって、出会って間もない、素性も不明な相手の胸に飛び込む」
などという合理的に考えて高度の蓋然性を以って破綻が見込まれるリスキーな関係構築もあるわけですから、仕方がない、とも考えらます。

ですが、
「経済合理的な頭脳を有する企業経営者が、プロや優秀な部下を交えながら、純ビジネス的な判断として、熟考の末、行ったM&A」
は、流石に、そんなことはないだろう、と思い、これまた統計データを確認してみました。

同じく2013年に大手監査法人のトーマツが調べたデータによると、M&Aの成功基準達成企業は、全体の36%に過ぎず、M&Aを行った企業のうち、実に、64%もの企業が、やってみたM&Aは失敗、
「やらなきゃよかった」
と考えている、ということが判明しました。

「仮面夫婦」
のように、
「本当は、大失敗しているのだけれども、『このM&A、よかった、成功した、うまく言っている』と強弁している、実体はM&A大失敗企業」

「暗数」
として相当数存在していると思われる、という経験上の事実も併せ考えると、まあ、M&Aは、ほとんどのプロジェクトが失敗に終わる運命にある、ということがいえるほどです。

そういう
「仮面夫婦のような形で、破綻状態で存続するM&A」
という代物ですが、1つには、見栄っ張りで意固地なオーナー経営者が暴走して推進させたM&Aなどにおいて、
「素直に、潔く負けと失敗を認めることができず、損切りするタイミングを逸し、傷口を広げ、あるいは泥沼化する」
という事例です。

もう1つは、例えば、上場企業などにおいては、下手に、自分たち経営陣が自信満々に進めたM&Aが失敗して大コケしたことを、あっさり認めると、株主総会で突き上げを食らったり、最悪、代表訴訟を提起され、自分の立場が危うくなるというケースです。

さらに、先代経営者や先輩・OB経営者が主導したM&Aで、失敗してゾンビ状態になっているものを、失敗したとして終わらせると、どのように文句を言われるかもしれないので、怖くて失敗宣言して清算・撤退できずにずるずる発酵(というか腐敗)させたままにしているケースもあるでしょう。

そんなこともあって、
「夫婦仲が冷えきっても、見栄や沽券や意地や世間体のため、努力によって維持継続する結婚生活」
を続ける夫婦のように、
「論理的に正しくない選択をしてしまったあと、選んだ選択肢を正解にする努力」
というものを尽くして、M&A失敗の表面化を先送りする企業も相当数存在すると思われます。

よく、芸能人が、出会ってまもなく結婚に至る、という例をみかけることがあります。

いわゆるスピード婚といわれるものです。

中には、すでに妊娠しており、早く結婚しないとお腹から出てきた子供の立場が不安定になる、という切羽詰まった状況で結婚を決定し、公表する、ということもあるようです。

企業のM&Aでいえば、M&Aの交渉前に、経営統合が現場レベルではじまって、ジョイント・ベンチャーの子会社までできて、今更、知らん顔もできない、という趣の状況です。

中には、特段、結婚前の妊娠とか、そういう差し迫った事情が見受けられないにもかかわらず、電撃婚、スピード婚に至るような例も見受けられます。

企業のM&Aでいいますと、守秘義務契約を取り交わし、お互い裸になった付き合いが始まってから、デューデリ(買収前監査)をほとんど時間をかけず形骸化したまま進めていき、値段交渉や買収後の取り決めもおざなりにして、一気呵成にM&Aを完遂する、という趣のものです。

電撃婚であれ、スピード婚であれ、ビビっと婚であれ、そういう迅速果断な結婚を行った芸能人が、レポーターから経緯や動機を尋ねられると、
「会った瞬間、ビビッときた」
「すぐにわかった、この人しかいない、と」
という直感なり霊感を重要な根拠として挙げることが多いようです。

しかし、その後、だいたい3年くらいしてからひっそりと離婚する、という例も多いようであり、
「直感とかインスピレーションとかってのもあまりアテにならない」
という例も少なくないようです。

企業も同様で、
「現実や打算や計算を抜きに、天啓や霊感や神のお告げだけでM&Aを猛スピードで敢行するような会社」
で、投資回収がうまくいき、しびれるくらい儲かっている、といったところはあまりないようで、たいていは、
「やんなきゃよかった」
「なんで、こんな企業買ったんだろ」
と後悔することの方が多いようです。

考えてみればそうかもしれません。

俳優の高島政伸氏がいい例です。

高島氏は、あるタレントの方と、交際まもなく、
「この人しかいない、とすぐわかった」
とかなんとかいう直感だか霊感だかにしたがって、スピード結婚しましたが、その後、すぐに離婚したくなってしまいました。

ところが、相手が離婚に応じてくれず、膨大な時間とコストとエネルギーを費やし、ワイドショーでいじられまくられる、“離婚トラブル”に見舞われた、とのことです。

「結婚は自由だが、離婚は不自由」
という私が作った格言がありますが、高島氏は、これをまさしく地で行くような地獄の経験をなさいました。

やってみるとわかりますが、結婚なんて、実はそんなに難しくありません。

結婚式とか披露宴とか二次会とかって、別に法律上必要なわけではありません。双方が合意し、役場に届け出さえすれば、結婚なんて非常に簡単にできちゃいます。

逆に、結婚式とか披露宴とか二次会とか盛大にやって、その後、ヨーロッパに新婚旅行に出かけ、帰国後、婚姻届け出を出す段取りで、新婚旅行中に仲違いして
「別れる」
という話に至った場合、たとえ、結婚式や披露宴とか二次会とかが終わり、カタコト日本語を話す外国人神父の前で永遠の愛を近い、バッカ高い指輪を交換したとしても、
「この結婚式を挙げたカップル」
は法律上は結婚していないので
「アカの他人」同士
です。

「別れる」
「別れない」
といっても、
「離婚」
という話ではなく、もともと無関係のものを、無関係のままとするだけです。

厳密にいえば、婚約不履行の問題にはなり得ますが、まあ、カネの清算の問題であり、身分関係は
「無関係の男女」
のままであり、清算も解消も何も必要ありません。

このように、結婚は、本当にあっさり、というかサックリというか、驚くほど簡単にできます。

結婚は、結婚することそのものより、結婚した後が大変なのです。

したがって、
「結婚するかしないか」
「いつ、誰と、どのような生活設計を想定して結婚するか」
という問題は、もっと、冷静に考えるべきなのです。

この観点からすると、
「ビビっと来たので、すべてをなげうって、出会って間もない、素性も不明な相手の胸に飛び込む」
なんてことをいきなりやるのは、無謀でリスキーで半端なくヤッヴァい行動といえます。

無論、企業間の結婚(ないし養子縁組)であるM&Aも同様です。

統合後、投資回収が成功するまでの苦労や困難、あるいは出口戦略を描かず、うまく行かなかった場合の想定(ストレステスト)を行わず、
「妄想満載のバラ色の未来」
だけを身勝手に思い描きつつ、無警戒に、入り口に飛び込んで、うまくいくはずなどありません。

まず、M&Aを行うほとんどの企業は、当該買収対象企業を、
「買った後どうやって使うべきか」
についてあまり考えていません(出口戦略・シナジーシナリオの不在)。

結婚生活になぞらえると、結婚生活について現実的な生活設計がないまま、若気と霊感の赴くまま、ノリで結婚に突入する、という趣向に近似する傾向です。

あと、企業の立ち上げから現在まで全ての歴史や詳細を把握しているわけではなく、また、企業のすべてを知っているわけでもなく、
「企業独自のルールややり方や“黒歴史”や裏マニュアルや密約やヤヴァイ機密」
などはそもそも文書化・記録化すらされておらず知りようもなく、M&Aの後で、各種瑕疵や想定外に見舞われる、ということも、M&A買い手企業がPMIに失敗する理由として挙げられます。

結婚生活になぞらえると、
言えない過去がある、
多額の借金がある、
実は年齢や身長や体重を誤魔化していた、
重い病気がある、
潔癖症過ぎて共同生活無理、
子ども大嫌いで生むのヤダ・育てるのマジ勘弁とか考えておりすでに家庭設計において致命的な意見の隔たりが内在していた、
などによる結婚生活の破綻です。

そして、このようなことをあまり突き詰めて考えないまま、霊感と神のお告げにしたがい、ノリと勢いでM&Aに突入するものですから、買った後経営統合が出来ない(結婚生活になぞらえると、性格の不一致、方向性が違う、夫婦喧嘩が絶えない、イヤな面が見えてきてしまい生理的に無理といった、結婚当時とは真逆の見解が双方から表明されるなど)、という悲喜劇に見舞われるのです。

前述のとおり、戦後以来、離婚率がものすごい勢いで増加しています。

熟年離婚がテレビ等で取り沙汰されていますが、若い世代の離婚に比べれば、熟年離婚の数自体、必ずしもしびれるくらい多いとはいえないと思われます。

といいますのは、離婚には、相当エネルギーが必要で、年を取って、くたびれきっている世代には、過酷なプロジェクトとなるからです。

加えて、離婚をすると、家計単位が分割されるので、経済的には両者にとってマイナスになります。

2人で暮らしていれば、1つで足りていたテレビやクーラーや冷蔵庫やアパートが2つ必要になる、ということを考えれば明らかに想像できます。

しかも、熟年世代は、年金暮らしあるいは年金支給待機という方も多く、要するに、
「カネ」
がありませんので、不倶戴天の仇敵という関係でもない限り(そんな関係だったら、そもそも結婚したこと自体摩訶不思議というべきです)、理想的なシェア・エコノミーが成立し、効用面でメリットのある生活関係をわざわざ不合理かつ不経済に変更する必然性は乏しいはずです。

で、若い世代の離婚率が一貫して増加傾向にあることについてですが、この理由について、私は、
「特に、女性にとって、悪い方向での想定外が連続するから」
という状況によるもの、と推察します。

シンデレラというお話をご存じでしょうか? 

作者は、ウォルト・ディズニーというアメリカ人ではなく、グリム兄弟というドイツの童話作家です。

かいつまんで言うと、

・ボロを着て、カネも余裕もなく、炊事・洗濯・ムカつくガキの世話等、毎日毎日家事全般させられ、休む間もない赤貧生活をしていた不幸な女性が、
・やがて、悲惨な現実の世界」から「ロマン満ち溢れる世界」へ段階的に移行していき、
・最後は、壮大な結婚式を挙げ、皆の祝福を受け、幸せの頂点に到達する、

という話です。

ところが、日本の若い女性が体験する一般的な結婚生活というのは、この
「シンデレラ・ストーリー」
の、見事なまでの逆回転バージョンです。

すなわち、

・出会ってまもなく、壮大な結婚式を挙げ、皆の祝福を受け、幸せの頂点に到達した女性が、
・やがて、「ロマン満ち溢れる世界」から「悲惨な現実の世界」へ段階的に移行していき、
・何年か後には、ボロを着て、カネも余裕もなく、炊事・洗濯・ムカつくガキの世話等、毎日毎日家事全般させられ、休む間もない赤貧生活に陥る

という、悪い意味での想定外の連続のストーリーを経験します。

こういうことがあると、離婚したくなるのも、うなずけます。

M&Aも、同様の傾向にあります。

M&Aという取引が成立する時点においては、あらゆる不愉快な想定が度外視され、
「この取引が成立しさえすれば、バラ色の未来が訪れる」
というロマンと希望とファンタジーに満ちた想定を関係者全員共有し、取引実現というその瞬間だけを目指して、そこに、カネと労力とすべての勢力を注ぐ熱狂が先行します。

しかしながら、M&A取引が成立し、熱狂が過ぎ去り、
「宴の後」
となった時点以降のプランやシナリオは、なんとなくおざなりになっています。

一応、その種の計画は想定されてはいるものの、華々しい、夢のようなシナジーシナリオを描き、熱狂して神輿を担ぎ、横で声援を送り、脇で踊り狂っていたM&A支援プロフェッショナルは、祭りが終わるといなくなって(別の祭りに行っている)、残ったのは、
「M&A当時は素晴らしく魅力的にみえたものの、よくみりゃ、たいしたことのない、あるいは、お荷物として足を引っ張るしか能が無い、どうしょうもないガラクタ企業」
という状況だったりします。

結婚はともかく、M&Aについては、あまりアホな失敗が続くと、企業そのものが傾きます。

ノリや熱狂も大事ですが、そんなことより、M&Aが終わった後、その後、長く、長く、長~く続く、投資回収までの道のりを、どういう現実的な方法で達成していくのか、ということを、ドライに、クールに、スマートに考えるべきといえます。

ただ、M&Aが下手くそな企業の幹部のメンタリティーは、
「将来的な生活設計も乏しいままノリとアツさだけで結婚に突進した挙句、神の速さで破綻する若いカップル」
のそれとあんまし変わらないせいか、前記のようなドライかつクールでスマートな思考を完全に欠如しているがゆえに、失敗し、失敗し、失敗しまくるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00877_M&Aの基本4:M&Aを成功させるために必要なスキル(1)「現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収予算」と「予算内の買収を実現するためのハードな交渉」

M&Aの成功のためには、

1 「現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収予算」と「予算内の買収を実現するためのハードな交渉」
2 PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業
3 全体的な戦略の合理性

のすべてが必要です。

しかし、これらはいずれも日本企業の“不得意中の不得意項目”といえます。

1 「現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収予算」と「予算内の買収を実現するためのハードな交渉」

M&Aは、いってみれば、買い物と同じです。

専業主婦が、大根や肉や魚を買うのと大差ありません。

とにかく、
「良い物を安く」
というのが買い物における賢い戦略です。

ところがM&Aを行うほとんどの日本企業は、賢い企業の買い方をしていません。

外資系で訓練を受けて独立した百戦錬磨のM&Aのプレーヤーがやるような
「“1万円札を3000円で買える”といった、しびれるくらい安い買い物の提案が目の前に転がっており、それを、相手の無知につけ込み、足元をみて、2000円に値切って買う」
という買い方ができる日本企業は皆無です。

買い物慣れしていいない日本企業のM&Aプレースタイルは、
「買いたい」
という強い願望が先行し、この願望が強力なバイアス(認識の歪み)となって
「価格の合理性に関する検証」
を怠らせ、
「買いたい気持ちがある以上、多少高くても、値段は安いと信じる」
といった愚劣なジャッジの末、経済合理性に反する買い物を敢行して、大損害を被る例がほとんどです。

すなわち、M&Aを行うほとんどの日本企業は、
「感情で決めて、理屈で正当化し、相手のペースに振り回され、引くに引けず、最後は意地になってどこまでも高値交渉に付き合う」
という、
「買い物では、もっともやってはいけない、愚かな購買行動」
に走るのです。

といいますか、M&Aを行う日本企業の大半は、買い物に参加する前提として、
「適正な買収価格」なるもの
を把握しておりませんし、当然ながら買収予算も冗長性があっていい加減にしか設定されておらず、さらに言うと、そもそも、マガイモノとホンモノを見分ける鑑定眼すら欠如しています。

企業に持ちかけられるM&A取引の中には、
「生きている企業」
ではなく、
「死にそうになっている企業」
の買収話もあり、これを前提としたファイナンス(DIPファイナンス)、などというという
「ちょっと聞いただけで、うまくいかなさそうな代物」
もあります。

DIPファイナンスの
「DIP(debtor in possession)」
とは、即ち経営再建中の会社、さらに具体的にいうと“実質的に倒産状態にある会社”のことをいいます。

DIP企業の買収とは、たとえていうなら、
「金持ちで若くて健康な人間」 と結婚するのではなく、
「赤貧にあえぎ、かつ今にも死にそうな病人」
との縁談話であり、DIPファイナンスとはそんな縁談に多額の結納金(ファイナンス)を出すという話です。

したがって、DIP企業買収やDIPファイナンスなどという技法は、普通に考えておよそうまく行くとは期待できない代物です。

よほど企業を見る目があれば格別、こういう話に踊らされている企業は後で大きなケガを負う羽目になりかねません。

にもかかわらず、M&Aの経験のなさそうな企業に限って、ブローカーやコンサルタントの
「最先端のM&A! 今、グローバル企業がこぞって採用する、DIPファイナンスを用いた、DIP企業買収戦略!」
などといった、無内容で有害な煽り文句に踊らされ、
「ババつかみ」
をさせられてしまいます。

ここまで酷い買収話ではないにせよ、日本の一般的事業会社の買収条件の交渉のスキル、なかんずく、価格交渉については、その下手くそっぷりは、非常に際立っております。

日本企業が買収に参加すると、まず、どの企業も、
「物欲しそう」
にしています。

何時でも席を立って破談させるようなポーズをみせながら、
「大阪のおばちゃん」
のようななりふりかまわぬ値切り交渉を行うような日本企業は皆無です。

「骨付きを前に、空腹で死にそうになっている、素直な子犬」
のように、ヨダレを垂らして、尻尾をふりながら、1分でも早く
「お預け食らわされている状態」
が1分でも早くなくなるよう、相手の意のままに全ての条件を呑み、ぼったくられている。

これが標準的な日本の事業会社のM&Aスタイルです。

無論、契約書をギチギチ詰めていけば、ある程度のリスクはヘッジできますが、そこまで、時間と労力をかけて契約書を詰めなければならない、というのであれば、座組自体を考えなおした方がいいかもしれません。

すなわち、
「市場価格1万円で新品を調達できる、商品について、5万円を払って中古品を購入する」
といった趣の取引構造的に狂ったM&A取引については、どんなに優秀な弁護士に契約書をつくってもらったところで、そもそもの取引の前提が狂っているわけですから、うまくいくはずもありません。

ビジネスや交渉の失敗は、法務では補えないのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00876_M&Aの基本3:失敗例がことのほか多いM&Aの実体

企業がM&A話をもちかけられている場合、高値づかみして大損しないか、警戒する必要があります。

M&A(合併・買収)が、失敗例が相当数あることはあまり知られていません。

正確な調査をしたわけではありませんが、私の感覚では
「M&Aの失敗例は、芸能人の離婚率とだいたい同じ比率なのではないか(おそらく90%近くが失敗)」
と思います。

ちなみに、日経新聞(2011年4月28日朝刊)によると、世界の歴代金額上位2件は、いずれも買収成立から数年以内に数兆円単位の損失が生じている、とのことです。

また、同記事によると、特に、加工型製造業やサービス業といった川下産業の大型M&Aは、 川上産業に比べて買収後の経営統合作業が複雑になる面があり、失敗する場合が多いそうです。

「カネをもっている」
というのは資本主義社会のプレーヤーとしては最大の強みです。

したがって、買い物というのは、基本的に買い手側が圧倒的に有利なはずです。

なぜなら、さんざん情報をもらって、いろいろ話を聞いて、冷やかして、冷やかして、冷やかしまくった挙げ句、
「やっぱ、や~んぺ」
といってケツをまくる自由と権利を持っているからです。

他方で、買ってくれるかわからない売り手としては、あまり多くの買い手に粉をかけていると、本命の買い手にそっぽを向かれる可能性もあるし、どうしても腰が低くなってしまう。

M&Aにおける企業というのは、どんなに売り手であるオーナーの思い入れがあろうが、ただの買い物の商品であり、
「お金を生み出すマシーン」
であり、一種の金融商品であり、いってみれば通貨のようなものです。

どえらいシナジーが見込めるような場合を除き、金融商品や外国通貨のようなものであると考えると、買い手のスタンスは、投資家のスタンスと同じで、どんなに魅力的であっても、冷静に安くなるまで待ち、安くなってから買い、高ければ無視するという戦略を墨守すれば損したり、失敗したりしないはずです。

また、売る側は売り急ぐ理由はあっても、買う側は買わない自由や買う決定を先延ばす権利があるわけですから、時間的冗長性を確保でき、この点でも圧倒的なアドバンテージがあり、損する理由が見当たりません。

しかしながら、M&Aの場合、なぜか、買い手は焦らされます。

これは一品物、なかなか出ない売り物、これを逃すと買収機会はなくなる、同業者や競合も狙ってる、という有害なバイアスが巻き散らされますが、これに汚染され、時間的冗長性を放棄させられ、勝手に焦り、勝手にパニックになり、経済合理性を喪失し、意地商いをおっぱじめ、絶対的に有利な交渉上の立場を放擲して、アホみたいな会社を、アホみたいな高値で、アホみたいに買って、投資回収もできず、最後に安値で手放したり、挙げ句の果に、連結対象となった子会社がダラダラ損失を出し続けてバランスシートを痛め続けるという憂き目をみたりします。

もちろん、例外的に、上手いこと、安値で買い叩き、早々に投資回収を終え、その後、チャリンチャリンとしこたま儲ける企業もいるにはいます。

ただ、前記のような、残念な失敗をしでかす企業が多いことも事実であり、もしM&Aで買う側に立つなら、愚者の列、敗者の列に加わらないよう、注意と警戒を怠るべきではありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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