02161_企業法務における安全の構造_ クラウド時代のリスクは感覚では防げない

「情報管理には“気をつけていたつもり”でした」
サイバー事故や個人情報漏洩の報道で、こうした発言が関係者から繰り返されることがあります。

けれども、
「つもり」
では済まされないのが、情報漏洩というインシデントの厳しさです。

ある情報通信系のスタートアップで、クラウドに保管されていた顧客データが、外部から閲覧可能な設定になっていたことが判明しました。

社内では、
「セキュリティは意識していた」
「全員に研修はしていた」
といった声が上がりました。

調査をすすめるうちに浮かび上がってきたのは、リモートワーク環境のなかで、情報共有を円滑に進める目的でクラウドを導入していたという事情です。

チーム内では
「アクセス制限は各自が責任を持ってやっている」
という
「暗黙の了解」
があったそうです。

しかし、アクセス管理の具体的なポリシーがなく、組織としてその方針を明文化しておらず、設定方法もメンバーに一任されていたのが実態でした。

結果として、
「見られないはずだったファイル」
が、世界中の誰でも閲覧できる状態で放置されていたのです。

「大丈夫だろう」
「見られないはず」
という“感覚”のもとで、リスクが放置されたことになります。

技術の問題ではありません。

これは、
「組織の構造が甘かった」
ために起きた事故です。

リスク管理を
「感覚」
で捉える限り、事故は避けられません。

むしろ、
「今まで何も起こらなかったから大丈夫」
という空気が、最大のリスクとなるのです。

組織の安全とは、こうした
「なんとなく」
を許容しているかどうかで、決まります。

リスクは可視化されない限り、見過ごされます。

そして、何か起こった後に
「誰の責任か」
がわからなくなるのです。

スタートアップ企業なら、なおさらのこと。

立ち上げたばかりの頃は、メンバーのほとんどが
「前職の同僚」

「知り合い経由」。

気心の知れた間柄でスタートした分だけ、
「誰が何をどこまで責任を持つのか」
が、きちんと決められないままになっていました。

「社長が言うなら」
「○○さんがそう言ってたし」
そうやって、責任の所在がぼやけたまま、組織が動いてしまっていたのです。

それが、
「管理されていた“つもり”」
という最大の落とし穴につながっていたと言えるでしょう。

だからこそ、情報管理は、
「構造として設計」
される必要があります。

アクセス権限の明示、ログ管理の仕組み、定期的な設定レビュー、そして違反時の対応手順など
「ミエル化」
「カタチ化」
「言語化」
「文書化」
「フォーマル化」
この5つの手続きがあって、はじめて
「安全」
は保証されます。

言い換えると、それらすべてが、
「ミエル化」
「カタチ化」
されていなければ、真のリスク管理とは言えないのです。

具体的に言うと、情報通信業において必要な安全管理の構造とは、次のようなものとなります。

・アクセス権限の明確なルールと社内研修
・ログ取得とそのモニタリング体制
・共有フォルダの使用ルールと定期レビュー
・インシデント発生時の対応手順書
・機密情報とそうでない情報の分類ポリシー

これらが設計され、
「文書化」
され、運用されているか。

そこにこそ、
「管理されているか否か」
の本質が問われるのです。

裏を返せば、
「記録がない組織」
は、
「何もしていなかった」
と見なされても、反論できません。

安全とは、
「注意していたかどうか」
ではなく、
「説明できるかどうか」
にかかっています。

リスク管理の本質は、
「起きたときに説明できるように備えておくこと」
です。

今回のクラウド事故の根本原因は、技術ではなく、構造だったのです。

セキュリティ事故の本質は、技術の限界ではありません。

組織の姿勢、そして
「仕組み化への覚悟」
の有無にこそ、問われるものです。

安全を守るのは、感覚ではなく、構造なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02160_社員の不祥事にどう向き合うか_その5_痴漢で逮捕されても解雇はできない?_懲戒も休職も難しい時、どう動くか

痴漢で逮捕された――懲戒は可能か?

社員が刑事事件の嫌疑をかけられたとき――企業は、どのように対応すべきでしょうか。

たとえば、通勤電車内で痴漢行為をしたとして社員が逮捕された場合。

企業としては
「即刻クビにしたい」
と思うかもしれません。

けれども、ここでもやはり
「感情より構造」
「処分より静かな出口」
「冷静な見きわめ」
が必要です。

逮捕=クロ”ではない――無罪推定という大原則

まず、絶対に忘れてはならないのは、憲法31条が保障する
「適正手続」

「無罪推定」
の原則です。

起訴されたからといって、その社員が
「犯罪者」
と確定したわけではありません。

たとえ目撃証言があり、警察が身柄を押さえ、報道がなされたとしても、判決が確定するまでは
「法律上は白」
なのです。

要するに、
「逮捕=クロ」
ではありません。

企業がこの段階で懲戒処分に踏み切れば、後に
「懲戒権の濫用」
として無効とされるおそれがあります。

つまり、企業が処分を検討する際には、この法的前提をしっかりと踏まえておかねばなりません。 

起訴された社員を“ただちに”休職にはできない

では、企業は、逮捕された社員に対して、一切関与できないのでしょうか。

実際には、そうではありません。

制度の設計上、一定の対応は可能です。

多くの企業では、就業規則に「起訴休職」条項が定められています。

たとえば、

「社員が刑事事件で起訴されたときは、裁判終了まで休職とする」

このような規定によって、起訴後に社員を一時的に職場から外すことは可能です。

しかし、この起訴休職は“自動的”に適用できるものではありません。

企業秩序への影響が客観的に認められてはじめて、有効となるのです。

企業秩序への影響”がカギとなる

次のような事情が認められる場合、企業秩序の毀損という観点から、一定の処分が法的に許容される可能性が出てきます。 

・通勤時の痴漢であっても、企業名が報道された場合
・当該社員が営業職など、社外との接点が多い立場にある場合 
・職場内に動揺が広がり、就業環境が著しく阻害されている場合 

処分の有効性は、社員の職務内容、企業の業種・規模、事件の報道範囲などを踏まえて、客観的かつ厳格に判断されるのです。 

また、休職が
「無給」
となる場合には、
「その社員に与える不利益」

「企業側の合理的理由」
とのバランスが求められます。

要するに、
「逮捕されたから」
というだけでは、休職の要件は満たされません。

「その行為が、企業秩序にどのような影響を与えるか」
が、判断の中心軸となるのです。

裁判所のスタンス――“慎重な限定解釈”

裁判所は、次のように判断しています。

「起訴休職を正当化するには、以下のいずれかの要件を満たさねばならない」

・起訴された事実や事件の内容が、企業の信用を著しく傷つけるおそれがあること
・その社員が職場に居続けることで、職場秩序が大きく乱されるおそれがあること
・社員が継続的に働くこと自体が難しく、業務の円滑な遂行に支障を来すおそれがあること

要するに、処分の適否は、社員の職務内容、企業の規模や社会的信用、報道の影響範囲など、諸要素をふまえて、客観的な視点で判断されるのです。

起訴前”には何ができるのか? 

逮捕された場合、最大で23日間、身柄を拘束される可能性があります。 

この間、社員が勾留されていても、起訴されていない以上、企業は
「起訴休職」
を発動できません。

現実には、有給休暇や欠勤扱いとするしかなく、企業としては極めて動きづらい“空白の時間”が生じます。

とはいえ、この段階で拙速に動けば、企業自身が法の網にかかるおそれもあります。

だからこそ、企業としては、起訴されるかどうかを冷静に見きわめながら、社内での対応方針を共有し、備えを整えておく必要があります。

静かな出口”という現実的な選択肢

このように、解雇には高度な要件、休職にも慎重な判断が必要――。

そこで現実的な選択肢となるのが、
「自主退職の促し」
です。

本人が
「自らの意思で辞める」
のであれば、企業側に求められる法的根拠はありません。

もちろん、強引な誘導は禁物です。

「退職を強制された」
と主張されれば、裁判で無効とされるおそれがあります。

だからこそ、退職勧奨は冷静に、丁寧に。

「会社のため」
ではなく、
「本人の今後のため」
という姿勢で、説得の言葉を選ぶ。

この“逆転の発想”こそが、もっとも安全で現実的な“静かな出口”につながるのです。

処分に進む前に、“距離感”を定めること

社員が刑事事件に関与したとき、企業は何らかの判断を迫られます。

経験の浅い企業ほど、
「早く決着を」
と焦りがちです。

しかし、拙速な判断は、企業側のリスクとなります。

だからこそ、企業としては、企業と社員との距離感を正しく見きわめることが大切なのです。

・企業秩序との関係があるか?
・企業評価の毀損につながるか?
・処分と行為とのバランスは取れているか?

この3つの軸で判断基準を
「ミエル化」
し、就業規則というカタチで
「フォーマル化」
しておくこと。

これが、事前の備えとなり、後日の紛争を未然に防ぐ実務なのです。

まとめ――“痴漢だから解雇”ではない

「痴漢で逮捕された」
と聞けば、企業は感情的になりがちです。

しかし、
「痴漢だから即解雇できる」
というわけではありません。

法の現場は、それほど単純ではないからです。

とくに、私生活や刑事事件に関する懲戒処分こそ、冷静な見きわめと構造的な判断が求められます。

裁判所は一貫して
「労働者保護」
に軸足を置いています。

これは、戦後以来の法政策の延長線上にあるものであり、現時点でも大きな転換は見られません。

そのような環境の中で、企業に求められるのは、ルールの整備とその誠実な運用、そして状況に応じた静かな出口戦略の検討です。

“企業と社員の距離感”を見失わないこと。

それが、今の時代の企業法務において、もっとも重要な視点といえるでしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02159_社員の不祥事にどう向き合うか_その4_副業バイトでキャバクラ勤務!?就業規則違反にあたるか?

焦点は「職種」ではなく「副業の中身」

ある人事担当者から、そんな相談を受けたことがあります。

本人に確認したところ、
「生活費が足りなかったので・・・」
と。

たしかに、副業解禁時代の昨今、副収入を得る手段として夜職を選ぶ人がいるのも現実です。

とはいえ、焦点となるのは
「職種」
そのものではありません。

問われるべきは、その“副業の中身”が、企業秩序とどう関わってくるのか、という点なのです。

問題は、
「企業は社員の“副業バイト”をどこまで規制できるのか?」
という点にあります。

とりわけ、“風俗業”に分類されるような副業は、どこからが懲戒の対象となるのか。

この線引きが、企業にとっては、なかなか悩ましいのです。

労働契約は「時間」でつながっている

企業と従業員の関係は、
「勤務時間」
という時間的単位を通じて法的に成り立っています。

労働契約とは、労働者が
「労働時間」
という単位で企業に労働力を提供し、企業がその対価として賃金を支払う契約です。

これは、労働契約法第6条において
「契約内容の確認」
が求められていることからも明らかであり、労働契約の法的性質は、労務の提供内容が時間単位で構成されることが前提とされています。

要するに、勤務時間外の行動は原則として“自由”です。

従業員が、夜、何をしていようと、どこにいようと、それが企業の業務に無関係ならば、企業が口を出す筋合いはない、ということになります。

とはいえ、“自由の濫用”は問題に

企業が、従業員の私生活に一切口を出せないわけではありません。

実際には、企業秩序に関わるような場面では、例外的に一定の介入が認められています。

従業員が勤務時間外にしていた行動が、
「企業秩序に直接関係し、企業の評価を毀損するおそれがある」
と客観的に認められる場合には、例外的に企業側の規制や懲戒の対象になります。

たとえば、夜職の勤務によって
「顔写真が掲載され、社名が特定されてしまっていた」
「取引先の人に知られ、取引に支障が出た」
といった事実があれば、それはもはや“完全な私生活”とは言い切れません。

企業としての
「信用」
「秩序」
「職場環境」
といったものに影響が出るようであれば、その行為は就業規則違反として扱える可能性が出てきます。

副業禁止規定がある場合はどうか?

そもそも、企業が副業を禁止しているケースも少なくありません。

就業規則にその旨が明記され、かつ従業員に周知されている場合には、企業は当該行為を懲戒対象と位置づけることができます。

ただし、ポイントは
「何をしていたか」
だけではなく、
「企業にどの程度の影響があったか」
です。

たとえば、副業禁止の就業規則があったとしても、企業に実害がなく、業務にも支障がないような軽微な副業については、ただちに解雇処分を選択することは、処分の均衡を欠き、不適切と判断されるおそれがあります。

軽微な副業である場合、ただちに解雇処分を選択することは、処分の均衡を欠き、不適切と判断されるおそれがあります。

副業の内容”によって懲戒のリスクは変わる

要するに、副業そのものが問題なのではなく、その副業の中身や、周囲への影響度が焦点になるのです。

たとえば、次のような副業については、企業としての判断も分かれてきます。

・単なる飲食店勤務であれば、企業秩序や信用に直接関わらないかぎり、懲戒処分の対象とはなりにくいでしょう。

・キャバクラ勤務であっても、顔写真が出ず、勤務先企業が特定されないように配慮されている場合には、懲戒対象として取り上げるのは難しいと考えられます。

・一方で、SNS等を通じて副業の内容や本人のプロフィールが拡散され、企業名と結びついてしまったようなケースでは、企業イメージの毀損が問題となり、就業規則違反として懲戒対象に位置づけられる場合もあります。

特に、“風俗業で働いていた”という点に対して企業側が過剰に反応し、
「企業の名前が出たわけでもないのに懲戒処分を下した」
というような対応を取れば、それ自体が“人権感覚の欠如”と批判されかねない、という現実も視野に入れておく必要があるのです。

裁判所は“バランス”を重視

従業員の副業問題について、裁判所は非常に慎重です。

処分の有効性を検討する際、裁判所は
「行為・影響・規定・処分の重さ」
という4つの軸における“構造としてのバランス”を見ています。

具体的には、次のような点が判断材料となります。
(1)行為の内容と社会的評価
(2)企業秩序・信用への影響度
(3)懲戒規定との結びつき
(4)処分内容の重さ

つまり、単に夜にアルバイトをしていたというだけで解雇することは、明らかに“バランスを欠く”処分として違法無効と判断される可能性があるということなのです。

「感情」ではなく、「構造」で捉える

本シリーズでは、これまでにも複数の角度から
「感情より構造」
という視点を取り上げてきました(*)。

たとえば、
「キャバクラで働いていたなんて許せない!」
というのは、あくまで感情にすぎません。

企業が取るべき行動は、次のような“構造的な問い”を1つずつ確認することです。
・企業秩序や信用への影響はあったのか?
・それは就業規則にどのように書かれていたのか?
・同様の行為をした他の社員と比べて、処分のバランスは取れているか?

そして、その問いの先にこそ、企業が本当に取るべき“穏やかな選択”が見えてくるのです。

最終手段は「処分」よりも「静かな出口」

仮に、企業側としてその副業行為が企業秩序を毀損するものであると判断に至ったとしても、処分には慎重であるべきです。

というのも、懲戒処分はあくまで“最終手段”だからです。

実務の現場では、
「退職を促す」
「配置転換を打診する」
といった“静かな出口”に誘導するほうが、トラブルリスクを最小限に抑えることができます。

その際も、本人の尊厳を損なうような言葉や態度は、もちろん厳禁です。

「辞めさせられた」
と後から主張されれば、逆に企業側が訴訟リスクを負う事態にもなりかねません。 

まとめ:副業問題は“見えにくい影響”まで見きわめる

副業バイトを理由に社員を処分する。

これは、想像以上に高いハードルがあります。

裁判所での運用実態としては、“具体的な因果関係や影響の中身”が問われるからです。

要するに、たとえ就業規則違反があったとしても、

・企業秩序が具体的にどのように乱されたのか
・企業の対外的評価にどのような毀損が生じたのか
・そして、当該行為と企業が選択した処分との “バランス”は妥当だったのか

こうした点を、法務の実務的な要求水準(定量的・構造的な説明責任)に見合うかたちで、一つひとつ丁寧に見きわめていく必要があるのです。

判断の軸はあくまでも
「感情」
ではなく
「構造」
です。

冷静に、実務的に、企業としてどこに着地させるか。

その“出口戦略”こそが、不祥事対応における、最大の焦点なのです。

(*)過去回はこちら:
第1回「企業は社員の“私生活”まで管理できるのか?」
第2回「不倫は“懲戒”できるのか?」
第3回「SNSで暴言、会社に炎上」

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02158_社員の不祥事にどう向き合うか_その3_SNSで暴言、会社に炎上_懲戒処分はできるか?

ちょっと投稿しただけ”が、企業全体を揺るがす時代に

たとえば、ある従業員が昼休みにスマホからフェイスブックを開き、ちょっと愚痴を書き込みました。

「うちの会社、マジでクソ」
「あの上司、ほんまムリ」

本人としてはストレス発散のつもりです。

ところが、アカウントには実名、プロフィール欄には勤務先が明記されており、位置情報まで公開している状態でした。

投稿はまたたく間に拡散、炎上状態に。

メディアにも取り上げられ、取引先からは
「どうなっているんですか」
との問い合わせが入りました。

企業としては、頭を抱えるほかありません。

「こんな投稿をされたら信用に関わる。懲戒できないのか?」

とはいえ、感情だけで動けば、それこそ会社が“燃え上がる”リスクも出てきます。

感情ではなく、冷静さと構造的視点、そして何より、慎重な判断が求められます。

SNS投稿が炎上――懲戒処分はできるのか?

投稿はたった一言でも、企業の社会的信用や対外関係を損なう可能性があります。

では、現実に発生しやすい事案として、SNS投稿による炎上の場合はどうでしょうか。

たとえ会社が世間から批判されていても、それだけで投稿した従業員を
「即処分」
するのは、企業側にとって危うい対応です。

・企業PCを使って勤務時間中にSNSを閲覧した
・そこで暴言まがいの投稿をした

これが就業規則や情報機器管理規程に明記されており、違反行為と明示されていれば、懲戒の正当性を構築しやすくなります。

しかし、規定が曖昧だったり、そもそも
「個人のSNS投稿」
まで想定した規定が存在しない場合には、いかに
「ひどい投稿」
であっても、処分は法的にリスクの高い判断となります。

私的投稿でも、“企業秩序を害した”といえるか?

さらに重要なのが、投稿内容と
「企業秩序」
との関連性です。

懲戒処分の前提として必要なのは、
「企業秩序を乱した」
という事実です。

たとえば、匿名アカウントで愚痴を投稿していたとしても、それが特定の企業や人物に紐づかないものであれば、企業側の処分権は及びません。

一方で、冒頭にあるように、実名アカウントに会社名を記載し、明確に
「うちの会社は」
「うちの上司が」
と記載されていれば、話は別です。

「拡散によって企業の社会的信用が低下した」
という客観的事実が確認できるなら、
「企業秩序に直接関連がある」
と評価される可能性が出てきます。

懲戒処分には「就業規則の明記」が基本

法的には、
「懲戒=企業秩序維持のための制裁措置」
とされており、懲戒処分というのは、
「就業規則などに定められたルール違反に対して行われる措置」
が基本です。

裏を返せば、
「どのような行為が処分対象となるのか」
が事前に明示されていない場合には、企業としては処分ができない、ということにもなりましょう。

就業規則に書いていない行為に対して処分を行えば、その正当性が問われ、企業側が不利な立場に追い込まれるリスクが一気に高まります。

とはいえ、
「就業規則に書いてないから、絶対に処分できない」
というわけではありません。

社会通念に照らして明らかに企業秩序を害する重大な行為であれば、例外的に処分が有効とされる場合も、現実にはあります。

しかし、そうしたケースにおいてさえ、行為の性質や企業への影響の程度、懲戒内容とのバランス、就業環境への波及など、複数の要素を複数の要素を総合的に評価し、慎重に判断することが求められます。

要するに、就業規則に明示されていない行為について、機械的・形式的に懲戒処分を下すことは、極めて慎重でなければならないということです。

企業が曖昧な理由で処分を行えば、
「予見可能性」
に欠けるとして、処分自体が違法・無効と判断される可能性も出てきます。

「就業規則への明記」
は懲戒処分の“基本線”。

けれども、それだけでは処分できないというわけでもない。

企業としては、この“基本と例外の構造”を冷静に理解したうえで、個々の事案ごとに処分の妥当性を慎重に見極める必要がある、ということなのです。

懲戒できるのは“明確な就業規則違反”があってこそ

このように、SNS投稿を理由とする懲戒処分には、2つのハードルがあります。

1 投稿内容が企業秩序に関連しているか
2 それが就業規則に定められているか

このどちらが欠けても、企業にとっては、SNS投稿をした従業員に対する懲戒処分は原則として無効となるリスクが高いといえます。

「ちょっとSNSを使っていただけで、処分はやりすぎでは?」
と裁判所が見なす可能性が、決して小さくはないのです。

さらに、実務の感覚でいえば、カネと時間をかけたわりに、効果がうかがえず、むしろ企業側が不利になり得る、ともいえましょう。

企業の懲戒処分は、いつでも
「処分の重さと行為のバランス」
が問われます。

投稿の内容、投稿時の状況、アカウントの匿名性、企業名の記載有無、そして、
「コストとリターン」
という経営的視点――すべてを慎重に見極める必要があるのです。

規定が整っていないことこそ、企業リスクの“火種”になる

以上のことから、
「事後的な処分」
ではなく、
「事前のルール整備」
がもっとも重要である、とおわかりでしょう。

現代において、社員がSNSを利用するのはごく当たり前の光景です。

にもかかわらず、企業側がそれを想定したルールを明記していない場合、処分を検討した時には、すでに“手遅れ”になっている場合もあります。

たとえば、次のような規定の明記が望まれます。

・勤務時間中の私的SNS利用の禁止
・会社名を明記した投稿における誹謗中傷の禁止
・個人情報の漏洩や機密情報の開示の禁止
・コンプライアンスや企業イメージを毀損する行為の禁止

こうした内容を、就業規則や情報セキュリティ規程として文書化し、定期的に社員に周知する。

まさに、
「ミエル化」
「カタチ化」
「文書化」
の実践が求められるのです。

「辞めてもらう」という選択肢――処分に固執しない柔軟な対応を

そして、最も実務的な視点を忘れてはいけません。

規程の不備や処分のバランスに悩み、
「処分すべきか、処分できるのか」
と頭を抱えるよりも、もっとも静かで確実な道があります。

それは、
「自ら辞める」
という形で事態を整理することです。

本人がすでに精神的に疲弊しているようなケースや、炎上によって社内の人間関係が悪化しているような場合には、あえて処分に踏み込むのではなく、
「自ら辞める」
という形で穏やかな着地を図るうえで、現実的な対応といえます。

過度な退職勧奨は
「強制退職」
と評価されるリスクもあるからこそ、
・時間帯
・言葉遣い
・面談の人数
・面談の頻度
あくまで社会通念の範囲で、冷静に、落ち着いたコミュニケーションを重ねることが重要です。

まとめ――“処分よりも、静かな出口”を意識して

たとえ感情が高ぶっていても、企業として
「SNSで炎上したから即処分」
という判断は禁物です。

処分をめぐって訴訟に発展すれば、企業自身のリスクはさらに拡大します。

要するに、企業が考えるべきは
「感情」
ではなく
「構造」。

就業規則の整備、企業秩序との関連性の見極め、行為と処分のバランス。

そして、最後の最後には「静かな出口」としての自主退職。

確実に、実務を前へ進めるために、このような構造的な整理をふまえた判断の視点を持ちながら、落ち着いて、確実に、実務対応を積み重ねていくことが大切です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02157_社員の不祥事にどう向き合うか_その2_不倫は“懲戒”できるのか?

「不倫」=「解雇」ではない

芸能人の不倫スキャンダルが連日のように報道され、企業役員や社員が辞任・処分に追い込まれるケースも後を絶ちません。

経営者によっては、
「社員が不倫した? それならすぐに処分だ」
と、反射的に処分を指示する人も少なくありません。

しかし、私生活上の問題を理由に懲戒処分をするには、高いハードルがあります。

これは、企業として見落としてはならない視点です。

法的には“不倫”=“私事”が原則

まず確認しておきたいのは、不倫という行為自体は、刑法で処罰されるものではないという点です。

かつての姦通罪はすでに廃止されており、現在、不倫は原則として
「民事的な問題」
にとどまります。

つまり、当事者間の倫理・感情・家庭内の問題であって、
「企業秩序との直接の関連性はない」
というのが出発点です。

要するに、
「単なる私生活の不貞行為だけを理由に、企業が懲戒処分を行うことはできない」
これが基本原則です。

とはいえ、まったく処分できないわけではない

不倫が懲戒対象になるかどうかは、
「当該行為が企業秩序にどの程度関わっているか」
がカギになります。

たとえば、次のようなケースでは、企業秩序の維持・企業評価の観点から、処分の必要性が認められる可能性があります。

・社内不倫により、職場の就業環境が著しく悪化した
・不倫相手が取引先のキーパーソンで、取引関係に支障が出た
・不倫が発覚し、企業イメージが報道等で毀損された
・パワハラ要素を含んだ「上下関係での不適切な関係」だった

こうした場合には、企業秩序に関連し、就業規則上の懲戒事由に該当し得ると判断される余地があります。

「処分の重さ」は慎重に見極めるべき

とはいえ、
「不倫をした」
というだけで、
「即解雇」
あるいは
「即出向」
などの処分を下すと、裁判所で無効と判断されるケースも実際に存在します。

懲戒処分には
「行為の性質」

「処分の重さ」
とのバランスが求められます。

たとえば、

・当事者の婚姻関係がすでに事実上破綻していた
・問題発覚後に当事者同士が関係を解消している

といった事情がある場合には、たとえ道徳的に批判されるような行為であっても、処分に踏み切るかどうかは、よほどの理由がなければならず、極めて慎重に見極めなければなりません。

要するに、企業側としては、処分ではなく
「部署異動」
「注意指導」
などの選択肢を検討する余地もあるということです。

自主退職に誘導できるか?

「懲戒が難しいなら、辞めてもらえばいいのでは?」
この問いに対しても、注意すべき点があります。

たとえ形式上は自主退職の形であっても、
「退職を強要された」
と後から争われるケースは少なくありません。

たとえば、

・社内で女性だけが退職を求められた(男女不平等)
・上司や役員が繰り返し退職を迫った
・精神的に追い詰められるような説得があった

などがあれば、
「退職は無効」
と判断される可能性が出てきます。

要するに、自主退職という方法も、企業の“振る舞い方”次第でリスクに転じてしまうのです。

実務の選択肢処分よりも、静かな出口を

実務的に有効なのは、懲戒ではなく、
「穏やかな退職誘導」
です。

たとえば、
・面談を複数回に分けて実施し、退職を「本人の選択」として引き出す工夫をする
・「懲戒ではなく円満退職なら経歴に傷が残らない」といったメリットを提示する
・一時的な配置転換を提案し、その先で本人に退職の意志を固めさせる

こうした
「静かな出口」
の設計こそが、法的トラブルを避けながら組織の秩序を守る、実務的な対応力といえるでしょう。

まとめ:感情ではなく、構造でとらえる視点を

不倫というテーマは、感情が先行しやすいものです。

しかし、不倫という私生活上の問題を、安易に企業秩序の問題へと広げるべきではありません。

処分ありきで反応するのではなく、どう“向き合う”べきかを、いま一度問い直す必要があります。

要するに、企業としては、感情や価値判断ではなく、
「企業秩序にどれだけ影響しているか」
という構造的な視点から、冷静に判断する必要があるということです。

企業に求められているのは、処分か否かではなく、その判断に至るまでの冷静な見きわめであり、
「静かに出口を設計する」
という選択なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02156_社員の不祥事にどう向き合うか_その1_企業は社員の“私生活”まで管理できるのか?

不祥事の「境界線」は、意外なほど見えづらい

たとえば、ある社員が週末に飲酒運転で摘発された。

あるいは、勤務時間外にSNSで過激な発言をして炎上した。

こうした
「私生活上の非行」
を理由に、企業が懲戒処分を行うことはできるのでしょうか。

企業秩序を守るという名目で、企業経営者が厳正な対応を取りたくなる気持ちはわかります。

しかし、処分に踏み切るには、法律上の“深い谷”が待ち受けています。

私生活=自由、とは言い切れない

労働契約とは、
「企業に労働力を時間で提供し、その対価として報酬を得る」
契約にすぎません。

これは、
「企業に人格を明け渡す契約」
ではない――というのが大前提です。

要するに、勤務時間外の行動や私生活について、企業が一方的に口を出せるわけではありません。

たとえ社員が不道徳な行為や違法行為をしていたとしても、
「それが企業と無関係」
である限り、懲戒の対象にはならないのです。

しかし一方で、実際には私生活上の行動が企業の信用や事業運営に大きな影響を与えるケースも少なくありません。

「完全に自由」
かと言えば、それもまた違う
――このあいまいな地帯に、実務上の悩ましさが潜んでいます。

企業が処分できる“3つの条件”

裁判所の判断や法令上の解釈をふまえると、企業が私生活上の非行に対して懲戒処分を行うには、次の3つをすべて満たしている必要があります(*)。

(1)当該行為が、就業規則上の懲戒事由に明記されていること
(2)企業秩序に直接関係し、業務運営や職場秩序に影響を及ぼすおそれがあること
(3)企業評価を毀損する可能性が、客観的に認められること

この
「3つの条件」
を満たさない場合、たとえ企業が処分を下しても、労働者が争えば裁判所で無効とされるリスクが高まります。

感情で処分すると“逆転負け”が起きる

企業経営者の中には、
「ちょっとでも違反があれば即解雇だ」
と考える方もいます。

しかし、実際には、どんなに社員が悪質な行動をとっていたとしても、企業の懲戒権には明確な限界があります。

たとえば、懲戒処分には
「行為と処分のバランス」
が求められます。

非行の内容や背景、業種や職種、過去の事例との比較などをふまえた上で、社会通念上、相当であることが必要とされるのです。

この
「バランス」
を欠いた処分は、
「裁量権の濫用」
として無効とされる可能性があります。

起訴されたからといって、すぐに休職もできない

よくある誤解として、
「社員が逮捕・起訴されたら、その時点で休職にできる」
というものがあります。

ところが実務では、これも簡単ではありません。

たとえば
「起訴休職」
という制度がありますが、これは
「就業規則に明記されていること」
が前提であり、さらに、

・職務の性質
・企業の信用への影響
・本人の就労可能性

などを個別に判断した上で、
「客観的に休職の必要性がある」
と言えなければ、やはり無効とされるのです。

企業が取れる“現実的な選択肢”とは?

では企業は、ただ泣き寝入りするしかないのでしょうか。

そうではありません。

実務的にもっとも有効なのは、
「自主退職」
という選択肢を検討することです。

従業員側が自ら退職する場合には、企業側から一方的に解雇するのとは異なり、法的な規制が大きく緩和されます。

もちろん、その“促し方”には注意が必要です。

退職を強制するような言動、長時間の説得、精神的圧力
――こうした行為は
「退職の自由意思」
を損ない、退職の無効を主張されるリスクとなります。

まとめ:企業は「静かな出口」を用意すべし

従業員の私生活上の不祥事に、企業はどう対応すべきか。

その答えは、
「処分すべし」
ではなく、
「慎重に、静かに、出口を設計すべし」
ではないでしょうか。

厳正な処分を下したつもりが、裁判所で無効とされ、逆に企業側が損害を被る
――そんな“逆転劇”が現実に数多く起きています。

処分よりも、出口。
対決よりも、誘導。

そのための備えと判断軸を、次回以降のブログでさらに掘り下げていきたいと思います。


(*)企業による私生活上の非行への懲戒処分を有効とするか否かは、「企業の体面を著しく汚したか否か」「処分の社会的相当性」などを基準に、裁判所が慎重に判断しています(例:日本鋼管事件 最二小判昭和49年3月15日)。また、懲戒処分の有効性全般については、労働契約法15条(懲戒権濫用の禁止)、16条(解雇権濫用の禁止)なども参考になります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02155_法務部門との連携を外すと、DDは狂う_目的のズレが生む損失

独自の判断は、事故の元

ある会社の営業部において、次のようなケースがありました。

「過去の契約を参考に、こちらでひとまず契約書のドラフトを作ってみました。なかなか出来がよかったので、契約書案と断ったうえで、先方に渡しました。最終的には、法務部でやりとりすることも伝えています」

見よう見まねで契約書を作成し、法務部に相談せず、すでに先方と交渉が進んでいたのです。

見た目には、条文もそれなりに整っているようでした。

ところが、法務担当者が内容を確認すると、責任制限条項がごっそり抜けていたのです。

「なぜ、そのような重要な条項が入っていないのですか?」
と尋ねると、
「交渉のスピード感を優先した方がうまくいくと思って」
という答えが返ってきたとのことでした。

現場としては、相手との関係性を考え、良かれと思って判断したのでしょう。

しかし、法務を通さずに交渉を進めてしまうこと自体が、そもそも大きなリスクです。

企業法務においては、その“善意”からの独自判断こそが、大きな事故の引き金になることがあるのです。

これは契約だけに限りません。

規程の改定でも、内部通報の対応でも、まったく同じ構造です。

法務DDも同じ構造

今回、ご相談を受けたある会社の法務DD(デューデリジェンス)も、これとよく似た状況でした。

担当のコンサルタントは、前職が大手企業の法務部長だったという自負があったようで、
「弁護士に相談する前に、まずは自分でできるところまでやる」
という姿勢で進めていました。

結果的に、前提がずれたまま話が進んでしまい、プロジェクトは頓挫寸前に。

時間も費用も、当初の想定を大きく超える事態となってしまいました。

企業法務の最前線、特に中小企業におけるM&Aのようなプロジェクトでは、プロジェクトの初動段階にこそ、
「目的」

「スコープ」
をチーム全体で共有することが鍵となります。

著者が申し上げたのは、次のような基本的なポイントです。

1 限られた予算は、大切に使うこと
2 DDは、それ自体何か意味があるわけではなく、目的に応じて内容が変わるものであり、当然ながらコストも負荷も変わってくる
3 DDはコモディティ化しており、価格も交渉次第。相場があってないようなもの
4 目的性を維持する範囲で、安く効果的に仕上げる。残った利益を関係者に還元する方法を考えることが、次につながる

当たり前のようでいて、こうした話は、アタマではわかっていても “肚落ち”していないと実践できません。

特に中小企業では、その差が致命傷につながることもあります。 

DDは、時計のようなもの

著者は担当のコンサルタントに、次のように伝えました。

「DDって、時計みたいなものです。
安くて正確なデジタル時計もあれば、
世界中の時間がわかるパイロット時計もあれば、
水圧に耐えられるダイバーウォッチもあります。
そして、1日に10分狂う金無垢のロレックスもある。
仕事で使うなら、正確で軽いデジタル時計で十分です。
海外に出張するならパイロット時計、
ゴージャスなパーティーなら、金無垢が映えるでしょう。
TPOによって、使い分ければいいだけの話です。

たまに、仕事でも旅行でも、パーティーでも、いつでも金無垢ロレックス、という人を見かけます。

誤解を恐れずに言えば、その選び方は“ちょっとズレている”のです。

目的に照らして、(要するに、正確さが必要なのか、目的性が重要なのか、パーティーに行くのか、)チーム全体で共有し、最も合理的な選択をすることです」

最初にすべきは、“目的”と“スコープ”の共有

DDは、目的によって調査の範囲も、必要な人材も、適正な費用もすべて変わってきます。

「高いものを頼めば安心」
「よく知られた事務所に任せれば無難」

このような判断こそが、コスト面でも実効性の面でも、大きなロスを生じさせます。

プロジェクトが動き出すときこそ、“まずは相談すること”が大切です。

この順番は、チーム法務の基本です。

前提を共有し、
「スコープ」
をすり合わせ、コストと時間の重みを全員で理解すること。

この地味な工程こそが、結果として最も早く、確実な到達につながる、ということなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02154_「話せばわかる」は幻想。構造でトラブルを封じる法務技術──第三者を代理人に立てる

相手の理屈に勝つことではなく、話そのものを成立させない。

そんな“封じ方”が、企業法務には必要になる場面があります。

話すこと自体が、すでに罠

人と人とのトラブルというのは、理屈で解決するとは限りません。

相手が聞く耳を持っていれば、話せばわかるでしょう。

ところが世の中には、そもそも
「話すこと」
自体が罠、という場面があるのです。

「一筆ください」
「確認だけです」
「形だけでいいんです」
そう言われて差し出された紙に、うっかりサインしてしまうこともあります。

その結果、
「ただの確認」
のはずだった書面が
「確認」
ではなく、
「既成事実の押印」
になってしまうことがあります。

そして、その
「既成事実の押印」
は、ある日突然、請求書や訴状の根拠に化けて戻ってくるのです。

サインは、意思表示です。

意思表示は、契約です。

契約は、拘束力です。

これら、すべては、地続きなのです。

「確認書」
には、内容や使い方次第で、れっきとした契約や同意の証拠として機能する危険があるのです。

相手は、法の正面からではなく、すき間からすり寄ってきます。

だからこそ、法務の形式論では防げませんし、じわじわと“静かな圧力”をかけて、現場の判断そのものを鈍らせ、狂わせてくるのです。

そういう手合いです。

実に、厄介な手口です。

静かな圧力には、構造で備える

こうしたときに求められるのは、相手を説得することではありません。

ましてや、
「言っても分からない相手」
に真面目に説明を尽くす必要もないのです。

必要なのは、
「話をさせない構造」
を、こちら側に作っておくこと。

すなわち、
「第三者を立てておく」
という、単純かつ強力なガードです。

私たちがお勧めしているのは、このような構え方です。

「この件については、すべて弁護士に任せています。私個人では対応いたしません」

この一言で、相手の出鼻をくじくことができます。

なぜなら、相手が狙っているのは“法的な勝利”ではなく、“現場の混乱”だからです。

“話させない”ことで、封じる

実際、このようなケースを担当したことがあります。

ある不動産開発の現場で、過去の売買契約をめぐって、既に無効となっていた合意を
「まだ有効だ」
と蒸し返してくる者がいました。

彼は、開発の進行を止めることで、新たに参入した企業から“示談金”を引き出そうと目論んでいたのです。

しかも、そのために狙われたのは、過去に関与しただけの地主さん。

この方に一筆書かせ、
「今でも契約が生きている」
と言わせたかったわけです。

土地柄もあったのでしょうが、その地主さんは気のいいご年配で、誤解を恐れずに言えば、
「面倒くさいから、まぁいっか」
とサインしてしまいそうな方でした。

そこで、代理人をたてることとなり、弁護士の名前で
「以後、私には一切接触しないでください」
という通知を送りました。

あくまで形式上の一通です。

それだけで、“その後の話”は一度も持ち上がりませんでした。

相手は手を引いたのです。

このように、
「直接話すこと」
を避けること自体が、最大の防御となることがあります。

人の良さにつけこまれる前に

もちろん、それでも相手が無理に会いに来る場合もあります。

難儀そうな顔で、わざわざ現れます。

人の良さにつけこんで、言葉を引き出そうとするのです。

それでも、そこで話をする義務はありません。

応じる必要も、応対する必要もないのです。

もし相手が何か言おうとすれば、毅然とした一言を返すのです。

「弁護士さんが“会う必要はない”と言ってました」
「もしあなたがまた来るようなら、逆に訴えるとまで言ってました」

相手のペースに乗せられないために、それ以外は黙ることです。

説明も議論もいりません。

話す必要のない相手とは、話さない。

“構造で止める”とは、こういうことなのです。

それは親しい関係にも起こる

このようなケースは、親しい間柄の中にも起こり得ます。

要するに、たとえ相手が知人であっても、古い付き合いであっても、“構造で止める”べき場面は前触れもなく訪れるものです。

そして、むしろ、そうした関係の中にこそ、第三者の
「代理」
という仕組みは真価を発揮します。

「わたしが言っているのではなく、弁護士がそう言っています」

このワンクッションが、関係を壊さずに、トラブルの火種だけを消す装置になるのです。

話してから”では、もう遅い

人は、
「直接話せばなんとかなる」
と思いがちです。

しかし、直接話すことが、最大のリスクになることもあるのです。

1 代理人を立てる
2 話をさせない
3 構造で止める

これらは、逃げではなく、先手を打つ技術です。

「説得」
ではなく、
「構造」
で封じることです。

話してしまったら、もう遅い。

だからこそ、話す前に止める技術が、企業法務には必要なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02153_会社役員に休業損害は出るのか? 報酬性の法的評価と裁判実務

「会社役員には、そもそも休業損害が出ないのでは?」

交通事故などの損害賠償請求において、こうした問いを耳にすることがあります。

たしかに、会社役員は従業員のような労働契約の相手方ではなく、
「会社の機関」
としての地位にある――そのため、報酬も一律に
「労働の対価」
とは言いにくいのが実情です。

けれども、実務の現場では、役員であっても休業損害が認められるケースがあります。

カギになるのは、
「その報酬が本当に“働いた分”だったのか」。

つまり、役員報酬に
「労務の対価性」
がどれだけ含まれていたのかという点が、法的に厳しく問われるのです。

会社の規模と役員報酬の性質

たとえば大企業の社外取締役など、報酬体系が制度的に整っているケースでは、その報酬が労働の対価として扱われる可能性が高くなります。

一方、同族会社などで親族が名目的に役員に就任している場合、会社の業績に関係なく役員報酬を自由に設定できるため、報酬の中に利益配分的な要素が含まれていると見なされるリスクが大きくなります。

「形式は役員、実態は報酬を分配するための箱」
という評価になれば、休業損害は認められにくくなるのです。

報酬額の妥当性と業績との関係

役員報酬が会社の利益と連動していれば、
「貢献に対する報酬」
としての実態が認められやすくなります。

反対に、報酬の額が、業績と無関係に高額である場合には注意が必要です。

たとえば、近年は業績が伸び悩んでいるにもかかわらず、直近で急激に役員報酬を引き上げていたような場合、事故によって働けなくなったとしても、その収入が全額
「労務の対価」
として認められるとは限りません。

実際の業務内容と地位の実態

「名ばかり役員」

「実働役員」
は、まったく違う扱いになります。

日々の業務を指揮し、営業活動にも従事していたようなケースでは、役員報酬の多くが
「労働の結果」
として認められます。

一方で、経理や人事の実務にまったく関与しておらず、取締役会にもほとんど出席していなかったといった事情があれば、休業損害の根拠は薄れてしまいます。

事故後の会社業績と報酬変動

裁判実務では、事故後に役員が業務に復帰できず、実際に会社の業績が悪化したかどうかが重要な判断材料になります。

役員が日々の業務に深く関与していたならば、業績にも何らかの変動が起きているはず――というのが、裁判所の基本的な考え方です。

事故後の報酬の変動

事故後に、役員本人が働けなくなり、それに連動して会社の売上や利益が実際に減少した事実があれば、
「本人の業務貢献」
が実態として認められやすくなります。

同様に、事故後に役員報酬が減額された場合も、
「労務の対価だったからこそ、働けなくなったときに報酬が減った」
と言えます。

「労務の対価性」
があったという証明になるのです。

会社としては不本意な話ですが、報酬をあえて減額することが、損害賠償請求の実務では
「労働を前提にしていた」
証拠となり得るのです。

裁判例の示す評価軸

代表的な裁判例では、以下のような判断がなされています。

たとえば、名古屋高裁平成11年9月23日判決では、同族会社の代表取締役が交通事故でケガを負い、一定期間働けなくなったという事案が争点となりました。

被害者である代表取締役について、その役員報酬の全額が労務の対価とは認められないとし、「会社の業績」
「役員の貢献度」
「報酬額の変動」
などの実態に基づいて、労務対価性を一部認めるにとどめました。

同様に、徳島地方裁判所(阿南支部)でも、会社社長の休業損害を巡って報酬の性質が検討された事例があります(平成13年5月29日判決・自保ジャーナル第1405号)。

このように、名ばかりの肩書ではなく、報酬の中身や業績との関係性を法的に
「ミエル化」
する作業が不可欠なのです。

法務部門が意識すべきこと

このような実務の状況をふまえると、企業法務としてできる準備は決して少なくありません。

たとえば、

・役員報酬の決定根拠を明文化し、業績や職務内容と連動させる
・実働の記録を、会議録・日報・業務評価などで残しておく
・万が一の事故に備えた社内ルール(報酬減額の判断基準など)を定めておく

これらの工夫が、
「損害賠償請求への対応力」
につながるだけでなく、社内の制度透明化やリスク管理の強化にも直結します。

事故はいつ起きるかわかりません。

けれども、評価される実態は、日々の積み重ねの中にあります。

「その報酬、本当に働いた分か?」

この問いに、証拠をもって「はい」と答えられるように、会社として、書類や制度面からの
「カタチ化」
が求められます。

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02152_アレンジャー契約_調整役の抽象的な価値をどう可視化するか_「書面に落とす」戦略

買収の現場では、時として
「何をしてくれるのか、よくわからない」
人物に、相当な金額の成功報酬を支払う話が浮上します。

たとえば、ある上場企業の買収案件でのことです。

対象会社の株主や主要取引先との
「調整」
を名目に、第三者に多額の報酬を支払う契約が検討されました。

契約書には、
「株主との各種調整」
「取引先との折衝」
「情報収集」
といった業務が並びます。

いずれも一見すると、社内の人間でもこなせる内容に見えます。

契約全体が“割高な手数料契約”に映ってしまう危うさをはらんでいました。

当然、ヒアリングは数度にわたって行われました。

・なぜその人物でなければならないのか
・何に対する対価として報酬を支払うのか
・そして成果がどの時点で認定されるのか

こうした確認を重ねるうちに見えてきたのは、業務の裏にある
「非公開のレイヤー」
でした。

調整役となる人物は、対象会社や取引先の元幹部と強固な人脈を持ち、通常ルートでは接触すら難しい関係者との橋渡し役を担っていました。

形式上は
「調整」

「折衝」
に見えても、実際は事業買収の実行可能性そのものを左右するファクターだったのです。

つまり、契約書に書かれた業務は表向きの説明であり、実際は
「この人だからこそできること」
が前提にありました。

この契約は
「内容」
ではなく、
「人物の持つ関係性と影響力」
に本質的な価値があり、確かな経済合理性があったということです。

こうしたケースで重要になるのが、
「空気のような価値」
を、いかに
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」
するかです。

報酬の金額が妥当か否かを判断するには、以下のような観点で戦略的に設計する必要があります。

・その人物の関与によって、どの株主が応じる見込みか
・その結果、どんな成果(株式取得、ディーラー契約の維持など)が期待されるのか
・成果の定義や測定基準は何か(株式の過半数取得か、指定期日までの成約か)
・関与によって協議が可能になる具体的な対象は誰か
・関与の成果とは何か(たとえば、契約成立、関係維持、交渉突破など)
・どの時点をもって「成功」と定義するか(期間、成果物、条件の明確化)

成功報酬型の契約は、単なる成果の
「対価」
ではなく、再現性のあるスキームとして設計できるかがポイントです。

曖昧なままにすれば、内部統制や監査で問題視されるリスクがあります。

対外的に見たときの説明責任にも耐えうる構造が求められるのです。

契約の曖昧さは、結果として、調整役の価値を正当に評価しきれず、かえって信頼関係を損なうリスクを生みます。

たとえ、紙に書きづらい内容であっても、契約書は
「暗黙の了解」
を明文化するための道具です。

だからこそ、最終的には
「目に見える形」
に落とし込まねばなりません。

裏で調整してくれた“恩人”に目にミエル形で報いることは、ビジネスを広げるための持続可能な関係構築の第一歩なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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