02186_法的整理の可否は損益では決まらない。債務超過と資金繰りで決まる

「黒字だから法的整理は無理」。

それは誤りです。

法的整理の可否は、黒字かどうかの損益ではありません。

債務超過の有無と、資金が尽きる速度、この2点で決まります。

会計は、一定期間の成果を示す道具にすぎません。

法は、いま・この時点での支払能力と財産状態を問います。

軸が違う以上、PL(損益計算書)の数字がいくら整っていても、不十分です。

PLの黒字に安心し、BS(貸借対照表)と資金繰りを見ない。

この誤った優先順位が、再建の選択肢を狭めます。

実務でやるべきことは単純明快です。

・資金繰りを週次で把握する。可能なら日次まで精緻化する。
・純資産を月次で検証する。

この2つを継続すれば、危険水域に入るタイミングが見えてきます。

さらに、任意対応から法的手続へ切り替える条件を、役員会で数値基準として決めておくこと。

これを議事録に残し、全員が拘束される形にすることです。

実例をあげると、同じ業種、同等程度の規模のA社とB社がありました。

当期黒字のA社は売掛金の回収が遅れ、支払日に現金が不足しました。

この時点で倒産法上の基準に接近し、金融機関との交渉は一気に不利になりました。

一方で、小幅赤字のB社は純資産が厚く、資金の持ちも確保されていたため、スポンサー探索と部分譲渡を同時に進められました。

差を生んだのは損益ではありません。

資金と純資産の運転でした。

要するに、見るべきは損益ではない。

手許資金の残存週数と純資産の厚みです。

判断は非情なほど単純です。

法的整理の入口は、損益ではない。

債務超過と資金繰り――この2つで決まります。

だからこそ、PLの良い数字に酔わない。

資金と純資産の現実に目を凝らす。

これが、再生を左右する唯一の運用です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02185_黒字=安全という誤解。PLとBSを突き合わせて判断せよ

「儲かっているから大丈夫」。

この言葉ほど、経営判断を鈍らせるものはありません。

PLが黒字でも、BSが痩せていれば会社は危険域にいます。

評価益や為替差益で一時的に数字が整っても、それは偶発的な要因の結果です 。

たとえ話をすれば、健康診断の前日にだけ暴飲暴食を控え、翌日からまた元の生活に戻るのと同じです。

検査値は一瞬だけ改善しても、内部の状態は何も変わっていない。

「一瞬の整合」
を健全性の証拠と勘違いすれば、致命的な結果になります。

法的現実はもっと冷徹です。

会社が存続できるかどうかを決める要素は、たった2つ。

債務超過の有無と、資金が尽きる速度。

それだけです。

見かけの黒字に安心して、BSの損傷を放置する。

この順番の誤りが、倒産を現実に変えます。

経営者がまずやるべきことは、PLとBSを同時に検証する体制を整えることです。

利益の出方と、資産・負債の質を、同じ基準で測り切ること。

そして、PLの
「良いニュース」
をBSの
「悪いニュース」
で相殺していないか、冷徹に点検することです。

黒字は
「安心」
ではありません。

黒字は、経営者に突きつけられた
「検証の出発点」
にすぎないのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02184_法的整理とは何か_禁じ手ではない、最後の正攻法

法的整理は「終わり」ではない

「法的整理」
と聞いただけで、経営者の多くは顔をしかめます。

倒産、破綻、廃業。

頭の中がすぐに“終わり”のイメージで埋まってしまうからです。

しかし、これは誤解です。

法的整理の本質は
「事業再生」
であり、
「破壊」
ではありません。

裁判所の制度を使って債権関係を整理し、利害調整を公正に進める。

その結果として、時間を確保し、再建の前提条件を整える。

これが法的整理の役割です。

法的整理は「裏技」ではなく公式ルート

任意交渉だけで全債権者の同意をまとめるのは、現実には難しい。

一部の債権者が強硬に反対すれば、話は止まります。

合意が崩れた局面で、裁判所の手続により一斉に整理する。

これが法的整理です。

「裏技」
でも
「禁じ手」
でもありません。

制度を通すからこそ、債権者間の不公平を是正できる。

雇用、主要取引先、事業価値。

私的交渉では守り切れない領域を、手続の枠内で守る設計が可能になります。

病気と同じ、早期発見・早期治療が効く

経営も、早期発見・早期治療が鉄則です。

「もう少し頑張れる」
は、行き詰まりの警告です。

資金が尽きてからでは、制度の効果は限定的になります。

早めに構えるからこそ、スポンサー探索、M&A、事業譲渡、分社化などの選択肢を並行で走らせる余地が残るのです。

資金ショート直前での、任意対応から法的整理への切り替えは、価格・条件・時間いずれもが不利になります。

法的整理は再生のための手続

法的整理の目的は、価値を残すことにあります。

・守るべき核(事業、雇用、主要取引先)を特定し、保全・移管・再編の順番を設計する。

・この作業を、制度の手続に沿って実行可能な形に落とす。

これが実務です。

感情や見栄で判断を先送りすれば、価値は失われます。

一方で、事前準備が揃っていれば、手続の初動が安定し、関係者の理解も得やすくなります。

初動で整えるべき「準備パック」

1 まず、数字のミエル化を最優先にします。

・PL(期間の成果)
・BS(財産状態)
・資金繰り(週次・必要により日次)

この3点に加え、
・再建シナリオ1枚(誰が・いつまでに・何を)

合計「3枚+1」のミエル化を最優先に。

2 次に、関係者の整理です。

・主要債権者の一覧と立場
・担保・保証の状況
・重要取引先・重要契約の継続条件
・退職・雇用維持の方針

これらを1枚ずつ短く言語化しておく。

3 さらに、外部パートナーの役割分担を決めます。

・顧問弁護士、FA(または再生アドバイザー)、会計・税務、広報
・初動の窓口、意思決定の経路、対外説明の手順を一本化する

ここが曖昧だと、最初の数日で混乱が生じます。

任意から法的へ──切替の判断軸

任意再建で前に進めるなら、それに越したことはありません。

ただし、次の条件を満たせないときは、法的ルートの検討を議題化します。

・手許資金の残存週数が社内基準を下回った
・主要銀行の借換え・条件変更が不成立
・主要顧客・供給先の解約や取引縮小が連続

この3点のいずれかで、取締役会に
「制度選択の会議」
を立ち上げる。

数字で線を引き、感情で判断しない。

ここが再生の分岐点になります。

制度選択の考え方(一般論)

・民事再生(民事再生法)
事業の継続を前提に、債務の減免や弁済計画で再建を目指す。
経営陣が継続関与しやすく、中堅・中小で用いられることが多い手続です。

・会社更生(会社更生法)
大規模で債権者や担保が複雑な場合に適合。
更生管財人の下で計画を進める色合いが強く、統制・統一処理を重視します。

・特別清算・破産(会社法・破産法)
清算型。
価値の残し方は限定的だが、利害関係の整理を迅速に進める選択肢です。

どの制度にも利点と制約があります。

会社の規模、負債構造、資産の質、継続価値、関係者の構図。

これらを並べて、最適解を選ぶことです。

関係者とのコミュニケーション設計

手続の前後で一番のリスクは、情報の錯綜です。

外部向け・社内向けに、短い説明文を事前に用意しておくことです。

・目的
・今後の運営
・雇用・取引の継続方針
・問い合わせ窓口。
この4点を簡潔に伝えるだけで、初期の不安は大きく下がります。

説明責任は、法的整理の成否を左右します。

「なぜ今なのか」
「何を守るのか」
「いつまでに何をするのか」
この3点を、数字と期限で言い切る準備をしておくことです。

よくある失敗と回避策

・資金ショート直前まで先送りし、スポンサー探索の時間を失う
→ 早期に残存週数の基準を定め、下回った段階で制度検討を開始する

・初動の役割分担が曖昧で、意思決定が遅れる
→ 窓口・決裁・対外説明の担当を事前に文書化する

・数字の土台が曖昧で、債権者・取引先からの質問に詰まる
→ 「3枚+1」を最低限のパッケージとして常備する。

結論──禁じ手ではなく、最後の正攻法

法的整理は、終わりではありません。

遅らせれば効果が薄れますが、準備を整えて適切な時期に使えば、会社を守る有力な手段になります。

経営を守るのは
「裏技」
ではなく
「制度」
です。

そして、数字に基づく判断と、制度を使う決断力なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02183_「逆粉飾」はあり得るか?_違法な裏技に手を染める前に知るべきこと

「先生、“逆粉飾”って、できませんかね……?」

ある経営者が、真顔でこう言いました。

通常の粉飾は
「黒字に見せる」
こと。

その逆、つまり
「儲かっているのに、わざと赤字に見せる」。

それが“逆粉飾”です。

たしかに、倒産を成立させるために
「黒字に見えるのは不都合だ」
と考えれば、逆方向の小細工を思いつく人がいても不思議ではありません。

しかし、それはもう、ビジネスの世界ではなく、犯罪の世界に片足を突っ込んだ発想なのです。

経営者が逆粉飾を口にする理由

「なぜそんなことを?」
と思う人もいるでしょう。

ところが、現場では、切羽詰まった経営者からこの言葉が飛び出すことが、実際にあるのです。

資金繰りが行き詰まり、取引先や銀行からの圧力が強まる。

「法的整理」
という選択肢がちらつく。

しかし、PL上は黒字に見える。

「黒字なのに倒産はできないのか」
そんな誤解をした経営者が、
「なら赤字に見せればいい」
と短絡的に考えるのです。

心理的には理解できます。

出口を求めて焦るあまり、違法でも裏技でもいいから逃げ道を探したい。

その“追い詰められた心理”こそが、逆粉飾という危険な言葉を引き寄せるのです。

逆粉飾は違法

答えはシンプルです。

逆粉飾は違法。絶対にやってはいけません。

金融商品取引法。
会社法。
税法。

いずれから見ても、逆粉飾は不正会計=犯罪行為です。

もし実行すれば、粉飾決算と同様に刑事罰や課徴金の対象になり得ます。

税務署から追徴課税を受け、取引先や銀行からの信頼も一撃で吹き飛びます。

最悪の場合、経営者個人に刑事罰が科され、多額の追徴課税に追われることになります。

事業を守るどころか、経営者自身を破滅させます。

裏技どころか、禁じ手ですらない。

それは“自爆スイッチ”にすぎません。

逆粉飾が招く現実的なリスク

逆粉飾を実行すれば、経営者は次の四重苦に直面します。

第一に、刑事罰。
虚偽記載は有価証券報告書や計算書類への犯罪行為となり、経営者個人が責任を問われます。

第二に、課徴金・追徴課税。
利益操作は税務処理の不正となり、莫大な追加負担がのしかかります。

第三に、信用失墜。
金融機関、取引先、監査法人、従業員・・・。
一度でも虚偽が露見すれば、取引は止まり、連鎖的に経営は崩れます。

第四に、再建不能。
数字を改ざんした会社を、誰が救済しようと考えるでしょうか。
スポンサーも投資家も離れ、再生の舞台すら失われます。

本当にやるべきことは何か

焦った経営者ほど、安易な小細工に手を伸ばします。

しかし、やるべきことは真逆です。

1 違法を排除する

違法な発想を最初から候補から外す

2 事実を正しく開示する

赤字を作ることではなく、赤字の理由を説明すること

3 制度の正面玄関から入る

任意整理、事業再編、M&A、必要なら法的整理・・・正規の制度ルートで出口を探す

経営を救うのは
「嘘」
ではありません。

救うのは
「数字」

「言葉」
です。

数字を正しくミエル化し、事実を言語化する。

それを未来への行動計画としてカタチ化する。

これが再建への唯一の道筋なのです。

経営者に問われるのは、法務リテラシー

危機に直面したとき、経営者は自らの法務リテラシーを試されます。

逆粉飾という誘惑に抗えるかどうか。

そこにこそ、経営者としての本当の力量が現れるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02182_黒字倒産という“幻想”_PLとBSを同じ机に置け

「先生、うちは儲かっています。黒字です・・・それでも倒産できますか?」

先日、ある経営者からそんな相談を受けました。

ふつうに聞けば意味不明です。

黒字なら安全、そう信じている人が大半でしょう。

ところが、この質問は珍しくない。

むしろ現場では、よく耳にします。

そもそも「黒字=安全」という前提が、幻想にすぎません。

損益計算書(PL)は過去の成績表。

貸借対照表(BS)は会社のいまの体力測定。

この非対称を理解していないと、経営の足元をすくわれます。

黒字=安全、という甘い毒

「儲かっているから大丈夫」。

この言葉ほど、経営を鈍らせる甘い毒はありません。

PLで黒字を示しても、BSで債務超過なら、その黒字は砂上の楼閣です。

たとえば為替差益や資産評価益。

数字の上では利益が計上されても、それは一過性の“幻の黒字”にすぎないことがある。

健康診断の前日だけ食事を控えて数値を整えても、病気そのものは何も変わっていないのと同じです。

会社の生命線を決めるのは、PLの利益ではありません。

資産と負債の質。そして資金が尽きる速度。

つまり「支払いに耐えられるかどうか」。

その一点です。

PLとBSを同じ机に置く

黒字倒産を避ける第一歩は、PLとBSを同じ机に置くことです。

PLの
「利益」
が本物かどうかを、BSの
「資産・負債」
で裏打ちする。

資産は換金性があるのか。

簿価だけが膨らんでいないか。

負債の返済スケジュールは、キャッシュの実態と合っているか。

良いニュースを悪いニュースで相殺し、残った芯が何かを確かめる。

これを怠ると、
「黒字なのに倒産」
という典型コースにまっしぐらです。

資金繰りという“いま”の現実

黒字倒産の正体は、資金繰りの破綻です。

資金繰りは、週次で十分な会社もあります。

取引の回転が遅く、売上や支払いが週ごとにしか動かない会社です。

だが、日次で追わなければ危うい会社もあります。

たとえば、毎日の入出金の振れ幅が大きい会社。

現金残高に余裕がなく、一日でもズレればショートする会社。

キャッシュの細いベンチャー。

仕入の支払が先に立ち、売掛金の回収は遅い――この構造を抱える会社も典型です。

こうした会社は、日次残高まで追わなければ、たとえば
「木曜で資金が尽きる」
という資金ショートの現実に気づけません。

「売上は伸びているのに現金が増えない」。

この相談の裏には、資金繰り設計の歪みがあります。

売掛の回収条件が甘い。

仕入の支払い条件が厳しい。

在庫が滞留している。

投資のタイミングが前倒しすぎる。

どれも珍しいことではなく、日常的に起きていることです。

黒字倒産の典型パターン

売上の伸びに浮かれて運転資金の需要膨張を見落とす。

大量仕入の前払いでキャッシュを干上がらせる。

投資回収が遅れて金利負担が静かに体力を奪う。

与信管理が甘く、売掛が回らない。

これらは黒字倒産の典型パターンであり、決して例外ではありません。

だから、PLの見映えを先に作るのではなく、BSを守る設計に寄せる。

ここを逆にする経営は、必ずどこかで転びます。

いま確認すべき“3枚+1”

危うい会社には、必ず次の4枚を求めます。

1.PL(期間の成果)
2.BS(財産の質)
3.資金繰り(週次・日次ライン)
+未来シナリオ1枚(誰が・いつまでに・何を、の行動計画)

この4枚がそろうと、
「現在地」
「危険水域」
「打ち手」
が一望になります。

数字をミエル化し、言葉に落とし、文書にし、行動にカタチ化する。

「債務超過」と「資金ショート」の見分け方

債務超過とは、資産より負債が大きい状態です。

貸借対照表(BS)の問題であり、会社の財務構造が崩れていることを意味します。

資金ショートとは、明日の支払いができない状態です。

資金繰りの問題であり、手許資金が尽きたことを意味します。

債務超過であっても、資金繰りが回っていれば再建の余地は残ります。

しかし資金ショートを起こした時点で、会社は即座に行き詰まります。

だから資金の“時間”を買うことを、最優先にしなければならないのです。

支払条件の再交渉、不要資産の売却、在庫の圧縮、投資の凍結。

要するに、資金ショートを防げるかどうかで、会社の生死が決まるのです。

黒字倒産を遠ざける“線引き”

「もう少し頑張れる」
は、
「もう遅い」
の婉曲表現になりがちです。

だからこそ、トリガーをあらかじめ決める必要があります。

手許資金が〇週間を割ったら、役員会で危機対応モードに切り替える。
主要銀行での借換え交渉が不成立になったら、直ちに資金繰り再設計を検討する。
主要顧客の解約が〇件連続したら、事業の収益モデルを見直す。

数字で線を引き、実行できるかどうかが、黒字倒産を遠ざける鍵になります。

結論──黒字は免罪符ではない

黒字はあなたを守ってくれません。

守ってくれるのは、数字の点検です。

PLとBSを同じ机に置き、資金繰りを日次で追い、未来シナリオを一枚に描く。

その上で、資金の“時間”を買う工夫を常に検討する。

黒字倒産は特別な事件ではありません。

経営のありふれた過ちの延長にある現実です。

防ぐ方法も、特別な技術はいらない。

数字を見て、ルールを決めて、止まるべきときに止まる。

それだけで、大半は避けられるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02181_方便は戦術その1_弁護士の“二面性”を読み誤るな

法務の現場では、あの手この手が飛び交います。

ときには奥の手、場合によっては反則技すれすれの演技や方便。

その代表例のひとつが、
「弁護士の二面性」
です。

今回は、一見すると
「ずる賢い」
ように見える弁護士の行動の裏側にある、プロとしての思考と戦術についてお話しします。

弁護士が「怒るフリ」をする理由

たとえば、取引先との交渉や、銀行案件で難しい状況に直面したとき。

相手から不利な条件を突きつけられた場面で、弁護士が突然、語気を強めることがあります。

「この条件は、到底のめない。こんなふざけた話は飲めるか!」

そんな言葉が飛び出したとき、これは本気の怒りだと思いますか?

実は、このような
「怒りの演出」
は、交渉上のツールとしてよく使われる技術です。

あえて感情をあらわにすることで、相手に
「この線は譲れない」
と思わせ、交渉の主導権を取り戻す。

そうした目的をもって、台本通りに“怒りの顔”を演じるのです。

つまり、弁護士の
「怒り」
は感情ではなく、戦術として設計されたものであることが少なくありません。

「二面性」は裏切りか、それとも職業倫理か

交渉の現場では、弁護士がまったく異なる言い方を相手ごとにしていることに気づくことがあります。

クライアントにはこう言う。

「大変なことになりましたが、ご安心ください。すべて私にお任せを」

ところが交渉相手には、まるで別人のように迫る。

「このままでは訴訟も辞さない。こちらにも覚悟がある」

このように、立場によってキャラクターを変えることは、弁護士にとって珍しいことではありません。

むしろ、それができなければプロ失格だと言っていい。

この二面性をもって、
「あの弁護士は二重人格だ」
「裏表がある」
と言うのは簡単です。

しかしながら、実務の現場では、そんな評価は意味を持ちません。

本当に問うべきは、
「その演技が何のために行われているのか」
という点です。

演技とは、手段です。

そしてその目的は、依頼者の利益を最大化することです。

言い換えれば、
「立場によって人格を使い分け、高邁な目的のためには方便を使うことを辞さない」
という行動様式を、
「二重人格の嘘つき」
と呼ぶこともできます。

それは職業倫理の否定ではなく、戦術家としての弁護士の矜持なのです。

 “息を吐くように方便を使う”というリアリズム

裁判所に対しては
「依頼者が愚かで困っている」
と嘆き、依頼者には
「裁判所は無能で怒鳴りつけてやった」
と伝える。

わずか数十秒で表情も言葉も切り替えながら、全体を前に進めるための“役割”を演じる。

これは嘘ではありません。

方便です。

そして、こうした方便の連続が、交渉という舞台の脚本を構築していくのです。

情報は、その使い方で、武器にもなり、隠れ蓑にも、なります。

相手に何を見せ、何を隠すか。

誰に何を言い、誰には言わないか。

その取捨選択が
「交渉の設計」
そのものなのです。

見抜くべきは、“発言”ではなく“行動”

とはいえ、問題もあります。

“方便”の域を超えた情報操作や隠蔽にまで及ぶ場合です。

たとえば、弁護士が特定の関係者とだけ結びつき、他の関係者から情報を遮断し、
「弁護士の同席がない限り会わせない」
とする。

それは、コントロールのフェーズに入っています。

ここまでくれば、もはや交渉ではなく、
「支配」
と言っても言い過ぎではありません。

こうなると、依頼者側は
「信じるかどうか」
の問題に引きずり込まれる。

「彼(弁護士)は板挟みになって苦しんでいるだけだ」
「本音は善意だろう」

そう思いたくなる気持ちはわからないでもありません。

とはいえ、
「板挟みで苦しんでいるだけ」
などという読みは、(弁護士の)情報統制を見逃すための“自己暗示”でしかありません。

「楽」
「逃げ」
「丸投げ」
と表裏一体です。

現実の動きは、この“(誤った)良識的な解釈”とは、全く別です。

法務の現場に必要なのは、良識よりも合理的推認

「もし信じて間違っていたらどうなるか」
「疑って間違っていたら何が起きるか」

冷静にリスクを比べれば、自明の結論が見えるはずです。

最悪のシナリオを防ぐために、演技を演技として見抜く。

そして、その上で行動する。

それが、企業法務のプロとしてのスタンスであり、経営者としての姿勢です。

明日から使える“方便読解”のチェックポイント

以下は、弁護士の二面性を見抜くだけではなく、企業法務におけるあらゆる交渉・意思決定に通底する
「構造読解の視点」
です。

・「この人は誰にだけ会わせないのか」を見よ
・「誰が情報の流れを握っているか」をマッピングせよ
・「発言が演出か否か」は、その後の“行動”で判断せよ
・「怒り・焦り・困惑」は、演技を前提に受け取れ
・「誰に何を言って、誰に何を言っていないか」を可視化せよ

こうした視点を持つだけで、情報空間の“主導権”はあなたの側に戻ってきます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02180_黒字でも倒産する現実_逆粉飾という狂気と、経営者に問われる法務リテラシー

黒字なのに倒産できないのか?という相談

先日、ある経営者から、奇妙としか言いようのないご相談を受けました。

「わが社は儲かっている、いえば、儲かっているのですが・・・。 先生、なんとか、この会社を法的整理できませんかね?」

ふつうに聞けば、意味不明です。

利益が出ている会社が、なぜみずから
「法的整理」
という言葉を口にするのか。

頭がおかしくなったのか、と勘ぐりたくなります。

一般的に
「法的整理」
と聞けば、多くの経営者は顔をしかめます。

倒産、破綻、廃業──そんなネガティブな言葉が頭に浮かぶからです。

それが、どういうわけか、この経営者は、自ら
「法的整理」
を望む。

そこには必ず、この経営者なりの
「事情」
がある。

我々弁護士が相談を受けるときに本当に見ているのは、表に出た言葉ではありません。

その裏に隠された
「真の意図」
です。

言葉だけを鵜呑みにして法律を当てはめても、本当の出口にはたどり着けないのです。

この手の相談には、必ず、世間の常識からかけ離れた、
「事情」
が隠されているものです。

PLは黒字、でもBSは火の車

「儲かっている会社」

「財務的に健全な会社」
は、まったくの別物です。

損益計算書(PL)では黒字。

ところが貸借対照表(BS)を見れば、債務超過。

実態は火の車──こんな会社は、巷にゴロゴロ転がっています。

為替差損益や評価損益といった、一過性の要因で、見かけ上、帳尻だけが何とか合っている。

そんな紙一重の健全性が、かろうじて保たれているケースも少なくありません。

数字の上では一瞬つじつまが合うこともある。

しかし、それは実態を覆い隠しただけで、健全性は砂上の楼閣にすぎないのです。

「まだ儲かっているから大丈夫」
という安易な思い込みは、命取りになります。

見かけの黒字に惑わされてはいけません。

判断基準はもっと単純です。

では、法的整理の世界では、どんな会社が対象になるのか。

法的整理の要件はシンプルです。

「債務超過」

「資金繰り破綻」。

黒字であろうと儲かっていようと、このどちらか、または双方に当てはまれば、対象となります。

つまり
「黒字だから倒産できない」
というのは、ただの幻想にすぎません。

それでも「逆粉飾」はあり得ない

この経営者とのやりとりの中で、唐突にこんな言葉が飛び出しました。

「先生、じゃあ・・・“逆粉飾”ってできないんですか?」

私は一瞬、耳を疑いました。

儲かっている会社を、わざと赤字に見せかける。

通常の「粉飾決算」とは正反対の手法です。

まるで、まだ息がある会社を、ストレッチャーに縛りつけて火葬場に直行させるような発想。

そんな危険な
「裏技」
を、本当に実行しようとする経営者も、ごく稀に存在します。

もちろん即答しました。

「それは違法です。絶対にやってはいけない」

逆粉飾は、金融商品取引法や会社法、さらには税法にも抵触する、犯罪行為です。

最悪の場合、刑事罰の対象となったり、多額の追徴課税を課されたりする可能性があります。

経営を救うどころか、経営者自身を奈落の底に突き落とすだけです。

「法的整理」は最後の武器

焦った経営者ほど、安易な裏技にすがろうとします。

けれども、本当に使うべきは違法な小細工ではなく、正規のルートです。

ここで登場するのが
「法的整理」
です。

法的整理とは、裁判所の制度を利用し、債権者との関係を一気にリセットして再建の舞台を整える公式ルート。

任意の交渉では埒があかないときにこそ使われる、正真正銘の武器です。

法的整理の本質は、会社をつぶすことではありません。

「事業再生」
にあります。

たとえば、病気にかかったとしても、早期発見・早期治療であれば、回復する可能性は高くなります。

しかし、末期癌になってからでは、手遅れです。

会社経営も、それと同じです。

手遅れになる前に、手を打つこと。

法的整理も同じです。

最後の武器ではあるけれど、それは禁じ手や裏技ではありません。

正しく使えば、会社を再生へ導く正式なカードなのです。

「ミエル化」して初めて道が開ける

ただし、武器は、やみくもに振り回しても意味がありません。

この経営者に伝えたのは、まず
「違法なことはしない」
という大前提。

その上で
「会社の状態を正しくミエル化する」
ことでした。

黒字なのか赤字なのか。

資産はどの程度毀損しているのか。

債務はどの水準にあるのか。

数字を正しく言語化し、未来像を文書化し、経営の行動計画としてカタチ化する。

そうして初めて、この経営者の真の意図──法的整理の、その前にある選択肢──事業承継、M&A、事業再編など──が具体的に見えてきます。

要するに、経営者が本当に問われているのは
「法的整理をするかどうか」
ではないのです。

むしろ
「会社の現状を直視した上で、どの未来を選ぶのか」
という、腹をくくった意思決定なのです。

問題がミエル化すれば、解決策は必ず見つかります。

法的整理は決して禁じ手ではありません。

あくまで事業再生を達成するための、最終兵器なのです。

ただし、その武器を間違った使い方をしないこと。

そして、その武器に頼る前に、他の解決策を模索すること。

それこそが、経営者に求められる本物の
「法務リテラシー」
と言えるのではないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02179_「安堵」は命取り!_プロの助言を聞ききれない経営者の末路_弁護士の「耳の痛い話」こそ聞け

企業の経営者や法務担当者の皆さんであれば、誰もが一度は危機状況に直面した経験があるのではないでしょうか。

それは、法的な問題であったり、事業承継の複雑な局面であったり、あるいは不測の事態による突然の損失であったりするかもしれません。

そんな時、専門家へ相談にいらっしゃる皆さんの多くは、まさに
「藁にもすがる思い」
で助けを求めてこられます。

私たち弁護士は、そうした皆さんの窮地を救うべく、全力を尽くします。

休日返上、徹夜での対応も、決して珍しいことではありません。

一刻も早く、その危機から脱していただきたい。

その一心で、専門家としての知識と経験を総動員し、最善の解決策を提案します。

そして、ようやく一連の緊急対応が一段落し、皆さんが
「これで一件落着」
「危機は去った」
と、安堵の息を漏らす瞬間が訪れます。

まさに、嵐が過ぎ去り、ようやく穏やかな日差しが差し込んできたかのような感覚でしょう。

「安堵」が招く、もう一つの危機

しかし、ここで、私たちはしばしば耳にすることになる言葉があります。

「先生、おかげさまで、もう大丈夫です。これ以上、先生に煩わしい思いをさせる必要もありませんし、費用もこれ以上かけるのは馬鹿らしい。これまで本当にありがとうございました。ええ、もう十分です」

この言葉は、私たち弁護士にとっては、まるで冷水を浴びせられるような衝撃を伴います。

なぜならば、私たちプロの目から見れば、その問題は一時的な沈静化に過ぎず、根本的な解決には至っていないことがほとんどだからです。

まさに、熱が下がったからといって、病気が完治したと勘違いするようなもの。

あるいは、火事が消えたからといって、延焼を防ぐための防火対策を怠るようなものです。

にもかかわらず、このように言い放つ企業は、その後の具体的な対策や、新たなリスクへの備えを怠ります。

そして、数ヶ月も経たないうちに、同じ、いや、より複雑で深刻な問題が再燃し、再び専門家へ、以前よりも焦った顔で助けを求めてくるのです。

これは、安堵が招く、もう一つの危機と呼ぶものです。

「プロの助言」は、なぜ「耳の痛い話」になるのか?

では、なぜこのような事態が繰り返されるのでしょうか?

それは、危機状況において、弁護士の言葉を部分的にしか聞いていないからです。

緊急対応を要する局面では、目の前の火を消すことに全神経が集中します。

それは当然のことです。

しかし、弁護士が提供するのは、その場しのぎの消火活動だけではありません。

その根底にある法的なリスク、将来的に顕在化しうる隠れた問題、そして、二度と火種を生まないための恒久的な仕組みづくりまで、全体像として提示しているのです。

ところが、
「もう大丈夫」
という安堵感、あるいは
「これ以上費用をかけたくない」
というコスト意識から、経営者によっては、弁護士の言葉の中から、
「危機が去った」
という部分だけを都合よく聞き取り、その後の
「耳の痛い話」──例えば、再発防止策や潜在リスクへの備え、継続的な法務体制の強化といった助言
には、耳を傾けなくなってしまうのです。

ある製造業のケースです。

製品の欠陥が見つかり、緊急リコールが必要になりました。

弁護士は、迅速に法的な対応策を構築し、プレスリリース案を作成するなど、目先の危機を乗り越えるために奔走しました。

事態は沈静化し、会社も
「これで一安心です」
と、胸をなでおろしました。

しかし、弁護士は同時に、根本的な品質管理体制の見直しや、サプライチェーン全体のリスク評価、さらには同種の問題が将来的に発生しないための契約書の見直しまで提案していました。

ところが、会社側は
「緊急対応が終わったのだから、そこまでやらなくても良い。もう弁護士の力は必要ありません」
と、これらの提案を後回しにしただけでなく、いきなり、費用が高いと難癖をつけはじめました。

弁護士から見れば、その問題は
「一時的な休止」
に過ぎず、根本的な解決には至っていなかったからです。

それでも、彼らは耳を貸そうとしませんでした。

むしろ、
「くどい」
と言わんばかりに、弁護士を解任しました。

それは、弁護士のそれまでの尽力を踏みにじるような言動です。

まるで、危機の間だけは救命ボートにしがみつき、岸に着いた途端に、恩人を突き飛ばすような振る舞いです。

数ヶ月後、別の製品ラインで、同様の欠陥が発覚しました。

しかも、前回よりも広範囲にわたり、社会的な信用失墜は避けられない状況でした。

「先生、大変です! あの問題が再燃して、今、大変なことになっています。どうか、もう一度お力をお貸しください!」
経営者は再び弁護士に助けを求めてきました。

一度後回しにした対策は、その後の状況をより複雑にしていたのは言うまでもありません。

危機が去ったと勘違いし、一度は縁を切ったはずの相手に、再び頭を下げて助けを求める。

この滑稽な状況は、その経営者が
「信頼」
というものを、いかに軽んじていたかを如実に物語っています。

このような事例は枚挙にいとまがありません。

共通しているのは、プロの助言を都合よく解釈し、全体像を捉えなかった点、そして、
「信頼」
という極めて実務的な
「資産」
を軽んじていた点にあります。

弁護士の言葉を「ミエル化」する「3つの聞き方」

ビジネスにおける
「信頼」
は、単なる感情論ではありません。

それは、企業の存続を左右する、極めて実務的な
「資産」
なのです。

その資産が曖昧なままだと、いざという時に、まさかの事態があなたを襲います。

信頼は、空気のようなものです。

あるのが当たり前すぎて、その存在に気づかない。

しかし、それが一度なくなれば、呼吸すらできなくなります。

ビジネスの世界では、この
「信頼の空気」
を、意図的にミエル化し、カタチにしなければなりません。

危機状況における弁護士の話の聞き方として、以下の3つのポイントをお伝えしましょう。

(1)「緊急対応」と「恒久対策」を分けて聞く

弁護士が話す内容には、目の前の「緊急対応」と、将来を見据えた「恒久対策」の2つの側面があります。
緊急対応が終わった後も、恒久対策に関する話にこそ、真の価値があることを理解し、継続して耳を傾けることです。

(2)「安堵の言葉」に惑わされず「次のリスク」を尋ねる

危機が一段落しても、「これで本当に終わりですか?」「他に潜んでいるリスクはありませんか?」と、積極的に質問してください。
弁護士は、最もリスクをミエル化できる立場にいます。 その知見を最大限に引き出す努力をしてください。

(3)「費用」ではなく「投資」として捉え、「信頼」を「カタチ」にする

危機対応にかかる費用は、単なる出費ではありません。
それは、将来のより大きなリスクから会社を守るための投資です。
そして、弁護士との関係も、信頼という見えないものをカタチにしていくプロセスです。 曖昧な関係性では、いざという時に、会社を守るチームは機能しません。
契約書や取り決めをフォーマル化し、費用も明確にすることで、真の信頼関係が構築されていくのです。

真の「危機管理」とは、未来への「投資」である

「危機は去った」
という言葉に安堵し、プロの助言に耳を傾けなくなること。

それは、新たな危機を自ら招き入れるようなものです。

真の危機管理とは、目先の
「沈静化」
だけに囚われず、常に未来を見据え、潜在的なリスクをミエル化し、それに対する備えをカタチにしていくことに他なりません。

専門家を上手につかう経営者は、
「曖昧な関係」
では、前に進めないことを知っています。

言葉だけの
「感謝」
や、口約束だけの
「協力」
では、次の危機は乗り越えられないことを、知っています。

要するに、持続的な成長を遂げている企業は、専門家が提供する知恵と経験を最大限に活用することで、無用なトラブルを避け、不測の事態に動じることなく、確実に問題を解決しつつ
「強靭なビジネス」
を築き上げている、ということなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02178_調整役はつらいよ:弁護士間の意思疎通_“火消し役”にあらず

依頼者にとっては“最強布陣”であるはずの複数弁護士による共同受任。

その調整役というと、
「損な役回り」
と思われがちですが、実のところ、“うま味”があるポジションでもあります。

依頼者との距離が近い弁護士がその役に就けば、関係者間の交通整理を通じて、案件の動線そのものを握ることができます。

全体を俯瞰する立場にもなりやすく、結果として、主導権をとることもでき、裁量の幅も広がっていきます。

とはいえ、それでも、調整役はしんどいのです。

たとえメリットがあったとしても、その立場には、必ず“火の粉”が降ってき、しがらみがまとわりつき、ストレスの“サンドバッグ”として扱われることもあるからです。

特に、弁護団のように、濃い個性と強い主張がぶつかり合う“寄り合い”所帯では、
「みんなの矛先」
を引き受けることになります。

同じ目的のはずなのに、同じ方向を向いていない。

戦うべき相手は外にいるはずなのに、気がつけば内側で足を引っ張りあっている。

地獄絵図のような利害衝突のオンパレード。

気づけば、内部のすれ違いを咀嚼し、外部の誤解を修正し、誰かの不満や愚痴の“受け皿”としての役回りに奔走し、依頼者から感謝されるどころか、内側からも外側からも不満をぶつけられ、声を上げるより先に、ため息が出てくる。

それが、調整役という名の、見えない重荷です。

弁護団は「分かり合えない者たち」の寄り合い所帯

そもそも、複数の弁護士がチームを組んだとき、最初から共通の戦略イメージなど存在しません。

・訴訟技術を重視する人
・事実調査を最優先にする人
・依頼者の納得感にフォーカスする人
・「勝ち筋」よりも「筋の通し方」を気にする人

同じ弁護士でも、これほど考え方に差が出ます。

さらに困るのが、
「頭がいい」
人たち特有の厄介さ。

誰もが自分の思考回路がいちばんスジが通っていると思っている。

だから、すれ違いが起きても
「理解のギャップ」
ではなく
「相手の見当違い」
だと感じてしまうのです。

そして、会議後のSlackにはこんなメッセージが飛び交うのです。

「◯◯先生、何も分かってないですね」
「いやいや、それって完全に的外れじゃないですか?」
「こうなると、最初から自分たちだけでやるべきだったのでは」

・・・こうして、内部に“火種”が燃え広がっていくのです。

カギは「ミエル化」

では、どうすれば調整役として、仲間内の火を鎮めることができるのか。

それは、“それぞれの無意識の前提”を、あぶり出すことから始まります。

たとえば、

・ある弁護士は、「立証責任の所在」から逆算して考えている
・別の弁護士は、「裁判官がこの主張をどう受け取るか」で判断している
・もう一人は、「依頼者の納得と世間体」を優先して発言している

その違いは、本人ですら言葉にできていない
「思考のOS」
の差です。

ここで調整役が果たすべきは、この“OSの違い”を、言葉にして場に出すこと。

いわば
「ミエル化」

「カタチ化」
です。

「いま◯◯先生は、証明責任の所在を意識したうえで、この進行を提案されていると思います」
「一方で、△△先生のご懸念は、証拠が揃っているかどうかではなく、依頼者がこの手法に納得するかという点ですよね?」

このように、“議論のすれ違いの構造”を、全員にとって見える形にしてあげるのです。

これができるだけで、無用な摩擦の半分は消えます。

調整役の最初の使命は、意見をまとめることではありません。

前提をミエル化することなのです。

「方針決定」は勝手にやらせない:議事と役割のフォーマル化

もうひとつ、調整役として絶対に避けたいのが、
「方針がいつの間にか決まっていた」
という空気です。

ある弁護士が言った発言に、他の弁護士が無言だった。

それを
「異論なし」
と受け取った依頼者が動いてしまった。

その結果、
「いや、自分はそんな合意をした覚えはない」
という食い違いが勃発する。

・・・この種の“合意錯誤”こそ、弁護団の崩壊を招く火種です。

こうした事態を防ぐには、方針・発言・合意を、きちんと文書化・フォーマル化しておく必要があります。

・その意見は「検討事項」なのか「合意事項」なのか
・「担当」なのか「参考意見」なのか
・全員が「この件を了承した」のか、それとも「聞き流しただけ」なのか

調整役は、これらをその場で言語化し、明文化し、共有すること。

記録を残すだけでなく、
「その場で言って」
「その場で確認する」
プロセスが欠かせません。

会議の最後には、こういうひと言が必要です。

「では、いまの話は“次回までに各自で検討する論点”ということで、合意してよろしいですね?」
「この件の連絡は、A先生から依頼者に、B先生から代理人弁護士に、それぞれお願いするという整理で進めてよろしいでしょうか?」

こうした
「場の整頓」
が、チーム全体の混乱を未然に防ぎます。

調整役が壊れてはいけない:守りたいのは“事実”と“記録”

最後にもうひとつ。

調整役は、しばしば感情の矢面に立たされます。

「◯◯先生、あれはさすがにまずいよ」
「△△先生が、またあんなメール送ってきましたよ・・・」
「あなたが止めてくれないと困るんですけど」

調整役が、感情の受け皿になってしまってはいけません。

調整役の仕事は、“事実”と“記録”を守ること。

・どの発言が誰から出たか
・何が確認され、何が未決か
・誰が何に同意したのか

調整役がそこに冷静に立っている限り、弁護団は壊れません。

逆に、調整役が感情的になれば、たちまち全体が崩れます。

泥仕合の裏側で、泥にまみれながらも、
「場の秩序」
を維持する。

それが、調整役という“中の人”の仕事なのです。

まとめ

複数の弁護士が関わる案件では、調整役は
「味方」
ではなく
「防火壁」
です。

その任を全うするには、以下のような技術が求められます。

・すれ違いの論点を「ミエル化」する
・合意と意見を「フォーマル化」する
・全員の認識を「言語化」する
・感情を背負わず、事実と記録に徹する

戦うのは、外の相手ではありません。

内なるカオスとの戦いです。

その火を鎮め、依頼者の利益を守り抜く。

それが、火種の絶えない現場で、全体を壊さずに、依頼者を勝たせる“影の采配”です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02177_刑事事件は社内から始まる_企業法務の刑事化リスクその2

「企業法務は民事マターが中心」
いまだにそんな牧歌的な幻想を信じている法務部員や経営者が、想像以上に多いようです。

契約書の条文を丁寧にチェックし、利用規約の文言に頭を悩ませ、取引先との合意形成に汗をかく。

いずれも立派なお仕事です。

しかし、その丹精込めて整えている社内業務のど真ん中に、もし“刑事事件の地雷”が埋まっていたとしたら、どうしますか?

企業活動のすべての場面には、刑事事件のリスクが潜んでいます。

しかも、その引き金は
「巨悪の陰謀」

「反社の暗躍」
などではなく、
「手続きの勘違い」

「現場の甘えた判断」
「部署間の情報共有不足」
といった、ごくありふれた“日常のズレ”なのです。

「うちは大丈夫」
と言い切れる会社ほど、何の備えもなく、無防備にその地雷を踏み抜きます。

企業の日常が、どのように刑事事件につながるのか、実際のパターンをもとに確認していきましょう。

パターン1:隣の部署の「ちょっとした工夫」が、法務を巻き込む

経営企画や営業の担当者が、会社の数字を
「良く見せる」
ために、ちょっとした
「工夫」
をすることがありますね。
それが悲劇の始まりです。

・背任・横領(会社法・刑法)
「この新規事業の件ですが、A社に業務委託するのが一番かと」
こんな稟議に押印したことはありませんか?
そのA社、実は、実体なし・設立1年・社長はボスの交際相手。
そこに、毎月300万円の“コンサル料”が流れていたとすれば、それは「経営判断」ではなく、立派な「背任」・「横領」です。
経理の現場担当者が、小口現金をちょろまかすレベルとはワケが違います。
会社のカネを自分の財布と勘違いしている役員――あなたの会社に、 思い当たる人物はいませんか?
その尻拭いをするのは、最終的に法務部の仕事なのです。
要するに、法務担当者も共犯と見なされかねない、ということです。

・粉飾決算(金融商品取引法・詐欺罪)
「今期、ちょっと数字が足りないので、来月の売上を前倒しで計上しておきました」
営業部長が、胸を張って報告してきます。
銀行融資の審査が近いから、見栄えを良くしたい――その気持ち、わからないでもありません。
その売上の請求書、本当に発行していますか?
納品の実態はありますか? 請求書の発行や納品実態が伴っていなければ、それは“見栄えを良くする工夫”ではなく「粉飾」です。
銀行を騙してカネを引っ張れば「詐欺罪」です。
上場企業であれば「金融商品取引法違反」で一発アウトです。
その時点で、警察のご厄介になる可能性が現実味を帯びてきます。
市場と投資家を舐めた罪は、想像するよりはるかに重いです。
もはや「現場のがんばり」で済まされる話ではありません。

パターン2:「税金」と「残業代」は、忘れたころに牙をむく

カネとヒト。
会社経営の根幹ですが、ここも地雷の宝庫です。
特に税務署と労基署は、一度目をつけたら徹底的にしゃぶり尽くす、ハイエナみたいなプロフェッショナルですからね。

・脱税(法人税法など)
「この経費、落ちますかね?」というグレーな処理が常態化していませんか?
売上の除外、架空外注、海外子会社での利益飛ばし――“節税”のつもりでしょうが、一線を越えれば、ただの「脱税」です。
税務調査で「これは悪質ですねえ」と指摘されて、重加算税払って終わり?
甘いですね。
その時点で、国税局査察部(通称マルサ)はすでに動いているかもしれません。
あなたが「民事の話」と思っていた税務調査の資料をすべて持っていき、ある日突然、逮捕状をプレゼントしに来ますよ。

・労働基準法違反(長時間労働・残業未払い)
「彼は裁量労働制だから、残業代は不要」
そう断言できる法的根拠はありますか?
名ばかり管理職、36協定を無視した無茶な長時間勤務、過労死ライン超えが常態化しているようなら、それはもう、熱心な職場じゃなく、犯罪現場です。
社員が倒れたり、内部通報がなされたり、労基署に話をもっていったらどうなるか。
「悪質」と判断されれば、書類送検じゃ済みません。
安全配慮義務違反で経営陣の刑事責任は免れません。
労災隠しや事故隠蔽、虚偽報告などは、論外です。

パターン3:「業界の常識」は、世間の非常識  

「この業界では、昔からこうやってるんで」
思考停止した担当者が吐く、最も危険なセリフです。

・独禁法違反(談合・カルテル):
仲良しクラブの「紳士協定」が会社を滅ぼす 同業他社との情報交換会。
和やかな雰囲気で「この案件はA社さんで、次は当社で」
こんなやり取り、していませんか?
それは立派な「談合」です。
公正取引委員会は、あなたたちの「阿吽の呼吸」を決して見逃しません。
“業界の呼吸”が、「独占禁止法」に抵触するのは言うまでもありません。
公正取引委員会は、情報交換という名の“紳士協定”を見逃しません。
課徴金で利益が吹っ飛ぶだけではありません。
悪質と見なされれば、担当者も役員も刑事告発です。
「みんなでやれば怖くない」?
いえいえ、「みんなまとめてパクられる」時代なのです。

・不正競争防止法違反(営業秘密の漏洩):
辞めた社員の「お土産」が、時限爆弾になるエース級の社員が、競合に引き抜かれました。
その時、彼(彼女)が手ぶらで辞めていったと、本気で信じていますか?
顧客リスト、開発中の技術データ、営業秘密。
USBメモリ1本で、会社の命運を左右する情報がごっそり持ち出されます。
それが競合の製品に使われたら?
刑事罰を伴う「不正競争防止法違反」です。
「性善説で社員を信じたい」?
その気持ちは大切ですが、裏切られた際のリスクを甘く見てはいけません。
裏切られた時の代償は、想像を絶しますよ。

ヤバい匂いはどこから来る? 刑事事件化する「入口」

企業が刑事事件に巻き込まれる
「きっかけ」
は、そこら中にあります。

1.内部からの「チクリ」:
一番多いのがこれ。
冷遇された社員、不当にクビになった退職者。
彼らの恨みは、あなたが思うより深い。
そして、社内のホットラインや弁護士事務所、マスコミにタレ込むのです。

2.当局の「定期検診」:
税務調査、労基署の臨検、公取の立入検査。
彼らは「何かおかしい」という臭いを嗅ぎつけるプロです。
最初はただの行政調査のつもりが、ヤバい物証が見つかって刑事事件に切り替わる。
よくある話です。

3.取引先からの「逆ギレ」:
無理な値引きを強要したり、不当な返品を繰り返したりしてませんか?
追い詰められた下請けが、公取や警察に泣きつくんです。

4.SNSという「火薬庫」:
今や、一人のバイトの不適切投稿が、会社を上場廃止寸前まで追い込む時代です。
炎上から過去の違法行為が掘り起こされ、メディアが飛びつき、警察が動く。
この連鎖は、もう止められません。

「民事」か「刑事」か? プロはここを見る

「この件、パクられる可能性ありますかね?」
と聞かれた時、私たちは、次の5つの視点でヤバさの濃度を測ります。

1.損害額のデカさ:
被害額が数千万、億単位なら、当局も「これは見過ごせねえ」となります。

2.組織性・常習性:
単発のミスじゃなく、会社ぐるみで、しかも繰り返しやってる。
これはもう確信犯と見なされます。

3.ご担当役所の本気度:
税務署、公取、労基署。彼らが「徹底的にやる」と腹を括ったら、もう逃げられません。

4.被害者の「怒り」:
被害者が「絶対に許さん!」と刑事告訴でもしようものなら、警察も動かざるを得ません。

5.メディアへの露出度:
テレビや新聞でデカデカと報じられたら、もう後には引けません。
「社会的影響」を考慮して、見せしめ的に立件されるケースです。

これらがそろえば、
「民事対応で済む」
は、もはや通用しません。

要するに、
「悪質さ」

「世間への影響」。

この2つが揃ったとき、
「民事の話」
は、あっという間に
「刑事事件」
に化けるのです。

結論:「火消し」ではなく、「火の番」が法務の役割

刑事事件リスクは、ある日突然、隕石のように空から降ってくるものではありません。

あなたの会社の日常業務の中に、ウイルスみたいに潜んでるのです。

そして、
「対応の遅れ」
「調査の不誠実さ」
「説明責任の放棄」
という会社の免疫力が落ちた時に、一気に発症して全身に転移します。

法務部の仕事とは、コトが起きてから弁護士に泣きついて、高いカネを払って後始末をすることではありません。

そんなものは、ただの
「敗戦処理」
です。

本当の仕事は、日常業務のあらゆるプロセスで、常に自問自答することです。

「このやり方、法的にセーフか?」
「このカネの流れ、誰かに後ろ指さされないか?」
「この判断、万が一、表沙汰になったとき、世間に説明できるか?」

その問いかけを、経営判断の初期段階から、DNAレベルで組織に組み込む。

それこそが、法務に課された最大の責任であり、唯一無二の存在意義なのです。

「ウチは大丈夫」
なんていう甘っちょろい幻想は、今すぐドブに捨てなさい。

リスクは、常にあなたの隣で、ニヤニヤしながら牙を研いでいるんですから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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