00391_賃料を払っていたが、敷金を差押さえられた。もはや、賃貸借の解除はやむを得ないか?

そもそも、わが国においては、私人間でどのような約束をしても、原則自由であり、法的効力が認められます。

これは、旧来の封建的な制約をなくして、自由な経済活動をできるだけ拡大することが、競争による経済の発展を目指すわが国の国是にかなうと判断されたことによります。

ところが、契約を全く当事者の自由に任せてしまうと、強者による弱者の恒常的支配が生じ、このような歪な経済環境を放置すると、社会不安を生じ、かえって経済の発展を阻害しかねない、ということが認識されるようになりました。

こうして、私人間の契約原理にも社会政策目的が反映されるようになり、特定の契約関係に関し、契約自由の原則が大幅に修正されるようになりました。

その大きな例として挙げられるのが、本事例でも問題となっている借地借家契約です。

店子に債務不履行があった場合、大家からの解除によって賃貸借契約は終了するはずです。

しかし、些細な債務不履行で即時契約が解除されるとなると、店子は簡単に住居や営業拠点を失い、店子の経済活動が著しく制限されてしまいます。

このような背景のもと、1964年に
「相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意が賃借人にあると断定できないから、賃貸人による解除権の行使は信義則に反し、許さない」
との最高裁判例が下され、以来、大家からの自由な解除を制限する理屈として
「信頼関係破壊の法理」
なる判例法が確立しました。

すなわち、
「信頼関係を破壊しない程度の契約違反くらい大目にみてやんなさい」
などと、
「約束したことは守るべし」
という単純かつ明快な契約の本質が、大家にとってこの上なく迷惑な形で、大幅修正されるに至ったのです。

設例と類似のケースとして、店子が銀行取引停止処分を受け、さらに税金の滞納処分として差し押さえを受けたものの、店子が破産宣告を受けることなく営業を継続して賃料支払に不履行がなかったが、大家が賃貸借契約を解除した、という事件がありました。

この事件について、東京地裁平成4年12月9日判決は、
「賃貸借契約を継続しがたい事実関係が発生したとは言えない」
として、銀行取引停止処分と差し押さえを理由とする大家からの賃貸借契約解除を認めませんでした。

すなわち、東京地裁は、
「賃料の支払はしているわけだから、敷金にちょいとツバを付けられたくらいで、ガタガタ騒ぎなさんな」
と考え、
「この程度では信頼関係は破壊されていない」
という評価をしたわけです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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