00975_企業法務ケーススタディ(No.0295):M&Aのセルサイド(売り手)の交渉戦略

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年10月号(9月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十七の巻(第67回)「M&Aのセルサイド(売り手)の交渉戦略」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
脇甘商事株式会社 子会社 サニー・ギガ・エナジー社(「サギエナジー社」)

M&Aのセルサイド(売り手)の交渉戦略:
4年前に買収した連結子会社を買いたいという会社が現れました。
4期連続赤字決算の子会社を切り離す絶好のチャンスです。
相手方は、月内決裁であれば、簡易なデューディリでA4ペラ3枚程度の株式譲渡契約で3億円即金でいい、といっていますが、当社としては、たっぷり時間をかけ、慎重に事を進め、M&Aにふさわしい電話帳のような契約書を作るような正統なM&Aしか受け付けるつもりはありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:M&Aの意義と取引の流れ
M&A(Mergers and Acquisitions)は、
「企業の合併・買収」
に限らず、業務提携等のゆるやかな企業結合等も含めた意味として用いられます。
その経済的意義は、同じ市場における競合者を対象としたり(水平的統合)、自社の供給業者(例えば小売業にとってのメーカー)を対象とすること(垂直的統合)で、規模の経済や取引コストの低減等のシナジー効果を実現したり、事業の多角化または新規参入にあります。
M&Aは、一般的には次のような流れで行われます。
1.売り手と買い手の接触(M&Aアドバイザー介す場合あり)
2.秘密保持契約(NDA)の締結
3.当事者(主に買い手)によるデューデリジェンス(以下「DD」)
  買い手が対象企業の事業価値等を把握してM&Aの実施の可否や価格等の条件を決断すべく、財務DD(会計士による企業価値査定)、法務DD(弁護士による企業法務リスク調査)等
4.M&A取引を実現する際の契約書締結(株式譲渡契約書等)
5.クロージング(株式譲渡の手続きや代金の決済等を行って、M&A取引の履行を完遂)

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:買い手側の事情と表明保証条項
買い手としては、対象企業が上場会社でない限り、売主の協力なく対象会社の正確な情報を入手することはできません(情報の非対称性)し、上場会社であっても有価証券報告書等に適時に反映されていない情報もあり得ます。
そこで、買い手としては、DDを実施することが通常ですが、M&Aは限られた時間の中で限られた人員とコストの下で行われるものである以上、買い手が網羅的かつ正確な情報を全て入手して精査することは困難です。
そこで、情報の存否及び正確性を前提とした事項に関するリスクを売り手に転嫁するべく、株式譲渡契約書において表明保証条項を入れることが通常です。
表明保証とは、契約の一方当事者が他方当事者に対し、当該契約の目的物等に関する所定の事実が、所定の時点において真実かつ正確である旨を表明し保証するものをいいます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:買い手が買い急ぐ場合における、売り手が取るべき功利的なM&A交渉姿勢
売り手にとって最も有利な法的立場は、
「現状有姿で、売り逃げる」
ことに尽きます。
M&Aの契約書のボリュームを増やすことに比例して、売り手は売った後もさまざまな責任を負担させられることになりますので、分厚い契約書はあえて避けるべきなのです。
すなわち、会社内容が見掛けよりボロボロであろうが、見えざる債務や偶発的リスクが山のようにあろうが、保証など一切せず、
「発行する書類は代金の領収証だけで、その他の文書へのサインは一切拒否」
という状態こそが、売り手にとって功利的に最も正しい取引姿勢ということになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:M&Aのセルサイドとしては、「売り逃げ御免で、後は知らん」の態度を貫くべき
裁判例では、
「企業買収において資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから」、
「特段の事情がない限り、上記の原則(筆者注:私的自治の原則)を修正して相手方当事者に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないと解するのが相当である」
としています(東京地判平成19年9月27日)。

助言のポイント
1.M&Aにおける売り手が取るべき正しい交渉態度は、トランプのババ抜きゲームでババを引かせるが如く、「現状有姿で売り逃げ御免」です。
2.M&Aにおける売り手は、極力契約書を薄くし、負うべき責任や負担を骨抜きにしていくこと。
3.売り手のバーゲニングパワーが強大である場合、積極的説明義務を負う可能性もある。また、表明保証条項をよくチェックしておかないと、これにひっかかって、違約金請求等をされるリスクがあるから注意すること。

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00974_企業法務ケーススタディ(No.0294):動画まとめサイトで著作権侵害?

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年9月号(8月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十六の巻(第66回)「動画まとめサイトで著作権侵害?」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
某動画サイト運営者

動画まとめサイトで著作権侵害?:
社長は、当社も動画まとめサイトの運営をし広告収入で儲けようと思いつきました。
リンクを張るだけであれば著作権の問題となるわけがない、と考えます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「リンク貼るだけなら関係ない」と言い切れるか?
著作権のある動画や写真を、テレビやラジオ、インターネットといった公衆の電波上に公開する権利というものがあり、他人の著作物を著作権者の許可なくインターネット上に公開した場合、著作権者の公衆送信権の侵害となります(「公衆送信権」著作権23条)。
インターネット上に公開されている動画のリンクを自らのサイトに張った場合に、著作権の侵害となるかどうかは、経済産業省の
「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」
にて
「他人のホームページにリンクを張る場合の法律上の問題点」
として記載されています。
リンクを張った人は、リンク先へ道案内を行っただけであり、リンクを張った人が公衆の電波に乗せたわけではないと考えられているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:著作権侵害の「共犯」とされるリスク
リンクを張るだけであれば必ずしも著作権侵害とならない、というわけではありません。
他人の行った著作権侵害の幇助、すなわち、他人の行った著作権侵害を助けたとして、違法な行為を行ったとされることがあります。
裁判例では、
1.著作権者の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることがその内容や体裁上明らかではない動画であり、
2.動画のアップロードが著作権者の許諾なしに行われたことを認識し得た時点で直ちにリンクを削除している、ことから、著作権侵害の幇助にあたらないとされたのであり、
裏を返せば、
1´.著作権者の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることがその内容や体裁上明らかな動画であり、
2´.著作権者の許諾なしに行われたことを認識し得た時点で直ちにリンクを削除しなかった場合は、著作権侵害の幇助にあたり得る、
ということになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:動画へのコメントを放置することのリスク
著作権の侵害は民法上の不法行為にあたりますから、著作権を侵害したことによって生じた損害を賠償するようにと金銭を請求されたり、著作権者からの削除を求められたりする場合があります。
動画を掲載したサイトを運営するにあたって広告費用をもらっているような場合、途中で掲載動画を削除したりサイト運営を中断したことによって、違約金等が発生する可能性もあります。
また、動画の著作権者の許諾がある動画についてリンクを張り、その動画に撮影されている人物を誹謗中傷する記事の掲載や、コメント欄を作成し、読者に動画の批判をさせた場合、その人物の社会的評価を低下させる発言として、名誉棄損にあたる可能性があります。
名誉棄損にあたれば、金銭的賠償のみならず、名誉回復措置として謝罪文の掲載を求められることもあるでしょう。
さらに、名誉棄損は、民法のみならず、刑法にも規定されており、公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金が課せられる(刑法230条1項)と規定しています。

助言のポイント
1.「リンクを張るだけなら安心」ではなく、動画の内容や体裁から動画の著作権者に断りなくアップロードされていないか注意深く確認すること。
2.動画の著作権者から削除を求められたすぐに削除すること。
3.動画に対する記事やコメント欄を作成するときは、動画に登場する人に対する誹謗中傷になっていないかよく注意すること。

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00973_企業法務ケーススタディ(No.0293):他社商品の交換部品を作って大儲けじゃ!

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年8月号(7月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十五の巻(第65回)「他社商品の交換部品を作って大儲けじゃ!」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
某コーヒーメーカー

他社商品の交換部品を作って大儲けじゃ!:
社長は、リサクルビジネスを思いつきました。
他社で一度正規に販売されゴミとなったコーヒーカプセルを収集し、コーヒー豆を入れ直して販売する、というものです。
コーヒーカプセルは特許で守られていますが、当社が売るのは、すでに販売して所有権が移動したものだから特許権侵害は関係ない、むしろゴミを減らす社会貢献だと考えます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特許法の保護の範囲
特許法は、発明、すなわち技術的思想を保護します。
形而上の概念領域に、特定の技術を発明した人間が
「私的関所」
を設けることを国家が許可する、というものです。
「私的関所」
を、他人が通行しようとすると、
「関所破り」
として通行を禁じられたり(特許権に基づく差止請求)、通行料(ロイヤルティや損害賠償)を要求されたりします。
「関所の領域」
は、特許請求の範囲(「クレーム」)
に限定されます。
クレームには、
「物」
「方法」
など、その発明の種類が記載されていますが、クレームに記載された具体的内容を実現して、
「使用」
「生産」
することは特許権者しか許されません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:消尽という考え方
特許法の世界では、権利者が適法に販売した特許製品に対しては、以降、特許権の効力が及ばない
「消尽」
という概念(「用尽」) がだされました。
この消尽論が認められる実体的根拠は、
1.特許製品が転々と流通する際に譲渡のたびごとに特許権者の承諾を得なければならないとすると特許製品の流通が著しく妨げられてしまうということと、
2.権利者は、特許製品を販売する際に特許発明の対価を排他的に取得する機会が与えられるのであり、それ以降まで利益を得る機会を与えるなどということになると二重に利得の機会を与えることになり、保護として過剰である
などと説明され、最高裁も、
「特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである」
と述べています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:修理? 再生産?
特許製品の購入者による修理等特定の加工行為は、
「修理」
ではなく、
「再生産」
にあたり、特許権者にしか許されていない
「実施」
が行われているのではないか、という問題が起こります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:キャノンインクカートリッジ事件
この事件では、特許権者ではない第三者が、使用済カートリッジを収集し、インクタンクに穴を開けて洗浄して新たにインクを注入することで、再びしっかり動作するインクカートリッジとして製品化した行為が、特許権侵害かどうかが争われ、第一審は
「修理」
の範囲内で許される、としましたが、知財高裁平成18年1月31日は、消尽しない場面を2つ掲げ、精密な分析を行った結果、特許権侵害である、としたのです。
最高裁平成9年7月1日は、知財高裁と同様の結論を採りましたが、
「新たな製造」
に該当するかどうかによって判断すべきものとし、その際には、さまざまな事情を加味すべきとしたうえで、特許権侵害の結論を導いています。

助言のポイント
1.特許権と所有権はそれぞれ異なる権利。買ったものは自分のものだし、自由にいじくれるが、やり方によっては、他人の特許権を踏んづける場合がある。
2.他人の発明にタダノリしようとしても、そうカンタンにいかない。安易な儲け話に乗るときには、「リスクがある」「裏がある」と疑ってかかろう。
3.特許権の範囲は、一義的に決まらず、アメーバのように、どこまでも広がる危険性がある。他人の特許権を侵すようなビジネスを行う際には、慎重に、保守的に、事前の法的検証を行うこと。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00972_企業法務ケーススタディ(No.0292):委託先の専門業者の個人情報漏えいミスは、会社にも責任!?

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年7月号(6月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十四の巻(第64回)「委託先の専門業者の個人情報漏えいミスは、会社にも責任!?」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)
同子会社 脇甘エステ社

相手方:
IT専門アルティメイト・スプレマシー・ホールディング社(以下「ア・ス・ホール社」)

委託先の専門業者の個人情報漏えいミスは、会社にも責任!?:
子会社の顧客情報2万件が、委託先のIT専門業者から流出しました。
この件が裁判沙汰になると、慰謝料は、個人情報1件につき5万円としても10億円もの損失になってしまいそうです。
しかし、外注業者で流出した事故を当社側が責任を負うのは、いかがなものか、とも考えます。
そこで、社長は、ウェブサイト上に
「今回の件はア・ス・ホール社の責任です(私どもも被害者です)」
などと載せればこと足りる、と考えました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:個人情報保護法
個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」)は、
「高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ」、
「個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めること」で、
「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護すること」
を目的としています。
同法は、個人情報取扱事業者に対して、対象となる
「個人情報」
「個人データ」
「保有個人データ」
ごとに、義務を定めています。
なお、事業分野ごとに主務大臣により作成運用されているガイドラインは、安全管理措置等の具体的内容が定められており、法的な効力を持つものではありませんが、法解釈上の有力な資料として、個人情報の取扱実務にの参考にされるべきものと考えられています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:エステティックTBC事件
個人情報保護法制定の契機となった1つとして
「エステティックTBC事件」があります。
情報を漏えいされたことによって被害を受けたTBC社の顧客らが、TBC社に対し、1人当たり約115万円の、不法行為に基づく損害賠償請求(使用者責任)を求めました。
第一審は、アクセス制限の設定ミスをしたIT業者の過失を認定しました。
その上で、TBC社がウェブサイトの管理を主体的に行い、専門業者に委託したコンテンツの内容の更新修正作業等についても実質的に指揮監督していたと評価して、同社の使用者責任を認めました(控訴審も同旨)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:委託先による個人情報漏えいリスクの予防手段
個人情報取扱事業者は、委託先への必要かつ適切な監督義務を負いますが(個人情報保護法22条)、各ガイドラインによる具体的内容としては、
1.委託先を適切に選定すること
2.委託契約に必要適切な条項を定めること
3.委託先における遵守状況および取扱状況を確認することです。
2については、業務委託契約の
(1)秘密保持義務条項を設け、
(2)責任の分担を明確にし、契約終了後の個人データの返還等に関する事項等を定め、
(3)漏えい等の報告及び調査権限に関する事項等についても定めます。
次に、個人情報の性質(思想等のセンシティブ情報か否か)や数によっては賠償金額が極めて多額になるおそれがあるため、個人情報漏えいを想定した賠償リスクの移転として、保険会社等が扱う個人情報保護保険に加入することも検討すべきです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:委託先による個人情報漏えいリスク顕在化の場合の対応
委託先において個人情報が漏えいしてしまった場合、委託元としては、委託先と連携して、事実関係調査や影響範囲の特定といった検証をし、できるだけ短期間のうちに、
1.謝罪文の掲載など本人への対応、
2.マスメディアおよびび所轄官庁への対応、さらには、
3.漏えい個人情報の拡散防止手段(発信者情報開示請求訴訟や仮処分等)を同時並行的に行うことが必要になります。
当然ながら、業務委託契約において定めた責任の分担に従い、委託先に対して損害賠償を求めることも検討すべきでしょう。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点5:個人情報漏えいの際の賠償対応の考え方
個人情報が漏洩してしまった場合の賠償問題につき確定した法的ルールがない以上、まずはビジネスマターとして対応すべきでしょう。
例えば、新しい施術についての無料体験チケット配るなどして、顧客の怒りを静めつつ、ちゃっかりビジネスチャンスを積極的に創出したりすることも十分検討に値します。

助言のポイント
1.委託先による個人情報の漏えいについては、「専門業者に委託したのだから、責任を負ういわれはない」との理由は通用しないものと心得よう。
2.まずは、委託先を適切な基準で選定し、委託先との間で、安全管理措置に必要な条項を備えた業務委託契約を締結すること。
3.委託先による個人情報漏えいの場合には、委託先との連携の下、速やかに、本人やマスメディア対応・漏えい個人情報拡散防止措置を取ること。
4.賠償を考える場合、ビジネス的なアプローチで顧客の怒りを鎮めるなどの柔軟な方法を検討し、うまく危機を乗り切ろう。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00971_企業法務ケーススタディ(No.0291):約束を守らない消費者にはキツイお仕置き!?

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年6月号(5月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十三の巻(第63回)「約束を守らない消費者にはキツイお仕置き!?」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
某女優

約束を守らない消費者にはキツイお仕置き!?:
ウェディング事業部門の結婚式場のキャンセルポリシーは、申込書へサイン後は総額の50%、入金後は20%、そして、式の6か月前以降は一切返金をしない、としています。
先日、ある女優が式場予約し、現金で全額入金した翌日にキャンセルを申し込んできました。
当社はキャンセルポリシーにより一切の返金はしませんでしたが、相手方は、消費生活センターに駆け込む、ネットに書き込む、訴訟する、ビジネスを潰すと、騒いでいます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:消費者契約法の適用
消費者契約法とは、消費者の利益を擁護することを目的としており、消費者保護に欠ける契約の取り消しを可能にしたり、消費者に不利な条項を無効としたりするほか、被害の発生や拡大を防ぐための差止め請求についても規定しています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:消費者の利益を一方的に害する条項の無効や差止請求
消費者契約法は、以下を無効と規定しています。
1.事業者の債務不履行による損害賠償責任を全部または一部免除する条項
2.事業者が消費者に対し何らかの不法行為を行った際、その損害賠償責任を全部または一部を免除する条項
3.売買契約や請負契約において、対象物に何らかの問題があった場合に、その問題によって生じた損害賠償責任を全部免除する条項
4.契約の解除に伴う損害賠償額の予定のうち当該事業者に生ずる平均的な損害の額を超えるもの
5.消費者の支払いが期日に遅れた場合、未払額に課される金利のうち年14.6%を超えるもの
6.民法等の任意規定よりも、消費者の権利を制限し、又は義務を加重する条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する条項
しかし、消費者に不当な契約条項が含まれていても、一消費者が企業相手に交渉したり訴訟を起こしたりすることは困難を極めます。
そこで、消費者生活センターのような適格消費者団体が消費者を代表して交渉や裁判を行うことが可能となり、事業者が行う消費者に不利な行為につき差止めの請求を行うことも可能となりました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:社名公表によって信用ガタ落ちも
消費者契約法は、キャンセルに伴い事業者に生ずべき
「平均的な損害」
を超える額以上はキャンセル料として徴収してはならないと規定しています。
裁判例では、結婚式場のキャンセル料について、カップルが結婚式を挙げていたのであれば支払うであろう金額から、仕入れる必要のなくなった食材の代金や人件費、そして他のカップルに転売することによって得られる利益を差し引いた額が
「平均的な損害」
にあたるとされました (京都地判平成25年4月26日)。
設例の場合、キャンセルポリシーは無効とされかねませんし、適格消費者団体による差止請求がなされるおそれがあり、差止請求を起こされれば対応だけでなく、社名および事実の概要、裁判や和解の結果を公表されます。
そうなれば企業の信用はガタ落ち、ましてや縁起を重視するようなウェディング業界においては、評判の悪い企業であるとのレッテルが貼られてしまうこと必至です。

助言のポイント
1.消費者契約法は、企業には厳しく、消費者を徹底的に甘やかす、恐ろしい法律です。
2.消費者契約法はいかがわしい詐欺まがい商法をやっている会社にかぎらず、企業の規模や上場・非上場の別問わず、ありとあらゆるBtoC取引(コンシューマービジネス)に適用される。消費者向け商品・サービスを提供するすべての企業は注意が必要。
3.消費者契約法の世界では、たとえきちんと契約書があっても、消費者に不利な契約は、簡単に無効とされる危険がある。
4.消費者契約法に違反すると、「社名公表」されて会社の信用を失い、最悪倒産する。消費者契約法コンプライアンスは、民事問題のみならず、信用問題(ビジネスマター)であることを銘記しよう。

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00970_企業法務ケーススタディ(No.0290):反社会的勢力企業とのお付き合いはなかったことに?

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年5月号(4月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十二の巻(第62回)「反社会的勢力企業とのお付き合いはなかったことに?」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
半紙屋(ハンシヤ)興産 社長 半紙屋 力(はんしや りき)

反社会的勢力企業とのお付き合いはなかったことに?:
当社は、相手会社が反社会的勢力関連企業(以下「反社企業」)であることを知らずに、8000万円の銀行借り入れの保証人になっていました。
本当のことを知らずに保証してしまった当社は、もはや被害者で、したがって、この保証契約の
「無効」
を主張できるはずです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:本当のことを知らずに締結した契約は「無効」?
買主の言い間違いや勘違いがある場合、取引や契約の無効を主張することができ、これを法律上、
「錯誤無効」
といいます。
売主としては、いつ契約の無効を主張されるのかわからず、非常に不安定な立場に置かれてしまいます。
そこで、買主が錯誤無効を主張できる場合を以下のように制限しています(民法95条)。
1.契約の重要な部分に関する錯誤である場合で
2.買主がひどくうっかりしていた場合は、無効を主張できない
また、
「勘違い」
に基づく無効主張の場合は、1、2に加え、
3.契約時に明示または黙示に契約の内容とした場合に契約の無効を主張できる

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:反社企業とのお付き合いは御法度
政府の犯罪対策閣僚会議幹事会は、平成19年
「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」
を公表し、企業が反社会的勢力による被害を防止するため、反社会的勢力との関係遮断を普及・啓発しています。
平成23年3月、東京都暴力団排除条例が制定され、事業者が契約を締結するに際し、
「暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなる疑いがあると認められる場合」
に、契約の相手方が暴力団関係者でないかを確認するよう努める旨を定めており、暴力団関係企業に
「利益供与」
を行った場合、公安委員会より必要な措置を取るよう勧告が行われたり、その事実を公表されたりといった不利益を受けるおそれがあると規定されています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:反社企業への保証行為の有効性に関する真逆の裁判例
錯誤無効の前記3つの条件を満たせば、暴力団排除条項がなくとも無効を主張することは可能です。
債権者が銀行、主債務者が暴力団関係企業、保証人が信用保証協会という事案において、2つの裁判例があります。
1つは無効、もう1つは有効と判断され、この2つはなんと1日違いで出されています。
無効説の裁判例(東京地裁平成25年4月23日)では、1と2いずれも満たすため、保証契約は無効と判断しています。
有効説の裁判例(東京地裁平成25年4月24日判決)は、3の条件を満たさないとして、保証契約を有効としています。
このように、同じ保証契約といえども、その有効無効は裁判所によって判断が分かれるところであり、常にかつ絶対的に保証契約の無効を主張できるわけではないのです。
会社としてはコンプライアンス上、このような企業の保証をずっと続けるわけにはいきませんが、銀行は担保毀損につながる保証解除をそう簡単には認めません。
反社企業に代わって弁済してしまえばローン自体がなくなり保証義務もなくなりますが、これこそ、まさに利益供与となってしまいます。

助言のポイント
1.「勘違い」や「言い間違い」、間違えてたよ、ごめんね~でチャラになることもある。
2.うっかり反社会的勢力関連企業とのお付き合いがないように、暴力団排除条項は忘れずに。
3.保証契約は、主債務者の属性が当然重視されるわけじゃない。主債務者が反社会的勢力関連企業じゃないこともしっかり契約の内容にすること。

※運営管理者専用※

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00969_企業法務ケーススタディ(No.0289):辞めた従業員がライバル会社で暴れ出したぞ!

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年4月号(3月24日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十一の巻(第61回)「辞めた従業員がライバル会社で暴れ出したぞ!」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
脇甘商事株式会社グループ 辛栗(カラクリ)工業株式会社(カラクリ工業) 元営業課長 浦 来留夫(うら きるお)
房総(ボウソウ)ロボット工業株式会社(房総ロボット)

辞めた従業員がライバル会社で暴れ出したぞ!:
退職した元従業員が、辞めて半年後に、同業他社の取締役に就任し、当社子会社の主要取引先と取引を始めたため、当社子会社の売上高は1割程度減少しました。
就業規則に退任後の競業を禁止した規定はないし、元従業員から退職後に競業避止を内容とした誓約書も取っていませんが、社長は、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起すると、息巻いています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:在職中の従業員の競業避止義務
会社には従業員に対する配慮義務が、従業員には会社に対する誠実義務が、課されています(労働契約法3条4項)。
そして、従業員に課される会社に対する誠実義務の典型例の1つとして、会社に在職中は、その会社と競合する他社に就職や同業を開業しないという内容の競業避止義務が挙げられます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:退職後の従業員に一般的に競業避止義務を課すことができるか
従業員の退職後は、両者の適切な合意等がない限り、元従業員に競業避止義務を課すことは認められません。
なぜなら、競業避止義務は、従業員が生きていくために食い扶持を稼ぐ権利すなわち職業選択の自由(憲法22条1項)という、人間としての当然持つべき権利を奪うことにつながることになるからです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:契約書がなければ、退職後はやりたい放題か
退職後の競業避止義務を定めた就業規則や誓約書等が存在し、その内容が合理的なものであれば、会社は元従業員に対して、退職後においても競業避止義務を課すことが可能です。
仮に当該就業規則や誓約書等がない場合であっても、元従業員の行為があまりに異常で違法性が顕著と言い得る場合、当該元従業員は不法行為に基づいた損害賠償責任を負うこともあり得ます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:浦来留夫氏の行為の評価
最高裁判例(最判平成22年3月25日)では、競業避止義務の特約等の定めなく退職した元従業員が、新会社を設立して元会社と同種の事業を開始し、元会社の取引先から継続的に仕事を受注した事例について、競業行為の違法性を否定しています。
設例の相手方の行為ですが、離職後半年以上の時を経て競業行為を行っており、競業行為の態様は元会社の営業が弱体化された状況を利用したともいえません。
さらに、営業秘密に係る情報を用いたりその信用を貶めたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったとの事実もないことから、浦氏の競業行為が民法上違法と評価される可能性はほぼ皆無と考えられます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点5:競業避止の誓約書徴求を
退職後の競業避止義務を設定できるような明確な環境を構築すべきです。
すなわち、就業規則上に競業避止義務に関する規定を設け、その内容は競業避止義務を課す必要のある職務及び地位を特定した上で、競業避止期間及び場所を限定し、さらには競業避止に対する経済的補償等の対価等を定めるとともに、退職後においても同内容の誓約書を徴収することが望ましいでしょう。

助言のポイント
1.退職した従業員は、競業規則や誓約書で明確な競業避止義務を定めていない限り、基本的には「やりたい放題。やられても何もいえない…」となる。
2.退職後の従業員に好き勝手させないよう、性悪説に立って、就業規則や誓約書で、顧客データ持ち出し禁止、取引先接触禁止等をきちんと義務づけておこう。
3.「退職後の競業避止義務条項」のある就業規則や特約等は、その内容を合理的なものにすること。
4.競業禁止の誓約書を取っていない退職した元従業員について、競業行為がムカつくからというだけでは、裁判には到底勝てない。

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00968_企業法務ケーススタディ(No.0288):不都合な事実は隠してしまえ!!

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年3月号(2月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」六十の巻(第60回)「不都合な事実は隠してしまえ!!」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
グループ会社 ベスト・クオリティ電器株式会社(BQ電器)

不都合な事実は隠してしまえ!!:
当社が3年前に買収した家電メーカーから売り出した当時の新製品である温風器の購入者からクレームが続出ました。
そこで、故障を専門に請負う保守・修理センターを立ち上げ、対応していましたが、実は、非常に繊細な作りで修理が難しいため安全装置が入らなくても温風機が作動するように改造して顧客に納めていたことが、再クレームの嵐により発覚しました。
この対応策として、修理履歴を調べ、修理をした製品の無料サービス訪問点検を行い、安全装置がきちんと作動するようこっそりと再修理することを、社長は思いつきました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)
刑法においては、過失致死傷罪(209条、210条)のほか、同法211条1項で、
「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする」
と規定しており、通常の過失致死傷罪よりも厳しく罰せられます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:修理ミスはこっそり直しておけば大丈夫?
保守・修理センターの修理報告に漏れがあれば、手抜き修理がされたまま改修されない当該製品が残存し、今後も人体に悪影響を及ぼす危険があります。
人体に直接影響する深刻な被害を発生させる手抜き修理を施された製品の存在を認識した以上、できる手段はすべて実行し、迅速かつ徹底的に、手抜き修理品を排除する義務があるといえます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:パロマ工業ガス湯沸器事件
平成16年にパロマ工業株式会社製のガス湯沸器が原因で発生した死傷事故の刑事裁判において、業務上過失致傷罪(刑法211条1項)に問われた同社元代表取締役は禁固1年6ヶ月執行猶予3年の有罪判決を言いわたされました(平成22年5月11日東京地裁判決)。
この事件は、同社製ガス湯沸器の点火不良への応急措置として安全装置を作動させずに点火する改造が横行した結果、一酸化中毒による死傷者が各地で相次いで発生したものです。
裁判長は、ガス器具のような人の生命への危険を伴う製品を扱う企業の責任者にはより重い安全配慮義務があることを示し、同社元代表取締役はマスメディアに公表するなどの注意喚起の徹底、すべてのガス湯沸器に対する点検・回収の措置を講じなかったことをもって業務上の過失があったと認定しました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:本件において脇甘社長がすべきこと
裁判例を見る限り、人の身体に悪影響を与えていることをすぐに公表して、把握できる限りすべての製品を点検・改修して、事故の再発を防がなければならない、といえます。
もし、これらの措置を取らずに、再度改造された『潔癖完全くん』によるやけど等の怪我人が発生しすれば、社長が業務上過失致傷罪に問われる可能性は非常に高いといえます。

助言のポイント
1.自社商品に、人の生命・身体に関わる欠陥があることがわかったら、即マスメディアに公表して商品を点検・回収すること。
2.取締役は、人の生命・身体に関わる欠陥商品による事故が発生しているのであれば、物理的に可能な限り事故の再発を防止する義務がある。
3.人の生命・身体の安全に関わる商品の欠陥を隠ぺいすると、バレたときの企業イメージはガタ落、下手をすれば企業は潰れてしまう。

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00967_企業法務ケーススタディ(No.0287):プロジェクト・マネジメント義務

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年2月号(1月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」五十九の巻(第59回)「プロジェクト・マネジメント義務」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)
顧問弁護士 千代凸 亡信(ちよとつ もうしん)
同子会社 IT会社ツツヌケシステム

相手方:
ヤマト銀行

プロジェクト・マネジメント義務:
地方銀行の基幹システムを刷新するというプロジェクトに関わっていた子会社が、刷新されるはずだった全システムが中途半端だったと、訴えられました。
もともと当社社長同士で話が進み、大規模システム開発について合意はしており、そのなかで個別に受注した各ソフトウェアの納品は問題なく履行済みですが、プロジェクトの管理がイマイチだったからとして、これまで支払った金額にプラスして、仮に基幹システムの刷新がうまくできていたら削減できていたはずのコストを上乗し、 損害賠償額111億円を請求されました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ITシステムの開発とは
ソフトウェア開発委託取引は、ユーザーが使用するソフトウェアを、開発側(以下「ベンダー」)に委託して新規開発することを目的とした取引です。
ベンダー側としては、
「この顧客は具体的に何を成し遂げたいのか」
という要件を聞き取り、ソフトウェア開発の目標として策定する行為(要件定義行為)を行った上で、進捗管理をしながら、その要件を実現するソフトウェアを製作することになります。
これが大規模システムの開発ということになると、各要件を実現する個別のソフトウェアを開発した上で、これらが合理的に動作するように
「統合」
する必要があり、現代では、このようなシステム開発案件は、要件定義等の上流工程を大きなIT企業が一手に行い、かつ、個別の開発部分を外部委託しながら、その成果物を組み合わせて1つの整合性を持ったシステムを作り上げるといった複雑な製作工程が取られています。
システム開発を受託した企業がどのような法的義務を負担しているのかは明確にし難く、要件定義を行ったうえに有意な各ソフトウェアを開発納入することで義務が全て果たされるのか、それとも、ソフトウェアが結合した形で有意に動くシステムを開発する義務まで認められるべきと考えるのかが問題となります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:プロジェクト・マネジメント義務
ベンダーは、システム開発全体にわたって、すべての状況を具体的に把握しながら進捗を管理すべき具体的な義務があります。
裁判例では、大規模プロジェクトを管理する側には、個別のソフトウェアの納入といった目にみえやすい成果物を納入すべき義務があるだけでなく、プロジェクト全体をマネジメントすべき義務があるとされました(東京地裁平成16年3月10日判決)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:裁判例の趨勢
別の裁判例では、プロジェクト・マネジメント義務がより具体化・広範化され、納入する個別のソフトウェア(パッケージ)がシステム構築との関係でどのような影響を与えるべきものなのかを子細に検討した上でユーザーに情報を提供しなければならないと示され、74億円の賠償命令がベンダー側に下されました(東京地裁平成24年3月29日判決)。
その後、平成25年9月26日には東京高裁において、認容額が一部減額(41億円に減額)されたものの、ユーザー側の言い分が主として認められ、ベンダー側は企画・提案段階でも想定リスクを具体的に説明すべき義務があるとするほか、
「契約に基づき、本件システム開発過程において、適宜得られた情報を集約・分析して、ベンダとして通常求められる専門的知見を用いてシステム構築を進め、ユーザーに必要な説明を行い、その了解を得ながら、適宜必要とされる修正、調整等を行いつつ、本件システム完成に向けた作業を行うこと(プロジェクト・マネジメント)を適切に行うべき義務を負う」
との判断がなされました。

助言のポイント
1.システムの完成なんて請け負っていない!? そんなの関係ない。いつの間にか「信義則上」、システムの完成に向けた合理的な努力を行うべき義務(プロジェクト・マネジメント義務)が認められることがある。
2.システム提案時から「どのような阻害要因があって、どのように乗り越えられるのか」、はたまた「どの程度の追加費用がかかりそうなのか」、について十分な分析を行い、都度、説明する必要がある。
3.要求をコロコロ変えるユーザーのせい? そんなもの議事録等で事後的にしっかり確認できなければ、何の意味もない。現場の人間の「大丈夫です!」みたいな勝手なコミュニケーションが後々致命傷になる。コミュニケーション管理を徹底しよう。

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00966_企業法務ケーススタディ(No.0286):繁盛店を丸ごとパクって大儲けじゃ!

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2014年1月号(12月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」五十八の巻(第58回)「繁盛店を丸ごとパクって大儲けじゃ!」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
定食屋 ザ・おふくろ

繁盛店を丸ごとパクって大儲けじゃ!:
社長は、ビジネスマンに大流行の定食屋のアイデアやコンセプト部分(割烹着のメーカー、食器、店の雰囲気)などすべて丸パクリして、大阪、名古屋と都市部に拡げようと考えつきました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ビジネス上のアイデアの保護
ビジネス上のアイデアや情報は、一般に無体財産権と呼ばれ、法的に保護されています。
大雑把にいえば、文章や画像・動画を作成したときには著作権、技術を発明してこれを登録したときには特許権、特長ある商業デザイン等については意匠権、商品名等には商標といった形で、各種知的財産法によって、それぞれの権利が保護されています。
また、権利性がはっきりとしない顧客情報等の機密は、しっかりと秘密に管理すること等の要件が存在することが前提ですが、不正競争防止法によって保護されていますし、どこかの誰かが確立したビジネスモデルにタダ乗りするような行為(フリーライド)についても同法の保護が及ぶ場合があります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:トレードドレス
商標権が成立している店舗の標章をそっくりそのままパクれば、商標権侵害が成立します。
侵害の成否については、その類似性等も厳密に検討されます。
商標権については、標章だけでなく、店の名前や商品の名称のほか、立体商標等も登録が可能になるなど、権利保護の対象は拡大傾向にあります。
商標は特許庁に登録することにより成立しますが、このような
「登録」
には馴染まないものとして、商品の陳列方法等コンセプトを含めた、より広い範囲での営業形態
「トレードドレス(“trade dress”)」
が存在します。
この概念は、日本ではまだ正確に定義されていませんが、字義通り
「商品のドレス(=パッケージ)」
を指し、大きさ、型、色の混合、構造、画像、特定のセールステクニックのような具体的特徴を含む商品等の全体的なイメージであるとされています。
概念が認められる法的根拠についてですが、不正競争防止法2条1項1号
「周知表示の混合惹起行為」
もしくは同2号の
「著名表示の冒用行為」
に求められます。
この法律は、模倣商品の販売を禁止したりすることはもとより、著名なブランドの無断使用の禁止、まぎらわしい商品名の使用禁止から、営業秘密の侵害禁止、さらには外国公務員への贈賄禁止まで、いろいろな趣旨の規定がヤミ鍋のようにブチ込まれている法律であり、本件のような新規な法律概念までフォローしています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:裁判例の動向
トレードドレス侵害が争われた事例では、
「店舗外観全体」
についてトレードドレスが成立し得ることを判断し、消費者側の視点において、誤認混同を生じさせる客観的なおそれが必要であると述べています(大阪地裁平成19年7月3日判決)。
結局のところ、間違って入る客がいるような状況だとアウトといえるでしょう。

助言のポイント
1.事業のアイデアやコンセプトは基本的にパクリ放題。
2.でも、店舗の外観をそのままパクるようなことはトレードドレスを侵害したものとして違法の判断を受ける場合がある。
3.自分の商売をトレードドレスとして守ることを考えるのであれば、長年にわたって特徴的な販売等を積み重ねていかなければならず、ハードルは高い。でも、千里の道も一歩から。優れたコンセプト等は、客に目に見える形でしっかりと提示し続けよう。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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