00742_モノのマネジメント(製造・調達・廃棄マネジメント)における企業法務の課題2: 製造拠点の海外移転にまつわる法務課題

1 海外進出ブーム

製造業の環境として、大量かつ安価な労働力を引っさげた新興国が強力な価格競争力で勝負を挑んできており、日本の各メーカーは非常に苦しい立場に置かれている、と述べました。

このような状況下で、国内のメーカーは、安価な労働力を求めて、海外、特に、中国をはじめとするアジア諸国へ製造拠点を移そうという動きがみられます。

「工場の海外移転」
というと、事業ロマンをくすぐる魅力的な話に聞こえますし、新聞や雑誌の多くも
「海外移転しなければ日本の将来はない」
などと煽り立てる論調のようですが、果たしてそのとおりでしょうか?

小型自動車メーカーとして優良企業と評価されているスズキがインドに現地法人(マルチ・スズキ)を立ち上げ、北部ハリヤナ州マネサール地区に持つマネサール工場で工場を稼働していたところ、去る2012年7月18日に工場で暴動が起こり、人事担当者が1人死亡し、100人以上のけが人が出て、1ヶ月近く工場閉鎖を余儀なくされました。

人材、資金、ノウハウその他国際的な企業運営ができるだけの十分な基盤がある大企業ですらこういうリスクに直面することがあるのですから、中堅中小企業が、“海外進出ブーム”に乗せられ安易に海外に出ていくと、ヤケドを負い、さらには、企業そのものが破綻するような事態に陥ることも十分あり得ます。

2 海外進出の負の側面

前述のとおり、マスコミは、盛んに、
「日本は終わった」
「日本は滅び行く」
「日本に未来はない」
と騒ぎ立てます。

しかしながら、
「平均的労働者の教育レベルが圧倒的に高いばかりでなく、誠実で常識をわきまえており、労使紛争が少なく、物価は安定しており、治安がよく、法律が整備され、かつ法律の運用も公平であり、停電はなく、細かなことをいちいち指示しなくても基本的な約束事が当然のように守られる」
という稀有な国は、世界的にみても日本くらいです。

新興諸国においては、
「労働者の教育レベルは大きなバラつきがあり、遅刻は平気でするし、ウソや言い訳ばかりで、生産に協力する姿勢は皆無」
というところが少なくありません。

また、スズキ・インド例のように、労働条件の不満がすぐにストライキにつながる、というのも世界の常識です。

世界の多くの国では、異常なまでの物価上昇率で、電力供給安定せずかなりの頻度で停電があり、法律がいい加減で賄賂が横行し、総じて社会が不安定で、犯罪発生率もかなりのレベルです。

さらに、契約や取引についても、
「書いてないことは守らなくていいこと」
といわんばかりに、逐一、細かなことまで定めておかないと、必ずトラブルがついて回る、というところの方が世界ではマジョリティです。

そして、苦労して現地に工場を立ち上げ、稼働させた直後から、技術収奪がはじまり、投資回収に至る前には、類似品が出回り始め、やむなく工場を閉鎖する、という話を聞くこともあります。

3 海外進出を検討するにあたって

アジアの某国Xに進出を検討している企業がありました。

この企業は、いわゆる中堅中小のオーナー企業ですが、オーナー社長が、海外進出ブームに乗せられ、X国視察旅行に行ってたいそう気に入り、現地法人を立ち上げよう、という話が急遽進められていました。

そして、この企業の関係者から、海外進出にあたっての注意点をご助言いただきたい、という話がありました。

私としては、この社長は、
「ブームに乗せられて、リアリティのない妄想レベルで海外進出を考えているだけ」
という印象を受けましたので、以下のような助言をさせていただきましたので、ご紹介しておきます。

「X国でビジネスをしたい、ということですが、まず、『儲けよう』ということが動機なら、X国に乗り込むのはやめた方がいいでしょう。
単純に『金を儲ける』というなら、もっとラクな方法がいくらでもありますから。
『苦労したい』『トラブルに見舞われ、七転八起したい』『損は覚悟。それでも何か新しいことを始めたい』ということが動機なら、止めはしませんが、そもそも御社にそんな余裕ってあるんでしょうか。
また、いきなり現地法人を作るのは慎重にした方がいいです。
現地パートナーと代理店契約をしたり、単純な物品輸出でも、同様の効果を達成出来る場合がありますから。
生産拠点をX国に、というお話の場合ですと、X国に骨を埋めることになる日本人が少なくとも1名必要になります。
なお、文字通り命がけになります。
日本人ビジネスマンがよく失踪したり、行方不明になったりしています。
社長が行くなら、遺書を書いて行ってください。
部下に行かせるなら、有能で、会社のために命を捧げる覚悟のある、幹部社員をまず探してください。
自分が行くのはイヤだし、命を失う覚悟をもっている幹部社員がいない、というのであれば、そもそも無理ですね。
というより、製造原価を下げたいのであれば、社長も海外にフラフラ遊びに行ってないで、工場に入り浸り、地道に生産効率を見直したらいいじゃないですか。
わざわざ土地勘のないところに行って工場作らなくても、今の工場で、設備を更新したり、生産方法を見直したり、働かない古参社員のクビを切ってヤル気のあるパートのおばさんに入れ替えるとか、もっとやれることがあると思いますけどね」

初出:『筆鋒鋭利』No.062、「ポリスマガジン」誌、2012年10月号(2012年10月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00741_モノのマネジメント(製造・調達・廃棄マネジメント)における企業法務の課題1: モノつくり環境の変化

1 かつて“世界の工場ニッポン”と呼ばれた時代

もうすでにはるか昔の“歴史の話”になってしまうのですが、日本が
「世界の工場」
と呼ばれた時代がありました。

すなわち、冷戦時代においては、日本は、
「フツーのものをフツーの値段でフツーに作れる」
という稀有な工業国家として、西側世界の生産機能の大半を引き受けていたのです。

経済はインフレーション傾向にあり、作っても作ってもモノが不足し、作ればすべてモノが売れる時代でした。

「作ったら売れる」
という環境において、日本は、ひたすら右肩上がりの成長を享受し、
「世界の工場」
の地位を築き上げたのです。

メーカー等でこの時代のことを知っている方の話を聞くと、皆さん、口を揃えて、
「昔は全員残業してフル稼働しても生産が追いつかなかった」
「人がたくさんいたし、いつも人手不足だった」
「どんどん設備を更新していたし、覚えるのが大変だった」
「たくさんの下請けを使っていたが、それでも捌き切れないほどの注文があった」
「とにかくメーカーが強くて、価格交渉もメーカー主導でできた」
など、今では信じられないようなことをおっしゃいます。

2 冷戦の終結と大競争時代の到来

しかし、その後、冷戦が終結しました。

東西が仲直りして(というより東側世界が白旗を上げて、西側世界に擦り寄ってきて)、世界に平和が訪れました。

平和になった世界では、東とか西とかにかかわらず、世界中の国の企業が、1つになった市場に向かって能率競争(価格と品質による競争)を展開するようになったのです。

そして、東欧諸国や中国が競争に参入し、圧倒的な価格競争力で
「世界の工場」
という地位を日本から奪取しにかかります。

そのころ、日本国内においては社会が成熟し、デフレ・低成長時代になり、モノ余りが顕著になっていきました。

やがて、世界中で供給過剰になり、モノが余ってだダブつき始め、低成長時代に突入する中、日本は、
「安くて便利で効率的な世界の工場」
から
「生産コストが高く、規制や言語や文化の特異性による障壁が高く、使いづらい老朽設備の工場」
というダメな国に変化していきました。

このようにして、
「フツーのものをフツーに作れる」
という工業国家ニッポンは希有でもなんでもなく、
「ビミョーなものを、イジョーな安価で作れる中国や東欧諸国や南米・アジア・アフリカの発展途上国」
に簡単に負けることを意味するようになりました。

3 環境変化への対応が求められる時代

以上のような時代の変化にともなって、日本企業は、
「フツーのものを大量に作れば、フツーに在庫が積み上がり、フツーの会社が生き残れない時代」
を迎えるようになったのです。

また、製品のライフサイクルも信じられないほど短くなりました。

どんなに斬新な商品であっても、販売直後から、世界中の企業がこぞって、さらに安くて良い物を作り出しはじめ、一瞬でコモディティ化する状況になっています。

このようにして、日本の産業界は大きな試練に直面します。

鉄鋼業界では生き残りをかけて合従連衡が頻繁に行われるようになり、自動車メーカーも日本というローカルマーケットを出て、今や完全な多国籍企業と化しています。

三洋電機はパナソニック(かつての松下電器)に吸収され影も形もなくなりました。

他方、吸収した側のパナソニックも、1929年の世界大恐慌の時ですらリストラしなかったにもかかわらず、大量のリストラを発表しています。

さらに、液晶テレビ製造で世界を席巻したシャープも、今や中国企業の子会社となりつつあります。

環境が激変する時代においては、企業は、生き残りのための変革を行い、環境適応しなければなりません。

そして、環境適応する際には、
「圧倒的なブランドやコアコンピタンス(絶対的差別化要因)を前提に、これをさらに磨き上げるか」か、
「まったく新しい考えで、まったく新しいモノを作り、まったく新しい市場に参入すること」
が求められます。

言い換えれば、ブランドもコアコンピタンスもなく、新しい事業を興すこともなく、コモディティをひたすら作り続ける企業は、倒産を余儀なくされ、市場から強制的に退場させられる、という厳しい時代が到来したのです。

4 大量生産・大量消費時代の終わり

前述のとおり、日本においては、
「インフレ経済を前提とした高度成長時代」
から
「デフレ経済を前提としたモノ余り、低成長時代」
に突入し、また、外に目を向ければ、大量かつ安価な労働力を引っさげた新興国が強力な価格競争力で日本に勝負を挑んでいる状況です。

一昔前まで日本のお家芸であった、
「大量消費(販売)を前提とした大量生産」
はまったく機能しなくなりました。

また、
「規制緩和」
という行政システムの大きな変化に伴い監督官庁の保護育成が期待できなくなり、業界同士の横のつながりも、独禁法の運用強化に伴って完全に分断されつつあります。

ここで、日本のメーカーは、大量消費を前提とした大量生産から脱却し、ユニークなデザインや、機能面で特徴を備えた、高付加価値の商品を作り、巻き返しを図ろうとします。

しかしながら、ここにも大きな壁が立ちはだかります。

5 コモディティ化とガラパゴス化

コモディティ化(commoditization)という言葉があります。

これは、
「所定の製品カテゴリー中の製品において、メーカー毎の機能差や品質差が不明瞭化し、総じて均質化していき、消費者の認識上、メーカーの特異性が認識されなくなる」
という現象です。

コモディティ化が起こると、消費者が
「より安い商品」
を求める以上、これが市場原理としてメーカー側により安い商品を投入させる圧力として働き、企業収益を圧迫することになります。

世界が単一市場化し、グローバル競争が恒常化した今日、日本のメーカーは、圧倒的なコスト競争力を有する新興国と勝負しなければならず、しかも、情報が瞬時に世界をかけめげる現代においては、機能差や品質差はあっという間に解消します。

これを敷衍すると、
「現代産業社会においては、すべての商品はコモディティ化する」
という命題が導かれます。

こういったコモディティ化回避の企業戦略としては、多機能化、高付加価値化、ブランド化といった差別化戦略がありますが、
「過剰に機能を追加したり、独自仕様を追求すればそれで問題解決」
というものでもありません。

差別化・独自化も一歩間違えると、ガラパゴス化(Galapagos Syndrome)するリスクが出てきます。

ガラパゴス化とは、進化論におけるガラパゴス諸島の生態系をもじったもので、
「孤立した環境(日本市場)における最適化が仇となって、却ってグローバル仕様との互換性を喪失し、孤立化して進化から取り残され、海外から適応性(汎用性)と生存能力(低価格)を備えた外来種が侵入してくると、たちまち駆逐され、遂には淘汰されてしまう」
という現象です。

今や
「ガラケー(ガラパゴス携帯電話)」
と一般用語化した“機能てんこ盛り”の携帯電話、一昔前の例でいいますと、パソコンの日本独自機種であるPC-9800シリーズ、さらに、カーナビ、非接触ICカード等、ガラパゴス化によって戦略優位を喪失した日本の事業分野は少なくありません。

5 価格とグローバル品質とスピード

以上を前提とすると、今後の企業としてのものつくりの方向性が見えてきます。

キーワードとしては、価格と品質とスピードです。

「能率競争、すなわち、価格と品質の両面における競争力をもたないと、製造業として生き残れない」
ということは、今更いうまでもありません。

ここで注意すべきは、
「価格」

「品質」
は、ローカルで競争力があってもダメで、グローバル市場を想定した競争力がないと生き残れない、という点です。

すなわち、今までは、価格競争力といっても国内のライバルだけを意識しておけばよかったところ、今や、中国やインドから廉価な製品がどんどん流入してきますし、品質についても、ローカルな特異性を追求していると、ガラパゴス化してしまい、ある日突然、グローバル規格に駆逐されてしまいます。

したがって、現代産業社会においては、価格も品質も、常にグローバル市場を意識することが求められます。

加えて、事業展開のスピードが絶対的に必要となります。

前述のとおり、
「すべての商品はコモディティ化する」
という現実があります。

品質において圧倒的優位性ある商品であっても、コモディティ化の脅威には勝てない以上、
「コモディティ化する前に、魅力的で高品質の商品を開発し、圧倒的スピードで提供し続ける」
ということによってしか企業は生き延びられなくなっています。

以上の要素をすべて併せ持つ理想的な企業が、iPhone、iPadで有名なアメリカのアップル社です。

かつてはソニーを模範としてきたアップルですが、グローバル市場で受け入れられる魅力的商品を提供し、かつ、価格に対する主導権を常に持ち続けて、急成長を遂げ、いつの間にかソニーを追い越し、今や、世界の産業界におけるリーダーとして君臨しています。

現在苦境にある日本のメーカーが過酷なグローバル競争を生き残るためには、アップル社の方向性(理念、哲学、戦略、戦術)に学ぶところが大きいのではないでしょうか。

初出:『筆鋒鋭利』No.060、「ポリスマガジン」誌、2012年8月号(2012年8月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.061、「ポリスマガジン」誌、2012年9月号(2012年9月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00740_企業の統治秩序構築・組織運営の法務3:企業の内部統制に関する法務課題

内部統制、すなわち
「3 従業員に企業が決定した方針に従わせる」こと
に関連する法務課題についてです。

内部統制と似たもので、最近よく耳にする経営課題としてコンプライアンス(法令遵守)というものがあります。

内部統制もコンプライアンスもほぼ同じ概念なり経営課題として考えていただいて差し支えありません。

内部統制が
「企業の方針」と「企業の実際のオペレーション」の整合性を確保する活動
とすると、
コンプライアンスは
「各種法令」と「企業の実際のオペレーション」の適合性を確保するための活動
と整理できます。

とはいえ、企業の方針が法令に適合したものであることが当然求められる以上、内部統制もコンプライアンスも、
「企業の現実の活動を法令及び定款に合致したものにする」
という点において、目指す方向は同じといえます。

内部統制あるいはコンプライアンスを進めるために行うべき具体的タスクとしては、
1 教育・研修、
2 違反の検知、
3 違反者の制裁、
といったものが挙げられます。

以下、これら各仕事の進め方や作法をみてまいります。

1 内部統制・コンプライアンスのための教育・研修

まず教育・研修についてですが、内部統制やコンプライアンスの教育研修は、一般の学校教育とはまったく異なります。

一般の学校教育が知的水準や教養レベルの向上を目的とするものであり、受講者側の知的能力が問題とされるのに対し、内部統制やコンプライアンスの教育研修の目的は、
「(誰でも使える)インフラとしての法制度や仕組」
を理解させることであり、受講者側の知的能力はさして問題になりません。

即ち、四則演算や微積分や物理法則等といった社会活動と隔絶した自然科学法則を学術的に教える学校教育とは異なり、制度や社会のルールを理解させるための内部統制教育やコンプライアンス研修は、言語と社会常識を理解できる人間であれば、誰でも身につくものです。

ちなみに、法律学や会計学は一応
「学問」
とカテゴライズされており、これらを教える教育機関や教育者も整備されていますが、法律や会計は、たんなる制度あるいは取決めであって、学術性は皆無であり、
法律「学」や会計「学」
という言い方はやや誤解を招きます。

実際、会計というシステムについては、
「特定の大学の特定の学部でしか学べない学術分野」
というものではなく、商業高校にいる素行にやや問題のある学生でもフツーに勉強していますし、中学しか出ていない方でも仕事で決算を組むことは可能です。

法律についても同様で、ロースクールに通わなくとも、予備校で勉強した学部生が大量に司法試験予備試験(ロースクール卒業資格試験)を取得しています。

おそらく、単なる制度やシステムにすぎない法律や会計が、
「学問分野として整理され、あたかも特定の高等教育機関でしか教えられない学術性の高い領域」
とされているのは、これらの教育に携わる大学関係者へ配慮した結果だと思われます。

話を元に戻しますが、内部統制やコンプライアンスのための教育・研修は、ルールの重要性を理解させることがゴールになります。

ルールの重要性を理解させることがゴールといっても、
「このルールは大切だ」
「このルールはきちんと守れ」等
と大声で連呼したところで、睡眠を誘うだけであり、教育研修の効果は期待できません。

「規則教育」
の最も成功したモデルは、自動車教習所の学科講習です。

自動車教習所には、社会常識と健全な規範意識を有した学生や社会人に加え、反社会性が顕著な非行少年や虞犯(ぐはん)少年も多数訪れます。

後者のような
「常識や規範意識がやや希薄な集団」
に規則教育をするのは至難の業ともいえますが、多くの自動車教習所では相応の教育効果を挙げています。これはどのような方法によるのでしょうか。

学校教育すらなじまないこの種の方々に通り一遍の規則教育したところで誰もまともに聴講するはずがありません。

しかしながら、彼ら・彼女とて、規則違反をした結果として加えられる実害やペナルティには極めて敏感です。

そこで、自動車教習所では、学科講習の際、スピード違反をした結果として発生する悲惨な事故状況を臨場感あふれる形で撮影した写真のスライドをみせたり、道路交通法に違反した場合や業務上過失により他者を死傷させた場合の各種責任(民事責任、刑事責任のほか免許停止や免許取消等の行政上の責任)を強調し、このような
「ルール違反に伴う結果の悲惨さ・重篤さ」
をビビッドに理解させることを通じて、ルールの重要性を理解させています。

学校の授業で教師が話す内容には一切聞く耳をもたないような連中も、
「車やバイクが大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真」
は刮目して見ますし、
「交通刑務所での服役状況の話や、大枚はたいて取得した免許が停止・取消になるような実害を伴う話」
についてはきっちり理解しようと努めるものです。

内部統制教育やコンプライアンス研修も、上記と同様のことがあてはまります。

学術的な内容やルールの社会的背景を解説するタイプのアカデミックなプログラムは目的と完全にずれていますし、個々のルールを詳細に解説したところで、受講者が睡眠し、体のいい休息時間と化すだけです。

内部統制やコンプライアンスに関する教育・研修は、交通教育において
「車が大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真の提示」

「交通刑務所での服役状況・処遇状況の教示」
に対応するようなもの、例えば、
「横領・背任、談合、インサイダー取引等のルール違反をした場合に、どのような過酷な状況に陥るか」
ということを具体的かつリアルに説諭することこそが、ルールの重要性を理解してもらう上でもっとも効率的で合理的な方法といえます。

2 内部統制・コンプライアンスを実施するための法令違反の検知

フィリップ・ジンバルドという心理学者が、匿名状態にある人間の行動特性を調べる実験を行ったそうです。

その結果、
「匿名性が保証され、責任が分散されているといった状態におかれた人間は、自己を規制する意識が低くなり、衝動的・非合理的行動が現われ、周囲に感化されやすくなる」
という心理学上の理論が導かれたそうです。

これは経験上も理解できる話です。

ある社会において
「ルール違反をしても、皆見て見ぬふりをするし、誰からも咎められることはない」
という環境を作った場合、その社会はどうなるか。

宗教家の方などは、
「善なる本質を有する人間は、外部の強制規範などなくても、自己を律して行動するので、その社会は健全に発展する」
などという話をするかもしれませんが、現実は、前述の心理学の実験のとおりであり、
「皆、やりたい放題、ルール違反をしだし、その結果、秩序を保てなくなり、社会自体が崩壊する」
ということになります。

かつて、
「終身雇用」
を謳い、企業と従業員は、“擬似家族”の関係を形成していました。

この時代、
鎌倉幕府における「御恩と奉公」が如く、
「従業員が企業に永遠の忠誠を誓い、企業が死ぬまで従業員の面倒をみる」
という世界的にみても特殊な企業文化が存在していました。

「終身雇用は絶対」
「企業と従業員は家族」等
といわれた牧歌的な時代においては、
「親」ともいうべき企業
を害するような不心得者の従業員は少なく、企業側が口うるさく指導しなくとも、従業員は指揮命令や法令を遵守し、企業という小さな社会は平和で健全でした。

ところが、現代の日本企業社会においては、終身雇用制は崩壊しつつあり、企業と従業員の関係は、労働力とカネを交換するドライな取引関係となってきています。

実際、新人社員は少しでも気に食わないことがあるとすぐに企業を辞めますし、企業側も業績が悪化すれば平然とクビを切ろうとします。

そのような状況において、内部統制・コンプライアンスを推進し、企業という社会を健全に保つためには、
「従業員が相互に監視しており、ルール違反をすると、常にチクられる」
という環境が絶対必要になります。

「密告」や「チクリ」
というと非常にネガティブな印象をもたれがちですが、前述の心理学の理論のとおり、
「ルール違反をしても、皆見て見ぬふりをするし、誰からも咎められることはない」
という状況を放置することの方が企業という社会にとって危険です。

このような前提の下、企業において内部統制・コンプライアンスを推進するため、現在、多くの企業が、内部通報制度を整備・運用し、企業内部の各種規則違反や法令違反行為の検知に努めています。

「内部通報制度の整備・運用をする」
という仕事は、企業という社会が健全性を保って発展していくために極めて重要な仕事ですが、他方、
「密告」や「チクリ」
に関わる仕事という側面もあり、誰もが忌避したがる仕事です。

こういう仕事を進めていく上では、感情を入れず、機械的に行うことが肝要です。

また、内部の人間が行うとバイアス(偏見)が入り込む場合があるので、外注を効果的に使うことも必要です。

それと、内部通報制度を用いるにあたっては、その限界も踏まえておく必要があります。

まず、内部通報制度は、あくまで中管理職の非違行為を、通常のコミュニケーションラインではなく、(通報窓口を通じて)トップに直接知らしめ、内部の膿をあぶり出するものですが、トップマネジメント自身が違法行為をする場合、違法の検知・是正することは困難となります。

少し前になりますが、光学機器メーカーのオリンパスにおいて、歴代トップが長年にわたって粉飾決算を重ねていたことが明るみになりましたが、内部通報制度がトップマネジメント以外の従業員・中管理職の違法を検知するものである以上、どんなに内部通報制度を充実させようが、トップマネジメント自身の不祥事は検知できませんし、是正は期待できません。

また、内部通報制度は、密告・チクリの類を推奨するものであり、その運用の成果は、密告する側、チクる側の利用モラルに異存します。すなわち、内部通報制度を整備・運用すると、(特に)人事異動時期が近づくにつれ、嫌がらせの通報が増加する傾向が見られます。

この種の通報は、そもそも通報事由に該当しないような誹謗中傷の場合が多く、いわゆる
「ナンセンスレポート」
を効果的に排除していく工夫も必要になります。

3 内部統制・コンプライアンスの実効性を担保する手段としての違反者の制裁

企業であれ軍隊であれPTAであれサークルであれ暴力団であれ、およそ組織というものには、
「ルール」と「ルールの実効性を担保する仕組み」
というものが必要です。

「ルールなき組織」
は組織として維持・継続できません。

ルールがあっても、組織のメンバーが誰もルールを守らなければ、結局は、そのような組織は
「ルールなき組織」
と化し、やはり、組織は瓦解します。

ここで、
「ルールの実効性を担保する仕組」
とは、端的にいいますと、ルール違反者をきっちりと制裁することです。

話は少しそれますが、刑法あるいは刑事政策において
「目的刑論」
という議論があります。

これは、
「刑罰はどういう目的で科せられるのか」
という問題に対するもので、
「刑罰は、犯罪を抑止する目的で作られ、運用されるシステムである」
という考え方です。

少し敷衍して申し上げますと、国家が刑法に違反した者(犯罪者)に刑罰を科すのは、
・「犯罪者に対して実際に処罰を執行することにより、刑罰法規が有効に機能していることをデモンストレートし、このことを通じて、犯罪を計画する者たち(犯罪者予備軍)に対しては直接的な威嚇をなし、一般市民に対しては法への信頼(法確信)を植えつける」目的(一般予防目的)や、
・「犯罪者に刑罰を科すことを通じて、当該犯罪者を教化して再犯に陥らせないようにするため、あるいは、犯罪傾向が強い者を社会から一定期間隔離することを通じて、一般社会に悪影響が生じないようにする」目的(特別予防目的)
を達成するためである、等と説かれます。

この理屈は、内部統制やコンプライアンスにもあてはまります。

すなわち、内部統制やコンプライアンスを健全に機能させるためには、違反者を厳格に制裁することを通じて、不心得者やその予備軍を教化・威嚇するとともに、真っ当なカタギの社員に
「ウチの会社はしっかりした会社だ」
という安心感を植えつけることが必要である、というわけです。

ところで、日本の多くの企業は、内部統制やコンプライアンスの重要性を説くものの、実際、違反者が出た場合の対応が実にヘタクソです。

企業の中には、やり方がわからないのか、あるいは単に面倒なのか、法令・定款・その他内部諸規程に違反する者が出ても、制裁に躊躇し、そのまま放置してしまうところが少なからず存在します。こんなことをしていると、ますます箍(たが)が緩んで、同種の違反が再発しますし、ルールを守る真面目な社員もアホらしくなってしまい、組織への信頼感・帰属感を喪失し、やがて組織は瓦解していきます。

また、逆に、違反が生じれば、細かい理由を抜きにして、闇雲かつ拙速に違反者を厳しく制裁してしまおう、という企業もあるようですが、こちらはこちらで問題です。

つい最近、某プロ野球球団のコーチ人事に絡んで、球団社長と球団親会社の実力者が、互いに
「コンプライアンス違反だ」
と罵り合って、訴訟沙汰にまで発展する事件が発生しました。

この事件をみると、
「“コンプライアンス違反”というあいまいな処分理由」
がいかに捉えどころがなく、扱いが難しいか、ということを物語っています。

すなわち、
「コンプライアンス」
という得体の知れない抽象的なものは、それ自体、制裁の根拠足り得ません。

言い方を変えれば、仮にも役員や職員を処分し制裁を加える場合、
「コンプライアンス」
などという人によって定義が異なる曖昧なものではなく、法令なり定款なり就業規則に明記された義務の根拠を特定し、これをもとに議論する必要があるのです。

また、違反者を解雇しようとする場合、解雇するに足る明確な理由(就業規則違反)を特定するとともに、
「違反事実と処分内容の適正なバランス」
が求められます。

ちなみに、内部統制やコンプライアンス上のルール違反者を辞めさせようとしても、現在の判例実務を前提にすると、よほど酷い違反でないと解雇は認められません。

例えば、高知放送事件があります。

ラジオ放送会社が
「2週間の間に2度、宿直勤務の際に寝過ごし、定時ラジオニュースの放送事故を起こし、放送が10分間ないし5分間中断されることとなり、2度目の放送事故を直ちに上司に報告せず、後に事故報告を提出した際に、事実と異なる報告をした」
という“コンプライアンス”上あり得ないアナウンサーに対して普通解雇したことの是非が争われました。

この点、最高裁は
「解雇をもってのぞむことはいささか過酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできない」
として解雇を無効とし、非常識極まりないアナウンサーを救済し、処分した会社側を非難しています。

以上をふまえると、
「コンプライアンス違反で解雇だ!」
という世上よく言われる趣旨のことを実施しようとしても、
「解雇理由は明確ではないし、解雇処分も不相当であり、解雇は無効。逆に、解雇した会社の方こそ、重篤な労働基準法コンプライアンス違反だ」
などと言われかねません。

以上のとおり、内部統制もコンプライアンスを健全に確立する上では、違反者に対してきっちり制裁しておくべき必要はありますが、他方、違反者処分の実際の現場では、労働基準法等をよく調べた上で慎重に行わないと後で大恥をかいて、組織の規律が却っておかしくなってしまいますので、十分な注意が必要です。

初出:『筆鋒鋭利』No.053、「ポリスマガジン」誌、2012年1月号(2012年1月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.054、「ポリスマガジン」誌、2012年2月号(2012年2月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.055、「ポリスマガジン」誌、2012年3月号(2012年3月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00739_企業の統治秩序構築・組織運営の法務2:企業の統治秩序構築・運営上の法務課題

企業統治のお仕事の実際は、
「会社法に基づき、株主総会や取締役会を“仕切る”」
ということに尽きるのですが、
「“仕切り”が甘かったりすると、ボスが決まらなかったり、会社運営の基本方針が混乱し、会社を揺るがす大きなトラブルに発展する」
という意味で、非常に重大な任務であり、担当者は大きなストレスを抱えるようです。

ところで、株主総会や取締役会を仕切る法務部や総務部の責任者がストレスを感じるのは、
「会社法や会社紛争裁判例の知識が不足しており、あるいは紛争処理の経験がないため、異常事態や例外事象に対応できないから」
という事情のようです。

とはいえ、会社法や会社紛争裁判例の知識がなかったり、紛争処理の経験値が乏しい、と感じているのであれば、別に自分たちでウジウジ悩む必要はなく、会社のカネを使って外部から調達すればいいだけです。

「社会人の仕事」

「学生の勉強や試験」
との最大の違いは、社会人が仕事を進める場合、学生の勉強や試験と違って
「カンニングや替え玉受験やレポート代筆等がすべてOK」
という点です。

すなわち、学生時代においては、勉強や調べ物や宿題やレポートは全て自力でやり遂げるべきものであり、
「家庭教師にカネを払って代わりにやってもらう」
などということは言語道断であり、また、試験でカンニングしたり、替え玉に受験させたりするのは、犯罪行為とされます。

しかしながら、社会人が仕事を進める上では、
「『自分たちだけでやり遂げる』ことにこだわり、ロクに知識もない素人が何ヶ月かけてグズグズ議論する」
という方が給料の無駄であり、会社にとって有害です。

むしろ、迅速かつ適価にて、外部のプロから必要な資源を調達することこそが仕事のあり方として求められます。

法務部や総務部に配属される方は、どちらかというと生真面目な試験秀才タイプが多く、
「“仕事”と“お勉強”の違いがわかっておらず、企業統治という純経営課題を学究課題と勘違いし、時間がかかっても自力で調査する」
という無駄で非効率な方向性に向かいがちです。

無論、自力で正しい解決に辿りつければいいのですが、情報や経験の不足から、方向性を誤り、
「時間をかけた挙句、仕切りをミスって、会社に大きな迷惑を被らせる」
という悲惨なチョンボをしでかすこともままあります。

企業統治というお仕事、すなわち、
「会社法に関する専門的知見に基づき、株主総会や取締役会を上手に仕切る」
という課題処理は、要するに、
「会社法に明るい弁護士という“外注業者”をいかに上手に、適価で過剰に使い倒すか」
という点がポイントになります。

無論、最終的な社内ジャッジをする際には法務部や総務部の社員プロパーの仕事になるとしても、ジャッジに至るまでの大部分の情報収集や課題抽出や選択肢整理やプロコン評価といったものは外注処理で賄えば足りる話です。

バカもハサミも弁護士も使いようです。

「学生時代の勉強のように、カンニングや替え玉受験なしで、自力でなんとかしなければ」
と考えて無駄なストレスを抱え込むことなく、外注業者をうまく使いこなすことにより、ラクに、楽しくこなせる仕事にすることができるのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.052-2、「ポリスマガジン」誌、2011年12月号(2011年12月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00738_企業の統治秩序構築・組織運営の法務1:企業の統治秩序構築・組織運営上の法務課題の概要

組織体である企業には、様々な思惑を持った利害関係者が集まります。

株主は株主としての思惑を以て企業に参加しますし、経営者は経営者なりの考えがあります。

一括りに
「株主」
といっても色々な種類の株主がいます。

株を長期間保有する株主もいれば、
「午前中に株式を購入したら午後3時までにはすべて売っ払って株主でなくなる」
というトレーダーもいます。

「企業の組織運営についての株主の考え」
といっても、その具体的内容は株主毎に異なります。

というか、そもそも
「株価の動向には関心があるが、企業の組織運営なんぞまったく興味がないし、どうでもいい」
という株主も相当数存在します。

とはいえ、企業も組織である以上、統治秩序(ガバナンス)を構築し、この秩序に基づき組織を運営するためには、
1 誰がボス(トップ)かを決め、
2 企業を運営する方針を決め、
3 従業員に企業が決定した方針に従わせる、
ということが必要になります。

上記1及び2が企業統治(コーポレイトガバナンス)と呼ばれる経営課題であり、
3が内部統制と呼ばれる経営課題です。

1  誰がボス(トップ)かを決める :トップ選出

トップの選出については、株主総会で出資口数に比例した多数決(資本的多数決)により取締役を選出します。

そして、取締役会における多数決で、企業のトップ、すなわち代表取締役が選出されます。

企業運営が正常に行われている場合、
「トップは誰か」
という企業組織の根本的な事柄が曖昧になったり、モメたりするようなことはまずありません。

しかしながら、現実の企業社会においては、
「トップは誰か」
という企業組織運営において根本的な事柄をめぐって激しい紛議が生じることがあります。

古くは老舗百貨店三越の社長解任劇(1982年、三越の取締役会において、突如発議された代表取締役解職決議案が満場一致可決成立し、当時のワンマン社長が、取締役全員に裏切られる形で、非常勤取締役に降格させられた事件)が有名です。

また、最近では、総合電機メーカー富士通の“お家騒動”(辞めたはずの前社長が「オレは辞任した覚えも、解任された覚えもない。反社会的勢力と付き合いがあった云々は事実無根の因縁だ」という趣旨の反論を展開し、訴訟沙汰になった)など、企業が
「誰がトップなのか、明確に定まらない」
という異常事態に陥ることがあるのです。

2 企業を運営する方針を決める :方針決定

また、企業の経営方針についても、大きな混乱が生じることがあります。

“ホリエモン”こと堀江貴文氏が率いるライブドアがニッポン放送の株を買い占めて同社筆頭株主に踊り出た際、筆頭株主たるライブドアとニッポン放送経営幹部とで企業経営の基本方針をめぐって重篤な対立が生じ、これがきっかけとなって訴訟沙汰に発展したことは記憶に新しいところです。

また、“モノ言う株主”として名を馳せた村上世彰氏率いる村上ファンドは、多数の株式を取得した会社に対して
「会社を解散し財産を株主に配当せよ」
「会社所有のプロ野球球団を上場したほうがいい」
など、現経営陣の策定した経営方針に強烈に異議を唱え、大きな議論を呼びました。

このように、企業において
「株主(オーナー、旦那さん)と経営陣(マネージャー、番頭はん)の間で紛議が生じ、経営方針が定まらず、混乱する」
ということも起こり得るのです。

3 従業員に企業が決定した方針に従わせる:内部統制

内部統制についても同様です。

企業の組織内部が適正に統制されていれば、企業トップが定めた組織運営方針は、組織の末端に至るまで適正に遵守されます。

しかしながら、
「企業トップあるいは上層部が策定した組織運営方針を、現場の従業員が無視あるいは軽視し、法令違反その他の重大な事件や事故に発展する」
という事態がしばしば起こります。

旧大和銀行ニューヨーク支店において現地トレーダーが独断で巨額投資を行って莫大な損失を発生させた事件や、総会屋への利益供与事件や談合やカルテルなど、現場が暴走して、内部統制上のトラブルを惹き起こすケースは枚挙に暇がありません。

4 企業の統治秩序構築・組織運営上の法務課題の概要

以上のとおり、
「企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現」
という基本中の基本と言える企業活動といえども、一筋縄では行かず、コーポレイトガバナンスあるいは内部統制に関する様々な課題に直面することになります。

そして、
「企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現」
に関する法務上の各課題を処理し、あるいは対応するため、多くの法務の仕事が発生することになります。

すなわち、
「『企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現』に関して、企業においてどのような課題やリスクが存在し、それらの課題対処やリスク管理の業務を、法務担当者として、合理的・効率的に処理するためには、どのような作法や段取りで処理していくべきか」
という課題意識をもっておくことが重要になるのです。

5 業務の担い手

前述のとおり、企業組織運営の意思決定に関するお仕事としては、大きく分けて、
1)誰がボスかを決め、
2)企業を運営する方針を決め、
3)従業員に企業が決定した方針に従わせる、という課題があり、上記1及び2が企業統治(コーポレイトガバナンス)と呼ばれる経営課題であり、3が内部統制という呼ばれる経営課題として整理される、と述べました。

株式会社においては、1)や2)の経営課題が株主総会や取締役会という法定の意思決定機関で行われますので、1)や2)の仕事としては
「会社法に基づき、株主総会や取締役会を“仕切る”」
というものがその内容となります。

そして、これらの仕事は、総務部や法務部といった部署が担うことになります。

3)については、比較的新しい経営課題ですが、法務部や内部監査室といった部署が担うケースが多いようです。

初出:『筆鋒鋭利』No.051、「ポリスマガジン」誌、2011年11月号(2011年11月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.052-1、「ポリスマガジン」誌、2011年12月号(2011年12月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00737_企業実体論:法的三段論法の小前提たる企業実体

法務の仕事であれ他部署の仕事であれ、仕事とは、頭脳や体を使って
「対象」
に働きかけ、
「対象」
にとって有用なものを創りだして提供し、それによって
「対象」
から賃金を得る活動をいいます。

そして、法務担当者も含め企業人については、
「奉仕対象」
となっているのが、企業ということになります。

仕事を通じて奉仕する対象である
「企業」
ですが、
「営利を目的として計画的・組織的に活動する経済主体」
と定義されています。

日本においては、企業のほとんどは会社組織となっており、また、会社組織の大半は株式会社の形態を取っています。

したがって、ここでは、
「企業とは概ね株式会社のことを指す」
という前提の下、企業実体について述べてまいります。

1 企業の特徴

では、企業すなわち株式会社は、どのような特徴をもっているのでしょうか。

株式会社は、通常の人間と違って、姿・形がありません。

「株式会社は法人である」
などといわれますが、法人とは、自然人(我々通常の人間)とは異なる、
「バーチャル(仮想上の)人間」
です。

法人には、人の集合体(社団法人)と財産の集合体(財団法人)の2種がありますが、いずれも、
「自然人ではないものの、財産的基礎があるので取引社会に参加させても、自然人と同様に取引失敗の責任を負わせることが可能である」
という特徴があります。

そこで、これら人の集まり(社団)や財産のカタマリ(財産)について、一定の要件を備えたものを
「本来の人(ヒト)とは異なるが、“法”律上、“人”と同等に扱ってやろう」
とし、
「“法人”」
として扱うこととしたのです。

2 企業の生態その1・意思決定

次に、企業の生態を見てまいります。

まず、企業は、自然人と違い、それ自体意思をもたない存在ですので、適当な方法で意思を決定し、また、その決定した意思の内容を誰か適当な自然人(代表者)を通じて
「法人の意思」
として表明してもらわなければなりません。

無論、法人の代表者を誰にするか、ということについても適当な方法で決定しておかなければなりません。

このように、企業においては、代表者を決めたり、その意思内容を決めたり、という活動が必要になります。

企業のこのような生態は、毎年6月末頃、多く観察できます。

株式を公開している株式会社(いわゆる上場企業)は、毎年3月末に決算期を迎え、その3ヶ月以内に定時株主総会を開催します。

「株主総会において企業は何をしているか」
というと、企業の方針を決定し、当該方針を実施する人間(取締役)を選出しているのです。

企業のオーナーである株主全体の方向性が一致していれば問題ないのですが、
総会を撹乱させることを目的とした特殊な株主の方(総会実務の世界では「特殊株主」と呼ばれますが、日常用語でいう「総会屋」の方です)や、
“ホニャララファンド”や“ホニャララパートナーズ”のように
「総会で元気よく発言される株主の方」
がいらっしゃる会社においては、このプロセスでモメることになります。

そして、企業のこのような生態に関連・派生して、モメ事に対応するお仕事が必要になります。

すなわち、企業においては、企業の意思決定が円滑に行われるようにするために様々な仕事をしていく部署が必要になりますが、多くの企業では
「総務部」
というところがその種の仕事全般を担っています。

昭和や平成初期のころは、
「企業の意思決定が円滑に行われるようにする」ために総会屋にお金を渡したりする総務部の方もいらっしゃったりしましたが、これはご法度とされており、たまにバレて逮捕されたりすることがあったようです。

3 企業の生態その2・経営資源の調達と活用

経営の基本方針やこれを実現する代表者や執行者が決まって、内部統治体制(ガバナンス)が整った企業は、次の段階として、経営資源を調達し、あるいは調達した経営資源を活用する、という活動に移行します。

ここにいう経営資源とは、よくいわれる、ヒト(労働力)・モノ(設備や原材料)・カネ(資金)のほか、第四の経営資源といわれるチエ(技術・情報・ブランド)が挙げられます。

すなわち、企業は、資本を募ったり融資を得たりしながら資金を調達し、集めた資金で労働者を雇い入れたり設備や原材料を購入し、これらを活用して製品や商品を作り出したりサービス提供体制を整えたりします。

さらに、研究開発や情報収集を通じ、技術、ノウハウやブランドを創造・確立するとともに、企業経営の様々な局面でこれらを活用していきます。

このように、企業は、さまざまな経営資源を調達・活用しながら、製品・商品やサービス提供体制という形で、企業内部に付加価値を創出し、蓄積していくことになります。

ただ、
「付加価値を創出し、企業内部に蓄積する」
というだけでは企業活動としては不完全といえます。

企業は、次の段階として、自己の内部に蓄積した付加価値をキャッシュに転化させるための活動を行うことになります。

4 企業の生態その3・営業活動

「自己の内部に蓄積した付加価値をキャッシュに転化させる」
という企業の生態ないし活動は、一般的に営業活動と呼ばれます。

なお、会計の世界では、
「営業活動によって、企業内部で格納されている商品在庫やサービス提供体制が、キャッシュに変わっていくプロセス」

「収益の実現」
と定義したりします。

営業活動によって、
「商品等がカネに転化し、そのカネが再び、経営資源として活用される」
というサイクルが生まれますが、この循環的な生態を繰り返すことにより、企業は継続して発展していくことになるのです。

ところで、営業活動は、営業ターゲットの属性によって、B2BとB2Cの2種に分類されます。

B2Bとは、“Business to Business”の略称であり、企業間取引、あるいはコーポレートセールス(ホールセール)を指します。

これに対して、B2Cとは、“Business to Consumer”の略称であり、消費者向営業、あるいはコンシューマーセールス(リテール)を指します。

このような分類がなされるのは、上記2種の営業は、採用される戦略・戦術も、活動の上で服すべき規制も、まったく異なることに基づきます。

すなわち、B2B営業においては、
「潜在顧客基盤が少ない反面、取引規模は大きく、また緻密で論理的な購買行動を取る顧客に対する活動」
という特徴があり、このような特徴に適合した戦略・戦術が採用されることになります。

また、規制面では、B2B営業においては企業間の反競争行為(競争阻害行為)を禁止する独占禁止法が目を光らせることになります。

他方、B2C営業においては、
「低廉な取引価格と、感情的で衝動的な購買決定をする不特定多数の顧客」
を前提とした戦略・戦術(マスマーケティング)が採用され、また、規制面では、消費者契約法や特定商取引法に代表される消費者保護規制が働くことになります。

5 企業の生態その4・決算、会計報告及び納税

企業は、以上のように、
「ヒト・モノ・カネ・チエという経営資源を調達・活用して商品等といった形で内部に付加価値を創出・蓄積し、これら付加価値を営業活動によってカネに転化させ、さらに転化したカネを再び経営資源として活用する」
という循環的な生態を永遠に続けて成長を遂げていきます。

とはいえ、以上のようなプロセスが
「途切れることなく、ダラダラ続く」
というわけではありません。

企業の活動は一定の期間毎に区切られ、その活動内容が会計的に記録され、整理されていきます(期間損益計算)。

このような計算の結果は、経営成績(P/L)・財政状態(B/S)という二元的切り口で表現されて、投資家や債権者に整理して報告されるとともに、産み出された利益の中から一定割合の税金を税務当局に納める、ということが行われます。

このように、
「一定の期間毎にその活動の成果が整理され、利害関係者(ステークホールダーズ)に報告する」
というのも企業の特徴的な生態といえます。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00736_労務マネジメントにおける企業法務の課題5:労務トラブルが絶え間なく生じ得る紛争ホットスポット(紛争多発地帯)であること

「ヒトのマネジメント(労務マネジメント)」
という業務の基本は、ヒトという経営資源の特性をきちんと把握して、良い物を安く買い、買ったものをうまく使い倒し、不要になったら、モメないように綺麗に処分する、ということに尽きます。

そして、
「ヒトとモノの区別をきっちり付けないと、有益な資産を買ったつもりが、捨てるにあたってとんでもないトラブルを背負い込むになる」
ということも、マネジメントにあたって、頭に叩きこんでおく必要があります。

ところが、この種のトラブルについての規制や障害といった前提環境にあまりに無知で、
「ヒト」

「モノ」
の区別がついていない状態で、労務マネジメント(ヒトという資源の調達・運用・廃棄)をする方々、トップ・マネジメントにもミドル・マネジメントにも多すぎるのが実情です。

この点、 興味深いデータがあります。

各都道府県に労働局が、全国各地に労働基準監督署が設置されており、労働基準関係法令に基づいて事業場に立ち入り、 事業主に対し法令に定める労働時間、安全衛生基準、最低賃金等の法定基準を遵守させるとともに、労働条件の確保・改善に取り組んでいます。

労働条件の確保・改善を図る具体的な方法としては労働基準監督官が事業場に赴くことなどによる定期監督等(毎月一定の計画 に基づいて実施する監督のほか、一定の重篤な労働災害又は火災・爆発等の事故について、その原因究明及び同種災害の再発防止 等のために行う、いわゆる災害時監督も含む。)及び申告監督(労働者等からの申告に基づいて実施する監督)等がありますが、この監督結果が、毎年統計データとして公表されています。

労働基準監督官が行った監督実施状況のデータをみますと、労働違反率は直近でほぼ70%で推移しています。

要するに、ヒトとモノの区別が理解できず、労働法に違反している企業が認知件数ベースで約7割。

認知件数ベースですから、認知にいたらない、お目溢しや暗数等を含めると、体感・実感ベースでは、ほぼ9割近くの企業経営者は、労働法を無視あるいは軽視し、労働法に違反して操業している違法な企業、ということがいえそうです。

こういうデータを踏まえると、
「労働法に興味があり、労働法が大好きで、労働法を進んで理解し知り、労働法を守って、オフホワイトな企業経営をしている立派な企業」
はむしろ稀で、
ほとんどの企業は、
「ヒトもモノも同じだろ。要するに、経営資源なんだよ。ほしい時に調達でき、安くこき使えて、要らなくなったらポイ捨てできる。それが理想なんだよ。なんだよ、労働法とかって。労働法なんて商売を邪魔するだけの厄介なもの、とっとと消えて無くっちまえばいいのに」
という顕在意識や潜在意識をもち、邪魔なことこの上ない労働法を無視あるいは軽視しながら経営しているという実体が看取されます。

以上のとおり、労務マネジメントは、法の要請と、企業社会の現実のギャップが大きく、紛争ホットスポット(紛争多発地帯)ともいうべき現状にあることを、法務担当者としてしっかり認識しておくべきです。

初出:『筆鋒鋭利』No.059-2、「ポリスマガジン」誌、2012年7月号(2012年7月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00735_労務マネジメントにおける企業法務の課題4:解雇に関する規制とトラブル(ヒトという資源廃棄における企業と労働者との間のイメージ・ギャップ)

1 採用は自由だが、解雇は不自由

労働法の世界では、解雇権濫用の法理といわれるルールがあるほか、解雇予告制度や即時解雇の際の事前認定制度等、労働者保護の建前の下、どんなに労働者に非違性があっても、解雇が容易に実施できないようなさまざまな仕組が存在します。

映画やドラマで町工場の経営者が、娘と交際した勤労青年に対して
「ウチの娘に手ぇ出しやがって。お前なんか今すぐクビだ、ここから出てけ!」
なんていう科白を言う場面がありますが、こんなことは労働法上到底許されない蛮行です。

そもそも、
解雇権濫用法理(使用者の解雇権の行使は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することが出来ない場合には、解雇権の濫用として無効になる)
からすれば、代表取締役の娘と従業員が交際した事実を解雇理由とすることは濫用の典型事例であり、解雇は明らかに無効です。

仮に解雇理由があっても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定を取らない限り、解雇は一カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払って即時解雇することしかできません。

したがって、上記のような解雇は、理由もなければ手続上も違法なものであり、法的効力は一切ありません。

婚姻関係が
「婚姻は自由だが、離婚は不自由」
といわれるのと同様、従業員雇用も
「採用は自由だが、解雇は不自由」
ともいうべき原則が働きますので、解雇は「勢い」でするのではなく、法的環境を冷静に認識した上で、慎重かつ合理的に行うべき必要があります。

2 裁判所は、ダメ社員の味方

経営感覚と裁判例の大きなギャップを示す事件として、高知放送事件というものが挙げられます。

同事件(最判昭和52年1月31日)では、
「2週間の間に2度、宿直勤務の際に寝過ごし、定時ラジオニュースの放送事故を起こし、放送が10分間ないし5分間中断されることとなり、2度目の放送事故を直ちに上司に報告せず、後に事故報告を提出した際に、事実と異なる報告をしたアナウンサー」
に対する普通解雇について、
「解雇をもってのぞむことはいささか過酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできない」
として解雇を無効としています。

「無断遅刻・無断欠勤などした従業員は解雇が当然」
と考えておられる経営者も多いかと存じますが、最高裁にいわせれば、
「無断遅刻無断欠勤くらいで、解雇だの、懲戒だの、とかガタガタ言うな。その程度で解雇なんぞするのは、不合理で、反社会的だ」
ということになってしまうようです。

3 恋愛関係も雇用関係も、キレイに関係を清算するには、フるのではなく、フられるようにもっていく

では、スマートにクビを切るにはどのようにするか、というと、従業員側から退職届を出してもらうことに尽きます。

さまざまな規制が及ぶ
「解雇」
とは、あくまで
「嫌がる従業員を無視して、会社の一方的意思表示により雇用関係を消滅させること」
を意味します。

すなわち、会社の一方的都合でラディカルな行為が行われるから、さまざまな解雇の法規制が働くのです。

他方、従業員が自主的に雇用関係を消滅させることは全く自由であり、そのような形での雇用関係の解消に法は介入しません。

男女の交際関係を上手に解消する手段として、
「こちらからフるのではなく、相手に愛想を尽かせて相手からフらせるようにもっていけ」
なんて方法が推奨されることがありますが、雇用関係の解消もこれと同様に進めれば、カドをたてず所定の目的を達成できる、ということになります。

初出:『筆鋒鋭利』No.059-1、「ポリスマガジン」誌、2012年7月号(2012年7月20日発売)

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00734_労務マネジメントにおける企業法務の課題3:採用した人間を如何にうまく使いこなすか(ヒトという資源活用における企業と労働者との間のイメージ・ギャップ)

当たり前の話ですが、ヒトという経営資源を運用するには、
「どのようにして事業を展開すべきか」
という課題を達成するための合理的手段を、科学的な方法で組み立て、これを現実的な行動計画に落とし込み、現場の人間が判別可能な戦術を与えていくことが必要です。

ここで、いきなり歴史のお話をさせていただきます。

第二次世界大戦末期、旧日本軍は、
魚雷に兵士を搭乗させてそのまま敵艦に突っ込ませて爆破させる攻撃方法(人間魚雷)
や、
航空機をそのまま敵艦に衝突させて爆破させる攻撃方法(特攻)
を実施させたり、国民には、
「気合があれば、竹槍でB29を落とせる」
等と激を飛ばし、竹槍を扱う訓練をさせたり、と愚にもつかないことを行っていたそうです。

しかし、これは笑い事ではありません。

「ヒトを使う」
という点において、旧日本軍と同じようなことをやっている企業が、現代においても少なからず存在します。

すなわち、日本の多くの中小企業や、業績が低迷している上場企業においては、終戦末期の日本軍のように、
科学的方法や合理的・現実的計画に基づかず、
気合や根性や精神論で、従業員にできもしないノルマを与える
ようなところが見受けられます。

1 気合による営業が効果的だった時代

とはいえ、日本の戦後産業社会において、
「気合があれば、竹槍でB29を落とせる」
のと同じように、
激を飛ばし、気合や根性や精神論で従業員に営業活動を行わせることで
「何とかなった」
という時代も、あるにはありました。

30年ほど前までは米ソが冷戦真っ最中で、日本は、
「フツーのものをフツーの値段でフツーに作れる」
という稀有な所業国家として、
「世界の工場」
としての地位を築き上げました。

当時、経済はインフレーション傾向にあり、作っても作ってもモノが不足し、作ればすべてモノが売れる時代でした。

現在のように、マーケティングだの営業戦略だの細かいことをグダグダ考えなくても、気合を入れれば、なんとか需要家がみつかり、あとは押しの一手で在庫を持ってもらうことができる、そんな時代だったのです。

そういう時代においては、能書をたれるよりも、行動こそが重要で、まさしく
「営業は気合」
だったのです。

しかし、冷戦が終了し、世界市場が単一化し、供給が過剰になりはじめました。

東欧諸国や中国が競争に参入し、圧倒的な価格競争力で
「世界の工場」
という地位を日本から奪取しにかかります。

加えて、日本国内においては社会が成熟し、デフレ・低成長時代になり、モノ余りが顕著になっていきました。

2 もはや、気合だけでは売れない時代

このようにして、
「フツーのものをフツーに作れる」
というのは希有でもなんでもなく、
「ビミョーなものを、イジョーな安価で作れる中国その他の発展途上国」
に簡単に負けることを意味するような時代になったのです。

この時代の到来とともに、日本の産業社会は、
「フツーのものを大量に作れば、フツーに在庫が積み上がり、フツーに会社が生き残れない時代」
を迎えるに至ったのです。

また、消費者保護規制が強化されるようになり、気合で売ろうとすると、逆に特定商取引法違反で逮捕される。

そんな時代になったのです。

その意味で、
「気合、根性、精神論で営業を展開する企業は、すでに20ないし30年ほど時代遅れの経営を行っているか、特定商取引法に無視ないし経営した経営を指向しているか、のいずれかまたは双方である」
と、いえます。

3 ビジネスは気合からサイエンスに

低成長でデフレーションが顕著な現代においては、営業は、データと科学で緻密に戦略をたて、
「細かいことにこだわる戦術」
によって行うことが求められます。

一例を申しあげますと、

「売り上げ=潜在客数×来店率×成約率×客単価(+潜在客数×リピート率×成約率×リピート単価)」

と因数分解されます。

売り上げを伸ばすには、潜在客数を増やすか、来店率を上げるか、成約率を上げるか、客単価を上げるか、のいずれかの方法によるしかありません。

すなわち、売り上げが低迷している場合、
1)単価が減少しているのか、
2)成約率が悪いのか、
3)来店率が悪いのか、
4)リピート率が下がっているのか、
5)潜在客数が減少しているのか、
6)そもそも市場自体が構造的に縮小傾向にあるのか、
を分析した上で有効な手を打つべきなのです。

科学的なアプローチを行って合理的な手順段取りで進めていかない限り、いたずらに
「気合」
「根性」
と叫んだところで、営業はまともに機能しません。

4 人を動かすためには、指示は具体的に行うべし

かつて山本五十六は、
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」
と言ったそうです。

海軍のような指揮命令系統が整備されていて、
最終目標が
「純軍事上、敵に勝つ」
という単純明確な組織ですら、このような状況です。

「人にモノを買わせる」
という複雑で難しいミッションを有する企業においては、なおさら、現場への指示は、合理的で、細かく、具体的で、再現性がないと組織は動きません。

ハウステンボスを建て直した社長は、建て直しを行う際、
「『10%売り上げを上げろ』『利益を5%上げてこい』等という指示を出しても、現場には理解できない。現場への指示は明快で具体的であるべきだ。そこで『移動であれ、会議であれ、作業するのであれ、話をまとめるのであれ、すべて10%スピードアップをしてくれ』という指示を出したら、組織運営が効率的になった」
と述懐していました。

このように、ヒトという経営資源を効率的に活用する上では、精神論、根性論ではなく、
「現場に対して確実に伝わる、現実的で合理的な指示」
を行うことが重要なのです。

以上のとおり、ヒトという経営資源を活用・動員する上では、現代産業社会は、気合や精神論からサイエンスや
「ナッジ」
等の理論を使った行動経済学の時代に突入しております。

他方で、トップ・マネジメントやミドル・マネジメントにおいては、いまだに、大日本帝国陸軍の尉官や曹長レベルの干からびた知能レベルで、非科学的で非合理的で段取りも仕切りもむちゃくちゃでデタラメな資源動員から進歩していません。

このような、ヒトという資源運用面での、使う側と使われる側との重篤なイメージギャップもあり、これがトリガーとなって、様々な労務トラブルが生じることとなります。

初出:『筆鋒鋭利』No.058、「ポリスマガジン」誌、2012年6月号(2012年6月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00733_労務マネジメントにおける企業法務の課題2:どんな人間を選んで採用しようとするのか(採用する側と採用される側・学生側のイメージギャップ)

「従業員を採用するということは、約3億2000万円の買い物をするのと、同じである」
ということがいえますが、買い物と同様、採用も、
「安くていい買い物ができる」
こともあれば、
「使えない物を高値掴みさせられる」
ということもあります。

では、
「企業として、どんな人間を採用することが発展につながる」
とえるのでしょうか?

成長を続けるような企業は、採用の際、どのような点を意識しているのでしょうか。

皆様御存知の
「リクルート」
という企業があります。

1960年創業の同社は、就職情報サービス大手として成長し、現在、就職情報に限らず総合情報サービス産業として発展・成長を続けていますが、若手社員でも自由に事業を起こすことができる開放的な社風で有名な企業です。

同時に、起業家を輩出する企業としても有名で、多くの新興企業のトップや幹部にリクルート出身者が存在します。

「リクルートがこのように人材豊富な企業であり続けるのは、同社の採用方針に秘密があるのではないか」
と思い、ある酒席の場でリクルート出身の方に
「リクルートにおいて、採用の秘訣のようなものがあるのか」
と聞いたことがあります。

そのリクルートOBの方曰く
「リクルートとして、“このプロファイルの学生が来たら、絶対採用する”というスペックがある」
ということでした。

そして、その“絶対採用する学生のスペック”なるものを聞いたところ、
「まず、一番が、東大ボート部出身者。次が、東大陸上部で長距離をやっていた人間。これがリクルートの求める最高スペック」
というお話でした。

その理由を聞いたところ、
「企業でやっていくにはある程度アタマの良さは必要。ただ、大学生のアタマの良さなんて言ってもタカが知れているし、そんなものを振り回しても企業ではやっていけない。アタマの良さ、プラスアルファがいる。その意味では、難しい試験クリアして東大に入ったにもかかわらず、ボート部に入ったり、長距離走やっている連中って、『地アタマがいいのに、単純作業の繰り返しもできる』という、ある意味、すごい才能を持っている。こういう“振り幅の大きい人間”こそ、リクルートは求めている」
とのこと。

この方ご自身は随分前にリクルートをお辞めになっており、したがって、今でも同社において上記のような採用基準があるかどうかはわかりませんが、話自体は、なるほど、と思わせる内容です。

社会を渡っていくには、もちろん最低限の知性は必要になります。

しかしながら、社会には理不尽なことがそこらじゅうに蔓延しております。

学生時代に獲得した机上の知識など何の役にも立ちません。

そもそも、世の中において本当に重要なことは、本には書いていないことがほとんどであり、やっていくうちに体で覚えるようなことばかりです。

「社会の理不尽なことに遭遇する度に、いちいち立ち止まって考えてしまう」
という姿勢では、企業という社会に適応できません。

その意味では、
「がむしゃらに勉強して東大に入学しておきながら、大学に入ったら、一転、これとは真逆の、『ひたすらボートを漕ぎ続ける生活』や、『ひたすら長距離を走り続ける生活』にシフトし、これを4年間、嬉々として続けられる」
という連中の柔軟性や適応能力の高さは、尋常ではありません。

その意味では、一見乱暴でいい加減に見える上記のリクルートの採用基準は、企業として採るべき採用戦略の本質をまったく外していません。

会社の仕事というものは、企業毎に大きく異なりますし、部署によってもまったく違います。

「会社でどういう仕事をするか」
ということは、市販の本をみても書いていませんし、仕事のマニュアルなど整備していない会社もザラにあります。

もちろん大学に行っても、例えば
「三菱商事生活産業グループ繊維本部・仕事概論Ⅰ」
なんて講座はあるはずもなく、学校では仕事のやり方など一切学べません。

その意味では、
「中途半端にアタマがよく、中途半端な知識があり、自分の乏しい経験や狭い常識で、物事を考えてしまう人間」
は、企業にとって有害無益なのです。

むしろ、ある程度の知能と要領があることは前提として、
「どんな環境における、どんな業務であっても、まずはやってみて、体で覚えて行き、しかも、これを楽しく取り組める」
という適応力の高さこそが、企業の仕事を遂行する上で重要な資質となります。

したがって、企業として、人材を採用するにあたっては、
「(最低限の)知能や要領を測定する」
という意味で学歴もそれなりの指標となり得ますが、学歴だけを頼りに採用を決定するのはあまりにも危険であり、適応性・柔軟性こそをきちんと評価すべき、と考えられるのです。

当然ながら、この現状は、
採用する側、すなわち企業側の思惑と、
採用される側、すなわち新卒者や中途採用を志す者の思惑の間に、
重篤な乖離をもたらします。

そして、そのことが、労務トラブルや労務紛争となって出現する萌芽を形成するのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.057、「ポリスマガジン」誌、2012年5月号(2012年5月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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