00724_内部統制構築の実務1:内部統制システムを構築するにあたって、どのような哲学や基本理念基づき構築すべきか?

内部統制システムとは、
企業経営を行う上で、絶対根絶不能で、不可避的・恒常的に発生する法令違反リスク」に効果的に対処し、
「大事を小事に、小事を無事に」する
ためのマネジメントプログラムと定義されます。

このシステムを構築・運用するプロジェクトについて、適切に前提環境認識や稼働上の相場観が形成され、リスクや課題も正しく抽出・特定し、認識できた、としましょう。

あとは、さほど困難ではありません。

病気を治すにも、病状と病名が判別しなければ、対処のしようがありません。

他方、病状と病名さえ判別すれば、あとは、それにあった薬を用法用量にしたがって服用するなり、オペを実施して、病巣を取り除けば済む話です。

無論、足が壊死した、手が壊死したといったように、特定の病巣部位が不可逆的なリスクを抱え放置していたら命に関わるということであれば、当該足や手を切り落とすほかありません。

足はそのままにしてほしい、手を失いたくないという気持ちが強くとも、あとは、命を失うか、足や手だけにするか、という選択の問題について、決定すればいいだけです。

リスクについても、同様です。

発見し、特定されたリスクは、回避するか、小さくするか、転嫁するか、原因となっている部分を丸ごと取り除いて処理するか、 です。

「原因となっている部分を丸ごと取り除いて処理する」、
すなわち、不可避的にリスクが伴うような事業であれば、そんな事業などやめてしまえばいいだけです。

「法を犯す前提でないと成り立たない商売」
「法を犯さないと完成しないプロジェクト」
「リスクが巨大で実施してリスクが現実化すると企業をつぶしてしまう事業」
というものも世の中には存在します。

「発覚・露見をしないように商売を続ける」
「いつ発覚するか不安に怯えながらプロジェクトを続行する」
「爆発したら会社が吹き飛ぶという不安を抱えながら事業を始める」
という選択もあれば、そんな商売からさっさと手を引く、というのも1つの見識です。

やめてしまえば、法を犯すリスクや企業を潰すから完全に逃れられます。

いずれにせよ、
「最悪、危なっかしい商売から手を引く」
という究極の選択肢が保障されている以上、リスク管理は
「不治の病で、死ななきゃ治らない」
という類の問題ではありません。

たかが、商売です。

金儲けに過ぎません。

「会社を潰してまでやる必要があるのか」
「法を破って、犯罪者となってまでやる必要があるか」
と冷静になって考えてみればいくらでも選択の余地が出てきます。

東芝は、粉飾決算(チャレンジ決算、不適切会計)をして経営成績を誤魔化す道を選択し、最後に発覚し、企業は存続の危機に陥りました。

さらに、その後、東芝は、傘下のウェスティングハウスが、2015年末に原発の建設会社、米CB&Iストーン・アンド・ウェブスターを買収した際、買収直後に、ある価格契約を締結したことが原因で、7125億円もの損失を原子力事業全体で発生させ、2016年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、同年12月末時点で自己資本が1912億円のマイナスという、債務超過の状況に陥りました。

この愚行も、
「巨額の債務負担をさせられ、会社を潰す危険を負担してまで、子会社にこんな契約取引させるべきか」
を、合理的に判断し、いざとなれば、やめてしまえば、塗炭の苦しみを味わうことなどなかったはずです。

東芝は、
リスクに気づかず、
リスクに向き合えず、
リスクをきちんと評価できず、あるいは、
リスクが発現しないと盲信して手を打たず、
「(大きな損失を被っても)最悪、危なっかしい商売から手を引く」という究極の選択肢に気づかなかったか、
気づいていたがサンクコストを忌避して手を引けず、
統制と制御を喪失したことで、企業が危機に陥りました。

いずれにせよ、 内部統制を構築するための哲学や基本理念として、
「法令違反の絶無を目指す、根絶をゴールにする」
などという幼稚で愚劣で非現実的な幻想を目指すものではなく、
「大事が小事に、小事が無事に近づくような」現実的な対処と、
「最悪、危なっかしい商売から手を引く」という究極の選択肢を常に思考前提に置く、
という考え方を忘れなければいい話であり、内部統制の構築・運用は対して難しい話とはいえません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00723_コンプライアンス体制構築のゴール・デザイン

人は法を守れません

組織も法を守れません

そして、企業が普通に活動しているだけで、常に法を犯してしまう可能性があり、この可能性は絶対なくなりません

他方で、法令に違反するための予防活動は必要です。

法令違反を予防するための活動としては、
「絶無を目指す、根絶をゴールにする」
などという幼稚で愚劣で非現実的な幻想を目指すものではなく、
「大事が小事に、小事が無事に近づくような」現実的な対処
こそが必要です

さらに、リアルな必要性でいうと、不祥事発生時点における
「経営陣の免責」
を目指した環境構築が必要となります。

したがって、コンプライアンス体制構築というプロジェクトのゴール・デザインとしては、
「免責適格要件を充足した(後日、裁判所が内部統制構築義務を履行したと評価するに足る)コンプライアンス体制の構築」
ということになります。

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00722_企業倫理と法令遵守はどういう関係に立つのか?

A説:コンプライアンス=法令遵守+倫理的要請の遵守

B説:コンプライアンス=法令遵守のみ。倫理的要請の遵守は、別途の問題として議論すべき、リーガルマターとしてのコンプライアンスの議論と混同すべきではない。

A説の問題点:A説は往々にして、法務活動のサボタージュのための弁解として使われる。すなわち、コンプラという実体なき概念で思考停止を正当化してしまう危険がある。

A説の立場からの法務対応例:「このスキームはたしかに法的には正しいかしれない。しかし、そんな前例のないスキームをやること自体、企業倫理的に大問題であり、コンプラ違反だ。横並びの業界に波紋を巻き起こすし、業界的に世間の目も厳しい状況にあって、あざといやり方だ、金儲け主義だ、と非難されるなど、マスコミから何を言われるかもしれない。法務の意見としてはNGだ。社長には、『コンプラ違反につきやったら大変なことになる。検討に及ばず』、と伝えておけ

B説:倫理を軽視せよ、と言っているわけではない。法令遵守の問題と世間体の問題を分けて議論せよ、と言っている。

B説の立場を取る法務対応例:「法令を調べる限り、明確に禁止した条項はみつからず、所管官庁に対する非公式の意見照会でも、違反とすべき点は見当たらない、との発言を得ています。ただ、あざといやり方で、相手方への打撃が大きく、報道のされ方によっては、ウチが悪者になるかもしれません。その意味では、消費者の離反を招くかもしれず、得られる経済的効果とレピュテーション上の犠牲とのバランスを勘案する必要があります。実際、よく似た事例ですが、この分野における新しいスキームを先取りしたX社は、マスコミから避難を浴び、結局、当該スキームを撤回するという不名誉な選択を強いられ、株価も大幅に下落しました。法務としては、以上のような法律以外のリスクも付記させていただきますので、PR、IR上のシナリオについて、担当部署とよく議論の上で、ジャッジしてください

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00721_企業経営に失敗した場合において経営幹部が負担しなければならない責任としては、どのようなものがあるか?

「役員個人として、個人の法務安全保障上、法務部に対して、常にきちんと把握し、不安になったりリスクを感じたりすれば、すぐさま答えてもらいたい事柄」
として、
「企業経営に失敗した場合において経営幹部が負担しなければならない責任としては、どのようなものがあるか?」
という課題があります。

1 純経営上の失敗

(1)経営責任:辞任・解任

(2)法的責任:よほどひどい失敗でもない限り、ビジネスジャッジメントルール(経営裁量保護の法理)により免責

(3)オーナー経営者の場合におけるオーナーとしての責任:株主有限責任(社会的意味としては、「株主無責任」と同じ)が問われるが、実質的には責任なし(投資金をスるだけ)

2 法令違反による失敗

(1)経営責任;辞任・解任

(2)法的責任

ア 民事責任(=善良なる管理者としての注意義務に違反したかどうか)
・株主代表訴訟(株主が会社に代わって、賠償請求)
・株主や債権者等からの直接の損害賠償請求

イ 刑事責任
・回収可能性がないにもかかわらず貸し付けを行うことは状況によっては背任罪を構成する可能性がある

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00720_株式会社運営システムと国家運営システムとの相似性

国家運営システム 株式会社運営システム
国民 株主
国会 株主総会
内閣 取締役会
内閣総理大臣 代表取締役
裁判所 監査役

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00719_契約書のチェックの段取りと実務その14:契約書の内容や条件や記載をめぐるトラブルを交渉により打開する方法

契約法務(取引法務)には、依頼部門の依頼に応じて、依頼部門の交渉の場に立ち会ったり、あるいは取引相手が指名する交渉担当者との駆け引きをしながら、契約条件や主要な契約条項を確定させる活動(交渉法務)も含まれます。  

交渉に関しても、契約自由の原則が働きますので、道義的なものはさておき、法的には、交渉上遵守しなければならないルールといわれるものは特段存在しません。

したがって、自己の立場の優位性を背景に独善的な条件を提示しても構いませんし、相手の足元をみて自己に徹底的に有利な条件を提示しても、相手が承諾すれば法的合意として効力をもちます。

無論、公正な競争秩序を害する形で、優越的地位を濫用したり、下請企業に不当な要求をしたりすることは、契約自由の原則の例外として許されません。  

契約交渉の際、彼我の交渉上の立場が対等である場合で互いに自己の条件に固執して交渉がストップすることがありますので、このような状況を打開する契約交渉上のテクニックをいくつかご紹介しておきます。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00718_契約書のチェックの段取りと実務その13:契印、袋綴及び捨印等

契約書調印の際、
契約書が何ページにも渡る場合に、
「途中のページを差し替え、入れ替えさせて内容を変更する」
という違法・不当な改ざんを防止する必要が生じることがあります。

そういう場合に、上記のような改ざんを防止する方法として、契印や袋綴押印という手法があります。

まず、契印ですが、2枚以上にわたる契約書や法律文書を、1つの一体となった文書であることを証明するために、両ページにまたがって押印することをいいます。

両ページの見開き部分に半分ずつまたがるように押印をしますが、数ページに渡る場合、全てのページがつながるように、契印を続けます。

となると、例えば100ページの契約書は、かなりの契印を押すことになりそうです。

この場合、袋綴製本(各ページをホッチキス等で製本した上で、背面と表紙と裏紙をまたぐような帯で糊付けし、帯を剥がさない限り、途中の差し替えができないようにされた文書)を行った上で、
帯と表紙、
帯と裏紙
の両方にそれぞれ契印を行えば、途中の差し替えによる改ざんがされないことを証明することが可能となります。

なお、実務の世界では、
帯と表紙だけの契印、
帯と裏紙だけの契印
のいずれかだけの手法が見受けられますが、これでは、契印していない方の帯を剥がして差し替えによる改ざんは防止できません。

したがって、前記の袋綴製本契印手法は、片手落ちであり、前述のとおり、
帯と表紙、
帯と裏紙
の両方にそれぞれ契印
というのが完全かつもっとも正当な方法です。

なお、捨印や訂正印という押印手法もあります。

訂正印とは、文書の誤記を訂正するための押印で、署名押印欄の押印と同じ印鑑を使用します。

訂正の具体的内容としては、
余計な文字が削る場合の「削除」、
記入漏れがある場合に追加する「加筆」あるいは「追加」、
別の語句に入れ替え修正する場合の「訂正」
の3類型です。

削除の場合、誤った語句を二重線を引いた上で、訂正印を捺印し、さらに明確を期すのであれば
「削除○○字」
と記入します。

行間余白が狭く捺印できない場合や、印影の大きい場合は、欄外余白に
「◯行目 削除○○字」
と書けば明確となります。

追加(加筆)の場合は、吹き出し(「∨」)を書き、追加します。

文字の近くに訂正印を捺印の上
「追加(加筆)○○字」
と修正内容を書くか、欄外の余白部分に
「◯行目 追加(加筆)○○字」
と書きます。

訂正は、削除と追加(加筆)の合体です。

過誤の語句部分を二重線で削除した上で、その近くに訂正語句を記入するか、吹き出し(「∨」)を書き、訂正箇所付近に訂正印を押し、すぐ近くに
「削除○○字 加入(加筆)○○字」
と書くか、欄外余白部分に
「◯行目 削除○○字 加入(加筆)○○字」
と書いておきます。

捨印は、おって訂正が生じることに備え、欄外余白部分に押印しておくものですが、見方を変えれば、
書類を交換・提出した後に、相手方が訂正することをあらかじめ承認する意思を表明するもの
であり、相手方に対して、自由勝手に訂正して差し支えなし、という危険な意思表明です。

弁護士や司法書士等、資格によって職務遂行の信頼性が担保され、不正や悪用が行われることが想定されない者への提出・預託書類(委任状等)や、
銀行等、こちらもやはり許可事業を行い、業務遂行の信頼性が担保され、不正や悪用が行われることが想定されない者への提出・預託書類(金融口座開設申し込み書類)
については、捨印を押すことが行われます。

しかし、
「いかに弁護士や銀行といえども信用できないし、もし、不備があるならもう一度押印するから、何度でももってこい」
といって、捨印を拒否するのも自由です。

そのような職務遂行上の期待も、属性上の信頼性も担保されていない、むしろ、利害が対立する取引相手に対して、捨印を押した文書を交付するのは、リスク管理のセンスがなさすぎます。

実務の世界で、
「ありとあらゆるページにバカスカ捨印を押しまくっている契約書」
という何とも奇天烈なシロモノをみたことがありますが、無知とはいえ、ありえない契約処理といえます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00717_契約書のチェックの段取りと実務その13:本人確認、登記簿謄本、署名、印鑑及び実印等

契約当事者が、実は存在しなかった、架空だった、別人だった、というのは、何かのドラマや事件のような話ですが、取引実務でも普通に起こり得るトラブルです。

もちろん、誰もが知る上場企業で、社長も著名人で、という場合に、契約当事者が違っていた、なんてことは、そっくりさんや、プロのモノマネ芸人でも使った、オーシャンズ11ばりに手の混んだ詐欺にでも遭わない限り、おみかけしません。

しかし、聞いたこともない中堅中小企業や、海外の会社、地方の会社、個人の資産管理会社や、知人や特殊関係人が代表を努めている会社など、統治秩序の実体が不明な会社など、山程あります。

そのような場合、間に入った人間や、エラそうにしている親分やボスを信じて契約したところ、正式な代表者や契約当事者はまったく別の存在で、契約当事者が、実は存在しなかった、架空だった、別人だった、といういかにもどんくさいトラブルに遭遇することもあります。

また、代理人や代理店や委託を受けた仲介者といった者が間に挟まって、実体が不透明なまま、取引が進み、最後に本人がケツをまくって、大きなトラブルに発展、という事故もあります。

そのような事故を防ぐためには、 まず、本人確認です。

個人であれば、印鑑証明と実印、
会社であれば、登記簿謄本と印鑑証明と登録印、
これらを必須の前提として取引を進める限り、事故はほとんど起こりません(たまに、地面師のような詐欺に遭ってしまうこともありますが、逆にそのような世間を騒がす事件に遭うくらい稀です。)

なお、契約書や取引で署名や印鑑、さらに印鑑証明といったものを徴求して安全性や堅牢性を増強するには、きちんとした理論的背景があります。

これは、俗に二段の推定といわれるものです。

私文書については本人又はその代理人の署名または押印があるときは、真正に成立したものと推定するとされています(民事訴訟法228条第4項)。

難しく書いていますが、私文書に本人又はその代理人の 署名または押印がある契約書は、偽造ではなく、ホンモノと推定してしおこう、というルールです。

ただ、偽造文書であっても、署名または押印があれば真正に成立したものと推定されてしまいますので、勝手に偽造さえた本人にとってはかなりキツい内容となってしまいます。

そこで、前記条項は、やや狭く解釈されることとなり、本人の署名または押印についてはいずれも
「本人の意思に基づくものであること」
が前提となる、とされます。

要するに、私文書に本人の署名または押印があっただけでは不十分で、
「本人の意思に基づいて」
本人の署名または押印がなされたものであって初めて真正に作成されたと推定される、というルールと理解されています。

では、この
「本人の意思に基づくもの」
をどうやって立証するのか、という話になります。

この点については、最高裁昭和39年5月12日判決において
「文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当である」
とされました。

要するに、本人の印鑑を使って押印された契約書があれば、その契約書は
「本人の意思に基づく契約書」
と推定しよう、というものですが、これが判例法として法律に準じるルールとして扱われています。

以上のとおり、
私文書に本人の印鑑による押印があるときは、本人の意思に基づき押印されたものであると事実上推定され(最高裁の判例法による1段目の推定)、
私文書に本人の押印があるときは、
「押印が本人の意思に基づいているとき」
と解釈されて、文書の真正が法律上推定される(民事訴訟法第228条第4項による2段目の推定)
という取扱がなされ、これを称して
「二段の推定」
といいます。

訴訟実務では、契約の存在や内容を立証する際、当該契約書がきちんと成立したものであること(契約書の真正)を立証しますが、
「契約書に押印された印影が本人の印鑑であること」
さえ立証すれば足りることになります。

もちろん、これは
「擬制(確定)」
ではなく
「推定」
のレベルの扱いですから、反証は可能です。

偽造を主張する側は、
印鑑を他の者と共用していた、
印鑑の紛失、盗難、盗用、
別の目的で預けた印鑑の悪用、
などの事実を主張・立証したり(1段目の推定を破る主張・立証)、
白紙に署名(または押印)したものを他人が悪用して文書を完成させた、
文書作成後に変造がされた、
他の書類と思い込ませて署名(または押印)させた
などの事実を主張・立証したり(2段目の推定を破る主張・立証 )をして、反論していきます。

ところで、1段目の推定についてケチをつけさせたくなければ、
「この印鑑は、本人しかもっていない唯一無二の印鑑で、他の者は使うことがあり得ないもの」といえれば、推定を破る反証がほぼ不可能となります。

ここに、実印とか登録印の意味が出てきます。

実印、すなわち
「住民登録をしている地方自治体に印鑑登録したも印鑑」
であったり、
会社の登録印、すなわち
「登記簿を所管する法務局で印鑑登録した代表印」
であれば、
前記の反証がほぼ不可能となります。

このような意味において、重要な取引や契約においては、事故を防ぐため、登記簿謄本で代表者であることを立証させたり、押印も実印や登録印を押印させ、さらには印鑑証明書も添付させておくべき、といえるのです。

なお、署名または押印とありますが、事故を防ぐためには、代表者に自署させた上で、実印または登録印で押印させるという二重の備えで、事故を防ぐことが推奨されます。

その際、代表者でなかった者が署名するような場合、すなわち、代表権のない平取締役であったり、部長等であったり、あるいは代理人といった場合、委任状や決裁権を示す文書も同時に提出させ、後から無権代理や無権代表といった難癖がつかないように備えておくことも推奨されます。

以上のとおり、契約書に限らず、法務文書一般に関しては、作成意思を明確にするため、押印という手続きがかなりの頻度で発生します。

この点、中小企業等で全ての押印を実印(登録印)で処理するところもあるようですが、契約書に押印すべき印鑑には法律上特段規制がなく(前記のとおり、偽造等が争われる民事訴訟の場面では立証課題に差が出てきますが)、実印を用いて印影を明かすことにより偽造等のリスクも出てきます。

したがって、公的手続等実印が絶対必要な場合を除き、取引印(認め印や角印)と呼ばれるものを別途作成し、日常の取引や契約には実印以外の印鑑を用いることが推奨されます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00716_契約書のチェックの段取りと実務その12:公正証書

公正証書とは、一般私人の要請(嘱託といいます)に基づき作成される私的な権利義務等に関する文書ですが、その内容を法律の専門家である公証人が確認し、公証人法に基づき作成する公文書です。

私人の権利関係等を取扱内容としながら、他方で公文書としての性格を有している関係で、高い証明力があるうえ、債務者が金銭債務の支払を怠ると、裁判所の判決などを待たないで直ちに強制執行手続に移ることができる、というわけです。

すなわち、金銭の支払いを内容とする契約の場合、公正証書を作成しておけば、裁判を起して裁判所の判決等を得るという面倒な手続を踏むことなく、直ちに強制執行手続きに入ることができるのです。

以上のように、公正証書は非常に強い効力を有しますので、重要な契約に関しては、多少コストがかかっても、公正証書化も検討すべきです。

特に、金銭消費貸借契約(いわゆる貸金契約)で抵当権等を設定しない場合などは、支払懈怠があったとき公正証書が強い力を発揮しますので、債務者への融資条件として是非とも公正証書化を求めるべきです。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00715_契約書のチェックの段取りと実務その11:会計・税務との整合性

法的な観点で契約事故・企業間紛争を防ぐ合意内容としては適正であっても、当該契約締結の結果、会計上、税務上の不都合が生じる場合があります。  

例えば、物品販売の場合、委託方式か買取方式かによって売り主・買主のどちらが在庫を負担するかが変わってきますし、資産譲渡の価格の決定如何によっては税務上低額譲渡等と認定され、思わぬ課税がなされることもあります。

さらに、M&AやSPCを用いたオフバランス取引等を実施する場合も、
「適格要件充足判断において企業組織再編税制の活用が可能か否か」

「税務上オフバランスと判断されるか否か」
を実例に即して具体的に検証しないと、取引そのもののゴールが達成されない場合もあります。  

その意味で、契約書を作成する前に、依頼部門に税務・会計上の検討を了したか否かを確認するとともに、必要に応じて、財務責任者や税務担当者らを招集して、取引組成が税務上あるいは会計上のゴールを達成するに十分な適格性を有するか否かを厳密にチェックすべき必要があります。

なお、 零細企業や地方の中小企業でよくみられるのは、税理士が主導して、
「税務的な整合性『だけ』しか考えておらず、法的にはデタラメな契約処理」
がなされている例が散見されます。

そして、このような
「法的にはデタラメな契約処理」
が仇となって、致命的な法的窮地に陥るケースもあります。

当事者同士の仮装の契約であっても、デタラメなはずの契約内容が独り歩きし、「善意の第三者」が登場した途端、民法94条の虚偽表示として無効等々の抗弁をしたところで、通用しない場合もあります

いずれにせよ、会計・税務・法務すべてにおいて整合性を維持する契約処理を目指すべきです。

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