00582_敗訴の予測と敗訴対策

軍事上の天才ナポレオンがロシアで失敗したように、海道一の弓取りと言われた徳川家康が三方原で敗北したように、どんな訴訟においても敗訴という事態が存在します。

ただ、敗訴といっても、剣道や柔道のように勝敗が一瞬にして決まるわけではありません。

これまで述べてきたとおり、裁判は、双方の言い分を整理し、双方の言い分の裏付けを確認し、関係者に対して直接質疑し、和解の条件を出させ、譲歩をし、また和解の条件を出させ、さらに譲歩をさせ・・・という重畳かつ緩慢な過程を経て進んでいきます。

結審前後になっても、裁判所は、なお
「被告ももうちょっとお金出せるでしょ。お金出せないっていうんだったら、敗訴させますよ。
本当にいいんですか? 知りませんよ。本当に本当にこれが最後なんですよ。ちゃんと空気読めてますか」
みたいな形で和解を勧め、それでもダメと見極めた上で、判決を下します。

その意味では
「準備ができずパニックになる」
というようなものではありません。

ですが、やはり、不利な結論を見越してある程度の備えはしておくべきだと思います。

まず、敗戦対策のもっとも重要なポイントは、負けた側にどのような不利が発生するか正確に認識することです。

民事の場合、判決に基づいて、収監されたり、首を吊るされたりするわけではなく、判決といっても
「債務者の財産に対して強制執行をしても差し支えない」
ということを宣言した紙切れが裁判所から送られてくるに過ぎません。

強制執行というと
「身ぐるみ剥がれる」
みたいな非常に陰惨なイメージがありますが、実際は、それほど厳しいものではありません。

無論、高価な財産があれば差し押さえられオークションされますが、生活に必要な家財(テレビや冷蔵庫も)まで差し押さえられることはありません(「着ている服以外の服は全部差し押さえられるから、執行官がやってきたら、とりあえず十二単のように服という服を全部着ろ」なんてのは迷信です)。

無論、理論上、債権者からの申立により強制破産される可能性はあります。

ですが、強制破産には、債権者側において相当額の予納金を用意する必要があり、どこかのマンション分譲業者のように資産隠しをしてそうな相手にはそれなりの意味はありそうですが、本当にお金がない人に対しては、まったく意味がありません。

予納金(葬儀費用に相当)を負担してまで
「経済人としてのお葬式」
をあげようなどという債権者は、債務者にとって実に奇特な存在に映るはずです。

ただ、資産家や企業経営者が訴えられたような場合、所有資産や、会社のオーナーとして相当数の株式を保有しており、これが差し押さえられる可能性がありますので、上記のようにタカをくくるというわけにはいきません。

そして、こういう場合は、やはり控訴せざるを得ません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00581_被告が「訴訟上の和解」条件設計に際して考慮すべきポイント:(4) 清算条項

裁判内外の和解において、
「原告及び被告は、本和解契約に定める外、当事者間に何らの債権債務関係が存在しないことを、相互に確認する」
などという条項を入れることがよくあります(債権債務関係の清算を行うことから「清算条項」などといいます)。

ここで注意が必要なのは、
「原告及び被告は、『本件に関し、』本和解契約に定める外、当事者間に何らの債権債務関係が存在しないことを、相互に確認する」
タイプの条項と、
「原告及び被告は、本和解契約に定める外、当事者間に何らの債権債務関係が存在しないことを、相互に確認する」
タイプの条項
の2つがあるということです。

なんだ、
「2つともたいして変わんないじゃん」
なんて声が聞こえてきそうですが、
「本件に関し、」
があるのとないのとで、実は大きく異なるのです。

前者(「本件に関し、」がついている方)だと、本件以外の問題について従前の事実関係に基づき債権者(被害者・原告)が被告(加害者・債務者)に対して請求すべき事案が生じた場合、原告債権者が、再度、被告に対して訴訟を提起する余地を残すことになりますが、これは被告にとって脅威となります。

後者(「本件に関し、」がついていない方。「包括清算条項」などということもあります)だと、
「本件も含め、和解時点において被告と原告との間には、一切、請求したり・されたりの関係がないこと」
を確認することになりますので、たとえ従前の事実関係に基づき原告が被告に対して請求すべきようなネタを発見した場合でも、原告は被告に対して訴訟を提起できなくなります。

例えば、二当事者間に根深い対立があり、こっちの土地の問題、あっちの土地の問題、こっちの建物の問題、あっちの建物の問題、遺産分割の問題、損害賠償の問題等々雑多な事件が複数存在する場合、包括清算条項にするかしないかでは、大きな差異を生じることになります。

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00580_被告が「訴訟上の和解」条件設計に際して考慮すべきポイント:(3) 守秘義務

今後同種の訴訟が生じないタイプの事件であれば格別、引き続き、同種事件の同種被害者から訴えが生じ得るケースについては、 守秘義務契約を和解契約に盛り込んでおくことも考える必要があるでしょう。

すなわち、
「特定の債権者との訴訟において、名目はともあれ、加害者・被告が債権者・原告に結構な額のカネを支払った」
という事実が他の被害者・債権者(潜在的原告)に知れると、また損害賠償請求訴訟のターゲットになる危険が出てきます。

ですから、今回和解をする債権者との間で、和解に金銭の授受が伴っていることを秘匿してもらう旨の約束をいただくと、和解することが後に活きてきます。

一番良いのは、
「裁判外で守秘義務を含む和解をし、当該和解に基づき、訴訟手続としては債権者が無条件に訴えを放棄した格好にしてもらう」
という形でしょうか。

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00579_被告が「訴訟上の和解」条件設計に際して考慮すべきポイント:(2) 和解金の支払名目

和解金の支払名目ですが、今後同種の訴訟が生じないタイプの事件であれば格別、引き続き、同種事件の同種被害者から訴えが生じうるケースについては、法律上の損害賠償義務の存在を前提としない、解決金とかの名目にしておいた方がいいでしょう。

すなわち、大規模な被害原告が生じうる事件の損害賠償義務の相手方は、何も現在原告となっている債権者だけとは限りません。

すなわち、今後、ほかにもうじゃうじゃ損害賠償を求めて提訴してくる連中がいるかもしれません。

そんなときに、加害者・被告が、今回の裁判で、
「自分の非違や相手に金銭に換算し得る具体的損害を被らせたこと」
を認めたとなると、これが前例として、次回の裁判で相手方に援用されるかもしれません。

ですので、 引き続き、同種事件の同種被害者から訴えが生じ得るケースについては、
「お互い大人として、悪いことをしたかどうかは明らかにしないようにして、とりあえずこんな無駄な紛争は止めましょう。そういう大人の解決のためにお金で関係を清算しましょう」
という趣旨のお金のやりとりだけにしておくことには意味があります。

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00578_被告が「訴訟上の和解」条件設計に際して考慮すべきポイント:(1) 和解金の支払は分割か、一括の場合は値切交渉を

訴訟上の和解が成立する場合、被告側は、和解の内容として一定の金銭の支払に合意させられることになると思います。

ここで、被告側としては、支払う金額自体が極力安くなるよう値切り倒すのは当然として、支払方法もなるべく分割にしてもらうよう交渉すべきです。

一旦分割提案をし、その上で相手方がなお一括支払を求める場合、
「知人から借りて支払いますが、限度があるので、全部は無理」
などといってさらに値切ってみるのも一つの戦術です。

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00577_「訴訟上の和解」の条件設計テクニック

訴訟上の和解の機運が高まり、和解プロセスが前に進むようであれば、具体的にどのような和解の条件設計を行うか、という点が大きな課題となります。

どのように和解の条件を設計していけばいいのでしょうか?
和解条件を設計する上で、何か決まりはあるのでしょうか?
ということについて説明してまいります。

そもそも和解とは何か、というと、これは一種の契約です。

そして、契約には
「契約自由の原則」
が働きます。

「契約自由の原則」
とは、契約の内容として、どのような権利や義務を盛り込むかはまったく当事者の自由であり、権利や義務の内容がきちんと特定してあるにもかかわらずこれが守られない場合、裁判所という国家権力がその実現を助けるというルールです(麻薬の売買や殺人の依頼契約や賭博に関わる合意や愛人契約・奴隷契約の類は公序良俗に反するという理由で無効になりますが)。

すなわち、和解が契約である以上、その内容は、当事者間の自由、交渉によって決まったらその内容は何だっていい、ということです。

このように、和解内容を勝手に設計するのは自由です。

しかしながら、契約である以上相手の承諾が必要ですので、相手方がNOといえば和解契約としては成立しません。

また、訴訟の行く末や場の空気を読めず、あまり不当な条件に固執していると裁判所の不興を被り、和解交渉を打ち切られ、そのまま判決に移行されてしまいます。

したがって、
「『裁判所の共感を呼び、相手方が同意してくれる』という範囲において、いかに自分にとって有利な和解条件を設計するか」
が和解の具体的条件を作る上でのポイントになります。

ここで、被告代理人弁護士(訴訟の被告となってカネを支払わされる側)の立場を例に取りますと、和解条件設計の上では

1 和解金の支払は分割か、一括の場合は値切交渉を
2 和解金の支払名目
3 守秘義務
4 清算条項

といったポイントに注意すべき、ということになります。

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00576_「訴訟上の和解」交渉における「最重要プレーヤー」たる裁判所を味方につけるテクニック

和解とは最後は当事者双方が納得しなければならないものなのですから、裁判所は勧告したり助言したりするだけの立場に過ぎません。

ですが、裁判外の和解と異なり、訴訟手続の和解となると裁判所は極めて重要な役割を果たしますので、相手方を説得する以上に裁判所を味方につけて裁判所を通じて交渉を動かしていくことが重要になってきます。

すなわち、和解は原被告当事者だけの問題ではなく、裁判所も
「和解か判決か」
という事件の帰趨に大きな利害と関心をもっており、このため、裁判所は和解の運営には大きな役割を果たします(平たくいえば、かなり強くお節介を焼いてくれます)。

そもそも裁判官は、民間企業の営業達成ノルマなどと同じように、
「多数の手持ち事件の迅速で適切な解決」
というノルマを上から課され、当事者以上に重圧を抱えています。

ここで
「解決」
と書いたのは意味があります。

すなわち、裁判所にとって、和解であろうが判決であろうが
「事件の解決」
となり、こなした仕事としてカウントされるようなのです。

そうした状況にあって、
「和解をしてくれたら判決を書く手間が省ける」
という意味で、和解は
「大幅な作業負担から解放される解決形態」
としてどの裁判官からも歓迎されます。

加えて、判断が微妙な事件の判決となると、裁判官も神経を使いますし、自分の判断が上級審でひっくり返されると
「判断を誤って当事者に迷惑をかけた」
という意味で、非常にイヤな気分にさせられますし、出世にも響く可能性もあります。

また、裁判官は和解を勧めるに大きな権力をもっています。

すなわち、
「ここで和解に協力しないと、あんたに不利な判断をしちゃうよ」
という隠然たるパワーを匂わすことができるのです。

この空気を読めないと、有利なはずの事件で逆転で負けることだって起こり得ます。

以上のとおり、和解を有利に進めるためには、相手をどう譲歩させるか以上に、裁判官をどう動かすかという点に注力すべきであり、裁判官の態度如何で解決の有り様が大きく変わる場合があります。

被告側の弁護士としては、
「原告の主張に対する有意なケチ・難癖」
を様々につけて、裁判官に対して
「判決となると微妙な判断になるし、高裁にもってちゃうかもしれないよ」
ということをソフトにアピールしつつ
(裁判官は恫喝を嫌いますので、間違っても機嫌を損ねてはなりません。
「こんなもん、払えるか、ボケ」
「裁判なんてナンボのもんじゃい」
「判決上等じゃい上にもっていったるさかい、やれるもんやったら、やってみんかい」
「公僕風情が納税者に向かってエラそうに何いいさらしとんねん」
みたいな態度は絶対禁物です)、
「私としても和解で解決したいんで、強硬な相手を説得してくださいよ」
と裁判官を味方につけるような形で和解手続を進めることが重要になってきます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00575_「訴訟上の和解」の意味と価値

「和解」
というと、何やら弱気で迎合的な印象がぬぐえない言葉ですが、実際には、ほとんどの裁判は
「和解」
で終結します。

主義主張や社会運動、さらには意地や沽券、メンツのために訴訟をやっている特殊な方は別として、経済合理性に基づいて理性的訴訟活動を展開するほとんどの法律家(弁護士のほか、裁判官も、という意味です)は
「和解による解決」
を上策とします。

例えば第1審で勝訴判決を得ても、日本では三審制を取る以上、上級審で逆転敗訴するかもしれませんし、何より、解決が長引くことを好む当事者はいないはずです。

当然のことながら、和解は相互の譲歩が前提となりますが、相手方についても、上級審に移行して追加の弁護士費用がかかったり、時間を要したり、はては逆転敗訴したりする事態は回避したいはずですし、多少の譲歩をしても和解をすることの方がメリットがあるケースがほとんどと思われます。 

そもそも民事裁判なんて正義のためでなく、所詮カネや権利のためにやっているわけですから(離婚訴訟とか「カネや権利のためにやっているわけではない」裁判もありますが)、膨大な時間とエネルギーをかければかけるほど、裁判によって得られるべき成果の正味価値は反比例して逓減していくはずです。 

当事者はいきり立っているかもしれませんが、以上のとおり冷静に考えればどんな事件でも譲歩により早期に解決するメリットがあるはずです。

さらにいえば、高裁・最高裁を経由して訴訟に勝ったとしても相手が判決内容を任意に履行してくれないと強制執行するという別の手続を遂行するため、これまた膨大な時間とエネルギーを解決のために投入しなければなりませんが、和解の場合、たいてい金銭や権利の移譲が相手の任意で行われることを前提ないし条件とされますので、執行(解決内容の実現)の手間ヒマが省けるというメリットもあります。

「判決は、訴訟上の和解交渉の失敗」
なんて言葉があるくらいで、むやみやたらと判決を求めるのは訴訟戦略としては下策です。

昔、ローマがポエニ戦争でカルタゴに勝った後、カルタゴの地を焼き払って塩を撒いたとの故事があるようですが、これ自体はローマの未熟による愚策と思います。

筆者がローマの指導者であれば、勝敗が決した段階で和解して完全な植民地としてカルタゴを残し、巧みな統治手法によってその経済力を我が物にする方法を考えますから。 

勝訴実績を誇示したり後先を考えず好戦的なことを売りにする弁護士さんは業界内に少なからずいらっしゃいますが、頭の弱いお客をひっかけるための営業トークとして言っておられるのであればまだしも、
「どんな事件でも判決獲得が唯一かつ最上のゴールである」
旨本気で信じておられ、これを誇示することが、自分が優秀であることの表明であると考えておられるのであれば、ちょっと知的成熟性や実務的感性に問題があるかもしれません。

いずれにせよ、訴訟の最終解決形態として和解が優れたものである以上、ほとんどの訴訟弁護士は自己に有利な和解に導くことをゴールとして法廷の内外で活動することになりますし、
「狙いどおりの、ありうべき形の和解」
に持ち込める弁護士ほど、腕のいい弁護士ということになります。

最後に、どんなに条件的に不服であっても、一旦和解した以上、事件を高裁や最高裁に本件を持ち込むことはできません。

このように、訴訟上の和解というのは、
「事件を終わらせる」
という意味において確定判決と同じくらい、大きな意味と価値を有します。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00574_民事の被告弁護の手法:侵害論(注意義務違反等)は争えないとしても、損害や因果関係について、しぶとく争う

損害賠償請求訴訟における被告弁護とは、 平たくいえば、相手の法的要求に
「ケチや難癖をつける」
ことです。

逆に原告側は、いかに相手にケチをつけさせないようにするか、そのために相手方としても争いようのない事実や客観的な明らか証拠により証明できる事実に整合する形で法的主張を考える、ということになります。

例えば、取締役が、債権者から不法行為に基づく損害賠償請求訴訟が提起されて、被告となり、
「会社が倒産したのはお前が取締役としての責任を果たさずさぼっていたことが関係しているのだから、倒産したことによる損害を賠償せよ」
といわれた場合、相手の言い分を鵜呑みするのではなく、ケチをつける、すなわち相手の言い分に逐一疑問を抱き、疑ってかかる姿勢が必要です。

たとえば、債権者の主張している債権額はほんとに主張どおりなのでしょうか?

ひょっとしたら、この債権者って倒産直前期にとんでもない利息で貸し付けた悪徳業者であり、主張している債権額のうちほとんどは違法な金利によるものかもしれません。

そうだとすると、実際の損害額は債権者と称する悪徳金融業者の主張している金額よりはるかに低いかもしれません。

また、ひょっとしたら、この債権者は、倒産直前期のごたごたに外注担当者と結託して、ほぼ背任に近い状態で、ロクな仕事もせずに適当な金額で企画発注しているだけかもしれません。

さらには、一見まともな取引に基づく債権を主張しているような場合でも、納入したものがとんでもない欠陥品でそもそも債権額の半分も主張できないような事情があるのかもしれません。

加えて、果たして、被告の取締役が代表取締役の暴走を止めなかったことが会社倒産の引き金なんでしょうか? 

よくよく事実を調べると、倒産の引き金は、特定のプロジェクト推進とかそんな特定一部の事業推進が問題ではなく、構造的問題として、マーケット自体がすでに衰退期にあり、どんなに努力をしようが会社はつぶれる運命にあったのかもしれません。

このように、被告弁護において、損害発生や因果関係とかについて疑ってかかり、これらを争ってみる姿勢、日常的な言葉を使えば
「相手のいっている法的シナリオに徹底してケチや難癖をつける姿勢」
というのが非常に重要になります。

ただ、なんでもかんでもケチ・難癖をつければいいか、というと、裁判所に受け入れられるようなケチ・難癖であることが必要です。

被告代理人としてケチや難癖をつけるのであれば、(すでに解説したしたところですが)裁判所がもっている、日常生活におけるものとはかけはなれた、特殊な経験則とか法律の解釈適用則とかを踏まえなければなりません。

そして、裁判所もお役所である以上、
「お役所共通の客観的事実の尊重(当事者の主観の排除)」

「保守的なまでの文書偏重主義」
に沿った形でのケチ・難癖を構成する必要があります。

とくに、客観的裏付けもなく単に相手の主張に疑問を呈するだけだったり、相手の揚げ足取りをするだけの反論は裁判所は忌み嫌います。

このような点を考えながら、被告取締役側の弁護士としては、相手方の主張がすんなり受け入れられないよう、さまざまな反論を試みることになります。

そして、このような主張の応酬過程を経て、裁判所に本件の争点(ポイントとなる事実についての言い分の食い違い・意見の隔たり)が見えてきて、土俵が固まり始めます。

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00573_取締役の重い責任から解放するロジックとしての「経営判断の原則」

会社をつぶしたら取締役はその損害すべてについて責任を負わなければならないか、というと、必ずしもそうではありません。

たしかに、取締役は、株式会社から経営の委任を受けた者として、高度の注意義務を負っています。

ですが、他方、キリスト教世界に地獄があるように、資本主義社会に倒産はつきものであり、倒産したら取締役がすべて結果責任を負え、なんてことを言い出したら、誰も取締役にならなくなり、株式会社制度、ひいては資本主義社会自体が成り立たなくなります。

また、取締役の経営判断といっても、市場の状況や自社の経営資源等を勘案しながら、複雑な状況において、タイムリーに判断することが必要であり、当該状況において何が正しい経営判断か、といわれても確たる答えが出るようなものではありません。

そこで、取締役の重い責任から解放するロジックとして
「経営判断原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)」
といわれるものがあります。

判例(東京地方裁判所平成10年9月24日判決、判例タイムズ994号234頁等所収)は、
「ところで、取締役は、会社から委任を受けた者として、善良なる管理者の注意をもって事務を処理すべきであるとともに(旧商法254条3項)、会社及び全株主の信任に応えるべく会社及び全株主にとって最も有利となるように業務の遂行に当たるべきであり(同法254条ノ3)、もちろん法令、定款及び総会の決議を遵守しなければならない(同条)。
一方、取締役による経営判断は、当該資本政策等の方法、相手方、その交渉等の時期・方法等はもとより、当該会社の事情、当該業界の状況、我が国のみならず国際的な社会、経済、文化の状況等の諸事情に応じて流動的であり、しかも複雑多様な諸要素を勘案してされる専門的かつ総合的な判断であり、一方、委任者たる会社又は株主においては、当該取締役に会社の経営を委ねたからには、その経営判断の専門性及び総合性に照らして、基本的にその判断を尊重し、もって経営を遂行する上においてその判断を萎縮から解き放って経営に専念させるべきであるということができるから、取締役による経営判断は、自ずから広い範囲に裁量が及ぶというべきである」
と小難しいことをいっています。

要するに
「取締役の経営判断には裁量があるので、よほどのことがない限り、後から細かいこといって全部取締役の責任にしませんよ」
と、いっているわけです。

株主代表訴訟を提起され被告となった取締役側の弁護士としては、彼を弁護するストーリー構築方法として、こういうロジックを持ち出し、
「被告取締役の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験」
を基準として、

・問題プロジェクトについては、当該目的に社会的な非難可能性がない
・またその前提として当該プロジェクト開始にあたっての事実調査に遺漏がなかった
・調査された事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなかった
・その事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかった
・だから、今回の件は誰も予測できなかった不幸な出来事であるし、事後的観察からは判断にミスがあったとしても経営判断の原則により付与された裁量は何ら逸脱していない

という感じで反論設計をしていくことになります。

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