00252_企業危機(企業有事)における企業法務:「正解なき企業法務課題」への対処方法

世の中に存在する問題には、大きく分けて2つの種類があります。

「正解が存在する問題」

「正解が存在しない問題」
です。

1つ目の、正解が存在する問題についてですが、これは、知っているか、知らないか、で解決ができるか否かが決まる問題です。

会社法の何条に何が書いてあるか。
取締役会による承認決議を欠缺した利益相反取引の効力はどうなるか。

この問題は、
「物知り」
に聞けば、簡単に解決できます。

昔は、この
「物知り」
が、非常に希少性のある価値ある資源でしたが、インターネットとグーグルが登場して以降、
「物知り」
の価値はなくなりました。

どんな物知りでも
「グーグル先生」
には勝てませんし、グーグル先生以上に便利でスピーディーに対応できる、正確な解答ができる物知りはいません。

加えて、グーグル先生は早朝深夜だろうが、休日だろうが、何時、何時間酷使しても文句ひとつ言いませんし、しかも、グーグル先生のギャランティーはタダ(無料)です。

クイズ東大王とかそういった
「物知り」
がテレビでもてはやされていますが、今の世の中、人間の
「物知り」
は完全に陳腐化しており、
「テレビの中の見世物」
くらいにしか使いようがありません。

弁護士も同様で、正解が一義的に決まっている単純な法律知識については、Yahoo知恵袋で十分であり、弁護士の根源的な価値は、以下に述べるような課題(正解なき問題)への対処能力と、この裏付けとなる場数(特に、修羅場の場数)と経験知に移行しているような気がします。

次に、
「世の中に存在する問題のもう1つの種類」

「正解が存在しない問題」
です。

株主から提訴要求通知が来た場合、監査役として、応じた方がいいか、無視して代表訴訟に移行させた方がいいか。
会社として代表訴訟に補助参加した方がいいか。
第三者委員会を組成した方がいいか。
誰を委員に選べばいいか。
事務局をどこに委任するか。
課徴金納付命令に応じた方がいいか、争うべきか。
リーニエンシーを使って自主的に談合を申告すべきか。

企業において企業危機(企業有事)やその他企業の病理現象が発生した場合に、こういう
「正解なき企業法務課題」
が浮上します。

こういった問題は、どんな物知りに聞いても答えは出てきませんし、グーグルで検索しても無理でしょう。

スーパーコンピュータでもAIでも無理です。

東大教授に聞いても無理でしょう。

なぜなら、正解が存在しませんから。

ただ、正解は存在しないいものの、現実解、最適解、最善解と言われるものはあります。

すなわち、
「正解なき課題に対する態度決定課題」
としての選択肢がいくつかあり、その全てが
「不完全な要素を含む不正解」
なのですが、その中でも、プロコン分析(長短所分析、功利分析、ダメージないしリスク・ベネフィット分析)上、
「一番マシな不正解」
というものが想定されるだけです。

そのような、
「正解が存在せず、 態度決定課題としての選択肢がいくつかあり、その全てが不完全な要素を含む不正解である状況」
において、もし、
「これが唯一無二の絶対的正解だ」
と豪語する人間がいたら、その人間は、
「詐欺師」

「有害で危険な世間知らず(か知ったかぶり)」
のいずれかでしょう。

たまに、威風堂々としていて、
「私は、この手の問題のプロだ」
と言い張る、自称専門家ないし
「物知り」
が企業有事の際に颯爽と登場し、その類稀なる知性とインスピレーションで、1つの選択肢を正解として指し示し、当該選択肢にしたがって、全資源を動員したが、悲惨な結果を招いた、という例があります。

構造的に正解が存在しない課題を、正解が存在するタイプの課題と見誤り、かつ、
「態度決定課題としての選択肢がいくつかあり、その全てが不完全な要素を含む不正解である状況」
において1つの選択肢のみ正解と決めつけてそれに全てをかける、という博打のように無謀な危機対処は、本質的に大きなリスクをはらみます。

したがって、どんなに威風堂々としていて、どんなに立派な経歴で、どんなに頼りがいがあって、どんなに高いスーツを着て高いネクタイを首からぶら下げていても、この種の
「詐欺師」

「有害で危険な世間知らず(か知ったかぶり) 」
の言うことを鵜呑みにし、結果、構造的に正解が存在しない課題について、他の選択肢の検討や、プロコン分析等をふまえず、
「これが唯一無二の正解」
と誤信した(させられた)状態で、リスキーな行動に盲進するような愚を犯すべきではありません。

もちろん、企業がこのような愚劣な状況に陥るのは、誘導する
「詐欺師」

「有害で危険な 世間知らず(か知ったかぶり) 」
が最も悪いですが 、企業トップの幼稚さ・未熟さにも原因があります。

「経営上の課題については、必ず唯一無二の正解があるはずで、この正解が絶対発見できるはずだ」
と誤信し、その
「正解らしきものを唱える頼りがいのある権威者の説」
に飛びつくのは、未熟で愚かとしかいいようがありません。

大事な決断の際に参考すべき助言の採否・優劣は、
「話している人間の“ラベル”ではなく、話している内容の“レベル”で」
決めるべきです。

「パニックは人を愚かにする」
とはいえ、思考を放棄し、無批判に権威に飛びつく姿勢は、非難されても仕方ありません。

企業危機(企業有事)において企業法務上の対処課題を検討し、実践する上では、まず、目の前の課題を、正解が存在する課題か、正解が存在しない課題かを、見極めるべきです。

正解が存在する課題であれば、グーグルで検索する、また、外部資源(顧問弁護士)を活用して、答えにたどり着けばいいだけです。

仕事の世界では、カンニングは推奨行動ですから、カンニングスキルを発揮して、とっとと答えを探し出すべきです。

他方、正解が存在しない課題については、どうすべきか。

絶対やってはないけないのは、
「正解が存在しない課題を、正解が存在する課題として誤解し、正解を探そうとしたり、ある1つの選択肢を正解として提示する」
という行動です。

正解を探そうとする行為自体、無駄で無意味ですし、
「正解が存在しない課題について、 ある1つの選択肢を正解として提示する 」
ことは、誤りであり、有害であり、職業倫理的に許されないことです。

企業法務を実践する上で、正解が存在しない課題に遭遇したら、まずは、やるべきは、
「正解を探そうとする努力」
を放棄することです。

そして、想像力を駆使し、ありとあらゆる選択肢を抽出することです。

この点において、タブーなき議論を展開し、極論・暴論を抽出し、両極論間の広範なスペクトラムに存在する中間解を描き出すことが、選択肢を豊富にする上では有益です。

そして、各選択肢に、できるだけ客観的で冷静なプロコン分析を加え、決裁者・判断者に上程します。

「態度決定課題としての選択肢がいくつかあり、その全てが不完全な要素を含む不正解である状況」
において、参謀的立場にある企業法務関係者(法務部員や顧問弁護士)が果たすべき役割は、ここまでです。

最後の態度決定は、選択によってもっとも深刻なダメージを負担する責任者、すなわち、企業トップが行うべきであり、企業トップ以外は行なえません。

そして、企業トップが、プロコン分析を交えて、自己の判断として選んだ選択肢(不完全な要素を含む不正解群の中の1つであるが、プロコン分析上、一番マシな不正解として選ばれたもの)を、
「参謀としてではなく、実践部隊としての企業法務チーム」
が、今度は、
「最適解・最善解を、正解にする」
努力を尽くすのです。

そのためには、あの手、この手だけでなく、奥の手、禁じ手(倫理上・慣習上の禁じ手という意味であり、法令違反を推奨する趣旨ではありません)、寝技、小技、裏技、反則技(これも倫理や慣行を無視したものを意味し、法令違反を含みません)を含め、あらゆる知見やスキルを総動員するべきです。

無論、状況がスタックしてしまったら、今度は、ゲームチェンジを行うため、ゲームチェンジにおける選択肢を抽出する、という形で、粘り強く、丹念に、前記のプロセスを継続することになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00251_企業法務三段論法:弁護士資格だけでは企業法務を取扱うことが困難な理由

弁護士になる上では、法的三段論法を学びます。

すなわち、
大前提(法規)を学び、
社会で発生する様々な事件や紛争を小前提(ケース)として知見を増やし、
その上で、法的三段論法、
すなわち、
「法規を大前提とし、事実を小前提として、事実を法規にあてはめて結論を導く推論の方法」
を学びます。

弁護士資格を得るプロセスで学ぶ法的三段論法には、一定の特徴・偏り・限界があります。

すなわち、弁護士資格を学ぶ上での習得対象に関していえば、
大前提(法規)は、司法試験必修科目の法律が中心になりますし、
小前提(事件や紛争)は、人権問題や殺人・窃盗・放火・強盗という物騒な刑事事件、土地建物・債権に関する民事紛争がほとんどで、会社法で学ぶケースも、企業社会では滅多にお目にかからない(もし事件になれば日経一面を飾るような)アブノーマルな病理現象くらいです。

ところが、企業法務において必要とされる三段論法は、
大前提(法規)は、ヒト・モノ・カネ・チエという経営資源に関しては、労働法(ヒト)・環境規制や表示偽装に関する不競争法等(モノ)・金商法や有価証券上場規程や銀行取引約款(カネ)・知財法等(チエ)であり、営業に関しては独禁法(B2B)や消費者保護規制(B2C)であり、司法試験の必修科目とはされておらず、選択科目として1科目、個別で勉強する機会がある、あるいはロースクールで選択科目として学ぶ、という形でしか触れません。

また、小前提(ケース)は、日常の企業活動となりますが、サラリーマン経験があれば格別、社会人経験がないほとんどの弁護士は、企業活動や企業社会の実情は、まったく知見をもちません。

結局、弁護士資格で学ぶ法的三段論法は、企業法務で要求される三段論法とは、まったくずれてしまっています。

これが原因で、企業側からの、
「弁護士さんに助言を求めてトンチンカン」
「弁護士に聞いても、コンプライアンス的に問題です、リスクがあります、とか曖昧でもふわっとした答えしか返ってこない」
といった不満となって現れてきます(私自身、企業法務駆け出し時代は、こういうダメ出しを受け、悔しい思いをしながら、鍛えられました)。

弁護士の方でも、弁護士になってから、積極的に、
「企業法務三段論法」
を学べば仕事のチャンスも広がるとは思うのですが、
弁護士資格を取得してさらに勉強をせよ、というのはあまりに過酷な要求であることや、
日々の仕事(や飲んだり、食べたり、遊んだり)が大変で新たな勉強をする時間がないこと、さらにいえば、
「企業法務三段論法」
を体系的・効率的・合理的に学ぶテキストや教育機関が存在しないこと
といった事情もあり、なかなか、この種のスキル実装が困難な状況です(私の駆け出し時代が、まさにこのような状況でした)。

特に、上場企業やIPOに関する企業法務サービスを提供するとなると、
大前提(法規)については、司法試験科目で聞かれる会社法だけではまったく足りず、金商法、企業会計原則、有価証券上場規程及び証券取引所の定めるガイドライン等のソフトロー、さらには、幹事証券会社内部のルールや取扱規則といった様々な規範及びその背景原理(制定趣旨)を学ばなければなりません。

加えて、小前提(ケース)についても、ROI・ROE・ROA・EPS・PERといった各種指標や、資本市場や各投資家(機関投資家、外国人投資家、個人投資家等)に与えるインパクト、各段階利益の意味、開示実務といった、
「財務やIR関連部署に所属せず、投資活動に縁のない一般のサラリーマン」
ですらあまりわかっていない投資関連の実務・実情に関する知見が必要になります。

こういうこともあり、企業法務を仕事として提供するには、弁護士資格及び資格取得のプロセスで得られた学習成果や知見では全く不足しており、司法試験や考試(二回試験)とはまったく別次元の理論・実務についての知見を実装する必要がある、といえます。

なお、誤解していただきたくないのは、弁護士資格だけでは企業法務を取扱うのが不十分ですが、弁護士資格もない単なる会社員ではさらにハンデがある、ということです。

もちろん、経営も法律も明るい優れた方ももちろんいらっしゃるでしょうが、
「法律知識も不十分で、企業活動の知識も経験も不十分」
という属性の方については、活動範囲をルーティン的なものに限定するか、意識的に、これまで述べてきた
「企業に関する法律(大前提)と企業活動実体や経営(小前提)と、企業法務三段論法」
を勉強して身につけない限り、本来的な意味での企業法務活動を十全に展開することは、一般の弁護士の方よりさらに難しいでしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00250_M&Aのセルサイドにとって理想の契約書設計戦略:あえて契約書をサイズダウンした方がいいケース

どのような取引のどのような立場であっても、事細かな取り決めを定めた分厚い契約書があったほうがいい、というものではありません。

例えば
「M&Aのセルサイド(売り手側)」
にとっては、きっちりとした契約書は百害あって一利なしです。

セルサイドにとって最も有利な法的立場は、
「現状有姿で、売り逃げる」
ことに尽きます。

M&Aの契約書のボリュームを増やすことに比例して、セルサイドは、売った後もさまざまな責任を負担させられることになりますので、ボリュームの大きい契約書はあえて避けるべきなのです。

すなわち、会社内容が見かけよりボロボロであろうが、見えざる債務や偶発的リスクが山のようにあろうが、保証なんか一切せず、
「発行する書類は代金の領収証だけで、その他の文書へのサインは一切拒否」
という状態こそが、セルサイドにとって功利的に最も正しい取引姿勢ということになります。

あえて一言なにか言っておくとすれば、
「売り切り御免。保証なし」
を明確にする趣旨で、
「サンドバッギング禁止。契約書に定める外、双方に債権債務関係が一切存在しない」
という清算条項を入れておくこと、です。

また、取引設計においても、 決済方法を、マフィアの麻薬の取引と同じで、株券の引き渡しと代金の支払は完全なる同時履行にするべきです。

「株券だけ先に渡して、お代は後からで結構」
なんてことにすると、買い手側がお金を払うまでの間に契約リスクに気づいてぐずぐず言い出す(サンドバッギング)かもしれませんので。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00249_契約書のボリュームアップ化現象

日本の産業界では、ついこの前まで、どんなに大きな取引でも欧米流の分厚い契約書は嫌がられ、
「信頼関係」
という日本独特の美風と伝統に基づく、簡素な(というか法的にほとんど意味のない)契約書による取引(あるいは契約書すらあえて作らない取引)が尊ばれてきました。

また、
「契約書に想定しないような状況や契約文書の解釈に相違が生じた場合は、トップ同士酒食を共にして仲良く話し合い、それでもダメなら業界の顔役や監督官庁の指導で、解決を先延ばしにするなり適当に手打ちをする」
というやり方が支配的で、弁護士に依頼して裁判で徹底して自己の主張を展開するなんて下品なことはまず行なわれませんでした。

ところが、市場が縮小し業界内競争が熾烈化するとともに、
「規制緩和」
の流れの中で役所も業界のリーダーも業界内秩序維持の役割を放棄するようになりました。

さらに、外資や新興企業の参入が常態化するようになると、古き良き取引文化は消滅し始め、欧米流の法的合理性に基づく取引構築が主流となってきました。

最近では、
「ペラペラの適当な契約書はイヤ、欧米流のきっちりとした契約書を作成してほしい」
という要望を持つクライアントが増えてきました。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00248_インデペンデント・コントラクター(外部の独立事業者、IC)の雇用認定を避けるための予防法務テクニック

理論上の回避策としては、まず、インデペンデント・コントラクター(外部の独立事業者、「IC」)に法人を設立させ、法人間契約とすることが考えられます。

ただ、新会社法で設立が従来に比べ簡単になっているとはいえ、ICの数が相当数にわたる場合を考えると、設立手続き負担の重さはあまりに非現実的です。

あと、ICに
「独立個人事業主であることの客観的状況」
を具備させる方法として、商法11条に基づく屋号登記を実行させるとともに、税務署に個人事業開始届を提出させるという方策も、理論上の選択肢としては考えられます。

これに加えて、会社で税理士を用意し、税理士が管理する金融機関の特別口座を準備し、各IC)から半強制的に申告税相当の金銭を預かり、この口座にプールし、確実に税金を支払わせるという方法もアイデアレベルでは考えられます。

なお、このような方法であっても、下請法や独禁法上の優越的地位の濫用の問題は回避し得ませんし、さらには近時社会問題になっている偽装請負等の問題については、未解決のリスクとして残ってしまいます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00247_他者の労力やスキルを使う取引の設計:請負と委任と雇用をどのように使い分けるか

「お金をもらって仕事をする」
というのは経済的には単純な話ですが、法律的には、それが請負ないし委任なのか雇用なのかはなかなか悩ましいところです。

悩ましいといっても、理論的な議論だけならいくらでも悩めばいいのですが、税務の問題が絡むと、議論の方向性を誤ると無用な税務リスクに発展するので、慎重に取り扱う必要があります。

さらに、実質的に派遣元が指揮命令を行っているにもかかわらず、雇用以外の契約形態(委任や請負)を採用すると、偽装請負の問題も生じかねません。

SEを使って派遣業務等を行う場合、各エンジニアが独自の裁量で仕事を遂行し、勤怠管理や作業報告義務等も一切行なわないということであれば、独立事業者との請負ないし委任契約という形でも差し支えありません。

エンジニアに仕事の裁量がなく、勤怠管理に服し、作業報告義務までも課されているのであれば、契約名目にかかわらず、雇用という法律関係が形成されているものと見られます。

請負や委任というのは、独立の事業者として義務を遂行するものであり、誰かの指導命令に服するということとは相いれませんから、当たり前といえば当たり前の話なのですが、世の中には契約の名称だけ
「請負」

「委任」
としておけば税務署や労基署も同じように法的におかしな理解をしてくれる、などということを考えられる会社もあるようです。

もちろん税務署も労基署もこんな話をまともに受け取ってくれるほど甘くはありませんので、
「実体が外部行政機関によってどのように認定されるか」
という外部機関認定に関するストレステストを加えて、契約形態を設計しておくべき必要があります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00246_解雇ができない場合、どうやって、問題社員のクビを切るか

解雇をしたくても、解雇理由がない、あるいは、解雇理由があっても、労働契約法16条(「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」)によって、解雇権の濫用として、解雇が無効とされてしまう。

でも、この問題社員はなんとかクビにして追い出したい。

その場合、クビを切るにはどのようにするかというと、従業員側から退職届を出してもらうことに尽きます。

さまざまな規制が及ぶ
「解雇」
とは、あくまで
「嫌がる従業員を無視して、会社の一方的意思表示により雇用関係を消滅させること」
を意味します。

すなわち、会社の一方的都合でラディカルな行為が行われるから、さまざまな解雇の法規制が働くのです。

他方、従業員が自主的に雇用関係を消滅させることは全く自由であり、そのような形での雇用関係の解消には法は介入しません。

男女の交際関係を上手に解消する手段として、
「こちらからフるのではなく、相手に愛想を尽かせて相手からフらせるようにもっていけ」
なんて方法が推奨されることがありますが、雇用関係の解消もこれと同様に進めれば、カドをたてず所定の目的を達成できる、ということになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00245_解雇不自由の原則

労働法の世界では、解雇権濫用の法理といわれるルールがあるほか、解雇予告制度や即時解雇の際の事前認定制度等、労働者保護の建前の下、どんなに労働者に非違性があっても、解雇が容易に実施できないようなさまざまな仕組が存在します。

映画やドラマで町工場の経営者が、娘と交際した勤労青年に対して、
「ウチの娘に手ぇ出しやがって。お前なんか今すぐクビだ、ここから出てけ!」
なんていう科白を言う場面がありますが、こんなことは労働法上到底許されない蛮行です。

そもそも、 解雇権濫用法理を定めた労働契約法16条(「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」)からすれば、
「代表取締役の娘と従業員が交際した事実」
を解雇理由とすることは濫用の典型事例であり、解雇は明らかに無効です。

仮に解雇理由があっても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定を取らない限り、解雇は一カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払って即時解雇することしかできませんので、
「今すぐクビ」
というのも手続上無理。

婚姻関係が
「婚姻は自由だが、離婚は不自由」
と言われるのと同様、従業員雇用も
「採用は自由だが、解雇は不自由」
とも言うべき原則が働きます。

ちなみに、日本の社会政策的私法制度(弱者救済のため、自由主義を国家政策によって捻じ曲げているシステム)としては、

1 解雇の不自由
2 借地借家の解除の不自由
3 離婚の不自由

があります。

すなわち、
・雇用契約は自由だが、一端雇用したら、解雇は事実上不可能
・家や土地を貸すのは自由だから、一度貸したら、事実上、家や土地は、借りた人間のモノで取り上げることはほぼ不可能
・結婚は自由だが、離婚は不自由であり、もめた場合、多大な時間とコストとエネルギーを消耗する
という社会政策的な自由弾圧型法システムを確立し、弱者を保護しています。

いずれにせよ、解雇は
「勢い」
でするのではなく、法的環境を冷静に認識した上で、慎重かつ合理的に行うべき必要があります。

というより、
「採用する」
ということは、決してノリや、
「ビビっときたから」
といったインスピレーションに依拠して、気軽にすべきではなく、結婚と同じくらい、
「一旦エンゲージしたら、ちょっとたんま。やっぱり、やーんぺ、というわけにはいかない」
という前提環境をしっかい理解して、慎重に行うべきです。

また、一度採用してしまったら、基本、取り返しがつかない状態に陥っており、解消には、離婚同様、多大な時間とコストとエネルギーを要する(というか、離婚と違って、定年まで解雇ができない状況に陥る)ことを理解把握しておくべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00244_性悪説に立った契約書設計

今どきの契約書において、カネを払う側は、取引相手を
「信頼に足り得る取引先」
としてではなく、
「契約書で縛っておかないと、あらゆる悪さをする危険のある、信頼できない奴」
としたうえで、性悪説に立った契約書を取り交わし、厳格な法的管理を実行することがトレンドです。

「先生、信頼に足る適正な関係を構築するために必要な、関係構築哲学とはどのようなものでしょうか?」
こんな問いに対して、私は、こう答えています。

「とことん相手を信頼しない前提で関係構築すること。それが、信頼に足る正しい関係を構築する前提思想」
と。

相手を、とことん信頼せず、信頼を裏切る行動に出たら即座にかつ徹底的に当該行動に対する代償を払わせるような契約条項を考案しておけば、取引相手も諸事、自重し、慎重に丁寧な行動を心がけ、ナメた行動をしなくなり、甘えた考えをもたなくなります。

結果、相手は、やましい心をもたなくなり、真面目に、誠実に、契約履行を心がけ、双方にとって歓迎すべき帰結を迎えることができます。

厳しい契約で、利益を得るのは、カネを払って商品や役務を受け取る側もそうですが、適切な自己規律で、正しく義務を果たすことで、トラブルの種を自主的に排除できた相手方も同様です。

ところが、細かいスペックや期限、義務不履行の際のリカバリースキームやペナルティを取り決めていくと、たまに、これを忌避する相手がいます。

本来遵守して当然の契約条項を
「そんなの厳しいからヤだ」
とか言って忌避するような契約相手のスタンスは、
「モレやヌケがあったり、チョンボやズルをしても文句を言わないでくれ」
というのを求めているのと同義です。

こんなヤツとは、付き合わないか、契約を解消し、
「約束した以上、命をかけても、契約を履行するし、できなかったら、いかなる制裁も甘受する」
ということを宣言できる、信頼に足る別の契約相手を探した方がいいということになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00243_契約自由の原則:愚かでリスキーな契約上の立場に陥れられたら、それは自己責任であり、そんな愚かでリスキーな契約した方が全て悪い

民商事法の世界では、契約自由の原則という理屈があります。

これは、どのような契約を締結するかは当事者間の自由であり、公序良俗に違反しない限り、裁判官が理解して判決書ける程度に明確な条項を取り決めてあれば、どんな契約上条項も法的に有効なものとして取り扱う、という原則です。

逆に、契約相手を漫然と信頼して、本来契約内容にしておくべきことを契約内容として明記せず、
「いざとなったら誠実に協議して対応しましょう」
みたいな法的に無意味な取決めで誤魔化すことも自由です。

無論、その場合、契約相手方に対して
「書かれざることは、どんなに道義的にひどいことをやろうが、法的には問題なし」
ということを許すことになります。

要するに、
「契約相手にやられて困ることがあれば、性悪説に立って、すべて契約条件として事前に明記しておき、法的に縛っておけ。逆に、この種の管理を面倒くさがって、契約を曖昧にしたのであれば、ひどいことをされても文句はいうな」
というのが契約自由の原則の正しい帰結です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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