00241_管轄地・仲裁地の重要性

日本国内の会社同士の取引なんかですと、ある程度中味のしっかりした契約書を取り交わし、日常のコミュニケーションがしっかりしている限り、トラブルが裁判に発展するなんてことはありません。

とはいえ、いざ裁判になった場合、弁護士として一番気になるのは裁判管轄です。

サッカーや野球の場合、
「試合の場所がホーム(当地)であるかアウェー(敵地)であるかは、試合結果を左右するくらい重要」
などと言われますが、これは裁判でも同じです。

私の場合、東京地方裁判所の裁判ですと散歩感覚で行けるのですが、地方での裁判は移動の時間やこれにかかるエネルギー(弁護士は膨大な書類を持ち歩く必要があり、遠隔地への移動は大変体力を消耗します)は非常に重くのしかかります。

依頼者にとっては、日当や稼働時間報酬というコスト負担の問題が生じます。

これが海外になると、アウェーでの裁判や仲裁はさらに不利になります。

裁判官なり仲裁人は現地の文化や言語を基礎に手続を進めますし、当然ながら、相手国の弁護士を採用しないとこちらの言い分が満足に伝えられません。

仲裁期日のほか、相手国の弁護士との打合せに要する時間やコスト、コーディネイターのコスト、証人等社内関係者の渡航による事業活動への影響等々を考えると、紛争を継続するコストは、ホームでやる場合に比べ、ケタが1つないし2つくらい違ってきます。

国際仲裁において仲裁地を相手国とすることは非常な不利を招き、トラブルが生じても仲裁でこれを是正する途が事実上閉ざされてしまうことになりかねません。

要するに、国際取引契約で、
「取引紛争が生じた際、相手先の管轄地や仲裁地で解決する」
という条項が定められたら最後、機能的な意味解釈をほどこせば、
「紛争が生じたら、訴訟や仲裁手続きはギブアップし、相手のいうなりになる」
ということ同義といえます。

そのくらい、管轄地や仲裁地の定めは契約上重要性を帯びています。

こういう言い方をすれば、
「そんな、まさか、トラブルなんて、そうしょっちゅう起こらないでしょ」
といって、ビジネスサイドや営業サイドから楽観的な見解を示される場合があります。

しかしながら、経験上、国際取引においては、相手の企業と、話も通じず、言葉も通じず、感受性も常識も通じない、と考え、警戒してちょうどいいくらいです。

しかも、大きなカネや権利がかかわると、相手の立場の配慮や、信義誠実や、紳士的な振る舞いというのは、大きく後退し、暴力的な強欲さが浮上してきます。

加えて、万国共通の契約ルールは、
「書いてないことはやっていいこと」
「甘い、ぬるい、ゆるい記載で解釈の幅がある契約条項は、我田引水の解釈をして差し支えない」
「契約の穴は、いくらでも都合よく解釈していい」
という、品位のかけらもない、野蛮なものであり、取引がうまくいってうまみや利益の取り合いになる場面でも、取引がうまくいかず責任を押し付け合う場面のいずれでも、トラブルの種は山のように存在します。

そういった意味では、紛争を予知して、紛争になった場合の対処イメージを具体的に把握しながら、ホーム戦か、アウェー戦となるか(=戦いをギブアップして、不戦敗を受け入れるか)という、契約条件設計上の態度決定課題は、真剣に考えておくべきテーマといえます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00240_売掛で商品を卸すということは、代金相当のカネを貸すのと同じ

売掛で商品を卸すということは、代金相当のカネを貸すのと同じです。

身なりや話しぶりだけで、いきなり新規取引先に売掛で商品を販売するような、物を知らない、世間を知らないベンチャー企業を見受けることがありますが、これは、見ず知らずの人に担保もなしにカネを貸したのと同じくらいアホなものだったということです。

代金引換で売り渡すのであればリスクはないですが、掛で売る以上は、取引相手が信用に足るかどうか調査した上で、債権を適正に保全する方法を構築することが必要です。

掛で売ることはカネを貸すのと同じといいましたが、
「どうやって信用を調査するか」
には、資本主義社会という生態系の頂点に立つ、全ての企業の霊長とも言える、銀行のビヘイビアをベンチマークにするのが賢明です。

すなわち、売掛で商品を販売する先の信用調査は、銀行がカネを貸す時に行うことを参考にするのが手っとり早く確実な方法です。

銀行からカネを借りる時には、登記簿謄本をもってこい、印鑑証明もってこい、決算書もってこいなんて鬱陶しいことを言われます。

ですが、掛売を行う際は、この状況を彼我の立場を替えて再現すればいいだけです。

こちらの商品をどうしても掛(代金後払い)で欲するような相手に対しては、たとえ相手の会社が、立派そうで、金を持ってそうでも、登記簿謄本や決算書を要求すればいいだけです。

見ず知らずの人間に、商品代金相当のカネを無担保で貸すわけですから、そのくらい要求するのは不当とも思えません。

実務上経験するのは、そうやって、
「新規に大量の売掛を要求する」
という傲慢な企業の中には、登記簿謄本や信用調査会社のスコアや決算書等を要求したら、
「プライバシーの侵害だ」
「個人情報だろ(←いえいえ、法人情報ですが)」
「無礼だろ」
などと意味不明なことを言って騒ぎ出し、激怒して逆ギレするようなところもなくもありません。

しかし、後から調べると、会社の実体がなかったり、破産寸前だったり、ということがあり、あやうく取り込み詐欺に遭いそうになっていたところで、
「取引をしなくてよかった」
ということが判明する場合があります。

考えてみれば、上場・非上場、規模の大小を問わず、株式会社は、商業登記簿は法務局で世界にあまねく公開しておりますし、決算についても、会社法に基づき公告義務が課せられており、プライバシーもへったくれもありません。

公開が法律上義務づけられているものを、不合理にしぶるのは、存在しなかったり(私も実務上、
「株式会社の名刺をもっているが、実は、そんな株式会社が存在しなかった」
というコテコテの詐欺の被害にあった会社の事件を受けたことがあります)、見られたら即信用をなくすような相当ひどい内容が書かれている場合の可能性が高いです。

いずれにせよ、会って間もない相手に、いきなり、掛けで大量の商品をもってこい、というのは、かなり非常識な話で、話の筋だけで、眉にツバをべったりつけて、対応すべきであり、
「みかけの受注話に舞い上がって、取り込み詐欺の被害者になるような愚かな真似」
をすべきではありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00239_著作者人格権:著作物を買った人間は、カネを払った以上、煮るなり焼くなり、いじくり回したり、落書きしたり、やりたい放題できるか?

資本主義社会においては、カネを持ってるヤツ、カネを出したヤツが一番エラい、というのがシンプルなルールです。

貧乏な芸術家に、シビれるくらいの大金を出して、絵画や彫刻を依頼して、作品の制作を委託した。カネに困っていた芸術家は、欣喜雀躍して、ひれ伏せんばかりに、制作を快諾した。

では、制作を委託した側は、出来上がった絵画や彫刻を、落書きしたり、一部を意図的に壊したり、好き勝手に、イタズラして構わないでしょうか?

資本主義社会の常識では、カネを持ってるヤツ、カネを出したヤツが一番エライ、ということですから、何をやっても許されそうな気がします。

ところが、この絵画や彫刻が著作物の場合、制作者の権利は、カネをもらって引き渡した後でも、ゾンビのように残存しており、制作委託した金持ちのやりたい放題を制限します。

すなわち、契約書上
「代金支払とともに全ての著作権を譲り受ける」
との約定を明記して、ある著作物の制作を依頼した場合であっても、カネを払って買い上げた側が勝手に著作物に変更を加えることができないのです。

画家に肖像画の制作を依頼して引渡しを受けた後、当該肖像画にヒゲやメガネや鼻毛を書き加えた場合、当該画家の著作者人格権の侵害という法的問題が生じます。

絵画や彫刻というと、ビジネスにあまり関係ないように思われがちですが、ウェブサイトのデザインも著作物と考えられます。

したがって、ウェッブサイトの制作も同様で、納入されたページデザインを勝手にいじったりすると、場合によっては制作を委託した業者から著作者人格権の侵害などとケチをつけられる場合が考えられるのです。

これを防ぐのはどうすればいいか?

著作者人格権自体は、著作物が誕生したら勝手に発生しますし、この権利自体を消し去ることができるかどうかは未解明なところもあるので、一番簡単なのは、権利があっても、これを使わせないように封印することがもっとも簡単な処置です。

そこで、実務的に使われる手法は、著作者人格権不行使特約と呼ばれるもので、制作委託契約の際に、この特約を盛り込んでおくと、資本主義社会の本来のルール通り、
「カネを払った人間が、買った著作物を、煮るなり焼くなり、いじくり回したり、落書きしたり、やりたい放題できる」
という設定にすることができます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00238_知的財産権のデフォルトルール:権利は、誰のもの? 作った人? カネを出したスポンサー?

大工さんに家を造ってもらった場合、お金を払えば、当然ながら、出来上がった家は施主の所有となります。

「出来上がった家の所有権は代金支払と同時に施主に移転する」
みたいなアホな条項を逐一契約書に記載する必要もありませんし、そんな当たり前なことが契約書に書かれていないことを盾にとって、大工さんが、
「施主がこの家の所有者だなんてどこにも書いていない。オレは、この家を造ったんだから、この家の所有者だ。たとえカネを払った施主といえども、施主は借家人としてこの家を事実上使えるにすぎない」
なんてことを言い出したら、それこそ大問題ですし、法律上もこんな暴論は認められませんが、知的財産権の世界では、大工さんの言い分が正しいとされる場合があります。

すなわち、カネを払って開発を委託したケースにおいて、契約上開発成果物に生じた権利の帰属が明記されていないと、当該権利は、カネを払った人間ではなく、開発した業者の所有に帰すことになります。

無論、カネを払った側は少なくとも開発成果を使うくらいは許されそうです。

しかし、契約書に明記していない以上、開発成果に関する権利は業者の所有物として、業者が特許を取得しようが、その特許を委託者のライバル企業に売り渡そうが、法律上は許されることになります。

「そんなアホな」
と言われそうですが、知的財産権制度は
「知恵を出した人間が知的財産権者である」
という建前で構築されており、カネやインフラを提供した奴は部外者という扱いです。

契約で権利者として扱うことを取り決めがない限り、少なくとも知的財産権の世界ではカネを出した人間は
「お呼びでない」
ことになります。

知的財産権はカネを出した人間ではなく創った人間のモノ。

この(資本主義社会の常識から考えると)異常で狂った取扱が、デフォルトルールです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00237_意匠登録をしていなかったら、自社商品をパクられても、何も文句は言えないのか?

パクリ商品が販売された場合、もし、自社商品を意匠登録していれば、侵害の停止や予防のための措置、損害賠償請求に加え、謝罪広告等も求められます。

とはいえ、自動車や家電等であれば別ですが、玩具や雑貨や文房具といった廉価な製品を全て意匠登録するのは現実的でありません。

「下手な鉄砲」
を数打って市場の反応をみてみる、という戦略も一定の合理性があります。

突然どんな商品がどんなキッカケでヒットするかどうかわからないわけですから、長期の戦略にしたがって販売を取り組む主力商品でもない限り、逐一、意匠登録するのは大変です。

すなわち、意匠制度は、登録費用や手間の負担があるため、おもちゃのように多品種少量生産品で、はやりすたりの激しい(商品ライフサイクルの短い)ものには、マッチしない制度なのです。

とはいえ、意匠登録をしていなければすべてのパクリ商品を黙ってみていなければならない、というわけではありません。

すなわち、
「不正競争防止法」
という法律があり、模倣品を売るようなあくどい連中に対しては、この法律にもとづいてヤキを入れてやることができます。

ちなみに、この
「不正競争防止法」
という法律、本件のように模倣商品の販売を禁止したりすることはもとより、著名なブランドの無断使用の禁止、紛らわしい商品名の使用禁止から、営業秘密の侵害禁止、さらには外国公務員への贈賄禁止まで、いろいろな趣旨の規定がヤミ鍋のようにブチ込まれている法律で、使い方も広汎であり、権利救済を考えるときに伝家の宝刀のように使える法律です。

ですので、
「いかに自由競争とはいえ、こんな汚いやり方、ありかよ!」
というときにあたってみると打開策のヒントになることが書いてあり、知っておくと便利なツールです。

不正競争防止法は、商品の最初に販売の日から3年は、当該商品の形態を保護しており、形態模倣をされた被害者は、差止請求、損害賠償請求が可能です。

さらに、平成17年改正に刑事罰も導入され、商品形態の保護が強化されております。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00236_戦略法務を担える、「ルーティンオペレーターではない、戦略人材としての法務部員」を調達・養成するには

法務を
「サービス」
としてデザインする観点でこれまでのトレンドを沿革として俯瞰しますと、
「法務活動」
として社内から期待されているサービスは、企業法務黎明期とも言える昭和時代は紛争法務・事件ないし事故処理法務に限定されていました。

といっても、実際、法務部員が裁判の現場で訴訟代理人として活動するのではなく、もっぱら、軍監(軍事監察役、軍目付)のように、
「顧問弁護士等の外注先の法律事務所」
の活動管理(外注管理)がその役割でした。

その後、昭和後期ないし平成初期に入ったころに、
「紛争法務(臨床法務)から予防法務へ」
というサービス範囲の拡大的発展に伴い、法務部提供のサービスの重点が、紛争予防活動、すなわち、契約書整備等にシフトしていきます。

とはいえ、こちらも、法務部で完全内製化できるサービスは、定型的でディールサイズが大きくない取引の予防法務に限定されており、新規・非定型・大規模という属性を有する各取引の予防は、顧問弁護士等の外注プロフェッショナルが大きなプレゼンスをもち、法務部は、その稼働環境整備活動(社内予算の処理や調達手配)がそのメインの所掌範囲となっていました。

2000年以降、企業不祥事が多発し、また、資本市場のグローバル化によって主に海外投資家からガバナンスやコンプライアンスを強化する要請が行われるようになり、経営に
「それまでの閉鎖的で牧歌的で、シビアな合理性や緊張感が欠如した、日本的経営意思決定」
ではなく、
「(欧米的で海外投資家の厳しい目線に耐えうる、グローバルな)合理性と合法性が担保されたシビアな経営意思決定」
が要求されるようになりました。

そこで、経営意思決定の際に、弁護士や法務プロフェッショナルを取締役としてボードにビルドインし、(外部目線、グローバル目線での)合理性と合法性の視点提供や、これら視点による協議参加を担わせるようになりました。

加えて、競争激化やカルテル的体制の崩壊に伴い、個別の事業、プロジェクト、取引を構築する際も、
「書いていないことはやっていいこと」
「相手の無知や無能は徹底的にこちらに有利に利用する」
「規制ニッチはビジネスチャンス」
といった趣の、法律に関する戦術的知見をアグレッシブに活用するプレースタイルのビジネス展開も求められるようになりました。

このように、法務のサービスは、
「紛争法務(臨床法務)から予防法務へ」
「さらに、予防法務から戦略法務へ」
という形で、進化・拡大(サービスの範囲と質のアップグレード)を遂げていきます。

しかしながら、各企業において、現在、この戦略法務を担える
「戦略人材としての法務部員(法務パースン)」
の調達・育成に苦労している状況のようです。

戦略法務、すなわち、経営意思決定に関わるような法務サービスを行ったり(経営政策法務)、戦術的知見を活用して事業モデルを構築したり修正したり再構築したり(戦略法務)、といったことを行える人材が見つからないし、そもそも人材定義も難しく、正直どうしていいかわからない、というのが直面(というか、スタック)している課題対応状況のようです。

日本の管理部門(ホワイトカラーが担う企業内サービス部門)については、
「非常に生産性が低く、また、付加価値も低く、正直、あってもなくてもよく、今後、AIやRPAが企業内サービスの担い手として蚕食しはじめると、大量のリストラが行われる」
などといわれています。

そして、この状況は管理部門である法務も同じであろう、と考えられます。

ただ、これはある意味、不可避で仕方ない現象といえます。

というのは、現状の日本の管理部門のサービス内容は、ほとんど、コモディティ的なルーティンにとどまっており、AIやRPA、さらには外注によって、代替できるものばかりともいえる状況だからです。

しかし、AIやRPAや外注では決して担えない、非コモディティ的なサービス分野もあります。

これが、まさしく戦略的なサービスであり、 経営意思決定に関わるような法務サービスを行ったり(経営政策法務)、戦術的知見を活用して事業モデルを構築し、修正し、あるいは再構築したり(戦略法務) という活動です。

「戦術的知見を活用して事業モデルを構築し、修正し、あるいは再構築したり(戦略法務)」
についてですが、松竹の迫本社長(弁護士資格をお持ちです)がインタビューで
「利益を最大化するため、ぎりぎりまで踏み込んだ強気の経営判断を下す際、弁護士としての経験が生きている。経営上は他社がやらない事業への挑戦も求められ、リスクを乗り越えてこそ見返りも大きい。法の枠内で挑戦し、リスクをとるために重要なのが企業法務だ」
とおしゃっていましたが、この文脈における
「アグレッシブな企業法務」
が戦略法務です。

このような、経営政策法務に加え、戦略法務をやりきる人材が、戦略人材としての法務部員を意味するものと考えます(シンプルに言えば、弁護士資格を持ち、弁護士経験〔迫本氏は三井安田法律事務所での実務経験もあります〕をもち、長い社歴を有する東証一部上場企業である松竹の社長を務めておられる迫本淳一こそが、「戦略人材としての法務部員」になるのではないでしょうか)。

では、どうやって
「コモディティ人材」

「戦略人材」
とし、
「ルーティン部門」

「戦略部門」
にしていけばいいのでしょうか。

一義的な解答が示せるわけではないので、なかなかうまく伝えられませんが、私の個人的なイメージで語ると、
「戦略人材」
とは、
「単に優秀というだけでなく、(ずる賢いという意味で)頭がキレて、大胆でアグレッシブなことを考え、現実の成果が出るまで、信じられないくらいしつこくゲームチェンジができる人間」
という意味ととらえられ、もっと、シンプルにいえば、
「カネが大好きな、負けず嫌いの、インテリヤクザ」
のような人材という意味です。

すなわち、
「コモディティ人材」

「戦略人材」
に変革させ、
「ルーティン部門としての法務部」

「戦略部門としての法務部」
にアップグレードするには、
「(悪い意味での)頭はいいがやる気がなくルーティンだけやっている役人」
的な人材を、
「カネとケンカが大好きな、目つきの鋭いインテリヤクザ」
に変え、法務部を、
「圧倒的な戦略知性とプレゼンスをもつ、泣く子も黙る、任侠集団」
のような組織に変えるような努力が必要であろう、と考えます(あくまでイメージであり、反社は、絶対ダメです)。

そうなると、法務部員のイメージは、
「やる気がないが、温和で善良な村役場の職員」
から、

・強烈な強制の契機をはらんだ圧倒的なオーラを醸し出し、徹底して高圧的な支配を実行する
・法を愚弄する精神で、競争者の存在を否定し、あるいは新規参入の目を容赦なく摘む形で、市場を迅速かつ圧倒的に支配する(つもりで頑張る。実際は法令には触れないように細心の注意を払う)
・このような市場支配(を目指した、法に触れない経済活動)を、大量のカネ、物量を背景に、高圧的に、スピーディーに、合理性・効率性を徹底追求して行う
・法を「ビジネスに対する邪魔、障害」と考え、これを無機能化するために暗い情熱を注ぎ込む
というタスクイメージを持ち、これらタフなタスクを、眉一つ動かさず、クールに、スマートに、完璧に成し遂げる

人材イメージとなります。

しかも、

・各タスクを、命を賭して、完全に成し遂げる強靭な意志と、
・平然かつ冷静にやり抜くスキルと、
・スキルとミッションにふさわしい経済的処遇と、成功時に得られる、額を聞いたら鼻血が出るほど莫大なインセンティブと、
・声一つ発することなく、他部門が自然とひれ伏す強烈なオーラと、
・悪魔の手先のような性根と
・常に、エレガントに振る舞える典雅さ

をもつ、そんな、
「あまり友達になりたくないインテリヤクザ」
のイメージを纏った人材像に変質することになります。

私個人としては、このような
「戦略人材」
は、会社員としての協調性とは親和性が保てず、また、無理に協調性をもたせると、
「遊牧民や大陸馬賊に、畑を耕せ」
と命じるに等しく、求めるべき
「戦略センス」
とハレーションを起こしかねません。

というより、
「スキルとミッションにふさわしい経済的処遇と、成功時に得られる、額を聞いたら鼻血が出るほど莫大なインセンティブ」
を一会社員に提供するのは、現在の日本企業の処遇体系からすると、困難であろうと思います。

したがって、私としては、このような
「企業内での処遇が困難な嫌われ者、鼻つまみ者」
を無理に養成したり、内製化することは、不可能あるいは現実的ではなく、社外取締役への就任等の形で、顧問弁護士との関係を蜜にして、外注活用することが当面の現実解になると考えます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00235_銀座や新宿等の繁華街における「賃借店舗の買収」話に内在するリスク

たまに、銀座や赤坂、六本木、赤坂、渋谷、新宿等の
「新規開店が困難な超人気スポットの路面の賃借店舗」
が、店舗買収、店舗M&A案件等として、ブローカーやM&Aアドバイザー等を介して案件持ち込みされる場合があります。

出店困難地域、掘り出し物、路面でなかなか出てこない案件、ホールドは5日が限界、3日以内に手付を等のセールストークとともに、数千万円単位の話となることもあります。

しかし、法的に論理的かつ冷静に話を整理・要約し明確化しますと、この種の案件の取引対象は、
「大家の承諾を条件として当該店舗の賃借権を譲り受け、また従業員の承諾を条件として従業員との雇用契約関係を継承し、店舗で使用するリース物件についてリース会社の承諾を条件としてリース契約関係を承継し、さらに仕入先の承諾を条件として仕入先との契約関係を承継し、その他店舗で使用する動産を譲り受けること等を内容とする取引」
ということになります。

私は、買って多額のカネを投じた後、すでに上手くいかない状態に陥っていてもなお、正常性バイアスによる認知不全のため、原因が理解できず、混乱状態にある買主には、
「分かりやすく言うと、あなたは、空気を買ったようなもの。だから、あなたは何も買っていないし、何一つ確定的な権利や立場を手にしていない。そこが、現状の混乱の根源的原因」
と説明します。

無論、最初は、感情的になってかなり険悪な雰囲気になりますが、結局は、私の状況認識が正しかったことが証明され、解決に向けた一歩が踏み出せることになります。

たいていの賃貸借契約には無断譲渡ないし転貸を禁止する旨の条項が付着しており、この条項違反は賃貸借契約の即時解除事由になります。

店舗を買った側(そもそも賃借店舗であり、借りてるだけで、所有権はないわけですから、買うも買わないもないのですが)は
「業態が変わるわけではないから、細かいこと言わないで、転貸や賃借権譲渡を気軽に承諾してくれ」
なんて言うかもしれませんが、それは賃借人(無断転借人か賃借権無断譲受人)の理屈であって、大家がこの理屈に付き合う義務はありません。

むしろ、都心部の繁華街における地価上昇トレンドからすると、新賃借人や転借人が賃借権譲渡や転貸の承諾を求めようものなら大家は結構な額の承諾料を要求するでしょうし、無断で経営し始めようもんなら、賃貸借契約を解除して追い出し現在の地価を反映した高い家賃のテナントに入ってもらうでしょう。

加えて、従業員に引き続き働いてもらう場合も、前のオーナーとの雇用関係をいったん解消し、新オーナーが新たに雇用する形とならざるを得ません。

今まで形ばかりの忠誠を示してきた従業員は、これ以上いい子にしていても何のメリットもないと考え、解雇を争ったり、これまでの未払い残業代を請求したり、勤務条件を上げろと言ったりする場合も考えられます。

さらに、リース品の扱いをどうするか、仕入先が従来どおりの仕入れ条件を維持してくれるか等買った側にはさまざまな困難が生じることでしょう。

こんな、曖昧で、後発的な問題が多発することが想定される、不明確で不定形で不安定なものに、時間的冗長性を奪われ、検討する時間もなく、不安心理や競争心理があおられ、認知資源も枯渇している状態で、多額の資金を投じるのは、かなりリスクがあると言えます。

実務の世界では、この種の取引に失敗し、救済を求めてくる、
「カモとなった買主」
が少なからずいます。

契約書はそれなりに分厚く、いろいろ細かく書いてあるのですが、肝心の取引の構造が、重大な欠陥を内包しており、その
「いろいろ、細かく書かれている」
どの契約文言を使っても、解決や救済は困難なのです。

何故なら、契約書がどんなに細かく書かれていても、契約構造の欠陥まで補えるものではありませんから。

例えて言えば、構造力学的に狂った建築が設計された場合と同じです。

どんなに設計図が精緻で、どんなに施工業者が優秀で真面目であっても、どんなにゴージャスな内装を施しても、建物は出来上がらないか、出来上がってもすぐ崩壊します。

なぜなら、構造が狂っている以上、設計図が精緻であっても、施行がしっかりしていても、構造上のリスクは改善できないからです。

構造に欠陥があれば、表層がどんなに完璧でも、たとえ一過性の成功は得られても、持続可能性は期待できず、やがて構造的欠陥は露呈し、全てが瓦解します。

以上のとおり、表層面において、どんなに案件が魅力的で、関係者がプロっぽく安心感があって自信たっぷりのトークで信頼できそうで、契約書も細かくいろいろ書いてあっても、
「取引構造上、(買い手にとって)狂った内容」
とも言える取引案件は、思考的なストレステストを加えて、慎重に対応すべきです(「支払い方法について、前金を低く設定し、残金を円満な店舗承継が完遂してからにする」といった形で、取引構造に内在する経済合理性の不備ないし欠陥を修正するなど)。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00234_取引設計(契約条件具体化)作業における「取引対象の特定」の重要性

契約書を作成する前提として、契約条件を具体化する必要があります。

こういう言い方をすると、
「言われなくてもわかっている」
というリアクションが返ってきそうですが、実務上、契約書の内容の問題以前に、取引設計レベルにおいて、契約条件が曖昧模糊としており、これが原因でトラブルに発展するという事例が多く見受けられます。

モノのやりとりや、登記段階で法務局によって明確化・具体化作業が必置となる売買等の物権行為や、債権行為の中でも、典型契約と呼ばれる民法でレディーメイドとなっている取引であればこのようなトラブルはあまり起こりませんが、非典型契約と呼ばれる、民法が予定していないタイプの契約が創造された場合、特に、買い手サイドにおいてリスクが高まります。

取引設計上、最も基本的かつ重要な事柄は、
「何を買うか」
を明らかにすることです。

すなわち、
「目に見えるものを買う取引」
については、取引対象について神経を尖らせなくても後でトラブルになる危険は相対的に少ないといえます。

ところが、
「目に見えない何かを買う取引」
の場合、そもそも取引構築以前の問題として、取引対象の特定が重要になります。

世の中には、ライセンス取引やオプション取引、営業権、代理店の権利、テリトリー権利、フランチャイズ権の取引、アドバイザリー契約等
「何を取引したのか、その対象自体よく分からない取引」
が横行していますが、こういうものを弁護士に関与させずに勧めると大抵ヤケドを負います。

この種の
「なんだかよくワカンナイ」
ものを買う取引において買う側は
「お金を払う」
という疑義を入れようのない明確な義務を負う半面、売る側の義務は
「何だかよくワカンナイもの」
を提供するだけです。

いつ提供が終わったか、どんな内容の役務が提供されたか、ということが曖昧で検証不能であれば、売り手側は、いくらでも手を抜けますし、サボれますし、いい加減なことが可能です。

こういう言い方をすると、
「そんな不真面目な人間ばかりではない」
というレスポンスが返ってきそうですが、契約の世界では、
「明確に指示されていなければ、いくらでも手を抜ける」
「禁止されてなければ、何をやっても自由」
というのが基本ルールであり、期待し、依存すべきは、相手の善意や誠実さではなく、言語による具体化・特定化であり、文書による明確化です。

約束が明確に決まっていないと、買う側は
「妄想を叶えてくれるべくありとあらゆることをしてくれる」
と考えますし、売る側からすると
「あまり過大なことを求められても困る」
と考えます。

両者の思惑が180度違った方を向いていて、齟齬を解決修正する契約文言が存在しない、あるいは緩いわけですから、紛争になるのは当然です。

そして、これらリスクは、
「買い手は注意せよ(Caveat emptor.英語では、 Let the buyer beware.)」
というローマ法以来のドクトリンに基づき、すべて、買い手、すなわち、カネを払った側が一方的に負担することになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00233_企業法務ケーススタディ(No.0189):破産のお作法

相談者プロフィール:
株式会社ダーク・サイレント 代表取締役 佐村 剛史(さむら ごうし、50歳)

相談内容: 
ご承知のとおり、クラッシックに転向してから、無茶苦茶曲が売れたこともあって、私が作曲した音楽を専門に扱うレコードレーベル会社を7年前に立ち上げました。
しかしながら、
「私の曲」
として発表したものの中で、
「俺も創作に関与したのにクレジットがない」
「俺もアイデアを出した」
「俺も、お前が小さい時に面倒みた。誰のおかげで大きくなった。俺にも権利がある」
などと、あちこちから訳の分からない因縁をつけられ、妙なスキャンダルになってしまい、以降、曲が全然売れなくなってしまいました。
社運をかけた10周年記念全曲集のプレスが終わったばかりであったこともあり、イベントやコンサートはキャンセル、CDは返品の山、あちこちから賠償金やら違約金の請求が噴出し、弊社の負債が一気に10億円にまで増え、資金繰りにも困るようになってしまいました。
もう弊社はつぶしてしまおうかと腹をくくりました。
私自身、弊社債務の連帯保証人になっていますから、弊社を潰すなら私も破産しかありません。
でも、正直こわいんです。
戸籍が汚れるんじゃないか、額に
「破産者」
って焼きゴテ押されるんじゃないか、スーパーでモノが買えなくなるんじゃないか、って。
音楽とか音楽ビジネス自体は大好きです。
でも、二度と音楽ビジネスの経営者になれないんでしょ。
そう考えるとつらくて、悲しくて。
ところで、さっきから、破産ってぶっちゃけ、どんなもんなんですか?
人生いろいろ経験しましたが、破産だけはやったことがありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社が破綻した場合の選択肢
会社が破綻、すなわち債務超過(大赤字)になったり、資金繰りが悪化した(財産はあってもカネが回らない)場合、まず、そのままお陀仏となって葬式を上げるのか(清算型)、それとも病巣(負債)を切除してもう一度やり直すのか(再建型)、という選択肢があります。
そして、上記の方針を、どのような手続きを通じて実現するのか、すなわち、裁判外での手続き(任意整理)でやるのか、裁判所を通じた手続き(法的整理)でやるのか、という選択肢があります。
今回のケースは、負債額が10億円と大きく、債務返済を行いながら会社を再建することは現実的に難しいといえますし、交渉による取引先の債務免除も期待できません。
何より、手続全般に透明性・公平性も求められますので、裁判所を通じて行う清算型手続き、すなわち
「破産」
が最も適した方法といえます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産手続きの中身
裁判所に破産を申し立てる際、2種類のギャラ(弁護士費用)が必要になります。
申立を代理してくれる弁護士に対する費用と、裁判所に納める費用である予納金と呼ばれるものです。
この予納金は、
「管財人」
という裁判所が選ぶ別の弁護士のギャラになります。
管財人というのは、文字通り、破産者の財産を管理する人間です。
子どもならともかく、認知が正常に機能しているいい大人は、自分の財産くらい自分で自由に管理していいはずですが、破産手続きを申し立てると、破産者の財産の管理処分権が剥奪され、管財人にすべて握られてしまいます。
管財人といっても、在野の弁護士ですから、最初にギャランティもらわないと動けない、というわけです。
破産管財人は、債権債務を調査し、財産をすべて現金化してしまい、遺産の形見分けのように、カネを債権者に債権額に応じて配り終えて、仕事終了です。
破産者が財産隠しをしたりせず、
「良い子」
で手続きに協力していると、最後に、ご褒美として、借金をチャラにしてくれ(免責といいます)ます。
これで、晴れて、経済的に復活するわけです。

モデル助言: 
まあ、破産といっても、それほど気に病む必要はないですよ。
資本主義社会に破産はつきものですし、想像されるほどの陰惨さはありません。
裁判官は別に怒りもせずニコニコしていますし、債権者集会も最初こそはワーワー騒ぎますが、2、3回目からは閑古鳥が鳴いています。
焼きゴテ、刑務所、モノが買えない、なんていつの時代の話ですか。
迷信もいいとこです。
佐村さんの戸籍に
「倒産」
と記載されるようなこともありません。
本籍地の市区町村役場が管理している
「破産者名簿」
というものがあり、これには破産した事実が記載されますが、一般に公開されることはなく、戸籍や住民票とは全く別のものです。
佐村さんのご心配されているようなことは発生しません。
少し前まで、破産者になると取締役になれないという扱い(旧商法254条の2第2号)がありましたが、平成18年5月施行の現行会社法でこの制約もなくなり、破産しようがしまいが、佐村さん会社の役員になることに支障はありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00232_企業法務ケーススタディ(No.0188):海外から訴状がやってきた!!

相談者プロフィール:
株式会社HARUKA 代表取締役 遥 綾(はるか あや、28歳)

相談内容: 
先生こんにちは。 
私、目元を可愛くしたい女子のためにですね、目元関係全般の化粧品を販売する会社の社長をやっています。
それで、最近、うちの会社の化粧品開発部がですね、1年塗り続けると目元のシワが全部とれちゃうクリームを開発したんです。
すぐに
「目元シワとりクリーム、ヒアルロンちゃん」
として商品化して、売り出したら、バカみたいに売れて、テレビでも取り上げられたので、期間限定でアメリカなどの海外にもそのクリームを輸出して販売しました。
でも、海外への輸出はいろいろと面倒なので、最近は、日本国内での販売に限定しています。
ただ、最近、コンプライアンスとかいって、法律に違反すると会社のイメージがすごく下がっちゃいますよね。
なので、効果とか効能とかそういった危険な売り文句を全部削除して、取りあえず、薬事法とか日本の法令には違反しないことはちゃんと確認させました。
でも、それじゃ甘かったみたいなんです。
この間、アメリカから英語の文書が届いちゃって、どうやら昔クリームをアメリカで輸出していた頃のお客さんが
「このクリーム塗っていたら、よけいにシワが増えた」
とかいうことで、ウチの会社を訴えている訴状のようなんです。
アメリカって莫大な賠償金とか取られたりするんですよね。
私、アメリカ行かなきゃいけないんですか? それと、賠償金とかも払う準備しておいた方がいいんしょうか? 先生、怖い~~~~っ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:外国裁判所の確定判決の効力
民事訴訟法118条は、同条に規定する1号ないし4号の要件を満たす場合にのみ、外国裁判所の確定判決が効力を有すると規定しています。
そして、同条2号前段は、外国裁判所の確定判決が効力を有するための要件として、
「敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く)を受けたこと」
を規定しています。
したがって、外国裁判所の確定判決は、そのまま日本でも有効となるというわけではなく、同条1号ないし4号に規定された要件を満たした場合にのみ、日本で有効となり、執行される可能性が出てくるのです。
では、
「訴訟の開始に必要な呼出し」(同条2号前段)
とは、どういったものをいうのでしょうか。
日本国内で外国の訴状を受け取る場合として想定されるのは、
1 外国の原告やその代理人から直接訴状が郵送もしくは持参されて届く場合
もしくは
2 日本の裁判所を通じて訴状が届く場合
です。
このうち、
「訴訟の開始に必要な呼出し」
があったと認められるのは、2の場合のみです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:最高裁判所の判断
香港で行われた訴訟の原告から私的に依頼された弁護士が、日本に在住する被告に訴訟書類を直接交付したケースにおいて、最高裁判決(平成10年4月28日)は、
「香港在住の当事者から私的に依頼を受けた者がわが国でした直接交付の方法による送達は、民事訴訟法118条2号所定の要件を満たさない」
と判断しました。
すなわち、最高裁判所は、
1 外国の原告やその代理人から直接訴状が郵送もしくは持参されて届いた場合
には、
「訴訟の開始に必要な呼出し」
があったとは認めないわけです。

モデル助言:
確かに、本件のように海外から訴状を送りつけられたら、パニックに陥るのも無理からぬところです。
しかし、ここは、まず落ち着きましょう。
一方で民事訴訟法118条2号後段は、外国裁判所の確定判決が効力を有するための要件として、別途
「応訴したこと」
を規定しています。
応訴とは、事件の内容について弁論をし、又は弁論期日等において申述をすることをいいます。
つまり、わざわざ外国の裁判所に行って期日に出席したり、外国の裁判所に答弁書を提出してしまったりすると、
「応訴」(同号)
したことになり、外国裁判所の確定判決が効力を有するための要件の1つを満たしてしまいます。
その結果、海外の裁判所で受けた敗訴判決が日本で有効となり(同法118条)、執行されてしまう危険が高まってしまうのです。
ですから、本件の場合、そんな訴状は、無視が一番です。
くれぐれも外国の裁判所にまで行ったりはしないでください。
また、本件において、たとえアメリカで、御社が敗訴判決を受けても、当該敗訴判決は日本で効力を持ちません。
ですから、日本で御社の財産が差し押さえられるということもありません。
もちろん、御社がアメリカにおいて執行されるような財産を有していたら、アメリカで受けた敗訴判決により財産を差し押さえられる可能性はあります。
しかし、御社は、現在目元シワとりクリームも日本国内限定での販売ということでしたので、アメリカにおいて執行されるような財産はお持ちではないと思います。
その意味でも、本件の訴状は、無視して結構です。
ま、事前に相談してもらってよかったです。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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