00329_日本企業法務史(3)「事前規制の時代」から「事後監視の時代」へ

護送船団行政全盛時代は、バブル経済崩壊後の1990年代後半頃には終焉を迎え、状況が一変し始めます。

1998年に中央省庁等改革基本法が成立し、2001年をもって、それまでの1府22省庁は、1府12省庁に再編されることになりました。

加えて、このあたりから、規制緩和が推進され、
「護送船団行政」
やこれを支えてきた裁量行政は影をひそめ、行政機関の役割は厳格・適正な法の運用と執行に限定されるようになりました。

そして、規制緩和の流れと並行して、
・規制対応は企業の自己責任で行うものとされ、かつ、
・規制違反行為に対しては厳しい事後制裁で臨む
という運用が定着していくことになります。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

さらに、これまでは日本の産業界において暗黙の了解事項として是認されてきたカルテルや談合についても、容赦ない摘発と、排除措置・課徴金・刑事罰・指名停止といった厳格な制裁が実施されるようになり、業界内の癒着自体が困難な状況となっていきました。

このような護送船団行政や業界癒着構造の終焉の動きに合わせて、不況による業界間(業界内)競争や業界再編の動きが加わったことで、日本の産業界は業界“協調”時代から、業界“競争”時代にシフトしていくことになります。

護送船団行政による事前規制社会から規制緩和(規制撤廃)による事後監視社会への移行に合わせて、事後監視を担う司法の強化も図られました。

すなわち、1998年に民事訴訟法が改正され、裁判所に大幅な機能強化・権限強化が図られるとともに、審理スピードの迅速化も図られるようになりました。

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00328_日本企業法務史(2)護送船団行政全盛時代における「企業の法務課題処理方法」

1980年から1990年代にかけて、企業がトラブルや問題が生じたときに駆け込むのは法務部や顧問弁護士のところではなく、まずは、監督行政機関や業界団体でした。

監督行政機関からの指導に対しては、阿咋の呼吸で伝えられるものも含め、徹底して従うことが企業のリスク管理行動として最も推奨されるものでした。

監督行政機関の見解を糺すべく法令解釈の照会を求めたりすることは自粛されていましたし、行政処分を争って行政訴訟を提起することは狂気の沙汰でした。

現在ではカルテルや入札談合などとして社会的非難を浴びることから忌避されるのが通例となっている業界内部での業者間の親密な関係構築ですが、当時は、このような競争者間の協調関係は、護送船団行政の効果を高めるものとして、明示あるいは黙示に推奨されていました。

取引関係は、
「仲のよい、お互い見知った者同士」
の間でなされることから、契約よりも人間関係で取引が展開し、契約書の記載の不備を指摘する者はおらず、契約書自体が存在しないことすら誰も気にしませんでした。

そしていざ企業間で紛争が生じても、契約書の不備をめぐって裁判所で喧々囂々と争うことも稀で、血気盛んに裁判に臨んだところで、裁判手続自体、一審で2年、3年かかることは当たり前であり、最後はどうでもよくなって、適当なところで折り合いをつけることがほとんどでした。

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00327_日本企業法務史(1)護送船団時代

日本では、1980年代終わりから90年代なかばころまで、官庁の主導により産業界の育成が図られていた時代が存在しました。

この時代、各業界において競争力が最も欠落した企業であっても維持・存続できるような業界育成が行政の最大のミッションと考えられ、行政機関は、許認可権限やこれに基づく行政指導等の権限(行政裁量権)を駆使して、業界全体をコントロールしていました。

この方式は、最も船足の遅い船に速度を合わせて、船団が統制を保って進行する戦術になぞらえ、
「護送船団方式(あるいは護送船団行政)」
と評されていました。

時代の産業界のキーワードは
「秩序ある発展」
であり、当該秩序は、法律や裁判を通じてではなく、行政による裁量や業界内の話し合い等によって確立されるべきものでした。

当時、日本の産業界で、
「法令遵守」
「コンプライアンス」
という概念は、特段、経営課題として意識されておらず、また契約事故や企業間紛争が生じた場合も、裁判等に訴えられることは稀であり、協調関係にある業界同士の話し合いや、監督行政機関もしくは業界団体の斡旋により自主的に解決されていました(ちなみに、東芝によるCOCOM規制違反事件を契機に「輸出規制遵守」あるいは「輸出規制コンプライアンス」という概念が一時話題になりましたが、その後、企業一般の経営課題としては、根づくことはありませんでした)。

当時の企業の最大のコンプライアンス戦略は、
「上をみて(行政に従う)、横をみて(業界横並びを意識する)、後ろを振り返る(従来からの慣例を墨守する)」
ということでした。

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00326_「顧客や従業員の引抜き」が「私的独占」に該当する場合

ある会社が、ライバル企業の3割近くの従業員を引き抜いた上、さらに、当該ライバル企業の顧客に対し、
「自社との取引に切り替えれば、他の顧客にはない特別な条件で取引する」
という不当な差別対価を提示して勧誘したという事件がありました。

この事件について東京地方裁判所は、
「違法な引き抜き行為」
に加え、これと近接した時期に
「違法な差別対価」
を提示するキャンペーンを大々的に行ったことを総合的に考慮し、いわば
「併せ技一本」
のような形で前記企業の行為を悪質な私的独占行為と判断し、20億円にも上る損害賠償額の支払いを命じました。

このように、
「一見、やりたい放題、何でもあり」
のガチンコ自由競争と思われがちな企業社会ですが、1つずつは
「ちょっとした悪さ、ラフプレー」
とも思える、従業員の引き抜きや差別対価による顧客の奪取も、全体を俯瞰してあまりにえげつない反競争行為と捉えられると、単なる不公正取引としての
「差別対価」
にとどまらず、
「差別対価を手段とした私的独占行為」
として判断されるリスクがある、といえます。

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00325_顧客の属性に応じて柔軟に価格を差別化する価格政策の独禁法抵触リスク

適正な利益が上げられる範囲で、同業他社より安い価格を設定して商品を販売したりサービスを提供したりすることは、自由競争社会においては当然のことです。

本来、企業は、自社の商品やサービスの価格を自由に決めることができるのが原則ですし、顧客によってはその取引量やコスト(事務費用など)が異なるのですから、例えば、
「子供は割引します」
といったように、顧客の属性で価格を変えたからといって、直ちにそれが違法と評価されるようなことはありません。

しかしながら、例えば、同業他社のシェアが大きい地域だけ、自社の商品やサービスを安くしたり、同業他社の顧客を勧誘する時に限って安い価格を提示したりするといった行為は問題があります。

なぜならこのような行為を放置した場合、大企業がその資金力にものを言わせて、同業他社のシェアが大きい地域や市場に狙い撃ち的に介入し、その地域や市場における同業他社の資金力が尽きるまで安い価格を維持して顧客を奪うことが許されることになり、反競争状態が出現することになるからです。

このため、独占禁止法は、公正取引委員会が指定する
「不当に、地域または相手方により差別的な対価をもって、商品もしくは役務を供給し、またはこれらの供給を受けること」

「差別対価」
として不公正な取引方法としているのです(一般指定3項)。

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00324_破産直前期に横行するドサクサ紛れの違法行為とその抑止システム

企業の経営が傾き、破産までカウントダウンの状態になると、ドサクサ紛れの不当な行為が横行するようになります。

まず、破産する企業の社長などは、将来の生活や再起に備えて少しでも多くしようと、あの手この手で財産を隠匿しようと画策します。

また、債権者の方も、1円でも多く自己の債権を回収しようと、脅し、すかし、だまし、なだめながら、強硬な取立てを試みようとします。

このような事態がそのまま放置されるとすれば、
「裁判所が後見的に介入し、多くの債権者に、できるだけ多額かつ平等の回収を」
という破産手続の目的が達成できなくなります。

そこで、破産直前に行われがちな
財産の投げ売りや叩き売り(詐害行為と呼ばれます)
や、
抜け駆け的回収行為(偏頗<へんぱ>行為とよびます)
については、後日、そのような行為の効力を取り消されたり、あるいは否認されたりして、買い取った財産や支払を受けた金銭を返還させる制度が設けられています。

これが破産管財制度と呼ばれるものです。

企業が破産すると、“社長交代”が起こります。

株主総会や取締役会といったきちんとした社長交代手続きもなく、実質的・事実上の政権交代が、いつの間にか、静かに行われます。

すなわち、それまで企業を取り仕切っていた社長が一切の権限を喪失し、代わって、裁判所が指定する弁護士が、事実上、その企業のトップに就任することになります。

この弁護士のことを、破産した企業の財産を管理する人、すなわち、管財人と呼びます。

そして、管財人は、破産直前期のドサクサ紛れの違法行為を調査し、
「レッドカード」
を出して、本来破産企業が保持しておくべき財産を取り戻す権限を有しています。

これが、否認権制度と呼ばれるものです。

すなわち、債務者が支払できなくなった時点あるいは支払を停止した時点を基準として、これより後になされた債務の支払について、支払不能状態を知っていながら支払を受けることは、破産管財人による否認対象行為とされており、このような行為を発見した管財人は、
「御社が債務の支払を受けたこともこれに該当するので、その効力を否認する。支払が無効となったので、当該支払により受けた金銭を返せ」
という主張をしてくる、というわけです。

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00323_マイカー通勤制による使用者責任リスク

従業員にマイカー通勤をさせると、経費削減や時間短縮につながることがあり、特に自動車での移動頻度が高い地方の企業等においては、マイカー利用を前提とした通勤体制を構築する企業も多いようです。

しかしながら、マイカー通勤を採用することは、メリットばかりではありません。

マイカー通勤する従業員が事故を起こしたことによって従業員個人が負うべき損害賠償義務を、企業が負わされるリスクが存在するのです。

「江戸時代であれば、子の責任を親が負うってことはあったかもしれない。しかし、現代の私的自治・自己責任原則を基本とする近代法の下で、子供ですらない従業員の不始末を会社が負うなんてことはあるはずないだろ!」
とお考えの向きもいらっしゃるかもしれません。

しかしながら、民法715条において
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」
と定められています。

すなわち、
「たくさんの従業員を働かせることにより、大きく儲けている企業については、当該従業員の業務遂行中の不始末についても責任を負うのが公平だ」(報償責任の法理)
という考えに基づき、民法上の自己責任原理に大きな修正が加えられているのです。

もちろん、民法715条は、従業員がひき起こしたあらゆる賠償義務を企業が負担せよ、といっているわけではなく、企業が賠償義務を負うべき範囲を
「その事業の執行について第三者に加えた損害」
に限定しています。

しかしながら、裁判の動向をみると
「その事業の執行について」
の概念は拡張の一途を辿っており、
「私生活」か
「勤務中」か
微妙な場合、ことごとく
「勤務中」
とみなされ、企業側に賠償責任を負担させる方向での司法判断が増加しています。

また、
「マイカー通勤をタテマエでは禁止していたのだけれども黙認していた」
というような事例においてすら、マイカー通勤中の事故について、会社に賠償責任を負わせた裁判例も存在します。

このように、マイカー通勤を認めた企業については、通勤中に従業員が起こした事故についてすべからく連座させられるリスクが発生することになるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00322_事業者団体(業界団体)の自主規制が独占禁止法違反となる場合

学校のイジメや村八分ではありませんが、特定の企業が集まって、部外者企業を除け者にしていじめ倒すようなことをする場合があります。

その際、事業者団体の加入企業による個別のカルテルや各種不公正取引行為だけでなく、事業者団体そのものが主体となった反競争的行為も厳しく取り締まられることになります。

例えば、安全審査基準を設けること自体は問題ないとしても、安全性向上に名を借りて、非会員企業の商品を事実上市場から締め出す行為は、事業者団体による不当な競争制限行為(独禁法8条1項1号)や、事業者団体による間接の取引拒絶(独禁法8条1項5号、一般指定1項2号)に該当する可能性があります。

この場合、事業者団体としては、
「安全対策のためのやむを得ない措置」
といった弁解を試み、
「消費者の安全安心を考えた結果、たまたまそうなったのであって、反競争的意図はない」
という主張をしがちです。

この種の弁解が通用するか否かは、
1 競争手段を制限し需要者の利益を不当に害するものではないか
2 事業者間で不当に差別的なものではないか
3 正当な目的に基づいて合理的に必要とされる範囲内のものか
といった各要素が考慮された上で、公正競争阻害性が判断されることになります(公正取引委員会「事業者団体の活動に関するガイドライン」参照)。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00321_企業の集まり(事業者団体)を独占禁止法が目の敵にする理由と背景

憲法では、集会・結社の自由が人権として保障されていますが、企業が集まる場合、
「経済活動の憲法」
たる
「独占禁止法」
は、保障しているどころか、あまり快く思わず、むしろ、目の敵にしているような状況です。

例えば、ある事業者団体が、
「製造・販売業者の団体が製品の安全確保のため、自主的に厳しい安全基準を課す」
として、高圧的な自主基準を定めて基準を守れない部外者を排除するようなことをやりだした場合、建前としては一見聞こえはいいですが、
「団体の意向に沿わない製品の駆逐行為」
という反競争的な意図が透けてみえます。

このような自主規制の名を借りた弱い者イジメは、独占禁止法違反の問題が生じます。

独占禁止法は、
「経済活動の憲法」
とも呼ばれ、企業の営業・販売活動の法務に関わる重要な法令ですが、規制の対象は企業だけではありません。

すなわち、企業の集まり(独占禁止法では、「事業者団体」といいます)についても、独占禁止法の規制が及びます。

独占禁止法上の
「事業者団体」
とは
「事業者としての共通の利益を増進することを主な目的とする複数の事業者の結合体」
ですが、特に、登記や登録等がなくとも、任意組合や、単なる寄り合い所帯もこれに該当します。

「この種の団体は反競争行為の温床となる可能性が高い」
という認識を前提に、このような隠れ蓑を通じた独禁法違反行為も厳しく取り締まるというのが規則の趣旨のようです。

独禁法は、このように、性悪説に立って 企業のやることなすこと、全て悪意に解して、悪さを企図・計画するはるか手前の段階で
「釘を刺す」
ような規制をします。

それほど邪悪な思考をしない企業にとっては、いい迷惑ですが、特に独禁法の祖国アメリカでは、企業がやりたい放題やって社会に悪影響を与えた歴史上の事実があったことから、
「ちょっとヤリ過ぎと思われるくらい、“ド手前”からシメといて、ちょうどいい加減になる」
という規制スタンスに立っているのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00320_原価割れ販売でも、独禁法上の「不当廉売」に該当しない場合

取得原価を下回る対価での販売(「原価割れ販売」)は不当廉売行為に該当する可能性が高いといえます。

とはいえ、原価割れ販売がすべて違法というわけではなく、例外的に不当廉売に該当しないと解釈されない場合があります。

市価が相当下がってしまった場合の値引き販売、季節遅れ商品や流行遅れ商品のバーゲンセールなど商習慣上妥当と認められる場合には、期間や対象商品が一定であり、公正な競争への影響が小さい等といった付加的事情等も勘案し、廉売は廉売でも
「不当」
廉売ではない、とされる場合があります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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