00234_取引設計(契約条件具体化)作業における「取引対象の特定」の重要性

契約書を作成する前提として、契約条件を具体化する必要があります。

こういう言い方をすると、
「言われなくてもわかっている」
というリアクションが返ってきそうですが、実務上、契約書の内容の問題以前に、取引設計レベルにおいて、契約条件が曖昧模糊としており、これが原因でトラブルに発展するという事例が多く見受けられます。

モノのやりとりや、登記段階で法務局によって明確化・具体化作業が必置となる売買等の物権行為や、債権行為の中でも、典型契約と呼ばれる民法でレディーメイドとなっている取引であればこのようなトラブルはあまり起こりませんが、非典型契約と呼ばれる、民法が予定していないタイプの契約が創造された場合、特に、買い手サイドにおいてリスクが高まります。

取引設計上、最も基本的かつ重要な事柄は、
「何を買うか」
を明らかにすることです。

すなわち、
「目に見えるものを買う取引」
については、取引対象について神経を尖らせなくても後でトラブルになる危険は相対的に少ないといえます。

ところが、
「目に見えない何かを買う取引」
の場合、そもそも取引構築以前の問題として、取引対象の特定が重要になります。

世の中には、ライセンス取引やオプション取引、営業権、代理店の権利、テリトリー権利、フランチャイズ権の取引、アドバイザリー契約等
「何を取引したのか、その対象自体よく分からない取引」
が横行していますが、こういうものを弁護士に関与させずに勧めると大抵ヤケドを負います。

この種の
「なんだかよくワカンナイ」
ものを買う取引において買う側は
「お金を払う」
という疑義を入れようのない明確な義務を負う半面、売る側の義務は
「何だかよくワカンナイもの」
を提供するだけです。

いつ提供が終わったか、どんな内容の役務が提供されたか、ということが曖昧で検証不能であれば、売り手側は、いくらでも手を抜けますし、サボれますし、いい加減なことが可能です。

こういう言い方をすると、
「そんな不真面目な人間ばかりではない」
というレスポンスが返ってきそうですが、契約の世界では、
「明確に指示されていなければ、いくらでも手を抜ける」
「禁止されてなければ、何をやっても自由」
というのが基本ルールであり、期待し、依存すべきは、相手の善意や誠実さではなく、言語による具体化・特定化であり、文書による明確化です。

約束が明確に決まっていないと、買う側は
「妄想を叶えてくれるべくありとあらゆることをしてくれる」
と考えますし、売る側からすると
「あまり過大なことを求められても困る」
と考えます。

両者の思惑が180度違った方を向いていて、齟齬を解決修正する契約文言が存在しない、あるいは緩いわけですから、紛争になるのは当然です。

そして、これらリスクは、
「買い手は注意せよ(Caveat emptor.英語では、 Let the buyer beware.)」
というローマ法以来のドクトリンに基づき、すべて、買い手、すなわち、カネを払った側が一方的に負担することになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00233_企業法務ケーススタディ(No.0189):破産のお作法

相談者プロフィール:
株式会社ダーク・サイレント 代表取締役 佐村 剛史(さむら ごうし、50歳)

相談内容: 
ご承知のとおり、クラッシックに転向してから、無茶苦茶曲が売れたこともあって、私が作曲した音楽を専門に扱うレコードレーベル会社を7年前に立ち上げました。
しかしながら、
「私の曲」
として発表したものの中で、
「俺も創作に関与したのにクレジットがない」
「俺もアイデアを出した」
「俺も、お前が小さい時に面倒みた。誰のおかげで大きくなった。俺にも権利がある」
などと、あちこちから訳の分からない因縁をつけられ、妙なスキャンダルになってしまい、以降、曲が全然売れなくなってしまいました。
社運をかけた10周年記念全曲集のプレスが終わったばかりであったこともあり、イベントやコンサートはキャンセル、CDは返品の山、あちこちから賠償金やら違約金の請求が噴出し、弊社の負債が一気に10億円にまで増え、資金繰りにも困るようになってしまいました。
もう弊社はつぶしてしまおうかと腹をくくりました。
私自身、弊社債務の連帯保証人になっていますから、弊社を潰すなら私も破産しかありません。
でも、正直こわいんです。
戸籍が汚れるんじゃないか、額に
「破産者」
って焼きゴテ押されるんじゃないか、スーパーでモノが買えなくなるんじゃないか、って。
音楽とか音楽ビジネス自体は大好きです。
でも、二度と音楽ビジネスの経営者になれないんでしょ。
そう考えるとつらくて、悲しくて。
ところで、さっきから、破産ってぶっちゃけ、どんなもんなんですか?
人生いろいろ経験しましたが、破産だけはやったことがありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社が破綻した場合の選択肢
会社が破綻、すなわち債務超過(大赤字)になったり、資金繰りが悪化した(財産はあってもカネが回らない)場合、まず、そのままお陀仏となって葬式を上げるのか(清算型)、それとも病巣(負債)を切除してもう一度やり直すのか(再建型)、という選択肢があります。
そして、上記の方針を、どのような手続きを通じて実現するのか、すなわち、裁判外での手続き(任意整理)でやるのか、裁判所を通じた手続き(法的整理)でやるのか、という選択肢があります。
今回のケースは、負債額が10億円と大きく、債務返済を行いながら会社を再建することは現実的に難しいといえますし、交渉による取引先の債務免除も期待できません。
何より、手続全般に透明性・公平性も求められますので、裁判所を通じて行う清算型手続き、すなわち
「破産」
が最も適した方法といえます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産手続きの中身
裁判所に破産を申し立てる際、2種類のギャラ(弁護士費用)が必要になります。
申立を代理してくれる弁護士に対する費用と、裁判所に納める費用である予納金と呼ばれるものです。
この予納金は、
「管財人」
という裁判所が選ぶ別の弁護士のギャラになります。
管財人というのは、文字通り、破産者の財産を管理する人間です。
子どもならともかく、認知が正常に機能しているいい大人は、自分の財産くらい自分で自由に管理していいはずですが、破産手続きを申し立てると、破産者の財産の管理処分権が剥奪され、管財人にすべて握られてしまいます。
管財人といっても、在野の弁護士ですから、最初にギャランティもらわないと動けない、というわけです。
破産管財人は、債権債務を調査し、財産をすべて現金化してしまい、遺産の形見分けのように、カネを債権者に債権額に応じて配り終えて、仕事終了です。
破産者が財産隠しをしたりせず、
「良い子」
で手続きに協力していると、最後に、ご褒美として、借金をチャラにしてくれ(免責といいます)ます。
これで、晴れて、経済的に復活するわけです。

モデル助言: 
まあ、破産といっても、それほど気に病む必要はないですよ。
資本主義社会に破産はつきものですし、想像されるほどの陰惨さはありません。
裁判官は別に怒りもせずニコニコしていますし、債権者集会も最初こそはワーワー騒ぎますが、2、3回目からは閑古鳥が鳴いています。
焼きゴテ、刑務所、モノが買えない、なんていつの時代の話ですか。
迷信もいいとこです。
佐村さんの戸籍に
「倒産」
と記載されるようなこともありません。
本籍地の市区町村役場が管理している
「破産者名簿」
というものがあり、これには破産した事実が記載されますが、一般に公開されることはなく、戸籍や住民票とは全く別のものです。
佐村さんのご心配されているようなことは発生しません。
少し前まで、破産者になると取締役になれないという扱い(旧商法254条の2第2号)がありましたが、平成18年5月施行の現行会社法でこの制約もなくなり、破産しようがしまいが、佐村さん会社の役員になることに支障はありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00232_企業法務ケーススタディ(No.0188):海外から訴状がやってきた!!

相談者プロフィール:
株式会社HARUKA 代表取締役 遥 綾(はるか あや、28歳)

相談内容: 
先生こんにちは。 
私、目元を可愛くしたい女子のためにですね、目元関係全般の化粧品を販売する会社の社長をやっています。
それで、最近、うちの会社の化粧品開発部がですね、1年塗り続けると目元のシワが全部とれちゃうクリームを開発したんです。
すぐに
「目元シワとりクリーム、ヒアルロンちゃん」
として商品化して、売り出したら、バカみたいに売れて、テレビでも取り上げられたので、期間限定でアメリカなどの海外にもそのクリームを輸出して販売しました。
でも、海外への輸出はいろいろと面倒なので、最近は、日本国内での販売に限定しています。
ただ、最近、コンプライアンスとかいって、法律に違反すると会社のイメージがすごく下がっちゃいますよね。
なので、効果とか効能とかそういった危険な売り文句を全部削除して、取りあえず、薬事法とか日本の法令には違反しないことはちゃんと確認させました。
でも、それじゃ甘かったみたいなんです。
この間、アメリカから英語の文書が届いちゃって、どうやら昔クリームをアメリカで輸出していた頃のお客さんが
「このクリーム塗っていたら、よけいにシワが増えた」
とかいうことで、ウチの会社を訴えている訴状のようなんです。
アメリカって莫大な賠償金とか取られたりするんですよね。
私、アメリカ行かなきゃいけないんですか? それと、賠償金とかも払う準備しておいた方がいいんしょうか? 先生、怖い~~~~っ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:外国裁判所の確定判決の効力
民事訴訟法118条は、同条に規定する1号ないし4号の要件を満たす場合にのみ、外国裁判所の確定判決が効力を有すると規定しています。
そして、同条2号前段は、外国裁判所の確定判決が効力を有するための要件として、
「敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く)を受けたこと」
を規定しています。
したがって、外国裁判所の確定判決は、そのまま日本でも有効となるというわけではなく、同条1号ないし4号に規定された要件を満たした場合にのみ、日本で有効となり、執行される可能性が出てくるのです。
では、
「訴訟の開始に必要な呼出し」(同条2号前段)
とは、どういったものをいうのでしょうか。
日本国内で外国の訴状を受け取る場合として想定されるのは、
1 外国の原告やその代理人から直接訴状が郵送もしくは持参されて届く場合
もしくは
2 日本の裁判所を通じて訴状が届く場合
です。
このうち、
「訴訟の開始に必要な呼出し」
があったと認められるのは、2の場合のみです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:最高裁判所の判断
香港で行われた訴訟の原告から私的に依頼された弁護士が、日本に在住する被告に訴訟書類を直接交付したケースにおいて、最高裁判決(平成10年4月28日)は、
「香港在住の当事者から私的に依頼を受けた者がわが国でした直接交付の方法による送達は、民事訴訟法118条2号所定の要件を満たさない」
と判断しました。
すなわち、最高裁判所は、
1 外国の原告やその代理人から直接訴状が郵送もしくは持参されて届いた場合
には、
「訴訟の開始に必要な呼出し」
があったとは認めないわけです。

モデル助言:
確かに、本件のように海外から訴状を送りつけられたら、パニックに陥るのも無理からぬところです。
しかし、ここは、まず落ち着きましょう。
一方で民事訴訟法118条2号後段は、外国裁判所の確定判決が効力を有するための要件として、別途
「応訴したこと」
を規定しています。
応訴とは、事件の内容について弁論をし、又は弁論期日等において申述をすることをいいます。
つまり、わざわざ外国の裁判所に行って期日に出席したり、外国の裁判所に答弁書を提出してしまったりすると、
「応訴」(同号)
したことになり、外国裁判所の確定判決が効力を有するための要件の1つを満たしてしまいます。
その結果、海外の裁判所で受けた敗訴判決が日本で有効となり(同法118条)、執行されてしまう危険が高まってしまうのです。
ですから、本件の場合、そんな訴状は、無視が一番です。
くれぐれも外国の裁判所にまで行ったりはしないでください。
また、本件において、たとえアメリカで、御社が敗訴判決を受けても、当該敗訴判決は日本で効力を持ちません。
ですから、日本で御社の財産が差し押さえられるということもありません。
もちろん、御社がアメリカにおいて執行されるような財産を有していたら、アメリカで受けた敗訴判決により財産を差し押さえられる可能性はあります。
しかし、御社は、現在目元シワとりクリームも日本国内限定での販売ということでしたので、アメリカにおいて執行されるような財産はお持ちではないと思います。
その意味でも、本件の訴状は、無視して結構です。
ま、事前に相談してもらってよかったです。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00231_企業法務ケーススタディ(No.0187):特商法規制なければやりたい放題!?

相談者プロフィール:
株式会社ゲット・フライング 代表取締役 大鳥 優子(おおとり ゆうこ、25歳)

相談内容: 
先生こんにちは。
今日ご相談に来たのはですね、新規設立する会社のことなんです。
ご存知かもしれませんが、私は昨年末にこれまで務めていた秋葉原電気という、電話やインターネットの回線業者をやめて、独立することにしたんです。
ま、今はやりの卒業ってやつですよね。
独立後は、プロバイダ業務を中心にやっていこうと思ってます。
電気通信事業者として登録もしました。
それでまだ独立後間もなくてそんなに人件費もさけないし、電話で勧誘して、あとは必要書類を送って、記入してもらったものを返信してもらうだけで手続き完了! 便利でいいでしょ? あとは、やっぱり目立たないと業界内のセンター・ポジションは取れないので、
「どこよりも安い!」
って謳うつもりです。
確かに、業界一安くするつもりなんですけど、それじゃ商売あがったりなんで、2年間契約してもらうことを条件にして、あとは24時間相談サポートとか高速保障とか付けて、うちに払ってもらうお金は多めに頂いちゃおうかな~、なんてプランで。
もちろん実際、ちゃんと工事もしますし、基本料金は業界一安くします。
電話で勧誘して書類郵送のみの手続きなんてほかの業者さんもやってることだし、別にこういうやり方でも問題無いですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特定商取引法の「電話勧誘販売」の検討
大鳥さんのように、商品を販売したり何かしらのサービスを提供することを目的として、電話で消費者を勧誘して、その後の手続きはすべて郵便で済ませてしまう取引を
「電話勧誘販売」
といいます。
電話勧誘販売は、買主が直接お店に行って何かを選ぶのと異なり、不意に電話で勧誘を受けることから簡単に購入を決定してしまったり、周囲に人がいないことから強引に商品の販売等を迫る業者等がいたりすることから、消費者を保護するために、特定商取引法という法律によって、事業者には一定の義務が課されています。
例えば、事業者は勧誘に先立って勧誘の電話であること等を告げなければなりませんし、契約等を締結しない意思を表示した者に対する勧誘の継続や再勧誘を禁止したり、契約内容を反映した書面の交付を義務づけたりしています。
そして最も大きな規制は、クーリングオフの規定を設けなければなりません。
つまり、電話勧誘販売を行う事業者は、消費者から契約から8日以内に契約の解除を申し込まれた場合、無条件でこれに応じなければならないのです。
ところで、大鳥さんの行うプロバイダ業務は
「通信事業」
に該当しますが、通信事業については、特定商取引法は適用外となっています。
これは、通信事業を行うための電気通信事業者としての登録プロセスが要求されることと関係しています。
すなわち、大鳥さんは、商売を始めるにあたって
「電気通信事業者として登録した」
といっているとおり、国が事業者をいったんチェックしていることから、
「(国からお墨付きを受けた)通信事業なら、無茶苦茶する奴はおらんやろう」
と思われることから、
「重ねて特定商取引法の適用までは不要」
と考えられているようです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:特定商取引法の適用を受けなければやりたい放題か?
では、通信事業者は、特定商取引法の適用を受けない以上、面倒な書面交付は不要、クーリングオフも適用なし、さらには再勧誘もOK、など
「何でもアリ」
ということになるのでしょうか?
答えはNO。
特定商取引法の適用対象は特定の商品・役務に限定されておりますが、この適用を受けない場合であっても、B2Cビジネスを広く一般に規制する消費者契約法が適用されます。
したがって、説明に嘘があったり、契約の重要事項について説明がなかったために消費者が勘違いして契約を締結してしまった場合には、消費者契約法に基づき取り消される場合があります。

モデル助言: 
確かに、大鳥さんがプロバイダ事業において、どんなヤンチャな営業活動もやりたい放題、と考えられるのも無理からぬところですが、消費者契約法は適用されますので、全く自由というわけではありません。
あまりにひどい場合、適格消費者団体が騒ぎ出し、差止請求がされることもあります。
実際、現時点では高裁段階まで勝訴しているものの、
「携帯の2年縛りはおかしい」
という理由で、携帯電話キャリアに対して、適格消費者団体が消費者契約法に基づく差止請求訴訟を提起した、という例もあります。
いまだ施行はされていないものの、昨年末には、消費者裁判手続特例法も成立しましたし、サービス提供事業者等が集まって作った
「電気通信サービス向上推進協議会」
という団体によって、再勧誘の禁止や説明事項を期した書面を原則交付することなどの自主基準が設けられました。
自主基準なので、
「違反しても問題なし」
といえばそれまでですが、裁判では相当不利に扱われることもありますから、よく注意してくださいね。
ま、価格と品質に競争力と魅力があれば、あまり無茶なことをしなくてもいいわけですから、そういうところで勝負されたらいかがですかねえ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00230_企業法務ケーススタディ(No.0186):ヘマをした従業員に、損害賠償請求だ!?

相談者プロフィール:
トリプル・ジェイ・ロジスティックス株式会社 法務部 海女野 玲奈(あまの れな、30歳)

相談内容:
弊社は、貨物運送業を営んでおりまして、業務用車両を50台ほど所有しております。
実は、弊社の従業員の足立が、アームを伏せないままクレーン車で大型のユニットハウス(取引先のモノ)を運搬中、歩道橋にアームを衝突させちゃって。
なぜアームを伏せなかったのと聞くと、ユニットハウスが荷台からはみ出ていて、その状態では道路に出られなかったというんです。
で、アームを伏せないままドッカンと。
そのせいで、弊社は、破損したユニットハウスの修理費アームの修理費などで、計170万円も支出せざるを得なくなったんです。
弊社は零細企業で、赤字経営が続いている状況なので、車両保険等には加入してません。
足立は数年前に業務中に追突事故を起こしたことがあります。
でも、今回は
「取引先でユニットハウスを積んで1時間で目的地まで運んでくれ」
というかなり厳しい条件で、人も足りなかったので、急遽足立に頼まざるを得ず、足立1人で積ませました。
今回の件で、足立が
「私のミスです。損害は給与から天引きしてもらって異存ありません。ただ、月3万で勘弁してください」
といったので、弊社は、足立の給料から毎月3万円を差っ引いてます。
しかし、最近足立が
「やっぱり生活が苦しいので、天引きを止めてくれ」
と言い出しました。
どうしましょうかねえ。  

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:民法の建前
民法715条1項では、
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」
と規定しています。
これは、使用者は、被用者を使用して自己の活動範囲を拡大し利益を得ているのだから、事業の執行について被用者の行為により被害者に損害が生じた場合には、使用者にも賠償責任を負わせるのが公平である、との考え方(報償責任)によるものです。
この趣旨からすると、企業が従業員のヘマで迷惑をかけた相手方に賠償するのは、
「本来、従業員が自分で負担すべき賠償責任を、企業が代わりに、負担してやる」
というタイプの責任の取り方(代位責任)ということになります。
実際、民法715条3項では
「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない」
と規定していますので、本設例で、会社が、ヘマをして損害を発生させた足立に賠償請求するのは何ら問題なさそうです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:従業員の責任制限の判例法理
ところが、最高裁判決(昭和51年7月8日判決)では、
「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合、使用者は、諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」
と判断して民法715条3項の明文の取扱を変えてしまいました。
最高裁が
「いかに代位責任とはいえ、企業から従業員への求償請求は無制限にはさせんぞ」
と釘を指す法理を構築したのは、報償責任の原理や危険責任の原理(会社はその指揮命令の下で働かせている以上、そこで生じる危険発生については使用者にも責任がある考え方)が背景にあるようです。

モデル助言: 
まあ、全額賠償させるのは難しいでしょうね。
今回の事故ですが、御社が足立に対して時間的に厳しい条件で急遽依頼したという経緯からすれば、ユニットハウスを積んだクレーン車を構内から円滑に出す必要があったのでしょうね。
足立がアームを伏せなかったこと自体はやむを得ない措置で、足立のみに重大な不注意があったと責めるのは酷でしょうね。
また、御社は、足立の事故歴を知っていたにもかかわらず、車両保険等加入を見直していなかったばかりか、そんな
「不注意で、事故歴のある足立」
に、補助を付けずに任せっぱなし、というのも問題ですね。
まあ、給与からの天引きで弁償させるといっても、総損害額の2、3割が限度じゃないでしょうかねえ。
それに、給与全額払原則(労働基準法24条)があるので、天引自体に問題がありますね。
御社は運送業者であり、事故等により損害が生じる高度の危険性のある業務を行って利益を得ていますし、赤字の零細企業といっても50台もの業務用車両を所有しそれなりの商売をやっているわけですから、従業員の指導監督や車両整備、それに車両保険等による賠償リスクの転嫁等をまずはきっちりやるべきですね。
とはいえ、取りあえずは、合意内容を文書にすることを前提にして、割賦額を1万円とか2万円とかに見直して、足立から正式に文句をいってくるまでは、支払わせ続けましょうかねえ。
この種のミスは、いつまでも忘れずに引きずってもらって、常に注意するように丁寧に仕事をしてもらうべきですから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00229_企業法務ケーススタディ(No.0185):その接待、贈賄なり!?

相談者プロフィール:
徳虎証券会社 営業部長 狄瀬 尚樹(いせ なおき、55歳)

相談内容:
先生、今日は、部下がなんだかげんなりする話をしてくるものですから、相談に来たんです。
いやね、NISAのお陰でちょっとは個人投資が増えたっていっても、やっぱり個人は個人ですから、そんなに大口の取引はなかなかないんですよね。
そこで、うちが、目を付けたのが民間会社の厚生年金基金なんです。
企業年金基金が管理している年金の額は半端じゃなく高額ですから。
それで、実際、先月オリンピック商事の厚生年金基金が、わが社の10億円の金融商品を購入してくれて、その上、さらに金融商品を購入してくれるかもしれないという話も出ていたので、うちとしても、
「オリンピック商事の厚生年金基金の運用の意思決定にかかわる常任理事を全身全霊、痛風になる覚悟で接待しよう!」
と盛り上がってたんです。
また、オリンピック商事の厚生年金基金でうまくいったので、ほかにも目を付けていた2社の厚生年金基金の常任理事を猛接待して、高額の金融商品を購入してもらおうと思ってました。
しかし、ある日、私の直属の部下が、厚生年金基金への接待は、贈賄にあたるそうだといってきたんです。
民間会社に対する接待がどうして贈賄にあたるっていうんですか。
ですから、鐵丸先生から、贈賄になぞあたるか! というお墨付きをもらって、その部下を叱り飛ばそうと思って、今日は相談に来たわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:刑法における贈賄罪
刑法198条は、
「賄賂を供与し、またはその申込みもしくはその約束をした者は、3年以下の懲役または250万円以下の罰金に処する」
と規定し、公務員に公権力の行使に関して何らかの便宜を図ってもらうために金品などを提供したりする行為を
「贈賄罪」
として禁止しています。
このような規定が置かれているのは、公務員がその職務に関して金品などの提供を受けるなどすると、公務員の職務の公正やこれに対する社会一般の信頼が害されるからです。
前期贈賄罪(刑法198条)における
「公務員」
について、刑法は、
「この法律において公務員とは、国または地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう」
と定義しています。
この定義によれば、オリンピック商事という明らかに民間企業の厚生年金基金の常任理事は、
「公務員」
に当たらないようにも見えます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:厚生年金保険法とは
ところが、厚生年金保険法121条には、
「基金の役員及び基金に使用され、その事務に従事する者は、刑法(明治40年法律第45号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす」
と規定されており、この規定により、オリンピック商事の厚生年金基金の常任理事は、厚生年金保険法121条により、
「公務員」(刑法198条)
にあたります。
「厚生年金基金」
とは、厚生年金保険法に基づき、厚生労働大臣の許可を得て設立される企業年金を指しますが、
「厚生年金基金」
は純粋な私企業の年金というわけではなく、基礎年金(1階部分)、厚生年金(2階部分)、企業年金(3階部分)のうち公的年金である厚生年金(2階部分)と企業年金(3階部分)を合わせたもので(企業年金連合会HP参照)公的性質を帯びています。
たしかに、見た目や風体は
「純然たるサラリーマンのおじさん」
であっても、厚生年金基金の職員や役員は、
「公的年金の管理・運用」
という公的な職務を行っているんです。
そのため、厚生年金基金の職務の公正への信頼を保護する観点から、厚生年金基金の職員や役員は、刑法上
「公務員」
とされるのです。
ですから、民間企業の厚生年金基金の常任理事に対して、年金の運用の職務に関して接待をすると、贈賄罪の罪に問われる可能性が出てきます。

モデル助言:
民間企業の役員や職員に対してであっても、過剰な接待をすると贈賄行為になることがあるので注意してください。
実際、三井物産連合厚生年金基金の元常任理事に対して、たかだか90万円の接待をしたドイツ証券の元社員が、いきなり贈賄罪の容疑で逮捕されています。
また、贈賄罪が成立しなかったとしても、
「“痛風を患うくらい”の過剰な接待」
となると、
「特別な利益の提供」(金融商品取引業等に関する内閣府令1項3号、金融商品取引法38条7号)
として禁止されている行為に別途該当する可能性もあります。
先ほどのドイツ証券ですが、基金の運用先の選定で便宜を受ける目的で、平成22~24年、東京都内の厚年基金役員ら3基金の運用担当幹部に対し、1基金あたり約90万円ないし約300万円の接待を行っていた疑いで、金融庁から業務改善命令(金融商品取引法51条)という行政処分を受け、メディアでも大きく報道されました。
まあ、今どき、接待攻勢で営業取ってくるなんて流行りませんから、金融商品の品質とか提案能力で勝負されたらどうですか。
それに、会社のために痛風患っても、後が大変ですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00228_企業法務ケーススタディ(No.0184):有事の際の会見の極意

相談者プロフィール:
株式会社J・J・J(ジェイ・ジェイ・ジェイ) 代表取締役 九藤 官宮鳥(くどう かんくろう、43歳)

相談内容: 
先生、やっちまったよ。
とうとう食中毒を出してしまってね。
ナマモノを扱う回転寿司屋をやってる以上、いつかはこういう事態になると思ってたんだけど。
チェーン展開とかやり始めると、目が届く範囲にも限界があるし、ここらへんは仕方ないのかな。
いやいや、食中毒自体は大したことなくて、客のおばちゃん連中が多少腹をこわした程度。
もう全快してるし、大問題に発展するようなことではなかったんだけれど、複数人に生じちゃったから、メディア的には
「集団食中毒」
なんて呼ばれ出しててさ。
行政からは、食品衛生法に基づいて多少の営業停止とかくらうかもしんないけど、争いようがないし、ここを先生に相談しようとかいう話じゃないんだ。
とにもかくにも、被害者のおばちゃん連中がうるさくてね、返金はもちろんもうしてるんだよ?
なのに、
「体は全快したけど、心が痛い! もう怖くって回転寿司屋に行けない体になってしまったんだから、回転しない寿司屋に一生行ける分の金を慰謝料として支払って!」
なんて無茶なことをいわれてるくらいか。
でも、こういう事案は要するに
「平謝り」
しかないんでしょう? そういう文章作りとかに長けてるらしいコンサルタントをスポットで雇ったから、粛々と対応していくしかないかと考えてる。
先生にはずいぶんとお世話になってるからさ、問題が起きた以上は報告に来ないと、と思って、来たわけだけど、これでいいよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:法的責任とは
このような事態が生じた場合、経営者はどのように申し開きをするべきでしょうか。
経営者が考えなければならないのは、消費者の信頼を失わないことと、必要以上に法的責任を負担しないことです。
多くの事故は
「過失」
によって生じます。
法律は、一定の例外を除いて、
「過失」
によって生じた事故についての責任は負担すべきとしていますが、何の過失もないのに、被害が出た以上はすべて責任を負え、などという無過失責任は許していません(過失責任主義)。
そこで
「過失」
とは何か、が問題となるのですが、一般的には、注意義務に違反したことなどと定義されています。
要するに
「被害が予測されるような状況では、それを防止するべき具体的な義務があったはずなのに、それを漫然と懈怠した」
ということを指します。
この
「注意義務」
は、ビジネスの業態や、その時々の管理体制、担当者の能力等の様々な要因によって判断されますが、経営者が
「われわれの責任でした!」
と何の留保もなく言明してしまった場合には、
「経営陣は、危険な状況を理解していたのに何もしなかったから、責任がある、といっているのだな」
と間違いなく思われてしまいます。
要するに、
「過失があった」
と自白しているのと同じなのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:採るべき対応
このように過失を自白する対応は、法的責任(=民事法上の損害賠償責任や、会社法上の任務懈怠責任等)に直結するため、最も採ってはならない対応といえるでしょう。
もちろん、
「ウチにはなんの責任もない! 直前に食べた何かがよくなかったに違いない!」
みたいな客観的事実に相違する責任転嫁は、消費者の信頼を喪失することとなりますので、このような対応も採り得ません。
したがって、法的責任を基礎づける
「過失」
の自白にはならないように、でも、消費者に対する説明も一定程度は行っているかに見えるような、玉虫色の表現で釈明せざるを得ないのです。  
もちろん、玉虫色とはいっても、法的責任に程遠いつっけんどんな表現から、一定程度は責任を認めて消費者に受け入れられやすい表現までいろいろありますので、その中から、法律家のアドバイスを受けながら適切な表現を選択すべき、ということになります。

モデル助言:
いきなり平謝りでは、おばちゃん連中の一生分の寿司代を負担しかねませんよ。
国会答弁や東京電力の回答内容を真似するんですよ。
ミサイルを
「飛翔体(ひしょうたい)」
って言ってみたり、原発事故が起こっても
「直ちには健康被害がない」
といって涼しい顔をしたり、
「虚偽表示」

「誤表示」
と言い換えたり、
「責任」
という言葉には常に
「社会的」
とか
「道義的」
とかいった形容詞をつけるなど、法的責任をいかにして回避するのか、
「巧言令色鮮し仁(じん)」
の標本みたいな表現を真似るんです。
だいたいこういうのは、東大法学部を出て
「言質を取られないようにするための弁解術」
という非建設的な作業に従事する
「プロ」
の連中が、優秀な頭脳をフル回転して作り上げた芸術的
「詭弁」
なんです。
食中毒ということですから、管理体制に問題があった可能性は否定できません。
ただ、どこに具体的な問題があったのかについて、現場の聞き取りも含めた詳細な事実関係の把握が必要です。
問題を特定した後に、当該問題部分に限ってのみ
「平謝り」
するのが王道です。
不誠実に見えないように調査のための時間を稼ぐことが、今やるべきことといえるでしょう。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00227_企業法務ケーススタディ(No.0182):破産? 解除だ解除!

相談者プロフィール:
株式会社鶴龍ビル 代表取締役 鶴見 さんご(つるみ さんご、48歳)

相談内容: 
先生、今日はウチのテナントから破産開始決定通知なんてものが来てね、もちろん当社としては金を払えないテナントさんに貸し続ける理由はないんで、さっさと解除するつもりです。
破産なんていう決定的な事情があるので、解除通知を出すことになんの問題もないとは思うんですが、一応先生の確認を得ようと思いまして。
前に数十円の不払いで解除通知出したら随分争われて、訴訟でも負けたことがあったけど、そういう問題ではないと思うんだよね。
あのときセカンドオピニオンをいただいた先生からは、
「賃貸借ってどういう契約だか、わかってます? 信頼関係を基礎にした継続的契約なんですよ。数十円の不払いが1回あった程度で解除できるわけないじゃないですか!」
って一刀両断にされるし、その通り訴訟には負けるしで随分な黒歴史ですよ。
ただ、今回は、俺もコンプライアンスとか考えるようになったからね、破産とか財産状況が極めて悪くなった店子に関しては、催告もなく解除できますよって明確に契約書に書いてるし、ハンコもいただいてるってわけ。
払いが悪いテナントじゃなかったんですけどね、この2ヶ月賃料も滞りだしたし。
契約の条文にのっとって淡々と解除手続きをさせてもらうつもりです。
そうそう、破産管財人? が手続が終わる半年くらいの間、賃貸借を続けてくれないか、みたいな適当なことを申し入れてきましたが、ガン無視でいいっすよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:破産法の世界
会社が経営破綻や重度の経営不振に陥った際に利用される手続きには、破産手続きだけではなく、会社更生手続きや民事再生手続きなどの裁判所における法的手続きのほか、広い意味での倒産処理手続きとして私的整理や倒産ADRなどの手法もあります。
このうち、破産手続きは、
「破綻会社の息の根を止めて、わずかに残った財産を清算し、債権者みんなで山分けする」
もの(清算型)ですが、既に破綻に陥っており、債権者全員に全額弁済するなどということは期待できず、弁済率は極めて低いのが通常です。
ですので、このような破産手続きで最も重視されるべきは、
「残余財産を公平に分配すること」
になりますから、間に裁判所が入り、第三者である破産管財人に破綻会社の清算業務の一切を任せるとともに、公平な分配等処理がなされているかどうかについて都度チェックを行う、という仕組みが採用されています。
破産管財人は、通常、経験ある弁護士が就任しますが、その権能は個人会社の一人代表のように強大なものであり、また、会社法も民法も適用が排除され、破産法が幅を利かせるという、通常の取引法とは大きく異なる一種の治外法権となっています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産法と賃貸借
賃借人が破産に至った場合、賃貸人は、賃料の支払いが見込めないことから解約を申し込めるでしょうか。
この点、旧民法には、賃借人の破産に基づき解約申入れが可能と読める条文がありましたが、破産法の改正に伴い廃止され、現在では、賃貸借契約については、破産管財人のみしか解除できないといった立て付けとなっています(破産法53条1項)。
ここで、賃貸借契約においては、
「賃貸人は、賃借人が破産したときには賃貸借契約を解除できる」
といった、賃借人が破産したことを解除事由とする内容の特約が定められていることが通常ですので、これと前記破産法の定めとの関係が問題となります。
最高裁昭和43年11月21日判決は、
「建物の賃借人が・・・破産宣告の申立を受けたときは、賃貸人は直ちに賃貸借契約を解除することができる旨の特約は、賃貸人の解約を制限する借家法1条の2(註:現在の借地借家法28条)の規定の趣旨に反し、賃借人に不利なものであるから・・・無効である」
と判断しています。

モデル助言: 
管財人が任意に解除に応じてくれればいいのですが、破産を理由に解除を求めることは難しいでしょうね。
ただ、御社としては、破産手続開始決定後の賃料については、管財人が賃貸借契約の係属を希望しているのですから、財団債権(租税債権や給与債権など、一般の債権者より優先的に弁済される債権)として保護されることになり、一応、破産法により保護されています。
しかしながら、既に賃料すら遅滞しだすという状況にある以上、保護されるとはいえ、全額弁済される可能性はわずかでしょう。
そうするとさっさと解除して、新たなテナントを探すということがビジネス上最も合理的だと考えられますね。
ご紹介した最高裁の判例は、破産を理由に賃貸人からは解除できない、といっているだけで、その他の解除事由まで制限されると述べているわけではありません。
すなわち、賃料不払いを理由に信頼関係が破壊されたということを主張することは妨げられませんから、裁判所を使ってさっさと明け渡し請求訴訟を提起することが得策でしょう。
2ヶ月の不払いですと認容されるかどうか微妙なラインですが、訴訟係属中に不払いは積み重なるでしょうし、動いてみましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00226_企業法務ケーススタディ(No.0181):“誤表示”で押し通せ!

相談者プロフィール:
株式会社京阪神急行ホテルズ 代表取締役 小数 一豊(こかず かずとよ、40歳)

相談内容: 
先生、先生!
出向して社長やらされているホテル事業でエライことになりました。
最近、エビはエラい高いし、で、代替品は高品質やし、大阪人は安いものがエエ、ちゅうことから、三方良しってなもんで、いろいろと代替品使わせてもろてたんや。
ゆうても超高級ホテルやからな、代替品つこてるなんてことは表に出されへん。
回転寿司屋とは違うさかいな! 回転寿司屋やって、みんな代替品つこうてることはみんな承知のうえで、でも、安いから来よる。
正味な話、みんなお互いさまやで。
な? そやろ!? 信じられんのは今や自分の舌だけやっちゅう話や。
そこらへんはええとしてもや、とうとうバレてしもてん。
まあ、ゆうても、こっちも夢を売る商売や。
安物つこてる、ちゅうことゆうたら、白けよる。
それで、
「夢のある表示」
をしたわけや。
まあ、50品目くらいかなぁ。
みんな何となくわかってたんやと思うんやけどなぁ。
客商売やさかい、ここは親会社とも相談して、どーんと返金して、有無をいわさず納得させたろとおもてる。
とはいっても行政は怖いからな、お客さんにはニンマリしてもろて、行政に対しては、
「何いいてはるんですか! ちょっとした思い違いですやん。偽装とかいいたない。『夢表示』というのもナメとる、てなことになる。ほんでね。『誤表記』いおう」
ちゅうことになったんですわ。
この対処法でよろしいよな? 先生、危機管理も得意やと聞いて馳せ参じましたんや。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:景品表示法とは
企業のコンシューマーセールス(消費者向営業、BtoCビジネス)を規制するものとして、消費者を誤認させるような不当な商品表示や射幸心を煽るような過大な景品類の提供に対しては、これらを禁止する目的で定められた景表法(不当景品類及び不当表示防止法)の規制が及んでいます。
顧客誘引にそれほど力を入れなくても十分なブランド力があるような企業等は、これまで景表法など意識すらしなかったと思われます。
しかし、最近では、個人消費が冷え込み、また業界再編の波を受けて企業間競争も活発になり、積極的に顧客誘引を行おうとした結果、大企業でも景表法に抵触してしまう、という事例が出てきています。
そうすると、BtoCビジネスを展開する企業においては、十分なブランド力がある企業においても、コスト削減の波に押されて偽装表示等問題になる事例も増えておりますので、業種・業容を問わず、景表法は適正に把握しておかなければならない、ということができます。
景表法違反の措置としては、各顧客からの民事上の責任が問われ得る他、排除措置命令(同法6条)が用意されております。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:不当表示について
景品表示法第4条第1項第1号は、事業者が、商品やサービスに関して、その品質・規格その他の内容について、一般消費者に対し、
1 実際のものよりも著しく優良であると示すもの
2 事実に相違して競争関係にある事業者に係るものよりも著しく優良であると示すもの
など、不当な顧客誘引効果があったり、一般消費者の選択を誤らせるような表示を禁止しています。
この規制は、わざと(故意に)偽って表示する場合だけでなく、誤って表示してしまった場合であっても、優良誤認と外形的に認められる場合には、同報の規制を受けることになります。
本件においては、
「代替品」
などとして、表記と異なる低価格な素材が用いられていたようですが、これは、一般に
「品質」
について虚偽の表記がなされていたと思われます。
「夢のある表示」
とか
「誤表示」
などという主張をするのは勝手ですが、主観は関係ありませんので、法令違反の事態には変わりありません。

モデル助言: 
この問題は、なにはともあれ
「不当表示を行ってしまった」
という事実から出発して、対策を練らなくてはなりません。
今さら
「夢表示」
は論外として、
「誤表示」
などと主張したからといって、法令違反が解消されるわけではなく、世間の感覚からすると、
「言葉遊びをしやがって、オマエは官僚か! ナメとんのか!」
ととらえられ、インターネット上での炎上を招くだけですよ。
ここは潔く
「不当表示でした!
すみません!」
といった謝罪し、世間が納得する改善策を公表し、平謝りを行う他ありません。
なお、顧客対応ですが、どうせ彼らのほとんどはレシート等によって損害を具体的に立証できるわけでもないでしょうから、実際に利用したことが確認できる顧客との関係においてのみ、少し金額が多めの
「商品券」
で賠償を行う、ということが現実的な対応ではないでしょうか。
そうそう、
「産地偽装」
なんてのはさすがにありませんよね? え? やっちゃっているかもしれない。
だとしたら、大事ですよ。
船場吉兆の事例を覚えてますか? 産地偽装は、法律が変わって、不正競争防止法という厳しい法律の適用となります。
こっちは、関係者の刑事罰まで用意されていますから、故意や過失といった主観的状況も含め、より慎重に対処する必要がありますね。
まずは、しっかりとした状況把握から始めましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00225_企業法務ケーススタディ(No.0180):質権実行で企業を乗っ取れ!

相談者プロフィール:
株式会社ユナイテッド・マーケット 社長 沓川 慎二(くつかわ しんじ、24歳)

相談内容: 
お、先生、元気にやっとるやんかー。
俺も一応元気にやっとるよ。
と、思うやんかー?
実際はそうでもないんやけど。
ちょっとね、大切な取引相手にいやらしい人間が配置されて、冷遇されてるような気もしないでもないけれど、全力尽くすしかないから! 見といてや、しっかり儲けたるから。
俺は点取り屋やからな。
会社の話はそれくらいにしといて、今回はな、友人を助けてやろうかと思っててな、その方法についての相談やねん。
大切な友人やし、そいつに俺が個人的に貸付してやるんやけどな、まぁ親とかの個人保証は勘弁したる代わりに、念のため、あくまで念のためやで、そいつが経営してる会社の株式だけは質に入れてもらおうかなと。
いやいや、質入れくらい、うちの司法書士でも手続き整えられるから大丈夫やわ。
先生に相談したいのは、万が一、返済が滞ったときに、実際どうやって質権なんて実行すんのかってこと。
あいつからの返済が滞るなんてないとは思うんやけど、先生からはいっつも
「最悪の事態を想定するように」
って繰り返しいわれてるし、一応相談に来てん。
で、質権実行して株式取得しても多分たいしたことないよ、でもな、親しき仲にも礼儀ありやろ?
担保に出してもらうんなら実現性がないといかん。
ここんところ確認させてや。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株式担保
株式には経済的な価値がありますので、質入れや譲渡担保の対象となります。
ですので、株式を担保に差し入れることで、金融を得ることができるとされています。
しかしながら、非上場株式においては、株式市場に上場された株式のように評価が客観的に定まっているわけではなく、その株式の価値を算定することは極めて困難ですので、純粋に担保として用いられることはそれほど多いとは思われません。
一方で、M&A等の際には、後に質権を実行して支配権を得ることを想定に入れ、あらかじめ株式に質権を設定しておくなどという手段が用いられることがあります。
これは、株式の
「経済的価値」
というよりも、むしろ支配権につながる
「持分的価値」
に着目して質権設定がなされているということができます。
さて、ここで問題となっている株式の質入れの話について簡単に説明いたしますと、一般に、
「略式質」

「登録質」
の方法があるとされています。
株券発行会社においては、株券自体を担保設定時に引き渡すことで、質権者に株券の占有を現実に移し、簡易に質権設定が可能となります(略式質)。
一方、登録質は、これに加えて株主名簿に質権者である旨の記載を行うことで、会社に対しても質権者であることを明確に対抗可能とする形式を指します。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:流質合意の原則的禁止
さて、質権を含む担保権の実行は原則的に
「法律に定める方法」
によって行わなければなりません。
担保権の実行は、要するに、強制執行を意味していますから、そのような債務者の権利義務に直接影響がある事柄に関しては、裁判所を通じた公平な形での執行がなされなければならない、ということを意味しています。
例えば、抵当権が設定された不動産が競売されるときに、必ず裁判所を通して行われるのはこの趣旨に基づいています。
そこで、質権に関しても、民法349条により、私的に
「質権者に弁済として質物の所有権を取得させ」
ることが禁止されており(流質合意の禁止)、このような裁判所を通じた強制執行手続を経ることが必要とされています。
非上場株式の強制執行について付言しますと、非上場株式の経済的価値を客観的に評価し、それを売却し、当該売却代金をもって債務に充当するという手続きを踏むべきことになりますが、そのいずれも裁判所関与の下で行わなくてはならず、株価の鑑定も含めると、多大な時間と労力と手続費用が必要となります。

モデル助言: 
質権の設定自体は司法書士とご相談されるということですから、それほど問題とは思いませんが、私人間の貸付の担保として株式に質権を設定する、というのは、質権の実行がこれほどまで手間がかかるということからすると、さほど効力があるとは思えませんね。
ただし、商行為によって生じた債権、すなわち、検討されている貸付が、商人が行うような商行為と見ることができる場合には、流質合意を行っても良いとされていますので、株式会社からの貸付にするなど、仕組みを検討し直す必要があります(商法515条参照)。
御社の取引の一環として貸付を行い、しっかりと担保も取得することで取引の合理性も確保しておく、ということにすれば、御社の
「業として」
貸付が行われることになりますから、合法的に流質合意を行うことができますし、その場合、万が一弁済が滞るようなことがあれば、相手方に通知を行うことで質権の実行を容易に行うことができます。
しっかりと事前に相談に来られて良かったですね。
後の無用な法務コストを減少させるというのは、まさに顧問弁護士冥利に尽きます。
今後とも、問題の大きさにかかわらず、ぜひ、事前に相談に来てください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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