00224_企業法務ケーススタディ(No.0179):事業承継税制の旨み

相談者プロフィール:
株式会社道井(ミチイ)銀行 人事部 人事課長 汲川 道博(くみかわ みちひろ、43歳)

相談内容: 
先生、ご無沙汰! うちの実家、田舎では結構な規模の印刷会社やってるじゃない。
このデジタル化全盛の時代でも、田舎だとやっぱり紙媒体の威力ってまだあるみたいで、利益も伸びてるんだ。
でも、そろそろオヤジも引退を考えてて、いわゆる
「事業承継」
ってやつを検討中。
え? 僕が承継するのかって? まぁね、都市銀行で頭取目指して頑張ってたんだけどさ、雲行きが怪しくてね。
「出向するくらいならいっそのことオヤジの後を継いで一旗揚げてやろうかな」
なんて考えたわけさ。
オヤジも跡継ぎが僕の他にはいないってことだし、そろそろ親孝行もしてあげないとね! という建前はおいとくとして、オヤジの会社は結構好き勝手やってあの規模までいっちゃったわけ。
銀行でこれまで融資を担当していた僕の豊富な経験からすればさ、まだまだ伸びる余地があるわけだよ。
僕が事業を承継した後は、合理化をして会社売り払ってリタイヤしよっかなーって。
で、懇意の税務コンサルに聞いたらさ、
「事業承継? 『事業承継税制スキーム』を利用すれば贈与税ゼロで承継可能です。おまかせを」
なんていうじゃん? 節税できるに越したことはないから任せようと思ってるんだけど、先生も新しい知見が必要でしょ? たまにはこっちが教えてあげようと思って来たってわけ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:事業承継とは
事業承継とは、その名のとおり、会社の経営を後継者に引き継ぐことをいいます。
一般に、中小企業等においては、オーナー兼社長の人脈や経営能力が会社経営の基盤となっていることが多く、このような経営基盤を引き継ぐのが誰であるのかといった人的承継の観点が、事業承継を成功させるにあたっての重要な要素となります。
実際、日本の中小企業を見ますと、このような
「人的」
な経営基盤を承継しやすい親族内承継が過半を占めておりますが、その割合は近年急速に減速しており、従業員等やM&Aを利用して親族外に承継させる事例も増加しているといわれています。
経営者としての教育を含めたこのような人的承継について決断したとして、次に問題となるのが、経営権を確保するために株式をどのように移転するのか、という財産承継の方法等です。
株式という多額の資産価値が化体した有価証券が移動するのですから、原則として税金が発生します。したがって、税務の観点を落とすことはできません。
実際、いつどのようにして株式を移動するのかといった承継方法いかによって、課される税金の額は大きく変わりますから入念な準備が必要です。 

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:事業承継税制の要件緩和
今年の税制改正において、
「事業承継税制」
の要件が緩和されました。
ここで、
「事業承継税制」
とは、非公開会社の株式を贈与・相続する場合、普通であれば、株式価値を評価した上で、贈与税・相続税が課されますが、納税を猶予することを内容としています。
施行されたのは平成21年ですが、先代の経営者は役員を退任してからじゃないと株式を贈与できないとか、従業員の8割をそのまま雇用し続け、一時的にも下回ってはならない等の厳格な要件が設定されていた上、経済産業大臣の事前確認まで必要という使い勝手の悪さから、閑古鳥が鳴いているという状況にありました。
今般の改正により、先代経営者は贈与後も役員に留任可能となり、経営基盤を引き続き用いることができますし、また、雇用の維持についても大幅に要件が緩和されました。
加えて、主務大臣の事前確認も不要となりましたから、使い勝手が極めて良くなったといえます。
ただし、緩和されたとはいえ、これら要件は事業承継後も満たし続ける必要がありますので、一度納税が猶予されたとしても、要件不充足のときには納税猶予が取り消され、納税する義務が生じることになります。

モデル助言: 
ご懇意の
「税務コンサルタント」
は、
「事業承継税制」
の要件を十分に理解しているのでしょうか。
リストラして利益率を上げて事業を売却、なんて計画を聞いていますと、
「事業承継税制」
が目指すところとは程遠く、税法上の優遇は受けられない可能性が高いと思いますね。
仮に、いったん受けられたとしても、納税猶予が取り消されると、一挙に想定外の贈与税がかかってくることになります。
彼らは目新しいものを売りつけることに長けていますから、注意してくださいね。
そもそも
「事業承継税制」
は、中小企業の事業承継に際して、税務的な恩恵を与えることで、事業をそのままの形で存続させ、中小企業が担っている雇用や活力を維持していこうという趣旨から設けられています。
税制面で同制度によるメリットを受けながら、メリットを受けた途端、これまでの従業員や事業の存続なんて知らない! なんてことでは、事業承継税制の趣旨に反していることといわざるを得ません。
真っ当に事業承継をして普通に経営しても、得られる利益はそう変わりません。
「節税」
なんて言葉にとらわれることなく、事業承継の在り方について根本から検討しなおしてみましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00223_企業法務ケーススタディ(No.0178):外国人労働者への賠償金はおいくら?

相談者プロフィール:
有限会社中東リアル 代表取締役 徳升 義実(とくます よしみ、38歳)

相談内容: 
先生、いやーちょっと参っちゃったことがあってね。
僕は、小さな町工場で日本に住んでいる中東の方向けのコミュニティー紙とか雑誌とかの印刷・製本とかやってるんです。
それでね、僕の知り合いが一時期パキスタンに住んでて、その時の友人の子でムハンマドっていうんですけど、その子が日本に興味があるっていうから、短期在留資格で日本に来て働かせてたんですよ。
まぁカタコトだけど日本語も話せるし、簡単な会話ならできてたから、ある程度仕事はできてたかなって感じで。
それが先日、めちゃめちゃ忙しい時期にお得意さんがらクレームが入って、従業員も少ないし、ムハンマドに作業やっとけっていって1人でやらせた時間があったんです。
そしたら、ムハンマドがその間に製本機に指はさんでけがしちゃったんですよ。
いやーほんとにかわいそうなことしたって思ったし、悪かったな~とは思ってたんだけど、その後出社しなくなってね。
そうしたら、この前突然
「訴状」
なんてもんが届いて3千万円の請求なんてしてきたんだよね!
いやいや、確かにかわいそうなことしたけど、3千万円て!!
うちだって小さな工場なんですよ・・・。
つぶれちゃいますよ・・・。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:外国人労働者の仕事中の事故
雇用主は、雇用契約上、従業員に対し
「安全に仕事できるように注意する義務」
を負っています。
これに雇用主がこれに反し、うっかり従業員にけがを負わせてしまった場合には、雇用契約法上の債務不履行責任及び不法行為責任が発生します。
当該責任によって、雇用主は従業員に損害賠償を支払わなくてはなりません。
雇用主・従業員ともに日本人である場合、雇用主が従業員に対し、損害賠償責任を負う義務があるかどうかを判断するために使われる法律は、当然日本法となります。
しかし、本件のように従業員がパキスタン人等の外国人であり、雇用主が日本人である場合には、当然に日本法が使われるというわけではないのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:何法が適用されるの?
このように、日本人と外国人がかかわる民事裁判においては、その裁判において何法が使われるべきなのか決めるための法律があります。
それが
「法の適用に関する通則法」(以下「通則法」といいます)
です。
この法律は、雇用契約上どの国の法律が使われるべきかと事故の損害賠償等不法行為においてはどの国の法律が使われるべきか、といったことから、国際結婚や国境をまたぐ相続の際に使用すべき法律を、当事者の国籍や行為の行われた地等から適切に使用されるように規定されています。
まず、本件における雇用契約のように、当事者間の合意で契約内容が決められる契約については、通則法7条によって
「当事者が選択した法律による」
とされていますので、雇用契約の際に
「日本法による」
と書いてあれば当然日本法となります。
当事者間で予め適用する法律など選択していないよ! という場合でも、通則法8条によって、契約当時にもっとも密接な関係のある地の法律が使用されるとなっています。
本件のように日本国内において日本人に雇われた場合は、日本法となるでしょう。
また、不法行為については、通則法17条によって
「加害行為の結果が発生した地の法」
が使用されるべきとされています。
そこで、ムハンマドさんの手のけがは日本で発生している以上、日本法が適用されます。
したがって、徳升さんがムハンマドさんに対する雇用契約上または不法行為上の責任を判断する際に使用される法律は、いずれも日本法となります。
裁判で日本法が適用される以上、外国人であるからといって、賠償額が安くなる等ということはありません。

モデル助言: 
徳升さんの工場での仕事中にけがを負ったムハンマドさんに対しては、日本人と同様に損害賠償を支払う必要があります。
しかし、パキスタンと日本では3千万円の価値が異なるのは確かですし、ムハンマドさんは短期在留資格で一定期間日本で働いた後は、パキスタンに帰ることが前提となっていました。
この点について、裁判所は
「一時的にわが国に滞在し将来出国が予定される外国人の逸失利益を算定するに当たっては、予測されるわが国での就労可能期間内はわが国での収入等を基礎とし、その後は想定される出国先での収入等を基礎として逸失利益を算定するのが合理的ということができる。そして、わが国における就労可能期間は、来日目的、事故の時点における本人の意思、在留資格の有無等事実的及び規範的な諸要素を考慮して、これを認定するのが相当である」
と判断しています(最判平9年1月28日)。
そこで、ムハンマドさんのように短期でパキスタンに帰る予定であったのであれば、日本人と同基準で賠償額を計算するのではなく、パキスタンに帰国した後現地で働いて得られる利益の額の範囲で支払うと主張すべきでしょうね。
パキスタンの平均年収を調べるとしますか!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00222_企業法務ケーススタディ(No.0177):下請事業者よ、よきに計らえ

相談者プロフィール:
スーパー・コスゲ株式会社 代表取締役 小管 龍一(こすげ りゅういち、40歳)

相談内容: 
せんせっ! ども~! 今日は、先生にうちの新規事業のことを相談しようと思いましてね。
うちは、じいさんが始めた町の小さいスーパーだったんですけど、今や資本金1500万、従業員数100名超の大手スーパーとなりました。
次は、今流行りのプライベートブランド商品(PB商品)を作って売り出そうと思ってるんです。
まぁね、昔からスーパーやってれば出入りの業者も多いし、PB商品の話をしたら、いろんな業者が
「安くするんで自分のところにやらせてください!」
なんていってくれちゃいまして。
「おおよろしく~」
とか適当にいっておいて、どの程度できるのか、作らせるだけ作らせてみようと思って。
できが良ければ買えばいいし、悪ければ買わなければいいんでしょ。
それでね、PB商品売り出しの日は、特売日にして、たくさんのお客様にうちの商品買ってもらおうと思ってるんです。
売り出し日には、出入り業者の従業員に手伝いに来てもらえば、余分な人件費もかからないし。
これって、下請法ってやつに違反するのかなぁなんて思うんですけど、よく分からないし、友達の吉田ってやつも
「下請法なんて違反したって50万払えばいいんだから、業者から吸い上げちまったほうが得だぜ」
っていってますし、こんな感じで問題ないですよね??

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:下請法の適用範囲
親事業者と下請事業者の力の差によって生じる
「下請いじめ」
を取り締まるために下請法(下請代金支払遅延等防止法)が制定されています。
下請法における
「下請取引」
に当たるか否かは、取引当事者の資本金(出資の総額)の額と取引の内容で決まります。
まず下請法が適用されるのは、
1 資本金の額(出資の総額)が3億円以上の事業者が、個人または資本金の額(出資の総額)が3億円以下の事業者に対し、製造委託等をする場合
もしくは、
2 資本金の額(出資の総額)が1千万円を超え3億円以下の事業者が、個人又は資本金の額(出資の総額)が1千万円以下の法人たる事業者に対し製造委託等をする場合で、親事業者が、物品の製造加工や修理、映像コンテンツやデザインの作成、運送等のサービス提供を他の事業者へ委託する場合
と、なります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:下請法の禁止行為
下請法は、下請取引が公正に行われることによって、下請事業者を保護しようという目的で制定されました。
そこで、下請法は、親事業者によって下請事業者に対し従前より行われていたものの、その力関係から泣き寝入りしていた行為、つまり、買いたたきや下請け代金の減額、下請代金の支払いを遅延することや作らせておいた商品の受領を拒否すること、不当に返品すること、物を強制的に購入させたり下請事業者の従業員を強制的に働かせたりすること等を禁止しています。
また、口頭発注によるトラブルを未然に防止するため、親事業者は発注に当たって、発注内容を明記した書面を交付しなければなりません。
具体的には、
1 親事業者と下請事業者の名称
2 委託を行った日付
3 下請事業者による作業内容
4 納入日
5 納入場所
6 納入物の検査をする場合はその検査が完了する日
7 下請代金の額
8 下請代金の支払期日の他、手形決済の場合等特別の約束がある場合には金額や期日等
をさらに明記する必要があります。
この書面交付義務に違反すれば、50万円以下の罰金が課せられます。
小管さんがおっしゃるように下請法に規定されている罰則は、最大でも50万円の罰金しかありません。
しかし、下請法に違反した場合は公正取引委員会及び中小企業庁による勧告や公表が行われると規定されています。

モデル助言:
まず、スーパー・コスゲ株式会社は資本金1500万円ですから、今回PB商品製造の委託先業者が資本金1千万円以下の会社であれば下請法の適用範囲内ということになります。
そして、スーパー・コスゲ株式会社は、製造施設を持たない小売業者ですが、PB商品製造を外注することは、製造委託として下請法の対象となります。
したがって、PB商品製造を委託する場合には、必ず取り決めた取引条件が履行されるように発注書面を交付する義務がありますし、作らせるだけ作らせて、できが良ければ買うし、悪ければ買わないという受領拒否なんて許されません。
また、特売日に出入り業者の従業員を手伝いに来ることを要請することは、親事業者が下請事業者の従業員を強制的に働かせたとされるおそれもあります。
このような下請法違反を行えば、公正取引委員会や中小企業庁による公表がされます。
「ブラック企業」
扱いされて、かなり白い目で見られたり、採用にも支障をきたしたりすることもあり得ます。
また、民事訴訟としても損害賠償請求され、小管さんが支払った委託代金と相場価格の差額のみならず、その利息も請求されます。
下請法を甘く見ない方がいいですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00221_企業法務ケーススタディ(No.0176):実印預けたばかりに連帯保証人に・・・

相談者プロフィール:
南海商事株式会社 代表取締役 山黒 亮太(やまぐろ りょうた、36歳)

相談内容: 
僕は、10年前に南海商事っていう商社を大学の同期と立ち上げました。
僕が代表取締役社長で、同期の山岬(やまみさき)静代ってのが副社長。
大学時代から、お互い、
「不細工」「不細工」
っていってからかい合うくらい、僕たちの信頼関係といったらもう抜群でした。
僕は、ホラ、しゃべるほうが得意で人当たりもいいから、商談とか外交担当って感じで、彼女はおとなしいけどしっかりものだったので、経理とかは山岬担当でした。
会社の印鑑類や僕の個人の実印とかも全部彼女が管理して、すべて彼女にお任せ状態でした。
それが、ここ2、3年ちょっとよそよそしいっていうか、なんか様子がおかしいなとは思ってたんです。
そうしたら! 先月から山岬と全然連絡が取れなくなったかと思ったら、身に覚えのない借金取立ての電話がバンバンかかってくるようになって。
裁判所からも訴状だの呼出状なんてものも届くようになりました。
山岬の奴が会社の営業部長とデキてて、こいつらが会社の金持って逃げやがったうえに、あげく、僕の個人の実印を使って連帯保証人になっていやがったんです。
先生、僕は連帯保証したことすら知らなかったんです。
それなのに連帯保証人としてお金返さなきゃいけないなんて、世の中そんなに不合理じゃないですよね?!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:保証契約書の存在
自らの意思に反し、勝手に連帯保証人とされていたような場合、本人は連帯保証人となる意思がないわけですから、法律理論上、本人に連帯保証の効力は及びません。
しかし、本件のように、自分の実印を他人に預けていたところ、知らない間に連帯保証人となっていたという場合、自らの実印の押された保証契約書が外形上存在する、といった状況が出てきます。
保証契約における保証契約書や売買契約における売買契約書など、契約等の法的な取引(専門用語で「法律行為」といいます)が記載されている文書を
「処分証書」
といいます。
このような処分証書には法律行為の内容そのもの、例えば
「AはBの債務を保証する」
とか
「AはBに対してX不動産を売却する」
といった事実が、ばっちり記載されている、いわば
「取引を示す動かぬ証拠」
となります。
法律行為の有無が争いになった場合、裁判所においては、処分証書があれば当該法律行為があったという認定をするのが原則となっています。
ただし、このような認定がされるのは、処分証書が真正に作成されたことを前提としています。
「処分証書が真正に作成された」
とは、本人の意思どおりに処分証書が作成された、ということです。
この点、民事訴訟法228条4項は、
1 本人の押印がある場合には本人が記載された事実を行う意思のあったこと
及び
2 本人の意思に基づいて押印をしたと推定される
と規定されています。
したがって、自分の印鑑が押印してある処分証書がある場合、処分証書に記載されてある事実が認定されてしまうケースが極めて高いのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「特段の事情」
しかし、実印があれば、必ず
「真正に作成された」
と推定されるわけではありません。
上記2の推定がされる理由は、
「実印は大切に保管・使用されており、みだりに他人に手渡したりしないものだから、作成名義人の印章が押されているならば、特段の事情ない限り、それは作成名義人が自らの意思に基づいて押したものだ」
と考えられるためです。
しかし、実印が盗難に遭ったり、同居の親族に無断で使用する場合もあります。
このような場合にまで、2の推定が働くわけではありません。
ただし、民事訴訟法228条4項があるので、
「特段の事情」
を本人が裁判所に対し明らかにする必要があります。

モデル助言: 
山黒さんのお話を聞く限り、山黒さんを訴えてきた金貸しは、山黒さんの実印が押された保証契約書を持っている可能性が極めて高いですね。
裁判になった場合、山黒さんが連帯保証をしたという事実が認められてしまう可能性が極めて高いです。
こうなると、
「処分証書が真正に作成された」
との推定を破る
「特段の事情」
を主張するほかないですね。
「特段の事情」
が認められた裁判例としては、本人が第三者に印鑑を預けていた場合や本人が他の者と実印を共有していた場合等があります。
本件も、山黒さんは山岬さんに日ごろから実印を預けていたということですから、
「特段の事情」
が認められる可能性もありますが、まあ、立証に成功する確率は極めて低いとお考えください。
相手が金融機関で、金額が異常に高額の場合、金融機関側が調査を懈怠した等と反論することも可能です。
山岬をみつけて、おもいっきり文句をいって
「私が無断でやりました」
といわせるなど、立証協力させることも検討すべきですね。
まあ、そのあたりをネチネチつきながら、和解に落ち着くようにもっていくしかないですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00220_企業法務ケーススタディ(No.0175):ゴミ株主から「競業行為だ」とケチをつけられた!

相談者プロフィール:
株式会社ほっとっと 代表取締役 澤倍 裕(さわべ ゆう、27歳)

相談内容: 
先生、ちょっといいっすか。
俺ね、死んだ親父の跡を継いで、地元の湘南で弁当屋やってるんすけど、それが結構流行ったから、1都6県関東地方でじゃんじゃん店舗拡大したのよ。
んで、今じゃわりかし有名な弁当屋ってわけ。
まぁ規模はデカくなって株式会社になんてしてるし、ウゼー兄貴がゴミ株主としているけど、実際は代表取締役の俺の一言ですべて決まるほぼワンマン会社って感じよ。
それでね、うちの弁当屋も関東だけじゃなくて、関西でも店出して行こうぜって話になってて、関西の弁当屋の動向とかさ、関西人の味の好みとかも結構調べてたわけ。
だけど、俺なんか新しいことしたくなっちゃって、ぽーんと金出して
「もっとっと」
っつう新しい会社作って、メキシカンな弁当屋はじめてみたんだよね~。
メキシカンなら東京より熱いとこのがいいかなーって思って、大阪とか関西地方で3店舗出したんだ。
そうしたら、ゴミ株主の兄貴がケチつけてきやがって。
ロクデナシで死んだ親から勘当されたくせに、お情けで5%だけ株持たされてる
「勇気」
っつう兄貴が、弁護士かなんかに入れ知恵されて、
「競業行為で会社法違反だ」
とか言って騒いでるわけ。
「ほっとっと」
は関西に店舗も出してねぇし、競業とか訳わからないし。
先生、ほっときゃいいよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:取締役の競業避止義務
株式会社の取締役は、会社との間で委任関係に立ち(会社法330条)、会社に対して“善良な管理者の注意義務(善管注意義務)”(民法644条)および忠実義務(会社法355条)を負っています。
簡単にいうと、
「会社は、取締役を信頼して会社の業務執行を任せているんだから、一切の私心を抱かず、誠心誠意、会社の利益のため、犬のように忠実に働け!」
ということです。
その上で、会社法356条1項1号は
「取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき」
には、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)において重要な事実を開示した上で、その承認を受けなければならない旨を規定しています。
これが取締役の
「競業避止義務」
といわれるものです。
このように取締役に競業避止義務が課されているのは、会社の資金やノウハウを利用して情報を集めまくり、その上で、
「自分の会社を設立して、ちゃっかり自分だけが儲け放題!」
となることを防ぐためです。
しかし、例えば本件の澤倍さんのように若いころから一生懸命お弁当屋さんをやってきて、別の会社を設立しようとしたらお弁当屋さんはできません、というのもなんだか澤倍さんにかわいそうな気もします。
しかし、会社法に明記されており、また、澤倍さんが会社の100%オーナーシップを有していない以上、仕方がありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:競業避止義務に違反した場合
では、取締役が競業避止義務に反した場合、どのような責任追及がなされるのでしょうか。
前述のように、会社と取締役は委任契約が締結されており、取締役は、会社にとって最善の策を取る義務があります。
そこで、本件のようにワンマン経営を行っていた会社の代表取締役が、競業避止義務に反して新しい会社を設立したケースについて、判例では、
「代表取締役が新しい会社を設立したのは、会社が代表取締役に対し、新しい部門を設置するようにとの委任があったと考えるのが合理的である」
として、
「当該委任義務の履行として、新しく設立した会社を元の会社の一部門とするか、子会社として引き渡す義務がある」(東京地裁判決・昭和56年3月26日『判例タイムズ』441号73頁)
としたものや、代表取締役および新会社に対する損害賠償請求が認められた事例(名古屋高裁判決・平成20年4月17日)などがあり、役員側に厳しい結果が出ています。

モデル助言: 
本件の場合、澤倍さんが新しく設立した
「もっとっと」
は、
「ほっとっと」
と同じくお弁当屋さんであり、近隣住民や会社等同じゾーンをターゲットにしています。
確かに
「ほっとっと」
は、まだ、関西地方に進出してはいないものの、開業準備に着手していたといえることから、澤倍さんが
「もっとっと」
を設立したという行為は、競業避止義務に違反する可能性はあり得ますね。
ゴミ株主といえども、騒ぎ出すと、
「ほっとっと」

「もっとっと」
の子会社とするようにいわれたり、損害賠償を請求されたりする可能性もあり得ます。
もうちょっと慎重にやるべきでしたね。
ズルい方法ですが、この際、ゴミ株主であるお兄さんをスクイーズアウトしちゃいましょうか。
スクイーズアウトなんていうと、上場している大企業だけの専売特許のように聞こえるかもしれませんが、定款変更して、種類株式発行する等いくつかしょうもない手続きをすればいいだけです。
ま、会社から追い出す際の手切れ金の額でモメる可能性があるので、額を釣り上げられないようにするため、
「もっとっと」
の新規出店はストップしておいた方がいいでしょうかね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00219_企業法務ケーススタディ(No.0174):パブリシティ権侵害リスクに要注意!

相談者プロフィール:
鈍蜜(ドンミツ)出版株式会社 代表取締役 鈍田 蜜子(どんだ みつこ、32歳)

相談内容: 
30年ほど前に一世を風靡したパンクレディーのダンスを紹介し、
「パンクレディーのパンクダンスをしながら痩せちゃおう!」
というコンセプトで、パンクレディーの写真を使いながらわかりやすく解説したものを書籍にして、
「パンクレディーダイエット」
として出版することにしたんです。
やはりパンクレディーのお二人はスタイルがいいから、図解より写真がいいかなって思って、たくさんお写真を載せてね。
パンクレディーの写真は、最近破産した出版社が著作権もっていたのを、安値で買い叩いたので、著作権は問題ないはずよ。
ま、パンクレディーなんて、もう過去のヒト。
タレントとしての商品価値はほぼゼロ。
でも、パンクレディーも、ウチの本のおかげで、また、最近テレビにも出だしたみたい。
すると、先日、パンクレディーのマネジメント会社から電話があって、
「ウチのパンクレディーの名前を使って儲かったんだから少しカネくれ。
50万円でいい。
今週中に振り込んでくれたら、それでチャラにする」
とか言い出すんです。
こんなのあり得ないでしょ。
ウチがパンクレディーのリバイバルを手助けしたようなもんじゃない。
だいたい、写真の著作権はウチが押さえているし。
この話、お断りしようかと思います。
裁判になったら、お願いしますわね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:パブリシティ権とは
自己の承諾なしに、自己の容ぼうや姿態を撮影されたり描かれたりされず、また、自己の写真等をむやみに公表されない権利を肖像権といいます。
この権利は、明確に何らかの法律上にはっきりと規定されたものではありませんが、国民は憲法13条によって国民の私生活上の自由が保障されており、その一環として認められている権利です。
そして、肖像権は、このような私生活上の自由として保護されているだけではありません。
肖像という個人の容ぼうや姿態は,商品の販売等を行うに際して、これを促進する顧客吸引力を有する場合があります。
そこで,このような顧客吸引力を利用する権利は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものとして保護されます。
これが肖像権のうち
「パブリシティ権」
と呼ばれるものであり、裁判所によって認められた権利なのです。
プライバシー権という人格上の利益が侵害された場合は精神的苦痛という低い賠償相場の事案にとどまるのに対し、パブリシティ権という経済的利益が侵害された場合、高額な経済的利益の回復も求めることが可能になります。
つまり、
「使用許諾契約を締結した場合の許諾料を損害として算定し、これをすべて賠償せよ」
というような議論が可能となるのです。
これを根拠に、鈍蜜出版は、パンクレディーの写真すなわち個人の容ぼうや姿態を利用して、週刊誌の売り上げを伸ばしたとして、パンクレディーから損害賠償請求をされるおそれがあるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:パブリシティ権侵害が認められるためには
しかし、芸能人の容ぼうや姿態を無断で利用したからといってすべてがパブリシティ権の侵害になるわけではありません。
どのような芸能人の容ぼうや姿態の利用がパブリシティ権の侵害になるかというと、この点につき裁判所は、
「肖像等に顧客吸引力を有する者は、社会の耳目を集めるなどして、その肖像等を時事報道等に使用されることもあるのであって、その使用を正当な表現行為等として甘受すべき場合もある」
と権利範囲に相当な制限を加えた上で、
「1 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、
2 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、
3 肖像等を商品等の広告として使用するなど、
専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合にパブリシティ権の侵害と認めることができる」
と判断しました(最高裁平成24年2月2日判決)。

モデル助言: 
ダイエット方法解説のために、芸能人の写真を週刊誌に掲載した事例で、全200ページの週刊誌のうち、わずか3ページであること、白黒写真であること、読者の記憶を喚起するための補足的な目的で掲載されていることから
「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」
には当たらないと判断されたケースもあります。
しかし、本件の場合、
「パンクレディーダイエット」
という書籍を出版し、その中でパンクレディーの写真を多用しています。
これは、ダイエット目的の購入者が、スタイルのいいパンクレディーの写真を見て、
「自分もこうなれるかしら」
と思い、本書籍を購入すると考えられますので、パンクレディーの肖像の経済的価値を利用しているといえ、まさに
「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」
にあたるといえるでしょう。
本件が訴訟になれば、パンクレディと鈍蜜出版がパンクレディの写真使用許諾契約を締結した場合の許諾料や本書籍の売り上げ等多額の賠償が請求され、これらが損害として認められかねません。
50万円で済むならこれで手を打っておくべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00218_企業法務ケーススタディ(No.0173):取締役やめたのに…

相談者プロフィール:
株式会社ビッグフィッシュ 海宮 辰夫(うみみや たつお、75歳)

相談内容: 
先生どうも~。
俺も歳をとったから、世代交代かなぁと思って、去年の12月に長年営んできた釣り竿製造会社の
「株式会社ビッグフィッシュ」
を娘婿に譲って、取締役を辞任したんだよね。
取締役辞めた後はさ、湘南の家に移り住んで、の~んびり好きな釣りと料理をやって過ごしてたんだ。
それが、うちの会社で釣り竿の一部に不良品があって、大量の返品をくらっちゃったんだよね。
娘婿が泣きついてきたから、個人的に1000万円貸してやったんだよ。
それなのに突然、釣り道具屋の
「釣りの松形(まつかた)」
から俺に対して、不良品の釣り竿を返品するから、その代金300万返せっていってきたんだよ。
冗談じゃないよ~。
会社に1000万円も払ってやって、そのうえ300万円?!
第一、俺はもう取締役も辞めてるんだし、娘婿にいいな! っていってやったんだよ。
そしたら、娘婿のやつ、俺の貸した1000万円持ってどっか行きやがって、そのうえ、会社の金もすっからかん。
おまけに、会社の取締役の登記も俺のままにしていきやがったんだ。
娘かわいさに俺も馬鹿なことしたよ・・・。
とりあえず、娘婿をどうやってとっちめるかはゆっくり考えるとして、俺はもう取締役じゃないんだし、ひとまず釣りの松形に300万も払ってやる必要ないよな?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「登記」とは?
登記とは、不動産登記や商業登記等さまざまなものがありますが、これらの登記はあくまでも、権利関係等を公示、つまり公に明らかにするためのものであり、登記に書かれていることがそのまま真実となるものではありません。
そこで、真実会社の取締役と登記上の取締役が一致しないこともあるのです。
しかし、
「登記に書かれている事項=真実」
ではないという事実が、社会の常識となれば、登記を信じる人はいなくなり、登記の存在価値もなくなってしまします
そこで、会社法908条2項は
「故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない」
と規定しています。
つまり、わざと、もしくはかなりうっかり、真実選任された取締役と異なる者を取締役として登記した場合、真実の取締役を知らない人に対し、本当の取締役を取締役であると主張することはできないとされているわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:辞任登記の未了
ビッグフィッシュにおいて、海宮さんが娘婿に取締役を譲ったことから、本当の取締役は娘婿さんということになりますが、登記上の取締役は海宮さんのままでした。
しかし、今回のケースは、海宮さんはもともとビッグフィッシュの取締役であったことは確かですし、海宮さんの辞任登記が未了になっていたにすぎず、なにも
「不実の登記をした」
わけではありません。
そうだとすると、真実選任された取締役とは異なる者を取締役として登記した場合と異なり、既に海宮さんが取締役でないと知らなかった人に対し、海宮さんが取締役ではないと主張することはできるのでしょうか。
裁判所は、
「株式会社の取締役を辞任した者は、辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合を除いては、特段の事情がない限り、辞任登記が未了であることによりその者が取締役であると信じて当該株式会社と取引した第三者に対しても、取締役としての責任を負わないものというべきである」
としています。
つまり、今回のように辞任登記が未了であるにすぎない場合、積極的に異なる登記をした場合と異なり、積極的に海宮さんが取締役として契約に立ち会ったり、社内で依然取締役として会議に参加したりしていたなどの事情がなければ、海宮さんはすでに取締役を辞任していると主張することはできるので、海宮さんは取締役としての責任をとる必要はないのです。

モデル助言: 
海宮さんは、取締役辞任後は、湘南の家に移り住んで、釣りや料理をなさっていたとのことで、
「積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合」
には当たらなそうですね。
そこで、松形さんが、海宮さんが取締役をやめていたことを知らなかったとしても、既に取締役を辞めていると主張して、取締役としての責任を否定し、300万円の支払いを拒否することができるでしょう。
もっとも、このような場合でも、海宮さんが、娘婿さんに対して、辞任登記を申請しないで真実と異なる登記を残存させることについて、明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情がある場合には、松形さんに対し、海宮さんが既に取締役をやめていたと主張することはできず、取締役としての責任を免れることはできませんよ。
まぁ辞任した取締役には、登記を変更する権利も義務もないわけですから、うっかり登記が海宮さんのまま放置されていることを知らなかったというだけならまだ
「明示的に承諾を与えていた」
とは判断されないと思いますけど、まさか、娘婿さんに対して、
「取引先との信頼関係もあるし、取締役の登記は自分のままでもいいぞ~」
なんていってないでしょうね?!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00217_企業法務ケーススタディ(No.0172):特許権じゃなくノウハウとして保護したい!

相談者プロフィール:
株式会社E・R・O(イー・アール・オー) 代表取締役 太久保 佳代子(たくぼ かよこ、42歳)

相談内容: 
私どもE・R・O 社は、年齢層高めの女性向けコスメ
「マンイーター」シリーズ化粧品
の製造販売をしております。
実際の製造は、下請に出してるんですけど、その際、品質の保持は大切なんで、下請業者に念入りに研修を受けさせた後に、製造させてます。
研修には、わが社が独自に作成した研修用資料が使われています。
この資料には、わが社の
「マンイーター」シリーズコスメ
の材料・用途等が記載されているのみならず、競合他社の製品の分析・比較やお客さまのニーズを分析したものが記載されており、長年の研究や市場調査の結果がすべて詰まっているので、わが社が業界で独り勝ちを誇るノウハウのすべてが書かれているといっても過言ではありません。
だからきちんと研修用資料には、
「コピー厳禁。外部への持ち出し禁止」
と書いてあります。
先日、業界内の昔からの知り合いに、
「マンイーターシリーズのコスメはやっぱりよく考えられているよね。
やっぱりよく調べているわ!」
なんていわれたんですよ。
どういうことか問い詰めると、前にうちが下請けに出していた光裏工業がうちの研修資料を業界内で勝手に開示してるっていうんですよ!
うちのノウハウをそこら中にばらまくなんて、光裏工業のやつをなんとかぎゃふんといわせてやれませんかね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特許とノウハウ
近年、
「知的財産」
という概念が広まり、キャラクターやブランド名等を勝手に使用すると、差止請求や損害賠償請求をされる危険性があることをご存じの方も多いでしょう。
知的財産とは、知的財産基本法2条により
「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう」
と規定されており、キャラクターやブランド名のみならず、企業のノウハウも知的財産に含まれます。
そして、例えば、発明については、特許庁に登録することによって
「特許権」
として保護されるようになりますが、特許出願をすることによって、1年半後に自動的に発明の内容が公開されてしまいます(特許法64条1項)。
自社のノウハウを特許庁に申請しなくとも、重要なノウハウが不正に利用されてしまった場合、不正競争防止法によって差止請求や損害賠償請求をすることができます(不正競争防止法2条6項、3条、4条)。
したがって、特許権としてではなく、ノウハウとして自らの会社が開発した技術等を保護していく方が自社の利益を追求できる場合もあるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:ノウハウの保護
特許庁に登録していないノウハウでも、特許権と同様にすべてが保護されるのかというと、そうではありません。
不正競争防止法によって、差止請求等ができるのは、ノウハウが一定の要件を充足する場合、これが不正競争防止法上
「営業秘密」
に該当するものとされ、同法2条6項によって
「取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為」
が不正競争とされるからです。
「営業秘密」に該当するかどうかは、
1 非公知性
2 有用性
3 秘密管理性
の3つの要件によって判断されます。
つまり
「世間に知られていない、商売に使うことのできるノウハウで、秘密としてちゃんと管理されているもの」
に限定して、これを不正競争防止法上保護しようと考えているわけです。
裁判所では、特に
「秘密管理性」
が認められるか問題になるケースが多く、
「当該情報が、客観的に秘密として管理されていると認識できる状態にあることが必要であり、具体的には、
(1)当該情報にアクセスできる者が制限され、
(2)アクセスした者に当該情報が営業秘密であること
が認識できるようにされていることが必要である」
とされています(東京地裁判決平成12年9月28日)。

モデル助言: 
E・R・O 社の研修用資料がノウハウとして保護されるのであれば、光裏工業に対し、当該資料の使用をやめさせ、これを勝手に利用し、公開したことによって生じたE・R・O社の損害を請求することも可能です。
当該資料は、これまで門外不出の機密であったということですから1の非公知性は問題なく、また、自社製品の材料・用途等のみならず、競合他社の製品の分析・比較やお客様のニーズを分析したものが記載されていて、企業が営業を行う上で有用な情報が満載というわけですので、2の有用性も認められる。
しかし、当該資料には
「コピー厳禁。
外部への持ち出し禁止」
と記載されていただけ、というのはひっかかりますね。
光裏工業を信用して、誓約書を提出させたり、使用後にこれを回収したりしていない、となると、なかなか厳しいかもしれませんね。
まずは光裏工業の社長と担当者を呼んで、事実を確認し、クロとわかれば、秘密保持義務云々はさておき、
「信頼関係がなくなったから、契約解除をする」
と圧力をかけて、仕入れ値を見直させましょう。
流出してしまった情報は仕方がないですから、この損害は光裏工業を生殺しにして回収し、次のプロジェクトを立ち上げましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00216_企業法務ケーススタディ(No.0171):債権譲渡をぶっとばせ

相談者プロフィール:
株式会社モーニングファーム 専務取締役 失口 真理(うせぐち まり、30歳)

相談内容:
私の父が創業しましたモーニングファームですが、現在、出戻りの私が取締役に就任して、牧場をイメージしたカントリーな洋菓子店
「プチモッニ」
を秋葉原に出店することになりました。
このお店は、これまで電気店の入っていたところを改修することにし、もう今週から工事に入ってもらっています。
城田設計事務所との工事の契約こそまだ結んでいませんが、工事をお願いするのを前提に、平成23年12月からずっと相談に乗ってもらっていて、お店のコンセプトとか何度も打ち合わせをしてくれていました。
本当に献身的で、やさしい事務所です。
しかし、城田は商才に欠けるのか、経営がうまくいっていないという話を度々聞いてはいたんですよ。
それが、昨日父がびっくりする情報を仕入れてまいりましてね!
タチが悪いって評判の梅田土建(以下、梅田)が、借金のカタに城田が今後うちに請求する予定の工事代金債権を質草に取った、ていうんですよ!
いやいや、工事だって始まったばっかりだし、まだきちんとした契約書だって作ってないのに、うちの工事代金債権を質に押さえたってどうゆうことですか?!
あんな乱暴な梅田がうちの債権者になんてなったりしたら、1回でも支払いが遅れたらお店をめちゃくちゃにされかねませんよ!!
城田設計事務所のままがいいんです・・・。
どうにかしてくださいよ~。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:将来債権の譲渡
本件のような工事代金債権や賃料債権等、未発生であるが、将来生ずる可能性が高いものを
「将来債権」
と言います。
将来債権は、発生するか否か不安定な債権であることから、債権譲渡契約を締結した段階では、その譲渡が現実的なものとなっていないとも考えられます。
しかし、このような不安定な将来債権であっても債権譲渡をすることは可能とされています。
裁判例においても
「将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の締結時において、右債権発生の可能性が低かったことは、債権譲渡契約の効力を当然に左右するものではない」
としています(最判平成11年1月29日)。
ところで、失口さんサイドでは、城田のこの契約における債権に譲渡を禁止する特約を付けることができます(民法466条2項)。
この点、譲渡された債権に譲渡禁止特約が付いていたとしても、譲受人が譲渡債権に譲渡禁止特約がついていたことを知らなかった場合、特約があったことを譲受人に主張することはできないとされています(民法466条2項ただし書)。
つまり、当該債権の譲渡禁止特約について、
「調べてもわかんなかったんだし、そんな勝手な取り決め、知るわけねえじゃん」
という状況であれば、特約にかかわらず、譲受人(梅田)は債務者(失口さん)に請求することができるわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:譲渡後に付された譲渡禁止特約
ところで本ケースのように未発生の債権についてまで、片っ端から担保に取るというのはあまりにやり過ぎで失口さんに不測のリスクを負わせるとも考えられます。
将来債権の譲渡があった場合、債権譲渡時には譲渡債権は発生していないわけですから、当然譲受人(梅田)は、債権者(城田)と債務者(失口さん)がどのような契約を締結するかなど知る由もありません。
この点につき、東京地裁平成24年10月4日の裁判例では
「債権の譲渡禁止の特約についての善意(民法466条2項ただし書)とは、譲渡禁止の特約の存在を知らないことを意味し、その判断の基準時は、債権の譲渡を受けた時であるところ、本件請負報酬債権に譲渡禁止の特約を付する合意がされたのは、被告が本件請負報酬債権を譲り受ける契約を締結した後のことであるから、本件請負報酬債権の譲渡当時の被告の善意について論ずることは不可能であって、無意味というほかない。
したがって、本件債権譲渡契約により被告が本件請負報酬債権を取得したとは認められない」
と判断しています。

モデル助言: 
失口さんと城田との工事請負契約が締結されていなくとも、工事代金債権をあてこんで、城田が当該債権を知らない人間に担保に差し出すのは勝手というわけです。
しかし、当該債権が、城田から梅田に譲渡されてしまっていたとしても、これから城田とモーニングファームさんの間で締結する工事請負契約に譲渡禁止特約を付けてしまえば、梅田には当該債権の取得を合法的に妨害することができちゃいます。
後出しじゃんけんはだめですけど、後付け債権譲渡禁止特約はオッケー、てことなんですよ。
まぁ梅田には相当恨まれるでしょうが、発生していない債権をガツガツ担保に取るってのもどうかしてますから、お互いさまですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00215_企業法務ケーススタディ(No.0170):外国の裁判所で訴えられた!

相談者プロフィール:
株式会社タワーオブトーキョー 百合井 フランク(ゆりい ふらんく、49歳)

相談内容: 
僕さ、画材用品って洒落たものがないから、絵の具をチョコの箱に詰めたようなパッケージにして売り始めたんだよね。
そしたら、めちゃめちゃ流行っちゃって、フランスでも売ることになったんだけど、僕の会社の規模を考えると難しいから、現地にある画材道具の問屋に卸してたんだ。
そしたら、一昨日、僕の会社に、突然
「法律事務所の者だけど、あなたの会社を訴えたからよろしく」
といって、手紙みたいなもんを置いていった人がいたんだよ。
その手紙はさ、フランス語で書いてあって、さっぱり何書いてあんのかわかんないから、翻訳業者さんに日本語にしてもらったのよ。
そうしたら、
「裁判所で訴えたぞ」
って内容だっていうんだよね。
僕の会社の絵の具を本物のチョコと間違えて子どもが食べちゃって、病院に運ばれたらしいんだよね。
僕の会社が
「製造物責任」
なんてのを負うから、その子どもにお金を払う必要があって、その裁判をするからフランスまで来いってさ。
期日が来週だ、とか書いてあるんだけど、来週たまたまベルギーに行く用事があるから、ついでにフランスの裁判所にいって、
「チョコと間違うのって、あり得ないよ。
こんなの認められるわけないでしょ」
と一発文句でもいってこようかと思ってるんだけど、それでいいかな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:裁判と強制執行
自己の権利を実現する場合、債権者が実力で権利を実現するという自力救済が原則として認められておらず、
「判決→強制執行→権利の実現」
といったプロセスで権利実現がなされるシステムが採用されています。
この手続は、司法権という国家主権が行使される場面ですので、国家間の問題をはらみます。
ここに、
「他国の司法機関が下した、他の国の法律を前提に、当該言語で書かれた判決書」
があるとしましょう。
当該判決書はその国では有効ですが、別の国においては、そんな
「よくわからない法律に基づいてくだされた、よくわからない言語で書かれた判決書」
という意味不明な紙切れがあっても強制執行を行うことはできず、無視されるだけです。
しかし、
「日本人が、外国で不正な行為をしても、日本に帰ってくれば、相手方は必ず、アウェーである日本でしか裁判は提起できない」
というのも不公平ですので、
「一定の条件が整えば、外国の裁判所による判決に基づいて、日本国内で強制執行できる」
とされています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:外国判決の承認・執行制度
日本では、民事訴訟法第118条の要件を充足する外国の判決であれば、特別の手続を必要とせずに
「承認」
されます(自動承認)。
つまり、外国の判決書であっても、自国の判決と同等であると
「承認」

「執行」
することができる、とされています。
民訴法118条によると
「外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
1 (略)
2 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
3 (略)
4 (略)」
と規定されています。
2について、最高裁判所は、
「(1)『敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達』とは、外国と締結した条約に定められた方法を遵守しなければならない」
とし、また、
「(2)『これを受けなかったが応訴したこと』とは、被告が防御の機会を与えられ、かつ裁判所で防御の方法をとったことを意味する」
としています(最判平10.4.28)。
その上で、香港での裁判において原告側の日本人弁護士が、日本に在住する被告に訴訟書類を直接交付した場合、
「外国と締結した条約に定められた方法を遵守していないから、(1)には当たらないが、裁判に出席して争っているので、(2)には当たる」
という判断をしています。

モデル助言: 
つまり、
「日本では認められない外国の作法で送達された訴状」
を無視して、外国で敗訴判決が出たとしても、その判決に基づいて日本で強制執行されることはないんです。
今回百合井さんの会社に来てフランス語の訴状を置いて行ったのは、法律事務所の人だったのですよね。
ということは、条約に定められた方法を遵守した送達の方法とはいえません。
放っておいて、相手が日本の裁判所でフランスの判決を承認してもらう手続の段階で、
「マトモな方法で訴状を受け取っていない。
ちゃんとした手続保障もなく、勝手な裁判をされただけで、そんなもん知らん」
といえちゃうんですよね。
ま、翻訳代をケチったり、日本法上の送達が面倒くさい、と思ったんじゃないでしょうかね。
他方、放っておけばいいのに、百合井さんがフランスの裁判所に出向いて、争ったとなると、
「防御の機会を与えられ、かつ防御の方法をとった」
ということになり、外国判決が承認されてしまう可能性が出てきます。
したがって、中途半端な反論をするくらいなら放っておいた方がよいということになります。
外国が絡んだ場合、自分の常識で判断せず、専門家の意見を聞いて慎重に行動すべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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