00762_企業法務リスク発見(抽出)・特定の手法4:リスクや課題の発見・特定を阻害するもの(3)リスク管理に携わる実務担当者の「伝える力」の貧困さと、企業役職員の知ったかぶり

企業の役職員が、法的リスクやコンプライアンス課題を正しく認識把握できない事態に陥る原因としては、属人的なものもあります。

企業の役職員は、経営(効率的な金儲け)については詳しくても、法律の専門家ではありません。

法律の条文、思考枠組、運用メカニズム、限界領域の解釈、運用相場観、すべてが、腹が立つくらい、難解で高尚で、一般人の理解を拒絶します。

「判読不能な象形文字」
にしか見えていない
「難解な漢字の羅列である特殊文学である法律条文」
を目にしても、
「無知をさらけ出すと沽券に関わる」
と考えるためか、企業の役職員は、エラそうに知ったかぶりをしてしまいます。

また、リスク管理を実施する実務担当者側にも問題があります。

知的専門分野に関する文書は、3つに大別されます。

「データ」

「リテラシー」

「ストーリー」
です。

条文や法律や漢字がやたらめったら多い分厚い法律書は、データであってコンテンツではありません。

コンテンツとは、リテラシーを改善・向上させるような本質的なことが書いてあったり、リテラシーを用いて状況が改善するプロセスを描いたストーリーの、いずれかです。

やたらとデータに詳しいからといって、その人間が、リテラシーに長け、ストーリーを語れるか、というと、そうとは限りません。

むしろ、データばかりマニアックに追いかけている人間は、教養がなく、リテラシーが欠如し、ストーリーを描けない可能性があります。

企業のビジネスパースンに、法律に関する経営課題を提議する際、データを羅列しても辟易されるだけとなります。 

彼らには、
「リテラシー」
に還元し、
「リテラシーが頭で理解でき、心からビビッドに実感できる、行動や判断に結び付けられる、ストーリー」
を語らないと効果的にコミュニケーションできたことにはなりません。

そのような
「刺さる」プレゼン
をしないと、
「高尚で難解で抽象的で意味不明な法的専門用語が、誰も理解されることなく、素通りされていく」
という事態を招きます。

その先にある結末は、

東芝のように

担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していない
という状況を招き、挙句の果てには、
事業全体の損失額は7125億円にのぼった。16年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、12月末時点で自己資本は1912億円のマイナスだ。先達が営々と蓄積してきた利益が全て吹き飛ばされ、ついに債務超過に陥」る、
ということなのです。

ビジネスパースンの想定精神年齢を11、12歳として設定し、その程度の精神年齢に語りかけるくらいに咀嚼しないと、
担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していない
という事態を招きません。

「ドラえもん」
に出てくる野比のび太くんや、妖怪ウォッチに出てくるケイタくんでも、
「なるほど」
「そういうことか」
と感心して食いつくような内容・本質が語られていないと、リスクを伝えたことにならない、ということです。

リスク管理の実務担当者は、そのくらい伝える力、すなわち、
「データ」
から
「リテラシー」
を抽出し、
「ストーリー」
に仕立てて、ビジネスパースンが理解し、心に刺さり、実感として体感できるまで、リスクを提示する能力、を磨くことが重要となります。

企業の役職員が、法的リスクやコンプライアンス課題を正しく認識把握できない事態に陥る原因としては、属人的なものもあります。

企業の役職員は、経営(効率的な金儲け)については詳しくても、法律の専門家ではありません。

法律の条文、思考枠組、運用メカニズム、限界領域の解釈、運用相場観、全てが、腹が立つくらい、難解で高尚で、一般人の理解を拒絶します。

「判読不能な象形文字」
にしか見えていない
「難解な漢字の羅列である特殊文学である法律条文」
を目にしても、
「無知をさらけ出すと沽券に関わる」
と考えるためか、企業の役職員は、エラそうに知ったかぶりをしてしまいます。

また、リスク管理を実施する実務担当者側にも問題があります。

知的専門分野に関する文書は、3つに大別されます。

「データ」

「リテラシー」

「ストーリー」
です。

条文や法律や漢字がやたらめったら多い分厚い法律書は、データであってコンテンツではありません。

コンテンツとは、リテラシーを改善・向上させるような本質的なことが書いてあったり、リテラシーを用いて状況が改善するプロセスを描いたストーリーの、いずれかです。

やたらとデータに詳しいからといって、その人間が、リテラシーに長け、ストーリーを語れるか、というと、そうとは限りません。

むしろ、データばかりマニアックに追いかけている人間は、教養がなく、リテラシーが欠如し、ストーリーを描けない可能性があります。

企業のビジネスパースンに、法律に関する経営課題を提議する際、データを羅列しても辟易されるだけとなります。 

彼らには、
「リテラシー」
に還元し、
「リテラシーが頭で理解でき、心からビビッドに実感できる、行動や判断に結び付けられる、ストーリー」
を語らないと効果的にコミュニケーションできたことにはなりません。

そのような
「刺さる」プレゼン
をしないと、
「高尚で難解で抽象的で意味不明な法的専門用語が、誰も理解されることなく、素通りされていく」
という事態を招きます。

その先にある結末は、先程の
「凍死場(仮名)」
のように
担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していない
という状況を招き、挙句の果てには、
事業全体の損失額は7125億円にのぼった。16年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、12月末時点で自己資本は1912億円のマイナスだ。先達が営々と蓄積してきた利益が全て吹き飛ばされ、ついに債務超過に陥」る、
ということなのです。

ビジネスパースンの想定精神年齢を11、12歳として設定し、その程度の精神年齢に語りかけるくらいに咀嚼しないと、
担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していない
という事態を招きません。

「ドラえもん」
に出てくる野比のび太くんや、妖怪ウォッチに出てくるケイタくんでも、
「なるほど」
「そういうことか」
と感心して食いつくような内容・本質が語られていないと、リスクを伝えたことにならない、ということです。

リスク管理の実務担当者は、そのくらい伝える力、すなわち、
「データ」
から
「リテラシー」
を抽出し、
「ストーリー」
に仕立てて、ビジネスパースンが理解し、心に刺さり、実感として体感できるまで、リスクを提示する能力、を磨くことが重要となります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00761_企業法務リスク発見(抽出)・特定の手法3:リスクや課題の発見・特定を阻害するもの(2)法の無知や無理解を引き起こす「霞が関文学」や「霞が関言葉」

さらに、法律の無知や無理解が、法的リスクの正しい認識・解釈を阻害します。

そもそも、

「法律は、常識とは無関係に、特に、経済人・企業人のバイアスの塊である『経済常識』『経営常識』『業界常識』と、むしろ対立する形で作られ、遵守を強制される」
という前提が存在します。

その意味では、
「自分の常識なり感覚なりを信じる経営」
「迷ったら、横をみて(同業者の常識と平仄をあわせる)、後ろを振り返る(これまでやってきたことを踏襲すれば大丈夫と楽観バイアスに依拠する)経営」
が一番危ない、ということになります。

そして、さらに、
「法律」
という、
「特殊で難解な文学」
が、経営陣の法律の無知・無理解に拍車をかけます。

「霞が関文学」
という文芸ジャンルがあるのをご存知でしょうか。

これは
「霞が関言葉」
を用いた文書成果である、法令用語を指します。

この霞ヶ関言葉とは、お役人たちが使うような、
「ありふれたことを滑稽なほどまわりくどく、もったいぶって表現する言葉」
と定義されています。 

日常用語 霞ヶ関言葉
ゴミ 一般廃棄物
ビジネス街 特定商業集積
これから農業をやりたい人 新規就農希望者
マザコン 過度な母子の密着
外国語ブーム 語学学習意欲の高まり
クビになって職探しをしている人 非自発的離職求職者
みんな勝手にやればいい 各主体の自主的対応を尊重する
簡単な英会話ができるようにする 外国人旅行者への対応能力を整備する
普通のサラリーマンは家が買えない 平均的な勤労者の良質な住宅確保は困難な状況にある
転職しやすくする 人的資本の流動性の拡大のため環境整備を行う
エレベーターを入れる 円滑な垂直移動ができるよう施設整備を進めていく
家が狭くて子供が作れなくなっている 住宅のあり方が夫婦の出生行動に大きな影響を与えている

(出典:『中央公論』1995年5月号、イアン・アーシー著「『霞が関ことば』入門講座(前篇)」93ページ を元に筆者が作成)

例えば、

====================>引用開始
第二十七条の二第二項から第六項まで、第二十七条の三(第一項後段及び第二項第二号を除く。)、第二十七条の四、第二十七条の五(各号列記以外の部分に限る。第五項及び次条第五項において同じ。)、第二十七条の六から第二十七条の九まで(第二十七条の八第六項、第十項及び第十二項を除く。)、第二十七条の十一から第二十七条の十五まで(第二十七条の十一第四項並びに第二十七条の十三第三項及び第四項第一号を除く。)、第二十七条の十七、第二十七条の十八、第二十七条の二十一第一項及び前条(第二項を除く。)の規定は、前項の規定により公開買付けによる買付け等を行う場合について準用する。この場合において、これらの規定(第二十七条の三第四項及び第二十七条の十一第一項ただし書を除く。)中「株券等」とあるのは「上場株券等」と、第二十七条の二第六項中「売付け等(売付けその他の有償の譲渡をいう。以下この章において同じ。)」とあるのは「売付け等」と、第二十七条の三第二項中「次に」とあるのは「第一号及び第三号に」と、同項第一号中「買付け等の期間(前項後段の規定により公告において明示した内容を含む。)」とあるのは「買付け等の期間」と、同条第三項中「公開買付者、その特別関係者(第二十七条の二第七項に規定する特別関係者をいう。以下この節において同じ。)その他政令で定める関係者」とあるのは「公開買付者その他政令で定める関係者」と、同条第四項前段中「当該公開買付けに係る株券等の発行者(当該公開買付届出書を提出した日において、既に当該発行者の株券等に係る公開買付届出書の提出をしている者がある場合には、当該提出をしている者を含む。)に送付するとともに、当該公開買付けに係る株券等が次の各号に掲げる株券等に該当する場合には、当該各号に掲げる株券等の区分に応じ、当該各号に定める者」とあるのは「次の各号に掲げる当該公開買付けに係る上場株券等の区分に応じ、当該各号に定める者に送付するとともに、当該公開買付届出書を提出した日において、既に当該公開買付者が発行者である株券等に係る公開買付届出書の提出をしている者がある場合には、当該提出をしている者」と、同項各号中「株券等」とあるのは「上場株券等」と、第二十七条の五ただし書中「次に掲げる」とあるのは「政令で定める」と、第二十七条の六第一項第一号中「買付け等の価格の引下げ(公開買付開始公告及び公開買付届出書において公開買付期間中に対象者(第二十七条の十第一項に規定する対象者をいう。)が株式の分割その他の政令で定める行為を行つたときは内閣府令で定める基準に従い買付け等の価格の引下げを行うことがある旨の条件を付した場合に行うものを除く。)」とあるのは「買付け等の価格の引下げ」と、同条第二項中「買付条件等の変更の内容(第二十七条の十第三項の規定により買付け等の期間が延長された場合における当該買付け等の期間の延長を除く。)」とあるのは「買付条件等の変更の内容」と、第二十七条の八第二項中「買付条件等の変更(第二十七条の十第三項の規定による買付け等の期間の延長を除く。)」とあるのは「買付条件等の変更」と、第二十七条の十一第一項ただし書中「公開買付者が公開買付開始公告及び公開買付届出書において公開買付けに係る株券等の発行者若しくはその子会社(会社法第二条第三号に規定する子会社をいう。)の業務若しくは財産に関する重要な変更その他の公開買付けの目的の達成に重大な支障となる事情(政令で定めるものに限る。)が生じたときは公開買付けの撤回等をすることがある旨の条件を付した場合又は公開買付者に関し破産手続開始の決定その他の政令で定める重要な事情の変更が生じた」とあるのは「当該公開買付けにより当該上場株券等の買付け等を行うことが他の法に違反することとなる場合又は他の法に違反することとなるおそれがある事情として政令で定める事情が生じた」と、第二十七条の十三第四項中「次に掲げる条件を付した場合(第二号の条件を付す場合にあつては、当該公開買付けの後における公開買付者の所有に係る株券等の株券等所有割合(第二十七条の二第八項に規定する株券等所有割合をいい、当該公開買付者に同条第一項第一号に規定する特別関係者がある場合にあつては、当該特別関係者の所有に係る株券等の同条第八項に規定する株券等所有割合を加算したものをいう。)が政令で定める割合を下回る場合に限る。)」とあるのは「第二号に掲げる条件を付した場合」と、第二十七条の十四第一項中「、意見表明報告書及び対質問回答報告書(これらの」とあるのは「(その」と、同条第三項中「並びに第二十七条の十第九項(同条第十項において準用する場合を含む。)及び第十三項(同条第十四項において準用する場合を含む。)の規定」とあるのは「の規定」と、同条第五項第一号中「第二十七条の八第三項」とあるのは「第二十七条の二十二の二第二項において準用する第二十七条の八第三項」と、同項第二号中「第二十七条の十第八項若しくは第十二項又は前条第三項」とあるのは「第二十七条の二十二の二第七項」と、第二十七条の十五第一項中「、公開買付報告書、意見表明報告書又は対質問回答報告書」とあるのは「又は公開買付報告書」と、同条第二項中「公開買付者等及び対象者」とあるのは「公開買付者等」と、前条第一項中「若しくは第二十七条の二第一項本文の規定により公開買付けによつて株券等の買付け等を行うべきであると認められる者若しくはこれらの特別関係者」とあるのは「若しくは第二十七条の二十二の二第一項本文の規定により公開買付けによつて上場株券等の買付け等を行うべきであると認められる者」と、同条第三項中「前二項」とあるのは「第二十七条の二十二の二第二項において準用する第一項」と読み替えるものとする。
<====================引用終了

という言語のカタマリを提示すると、 これをみた企業の役職員の頭の中に投影されるのは、

「象形文字」の画像検索結果

となっている可能性が大きいです。

すなわち、法律という
「特殊文学」
は、普通の日本人が普通の日本語として、決して理解できないように作られているのです。

経営ないし企業運営は、常識ではなく、法律にしたがって行わなければならない。

しかし、当該法律自体、無意味な象形文字の羅列のようにしか表現されておらず、決して理解できるようなシロモノではない。

にもかかわらず、自分は
「ルールは理解している」
「法を犯しているはずなどない」
と盲信している。

そんな状況にある企業や組織がかなりの数存在します。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00760_企業法務リスク発見(抽出)・特定の手法2:リスクや課題の発見・特定を阻害するもの(1)正常性バイアス・楽観バイアス・常識(という偏見ないしフィルター)

我々の脳内には、リスクや課題の効果的発見・認知・特定を阻む
「有害な情報解釈機能」
が巣食っています。

正常性バイアスや楽観バイアスといわれるものです。

さらにいえば、
「常識」自体、
効果的なリスク発見を阻害します。

常識とは、物心つくまでに身に着けた偏見のコレクションを指します。

「人は皆、法を守る」

「企業においては、皆、あらゆる法を守り、健全に活動している」

いずれも、
「致命的に誤った偏見」
です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00759_企業法務リスク発見(抽出)・特定の手法1:日本の産業界において、法務リスクを効果的に発見・特定できている企業はほとんどない

危機管理において最も重要なことは何でしょうか?

危機の予防でしょうか?
危機の回避でしょうか?
危機の転嫁でしょうか?
危機への対応でしょうか?
危機を小さくする営みでしょうか?
危機を受け入れ、乗り越えることでしょうか?
危機が現実化した場合のダメージコントロール(損害軽減化)でしょうか?
危機対策のチーム作りや専門家の招集でしょうか?
危機対策の予算を確保することでしょうか?

いずれも、必要ですが、重要とは言えません。

危機管理において最も重要で、かつほとんどの管理主体が難しいと感じている事柄は、危機ないしリスクの発見と特定です。

リスクへの対応、すなわち、予防したり、 最小化したり、回避したり、転嫁したりするのも、リスクが発見され、特定されることが前提となっています。

法務部ないし法務担当者の役割は、法務安全保障であり、事件や事案や有事(存立危機事態)への対処です。

その意味では、法務関係者にとって、ビジネス活動や企業運営から、
「法務リスク」
をピンポイントで効率よく発見するスキルは非常に重要性をもちます。

他方で、 日本の産業界においては、法務リスクを効果的に発見・特定できている企業はほとんどありません。

1つには、 正常性バイアス・楽観バイアスの存在があります。

また、法律そのものの属性・性質からも、法的リスクは発見しにくい状況が生まれます。

すなわち、そもそも法律自体、理解しがたいし、よくわからない。

というか、読む気も失せるようなシロモノです。

法律の条文、思考枠組、運用メカニズム、限界領域の解釈、運用相場観、すべてが、腹が立つくらい、難解で高尚で、一般人の理解を拒絶します。

さらにいえば、経営者も、経営の専門家であっても、法律の専門家ではありません。

どうしても後回し、おざなりになりがちです。

「『法的リスクを現実化させないこと』を目的とする『予防法務』こそが、臨床法務や事故対応法務よりはるかに重要である」
という認識が、昨今、企業関係者の間で広まってきています。

特定の取引や契約について、
「個別具体的法的リスクを現実化させないことを目的とする予防法務」
が、契約法務といわれるものです。

そして、
「企業組織運営全体の法的リスクを現実化させないことを目的とする予防法務」
については、コンプライアンス法務あるいは内部統制構築法務、といわれます。

しかし、上場企業ですら、
「企業不祥事」
によって経営が傾く実例が多々存在することからもわかるように、
「予防法務」
を現実に効果的に実施する能力や環境にある企業はわずかしかありません。

電機メーカー東芝は、7125億円もの損失を原子力事業全体で発生させ、2016年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、同年12月末時点で自己資本が1912億円のマイナスという、債務超過の状況に陥りました。

この状況の原因となったのは、東芝傘下のウェスティングハウスは、2015年末に買原発の建設会社、米CBE&Iストーン・アンド・ウェブスターを買収した際、買収直後に、ある価格契約を締結したことにあります。

複雑な契約を要約すると、
「工事で生じた追加コストを発注者の電力会社ではなくWH側が負担する」
というものでした。

原発は安全基準が厳しくなり工事日程が長期化し、追加コストは労務費で4200億円、資材費で2000億円になりました。

しかし、問題は担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかったことにあり(機能的非識字状態)、さらにいえば、この
「価格契約」
が極めて不利で合理性がない契約、すなわち狂った内容であったにもかかわらず、このリスクを発見・特定・認知できず、リスクに気づかないまま契約締結処理を敢行したことにありました。

原子力担当の執行役常務、H(57)らは
「米CB&Iは上場企業だったし、提示された資料を信じるしかなかった」
と悔しさをにじませた、とされます。

この事件をみていただければおわかりかと思いますが、
「課題が発見されないこと」
の恐ろしさが明確に書かれています。

東芝の経営陣ないし担当役員が、もし、課題、すなわち、この価格契約の法的リスクを正しく理解・認識していたら、漫然と放置することなく、何らかの対処を取っていたはずです。

契約上、追加コストを負担しないような取り決めをしておく交渉をしたはずですし、最悪、ディールブレイクさせ、契約自体をやめてしまってもよかったはずです。

回避行動を取る前提として、予見や認識の段階で、躓いていた、というのがこの事件の本質です。

「リスクや課題を知るなんて簡単だし、誰でもできる」
そう思われている方は多いかもしれませんが、実際は、天下の国際的大企業の経営陣すら
「リスクや課題を知る」程度
のことすら、まったくできていないのです。

多くの医者(外科医を除く)がやっているのは、病気を治すことではありません。

病気を治すのは、薬であり、薬剤師です。

医者がやっているのは、病気を発見し、特定する作業です。

「課題を発見・抽出・特定する」
のは、
「課題そのものを処理する」
よりも、実は、非常に重要で高度な業務なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00758_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題7:企業秘密の意義・特徴

「チザイ」
としては、特許や著作権や意匠権といった権利の範囲や内容や限界がクッキリ、ハッキリして、登録されて、対外的にも明瞭に権利として認識されるようなものを見てまいりました。

もちろん、一般に
「チザイ」
といえば、これら正式な権利となるようなものが代表選手ですが、ビジネスの世界においては、これらとは別に、
「権利の範囲や内容や限界がクッキリ、ハッキリして、登録されて、対外的にも明瞭に権利として認識されるようなもの」
とは言い難い、
「企業秘密」
という知的財産領域があります。

そして、現実には、この
「企業秘密」
といわれるものの方が、ボリュームとしても膨大であり、かつ、企業にとって重要性を有しています。

原子力発電は高度な技術情報の集積によって成り立っています。

当然ながら、原子力発電に関する特許は、かなりの数の技術情報が、特許あるいは実用新案として、登録され、あるいは出願されています。

特許や実用新案に関する情報がデータベース化されている
「特許電子図書館」
というサイトで
「原子力発電」
というキーワードで検索すると、同キーワードに関する技術は、特許で2866件、実用新案で55件の合計2921件みつかります。

さて、ここで、例えば、ある会社が、原子力発電所を作ろうと思い立ったとしましょう。

特許許諾云々の問題は別にして、当該会社は、特許や実用新案として公開されている技術情報だけで、原子力発電所を作ることはできるでしょうか?

答えはNOです。

まず、不可能だと思います。

こういう話の仕方をすると、
「畑中は何を言っている! 3000もの技術が公開されているんだから、これを使えば、原子力発電所くらい作れるはずじゃないか!」
とおっしゃる方が出てきそうです。

しかしながら、現実には特許や実用新案だけで原子力発電所を作るなど、夢のまた夢、といえるほど、技術情報が不足著しいのです。

何故か、というと、原子力発電所を作るには、特許や実用新案として公開されている情報“以外”の膨大な技術情報が必要だからです。

これらの技術情報群は、特許化も実用新案化もされることなく、原子力発電メーカー固有の
「門外不出のノウハウ」
として膨大な情報群として存在し、一般の目に触れることなく、日々アップデートされ、進化を遂げているものです。

おそらく、原発を作るのに必要な技術情報のすべてを100とすると、特許や実用新案として公開されるのは、そのうち0.001%にも満たない、といえるかもしれません。

原発開発に携わる会社は、
「技術競争力の根幹に関わる技術で、比較的早期に陳腐化し、公開することにより生じる犠牲を勘案してもなお、模倣リスクを防御し、牽制しておいた方がいい、ごく一部の情報」
だけを選び出し、競業する他社への牽制も込めて、特許ないし実用新案として出願する、という行動に出ます。

そして、それ以外の膨大な技術情報群は、一切公開されることなく(したがって外部によって真似されるどころか、目にする機会すらない状態で、)静かに製造現場で蓄積されていき、メーカーの競争力を支えているのです。

特許は、強力な権利ですが、他方で、その内容を公開しなければならず、かつ、一定期間でその優先的効力は消滅します。

また、特許の効力は登録した国限りのものであり、登録をしない国においては、
「パクリ放題」
です(特許における属地主義)。

現実問題として、世界百数十ヶ国全てにおいて特許権を取得しようとすると、想像を絶する取得コスト・維持コストが必要となります。

他方、企業内部の技術情報は、新規性や進歩性といった技術内容に関する要件など一切不問で、一定の要件を充たす限り、登録等の手続きは一切不要で、不正競争防止法という法律によって保護されます。しかも、存続期間は永久です。

営業秘密としてよく例に出されるのが、コカコーラの原液のレシピ情報です。

すなわち、コカコーラの原液のレシピ情報は、一切公開されることなく、
「問外不出の企業秘密」
として、百年以上にわたって保護・管理され、コカコーラ社の長期間にわたる競争力を支えています。

もし、これが特許として公開されていたら、コカコーラは20年程度でその競争における優位性を喪失し、今頃企業は破綻していかもしれません。

世阿弥は
「秘すれば花」
と言いました。

技術情報も、同様です。

特許として公開してしまえば、高いコストをかけた挙句、20年ポチしか保護されませんが、公開せず
「自家薬籠中の物」
として保管しておけば、低コストで、かつ長期間、企業の競争力を支えてくれるのです。

「営業秘密」
として保護されるためには一定の要件充足が必要であり、その一番重要な要件が、秘密管理性と言われるものです。

要するに、企業が、特定の情報を、不正競争防止法に基づく
「営業秘密」
として保護を求めるのであれば、
「これら情報を、従業員を漫然と信じて、いい加減・適当に管理するようなこと」
はNGで、
「守秘義務誓約書を徴求するとか、社外に容易に持ち出せないような物理的あるいは制度的な仕組を作るなどして、厳密に管理しておく必要がある」
というわけです。

ですが、長年、
「社員は家族。社員を信じよ。社員を泥棒と考えるような強烈な管理の仕組みはよくない」
というカルチャーを信奉してきた日本の各メーカーは、この種の仕組みをまったく持っていないことが多く、リストラした社員が、情報を持ちだしても、打つ手がなく、技術情報がどんどん流出する状況です。

有名なのが、日本製鐵(当時の社名は新日鐵)が保有していた方向性電磁鋼板製造技術で、これら技術は、特許化されることなく、長年企業内の秘密として運用されていました。

ところが、リストラされた技術者が、転職先の韓国メーカーにこの技術を持込んだことが契機となって、国際的な企業紛争に発展しています。

無論、日鐵サイドは、
「不正競争防止法にもとづく保護を受けられるに十分な、営業秘密としての管理実体はあった」
と主張していますが、韓国メーカー側は、
「そんな管理なんかやっていないだろう。大事なものなら、ちゃんとしまっておけ。従業員を信じて適当な管理をしておきながら、クビにした従業員が培った技術を適正に使ったからといって、今更、ギャーギャー騒ぐな。見苦しい」
と応戦していました。

最終的には、軍配は日鐵側に上がりましたが、モメにモメてモメ倒した末の勝利でしたから、訴訟リスクという点では、日鐵側は相当な脅威にされされたことは間違いありません。

いずれにせよ、営業秘密として保護を求める以上、相応の要件充足が必要であり、これまで性悪説に基づく社員に対する厳格な情報管理を要求した経験のない日本企業は、右往左往している、というのが実体です。

以上、企業秘密について見てきましたが、ポイントとしては、発明をしたからといって、何でもかんでも特許化を狙って公開すればいい、というものではなく、
「秘すれば花」
という形で、非公開の営業秘密として運用した方が便宜な場合もあり、企業における技術情報の大半はこのような形で維持・保全されている、ということです。

とはいえ、このような営業秘密として維持・保全を企図するのであれば、
「ウチの従業員はまともだから、信じても大丈夫」
という態度は禁物で、性悪説を徹底した厳密な管理をする必要がある、ということも踏まえなければなりません。

初出:『筆鋒鋭利』No.090、「ポリスマガジン」誌、2015年2月号(2015年2月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00757_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題6:「知財」における行政(特許庁)と司法(裁判所)の対立

企業の知財に関する事件の報道を見ていますと、例えば、こういうニュースに接することがあります。

2005年2月26日、東京地方裁判所は、特許権侵害訴訟において、日本水産の冷凍塩味茹枝豆特許(塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品の特許)を無効と判断し、日本水産の特許権に基づく損害賠償等の請求を権利濫用として許されないとして棄却
「2005年 11月11日、知財高裁において、日本合成化学工業のパラメーター特許が無効と判断される」

いずれも、一見すると、ありきたりのニュースとして見過ごしてしまいそうですが、よく考えてみれば、かなり異常な事態です。

ニュースでは、
「裁判所から、権利を濫用したとか、無効だとか非難された」
とされていますが、当事者である日本水産にせよ、日本合成化学工業にせよ、別に、何の根拠もなし、無茶な因縁をつけたわけではありません。

彼らは、多大な時間とエネルギーを負担して、特許出願し、さらに、出願してからも、特許庁から
「あっちを直せ」
「この出っ張りを引っ込めろ」
とかいろいろ指導を受けた挙句、晴れて、特許権登録を受け、特許庁から
「特許権者」
としてお墨付きを受けた、国家公認の権利者だったのです。

特許権が登録されれば、見るからにおごそかな特許庁長官発行の
「特許証」
という、鳳凰が縁取られた、合格証書のようなものが発行されます。

このような状況にあって、
「自分の権利がマボロシである可能性もあるから、疑え」
といわれても、そりゃ、絶対、無理ってもんです。

日本水産も、日本合成化学工業も、
「特許庁」という「国家行政を担う、立派な奉行所」
のお墨付きを得て、権利者として振舞っていただけです。

そうしたところ、あるとき、この
「厳かなお墨付き」たる特許権

「そんなもの、屁のつっぱりにもなるか」
といわんばかりに、公然とコケにする不逞の輩が現れたのです。

不逞の輩と権利者との揉め事は、
「裁判所」という別の奉行所
が取り扱うことになっています。

奉行所が違ったといえども、同じ日本という国の、同じ国家機関。

「まるで話が通じないわけはない、ということはなかろう」
と思って、裁きを待っていたところ、この
「裁判所」という奉行所
は、
「そちのもっている権利とやらはインチキじゃ。そのようなインチキな権利を振り回す、そちこそが、不逞の輩なり」
と、逆に怒られた。

そんな無茶苦茶な話が、前述のニュースです。

なぜ、こんなことが起きてしまうのか。

それは、三権分立制度の陥穽としか言いようがありません。

国家は1つですが、権力作用は、まったく別。

しかも、裁判所は、
「サイエンス」ではない「イデオロギー」たる法律を解釈運用する、
「上司もなく、やりたい放題」が憲法で保障されている、
いわば
「独裁者」
であり、国会が作った法律すらぶっ飛ばすパワーを持っているくらい強力な独裁者です。

他の国家主権である行政権に属する特許庁が一介の私人に発行したお免状の1つをビリビリ破ることくらい、朝飯前のバナナヨーグルトです。

とはいえ、その昔、
「裁判所は文系の人間で、科学技術のことはよくわからないから、特許権が有効とか無効とかそういう小難しいことは、技術に明るい特許庁の方々に任せ、基本的に特許庁の判断を尊重しよう」
というシキタリがありました。

ところが、あるとき、公知技術を組み合わせただけの明らかに無効な特許を、うまく登録に持ち込んだ輩が登場し、彼が、このインチキ特許を使って、差止や損害賠償請求を行うという事件が起きました。

その際、最高裁は、前記シキタリを破り、
「差止や損害賠償請求が求められた際、裁判所が当該特許の有効・無効を判断し、たとえ技術に明るい特許庁の審査官がお墨付きを与えた特許権であっても、無効と断じてもいい」
と宣言しました。

そして、このような最高裁の取扱は、特許法改正により明文化されました。

このような事情があるため、前述のニュースのように、
「審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権」
をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチをくらうような形で裁判所から突然
「特許無効」
と宣言され、最後に泣きを見る、という事例が出てくるようになったのです。

これが、冒頭の報道で示したニッスイ事件です。

初出:『筆鋒鋭利』No.088、「ポリスマガジン」誌、2014年12月号(2014年12月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00756_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題5:粗略で酷い「知財」の取り扱われ方の具体例(ニッスイ事件)

「『審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権』」
をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチを食らうような形で裁判所から突然『特許無効』と宣言され、最後に泣きを見た、という事例についてお話します。

1998年、日本水産(ニッスイ)は、冷凍の塩味茹枝豆に関する特許を取得しました。

特許といっても、製法や材料や味や保存期間等の画期的技術についてではなく、枝豆の塩分濃度や解凍後の枝豆の硬さなど、性質や機能を数値で表現したものに特許権が与えられたものでした。

ニッスイは、特許取得後、同じく冷凍塩味茹枝豆を販売しているニチロ、ニチレイ、マルハなどに特許使用料を要求する交渉を開始しましたが、各社はこれに猛反発します。

2002年2月にニチロが特許庁にニッスイの特許の無効審判請求をしました。

要するに、ニチロとしては、
「ニッスイが、取得した、と騒いでいる特許は、何ら画期的な発明ではなく、特許要件を満たさないものだから、そんなものは無効だ」
と特許庁に訴えたわけです。

特許無効審判は
「せっかく苦労して東大に合格したのに、いきなり合格が取り消されるくらいションボリする話」
です。

苦労して取得した特許権をそんな風にケナされてニッスイ側としても黙っているわけにはまいりません。

ニッスイ側は、この対抗措置として、自社の特許権を侵害したとして、ニチロの冷凍塩味茹枝豆の販売差止などを求めて、東京地裁に提訴しました。

しかしながら、結果は、東京地裁が
「ニッスイの特許技術に進歩性はない」
と判断し、ニッスイ側の完全敗訴となりました。ニッスイ側は、控訴も断念し、ここに冷凍塩味茹枝豆の特許をめぐる冷凍食品業界の仁義なき抗争が終結しました。

特許が成立するのは、それまで冷凍食品業界においてまったくなかったような高度な発明で、かつ従来技術からは思いもつかないような進歩的な発明でなければなりません。

人間の食に対する意識は結構保守的で、変わった食品や変わった製法の食品を敬遠する向きも多く、その意味で、一般に
「食品業界では特許が成立しにくい」
などと言われます。

というか、仮に
「見た目はカレーで、味はイチゴのデザート」
なんて食べ物があったとしますと、この食べ物は、斬新であり、進歩的なもので、ひょっとしたら特許が取れるような発明かもしれませんが、そんなグロテスクな食べ物、日本人のほとんどはあっても食べたいとは思わないでしょう。

そして、事件になったニッスイの特許は、そんな革命的なものというわけではなく、前述のとおり、フツーの食べ物に関する、ちょっと便利な技術に関するものでした。

というか、仮に
「見た目はカレーで、味はイチゴのデザート」
なんて食べ物があったとしますと、この食べ物は、斬新であり、進歩的なもので、ひょっとしたら特許が取れるような発明かもしれませんが、そんなグロテスクな食べ物、日本人のほとんどはあっても食べたいとは思わないでしょう。

そして、事件になったニッスイの特許は、そんな革命的なものというわけではなく、前述のとおり、フツーの食べ物に関する、ちょっと便利な技術に関するものでした。

特許権があるからといっても、すなわちニッスイに特許権があり、特許庁長官発行のお免状があるからといっても、裁判所からみたら、ニッスイの特許権は
「下駄をはかせてもらい、インチキで取得した『“なんちゃって”特許』」
とも言うべき代物です。

ニチロもその
「なんちゃって」ぶり
はきっちりお見通しでした。

にもかかわらず、ニッスイは、そんな、武器にもならない
「おもちゃのチャンバラ道具」
のような権利を使って、
「喧嘩上等」
といわんばかりに強気になってしまい、訴訟提起をしちゃったところが、運の尽きだったようです。

こんな「“なんちゃって”特許」
で、強気に訴訟提起したら最後、ニチロから無効審判請求の申立てや、特許法104条の3の抗弁(キルビー抗弁)が出され、鵜の目鷹の目で徹底的に調べ上げられ、たちまち無効とさせられる危険が生じる、というわけです。

すなわち、ニチロから無効審判請求の申立てや、特許法104条の3の抗弁(キルビー抗弁)といった、ガチのカウンターパンチが繰り出され、
「特許庁、すなわち行政という奉行所(権力機関)」
とは別の、
「裁判所、すなわち司法府という別の奉行所(権力機関)」
によって、徹底的に吟味された結果、あっけなく
「その方が有しておる権利とやらは、まがい物の、なんちゃって権利であり、無効なり! そのような権利を振り回すその方の振る舞いこそが不逞千万である!」
と宣言させられたのです。

裁判で負けたら、販売差止に失敗するだけではなく、今度はライセンスしている他の食品会社からも
「ガセ特許をネタに高いロイヤルティをふんだくりやがって、特許が無効になった以上、これまでインチキで払わされたロイヤルティを全部返せ」
ということをいわれる可能性もあります。

ですので、ニッスイとしては、 三権分立をきっちり理解して、
「特許庁、すなわち行政府という権力機関によって、お情け半分で特別に認めてもらった権利が、裁判所という冷厳な別の権力機関でばっさり否定されるかもしれない」
という保守的な前提認識をもち、 あまり物騒な展開にせず、なるべく早く大人の話し合いで、双方にとって体面が保てる幕引きをし、
「なんちゃって特許」
が化けの皮を剥がされないようにすべきであった、といえますね。

こうやってみると、
「特許権という、三権分立制度の間に漂う権利を扱う際には、日本の国家制度を本質から理解しておく必要がある」
ということになります。

ちなみに、このような
「三権分立制度の間に漂う権利や法律関係」
は、チザイにとどまりません。

税務争訟関係(税務当局と裁判所)、
金融商品取引法事件(金融庁、証券取引所、証券取引等監視委員会と裁判所)、
独禁法事件(公正取引委員会と裁判所)
などなど、ビジネスと法律が交錯する多くの分野で、行政と司法が顔を出します。

無論、多くの場合、結論だけでみると司法判断と行政判断には一致がみられます。

しかしながら、つぶさに観察すると、権利や法律関係の扱い方やアングルが相当異なることがわかりますし、「同じ日本の権力機関だから、一緒だ」という安易な考えは早計といえます。

この意味では、「チザイ」の扱い方を理解するためには、三権分立の理解が決定的に必須となります。

初出:『筆鋒鋭利』No.080、「ポリスマガジン」誌、2014年4月号(2014年4月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.089、「ポリスマガジン」誌、2015年1月号(2015年1月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00755_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題4:粗略で酷い「知財」の取り扱われ方

「知財を実際に最終的に取り仕切る特許庁や裁判所」
において、実際、知財がどのような形で取り扱われているか、ということを述べてまいります。

具体例として、知財の代表選手である特許の場合を考えてみます。

特許権というと、
「日本の特許出願件数40万件!
」などという報道があったり、また、各種工業商品に
「PAT.P(Patent Pending、特許出願中の意味)」
の表記がみられるなど、巷に特許は溢れ返っており、また、前回お話ししたように、政府が、2002年12月4日に、
「知的財産の創造、保護及び活用に関する施策を推進すること」
を目的とする知的財産基本法を作り、知的財産権保護を政策として奨励していることで、知財バブル現象に浮かれ、踊り狂う
「知財マンセー」
の方も多くいるため、一般には、発明が完成し、これを特許庁に持ち込めば、両手を挙げて歓迎され、すぐにでも特許権がもらえそう、とイメージを持たれる方も少なからずいらっしゃるものと推測されます。

しかしながら、現実には、特許権という権利が成立するためには、相当高いハードルを乗り越える必要があります。

まず、
「発明」

「特許権という法律上の権利」
に変化させるためには、出願という手続きが必要です。

例えを使って説明しますと、
「発明」が「東大入学を目指す受験生」、
「特許権という法律上の権利」が「東大に合格して、晴れて東大入学を果たした東大生」
とイメージしてください。

東大に憧れ、東大入学を目指す者は多いですが、目指した人間全員が入学できるわけではなく、実際東大に入学して東大生となれる人間はごくわずかです。

とはいえ、入るのが難しいからといって、
「目指してはいけない」、
「受験するのは許さん」
ということまでは言われませんし、門戸は広く開放されています。

どんなに勉強できない人間であっても、東大を受験する権利までは否定されませんし、少なくとも、
「オレは東大を目指しているんだ」
ということを吹聴したり、自慢して威張る自由は保障されています(そういう吹聴や自慢は自由ですが、「自慢や吹聴は合格してからにしろ」というツッコミが入り、却ってバカにされる危険はあります)。

この
「発明」という受験生
が、
「特許権」という東大合格
の栄誉を得るため、最初に行うのが、
「出願」すなわち、願書提出行為
です。

東大がどんなに勉強できない人間にも受験の機会を保障しているのと同様、特許手続きについても、どんなに下らない発明や、およそ特許が成立しないような思いつきであっても、
「出願」自体
はできます。

すなわち、発明や思いつきの内容や自分として要求する権利の内容を文書や図面で記載し、受験料とも言うべき出願手数料を支払えれば、原則として、どんなものでも出願可能です。

そして、東大に願書を提出した浪人生は、実際合格するまでタダの浪人生ですが、特許の世界では、出願しただけの発明に対して、特殊な称号を付与してくれます。

これが、
「特許出願中」
と言われるものであり、平たくいえば、
「将来、ひょっとしたら、特許権になるかもしれないかもしんない権利だぞ」
という称号です。

そして、このような状態にある権利は、先ほど述べたとおり、
「PAT.P(Patent Pending、特許出願中の意味)」
としてエラそうに表示しています。
「 PAT.P (Patent Pending、特許出願中の意味)」
といえば、何やら仰々しくて相応の権利がありそうなことを示していると勘違いされますが、いってみれば、浪人生が
「おれは東大に願書を出したぞ」
と威張っているのと同様、よく考えると、あまりたいした話ではありません。

先程、
「 PAT.P(Patent Pending、特許出願中の意味)」
と呼ばれる
「特許を受ける権利」
について、何やら仰々しくて相応の権利がありそうなことを示していると勘違いされがちですが、
「将来、ひょっとしたら、特許権になるかもしれないかもしんない権利」
という程度の代物で、東大を目指す浪人生が
「おれは東大に願書を出したぞ!」
と威張っているのと同様あり、よく考えると、あまりたいした話ではありません、と申し上げました。

実際、東大を目指す受験生のうち大半が無残に不合格となるように、特許出願された発明のほとんどは、特許権になることなく無残に朽ち果てていきます。

特許出願から1年半経過した後、出願内容が公開され誰でも閲覧できますが、インターネット等で公開された特許出願の内容を見てみると、子供の落書きのような手書きの願書や、まったくやる気や真剣さが感じられないでたらめでいい加減な願書なども相当数含まれ、まさに玉石混淆です。

たまに
「特許を受ける権利」
が高額で売買されることがありますが
「きちんとした科学者による世紀の大発明で、論文等で裏付けもあり、実施されている発明」
というのであればともかく
「子供の落書き」
をやや高級にしたようなものを何も知らずに高値でツカまされたというケースもあります。

出願された発明は、特許庁において特許要件充足の有無を審査され、その過程でいろいろとケチをつけられ形を変えながら、当初出願されたものとは似ても似つかぬものとなっていきますが、そういう紆余曲折を経て最終的に特許査定という行政処分がなされれば、所定の手数料を納付し、晴れて特許権が成立します。

このように、特許だの知財だのと騒いだところで、専門家や特許庁や裁判所からみれば、その大半はあまり大した話ではなく、成立するならともかく、取り扱われ方も、まずは門前払い、ようやく審査の俎上に乗っても鵜の目鷹の目でこき下ろされるなど、さんざんな取り扱われ方をしているのが現実であり、
「どこが知的財産を重視する国家戦略やねん!」
とツッコミを入れたくなるような状況なのです。

特許権が成立し、権利として登録されれば、見るからにおごそかな特許庁長官発行の「特許証」という、合格証書のようなものが発行されますが、
「チザイ」の代表選手である特許
の扱われ方の過酷さは半端なく、登録されてからでも安心できません。

特許要件が1つでも欠けると思われれば、特許を快く思わないライバル企業が無効審判を申し立て
「この特許は無効だ」
などと攻撃を仕掛けてきますし、特許権が侵害されたからといって、怒りに任せて、差止や損害賠償請求を仕掛けるのも、反撃を受けて特許がつぶされる危険が生じます。

その昔
「裁判所は文系の人間で、科学技術のことはよくわからないから、特許権が有効とか無効とかそういう小難しいことは、技術に明るい特許庁の方々に任せ、基本的に特許庁の判断を尊重しよう」
というシキタリがありました。

ところが、あるとき、公知技術を組み合わせただけの明らかに無効な特許を、うまく登録に持ち込んだものが、差止や損害賠償請求を行うという事件が起きました。

その際、最高裁は、前記シキタリを破り、
「差止や損害賠償請求が求められた際、裁判所が当該特許の有効・無効を判断し、たとえ技術に明るい特許庁の審査官がお墨付きを与えた特許権であっても、無効と断じてもいい」
と宣言しました。

このような最高裁の取扱は、特許法改正により明文化されました。

このルールがあるため
「特許庁の審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権」
をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチをくらうような形で裁判所から突然
「特許無効」
と宣言され、最後に泣きを見る、という事例が出てくるようになりました。

東大の例に例えると、
「散々浪人して、せっかくなんとか東大合格を手にいれたものの、入学してから再試験をされて、そのとき、良い点を取れなければ、たちまち、元の浪人生に逆戻り」
というのと同様、人の人生をオモチャにしているとしか思えない悲惨で過酷な取り扱われ様です。

以上のとおり、
「チザイ」の代表選手である特許
ですが、行政庁である特許庁で散々冷たい目でこき下ろされて晴れてようやく特許権になったと思ったら、裁判所でもさらに無茶苦茶な取り扱われ方をされており、
「何が知的財産を重視する国家戦略や!人のことを馬鹿にするのもいい加減にせい!」
といいたくなる状況なのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.078、「ポリスマガジン」誌、2014年2月号(2014年2月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.079、「ポリスマガジン」誌、2014年3月号(2014年3月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00754_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題3:知財バブル現象

知的財産権については、政府が、2002年12月4日に、
「知的財産の創造、保護及び活用に関する施策を推進すること」
を目的とする知的財産基本法を作りました。

この、政府の
「知的財産権を積極的に保護しますよ」
というポーズを真に受け、
知的財産権のダークサイド
ともいうべき、産業技術や文化発展を阻害するようなマイナス面を無視し、やたらと知的財産権をもてはやす風潮が蔓延しました。

そして、社会や経済の仕組みをよくしらない一部の
「知的財産教の狂信者」
ともいうべき方々が、
「これからは知財(ちざい)だ!」
「知財が日本を強くする!」
「企業は知財を強化すべきだ!」
などと言い出し、「知財」という得体のしれないものをもてはやしはじめたのです。 

この熱狂というか、アホというか、意味もわからずに、
「知財」
がもてはやされる風潮を、もてはやしている人間の低劣さを揶揄する意味をこめて、
「知財バブル」
などといったりします。

初出:『筆鋒鋭利』No.077-2、「ポリスマガジン」誌、2014年1月号(2014年1月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00753_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題2:「知的財産権」の正体(知財のダークサイド)

知的財産権については、
「法律の専門家である弁護士ですら『知的財産紛争は一切取り扱わない』というスタンスを取る者も出るほど、取扱がやっかいな法務課題である」
といえますが、そもそも
「知的財産権の正体」
とは一体何なのでしょうか?

ここで、知的財産権の正体をわかりやすくお伝えするため、メタファー(暗喩)を用いて、解説します。

まず、
「時は天下統一の完了した織田・豊臣時代、東西を結ぶ大動脈たる整備された大街道、中山道や東海道」
をイメージしてください。

かつては、交通の自由が規制され、あちこちに勝手な関所が作られ、関所毎に通行料が支払わされ、流通コストが増大し、経済発展が歪められました、織田・豊臣によって天下は統一され、
「関所はいくつかあるものの、天下の往来は原則自由」
となりました。

ここで、
「現代における産業技術や文化市場におけるアイデアや表現が自由に往来する状況」
を想定し、これと、
「平和が訪れた豊臣政権の時代における中山道や東海道の大街道」
と同様のイメージをもってください。

産業技術や文化市場では、アイデアや表現が自由かつ活発に交換されることにより、どんどん高度化されます。これは、
「誰かが適当に作り上げた意味不明な関所や値段のよくわからない通行料」
のない、自由な往来ができる整備された街道によって経済が発展するのと同様です。

学ぶとは、
「真似ぶ」すなわち「真似る」こと
から転じており、模倣は産業技術や文化発展の原点ともいえます。

知的財産権というのは、基本的に、この
「現代における産業技術や文化市場におけるアイデアや表現が自由に往来する状況」
に、
「私人に関所を設けさせ、これを使って他者を威嚇したり、通行料をせしめること」
を是とする制度です。

すなわち、特定の要件を満たして(著作権以外の知的財産権は登録等も必要)、自分が作り出したアイデアや表現に権利が付与されると、
「アイデアや表現を自由に使える状況」
に対して一種の
「関所」
のようなものが作られてしまいます。

言い換えれば、技術や表現(知的財産権)を自由に使って、産業社会や文化市場で自由な活動をしようとすると、いきなり、
「そなたは、国からお墨付きを得て当方が設置しておる関所を勝手に通行しておる。通行を止めろ(差し止め)、通行料を払え(ロイヤルティや損害賠償を払え)」
といわれてしまうのです。

「知的財産権を積極的にどんどん認め、その権利を強力に行使させる」
というのは耳に心地よく聞こえます。

しかし、よく考えてみれば、
「知的財産権を次から次に認め、その権利を最大限行使させる」
というのは、喩えてみれば、
「せっかく、天下統一して、大街道を往来自由にしたにもかかわらず、また、各地方の権力に自由に関所を作らせ、通行料の徴求を許す」
のと同様、産業社会や文化市場の発展にきわめて有害といえます。  

このように、知的財産権の正体は、
「(アイデアや表現の自由な往来における)公認関所」
のようなもので、産業社会や文化市場の発展を阻害する、というダークサイドの要素を秘めたものなのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.077-1、「ポリスマガジン」誌、2014年1月号(2014年1月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所