00174_企業法務ケーススタディ(No.0129):DM送付コストダウンのリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社幸楽チェーン 代表取締役 角野 春菜(かどの はるな、28歳)

相談内容: 
先生、ウチは、
「油控えめで、あっさり中華を楽しんでいただける」
をコンセプトとしたファミレスチェーンをやっています。
それで、顧客層は高齢者の方々が多いので、お値引き企画へのご招待やらについて、電子メールで送るわけにはいかないんですよ。
電子メールだったら、通信料がほとんどかからないし、ご招待状も顧客がプリントアウトしてくれればいいから楽なんですけれどもね。
そういうわけで、ウチでは、顧客名簿に基づいて、来店利用履歴を見ながら、常連さんや、最近ご無沙汰のお客様に対して重点的に、毎回、封書でダイレクトメールを送っているのですが、ウチの顧客って数万人単位でいるでしょ?
郵送料がホントバカにならないんですよね。
そしたら、ウチの従業員が、宅急便が提供している、安いメール便を見つけてきたんですよ。
これで実際の送付コストをシミュレーションしてみたら、年間で数百万円単位で安いんですよ。
これはもうメール便にするしかないです。
ただ、メール便の利用約款には、
「信書はお取り扱いできません」
ってあるんですよ。
「信書」
ってなんでしょうか?
まあ、私的には、
「個人的なことが書いてある、秘密めいた手紙」
とかですかねえ。
ウチがお願いするのは、秘密でも何でもない、お客さん全員に出してるような広告なんだから、別に問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「信書」に関する郵便事業株式会社の独占
国民が自分の意思を他人に対して安心確実に伝達する手段が確保されることは、近代国家においては非常に重要です。
例えば、政治批判を含む議論以外のビジネスの分野でも、競合する第三者に秘密のまま自分の意思を意図する相手へ確実に送る手段が整備されていなければ、自由な競争すら危ぶまれますから、
「安価で、安心確実に通信を行う」
ことは、重要なインフラといえます。
憲法21条2項も、
「検閲は、これをしてはならない。
通信の秘密は、これを侵してはならない」
と規定して、国民が持つ
「通信の自由」
を重視しています。
これをうけて、郵便法は、郵便事業株式会社に対して、
「総務省令で定められた料金」
のもと、法令で定められた様々なサービスの提供を要求しています。
さらに、同法79条は、サービスの提供を担保するために、
「郵便の業務に従事する者が殊更に郵便の取扱いをせず、又はこれを遅延させたとき」
について、
「1年以下の懲役又は30万円以下の罰金」
まで定めています。
そして、同法4条は、同社に法令上厳しい責任を課す一方で、通信インフラたる郵便事業が確実に実施されるように、
「信書」
の取扱いについては、一定の例外(「民間事業者による信書の送達に関する法律」による例外)を除いて、原則として同社に独占権を与えております。
他方、同法76条は、同社以外の者が
「信書」
を運んだり、同社以外の者に対して信書の送付を依頼した場合には、
「3年以下の懲役又は300万円以下の罰金」
を科しています。
要するに、
「ショボい業者が安物の郵便サービスをやると、秘密がダダ漏れしたり郵便が届かなかったりして通信に対する社会的信用が低下するので、アングラなサービスはまかりならん。
郵便事業株式会社みたいなマトモな御用達商人に全部任せろ」
ということです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「信書」とは
郵便法4条は、
「信書」
について、
「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書をいう」
と規定しています。
これでは何が
「信書」
にあたるか否かがわかりにくいところですが、総務省は、
「信書に該当する文書に関する指針」
で具体例を示しています。
これによれば、ダイレクトメールは
「特定の受取人を選別し、その者に対して商品の購入等を勧誘する文書」
であるから信書に該当する、とされていますから、
「信書」
の範囲は世間相場よりも広いです。
その他の具体例としては、
「見積書、契約書」
「業務を報告する文書」
「表彰状」
などが挙げられています。

モデル助言: 
宅急便業者が提供しているメール便サービスには、軽く
「信書はお取り扱いできません」
とか書いてある程度で、まさか、自分が送ろうとしていた
「見積書」
「表彰状」
さらには
「ダイレクトメール」

「信書」
にあたるとの認識はなかったかもしれません。
しかし、刑法上、自分が例えば
「見積書」
を送っていることはわかっているが、法律を知らなかったために、自分の行為が違法でないと誤解していた場合(講学上、「違法性の錯誤」といいます。)であっても、裁判所では、
「法律を知らなかったオマエが悪い」
という扱いしかされず、処罰の対象となってしまいます。
実際、2009年に、埼玉県が、信書に該当する書類を郵便ではなくメール便サービスを利用して送付したところ、警察が捜査を開始しました。
結局、法人たる宅急便業者及びその従業員らだけでなく、メール便を利用した県、発送を担当した県職員個人までもが、書類送検されました。
最近は、宅配業者の中にも、
「民間事業者による信書の送達に関する法律」
に基づいて許可を得て、信書を扱える御用達業者も増えています。
安物を使うと、知らない間に犯罪者になるかもしれないので、要注意ですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00173_企業法務ケーススタディ(No.0128):PL(製造物責任)リスクに注意せよ

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
白鳥堂本舗株式会社 専務取締役 白鳥 珠子(しらとり たまこ、29歳)

相談内容: 
先生、ウチは代々、京都で和菓子屋を経営してるんですけどぉ、このたび、アタシに似て白雪のような、うつくし~
「バニラ味白玉団子」
の販売を始めるんです。
実は、コレ、ウチで新しく開発した上新粉(うるち米の粉)でできていて、ツルッとかまなくても飲み込めるように、それでいて、のど越しもごっくんとしっかりと楽しんでもらえるように大きめに作ってあるんです。
さらに、今回、新商品のキャンペーンとして、お年寄りとお子さまを対象にした
「つるりん! ごっくん! バニラ味白玉団子早食い大会」
を企画しているんです!
なんと、優勝者には
「白玉王子(女)」
の称号とトロフィー、そして、
「バニラ味白玉団子1年分」
をプレゼントします!
まぁ、アタシに似て、清楚で可憐で色白で、それでいて色白な白玉団子ですから~、アタシみたいなオ、ト、メ、のような子供が優勝するといいですね~。
あ、そうそう、最近、世間では産地偽装とか、賞味期限のゴマカシとかやっているみたいだけど、ウチの上新粉は全て新潟産だし、品質管理だって、東大工学部卒の超優秀エンジニアを管理部長として雇い入れ、彼に全て任せてあるから、何の問題もないわ!
おーほほほほ!
あとは、顧問弁護士の鐵丸先生が、お墨付きをくれるだけっ!
ヨロシクねっ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:製造物責任法(PL法)
ある商品が原因となって損害が発生した場合、損害の賠償を請求するためには、民法の不法行為規定(民法709条以下)に従って、被害者側が、加害者の故意・過失などを立証しなければなりません。
しかしながら、当該商品の詳細や製造過程に関する情報はすべて加害者の下にあることから、この故意・過失を立証することは容易ではなく、商品が原因で事故が起きても、消費者は賠償を諦めなければならなかったことも多々ありました。
そこで、このような“消費者の泣き寝入り”を打破すべく制定された製造物責任法(PL法)は、
「製造業者等は、引き渡した製造物の欠陥により他人の生命、身体または財産を侵害したときは、これによって生じた損害賠償をする責めに任ずる」
と定め、故意・過失を問わず、とにかく商品に“欠陥”があった場合には、有無を言わさず責任を負わせることとしました。
要するに、
「物を製造した以上、その物に欠陥があってこれが原因で損害が発生した場合には、四の五の言わずに全責任を負え」
というものです。
そして、このPL法の適用に際しては、“製造物の欠陥”を、概ね
1 製造上の欠陥
2 設計上の欠陥
3 指示・警告上の欠陥
に分類し、それぞれの項目において適切な安全性を有していたかどうかが判断されることになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:こんにゃくゼリー事件
2007年頃から、こんにゃくを材料としたやや弾力性の高いゼリーを噛まずに飲み込み窒息してしまう事件が相次ぎ、社会問題にもなっていました。
そして、2008年7月、
「子供や高齢者は喉に詰まるおそれがあるため食べないように」
と記載された警告文に気付かず、1歳9カ月の幼児に凍ったこんにゃくゼリーを食べさせてしまい、窒息死するという痛ましい事件が発生しました。
この事件は、その後、PL訴訟に発展し、昨年(2010年)9月、神戸地裁姫路支部は、
1 製造上の欠陥
2 設計上の欠陥
3 指示・警告上の欠陥
の観点から製造元の責任を検証しましたが、最終的に遺族からのこんにゃくゼリーの製造元に対する損害賠償請求を退けました。
訴訟には勝利したものの、マスコミやインターネット上の誹謗中傷などで製造元が被った社会的な制裁は大きく、また、商品の販売停止・改良を余儀なくされました。
事件を受け、2010年7月、消費者庁が食べ物の形や硬さを規制する法整備が必要との見解をまとめるなど、現在、法的な規制の動きも活発化しております。

モデル助言: 
白鳥堂本舗さんの新商品ですが、かまなくても飲み込める? 大きめに作ってある? お子さまを対象にした
「バニラ味白玉団子早食い大会」
を企画している? PLリスクに対する認識が甘すぎます。
確かにこんにゃくゼリーの裁判では製造元が勝ったものの(現在、控訴審が係属中)、被った社会的制裁は大きく、そんなリスキーな事業に“お墨付き”なんて絶対にあげられません。
真面目に消費者の安全を考えるなら、品質管理をしっかりするだけじゃなく、例えば、団子の真ん中に穴を開けるとか、団子の形を平べったくするとか、喉に詰まらないような形状にするようにするための安全性改良の努力を惜しむべきではありません。
「バニラ味白玉団子早食い大会」
なんて発表した瞬間に、ネットの掲示板で祭りが始まりますよ。
まずは、PL法の趣旨、背景、近時の事件や解釈動向をきちんと説明しますので、早速社内ミニセミナーを企画してください。
あ、その際、バニラ味白玉団子の試食とかのつまらぬ気遣いは結構ですので。
念のため。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00172_企業法務ケーススタディ(No.0127):長時間労働の悲劇

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ライト・ライム代表取締役 光田 萬九郎(みつだ まんくろう、36歳)

相談内容:
「女装者限定、ノーマルな方はお断り」
っていうコンセプトのバーってやつ、最近、なかなか調子が良くって、多店舗展開とかしてんだけどね。
何せ飲食業で、しかもバーって業態ということもあって、就業時間がどうしても不規則になっちゃうのよ。
それで、ちょっと不安になって相談にきたのよ。
別に、今のところ従業員から苦情が出てるとかそういうんじゃないわよ。
もちろん前に先生に教えてもらったナントカ協定とかいう届け出はしてるし、残業代だって支払ってるわよ!
といっても、給与に、何時間分かの時間外労働分を上乗せして支払う、って感じでやってんだけど。
でね、業界の噂なんだけど、深夜までやってる飲食店を経営している会社があって、少ない人数で目一杯残業させてたら、ある従業員が亡くなったらしいのよ。
それで、未払残業代とか過労に対する損害賠償責任を会社が背負わせれそうになってんだけど、役員報酬とかバンバン取ってるから、会社にはほとんど財産とかないわけよ。
そしたらね、その会社では、役員個人が賠償責任を負わされて、相当な金額を払わされたとかって、怖い噂があんのよ。
そんなことあり得るの??
ちょっと後学のために教えておいてちょうだいよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:違法残業のリスク
残業とは、法定労働時間を超過して働かせることを言いますが、この場合、まず労働基準法36条に基づく協定(36協定)の締結が必要です。
そして、週40時間以上勤務させるような法定外残業の場合には、残業代として基本給の25%増を支払わなければなりませんし、それが休日の場合には35%増とする等の規制が働くことになります。
加えて、これらは取締法規であるため、違反行為に対しては刑事罰(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)も定められております。
実際に、2003年2月3日には、特別養護老人ホームの経営者が、残業手当を支払わずにサービス残業をさせていたなどとして逮捕されるという事件が起きています(共同通信)。
このように、会社には、法で定められた時間を超えて従業員に残業をさせている場合には、未払残業代の支払い義務が生じることはもちろんですが、さらに、仮に超過勤務が原因で従業員が過労死してしまったような場合には、安全配慮義務違反(労働者の生命及び健康等を危険から保護すべき義務の違反)があったとして損害賠償義務まで負担するとされています(「電通事件」、最高裁平成12年3月24日判決)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:役員個人の責任
さて、会社が責任を負うとしても、役員個人が賠償責任を負うなどということがあるのでしょうか。
この点について、過労死等の場合、会社が責任を負うのはともかく、役員
「個人」
が賠償の義務を負うなんて考えられないという経営者が大半であると思われます。
しかしながら、役員個人も損害賠償責任を負うとの裁判例が近年出されていますので十分な注意が必要です。
これは、前述の
「安全配慮義務」
を会社が負う以上、取締役個人としても、かかる義務を実施可能な会社の体制を万全に構築する義務があり、それを構築していなかったということが責任の理由とされました(「大庄事件」京都地判平成22年5月25日及び大阪高判平成23年5月25日。ただし、2011年7月現在、最高裁に経営陣が上告中)。
取締役らが、企業経営の全般について重い善管注意義務を負っていることは皆さんご存じのとおりです。
そして、役員は善管注意義務違反によって損害賠償責任を負うことになるのですが、同判決では、労使関係が企業経営に不可欠であるため、会社の
「安全配慮義務」
を万全にするための体制構築義務も、善管注意義務の具体的な一内容であると明確に判示されたわけです。

モデル助言: 
大庄事件判決では、会社の責任とは別に、役員4人で連帯して約4000万円を支払えとの厳しい判決が言い渡されています。
ここでは、
「基本給の中に、時間外労働80時間分が組み込まれているなど、到底、被告会社において、労働者の生命・健康に配慮し、労働時間が長くならないよう適切な措置をとる体制を確立していたものとは言えない」
という過酷な労働環境が前提とされており、社長の会社とは状況が違うはずですけど・・・ん?
社長、ふくよかな顔色が良くないですけど大丈夫ですか?
大庄事件のポイントは、経営者個人としては、従業員個人の労働状況なんて把握できるわけがないにもかかわらず、
「不合理な超過勤務を許容するシステムを作っていた」
という理由で具体的指揮の及ばない個別の事故についてまで、役員
「個人」
として損害賠償責任まで負うとされた点です。
長引く不況の中で、労働コストの削減に安易な削減に流れがちですが、不合理な労務システムを放置しておくと、会社だけでなく、経営者個人まで責任を負わされかねません。
飲食業は確かに時間が不規則ですが、だからこそ、労働時間規制に対応した雇用体系を作り上げるべきです。
そうしたほうがかえって能力のある人材を集めやすくなりますし、長い目で見れば会社にメリットが生じますから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00171_企業法務ケーススタディ(No.0126):長年続いた契約を突然打ち切られた!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社タイタン物産 代表取締役 大高 光(おおだか ひかる、46歳)

相談内容: 
こんにちは。
ダチだと思っていた取引先の社長から、契約を切られそうなんですよ・・・。
小田中(おだなか)酒造と商売を始めたのは20年前。
当時まだ若社長だった小田中の奴、腕は良いがなかなか知名度がないんで、ワインの輸入販売を手広くやっており各地の酒類流通とのネットワークを持ってたウチと二人三脚で、販売を続けたんです。
雑誌とタイアップしたり、テレビで有名人に飲んでもらったりと、ウチの会社でも、小田中酒造の商品が売れるようにすごく工夫して頑張ってきました。
ウチも少ない営業人員を小田中酒造製品に絞り込んで投下し、他の製品は半ばホッタラカシにする状態で、取り組んできたんです。
こういう状況は、当の小田中が一番知っているはずです。
それでようやく小田中の知名度が消費者の間で浸透してきて、小売店さんからガンガン注文が入るようになりました。
そしたらウチの会社の利用価値がなくなったと踏んだのか、小田中酒造から
「契約期間が今年9月末日に終了しますが、今回は更新をしません。
タイタンさんのお陰でウチもなんとか自力で商売できるようになりました。
これまでいろいろありがとうございました」
などといってきやがったんです。
たしかに契約書上はそうですが、今契約を切られたら、ウチは倒産ですよ。
こんなのってアリですか。
どう考えても納得いきません。
どうにかならないものなんでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約終了の自由
わが国の取引における基本的ルールとして、誰とどのような契約をしようが一切自由である、とされています(契約自由の原則)。
これは、
「取引社会に参加する者が、それぞれ己の知力や財力を最大限に活用して、自由に契約交渉を行い、互いに競争させる基盤を確保することが、市場経済の発展には必須である」
という考えに基づくものであり、資本主義的自由競争国家である日本にとっては国是ともいえる法理です。
契約の自由の原則は、契約をぶった切る自由(契約終了の自由)も保障しております。
したがって、
「契約期間2年の契約を3回更新して合計6年間にわたってお付き合いをした後、より好条件の相手が見つかったので、更新を拒否し、それまで世話になった相手をボロ雑巾のように捨て去り、新しい相手に乗り換える」
という事も本来自由です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:継続的契約の更新拒否に対する歯止め
とはいえ、長期間、強固な信頼関係の下に反復継続して更新されてきた契約関係を、一方当事者が全く自由気ままに解消できることを許すと、本設例のように、一方の当事者にとって死活問題となるほどの打撃を被らせることになり、あまりに衡平の理念に違背します。
このようなことから、一定期間反復継続されて更新されてきた継続的契約において、更新拒絶が他方当事者にとって不当な打撃を被らせるような場合には、一定の要件の下、
「継続的契約の自由勝手な更新拒絶」
に対する歯止めをかける裁判例が登場するようになりました。
裁判例としては、
「契約の有効期間を1年間とし、期間満了3か月前までに当事者のどちらか一方が通知すれば、契約を終了させる」
との約定があった事案について、札幌高裁1987年9月30日判決は、
「契約を存続させることが当事者にとって酷であり、契約を終了させてもやむを得ないという事情がある場合には契約を告知し得る旨を定めたものと解するのが相当である」
と判示しました。
これ以外にも、複数の裁判例が、
1 「製品の供給を受ける側が、契約の存在を前提として製品販売のために人的物的投資をしている場合など、取引が相当期間継続することについての合理的期待が生じていたと認められる場合」であって、
2 「製品の供給をする側もその期待を認識していた場合」には、
公平原則又は信義誠実原則に基づき、契約の継続性が要請されるなどとして、継続的契約の更新拒絶に合理的理由を求めるべし、としています。

モデル助言: 
大高さんの場合、取引を始めてから20年間も経過していますね。
しかも、大高さんは、小田中酒造製品販売に注力するため、人員配置を変えたり、他社製品の取扱量を減らしたりして、小田中酒造製品を販売するために、人的物的投資をしており、取引が相当期間継続することに合理的期待が生じていたところです。
しかも、小田中側には更新拒絶をする合理的理由が乏しいようですから、場合によっては、訴訟を提起し、
「更新拒絶は違法」
との判断を引き出すことも可能かと思われます。
加えて、小田中の行為は、優越的地位の乱用その他独占禁止法が禁止する不公正な取引方法に該当する可能性もあるので、こちらもきっちりと調べて、場合によっては公正取引委員会に排除措置命令申立でもして、側面攻撃を展開してみましょう。
相手も本気でタイタンをつぶそうとしているわけではないでしょうし、事を荒立てて抵抗しているうちに妥協点が見つかり、最終的には一定年数の契約期間延長を勝ち取れるかもしれませんね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00170_企業法務ケーススタディ(No.0125):検収せず放置しても、別に問題ないでしょ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社World’s End 代表取締役 宮沢大助(みやざわ だいすけ、38歳)

相談内容: 
ご存知のとおり、ウチは、命知らずのバイヤーが世界の果てまで行ってきて探した民芸品を、傘下のチェーン店
「World’s End」
で販売する、ゆう商売です。
今回、大手商社の渡辺物産の井ノ本ってゆうブっさいくな女のバイヤーが、アフリカの聞いたことない村から大量に仕入れてきた“木彫りのヘビ”の置物を200個安く売ってくれることになりましたんや。
ほんで、先週、商品が届いたんゆうんで、早速中身を見てみたら、“木彫りのヘビ”の頭が取れていたり、ごっつ嫌な匂いがしたり、“木彫りのクマ”みたいなのが混ざってたり、それにどう数えても120個くらいしか入ってないし、もう、何やワヤクチャになっとったんですわ。
とはいえ、次の日から家族旅行で2週間ほどハワイに行くところやったんで、
「文句は帰ってきてからいうたるさかい、ま、待っとけよ」
と思ってそのまま出かけたんですわ。
昨日、ハワイから帰ってきたんで、井ノ本呼びつけて
「あの商品はなんや! どないなっとんねん!」
って怒鳴ったら、あのアホ、シレッとして
「あれぇ~、もう2週間も何も連絡がなかったから、てっきり、お気に召していただいたものとばかり思ってましたよ~」
なんてなめくさった対応をしよるんです。
もう、こうなったら、イテまうしかないかな、と思てます。
先生、一発ドカンと法的措置を取ってやってください!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:債務不履行責任の原則
頼んだ商品がまだ届かない、頼んだ商品が届く前に消滅してしまった、商品は届いたが数が足りない、といった
「債務者が債務の本旨に従った履行をしない」
場合を総称して債務不履行といいます。
そして、この債務不履行は、概ね、
1 例えば、12月24日までにケーキを届けるという契約において、24日を過ぎてもケーキが届かないといった場合の「履行遅滞」
2 例えば、神奈川県葉山の別荘を買う契約を締結した後に別荘が燃えてしまったといった場合の「履行不能」
3 例えば、赤ワインを10本頼んだのに、8本しか届かず、しかも3本は白ワインだったといった場合の「不完全履行」
に分類することができます。
今回のような“一部破損”や“数の不足”といった場合、前記3に該当すると考えられますが、このような場合、債権者は民法上、
「債務の本旨に従った履行を求める権利」
を行使し、完全品との交換を請求したり、足りない分の追完を請求することができます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:商人間取引の特則
以上は民法一般の話ですが他方、ビジネスのプロ(商人)同士の取引を規律する商法は特別なルールを定めています。
すなわち、商法526条は、商人間の取引について、
「1項 商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。
2項 前項に規定する場合において、買主は、同項の規定による検査により売買の目的物に瑕疵があることまたはその数量に不足があることを発見したときは、直ちに売主に対してその旨の通知を発しなければ、その瑕疵又は数量の不足を理由として契約の解除又は代金減額もしくは損害賠償の請求をすることができない」
と定めております。
要するに、商法においては
「プロの商売人として取引を行っている者同士の取引の場合、商品を受け取った買主は、直ちにその商品の数量、品質等を検査せよ。
そういう大事なことを怠って、家族旅行等というどうでもいいことを優先するダメな商売人は法的措置を取ることは許さん!」
とされているのです。

モデル助言: 
今回は、事態を放置せず
「“木彫りのヘビ”の頭がとれているから壊れていない商品と取り替えろ」
「頼んだ商品と違う」
「数が足りない」
といったことを、直ちに相手に通知すべきでしたね。
こちらが検査義務を懈怠している以上、商法の解釈上、相手に分がありそうです。
大事な商売をほったらかしにして遊びに行ったりするから、バチが当たりましたね。
とはいえ、何とかやり返したいですね。
商法526条の3項は
「売主がその瑕疵または数量の不足につき悪意であった場合には、適用しない」
とも規定しています。
200個のところを120個しか郵送せず、しかも“木彫りのヘビ”に“木彫りのクマ”を混ぜてくるような売主ですから、場合によっては、数量不足等について知っていたにも関わらず、あえて送ってきたことも考えられます。
また、
「ごっつ嫌な匂いがする」
とのことですので、“木彫りのヘビ”の胴体部分の“木の中身”が腐っているのかもしれません。この場合、
「直ちに発見することのできない瑕疵」
に該当することが考えられますので、商品が届いてから6カ月以内であれば別な商品と取り替えるよう請求したり、損害賠償請求することができる場合もあります(商法526条2項第2文)。
ま、このあたりをうまく使って相手に反撃してみましょうかね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00169_企業法務ケーススタディ(No.0124):データベースをパクられた!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社みきみき 代表取締役 藤本 正司(ふじもと しょうじ、35歳)

相談内容: 
先生~、ひどいんですよ。
ほら、俺、結婚したてじゃん? 嫁さんに格好つけたくってさ、最近結構仕事頑張ってんのよ。
仕事? あれだよ、
「車のデータベース」事業。
車って毎年のようにモデルが変わるし、マイナーチェンジも多いじゃん。
ずっと前から、年式や車種から、排気量や走行距離、装備、車の色、外見なんかをサクッと検索できるようなデータベースがあったら便利だろうな、と考えて作ったやつだよ。
今じゃ、普通に中古車販売店なんかはさ、俺の作ったデータベースを利用して、瞬時に客の要望に応えられる仕組みを整えちゃったりして、結構世の中に役立ってんだよね。
相談は、俺のデータベースを導入していないくせに、そっくりなものを使ってる会社が存在するってことさ! もちろん
「どこから導入した?」
って問い詰めたよ。
で、データベースの提供元を探り当てて、やめるようにっていったのに、あいつら・・・。
あいつら、
「誰でも思いつくようなデータベースじゃないですか。
お前には何の権利もねぇよ。
こんなものパクってなにが悪いんすか?」
みたいな開き直りしやがって。
凄まじいまでの単純作業を経て作り上げたデータベース、俺の筋肉のようにビルドアップしたってのに、先生、俺には本当に何の権利もないってのかい? 助けてくれよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:データベースの著作物
「情報」
を法的に保護するのが知的財産法といわれる一連の分野です。
今回まず問題になるのは
「著作権法」
であり、その中で、データベースは
「データベースの著作物」
として保護されると規定されています。
しかし、著作権法は、
「創作的表現」
を保護するものであり、すべてのデータベースが平等に保護されるわけではありません。
同法によれば、
「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するもの」
のみが保護されるとされています(同法12条の2)。
条文の文言から明らかなように、
「情報の選択」

「体系的な構成」
に独自の表現が存在することが、著作権法上保護されるための要件となっているわけです。
もう少し砕いていえば、たとえば、車に関するデータベースを考えてみると、
「実際に乗ってみた場合の主観的な乗り心地」
とか
「購入者の職業・家族構成」
のように、車に関するデータとして通常収集される年式・車種等を超えて独自性が認められる指標が存在する場合には、
「情報の選択」
に創作性が存在すると判断される余地があります。
また、
「ある車を検索すると似たフォルムの車が、お勧めとして自動でツリーのように表示される機能」
があったりすると、検索の利便性を独自に高度化しているために、
「体系的な構成」
に創作性が存在するとして、
「データベースの著作物」
と認められる可能性もあるものと考えられます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:額に汗の法理
ところが、著作権法は、上記のようにあくまでも
「創作的な表現」
を保護するものであり、人の努力の程度によって保護する、保護しないを決するわけではありません。
すなわち、ピカソが5秒でなぐり書きをしたスケッチは独創的な絵画としてもちろん著作物とされるものの、本件のように、車についてありふれた条件を収集し、ありふれた体系に整えることに何年時間をかけたとしても著作物とはならず、たとえ、データの個数が100万個を超えていようが保護されないものはされないのです。
この点、
「額に汗をかくぐらい、お金と労力をつぎ込んだものについては、著作物として保護すべき」
という
「額に汗の法理」
が諸外国では唱えられることがあります。
このような法理は、EU諸国では比較的認められることもあるといわれていますが、日本や米国では、著作権法の趣旨に合わないことから残念ながら採用されていません。

モデル助言: 
データベース構築の努力には敬服いたします。
しかし、筋肉のように鍛えれば応えてくれるものとは違い、どれだけデータを収集したとしても、本件では著作権法上の保護を受けることは困難でしょう。
もちろん事業を行う上で、このようなデータベースが高い価値を有していることもわかるのですが、現状では、不正競争防止法による保護を求めることも困難といわれています。
立法論的には、この検索の時代にデータベースの保護にかけること甚だしいと思うのですが、立法が追いついていないという状況にあります。
しかし、本件のように、データベースを勝手に複製していた業者に対しては
「不公正な手段を用いて営業活動上の利益を侵害する」
として、不法行為に基づく損害賠償が認められた例もあり、裁判所も、フリーライドをする者に厳しい姿勢を見せ始めています。
データベースを構築するに当たって費やした人足や外注費等の開発費用、毎年の維持管理に要する維持費用等を精密に算定することで損害額を積み上げ、金をせしめるとしましょうか。
相手方も御社のデータベースを盗用したこと自体は認めていますし、痛い目を見てもらうのも、後進への教育ですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00168_企業法務ケーススタディ(No.0123):優越的地位の濫用に対するペナルティ

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ヨシダ電機 代表取締役社長 吉田 新太(よしだ あらた、45歳)

相談内容: 
友人から紹介されて、独禁法のご相談に参りました。
ウチは家電量販店を約70店舗展開していて、年商1千億円程度の、業界では、中堅程度の規模の企業です。
この不況で小売業界も大変ですから、納入業者さんたちとは、毎回、ハードな交渉を繰り広げています。
まあ、納入業者さんたちとしても、ウチと取引するからこそ、この不況の中でモノが売れるわけで、もちつもたれつといったところですよ。
ウチだって、コストを掛けて消費者の動向を調べた上で最適の場所に店舗を構え、消費者が喜ぶような催事とかをいっつもやっているんです。
ちょっとぐらい納入業者さんに協力してもらってもいいじゃないですか。
だから、バーゲンとかがあれば、納入業者さんに従業員を派遣してもらったり、売れ残りを引き取ってもらってるんですよ。
以前、ウチの法務部長が
「納入業者さんに販売員派遣を強要したり、売れ残りの在庫を引き取らせたりするのは、優越的地位の乱用です。
コンプライアンス上よろしくありませんから、そろそろおやめになるべきです」
とか戯言いっていました。
バカいってんじゃねえよ、って感じですよ。
儲けさせてやっている納入業者に協力させることくらい、まったく問題ないはずです。
公取委に見つかっても、イヤミいわれるだけですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:優越的地位の濫用に対する規制
経済の発展のためには、市場のプレーヤーたる契約当事者らが競争を続けることが必要であり、そのために、自由な契約交渉を行い、自由に契約を締結できるのが原則となっています。
ところが、弱肉強食の経済体制を放置すれば、かえって強者のみが勝ち続けて競争がなくなり、経済が発展しなくなります。
そこで、独占禁止法は、
「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」
「正常な商慣習」
に照らし不当な取引をすることを禁止しています。
具体的には、優越的な地位を利用して、取引の相手方に従業員を派遣させたり、経済上の利益を提供させることや、在庫品を引き取らせることなどが、
「優越的地位の濫用」
として禁止されています。
公取委は
「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」
というガイドラインを作成しています。
これによると、
「取引の継続が困難になることから、著しく不利益な要請を受けても受け入れざるを得ない場合」
であれば
「優越的地位」
に当たるとされ、公正な競争秩序の維持から是認されるものが
「正常な商慣習」
であるとされています。
本件では、70店舗、年商1千億円と結構な規模の会社であり、納入業者としては言いなりにならざるを得ず、公正な競争秩序が維持できないことから、優越的地位の濫用と判断される可能性があるといえます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:独禁法2009年改正の中身
従前、独占禁止法は、優越的地位の濫用については、
「排除措置命令」(独禁法違反の行為を排除するために公取委が事業者に対して発令する措置)
のみを規定していたので、事業者は、当該行為を公取委の命令に従って改めさえすればよかったのです。
ところが、このような法律の下では、優越的地位の濫用を防ぐことができなかったため、独占禁止法は2009年に改正され、公取委は、優越的地位の濫用について、
「排除措置命令」
だけではなく、
「課徴金納付命令」
すなわち、課徴金を納付させる措置ができるようになりました。
これによって、優越的地位の濫用をした事業者は、優越的地位の濫用をした相手方との間の取引額の1%を、課徴金として国庫に収めることになりましたので、
「お叱りを受ける」
「謝れば済む」
わけではなくなりました。
改正独禁法は、
「優越的地位の濫用は割に合わない」
とすることで、優越的地位の濫用を、今までに増して強く禁止するようになったわけですので、従前の
「優越的地位の濫用は、大したことがない行為である」
との認識は改める必要があります。

モデル助言: 
今までは、
「契約自由の世の中、当事者が納得していれば、何の問題もない」
「優越的地位の濫用? そんなの、公取委に怒られたら、やめれば済む話でしょ?」
などと、軽く考える経営者の方々が多かったようにも思われます。
しかし、11年6月、関西地方の中堅スーパーが、優越的地位を濫用して、納入業者に特売品在庫の返品や特売時の繁忙期に従業員の派遣をさせていたなどとして、公取委から、
「2億円」
もの課徴金納付命令を受けることになりました。
09年改正独禁法の施行は10年1月1日からですが、同事件については、施行直後の1月から4月の行為について処分がなされており、公取委による厳しい姿勢が表れています。
「今まで、優越的地位の濫用については、課徴金制度なんてなかったじゃないか? 2億円なんて払えないよ」
などといっても後の祭りです。
御社が行っている行為のうち、優越的地位の濫用と判断される行為については、即刻、中止しましょう。
公取委が万一やって来たら、再発防止体制が整っていることをアピールして、何とか課徴金は勘弁してもらえるように説得できる材料を作っておくべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00167_企業法務ケーススタディ(No.0122):希少商品の倉庫内在庫が全部消失してしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ピース缶詰株式会社 販売部長 吉俣 尚樹(よしまた なおき、30才)

相談内容: 
先生、
「想像してごらん、辛くなく、茶色くもない白いカレーを」
そうです、この度、当社は、新商品として、辛くなく、茶色くもない白いカレーの缶詰を販売したんです。
しかも、今回は特別に、
「辛くなく、茶色くもない白いカレー」
というシールを剥がすと、
「シチューだろ!」
ってツッコミが書かれた缶詰なんです。
とはいっても、実は、ピカリフーズから安価で大量に仕入れた缶詰で、中身もふつーのシチューと何も変わりないんですけどね。
先日、スーパー・アヤベが、当社の倉庫に保管中の缶詰のうち3000個分をいつものように安値で買いたたいて、いや買ってくれたんで、さっそく、倉庫に行って、3000個分に
「出荷待在庫(スーパー・アヤベ様購入済)」
ってラベリングをしたところ、その夜、倉庫に落雷があって、保管中の缶詰が落雷で発生した火事で全部溶けちゃったんですよ。
その後、スーパー・アヤベの競合先のスーパー・ノブシコブシに、別の倉庫に残ってた缶詰を売り込んだところ、担当者の吉村が
「これはイケる!」
って大量に発注してくれて、今では半年先まで品薄状態確定なんです。
そしたら、スーパー・アヤベも突然やる気になったのか、
「おいおい、こっち契約はまだ履行してねえだろ。
すぐに耳を揃えて持ってこい! 約束した値段で買ってやっからよ。
納品日に1日でも遅れたら損害賠償請求するぞ」
ってすごい剣幕で脅すんですよ。
ですが、スーパー・アヤベはバカみたいに値切ってくるし、正直付き合いたくないんですよ。
「注文した缶詰は全部溶けちゃったんだから許してね」
って言ってカンベンしてもらいたいんですけどね。
どうでしょうか、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特定物と種類物
不動産や骨董品のように、その物自体の個性に着目し、世の中に1個しか存在しない物を取引の対象とする場合、その物を
「特定物」
といい、当該特定物の引き渡しを受ける権利のことを
「特定物債権」
といいます。
次に、フランスの赤ワイン12本、といったように、一定量の同じ種類の物を売買等の引き渡しの対象とする場合、その物を
「種類物」
といい、当該種類物の引き渡しを受ける権利のことを
「種類債権」
といいます。
なぜこのような分類がされるかといいますと、地震や台風といった誰のせいにもできない出来事により取引の対象となる物が滅失してしまった場合に、物の引き渡しを受ける権利はなくなってしまうのか、また、物の代金等はどうなるのかといった問題を、物の性質に応じて予め取り決めておく必要があるからです。
すなわち、
「特定物」
であれば世の中に1個しか存在しないので、滅失してしまえばその物の引き渡しを受ける権利は消滅することとなりますが、
「種類債権」
であれば、世の中に同じ種類の物が存在する限り、引き渡しを受ける権利は消滅しません。
この場合、物の引き渡し義務を負う側は、依然として同じ種類の物を引き渡さなければなりません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:種類債権の「特定」とその効果
もっとも、取引が一定程度進行すると、
「種類物」
を引き渡すための準備として、物を梱包したり、
「〇〇社宛」
といった名札を付けたり、といった作業を行い、最終的に引き渡す物を限定していくことになります。
その結果、実際に引き渡すものが確定することになりますが、この状態を
「種類債権の特定」
といいます。
では、どのような行為をすれば
「種類物」

「特定」
するのかが問題となりますが、
「家具屋で購入したベッドを自宅まで届けてもらう場合」
など、契約上、引渡先まで持参することになっている場合には、当然、持参先まで届けなければ
「特定」
はしません。
他方、契約上、
「ワインを倉庫まで取りに来る」
ことになっている等の場合は、
1 「種類物」を他の物と分離し
2 これを権利者に通知することで「特定」する
と考えられています。
そして、
「特定」
した後に当該
「種類物」
が滅失してしまった場合には、もはや同じ種類の物を引き渡す義務は消滅し、他方で、原則として、物の代金を請求する権利は存続することになります(債権者主義。民法534条2項)。

モデル助言: 
ピース缶詰さんの場合、今回の缶詰は
「特定物」
ではなく
「制限物」
と考えられ、いまだ
「特定」
もしていないようですので、世界に同じ種類の缶詰がある限り、死に物狂いで準備しなければ債務不履行として損害賠償責任を負う危険があります。
もっとも、今回の缶詰は、
「倉庫に保管中の缶詰」
と限定されているようですので、
「物の性質上、あるいは契約上、当初から一定の範囲に目的物を限定した種類物」
である
「制限種類債権」
と考えることもできますね。
「制限種類債権」
と認められれば、倉庫内の缶詰が全て滅失してしまった場合、ピース缶詰株式会社は、もはや同じ種類の缶詰を準備する必要がありませんし、滅失に責任がないのであれば、損害賠償責任を負うこともありません。
これで納得してくれなかったら、優越的地位の濫用とかなんとかで公取委に訴えれば引き下がりますよ・・・。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00166_企業法務ケーススタディ(No.0121):内定斬り!?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
羽田モバイルソリューション株式会社 社長 羽田 章(はねだ あきら、35才)

相談内容: 
先生先生、ちょっと面倒なことになっちゃってさ。
いやいや、単純な話なんだよ。
うちの会社で内定出してた奴がいたんだけどさ、やっぱ採用を止めようと思ってるってだけ。
理由は何かって?
まぁ、一言でいえば
「陰鬱な印象」、
横文字でいえばグルーミーって感じ?
もちろんね、ペーパーテストもしたし、面接もクリアしてる。
俺が会ったのは最終面接の1回だけだけどさ、ピンと来なかったから、内定出すかどうか悩んでたんだよ。
そしたら専務がさ、
「社長面接までの選考の成績は十分ですし、暗い印象というのも緊張してただけですよ。
体操部のマネージャーをしてたくらいですし、就職が決まったら明るくなりますって」
なんていうから、そういうものかもしれないな、と思って内定出すことにしたんだよ。
でもね、内定後に会ってみて、やっぱりあいつは変わらずグルーミー。
このご時世じゃん?
天井の電灯も間引きして節電に励んで、職場は実際問題暗いわけよ。
雰囲気だけでも明るく頑張ろう!
ってときに、ああいう奴がいたら雰囲気まで暗くなっちまう。
うちみたいに勢いだけでのし上がってきた会社には、雰囲気が一番大事なんだ。
だからさ、仕方なく、内定取消しをさせてもらうことにしたんだよ。
そしたら、いきなり
「従業員としての地位を確認する」
とかいう裁判起こされてさぁ。
なぁ、先生、内定通知なんてあくまで採用予定だし、取り消しするかどうかなんて会社の自由だろ?
言ってやってくれよ、
「でもアンタ、グルーミーですから!
残念!!
内定斬り!!」ってさ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「採用は易し、解雇は成り難し」
「人を雇う」
という契約は、いったん成立すると、解消は大変困難です。
雇用と婚姻とは取引としては酷似しており、
「結婚は簡単だが、離婚は大変」
なのと同様、
「採用は安易にできるが、採用した人間を辞めさせるのは極めてハードルが高い」
といえます。
すなわち、解雇は
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)
とされていますが、労働者がよほどのこと、それこそ横領・背任等の犯罪行為やこれに準じるような非違行為でもやらかさない限り、要件の充足は困難と考えられています。
では、
「採用内定を出したが、やっぱ気に入らないから、採用やーんぺ!」
としたい場合はどうでしょうか。
結婚になぞらえると、
「婚約したが、やっぱり婚約解消します」
ということになりますが、これもカンタンに解消できる、というものではなく、それなりに苦労が待ち構えています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:採用内定の法的性質
そもそも採用内定の法的性質はどういうものでしょうか?
一般に、採用内定とは
「始期付解約権留保付労働契約」
といわれます。
なんだか、難解な漢文みたいですので、カンタンな日本語に翻訳しますと、
「一応ちゃんとした契約なんだけど、開始時期が4月になっていて、企業側にキャンセルする権利が保持されている、そんな感じの契約」
というものです。
解約権留保付契約、すなわち航空券の予約の様に
「3日前までキャンセルしてもOK」
みたいな契約になっているので、字義通り解釈すると、企業は、
「気が変わったから、やっぱ採用や~んぺ!」
といえそうな感じがします。
しかしながら、最高裁は、採用内定の取消事由は
「採用内定当時知ることができないような事実で、かつ、客観的に合理的と認められ社会通念上相当なものに限られる」
と判断しました(昭和54年7月20日最高裁判決『大日本印刷事件』)。
すなわち、始期や解約権が付いているといっても労働契約には変わりないので、なんでもかんでもキャンセルできるというものではなく、解雇権濫用法理によって厳しく合法性が判断されることになるのです。

モデル助言: 
羽田さんだって、娘さんの婚約相手が
「あんたの娘さん、イマイチですから、婚約ヤメ。
残念!」
とか勝手に婚約解消してきたら、殺したくなるでしょう。
婚約の解消と同様、採用内定もそう簡単にぶった斬るわけにいかないんですよ。
前述の最高裁ですが、企業側に留保されている解約権は自由に行使できるものではなく、内定取消事由を明確に定めておき、事前に知らせておけば、
「客観的に合理的で社会通念上相当なものに限」って
当該事由に基づく内定取消しも可能だが、それ以外の企業都合による内定取消は、解約権の濫用で違法無効としています。
恐らく、御社は、
「その陰鬱な雰囲気が直らなかったら採用内定取消し」
なんて事前に告知してないばかりか、そもそもそんな取消事由が合理的だとも思えませんし、完全に解約権の濫用ですよ。
社長は
「内定を出す」
という行為を軽く考え過ぎでしたね。
ま、件の内定者については、いろいろ説得して、詫び料支払って内定を辞退してもらうか、そのまま採用するんでしょうね。
まぁ、仕事の適性は実際やってもらわないとわかりませんし、意外とよく働いてくれるかもしれませんよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00165_企業法務ケーススタディ(No.0120):小売業者も安全確認が必要?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
日浦スーパー株式会社 代表取締役社長 日浦 勇吉(ひうら ゆうきち、38歳)

相談内容: 
ウチの系列のスーパーマーケットは、品揃え豊富な上に、同じ種類の品物でも、安いモノから高級品まで幅広く揃えることで、お客様のニーズに最大限応えてまいりました。
お陰さまで、全国の中都市に最低一店舗は展開する有名店となっています。
ところで、このあいだ、ウチの店舗から電気ストーブを買ったお客様から、
「このストーブを使っていたら、異臭がした、電気ストーブだから換気しないで使っていたら気分も悪くなって、しばらく入院することになってしまった。
入院費用くらいは損害賠償として払ってもらえないか?」
という苦情が入ったのです。
どうやらストーブの設計に問題があって、有毒なガスが発生したようなのですが、ウチの業態としては、ものすごく沢山の種類の商品を扱う関係上、商品をいちいち検査するなんてことはやる余裕もありません。
ウチとしても、業界の安全試験をクリアした商品かどうかは確認しているところですので、やれることはやっており、それなのに損害賠償を求められるなんて、ちょっと納得がいかないところです。
これって、ウチは払わなくてもいいですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:過失責任の原則
わが国においては私的自治の原則が支配しており、私人間の法律関係は、それぞれの個人が自由意思に基づいて形成できるとされています。
この原則を支えるものとして、過失責任の原則というものがあり、自分の意思に基づく行為(故意)や、あるいはミスによって(過失で)行ってしまった行為以外については、なんら責任を問われないという原則が採用されています。
過失責任の原則が存在することで、人々は、自由に行動することが保証されるわけです。
そこで、不法行為に基づく損害賠償責任を定める民法709条は、
「故意又は過失」
の存在を要求しています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「過失」の内容
それでは、
「過失」
とは具体的にどのようなものを意味するのでしょうか。
この点については、数多くの裁判例の積み重ねによって、
「損害の発生について予見できるとともに、予見する義務があった」
といえる場合であって、
「損害の発生を回避する義務があった」
のに、これを怠った場合には、過失がある、とされているところです。
交通事故に例えていえば、
「四つ角で、出会い頭に衝突する可能性を予測すべきであったし、予測することもできただろう、それなら、衝突を避けるために、ブレーキを踏んで、衝突を回避する義務があった。
それにもかかわらず、ブレーキを踏む義務を怠ったから、過失がある」
ということになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:小売業者の過失の有無
それでは、小売業者が販売した製品で事故が発生したケースでは、どのような場合に、小売店に過失があるとされるのでしょうか。
この点については、本件と類似の裁判例(東京高裁2006年8月31日判決)は、多種多様な製品を大量に仕入れて販売する小売業者の業態に配慮しつつ、
「その商品の性質、販売の形態、その他当該商品の販売に関する諸事情を総合して、個別、具体的に判断すべき」
としました。
問題となったストーブを5千台以上販売していた点や、ストーブの臭いについての苦情が20件以上あった点などを重視し同型のストーブが化学物質を発生させることが予見可能であるとともに予見義務があり、かつ、化学物質による健康被害の発生を防ぐ義務があったとして、スーパーマーケット側に過失があったと判断。
ストーブから発生した化学物質によって化学物質過敏症となった被害者への約555万円の損害賠償の支払を命じました(イトーヨーカドー事件)。

モデル助言: 
確かに、多種多様な種類の商品を大量に仕入れる小売業で、いちいち製品の安全試験を行うなんてやっていたら、商売になりません。
しかし、消費者から同一の苦情が複数入るような商品については、小売店の側においてもチェックを実施して、必要であれば販売停止などの処置をすることが、裁判所からは求められているわけです。
とはいうものの、消費者からのクレームが、お客様相談室などの当方が意図するところへくるとは限らず、例えば各店舗のレジや店長にクレームが来ると、その場限りで処理されてしまうことも考えられます。
今後は、消費者からの製品に関するクレーム情報については、忙しい現場でも一応の報告を本社に対して実施できるような、定型的な報告書式を作って配布した上で、クレーム内容を本社に報告するフローに関するマニュアルを作成するべきです。
その上で、本社のしかるべき部署でクレームの全てを管理する体制にして、製品の納入業者との情報交換や販売の一時中止、さらにはリコールの実施の決断等、事故発生の予防を積極的に行える体制の整備をしていきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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