00163_企業法務ケーススタディ(No.0118):製造委託先へのボリュームディスカウント要求の問題点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
大三和土(オオタタキ)商事株式会社 代表取締役 大三和土 修治(おおたたき しゅうじ、85歳)

相談内容: 
わが社が社名にちなんで開発した、腹をペシペシ叩いて脂肪の燃焼を促進するという
「おおたたきスティック」
なんじゃが。
そんなに売れないと思っていたこの製品、テレビ通販で宣伝したら、ブームになって、今では、作れば作るだけ、飛ぶように売れていきます。
欠品なんて事態はあってはいけない、ということで、製造委託していた業者に、ガンガン追加発注をかけているというわけですじゃ。
発注先の製造業者は、どこも中小企業で、生産ラインを稼働休止として死にそうになっていた連中ばかりで、予定を上回る注文を受けて、そこそこ潤っているはずです。
もともと、製造業者に発注した単価は、テキトーに設定したものです。
こーんなにたくさん発注するのだったら、ボリュームディスカウントで値引いてもらわないとワリに合いませんわな。
そこで、今まで発注していた分も合わせて、単価を下げてもらおうと思って、下請業者からは、
「販売促進費」
とかの名目でキックバックをもらおうと思っとります。
ギャーギャー反対するんだったら、そんな業者ぶったぎってやりますわいな。
どこでも作れる単純な製品ですからな。
この製品は私の花道を飾る事業です。
あとは業界団体の会長やらせてもらって、念願の勲章もらって引退ですわ。
はーははははは。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:知らないと違反しがちな下請法
市場において価格と品質を自由に競わせる原理(自由競争原理)は、資本主義経済体制を採用するわが国において、国是ともいうべき重要なドクトリンです。
とはいえ、自由競争も、度が過ぎれば
「一部の強大なプレーヤーが市場を勝手に操り、自由競争の基盤を破壊して、かえって経済の発展を困難にする」
という弊害を招きます。
そこで、法は、
「市場における一部の強大なプレーヤー」
が自由競争の基盤を破壊するような横暴な行為を、取引社会の健全な発展のため、例外的に禁止しています。
このような規制は、独禁法
「不公正取引の禁止」
が有名ですが、独禁法違反で処理をするには時間を要します。
そこで、
「強大な発注者側企業が、下請業者に対して、無理難題・暴虐の限りを尽くし、能率競争に基づく経済の健全な発展を害するような事態が生じる」
と一般的に想定される事例を類型化し、簡易迅速な手続でこのような事態を適正化することを盛り込んだ
「下請代金支払遅延等防止法」(いわゆる「下請法」)
が制定されています。
下請法では、下請業者に対して従前要求されがちであった11種類の不公正取引行為を禁止しており、これに違反すると、公取委から是正勧告がなされ、違反内容等とともに会社名が公表されます。
同法4条1項3号は
「下請代金の減額」
を禁止しており、下請業者にキックバックを支払わせる等の行為も、この
「下請代金の減額」
となるとされていますので、下請法違反となるのが大原則です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:ボリュームディスカウントの要件
ところで、下請業者に対する発注数量が、当初の予定よりも増えた場合には、その分価格を下げてもらう(ボリュームディスカウント)ことにも合理性が存在するところです。
そこで、公取委は、
「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」
において、例外的に、ボリュームディスカウントについて以下のような要件を定め、これらを充足する場合には、割戻金を下請業者に払わせても、代金減額禁止に当らないとしています。
「1 ボリュームディスカウント等合理的理由に基づく割戻金であって、
2 あらかじめ、当該割戻金の内容を取引条件とすることについて合意がなされ、その内容が書面化されており、
3 当該書面における記載と発注書面に記載されている下請代金の額とを合わせて実際の下請代金の額とすることが合意されており、かつ、
4 発注書面と割戻金の内容が記載されている書面との関連付けがなされている場合には、
当該割戻金は下請代金の減額には当たらない。」

モデル助言: 
今回のケースは、運用基準の要件のひとつである、
「2 あらかじめ、割戻金についての合意が書面化されている」
という部分を満たしていないですね。
さらに、キックバックの計算方法によっては、
「1 合理的理由に基づく割戻金」
にあたらない可能性もあります。
下請法で禁止されている事項については、公取委が定めた例外要件をきちんと満たしていないと、あとから公取委にお叱りを受け、社名公表され
「公開羞恥プレー」
の憂き目に遭います。
実際、2007年の6月、下請業者と覚書を締結した上で、下請業者に割戻金を支払わせていた冷凍食品会社のマルハニチロ食品が、下請代金減額禁止に違反したとして勧告を受け、社名を公表されています。
ちなみに、
「社名公表ぐらい、屁でもないわ」
と思っておられるかもしれませんが、この種の社名公表措置を食らうと、“勲章行政”運用上、まず勲章がもらえなくなりますので、勲章をもらって人生の花道を飾りたいのであれば、まあ、あまりエゲツナイことは止めた方がいいですね。
下請法で禁止されている事項は、文字通り原則禁止であり、公取委の運用基準を厳格に守ったケースのみが許される、という運用になっていますから、下請法に触れそうな行為を行う際は、事前に運用基準をしっかりと調べておく必要があります。
さっそく、公取委の運用基準を充足する契約書を作成しましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00162_企業法務ケーススタディ(No.0117):OEM先の従業員が大ケガをした!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
吉岡製菓株式会社 総務課長 吉岡 隆英(よしおか たかひで、40歳)

相談内容: 
先生、ウチの富良野市にある工場では、ウチが設置した製造ラインを地元の業者さんに一括で貸して、そこでウチの大ヒット商品
「キタ━(゚∀゚)━の国のチョコ(以下、「キタ国チョコ」)」
を製造してもらっているんです。
ちょっと洒落た言い方をすると、OEMってヤツですか。
でも、業者さんとウチとの関係は単なる請負の関係だから、ウチは請負代金を払って
「キタ国チョコ」
を受領するだけで労働者のシフト管理とかそういった面倒なことは考えなくてもいいし、ニーズがなくなったら、単に業者さんとの契約を解除してラインを停止すればいいだけだから、解雇とか頭の痛いこともやらなくていいから万々歳だったはずなんですよ。
そしたら、先日、中島さんっていうパートさんが足を滑らせてチョコレートのタンクに落ちて怪我しちゃったんです。
聞くと、最近、1カ月くらい休みなしで毎日12時間働いてたらしく、相当疲れがたまってたんですって。
でも、中島さんの雇い主はあくまで倉本総業だし、ウチは関係ないって思ってたら、この中島さん、いきなり、ウチの会社に
「ムチャなシフトで働かせたんだから治療費や慰謝料を払え。
じゃないと訴えてやる」
ってものすごい剣幕で怒鳴り込んできたんです。
先生、ウチは雇い主じゃないし、こんなのほっといていいですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:職場における安全配慮義務
雇用契約では、雇用主は、
「賃金さえしっかり支払ってさえいれば、それ以外の義務は特段負う必要はない」
と考えるのが自然かつ素直な理屈といえます。
しかし、世の中には、労働者の生命や身体に危険を及ぼす可能性のある危険が伴う労働があることから、雇用主はこのような危険から労働者の生命や身体を保護すべきである、との考え方が広まっていました。
このような中、自動車整備作業中に車両に轢かれて死亡した自衛隊員の遺族が国に対し損害賠償などを請求した事件において、1975年2月25日、最高裁判所は、
「国は、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解すべきであり、このような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである」
旨判示し、国に対し損害の賠償を命じました。前記最高裁判例以降、雇用主は、
「賃金を支払う義務」
だけではなく、
「契約信義則から派生する付随義務として、労働者の生命及び健康等を危険から保護すべき義務(安全配慮義務)」
をも尽くさなければならない、という考えが定着しました。
その後、2007年に施行された労働契約法は第5条において
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」
と規定し、雇用主の法律上の義務として明示するに至りました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:安全配慮義務の更なる拡大
このような安全配慮義務は、長らく労働者と直接の雇用主の間にのみ発生する義務であると考えられてきました。
ところが、近年、
「注文者が、単に請負人から仕事の成果を受領する」
だけでなく、設例のように
「実質的にみて、注文者が、請負人所属の労働者から、直接労働の提供を受けているのと同視できる」
形式の契約も登場するようになりました。
このような産業社会の動きに対して、裁判例は、労働者保護の観点から、安全配慮義務を負担すべき主体を拡大して解釈しつつあるようです。
実際、東京地裁平成20年2月23日判決は
「1 注文者が有する設備などを用いて、
2 注文者の指示のもとに労務の提供を行う等、
『注文者』と『請負人の雇用する労働者』との間に実質的に使用従属の関係が生じていると認められる場合には、信義則上、当該労働者に対し、使用者が負う安全配慮義務と同様の安全配慮義務を負うべきである」
旨判示し、安全配慮義務を負う責任の主体を拡大しています。

モデル助言: 
吉岡製菓さんの場合、自社工場内の、自社で設置した製造ラインで中島さんを働かせていたのですから、前記の裁判例によれば、生命や身体などの安全を確保しつつ労働することができるような環境を整えるべきであったとされる可能性もあります。
具体的にいえば、チョコレートのタンクに落下防止措置を講じていたか、倉本総業のシフトをチェックして無理がないか確認していたか、ということになりますが、どうせ
「労働者に対する義務を免れるため」
の措置としてこのようなOEMをやっていたわけですから期待できないですよね。
まぁ、先方も、御社に怒鳴り込んでくるくらい元気なわけですから、たいした怪我じゃなさそうですし、早々に示談しちゃうべきですね。
金額面の折り合いがついたら、示談の当事者はあくまで倉本総業として、倉本総業経由で示談金を渡す形で和解をすればいいんじゃないでしょうか。
その際、示談の条件として、
「吉岡製菓は、法律上、道義上の責任は一切ないことを了解し、債権・債務が存在しないことを確認する」
という旨の念書を要求しておけば完璧です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00161_企業法務ケーススタディ(No.0116):ネガティブオプション販売の問題点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ウオゴコロ 代表取締役 光嶋 裕男(みつじま ひろお、26歳)

相談内容: 
華やかだったころは良かったよな。
覚えてるかい?
俺が発明して爆発的にヒットしたダイエットサプリ
「カゲロウ」。
どれだけたくさん飲み食いをしたとしても、これを前もって飲んでおけば、後につくであろう脂肪がカゲロウのように消えちまうってやつさ。
市場で一定のプレゼンスを得て購入者が増えたからかな、もちろん、ウチの製品に不満を抱くやつも出てきたさ。
「高い金を出したのに、全く効かない!」
とか、
「オイオイ、効果までカゲロウかよ」
みたいなね。
でもさ、販売数が減っていなかったこともあって、クレーム対処を甘くみちゃったんだよね。
先生からのアドバイスも無視して。
結局、効果効能をうたった点や消費者対応の点について監督行政庁に叱られてからは、まったく売れなくて。
一気に売れた製品ってのは、しぼむのも急激なんだな。
継続的に売り続けるという困難さ、本当に勉強になったと思ってるよ。
でもさ、俺だって会社を引っ張って従業員を食わせていかなきゃならないじゃん。
売れる製品を頑張って開発してるけど、未だに訴求力ある商品は
「カゲロウ」
くらいしかないんだよね。
で、
「カゲロウseason2」
みたいなのを販売するんだけど、広告を大きく出す余裕もないから、手っとり早く、これまでの顧客名簿に基づいて商品を送りつけようと思うんだ。
「不要の場合は返品を。
返品ないときは承諾したとみなします」
って文言をつけることで売り上げをガンガン延ばして、もう一度復活したいんだよ。
大丈夫だよな?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ネガティブ・オプション商法(送りつけ商法)の契約法上の問題
このように一方的に商品を送りつけて消費者に購入をさせることを、
「送りつけ商法」
とか
「ネガティブオプション」
とかいい、少し前に流行りました。
ここでは、売買契約が成立しているのかどうかがまずは問題になります。
この点、民法上の契約は
「申し込み&承諾」
という当事者の意思の合致によって成立するのが大原則のため、商品を送りつけた段階で、契約が成立することはありません。
こうはいっても、
「承諾したとみなす」
なんて書いてあるし、
「返品しなかった」
という事実によって
「承諾」
したのと同じといえ、売買契約はやはり成立しているのではないのか?
などと考える方がいるかもしれません。
しかしながら、法律上、一方当事者の意思を
「みなす」
なんてことはよほどのこと(通常は法律に具体的に明定されています)がなければあり得ませんから、送りつけられた商品の注意事項を破ったからといって
「承諾」
の意思表示がみなされることはありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:商品を費消されてしまったら?
それでは、消費者が気ままに商品を使ってしまった場合も、契約が成立することはなく、会社は常に代金を求めることができないことになるのかといえば、そうでもありません。
この点、消費者の中には、気に入った製品がたまたま送られてきたと思い、満足して利用する者もいるでしょうし、そこまでいかなくとも、少し怪しいけれど使ってみたらなかなか良くて買ってもいいと考える者もいることでしょう。
そこで、このような事態を想定し、民法526条2項は
「契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する」
と定めています。
ここにいう
「承諾の意思表示と認めるべき事実」
とは、消費者に
「送られてきた商品を認識しながらあえて使用した」
などを指し、要するに、
「普通、そのような事実があるのであれば、商品を購入するつもりがあったのだろう」
と考えられ、契約成立の余地があるということになります。
以上からすると、消費者は、
「勝手に送りつけられたものだから、契約が成立しているわけでもなく支払義務はないが、かといって商品を使用することもできず預かっておく」
という中途半端状態に陥ります。
そこで、特定商取引法59条は、
「14日間預かっておけばその後は処分しても大丈夫」
と、中途半端な状態に期限をもうけ、それ以降は、返品すべき義務がないのはもちろん、使おうが売ろうが自由と定め、消費者を手厚く保護しています。
すなわち、その反面、事業者としては、売買契約が締結できないどころか、商品を失うだけという事態が多く生じることが想定されるわけです。

モデル助言: 
「貧すれば鈍す」
とはよくいったものです。
そんな商法で業績の回復を見込もうっていったって、続々と売買契約が成立して売上げが伸びるなんてことがありえないことは説明のとおりです。
この商法は、いかにも
「契約が成立した」
かのように消費者に思い込ませ、支払義務があるかと錯覚させることで金を巻き上げており、批判も大きなものでした。
そこで、特定商取引法により消費者保護がなされたわけですが、消費者の誤解につけ込んで商売をしようなんて考えは、このご時世御法度ですよ。
商品には自信があるのですから、リーガルリスクをしっかりとクリアして、真っ当にいきましょうよ。
売り上げが落ちたのは行政等への対処不足です。
そうと決まれば忙しいですよ。
当事務所がリーガルリスクを洗い出し、対処方法を考え出しますから、御社では、行政に叱られた点を精査して、IRを発表し、消費者をないがしろにしない体制等の整備を急いでください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00160_企業法務ケーススタディ(No.0115):うっかりインサイダーに気をつけろ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ヒゲツルツルプロジェクト 代表取締役 宮朔 博幸(みやさく ひろゆき、40歳)

相談内容: 
わが社が開発した
「ヒゲが永久脱毛される石鹸」、
爆発的人気で、笑いが止まりませんわ。
新興市場に上場したものの、その後鳴かず飛ばずで、株主の皆さんにはエライ心配かけましたが、もうこれからはイケイケで突っ走りますわ。
で、昨日、経営戦略会議を開きました。
名前は大層ですが、ゆうてみたら、ワンマン経営者である私が仕切っているもので、わが社の実質的な意思決定機関ですわ。
そこで、6月の定時総会で決定する株主への配当を、株主の皆さんへの恩返しとわが社の知名度向上を狙って、ドーンと50%増しの増配をするぞ、ということを決めました。
社外取締役に、大阪に住んどる大学の教授と、軽井沢に引っ込んで庭いじりやっとる銀行OBのおっさんがおって、こういうややこしい連中呼ばなあかん関係で、正式な取締役会決議は2週間後になってしまうんですが、ま、これがシャンシャンで終わったら、すぐに増配を公表するつもりです。
それと、手元資金も相当厚くなっており、株価低迷状況ということもありますので、財務部の連中には、併せて自社株買いの準備をさせております。
証券会社の連中は、
「インサイダーの問題があるから、自社株買するんやったら、投資一任方式でやった方がええ」
とかいうんですが、こんなもん、完璧手数料ボりよるだけでしょ。
財務部長には
「適当に安いとこで市価で拾とけ」
と指示しておきました。
ま、そんなんで、わが社はバラ色ですわ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:インサイダー取引規制の趣旨
金融商品取引法(以下、金商法)は、ある会社の株価の評価に重要な影響を与える重要事実については、その重要事実が金商法に従った方法で公表された後でなければ、その会社の関係者(インサイダー)は、その株式の売買ができないと定めています。
この規制の理由ですが、
「財の効率的な配分の実現にあたっては、市場に参加する者全員が正確な情報を知っている状態が前提となるが、インサイダー取引はこの前提を破壊し、市場の機能不全を招くので、健全な資本市場を守るため、規制が必要だ」
等といわれます。
わかりやすくいうと、
「特定の内部情報を利用した者による抜け駆け的なズルの投資を容認すると、内部情報を持たない一般の投資家は、そんな歪んだマーケットに誰もあほらしくて参加しなくなり、結果、市場が機能しなくなり、みんなが迷惑する」
というわけです。
ところで、インサイダー取引というと、
「金儲けに異常に執着する犯罪的人格の所有者が暗い情熱と周到な計画の下に犯罪を実現する」
というイメージがあるかもしれません。
しかしながら、会社において
「重要事実が発生した」
との自覚がないため、連携不足のまま、財務部門がせっせと自社株の購入を行ってしまい、結果、インサイダー取引規制に違反してお叱りを受けるような事例も存在します(うっかりインサイダー取引)。
こういうチョンボを防ぐには、会社内部の重要事実をとっとと公表しておけばいい、ということがいえます。
すなわちインサイダー取引とは未公表の重要事実を知って取引することですから、重要事実を内部にため込まず、タイムリーに開示しておけば
「ズル」
だの
「抜け駆け」
だのといわれることがなくなる、というわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:重要事実発生時期
金商法166条2項1号では
「業務執行を決定する機関が次に掲げる事項を行うことについての決定をしたこと」
と規定されているため、ややもすると、
「取締役会で正式に決議した」
時点で重要事項が
「発生」
したと考えがちです。
この点、旧証券取引法に関する判断ですが、最高裁平成11年6月10日判決は、
「業務執行を決定する機関」
とは、法律上所定の決定権限がある機関(取締役会)等に限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りるとの判断をしていますので、注意が必要です。
実際、2007年5月、O(オー)家具が、増配を行う事実の公表前に自社株を購入した事例について、約3千万円あまりの課徴金納付命令が下されましたが、この件では、同社において
「重要事実の発生」

「取締役会における増配決議」
の時点であると誤解していた可能性が指摘されています。

モデル助言: 
御社では、
「社内で正式に決定しても、取締役会決議が未了だから、増配は未定だ」
等と認識しておられる節がありますが、前述の最高裁判例に従えば、取締役会で正式に決議される前であっても、代表取締役社長が、各取締役から実質的な決定を行う権限を与えられているような場合に、社長が
「増配する」
ことを決定した場合には、その時点で、
「増配をする」
という
「重要事実」
が発生したことになり得ます。
増配について社内で内定したのであれば、さっさと正式に取締役会で決議してしまったほうが、社内的にも対応が明確になってやりやすいと思いますよ。
御社の定款では、取締役会は電話会議でもできるのですから、社外取締役に電話口まで引っ張ればすぐに、決議できるわけですから、造作ないでしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00159_企業法務ケーススタディ(No.0114):TOBの抜け穴

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
亀山物産株式会社 代表取締役 深山 雅晴(ふかやま まさはる、41歳)

相談内容: 
先生、日本の夜明けはまだまだですが、今年もよろしくお願いします。
さて、わが亀山物産は、社運を懸けて、友人の賀川輝之君が経営している土佐商事から、その子会社の株式を買い取って多角経営に乗り出そうと考えております。
というのも、わが亀山物産は、10年以上前から土佐商事の株式25%を保有しているのですが、土佐商事は、東京証券取引所第1部で株式を公開している海運会社、三友商会の株式を53%保有しているけど、これからは造船業に専念するとのことで、その売却先を探していたところだったのです。
でも、株式公開企業の株式を証券取引所の外で買う場合、TOBとかいうややこしい手続が必要というじゃないですか。
しかも、三友商会は海運業ではトップクラスの企業ですし、外資系の大手同業も狙っているらしく、マゴマゴしていたら先に買収されてしまいます。
ところが、わが亀山物産には、ガツガツとド営業をする連中は多いんですが、こういう細かい手続きに関わる仕事はみんな苦手でして。
何とか、ややこしい手続きなしに、ちゃっちゃと三友商会を買収してしまう方法ってないですか、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株式公開買付け(TOB)とは
近年、アクティビスト・ファンドによる企業買収劇などで注目を集めている株式公開買付けですが、TOBとは、公開買付者が、対象となる企業の株主と証券取引所の外で行う株式の買い付け行為であって、短期間のうちに会社の支配権に影響を及ぼすような量の株式の取得を行う取引をいいます。
公開買付者によって、対象となる株式会社の支配権が移動することから、経営陣やステークホールダーズにとってみれば今後の経営方針に重大な影響を及ぼす行為になります。
また、支配権が移転する結果、公開買付者の事業とのシナジーなどによって対象となる企業の価値が増大することが見込めますので、公開買付者がTOB価格を決めるにあたっては
「コントロールプレミア(通常の企業価値に加えて考慮される経営支配権に対する上乗せ価値)を既存株主に公平に分配するべき」
という考え方が働き、株主にとっては株価の上昇も見込めることになります。
このような観点から、金融商品取引法は、TOB実施に際し、一定の情報を開示するよう義務付けるなどの規制を設け、取引の公正と既存投資家の保護を図ることとしました。
ただし、証券取引所外での株式の買い付け行為のすべてに上記の義務や規制が課せられるというわけではなく、
1 一定数以上の者からの買い付けであって、買い付け後の株式保有割合が5%を超える場合
2 一定数以下の者からの買い付けであっても、買い付け後の株式保有割合3分の1を超える場合
3 証券取引所内の株式の買い付けであってもToSTNetなど一定の取引を利用し、買い付け後の株式保有割合3分の1を超える場合
4 3カ月以内の短期間に、合計10%を超える株式を急速に所得する場合で、そのうち5%以上が証券取引所外での取引などであって、且つ買い付け後の株式保有割合3分の1を超える場合
に限って、いわゆるTOB規制が発動されることになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:TOBの原則と例外の立て付け
なお、これまで(平成18年改正前)は、原則として、証券取引所外での株式の買い付け行為すべてにTOB規制が課せられ、例外が個別的に列挙されるという立て付けをとっておりました。
すなわち、これまでは列挙された例外に該当しなければTOB規制が適用されるという立て付けでしたが、改正により、TOB規制の対象となる買い付けも正面から個別的に定義し列挙した結果、
1 まずは、列挙事由に該当するかどうかを検討し
2ーア 該当しない場合には、例外を検討するまでもなくTOB規制は課せられない
3ーイ 該当する場合であっても、例外に該当する場合にはTOB規制は課せられない
という順序で検討することになります。

モデル助言: 
亀山物産が、三友商事の株式の53%を保有する土佐商事から当該株式全部を買い付ける場合、先ほどの②に該当しますので、原則として、TOB規制が課せられることになります。
しかしながら、亀山物産は土佐商事の25%の株式を保有していることから、亀山物産にとって土佐商事は、金融商品取引法27条の2第7条1号にいう
「特別関係者」
になります。
この場合、土佐商事からの三友商会株式の買い付けは、TOB規制の例外に該当すると考えることができます(同法27条の2第1項但書。内閣布令3条1項)。
これは、上記のような特別関係者は、亀山物産との関係において三友商会を
「共同所有」
しているとみることができ、既に支配権が確立しているため、TOB規制の目的である取引の公正さや投資家保護を考慮する必要がないからです。
ま、どうやらTOBは必要なさそうですが、念のため、財務局に解釈確認のための電話照会をしておきましょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00158_企業法務ケーススタディ(No.0113):雇い止めの作法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
大蔵物産株式会社 代表取締役 大蔵 智昭(おおくら ともあき、62歳)

相談内容: 
わが社では水晶を扱っております。
いえいえ、占いとかスピリチャル系の怪しいものじゃないですよ!
水晶って奴は礼儀正しくって、電気的な刺激を特定の方法で加えると、正確な振動をしてくれるんです。
クォーツ時計とかでお馴染みですよね?
これが最近の電子機器の必須品なわけで、われわれは大きな半導体メーカーなどに大量に小型の水晶を卸しているのです。
最近のスマートフォンや、iPadの大流行のせいか、売れに売れておりまして、当社でも相次いで設備投資を行い、24時間操業を行っております。
もちろん儲かっておりまして、嬉しい悲鳴というわけなんですが、このように業績拡大中ですので、人員も逐次増やしていかなくてはいけません。
先生はもちろんご存じでしょう。
このような業界の先行きなど誰も予想ができないことを。
今が良くってもこの先どうなるかなんて、誰にもわからんのです。
するとですね、急激に需要が減少した場合の備えについて経営者として考えておかねばなりません。
機械でしたら用がなくなり次第廃棄するなりすれば良いのですが、従業員は到底そうはいきません。
そこで、期限付きの雇用契約をもっと利用していこうと思うのですが、そういう雇用契約にしておけば、期間さえ過ぎれば更新を止めやすいんですよね?
加えてその
「契約期間」
も相当短くしておこうかなんて考えているんですけど大丈夫ですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:期間の定めがある労働契約
新卒などが企業に就職する場合、通常、雇用契約に期限は定められません。
労働契約の終了については、従業員の退職の意思が明確なものの他は、極めて例外的に認められているに過ぎず、
「解雇」
といった手段を企業がとることが困難なことはよく知られています。
対して、雇用契約締結時に契約期間を定めておくものを、
「期間の定めがある労働契約(有期労働契約)」
といいますが、民法上は当該契約期間の満了により終了するのが原則です。
企業としては、従業員が必要である限りは契約を更新しておき、必要がなくなれば更新しなければいいというように、人事管理がタイムリーにできるとも思われます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:雇い止めとは
しかし、従業員からすれば、契約の種類としては
「期間の定めがある労働契約」
であるとしても、これまでもずっと更新されてきていた場合には、
「いちいち更新という手続はあるもののこれからもずっとこの会社で働いていけるのだな」
との期待を抱くことも当然ともいえます。
このようなときに、企業が、人手がいらなくなったとして一方的に有期労働契約の更新を止めてしまうことは、従業員の期待を害する可能性が高く、社会的にも問題になったため、判例上も一定の要件の下で保護されてきました。
この問題は従来
「雇い止め」
と呼ばれ、著名な判例(東芝柳町工場事件)では、有期労働契約を更新し長期間雇用している臨時工の雇い止めについて、期間の定めが一応あったとしても、
「期間満了ごとに契約更新を重ねることは、期間の定めのない契約と実質的に変わりがない」
ため、雇い止めの意思表示は実質的に解雇の意思表示と同じであり、解雇権濫用法理が類推適用されるとしました。
つまり、雇止めをするときには、通常の労働契約における解雇と同様に、厳しい要件を満たさない限り無効とされる可能性があるというわけです。
もちろん、紹介した判例は、その事案について雇い止めが無効であると個別的に判断されたに過ぎず、全ての有期雇用契約について更新しなければならない義務が企業にあるわけではありません。
つまり、当該有期雇用契約の実情がどのようなものか(仕事の内容・性質、更新の回数や更新手続きが形式的かどうか、雇用期間の長さ、企業内での地位、採用時に契約の特殊性について説明を行っていたかなど)に大きく左右されます。

モデル助言: 
有期労働契約を多用していくこと自体はもちろん構いませんが、契約期間が満了したからといっていつでも更新を拒否して人員を削減する自由があるかといえばそうではないことをしっかりと認識しておく必要があります。
将来的に更新を拒否する可能性があるのであれば、有期労働契約を締結する際にその旨の説明をきちんとし、また、実際に問題のある人間については更新を拒否し、条件を見直した上で再契約するなど
「イヤであれば拒否する」
という当然の対応を取っておくことが大切ですし、加えて、更新の際にも逐一スポット契約であるため更新拒否の可能性を告げておく等行うべきです。
そうすることで
「更新してくれて当然」
などという無用な期待を抱かせないようにしましょう。
なお、契約期間を短くすることも考えておられるようですが、
「従業員の犠牲の下、柔軟に人員整理を行いたい」
などという身勝手を法は許しておらず、平成20年3月施行の労働契約法は、不必要に短い契約期間を定めることを禁じていますので、控えられたほうがよろしいでしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00157_企業法務ケーススタディ(No.0112):会社に売りつけられた商品をクーリングオフせよ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
市川メンテナンス株式会社 代表取締役 市川 蛇男(いちかわ へびお、33歳)

相談内容: 
自動車の販売から修理までをするわが社は、私が継いだ後、規模を拡大中です。
ただ、拡大がちょっと早すぎて、現場に私の指導の目が届きにくいのですよ。
先日も、出入り業者を装った怪しい消火器業者が、
「あざーっす!
御社の消火器に充填してある薬剤の定期交換時期が参りましたー!」
とかいって、ウチにあった消火器を20本ばかり、持っていったんです。
その時、中途採用した総務課長が、確認もしないで、薬剤の交換の契約書にサインまでしちゃった。
しかも、この契約代金ですが、普段使ってる出入業者の倍なんですよ。
こないだその業者が納品に来たんで
「訪問販売なんだから、クーリングオフで解除してやれ」
って気がつき、思いっきりにらみを利かせて、
「知らざあ言って聞かせやしょうッ クーリングオフだぁーッ」
とぶっこいてやったんですよ。
そしたら、消火器業者の野郎、妙に知恵の回る奴で、
「バカいってんじゃねえよ。
クーリングオフなんざあ、か弱い消費者を保護するためのもんなんだよ。
企業に適用されるわけねえだろ」
とか言い返されました。
私も、ものすごい剣幕で正論をいわれたもので、土下座をさせられる始末です。
会社はプロの商売人とみなされ、消費者としての保護を受けられない、ってのは一見理屈が通っていますが、ちょっと釈然としません。
何とか、言い返せないものでしょうかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「消費者」として保護される者
私的自治原則のもとでは、当事者間でどのような契約を締結しても自由なのが原則ですし、当事者は、自分たちの自由意思で締結した以上、その契約に拘束されます。
したがって、一旦契約をした以上、当事者の一方が
「やっぱり、あの契約はナシにするね」
などと、一方的に契約を破棄することは許されないのが大原則です(契約の拘束力)。
しかし、この大原則に例外がないと、情報量や交渉力に勝る者が、劣る者を食い物とする構図が是正されることなく放置されることになるため、消費者を保護するさまざまな法律が制定されています。
これらの法律は、
「情報量や交渉力に劣る者を保護する」
ことを目的としているため、保護される客体としては、
「個人」
が予定されているのが通例であり、
「個人」
であっても、
「営業」
のために契約をしているのであれば、情報量や交渉力も人並み以上にあるだろうとのことで、保護の対象からは外れているのが通例です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:特定商取引法の有効射程
ところで、特定商取引に関する法律(特商法)は、訪問販売を規制しており、クーリングオフができる旨記載した書面を受領した日から起算して8日以内であれば、一方的に契約を解除(クーリングオフ)できると定めています。
とはいえ、特商法26条1項1号は、
「営業のために若しくは営業として」
締結した契約については、そもそも訪問販売の規制が及ばず、クーリングオフはできないと定めています。
本件では、個人ではなく法律上
「商人」
とみなされる株式会社が当事者であり、商人の行為は商行為とされることから、今回の契約は
「営業のために若しくは営業として」
締結されたものとも言えそうで、クーリングオフは無理となりそうです。
ところが、大阪高裁平成15年7月30日判決は、本件と同様の事案につき、
「(特商法26条1項1号は、)商行為に該当する販売または役務の提供であっても、申し込みをした者、購入者若しくは役務の提供を受ける者にとって、営業のために若しくは営業として締結するものでない販売又は役務の提供は、除外事由としない趣旨である」
「各種自動車の販売、修理及びそれに付随するサービス等を業とする会社であって、消火器を営業の対象とする会社ではないから、消火器薬剤充填整備等の実施契約が営業のため若しくは営業として締結されたということはできない」
と述べて、消火器薬剤の交換を訪問販売で契約してしまった会社がクーリングオフをすることを認めました。

モデル助言: 
大阪高裁は、
「自動車を売ってる会社は、消火器の売買の営業をしているわけではないから、消火器については詳しくない。
消火器の分野では知識と交渉力において消火器屋にはかなわないから、特商法で保護してやるべきだ」
というロジックを用いて、粋な解決をしてくれたわけです。
今回のケースでは、相手方は、特商法で求められている、クーリングオフができる旨明記された書面の交付もしていないようですから、大阪高裁のロジックを活用すれば、時間制限である
「8日間」
のカウントダウンもされておらず、購入時から何日たとうと、クーリングオフが可能といえますね。
早速、内容証明郵便を出しましょう。
ま、これを攻守逆に見てみると、御社も飛び込み営業をなさっているようですので、今後要注意ですね。
企業間の商取引にクーリングオフが適用されるなんて思ってもみないでしょうから、いきなりクーリングオフとかいわれてもピンとこないかもしれませんが、過激な売り込みについてはご注意ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00156_企業法務ケーススタディ(No.0111):行方不明の株主の取扱い

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
洗浄カメラ・マニュファクチュア株式会社 代表取締役 田部 洋一(たなべ よういち、38歳)

相談内容: 
ウチは、親父の代からカメラ用洗浄スプレーの製造をしておりますが、最近、野外でハードな使い方をするカメラマンの方々から、
「シュッと一吹きすれば、野外の塵や埃といったガンコな汚れも一瞬で取れるような強力な洗浄スプレーがあれば重宝する。
ぜひ開発してほしい」
といわれ、社内で
「戦場カメラマンも使える、カメラ用洗浄スプレー」
という新商品を開発しようというプロジェクトを立ち上げたわけです。
このプロジェクト遂行のために多額の開発資金が必要となったことから、当社は昭和20年の設立以来初めての増資をすることになったわけですが、果たしてこのまま増資を進めていいものかどうか非常に不安なわけです。
というのは、行方不明の株主がいるんです。
ウチが設立された当時は、7人以上の取締役が必要だったようで、親父は、
「取締役全員には、出資もお願いしよう」
と言って、当社には私の親父以外に設立当時取締役をお願いした親父の友人6人が株主名簿に載っているのですが、株主総会の招集通知を出しても
「転居先不明」
などで返送されたりして、もう10年以上も連絡が全くとれなくなってしまった方が4人もいるんですよ。
後から、株主の方や関係者の方がやってきて、
「そんな重要な話は聞いていない。
増資は無効だ」
なんてやられたら、大変です。
というより、この際、株式は整理しておきたいのです。
先生、何かいい方法はないでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株主に対する各種の通知
株主は、株式会社における出資者として、株主総会に出席して議決を行う権利など、会社の経営にとって重要な事項を決定する権利(共益権)や、配当請求権など、会社が儲けた経済的利益の分配に与る権利(自益権)を有しております。
とはいえ、株主がこれらの権利を適切に行使するためには、会社から適切な情報と権利行使の機会を与えてもらう必要があります。
そのため、会社法は、株主総会の招集のほか、新たに株式を発行する際(募集株式など)など、一定の重要な事項を実施する場合には、会社に対し、株主に各種通知を行うよう義務付けております。
もっとも、株主に相続が発生した場合や、株主が引越しをしたまま会社に住所の変更を知らせていない場合など、会社にとって、どこに通知をすれば良いのか分からなくなる場合もあります。
そこで、会社法は、各種の通知を発する場合には、株主名簿に記載された株主の住所に宛てて発すれば、通常到達すべきであった時に到達したとみなすこととし、その限度において、会社の義務の範囲を限定することとしました(会社法126条)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:所在不明株主の株式の処分方法
ところで、設例のように、長い年月が経過する間に、株主が所在不明になってしまったりして、株主名簿上の住所に通知が到達しない(通知を発しても「宛て所に尋ねあたらず」で返送されてしまう)場合が出てきます。
このような場合であっても、会社がいつまでも通知を出し続けなければならないとなると事務的にも煩雑ですし、何より、所在不明の株主がいるということ自体、会社運営上健全とはいえません。
そこで、会社法は、
「通知が継続して5年間到達せず、かつ、会社からの剰余金の配当を継続して5年間受領していない株主の株式」
について競売したり(ただし市場価格のない株式については取締役全員の同意と裁判所の許可を得て)、会社で強制的に買取ったりすることができる旨を定めました(会社法197条)。
これにより、会社は、当該所在不明の株主に株式の売却代金を支払うかわりに、以後、株主としての地位を失わしめることができるようになるのです。

モデル助言: 
田部さんの会社の場合、もう10年以上も株主名簿上の株主と連絡がとれていないということですので、その株主が、継続して5年間、剰余金の配当を受け取っていない(そもそも、会社が剰余金の配当を行っていない場合も含まれます)のであれば、前述の方法で当該株主が保有する株式を売却したり、また、会社で買い取るなどし、当該株主の株主としての地位を強制的に消滅させることができます。
ただし、当たり前の話ですが、株式の売却代金は会社がもらえるわけではなく、その旧株主に支払わなければなりません。
とはいえ、そもそも所在不明だから株式を売却したのに、売却代金はその旧株主に払わなければならず、そのために旧株主を見つけなければならないのは面倒といえば面倒ですね。
こういう場合は、債権者(旧株主)の所在が不明であることを理由に、当該売却代金を所轄の法務局に供託することをお薦めします。
あと、ズルイ方法ですが、金銭債権は10年で消滅時効にかかりますので、株式売却代金の支払の提供だけしてホッタラカシにしておき、もう10年間音沙汰がなければ、消滅時効を援用して踏み倒してしまう、なんてことも考えられますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00155_企業法務ケーススタディ(No.0110):就業規則をイジリたい!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
真砂(マサゴ)デトックス研究所株式会社 社長 真砂 豪男(まさご たけお、38歳)

相談内容: 
先生~、聞いてよ~。
私の会社、こういっちゃなんだけどなかなか順調じゃない!?
そうそう、「真砂(マサゴ)デトックス」、私が開発した、体から脂肪以外の毒素を何でも排出しちゃう、このミラクルな健康食品があれば、私のような美しい肌が得られちゃうのよ。
ま、肌さえ綺麗なら体型なんて二の次っていう真実にみんなようやく気がつきつつあるのね。
とはいえ、ウチの営業使えなくて。
「真砂デトックス」が売れているのも、社長である私一人の営業の成果なのよ。
私が、大手ドラッグストア社長連中に直談判し、お店の棚の一番いいところを使わせてもらえるよう、この押しの強い体型を生かして、強引に丸め込むからバカ売れするわけ。
でね、ウチの会社の営業連中って、薬問屋をリストラされた年寄りの寄せ集めで、御託ばっか並べてロクに使えやしない。
なんとかあいつらの人件費抑えられないかな~と思って、新宿2丁目で知り合った徳光万九郎ってすご腕人事コンサルタントに相談したら、
「55歳以上の給料を一律半分に下げてやればいいのよ。
就業規則いじっちゃえばカンタンよ」
なんて言うわけ。
実際、ロクに仕事しちゃいない連中だし、最悪、出て行ってもらうなら、それはそれで、2丁目でブラブラしている若くてピチピチしている子をリクルートして、いくらでも人員補充できるわけだし、早いとこ、就業規則いじっちゃいたいわけ。
できるわよね!
答えてちょうだい!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:就業規則とは
企業における労働契約は、使用者である会社と従業員間の個別の雇用契約が集合しているものです。
労働契約も契約ですから、本来は、当事者の意思の合致に基づいて、従業員ごとに労働条件等が異なる労働契約が存在することになります。
しかし、使用者たる企業には、数多くの従業員が存在するために、契約内容である労働条件について、画一的に統一して定めたいという要求があります。
このような要請に応えるのが就業規則です。
労働契約法7条は
「使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」
と定め、労働者の個別の同意を得なくとも、就業規則を定めることで、多数の従業員に対して、一挙に画一的な労働条件の内容を設定してしまえることになっています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:就業規則の変更による一方的な労働条件の変更
したがって、企業は、就業規則を改定することで、従業員に対して一挙に労働条件を変更してしまうことができます。
そして、変更後の労働条件が従前の労働条件よりも労働者にとって不利益なものとなることを、
「不利益変更」
と言いますが、このような不利益変更を、就業規則の変更によって行うことも、一般的に可能とされています。
それでは、労働者にいかに不利な条件に変更する就業規則であっても、常に有効なのでしょうか。
この点に関し、最高裁は秋北バス事件において、
「新たな就業規則の変更によって、既得の権利を奪い、不利益な労働条件を一方的に課すことは原則許されない」
が、
「合理的な内容である限り」
許容されるものと判断しました。
すなわち、就業規則の変更による不利益変更に関しては、最高裁のいう
「合理的な労働条件」
を満たすことを条件として、個別の労働者から同意を得ることなく、賃金の減額等をすることができるというわけです。

モデル助言: 
就業規則の変更によって、高齢者に対する賃金のみの減額を検討する場合、その変更内容の
「合理性」
が厳しく問われるということをまずは理解していただかなくてはなりません。
この点を全く気にしていないすご腕人事コンサルタント徳光万九郎はヤブといわざるを得ないですね。
この
「合理性」
についてですが、最高裁は、第四銀行事件において要件を具体化しています。
すなわち、労働者の被る不利益の程度、使用者側の必要性の内容・程度、代償措置等を総合的に考慮して、合理的な就業規則の変更といえるかどうかを判断すべきとされています(労働契約法10条参照)。
今回は、
「55歳以上の給料を一律半分」
などと労働者に対して大きな不利益を課すものです。
そうしますと、たとえ定年の年齢引き上げ等といった雇用者に対する代償措置を採ったとしても
「合理的」
と判断されることは難しいでしょうね。
というより、これは、あまりに乱暴な措置で、就業規則による不利益変更が許されない典型例ですよ。
どうしても減額をしたいというのであれば、能力給制度を採用し、適切な能力検査の上で、使えないヤツの給与を下げるとか、
「合理的」
な条件と運用をすべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00154_企業法務ケーススタディ(No.0109):「大規模小売業者」ではないから独禁法違反にはならない?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社坪谷酒廊 代表取締役 坪谷 喜士郎(つぼや きしろう、39歳)

相談内容: 
この不況で、むやみに従業員も増やせないし、削れる人件費は削りたいですよね?
そうかといっても、安売りキャンペーンとかでガンガン売っていこうとするときには、売り場の改装やら商品の陳列やらで、兵隊がたくさんいるんですよ。
ウチの商品は飲み物ですから、簡単に募集できるパートのおばちゃんでは、重くてちょっと大変なんですよね。
そこで、ウチでは、
「新潟や山形で地酒を作っている、知名度がイマイチ」
という感じの地味な酒蔵さんにお願いして、チョイと兵隊をタダで貸してもらっているんですよ。
店舗の入り口に、
「まぼろしの地酒コーナー」
なんて感じの売り場を作ってやって、
「売りたければソッチも努力しな。
協力しなかったら調味料売り場に追いやるぞ」
なんて脅せば、健気に頑張ってくれちゃいます。
ところがウチの総務部長が、
「こないだ、ホームセンターがウチと似たようなことやって、公取委からえらい怒られた」
なんて脅かすんです。
でもキチンと調べさせたら、公取委が定めている
「年商100億円以上か、店舗面積が1500平方メートル以上」
の場合に適用されるルールがあり、それに違反した、ということだそうです。
ウチは年商25億にやっと届くかどうかというところですし、店舗もそこまで広くないですから、こんなの無視でいいっすよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:優越的地位の乱用
わが国では、取引社会では、誰とどのような契約をしようが一切自由である、とされています(契約自由の原則)。
これは、市場におけるそれぞれのプレーヤーが己の知力や財力を最大限に活用して、自由に契約交渉を行い、互いに競争させる基盤を確保することが、市場経済の発展には必須と考えられているからです。
しかし、弱肉強食の自由主義原則も度が過ぎると、本来予定していた
「自由な競争によって、経済の発展を図る」
ことができなくなり、ともすれば、
「強いプレーヤーが市場を意のままに操り、かえって自由競争の基盤が破壊される」
状態となってしまいます。
そこで、独占禁止法は、取引上優越的地位にある者が、正常な商慣習に照らして不当な取引をすること等を
「不公正な取引方法」
として禁止しています。
公正取引委員会は、独禁法2条9項6号の規定に基づいて、大規模小売業者が納入業者に対して要求する行為のうち、
「不公正な取引方法」
に該当する行為を告示で定めています。
これによれば、年商100億円以上または1500平方㍍以上(政令指定都市等では3千平方㍍以上)の売場面積の店舗を有する小売業者は
「大規模小売業者」
であり、
「大規模小売業者」
が納入業者に対して、その従業員の派遣をさせることは、原則として
「不公正な取引方法」
にあたるとされています。
これは、
「大規模小売業者」
による優越的地位の乱用を効果的に規制するために、いわばひとつの典型例として示したものであり、
「この告示に該当さえしなければ、小売業者による優越的地位の乱用を自由にやってよい」
ということを明言した趣旨ではありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」
独禁法2条9項5号は、「大規模小売業者」であるか否かにかかわらず、優越的地位の乱用を禁止しており、公取委は、これにつき
「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」
を定めています。
この指針では、
「優越的地位」
にあたるか否かは、
「納入業者にとって当該小売業者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すか否か」
について、
「当該小売業者に対する取引依存度、当該小売業者の市場における地位、販売先の変更可能性、商品の需給関係等」
を、総合的に考慮するものとされています。
「優越的地位」
にあると判断され、かつ、その地位を乱用して、従業員の派遣をさせたと判断されれば、それは立派な
「優越的地位の乱用」
として、独禁法上違法となることがあります。

モデル助言: 
たしかに、今年の夏頃にあった、某ホームセンターに対する公取委の排除措置命令は、
「大規模小売業者」
に対する先ほどの告示を根拠としてなされています。
以前新聞を賑わせた、家電量販店の事例などもそうです。
おっしゃるとおり、貴社の場合には、
「大規模小売業者」
の要件には該当しませんから、この告示違反を理由として排除措置命令は受けることはありません。
しかし、
「大規模小売業者」
についての告示にひっかからなくても、貴社が
「優越的地位」
にあるとされて、かつ、貴社が従業員を納入業者に派遣させていることによって
「公正な競争が阻害される恐れがある」
と判断されれば、独禁法第2条9項5号違反となりますから、貴社なら絶対大丈夫というわけにはいきませんよ。
貴社と納入先との間の具体的事情を慎重に検討しないと何ともいえませんが、昨年の独禁法改正によって、こうした優越的地位乱用の取引について、排除措置命令だけでなく、課徴金納付命令まで食らっちゃう可能性も出てきましたから、思わぬところで足を救われないよう、詳しく調べる必要がありますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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