00124_企業法務ケーススタディ(No.0078):白地手形の取り扱いの極意!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
小林通商株式会社 社長 小林 健道(こばやし けんどう、37歳)

相談内容: 
5年ほど前、つきあいのあった宮川商事にお金を貸して、借用証がわりに約束手形を受け取ったんですわ。
もちろん、チラシの裏とかじゃなくて、正真正銘、銀行の手形帳から切り取ったヤツですわ。
そのころの宮川商事は深刻な経営危機の状態で、返済時期も決めらず、
「手形の満期日は、今、決めんでええさかい、宮川商事の業績が復活した時期を支払期日にしとこか」
なんてユルイ合意にしときました。
ゆうても、その他の部分、手形の振出日や金額、受取人などの事項は、ちゃんと記載させましたわ。
ところが、宮川商事は最近エライ景気がええ様子で、逆に今度はウチの会社が危ないことになってきました。
それで、このあいだ、宮川商事の社長の宮川に、
「エライ景気ええらしいやんけ。5年ほど前に貸したお金を返してくれへんか」
って話したんですわ。
そしたら、宮川の奴、
「返済期限もユルかった話やし、今請求されても困るわ。
それに、あんなもん時効で、手形なんかもう使えへんで。
ゆうとくけど、ウチに無断で手形にグチャグチャ書き加えたらほんなもん、偽造やで。
気ぃつけや!」
なんてぬかしよる。
確かに手形法の条文を見てみたら、70条に
「満期ノ日ヨリ三年」
で時効になるとか書いてあるんですよね。
ちゅうことは、5年前の手形はもう時効なんでしょうか。
それに偽造だとかどうとか物騒なこと言われるし、もう、この手形には見切りをつけた方がいいんでしょうかね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:白地補充権とは
手形は、振出人が重大な債務を負うという性格から、その記載方法は、厳しく規律されます。
すなわち、法律上、
「必ず記載しないと、未完成手形として、法的効力が生じない事項(必要的記載事項)」
というのが定まっています。
とはいえ、実際の手形取引においては、設例のケースのように、手形の必要的記載事項の一部をブランク(白地)にしたまま振り出され、後日、その手形の受取人が振出人との合意にしたがってブランクを埋めること(「補充」と呼ばれます)で、その手形を完成させる取扱とすることが多く見受けられます。
設例のように、手形の決済日を後日取り決める趣旨で白地にしておくような場合は、
「満期白地」
などといい商業取引でよく使われます。
そして、白地手形の白地部分に必要な記載を行い、完成手形に仕上げることのできる権利は
「白地補充権」
と呼ばれ、当該権利は、振出人と受取人の合意によって生じるものとされています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:満期白地手形の白地補充権の時効
満期日が記載された手形であれば、その手形の時効は、記載された満期日から3年後ということになります(手形法70条「満期ノ日ヨリ三年」)。
すなわち、記載された満期日から3年が経過してしまえば、その手形本体が時効にかかってしまいますので、白地補充権が行使できなくなり、手形としての強力な権利行使が不可能となり、単なる民商事債権の証拠としてしか使えなくなります。
他方、満期日が記載されず空白のままである場合については、手形法70条が
「満期ノ日ヨリ三年」
と規定する以上、時効がいつまでたっても始まらないのではないか、との疑問が生じます。
この点については、簡便な金融手段として手形が飛び交い、これに比例して事故が多発した昭和30年代まで裁判例・学説が入り乱れた状態でしたが、昭和36年11月24日に、最高裁が小切手に関する訴訟において、
「『手形に関する行為』(商法501条4号)に準じて5年間の消滅時効にかかる」
との判断を下すことにより、理論上の決着がつきました。
この判例法理により、手形についても、満期が白地とされた場合、振出日から5年間で白地補充権が消滅時効にかかり、以後、手形としての権利行使ができなくなると解釈されています。

モデル助言: 
宮川商事から受け取った満期白地手形については、振出日から5年間で白地補充権が消滅してしまいますから、
「5年ほど前」
というのが5年経過してしまったのか否かで結論が異なってきます。
至急、振出日の特定をお願いします。
もし、まだ時効が来ていなかったら、急いで満期日を補充して、手形としての権利を行使しましょう。
宮川は偽造だとかなんとか言っていますが、法的には、満期白地の手形を交付した行為自体が、白地補充権を付与したと解釈できますし、補充しても無断で偽造したことにはなりませんね。
心配であれば、宮川に対して
「偽造云々言っておられるが、白地補充権を制限した旨の別段の合意があるのであれば、具体的合意内容とその証拠をご提示いただきたい。
応答がなければ、手形交付とともに無制限の白地補充権を付与したとの当方の認識に貴方も同意したものと考える」
との内容証明でも送りつけておきましょうか。
最後に、5年となると貸金としての商事時効も到来しますから、別途催告もしておきましょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00123_企業法務ケーススタディ(No.0077):マンションの建築確認申請が留保された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
星屋建設株式会社 社長 星屋 英俊(ほしや ひでとし、37歳)

相談内容: 
今、うちの会社では、不動産不況をお笑いでフッとばそうと、
「爆笑マンション」
っていうのを計画しているんです。
それで、一番の特徴は、窓やベランダの配置や壁の色なんかで工夫して、マンションの壁面がボクの顔に見えるように設計して、鼻の穴の部分に当たる3階のガラスに白色の上下稼働のタペストリーカーテンを付けて、上げ下げすると鼻からうどんが出てくるように見えて笑いが取れる仕掛けになっているんです。
一応、建築基準法とかその他の法令に則って建築確認申請していたんですけど、最近、周辺住民が、下品だとか、環境破壊だとか失礼なことを言い出して、マンションの建設に大反対をし始めたんです。
さらに悪いことには、どうやら、マンション建設反対住民の中心メンバーがウチの会社と周辺住民が揉めていることを役所にタレこんだらしくて、役所から、
「周辺住民とよく話合いを行って円満に紛争を解決するように」
と指導されてしまったんです。
建築士の先生がいうには、そもそも、住民説明会ってのは条例で決められているだけで、住民説明会で反対されたからって建築確認をもらえないなんてことはないっていうじゃないですか。
それなのに、役所は、
「周辺住民の皆様と話し合って円満な解決をせよ、という行政指導をした以上、話し合いができるまでは貴方の建築確認は留保しますので、建築確認は下ろせません」
の一点張りなんです。
これって、絶対、役所の嫌がらせですよね。
先生、行政訴訟とか一発食らわして、役所にぎゃふんといわせてやってくださいよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:建築確認とは
建築確認とは、建築基準法に基づき建築確認を行う建築主事等が、一定規模以上の建築物の建築を希望する者の申請にかかる建築計画が建築基準法や建築基準関係の規定に適合しているかどうかを工事開始前に審査する行政行為をいいます。
そして、この行政行為としての建築確認は、
「許可」

「認可」
といった一定の裁量を伴う行為ではなく、その文言通り、
「申請」
に添付された設計図書などが建築基準法やその他の建築基準関係規定に適合するか否かを機械的に
「確認」
する作業に過ぎません。
したがって、適正に行われた建築申請に対し、建築主事等が何らかの裁量をはたらかせることは原則としてできないと考えられています。
ところで、星屋建設が受けた行政指導とは、行政機関が、一定の行政目的を実現するために特定の者に対し一定の作為や不作為を求める勧告や助言などをいいます。
このような行政指導に従うか否かはあくまで任意とされていますが、行政指導に従わないことを理由として一定の不利益処分(行政処分)が課されることもあるので注意が必要です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:建築確認を留保する行政指導における問題
設例と同様に、建築主と周辺住民との間の紛争に関する行政指導が行われていることのみを理由として建築確認申請に対する処分を留保したことにつき、当該
「建築確認を留保したこと」
の是非をめぐって国家賠償請求訴訟が提起されたことがあります。
これに対し、最高裁判所(昭和60年7月16日判決)は、原則として
「建築主事が当該確認申請について行う確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当である。(中略)建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるものといわなければならない」
としつつ、
「建築主が確認処分の留保につき任意に同意をしているものと認められる場合」
などには、当該留保も例外的に適法としました。
しかしながら、さらなる例外則として、
「建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、(中略)行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは違法である」
としました。

モデル助言: 
星屋さんの場合、法令上の建築基準を全て満たしているのに
「周辺住民の皆様と話し合って円満な解決がされるまで建築確認は留保します」
といわれているわけですが、最高裁の理屈によれば、原則当該
「留保」
は違法とされますが、建築主が当該行政指導に任意に応じている場合には、確認申請留保も問題ないとされてしまいます。
逆に、
「話し合いなんかせえへんで! さっさと確認せんかい!」
というのであれば、星屋さんとして
「行政指導に不協力・不服従の意思を表明」
しておかなければなりませんので、役所宛に、内容証明郵便による通知書で
「周辺住民の皆様と話し合えという行政指導には従うつもりはありませんので、早急に確認申請に対して所要の判断を下してください」
とはっきり意思表示をする必要がありますね。
とはいえ、地域住民と軋轢を抱えたままでは、行政上問題なくても、別途司法上の問題として建築が差止訴訟が提起されるリスクもありますので、まずは円満な話し合いを進めた方がいいと思いますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00122_企業法務ケーススタディ(No.0076):外国人雇用の際の注意点!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社オリエント商会 社長 若崎 麻王(わかさき まおう、46歳)

相談内容: 
当社は、長年、東南アジアの日用雑貨の輸入・販売を行ってきましたが、景気も底を打ってこれから回復に向かうようですし、今度、思い切って事業拡大を図ろうと考えて、インドとの取引拡大を目指すことにしたんです。
そんな中、新商品として目をつけたのが、今、オランダでブームになっている、「アッシシ紅茶」です。
なんでも、疲れたときに飲むと、不幸をサッパリ忘れて、いい夢がみれてスッキリする、という魔法の紅茶だそうです。
でも、このアッシシ紅茶、なんでもインドの山奥でしか栽培されていないらしく、そもそも、取引量も少ないみたいだし、日本の商社経由で買おうとするとめちゃめちゃ高くなってしまうんですよ。
そこで、インドの山奥の農家と直接交渉して根こそぎ買い占めてやろうって考えて、誰か現地の言葉が分るインド人とかいないかなぁって思って、インド人の通訳を募集したら、長年、インドの首相官邸でインド山岳料理のコックを務めた後、日本のインド料理レストランでコックとして勤務しているっていうラジバンダリカイヨという女性が応募してきたんです。
さっそく、面接したところ、見た目はちょっと怖いけど、至って真面目そうだし、彼女が言うには、日本のレストランで勤務するために取得したって言うビザの期限もあと2年あるみたいだし、すぐに、バイヤーとして正式採用しました。
そしたら、昨日、入国管理局の人間がうちの会社にドヤドヤと乗り込んできて、ラジバンダリカイヨの在留資格ではバイヤーの仕事はできないからすぐに辞めさせろ、そうじゃなきゃ国外退去だ、って言うんですよ。
もちろん、彼女を採用する時には、ちゃんと就労ビザを確認してるし、全く失礼な話ですよね、先生。
一発、国家賠償請求でもカマしてやってくださいよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:旅券(パスポート)と在留資格(ビザ)の違い
まず、旅券(パスポート)とは、その国の国籍を有している者に対して、その国が発行し、交付するものです。
例えば、日本の国籍保有者には、日本国が日本の旅券を、米国の国籍保有者には米国が、米国の旅券を発行することになります。
これに対し、在留資格(ビザ)は、外国人に対して、つまり、入国を認める側の国が、入国を求める外国人に対して発行するものです。
したがって、日本人が米国へ行くときは、短期の観光などで行く場合など在留資格が免除される場合は別として、原則として米国政府の在留資格が必要となります。
ちなみに、在留資格を付与するか否か等については、当該国の主権の本質的なものとして、入管当局の広汎な裁量に属します。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:外国人の入国・在留許可制度
外国人が日本に入国し在留するためには、前記のとおり、旅券以外にも在留資格が原則必要となりますが、当該在留資格は、日本に滞在する目的ごとに付与されることになります。
現在、出入国管理及び難民認定法(いわゆる入管法)は、
「外交」
「報道」
「留学」
「家族滞在」
といった27種類の在留資格を規定しておりますが、外国人は、日本国から与えられた在留資格以外の活動は行うことができません。
ここで注意しなければならないのは、入管法は、日本国内にて就労する資格については、
「就労」
という一般的抽象的な在留資格ではなく、個別具体的に就労資格の種類を規定しているということです。
例えば、日本の中学校で外国語を教えるために
「教育」
の在留資格で在留している外国人が、本来、
「技能」
の在留資格が必要となるコックとして就労した場合などには、最高で1年以下の懲役刑が科せられたり(入管法73条)、日本からの退去強制に処せられる場合もあります(入管法27条以下)し、そのような外国人を雇った者も、不法就労助長罪として、最高で3年以下の懲役刑が科せられることがあります(入管法73条の2)。

モデル助言: 
日本において適法な在留資格に基づき就労していた外国人を採用する場合には、雇用にあたって、まず、入国管理局に対し
「就労資格証明書交付申請」
を行い、転職後も現在の在留資格で就労させることができるかどうかを確認しなければなりません。
申請の結果、転職後の職種や業務内容が現在の在留資格の範囲に該当しないと判断された場合にはそもそも雇用することができません。
ラジバンダリカイヨさんの場合、明らかに
「技能」
の在留資格で在留していたのでしょうから、
「人文知識・国際業務」
の在留資格を必要とするバイヤーとして雇用することはおよそできません。
何とかしてあげたいところですが、本来、
「就労させることができない外国人」
を雇用してしまった以上、どうすることもできません。
ラジバンダリカイヨさんには、元の職場に戻るよう進めるか、一度、インドに帰って改めて
「人文知識・国際業務」
の在留資格を取得してもらうほかありません。
そうじゃないと、ラジバンダリカイヨさんの現在の在留資格すら取消されてしまったり、若崎社長も連座させられることだってありますので、注意してください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00121_企業法務ケーススタディ(No.0075):比較広告もほどほどに

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
松竹梅食品株式会社 営業部長 蟻野 晋也(ありの しんや、39歳)

相談内容: 
ちょっと前まで、アメリカのCMを勉強しに、アメリカに出張していたんですよ。
勉強になることばかりだったんですけど、一番驚いたのが、アメリカでは、商品のCMなんかで、他社製品によく似た映像を堂々と流して自社製品と比較したり、
「あなたはそれでも○○を選びますか。
それよりも△△をどうぞ!」
といったように、具体的な他社製品との比較を宣伝に利用したりしているんですね。
やっぱ、アメリカって国は自由の国ですよね。
さっそく、出張の成果を社長に伝えたら、よし、うちもやるぞってことになって、うちの主力商品のレトルト食品
「松竹梅カレー」
と、ライバルのナンバ食品株式会社の
「ナンバ・グランドカレー(NGカレー)」
を比較した広告を作ろう、ってことになったんです。
でも、正直なところ、カレーの味なんてそんなに変わるもんじゃないし、どうせやるなら、消費者が
「オッ」
思ってくれないと意味ないじゃないですか。
それで、社内で知恵をしぼった揚げ句、
「安いだけのカレーを食べると脂肪が増えてNG。
松竹梅カレーを食べてみんなもスリムになろう」
ってキャッチコピーにしようということになったんです。
そしたら、これが、大当たりして、
「松竹梅カレー」
の売上はぐんぐんのびて、社長は大喜びです。
ところが、先日、ナンバ食品の顧問弁護士から、
「貴社のキャッチコピーは、当社のNGカレーについて、虚偽の事実を流布している。
キャッチコピーの使用を直ちに中止するとともに、損害賠償として1億円を支払え」
って内容のごつい文書が届いたんです。
たかだが、キャッチコピーぐらいで目くじらたてて、まったくジョークがわからない会社なんだから困りますよね。
ホントに。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:比較広告と景表法
日本では、憲法21条で表現の自由が保障されていることもあり、名誉棄損罪や侮辱罪といった犯罪に該当する場合を別として、キャッチコピーにどのような文句を使用したとしても、使用差し止めや損害賠償を請求されるいわれはないとも考えられます。
しかしながら、景表法(景品表示法)第4条は、
「自己の供給する商品等の内容や取引条件について、実際のものまたは競争事業者のものよりも、著しく優良または有利であると一般消費者に誤認される表示」
を不当表示として禁止し、公正取引委員会は、これに違反する行為の差し止めなどの命令を行うことができると規定しております。
この規定ゆえ、日本では、長年、競合する他社商品と比較して自社商品の優位性をアピールするいわゆる比較広告の手法については忌避されてきました。
しかしながら、昭和62年4月21日に公表された公正取引委員会の比較広告に関するガイドラインにより、
1 比較広告で主張する内容が客観的に実証されていること
2 実証されている数値や事実を正確かつ適正に引用すること
3 比較の方法が公正であること
といった3つの要件を満たすことを条件として、行政解釈により、比較広告が許容されるようになりました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:比較広告と不正競争防止法との関係
ところで、不正競争防止法2条1項14号は、前記景品表示法とは別個に、
「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、または流布する行為」
を不正競争と定義し、被害者は、違反者に対しては当該行為の差し止めや損害賠償を求めうるものとしています。
これは、
「虚偽の事実を告げるなどして他社(商品を含む)の信用を害する営業行為は自由競争としての保護に値しない」
との趣旨によるもので、景表法がBtoC規制とすれば、本規定はBtoC規制として、別個に規律されるべきものです。
最近でも、
「ある企業の自社商品の説明会などで他社商品の材質や品質に関し虚偽の事実を告げて自社商品をアピールした行為」
が、不正競争防止法2条1項14号に該当するとして、東京地裁は、当該行為の差し止めと損害賠償の一部が認容するとともに、信用回復措置として当該説明会に出席した業者に対する訂正文の送付などを命じました。

モデル助言: 
松竹梅食品株式会社の場合も、前記のキャッチコピーのうち、
「NGカレーを食べると脂肪が増えてNG」
との部分については、そもそも、客観的に実証されたデータが存在するのかどうか不明ですし、同じレトルトカレー食品である
「松竹梅カレー」

「その他のカレー」
との間に、材料や成分に顕著な違いがあるのかすら怪しいところです。
もとより、
「比較」
とは、
「2つ以上のものを互いにくらべ合わせること(小学館『大辞泉』)」
ですので、松竹梅食品株式会社は、前記のキャッチコピーを使用する前に、きちんと両者の含有成分や効果を検証しなければなりませんが、どうせ、そんな面倒臭いプロセスも経ずに、適当に考えたキャッチコピーなんでしょう。
まぁ、1億円という損害賠償については半分牽制でしょうし、こちらは適当にあしらってうやむやにするとして、大至急、キャッチコピーを変更することをお薦めします。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00120_企業法務ケーススタディ(No.0074):国立大学の医学部教授とのおつきあいにはご用心

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
高中製薬株式会社 社長 高中 尚人(たかなか なおと、53歳)

相談内容: 
先日、東京地検の特捜部ってとこが、突然、少しオレの話を聞きたいって連絡してきたんで、出かけていったんですよ。
そしたら、この前、国立大学法人東西大学医学部の教授を誘ってゴルフに行った件について、
「贈賄罪だ」
とかなんだかいって、すんごい剣幕で怒られたんです。
ま、幸いたいした額ではなかったので、おとがめなしですみそうな感じなんですが。
医薬品の開発も手掛ける当社は、大きな研究施設を持っている病院や大学の医学部なんかと提携して新薬の開発に取り組んだりしているので、そりゃ、社会儀礼の範囲のお付き合いはしますよ。
それでこの前も、東西大学で進められているインフルエンザ新薬開発のプロジェクトに当社も参加できるように、ゴルフ好きな医学部の青芝教授を誘ってゴルフをやって、夜は六本木でどんちゃん騒ぎして接待していたわけなんです。
こんなのこれまで普通にやってきましたし、税務署だって交際費として認めてくれてます。
検察官ってのは、よほど世の中のことを知らないんですかね。
明後日、調書を取るとかで、もう1回検察庁に呼ばれているんですが、一緒に来てもらって、世間知らずの検察官の兄ちゃんに
「てめえは友達とゴルフしたり、飲んだりしねえのか!」
ってガツンと説教してやってもらえませんかね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:刑法における贈賄罪と公務員
刑法198条は、
「賄賂を供与し、またはその申込みもしくは約束をした者は、3年以下の懲役または250万円以下の罰金に処する」
と規定し、公務員に公権力の行使に関して何らかの便宜をはかってもらうために、金品などを提供したりする行為を
「贈賄罪」
としています。
そして、ここでいう
「公務員」
について、刑法は、
「この法律において公務員とは、国または地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう」
と定義しています。
このように、公務員に対し、公権力の行使に関して何らかの便宜をはかってもらうために、金品などを提供したりすることは厳罰をもって禁止されています。
ところで、一口に公務員といっても、霞が関の中央省庁に勤務している一見して明らかな公務員から、かつての旧国鉄、旧電信電話公社のように、民間の鉄道会社や電話会社と変わらない業務を行っている公務員もいます。
その後、このような民間企業と同様の業務を行っていた公務員などは、所属先が民営化したり、また、行政改革推進法の施行など、一連の行政改革などによりその所属先が独立行政法人として組織改変などが行われたことなどによりその身分を失うこととなりました。
その一方で、独立行政法人造幣局など、一部の
「業務の停滞が国民生活又は社会経済の安定に直接かつ著しい支障を及ぼすと認められる」
業務を行う独立行政法人の役職員は、公務員としての身分を保持することとされる場合があります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:国立大学教授の場合
国立大学は、かつては、その名のとおり国が運営する大学でしたが、一連の行政改革等により、その運営主体が国から国立大学法人に移行することとなり、これまで公務員の地位を有していた国立大学の教授や職員は、その地位を失うこととなりました。
設例で言えば、青芝教授は、もはや公務員ではない以上、
「インフルエンザ新薬開発のプロジェクトに参加するための便宜を図ってもらうこと」
を目的にゴルフ接待をしても収賄罪は成立しないようにも考えられます。
しかしながら、国立大学法人法19条は、
「国立大学法人の役員及び職員は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす」
とし、刑法などの罰則が適用される限りにおいて、国立大学の教授や職員は、公務員とみなされますので、高中社長の行為は贈賄罪に該当する可能性があります。

モデル助言: 
確かに、やってる業務内容は、国立大学法人が運営する国立大学も私立大学も同じなので、国立大学の教授を接待した時だけ、贈賄罪で罰せられるというのはおかしな話と考えるかもしれません。
しかしながら、国立大学教授は立派な公務員であり、行政改革によって国立大学法人に変わったといっても、贈収賄規定が適用される身分に変わりありません。
実際、治験や医療機器選定に関して、業者が通常のお医者さんに対する接待感覚で金品その他を提供した結果、後日、逮捕・起訴され、有罪となるケースが頻発しています。
このように、国立大学やその他税金で運営されている医療機関・研究機関に所属する医師や研究者を、民間の感覚でお付き合いすると後で大変なことになりますので、くれぐれも注意してください。
ま、検察対策ですが、お説教なんてのはとんでもない。
贖罪寄付をして、真摯に反省した様子をアピールし、なんとか穏便に不起訴にしてもらいましょう。
一緒に土下座するつもりでついていってあげますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00119_企業法務ケーススタディ(No.0073):消費者団体からの差止通知への対応

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
木村絨毯株式会社 社長 木村 銀治(きむら ぎんじ、33歳)

相談内容: 
うちの会社が昨年売り出した「健康絨毯」という商品名のカーペットなんですが、当社の営業部の者が
「お肌に優しく、毛玉が立たない、ペルシャ猫のような魔法の絨毯!」
っていういい加減なキャッチコピーを考え出し、これで営業を始めたら、世間のおばあちゃんたちに大ウケして、売上もぐんぐん上がったんです。
もちろん、ただの化繊絨毯ですし、ペルシャ絨毯というわけでもありませんので後で問題にならないように、包装のすみに
「本商品はペルシャ絨毯ではありません」
って小さく書いておきました。
確かに、買った後でクレームがきたことはありましたけど、ウチも面倒は嫌なので、クレーム言ってきたところにはその都度返金して対応しています。
そしたら、「内閣総理大臣認定消費者団体 悪徳企業排除機構」っていう、おっかなそうな名前の団体から通知書が届いて
「ペルシャ絨毯ではないタダの化繊の絨毯を、ペルシャ絨毯と偽って消費者に売りつける行為を1週間以内にやめよ。
さもなくば訴えを提起する」
と言ってきました。
5~6年前に先生にお世話になった事件の際には、確か、
「消費者団体は原告になれないし、ほっとけばいい」
というアドバイスを受けて、ほっておいたら、そのうち鎮静化しましたが、今回も適当にあしらっておけば大丈夫ですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:民事訴訟における当事者とは
民事訴訟においては、争いを解決するための手段である
「判決」
に実効性を持たせるために、自分の権利の実現を求める者本人が
「原告」
となり訴えを起こす必要があります。
すなわち、可哀そうで見ていられないという理由で、見ず知らずの第三者が
「原告」
となり、民事訴訟を提起するということは原則としてできません。
民事訴訟法においては、これを
「当事者適格」
と言い、民事訴訟を適法に進めるための条件のひとつとされていますので、当事者適格を有さない者が
「原告」
となったり、当事者適格を有さない者を
「被告」
として訴訟を提起した場合、当該訴訟は、不適法なものとして
「却下」
されることになるのが原則です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:消費者団体訴訟制度
しかしながら、社会的強者である企業と社会的弱者である消費者との格差が顕著となった現代社会において、このような民事訴訟上の原理原則を形式的に貫くことによる不都合が生じました。
すなわち、企業などが消費者契約法に違反する営業行為を行い、これによって被害を受けた個々の消費者が個別に解決を図ろうとしても、情報力や交渉力に圧倒的な差があるため、また、このような営業行為の被害者となる消費者にはお年寄りなど、訴訟遂行費用すら賄えない社会的弱者が多いということもあり、泣き寝入りしてしまうケースが常態化したのです。
そこで、法改正により、消費者問題に関し、当事者適格に対する例外が設けられるようになりました。
これが、消費者契約法に基づき設けられた消費者団体訴訟制度と呼ばれるものです。
この制度は、消費者全体の利益を守ることを目的として、
「消費者のことをよく理解し、利益を代弁することが客観的に期待でき、かつ、組織的にも堅実と認定された消費者団体」
に対し、
(1)消費者契約法に違反する営業行為に対して、書面にてそのような営業行為をやめるよう請求する権利と、
(2)当該書面でも是正されない場合に、民事訴訟の例外として、消費者に代わって、消費者契約法に違反する営業行為をやめることを求めて訴えを提起する権利を、
それぞれ付与しているのです。

モデル助言: 
確かに、法改正前までは、企業としては、個々の消費者の情報力、経済力、交渉力などを甘く見て、あまり真剣に対応せず、また、消費者団体から苦情申入れなどがきても、どうせ、当事者適格もないから訴えも提起できないだろうとタカをくくった対応がなされてきました。
しかしながら、この消費者団体訴訟制度が導入され、個々の消費者とは異なる、知識と専門性を有する強力な団体組織に、消費者契約法に違反する営業行為を是正するための有効な手段が付与されるようになり、これまでの企業の姿勢に牽制が加えられるようになったのです。
もちろん、事前の通知もなく、いきなり訴えを提起されるということはありません。
ですが、違反行為の是正を求める旨の書面が届いた場合には、事態を甘くみることなく、まず、事実の有無に関する徹底した社内調査を行うとともに、適格消費者団体と誠実な話し合いをして妥協点を見いだす努力をすべきと考えますし、法律上も、まずは企業と消費者団体との話し合いによる解決を推奨しています。
逆に、いい加減な態度で放置した場合、訴えを提起されて営業行為を差し止められ予想以上の大きなダメージを被る可能性もありますし、それ以上に報道等を通じて企業イメージの低下や顧客離れといったリスクが発生しかねませんので、慎重に対応すべきでしょうね。
とにかく、これまでのようなナメた対応を取らないようにしてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00118_企業法務ケーススタディ(No.0072):個人情報が漏洩してしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
熱血教育株式会社 社長 漏田 健策(もれた けんさく、59歳)

相談内容: 
ご存じのとおり、当社は、教育機関や検定機関などから委託を受け、各種検定試験などを実施したり、検定合格のための問題集を販売したり通信教育を提供しております。
最近は、検定ブームで、それにあやかって当社の業績もうなぎ上りでしたが、エラい事件が起きてしまいまして。
どうやら、ウチの会社の販売管理部にいる釣野(つるの)剛志という若いのが、データベース化してある顧客情報を、名簿業者に売り込んでたみたいなんです。
悪いことに、当社で扱っている情報には、検定受験者や生徒の名前、住所、生年月日、試験の結果なんかが詳細に含まれていました。
学習教材会社なんかが名簿業者から既に購入しているみたいで、判明しているだけでも、1200件ほどの個人情報が、30社以上に漏洩してしまったんです。
もちろん、釣野は、即刻解雇処分にしました。
ですが、文部科学省から天下りしてきたエラそうな役員の1人が、やれ、生徒や受験者に謝罪したほうがいいとか、もっと誠意を見せるべきだ、とか騒ぎ始めたのです。
幸い、漏洩した件数が少なかったということもあって、それほど騒ぎが大きくなっていませんし、過剰な対応をするとかえって大事になると思うのですが、その役員がとにかくうるさいもんで、放置もできない状態なんです。
この際、1人当たり幾らかを払っちゃおうと思っているのですが、個人情報漏洩の場合の賠償額の相場ってものを教えてもらえますか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:個人情報保護法
一昔前であれば、個人情報の保護など全く意識されず、各種学校の名簿なんかがごく普通に名簿業者に売買されていました。
会社の従業員も、カネに困ったら、小遣い稼ぎのために会社の顧客名簿を売りさばき、バレたところで、ちょっとお叱りを受ける程度で済んだ牧歌的な時代もありました。
しかし、高度情報化社会が到来した現代にでは、各種企業が保有する顧客データなどの膨大な個人情報は、情報処理技術などの発達により、その蓄積、加工、編集などが簡単に行えるようになり、一旦漏洩すると、インターネットなどを通じて、これら個人情報が一瞬で世界中を駆け巡りました。
さらに漏洩した個人情報は、オレオレ詐欺やフィッシング詐欺といった、個人情報を用いた新手の犯罪に使われるようになってきました。
そこで、平成17年に個人情報保護法が全面的に施行され、個人情報などを扱う企業は、従業員に個人情報などを扱わせるに当たり、個人情報の安全管理のための必要な監督義務が課されるようになりました。
その結果、個人情報の保護は単なる努力指針ではなく、法律問題・経営課題として意識されるとともに、個人情報を漏洩させた企業に対しては厳しい責任追及がなされるようになってきています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:侵害論と損害論
個人情報は、個人情報保護法により法律上保護されるべき権利であることが明記されているところ、釣野は、これを違法に第三者に売り渡していますので、釣野個人は権利侵害行為を行ったことになります。
また、熱血教育社についても、個人情報保護法に基づく監督義務違反による社固有の不法行為(民法709条)として、あるいは釣野の使用者としての責任(民法715条)として、個人情報を漏洩された被害者各人に対して損害賠償責任を負うことになります。
しかしながら、権利侵害行為があれば常に賠償義務を負うというものではなく、権利侵害行為が明らかであっても具体的に発生した損害が不明な場合等には、損害賠償義務が生じないということもあり得ます。
法的解決の場面においては、権利侵害の議論(侵害論)と発生した損害に関する議論(損害論)とは明確に区別されるからです。
すなわち、設例においては、個人情報の漏洩により現実に被った経済的損害や精神的苦痛といったものは被害者各人で異なるでしょうし、そもそも被害者が賠償請求の主張すらしていない段階において、具体的に損害賠償の議論をするのは、やや稚拙と思われます。

モデル助言: 
熱血教育社さんの場合、会社として漏洩に責任があるかどうかいまだ議論の余地がありますし、発生した具体的損害についても全く不明です。
ましてや、漏洩された被害者から賠償請求されたわけでもありません。
従って、法律上、こちらから一律○○円を支払う義務が自動的に課されるなんてことはありません。
とはいえ、
「当社は、具体的な損害賠償請求を一切受けていませんし、もし、仮に請求を受けたとしても、裁判所が損害額を決めるまではビタ一文払うつもりはない」
という身も蓋もない言い種では、企業としての信頼が失われ、客が離れていきます。
個人情報が漏洩した場合の賠償問題について法的に確定したルールがない以上、ビジネスマターとして対応すべきでしょう。
例えば、受講割引券を配布するなり、試験対策用特別テキストや特別講義の通信講座用DVDを無償で配るなどして、顧客の怒りを静めつつ、ちゃっかりビジネスチャンスを創出したりするのも十分アリだと思いますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00117_企業法務ケーススタディ(No.0071):ライバル企業の顧客勧誘時の落とし穴

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社トゥース 代表取締役 大鳥 流石(おおとり さすが、30歳)

相談内容: 
今日の相談は、ウチで全国各都市に展開している少人数英会話教室「We(ウィー)」のことなんです。
当社のライバル会社で、全国各駅のソバに英会話教室を展開している「SOBA」という会社があるんですが、「SOBA」の埼玉地区事業部長の赤林(あかばやし)ってのとパーティーで名刺交換して以来意気投合しまして、昨年、ウチの会社の事業部長として招聘することになったんですよ。
赤林も「SOBA」をぶっつぶす勢いで頑張ります、ってヤル気になって頑張ってくれました。
まず、英会話教室を「SOBA」から当社に切り替えた受講生は、半年間、他の受講生より授業料を安くするっていうキャンペーンを始めたら、これが大当たり。
加えて、「SOBA」で安くこき使われてヒーヒー言っている外国人の英会話教師を大量に引き抜いてきた。
そんなこんなで、「SOBA」 はもうヘロヘロ。
東京・名古屋ではウチの一人勝ちです。
昨年末、「SOBA」が公正取引委員会に被害申告したみたいで、公取からいろいろ電話がかかってくるようになり、なんか雲行きが怪しくなってきました。
とはいえ、同業他社より安い価格を付けて顧客を勧誘するなんてのは、自由競争社会では当ったり前のことですし、外国人教師が「SOBA」を見限ったのも安くコキ使ってた「SOBA」が悪いんですし、ウチは全く悪いことなんかしていない。
胸を張って堂々としていいすよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:顧客属性に応じた価格の差別化
適正な利益が上げられる範囲で、同業他社より安い価格を設定して商品を販売したりサービスを提供したりすることは、自由競争社会においては当然のことです。
本来、企業は、自社の商品やサービスの価格を自由に決めることができるのが原則ですし、顧客によってはその取引量やコスト(事務費用など)が異なるのですから、例えば、
「子供は割引します」
といったように、顧客の属性で価格を変えたからといって、直ちにそれが違法と評価されるようなことはありません。
しかしながら、例えば、同業他社のシェアが大きい地域だけ、自社の商品やサービスを安くしたり、同業他社の顧客を勧誘する時に限って安い価格を提示したりするといった行為は問題があります。
なぜならこのような行為を放置した場合、大企業がその資金力にものを言わせて、同業他社のシェアが大きい地域や市場に狙い撃ち的に介入し、その地域や市場における同業他社の資金力が尽きるまで安い価格を維持して顧客を奪うことが許されることになり、反競争状態が出現することになるからです。
このため、独占禁止法は、公正取引委員会が指定する
「不当に、地域または相手方により差別的な対価をもって、商品もしくは役務を供給し、またはこれらの供給を受けること」
を「差別対価」として不公正な取引方法としているのです(一般指定3項)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:顧客や従業員の苛烈な引抜きが私的独占に該当する場合
最近、ある会社が、ライバル企業の3割近くの従業員を引き抜いた上、さらに、当該ライバル企業の顧客に対し、
「自社との取引に切り替えれば、他の顧客にはない特別な条件で取引する」
という不当な差別対価を提示して勧誘したという事件がありました。
この事件について東京地方裁判所は、
「違法な引き抜き行為」
に加え、これと近接した時期に
「違法な差別対価」
を提示するキャンペーンを大々的に行ったことを総合的に考慮し、いわば
「併せ技一本」
のような形で前記企業の行為を悪質な私的独占行為と判断し、20億円にも上る損害賠償額の支払いを命じました。
設例の場合も、単なる不公正取引としての
「差別対価」
にとどまらず、
「差別対価を手段とした私的独占行為」
として判断されるリスクがあると言えます。

モデル助言: 
株式会社トゥースさんの場合、
「SOBA」の受講生だけを狙い撃ちして授業料が安くなるような対価設定を行っておりますので、公正取引委員会に睨まれるような、不当な差別対価による営業政策と言えるんじゃないでしょうか。
加えて、
「SOBA」潰しのキャンペーンと近接した時期に、大量に講師を引き抜いているのもよくありませんね。
いかに
「SOBA」が外国人教師をコキ使ってきたとはいえ、
「引き抜き行為」
と目されるような積極的かつ強引なやり方で横取りしたというのであれば、差別対価と
「併せ技一本」
で、私的独占行為として評価される危険すらあります。
「SOBA」の受講生だけでなく、全受講生を対象とした割引キャンペーンに切り替えるとともに、今後「SOBA」から移籍を希望する外国人教師については、円満退社することを条件にするなどして、戦略をマイルドな方向にシフトしていくべきです。
それと、公正取引委員会への対応についても、「SOBA」の外国人教師の雇用の一件は、
「困窮している彼らを助けるためで引抜きではない」
「「SOBA」からの切り替えキャンペーンとは関係ない」
ということをしっかり説明していく必要がありますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00116_企業法務ケーススタディ(No.0070):破綻会社からの債権回収法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社アホー・ネット 埴輪 騎士(はにわ ないと、30歳)

相談内容: 
先生、当社が運営する検索サイト、Ahoo(アホー)は、もう絶好調で、広告収入やら何やらがジャカジャカ入ってきて、笑いが止まりません。
ですが、楽器屋チェーン店フライ・アウェイ社を経営していた兄貴の埴輪嵯峨男(はにわ・さがお)の方がもうダメで。
今は、もう行方不明の状態で、連絡もつかない。
ところで、兄貴の嵯峨男が、行方不明前に、たまっていた当社の広告料を現金で一挙に支払ってくれたことがあったんです。
行方不明になる半年以上前なんですけど、
「広告料遅れて悪かったな。
お前に迷惑かけちゃ、かっこ悪いから・・・」
って、支払を延ばしに延ばした広告料1千万円ほどを、もっていた現金でバサッと払っていったんですよ。
その後、だんだん連絡がつかなくなってしまって、とうとう、先月、破産。
身内とはいえ他人事のように思っていたら、この前、破産管財人の弁護士ってのから内容証明が送られてきて、
「抜け駆けだ」
「資産隠しだ」
とかなんとかで、兄貴から払ってもらった1千万円を弁護士のところに返金せよ、って話が書いてある。
どうやら、兄貴は、取引先の支払はおろか、従業員の給料まで何カ月分か遅らせた挙げ句、トンズラしちゃったみたいで、エライ騒ぎになっているようなんです。
もうすぐ期末で、払ってもらった1千万円の扱いを決めなきゃいけないんです。
やっぱ身内が優先して返済してもらうのってマズそうだし、裁判所も関わっているようですし、これ、返しておいた方がいいんですかね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:破産直前期に横行するドサクサ紛れの違法行為
企業の経営が傾き、破産までカウントダウンの状態になると、ドサクサ紛れの不当な行為が横行するようになります。
まず、破産する企業の社長などは、将来の生活や再起に備えて少しでも多くしようと、あの手この手で財産を隠匿しようと画策します。
また、債権者の方も、1円でも多く自己の債権を回収しようと、脅し、すかし、だまし、なだめながら、強硬な取立てを試みようとします。
このような事態がそのまま放置されるとすれば、
「裁判所が後見的に介入し、多くの債権者に、できるだけ多額かつ平等の回収を」
という破産手続の目的が達成できなくなります。
そこで、破産直前に行われがちな財産の投げ売りや叩き売り(詐害行為と呼ばれます)や、抜け駆け的回収行為(偏頗<へんぱ>行為とよびます)については、後日、そのような行為の効力を取り消されたり、あるいは否認されたりして、買い取った財産や支払を受けた金銭を返還させる制度が設けられています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産管財人の役割と権限
企業が破産すると、社長交代が起こります。
すなわち、それまで企業を取り仕切っていた社長が一切の権限を喪失し、代わって、裁判所が指定する弁護士が企業のトップに就任することになります。
この弁護士のことを、破産した企業の財産を管理する人、すなわち、管財人と呼びます。
そして、管財人は、破産直前期のドサクサ紛れの違法行為を調査し、
「レッドカード」
を出して、本来破産企業が保持しておくべき財産を取り戻す権限を有しています。
これが、否認権制度と呼ばれるものです。
すなわち、債務者が支払できなくなった時点あるいは支払を停止した時点を基準として、これより後になされた債務の支払について、支払不能状態を知っていながら支払を受けることは、破産管財人による否認対象行為とされており、管財人は、
「アホー・ネット社が広告料の支払を受けたこともこれに該当するので、その効力を否認するので、当該支払を受けた金銭を返せ」
と言ってきた、というわけです。

モデル助言: 
恐らく、社長が行方不明になり、社長に対する義理も忠誠心も喪失したフライ・アウェイ社の役員か従業員が、
「嵯峨男社長は、オレらの給料は遅らせながら、身内にだけ高額の債務を弁済しやがった。
あれは取り返すべきだ」
なんて言って破産管財人にチクったんでしょうね。
とはいえ、結論としては、あまりビビらなくていいです。
兄弟といえども、他人ですし、支払を受けたのは、破綻する随分前の話です。
実際、御社としては、相手方会社の経営状態や支払不能状態について、ご存じなかったようですから、否認権行使の実体要件を充足するとも思えません。
社長同士が兄弟の関係にあるからといっても、法的には全く別個の法人格だし、基本的に債権者が債務の弁済を受領する時に、債務者の支払能力について調査する義務も権利もないですから。
管財人からの通知も、状況をつぶさに検討してなされたというよりも、
「ビビって応じてくれたら儲けモノ」
くらいの感覚で出していることもありますし、訴訟になれば正々堂々と受けて立てばいい。
仮に訴訟になったとしても、こちらが否認要件に該当しないことをきちんと反論すれば、破産手続を長引かせたくない管財人の側から和解を願い出ることも考えられます。
ま、とりあえず、私から、管財人に反論の内容証明を出しておきますが、心配せず、普通に構えていてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00115_企業法務ケーススタディ(No.0069):マイカー通勤制のリスクに注意せよ

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社談合坂建設 代表取締役 妹新井 栄(いもあらい さかえ、41歳)

相談内容: 
ウチの会社では、以前は、会社にいったん集合してから会社の車で現場に向かわせていたのですが、昨年ガソリン代が高騰したのを受け、従業員から
「自家用車で現場に行くことにするからガソリン代見合いで、ちょっと給料上げてくれ」
という話が出ました。
そこで、マイカー通勤を容認するとともに、現地集合・現地解散ということにしてみたのですが、やってみたら意外にうまく機能し、移動のための無駄な時間が減り、会社としては大きなメリットにつながりました。
そこで、ガソリン代高騰が収まった後もこの仕組みを続け、昨年末、会社の車もほとんど処分しちゃいました。
ところが、こないだウチの若い従業員が、朝まで飲み明かし、酔いが覚めない状態で飲み屋からマイカー運転で現場に直行し、途中で事故りやがったんですよ。
ケガ人はなかったんで良かったんですけどもね、T字路でそのまま突っ込んで、ブロック塀をこわしちゃったんですよ。
ところがその従業員、任意保険にも入っていなかったため、ぶっこわしたお宅の修理費が払えないってことが発覚したんです。
そうこうしているうちに、そこのご主人から、当社に
「塀の修理代として400万円支払え」
なんていう内容証明が届いたんですよ。
そりゃ、ウチの従業員がしたことですけど、個人が勝手に酔っぱらって起こした事故ですよ。
こんなもんにイチイチ賠償責任負わされていたら、会社なんかやってられませんよ。
ウチに賠償金払う義務なんかないですよね、先生!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:使用者責任
従業員にマイカー通勤をさせると、設例のような経費削減や時間短縮につながることがあり、特に自動車での移動頻度が高い地方の企業等においては、マイカー利用を前提とした通勤体制を構築する企業も多いようです。
しかしながら、マイカー通勤を採用することは、設例のようなメリットばかりではありません。
マイカー通勤する従業員が事故を起こしたことによって従業員個人が負うべき損害賠償義務を、企業が負わされるリスクが存在するのです。
「江戸時代であれば、子の責任を親が負うってことはあったかもしれない。
しかし、現代の私的自治・自己責任原則を基本とする近代法の下で、子供ですらない従業員の不始末を会社が負うなんてことはあるはずないだろ!」
とお考えの向きもいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、民法715条において
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」
と定められています。
すなわち、
「たくさんの従業員を働かせることにより、大きく儲けている企業については、当該従業員の業務遂行中の不始末についても責任を負うのが公平だ」(報償責任の法理)
という考えに基づき、民法上の自己責任原理に大きな修正が加えられているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:マイカー通勤制のリスク
もちろん、民法715条は、従業員がひき起こしたあらゆる賠償義務を企業が負担せよ、と言っているわけではなく、企業が賠償義務を負うべき範囲を
「その事業の執行について第三者に加えた損害」
に限定しています。
しかしながら、裁判の動向をみると
「その事業の執行について」
の概念は拡張の一途を辿っており、
「私生活」

「勤務中」
か微妙な場合、ことごとく
「勤務中」
とみなされ、企業側に賠償責任を負担させる方向での司法判断が増加しています。
また、
「マイカー通勤をタテマエでは禁止していたのだけれども黙認していた」
というような事例においてすら、マイカー通勤中の事故について、会社に賠償責任を負わせた裁判例も存在します。
このように、マイカー通勤を認めた企業については、通勤中に従業員が起こした事故についてすべからく連座させられるリスクが発生することになるのです。

モデル助言: 
御社の場合、マイカー通勤を容認し、事実上奨励すらしている状況ですので、今回の件で損害賠償を免れるのは厳しいと思いますね。
とはいえ、今回は、車が住宅に突っ込んだと言っても、被害はさほど大きくなく、また、ブロック塀自体かなり古いものです。
被害者としては、今回の件を逆手にとって塀全体を一挙に修繕しようという魂胆で、相当ふっかけているものと思われますね。
今後は、支払額の適正化が交渉主題になりますが、数十万円の適正額に収めることは可能だと思います。
あと、今後の話ですが、今回のような事態を防ぐ方法としては、
「マイカー通勤を明確に禁止し、黙認もしない」
という体制に復帰するか、
「マイカー通勤を容認しつつ、厳格なリスク管理をする」
という体制にするか、いずれかの選択しかあり得ませんね。
後者で行くのであれば、マイカー通勤を認める前提として、任意保険加入を絶対条件とし、かつ3年以上無事故無違反の者に限定し、かついざとなったときに賠償義務を負担させる身元保証人も増やす、といった入念なリスク予防体制の導入を検討すべきですね。
いずれにせよ、死亡事故とか重篤な事件が発生してしまう前に、マイカー通勤のリスクに気付いて良かったです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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