00024_ライセンサー(技術ないし権利保有者)として、強気に契約交渉を展開するためのリテラシーと手法

ライセンス契約を行う上では、契約内容として、独占/非独占の別・ロイヤリティ算定方法・ミニマムギャランティ・契約期間・機密保持・テリトリー・源泉徴収税額の取扱・為替・解除条項・準拠法・仲裁条項等々、詳細な取引内容を取決める必要があります。

これらの取引の条件、内容ともにすべて交渉の際の綱引きで決まりますし、何も定めなかった場合(あるいは雑にしか定めなかった場合)は、ライセンスを受ける側(ライセンシー)は
「書いていないことはやっていいこと」
という解釈を前提に、たとえこちらに不利となったり、迷惑になるようなことであっても好き勝手なことをし始めます。

これが、取引や契約を規律する私法の根本原理である
「契約自由の原則」
の帰結です。

したがって、
「やられたら困ることは、すべて、事細かく、事前に、文書で書いておくべき」
であり、この手間や労力を惜しんで、雑に
「想定なことは信頼関係で」
といった取り決めしかしておかない場合のリスクは、全て、ライセンサーの不利な状況となって襲いかかります。

そして、これは、強い立場をもち、いくらでも細かく契約を取り決めることができるにもかかわらず、面倒くさがり、きっちり定めることを怠ったことによる当然の報いであり、自業自得、自己責任、因果応報の帰結として、法律上、救済の余地は一切認められません。

ライセンスする側(ライセンサー)としてライセンス契約を行う場合においては、
「基本的なことを定めて、後は信頼関係」
などという甘い考えは絶対禁物です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00023_「破談したら相手は困るが、こちらは困らない」という強い立場を有する場合の契約交渉戦術

まず、国内契約であれ、国際契約であれ、契約交渉においては、契約締結までは、お互い自己の主張を何の制限もなく自由にぶつけ合うことができます。

したがって、相手が誰であろうが、不本意な内容であれば、誰に遠慮することもなく、交渉を打ち切ってもペナルティーはありません。

例えば、交渉において、こちらが相手の欲するものを独占していて、
「破談したら相手は困るが、こちらは全く困らない」
という状況の場合、交渉上の立場は明らかにこちらが圧倒的に優位です。

国際交渉においても、こちらが技術を有していて、相手がライセンスを欲するという場合などでは、交渉を進める条件として、すべての交渉を日本語によるものとし、相手側に日本語の話せる交渉担当者を要求してもよいわけです。

契約交渉においては、たとえ相手は外国の会社でも、遠慮は一切禁物です。

遠慮したら、その分、相手は土足で踏み込んで半身を入れてきて、あとはぐいぐい体全体を押し込んできます。

交渉上の立場をよく理解認識するとともに、もし、強いバーゲニングパワーを有している状況の場合、これを最大限駆使して、相手のペースに巻き込まれずに、終始主導権を握り、こちらとしてストレスなく自己の要求を伝えられる環境をまず作りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00022_企業法務ケーススタディ(No.0003):きちんと本質を理解して臨めば、国際取引交渉で不利で弱い立場に追い込まれることはない

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
目蒲技研 会長 下丸子 カマ太(しもまるこ かまた、70歳)

相談内容:
いやー、先生、いつもお世話になっています。
で、今日の相談なんですが、実は、ご存じのとおり、当社は、いわゆるニッチ産業つうんですか、テレビその他の家電のリモコンのボタン、キーボードのキートップといった、入力装置の製造に特化して長年やってきてまして、この辺りの特許については何件も取っていますし、この種のボタンやキートップに限っては市場シュアは世界的レベルなんです。
昨年、キーボードで入力する際に、大昔に流行った
「北東の拳」
っていう人気アニメの主人公の
「アータタタタ」
っていう甲高い特徴的な叫び声と連動するようなシステムを作ったら、大人気になりました。
このシステムは、実は、目の不自由な方向けのシステムとして、日本の他にアメリカと欧州の主要国に特許出願し、すでに公開されています。
先日、アメリカの大手メーカーから、是非ともライセンスを受けたいという申出がありました。
当社としては、人気商品であり、今後多数のオファーが来ることも考えられるので、有利な条件であれば、この契約をまとめたいのですが、私も社長をやらしている義理の息子も英語はからきしダメで。
そこで、特許出願した弁理士さんから紹介された、
「ドナルド・マイケル」
っていう日本語が片言で話せるインチキ臭いコンサルタントの方にお願いして進めていました。
ですが、どうも話合いが相手ペースでうまく丸め込まれているような気がして。
マイケルさんは
「ドンマイ、ドンマイ、ドンマイケル」
をくりかえすだけで、不安でたまりません。
どうしたらいいのでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:バーゲンニングパワーの正しい用い方
まず、契約交渉における立場を強くするため、こちらの強みをよく認識し、主導権を握るような交渉設計をする必要があります。
そのためには、
「契約の自由」
という私法の根本原理を正しく理解し、
「なんだったら破談にしてもいい。
破談が嫌ならこちらの言うことに応じろ」
と強気で迫ることです。
破談して困るのは、こちらではなく、相手側です。
バーゲニングパワー(交渉の優位性)を回復するためのブラフとしてはかなり効果を発揮すると思います。
加えて、契約書を作成する段階では、徹底的にこちらに有利なものとなるよう、強く要求すべきです。

モデル助言:
下丸子さんは戦中派でしたっけ。
とにかく、青い目の人の前で無意味にビビる、という恐怖感からまず脱却してください。
今回の件は、この1社に決める必要はありませんし、明らかにこちらが交渉上の地位は上ですから、すべて仕切り直しとし、こちら主導で進めましょう。
マイケルさんは
「明日から、クビ。オシマイケル」
ということでやめてもらいましょう。
LOI(Letter of Intent。基本合意書)をみましたが特段排他的交渉権が設定されているわけではありませんし、その意味では、平行して他の企業と話し合いをすることは自由ですよね。
相手には一応
「貴社の条件に魅力が感じず、交渉の進展にも希望が持てないので、他社にもサウンディング(打診)させていただく」
と通告しておきましょう。
とにかく、主導権を回復して、強気で進めましょう。
最後にゴール設定ですが、日本語で、日本法を準拠した契約にして、トラブった場合の裁判管轄も東京地裁に指定しておく、そんな契約書としておきましょう。
無論、同内容で英文の翻訳文書を作ってもいいですが、契約言語(Governing language)はあくまで日本語。
英文は、単なる、Translation for reference (参考のための訳文)扱いとして、優劣を明確にしておきましょう。
相手にとっては、不愉快で屈辱的でしょうが、契約自由の原則を盾に強気に出てもいいでしょう。
ア・プリオリに
「相手はわざわざ遠くからやってきてくれたわけだから、国際親善の意味でも相手を立てて上げるべきだし、相手に遠慮・配慮し、相手の立場も反映してあげるべきだし、国際契約なんだから、絶対英語で契約しなければならない」
などと考えず、
「ライセンスほしけりゃ、この内容で、日本語での契約に応じろ。
いやなら、ゴー・ホームだ」
という形で進めたってかまわないわけですしね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00021_手形を独り歩きさせた場合に生じる重大なリスク

裏書きした手形を、見ず知らずの人間に漫然と手渡した場合、ほぼ確実に大きなトラブルに巻き込まれます。

そもそも手形は色々な人の手に渡ることが前提となっているため、手形法上、手形譲渡にまつわる支払いトラブルについては、すべて譲渡した側に責任を負わせる仕組になっています。

手形をよく知らずに入手した素人の経営者の方で、見ず知らずの人間に
「取り立てをお願いする趣旨」
で手形を渡してしまうケースがありますが、その
「見ず知らずの人間」
は、実際には、取り立てなどせず、さらに、別の第三者に売却してしまうことが多く、これがトラブルになる典型的なパターンです。

最終的に手形を受領した第三者は、
「取り立てをお願いする趣旨」
で手形を渡したという事情があったかなんて知る由もありませんから(知っていても、知らないフリをするでしょうし)、その種のトラブルはすべて裏書人が負担すべきことになるのです。

このように、署名に関わった手形がいったん独り歩きすると、
手形を譲渡する過程で生じた
「滑った」「転んだ」などのトラブル
は、手形を取得した第三者に対しては一切弁解できなくなりますので、信用の基礎がない人間に漫然と手形を渡すことは絶対してはいけません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00020_「手形の裏書」を安易にすべきではない

手形法上、裏書をした瞬間、裏書人は振出人の保証人とみなされます。

裏書という形で保証をした者は、法律上破綻した振出人(及び自分より前に裏書きした裏書人)に代わって手形金を全額支払う法的義務を負います。

このような保証をしたくなければ、無担保(ノンリコース)文言を付した裏書をするか、裏書をせずに交付のみで譲渡してしまえばいいのですが、これを知らずに、裏書きして手形を渡してしまえば、後の祭りです。

「そんなルール知らなかった」
という弁解は通用するはずもなく、問答無用で、振出人や自分の前の裏書人の連帯保証人として扱われ、彼らが破綻した場合、全額の支払い責任を負わされます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00019_手形の取扱には相当な知識が必要

手形法は、理論、体系ともに精緻かつ難解であり、手形の取り扱いには、本来、高度な知識が必要です。

従って、まず、手形について知識がない方は、取り扱いには十分注意してください。

10年、20年と商売をやっていた方でも、油断は禁物です。

定型的な取引決済のため、上場企業から比較的短期の手形を振出してもらい、銀行で割り引くだけであれば問題は少ないのですが、振出人の素姓もよく分からない手形を受け取ったときには、知識がないと大きなトラブルに巻き込まれます。

もちろん、手形のことを勉強してもいいのですが、この
「手形法」
という代物、相当難解で、ちょっとやそっとで理解できるようなものではありません。

旧司法試験においては、商法の論文試験で毎年1問、手形法の問題が出されていましたが、理論的に難解で、何年勉強しても誤答してしまうリスクがつきまとう厄介なもので、受験生泣かせの科目でした。

そういうこともあってか、新司法試験においては、論文科目からは外されました。

そんないわくつきの法律科目です。

以上のとおり、手形法は、弁護士になるため相当勉強した人間ですら理解が困難であったり、ギブアップすることが予測されるため試験科目としても難解すぎるという理由で排除されるような高度な理論体系です。

一般の経営者が正しく理解して、きちんと取り扱うのはかなり難易度が高いもので、普通に考えれば、近づかないか、取扱うとしても、詳しい弁護士に聞いて慎重に取り扱うべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00018_企業法務ケーススタディ(No.0002):手形の知識もなく、安易に手形を取扱った場合に生じる大きなリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
スーパーフリーダム社 社長 高田 馬場男(たかだ ばばお、23歳)

相談内容:
こんちわ。どうもっす。
オレ、今、学生なんすけど、イベント会社起業して、がんばってます。
親父の会社が先生の顧問先つうことで、紹介したもらったっす。
よろしっくっす。
以前、カネ貸してやったコンパニオン派遣会社の社長がカネ返さねえんで、ちょっと後輩連れてボコりにいったら、
「カネねえから代わりにこれで勘弁して」
って手形を出してきたんすよ。
なんかよくわかんないすけど、額面には1千万円って書いてあって、ま、貸したカネが500万円だったし、
「ラッキー。儲け」
って思って、巻き上げといたんすよ。
でも、これってよくわかんないじゃないすか。
オレ、文学部だし。
したら、この前クラブで開いたパーティーに来てた芸能事務所の社長ってゆうオッサンと意気投合して、手形のこと話したら、
「オレにまかせろ、こういのは裏書ってのをすんだよ。
あとは知り合いのヤクザに取り立てもらうから預けろ」
とか言われたんで、とりあえず言われるがままに手形の裏んとこに署名して、そのオッサンに預けて安心してたんすよ。
でも、オッサンから音沙汰ないしムカついてたら、昨日、突然、全然知らない会社の代理人だっていう弁護士から内容証明来て、
「振出人は倒産しているから、裏書人であるスーパーフリーダム社が額面のカネを払え。
払わなかったら、裁判起こす」
とか書いてあるんすよね。
オレもう、わけわかんなくて。
どうしたらいいんすか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:約束手形の裏書人が負担する過酷な責任
手形を譲り渡す場合、
「手形の裏書」
というものをしますが、手形の裏書人は、振出人の保証人と扱われます。
しかも、手形を誰かに裏書きして渡した場合、それが独り歩きして、当事者間のことを全く知らない(あるいは、知っていても知らないフリをする)第三者の手に渡った場合、その第三者には全く弁解をできない立場に追い込まれます。
このように、手形には、かなり特殊で、かつ効果が強烈なルールがあり、手形のことをよく知らない素人が安易に取り扱うとかなり痛い目に遭います。
もちろん、手形のことを勉強してもいいのですが、この
「手形法」
という代物、相当難解で、ちょっとやそっとで理解できるようなものではありません。
旧司法試験においては、商法の論文試験で毎年1問、手形法の問題が出されていましたが、理論的に難解で、何年勉強しても誤答してしまうリスクがつきまとう厄介なもので、受験生泣かせの科目でした。
そういうこともあってか、新司法試験においては、論文科目からは外されました。
そんないわくつきの法律科目です。
以上のとおり、手形法は、弁護士になるため相当勉強した人間ですら理解が困難であったり、ギブアップすることが予測されるため試験科目としても難解すぎるという理由で排除されるような高度な理論体系です。
一般の経営者が正しく理解して、きちんと取り扱うのはかなり難易度が高いもので、普通に考えれば、近づかないか、取扱うとしても、詳しい弁護士に聞いて慎重に取り扱うべきです。

モデル助言:
まさに生兵法は怪我のもとですね。
今回の件ですが、手形を請求してきた人間と自称芸能事務所社長とはグルの可能性がありますね。
当該社長を詐欺で刑事告訴しつつ、手形を請求してきた弁護士と平行して裁判外で話合いましょう。
騙したヤツが泣きを入れて解決することもありますから。
交渉が決裂したら、相手方は手形訴訟を起こしてきますが、手形の裁判では弁解がほとんど認められない形で判決が下され、即強制執行できる状態になります。
とはいえ、スーパーフリーダム社は即時強制執行されて困るような資産があるわけではないですし、異議申立し、持久戦に持ち込んで、相手の疲弊を誘って、粘り強く和解交渉を続けましょう。
今回、高田君が唯一幸運だったのは、高田君
「個人」
が裏書していなかったことですね。
スーパーフリーダム社なんて高田君個人の営業力と信用だけの会社で、法人自体に特別の価値があるわけではない。
最悪、スーパーフリーダム社については法人のみ破産させて、別の会社を設立して、新しく事業をはじめればいいじゃない。
ま、そのときは、ちゃんと弁護士をつけて今回みたいなトラブルにならないようにしないとね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00017_社運を賭けた大型提携契約交渉を行う場合に、事前に締結すべき契約書の内容

社運を賭け、大規模な資源投入を前提に行う大型提携交渉を行う場合、相手が途中で翻意して、いきなり破談にされると、企業としては、当然ながら、体面のみならず、大きな経済的損害を蒙ります。

「そんなことは起こるはずがない」
「あり得ない仮想事例」
と思われがちですが、実際、2004年に、UFJ信託銀行を含むUFJグループが、当時交渉中であった住友信託銀行に基本合意の撤回を通知し、撤回直後に三菱東京FGと経営統合に向けた協議を開始しはじめる、という事件が発生しました。

ところで、UFJグループと住友信託との基本合意書には独占交渉権付与条項がありました(後述のとおり、独占交渉権は設定されていましたが、これが侵害された場合のペナルティ措置は空文となっていました)。

住友信託は、当該独占交渉権が侵害される、という理由で、UFJグループと三菱東京FGとの間で開始が表明された経営統合交渉(信託部門の経営統合交渉)の差止めを求める仮処分を東京地裁に申請する、という事件となり、さらには、この仮処分の当否の最終的判断が最高裁までもつれこむ、という大事件に発展していきました。

最高裁は、
・住友信託の独占交渉権は失効していない
・しかし、差し止めの仮処分については認められない
・住友信託としては、差し止めは出来ないが、後で、損害賠償することが可能
などとして、住友信託の主張を退けました。

なお、住友信託側は、賠償請求を提訴しましたが、違約罰条項等がなかったため、損害論で徹底した応戦されるという事態を誘発したため、主張する損害満額を認められるような訳にはいかず、手こずる結果に陥りました。

そして、事件から約2年半後の2007年1月にいたり、和解で25億円の賠償を獲得しました。

25億円というとかなりの額と思われるかもしれませんが、提携交渉に費やした時間や費用やエネルギー、さらに提携破談による機会損失、和解金を獲得するために訴訟遂行に費やした時間と費用と労力(特に社内で費消された莫大な労務コスト)を考えると、25億円という賠償は到底割に合うものではなく、苦い勝利であったと推測されます。

欧米の取引社会においては、今回のケースのような提携交渉に着手する前に、契約書を作成しますが、日本においても、企業法務の最前線においては、
「契約書は存在して当たり前。さらにはその内容もトラブルやロス発生の際の具体的な負担方法まで文書化していないと無意味」
とまで認識されるに至っており、契約書の存在のみならず、内容の緻密さまで問われるようになってきています。

提携交渉に着手する前に交わすべき契約内容としては、提携交渉の背景や経済的動機の確認、交渉中取り交わされる情報の保秘、交渉期間中に第三者と同種の交渉を行なうことの許否、当事者の違約があった場合の賠償措置などが盛り込まれます。

最近では、違約を行なった場合の措置の内容として、賠償額の予定や違約罰まで定めることが必要です。

前述の各約定事項の違反があったとしても、オートマチックに損害額が確定するわけではありませんし、損害額を立証するのは損害請求する被害当事者の負担となります。

そして、立証できなければ
「契約違反はあったが、損害はない
という認定により、結論として損害賠償は棄却されるリスクが現実化します。

無論、今回は、相当額の和解金を獲得しており、ある程度損害立証に成功したものと評価できますが、他方で、そこに至るまで2年半もの歳月と大きな訴訟コストや内部人件費を費消したことを考えれば、
「もめたら、おって訴訟でカタをつけることもできるから、さほどきっちり取り決めなくていはいい」
などとはいえません。

提携交渉の際にいろいろと当事者間に禁止事項を定めるのは結構ですが、違反した場合の損害立証まで視野に入れて
「この義務に違反した場合は違約罰として○円支払う」
等の取り決めまでしておかないと、
「契約違反しても、事実上ペナルティなし」
ということになりかねません。

住友信託とUFJとの間においても、
「独占交渉権を侵害した場合、違約当事者は、違約罰として直ちに金200億円支払う。なお、本違約罰は、いかなる意味ないし文脈においても、損害賠償の予定ないしその一部としては解されない」
という合意が存在した場合、賠償請求訴訟はもっと短時間で労力も少なく損害論をクリアでき満額賠償を得られたかもしれないし、さらに、UFJ側への有効な牽制となり、破談も起きなかったかもしれない。

私がよく例えに用いるのが、
「違約罰条項なき契約」
というのは、
「ゆびきりげんまん」したが、「嘘ついても、特段具体的なペナルティは定めない」
というのと同じで、
「嘘ついたらハリセンボン飲ます」
という定石的なペナルティ設定と比べ、約束違反を誘発しやすい構造を持っている、という認識です。

要するに、
「『社運を賭け、コケたら大事件になるような、重大な契約交渉』を行うなら、『小学校低学年でも大事な約束をする際に実践するペナルティ設定上のリテラシー』を以て、約束を具体化しておくべし。その程度の知恵をもたず、無防備な契約で、大事に臨むと、後で大きなトラブルに遭う可能性がある」
ということです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00016_現代ビジネス社会では、日本流の「信頼関係」に依存する取引スタイルは命取りになる

これまで、多くの日本企業は、約束事の文書化を避け、
「信頼関係」
を唯一の基礎として、取引関係を処理してきました。

ですが、
「信頼関係」
の認識は、取引がうまくいっていて両方がハッピーに儲けている間は完全に一致していますが、トラブルが生じると、全く違ったものになってしまう、きわめて脆弱なものです。

例えば、大きな契約交渉中に、契約成立直前になって、相手方が突如、態度を豹変させ、交渉終結を申し出た場合を考えてみましょう。

契約を締結させたいと考えている側からすれば 、
「交渉を破談にするのであれば、相応の賠償をするのが信頼関係」
と考えますが、破断を申し出た企業からすれば
「状況が変わったら、過去の経緯にとらわれず、交渉から解放してくれるのが信頼関係」
となります。

合意内容を常に言語化し、齟齬がないかどうかを確認しておかないと、同じ日本人が日本語で話し合っていても、常に錯誤に陥る危険性は存在します。

また、仮に、契約が成立した後でも、契約内容を記録した契約書の記載が曖昧であれば、将来利害が対立すると、
「曖昧な内容」
を巡って解釈や適用において、深刻な利害対立が生じます。

そんな状況において、
「信頼関係」
という無内容で抽象的な概念を振り回しても、解決には何ら貢献せず、紛争処理のため無駄な時間とコストとエネルギーを消耗する不愉快な未来しか描けません。

日本でも、1990年代の終わり頃から、契約書を巧みに操れる外資系企業や、新興ベンチャーが取引社会のキープレーヤーとして幅を利かせるようになり、
「信頼関係」
だけで取引を形成する日本流の文化は後退し、契約社会に変貌を遂げていきました。

現代のビジネス社会を生き抜く企業としては、合意内容や取引内容を曖昧なままにせず、
「言語化、文書化、フォーマル化」
して、契約書として明確かつ具体的な文書記録として残すことはもちろんのこと、契約書の内容としても、
「信頼関係」「信義誠実」
という多義的で無内容で紛議のタネを撒き散らすだけの抽象表現に依拠せず、どんなにシビアな利害対立に遭遇しても、しっかりと相手にこちらの主張を認めさせるような、モダンで効果的な契約書を作成するべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00015_企業法務ケーススタディ(No.0001):提携交渉中に交渉相手が突然態度を豹変し、一方的に破談を申し渡された

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ナニワ信託銀行 取締役 梅田 虎男(うめだ とらお、58歳)

相談内容:
先生、ちょっと聞いとくれやす。
わてらナニワ信託銀行は、業界大手の東海信託銀行さんと
「業務提携しまひょか」
ゆうことになりましてな、先生が提示した覚書に署名して、2年くらいかけて、話し合いしとったんですわ。
会計士さんやら入ってもろて、提携条件も詰まって、もうこれで決まりや、ゆうとこまできましたんや。
忘れもしませんわ。大筋で条件が決まった昨年秋ごろでしたかいな。
先方さんから急に
「親会社の意向が変わったんで提携話はナシにしてくれ」
と、こうゆうてきはりましたんや。
しかも、噂によると、東海さんとこは、ウチの宿敵関東信託銀行さんと提携するという話ですわ。
もうウチの会長カンカンで、
「そんなん契約違反や。鐵丸先生とこに頼んで東海さんとこにヤキ入れてもろうて来い!」
とこうなったわけですわ。
先生、どうしたらいいかお知恵を拝借できまへんか。
ほんま、よろしゅう頼んますわ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:交渉破談と賠償請求
クライアントであるナニワ信託銀行も、相手方である東海信託銀行も、約束事の明瞭な文書化を避けて、
「信頼関係」
を唯一の基礎にして、 話を進めてきましたが、不幸な事に、
「信頼関係」
の解釈が真逆でした。
すなわち、ナニワ信託銀行においては
「交渉を破談にするのであれば、相応の賠償をするのが信頼関係 」
と考えていましたが、相手方の東海信託銀行は
「状況が変わったら、過去の経緯にとらわれず、交渉から解放してくれるのが信頼関係 」
と考えていた点に、不幸な紛議の根本的原因があります。
提携交渉に着手する前に交わすべき契約内容としては、提携交渉の背景や経済的動機の確認、交渉中取り交わされる情報の保秘、交渉期間中に第三者と同種の交渉を行なうことの許否、当事者の違約があった場合の賠償措置などが盛り込まれます。
最近では、違約を行なった場合の措置の内容として、賠償額の予定や違約罰まで定めることが必要です。

モデル助言:
さて、ナニワ信託さんは交渉前に覚書は取り交わしていたわけで、それは評価できますね。
しかし、この覚書を読んでも、東海さんがナニワ信託さん以外の第三者と交渉することまで禁止しているかという点については明らかではない。
それに、約束違反した場合の賠償ルールについても、単に
「相当額の賠償をする」
としか書いていません。
これだと、ナニワ信託さんに独占交渉権があったか否か自体争われますし、交渉権を侵害した場合の損害論もこちらが主張立証しなければならない。
会長は、提携の利益である100億円損害賠償請求するとおっしゃっている?
うーむ、ちょっとそれは難しいでしょう。
今回の契約は
「提携するかについて交渉する約束」
であって、
「提携する約束」
ではありませんからね。
裁判では、交渉経過での東海さんのやり方の非違性をていねいに主張して、せめて契約違反を認めてもらいましょうか。
契約が未成立の段階において交渉相手が一方的に破談させた場合に交渉費用相当の損害賠償を認めた裁判例もありますから、独占交渉権の明記がないと判断されたとしても、裁判所の理解は得られるでしょう。
あとは、あまりつっぱらず、尋問終了後、裁判所が和解を勧めてくれた段階で、うまいこと和解で決着するのが賢明ですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所