01711_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)22_M&Aに関する法とリスク

1 M&Aとは何か

M&Aとは、企業そのものを取引対象とする売買、すなわち
「買い物」の一種
ということです。

普通の取引対象といえば、ヒト、モノ、カネ、ノウハウといった形で、個別経営資源毎にバラバラで調達します。

他方で、
「これをいちいちやっていると面倒くさくてしょうがない。ヒト・モノ・カネ・ノウハウが統合的にシステマチックに合体して動いている、人格そのものを取引しちゃった方がいいんじゃね?」
ということで、
「企業まるごと買っちゃえ」
という趣で形成されてきた
「特殊な買い物取引のプロジェクト」
として形成されてきたビジネス分野です。

2 単なる「買い物」に過ぎないM&Aが、何故それほどまでに難しい、とされるのか

この
「M&A」
のどこがどう問題か、といいますと、
「企業の価値がはっきりわからない」
ということにつきます。

普通の取引をする際は、土地であれ、車であれ、機械であれ、だいたい相場というか時価というか、値段というものは
「世田谷のこの駅の近くにあるこの住宅地のこの土地であれば、だいたい坪これくらい」
「レクサスのこの型式の3年落ちの車輌であれば、だいたいこのくらい」
「このコピー機はだいたいこんなもの」
といった具合に想像がつきます。

値段がわからず、お互い値段をめぐって七転八倒するような厳しい交渉をする、なんてことはありません。

ヒトも同様です。

「こういう学歴・経歴で、こういう職歴のヒトなら、だいたい年俸これくらい」
ってことはある程度わかります。

ノウハウやソフトも同様です。

無論、ヒトやノウハウ等については、多少、一義的でないこともありますが、それでも、共通のモノサシがなく、お互い言っていることが噛み合わず、長期間かけて交渉するということは稀です。

ところが、同じ買い物であっても、買う対象が
「企業」
という
一種の「仮想人格を有する有機的組織」
となると、なかなかそういうわけにはまいりません。

無論、上場企業であれば、
「時価を前提に支配権プレミアムを乗せると、企業の価格は、だいたいこんなもの」
ということがわかります。

そんな値段が想像・推定しやすい上場企業ですら、TОBの後始末で株式買取価格が高いとか安いとかで年単位で延々と裁判をする例があったりします。

これが、上場していない株式会社の価値となると、まるでわかりません。

だいたい、決算書をはじめとした財務諸表すら、
「きちんとした会計上の真実が反映されたもの」
かどうかも疑わしい。

企業経営をしている方にとっては、自分が作った会社というのは、自分の息子であり娘であり、分身であり、自分の生き様そのものです。

そういう企業の価値となると、値段なんかつけられません。

まさしく
「priceless」
となり、期待する買収価格はとんでもなく高額になりがちです。

他方で、買う側は、事業経営者として買うにせよ、金融ブローカーが
「金融商品」
のような趣で買うにせよ、
1円でも安く調達したい、
ということになります。

そういうこともあり、M&Aは、単に
「企業を取引対象物とした取引」
であるにもかかわらず、モメて、モメて、モメ倒すのです。

3「究極の一品モノ」でオーナーの「愛着」が半端ない「売買対象物としての『企業』」

企業は、そこらの市場に
「日用品」
として転がっているわけではなく、経営者が丹精込めて作り上げ、育て上げた、
「究極の一品モノ」
です。

当然ながら、手放す方は、愛着がありますし、ちょっとやそっとでは手放してくれません。

絵画や彫刻などの美術品なら、持っているだけで、たいしたメンテナンスをしなくても傷んだり、減価したりしません。

しかし、企業は、経営者がものすごい労力や精神力を投入して生かし続けないと、たちまち、市場から見放され、赤字をまきちらし、社会のお荷物になります。

経営者も若い間はいいですが、歳をとって、体が大変になってくると、企業メンテナンスするだけでも大変になってくる。

こうやって、
「愛着はあるが、持っているのは大変」
という状況をズルズル続けているうちに、企業が客からも市場からも見放され、劣化していき、最後は、倒産という恥さらしを回避するため、身売りを選択する状況に追い込まれます。

4 身売りのための「売り物」を安値で買い叩く側面をもつM&

M&Aという取引の手段ないし方法は、まともな使われ方をする場合もありますが、現在においては、ほとんどの場合、廃業回避や事業承継や、さらには倒産処理方法の1つとして機能しています。

ある企業が倒産しそうになっており、完全に死ぬ前にどこかに安値で引き取ってもらいたい。

「身売り」
というと聞こえが悪いし、
「企業を産み、育ててきた、愛着というか執着というか怨念じみた感情」
に支配されたオーナー経営者が
「倒産」
という恥さらしの終わり方では納得しないし、話が進まない。

じゃあ、
「M&A」
というハイカラな言葉でごまかしてしまえ。

行き詰まっている企業にM&A話が出てくるとすれば、こんな状況が考えられます。

とはいえ、
「便所」
のことを
「お手洗い」
と言い換えたのと同様で、品のいい言葉を使ったからといって、便所で行う行為が、華麗で美しいものになるわけではありません。

いろいろ外来語でごまかそうとしても、やっていることの本質は、
「身売り」を前提とした買いたたき
と、
買いたたきを前提とした実地調査
です。

買いたたこうとしている側は、対象企業の社長が
「バカで舞い上がり易いタイプ」
であると見ると、華麗な言葉で、当該社長が調子に乗るようにし向けていきます。

そして、バカが舞い上がっている間に隙をついて、情報収集し、値踏みし、選択肢を巧妙に減らしていき、精神的に支配していきます。

そして、にっちもさっちもいかなくしてから、徹底的に買いたたき、身ぐるみ剥ぎにかかるのです。

見たこともない連中(たいていは偏差値が高そうで、いいスーツを着こなし、バカ高いネクタイをぶら下げている)がうろちょろして、書類をコピーしていき、社長がやたらとM&A用語を使いだすときは、
「M&A」という名の「身売り」
が進んでいると見ていいかと思います。

5 買う側としても失敗の可能性が高いM&

また、企業がM&A話をもちかけられている場合も問題です。

M&A(合併・買収)が、失敗例が相当数あることはあまり知られていません。

正確な調査をしたわけではありませんが、私の感覚では
「M&Aの失敗例は、芸能人の離婚率とだいたい同じ比率なのではないか(おそらく90%近くが失敗)」
と思います。

ちなみに、古いものですが、日経新聞(2011年4月28日朝刊)によると、
世界の歴代金額上位3件は、いずれも買収成立から数年以内に数兆円単位の損失が生じている、
とのことです。

また、同記事によると、特に、加工型製造業やサービス業といった川下産業の大型M&Aは、川上産業に比べて買収後の経営統合作業が複雑になる面があり、失敗する場合が多いそうです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01710_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)21_破産・再生に関する法とリスク

企業が債務超過により、あるいは資金繰りに失敗して支払不能に陥った場合、債務を整理(返済リスケジュールや債権放棄等)して再建したり、あるいは会社を解散・清算や破産して残った財産を債権者に分配したりする場面が出てきます。

これが「倒産」といわれる現象ですが、法的な観点で整理すると、各倒産手続は、以下のように整理・具体化されます。

1 清算型倒産処理

まず、清算型倒産処理といわれる手法です。

1)破産

もっとも代表的なのは、破産手続きです。

これは、清算型倒産処理の一般的・原則的・代表的手続きです。

破産が開始されると、財産管理権が第三者に移管されます。

この
「第三者」
は破産管財人と呼ばれますが、裁判所が、弁護士の中から選定します。

まず、本当に破産状態にあるかどうかをチェックし、破産状態であることが確認されますと、破産宣告がなされ、その後、残った財産をすべて換金して、お金を債権者に平等に分配し、分配が終わったら破産手続きが終結します。

なお、破産宣告そのものは、単なる
「破産者は、債務が資産より多い、あるいは資産超過だがキャッシュフローが破綻していて適時に支払いができない(黒字倒産)である」
という事実を公的に表明するだけであり、そこに法的に非難するような意味合いはありません。

では、なぜそのような公的な表明を行うのか、というと、少なからずメリットがあるからです。

このメリットは、免責と呼ばれるもので、個人が破産者の場合、財産隠し等の違法行為を行わず、問題なく破産手続きに協力していれば、鎌倉時代の徳政令のように、借金をチャラにしてくれる制度が用意されております。

これによって、破産者は、背負っている借金から解放され、経済的に再出発が可能になる、という仕組みです。

2)特別清算

次に、特別清算手続きと呼ばれるものです。

破産手続きは、個人に対しても、法人に対しても適用されるものですが、特別清算手続きは、株式会社に適用される簡易な清算手続きです。

実質・実体は破産と変わりませんが、債権者が知り合いや身内で話し合いやネゴが可能な場合に、カジュアルな破産といった形で使われます。

特に、上場企業の子会社などで、新規事業に失敗して借金まみれになった場合、
「破産」
というと聞こえが悪いので、状況をごまかすために、
「特別清算」
という手続きをあえて使う場合があったりします。

3)清算型私的整理

最後に、清算型私的整理と呼ばれるものです。

私的整理の
「私的」
とは、法的整理の
「法的」
の対義語として使われます。

破産も特別清算も裁判所が関与して進められますが、清算型私的整理には裁判所は関与しません。

要するに、債権者の間の話し合いで、債権の全部や一部を放棄したり免除したりして、整理・清算してしまうというものであり、債務者の弁護士が主導して、弁護士事務所や会議室で話しあいをしながら行われます。

迅速な処理が可能ですが、手続きの透明性や公平性に問題が生じやすいですし、合意形成が難しい場合があります。以上が清算型倒産処理です。

2 再建型倒産処理

次に、再建型倒産処理と呼ばれるものがあります。

1)民事再生手続き

再建型倒産処理の一般的・原則的・代表的手続きとしては、民事再生法に基づく民事再生手続きが挙げられます。

これは、裁判所が関与して、監督委員(裁判所が選定する弁護士です)の監督の下、借金(債務)の一部の免除等を内容とする再生計画を策定して、これを債権者の賛成多数で承認されれば、破産することなく、借金を免除してもらう、という形で経済的再生が進められます。

破産と違い、原則として、財産管理権は第三者に奪われず、本人が財産管理をした状態で、手続きが進められます。

2)会社更生手続き

比較的大規模な事業を行う株式会社に適用される再建手続きです。

債務に担保を有している銀行も、担保権行使が制限されるなど、
「泣く子も黙る銀行すら沈黙して従う」
ほど、裁判所が強力に介入する再建手続きです。

3)特定調停

民事調停手続きを利用した再建手続きです。

4)私的整理

事業継続をしながら、法的手続き(裁判所が関与する再建型倒産処理手続き)と比較して迅速な経営再建を進めることができる手続きです。

この私的整理の中をさらに細かく分類しますと、私的整理ガイドラインに基づく私的整理、地域経済活性化支援法に基づき私的整理、事業再生ADRによる私的整理、中小企業再生支援協議会による私的整理、単純な再建型私的整理と分類されます。

3 倒産処理まとめ

大きく分けると、会社の再建が可能か否か(現経営者に再建する意思があるか否か、という問題も含みます)という観点から
「清算型」か「再生型」
かに分けられます。

さらに、手続上、債権者の任意の協力が得られるか否かによって、
「私的整理型」か「法的整理型」
かに分けることができます。

債権者の一部ないし全部が強硬に反対して話を前に進められない場合、強制の契機を働かせる必要が出てくるので、そこで、裁判所を関与させる
「法的」手続きが検討される、
という思考順序でプロジェクトが立案されていきます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01709_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)20_会計・税務に関する法とリスク

1つの企業(会計主体)について、複数の会計が存在します。

一般に
「二重帳簿」
というと、犯罪の匂いというかダーティーな印象が感じられますが、こと“会計”に関しては、
「二重“会計”」あるいは「三重”会計”」
ともいうべき状況は、別に違法でも何でもなく、ごく普通に出現します。

株式公開企業を例に取りますと、

1 企業の正しい会計上の姿を開示するために正確な損益計算を行って投資家を保護するための企業会計(金融商品取引法会計)

2 株主への分配可能利益の上限を画することを通じて、債権者を保護するための会社計算規則に基づく会社法会計

3 担税力に応じて適正かつ公平な課税を目的として、税務当局に納付する税金を正しく計算するための税務会計

すなわち
「トライアングル体制」
が存在します。

何だか狐につままれたような感じを受けられるかもしれませんので、背景を申しておきます。

「帳簿自体がいくつもある」
とそれはオカシイというかアヤシイのですが、
「信頼しうる帳簿が1つである限り(正規の簿記の原則、単一性の原則)、そこから、ユーザー別にインターフェースを違えて、会計という企業の姿を浮かび上がらせることはまったく問題ない(実質一元〔会計帳簿〕、〔表示〕形式多元)」
という取り扱いが実務として普通に行われているだけなのです。

このように、いくつもの会計がそれぞれ目的を違えて存在する以上、税務会計が企業会計や会社法会計とまったく同じように表現される必要はありません。

逆に、税務会計には、
「担税力に応じて適正かつ公平な課税を行う」
という独自の目的が明確に存在する以上、企業会計や会社法会計とは独自の手法で修正変容させ、当該目的に沿って独自の会計・決算処理をしても何ら問題ない(というより、目的が別である以上、決算によりあらすべき企業の計数的姿も別なのは当然)、という理屈が導かれるのです。

また、納税者の人数は膨大な数に及び、納税者それぞれの具体的事情を考慮することは非常に困難ですので、課税にあたっては、公平性を維持する観点から、外観に着目せざるを得ないということもあります。

このようなことから、租税法規の適正かつ公正な運用にあたっては、課税の対象となる行為の形式的外観を重視する観点において実施されることがあり、このような状況も手伝って、税務会計が他の2つの会計と違った形となる遠因となっています。

このような事情を考えますと、
「企業会計・会社法会計によって処理された結果(証券取引等監視委員会の見解)と、税務会計によって処理された結果(税務当局の見解)が異なった形であらわれる」事態
も十分あり得ます。

ところで、上場企業に適用される金商法(金融商品取引法)違反の犯罪行為といえば、インサイダー取引と粉飾決算(有価証券報告書虚偽記載罪)が著名ですが、インサイダー取引と粉飾行為では、どっちが悪質・凶悪と考えられるでしょうか?

ここで、2006年ころ、ほぼ同時期に、ホリエモンこと堀江貴文氏と村上世彰氏が、ホリエモンが粉飾行為で、村上氏がインサイダー取引で、それぞれ金商法違反に問われた、という事件がありました。

前世紀までの
「ウソあり、インチキあり、ルールなしの無法地帯」
といった趣の資本市場であれば、ホリエモンことの行った粉飾決算、すなわち、決算に関するウソつき行為もそれほど厳しく処罰されることはなかったと思われます。

むしろ、
「ズルをして巨額な儲けを手にした村上氏の行為」
の方が、一般の投資家の処罰感情を煽る可能性が高かった、ともいえます。

しかしながら、時代は移り、資本市場は、電気、上下水道、鉄道、道路と肩を並べる、れっきとした“公共インフラ”に様変わりしました。

資本市場を上水道になぞらえると、ホリエモンの行った粉飾決算を公表する行為は
「上水道に毒を流し込む行為」
ですが、他方、村上氏の行為は
「こっそりと自宅に配管を引き、水を盗む行為」
と同様に考えられます。

インサイダー取引、すなわち、水を盗む行為は、盗んだ水やそれにより得た利益を吐き出させれば(インサイダー取引に対する課徴金や罰金がこれに該当します)済む話です。

他方、粉飾決算を含む虚偽の会計報告を行う行為、すなわち、上水道に毒を投げ込む行為は、不可逆的に公共インフラを毀損する行為であり、
「カネを払ったり、謝ったりして済む」レベルの話
ではありません。

もちろん、両犯罪行為の法定刑の軽重という点もあるのでしょうが、こういう実質的違法の軽重もあり、村上氏は罰金刑はしっかり課せられたものの執行猶予で済み、刑務所行きを免れたにもかかわらず、
「ホラ吹き、ウソつき行為」をしたにすぎないホリエモンが刑務所に放り込まれた、
という帰結になって現れたのではないか、というのが私の勝手な推測です。

このように、
「企業の経営状況を、正確に記録して、計数で定量的に表現し、これを利害関係者に外部報告する」
という会計・税務上の課題処理に関しても、企業ないし経営者には、常に
「よく見せたい」
「悪い結果は伝えたくない」
「税金を払いたくない」
「ホラを吹き、ウソをつかないと、投資家から突き上げを食らう」
といった動機ないし背景から、適当にごまかそうとする誘惑が生じます。

しかし、みてきたとおり、この種のズルは、非常に大きな問題となり、企業そのものを揺るがす大事件に発展するリスクもありますので、
「会計・税務課題は、会計士や税理士が専属的に処理する金勘定の議論」
ではなく、
「きちんとした統制と法令遵守が働く環境を構築する」
という点において企業の法務課題としても認識されるようになってきています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01708_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)19_債権管理・回収に関する法とリスク

企業内部において創出された価値(商品・製品・サービス)の実現(カネに変える)に向けた活動(営業活動)において、商品・製品やサービスを、カネと瞬時に交換するタイプの取引(現金取引やこれに近い取引が多い、BtoC取引)では、課題や論点が発生しません。

ところが、商品・製品やサービスが即座にカネと交換されるわけではなく、
「信用供与(与信)」
が介在して、一旦、
「売掛(法律上は金銭債権)」
と交換され、その後、売掛がカネに変わる、というプロセスを辿る場合があります。

すなわち、多くのBtoB取引においては、商品・製品やサービスが、信用提供・与信管理というプロセスを通じて、売掛債権に変質し、この売掛債権が、債権管理・回収というプロセスを通じて、カネに変えられる、という資源交換プロセスをたどります。

整理すると、

BtoC取引:商品・製品やサービス→【ダイレクトに】→カネ

BtoB取引:商品・製品やサービス→【信用提供(与信管理)】→売掛債権→【債権管理・回収】→カネ

となるのです。

企業間取引(BtoB)や、高額な物やサービスの取引、さらには、売る側が弱い立場にあったり、あるいは売掛リスクよりビジネス拡張を重視してどんどん営業をかけるような場合、物やサービスと現金を即時交換する、という形態はまれです。

物やサービスを提供した側(売り主やサービス提供者)は、提供した時点では、お金ではなく、債権、すなわち、
「支払い約束」
あるいは
「買い主から支払いをしてもらえる権利」
を受け取ります。

この債権あるいは
「支払い約束」
を、決められた期限に
「債権弁済」あるいは「支払い約束を履行」
してもらう形で、現実のお金を受け取る、という2段階のプロセスを経ることになります。

ところで、
「1000万円の債権」

「1000万円の現金」
は、まったく同じ価値である、といえるでしょうか。

無論、世の中のすべての人が、
「走れメロス」
の主人公メロスのように、どんな障害があっても絶対に約束履行を果たしてくれるのであれば、債権も現金も同じ、と考えて差し支えありません。

しかしながら、現実の経済社会では、約束が、期限どおり、完全に約束されるとは言い難く、特に、物やサービスの品質に問題があったり、金額が大きく、支払う側の経済能力に不安があったりすると、
「約束が期限どおり完全に果たされることの方がレア」
といえるくらい、不安が大きくなるものです。

いずれにせよ、不安があり、危険がある以上、債権が現金に変わるまでの間、不安と危険を感じながら、フォローとケアをする、という業務プロセスが発生します。

これが、債権管理・回収といわれる業務の本質です。

では、なぜ、BtoB取引などにおいては、
「商品・製品やサービスを、カネと瞬時に交換するタイプの取引」
という単純・簡素な取引ではなく、与信管理や債権管理・回収という面倒なプロセスを介在させ、事態をややこしくするでしょうか。

これは、
「信用を提供することにより、効率的に事業を拡大できるから」
という経済的理由によるものです。

別の言い方として、
「時間」という資源
を最重要視するため
「効率的な規模の拡大」
を指向するから、という言い方もできます。

現金取引やCOD(キャッシュ・オン・デリバリー取引、代引取引)は、
「安全保障」
としては最良の方法選択であり、安全・安心ですが、
「ビジネスのスピード・効率性」
からすると、非効率な方法といえます。

同じように、100億円の売上目標を達成するのに、現金取引だと10年かかるところが、売掛を含めると、1年程度で達成できます。

そのくらい、売掛取引・信用取引は、時間的効率性が顕著なのです。例えば、

 原価率30%で、卸値1万円の商品を売却する場合で、
(ケース1)現金取引だと一月に100個売れ、
(ケース2)売掛取引だと一月に500個売れ、売掛事故率が10%となる
という両ケースを考えてみましょう。

(ケース1)現金取引の場合、売上が100万円で、原価が30万円、利益が70万円となります。

(ケース2)売掛取引の場合、売上が500万円で、回収金額が450万円(事故率が10%なので売上の90%しか回収できない)、原価が150万円、利益が300万円となります。

原価率と事故率にもよりますが、経営の視点からみると、売掛取引の方が、回収事故を踏まえてもなお、売上、利益ともに、圧倒的な経済性・効率性が顕著に存在します。

ライバル会社が売掛取引で、売上と利益をどんどん伸ばしているのに、自社が現金取引に固執していれば、数年も経たず、ライバルに圧倒的な差をつけられ、競争に完全に敗北し、市場から退出させられます。

企業の生き死がかかっている、という意味でも、ビジネスのスピードや効率性は、決定的な意味を有します。ここで、
「事故率(売掛事故率)」
というものが、人為的な介入によって、増減させられる、という事実が指摘できます。そこで、

・事故率(売掛事故率)を事前かつ予防的に低減させる「与信管理」

・事故率(売掛事故率)を事後的かつ対処療法的に低減させる「債権管理回収」

という営みが生まれてくるのです。

このようなビジネス上の合理性を背景として、主に売掛商売を行うBtoBビジネスにおいて、
「債権管理・回収」
という特殊な法務課題ないし営みが出てくるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01707_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)18_BtoC(あるいはB2C)営業(コンシューマーセールス)に関する法とリスク(消費者保護規制)

私人の間で取引を行う際には、民法や商法のみが適用されるのが原則であり、その際、当事者(特に、契約当事者が双方とも企業の場合)は、当事者の自由に決定することができる任意規定の部分については、当事者間の交渉により、自由にその内容を決定するのが通例です。

ところが、企業の営利活動が消費者に向けて展開される場合(コンシューマーセールス、消費者向営業)では、情報量や交渉力に勝る企業が、劣る消費者を食い物とする構図が是正されることなく放置されることがあるため、消費者を保護すべく、様々な法律規制が制定整備されています。

これらの消費者を保護する法律は、民法や商法等の一般法を大きく修正し、消費者を強く保護する方向で規定されており、通常の商取引の感覚で経済合理性の追求を徹底し過ぎると思わぬところで責任を追及されることになるので、注意が必要です。

企業間で行われるコーポレートセールス(法人向営業)では、多くの企業は、漫然と民法・商法の適用を前提とした取引は実施せず、競争優位を確立するために、自己に有利な多数の特約を作り出し、契約関係に盛り込んでいきます。

しかし、コンシューマーセールス(消費者向営業)においては、対等な当事者間において予定されている自由な取引は一歩退き、消費者の利益を、法令が保護することになります。

例えば、消費者契約法8条は
「事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効」
を規定し、さらに同法10条は、
「消費者の利益を一方的に害する条項の無効」
までも規定しているところであり、
「自己に有利な特約」
を締結したと思っていたものが、法令によって無効とされることがあります。

この消費者契約法ですが、施行当初、
「通常のBtoC(あるいはB2C)セールスを展開している、わりとマトモそうにみえる堅気の企業や事業者」
の皆様は、
「あんなのは、キャッチセールスとか霊感商法とか押し売りとか、そういう特殊なご商売をなさっている方だけに適用される問題であって、学校とか大手企業とかウチのような清く正しく美しい組織には関係ございませんっ!」
「立派で、しっかりとした、我々のようなところには、当然適用なんかされません。適用除外です。聖域です」
と思って、高をくくっていました。

しかしながら、そんな適用除外条項などありません。

この法律は、
「BtoC(あるいはB2C)セールスビジネス」、
すなわち、
「一般消費者向けの商売」
をやっていれば、大企業であれ、老舗企業であれ、上場企業であれ、学校法人であれ、一般社団法人であれ、ありとあらゆる組織や法人に適用されます。

実際、消費者契約法施行後、この法律が活用され、社会的にも大きな事件となった消費者問題は、私立大学を合格した受験生から大量に訴えられ、大学がことごとく敗訴しまくった、「学納金返還」問題でした。

わかりやすく解説しますと、当時、いわゆる
「すべり止め大学(本命の志望校以外に、保険として、受験する大学)」
を受験して合格した受験生や親は、第1志望の合格発表前に、すべり止め大学から
「いったん納付された入学金や授業料などの学生納付金は理由のいかんを問わず返還しない」
として、かなりの金額を取られ、泣き寝入りする状態でした。

そこで、この問題の解決に、出来上がったばかりのピカピカの消費者契約法が
「伝家の宝刀」
として使われ、それまでの大学側のやりたい放題・取り放題に学生・親側は、
「学納金不返還特約は,消費者契約法9条1号により無効」
として反撃を加えました。

結果、最高裁で、大学は軒並み手痛い敗訴を食らい、
「入学できる地位の対価という趣旨もある入学金はさておき(入学してなくても、入学できる地位は得ているから)、受けてもいない前期授業料までぼったくるのはやりすぎ(入学が辞退された以上、大学側に実害が生じていないのに、賠償を要求するのはおかしいから)」
とお叱りを受け、現在では、このような悪弊はほぼ一掃されています(例外もありますが)。

以上のとおり、消費者契約法は、
「キャッチセールスとか霊感商法とか押し売りとか、そういう特殊なご商売をなさっている方」
の専売特許のような限定適用されるものではなく、ご立派な活動をなさっているご立派な大学も適用射程となる、
「消費者保護のために発動される、聖域なき究極兵器」
ということです。

このように、コンシューマーセールスにおいては、自らの扱う商品やその供給形態が消費者を保護する法令の規律を受けるか、受けるとして、その法令の内容や行政処分例、裁判例はどのようなものがあるか、について十分に検討しつつ、ビジネスモデルを構築する必要があります。

民法商法等の一般的な規定のみに従ってビジネスモデルを構築すると、後になってから大幅な修正ばかりでなく、当該ビジネスモデルを断念せざるをえないという事態すら発生しかねませんので、注意が必要です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01706_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)17_BtoB(あるいはB2B)営業(法人営業)に関する法とリスク(反競争行為規制)

「商売をする目的は、稼いで稼いで稼ぎまくって、テッペンとって、マーケットをわがモノとし、やりたい放題できる経済的地位を手に入れるためだ。共産主義国家でもない、自由主義経済体制を採用する日本では、自由に商売をして、自由に稼いで、やりたい放題やっていいはずだ! それなのに、独占しちゃいかん、やりたい放題やっちゃいかん、とはどういうことだ! 独占禁止法は、狂っているぞ。こんな愚劣で下劣な法律は、自由主義経済体制にふさわしくない。独禁法などという、自由主義経済体制とは真逆の、下品で、高圧的で、商売敵視の法律は、共産主義、独裁体制の香りがするから、こんなもの、とっとと失くしちまえ!」

口にこそ出さないものの、ほとんどの企業経営者の、独禁法に対する本音は、このようなものであろう、と推察されます。

こういう状況にあるから、なかなか独禁法違反がなくならないのでしょうし、コンプライアンス責任者としても、有事対応責任者としても、根源的な意識ギャップが埋まらず、苦労するのであろうと思います。

1 反競争行為規制

例えば、独占禁止法2条6項は、
「事業者間の共同行為で、相互に当該事業者の事業活動を拘束するものであって、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限する行為」
を禁止しています。

要するに
「カルテルや談合はイカン」
ということですが、この
「イカンとされる理由」
がピンとこないため、多くの企業がカルテルや談合に安易に手を染めてしまいますし、違反事例が後を絶たないのです。

さらにいえば、明々白々のカルテルや談合をしたとの理由で摘発されてもなお、
「日本の商売をわかっていない」
「相身互いで、仲良くやる日本の美風を理解してくれ」
などと愚にもつかない弁解をしたり、
「これはカルテルではない。“業界協調行為”だ」と意味不明な強弁を試みたりする企業がなくなりません。

2 反競争行為規制

経営者に対して、独禁法の制定背景を根本からご理解いただくためには、単に、法律の仕組みを百万回唱えても無益であり、腹落ちするようなリテラシーが必要になります。

このような
「経営者啓蒙」
を行う際、アナロジー(たとえ話)を用いて説明するのが極めて有効です。

オリンピックの100m競争をイメージしてください。

ある国が、何がなんでも、絶対確実に金メダルを取りたいという場合、
「手段の正当性や合法性を問わず、純粋に目的達成のために考える合理的手段構築を行う」
という前提で思考すると、

(A)最終ランナー全員を当該国の国民にしてしまう
(B)最終ランナー同士の話し合いで当該国のランナーがトップでゴールできるよう競争をやめる
(C)当該国のランナーが自分の前を走る選手の足を引っ張ったりつかんだりして転ばせてしまう

ことが考えられます。

3 反競争行為規制

こんなことは競技の意味をなくしてしまうのでダメに決まっていますが、独占禁止法も、同じ理念の下、市場での公正な競争を促すため、

(A)を私的独占とし
(B)をカルテルとし
(C)を不公正取引として

それぞれ禁止しているのです。

自由主義経済体制といっても、これは、別に、商売人がやりたい放題やって、自分たちだけが稼いで稼いで稼ぎまくらせることに意義と価値を置いているわけではありません。

すなわち、自由主義経済体制は、
「能率競争(価格と品質による競争)を活発にさせ、経済発展の原動力にする」
ということに目的があるのであって、
「特定の分野の、特定の事業者が、未来永劫、儲け続ける立場を保障すること」
に意義があるわけではありません。

4 反競争行為規制

むしろ、
「そのような独占・寡占状態は、競争の障害となり、あるいは競争の前提を破壊して経済発展の邪魔をするという下劣な行動を産む」
ということが歴史上の事実として証明されており(19世紀後半のアメリカにおいて発達した独占資本が自由競争を阻害するという事態を招いた)、こういう状態を放置すると、国や社会の発展を損ねる、という理念や哲学が確固たる前提として存在します。

こういう点から、事業者による反競争的な行為を取り締まるべく、独禁法というものが制定され、かなり厳しく取り締まられているのです。

なお、厳しくなったとはいえ、日本の独禁法の法システムや規制実務は、国際的にみれば、ユルユルかつ甘々な方で、それこそ、欧米の場合、課徴金(制裁金)の額が0が2つ、3つ違いますし、刑事処罰や、捜査妨害に対する苛烈な処分など、想像をはるかに超えた厳しさと強烈さがあります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01705_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)16_チエの調達・活用(知的財産マネジメント)に関する法とリスク

1 モノからチエへ

かつての産業経済は、一定の規格のモノを安価かつ大量に生産し、これを大量に消費することにより成り立っていました。

しかし、社会にはモノがあふれ、逆に過剰となったモノは地球環境にとって有害である、とすらいわれ、企業の責任として
「無駄なゴミを作り出すな。廃棄物の回収に責任をもて」
ということまで要求されるようになってきました。

現代の企業活動においては、
「モノ」
を大量に作り出すことから、高度な研究開発の成果を蓄積・活用し、ブランド力を高めることが、競争力の維持・向上や企業の生き残りとして必須の課題と認識されるようになりました。

このように、現代では、多くの企業において、重視すべき経営資源が
「モノやサービス」から「アイデアやブランド」にシフト
していくようになっていますし、また、世界的にも、競争力を高めるためにはアイデアやブランドを保護し、強力なインセンティブの下にこれらの創造を後押しすることが重視され、知的財産権の強化が叫ばれるようになってきています。

2 知財(チザイ)保護強化政策と知財保護の負の側面

日本においても、
「知的財産立国」
を目指して知的財産戦略会議を行い、知的財産戦略大綱の決定を経て、知的財産基本法が施行され、一貫して知的財産権保護強化の政策が取られています。

他方、もともと産業文明が模倣と改良により発展してきたものであり、知的財産権を必要以上に強化することは、産業社会の発展を妨げるという考えもあります。

知的財産保護の法制度も
「一定の要件を満たす高度でユニークな知的成果で、社会にとって有用なものに限定して法的保護を与える」
ということを大前提としています。

ところが、このような趣旨を誤解し、
「高度な知的成果とは言い難い、ありふれた思いつき」を「知的財産」と称し、
知的財産権保護の名の下に正常なビジネス活動を行う企業を威嚇するなどして、社会に混乱を与えるケースも存在します。

3 知財(チザイ)取扱の困難さ

また、知的財産権は物権のように強力な権利を第三者に及ぼすことができる反面、権利範囲は物権と比べて曖昧模糊としており、知的財産権が及ぶ範囲と及ばない範囲や、類似の知的財産権相互間の権利範囲の境界は極めて漠然としています。

このため、
「土地の境界争い」が如き知的財産権紛争
も増加の一途をたどっています。

一括りに知的財産権といっても、実に多種多様の権利を含み、また、それぞれの権利毎に、権利が発生するための要件や登録の要否、権利侵害が生じた場合の救済手続が細かく、かつ複雑、かつ難解に定められております。

また、知的財産とは、
「国がフレームを定め、一定の要件の下に、民間人に『特別の利権』を付与するもの」
である以上、当該利権の仕組みには行政機関が強力に関わってきます。

他方、所管する行政機関が知的財産権の種類毎に異なるほか、権利としての成立の是非を巡る訴訟に至った場合、
「特許庁の登録という判断(行政判断)を裁判所の司法判断として採用するか異議を唱えるか」
という
“司法権”対“行政権”という国家機関相互のケンカにまで発展する問題をも孕む、
極めて複雑な法律問題に発展します。

このため、法律の専門家である弁護士ですら
「知的財産紛争は一切取り扱わない」
というスタンスを取る者も出るほど、取扱がやっかいなビジネス課題であることは確かです。

このようにビジネス課題としては、極めて理解及び運用が困難な知的財産マネジメントですが、知的財産が今後の企業活動にとってますます重要性を帯びることを考えれば、知的財産の実体を正しく理解し、情報・技術・ブランドに関し正しい戦略を構築し、武装を行っていくことは企業にとって必須となることは間違いありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01704_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)15_カネの調達・活用(資金調達や投融資活動)に関する法とリスク

1 企業の経営資源としてのカネの重要性

企業の運営・存続にとって最も貴重な経営資源は
「カネ」
といえます。

かの堀江貴文氏(ホリエモン)は、
「カネさえあれば買えないものはない。女の心もカネで買える」
といって物議をかもしましたが、表現の品位は別として、これは核心をついた発言です。

「カネ」
さえあれば、ヒト、モノ、チエその他の経営資源はいくらでも調達できます。

さらにいえば、M&Aという手法を使えば、
「カネ」
さえあれば企業まるごとを買うことだって可能です。

ヒトやモノやチエがなかったからといってそれだけで倒産する会社はありませんが、カネがなければ会社はたちまち倒産します。

その意味で、カネは、企業経営に欠くことのできない経営資源といえます。

2 企業経営における「カネ」の意味

企業活動において
「カネ」
を調達したり運用したりといったビジネス活動をファイナンスあるいはファイナンスマネジメントと言ったりします。

カネに関わる仕事は、単純に金に関する管理だけにとどまりません。

株式・社債・リース等を含めた企業の資金調達・資金運用といった企業の信用創造・信用管理等を含め、仕事として大きな広がりをもちます。

他方、
「(具象化された価値そのものである)カネ」
については、その価値の重大性や、移転が簡単に行えることから事故発生の可能性が高く、取扱に慎重さが要求されますし、
「カネ」
を抽象化・観念化した形而上の価値としての
「信用」
については、取り扱う上で、慎重さに加え、技術的難解さのため、一定の知的水準が要求されます。

このため、
「カネ」
や信用の取引・管理・運用は、
「ヒト」

「モノ」
といった経営資源の場合に比べて、技術的色彩が強くその運用は複雑で困難なものとなっており、これに比例してビジネスの活動としての管理の重要性は増します。

企業の資金調達(コーポレート・ファイナンス)、さらには
「カネ」

「信用」
の管理・運用に関する企業活動と、これを安全かつ戦略的に実現するために、取引・管理・運用の合理性や合法性や安全性を担保する上で、企業法務の担当者・責任者は、重要な役割を期待されることになります。

3 カネの魔力

カネを継続的に増やすという本能をもった
「企業」
ないしその責任者となれば、カネに対する執着と欲は異常なほど強力なものとなります。

そもそも、カネという経営資源の特徴ですが、決裁手段として使うならともかく、カネを運用手段として自己増殖的に増やそうとした途端、不可視性、抽象的かつ複雑、高度の技術性という点が如実に現れます。

要するに、バカでは扱えないし、バカが扱うとエライ目に遭う、という危険を内包しているのです。

ところが、カネの欲は、冷静さや理性的判断や謙虚さを吹き飛ばします。

カネに対する強い欲望と、
「オレはバカではない」
と謙虚さのない知ったかぶりが昂じると、聞いてはいけない人間の助言(有害なノイズ)に踊らされ、ゲームのルールを理解しないまま、危険な立場を取らされ、リスクを取らされ、損害を被り、損害を隠蔽するため、さらに危険なマネを強いられ、最後は会社を傾かせることになります。

4 運用話や節税商品や会計マジックといった話のリスク

これほどまでに運用が困難な時代に、
「リスクが少なく、リターンが大きな、安全な投資」
などあり得ませんし、仮にそういうものがあっても、
「資産といってもほどほどの額しかなく、金融に関する知識にも乏しい、そこらへんの一般企業」
のところには決して回ってきません。

一般的に申し挙げて、
「余剰資金運用や節税にエネルギーを使う企業」
は、
「健全な成長・発展してきちんと納税する企業」
との比較において、短命といえます。

企業が
「一発逆転」
を狙って自分の頭脳で理解できない利殖商品に手を出したり、何度聞いてもよく分からない節税商品に手を出すのは、方向性としても、実際問題としても大きなリスクがあり、企業生命を危うくするものと考えられるのです。

おカネないしファイナンスというものは、サイズが大きくなっていくにつれ、その価値の構成が抽象化され、時間やリスクというファクターが複雑に組み合わさっていき、どんどん理解が困難な仕組みになっていきます。

また、
「銀行は、晴れた日に傘を貸して、雨が降ったら取り上げる」
などといわれますが、おカネを扱う方の品性や野蛮さは、着用しているスーツの品のよさや学歴の高さと見事に反比例しています。

無論、これは褒め言葉です。

「百獣の王と呼ばれ、動物の世界で頂点に立つライオン」
が、知的で、狡猾で、慎重で、自己中心的で、冷酷で、残忍であるように、
「金融資本主義が高度化した現代において、経済社会の頂点に立つ、金融関係者」
も、強靭で、知的で、狡猾で、慎重であることは当然です。

金融のプロからみれば、
「知ったかぶりで、無防備な企業の社長」
をひねりつぶすなどいとも簡単なのです。

バブル期の不動産担保ローン、変額保険、高額会員権、為替デリバティブ等、
「カネの知識のない一般企業」
が銀行や金融機関によって経済生命を奪われた例は枚挙に暇がありません。

「身の丈を知る」
という言葉がありますが、実業に徹し、ラクをすることを考えず、慎重かつ保守的に行動し、理解できないものには手を出さず、手を出すなら売る側の金融機関担当者を上回るくらいきっちり勉強して、諸事疑ってかかれば、おカネやファイナンスで失敗することはありません。

5 カネのマネジメントの基本

以上のとおり、おカネにまつわる仕事をする際は、おカネやファイナンスの難しさや、おカネやファイナンスをとりまく人間のずる賢さや恐ろしさといったものを適切に理解し、勉強を怠らず、慎重に行動していくことが求められるのです。

特に、企業法務の担当者の役割としては、複雑な専門用語や高度で難解な表現が散りばめられた資料の奥底にある、本質とメカニズムをきっちり把握した上で、
「カネの知識のない一般企業」
が知的で、狡猾で、慎重で、自己中心的で、冷酷で、残忍な金融プレーヤーや危険な節税提案をする方々の食い物にされることのないよう、リスクをきちんと把握し、これをしっかりとカネを取り扱う責任者に警告することが役割として求められます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01703_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)14_モノの調達・活用(生産活動)に関する法とリスク

1 モノ作りに関するトラブルの増加傾向

20世紀にはあまり取り沙汰されなかったものの、21世紀になって急激に増えた企業法務関係の事件があります。

それは、モノ作り大国日本の信用を根幹から揺るがす、製造関係の事件やトラブルです。

自動車や温風機の欠陥隠蔽問題、各種機器や建設資材の性能偽装問題、食品に関わる原産地表示や賞味期限偽装の問題や廃棄物処理や環境汚染問題等、21世紀に入ってから、製造現場でのトラブルが頻出しています。

「モノ」
の中でも、消費者の口に届き、人の健康や生命を奪う結果を招来しかねない食品製造に関しても、表示偽装事件が発生し、不正競争防止法違反により、逮捕や家宅捜索、さらには有罪判決を受けるケースも相当数発生しました。

また、公益通報者保護法の施行やネット掲示板の普及等の環境の変化もあり、内部告発が一般化し、企業がこれまで内部で隠蔽してきた偽装を隠し通せない状況になってきました。

このように、
「モノ」
に関わる企業にとっては、その姿勢が厳しく問われる時代になってきたといえます。

2 ニッポンのお家芸「モノ作り」の質的変化

ところで、
「モノ」
に関する企業活動は、質的な面で急激に悪い方向に変化しています。

「モノづくりは日本産業のお家芸」
との言葉に代表されるように、これまでの日本企業は、使い勝手がよく、安全・高品質で、値頃感のある
「モノ」
を作り出すことを得意としていました。

そして、日本企業は、
「高度な製造活動のためのインフラである、高い技術力と生産設備操業能力、さらにはこれを担う優秀な人材」
を自ら保持し、育成してきました。

ところが、
「モノづくり」
を得意とした日本企業も、ビジネスの進化に伴い、下請やOEM生産等によるファブレス(工場設備を持たない製造業)化や生産拠点の海外移転等を積極的に行うようになってきました。

このようにして、近年、日本企業において
「モノづくり」
の意味が加速度的に希薄化するようになってきたのです。

3 「モノ作り」の質的変化に伴うリスク

以上のような
「モノ」
との関わりの希薄化は、品質面、安全面、規格ないし法令遵守面における企業の管理が行き届かなくなる危険が増幅してきたことも意味します。

例えば、日本国内での工場操業においてはコンプライアンスや製品の品質や安全性に対するこだわりが浸透していても、日本企業が生産を海外に委託する場合における現地委託先企業がそのような観念を欠落している場合、日本企業は大きなリスクを抱えることになります。

かつて中国産食品における毒物混入事件が発生し世間を騒がせましたが、
「モノ」
との関わりが希薄化した企業において、上記のようなリスクが現実化した現象といえます。

4 モノ作りの管理に失敗した場合のリスク

輸送機器、建物、食品、薬品、電気製品等、企業から製造される
「モノ」
は何らかの形で消費者や社会に関ってきます。したがって、消費者や社会は企業が製造する
「モノ」
の品質や安全性に大きな興味と関心を抱きます。

万が一、
「モノ」作り
において、現場管理や委託先管理に失敗し、品質や安全性において問題のある
「モノ」
を流通させた場合、大きな社会問題に発展し、企業に対して回復不可能な損害をもたらすことになります。

「法令遵守より効率優先」
という経営姿勢や製造管理状況に対して消費者や社会一般の厳しい目が向けられるようになっていますし、この種のトラブルは、企業の生命を即座に奪いかねません。

「モノ」
と企業との関わりは歴史的に古く、調達・製造活動は成熟した経営課題といえますが、海外生産委託の動き等の急激な変化もふまえて、日本企業は、今一度、調達・製造に関するマネジメントのあり方を見直す必要に迫られています。

5 性悪説vs性善説

「モノ作りを管理する」
という仕事を進める上での哲学として、管理の相手方、すなわち、現場や委託先を信頼するか(性善説)常に不審の目を向けるか(性悪説)、という問題があります。

一昔前、二昔前のニッポンにおいては、右肩上がりの成長を謳歌しており、
「作っては売れる」
という市場があり、生産現場には、常に設備や人的資源が投入され、活気がありました。

従業員は、終身雇用というシステムによって雇用された正社員がほとんどで、会社と成長の糧を共有し、モノ作りの現場には高い士気と
「決して、会社や社会を裏切らない」
という忠誠と信頼が満ち満ちていました。

しかしながら、現代においては、終身雇用システムが崩壊し、モノ作りの現場には非正規雇用の労働者が増殖し、成長が見込めない市場において、過酷な価格及び品質競争にさらされています。

このような現代のモノ作りの現場において、かつてのように、
「モノ作りの現場には高い士気と『決して、会社や社会を裏切らない』という忠誠と信頼が満ち満ちている」
などという前提がそもそも働かず、漫然と現場を信頼することは管理放棄につながりかねない状況となっています。

したがって、
「モノ作りを管理する」
という仕事に限っては、
「常に操業効率化を優先する現場や委託先においては回収品の再利用や賞味期限改竄を行う等の法令その他各種規範違反を冒す誘惑と危険が存在する」
という性悪説に立脚し、徹底したリスク・アプローチによる不祥事予防のための科学的・合理的体制を構築することが求められます。

6 モノ作りの現場においては、「操業優先、規制無視(軽視)」

モノ作りの現場においては、
「製造ラインの効率的稼働」
が最優先課題であり、細かい手続を含めた規制把握や規制遵守は、いわば二の次となってしまいがちです。

原発関連事故といえば、東日本大震災直後に発生した福島原発事故が有名ですが、1999年に発生した茨城県東海村の核燃料加工会社JCO東海事業所の
高速増殖炉実験炉「常陽」用の核燃料の製造現場での臨界事故
も著名です。

この事故については、転換試験棟において、1991年から現場において承認されたものと異なる工程(本来は、「溶解塔」という装置を使用した手順であったところ、現場がこれを無断で変更し、ステンレス製バケツを使用)が実施されており、その後、1996年にはこのような違反工程が盛り込まれた
現場「裏マニュアル」
が作成され、違法操業が常態化していたことが原因であった、といわれています。

厳格なコンプライアンスが要請される核燃料の製造現場ですらこのような状況ですから、他のモノ作りの現場がどのような状況か、ということはある程度想像できます。

7 モノ作りの管理を実施する上での指揮命令系統デザイン

以上のとおり、
「モノ作りの現場においては、面倒くさい法令遵守より効率性・経済性が優先される危険が常に存在する」
ということを十分認識し、細かい操業の末端に至るまで管理の目を光らせる必要があるといえます。

多くの場合、過酷な操業効率のノルマを負っている工場現場の責任者は、
「一方の要請の無視」、
すなわち、
「効率性を犠牲にしても法令遵守を徹底すること」
という要請を無視するという行動にシフトし、その結果、トラブルが発生することになります。

現代においては、製造現場の管理体制の設計上、
「『操業管理』と『コンプライアンス管理』という相反する課題の達成に関して、権限・責任・指揮命令系統を分断し、後者は操業効率に責任を負わない部署に遂行させるべき」
というスタイルが求められるようになってきています。

すなわち、
「操業責任者とは別の、コンプライアンス管理を担う責任者が、効率性に目を奪われることなく現場の細かいところまで管理の目を光らせることを通じて、操業効率とコンプライアンスという矛盾する両課題の止揚的解決が図られるべき」
という考え方が、製造現場の管理体制設計において採用されるようになってきているのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

01702_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)13_ヒトの調達・活用(労務マネジメント)に関する法とリスク

1 「ヒト」という経営資源は「モノ」とは取扱い方が異なる

職場で使用しているパソコンが壊れてしまい、起動すらできない状態となり、修理センターに持ち込み、
「修理不可能」
といわれた場合、皆さんはどうなさいますか?

壊れて使い物にならないパソコンを後生大事に保管しておくでしょうか?

こういう場合、たいていの企業はパソコンをさっさと廃棄処分にするはずです。

では、次に、企業に勤める従業員が、いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した場合はどうでしょうか?
「さっさと」廃棄、
いや、解雇処分できるでしょうか?

答えはNOですね。

2 解雇不自由(解雇不可能)の原則

結婚において
「結婚は自由だが、離婚は不自由」
などといわれるのと同様、法律上、雇用に関しても
「採用は自由だが、解雇は不自由」
というべきルールが存在します(解雇権濫用法理、労働契約法16条)。

上記のような法律の規定に従う限り、
「いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した」
くらいでは解雇はできません。

すなわち、
「モノ」
であるパソコンと違い、
「ヒト」
という経営資源(すなわち労働者・従業員)については、労働契約や労働基準法を筆頭とする労働法制が従業員に対して徹底した法的保護を与えており、企業に対しては
「一旦雇用したら最後、原則として定年退職いただくまで解雇は不可能」
という、過酷なまでの対応が義務づけられています。

3 ヒトという経営資源の調達は「億単位の買物」を意味する

労働資源たる
「ヒト」
については、パソコンになぞらえると、
「一度購入したら最後、『壊れて使い物にならない』状態になろうが、年間何百万円というメンテナンスフィーを支払って、後生大事に数十年間保管し続けなければならない」
というのと同様のことが、企業に求められるのです。

平均的な大卒新入社員を例にとって考えます。

企業が、大卒新入社員を、一旦採用すると、23歳で入社し、(入社から定年直前までをざっくりと平均した年間所得としてみて)年間約500万円定年を迎えるまでの間の約40年間、支払続けることになるのです。

さらに、この社員に対しては、机や椅子やパソコンやオフィススペースや諸々用意しなければならず、この費用として、さらに年間300万円ほどかかります。

このように考えると、
「従業員を採用する」
ということは、
「(500万円+300万円)×40年」、
すなわち
「約3億2000万円の買い物をする」
ということと同義であることに気がつきます。

4 大企業はなぜ新卒社員に異常に時間とコストと労力をかけるのか

一般に大企業は、新卒社員の採用について、異常なまでの時間とコストとエネルギーをかけます。

すなわち、壊れたパソコンを買い換える場合、適当に調べて1日2日で調達購入します。

他方、新卒採用については、
「3、4億円の高額不動産を購入する」
といった趣で、約1年の時間をかけて、調査し、何度も考え直しながら慎重に判断します。

これは、大企業が、
「従業員の雇用」
という経営資源調達活動が、
「“超”高額なお買い物である」
ということをきちんと理解しているからです。

5 労務トラブルに頻繁に見舞われる中小企業の採用のいい加減さ

他方、中小企業は、実にいい加減に雇用上の意思決定をします。

人手不足になると、すぐ採用数を増やそうとしますし、採用のプロセスもいい加減で適当。

特に、中途採用に至っては、面接して、
「ウン、気に入った。明日からすぐ来られる?」
のような形で、行うことが多いようです。

こうやって、無定見に人を増やした挙げ句、
「こいつは思ったほど使えない」
「受注が減ったので従業員はこんなに一杯要らない」
といって、使えなくなったパソコンを廃棄するような感覚で、すぐにクビを切ろうとします。

前世紀においては、いまだ労働法における解雇禁止則の世間への認知浸透が不十分であり、
「使えないからクビ」
などといい渡された従業員側も、あきらめて自主的に退職し、次の就職先を探すため、とっとといなくなってくれました。

ところが、最近は、
「採用は自由だが、企業側からの解雇は原則不可」
というルールの認知が世間に浸透しはじめており、
「能力不足」
などの適当な理由で安易にクビを切ろうとしても、従業員は応じてくれません。

無理に解雇しようとすると、裁判所に訴訟や労働審判を申し立てられたり、最悪、合同労組に駆け込まれたりして赤旗が立ち、大きなトラブルに発展します。

6 労務マネジメントにおける法的リスク管理のポイント

労務マネジメントにおける法的リスクを把握する最大のポイントとしては、実に簡単な話です。

同じ経営資源でも、パソコンのような
「モノ」
と、
「ヒト」
とは、廃棄ないし処分のルールに明確な違いがあり、したがって、採用は慎重に行わなければならない、ということです(この点、中小零細企業の経営者は、「ヒト」と「モノ」の区別がついていない、ということがいえます)。

かなりネガティブな話ばかりしましたが、もちろん、もっと前向きな意味もあります。

企業というものは、あくまで人が動かすものであり、
「ヒト」
という経営資源をうまく組み合わせることにより、
「モノ」

「カネ」
のオペレーションの何倍、何十倍もの収益を産み出してくれます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所