1 M&Aとは何か
M&Aとは、企業そのものを取引対象とする売買、すなわち
「買い物」の一種
ということです。
普通の取引対象といえば、ヒト、モノ、カネ、ノウハウといった形で、個別経営資源毎にバラバラで調達します。
他方で、
「これをいちいちやっていると面倒くさくてしょうがない。ヒト・モノ・カネ・ノウハウが統合的にシステマチックに合体して動いている、人格そのものを取引しちゃった方がいいんじゃね?」
ということで、
「企業まるごと買っちゃえ」
という趣で形成されてきた
「特殊な買い物取引のプロジェクト」
として形成されてきたビジネス分野です。
2 単なる「買い物」に過ぎないM&Aが、何故それほどまでに難しい、とされるのか
この
「M&A」
のどこがどう問題か、といいますと、
「企業の価値がはっきりわからない」
ということにつきます。
普通の取引をする際は、土地であれ、車であれ、機械であれ、だいたい相場というか時価というか、値段というものは
「世田谷のこの駅の近くにあるこの住宅地のこの土地であれば、だいたい坪これくらい」
「レクサスのこの型式の3年落ちの車輌であれば、だいたいこのくらい」
「このコピー機はだいたいこんなもの」
といった具合に想像がつきます。
値段がわからず、お互い値段をめぐって七転八倒するような厳しい交渉をする、なんてことはありません。
ヒトも同様です。
「こういう学歴・経歴で、こういう職歴のヒトなら、だいたい年俸これくらい」
ってことはある程度わかります。
ノウハウやソフトも同様です。
無論、ヒトやノウハウ等については、多少、一義的でないこともありますが、それでも、共通のモノサシがなく、お互い言っていることが噛み合わず、長期間かけて交渉するということは稀です。
ところが、同じ買い物であっても、買う対象が
「企業」
という
一種の「仮想人格を有する有機的組織」
となると、なかなかそういうわけにはまいりません。
無論、上場企業であれば、
「時価を前提に支配権プレミアムを乗せると、企業の価格は、だいたいこんなもの」
ということがわかります。
そんな値段が想像・推定しやすい上場企業ですら、TОBの後始末で株式買取価格が高いとか安いとかで年単位で延々と裁判をする例があったりします。
これが、上場していない株式会社の価値となると、まるでわかりません。
だいたい、決算書をはじめとした財務諸表すら、
「きちんとした会計上の真実が反映されたもの」
かどうかも疑わしい。
企業経営をしている方にとっては、自分が作った会社というのは、自分の息子であり娘であり、分身であり、自分の生き様そのものです。
そういう企業の価値となると、値段なんかつけられません。
まさしく
「priceless」
となり、期待する買収価格はとんでもなく高額になりがちです。
他方で、買う側は、事業経営者として買うにせよ、金融ブローカーが
「金融商品」
のような趣で買うにせよ、
1円でも安く調達したい、
ということになります。
そういうこともあり、M&Aは、単に
「企業を取引対象物とした取引」
であるにもかかわらず、モメて、モメて、モメ倒すのです。
3「究極の一品モノ」でオーナーの「愛着」が半端ない「売買対象物としての『企業』」
企業は、そこらの市場に
「日用品」
として転がっているわけではなく、経営者が丹精込めて作り上げ、育て上げた、
「究極の一品モノ」
です。
当然ながら、手放す方は、愛着がありますし、ちょっとやそっとでは手放してくれません。
絵画や彫刻などの美術品なら、持っているだけで、たいしたメンテナンスをしなくても傷んだり、減価したりしません。
しかし、企業は、経営者がものすごい労力や精神力を投入して生かし続けないと、たちまち、市場から見放され、赤字をまきちらし、社会のお荷物になります。
経営者も若い間はいいですが、歳をとって、体が大変になってくると、企業メンテナンスするだけでも大変になってくる。
こうやって、
「愛着はあるが、持っているのは大変」
という状況をズルズル続けているうちに、企業が客からも市場からも見放され、劣化していき、最後は、倒産という恥さらしを回避するため、身売りを選択する状況に追い込まれます。
4 身売りのための「売り物」を安値で買い叩く側面をもつM&A
M&Aという取引の手段ないし方法は、まともな使われ方をする場合もありますが、現在においては、ほとんどの場合、廃業回避や事業承継や、さらには倒産処理方法の1つとして機能しています。
ある企業が倒産しそうになっており、完全に死ぬ前にどこかに安値で引き取ってもらいたい。
「身売り」
というと聞こえが悪いし、
「企業を産み、育ててきた、愛着というか執着というか怨念じみた感情」
に支配されたオーナー経営者が
「倒産」
という恥さらしの終わり方では納得しないし、話が進まない。
じゃあ、
「M&A」
というハイカラな言葉でごまかしてしまえ。
行き詰まっている企業にM&A話が出てくるとすれば、こんな状況が考えられます。
とはいえ、
「便所」
のことを
「お手洗い」
と言い換えたのと同様で、品のいい言葉を使ったからといって、便所で行う行為が、華麗で美しいものになるわけではありません。
いろいろ外来語でごまかそうとしても、やっていることの本質は、
「身売り」を前提とした買いたたき
と、
買いたたきを前提とした実地調査
です。
買いたたこうとしている側は、対象企業の社長が
「バカで舞い上がり易いタイプ」
であると見ると、華麗な言葉で、当該社長が調子に乗るようにし向けていきます。
そして、バカが舞い上がっている間に隙をついて、情報収集し、値踏みし、選択肢を巧妙に減らしていき、精神的に支配していきます。
そして、にっちもさっちもいかなくしてから、徹底的に買いたたき、身ぐるみ剥ぎにかかるのです。
見たこともない連中(たいていは偏差値が高そうで、いいスーツを着こなし、バカ高いネクタイをぶら下げている)がうろちょろして、書類をコピーしていき、社長がやたらとM&A用語を使いだすときは、
「M&A」という名の「身売り」
が進んでいると見ていいかと思います。
5 買う側としても失敗の可能性が高いM&A
また、企業がM&A話をもちかけられている場合も問題です。
M&A(合併・買収)が、失敗例が相当数あることはあまり知られていません。
正確な調査をしたわけではありませんが、私の感覚では
「M&Aの失敗例は、芸能人の離婚率とだいたい同じ比率なのではないか(おそらく90%近くが失敗)」
と思います。
ちなみに、古いものですが、日経新聞(2011年4月28日朝刊)によると、
世界の歴代金額上位3件は、いずれも買収成立から数年以内に数兆円単位の損失が生じている、
とのことです。
また、同記事によると、特に、加工型製造業やサービス業といった川下産業の大型M&Aは、川上産業に比べて買収後の経営統合作業が複雑になる面があり、失敗する場合が多いそうです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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