00214_企業法務ケーススタディ(No.0169):カタチだけの副社長と取引してしまった!

相談者プロフィール:
株式会社ユウコ・ヤベッチ 社長 矢米地 裕子(やべち ゆうこ、32歳)

相談内容: 
先生~私、これまでの仕事を辞めて最近アパレル会社を始めたんです。
ほかのブランドからは出してないような珍しい生地のワンピースを製造販売することにしたんです。
そしたらちょうど、パーティーで知り合った
「生地のオサムラ」
っていう老舗生地屋さんの副社長さんから連絡があって、インドの珍しい生地があるから買わないかって。
ロン毛のチャラ男で怪しそうな人だったんですけど、
「普段はメートル当たり1万円の生地を、現金先入金という条件であれば、3割の3千円にしてくれる」
っていうし、名刺も本物でしたので大丈夫だと思って、その生地を100メートル買っちゃったんです。
それなのに、いつまでたっても生地が来ないから、昨日生地のオサムラに問い合わせたんです。
そしたらなんと!
私の会社と契約するときに副社長として出てきた納村浩之って人は
「生地のオサムラ」
の代表取締役である納村(おさむら)隆さんの弟で、違法賭博のトラブルで現在行方不明になっているっていうんです。
お兄さんの社長さんは
「弟は、名ばかりの副社長をさせていただけで、一切の仕事をさせていませんでした。
役員登記も外し、家族も縁を切っています。
当社は、そんな契約知りませんよ。
あんなチャラい男を信じたあんたの落ち度です」
っていうんです。
当社に来た納村浩之の名刺には
「副社長」
と書かれていたので、その人が会社の責任者だって思ったんです。
そんなの当然じゃないですか?
30万円払ったし、インドの生地100メートル買えないと困っちゃうんですけど!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:表見代表取締役
原則、代表取締役が選定されている場合、その他の取締役には代表権はありません。
代表取締役を定めている会社で、代表権のない平取締役が会社を代表して契約を締結したとしてもその売買契約は成立していないのが原則です。
その場合、買主は、売主に対して売買の対象物を引き渡すように請求することはできません。
しかし、会社法354条は、会社が、代表取締役以外の取締役に対して、社長や副社長といったような株式会社を代表する権限を有すると思わせるような名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、権限のないことを知らなかった者に対してその責任を負うとしています。
このように会社が代表権を持たない平取締役に
「社長」「副社長」
といったエラそうな名称を付す場合がありますが、そのような実態と違ってエラそうな肩書を持つ平取締役を
「表見(ひょうけん)取締役」
といいます。
そして、当該表見取締役が締結した契約は、会社の代表者が締結した契約と同様の契約として、会社はその契約から発生する義務を履行しなければなりません。
ただし、会社法354条が適用されるためには、
「権限のないことを知らなかった」
場合でなければなりません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「そんなの、知るわけねえじゃん」では保護されない
一口に
「知らなかった」
といっても、
「権限のないことを知らなくて当然」
「うっかり知らなかった」
「どう考えても権限があるとは思えないのに、どうして信じてしまったの?!」
と、さまざまな程度や理由があります。
権限のないことを知らなかった理由によって、契約を成立したことにして保護してあげる必要性は異なるので、どんな状況でも信じたもん勝ち!
っていう訳ではないんですね。
会社法354条にはその理由、程度については明記されていません。
そこで、どの程度の
「うっかり」
であれば保護されるのかというと、代表権のないことを知らなかったことにつき第三者に重大な過失があるとき以外はOKというのが最高裁判例の理屈です。
つまり、ヤバいシグナルがビンビン出ているにもかかわらず、アホな考えで権限がないことを調べなかったような場合には、知っていたのと同じと考えて、そんなウッカリさんは保護しません、ということなんですよ。

モデル助言: 
本件では、確かに、ロン毛のチャラ男ってところが引っ掛かりますが、名刺に
「副社長」
という肩書があるし、社名が
「生地のオサムラ」
で、同じく納村性の人間ですから、矢米地さんがこの納村浩之氏にも
「生地のオサムラ」
を代表する権限があったと信じても無理はないかな、という感じはします。
無論、生地に関する知識や会社に関する情報等が明らかに希薄であったり、通常の取引を行う上で、
「もしかしたら代表権がないのではないか?」
と疑うのが当然と考えられる場合、
「代表権のないことを知らなかったことにつき重大な過失がある」
と判断されることはありますが、チャラ男であろうが、生地の知識はあったようですし、アパレル業界にいた矢米地さんと対等に取引できる程度に会話はできたわけですから、何とか保護されそうですね。
女だし、独立して会社をつくったばかりだからナメられているんでしょうね。
額もたいしたことないし、3割でも十分利益が出る金額ですから、弁護士を立てて内容証明で多少うるさく言えば解決できるかもしれません。
まあ、やってみましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00213_企業法務ケーススタディ(No.0168):裁量労働を使えばサービス残業OK?

相談者プロフィール:
株式会社楽大・システムズ 伊集院 輝(いじゅういん てる、45歳)

相談内容: 
先生、ちょっと困ったことがありましてね。
最近退職したウチのシステムエンジニア(SE)が、未払いの残業代1千万円を払えっていってきたんですよ。
でも、ウチの会社では、そのSEが入社する前から、SEについては裁量労働制を採っていているので、残業代は払わなくていいはずじゃないですか。
法律でそのとおりに定められているんですよね?
入社時にもその旨ちゃんと伝えていましたし、
「IT企業は残業代が出ない」
なんて業界の常識ですよ。
裁量労働制を導入すれば人件費を節約できるって聞いたのに、残業代を払わなければいけないなんて、話が違うじゃないですか!
まぁ、社内ではSEとプログラマーとの区別なく、そのSEにもシステム設計・分析とプログラミングの両方をさせていて、ついでに営業もやらせていたんですけどね。
でも、ウチみたいな小さい会社は、どこもそういう風にしてますよ。
それと、ウチは下請なので、システム設計も取引先からの指示に基づいて、納期までに仕上げるというようにしていて、こちらには裁量なんてほとんどないですけど。
でも、実態はともかく、ちゃんと労使協定や届出も済ませて裁量労働制を実施しているんですから、残業代払わなくていいはずですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「裁量労働制」とは?
世の中には、決まった時間に出社して、上司の指揮命令下で働く一般の会社員と異なり、成果さえちゃんと出していれば良いとされ、時間の使い方・仕事の進め方等についてその労働者自身の自由度が高く、一般労働者と同様に労働時間を厳格に規制することには馴染まない業務もあります。
そして、そのような業務の性質上、労働基準法施行規則24条の2の2第2項に列挙された業務に関しては、労使協定を結び労基署に届出を行う等により、
「専門業務型裁量労働制」
を導入することができます。
対象業務には、研究者や弁護士等の士業といったいわゆる専門職が多いのは、その名のとおりです。
通常、賃金は実労働時間に応じて計算されるものですが、この制度の導入により、実労働時間に関係なく労使協定で定める時間数労働したものとみなされ、それに応じて賃金が支払われます。
したがって、みなし労働時間数を8時間とすれば、実際にはそれ以上働いていたとしても、残業代が発生しないということになります。
ただし、みなし労働時間数が法定労働時間を超える場合は、その分の割増賃金の支払が必要になる等、単純に
「いくらでもサービス残業OK」
というオイシイ制度ではありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:勘違いによる安易な導入に注意!
制度の仕組みが誤解を招きやすいことに加え、裁量労働制の適用対象となる業務についても、列挙された業務に形式的に当てはまればよいというわけではありません。
設例のシステムエンジニア(SE)は適用対象と解されていますが、業務内容が裁量性の高くないプログラマーは対象外と考えられ、このような複数の業務を兼務している場合、適用対象外となり得ます。
また、専門業務型裁量労働制の趣旨としては、
「対象業務の性質上、その遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要があるものについて、労使協定で定めた時間数労働したとみなす」
というものですから、肩書上は列挙されている業務に当たるとしても、業務実態として裁量性がないのであれば、適用対象外となる可能性が高いです。
実際に、SEについて裁量労働制を実施する会社で、SEの肩書を与えられていたが、実際はプログラミングや営業も行い、SEの業務内容もあまり裁量性がなかったというケースで、裁量労働制の適用対象外として、当該SEの未払残業代請求が認められました(大阪高裁判決平成24年7月27日)。

モデル助言: 
本件は、前記裁判例と同様、純粋にSEとして仕事の進め方や時間配分等を本人が自由に決めていたとは到底いえませんから、
「SE」
の肩書があったというだけで、裁量労働制の適用対象とするのは難しいですね。
しかも、裁量労働制は、労働時間のみなし制であって、その他の規制の適用除外ではありませんが、この点についても誤解が多いようですね。
すなわち、時間外、深夜業等の法規制は依然として及ぶので、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合、三六協定の締結・届出と割増賃金の支払が必要ですし、深夜時間帯に労働が行われた場合、割増賃金の支払が必要になります。
特に中小企業では、1人何役もこなすことが多いですし、法が想定している高度な専門職はあまりいないというのが実態でしょう。
それにもかかわらず、
「裁量度労働制なら時間管理しなくてもいい、残業代ゼロ」
という誤解の下、残業代を払わない口実として裁量労働制を導入することにより、トラブルが発生しています。
制度をよく理解しないまま、実態を無視して安易に導入すると、後から多額の残業代を支払う羽目になりかねませんから、要注意です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00212_企業法務ケーススタディ(No.0167):消費者相手の契約はやりたい放題?

相談者プロフィール:
平成生命保険株式会社 法務部二係 係長 汀角 マキ子(ていすみ まきこ、46歳 )

相談内容: 
先生、今日は他の件のご相談と一緒に、この度改変しました約款をチェックしていただきたいのですが。
少し前に年金の未納問題が話題になりましたけれど、最近、契約者様の保険料不払いも問題になっていまして、約款を見直そうという話が出ていましてね。
具体的には、
「保険料の払込を怠った場合、5日間は猶予期間として待つけれども、それでも支払われなかったら、それ以上は催告なしで直ちに保険契約が失効する」
という条項を約款に盛り込もうと考えています。
払わない人はバッサバッサ切っていかないと、顧客管理コストも馬鹿になりませんから。
他の会社は、猶予期間を1か月くらい設けたり、催告とかしているみたいですけど、そんな面倒なことしていられませんよ。
それにしても、約款って便利ですね。
会社同士の契約交渉だと、相手方から
「この条項は不公平だ」
とか、やたらと難癖をつけて、せっかくウチに有利に作った契約書も大幅に修正しないといけなくなることもありますからね。
これが、約款だと、相手は素人の一般消費者ですし、そもそもあんな細かい字で書かれた書類なんて誰も読みませんから、いくらでもウチに有利にできます。
ということで、先生、やっちゃっても、いいですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:BtoC取引の特色
民法や商法では、取引を行う当事者は対等で、契約内容は当事者間の交渉で自由に決められることが前提とされています。
この原則は、一般人同士やプロの商人同士の取引なら当てはまるでしょうが、一方がプロの商人である会社、他方が商売に関してはド素人の一般消費者となれば、取引に関する情報量や交渉力に歴然とした差があり、一般消費者が無知に付け込まれて食い物にされるという事態も生じかねません。
このような実情に配慮して、BtoC取引(会社と一般消費者との取引)では、BtoB取引(会社同士の取引)とは異なり、一般消費者は保護対象ととらえられ、消費者契約法や特定商取引に関する法律等の特別法によってハンディキャップ解消策が与えられているのです。
ところで、設例に出てくる
「約款」
とは、会社が不特定多数の消費者とスムーズに契約を結ぶことができように、決まった型で事前に作った条項で、保険約款のほか、銀行取引約款、鉄道の運送約款等があります。
消費者は提示された条件に応じるか応じないかの二者択一となり、
「契約交渉」
なるものは想定されていませんから、会社に一方的に有利な内容が定められていることもあり、しかも、よくよく読まなければ気付かないようにサラッと書かれていたりするので、トラブルの元となっています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:消費者に不当に不利になっていないか
このような消費者のハンディキャップ解消策の1つに消費者契約法10条があり、
「消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、・・・消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」
と定められています。
どのような場合が
「消費者の利益を一方的に害するもの」
にあたるかはケースバイケースですが、生命保険契約約款に関しては、保険料の払込がなされない場合に履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める条項の有効性について判断した最高裁判例(最判第2小法廷平成24年3月16日)があります。
ここでは、
「1 保険料が期限内に払い込まれず、かつその後1か月の猶予期間内にも不払の状況が解消されない場合に初めて保険契約が失効し、
2 不払額が解約返戻金額を超えないときは、自動的に保険会社が保険契約者に保険料相当額を貸し付ける形にすることで契約を有効に存続させる条項があり、
3 実務上の運用として、不履行があった場合は契約失効前に督促を行うときに、消費者契約法10条に当たらず無効とならない」
と判断されています。

モデル助言:
この判例では契約が有効とされましたけど、これで安心してはいけません。
この件では、1回の不払ではなるべく失効しないように他の規程等によって配慮されていました。
逆に、本件のように猶予期間が短く、契約が失効しないように配慮した規程がない場合、生命保険契約の失効が契約者にとって死活問題ともいえることから、
「消費者の利益を一方的に害するもの」
とされる可能性はかなり高いですよ。
そもそも、約款だからといって、一般消費者の無知に付け込んで、ここぞとばかりに会社に有利な条項ばかりを入れるなんて、
「消費者は保護対象である」
という消費者法のポリシーとは真っ向から対立しますからね。
今回の契約の失効に関する条項のほか、例えば、会社の損害賠償責任全部を免除する条項や、法外な違約金を設定して事実上消費者に中途解約できないようにさせる条項等は、無効とされる可能性があります。
最近、このような会社に一方的に有利な内容の約款について、訴訟が起こされるなど、約款を巡るトラブルが相次いで起こっていますから、 BtoC取引では、通常の商取引の感覚で会社の利益追求をするだけでなく、消費者法の観点も見落としてはなりませんよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00211_企業法務ケーススタディ(No.0166):M&A後も事業名称を継続使用するリスク

相談者プロフィール: シティー・フィールド株式会社 代表取締役 市原 良純(いちはら よしずみ、51歳)

相談内容: 
先生、僕、近々名門ゴルフクラブのオーナーになるんですよ。
というのも、知り合いを通じて、昭島観光株式会社を紹介されましてね。
昭島観光株式会社といえば、一時期は、世の経営者がこぞって入会していた、かの有名なゴルフクラブ
「昭島カントリー倶楽部」
を運営している会社です。
でも、近頃は、経営不振が続いているようで、会社を分割して新会社を作って、ゴルフ場事業だけそこに承継させるために、僕に
「オーナーになってくれないか」
って、声がかかった、ていうことですよ。
まぁ、
「今どきゴルフ場なんて流行らないでしょ」
っていう声もありますけど、最近またゴルフも人気になってきたし、ここは僕の経営手腕の見せどころですから!!
僕、趣味で気象予報士の資格を持っていますけど、どんな天候でも、快適にゴルフを楽しめるような設備にする予定です。
ちなみに、
「昭島カントリー倶楽部」
っていう名前は、相当なネームバリューがありますから、引き続き使用します。
元の会社は負債だらけらしいですけど、これまでのゴルフクラブ会員に対する預託金については、ウチは返還する義務を負わない取り決めになってますから、まぁ、何とか建て直してみせますよー。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:事業譲渡の落とし穴
ある会社の事業を譲渡するのに、事業とともに
「商号」
も譲渡する場合、
「事業を譲り受ける側」
には、原則として
「事業を譲渡する側」
の事業によって生じた債務を負担する義務が生じます(会社法22条)。
これは、会社の合併等の場合と異なり、事業譲渡においては元の債権者の債権を確保する手続がないため、
「債務者側の一方的都合で、ある日突然、事業オーナーが変更されて債権を取りっぱぐれる」
という事態から保護すべき必要があるからです。
例えば、飲食店事業を営むA株式会社から、飲食店事業とともに
「A株式会社」
という商号をも譲り受けた場合、債権者から見れば
「『A株式会社』が飲食店事業に関する債務を負担している」
という外観は何も変わっていないので、この外観を信じて回収行動に出ることなくおとなしくしていた債権者の信頼を保護しよう、ということです。
なお、
「どうしても元の会社の債務について責任を負いたくない」
という場合には、きちんとした方法が用意されています。
事業譲受け後、直ちに、本店所在地で
「『事業を譲渡する側』の債務については責任を負いません」
との
「免責の登記」
を打って公示することにより、事業譲渡でM&Aしたセラー(売り主)の背負っているワケの分からない債務から解放されるのです(会社法22条2項)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:会社分割への類推適用
では、会社分割の場合はどうでしょうか。
この点、設例と同様に、クラブの名称を続用した預託金会員制ゴルフクラブの事業を承継した企業が、預託金を返還する義務を負うか否かが争われた最高裁判例(最二小判平成20年6月10日)があります。
最高裁判所は、預託金会員制のゴルフクラブにおいて、その名称は、ゴルフクラブ自体だけでなく、ゴルフ場の施設やこれを経営する会社をも表示するものとして用いられていることが少なくなく、そのような状況で、
1 ゴルフ場事業が譲渡され、
2 名称が続用され、
3 譲り受けた側が譲受後遅滞なくゴルフクラブ会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否した
などの特段の事情がない場合、
ゴルフクラブ会員において、同一の事業主体による事業が継続しているものと信じたり、事業主体の変更があったけれども「事業を譲り受けた側」

「事業を譲渡する側」
の債務を引き継いだと信じてしまうのは無理もない、との事業譲渡についての判例を引用し、会社分割にもこれが当てはまると判断しました。

モデル助言: 
事業譲渡でも事業の屋号が続用されたり、会社分割をして商号や屋号が続用される場合、一概に会社法22条が類推適用されるとは限りません。
ですが、
「昭島カントリー倶楽部」
の場合、前記判例の3要件を満たしてしまうでしょうから、このままでは、市原さんの会社が預託金の返還義務まで負うことになりそうですね。
ですから、譲受後すぐに、
「既存の会員の優先権等を廃止する」
といった措置を取り、前の会社から債務を承継していないことを会員や世間に知らせる必要がありますね。
と言うか、この平成20年の判例等を受けて、登記実務では、会社分割によって商号又は屋号を続要する場合にも、免責の登記ができるようになっているので、これも活用できます。
なお、登記手続きには、譲渡する側の承諾書の添付が必要ですから、お忘れなく。
要するに、前の会社のネームバリューを利用したいなら、それ相応のリスクも覚悟しなければならず、
「いいとこ取りはダメ」
ということですよ。
ちなみに、一部弁済をするなど、既に前の会社の債務も負うかのように振る舞っておいて、後から免責の登記をしたと主張するのは、信義則違反として反則になりますから、こちらも要注意ですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00210_企業法務ケーススタディ(No.0165):役所からお呼び出しが来た!

相談者プロフィール:
株式会社ITQ 総務部 丼本 絢子(どんもと あやこ、27歳 )

相談内容: 
先生、大変なんですよ!!
ウチの会社は、小さな旅行会社ですけど、他の旅行会社ではないようなコアなツアー企画をやっています。
どういう企画かというと、
「アマゾンの秘境やアフリカの奥地に行って、そこに生息している珍獣と戯れよう」
というもので、以前は、私も添乗員として、いろいろなところに行かされました。
ですが、この前、ヒマラヤの方に行くツアーで、登山中に、参加者が遭難するという事故が起きてしまいまして。
また、その少し前にも、添乗員が制止したにもかかわらず、参加者がライオンに似た猛獣にちょっかいを出して襲われるという事故もありました。
でも、会社としては、行き先が行き先なだけに危険満載ですから、社員が事前に体を張った現地調査をしていて、安全対策は万全だったはずです。
ですけど、最近、観光庁から、
「この事故を受けて、ウチの会社の旅行業者の登録を取り消す処分をするために聴聞手続を実施する」
っていう通知がきてしまい、社長も私もビビっちゃいまして。
この
「チョウモン」
って何ですか?
ウチとしての言い分は山ほどありますけど、ここはお上に逆らって登録取り消しになったら困りますし、とりあえず社長がペコペコ謝っておけば、登録取り消しにはならずにすみますよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:不利益を受ける際の手続保障
「不利益処分」
とは、行政機関が、許認可の取り消しや業務停止命令、金銭の納付命令等、一方的に不利益を与える処分で、刑事罰とは違います。
例えば、交通事故を起こした場合、自動車運転過失致死傷罪で逮捕・起訴されるのとは別に、公安委員会という行政機関が運転免許の停止や取消処分をします。
前者が刑事罰、後者が不利益処分の話です。
また、インサイダー取引等で課される課徴金も、刑事罰としての罰金とは異なり、課徴金納付命令という不利益処分が課されるということです。
日本も一応人権国家なので、言い分も聞かずに行政が免許を取り上げるという野蛮なことはできません。
どんなにヒドい事件や事故を起こしても、不利な処分がされる場合には、
「手続保障」
すなわち反論・防御をして自らの権利利益を守る機会が保障されており、行政手続法で規定されています。
具体的には、処分内容の通知、理由の提示が義務、処分基準の設定・公表が努力義務とされています。
さらに、反論の機会として、聴聞手続と弁明手続があり、原則として、許認可の取り消し等不利益の程度が大きい場合は聴聞手続、それ以外は弁明手続と振り分けられます。
とはいえ、行政機関が、世情の安定のため、事実誤認や無茶な事実認定、見世物的な処分を行うなど不当な処分がされる可能性がないとはいえません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:反論の機会としての聴聞
聴聞を実施するにあたり、行政機関は、処分の対象者に、書面で呼び出しをします。
この
「不幸の手紙」
には、予定される処分の内容、処分の原因となる事実等、反論する際の材料が書いてあります。
審理の場では、意見を述べ、証拠書類を提出し、許可を得て行政機関の職員に質問することなどができます。
審理が終わると、審理経過を記載した調書と、聴聞を行った者の見解が記載された報告書が作成されます。
行政機関が不利益処分をするには、調書の内容と報告書の意見を
「十分に参酌」
しなければならないとされていますが、これは、単に参考にするのではなく、報告書等に従った判断をすべきという意味です。
その意味では、一方的にどやしつけられるような恐ろしいものではなく、結構ジェントルに言い分を聞いてくれます(とはいえ、結果は厳しいことを平然とやってきますが)。
逆に、期日に欠席し、証拠を提出しなければ、聴聞は終結し当然に不利益処分が行われてしまいます。
このような反論の機会を経てなされた不利益処分は、
「手続き保障を与えた」
とされ、以後これを覆すのは至難の業です。

モデル助言:
「お上には逆らうな」
というスタンスだと、行政は遠慮なく処分してきますから、戦うべきところは戦わなければなりません。
聴聞では、今回のように
「現地調査に抜かりがなかった」
ことのほか、
「過去の同種事例での処分と均衡がとれていない」
「違反者の処分は終わった」
「コンプライアンス体制は十分だった」
などと反論すべきです。
処分内容や事実認定があまりにひどい場合には行政訴訟も辞さないとの態度を示して牽制するのも、処分の減軽を図る上で有効です。
ちなみに、聴聞に関する一切の行為は、当事者の代わりに代理人が行うことができます。
なので、聴聞の段階から、反論・防御という作業に長けた弁護士に相談して対応すべきですね。
2012年の関越自動車道バス事故を受けて、旅行業法の処分基準が強化されましたし、一度登録を取り消されたら、役員は再登録が5年間できなくなり、会社にとっては死活問題です。
旅行業者以外にも、許認可が必須の業種の多くは、このような再登録禁止等の定めがされていますし、言い分があるなら、そう易々とお上にペコペコしたらダメですよ。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00209_企業法務ケーススタディ(No.0164):使えない奴は定年過ぎたら辞めさせたい

相談者プロフィール:
株式会社ライト・テイスト 総務部人事課長 杉村 犬蔵(すぎむら けんぞう、33歳)

相談内容: 
先生、今日は、弊社の定年制度について、ご相談に参りました。
弊社は、60歳定年制で、希望者は定年後も引き続き雇用する継続雇用制度をとっています。
ですが、はっきりいって、60過ぎたじいさんなんてさっさと引退してほしいんですよね。
大体は、頭固いのに、自分はまだまだ若いつもりで、
「生涯現役」
っていうタイプの人ばかりで。
こちらとしては、上にドスンと居座られると、新卒採用も抑えないといけなくなるし、社内の新陳代謝が図れなくていいことなんてありません。
そこで、弊社では、御用組合の労組と合意して、
「人事考課が平均B以上の者であって、かつ会社が必要と認める者は再雇用できる」
という選別基準を設けています。
人事考課なんて、どうにでも操作できますし、こうすれば、本人が継続雇用を希望していても、会社が必要ないと思えば再雇用しなくてすみますからね。
この辺、僕もたくさん本を読んで勉強しましたから。
それでですね、来年度から、改正高年齢者雇用安定法が施行されるらしいじゃないですか。
再雇用の際の選別基準制度が廃止されるとか聞きましたけど、ホントになくなるんですか?
その場合、どうすればいいですかね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:定年後の継続雇用制度
公的年金の支給開始年齢が65歳になっていくのに伴い、空白期間が生じないよう継続雇用を実現するために、2006年に高年齢者雇用安定法が改正・施行され、65歳定年制等を段階的に進めることが義務付けられました。
この結果、65歳までの雇用確保措置として、
1 定年引き上げ
2 継続雇用制度の導入
3 定年制度廃止
のいずれかの措置を講じなければならなくなり、設例企業のように2を選択する企業が多いのが現状です。
継続雇用制度を導入する場合、労使協定により、対象者について基準を定めること、すなわち
「希望者全員を対象とはせず、選り好みする制度」
としてしまうことも可能です(法9条2項)。
この基準は、労使の協議により、各企業の実情に応じて定められますが、具体性・客観性が必要とされ、他の労働関連法規や公序良俗に反するものは認められません。
この
「選り好み高年齢者継続雇用システム」
に関連して、12年11月29日に最高裁判決が出されました。
本件では、定年後1年間の嘱託雇用契約により雇用された労働者が、同契約終了後の継続雇用を求めたものの、基準を満たしていないとして拒否されました。
これについて最高裁は、
「基準を満たすものであったから、被上告人(労働者)において嘱託雇用契約終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由がある」
「基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく・・・雇用が終了したものとすることは・・・客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」
として、再雇用されたのと同様の雇用契約上の地位を認めました。
本件では、点数制の基準となってはいたものの、実際は会社に都合の良いように算定されていたため、企業側は敗訴しました。
このように、継続雇用の場面でも、具体的・客観的な基準と、
「客観的合理的な理由」
及び
「社会通念上の相当性」
という解雇の場面で適用されるのと同様の法理により、企業が意図的に特定の労働者を排除することは認められません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:改正高年齢者雇用安定法
ところで、同法は再改正され、13年4月に施行されます。
重要な改正点は、再雇用の選別基準を廃止し、65歳までは希望者全員を再雇用の対象とする制度になることです。
ただし、13年度から12年間は経過措置があり、老齢厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢に達した者については、引き続き再雇用の基準を利用できます。
そのため、経過措置に伴い「選り好み」基準が使用される場面では、先程の最高裁判例が依然として意味を持ちます。

モデル助言: 
御社の基準では、平均B以上の人でも会社が
「いらない」
と言って再雇用しなかった場合、会社が意図的に選り好みしてその人を排除したと評価されかねません。
「会社が必要と認める者」
なんていう会社の気分次第のような基準では、まともな基準として認めてもらえませんよ。
人事考課だって、点数制など客観的なルールに公正にあてはめて行わないと、後でトラブルになっても裁判所に認めてもらえません。
しかも、判例は、基準を満たしている場合、該当期間の賃金分の賠償だけでなく、その労働者を再雇用したことになるとまで判断しています。
これは、年金支給年齢引き上げに伴う高年齢者の収入安定化という高年齢者雇用安定法の趣旨によるもので、企業にとってはかなり痛手ですね。
それと、御社では、すでに継続雇用制度の対象者を選別する基準が定められていますが、経過措置が適用されるのは、改正高年齢者雇用安定法が施行されるまで(13年3月31日)に、労使協定により継続雇用制度の対象者を選別する基準を定めていた事業主に限られます。
また、あくまでも、経過措置ですから、企業側は今から対策を進めていかなければなりませんね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00208_企業法務ケーススタディ(No.0163):元取締役に従業員を引き抜かれた!

相談者プロフィール:
株式会社Two-Timing 代表取締役 葦永愛(あしなが あい、30歳)

相談内容: 
先生、私は、3年前に、私が代表になってモデル仲間とアパレルブランドを立ち上げました。
ですが、去年、取締役2人、塩谷と園山ってのが、私の経営方針に納得できないとかいって、会社を辞めました。
私は結構サバサバしたタイプなので、単に辞めただけなら別に構わないですけど、その元取締役2人が、新たに自分たちのアパレル会社をつくって、ウチの従業員を5人引き抜いていっちゃったんですよ。
ウチの会社は、規模は大きくないので、一気に5人辞められると、キツイです。
お客さんは取られるは、私の信用は下がるは、社内の雰囲気も悪くなるはで、ホント大迷惑ですよ。
その元取締役2人は、結構前から私に不満を持っていたみたいで、ウチにいたときから、自分達の会社を作ることを考えていたみたいです。
それで、元取締役の片方はウチの従業員に対して、私の悪口をいろいろいって、取締役の立場を振りかざして相当しつこく誘っていたそうです。
もう1人は、直接の部下に少し声をかけたくらいで、そこまで積極的に勧誘していたわけではないみたいですが。
今回、元取締役2人がそんなことをしていたなんて思ってもいなかったですが、そうやって裏でコソコソやっていたっていうのが許せなくて。
先生、どうにかなりませんか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:取締役の競業避止義務
株式会社の取締役は、会社との間では委任関係(会社法330条)にあり、会社に対し、善良な管理者の注意義務(善管注意義務、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を負っています。
すなわち、
「会社は、取締役を経営の専門家として信頼して業務執行を任せているのだから、会社の利益になるように忠実に働かなければならない」
ということです。
その上で、会社法は、取締役が会社と同じ種類の営業を行う場合は、事前に株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の承認を得ることを要求しています(会社法356条1項1号、365条1項)。
これを取締役の
「競業避止義務」
といい、取締役在任中、勝手に競業会社を設立することは義務違反となります。
もっとも、取締役の競業避止義務は現役の取締役についての義務であり、退任後の取締役の場合、退任後の競業禁止特約が会社との間で締結されていなければ、取締役自身の
「職業選択の自由」(憲法22条1項)
との関係上、原則競業避止義務を負うことはありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:在任中の勧誘行為
ただし、退任後の競業会社設立が競業避止義務違反にあたらないとしても、在任中に従業員等に対して行った勧誘行為がまったく問題にならないというわけではありません。
在任中から、競業会社設立を目的として、従業員に強制にも近い引き抜き準備行為を行っていたなど、社会的相当性を著しく欠いた手段や態様による勧誘行為は、忠実義務違反や民法上の不法行為が成立し、損害賠償義務を負うことになる場合があります。
裁判例では、
「会社の取締役であった者が、同会社と競合するほかの会社の代表取締役となるに際して、従前取締役を務めていた会社の従業員らに同競合会社に移籍するよう勧誘することは、個人の転職の自由は尊重されるべきであるという見地から直ちに不法行為を構成するとはいえないが、その方法が背信的で一般的に許容される転職の勧誘を超える場合には、社会的相当性を逸脱する引き抜き行為として不法行為を構成する」
とし、営業社員による営業行為が主な業務であった会社において、退任取締役が、綿密な計画の下で秘密裏に、各営業所の全営業社員を対象として新会社への勧誘を行い、その結果大量の営業社員が移籍したとして、その退任取締役について、忠実義務違反、不法行為の成立を認め、引き抜き行為による営業損害につき賠償義務を認めたもの(東京地裁判決平成18年12月12日)などがあります。

モデル助言: 
元取締役の片方については、葦永さんのおっしゃるような状況だと、その勧誘行為が、取締役の地位を利用した強力かつ執拗なもので、従業員が、意に反して、移籍することを余儀なくされるようなものであったなどといえば、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為と評価されるでしょう。
ただもう一方の元取締役は、少し声をかけていたという程度だと、社会的相当性を逸脱する勧誘行為とは認められないでしょうね。
というか、葦永さん、その元取締役との間で、退任後の
「競業禁止特約」
を結んでいなかったのですか?
退任後の競業禁止特約を締結していなくても、引き抜き行為について不法行為が成立する余地はありますが、今回のように、
「社会的相当性」
の要件をクリアできない場合もあって、事後的な救済は結構ハードルが高いですよ。
むしろ、ケンカ別れはいつ訪れるか分からないですから、仲の良いうちに、あらかじめ、
「退任後も競業行為はいたしません」
という誓約書をとっておくべきです。
ただし、
「50年間禁止」
などとすると公序良俗に反し無効になりますから、禁止期間、地域、業種などは相手の職業選択の自由にも配慮して定めなければなりませんが。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00207_企業法務ケーススタディ(No.0162):抜け殻方式の会社分割で借金をうまいこと踏み倒せ!?

相談者プロフィール:
ミスタースポーツ株式会社 代表取締役 中嶋 一茂(なかじま かずしげ、47歳)

相談内容: 
先生、僕、最近、いいアイデアを思いついちゃいましてね。
今日は、僕のアイデアが問題ないかチェックしてもらおうと思って、相談に来ました。
僕の会社は、父がスポーツ用品の製造販売を始めたことからスタートしました。
会社を始めてすぐ、特に運動靴で人気が出て、一躍日本を代表するスポーツ用品メーカーになったことは、先生もご存じかと思います。
そして、父のときはスポーツ用品の製造販売だけでしたけど、僕の代になってからは、スポーツジムや最近だとスポーツカフェの経営も手掛けるようになりました。
ただ、サイドビジネスのほうは勢いで始めちゃったもので、不景気とも重なって、赤字続きになっています。
父が代表だったときは、景気も良かったし、業績はかなり良かったのですけどね。
でも、幸い、メーンのスポーツ用品販売部門は、定番商品もあるし、根強いファンもいて、問題はありません。
だから、今度、新しい会社を設立して、黒字部門を全部新会社に移した上で事業を続けて、赤字部門だけ元の会社に残して放っておけば、借金からは解放されるし、新会社で心機一転やっていけるんじゃないかなと思いまして。
われながら名案だと思うんですけど、先生、これできますよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:濫用的な会社分割
会社法では、会社分割のうち、既存の会社が、新たに設立される会社に、事業に関する権利義務を包括的に承継させる制度を
「新設分割」
と規定しています。
新設分割にあたり、旧会社は、新会社に対し、資産や負債の一部を承継させ、新会社から、資産に見合った株式を譲り受けます。
その際、承継させる負債は、旧会社の選択によって、旧会社に残る債権者と、新会社に移る債権者とに振り分けられ、好調な事業は新会社に承継させ、不振事業は旧会社に残すという振り分け方も可能になります。
しかし、旧会社には目ぼしい資産や有望な事業は残っておらず、対価として取得したのが換価可能性がほとんどない株式(非上場で譲渡制限が付いている)であれば、抜け殻状態の旧会社にしか請求できない旧会社の債権者が自己の債権の満足を図ることは困難です。
会社分割を行う上では、異議を述べた債権者が弁済や担保提供を受けられる債権者保護手続きが必要な場合があります。
しかし、前述のような旧会社の債権者は、新設分割後も、旧会社に対し、債務の履行を求めることができるため、債権者保護手続きの対象ではなく、異議を述べる機会はありません(会社法810条1項2号)。
このように、抜け殻方式による会社分割は、旧会社に残った債権者にとって、濫用的なものとなるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:詐害行為取消権
民法424条では、債務者が債権者を害することを認識しつつ自己の財産を売買するなどして積極的に減少させた場合に、債権者が裁判上その債務者の行為を取り消して財産を返還させることができるという、
「詐害行為取消権」
が定められています。
本件のような抜け殻方式の会社分割についても、旧会社の債権者が害されることになるため、詐害行為取消権の対象に含まれるか否かが議論されていました。
そして、最近、この問題について最高裁判決(最判平成24年10月12日金商1402号16頁)が出され、
「新設分割がされた場合において、新設分割設立株式会社(注:新会社)にその債権にかかる債務が承継されず、新設分割について異議を述べることもできない新設分割株式会社(注:旧会社)の債権者は、民法424条の規定により、詐害行為取消権を行使して新設分割を取り消すことができる」
と判断しました。

モデル助言:
抜け殻方式の会社分割なんて、いくら手続的に可能だからって、そんな虫の好い話は通用しませんよ。
ただし、中嶋さんのような場合、
「抜け殻方式」
とは似て非なる手法を使える可能性があります。
それは、財務内容が悪化している企業の収益性のある事業を、会社分割または事業譲渡により切り分け、新会社または既存会社に承継させ、不採算事業や債務が残った旧会社を、その後特別清算などを用いて整理することによる再生手法です。
抜け殻方式と異なるのは、分割後、旧会社は対価として取得した新会社株式をスポンサー企業への譲渡などにより現金化し、それを債務の弁済原資に充てるという手法をとることです。
また、スポンサー企業に継続する事業を事業譲渡し、その譲渡代金を債務の弁済に充てるという事業譲渡方式が使われる場合もあります。
結局、借金踏み倒しなんて簡単にできるものではないんですよ。
この手法だって、一定程度の弁済をすることになりますし、それによって債権者やスポンサー企業の理解を得ることが重要ですから。
ろくに借金を返しもしないで、自分は新会社で心機一転なんていう無責任なことはできませんよ。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00206_企業法務ケーススタディ(No.0161):デキない中途採用者をクビにしたい

相談者プロフィール: リストランテ・ヒデ株式会社 代表取締役 山中 秀征(やまなか ひであき、45歳)

相談内容: 
先生、これまで弊社は、イタリアンレストランを全国にチェーン展開してきたんですが、近頃はレストランだけだと厳しくて、ケータリングサービスにも進出予定なんです。
ですけど、ウチはレストランしかやってこなかったんで、ケータリングサービスのノウハウを知っている社員なんていないんですよ。
そこで、ケータリングサービスの企画・運営の責任者になってくれる人を社外からスカウトしようと思って求人していたんです。
そしたら、前の会社でもケータリングサービスの立ち上げに携わったっていうちょうどウチが求めていた人材にぴったりの人がいて、その人を事業の企画・運営責任者として採用する予定で今調整しているところなんです。
ただ、経営者仲間の話なんか聞くと、こういう中途採用の人って意外と使えない人もいるみたいなんですよね。
こっちは即戦力になるのを期待して高い給料を払っているのに、期待はずれだったらすぐにクビにしたい。
だけど、いったん雇ったら解雇するのってなかなか難しいっていうじゃないですか。
これって、中途採用でも同じなんすかね?
中途の連中って、スれてて、使いにくいし、新卒の子みたいにつぶし効かないし、NGだったら大損害なんですよ。
何かうまい方法ないすかね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:一定の能力を前提とした即戦力型中途採用者の解雇
雇用関係は婚姻関係と同じで、
「結婚は自由、離婚は不自由」
というのと同様、
「採用は自由、解雇は不自由」
です。
すなわち、人ひとりクビを切ろうとすると、
「客観的合理的理由」

「社会通念上の相当性」
というおよそクリアできない法律上の要件が課されてしまい、この高いハードルを乗り越えるのはほぼ不可能です。
しかし、これは新卒採用などの場合にあてはまることであって、特定の能力を前提として即戦力になることが期待されている中途採用者の場合は、解雇に対する制約は比較的緩やかになる、ということは意外と知られていません。
実際に、人事本部長という地位を特定した雇用契約を締結して、特定の能力発揮を期待されて中途採用された人物が、人事本部長という地位に要求された業務の履行または能率が極めて低く、就業規則中の
「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」
として、会社による解雇が認められた裁判例があります(フォード自動車事件)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:期待される能力の特定
判例・裁判例の考え方ないし傾向を踏まえる限り、中途採用者の解雇は比較的認められやすい、とされています 、とされています。
しかし、これがあてはまるのは、採用者が被採用者に期待する能力が契約上明確になっている場合です。
逆に、採用者の側で販売成績の向上などの目的が記載された書面等がなく、被採用者が努力することを約束した程度の抽象的なやりとりであれば、通常の解雇と同様、厳しい制約を受けることになってしまいます。
さらに、採用者が期待する能力についての条項を契約書に盛り込んだとしても、役職や販売成績というような具体的なものでなければ、特定として不十分とされてしまう危険があります。
以上のとおり、ツメが甘いと、
「中途採用者に対する解雇は緩い」
という折角の判例法理が使えなくなってしまうことに注意が必要なのです。

モデル助言: 
確かに、山中さんのおっしゃるように、特定の能力がある前提で即戦力になることが期待されて中途採用されるのだから、使い物にならなかったときに新卒採用と同じように簡単に解雇できないんでは、会社にとってあまりに酷ですよね。
そこで、裁判所も世情に配慮して、
「中途採用でダメなオッサンは、新卒みたいに丁寧に育てる必要なく、すぐにバッサリやってもOK」
と意気な計らいをしてくれているんですよ。
けれども、こういうオイシイ裁判例の考え方を援用してうまいことやるようにするためには、会社側も一定の決め事をしておかないといけません。
すなわち、会社側は
「どんなことを期待して、この人を採用するのか」
を、当初の契約の段階ではっきりさせとかなければならないんです。
そこを口約束や努力目標的なあやふやな言い方ですましていると、裁判所は一切救ってくれません。
能力の特定の程度ですが、山中社長のおっしゃる程度のものでは、全然特定されたことにはなりませんね。
抽象的な文言は後の紛争の元です。
何年以内にいくらの利益を挙げることというように、できる限り具体化・数値化して、契約書に盛り込まないといけませんね。
また、あくまでも解雇に対する制約が緩くなるだけですから、どんな場合も解雇回避の措置等が全く必要ないというわけではありません。
契約書に
「目標が達成できなければ解雇できる」
と書いておいたとしても、いきなりクビをちょん切るのはさすがに難しいですね。
まずは、少しは改善をさせてみるとか、といった配慮は当然必要になります。
それと、解雇ができる状況にあっても、最後は相手がやめる方向に持っていくことが、紛争抑止という点でベストです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00205_企業法務ケーススタディ(No.0160):循環取引のリスク

相談者プロフィール:
バンダム株式会社 代表取締役 岩井 おさむ(いわい おさむ、39歳)

相談内容: 
先生、ボクのこと、まだまだ忘れてはいけません。
バンダムのプラモデルで、一躍、上場を果たしたバンダム株式会社のパイロット、じゃなかった、社長の岩井おさむです。
実は、一時のバンダムブームに乗っかって、上場したはいいけど、やっぱり、そううまくは続かないもんで、最近では、バンダム出撃の出番もないし売り上げも上がんないし、ほんと、困っていたところなんです。
最近、連邦軍の会合、じゃなかった、同業の会合に出たんですけど、やっぱり今は、プラモデルよりカードゲームばかりが流行ってるみたいで、他の会社もみんな苦しんでるみたいなんですよ。
それで、みんなで、何とかしよう、と話あった結果、ウチが持ってるバンダムのプラモデルの在庫を、在庫はウチの倉庫に置いたままで、ウチからA社、A社からB社、B社からまたウチへ売ったことにして、それぞれ売り上げを上げようってことになったんです。
そうすれば、売り上げが上がって証券取引所での株価評価も上がるし、銀行からの融資も受けやすくなるじゃないですか。
そしたら、ウチの艦長、じゃなかった堅物の監査役が、そんなことしたら証券取引所に大目玉を喰らうぞって、ボクを2度もぶったんです。
親父にもぶたれたことないのに!
先生、ボクは悪くないですよね!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:循環取引の功罪
「循環取引」
とは、俗に、実際には商品を動かさず、伝票上だけで売買を繰り返し、複数の企業間で転売していく取引のことをいい、最終的に商品は最初の企業に戻ってくる点に特徴があります。
このような
「循環取引」
は、実際、放っておけば劣化してしまう在庫を売買することで売上高を伸ばすことができますし、自分が売却した商品を、再度、購入するまでの間(循環してくるまでの間)、短期的に資金を確保することができますので、商品代金を他の借入金の返済に充てることなどもできます。
さらには、売上高が増せば、
「将来性のある企業」
と評価され、銀行融資を受けやすくなる場合も考えられます。
このようなメリットがあることから、
「循環取引」
は、同じ業界内で在庫と資金の保有比率を適正に維持する商慣行の1つとして行われることが、ままあるわけです。
それに、商品の転売行為自体を直接的に違法とする法令はありませんし、
「循環取引」自体
を取締まる法的根拠もありません。
しかしながら、特に、証券取引所に株券を上場しているような企業の場合、投資家は、適正な事業活動によって企業が成長していると理解した上で投資判断を行うわけですから、単に、伝票を数社間で“廻す”だけのような取引実態を伴わないような
「循環取引」
で売上高を過大に計上していたのであれば、投資家にとってみれば、“騙された”ということになりかねません。
したがって、このような投資家の信頼を保護する必要がありますので、金融商品取引法は、
「資本市場(株式市場等)への正しい情報提供」
を確保するために、さまざまな規制を設けているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:不適切な架空計上に対するペナルティー
実際に、2008年2月11日、実態のない循環取引を敢行して不正な会計処理を行い、さらにはこの不正な会計処理を基にした有価証券報告書を作成した等の罪で、東京証券取引所1部上場会社のシステム開発会社の経営陣が逮捕され、その後の12年12月13日、東京高裁が懲役3年の実刑判決等を言い渡しています(会社自体は10年9月に解散)。
また、10年には、大手ワイン製造会社の一事業部門が、循環取引等の架空の取引によって、総額約65億円の売り上げを計上していたことが発覚し、東京証券取引所から違約金の支払いを命じられるといった事件も発生しております。
このように、循環取引等の不正な営業活動を利用した
「ホラ吹き」行為
ですが、単なる
「見栄」「虚勢」
にとどまらず、投資家の判断を誤らせ、ひいては株式市場への信頼を根底から覆す危険な行為として、金商法上、非常に厳しいペナルティーを与えれる結果を招来します。

モデル助言: 
確かに、不景気の中、何とか売り上げを伸ばしたいという岩井社長のお気持ちはよくわかりますし、それで、業界内が“うまくいく”のであれば、よし、としないでもありません。
しかしながら、上場企業のように、開示された情報の正確性を大前提とした取引(株式取引)が行われているような企業の場合には、それを信頼する資本市場や投資家を保護しなければならない、という別の観点も生じてきます。
最近でも、11年4月には、不正な会計処理に基づく有価証券報告書を提出したことで、ライブドア社(06年に上場廃止)の元社長に対する懲役2年6月の実刑判決が確定していることなども考えると、若井おさまるさんの場合も、ただ単に、上場廃止といった経済的なペナルティーだけでなく、懲役刑をくらってしまうこともありますよ。
上場廃止とムショ暮らしで“2度もぶたれる”よりは、監査役の鉄拳制裁で目を覚ましてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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