00149_企業法務ケーススタディ(No.0104):資産運用の罠

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
日国工業大学 経理課長 美濃川 聞多(みのかわ もんた、66歳)

相談内容: 
先生、先生。
今日は、本学の資産を投資するにあたってのアドバイスをいただきに来ました。
まぁ、大学という機関には、毎年毎年定期的に学費やら受験料やらで大金が入ってくるんですが、ほとんど死に金という状況の中、昨今の少子化に対処すべく、資産運用について真剣に考えないとイカンのです!
なのに、理事たちは、研究にしか興味のないボンクラの上、
「絶対学校をつぶすな。
オレたちの退職金は絶対確保。
あとは良きに計らえ」
と勝手ですし、理事長の娘婿の財務部長ですら、ヨット狂いでほとんど学校に出てきやしない。
そんなわけで、私ひとりが、財務運用を任されてます。
学校をつぶすわけにはいかないので、国立パリ・バレバレ銀行という外資系金融機関の
「学校・病院財務担当者のためのサバイバル投資戦略」
というセミナーに行ってみたら、営業責任者の宮根谷(みやねや)というのがペラペラ回る口と、元気のいい関西弁でやたらと自信たっぷりに語ってまして。
その後オフィスに行ったら、
「これやらんと、少子化で学校つぶれますよ! 知りませんよ!」
と畳み掛けられ、その後は物すごい接待攻勢。
とりあえず、20億円から、といわれ、断りづらいんです。
別にいいすよね。
きちんとした金融機関が自信たっぷりに任せてくれ、といってますし。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:大学の巨額・運用失敗事件
リーマンショックのちょっと前から、本件のように、大学が資産運用に色気を見せ始めるようになりました。
ただその結果といえばお粗末なもので、K澤大学は190億円の損失、K応大学は179億円の損失、I知大学、N山大学、J智大学も軒並み100億円程度の損失を出しています。
他にも数十億円の単位で損失を出している大学が多数ありますが、その中でも、K奈川歯科大学では、損失問題から刑事事件にまで発展しました。
同校では、人事権を掌握する理事が、その権力を背景に、実体のない投資先に巨額の投資をし、業務上横領等で逮捕されています。
経営陣が逮捕されるという異常事態から、年間7億円の補助金も打ち切られかねないという状況に陥りました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:事件の背景
K奈川歯科大学では、強大な権力を一手に握る理事を誰も止めることができなかったというガバナンスの欠如を指摘することができます。
また、K澤大学においては、多額の損失が通貨スワップ等のデリバティブ取引により生じましたが、これを運用していたのは一経理課長でした。
取引開始時には、理事長による最終決裁を経ていたものの、その後の取引を、同課長が理事長名義で捺印することにより行い、市況の悪化に伴い追加保証金が要求されたときにも、ひとりで処理を続けていたようです。
このことからは、商品特性に応じた運用ルールが全く定められていなかったことも明白といえます。
これらのガバナンスの問題や、運用ルールの不備は、組織作りの観点からの分析ですが、より重大なことは、担当者を含む学校経営陣に金融知識がまったく欠如していることでしょう。
このことは、刑事事件等に発展してはいないものの、多額の損失を生んでいる多くの大学に共通していえることです。
知識の欠如した経営人らがなぜ複雑な金融商品に手を出すのかといえば、金融機関に完全に依存した結果であるといわざるを得ません。
金融に明るい人が大学経営陣にいればよいのですが、そのようなことは稀ですし、多額のキャッシュを有する大学は金融機関にとってはおいしいカモ、もとい、お客様として、強烈な営業の対象となりがちです。
知識はないのに営業攻勢をかけられ、かつ、組織としてもやめる仕組みを設けていないとなったら、金融機関の食い物にされることは明らかでしょう。

モデル助言: 
この学校の規則は、昨年の改訂の際に、ひと通りレビューしていますが、確か有価証券取扱細則があったはずです。
ほらほら、これ。
これによると、投資はNGと書いていますから、独断でやって失敗したら、美濃川さんがすべて責任を取らされますよ。
民事で賠償できるような額ではないですから、最悪刑務所行きですよ。
特にこの商品の提案資料をみると、現在の円高をベースにシミュレートしてありますが、為替が逆に振れると、ほら、こんなに損が膨れ上がるんですよ。
え? 知らなかった? こういう不都合なことは宮根谷はいわないんでしょう。
こりゃ、一歩間違えばアリ地獄ですね。
どういう接待を受けたかは知りませんが、そんな浮世のギリは無視してしまって構いません。
それに、少子化に伴って入学希望者数にお悩みということなら、大学の競争力を向上させるために、魅力ある学校づくりこそが第一ですし、そのための投資をすべきでしょう。
それでもなおリスクの高い投資を試みるというのであれば、定められた規則に照らした運用計画を策定し、理事会に諮って慎重に進めるべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00148_企業法務ケーススタディ(No.0103):自己株式取得のウルトラC

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
合綿(ゴウメン)紡績株式会社 代表取締役 浜田 裕二(はまだ ゆうじ、68歳)

相談内容: 
先般、中田ハウス商事が仕掛けてきた敵対的TOB騒動では、大変お世話になりました。
まさに
「万事休す」
というところでしたが、吉本物産が裏で動いてくれて、ホワイトナイトとして岡八紡績さんを連れきてくれたお陰で命拾いしましたわ。
ところで、今日参上しましたのは、あの件の事後処理のことなんですわ。
あのとき、岡八紡績さんには、中田ハウス商事をイテこます目的で、業務提携を発表し、弊社の株式を150億円分、どーんとお買い上げいただきましたが、その後、株価もしばらくいい値段で推移しておりましたので、ほったらかしにしていました。
ところが、先日、岡八紡績の社長がいらっしゃって
「オマエところの株価、下がる一方やんけ。
業務提携ゆうても具体的な話一つもあらへんし、オレのところの株主騒ぎ始めてるぞ。
こんなクソ株いらんから、早よ引き取ってくれ」
とかなり強い調子で要請しはるんです。
ウチとしても、何とか、岡八さんところに一時的に抱いてもらったウチの株を引き取ってあげたいんですが、ウチの主幹事の桑原証券に相談しても
「岡八さんが保有株式を短期で市場売却すると、株価がむちゃくちゃなことになりますし、岡八さんのところだけ特別に自己株式として引き取るゆうてもイロイロ手続が大変です。
ま、難儀でんなぁ」
とツレナイ返事なんですわ。
昨年から進めてきました花紀州テクスタイル社との株式交換話も佳境に入ってきてクソ忙しいときに、また、ややこしい話持ち込まれて参っとるんですがこれ、なんとかなりませんかいな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ホワイトナイトのその後
敵対的 TOBで乗っ取られそうになっている企業を助太刀すべく、ホワイトナイトとして登場し、第三者割当増資等で株式を引き受けたりする会社がときどき脚光を浴びることがあります。
しかし、ホワイトナイトとして活躍して役目を終えた会社が、その後、
「どのようにして舞台をハケていくのか」
という点についてはあまり語られません。
設例のように、ホワイトナイトとして助太刀したのはいいが、そのために買い取った大量の株式(しかも買収騒動が終わった後は、もとの地味な会社に戻るため、株価はぐんぐん下がり始める)の処理は、ホワイトナイト側として正直頭を痛めるところです。
市場で大量に売却するとなると、株価の下落にさらに拍車をかけることになりますし、自己株式として引き取るといっても株主全員に対して声をかける必要があり(株主平等原則)、
「ホワイトナイトさんだけ特別扱いしてあげて、会社が株を引き取ってあげる」
というのも会社法上特別決議を要します(会社法160条1項、309条2項2号)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:株式買取請求を利用したウルトラC
このように、通常は、特定の株主から自己株式を取得することは非常に難しいのですが、
「会社の合併など、組織再編行為の場合の、反対株主からの自己株式の取得」
については、このような制限がありません。
その理由ですが、
「会社が合併などの組織再編をする必要性の高さと、それに反対する株主の利益を両立させるためにはやむを得ない措置であるから」
等と説明されています。
そこで、このような株式買取請求制度に目を付け、
「ホワイトナイトの手許の塩漬け株を自己株式として引き取る」
という離れ業をやってのけた事例が出てきました。

モデル助言: 
ホワイトナイトが、 TOB騒動が鎮静化した後の株式をどのように処分するのかは頭の痛い問題です。
ですが、世の中には、頭のいい人間がいまして、株式買取請求制度を狡猾に利用して、手元の塩漬株を自己株式として引き取らせることに成功した例があるんです。
数年前世間を騒がせた製紙業界における TOB事件で、ホワイトナイトとして登場したN製紙は、乗っ取りの危機にあったH製紙の株式を150億円あまりで引き取りましたが、このH製紙株式は危機が去った後も売却ができず、塩漬けとなっていました。
しかし、H製紙がK製紙と株式交換を行うタイミングをとらえ、N製紙は、手元のH製紙株式について株式買取請求を行い、自己株式として引き取らせたのです。
うがった見方をすれば、株式交換自体本当に必要だったのか、株式買取請求という場面を作り出すために株式交換というイベントがつくられたのではないか、といろいろ疑問が生じてきますが、とにかく、手法としてはよく練られた方法です。
この手法のいいところは、株式買取請求を行使されると請求された側は拒否できないことから、事前の密談の実際の内容はさておき、引き取る側も
「ま、制度ですから、しゃーないですわ」
というポーズを取りつつ引き取れるところです。
とはいえ、きわどいと言えばきわどい方法ですので、後ろ指をさされないよう、リリース方法や株式買取請求権を行使する大義名分等を勘案し、慎重に進めて参りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00147_企業法務ケーススタディ(No.0102):個人株主叛乱のリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ダンディ株式会社 社長 伊達 ひろし(だて ひろし、60歳)

相談内容: 
先生もご存知のとおり、もともと薬品卸の当社は、10年前、男性用化粧品「ダンディクリーム」の販売で一世を風靡し、5年前には株式公開にも成功しました。
ところが、2年前に粉飾決算がバレてからというもの株価は下落する一方で、粉飾決算がバレる前には1500円を付けていた株価が、最近では300円を切る始末です。
それに、最近は「ダンディクリーム」も時代遅れみたいで全然売れないし。
それで、思い切って、業績の悪い化粧品部門を知人の会社に売却し、いっそのこと上場なんかもやめて本来の薬品卸に専念して地味に営業していこうと決心したわけです。
とはいっても、化粧品部門を売却するにも、株主総会開いたり何だか面倒くさい手続が必要みたいだし、こんなことやっている間にタイミングを逸しますよ。
先日、独立系ファンド・キッドブラザーズを経営する友人の柴田に相談したところ、柴田のファンドの協力で
「TOB(株式公開買い付け)やって株主数を減らしてから、化粧品部門を売却してしまえばいい。
その時点で残っている株主(TOBに応じなかった株主)から、株式を買い取れって請求されるかもしれないが、TOBの後上場廃止にしてしまえば、株式の客観的価値自体がわからなくなるから、適当に安い株価で買い取ればいい」
なんて言うんですよ。
確かに、反対する株主は少ないほうがいいし、それに安い株価で買い取れるなら万々歳ですけど、そんなにうまくいくもんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:反対株主の株式買い取り制度
会社法は、例えば取締役を選任する場合や新たに株式を発行する場合など、会社における基本的な事項を決めたり変更したりする場合には、一部の例外を除き、議決権の過半数をもって決することとしています(資本多数決の原則)。
もちろん、反対する株主であっても、一度、多数決が採られた以上、これに従わなければなりません。
しかしながら、
「常にかつ絶対的に多数決原理が優先され、反対株主(少数派株主)は、いついかなるときでもこれに従い続けなければならない」
というルールがまかり通れば、多数派が企業価値を下げるような不合理な多数決に及んだ場合、反対株主にとってあまりにも不当な結果を招来しかねません。
そこで、会社法は、株式の権利内容を変更したり、重要な事業を譲渡する場合など、株主権の変更や会社の重要事項の変更を伴う決議に反対する株主について、会社に対して自己の株式を
「公正な価格」
で買い取ることを請求できる権利を付与する旨の規定を設けています。
そして、このような株式買い取り請求があった場合、会社は反対株主と株式の買い取り価格に関する協議を行うこととなります。
しかしながら、反対株主側とすれば1円でも高く買い取って欲しいし、会社側とすればなるべく安く買い取りたいところであり、実際は、互いの利害が相反し、なかなか協議が進みません。
そこで、会社法は、30日以内に当該協議が整わない場合には、会社または反対株主からも申し立てにより、裁判所は、会社の資産内容、財務状況、収益力、将来の業績見通し、直近の株価などを総合的に考慮し、
「公正な価格」
を決定することとなります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:近年の個人株主の動向
これまで、設例のような投資ファンド主導による企業買収のケースにおいて、個人株主等の少数株主が、意に反して予想外に安い価格での株式売却を迫られ、泣き寝入りすることが多かったようです。
しかしながら、昨今では、個人株主がインターネットを通じて同じ立場の個人株主を探し出し、被害者の会を結成するなどして、会社側が提示した株式の買い取り価格に集団で反対を表明したり、場合によっては、前記のとおり、裁判所に対し、株価を決定する手続を申し立てたりするケースが出始めており(旧カネボウ株式買い取り価格決定事件、レックス・ホールディングス株式買い取り価格決定事件など) 、今後、このような傾向が顕著になることが予想されています。

モデル助言: 
御社の場合、TOB(株式公開買い付け)によって株主数を減らしてから化粧部門を売却し、反対する個人株主は、上場廃止後、雀の涙ほどの価格で追い出そうという魂胆のようですね。
そのようなスクイーズアウト策が簡単に実施できたのは、数年前の話で、現在では、しぶとく残っていた株主が、化粧部門売却の際に株式買い取りを請求し、買い取り価格を巡って徹底抗戦してくるリスクを無視できません。
その際、提示した株価が不当に安い場合には、反対株主の申し立てを受けた裁判所がダンディ株式会社の資産内容や将来の業績見通しなんかを高く評価してしまい、予想以上の高い株価を決定してしまう場合もありますので、このあたりのリスクを検証しておく必要がありますね。
というより、そんなに化粧部門の売却を実施したいのであれば、株主をバカにしたような小手先の技巧に走らず、正々堂々と株主の理解を得て、適正な価格と適正な方法で公正に事業譲渡していくべきじゃないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00146_企業法務ケーススタディ(No.0101):債権譲渡禁止特約

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
大暮企画株式会社 大暮 三太 (おおくれ みつた、57歳)

相談内容:
聞いてください。
この前、弊社の取引先の明石屋産業株式会社ってところに、弊社のなけなしの銭を絞り出して500万円貸してやったんですわ。
ところが、返済期限を過ぎてもちっとも返してくれへんのですぅ。
弊社にも銭の余裕は全くないですから、
「遅い! 遅い! はよ返してくんなはれ~」
って、取り立てにいったんですぅ。
そしたら、明石屋産業の杉本社長から、
「オマエみたいな貧乏神から銭借りてもうたばっかりに、ウチまですっかり資金繰りがメチャクチャになってもうた。
少しでも悪いと思うなら、ウチが村上商事に対して持ってる売掛金が515万円あるよって、これで我慢しいや。
債権譲渡の通知は、ウチから出しておいてやるさかい」
なんて説得されて、結局、その売掛金を貰い受けたんですわ。
それで、
「まぁ、15万円得したわけだし、しゃーないわ」
なんて思うて、いざ村上商事に売掛債権の請求に行ってみたら、村上の社長から
「アホか。
この取引基本契約書をよく見てみぃ。
オマエは知らんやろが、ウチと明石屋産業との取引には、別個に基本契約があるんじゃい。
ここに『明石屋産業が村上商事に対して有する売掛債権は、譲渡できないものとする』って書いてあるやろ。
明石屋産業から確かに通知は来とるが、大暮企画を債権者と認めることはでけへんで」
ゆうて、まったく払ってくれまへん。
そんな約束があったなんて全然知りまへんでしたよって、エライ驚いて何もいえまへんでした。
いつの間にか明石屋産業は夜逃げしてもうたみたいやし、こりゃ、八方塞がりですわ。
何かエエ方法あったら、教えていただけんでしょか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:譲渡禁止特約とは
譲渡禁止特約とは、通常、債権者と債務者との間の契約で、(債務者の承諾なしに)債権を譲渡してもその効力を認めないものとすることを言います。
具体的には、明石屋産業(もとの債権者)と村上商事(債務者)との間で
「売掛債権は譲渡できないものとする」
と約束すると、明石屋産業は第三者に売掛債権を譲渡できなくなります。
その結果、村上商事から承諾のないまま明石屋産業との間で売掛債権を譲り受ける約束をしても、大暮企画(債権の譲受人)は当該売掛債権を取得することができないことになります(譲渡禁止特約の物権的効力)。
なお、取引基本契約書とは、当事者の間で個々に行われる取引に共通して適用される約束事を定めたもので、村上商事が示した取引基本契約の対象に含まれる限り、同社と明石屋産業との間の個々の取引に適用されることになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:債権の自由譲渡性
しかしながら、民法466条1項は
「債権は、譲り渡すことができる。
ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない」
として、原則として、債権は自由に譲り渡すことができる旨宣言しています。
これは
「信用流通を高め、金融資本主義を発展させるためにも債権は自由に譲渡されるべき」
というわけです(債権の自由譲渡性)。
そして、譲渡禁止特約の効力を定める同条2項は、その但書において、
「譲渡禁止特約は)善意の第三者に対抗することができない」
と規定し、譲受人(本件で言えば大暮企画)が
「譲渡禁止特約の存在」
を知らなかったのであれば譲渡は有効になるとしました。
この点については、かつ
「譲渡禁止特約の存在を知らなかった(善意)としても、知らなかったことに過失があれば、やはり債権譲渡は無効」
という議論もありましたが、通常の過失を超えた重大な過失のない限り、善意の譲受人は当該債権を取得することができるというのが裁判の趨勢です。
債権の自由譲渡性という原則を重んじ、譲受人の保護を重視しているものといえるでしょう。

モデル助言: 
大暮社長は、本件の売掛債権に譲渡禁止特約があることはもちろん、別途、取引基本契約が存在していたことすら知らなかったわけですし、明石屋産業から渡された売買契約書にも
「他に取引基本契約が存在していること」
を示す記載はないようですから、泣き寝入りはもったいないですね。
「そもそも知らなかったし、重大な過失などなかった」
として、徹底的に支払いを求めていきましょう。
「譲渡禁止特約の存在を知らなかったことに重大な過失があったかどうか」
は、最後は裁判所の判断となりますから、楽観的な見通しは禁物ですが、
「債権は自由に譲渡できるのが原則」
ですから、
「大暮企画に重大な過失があったこと」
は債務者である村上商事が立証しなくてはなりません。
ですから、明石屋産業が夜逃げしてしまったことも、それほど痛手ではありません。
もっとも、念には念を入れるということで、明石屋産業の杉本社長をこちらが先に見つけ出し、杉本社長の
「私は、譲渡禁止特約のことなど、大暮社長には何ひとつ説明しませんでした」
といった内容の宣誓供述書を貰っておきましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00145_企業法務ケーススタディ(No.0100):履行の着手

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ザーマス・リアルエスティト株式会社 社長 仁村 和勝 (にむら かずかつ、年齢非公表)

相談内容: 
土地、売れねぇのかよっ! なぁ、先生よぉ~。
俺、びっくりしちゃったよ。
ウチは不動産を売ったり買ったりしてんだけどさ!
つってもさ、俺が実際に売り主とか買い主になるわけじゃないから・・・、そっ、そうっ! 要するに仲介業。
そういうこと! さすが先生、よくご存じでらっしゃる。
でね、今回は、どうしようもない土地があったって話。
一応、地目は宅地なんだけど、ず~っと放置されてた土地で、道路も敷設されてなきゃ、電気や水道も通ってないって状態だったわけ。
そんな土地をさ、腐れ縁の大岳(おおだけ)が
「ちょっと売るの手伝っちゃってくんない?」
って軽く売却の斡旋をお願いしてきたから、つい、
「任せろっ!」
ていっちゃったんだよね。
当時、大岳はカネがなくってさ、仕方ないから今回は俺が買い受けて、宅地として売り出すために必要な工事とかした上で、売却することにしたんですよ。
一応、買い主になるってことで100万円手付金も払ってやって、頑張って高値で買い受けてくれる人間も見つけたのにさぁ・・・。
さぁ、残金支払うかって段になって、急に大岳のヤロウ、別のオイシイ話を見つけてきたのか、
「200万、これ手付け倍返しってことで契約ナシね!
やっぱさぁ、お前に売った金額低過ぎるわ」
なんて急に言い出すんです。
先生、俺、頑張って土地の工事して転売利益得るつもりだったのに、200万ポッチもらって、あいつに土地返さないといけないのかな?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約の縛り
売買契約は、当事者の
「売る」「買う」
という意思の合致によって成立します(民法555条)。
そして、いったん契約が成立すると、当事者は、契約に拘束され、一方的に解約等をすることは原則としてできません。
もちろん、相手方に契約条項の違反等があり、それにより当事者が契約に拘束され続けることが不当だと思われるような場合には、解除や損害賠償といった手段が用意されていることはご存じのとおりですが、あとから考えたら不利だから
「やっぱヤンペ! ノーカン、ノーカン!」
なんてことはできません。
他方、
「オイシイ取引があるが、最終的に契約するかどうかちょっと考えたいので、しばし、ホールドしておきたい」
というときに、ツバを付けておく趣旨で、手付金が交付される場合があります。
この
「手付金」
ですが、よりよい条件での契約を締結できるよう、自由な取引を保護する趣旨で、
「売り主は、受け取った手付金の倍返しをすれば負担なく契約を解約できる(買い主は、差し入れた手付金を放棄すれば負担なく契約を解約できる)」
ことを意味し、
「解約手付」
と呼ばれます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:手付倍返しによる解除のリミット
しかし、このような手付金の交付がなされていた場合、
「わずかなカネで、何カ月であれ、何年であれ、気の向くまま解除が認められる」
というのでは、そんな不安定な関係を強いられる相手方としてはタマったもんじゃありません。
契約から引き渡しまでに一定の時間と手間が必要な取引を考えてみれば、ある程度履行の準備をした後は、
「他との取引のチャンスはもう考えず、相手のためだけに履行を完了しよう」
という信頼関係が構築されます。
いくら手付金のやり取りがなされているからといって、自由に解約が認められるべきとは考えられません。
そこで、民法557条1項は
「買い主が売り主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは」
解除できるとしております。
すなわち、この反対解釈から、
「いくら手付が打たれているからといっても、一度、相手方が履行に着手したら、手付を使った解除はできない」
というルールが導かれるのです。

モデル助言: 
要するに、仁村さんが
「履行に着手」
した後であれば、大岳が手付金の倍額を持参してこようが、もはや解除が認められない、ということになりますね。
具体的に何が
「履行の着手」
に該当するのかは、解釈に委ねられていますが、解約される側に不測の損害を与えないため、
「後戻りを要求するのが酷なほど、目に見える形で準備をした状態」
とされています。
今回、仁村さんは、宅地の転売をするために、水道の工事や道路の舗装工事などの多額の出費を既にしており、このような事情は相手方も知っていた上、残代金についても支払い準備が完了していたと思われますから、買い主として十分な準備をしたとして、
「履行の着手」
があったといえる可能性が高いですね。
とにかく、手付金の倍返しは一切受け取らず、逆に残金を提供し
「とっとと登記を移転しろ」
と請求していくことですね。
無論、大岳が見つけてきた取引の額が巨額で、
「とにかく、ナシにしてほしいから、カネには糸目を付けず、いくらでも出す」
というのであれば、こちらの言い値の解決金を払わせて合意解除してあげてもいいですね。
いずれにせよ、状況はこちらに有利ですから、徹底して強気にいきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00144_企業法務ケーススタディ(No.0099):取締役をクビにしたい!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
YOUR TALE(ユア・テイル)株式会社 会長 地味井 西男(じみい にしお、46歳)

相談内容: 
ウチの会社で社長やっとります岡面多浪(おかも・たろう)さんのことで相談させてください。
先代社長の高校の先輩で、会社の立ち上げからかかわってはった人で、古参中の古参のおっさんですわ。
頭やわかいですし、企画マンとしては優秀で、仕事はけっこうできるほうなんですけ、とにかく変わり者なんです。
「ビジネスは爆発だ!」
なんて突然叫んだりとか、
「四角いキャンパスにとらわれるな」
とかいって星型の紙で書類作り始めたりとか、意味分からんのです。
その上、エラい迫力で、ぎょろ目で睨みながら難しい言葉とかまくしたてるんで、みんな怖がっておるんです。
ウチの会社の代表取締役職は、会長である私と、社長やってもろてます岡面さんの2人ですが、株式自体は、先代から譲ってもらって私が100%持ってますんで、私はいわばオーナーですわ。
だけど、私のことを立てる気はサラサラないようで、
「ボン」
とか
「アホボン」
とか呼びはって、取引先や銀行の方の前でも平気でバカにしよるんです。
それで、この前、岡面さん以外の役員が集まって
「岡面さんが社長では、皆、よう付いていかんし、会社はガタガタになる。
もう引退してもらいましょ」
ゆう話になりまして、岡面さんに引退を勧告したら、
「私が社長になってから会社は一貫して増収増益。
理由もなく辞めるつもりなどない。
残りの任期満了まで立派に務めるつもりだ」
なんて言われて、ぎょろ目で睨まれる始末ですわ。
正直、手に負えまへん。
それなりの退職金は出すつもりなんですが、確かに辞めてもらうだけの理由がないといえばない。
こりゃ、任期満了まで諦めるしかないですかねえ、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社と取締役の関係
会社の従業員を会社の都合で一方的に解雇することは労働契約法をはじめとする法令等により禁じられており、解雇にはそれを正当化するような合理的な理由が必要です。
同様に、いくら
「会社役員」
といっても、取締役だって会社から報酬を支給されているわけですから、合理的な理由もなく一方的に辞めさせること(解任)はできないように思われます。
ですが、実は、従業員と取締役とでは、会社との関係に本質的な違いが存在します。
会社と従業員の関係は雇用関係と呼ばれ、要するに
「強い使用者(会社)と弱い労働者」
というモデルで捉えられます。
そのため、
「弱い立場の労働者」
を守るべく、労働基準法や労働契約法等が従業員を厚く保護するわけです。
これに対し、会社と取締役の関係は、簡単に言ってしまえば
「経営のプロ(取締役)とカネに不自由していない出資者(株主、つまり会社の所有者)」
という対等の地位にある当事者同士が想定されており、雇用ではなく委任に準じた関係であるとされています(会社法330条参照)。
従って、原則として取締役には労働基準法等の適用はなく、
「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる」(民法651条1項)
との原則に倣い、会社法339条1項も、取締役について
「いつでも、株主総会の決議によって解任することができる」
と規定しています。
つまり、100%株主は株主総会を開いて、いつでも自由に不愉快な取締役(もちろん、代表取締役を含みます)を解任できるというわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:正当な理由と損害賠償
ただし、
「対等な当事者間の契約」
といえども、一方の当事者の気まぐれで無闇に契約を解消されては、やられた側にとってはたまったものではありません。そこで、会社法339条2項は、解任に
「正当な理由」
がない場合には、会社は解任した取締役に対して
「解任によって生じた損害」
を賠償しなければならない旨を規定しました。
これは、株主に解任の自由を保障する一方で、取締役の任期に対する期待を保護し、両者の利益の調和を図ったものです。
したがって、
「解任によって生じた損害」
とは、取締役が解任されなければ在任中及び任期満了時に得られた利益の額であり、簡単に言えば
「任期満了までの役員報酬」
を意味します。

モデル助言: 
取締役の解任に合理的な理由なんて必要ありません。
「気に食わない」
の一言で、1人株主総会を開いて、バッサリとクビ切っちゃえばいいんじゃないですか。
解任の
「正当な理由」
とは、取締役の職務遂行上の法令・定款違反行為、心身の故障、職務への著しい不適任(能力の著しい欠如)等ですが、こうした理由が見当たらない以上、任期までの役員報酬は支払わなければなりません。
ただ、これだって、適当な理由をつけた解任という形で抵抗しておき、最後の最後は捨て扶持の退職金と思って払ってやればいい。
とはいえ、会社の登記に
「解任」
という登記原因が記載されることになるので、御社の御家騒動を世間に公示することになりかねません。
ですから、戦略としては、岡面社長を呼びつけて、その場で1人株主総会開催を宣言して、適当な理由をこじつけて、即時解任扱いとしてしまいます。
岡面さんが、事態を理解してガックリきたところで、退職金の提示と併せて辞任届にサインしてもらう、というのが穏当な筋でしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00143_企業法務ケーススタディ(No.0098):休暇を与えて残業代をチャラにせよ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
東京テレビ製作株式会社 人事部長 斜見 信一郎(はすみ しんいちろう、37歳)

相談内容: 
テレビ制作会社の人事ほどつらい仕事はありませんよ。
世間は、不景気だ、不景気だ、と騒いでいるようですけど、当社のような番組製作会社は、不景気だからといって仕事の量が減るなんてことはありませんが、テレビ局からは、少ない予算で質の良い番組を作れ、なんて無茶なこといわれちゃって、ホント大変なんです。
で、こんな状況を知ってか知らずか、社長からは、人件費を削れ、無駄を省け、ってウルサイし、もうホトホト困っています。
スタッフはみんな、休暇も返上して不眠不休でがんばってくれているのに、今度は、社長が、
「どうせ、8時間でできる仕事をダラダラやっているんだろうし、ロクな仕事をしていないんだから、残業代をケチれ。
残業代を払うくらいだったら、代わりに休ませてチャラにしろ」
って無茶なこといいだす始末。
どうしろっていうんですか、まったく。
もちろん、スタッフを休ませてあげたいのはやまやまですけど、残業代ケチりたいから給料とバーターで休暇を与えるなんてできるはずありませんよね、先生。
社長に、
「そんなアホなこといっていると、労働基準監督署の手入れが入りますよ。
残業代くらい、きちんと払った方がいいですよ」
って教えてやってください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:平成20年度労働基準法改正
平成20年12月、
「労働者が、生活と仕事の調和を図り、かつ能率的な労働が可能となるような制度を整備する」
とのお題目で、労働基準法の規定が改正され、本年4月から施行されています。
改正のポイントは、主に労働時間に関する部分で、
1 1カ月の時間外労働の時間が60時間を超えた場合の割増賃金率を50%以上とすること(ややこしいのですが、「通常の割増賃金」と割増率と取り扱いが異なるので「上乗せ割増賃金」と言います)
2 「上乗せ割増賃金」部分を休暇に振り替える代替休暇制度の創設
3 有給休暇を「時間」で取得する制度の創設など
かなりメジャーな改正メニューとなっています。
今回のケースは、新しく創設された代替休暇制度が問題となります。
そもそも、雇用者が、1日8時間、週40時間を超える労働をさせる場合、労働基準法36条に基づいた、いわゆる時間外労働に関する労使協定を締結しなければなりません。
そして、当該時間外労働分については、従来、25%以上の割増賃金を支払うものとされていました(「通常の割増賃金」)。
ところが、今般の労働基準法改正により、1カ月の時間外労働の合計が60時間を超える場合、雇用者は、当該60時間を超える部分について、50%以上の割増賃金を支払わなければならないこととなりました(「上乗せ割増賃金」)。
整理しますと、今般の改正により、1カ月の時間外労働について、60時間を超えない分は25%以上の割増賃金を、60時間を超える部分については
「さらに」25%以上を「上乗せ」した割増賃金(合計50%以上)
を支払わなければならないこととされました(ただし、一定の資本金額に満たない中小企業には「当分の間」は適用されないこととされております〔労働基準法138条〕)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:代替休暇制度の創設
そして、今般の改正により、
当該「上乗せ割増賃金」部分
に関し、支払いに代えて休暇を付与する制度が新たに創設されました。
なお、これは、グッタリするほど長時間勤務した労働者に休暇を与え、リフレッシュさせるという労働者のための制度ですので、
「上乗せ」分を休暇とするかどうか
は、労働者の意向を踏まえることが必要となります。
すなわち、実施する上では、あらかじめ、労使協定をもって
「幾らの割増賃金」

「何日の休暇」
とするかなど、その換算率などを定め、その上で、就業規則に休暇の種類のひとつとして規定しなければなりません。

モデル助言: 
「忙しいときには死ぬほど働かせたい、残業代はあまり払いたくないし、ヒマなときには会社に来なくていい」
なんて、御社の社長のワガママぶりは、聞いて呆れますが、とはいえ、そんなワガママもある程度かなえることも可能ですね。
今回の労働基準法の改正により、残業代の割増率は、60時間を超えたあたりから一挙にハネ上がることになりましたので、繁閑の差が激しい業態の企業では、
「バカ高くなった残業代を、カネの代わりに休暇で払いたい」
というニーズが少なくありません。
御社のような企業にとっては、うってつけの制度といえますね。
もっとも、この代替休暇制度は、あくまで
「上乗せ割増賃金」部分を休暇に代える制度
であり、
「通常の割増賃金」は、原則どおり、カネで精算
しなければなりませんので、この点、十分注意してください。
割増賃金をもらうか、その分を休暇とするかは、あくまで労働者の選択によるものなので、無理強いはできません。
この点はきちんと意向聴取なり組合との協議なりを踏まえてくださいね。
ま、組合との協議の際には、私もお付き合いしますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00142_企業法務ケーススタディ(No.0097):おとり広告の罠

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
松竹梅電気 社長 滑田 圭助(かつだ けいすけ、39歳)

相談内容: 
先生、今日来ましたのわな、何を隠そう、うちの電気店の不況っぷりの打開策についてですわ。
まだまだ客の財布の紐は緩まへんし、このままやと閉店ガラガラ!
客さえ来てくれたら、ワシのナイスなトークでいくらでも物売れますのに、
その客が来おへん。
そこでや、社長のワシとしては、客を呼ぶことに注力せなあかんと気付いたわけ。
冴えとるやろ?
具体的にはな、目茶苦茶魅力的な商品の広告を出そうかと思うてる。
まぁ自社が開発したどんなお肌もつるつるスベスベスベリまくるナイスな
「メチャスベール」
を、なんと! 500円で売ってしまおうって算段や。
そんな商品をバーンと広告の前面に出したったら、いくら金に厳しい大阪のおばちゃんらもイチコロやわな。
大阪でおばちゃんらと相対したら、そこからは真剣勝負や。
社長のワシも現場に出て勝負に臨む意気込みやで。
もちろん、勝つ気満々や。
そやかてな、こっちの懐事情やって苦しいからには、台数は5台に絞らせてもらいます。
え? そんなん広告に書かへなんだら客には分からへ分からへん。
来てさえくれたらこっちのもんや。
しかし、今回は5台限定やけど広告どおりの値段で売るわけやし、何にも問題なんてありませんよね?
先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:景表法による規制
事業者は自らの販売計画に従って、商品を販売し、これに付随して広告を出すことができることは当然です。
自らの商品をどのように売ったら利益が出るのかを決定する自由がありますから、ある商品については赤字になろうとも、これを誘因として顧客を多く呼び込み、店全体として儲けようという仕組みが非難されることは原則としてありません(もちろん不当廉売等に至る規模での安売りは独占禁止法上規制され得ます)。
しかし景品表示法(以下では「景表法」といいますが、正式には、不当景品類及び不当表示防止法といいます)では、商品の性能や価格を示す
「表示」
に着目して規制がされています。
現代において
「広告」
が有する顧客誘因力の大きさを否定することは誰もできないでしょう。
広告媒体については新聞の折り込みチラシからテレビ、インターネットとさまざまですが、これらに載っている情報は、消費者による商品選択に多大な影響を及ぼします。
そのような広告に、品質や価格等に関する不当な表示などが表示されると、良質廉価なものを選ぼうとする消費者の適正な選択に悪影響を与える一方、そのような広告が許されると、商品力や販売努力など公正な競争を頑張る企業も減少し、結果的に、公正な競争が阻害されることになります。
そこで、独占禁止法の特例法として景表法が制定されました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:おとり広告
このように不当な広告により顧客を誘引することを規制する一態様として、景表法には
「おとり広告」
の禁止が定められています。
正確にいえば、具体的に何が
「おとり広告」
に該当するのかについては、景表法は、同法第4条1項3号によって公正取引委員会の指定に委ねており、これを受けた公正取引委員会が
「おとり広告に関する表示」
を告示しています。
本件との関係では、同告示第2号の
「取引の申出に係る商品又は役務の供給量が著しく限定されているにもかかわらず、その限定の内容が明瞭に記載されていない場合のその商品又は役務についての表示」
が問題になります。
行政によりこれに該当すると認定されると、定期的に広告の仕方について報告をさせられたり、立ち入り検査が行われたり、さらには差し止め等の措置命令が出される可能性もあり、当該措置命令に違反したときには刑事罰も定められています。

モデル助言: 
今回、松竹梅電気の広告の仕方については、同告示第2号の
「限定の内容が明瞭に記載」
されているものかどうか注意なされるべきでしょう。
この点、公正取引委員会による運用基準を参考にすると、
「数量限定」
などという
「限定されていること」
がわかるだけでは不十分で、具体的な数量まで記載しておくことが安全でしょう。
警告程度で済めばいいですが、是正命令の恐れもないとはいえません。
例えば、既に埋まっている賃貸物件を
「おとり」
として広告をしたことで是正命令を受けた大手不動産仲介業者エイブルは、すぐさま大きく株価を下げたなんて話もありますからね。
え? そんなことを広告に明示したら、どうせ買えないと客が考えて来店してもらえないですって?
魅力ある商品が安く手に入る可能性があるとなったら客は来ますよ!
特に目の肥えた大阪のお客様なら。
勝負に出るというのなら、もう少し美顔器の数量を増やし、自信を持って呼び込みを行ってはどうですか?
つまらぬウソをつくより価格と品質と顧客優先で、まっとう勝負してくださいよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00141_企業法務ケーススタディ(No.0096):大家さんが破産した!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社イレギュラー 社長 松本 強田(まつもと ごーた、30歳)

相談内容: 
先生、隣が破産したんですわ。
先生、この書類なんですが。
ハイハイ、コレ。
「破産者ニシカワコーポレーション 破産管財人弁護士」
「おたくが入居しているビルの大家について、破産開始決定が下されました、ウンヌン」
とかなんとかややこしいことが書かれてますわ。
ま、ウチの大家が破産した、ゆうことですわ。
これって、今後も今までどおり賃料を支払わないといけないんですかね?
もともと、ここは、リーマンショック直前の不動産プチバブル期にムチャ高額の賃料で契約させれたんで、正直、賃料自体高すぎるんですわ。
ウチの店舗は、月の賃料が300万円で、敷金は、足元見られて12か月分の合計3600万円てな具合です。
大家は破産したんですから、敷金だってちゃんと返ってくるかわからないですし、こんなもん、ありえへんくらい高い賃料取られるわ、敷金踏み倒されるわで、どうもならんですわ。
なんでしたら、
「賃料は、預けてある敷金から控除しといてくれ」
みたいな形で、賃料精算することはできませんかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:大家が破産した場合、敷金はどうなるか
債務者が債務を支払えなくなると、力のある債権者が強引に取り立てをして財産を持ち去ったり、債務者と仲の良い債権者だけが弁済してもらったりするなど、不公平な処理が発生しがちです。
そこで、破産制度は、債務者の経済的破綻を債権者の間で公平に分担させるため、裁判所が
「コイツは債務を支払えないから、破産手続きを開始させて、残った財産を皆で公平に分配しよう」
と宣言した場合には、各債権者は、その債権額に応じて、債務者に残った財産から平等に弁済を受けることとしています。
例えば、債務者である大家の総債務額が100万円、敷金債権が10万円だとして、大家の手元に残った財産が1万円とします。
この場合、敷金債権は総債務額の10%しかありませんから、債務者の手元に残った1万円の10%である、1千円しか分配されないことになります。
このように、敷金を人質に取られていながら、賃料を従来どおり支払っても、敷金は一部しか帰ってこないのです。
これでは、大家が破産した場合には、賃料を支払わない方が利口にも見えますが、賃料の不払いを行うことは、破産管財人から、賃料不払いを理由として、賃貸借契約を解除されるリスクを伴います。
そこで、賃貸借契約を解除されないように、
「店子が負担する賃料債務と、店子が持つ敷金返還請求権とを相殺して、賃料を支払ったことにすればよい」
とも考えられます。
しかし、この点については、
「店子が建物を明け渡した後で、その時点で大家が店子に対して有している債権額を敷金から引き、なお残額がある場合に、ようやく敷金返還請求権が店子に発生する」
との最高裁判例があるので、建物を引き渡す前の段階で賃料と相殺をすることはできません。
これは、大家の破産という非常時でも同じです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産管財人に対する寄託請求
このような法律の仕組みを見ると、店子は踏んだり蹴ったりのようです。
しかし、破産法は店子の権利を保護する規定をきちんと設けています。
破産法70条は、
「店子が賃料を支払う場合には、敷金返還請求権の額を上限として、支払額の寄託を請求できる」
と規定しています。
例えば、店子が3600万円の敷金を大家に預けている場合には、毎月の賃料300万円を破産管財人に支払うたびに、支払う額について破産管財人に対して供託を要求でき、それを合計12か月間行うことができるということです。
これによって、店子が建物を明け渡して敷金返還請求権を取得した際には、店子は、破産管財人が供託していた額について、優先的に支払を受けることができます。

モデル助言: 
大家さんが破産した以上、敷金返還請求権といえども原則として、一般債権者と同じ配当率の範囲でしか返ってきません。
他方、
「大家が破産したなら、既に預けている敷金を使って賃料の支払に充ててくれ」
などという要求を許してしまうと、大家は店子に対する
「敷金」
という有力な担保を失います。
これでは、賃料の支払いに充てる敷金がなくなっても建物に居座るなど、店子がやりたい放題をした場合に大家の債権者すべての利益が害されることになります。
そこで、
「建物を明け渡すまで店子は敷金を返してもらえない」
としつつ、他方で、店子の権利にも配慮して、破産法70条が
「賃料の弁済額の寄託を請求することができる」
と規定しているのです。
後で
「寄託を請求した、請求していない」
でもめないように、早速、内容証明郵便で寄託請求通知を破産管財人に郵送した上で、せめて12か月分の敷金の確保に動きましょう。
それと、賃料減額の調停申立ても行い、少しでも被害が少なくなるようやってみましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00140_企業法務ケーススタディ(No.0095):スーパー内の物販ワゴン業者を入れる際の注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ジャパンゲット多々田株式会社 社長 多々田 明(たたた あきら、54歳)

相談内容: 
この度、先生にご紹介するのは、私が昨年買収し、多角化戦略の一環として経営を始めた
「スーパー・タタタ」
の一件です。
小売業界の不況ぶりは先生ももちろんご存じのことと思いますが、私のスーパーだって他人事ではありません。
本業の通信販売の方は商品を厳選し、私どもの明るいキャラクターや殺し文句が直接お客様に届くこともあってなかなか順調なんですがねぇ。
それでね、スーパーのほうは、スペースの有効利用と手数料収入と
「賑やかさ」
の演出を狙って、ワゴン販売業者を呼び、売上歩合方式で上前ハネて、さらに客寄せをしていこうといろいろ考えていました。
そしたら、ちょっとイヤな話を小耳に挟みまして。
と言うのは、デパート経営している知り合いが、私と同じような目論見で、デパート内にワゴン業者をわんさか入れたのですが、店舗の全面改装のためにワゴン業者に立ち退きをお願いしたところ、彼らは
「どかへん!」
「うちらはこのスペースの賃借人や! 解除? だったら立ち退き料払わんかい!」
なんて言い出したそうで、裁判沙汰にまでなったと聞きました。
今回かるーい気持ちでワゴン販売業者に入ってもらおうかなと思ってるわけですが、立ち退き料とか面倒なことが起こるんだったら、ワゴンなんて入れずに地道に経営するしかないかな、とか思ってるんです。
そうするしかないんでしょうかね、先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:借主の立場が異常に強い借家契約
落語で出てくる大家と店子の諍いのように
「この野郎、店子の分際で大家に楯突きやがって! ええい、うるせえ! 店あげてどっか行きやがれ」
なんて形で借家人の事情を無視して大家の都合だけで借家契約がいきなり解除されると、借家人が住む所を失い、町はたちまち浮浪者が増え、社会不安が増大します。
こういう事態を防止するため、社会政策立法として借地借家法が定められており、かつ司法解釈としても借家人を保護する解釈姿勢が長年積み重ねられてきた結果、現在においては、
「貸したら最後、譲渡したのも同じ」
といわれる程、借家人の立場は強化されてきました。
すなわち、借家契約が一度締結されると、原則として、借家人側が出ていかない限り、契約は半永久的に更新されていき、借地借家法により強力に保護された借家人を追い出そうとしても、大家側は、多大な立ち退き料を支払う必要が出てくるのです。
このような解釈は、一般住宅に限ったものではありません。
商業施設における物件賃貸借についても、当然に借地借家法が適用され、プロパティオーナー側は、いったん物件賃貸契約を締結したら最後、
「こちらの都合だけで自由に解除できない」
という極めて大きな不利益を被ることになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:借地借家法の適用を阻止する戦略
本件のようにワゴン販売をさせるという契約は、スーパーの経営者からすると、時機に応じて業者を代えたいこともあるでしょうし、売り場のリニューアル等の都合で営業場所を変更させたいというニーズもあるでしょう。
そういった場合、ワゴン業者との契約に借地借家法を適用させず、いつでも気ままに契約を解除できるような方法はないのでしょうか。
そもそも、借家契約(賃貸借契約)とは、
1 ある物を特定した上でこれを独立した立場で使用収益させ、
2 当該使用収益の対価として賃料を支払うこと、
の2つを本質的要素としています。
逆に考えれば、ワゴン業者を独立の占有主体ではなく、単に
「商品販売を実施する代理業務を行っているにすぎない者」
と解釈されるような工夫を事前にしておけば、スーパーとワゴン業者との契約関係については賃貸借契約の本質的要素のうち1を欠くものと扱われ、借地借家法の適用を排除し、ワゴン業者の適宜追い出しや、営業場所の変更が可能になってくる、ということになります。

モデル助言: 
ワゴン業者に借家人ないし占有者としての立場を与えないようにするためには、契約文言を工夫するとともに、運営実体においても、ワゴン業者の独立の占有が生じるような状況が認めらないような方法を構築することが重要になります。
具体的には、営業場所たるスペースを特定せず、スーパー側が任意に稼働場所を変更することができるものとし、かつ障壁や区画といった営業場所の独立性排他性も一切与えず、大規模小売店舗立地法の届出についても独立の営業者としての届出等させないようにします。
さらに、指定商品以外は自由に売らせないなど使用収益を制限する等の条項を設け、ワゴンの仕様についてもスーパー側でがんじがらめに指定し、レジもスーパー側で管理し、領収書のスーパー名で発行等といった形で、ワゴン業者に対して徹底して立場の独立性を否定することが重要です。
要するに、ワゴン業者に
「おめえ達は、店子ですらない、ただの手伝いなんだよ!」
とわからせておき、イザ追い出すときに
「店子なんだから立ち退き料くれ」
といった妙な気を起こさせないようにすることが肝要なんですね。
ま、妙な契約を結ぶ前に、当事務所に来てもらって正解でしたね。
早速、ガッチガッチの契約書の作成に取り掛かりましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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