00022_企業法務ケーススタディ(No.0003):きちんと本質を理解して臨めば、国際取引交渉で不利で弱い立場に追い込まれることはない

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
目蒲技研 会長 下丸子 カマ太(しもまるこ かまた、70歳)

相談内容:
いやー、先生、いつもお世話になっています。
で、今日の相談なんですが、実は、ご存じのとおり、当社は、いわゆるニッチ産業つうんですか、テレビその他の家電のリモコンのボタン、キーボードのキートップといった、入力装置の製造に特化して長年やってきてまして、この辺りの特許については何件も取っていますし、この種のボタンやキートップに限っては市場シュアは世界的レベルなんです。
昨年、キーボードで入力する際に、大昔に流行った
「北東の拳」
っていう人気アニメの主人公の
「アータタタタ」
っていう甲高い特徴的な叫び声と連動するようなシステムを作ったら、大人気になりました。
このシステムは、実は、目の不自由な方向けのシステムとして、日本の他にアメリカと欧州の主要国に特許出願し、すでに公開されています。
先日、アメリカの大手メーカーから、是非ともライセンスを受けたいという申出がありました。
当社としては、人気商品であり、今後多数のオファーが来ることも考えられるので、有利な条件であれば、この契約をまとめたいのですが、私も社長をやらしている義理の息子も英語はからきしダメで。
そこで、特許出願した弁理士さんから紹介された、
「ドナルド・マイケル」
っていう日本語が片言で話せるインチキ臭いコンサルタントの方にお願いして進めていました。
ですが、どうも話合いが相手ペースでうまく丸め込まれているような気がして。
マイケルさんは
「ドンマイ、ドンマイ、ドンマイケル」
をくりかえすだけで、不安でたまりません。
どうしたらいいのでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:バーゲンニングパワーの正しい用い方
まず、契約交渉における立場を強くするため、こちらの強みをよく認識し、主導権を握るような交渉設計をする必要があります。
そのためには、
「契約の自由」
という私法の根本原理を正しく理解し、
「なんだったら破談にしてもいい。
破談が嫌ならこちらの言うことに応じろ」
と強気で迫ることです。
破談して困るのは、こちらではなく、相手側です。
バーゲニングパワー(交渉の優位性)を回復するためのブラフとしてはかなり効果を発揮すると思います。
加えて、契約書を作成する段階では、徹底的にこちらに有利なものとなるよう、強く要求すべきです。

モデル助言:
下丸子さんは戦中派でしたっけ。
とにかく、青い目の人の前で無意味にビビる、という恐怖感からまず脱却してください。
今回の件は、この1社に決める必要はありませんし、明らかにこちらが交渉上の地位は上ですから、すべて仕切り直しとし、こちら主導で進めましょう。
マイケルさんは
「明日から、クビ。オシマイケル」
ということでやめてもらいましょう。
LOI(Letter of Intent。基本合意書)をみましたが特段排他的交渉権が設定されているわけではありませんし、その意味では、平行して他の企業と話し合いをすることは自由ですよね。
相手には一応
「貴社の条件に魅力が感じず、交渉の進展にも希望が持てないので、他社にもサウンディング(打診)させていただく」
と通告しておきましょう。
とにかく、主導権を回復して、強気で進めましょう。
最後にゴール設定ですが、日本語で、日本法を準拠した契約にして、トラブった場合の裁判管轄も東京地裁に指定しておく、そんな契約書としておきましょう。
無論、同内容で英文の翻訳文書を作ってもいいですが、契約言語(Governing language)はあくまで日本語。
英文は、単なる、Translation for reference (参考のための訳文)扱いとして、優劣を明確にしておきましょう。
相手にとっては、不愉快で屈辱的でしょうが、契約自由の原則を盾に強気に出てもいいでしょう。
ア・プリオリに
「相手はわざわざ遠くからやってきてくれたわけだから、国際親善の意味でも相手を立てて上げるべきだし、相手に遠慮・配慮し、相手の立場も反映してあげるべきだし、国際契約なんだから、絶対英語で契約しなければならない」
などと考えず、
「ライセンスほしけりゃ、この内容で、日本語での契約に応じろ。
いやなら、ゴー・ホームだ」
という形で進めたってかまわないわけですしね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00021_手形を独り歩きさせた場合に生じる重大なリスク

裏書きした手形を、見ず知らずの人間に漫然と手渡した場合、ほぼ確実に大きなトラブルに巻き込まれます。

そもそも手形は色々な人の手に渡ることが前提となっているため、手形法上、手形譲渡にまつわる支払いトラブルについては、すべて譲渡した側に責任を負わせる仕組になっています。

手形をよく知らずに入手した素人の経営者の方で、見ず知らずの人間に
「取り立てをお願いする趣旨」
で手形を渡してしまうケースがありますが、その
「見ず知らずの人間」
は、実際には、取り立てなどせず、さらに、別の第三者に売却してしまうことが多く、これがトラブルになる典型的なパターンです。

最終的に手形を受領した第三者は、
「取り立てをお願いする趣旨」
で手形を渡したという事情があったかなんて知る由もありませんから(知っていても、知らないフリをするでしょうし)、その種のトラブルはすべて裏書人が負担すべきことになるのです。

このように、署名に関わった手形がいったん独り歩きすると、
手形を譲渡する過程で生じた
「滑った」「転んだ」などのトラブル
は、手形を取得した第三者に対しては一切弁解できなくなりますので、信用の基礎がない人間に漫然と手形を渡すことは絶対してはいけません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00020_「手形の裏書」を安易にすべきではない

手形法上、裏書をした瞬間、裏書人は振出人の保証人とみなされます。

裏書という形で保証をした者は、法律上破綻した振出人(及び自分より前に裏書きした裏書人)に代わって手形金を全額支払う法的義務を負います。

このような保証をしたくなければ、無担保(ノンリコース)文言を付した裏書をするか、裏書をせずに交付のみで譲渡してしまえばいいのですが、これを知らずに、裏書きして手形を渡してしまえば、後の祭りです。

「そんなルール知らなかった」
という弁解は通用するはずもなく、問答無用で、振出人や自分の前の裏書人の連帯保証人として扱われ、彼らが破綻した場合、全額の支払い責任を負わされます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00019_手形の取扱には相当な知識が必要

手形法は、理論、体系ともに精緻かつ難解であり、手形の取り扱いには、本来、高度な知識が必要です。

従って、まず、手形について知識がない方は、取り扱いには十分注意してください。

10年、20年と商売をやっていた方でも、油断は禁物です。

定型的な取引決済のため、上場企業から比較的短期の手形を振出してもらい、銀行で割り引くだけであれば問題は少ないのですが、振出人の素姓もよく分からない手形を受け取ったときには、知識がないと大きなトラブルに巻き込まれます。

もちろん、手形のことを勉強してもいいのですが、この
「手形法」
という代物、相当難解で、ちょっとやそっとで理解できるようなものではありません。

旧司法試験においては、商法の論文試験で毎年1問、手形法の問題が出されていましたが、理論的に難解で、何年勉強しても誤答してしまうリスクがつきまとう厄介なもので、受験生泣かせの科目でした。

そういうこともあってか、新司法試験においては、論文科目からは外されました。

そんないわくつきの法律科目です。

以上のとおり、手形法は、弁護士になるため相当勉強した人間ですら理解が困難であったり、ギブアップすることが予測されるため試験科目としても難解すぎるという理由で排除されるような高度な理論体系です。

一般の経営者が正しく理解して、きちんと取り扱うのはかなり難易度が高いもので、普通に考えれば、近づかないか、取扱うとしても、詳しい弁護士に聞いて慎重に取り扱うべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00018_企業法務ケーススタディ(No.0002):手形の知識もなく、安易に手形を取扱った場合に生じる大きなリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
スーパーフリーダム社 社長 高田 馬場男(たかだ ばばお、23歳)

相談内容:
こんちわ。どうもっす。
オレ、今、学生なんすけど、イベント会社起業して、がんばってます。
親父の会社が先生の顧問先つうことで、紹介したもらったっす。
よろしっくっす。
以前、カネ貸してやったコンパニオン派遣会社の社長がカネ返さねえんで、ちょっと後輩連れてボコりにいったら、
「カネねえから代わりにこれで勘弁して」
って手形を出してきたんすよ。
なんかよくわかんないすけど、額面には1千万円って書いてあって、ま、貸したカネが500万円だったし、
「ラッキー。儲け」
って思って、巻き上げといたんすよ。
でも、これってよくわかんないじゃないすか。
オレ、文学部だし。
したら、この前クラブで開いたパーティーに来てた芸能事務所の社長ってゆうオッサンと意気投合して、手形のこと話したら、
「オレにまかせろ、こういのは裏書ってのをすんだよ。
あとは知り合いのヤクザに取り立てもらうから預けろ」
とか言われたんで、とりあえず言われるがままに手形の裏んとこに署名して、そのオッサンに預けて安心してたんすよ。
でも、オッサンから音沙汰ないしムカついてたら、昨日、突然、全然知らない会社の代理人だっていう弁護士から内容証明来て、
「振出人は倒産しているから、裏書人であるスーパーフリーダム社が額面のカネを払え。
払わなかったら、裁判起こす」
とか書いてあるんすよね。
オレもう、わけわかんなくて。
どうしたらいいんすか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:約束手形の裏書人が負担する過酷な責任
手形を譲り渡す場合、
「手形の裏書」
というものをしますが、手形の裏書人は、振出人の保証人と扱われます。
しかも、手形を誰かに裏書きして渡した場合、それが独り歩きして、当事者間のことを全く知らない(あるいは、知っていても知らないフリをする)第三者の手に渡った場合、その第三者には全く弁解をできない立場に追い込まれます。
このように、手形には、かなり特殊で、かつ効果が強烈なルールがあり、手形のことをよく知らない素人が安易に取り扱うとかなり痛い目に遭います。
もちろん、手形のことを勉強してもいいのですが、この
「手形法」
という代物、相当難解で、ちょっとやそっとで理解できるようなものではありません。
旧司法試験においては、商法の論文試験で毎年1問、手形法の問題が出されていましたが、理論的に難解で、何年勉強しても誤答してしまうリスクがつきまとう厄介なもので、受験生泣かせの科目でした。
そういうこともあってか、新司法試験においては、論文科目からは外されました。
そんないわくつきの法律科目です。
以上のとおり、手形法は、弁護士になるため相当勉強した人間ですら理解が困難であったり、ギブアップすることが予測されるため試験科目としても難解すぎるという理由で排除されるような高度な理論体系です。
一般の経営者が正しく理解して、きちんと取り扱うのはかなり難易度が高いもので、普通に考えれば、近づかないか、取扱うとしても、詳しい弁護士に聞いて慎重に取り扱うべきです。

モデル助言:
まさに生兵法は怪我のもとですね。
今回の件ですが、手形を請求してきた人間と自称芸能事務所社長とはグルの可能性がありますね。
当該社長を詐欺で刑事告訴しつつ、手形を請求してきた弁護士と平行して裁判外で話合いましょう。
騙したヤツが泣きを入れて解決することもありますから。
交渉が決裂したら、相手方は手形訴訟を起こしてきますが、手形の裁判では弁解がほとんど認められない形で判決が下され、即強制執行できる状態になります。
とはいえ、スーパーフリーダム社は即時強制執行されて困るような資産があるわけではないですし、異議申立し、持久戦に持ち込んで、相手の疲弊を誘って、粘り強く和解交渉を続けましょう。
今回、高田君が唯一幸運だったのは、高田君
「個人」
が裏書していなかったことですね。
スーパーフリーダム社なんて高田君個人の営業力と信用だけの会社で、法人自体に特別の価値があるわけではない。
最悪、スーパーフリーダム社については法人のみ破産させて、別の会社を設立して、新しく事業をはじめればいいじゃない。
ま、そのときは、ちゃんと弁護士をつけて今回みたいなトラブルにならないようにしないとね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00017_社運を賭けた大型提携契約交渉を行う場合に、事前に締結すべき契約書の内容

社運を賭け、大規模な資源投入を前提に行う大型提携交渉を行う場合、相手が途中で翻意して、いきなり破談にされると、企業としては、当然ながら、体面のみならず、大きな経済的損害を蒙ります。

「そんなことは起こるはずがない」
「あり得ない仮想事例」
と思われがちですが、実際、2004年に、UFJ信託銀行を含むUFJグループが、当時交渉中であった住友信託銀行に基本合意の撤回を通知し、撤回直後に三菱東京FGと経営統合に向けた協議を開始しはじめる、という事件が発生しました。

ところで、UFJグループと住友信託との基本合意書には独占交渉権付与条項がありました(後述のとおり、独占交渉権は設定されていましたが、これが侵害された場合のペナルティ措置は空文となっていました)。

住友信託は、当該独占交渉権が侵害される、という理由で、UFJグループと三菱東京FGとの間で開始が表明された経営統合交渉(信託部門の経営統合交渉)の差止めを求める仮処分を東京地裁に申請する、という事件となり、さらには、この仮処分の当否の最終的判断が最高裁までもつれこむ、という大事件に発展していきました。

最高裁は、
・住友信託の独占交渉権は失効していない
・しかし、差し止めの仮処分については認められない
・住友信託としては、差し止めは出来ないが、後で、損害賠償することが可能
などとして、住友信託の主張を退けました。

なお、住友信託側は、賠償請求を提訴しましたが、違約罰条項等がなかったため、損害論で徹底した応戦されるという事態を誘発したため、主張する損害満額を認められるような訳にはいかず、手こずる結果に陥りました。

そして、事件から約2年半後の2007年1月にいたり、和解で25億円の賠償を獲得しました。

25億円というとかなりの額と思われるかもしれませんが、提携交渉に費やした時間や費用やエネルギー、さらに提携破談による機会損失、和解金を獲得するために訴訟遂行に費やした時間と費用と労力(特に社内で費消された莫大な労務コスト)を考えると、25億円という賠償は到底割に合うものではなく、苦い勝利であったと推測されます。

欧米の取引社会においては、今回のケースのような提携交渉に着手する前に、契約書を作成しますが、日本においても、企業法務の最前線においては、
「契約書は存在して当たり前。さらにはその内容もトラブルやロス発生の際の具体的な負担方法まで文書化していないと無意味」
とまで認識されるに至っており、契約書の存在のみならず、内容の緻密さまで問われるようになってきています。

提携交渉に着手する前に交わすべき契約内容としては、提携交渉の背景や経済的動機の確認、交渉中取り交わされる情報の保秘、交渉期間中に第三者と同種の交渉を行なうことの許否、当事者の違約があった場合の賠償措置などが盛り込まれます。

最近では、違約を行なった場合の措置の内容として、賠償額の予定や違約罰まで定めることが必要です。

前述の各約定事項の違反があったとしても、オートマチックに損害額が確定するわけではありませんし、損害額を立証するのは損害請求する被害当事者の負担となります。

そして、立証できなければ
「契約違反はあったが、損害はない
という認定により、結論として損害賠償は棄却されるリスクが現実化します。

無論、今回は、相当額の和解金を獲得しており、ある程度損害立証に成功したものと評価できますが、他方で、そこに至るまで2年半もの歳月と大きな訴訟コストや内部人件費を費消したことを考えれば、
「もめたら、おって訴訟でカタをつけることもできるから、さほどきっちり取り決めなくていはいい」
などとはいえません。

提携交渉の際にいろいろと当事者間に禁止事項を定めるのは結構ですが、違反した場合の損害立証まで視野に入れて
「この義務に違反した場合は違約罰として○円支払う」
等の取り決めまでしておかないと、
「契約違反しても、事実上ペナルティなし」
ということになりかねません。

住友信託とUFJとの間においても、
「独占交渉権を侵害した場合、違約当事者は、違約罰として直ちに金200億円支払う。なお、本違約罰は、いかなる意味ないし文脈においても、損害賠償の予定ないしその一部としては解されない」
という合意が存在した場合、賠償請求訴訟はもっと短時間で労力も少なく損害論をクリアでき満額賠償を得られたかもしれないし、さらに、UFJ側への有効な牽制となり、破談も起きなかったかもしれない。

私がよく例えに用いるのが、
「違約罰条項なき契約」
というのは、
「ゆびきりげんまん」したが、「嘘ついても、特段具体的なペナルティは定めない」
というのと同じで、
「嘘ついたらハリセンボン飲ます」
という定石的なペナルティ設定と比べ、約束違反を誘発しやすい構造を持っている、という認識です。

要するに、
「『社運を賭け、コケたら大事件になるような、重大な契約交渉』を行うなら、『小学校低学年でも大事な約束をする際に実践するペナルティ設定上のリテラシー』を以て、約束を具体化しておくべし。その程度の知恵をもたず、無防備な契約で、大事に臨むと、後で大きなトラブルに遭う可能性がある」
ということです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00016_現代ビジネス社会では、日本流の「信頼関係」に依存する取引スタイルは命取りになる

これまで、多くの日本企業は、約束事の文書化を避け、
「信頼関係」
を唯一の基礎として、取引関係を処理してきました。

ですが、
「信頼関係」
の認識は、取引がうまくいっていて両方がハッピーに儲けている間は完全に一致していますが、トラブルが生じると、全く違ったものになってしまう、きわめて脆弱なものです。

例えば、大きな契約交渉中に、契約成立直前になって、相手方が突如、態度を豹変させ、交渉終結を申し出た場合を考えてみましょう。

契約を締結させたいと考えている側からすれば 、
「交渉を破談にするのであれば、相応の賠償をするのが信頼関係」
と考えますが、破断を申し出た企業からすれば
「状況が変わったら、過去の経緯にとらわれず、交渉から解放してくれるのが信頼関係」
となります。

合意内容を常に言語化し、齟齬がないかどうかを確認しておかないと、同じ日本人が日本語で話し合っていても、常に錯誤に陥る危険性は存在します。

また、仮に、契約が成立した後でも、契約内容を記録した契約書の記載が曖昧であれば、将来利害が対立すると、
「曖昧な内容」
を巡って解釈や適用において、深刻な利害対立が生じます。

そんな状況において、
「信頼関係」
という無内容で抽象的な概念を振り回しても、解決には何ら貢献せず、紛争処理のため無駄な時間とコストとエネルギーを消耗する不愉快な未来しか描けません。

日本でも、1990年代の終わり頃から、契約書を巧みに操れる外資系企業や、新興ベンチャーが取引社会のキープレーヤーとして幅を利かせるようになり、
「信頼関係」
だけで取引を形成する日本流の文化は後退し、契約社会に変貌を遂げていきました。

現代のビジネス社会を生き抜く企業としては、合意内容や取引内容を曖昧なままにせず、
「言語化、文書化、フォーマル化」
して、契約書として明確かつ具体的な文書記録として残すことはもちろんのこと、契約書の内容としても、
「信頼関係」「信義誠実」
という多義的で無内容で紛議のタネを撒き散らすだけの抽象表現に依拠せず、どんなにシビアな利害対立に遭遇しても、しっかりと相手にこちらの主張を認めさせるような、モダンで効果的な契約書を作成するべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00015_企業法務ケーススタディ(No.0001):提携交渉中に交渉相手が突然態度を豹変し、一方的に破談を申し渡された

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ナニワ信託銀行 取締役 梅田 虎男(うめだ とらお、58歳)

相談内容:
先生、ちょっと聞いとくれやす。
わてらナニワ信託銀行は、業界大手の東海信託銀行さんと
「業務提携しまひょか」
ゆうことになりましてな、先生が提示した覚書に署名して、2年くらいかけて、話し合いしとったんですわ。
会計士さんやら入ってもろて、提携条件も詰まって、もうこれで決まりや、ゆうとこまできましたんや。
忘れもしませんわ。大筋で条件が決まった昨年秋ごろでしたかいな。
先方さんから急に
「親会社の意向が変わったんで提携話はナシにしてくれ」
と、こうゆうてきはりましたんや。
しかも、噂によると、東海さんとこは、ウチの宿敵関東信託銀行さんと提携するという話ですわ。
もうウチの会長カンカンで、
「そんなん契約違反や。鐵丸先生とこに頼んで東海さんとこにヤキ入れてもろうて来い!」
とこうなったわけですわ。
先生、どうしたらいいかお知恵を拝借できまへんか。
ほんま、よろしゅう頼んますわ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:交渉破談と賠償請求
クライアントであるナニワ信託銀行も、相手方である東海信託銀行も、約束事の明瞭な文書化を避けて、
「信頼関係」
を唯一の基礎にして、 話を進めてきましたが、不幸な事に、
「信頼関係」
の解釈が真逆でした。
すなわち、ナニワ信託銀行においては
「交渉を破談にするのであれば、相応の賠償をするのが信頼関係 」
と考えていましたが、相手方の東海信託銀行は
「状況が変わったら、過去の経緯にとらわれず、交渉から解放してくれるのが信頼関係 」
と考えていた点に、不幸な紛議の根本的原因があります。
提携交渉に着手する前に交わすべき契約内容としては、提携交渉の背景や経済的動機の確認、交渉中取り交わされる情報の保秘、交渉期間中に第三者と同種の交渉を行なうことの許否、当事者の違約があった場合の賠償措置などが盛り込まれます。
最近では、違約を行なった場合の措置の内容として、賠償額の予定や違約罰まで定めることが必要です。

モデル助言:
さて、ナニワ信託さんは交渉前に覚書は取り交わしていたわけで、それは評価できますね。
しかし、この覚書を読んでも、東海さんがナニワ信託さん以外の第三者と交渉することまで禁止しているかという点については明らかではない。
それに、約束違反した場合の賠償ルールについても、単に
「相当額の賠償をする」
としか書いていません。
これだと、ナニワ信託さんに独占交渉権があったか否か自体争われますし、交渉権を侵害した場合の損害論もこちらが主張立証しなければならない。
会長は、提携の利益である100億円損害賠償請求するとおっしゃっている?
うーむ、ちょっとそれは難しいでしょう。
今回の契約は
「提携するかについて交渉する約束」
であって、
「提携する約束」
ではありませんからね。
裁判では、交渉経過での東海さんのやり方の非違性をていねいに主張して、せめて契約違反を認めてもらいましょうか。
契約が未成立の段階において交渉相手が一方的に破談させた場合に交渉費用相当の損害賠償を認めた裁判例もありますから、独占交渉権の明記がないと判断されたとしても、裁判所の理解は得られるでしょう。
あとは、あまりつっぱらず、尋問終了後、裁判所が和解を勧めてくれた段階で、うまいこと和解で決着するのが賢明ですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00014_企業法務部門の規模格差と、中小企業・ベンチャー企業における法務体制充実に向けた取り組み

わが国最大の企業横断的法務担当者組織である経営法友会(会員会社数は1200社超)の会社法務部実態調査においては、調査基準として、企業法務部門を規模別に、
1~4名を「小規模法務」、
5~10名を「中規模法務」、
11~30名を「大規模法務」、
31名以上を「メガクラス法務」
として分類しています。

経営法友会の実態調査をみる限り、企業の時価総額と法務部門の規模は概ね比例しており、筆者の主観を交えてざっくりとした印象で整理すると
時価総額50億円未満の企業が概ね「小規模法務」(1~4名 )、
時価総額50億円以上500億円未満の企業が概ね「中規模法務」(5~10名 )、
時価総額500億円以上5000億円未満の企業が概ね「大規模法務」(11~30名 )、
時価総額5000億円以上の企業が概ね「メガクラス法務」(31名以上 )、
というイメージで捉えることが可能かと思われます。

他方、小規模法務の内実として、法務部員一人だけの法務部(一人法務)も、回答会社数の1割程度含まれています。

また、資本金5億円未満の企業における法務部門設置率は約3割とされており、7割の中小企業では法務部を欠いた状態で経営を行っているようです。

「7割の中小企業において、法務部を欠いた状態」
とはいえ、
「法務部を設置する余裕はなくとも、顧問弁護士くらいはいるだろう」
との期待はできそうですが、現実には、
「(法務部はおろか)顧問弁護士すら不在」
という経営体制も相当数存在するようです。

古いデータですが、 2005年に
大阪市立大学大学院法学研究科「企業法務研究プロジェクト」
が実施した調査によると、1838の大阪府下の中小企業中、顧問弁護士がいないと回答した企業は1530社(83%)に上ったそうです(高橋眞、村上幸隆(編)『中小企業法の理論と実務』民事法研究会刊、2007年、591頁)。

東京に次ぐ大都市である大阪ですらこのような状況ですから、その他の地方都市の企業の法務支援体制として、
「顧問弁護士すら不在」
という経営体制の企業が相当な割合で存在するであろうことは容易に推測可能です。

地方では弁護士の数が不足していることもあり、税理士や司法書士、行政書士が事実上顧問弁護士としての役割を担い、企業の契約書をチェックし、法務上の相談に応じ、ときには訴訟指導等もしていることは公然と知られた事実です(無論、これら非資格者による法律業務は弁護士法違反を構成し、罰則すら適用される重篤な違法行為です)。

そして、このような法務上の不適切な処置が原因で後日深刻なトラブルに発展するケースも実に多く存在します。

現代の産業社会は、法務体制を欠如した企業が生き残れるほど寛容ではありません。

有効な企業法務上の助言がえられないばかりに、不祥事や契約リスクが現実化し、倒産や廃業等を余儀なくされ、市場から退場させられた企業は数多く存在します

とはいえ、著者としては、
「すべての企業が法務部が必要」
などという、過剰かつ非現実的なことを言うつもりはありません。

「弁護士資格をもたない者による、違法で不適正な法律相談に依拠して法的判断を行うこと」
は論外としても、企業の規模によっては、顧問弁護士をいわば
「社外の独立法務部」
のような形で機動的に動いてもらうことにより、
「企業規模に応じた合理的な充実度を有する法律体制」
を整えることは十分可能です。

実際、私の顧問先企業においては、法務部が存在しないものの、管理担当役員や、経理や財務等の非法務セクションの部長等が、対応窓口(法務マターに関する報告・連絡・相談を実施する窓口)となって、顧問契約をしている法律事務所を、社外の独立法務部のような形で機能させている中小企業、ベンチャー企業は相応数存在します。

この種の企業は、社内に恒常的に活動する法務組織はないものの、トップマネジメントと対応窓口と顧問弁護士との三者連携で、相当充実した法務体制を整え、紛争予防をほぼ完全な制御下に置いています。

また、偶発的に生じるトラブル対応も、即時適時に、実戦経験豊富な弁護士が、紛争萌芽期から直接対処するので、
「大事を小事に、小事を無事にするような、効果的な有事対処」
することが可能な体制が整備されています。

無論、このように、 顧問弁護士をいわば
「社外の独立法務部」
のような形で機動的に稼働させる前提として、顧問弁護士サイドにおいて、法律上の知見やリーガルマインドはもちろんのこと、顧問先企業のビジネスモデルや個々の事業活動に対する即時かつ十全な理解を可能にする
「ビジネスマインド」
を有することが大前提となります。

また、顧問弁護士と、対応窓口との間における、効果的な
「報告・連絡・相談」
を可能にするためには、顧問弁護士において、難解な専門用語を振り回して曖昧な態度で煙に巻くような助言スタンスで逃げたりせず、法的本質を十分理解した上で、明快な結論や判断分岐における選択肢を明瞭に提示できるスキルを有し、さらに、アナロジーやメタファーやプレインランゲージを用いて
「ビジネスパースン」
として会話できる、コミュニケーション力も必要になります。

いずれにせよ、企業法務部門の充実度は、企業規模において実に様々であり、数十名の専門部員が常駐する法務部を擁する企業が存在する一方、創業間もないベンチャーや零細企業においては、顧問弁護士すら不在の状態で凌いでいる、という厳然たる格差が実体として存在することは事実です。

他方で、法曹人口の増加傾向も相まって、今後、ますます社内弁護士や法務専門職雇用が増え、あるいは、弁護士の競争激化に伴い、弁護士も
「よりクライアントサイドにおいて使い勝手の良い」
と評価されるためのスキル改善向上(とくに、ビジネスモデルの理解や、コミュニケーション力の改善)を行い、総合的な底上げが期待されるところであろう、と思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00013_「コンプライアンス的に問題です」という応答は、企業法務的に大問題であり、法務部員の職責放棄と同じ

企業内の法務部員が、経営陣からの法的諮問や依頼部署からの法律相談に対して、
「コンプライアンス的に問題です」
という応答をする場合があります。

この応答は、社外の顧問弁護士においてもみられる場合があります。

私としては、この
「コンプライアンス的に問題です」
という応答は、法務戦略としての思考を放棄したことを示しており、法務部員としてありえない怠慢さを表すものと考えます。

法的三段論法にしたがって、具体的な法規範(大前提)を示し、相談された事例(小前提)が当該規範に違反・抵触することを示す(結論)なら、まだしも、
「コンプライアンス的に問題」
という言い方自体、そのような法的思考すら懈怠・放棄しているのと同義です。

具体的根拠を示さず、
「コンプライアンス的に問題です」
という抽象的な概念で誤魔化す応答態度は、 印象や感覚に依拠し、常識という一種の
「属人的偏見」
に基づく主観的違和感を語っているに過ぎず、
「私の感覚と合わない」
と言っているのと同様、非知的で無内容な応答です。

さらに最悪なのは、企業法務部員が
「企業“倫理”的に問題です」
といった応答をなすことです。

無論、この種の応答を、企業イメージの維持改善を所管する広報部や広告宣伝部、IR部門等が言うことは、ある程度許容できます。

ですが、“法”的問題を問われている法務部員が、“倫理”を盾に、真摯な検討を放擲し、
「倫理的に違和感がある」
という逃げの弁解を使って、不誠実な回答回避に及ぶ態度は大きな問題であろうと思います。

我々弁護士も、法務部員も、
「法律を扱うプロフェッショナル」
であり、問われている問題は、法律問題であり、倫理問題ではありません。

倫理を問うなら、問うべき相手は弁護士や法務部員ではありません。
神父や牧師や住職か神主か、幼稚園や小学校の教員に聞くべきです。

このように、
「コンプライアンス的に問題です」
「企業倫理的に問題です」
という応答をしたくなる動機や背景は、推測するに、次のようなことであろうと考えられます。

すなわち、
・具体的な法的問題を指摘する場合、諮問事実(対象取引や対象プロジェクト)を正確に把握・理解し、関係しうる該当法令をくまなく探索し、適用対象となるべき箇所(条文)を抽出し、これに法的三段論法を当てはめた検証を行わなければならない
・しかも、以上の検証は「規範と事実関係がきちんと整合し、あるいは適用対象外であることが明確である」という場合であり、もしこの点が曖昧であれば、裁判例等まで探索範囲を広げ、さらなる調査検証が必要となる
・ 以上のような知的活動は面倒であり、あるいはそもそもスキルがなくて自分たちのキャパシティでは調査検証が不可能とも言える状況
・リスク回避のもっとも端的で簡便な方法は、「当該リスキーな行いをやめてしまうこと」である。リスクある行いをやめさせれば、リスクは絶対的かつ完全に回避できる
・何らかの理由で、取引ないしプロジェクトをギブアップさせるか、少なくとも、法務部として異を唱えていたことを記録に残しておけば、リスクが発現しても責任を逃れられる
・「検討するのが面倒くさいし、あるいはそのスキルが無いが、なんとなく違和感があるので、やめといた方ががいいと思う。制止を無視してやって、トラブルになっても、異議を留めておけば、あとで私たちが責任を負わなくていい」という消極的な態度で逃げたいのが本音
・このような愚劣で卑劣な本音をうまく糊塗隠蔽し、しかも、真摯に知的検証したように見える便利な言い方として、「コンプライアンス的に問題」「企業倫理的に問題」という言い方がある
・だから、この便利なマジックワードを使って、誤魔化して、煙に巻き、職責を果たしたフリをしてやり過ごそう
という動機ないし背景が透けて見えます。

「あいつは魔女だ」
「あいつは反キリストだ」
「無口で無礼な隣に引っ越してきた家族は、とんでもない非常識な連中だ。悪魔崇拝をしているから火炙りにすべきだ」
「あいつの行いは不敬罪に問うべきだ」
「貴様のような言動をするヤツは非国民だ」
「お前の考え方は、帝国主義的な堕落というべきで、労働教化刑に処すべきだ」
「君の言動は、反革命的だ」
などという暴力的で暗黒的で中世封建的な言い方と同様、
「基準なき主観で物事を評価する態度ないし姿勢」は、
極めて非知的で時代錯誤的で愚劣なものであり、法律家としては、もっとも嫌悪し、忌避すべきものです。

市場での自由競争を是とする資本主義社会を採用する国家においては、
「書いてないことはやっていいこと」
というのが、あらゆる取引や事業に適用されるべき私法の根本原理です。

多くのベンチャーや新規事業部門がチャレンジする取引やプロジェクトは、誰もやっていないことや、先例があっても精密に整合しないタイプの、法律家の保守的で陳腐な発想では思いもつかないものばかりです。

当然ながら、
「法的抵触の有無や回避するための知恵」
がそう簡単に出てこない、そんなタイプの難しい法的課題に遭遇します。

だからこそ、企業法務部員に(企業法務部員のキャパシティで対応困難であれば、その先の顧問弁護士に)、見解を求めるのです。

経済合理性があり、事業採算性が見込まれる取引や事業が想定され、そこに適用される法律が具体的に見当たらなければ、
「書いてないことはやっていいこと」
という私法原理に照らせば、豊穣な未開拓のフロンティアであり、単なるビジネスチャンスです。

たとえ、倫理や常識や
「今まで誰もやっていないのでなんとなく違和感がある」
というものがあったとしても、企業としては、
「まんじゅう怖い」
という笑い話のような非法律的で漠たる違和感に萎縮し、豊穣な事業機会を放棄することなど、愚劣の極みであり、株主に対する重大な背信として絶対やってはならないことです。

さらに言えば、たとえ、形式上、外形上、
「法律」
なるものが字面として存在したとしても、
「法律」
と呼ばれるものの中には、陳腐化したもの、不合理なもの、狂ったものもあります。

MKタクシーやヤマト運輸(クロネコヤマト)は、このような、
「陳腐化し、不合理で、あるいは狂った法律」
に果敢にチャレンジして、事業を拡大し、あるいは市場を創出してきた企業として、今では称賛されています。

無論、公然と法令違反を推奨する趣旨ではありません。

ノーアクションレター制度等を使って、規制ニッチを慎重かつ合法的に攻めていく方法もあります。

また、世論を喚起し、消費者の支持を背景に、ロビー活動等の政治的圧力を用いる方法等もあります。

企業法務に携わるプロフェッショナルとして、
「自分固有の矮小な倫理観や違和感を振り回して、論拠を示さず、印象として結論を語る」
という態度は、真摯で知的な営みの放棄であり、もっとも採用してはいけない姿勢です。

明らかな法令違反は別として、結論ないし判断は、あくまで経営陣が下すものです。

参謀として、真摯で知的な営みで、経営判断を支援する企業法務部員の職責は、知性と丹念な調査と柔軟な思考や想像力によって、
「できない理由を探す」
のではなく
「取引や事業を何とか実現させる」べく、
可能な限り多くの選択肢を抽出し、各選択肢に客観的で具体的で正確なプロコン情報(長短所情報)を添えて、経営陣をバックアップすることです。

経営陣の中には、企業法務組織について、
「何かにつけ、ケチをつけ、問題をあげつらい、ネガティブな印象を語って、仕事した気になっている、批評家。法律はともかく、経営のことを全くわかっていない、金儲けに貢献しないどころか、何かにつけて陰気に金儲けの邪魔をする穀潰しで、鬱陶しいだけの厄介者」
と嫌悪している人間も少なからずいます。

そのような社内状況にある場合はもちろんのこと、そうでない場合であっても、参謀組織でもある企業法務組織の最大の課題は、経営陣から、揺るがない信頼を得ることです。

法を曲げてまでも、違法に加担してまでも、経営陣に媚びへつらえ、ということを言うわけではありません。

ですが、
「リスクを印象や感触で察知して、責任逃れのため、華麗な言葉で誤魔化して、卑怯な言い様で煙に巻く」
というような恥ずべき態度に終始していれば、
「何かにつけ、ケチをつけ、問題をあげつらい、ネガティブな印象を語って、仕事した気になっている、批評家。法律はともかく、経営のことを全くわかっていない、金儲けに貢献しないどころか、何かにつけて陰気に金儲けの邪魔をする穀潰しで、鬱陶しいだけの厄介者」
と言われても仕方ありません。

知的専門性を発揮して、リスクを発見・特定・具体化した上で、リスクを避けて事業を諦めさせるだけではなく、事業モデルや取引形態に修正を加えて、リスクを低減させたり、転嫁させる方法を具体的に選択肢として提案していく。

さらには、リスクそのものの正体を見極め、
「法律」
が不合理であるなら
「法律」
と対峙することすら辞さない構えで、トラブルになった場合のダメージやコストまで正確に見積もった上で、MKタクシーやヤマト運輸のように果敢に挑戦する、という方策を含めた積極策をも提言する。

法務部としては、このように、法的な緻密さと柔軟で大胆な想像力を組み合わせながら、ありとあらゆる選択肢を提供する営みを通じて、経営陣の真の信頼を勝ち得るべきです。

言うまでもありませんが、あらゆる企業活動にはリスクがつきものです。

企業活動において、リスクを完全に無くす方法が、1つだけあります。

それは、企業活動そのものをやめてしまうことです。

「コンプライアンス的に問題」
「企業倫理的に問題」
という応答は、一見、知的で見識が高いように見えます。

ですが、前述のとおり、その内実は、まったくの無内容であり、応答者の怠惰と非知性を表しているに過ぎません。

この話を敷衍すれば
「倫理とコンプライアンスを貫徹するため、企業活動そのものをやめる」
という結論にたどり着く、どこか狂ったメッセージを含むものであり、企業法務に携わる者としては、もっとも忌避すべき姿勢と考えます。

いずれにせよ、
「コンプライアンス的に問題」
「企業倫理的に問題」
という言い方は、社外の顧問弁護士としてはもちろんのこと、社内の企業法務部員としても、絶対使うことを忌避すべきものである、と考えます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所