00074_企業法務ケーススタディ(No.0028):国際契約での仲裁地の引っ張り合い解消法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ビューティーホワイト 社長 陣内 紀子(じんのうち のりこ、35歳)

相談内容: 
先生、当社の販売店網は、昨年ついに日本を網羅し、今年から、いよいよ念願の海外進出に着手する運びとなりました。
第一弾として、ロサンゼルスを中心にダイエット用サプリ等の健康食品販売を広くてがけているハリウッド・スタイル社(以下、「ハ社」)と業務提携することになりました。
当社は、ハ社の商品の日本の総販売代理店となり、当社の販売店網を通じた販売活動を展開し、他方、ハ社にも同様の形で当社のカリフォルニア州の総販売代理店として当社の美白化粧品を販売してもらう予定です。
先月もロサンゼルスに行ってきて、契約条件の詰めが終わり、先日、ハ社の法務担当から業務提携契約書案が送られてきました。
ところで、当社には商社出身の常務がいるのですが、彼曰く、
「この契約書案では仲裁地がロサンゼルスになっており、いざ紛争になったら極めて不利です。
私は商社員時代に相手国仲裁を経験しておりますが、多大な時間とエネルギーを費消したあげく、当社には非常に不利な仲裁判断が下されました。
仲裁地は絶対日本国内とし、一歩も譲るべきではありません」
といい、ハ社と全く調整がつかない状態です。
私としては、この取引はうまくいくと思っており、トラブルになったときのことなどどうでもいいのですが、常務の話も気になるところです。
このまま調整できずに時間を空費するのは無駄だと思うのですが、両方とも納得できるような妙案ありませんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:アウェー戦となると、戦う前から経済的敗北が決定的となる国際民事紛争
日本国内の会社同士の取引なんかですと、ある程度中味のしっかりした契約書を取り交わし、日常のコミュニケーションがしっかりしている限り、トラブルが裁判に発展するなんてことはありません。
とはいえ、いざ裁判になった場合、弁護士として一番気になるのは裁判管轄です。
サッカーや野球の場合、
「試合の場所がホーム(当地)であるかアウェー(敵地)であるかは、試合結果を左右するくらい重要」
などと言われますが、これは裁判でも同じです。
私の場合、東京地方裁判所の裁判ですと散歩感覚で行けるのですが、地方での裁判は移動の時間やこれにかかるエネルギー(弁護士は膨大な書類を持ち歩く必要があり、遠隔地への移動は大変体力を消耗します)は非常に重くのしかかります。
依頼者にとっては、日当や稼働時間報酬というコスト負担の問題が生じます。
これが海外になると、アウェーでの裁判や仲裁はさらに不利になります。
裁判官なり仲裁人は現地の文化や言語を基礎に手続を進めますし、当然ながら、相手国の弁護士を採用しないとこちらの言い分が満足に伝えられません。
仲裁期日のほか、相手国の弁護士との打合せに要する時間やコスト、コーディネイターのコスト、証人等社内関係者の渡航による事業活動への影響等々を考えると、紛争を継続するコストは、ホームでやる場合に比べ、ケタが1つないし2つくらい違ってきます。
商社出身の常務の話のとおりで、国際仲裁において仲裁地を相手国とすることは非常な不利を招き、トラブルが生じても仲裁でこれを是正する途が事実上閉ざされてしまうことになりかねません。
以上のようなことがあるので、国際契約においては、お互い仲裁地を譲らないことが多いです。
無論、どちらかが契約交渉上に有利な地位を有していれば、力関係を通じて解決されます。
すなわち、強者が弱者に
「契約条件についてオレの言うこときけないなら、契約はヤメだ」
と要求すれば済む話です。
しかしながら、両者対等の立場ですと、調整は難航します。
ひとつの案としては、第三国を選ぶという考え方です。
すなわち、各当事者の国以外の特定の国、例えばイギリスとかスイスとかを仲裁地とする方法です。
とはいえ、当該第三国の仲裁地までの移動にかかる負荷や当該仲裁地における仲裁の質や信頼性、当該仲裁地の弁護士が確保できるか等いろいろ調査の手間がかかります。
もう1つの案としては、仲裁を申し立てる側が、相手方当事者の場所に乗り込んで仲裁するという方法です。
すなわち、陣内さんの会社が契約に関して文句があるときはロサンゼルスを仲裁地とする仲裁を申立て、ハ社が契約に関して文句があるときは東京を仲裁地とする仲裁を申し立てる、という方法です。

モデル助言: 
私としては、最後の方法、すなわち、
「仲裁を申し立てる側が、相手方当事者の場所に乗り込んで仲裁するという方法」
をお勧めします。
確かに、こちらから仲裁を申し立てる場合、大変な負荷がかかりますが、それは相手も同じこと。
一方が相手のやり方に文句があっても、仲裁を行う場合の時間やコストの膨大さを聞くと戦意が萎え、
「面倒な仲裁するくらいなら、少しアタマを冷やして、もう一度冷静に話し合ってみるか」
と思うようになることもあるでしょう。
このように、
「過激な行動を出ようとする側が、常に高いハードルにぶつかるような状況を設けておく」
という契約の仕組は、無駄な紛争を減らし、冷静な話し合いの機会を増やし、結果として紛争予防効果を高めてくれると思います。

参考:
00241_管轄地・仲裁地の重要性
00242_国際取引において、仲裁地の交渉がデッドロックになった場合のブレイクスルー・テクニック

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00073_企業法務ケーススタディ(No.0027):商品売掛先に騙された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ウッディータイヤ 社長 鈴木 有働(すずき うどう、37歳)

相談内容: 
先生、いつもお世話になっています。
ほら、ウチが輸入総販売代理店の権利を買ったイタリアのメーカーのタイヤあんじゃないすか。
最近新製品出したんすけど、これ、今、スゲー売れてんすよ。
ところで、ちょっと前、若手実業家の会合で知り合った人間がいるんです。
結構いい身なりで、いかにもやり手のビジネスマンみたいな感じなんですよ。
彼が言うには、手広くカー用品のチェーン店をやっている企業のトップだっていうことで、頂いた名刺みると、
「内村カー用品チェーン CEO 内村輝夫」
って書いてある。
その内村が、ウチの扱っているタイヤをどうしても売ってほしい、ていうんですよ。
意気投合したこともあり、在庫でスポーツタイヤが400本ほどあったんで、売りましょうという話になったんです。
翌日ウチのオフィスで注文書を書いてもらい、引渡方法については
「一刻も早くほしいので、こちらからトラックで取りにいきます」
ってことで、3日後にトラックで持っていきました。
その後、請求書を送ったんですけど、待てど暮らせど入金がされない。
会社の電話もつながらない。
やっと携帯でつかまえ、問い詰めると、
「内村カー用品チェーンは屋号で、私は個人事業主です。
タイヤはすでに売却済。
現在資金繰りが苦しいので代金は待ってほしい。
破産も検討している」
なんて言っている。
「そんなの詐欺じゃないですか。
名刺のCEOって普通大きな会社のトップって意味でしょ」
って怒鳴ったら、内村は笑いながら
「CEOは“チョット・エロい・オヤジ”の略称です。
法人代表者の意味ではなくて、ジョークで使っているだけ」
なんて言い出す始末です。
こんなの当然詐欺でしょ。
なんとかして下さいよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:掛売は「商品代金相当分の無担保融資」と同義
今回、鈴木さんは、身なりだけで判断して取引を開始し、売掛という形で信用を供与したわけですが、非常に脇が甘かったと言わざるを得ません。
売掛で商品を卸すということは、代金相当のカネを貸すのと同じです。
鈴木さんの行為は、見ず知らずの人に担保もなしにカネを貸したのと同じくらいアホなものだったということです。
代金引換で売り渡すのであればリスクはないですが、掛で売る以上は、取引相手が信用に足るかどうか調査した上で、債権を適正に保全する方法を構築することが必要です。
掛で売ることはカネを貸すのと同じといいましたが、
「どうやって信用を調査するか」
には、銀行がカネを貸す時に行うことを参考にするのが手っとり早く確実な方法です。
銀行からカネを借りる時には、登記簿謄本をもってこい、印鑑証明もってこい、決算書もってこいなんて鬱陶しいことを言われますが、掛売を行う際は、この状況を彼我の立場を替えて再現すればいいだけです。
すなわち、今回の場合も、
「内村カー用品チェーン」
なる組織について登記簿謄本や決算書を要求すればその実態がないことや信用がないことが簡単に判明したわけです。
次に、代金債権の保全についてです。
先取特権という法定の担保物権があるにはありますが、現実に行使するのは困難です。
銀行が貸付けるときと同様、代表者に連帯保証を入れてもらうのは当然として、取引開始にあたって決算書を開示させるなどして信用状況を把握し、代引にする、相当額の内金を入れてもらう、信用ある人に連帯保証人として加わってもらう等の措置を取ることが必要です。
「あんた銀行でもないのに、決算書見せろなんて無礼だ!」
なんてキレる連中がいるかもしれませんが、そういうところとは最初から大きな信用取引をしなければ済む話です。
無論、すべての取引にこれらの措置を画一的に取らなければならないわけではありません。
例えば、明らかに信用がある東証一部上場企業のカー用品店に対してタイヤを卸すときに
「登記簿謄本をよこせ、連帯保証を入れろ」
なんて言うのは馬鹿げています(上場企業の情報は、有価証券報告書をみれば全てわかります。なお、新興市場で財務体質が脆弱な企業や問題企業の場合は、連帯保証を要求してもいい場合があります)。
小口の取引しかないところに一々こんな手間のかかることをしていたら大変ですが、大きな企業やしっかりとした企業の場合、取引の大小にかかわらず、会社の氏素性に関する情報を全てもってこさせて、基本契約を締結してから(取引口座の開設)、取引がはじまります。
逆に、会社の氏素性も不明で、基本契約がない場合、たとえ100円の商品でも売ってくれない。
それが、
「大きな企業やしっかりとした企業」
のやり方ですが、別に中小だろうが、零細だろうが、このやり方を真似ちゃいけないという法律があるわけではありません。
100円や1万円ならともかく、
「焦げ付いたら痛いと感じる額の売掛」
の取引を行う場合については、相手先の実体、信用状況を相手先から自主的に情報をもってこさせる形で把握し、基本契約を締結し、必要な連帯保証を徴求すべきだと考えます。

モデル助言: 
今回の場合、鈴木さんの信用の基礎は
「いい身なり」

「名刺のCEOという肩書」
だったわけですが、こんなことだけを頼りに、ロクに調べもしないで、全く新規の取引先に多額の掛売する方がアホですね。
流通業でもきちんとしたところは、取引開始にあたって、素性や信用に関する公的資料を提出させた上できちんとした契約書を取り交わしますし、信用枠の設定や増減も合理的に、かつ秩序立てて行っています。
確かに、支払能力がないことを秘匿として物を買うことは、不作為による欺罔行為に該当し、詐欺罪が成立する可能性があります。
とはいえ、警察にはこの手の詐欺の告訴相談が山のようにきますし、ドラマのように機敏かつ熱心に捜査してもらうことは期待しないほうがいいでしょう。
仮に内村を聴取できたとしても
「当初はきちんと払うつもりがあったが、カネの手当てができなくなった。
民事の債務不履行であって、刑事事件ではない」
と弁解することは目に見えてます。
詐欺の被害者が100%被害回復できた例はほぼ皆無ですし、この種の取引事故は事前の予防が何より重要であると肝に命じておいてください。

参考:
00240_売掛で商品を卸すということは、代金相当のカネを貸すのと同じ

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00072_企業法務ケーススタディ(No.0026):開発委託契約書はよく読むべし

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社松友引越便 社長 松友 等(まつとも ひとし、41歳)

相談内容: 
商売の方は、ほんま、順調で、儲かってしゃーないですわ。
とはいえ、ウチの商売は、学生とか外国人とかをむっちゃ安いバイト代で使うんで、人集めんのも一苦労なんですわ。
ずーと、大阪の芳本総合アルバイトあっせんセンターちゅうところに人集めお願いしてたんですけど、何せ、マージンきつくてやってられませんねや。
ほんでインターネットで直接バイト募集しようかあちゅう話になりまして、何社かプレゼンさせて、一番プレゼンがよかった東京の大手業者にシステムやらホームページの制作やらを全部お願いすることにしたんですわ。
まあ、初期費用は高いですが、保守とか更新とかは地元の安い業者に任せればええかな、とか思てます。
業者の担当者は、定型的なもんやから適当に判子ついといてくれ、みたいな感じで渡しよったけど、昔、そんな調子でごっつ不利な契約書に判子ついてもうて、先生にえらいお世話になった経験もあるので、一応、先生に見といてもらおう思たんですわ。
それなりに値がはる取引なんで、何や注意点とか書き直す点とかあったら、あんじょう教えたってください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:「カネを出した客より、カネをもらって仕事を請け負った職人の方がエライ」という異常な初期設定がまかり通る、知的財産権の世界
知的財産権の世界では、カネを払って開発を委託したケースにおいて、契約上開発成果物に生じた権利の帰属が明記されていないと、当該権利は、カネを払った人間ではなく、開発した業者の所有に帰すことになります。
無論、カネを払った側は少なくとも開発成果を使うくらいは許されそうです。
しかし、契約書に明記していない以上、開発成果に関する権利は業者の所有物として、業者が特許を取得しようが、その特許を委託者のライバル企業に売り渡そうが、法律上は許されることになります。
「そんなアホな」
と言われそうですが、知的財産権制度は
「知恵を出した人間が知的財産権者である」
という建前で構築されており、カネやインフラを提供した奴は部外者という扱いです。
契約で権利者として扱うことを取り決めがない限り、少なくとも知的財産権の世界ではカネを出した人間は
「お呼びでない」
ことになります。
委託した物が著作物の場合、制作者の権利はさらに強化されることとなります。
すなわち、契約書上
「代金支払とともに全ての著作権を譲り受ける」
との約定を明記して、ある著作物の制作を依頼した場合であっても、カネを払って買い上げた側が勝手に著作物に変更を加えることができないのです。
例えば、著名な画家に肖像画の制作を依頼して引渡しを受けた後、当該肖像画にヒゲやメガネや鼻毛を書き加えた場合、当該画家の「著作者人格権の侵害という法的問題」が生じます。
ウェッブサイトの制作も同様で、納入されたページデザインを勝手にいじったりすると、場合によっては制作を委託した業者から著作者人格権の侵害などとケチをつけられる場合が考えられます。

モデル助言: 
問題の契約書を見ると、
「開発成果は、開発を遂行した者がその権利を取得する」
なんて書いていますが、松友さんの会社は開発を丸投げして開発に関わらないわけですから、カネを出したにもかかわらず成果は業者がすべて取得します。
大工の例でいうと、この契約書に基づく限り、松友さんの会社は、工事代金を支払ってもあくまで借家人扱いです。
ですから、契約書には、開発成果に関して生じるべき権利は松友さんの会社に排他的に帰属する旨明記する必要がありますね。
今回の場合、特許性がある開発は想定できませんので相手方の会社の職務発明に関する規程整備状況まで調べる必要はありません。
特許を生じ得るような開発の場合はこういうことも契約上盛り込む必要が出てきます。
松友さんがおっしゃっていたように保守や更新を別の業者に委託する場合、相手方業者が著作者人格権云々などと難癖をつけてくる可能性があるので、契約書には
「業者は著作者人格権を行使しない」
との一文を入れておく必要もあるでしょうね。
ま、契約書案は全面リフォームが必要です。
相手が強硬で契約書の校正に応じない場合がありますので、最後は
「校正に応じないと支払わない」
という態度に出る必要がありますので、契約書の調印まで一切支払をしないでください。
また、最悪、業者を変える必要も出てきますので、見積をもらった業者との関係も維持しておいてください。

参考:
00238_知的財産権のデフォルトルール:権利は、誰のもの? 作った人? カネを出したスポンサー?
00239_著作者人格権:著作物を買った人間は、カネを払った以上、煮るなり焼くなり、いじくり回したり、落書きしたり、やりたい放題できるか?

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00071_企業法務ケーススタディ(No.0025):飲食店買収の落とし穴

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社青木派遣センター 社長 青木 小夜子(あおき さよこ、38歳)

相談内容: 
先生、すごくいい話が舞い込んできたんですよ。
ちょっと相談に乗ってください。
私、麻布とか青山とか銀座とかにイタリアンとかフレンチとかおしゃれな飲食店を持つのが東京に出てきたときからの夢だったんです。
ま、確かに今やっている派遣会社とは全く関係ありませんけど、この商売もそこそこ軌道に乗って小金も貯まってきたし、そろそろお店出そうかなあ、なんて思ってたんです。
とはいえ、今、都内はバブッてて、家賃は高いし、内装屋とかもいい気になってて高い値段ふっかけてくるし、大変なんですよ。
というか、そもそも麻布とか青山とか銀座とかには、出店希望が殺到しているみたいで、物件自体が出てこないんです。
そしたら、知り合いの波田不動産の波田社長からいい話が舞い込んできたんです。
話を聞くと、天現寺と乃木坂と築地の賃借店舗で味噌煮込みうどん屋を個人経営している知り合いがいて、引退するから3店まとめて売りに出してるっていうんです。
ま、麻布、青山、銀座という夢の立地からは微妙にずれていますし、味噌煮込みうどん屋というのもおしゃれとはいえませんが、この際、背に腹は変えられません。
波田社長からは
「この買収案件は買手が殺到しているので、ホールドするにも限界がある。
買う気なら、明後日まで代金1億円振り込んでくれ」
って急かされています。
とりあえず、お金を用意して、明日にでも支払いしようと思うんですが、先生、買っちゃって問題ないですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:「曖昧で具体性のない取引を行う買い手」が負うリスク
取引設計上、最も基本的かつ重要な事柄は、
「何を買うか」
を明らかにすることです。
すなわち、
「目に見えるものを買う取引」
については、取引対象について神経を尖らせなくても後でトラブルになる危険は相対的に少ないと言えます。
ところが、
「目に見えない何かを買う取引」
の場合、そもそも取引構築以前の問題として、取引対象の特定が重要になります。
世の中には、ライセンス取引やオプション取引、代理店の権利の取引等
「何を取引したのか、その対象自体よく分からない取引」
が横行していますが、こういうものを弁護士に関与させずに勧めると大抵ヤケドを負います。
この種の
「なんだかよくワカンナイ」
ものを買う取引において買う側は
「お金を払う」
という疑義を入れようのない明確な義務を負う半面、売る側は
「何だかよくワカンナイもの」
を提供する義務を負います。
取引対象がこんな緩い感じですと、買う側は
「妄想を叶えてくれるべくありとあらゆることをしてくれる」
と考えますし、売る側からすると
「あまり過大なことを求められても困る」
と考えます。
両者の思惑が180度違った方を向いていて、齟齬を修正する契約文言が緩いわけですから、紛争になるのは当然です。
本件において、取引対象がある程度明確化され、青木さんが十分理解して1億円支払ったとしても、さらにさまざまな困難が待ち構えています。
たいていの賃貸借契約には無断譲渡ないし転貸を禁止する旨の条項が付着しており、この条項違反は賃貸借契約の即時解除事由になります。
青木さんとしては
「業態が変わるわけではないからそんな細かいこと言わないでよ」
なんて言うかもしれませんが、それは青木さんの理屈であって、大家が青木さんの理屈に付き合う義務はありません。
むしろ、現在の地価上昇トレンドからすると、青木さんが賃借権譲渡や転貸の承諾を求めようものなら大家は結構な額の承諾料を要求するでしょうし、無断で青木さんが売主に入れ替わって経営し始めようもんなら、賃貸借契約を解除して追い出し現在の地価を反映した高い家賃のテナントに入ってもらうでしょう。
その他、従業員に引き続き働いてもらう場合も、前のオーナーとの雇用関係をいったん解消し、新たに青木さんの会社で新たに雇用する形とならざるを得ません。
今まで形ばかりの忠誠を示してきた従業員は、これ以上いい子にしていても何のメリットもないと考え、解雇を争ったり、これまでの未払い残業代を請求したり、勤務条件を上げろと言ったりする場合も考えられます。
さらに、リース品の扱いをどうするか、仕入先が従来どおりの仕入れ条件を維持してくれるか等青木さんにはさまざまな困難が生じることでしょう。

モデル助言: 
本件の場合、取引対象をあえて明確化すると、
「大家の承諾を条件として当該店舗の賃借権を譲り受け、また従業員の承諾を条件として従業員との雇用契約関係を継承し、店舗で使用するリース物件についてリース会社の承諾を条件としてリース契約関係を承継し、さらに仕入先の承諾を条件として仕入先との契約関係を承継し、その他店舗で使用する動産を譲り受けること等を内容とする取引」
ということになります。
どうしてもトライしたいのなら話し合うこと自体いいですが、こんな不確実なものに前金で全額支払うことだけは絶対やめてください。
以上のような諸問題をクリアし、契約書を取り交わし、各種の承認や引き渡しや承継が完了してから支払う形にすべきです。
あと、オーナーに多額の負債があった場合、商法17条の商号続用に伴う責任が生じますし、オーナーに競合禁止義務を課しておかないとお客さんを全部持っていかれることもありますので、このあたりのヘッジも契約書に明記しておくべきです。
取引の詳細が合理的に詰められないままお金を払うのであれば、買うのは
「紛争の種」
だけです。
相手のペースに巻き込まれないよう、少し冷静になられてはいかがですか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00070_企業法務ケーススタディ(No.0024):パクリ製品が出回った!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社市原玩具 社長 小野 米助(おの よねすけ、58歳)

相談内容:
先生、大変ですよ。
パクられちゃいましたよ。
いえ、この前先生にもご紹介しました
「突撃シャモジくん」
のことなんですよ。
これは、ウチの常務、甥の米太朗のアイデアだったんですが、
「ママゴトが好きな女の子とメカが好きな男の子の両方へのウケ狙い」
ということで、ラジコンで動くシャモジ形ロボットを作ったんですよ。
ま、正直、私も絶対売れないと思ったんですが、昨年、冗談でシャモジくんの歌を作ってCMで流したら小学生の間でたちまち話題になり、商品もバカ売れし続け、当社の数年ぶりのヒット商品になったんです。
そうしたところ、大手の玩具メーカーが、ものすごく似た商品を売り始めたんですよ。
「隣のシャモジマン」
とかなんとか言うらしいんです。
ウチの商品は、木のシャモジをモチーフにしており、競合品はエンボス加工したプラスチックのシャモジをモチーフにしており、よくみれば違うといえば違いますが、明らかなパクリ製品。
実際、競合品のユーザーから当社のカスタマーサポートに何本も電話がかかってきたり、問屋さんから
「隣のシャモジマン1000個至急納品されたし」
なんて連絡来たり、当社は大混乱です。
大手食品メーカーの知的財産部出身の当社の総務部長は、
「意匠登録していないから、裁判したってムリですよ」
と、なんともつれない意見です。
これ、なんとかなりませんかね、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:パクリ商品撃退にも使える、闇鍋・坩堝・雑食的法律インフラとしての「不正競争防止法」
原則論をふりかざせば、総務部長のおっしゃるとおりであり、こちらの商品も意匠登録しておくべきでしたということになります。
すなわち、意匠登録していれば、侵害の停止や予防のための措置、損害賠償請求に加え、謝罪広告等も求められたところです。
とはいえ、自動車なんかとは違い、おもちゃなんて突然どんな商品がどんなキッカケでヒットするかどうかわからないわけですから、長期の戦略にしたがって販売を取り組む主力商品でもない限り、逐一、意匠登録するなんて現実的ではありません。
すなわち、意匠制度は、登録費用や手間の負担があるため、おもちゃのように多品種少量生産品で、はやりすたりの激しい(商品ライフサイクルの短い)ものには、マッチしない制度です。
とはいえ、意匠登録をしていなければすべてのパクリ商品を黙ってみていなければならない、というわけではありません。
すなわち、不正競争防止法という法律があり、模倣品を売るような連中に対しては、この法律にもとづいてヤキを入れてやることができます。
今回のケースの場合、相手方は、市原玩具の販売する商品の形態を模倣して製造販売したものと考えられます。
不正競争防止法は、商品の最初に販売の日から3年は、当該商品の形態を保護しており、形態模倣をされた被害者は、差止請求、損害賠償請求が可能です。
さらに、平成17年改正に刑事罰も導入され、商品形態の保護が強化されております。

モデル助言: 
ま、とりあえず、不正競争防止法の商品形態模倣を理由として相手方会社にヤキ入れできないか、検討してみましょう。
今回の模倣はデッドコピーというわけではありませんし、
「印象として似てるから」
というだけでは法的請求をおこなうには不十分です。
外観と内部構造双方において同一性を比較して模倣かどうかを検証しましょう。
2つの商品の外観を比較すると、
「木のシャモジ」

「プラスチックのシャモジ」
ということですから、
「実質的に同一の形態」
とはいえるでしょうね。
あとは、内部構造の比較ですが、動き方についてはこちらの商品の方がダサイ動き方で、競合品の方が優れているようです。
とはいえ、動力部の格納方法や動力の伝え方までほぼ同じですし、外観の形態の酷似性とも併せ考えると、法的には模倣と認定できそうですね。
相手方の出方にもよりますが、会社としての規模や商品人気の沸騰ぶりから考えると、相手方は弁護士費用には糸目をつけず争ってきそうですし、示談での解決は困難かもしれません。
即座に訴訟に移行することを見越して、十分な準備をしていった方がいいでしょう。
ある程度事件が進行すると、相手方からは競合品の販売を認めることを前提とした和解が申入れられるかもしれませんが、これは
「毒饅頭」
ですね。
相手方の規模を考えると、競合品の販売を認めたら最後、相手方の販売力に駆逐されてしまいますことは明らかです。
ま、腹を括って、ガチンコ勝負ですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00069_企業法務ケーススタディ(No.0023):敵対的TOBは、グズグズせず、一気呵成に成し遂げるべし

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社プリンス製粉 社長 温味噌 洋一(ぬくみそ よういち、45歳)

相談内容:
これはトップシークレットなんですが、この度、当社は、東証2部に公開している東北製粉を買収することにしました。
当社はかねてから設備増強と商圏の整理統合を考えていたのですが、現在の当業界における再編のスピードを考えると、チンタラやっている余裕はありません。
幸い、手元キャッシュとメインバンクからの借入とファンドからの資金提供もあって、過去3カ月の東北製粉の平均株価に20%ほどプレミアムを付けた価格で公開買付できる算段がつきました。
東北製粉は現状買収防衛策等一切整えていないようであり、敵対的な公開買付を実施しても、特段障害は見当たりません。
ただ、いよいよ敵対的TOB実施段階になって、今回買収アドバイザーを依頼したよこしま銀行から
「乗っ取りだとイメージが悪い。
過去敵対的に公開買付をして成功した例は少ない。
TOBが可能な状況であることをブラフに用いて、東北製粉の経営陣と話し合い、彼らを説得して、友好的に進めてみるべきだ」
という助言がありました。
とはいえ、東北製粉の経営陣は独立不羈の気風が顕著で、会社を我が物と考えているような節があります。
プライドの高い経営陣が、
「業界再編の中、共に生き残ろう」
という当社の説得に応じてくれる可能性はゼロでしょうが、アドバイザーの助言も気になります。
硬軟両策あり得るところですが、鐵丸先生のご意見はいかがでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:熾烈な攻防戦が目まぐるしく展開する敵対的買収戦
かなり前の話になりますが、王子製紙と北陸製紙との間で敵対的買収の攻防が繰り広げられました。
王子製紙は、当初、北陸製紙に対して経営統合を申し入れたようですが、北陸製紙側はこれを拒否。
その後、王子製紙の乗っ取りの動きを察知した北陸製紙は、ホワイトナイトとして三菱商事に第三者割当増資の引受を依頼する等、着々と防御策を講じ始めました。
王子製紙は、経営統合打診から20日も経過した後、公表前の終値に35%以上のプレミアムを付けた価格(860円)によるTOB実施計画を発表しました。
北陸製紙経営陣側は、ホワイトナイトの三菱商事に1株607円という安値での増資引受を進めるほか、さらに、日本製紙がTOB阻止目的で北陸製紙株の8.85%(約150億円相当)を取得したこと表明するなど邪魔が入りだしました。
三菱商事の増資が完了して出資比率が24.4%になりましたが、王子製紙は、増資を非難するも、差止のための裁判は見合わせる態度を取りました。
TOB価格を800円に引き下げたこともあってかTOB応募は5.3%にとどまり、最終的に、王子製紙は、TOBの不成立を宣言するに至りました。
王子・北陸の攻防戦が行われた当時、製紙業界は、原料の高騰に加え、外国の廉価品の流入、国内企業間の過当競争という、典型的な再編圧力下状況にありました。
王子製紙の敵対的買収は、それまでのファンド主導の買収事案と異なり、
「事業会社による至当な理由によるもの」
と評価されたこと、さらには、王子製紙のTOB価格に妥当なプレミアムが付けられていたこと等もあり、当初、王子製紙の敵対的買収は株式市場から好評価を受け、買収成功との見通しが支配的でした。
しかしながら、経営統合打診からTOBの公表までに20日間、TOBの公表からTOBの実施までに10日間、という無意味な
「間」
を空けてしまったことから、北陸製紙に防御策を実施する余裕を与えてしまい、また、TOB阻止目的での日本製紙の参戦を招くという失敗を犯しました。
三菱商事への安値での増資については、有事に実施された点も含めて考えると、不公正な増資である疑いがあるので、これを裁判所に訴え出ることも可能であったにもかかわらず、王子製紙は、手をこまねいてみているだけでした。
専門家の間では、このような無意味な時間の空費と、
「やられたら、即座にやり返す」
という応戦姿勢の欠如が、王子製紙失敗の原因であるとの評価がなされているようです。

モデル助言:
TOBに宣戦布告なんて不要ですから、話し合い抜きで、いきなりTOBを開始すりゃいいんですよ。
そうしたら、相手方も、なりふりかまわず、安値で募集株式発行したり、重要な資産を切り離したり、無意味な提携を強引に進めたりとさまざまな防衛策を実施する場合があります。
「防衛策」
といえば聞こえはいいですが、
「有事にできる防衛策」
なんて、所詮、どれも会社法に違反するような代物です。
「防衛策」
なんてふざけた真似したら、間髪入れずに仮処分申立ててヤキを入れてやりゃいいんですよ。
とにかく、相手に余裕を与えることは有害無益です。
「事業会社のTOB」
であっても、
「アタマの切れるファンドや行儀の悪いベンチャー企業のTOB」
を見習い、相手に考える余裕もないくらいに先手を取り続けるべきです。
話し合いがすべて無駄とはいいませんが、話し合いをするなら、勝敗が決した段階で、刃を喉元に突き刺した状態でやるのが正しいあり方です。
ケンカなんて、準備を万全にし、気合と根性入れて、下品に、一気呵成に、進めた奴が勝つに決まってます。
無駄な上品さを追及する買収アドバイザーのアホな助言なんか無視して、徹頭徹尾
「ケンカ上等!」
モードで進めてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00068_債権回収の場面で、債務者が繰り出す最強(最凶)の対抗手段である「手元不如意の抗弁」とは

昔から
「手元不如意」
という便利な言葉がありますが、これは
「家計が苦しくお金がない」
という意味なのです。

「生憎、手元不如意でな、払えぬものは払えぬ」
「不如意で支払いもままならぬ」
というセリフをテレビの時代劇で視たことがある方もいらっしゃると思いますが、これは
「借りたお金を返したいのは山々だが、お金がないので返せない」
という開き直りの言い草です。

このように
「払いたいが、カネがないので払えない」
という弁済拒否理由を
「手元不如意の抗弁」
といい、法曹界という業界に限定すれば非常にメジャーな言葉です。

この抗弁ですが、法律実務においては
「最強の抗弁(支払請求に対抗するための拒否理由)」
といわれています。

この
「手元不如意」
を言われると、どんなに恐ろしい暴力団や、どれほど優秀な弁護士さえ手も足も出なくなります。

なぜなら、いかに強硬な債権者や優秀な弁護士でも、法律実務上では
「ないところからは取れない」
という、過酷な現実には立ち向かう術がないからです。

ちなみに、債務者側として、時効の援用のときのように、
「今から手元不如意の抗弁出します」
と宣言する必要はありません。

何もしないで大丈夫なのです。

単純な放置です。

無視です。

ほったらかしです。

それで、手元不如意の抗弁の提出・援用ができてしまいます。

もちろん借金を返済せず、あるいは返済用の引き落とし口座に十分な資金がないまま入金もせず、ほったらかしにしていたら銀行をはじめとする債権者は慌てますし、ほっといてはくれません。

この場合、債権者が銀行などの穏やかで紳士的な企業の場合、債務者に
「どうかされましたか?」
とお尋ねを入れることになります。

無論、もうちょっと元気が良くて、精力的で真摯で意欲的な、
「自らの権利行使に勤勉な債権者」
は、大きな声の関西弁で、粘り強く弁済に向けた働きかけをしてくることもあるでしょうが、あまりやりすぎると、債権者側が、貸金業登録についての行政処分を受けたり、最悪恐喝罪等に問われたりしかねません。

ゲームのルールやゲームの環境をよくわかっている債務者は、そんな
「強い働きかけ」
があっても、知らないフリをします。

といいますか、知らないフリしかできません。

そうしたら、債権者は、何もできません。

手元不如意だから、どうしょうもありません。

このようなやりとり(払え!→シカト→払え!→居留守→払え→放置)が続くと、ようやく銀行や債権者の方で
「こいつ、手元不如意の抗弁で支払いを止めてきやがったな」
と認識するわけです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00067_企業法務を志すには

当たり前のことですが、企業法務は、企業のことを知らないとできません。

そして、法学部でも、司法試験予備試験でも、ロースクールでも、司法試験でも、司法研修所でも、企業の実体については、ほとんど試験で聞かれませんし、教えられません。

というより、上記の試験を作成したり採点したりしている人も、上記の教育機関で教えている人も、企業の実体について知っている人はほとんどいません(企業に就職して、企業法務部にいたようなキャリアを持って入れば、別ですが、こういう人は、超少数派です)。

もちろん
「会社法」
は勉強しますが、会社法を勉強しただけでは、企業の実体、企業活動のダイナミズムはわからないと思います。

いや、言葉で理解できるでしょうが、実感として今ひとつ理解できないと思います。

会社法では、
「取締役は、法令と定款に基づいて、善良なる管理者として、会社を経営する専門家」
などと述べていますが、実体とは大きく異なります。

取締役と呼ばれる方の最も重要なミッションないし対処課題は、会社法の教科書に会社の存在目的として書かれている
「営利の追求」
であり、企業会計などでその目的とされるゴーイング・コンサーンを実現することです。

どれだけ法令や定款を守れる能力があったとしても、金儲けが全くできなければ、会社は存在する意味がなく、組織としての永続性も保てなくなります。

したがって、
「法令定款を守れる能力があっても、金儲けがまったくできない」
タイプの人間は、会社にとってはあまり必要ではありませんし、
「不祥事を起こして再建中の会社のトップを選ぶといった、イレギュラーあるいはアブノーマルな状況」
でも出来しない限り、基本的に、経営トップにふさわしくない、とされます。

上場企業の経営トップが、カトリックのミッションスクールで宗教道徳を教えている教員が選任されたとして、当該企業の株価はどうなるでしょうか。

「法令と企業倫理を遵守する立派な企業である」
という高評価を得て株価が上昇するでしょうか。

それとも、
「この会社は、まともに経営に取り組む気があるのか。なめてんのか」
という評価によって株価が暴落するでしょうか。

こういう思考実験をすれば、
「 法令定款を守れる能力があっても、金儲けがまったくできないタイプの人間は、会社にとってはあまり必要ではない」
という不愉快な事実も、残念ながら認めざるを得ないところであろう、と思われます。

こういう企業の現実の営みを理解せず(あるいは理解できず)、会社法の学習成果だけで、企業法務の実務に携わろうとしてもなかなか困難となるでしょう。

また、上場企業の法務を志すには、株式市場のことを知らないと困難であろうと思います。

株式市場のことを知るには、株取引をしてみるのが最も手っ取り早いです。

無論、のめり込まない程度に、勉強する加減で、ですが。

株取引をしてみると(といっても、「デタラメな、出たとこ勝負のバクチのような取引」ではなく、きちんとゲームのルールやゲームの環境を勉強して、個別動向のほか、市場動向などを含めた情報収集を綿密かつ頻繁に行い、逆指値などのリスク管理を行う、知的営みとしての投資をする、という意味での株取引です)、IPOの仕組みやインサイダー規制、適時開示や、四半期報告といった、金商法や取引所の定める有価証券上場規程といった上場企業が遵守すべきルールの意味や運用実体がリアルにわかると思います。

また、P/L、B/S、各段階利益の意味、下方・上方の各修正の意味とインパクト、PER、PBR、ROEといった各指標の意味も理解でき、上場企業の経営者と同じ視点に立った企業経営や市場動向やマクロ経済環境に対する観察力・洞察力も養えます。

逆に、株取引をしたことがない方にとっては、株式市場のことがわからないでしょうし、株式市場のことをわからないと、上場企業の法務をしても、具体的・現実的なイメージで実務を進めることはほぼ不可能と思います。

というより、上場企業経営者ないし経営陣と、感受性を共有することができません。

経営者と会話して、言葉は何とか理解できても、話は理解できないし、心はもっと理解できないし、そういう状況で、
「経営者にとって真の味方」
としての参謀とはなりえないでしょう。

さらにいえば、そもそも、サービス提供者として、顧客のウォンツ(本質的欲求)がわからないわけですから、ニーズ(充足手段)やデマンド(具体的要求)も定義できませんし、提供するサービスも、どこか上滑りしたというか、ピントがぼけたものになりかねません。

企業の事業活動(商売による金儲け)や、株式市場での投資活動(投資による金儲け)は、やったことのない人間にとっては、想像を超えたダイナミズムをもっています。

「企業の事業活動や株式市場における投資活動にまったく知識も経験もなく、ただ、会社法を教科書で学んだだけ」
というだけでは、
「企業法務」
という特殊な法領域・実務分野において自分なりに価値提供するには、あまりに不十分です。

とはいえ、
「弁護士資格を取った上に、さらに、商売と株をやってからでないと、企業法務を志すことはできない」
などという非現実的なことをいうつもりはありません。

意識の面で、
「会社法を勉強しただけでは、企業法務を取り扱うには、まったく不十分(上場企業の法務を扱うには、会社法だけではまったく不十分で、金商法と有価証券上場規則と企業会計の勉強も必要です)」
「法律を少しかじっただけの自分など、企業活動のダイナミズムの理解度という点において、この種のことに縁がない公務員や教員や主婦の方とあまり変わらない」
という謙虚な気持ちを持ち、絶えず、興味と好奇心をもって、貪欲に、企業のことや、株式市場のことを勉強する姿勢を持ち、勉強と研究を続けることが大事であろうと思います。

弁護士になって20年を超え、企業法務に関する本や記事や論考等をそこそこ執筆しておりますが、著者も、まだまだ
「企業活動のダイナミズムの理解度という点において、この種のことに縁がない公務員や教員や主婦の方とあまり変わらない 」
レベルであり、非才未熟である、という自戒を持っています。

ただ、企業のことや株式市場のことを深く知りたい、勉強したい、という興味と好奇心と知的貪欲さは誰にも負けないよう、日々努力しています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00066_意外と知られていない私製手形の活用法

一般的に手形というと、銀行に当座預金口座を作って、統一手形用紙が綴られた手形帳もらわないと発行できないと思われてる方も多いと思います。

しかし、手形法上
「手形は、金融機関の作った統一手形用紙を使って作成すべき」
などと書いてあるわけではなく、藁半紙に書こうが、紙ナプキンに書こうが、手形法に定める要件が記載している限り、手形としての効力が生じます。

すなわち、
「何時何時までに金いくらを払います」
という約束を記した手形を交付したら最後、どういう理由で作成したかを問わず、約束どおり、期限までに耳をそろえて支払いをなすべき義務が生じます。

手形の約束を反故したら、通常の民事訴訟のように和解手続きを含めチンタラ1年かけて裁判するのではなく、1回の期日で強制執行できる状態に持っていけます。

とはいえ、私製手形は手形交換所で取り扱われませんので、金融機関に持ち込んでも相手にされません。

そもそも
「手形の不渡り」
という事態が生じ得ませんので、何回不払いにしても銀行取引が停止になることはありません。

以上のとおり、
「2つ目つぶして、銀取停止に追い込んで、倒産させる(手形を2回不渡りにさせ、銀行取引停止処分、さらには破産に追い込む)」
という効果こそないものの、私製手形は、公正証書に匹敵する債権回収手段になり得ます。

公正証書(金銭の支払いに関するもの)は確定判決と同一の効果を有しますし、その意味で裁判外で作成するものとしては、最強の法的書面ですが、相手が公正証書に任意に応じることが前提となります。

すなわち、いかに公正証書作成の段取りを万全にしても、相手方がすっぽかしたり作成を拒否したりすると、公正証書の作成は不可能です。

不正行為を自認し、責任を負担することを表明している人間に対して、損害賠償義務を認めさせるケースなどでは、この私製手形を活用することが考えられます。

すなわち、不正を追求した段階でしおらしくしていても、公正証書作成を嫌がり、公証役場で
「あっかんべー」
されると、どんなに段取りを充実させても、公正証書は永久に完成しません。

しかし、不正を自白し、賠償義務を異議なく認めた場合に、こちらが用意した手形にすかさず署名させてしまえばいいのです。

仮に難癖つけて支払を拒否するようなら、手形訴訟に持ち込んでしまえば難癖をすべて遮断して判決を得ることが可能となります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00065_企業法務ケーススタディ(No.0022):公正証書作成が困難な場合に、確実な債務負担をさせるための手法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社岡村書店 店長 岡村 孝(おかむら たかし、38歳)

相談内容:
ご無沙汰しております。
岡村書店、岡村孝です。
いやー、また谷部にやられました。
当社が展開するグラビアアイドル写真集専門店
「めちゃめちゃ問題!」
の秋葉原5号店がこの間ようやくオープンさせていただいたんですわ。
この店は、びっくりカメラ秋葉原店の7階ワンフロアを使って展開するということで、当社古参の店舗開発部長の谷部に仕切らせたんです。
谷部は10年前に歌舞伎町風林会館前店の店長だった頃に、店の商品をヤクザに横流ししていた前歴のある奴なんですわ。
当時は、
「ヤクザに脅されまして、すんません」
とか泣いて謝ってましたが、後から調べたらパクッた金の一部をホステスに貢いどったり、結構小狡い奴なんですわ。
とはいえ、仕事はようできるし、その後は改心して頑張ってましたから、店舗開発のトップに立たせてやったら、また、これですわ。
調査したところによると、店舗設計とかいう名目で知人の会社に架空発注したり、写真集を横流ししたり、やりたい放題やっとったみたいで、損害は2千万円ほどです。
警察に突き出そうかと思ってますが、その前に損賠の話をきっちり詰めなあきません。
谷部自身はあまりカネを持っていませんが、親父は公務員で、それなりに収入はあるようですので、親父にも謝罪に来させます。
ただ、谷部は妙に知恵があって、10年前のときにも公正証書を作成しようとしたら、公証役場に行くことは頑として嫌がったくらいで、抵抗は予想されます。
とはいえ株式公開も控えているので裁判してまで身内の恥をさらしたくありません。
鐵丸先生、なんかいい方法ありませんか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:
一般的に手形というと、銀行に当座預金口座を作って、統一手形用紙が綴られた手形帳もらわないと発行できないと思われてる方も多いと思います。
しかし、手形法上
「手形は、金融機関の作った統一手形用紙を使って作成すべき」
などと書いてあるわけではなく、藁半紙に書こうが、紙ナプキンに書こうが、手形法に定める要件が記載している限り、手形としての効力が生じます。
すなわち、
「何時何時までに金いくらを払います」
という約束を記した手形を交付したら最後、どういう理由で作成したかを問わず、約束どおり、期限までに耳をそろえて支払いをなすべき義務が生じます。
手形の約束を反故したら、通常の民事訴訟のように和解手続きを含めチンタラ1年かけて裁判するのではなく、1回の期日で強制執行できる状態に持っていけます 。
公正証書(金銭の支払いに関するもの)は確定判決と同一の効果を有しますし、その意味で裁判外で作成するものとしては、最強の法的書面ですが、相手が公正証書に任意に応じることが前提となります。
すなわち、いかに公正証書作成の段取りを万全にしても、相手方がすっぽかしたり作成を拒否したりすると、公正証書の作成は不可能です。
本ケースの谷部のように、不正を追求した段階でしおらしくしていても、公正証書作成を嫌がり、公証役場で
「あっかんべー」
されると、どんなに段取りを充実させても、公正証書は永久に完成しません。
こういう場合に私製手形の活用が可能となります。
すなわち、不正を自白し、賠償義務を異議なく認めた場合に、こちらが用意した手形にすかさず署名させてしまえばいいのです。仮に難癖つけて支払を拒否するようなら、手形訴訟に持ち込んでしまえば難癖をすべて遮断して判決を得ることが可能となります。

モデル助言:
谷部はかなり知恵が回る人間ということですから、どんなに深々と謝罪しても、公正証書の作成には応じないでしょう。
谷部が御社の秘密を深く知る立場にあったということも考えると、裁判でどんな議論を展開しだすか読めません。
応訴に借口して、御社のとんでもない秘密を暴露する危険もあるので、御社が株式公開を控えていることも前提とすると、最初から裁判前提で追い込むことを考えるのも厳しいですね。
今回は、谷部と谷部の父を呼び付け、しおらしく謝罪し賠償を認めた状況において、詫び状と一緒に、私製手形に署名させましょう。
谷部を振出人とし、谷部父に裏書きさせた形にしておけば、手形法上、裏書人である父は自動的に谷部の連帯保証人となります。
谷部親子が支払いを拒むようであれば、谷部本人を無視して谷部父のみターゲットにして手形訴訟を提起しましょう。
谷部父は、御社の機密や内情を知る立場にありませんので、通常訴訟に移行してつまらぬ弁解を始めたところで、御社の内情が議論の対象になることはありませんから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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