00156_企業法務ケーススタディ(No.0111):行方不明の株主の取扱い

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
洗浄カメラ・マニュファクチュア株式会社 代表取締役 田部 洋一(たなべ よういち、38歳)

相談内容: 
ウチは、親父の代からカメラ用洗浄スプレーの製造をしておりますが、最近、野外でハードな使い方をするカメラマンの方々から、
「シュッと一吹きすれば、野外の塵や埃といったガンコな汚れも一瞬で取れるような強力な洗浄スプレーがあれば重宝する。
ぜひ開発してほしい」
といわれ、社内で
「戦場カメラマンも使える、カメラ用洗浄スプレー」
という新商品を開発しようというプロジェクトを立ち上げたわけです。
このプロジェクト遂行のために多額の開発資金が必要となったことから、当社は昭和20年の設立以来初めての増資をすることになったわけですが、果たしてこのまま増資を進めていいものかどうか非常に不安なわけです。
というのは、行方不明の株主がいるんです。
ウチが設立された当時は、7人以上の取締役が必要だったようで、親父は、
「取締役全員には、出資もお願いしよう」
と言って、当社には私の親父以外に設立当時取締役をお願いした親父の友人6人が株主名簿に載っているのですが、株主総会の招集通知を出しても
「転居先不明」
などで返送されたりして、もう10年以上も連絡が全くとれなくなってしまった方が4人もいるんですよ。
後から、株主の方や関係者の方がやってきて、
「そんな重要な話は聞いていない。
増資は無効だ」
なんてやられたら、大変です。
というより、この際、株式は整理しておきたいのです。
先生、何かいい方法はないでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株主に対する各種の通知
株主は、株式会社における出資者として、株主総会に出席して議決を行う権利など、会社の経営にとって重要な事項を決定する権利(共益権)や、配当請求権など、会社が儲けた経済的利益の分配に与る権利(自益権)を有しております。
とはいえ、株主がこれらの権利を適切に行使するためには、会社から適切な情報と権利行使の機会を与えてもらう必要があります。
そのため、会社法は、株主総会の招集のほか、新たに株式を発行する際(募集株式など)など、一定の重要な事項を実施する場合には、会社に対し、株主に各種通知を行うよう義務付けております。
もっとも、株主に相続が発生した場合や、株主が引越しをしたまま会社に住所の変更を知らせていない場合など、会社にとって、どこに通知をすれば良いのか分からなくなる場合もあります。
そこで、会社法は、各種の通知を発する場合には、株主名簿に記載された株主の住所に宛てて発すれば、通常到達すべきであった時に到達したとみなすこととし、その限度において、会社の義務の範囲を限定することとしました(会社法126条)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:所在不明株主の株式の処分方法
ところで、設例のように、長い年月が経過する間に、株主が所在不明になってしまったりして、株主名簿上の住所に通知が到達しない(通知を発しても「宛て所に尋ねあたらず」で返送されてしまう)場合が出てきます。
このような場合であっても、会社がいつまでも通知を出し続けなければならないとなると事務的にも煩雑ですし、何より、所在不明の株主がいるということ自体、会社運営上健全とはいえません。
そこで、会社法は、
「通知が継続して5年間到達せず、かつ、会社からの剰余金の配当を継続して5年間受領していない株主の株式」
について競売したり(ただし市場価格のない株式については取締役全員の同意と裁判所の許可を得て)、会社で強制的に買取ったりすることができる旨を定めました(会社法197条)。
これにより、会社は、当該所在不明の株主に株式の売却代金を支払うかわりに、以後、株主としての地位を失わしめることができるようになるのです。

モデル助言: 
田部さんの会社の場合、もう10年以上も株主名簿上の株主と連絡がとれていないということですので、その株主が、継続して5年間、剰余金の配当を受け取っていない(そもそも、会社が剰余金の配当を行っていない場合も含まれます)のであれば、前述の方法で当該株主が保有する株式を売却したり、また、会社で買い取るなどし、当該株主の株主としての地位を強制的に消滅させることができます。
ただし、当たり前の話ですが、株式の売却代金は会社がもらえるわけではなく、その旧株主に支払わなければなりません。
とはいえ、そもそも所在不明だから株式を売却したのに、売却代金はその旧株主に払わなければならず、そのために旧株主を見つけなければならないのは面倒といえば面倒ですね。
こういう場合は、債権者(旧株主)の所在が不明であることを理由に、当該売却代金を所轄の法務局に供託することをお薦めします。
あと、ズルイ方法ですが、金銭債権は10年で消滅時効にかかりますので、株式売却代金の支払の提供だけしてホッタラカシにしておき、もう10年間音沙汰がなければ、消滅時効を援用して踏み倒してしまう、なんてことも考えられますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00155_企業法務ケーススタディ(No.0110):就業規則をイジリたい!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
真砂(マサゴ)デトックス研究所株式会社 社長 真砂 豪男(まさご たけお、38歳)

相談内容: 
先生~、聞いてよ~。
私の会社、こういっちゃなんだけどなかなか順調じゃない!?
そうそう、「真砂(マサゴ)デトックス」、私が開発した、体から脂肪以外の毒素を何でも排出しちゃう、このミラクルな健康食品があれば、私のような美しい肌が得られちゃうのよ。
ま、肌さえ綺麗なら体型なんて二の次っていう真実にみんなようやく気がつきつつあるのね。
とはいえ、ウチの営業使えなくて。
「真砂デトックス」が売れているのも、社長である私一人の営業の成果なのよ。
私が、大手ドラッグストア社長連中に直談判し、お店の棚の一番いいところを使わせてもらえるよう、この押しの強い体型を生かして、強引に丸め込むからバカ売れするわけ。
でね、ウチの会社の営業連中って、薬問屋をリストラされた年寄りの寄せ集めで、御託ばっか並べてロクに使えやしない。
なんとかあいつらの人件費抑えられないかな~と思って、新宿2丁目で知り合った徳光万九郎ってすご腕人事コンサルタントに相談したら、
「55歳以上の給料を一律半分に下げてやればいいのよ。
就業規則いじっちゃえばカンタンよ」
なんて言うわけ。
実際、ロクに仕事しちゃいない連中だし、最悪、出て行ってもらうなら、それはそれで、2丁目でブラブラしている若くてピチピチしている子をリクルートして、いくらでも人員補充できるわけだし、早いとこ、就業規則いじっちゃいたいわけ。
できるわよね!
答えてちょうだい!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:就業規則とは
企業における労働契約は、使用者である会社と従業員間の個別の雇用契約が集合しているものです。
労働契約も契約ですから、本来は、当事者の意思の合致に基づいて、従業員ごとに労働条件等が異なる労働契約が存在することになります。
しかし、使用者たる企業には、数多くの従業員が存在するために、契約内容である労働条件について、画一的に統一して定めたいという要求があります。
このような要請に応えるのが就業規則です。
労働契約法7条は
「使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」
と定め、労働者の個別の同意を得なくとも、就業規則を定めることで、多数の従業員に対して、一挙に画一的な労働条件の内容を設定してしまえることになっています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:就業規則の変更による一方的な労働条件の変更
したがって、企業は、就業規則を改定することで、従業員に対して一挙に労働条件を変更してしまうことができます。
そして、変更後の労働条件が従前の労働条件よりも労働者にとって不利益なものとなることを、
「不利益変更」
と言いますが、このような不利益変更を、就業規則の変更によって行うことも、一般的に可能とされています。
それでは、労働者にいかに不利な条件に変更する就業規則であっても、常に有効なのでしょうか。
この点に関し、最高裁は秋北バス事件において、
「新たな就業規則の変更によって、既得の権利を奪い、不利益な労働条件を一方的に課すことは原則許されない」
が、
「合理的な内容である限り」
許容されるものと判断しました。
すなわち、就業規則の変更による不利益変更に関しては、最高裁のいう
「合理的な労働条件」
を満たすことを条件として、個別の労働者から同意を得ることなく、賃金の減額等をすることができるというわけです。

モデル助言: 
就業規則の変更によって、高齢者に対する賃金のみの減額を検討する場合、その変更内容の
「合理性」
が厳しく問われるということをまずは理解していただかなくてはなりません。
この点を全く気にしていないすご腕人事コンサルタント徳光万九郎はヤブといわざるを得ないですね。
この
「合理性」
についてですが、最高裁は、第四銀行事件において要件を具体化しています。
すなわち、労働者の被る不利益の程度、使用者側の必要性の内容・程度、代償措置等を総合的に考慮して、合理的な就業規則の変更といえるかどうかを判断すべきとされています(労働契約法10条参照)。
今回は、
「55歳以上の給料を一律半分」
などと労働者に対して大きな不利益を課すものです。
そうしますと、たとえ定年の年齢引き上げ等といった雇用者に対する代償措置を採ったとしても
「合理的」
と判断されることは難しいでしょうね。
というより、これは、あまりに乱暴な措置で、就業規則による不利益変更が許されない典型例ですよ。
どうしても減額をしたいというのであれば、能力給制度を採用し、適切な能力検査の上で、使えないヤツの給与を下げるとか、
「合理的」
な条件と運用をすべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00154_企業法務ケーススタディ(No.0109):「大規模小売業者」ではないから独禁法違反にはならない?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社坪谷酒廊 代表取締役 坪谷 喜士郎(つぼや きしろう、39歳)

相談内容: 
この不況で、むやみに従業員も増やせないし、削れる人件費は削りたいですよね?
そうかといっても、安売りキャンペーンとかでガンガン売っていこうとするときには、売り場の改装やら商品の陳列やらで、兵隊がたくさんいるんですよ。
ウチの商品は飲み物ですから、簡単に募集できるパートのおばちゃんでは、重くてちょっと大変なんですよね。
そこで、ウチでは、
「新潟や山形で地酒を作っている、知名度がイマイチ」
という感じの地味な酒蔵さんにお願いして、チョイと兵隊をタダで貸してもらっているんですよ。
店舗の入り口に、
「まぼろしの地酒コーナー」
なんて感じの売り場を作ってやって、
「売りたければソッチも努力しな。
協力しなかったら調味料売り場に追いやるぞ」
なんて脅せば、健気に頑張ってくれちゃいます。
ところがウチの総務部長が、
「こないだ、ホームセンターがウチと似たようなことやって、公取委からえらい怒られた」
なんて脅かすんです。
でもキチンと調べさせたら、公取委が定めている
「年商100億円以上か、店舗面積が1500平方メートル以上」
の場合に適用されるルールがあり、それに違反した、ということだそうです。
ウチは年商25億にやっと届くかどうかというところですし、店舗もそこまで広くないですから、こんなの無視でいいっすよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:優越的地位の乱用
わが国では、取引社会では、誰とどのような契約をしようが一切自由である、とされています(契約自由の原則)。
これは、市場におけるそれぞれのプレーヤーが己の知力や財力を最大限に活用して、自由に契約交渉を行い、互いに競争させる基盤を確保することが、市場経済の発展には必須と考えられているからです。
しかし、弱肉強食の自由主義原則も度が過ぎると、本来予定していた
「自由な競争によって、経済の発展を図る」
ことができなくなり、ともすれば、
「強いプレーヤーが市場を意のままに操り、かえって自由競争の基盤が破壊される」
状態となってしまいます。
そこで、独占禁止法は、取引上優越的地位にある者が、正常な商慣習に照らして不当な取引をすること等を
「不公正な取引方法」
として禁止しています。
公正取引委員会は、独禁法2条9項6号の規定に基づいて、大規模小売業者が納入業者に対して要求する行為のうち、
「不公正な取引方法」
に該当する行為を告示で定めています。
これによれば、年商100億円以上または1500平方㍍以上(政令指定都市等では3千平方㍍以上)の売場面積の店舗を有する小売業者は
「大規模小売業者」
であり、
「大規模小売業者」
が納入業者に対して、その従業員の派遣をさせることは、原則として
「不公正な取引方法」
にあたるとされています。
これは、
「大規模小売業者」
による優越的地位の乱用を効果的に規制するために、いわばひとつの典型例として示したものであり、
「この告示に該当さえしなければ、小売業者による優越的地位の乱用を自由にやってよい」
ということを明言した趣旨ではありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」
独禁法2条9項5号は、「大規模小売業者」であるか否かにかかわらず、優越的地位の乱用を禁止しており、公取委は、これにつき
「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」
を定めています。
この指針では、
「優越的地位」
にあたるか否かは、
「納入業者にとって当該小売業者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すか否か」
について、
「当該小売業者に対する取引依存度、当該小売業者の市場における地位、販売先の変更可能性、商品の需給関係等」
を、総合的に考慮するものとされています。
「優越的地位」
にあると判断され、かつ、その地位を乱用して、従業員の派遣をさせたと判断されれば、それは立派な
「優越的地位の乱用」
として、独禁法上違法となることがあります。

モデル助言: 
たしかに、今年の夏頃にあった、某ホームセンターに対する公取委の排除措置命令は、
「大規模小売業者」
に対する先ほどの告示を根拠としてなされています。
以前新聞を賑わせた、家電量販店の事例などもそうです。
おっしゃるとおり、貴社の場合には、
「大規模小売業者」
の要件には該当しませんから、この告示違反を理由として排除措置命令は受けることはありません。
しかし、
「大規模小売業者」
についての告示にひっかからなくても、貴社が
「優越的地位」
にあるとされて、かつ、貴社が従業員を納入業者に派遣させていることによって
「公正な競争が阻害される恐れがある」
と判断されれば、独禁法第2条9項5号違反となりますから、貴社なら絶対大丈夫というわけにはいきませんよ。
貴社と納入先との間の具体的事情を慎重に検討しないと何ともいえませんが、昨年の独禁法改正によって、こうした優越的地位乱用の取引について、排除措置命令だけでなく、課徴金納付命令まで食らっちゃう可能性も出てきましたから、思わぬところで足を救われないよう、詳しく調べる必要がありますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00153_企業法務ケーススタディ(No.0108):会社の定款を紛失してしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
カミナリ製菓株式会社 代表取締役会長 武右 貴樹(ぶう たかき、77歳)

相談内容: 
先生、ウチの会社って、もともと、兄貴の故・長介と一緒に立ち上げ、浅草寺のそばで細々とアラレやせんべいを作ってきた小さなお菓子屋だったんです。
でも、ここ数年、
「カミナリ様せんべい」
っていう商品が大ヒットしまして、売り上げもうなぎ上りで、銀行もたくさんお金を貸してくれるし、よくわからない横文字のファンドって連中もどんどん出資してくれるし、女房も機嫌がいいし、いいことばっかり続いているんです。
そこで、創業50周年を記念して、わがカミナリ製菓株式会社も、3年後の株式公開を目指して頑張っていこう、ってことになったんです。
で、さっそく、ウチの仲本税理士に紹介してもらった支村証券会社の人や一緒に付いてきたよくわかんないコンサルタントの方にお願いして、株式公開に向けた準備は始めたのですが、そしたら、いきなり蹴つまずいてしまいました。
というのも、ウチの会社の定款が見当たらないんです。
もともと、先代だった兄貴の長介自身、だらしのない人間で、会社の書類なんて全然整理していなかったから、いくら探しても定款がないんですよ。
これには、コンサルタントや証券会社の人もあきれ果てて、
「こんなに内部統制がずさんで、書類の管理もできないような会社じゃ、株式公開なんて絶対無理です。いちから出直してきてください」
っていうんですよ。
確かに、会社の憲法っていわれるくらいの定款ですから大事なのは分かりますけど、なくしちゃったら最後、二度と株式公開できないんじゃ、死んだ兄貴にも申し訳ないです。
何とかしてください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社法施行により重要性が高められた会社の憲法
株式公開企業や資本金5億円以上の大企業ならまだしも、これまで、多くの中小企業にとってみれば、会社の定款の管理をしたり、内容の確認をしたりするといった必要性はなかったかもしれません。
しかしながら、2017年に会社法が施行され、所定の手続を経て定款に定めることで利用できる新しい制度等が増えたこともあって、昨今、その重要性が再認識されております(定款自治の拡大)。
例えば、株主総会の特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)を経て
「取締役会を設置しない」
旨を定款に記載することで、それまで義務付けられていた取締役会を設置しなくてもよくなりましたし、また、株主総会の特別決議を経て
「役員の会社に対する損害賠償責任の範囲を、報酬の4倍以内とする」
といった内容の責任制限規定を定款に記載することで、株主代表訴訟が提起された場合の役員の責任の範囲を限定することもできるようになりました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:紛失の場合の手続き
もっとも、このような会社法上の便利な制度等を利用するためには、そもそも定款がなければ始まりません。
しかしながら、中小企業の場合、さまざまな理由で定款自体を紛失してしまっているケースが少なからず見受けられます。
定款を紛失した場合、まず、会社設立後、5年以内であれば、法務局に会社の設立登記申請書類一式と定款の写しが保存されています(商業登記規則34条)ので、法務局で閲覧することができます。
次に、会社設立後、20年以内であれば、会社設立時に定款認証手続きを行った公証役場に定款が保存されています(公証人法施行規則27条)ので、当該公証役場で定款謄本の交付を受けることができます。
もっとも、会社の文書管理は内部統制の前提ともいうべき基本課題であり、定款のような重要な文書すら紛失してしまう会社については文書管理体制を徹底的に直しておく必要があります。
経営トップが
「文書管理の重要性」
すなわち
「文書の保管・運用コストを掛けても解決すべき課題である」
ということを認識した上で、文書を種類ごとに選別し、重要度合いごとに適切な保管方法を選択するなどして立体的な管理方法を確立する必要があります。

モデル助言: 
カミナリ製菓株式会社さんの場合、創業50周年ということですので、公証役場で定款を保管する期間が切れてしまっています。
会社設立後、20年以上が経過してしまっている場合は、先ほど申し上げたような方法が使えず、少しやっかいです。
御社のようなどうしようもない場合、法務局で会社設立後に変更されたすべての登記内容も含めた登記簿謄本(登記事項証明書)を発行してもらい、設立時の株主総会議事録がある場合には、これらを参考に定款を復元する作業を行うことになります。
また、設立時の株主総会議事録すらない場合には、まず、登記事項証明書を参考に定款を再製し、株主総会の特別決議をもって、当該再製した定款の承認を受けるという形で定款扱いするという裏技を使うことになりますね。
定款すら紛失してしまっている御社のことですから、どうせ、株主総会議事録なんかもろくに作成していないでしょうし、まずは、法務局で登記簿謄本(登記事項証明書)を確認するところからやってみましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00152_企業法務ケーススタディ(No.0107):整理解雇のお作法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
特命パートナーズ 社長 杉下 左奇男(すぎした さきお、58歳)

相談内容: 
先生、ひとつよろしいですか?
最近の不景気について、先生はどのように分析しておられますか。
私は、調査分析を経た結果、この不景気をひとつの好機と捉え、
「不景気を理由として人員削減を進めたほうが良い」
という結論に達しました。
わが社では、若手はよく働いてくれます。
現場にも始終出ますし、何より熱心です。
一方、中間管理職の連中は
「穀潰し(ごくつぶし)」
といわざるを得ません。
彼らは、働きが悪いばかりか、私の指示にも盾突く始末。
この間などは、私が、
「長嶋茂雄を崇拝する、“大”の付く巨人ファン」
であることを知りながら、暑気払いの終わりに、タイガースファンの亀山課長が筆頭となって、六甲おろしを皆で合唱する、なんてことをしましてね。
このことからも、私への敬意を欠いていることが明らかであるといえましょう。
さて、先生、私は、前から、こういう使えない輩を一掃してリストラを進めたいと考えているわけですが、不景気は渡りに船。
同業他社はどこもリストラしており、業界ではプチリストラブームです。
私もブームに乗って、
「業界全体どこも大変で、もうリストラもやむを得ないから」
という空気感を作って、ダメな連中をクビにしたいのです。
新聞でも
「不況下ではリストラ解雇は認められる」
と書いてましたし、解雇は問題なくできますよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:整理解雇
会社が人を雇うという行為は結婚に、解雇は離婚に例えることができます。
すなわち、
「結婚は自由だが離婚は不自由」
と言われるように、採用は非常にイージーにできますが、離婚(解雇)は大問題になります。
例えば、裁判離婚(強制離婚とも呼ばれます)では、裁判所が相当と認めない限り離婚が認められることはありませんし、解雇についても、従業員側に相当な非違事由がない限り、裁判所は、解雇をほとんど認めてくれないのが現状です。
もっとも会社が存続しなくては雇用関係も意味がなくなってしまいます。
そこで、会社がつぶれそうな場合には、従業員側に非違行為がなくても、次の要件を満たすことで特別の解雇(整理解雇)が認められています。
すなわち、
1 人員削減の必要性
2 解雇回避努力義務の履行
3 人選の合理性
という整理解雇理由の要件と
4 解雇するに際して説明・協議等をしたか
という手続要件の計4要件です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:4要件の検討
整理解雇の各要件について詳しくみていきます。
まず、
1 人員削減の必要性について
は、人件費削減の必要性や業績悪化などという抽象的な理由では足りません。
もっとも、裁判所が、人員削減の必要性の有無について検討する際、使用者の経営判断(裁量)が尊重される傾向にあるため、人員削減の必要性がないことが明白な場合を除き、当該要件自体は認められることが通常です。
次に
2 解雇回避努力義務
については、新規募集の停止、ボーナスのカット、希望退職者の募集などの手段を尽くす必要があります。
このような努力義務を尽くすことなくいきなり整理解雇という強硬な手段に出た場合には、解雇権の乱用と判断されてしまいますから十分な留意が必要です。
さらに、
3 の人選基準
については、人員削減基準が客観的かつ合理的である必要があります。
整理解雇は、決して恣意的な解雇を認めているわけではありませんから、後日の訴訟をも見越して、客観的な基準を整備しておくべきでしょう。
最後に
4として、十分な手続・手順を踏むことも求められます。

モデル助言: 
御社がどれほど経営危機に陥っているかという点は別途調査するとしても、2の解雇回避努力義務と3の人選基準は問題になりそうですね。
話を聞いていますと希望退職者の募集も行っていないようで、
「社長の主観面においてキライな中間管理職を一斉に解雇したいだけ」
という印象を受けます。
このような場合には、整理解雇の要件の充足はキビしいと思われます。
「デキナイ」
人間について、クビにしたいのであれば、単純に普通解雇ができるかどうかを個別に検討すべきです。
無論、
「解雇権の濫用」
などといわれないように、いかに
「デキナイ」
人間かを慎重に調査・裏付けすることは必須の前提です。
もちろん、従業員が自分の意思で辞めていただく場合には、理由など問われませんから、まずは、事実上の退職勧奨を行い、従業員から辞表を出していただくことを行うべきですね。
手間は掛かりますが、世間でいわれている
「リストラ」
とは通常はこの手法を意味します。
とにかくあせりは禁物です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00151_企業法務ケーススタディ(No.0106):敷金差し押さえを理由に大家から立ち退きを要求された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社猿吉コンサルティング 代表取締役 猿吉 弘樹(さるよし ひろき、36歳)

相談内容: 
低空飛行の弊社にも回復の兆しが見えて、再来月には大口の入金予定があるのですが。
金融屋に借りた借金の返済ができずにいたら、いつのまにか公正証書を作られていて、ウチの会社のビルの大家に預けてる敷金について、差し押さえを受けてしまいました。
公正証書って、裁判もなしに差押えられてしまうんですね。
ほんとびっくりですよ。
差し押さえ通知が大家の哀川不動産のところに行ったのか、昨日、哀川会長がウチの会社に怒鳴り込んできました。
「オマエ、敷金まで差し押さえられたぞ、そんな会社、ウチのビルにふさわしくねえな。
いいか、ウチとアンタんとことの賃貸借契約書、良く見てみやがれ。
『店子が差し押さえを受けた場合には、ウチは催告なしに本契約を解除できる』て書いてあるだろ?
明日にでも店を閉めてくれるよな。
待ってくれ?
だったら、今後のウチの迷惑も考えて、迷惑料として200万円を払ってもらおうか。
アンタんとこの会社のハンコついた契約書もある以上、ガタガタ言うなら、すぐ出てってもらうよ。
カネがないなら、いい金融屋紹介するぞ」
なんて言われました。
これからウチの会社で商談予定がたくさんあります。
ほんの2カ月も持ちこたえれば順調に立ち直れるんです。
今追い出されたら、困ります。
哀川会長の要求どおり、迷惑料を払ったほうがいいんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約自由の原則とその修正
そもそも、わが国においては、私人間でどのような約束をしても、原則自由であり、法的効力が認められます。
これは、旧来の封建的な制約をなくして、自由な経済活動をできるだけ拡大することが、競争による経済の発展を目指すわが国の国是にかなうと判断されたことによります。
ところが、契約を全く当事者の自由に任せてしまうと、強者による弱者の恒常的支配が生じ、このような歪な経済環境を放置すると、社会不安を生じ、かえって経済の発展を阻害しかねない、ということが認識されるようになりました。
こうして、私人間の契約原理にも社会政策目的が反映されるようになり、特定の契約関係に関し、契約自由の原則が大幅に修正されるようになりました。
その大きな例として挙げられるのが、本事例でも問題となっている借地借家契約です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:信頼関係破壊の法理
店子に債務不履行があった場合、大家からの解除によって賃貸借契約は終了するはずです。
しかし、些細な債務不履行で即時契約が解除されるとなると、店子は簡単に住居や営業拠点を失い、店子の経済活動が著しく制限されてしまいます。
このような背景のもと、1964年に
「相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意が賃借人にあると断定できないから、賃貸人による解除権の行使は信義則に反し、許さない」
との最高裁判例が下され、以来、大家からの自由な解除を制限する理屈として
「信頼関係破壊の法理」
なる判例法が確立しました。
すなわち、
「信頼関係を破壊しない程度の契約違反くらい大目にみてやんなさい」
などと、
「約束したことは守るべし」
という単純かつ明快な契約の本質が、大家にとってこの上なく迷惑な形で、大幅修正されるに至ったのです。
設例と類似のケースとして、店子が銀行取引停止処分を受け、さらに税金の滞納処分として差し押さえを受けたものの、店子が破産宣告を受けることなく営業を継続して賃料支払に不履行がなかったが、大家が賃貸借契約を解除した、という事件がありました。
この事件について、東京地裁平成4年12月9日判決は、
「賃貸借契約を継続しがたい事実関係が発生したとは言えない」
として、銀行取引停止処分と差し押さえを理由とする大家からの賃貸借契約解除を認めませんでした。
すなわち、東京地裁は、
「賃料の支払はしているわけだから、敷金にちょいとツバを付けられたくらいで、ガタガタ騒ぎなさんな」
と考え、
「この程度では信頼関係は破壊されていない」
という評価をしたわけです。

モデル助言: 
確かに契約書には
「差押えを受けた場合には催告なくして大家が解除できる」
とは書いてありますが、賃貸借契約においては
「信頼関係破壊法理」
が判例上確立しており、店子の法的地位は非常に強化されています。
大家としては、差押えを受けた店子は賃料を滞納するんじゃないかと心配なのでしょうが、毎月きちんと賃料が支払われていれば十分なのですから、差し押さえを受けたというだけで信頼関係が破壊されたとはいいにくいでしょう。
とはいえ、賃料の滞納を続けると信頼関係が破壊されるとされていますので、賃料は今後もきちんと払ってください。
現在、契約違反状態が続いていることには変わりありませんし、他の些細な契約条項に違反したことをもって、
「差し押さえの事実と『合わせ技一本』で、信頼関係破壊成立。
ゆえに解除有効」
などと評価されることもありますので、十分気をつけてください。
大家の哀川さんからの
「迷惑料払え」
なんて冗談もいいところです。
完全に無視していいですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00150_企業法務ケーススタディ(No.0105):会社分割の妙味と注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
蚊刺(カサス)・プロダクション株式会社 人事・総務担当取締役 蚊刺 英一郎(かさす えいいちろう、50歳)

相談内容: 
先生、うちのプロダクションは、これまで
「制作すれば必ず視聴率が取れ、絶対外れなし」
といわれたサスペンスドラマ専門の俳優育成に力を入れるべく、平成初期にサスペンスドラマ専業俳優部門を立ち上げてそれなりに頑張ってきました。
しかし、最近では、お笑い番組やバラエティ番組ばかり注目されて、今では、この部門、すっかりわが社のお荷物になってしまっているんです。
このような状況もあり、うちの父で当社社長の英二が、会社分割に詳しい会計士の助言を得て、思い切って俳優プロダクション部門をうちの会社から分社独立させて、これをナニワ興業の子会社として引き取ってもらうというプロジェクトを立て、これを進め始めました。
とはいえ、俳優やマネージャー、その他働いている従業員丸ごと、強制的にナニワ興業に移籍させてしまうことができるかどうか、大問題になっているんです。
ナニワ興業は強烈な実績主義がモットーで、
「若手や売れないタレントやデキないマネージャーに対する労働条件が過酷」
という噂があり、移籍を嫌がっている連中も少なからずいるようなんです。
とはいえ、ウチとしても、サスペンスドラマ専業俳優や、温泉旅館でマッタリ仕事をするのに慣れたドラマ俳優のマネージャーとか使えない連中が残っても困ります。
分社化した会社に部門の従業員を円満に移籍させることができるか、頭を痛めているのですが、どうしたらいいでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社分割の妙味
会社分割とは、大きく分けて、会社がその事業の一部を切り離し、新しく設立する会社に事業を承継させる
「新設分割」
と、
既存の別会社に事業の一部を承継させる
「吸収分割」
があります。
この制度は、2001年の商法改正の際に導入されたものですが、その後、2005年に成立した会社法によってより簡易な手続きで会社分割等ができるように制度整備がなされ、組織再編の一手法として多用されるようになってきています。
会社分割という手法の妙味は、会社の経営に関わる各契約関係を、事業を承継する新しい会社(あるいは、事業を承継する既存の会社。以下、「承継会社」)に一挙に付け替えることができるという点です。
すなわち、事業譲渡のように、取引先との契約や従業員との間の労働契約を締結し直したり、事業用設備・商品在庫・預金等をはじめとする会社資産の譲渡手続きを行ったり、といった面倒なことをせず、スムーズに分社化ができるところが会社分割の旨味といえます。
具体的には、承継会社に承継させたい各契約関係や資産等を、会社分割手続きにおいて作成する新設分割計画書ないし吸収分割契約に記載すれば、原則として、取引相手の個別の同意を要することなく承継先に引き継がれていくことになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:会社分割と労働契約
「会社の一方的都合だけで契約関係が電光石火の如く切り替えられる」
というのは会社にとっては実に都合がいいようですが、見ず知らずの承継会社に突如転籍させられてしまった従業員にとっては大事です。
そこで、会社と従業員の利害調整のため
「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」
が定められております。
同法は、従業員を、
1 承継される事業に従事していた従業員
2 それ以外の従業員(承継される事業に従事していなかった従業員)
に分類した上で、会社分割において、
1の従業員を承継会社に「承継させない」場合と
2の従業員を「承継させる」場合に
それぞれの従業員に「異議権」を与えています。

モデル助言: 
社長のお話を前提とすると、当該部門の俳優やマネージャーさんというのは、先程お話しした①の従業員に当たりますね。
1の従業員を承継会社に
「承継させる」
場合には、従業員にとってみればこれまでと同じ仕事ができるわけですから、法律上、会社が対応する必要はありませんね。
この点、最高裁平成22年7月12日判例では、法律上
「異議権」
がない場合であっても、
「会社分割に伴う労働契約の承継に先立って、その承継に関して労働者との間で行われるべき協議が全く行われなかった場合または当該協議における会社からの説明や協議の内容が著しく不十分である場合には、当該労働者は労働契約承継の効力を争うことができる」
などとされているところが厄介といえば厄介です。
しかしながら、最高裁が要求しているのは、
「説明や協議」
であって、
「従業員のワガママな条件をすべてのめ」
ということではありません。
ま、今回の件は多分に噂がひとり歩きして疑心暗鬼を招いているところもあるでしょうから、ナニワ興業さんにきちんとした雇用条件を明示してもらうなりして、まずは説明と協議を尽くすことでしょうね。
そこまでやってもまだ文句を垂れるようであれば、
「最高裁判例で求められている説明や協議は尽くした」
として、そんな連中は放っておいて承継を進めてもいいんじゃないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00149_企業法務ケーススタディ(No.0104):資産運用の罠

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
日国工業大学 経理課長 美濃川 聞多(みのかわ もんた、66歳)

相談内容: 
先生、先生。
今日は、本学の資産を投資するにあたってのアドバイスをいただきに来ました。
まぁ、大学という機関には、毎年毎年定期的に学費やら受験料やらで大金が入ってくるんですが、ほとんど死に金という状況の中、昨今の少子化に対処すべく、資産運用について真剣に考えないとイカンのです!
なのに、理事たちは、研究にしか興味のないボンクラの上、
「絶対学校をつぶすな。
オレたちの退職金は絶対確保。
あとは良きに計らえ」
と勝手ですし、理事長の娘婿の財務部長ですら、ヨット狂いでほとんど学校に出てきやしない。
そんなわけで、私ひとりが、財務運用を任されてます。
学校をつぶすわけにはいかないので、国立パリ・バレバレ銀行という外資系金融機関の
「学校・病院財務担当者のためのサバイバル投資戦略」
というセミナーに行ってみたら、営業責任者の宮根谷(みやねや)というのがペラペラ回る口と、元気のいい関西弁でやたらと自信たっぷりに語ってまして。
その後オフィスに行ったら、
「これやらんと、少子化で学校つぶれますよ! 知りませんよ!」
と畳み掛けられ、その後は物すごい接待攻勢。
とりあえず、20億円から、といわれ、断りづらいんです。
別にいいすよね。
きちんとした金融機関が自信たっぷりに任せてくれ、といってますし。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:大学の巨額・運用失敗事件
リーマンショックのちょっと前から、本件のように、大学が資産運用に色気を見せ始めるようになりました。
ただその結果といえばお粗末なもので、K澤大学は190億円の損失、K応大学は179億円の損失、I知大学、N山大学、J智大学も軒並み100億円程度の損失を出しています。
他にも数十億円の単位で損失を出している大学が多数ありますが、その中でも、K奈川歯科大学では、損失問題から刑事事件にまで発展しました。
同校では、人事権を掌握する理事が、その権力を背景に、実体のない投資先に巨額の投資をし、業務上横領等で逮捕されています。
経営陣が逮捕されるという異常事態から、年間7億円の補助金も打ち切られかねないという状況に陥りました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:事件の背景
K奈川歯科大学では、強大な権力を一手に握る理事を誰も止めることができなかったというガバナンスの欠如を指摘することができます。
また、K澤大学においては、多額の損失が通貨スワップ等のデリバティブ取引により生じましたが、これを運用していたのは一経理課長でした。
取引開始時には、理事長による最終決裁を経ていたものの、その後の取引を、同課長が理事長名義で捺印することにより行い、市況の悪化に伴い追加保証金が要求されたときにも、ひとりで処理を続けていたようです。
このことからは、商品特性に応じた運用ルールが全く定められていなかったことも明白といえます。
これらのガバナンスの問題や、運用ルールの不備は、組織作りの観点からの分析ですが、より重大なことは、担当者を含む学校経営陣に金融知識がまったく欠如していることでしょう。
このことは、刑事事件等に発展してはいないものの、多額の損失を生んでいる多くの大学に共通していえることです。
知識の欠如した経営人らがなぜ複雑な金融商品に手を出すのかといえば、金融機関に完全に依存した結果であるといわざるを得ません。
金融に明るい人が大学経営陣にいればよいのですが、そのようなことは稀ですし、多額のキャッシュを有する大学は金融機関にとってはおいしいカモ、もとい、お客様として、強烈な営業の対象となりがちです。
知識はないのに営業攻勢をかけられ、かつ、組織としてもやめる仕組みを設けていないとなったら、金融機関の食い物にされることは明らかでしょう。

モデル助言: 
この学校の規則は、昨年の改訂の際に、ひと通りレビューしていますが、確か有価証券取扱細則があったはずです。
ほらほら、これ。
これによると、投資はNGと書いていますから、独断でやって失敗したら、美濃川さんがすべて責任を取らされますよ。
民事で賠償できるような額ではないですから、最悪刑務所行きですよ。
特にこの商品の提案資料をみると、現在の円高をベースにシミュレートしてありますが、為替が逆に振れると、ほら、こんなに損が膨れ上がるんですよ。
え? 知らなかった? こういう不都合なことは宮根谷はいわないんでしょう。
こりゃ、一歩間違えばアリ地獄ですね。
どういう接待を受けたかは知りませんが、そんな浮世のギリは無視してしまって構いません。
それに、少子化に伴って入学希望者数にお悩みということなら、大学の競争力を向上させるために、魅力ある学校づくりこそが第一ですし、そのための投資をすべきでしょう。
それでもなおリスクの高い投資を試みるというのであれば、定められた規則に照らした運用計画を策定し、理事会に諮って慎重に進めるべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00148_企業法務ケーススタディ(No.0103):自己株式取得のウルトラC

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
合綿(ゴウメン)紡績株式会社 代表取締役 浜田 裕二(はまだ ゆうじ、68歳)

相談内容: 
先般、中田ハウス商事が仕掛けてきた敵対的TOB騒動では、大変お世話になりました。
まさに
「万事休す」
というところでしたが、吉本物産が裏で動いてくれて、ホワイトナイトとして岡八紡績さんを連れきてくれたお陰で命拾いしましたわ。
ところで、今日参上しましたのは、あの件の事後処理のことなんですわ。
あのとき、岡八紡績さんには、中田ハウス商事をイテこます目的で、業務提携を発表し、弊社の株式を150億円分、どーんとお買い上げいただきましたが、その後、株価もしばらくいい値段で推移しておりましたので、ほったらかしにしていました。
ところが、先日、岡八紡績の社長がいらっしゃって
「オマエところの株価、下がる一方やんけ。
業務提携ゆうても具体的な話一つもあらへんし、オレのところの株主騒ぎ始めてるぞ。
こんなクソ株いらんから、早よ引き取ってくれ」
とかなり強い調子で要請しはるんです。
ウチとしても、何とか、岡八さんところに一時的に抱いてもらったウチの株を引き取ってあげたいんですが、ウチの主幹事の桑原証券に相談しても
「岡八さんが保有株式を短期で市場売却すると、株価がむちゃくちゃなことになりますし、岡八さんのところだけ特別に自己株式として引き取るゆうてもイロイロ手続が大変です。
ま、難儀でんなぁ」
とツレナイ返事なんですわ。
昨年から進めてきました花紀州テクスタイル社との株式交換話も佳境に入ってきてクソ忙しいときに、また、ややこしい話持ち込まれて参っとるんですがこれ、なんとかなりませんかいな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ホワイトナイトのその後
敵対的 TOBで乗っ取られそうになっている企業を助太刀すべく、ホワイトナイトとして登場し、第三者割当増資等で株式を引き受けたりする会社がときどき脚光を浴びることがあります。
しかし、ホワイトナイトとして活躍して役目を終えた会社が、その後、
「どのようにして舞台をハケていくのか」
という点についてはあまり語られません。
設例のように、ホワイトナイトとして助太刀したのはいいが、そのために買い取った大量の株式(しかも買収騒動が終わった後は、もとの地味な会社に戻るため、株価はぐんぐん下がり始める)の処理は、ホワイトナイト側として正直頭を痛めるところです。
市場で大量に売却するとなると、株価の下落にさらに拍車をかけることになりますし、自己株式として引き取るといっても株主全員に対して声をかける必要があり(株主平等原則)、
「ホワイトナイトさんだけ特別扱いしてあげて、会社が株を引き取ってあげる」
というのも会社法上特別決議を要します(会社法160条1項、309条2項2号)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:株式買取請求を利用したウルトラC
このように、通常は、特定の株主から自己株式を取得することは非常に難しいのですが、
「会社の合併など、組織再編行為の場合の、反対株主からの自己株式の取得」
については、このような制限がありません。
その理由ですが、
「会社が合併などの組織再編をする必要性の高さと、それに反対する株主の利益を両立させるためにはやむを得ない措置であるから」
等と説明されています。
そこで、このような株式買取請求制度に目を付け、
「ホワイトナイトの手許の塩漬け株を自己株式として引き取る」
という離れ業をやってのけた事例が出てきました。

モデル助言: 
ホワイトナイトが、 TOB騒動が鎮静化した後の株式をどのように処分するのかは頭の痛い問題です。
ですが、世の中には、頭のいい人間がいまして、株式買取請求制度を狡猾に利用して、手元の塩漬株を自己株式として引き取らせることに成功した例があるんです。
数年前世間を騒がせた製紙業界における TOB事件で、ホワイトナイトとして登場したN製紙は、乗っ取りの危機にあったH製紙の株式を150億円あまりで引き取りましたが、このH製紙株式は危機が去った後も売却ができず、塩漬けとなっていました。
しかし、H製紙がK製紙と株式交換を行うタイミングをとらえ、N製紙は、手元のH製紙株式について株式買取請求を行い、自己株式として引き取らせたのです。
うがった見方をすれば、株式交換自体本当に必要だったのか、株式買取請求という場面を作り出すために株式交換というイベントがつくられたのではないか、といろいろ疑問が生じてきますが、とにかく、手法としてはよく練られた方法です。
この手法のいいところは、株式買取請求を行使されると請求された側は拒否できないことから、事前の密談の実際の内容はさておき、引き取る側も
「ま、制度ですから、しゃーないですわ」
というポーズを取りつつ引き取れるところです。
とはいえ、きわどいと言えばきわどい方法ですので、後ろ指をさされないよう、リリース方法や株式買取請求権を行使する大義名分等を勘案し、慎重に進めて参りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00147_企業法務ケーススタディ(No.0102):個人株主叛乱のリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ダンディ株式会社 社長 伊達 ひろし(だて ひろし、60歳)

相談内容: 
先生もご存知のとおり、もともと薬品卸の当社は、10年前、男性用化粧品「ダンディクリーム」の販売で一世を風靡し、5年前には株式公開にも成功しました。
ところが、2年前に粉飾決算がバレてからというもの株価は下落する一方で、粉飾決算がバレる前には1500円を付けていた株価が、最近では300円を切る始末です。
それに、最近は「ダンディクリーム」も時代遅れみたいで全然売れないし。
それで、思い切って、業績の悪い化粧品部門を知人の会社に売却し、いっそのこと上場なんかもやめて本来の薬品卸に専念して地味に営業していこうと決心したわけです。
とはいっても、化粧品部門を売却するにも、株主総会開いたり何だか面倒くさい手続が必要みたいだし、こんなことやっている間にタイミングを逸しますよ。
先日、独立系ファンド・キッドブラザーズを経営する友人の柴田に相談したところ、柴田のファンドの協力で
「TOB(株式公開買い付け)やって株主数を減らしてから、化粧品部門を売却してしまえばいい。
その時点で残っている株主(TOBに応じなかった株主)から、株式を買い取れって請求されるかもしれないが、TOBの後上場廃止にしてしまえば、株式の客観的価値自体がわからなくなるから、適当に安い株価で買い取ればいい」
なんて言うんですよ。
確かに、反対する株主は少ないほうがいいし、それに安い株価で買い取れるなら万々歳ですけど、そんなにうまくいくもんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:反対株主の株式買い取り制度
会社法は、例えば取締役を選任する場合や新たに株式を発行する場合など、会社における基本的な事項を決めたり変更したりする場合には、一部の例外を除き、議決権の過半数をもって決することとしています(資本多数決の原則)。
もちろん、反対する株主であっても、一度、多数決が採られた以上、これに従わなければなりません。
しかしながら、
「常にかつ絶対的に多数決原理が優先され、反対株主(少数派株主)は、いついかなるときでもこれに従い続けなければならない」
というルールがまかり通れば、多数派が企業価値を下げるような不合理な多数決に及んだ場合、反対株主にとってあまりにも不当な結果を招来しかねません。
そこで、会社法は、株式の権利内容を変更したり、重要な事業を譲渡する場合など、株主権の変更や会社の重要事項の変更を伴う決議に反対する株主について、会社に対して自己の株式を
「公正な価格」
で買い取ることを請求できる権利を付与する旨の規定を設けています。
そして、このような株式買い取り請求があった場合、会社は反対株主と株式の買い取り価格に関する協議を行うこととなります。
しかしながら、反対株主側とすれば1円でも高く買い取って欲しいし、会社側とすればなるべく安く買い取りたいところであり、実際は、互いの利害が相反し、なかなか協議が進みません。
そこで、会社法は、30日以内に当該協議が整わない場合には、会社または反対株主からも申し立てにより、裁判所は、会社の資産内容、財務状況、収益力、将来の業績見通し、直近の株価などを総合的に考慮し、
「公正な価格」
を決定することとなります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:近年の個人株主の動向
これまで、設例のような投資ファンド主導による企業買収のケースにおいて、個人株主等の少数株主が、意に反して予想外に安い価格での株式売却を迫られ、泣き寝入りすることが多かったようです。
しかしながら、昨今では、個人株主がインターネットを通じて同じ立場の個人株主を探し出し、被害者の会を結成するなどして、会社側が提示した株式の買い取り価格に集団で反対を表明したり、場合によっては、前記のとおり、裁判所に対し、株価を決定する手続を申し立てたりするケースが出始めており(旧カネボウ株式買い取り価格決定事件、レックス・ホールディングス株式買い取り価格決定事件など) 、今後、このような傾向が顕著になることが予想されています。

モデル助言: 
御社の場合、TOB(株式公開買い付け)によって株主数を減らしてから化粧部門を売却し、反対する個人株主は、上場廃止後、雀の涙ほどの価格で追い出そうという魂胆のようですね。
そのようなスクイーズアウト策が簡単に実施できたのは、数年前の話で、現在では、しぶとく残っていた株主が、化粧部門売却の際に株式買い取りを請求し、買い取り価格を巡って徹底抗戦してくるリスクを無視できません。
その際、提示した株価が不当に安い場合には、反対株主の申し立てを受けた裁判所がダンディ株式会社の資産内容や将来の業績見通しなんかを高く評価してしまい、予想以上の高い株価を決定してしまう場合もありますので、このあたりのリスクを検証しておく必要がありますね。
というより、そんなに化粧部門の売却を実施したいのであれば、株主をバカにしたような小手先の技巧に走らず、正々堂々と株主の理解を得て、適正な価格と適正な方法で公正に事業譲渡していくべきじゃないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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