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昭和や平成初期の株主総会においては、声が大きく、目つきが鋭く、柄もお品もおよろしくなく、役員の愛人問題やら不倫問題やら社費の私的流用やら交際費名目での豪遊やら、といった、
「週刊誌ネタとしては面白いが、株主総会で取り上げるべき話としては、あまりに関係性が薄い」ネタ
を使って、総会の議事運営を撹(かく)乱することを生業とする特殊な株主(いわゆる総会屋)をいかに排除して、ヘルシーでエレガントでフェアな株主総会を目指すか、という方法論が議論されてきました。
しかしながら、暴対法施行に伴い、
「特殊な株主(いわゆる総会屋)」
は一掃され、もはや絶滅危惧種となっています。
他方、最近、企業経営陣にとって非常に煙たがられる別のタイプの株主が、株主総会において積極的な発言をして、企業の希望どおり、シャンシャンとは終わらせてくれない事例が出てくるようになりました。
発言権を有する株主として認識される一定割合(大量保有報告書提出が求められる5%以上)の株式を取得し、この発言権を裏付けに、企業経営者に対して増配や自社株買いなどの株主還元の要求や、株主総会における議決権行使などを積極的に行う、
株式投資専門集団
であり、
物言う株主とかアクティビストファンドとか呼ばれる方々
です。
そして、アクティビストファンドが株主として乗り込んできた企業は、どこもその対策に頭を痛めています。
「昭和や平成初期に跳梁跋扈した特殊な株主(いわゆる総会屋)に対する総会対策」
は、
「一見して、法的保護に値しない、総会運営の撹乱者」
に対してはある程度効用を発揮します。
しかし、アクティビストファンド株主のような、特殊でない、バイオレントではない、
「インテリジェントかつエレガントかつジェントル」な株主、
すなわち
「自らが投資する会社の方向性に興味・関心を有する一般投資家や、経営者の経営責任を追及すべく財務諸表を読み込み、徹底した理論武装をしたプロの投資会社等のプレーヤー」
による的を射た質問に対しては、古典的な総会対策はまったく無力です。
逆に、
「図星を突いた鋭い質問」
に対して、
「一見して、法的保護に値しない、総会運営の撹乱者」への対抗手段
を使うと、会社側が違法行為者と成り果て、後日の総会決議取消訴訟でボロ負けし、不可逆的に体面を喪失しかねません。
現代の株主総会は、シャンシャン総会でもなく、また、総会屋跳梁跋扈する総会でもなく、
「投資家との対話重視」が理想
とされます。
では、例えば、
「PBR(株価純資産倍率)が0.5(=解散価値1万円の会社の株が市場価格5000円で買える状態)」
の会社に投資して筆頭株主に躍り出たファンド株主が、
「この会社は、現金資産も豊富だから、会社を解散して現金化して、株主に配当した方が、株式価値より多くのお金を手にできる。これが会社のオーナーたる株主の意向である。速やかに解散せよ」
という発言をした場合、会社側としては、どのような応答が可能でしょうか。
これは、
「会社は誰のものか」
と呼ばれる企業統治の根本理念に根ざす問題です。
江戸時代の商家に例えれば、
株主は「旦那さん(オーナー)」
であり、
役員は旦那さんに傭ってもらっている「番頭さん」
に過ぎません。
旦那さんの意向を無視して、番頭さんが勝手な経営をすることは許されません。
これとパラレルに考えれば、筆頭株主のファンドが、
「会社を解散した方がトクだから、ただちに解散せよ」
という指示に対して、株主に雇われ、株主のために働くべき義務を負う役員側としてはグーの音も出ず従うほかないように思われます。
ファンド株主の主張の前提理念や前提価値観を集約・整理すると、
「会社は『シェアホルダーズ(株主)』のものであり」
「『シェアホルダーズ』は短期的利益追求を望んでおり」
「会社は、短期的利益追求という『シェアホルダーズ』の要請に応えるべきだ」
という趣旨のものとして整理されます。
他方、会社としては、これに対抗するロジックとして、
「会社はトレーダーだけのものではない」
「会社は、短期的利益を追求する株主だけのものではなく、株主を含む多数のステークホルダーズ(利害関係者)のために存在するものである」
「短期的利益追求もさることながら、ゴーイングコンサーンを最大の存続目的とする」
「したがって、短期的利益追求のみを指向したファンドの主張は、前提において会社が目指すべき方向性と異なるので賛成できない」
というものが考えられます。
要するに、一定量の種籾(たねもみ)を前にして、
「腹が空いたから、後先考えず、とっとと飯炊いて食っちまおうぜ」
という考え方と、
「今食べたらそれで終わりだが、食べずに我慢して、きちんと撒(ま)いて収穫すると、より豊かな未来を描けるので、ここはそんな、欲にかられて、短絡的な決断するのはよそう」
という考え方に対立した、という類の価値対立の議論です。
会社経営陣としては、前述のファンドの主張に対しては、
「当社は、株主様に加え、当社にまつわるさまざまな利害関係者の皆様にとって公器としての責任を果たすべく、ゴーイングコンサーンを最重要価値として運営しており、この考え方に立って、安定した配当を従来からの方針としております。短期的な高額配当や、あまりに性急な株主還元策は、一過性なものになりかねず、財務体質の悪化を招き、特に、長期かつ安定的な姿勢でご支援いただいている株主様やその他の利害関係者の利益を損ねることになりかねませんので、ご意見としては拝聴しますが、採用いたしかねます」
といった形で応答することが想定されます。
「会社は誰のものか」
という議論は、正解がなく、今後も会社法の根幹に関係する議論として、また、様々な株主総会における熾烈な対立を招来する議論として、活発に論じられていくと思います。
このように、会社法は、数学の方程式のように答えが1つで、分かりきった答えや定石を覚えておけば大丈夫、というものではなく、企業活動や市場経済のトレンドに併せてダイナミックに展開していきます。
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会社の運営機関は、よく国の政治機構にたとえられます。日本の国の政治システムはなかなかわかりにくいですが、法律的にとらえると実に単純です。すなわち、日本の政治は、
1 国民が自分の意志を代弁してくれる代表(国会議員)を選び
2 その選んだ代表があつまる会議体(国会)が多数決で国の代表(内閣総理大臣)や国 の運営の重要なルール(法律)を決め
3 国の代表(内閣総理大臣)が法律を執行し
4 裁判所が事後的、後見的に法律の執行状況や、法律そのものが問題ないかどうかチェックをする
というシステムを採用しています。
株式会社(一般的な株式会社形態である取締役会及び監査役設置会社)もこれと同じで、
1’ 株主(国民)が自分の意志を代弁してくれる代表(取締役)を選び
2’ 取締役があつまる会議体(取締役会)が多数決で会社の代表(代表取締役)や会社運営にかかわる重要な意思決定(取締役会決議)を行い
3’ 代表取締役が取締役会で定まった内容を遂行し
4’監査役(裁判所)が、代表取締役や取締役が法令や定款に違反するような行為を行っていないかどうか、チェックするというシステムを採用しています。
要するに
国会≒株主総会
大臣≒取締役
内閣≒取締役会
内閣総理大臣≒代表取締役
裁判所≒監査役
という図式で把握すると、株式会社の統治・運営システムが理解しやすいと思います。
ところで、憲法や行政学の議論として、行政国家現象と呼ばれるものがあります。
これは、
「本来的には、国会と内閣と裁判所の国家三権を担う権力機構は、それぞれ対等独立の立場とプレゼンスを保ち、相互に抑制・均衡・監視を働かせつつ、他の機関が暴走することを抑止・予防し、もって人権保障(なかんずく、侵害されがちな少数者の人権保障)という憲法の究極の目的を実現する」
という健全な姿を前提とします。
しかしながら、実際には、行政執行を司る行政権が予算・権限ともにどんどん肥大化していき、三権の対等・均衡・分立が歪んで機能しなくおり、肥大化して牽制の契機が働かなくなった行政権が暴走し、健全な憲法理念の実現が困難になりつつある、という現象を指します。
そして、この問題とすべき状況は、そのまま株式会社運営システムにも、完全な相似形を保ちながら、当てはまります。
会社法においても、組織運営権力機構の設計について、国家運営システムと同様、株主総会、取締役会、代表取締役、監査役という形で分散・分立させ、相互に監視・抑制を働かせるようなメカニズムを採用したのは、1つの権力機構が肥大化して暴走して、株主や債権者をないがしろにしたり、法令や定款を無視したりするようなことを懸念したからと考えられます。
他方で、現実の株式会社の運営実体は、行政国家現象と同様、日常の業務執行を司る代表取締役が絶大な権限を保持し、取締役会が御用機関や追認機関となり、また、代表取締役の横暴を監視・抑止するべき監査役については、
「閑散役」
などと呼ばれ、窓際にいる何もしない形式だけの閑職扱いされ、
「吠えない番犬」
「噛まない番犬」
が如き存在として、存在すら無視されるようなことが多く見受けられました。
加えて、株式会社の最高意思決定機関である株主総会についても、代表取締役を筆頭とする会社執行陣からは、積極的で活発な議論を期待するどころか、波乱も、混乱もなく、短時間で、形式的・儀式的に終わることが理想とされ(シャンシャンと終わることから「シャンシャン総会」といわれます)、議論が百出して長時間意見が戦わされるような本来的な討議機関として機能するような場合は、
「(長時間、過酷なことを強いられる)マラソン総会」
などと評して嫌悪されるような状況でした。
このように、行政国家現象と同様、日常の業務執行を司る代表取締役が絶大な権限を保持して、他の機関からの抑制・監視が働かなくなると、当然ながら、代表取締役が暴走する素地が生まれ、放漫経営・乱脈経営、過大で冒険的な投資、法令定款違反、内部統制の欠如、株主や債権者の無視・軽視につながり、やがて、株式会社が大きな危機状況に陥る危険性が増大します。
そこで、どのようにして、他の運営機関を活性化・活発化・積極化させ、会社法が本来予定していた、各機関相互の健全な抑制・均衡による、適正な会社経営が実現できるか、ということが会社法改正の議論等の場において、討議・検討され続けています。
株主総会の活性化、取締役会の監督機能の強化、経営の監督機能と経営の執行機能の分離(委員会制度導入の際の議論)、監査役の権限強化といった議論は、このような文脈で語られています。
ここで、株主総会運営実務の基本を述べておきます。
株主総会は、株主、すなわち、株式会社に対して元手(資本金)を出した、共同オーナーの方々が集まって、役員人事や決算承認、その他会社の基本方針や重要事項を決定する、会社の最高意思決定機関です。
上場企業の株主総会を取り仕切る部署にとっては、株主総会は年に1回の、非常に神経を使うイベントです。
上場企業は、一定の浮動株の存在が前提となっておりますし、株主は得体のしれない、素性のしれない、何を考えているか、何を言い出すか、わからない完全な他人です。
そういう集団相手に、疎漏なきよう、しっかりとした機関運営を行い、会社の意思決定基盤を盤石にしなければなりません。
そういう意味では、波乱要素もなく淡々とおわる総会(「シャンシャン総会」)が予想される場合であっても、運営事務局である担当部署(法務部や総務部)は、そこそこ気をもむイベントになります。
昭和の時代から
「株主総会対策」
と呼ばれる弁護士の業務分野が形成されてきました。
これは、声が大きく、目つきが鋭く、柄もお品もおよろしくなく、役員の愛人問題やら不倫問題やら社費の私的流用やら交際費名目での豪遊やら、といった、
「週刊誌ネタとしては面白いが、株主総会で取り上げるべき話としては、あまりに関係性が薄い」ネタ
を使って、総会の議事運営を撹(かく)乱することを生業とする特殊な株主(いわゆる総会屋)による妨害を排除して、適正に株主総会を運営するための法的技術の総称ともいうべきものです。
株主がマイクを独占して議事運営を牛耳ってしまわないようワイヤレスマイクではなくスタンドマイクを使用したり、不規則発言をして撹乱する場合にはマイクの電源を手元で切れるようなシステムを作ったり、ヒートアップした株主が暴れ出さないように前方の席は会社側株主に占拠させたり、野党株主の野次に負けないように与党株主にも議事進行のエールを送らせるようにお願いしたり、警備員を配置して議長の指示に従わない場合に退場命令を発して議場から放逐する段取りと準備を整えたり、議事整理をしたり、無意味な質疑を打ち切り、採決まで持ち込む流れを議長にインプットしたり、といったもろもろのプラクティスが確立しています。
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法律の無知や無理解は、法的リスクの正しい認識・解釈を阻害します。
企業経営者のほとんどは、法律について絶望的に無知であり、無理解です。
取締役の職責は、読んで字の如しで、
「法令に基づいて、会社の運営を取り締まる専門家」
であり、本当は、法令精通義務というものが観念されるべきなのですが、現行の会社法制度としては、取締役は、試験も資格もなく、誰でもなれます。
それこそ、前科前歴多数の犯罪者であったり、寝たきりで鼻にチューブを差した状態のままのご老人(この状態でも数千万円の役員報酬が支払われることもままあります)であっても取締役になれます。
「取締役には、学校も試験も資格もなんにもいらない」
という地位職責の知見レベルがどうなるか、ということは、誰でも入れる義務教育課程の公立学校の学級秩序がどうなるか(健全かつ整然とした秩序が保たれているか、それとも学級崩壊しているか)を想像すれば、だいたい予想がつきます。
さらにいえば、法律は、常識では理解できない内容で、日本語でもなく、通常の知識や常識があっても到底読解できないシロモノです。
この点ですでに、
法を理解し、法的リスクを把握するのは、容易なことではない、
といえます。
ただ、知り、理解するのは容易ではなくとも、興味や好奇心があれば、学ぶことは期待できます。
学校や学校教育が大嫌いで、学校にも行かず、英単語や数式や年号や元素記号等は一切知らない、という不登校で無職の青年も、ホニャララ48のメンバーは、初期メンバーを含め全員フルネームと年齢と誕生日を覚えている、ということもあります。
しかしながら、企業経営者は、法律というものについては、知らないし、理解しないし、知るあるいは理解するハードルが高いし、さらにいえば、興味も関心もなく、むしろ、商売の足を引っ張る憎き邪魔者であり、だからこそ、法を嫌悪し、最低限の理解や興味や関心すら示さないのではないか、と考えられます。
すなわち、無知や無理解以前に、企業ないし企業経営者としては、法に対する嫌悪感が根底に存在しており、これが企業経営に法的リスクを払拭する営みが進まない原因を構成しているものと思われます。
「法律なんて商売を邪魔するだけの厄介なもの、とっとと消えて無くなっちまえばいいのに」
という嫌悪感や忌避感があれば、知ろうとも理解しようともしません、当然ながら、無知や無理解の状態が継続します。
結局、法律のことを理解するのは、事件となって、相応のリスクや実害が生じてから、
「頭で理解する」
のではなく、
「体が痛みとして覚える」
という形で、帰納的に理解が蓄積されていく、というタイプの企業ないし企業経営者も少なくありません。
すなわち、
「ストーブは極めて高温であり、普通に素手で触るとやけどをする」
という物理的知見に基づく警句については一切受け入れず、実際素手で触って大火傷を負って、ようやく、機能的・経験的に理解する、という形で、様々な知識を獲得する、というタイプの、あまり合理的とはいえない姿勢ないし態度です。
要するに、他人の注意と警告はすべて無視あるいは軽視し、ストーブの熱さは触って火傷してから理解し、氷の冷たさは握って凍傷になって実感し、包丁の危険性は指を切ってから納得する、というタイプの方です。
そもそも、
「法律は、常識とは無関係に、特に、経済人・企業人のバイアスの塊である『経済常識』『経営常識』『業界常識』と、むしろ対立する形で作られ、遵守を強制される」
という前提が存在します。
(商売人の内面に存在する主観的な感受性を観察基準とすると)法律は、商売の常識、健全なビジネス常識に基づく合理的行動の前に立ちはだかり、健全な企業活動(すなわち迅速で効率的で安全な金儲け)を邪魔し、企業の足を引っ張る有害な障害環境として捉えられていると推定されます。
これが企業経営者の法律に対する認識原点(潜在意識のレベルも含めたもの)であろう、と思われます。
その意味では、
「自分の常識なり感覚なりを信じる経営」
「迷ったら、横をみて(同業者の常識と平仄をあわせる)、後ろを振り返る(これまでやってきたことを踏襲すれば大丈夫と楽観バイアスに依拠する)経営」
が一番危ない、ということになります。
以上について、経営者の方々から
「経営者は法律を邪魔とは思っていないし、法律をしっかり守っている。何を間違ったことを言っている」
とお叱りの声が聞こえてきそうです。
しかしながら、
経営資源、
すなわち
ヒト・モノ・カネ・チエの運用を活動の本質とする企業経営
において、
もっとも重要なヒトという資源の調達・運用・廃棄に関して規制を行う労働法
について、日本の産業社会は、きちんと労働法を知り、理解し、尊重する経営者で満ち満ちているのでしょうか?
この点、 興味深いデータがあります。
各都道府県に労働局が、全国各地に労働基準監督署が設置されており、労働基準関係法令に基づいて事業場に立ち入り、事業主に対し法令に定める労働時間、安全衛生基準、最低賃金等の法定基準を遵守させるとともに、労働条件の確保・改善に取り組んでいます。
労働条件の確保・改善を図る具体的な方法としては労働基準監督官が事業場に赴くことなどによる定期監督等(毎月一定の計画 に基づいて実施する監督のほか、一定の重篤な労働災害又は火災・爆発等の事故について、その原因究明及び同種災害の再発防止 等のために行う、いわゆる災害時監督も含む。)及び申告監督(労働者等からの申告に基づいて実施する監督)等がありますが、この監督結果が、毎年統計データとして公表されています。
労働基準監督官が行った監督実施状況のデータをみますと、労働違反率は直近でほぼ70%で推移しています。
要するに、ヒトとモノの区別が理解できず、労働法に違反している企業が認知件数ベースで約7割。
認知件数ベースですから、認知にいたらない、お目溢しや暗数等を含めると、体感・実感ベースでは、
ほぼ9割近くの企業経営者は、労働法を無視あるいは軽視し、労働法に違反して操業している違法な企業、
ということがいえそうです。
こういうデータを踏まえると、
「労働法に興味があり、労働法が大好きで、労働法を進んで理解し知り、労働法を守って、オフホワイトな企業経営をしている立派な企業」
はむしろ稀で、ほとんどの企業は、
「労働法なんて商売を邪魔するだけの厄介なもの、とっとと消えて無くっちまえばいいのに」
という顕在意識や潜在意識をもち、邪魔なことこの上ない労働法を無視あるいは軽視しながら経営しているという実体が看取されます。
経営者にとっては、効率的で功利的なビジネス活動、端的にいえば、
「しびれるくらい大きな儲けを、ちゃっちゃと稼ぐ金儲け」
こそがもっとも重要であり、これこそが最重要ミッションです。
法律をバカ正直に守った挙げ句、コストが肥大化し、収益性が低下し、売上が下がり、機会損失を生じ、結果
「1万円札を2万円で買い、8000円で売る」かのような活動
をやらかしていたら、それこそすぐさま市場から退場させられます。
金儲けをしっかり行い、組織を発展させないまでも、きっちり維持する、という最重要ミッションとの比較においては、法律は、二の次三の次、さらにいえば、無視・軽視・敵視するような感覚を持つのも無理からぬことといえます。
以上のような、思考の偏向的習性が顕著な
「経営者」という「生き物」
が、強力なリーダーシップで企業組織を統率して運営するわけですから、企業が常に法令違反という危険な契機を孕んで運営されている、という実体・実情は、容易に理解可能かと思われます。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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毎年、毎月、あるいは毎日、企業の不祥事が報道されます。
企業の不祥事の発生はとどまるところを知らないといった感があり、毎日、新聞やテレビのニュースで、どこかの会社のどこかの取締役が謝ったり、反省したり、あるいは逮捕されたりしています。
株式会社の
「取締役」
は、その名のとおり、法令と定款にしたがって、会社の運営を
「取り締まる」べき役割
を担っており、相応に立派で責任感があるようにみえる方々ばかりのようです。
・・・にも関わらず、何故、企業はこれほどまでに多く、不祥事をやらかすのでしょうか。
これには
「取締役」
の実体・実像が関わっていると考えられます。
さて、一般的に、日本社会において
「ステータス」
といわれるものを有している人種については、
当該「ステータス」といわれるものを獲得する過程
で、一定の厳しい条件を達成あるいはクリアすることが要求されます。
たとえば、
「医者」というステータス
を獲得するためには
大学医学部を卒業して医師国家試験に合格することが必要ですし、
「弁護士」というステータス
をもつためには
ロースクールを卒業するか予備試験に合格した上で司法試験及び考試(司法研修所卒業試験。通常「二回試験」)に合格することが必要になります。
政治家になるには選挙という通過儀礼を経由
することが必須ですし、
大学教授や博士になるには論文や学術上の実績が必要
になります。
教員になるには教員試験、
公務員になるには公務員試験の合格、
がそれぞれ必要になります。
以上みてきた
「ステータス」保持者
は、各試験や通過儀礼を経由する過程でそれなりの時間とエネルギーとコストを費やすことを余儀なくされます。
そして、その
「ステータス」取得プロセス
での艱難辛苦を通じて、自分が目指すべきキャリアのことを真剣に考えさせられ、また当該キャリアを手にした後のビジョンをいろいろと描くこととなります。
憧れのキャリアを手に入れる過程で、悩み、苦しみ、考えたせいか、
「キャリアを手にしたものの、どうしたらいいかわからず、途方に暮れる」
というような人間は基本的にいないように思われます。
しかしながら、
日本社会における社会的「ステータス」
の中でも、取締役(代表取締役であるいわゆる「社長さん」を含む)といわれる方々は、以上みてきた方々とはかなり事情が違うようです。
「取締役」というステータス
を取得するためには、試験とか資格とか能力とか条件とか一切ありません。
病人であろうと、知的水準や社会的常識に問題があろうと、あるいは破産者であろうとOKです(2006年から施行された会社法でOKになりました)。
前科前歴が華麗な、凶悪犯だって
「取締役」
になることができます。
老若男女問わず、
誰でも「取締役」というステータスを得ることができます。
この
「取締役」というステータス
を手にする上では、お金もそれほどかかりません。
従来は最低資本金制度というものがありましたが、現在では、資本金が1円でも株式会社の設立が可能となりましたので、登録免許税等の実費を考えなければ、1円だけもっていれば、
誰でも「取締役」になれる
のです。
ゲゲゲの鬼太郎、といっても、昭和時代に放映された第一次テレビアニメ版の主題歌(OPソング)で、
「おばけにゃ、学校も、試験も何にもない」
という著名(といっても昭和生まれにとってですが)な一節がありますが、取締役も同様であり、
「取締役にゃ、学校も、試験も、資格も、能力も、条件も何にもない」
といいうる現実が厳然と存在します。
無論、上場企業の取締役になるには、会社で何十年もがんばって働いて認められ、また
「株主総会での選任」
という緊張を強いられる通過儀礼を経由することが必要となりますが、
「学歴・経歴・資格・試験等一切関係なく、なれる」
ということには変わりありません。
実際、上場企業において入社半年くらいの暴力団関係者が突然取締役に選任されてしまうことだってありますし、同族系の上場企業においては、経営能力がまったくない認知症の疑いのある老人や鼻にチューブが刺さっている寝たきりのご老人が取締役として選任される例などもあります。
「重役」
とか
「社長」
とかいうと、なんだか非常に高いステータスのように思われていますが、実態をよくわかっている人間がみれば、
「資格試験とか一切なく誰でもなれる」
という点で、一定の知的水準や専門能力の裏付けとはみなされません。
「取締役」
というキャリアがいとも簡単に取得できてしまうせいか、知的能力や知識や経験の偏差が大きく、下をみればキリがない、というのも、
「取締役」
というステータスを有する集団の特徴です。
そして、
「試験等一切なく誰でも入れる」公立の初等教育機関
において学級崩壊が起こり、トラブルが多発する(実際、開成や麻布や筑駒では「学級崩壊」が起こった、などという事例は寡聞にして知りません)のと同様、
「試験等一切なく誰でもなれる取締役」
やこのような
「『取締役』が強大な権限を有して動かす会社」
にトラブルが多発することになるのです。
このように
「取締役」というステータス
に関しては、
「無試験・無資格・性別・人種一切無関係、破産者であろうが認知症の疑いのある方もウェルカム」
という形で広く門戸を開放しすぎてしまったため、能力水準の下限は
「底無し」
といった状況であり、想像を絶するとんでもないことをやらかしてくれる方々が相当多く混在することになるのです。
「取締役」
とは、もともと、その名のとおり、
「会社法その他関係法令に基づいて、会社という組織の運営を『取り締まる』役目を担うプロフェッショナル」
ということが想定されていました。
会社法の専門書をみると、
「取締役とは株主から経営を付託された経営専門家である」
等と書いてありますが、これは、
「社会現実を知らず、机の上で理屈をコネ繰り回している」
からこそいえる虚構です。
現実の取締役、とくに多くの中堅中小企業の取締役については、会社法や簿記・会計はおろか、国語や算数の試験すらなく誰でもなれることから、法律が想定している役割・立場と、実際の能力との間に重篤なギャップが生じてしまっています。
しかも、このようなギャップを是正する制度的担保がなく、知的能力が破綻したまま放置される一方で、法律上、取締役である限り
「経営のプロ」
とみなされて会社運営に関する大きな権限を与えられてしまうが故、
「取締役」と呼ばれる人種
の周りには、会社をめぐるさまざまなトラブルに巻き込まれる高度の危険が常に存在するのです。
加えて、そんな危なっかしい状況にある
「取締役」の皆さん
ですが、自らの職責や権限や責任に関する知識を補充する意欲がまったくないといった方が多いため、被害を拡大し、自身も会社も不幸に追い込んでしまいがちです。
無論、
「取締役」と呼ばれる方々
も、自らが無知であることを知り、無知なら無知なりに、専門家の助言を求め、常に謙虚かつ慎重に行動していれば、トラブルを回避したり、脱出したりすることも期待できるでしょう。
しかしながら、
「取締役」と呼ばれる方々
の多くは、当該キャリアを保持するに必要な知識を確認するための試験を受けたこともないくせに、「自信」と「思い込み」だけは人一倍で、専門家の意見を謙虚に聞く方や勉強して自分の職や立場に関する知識を得ようというような殊勝な心がけの方はあまり見受けません。
むしろ、
「知ったかぶりでどんどん状況を悪化させ、しかも本人はそのことにまったく気がつかず、気がついたら、三途の川を渡河し、地獄の底に到達していた」
等という悲劇とも喜劇ともつかない話がビジネス社会には実に多く存在することになるのです。
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企業のほとんどは、
「株式会社」
という組織形態を採用しています。
ここで、
「株式」「株券」「株主」「株主総会」
という基本的概念を整理・把握すると同時に、
「株式会社」
という制度インフラの根底に存在する
「所有と経営の分離」
という組織統治理念について解説いたします。
まず、
「株式」「株券」「株主」
についてです。
株主とは、株式を有する人間
を指します。
もちろん、個人の場合ももちろん、法人が株式を有することも可能です。
ある株式会社が、別の株式会社の株式の一定割合以上を有して、支配的地位を有する場合があります。
典型的な事例は、
「チャイルド株式会社(仮称)」
の発行済株式総数の全部(100%)を
「ペアレントホールディング株式会社(仮称)」
が株主として所有する場合ですが、こういう場合を、
「ペアレントホールディング株式会社(仮称)」を親会社、「チャイルド株式会社(仮称)」を子会社とする親子関係、
などといいます。
ここで、
「株式」とは何か、
ということになりますが、株式とは、
株式会社のオーナーシップのことであり、株式会社に共同出資した出資者たる地位や権利を、均一に細分化された割合的単位として表したもの
です。
では、株式を持った個人ないし法人、株主は、
「株式会社に共同出資した出資者たる地位や権利」
に基づき、どんな権利や地位を有し、どんな責任を負うのでしょうか。
株主の地位ないし権利として、もっとも重要なものは、
株式配当を受け取る権利
です。
株主は、株式会社の共同オーナーであり、何のためにカネを払って、共同オーナーになったか、というと、当然ながら、儲けるためです。
すなわち、株主が出資した資本金を使って、株式会社がヒト・モノ・カネ・チエといった経営資源を調達・活用して、製品や商品や役務提供体制といった価値を創出・蓄積し、これを営業活動によって、カネに変え(収益として実現し)、利益を生み出します。
こうして獲得した利益を、出資者である株主に対して、定期的に損益計算を行って、配当として還元していきますが、このとき、株主は、その地位に基づいて、株式配当を請求することになるのです。
また、株主の地位ないし権利として、会社経営の基本的事項について、自己主張をする機会が与えられます。
すなわち、少なくとも年に一度定期的に、あるいは、特別の事情がある場合、不定期かつ臨時に開催される、株主総会において、株主は、意見を述べたり、説明を求めたり、取締役や監査役を選ぶ場面において、当該選任決議において、株式の保有割合に応じた多数決投票において、議決に参加することが保障されています。
他方で、株主、すなわち、
「株式会社に共同出資した出資者」
としては、どんな責任を負うのでしょうか。
株主は、一般に、「間接有限責任」を負う、
とされています。
株主は、株式会社の共同オーナーではありますが、株式会社の債権が焦げ付いても、株式会社の債権者から直接取り立てのために追い回されることはありません。
株主は、株式会社という法律上別人格の存在を通してしか債務の負担を負わないからであって、これが
「間接」的にしか責任を負わない、
という意味です。
また、株式会社が債務超過になって破綻して、破産等をしたとしても、株主が債権者から、焦げ付いた債権について責任を負うこともありません。
ただ、株式会社が破産して法人格が消滅したら、株主の有する株式は無価値となり、出資した金銭が消失しますが、逆にいえば、出資した限度でしか責任を負わず、それ以上、ビタ一文債務や責任を負うことはありません。
これが、
「有限責任」という意味
です。
01716でもお話しましたが、
法律上「有限責任」とは、事実上・社会上は「無責任」と同じ
です。
有限責任法人を、海外では、LLC(リミティッド・ライアビリティ・カンパニー)というものとして存在しますが、LLCの資本金で1ドルとか1000ドル程度のところは結構存在しますが、
「10万円程度の損」
さえ覚悟すれば、どんなに大それた負債を作っても、株主には責任がない、ということを意味しますので、
「有限責任法人」とは、まさしく「無責任法人」
ともいえます。
ところで、株式と似たような概念として
「株券」
というものがありますが、これは株式の内容を記した有価証券であり、かつては、株券がたくさん出回っていました。
しかしながら、時代の変化に伴う法改正によって、株券を発行しない株式会社(株券不発行会社)が原則的形態となったことから、最近では、ほとんどみかけなくなっています。
では、株券なしで、どうやって
「自分は株主だ」
ということを証明するか、というと、株式会社が整備する株主名簿への搭載によって確認するシステムとなっています。
最後に、
「所有と経営の分離」
の話をいたします。
私が、トヨタ自動車株式会社の100株の株式を市場で購入し、同社の100株の株主になったとしましょう。
当然ながら、私は、トヨタ自動車株式会社の共同オーナーです。
そこで、私は、トヨタ自動車本社に出向き、
「自分はこの会社の社主だ、オーナーだ、控えよ」
と騒ぎ、いきなり社長室に上がり込み、社長室秘書にコーヒーもってこい、と命令しだし、さらには、取締役会が開催されているところに入っていて会社の方針を指示命令しだしたり、あるいは、目についた文房具やノートパソコンといった会社の備品を、
「オレはオーナーだから持って帰っていいだろ」
と言い放って、持って帰ろうとしたとしましょう。
これは許されるでしょうか?
もちろん、こんなことをしたら、間違いなく警察に通報され、犯罪者として逮捕され、起訴され、有罪判決を受けることになります。
株主は、「株式会社に共同出資した出資者」
ではありますが、
所有と経営は、まったく別物として分離
されており、
株主がオーナーシップを発揮して経営に参加する機会は、株主総会における議決権等に限定
されているからです。
すなわち、
株主が会社経営に口を出せるのは、唯一、
「株主総会」
という定期・不定期に開催される会議体の場に限定
されているのです。
オーナーシップとマネジメントを分離することにより、
「経営の知識や経験やスキルがないし、経営責任を負担する覚悟もないが、小銭なら出せる」
という多くの一般人を資本家として会社運営に参加させ、他方、株式会社の経営は、
「素人でも小銭を出して株さえ変えれば誰でもなれる株主」
に任せるのではなく、株主総会が、株主であるかどうかにかかわらず、資本的多数決で選んだ
「経営のプロ」
である取締役に完全に委ねることが可能となります。
このようにして、多くの資本金を結集して、また、経営のプロに会社運営を委ね、スケールの大きな金儲けをさせ、経済を拡大的に発展させよう、という発想が株式会社の制度設計の根幹に存在するのです。
もちろん、
「所有と経営の分離」
といっても、
「取締役その他の経営陣は、絶対株主以外から選ばなければならない」
というわけではなく、別に所有と経営が一致しても構わない、ということを含意します。
実際、株式公開していない中堅中小企業のほとんどは、会社の100%株主が代表取締役社長を務めるケース(いわゆるオーナー企業)がほとんどです。
他方、株式公開企業のうち、時価総額1000億円以上の大企業となると、ほとんどが、オーナー色が払拭され、所有と経営が完全に分離した状態になっています。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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経済社会においては、
「株式会社」
という存在は欠かせないものであり、皆さんも日常よく耳にされているかと思います。
他方、株式会社という法律上の仕組みは意外と難しく、大学法学部生は専門課程において、
「会社法」
という科目として1年かけて勉強するのですが、それだけ勉強してもなお定期試験で悲惨な成績しか取れない学生が結構多い、という、難解にして厄介な代物です。
ここでは、この
「株式会社」
という法的制度について、できる限りわかりやすく解説してみたいと思います。
企業不祥事が発生すると、マスコミ等はこぞって、
「企業はきっちり責任を自覚せよ」
「経営者は責任を免れない」
「株主責任を果たすべき」
などと報道します。
しかしながら、結論から申せば、株式会社には、法理論上、責任者不在の組織となっています。
といいますか、株式会社制度自体が、そもそも
「誰も責任を取ることなく、好き勝手やりたい放題して、金もうけができ、もうかったら分け前がもらえるオイシイ仕組み」
として誕生したものなのです。
すなわち、株式会社制度の本質上、
「関係者は事業がヤバくなったら、とっとと逃げ出して、ケツをまくれる」ように
設計されているのです。
株式会社制度に関して、立派な学者の先生が書いた理論的な説明された文章を探してみます。
すると、こんなことが書いてあります。
曰く、
「株式会社とは、社会に散在する大衆資本を結集し、大規模経営をなすことを目的とするものである。かかる目的を達成するためには、多数の者が容易に出資し参加できる体制が必要である。そこで会社法は、株式制度(104条以下)を採用し、出資口を小さくできるようにした。また、出資者の責任を間接有限責任(104条)とし、社員は、債権者と直接対峙せず、また出資の限度でしか責任を負わないようにした」
と。
これじゃ、まるで外国語ですね。
受験偏差値65以上の人間でもこんな
「外国語」
を理解できるのはごくわずかでしょうし、一般の方にはまったく理解できないと思います。
そこで、一般の方でもわかるように“翻訳”して解説します。
日本語のセンスに相当難のある学者の先生がこの文章でいいたかったことは、
「デカい商売やるのには、少数の慎重な金持ちをナンパして口説くより、山っ気のある貧乏人の小銭をたくさんかき集めた方が元手が集めやすい。とはいえ、小口の出資しかしない貧乏人に、会社がつぶれた場合の負債まで負わせると、誰もカネを出さない。だから、『会社がぶっつぶれても、出資した連中は出資分をスるだけで、一切責任を負わない』という仕組みにしてやるようにした。これが株式会社だ」
ということなのです。
「株主は有限責任を負う」
なんてご大層に書いてありますが、要するに、
法律でいう「有限責任」とは、
会社が無茶なことをして世間様に迷惑をかけても事業オーナーが知らんふりできる、
という意味であり、
社会的には「無責任」という意味と同義
です。
ついでにいいますと、
「有限会社」や「有限責任組合」とは、
われわれの常識でわかる言い方をすれば、
「無責任会社」「無責任組合」という意味
です。
さらに余計な話をしますと、
「ホニャララ有限監査法人」とは、
「監査法人がどんなにありえない不祥事を起こしても、出資した社員の一部は合法的に責任逃れできる法人」の意味
であると理解されます。
東日本大震災後の原発事故で、日本に甚大な被害をもたらした東京電力も
「株式会社」
という仕組を使って商売をしています。
したがって、あれだけの厄災をばらまいておきながら、東京電力の企業オーナーである株主は一切責任を取らされません。
実際、震災前の東京電力は、超のつく優良企業で、株主は毎年結構な配当を享受しておりましたが、大事故を起こして社会に迷惑をかけても、株主に対して
「損害賠償を負担しろ」
とか、
「過年度にたんまり受け取った配当を返金して、迷惑や損害を被らせた方々への賠償として支払え」
などといわれることは一切、絶対ありません。
だからこそ、小銭しか持っていない一般大衆が、電力事業という大きなビジネスに参加できるわけであり、
「“有限責任制度”という偉大な社会制度の発明が、現在の産業社会を創出した」
といわれる所以なのです。
ちなみに、私個人の意見としては、
「原子力発電事業は、有限責任のメリットを享受できない企業体で運営すべき」
と考えています。
例えば、合名会社という企業制度ですが、株式会社と違い、無限責任制度を採用しています。
すなわち、出資したオーナー全員が無限連帯責任を負いますので、こういう組織に原子力発電事業を担わせるのも一計ではないでしょうか。
適当でいい加減なことをやって事故を起こすのは、
「どうせ他人事」
という意識があるからであって、
「失敗したら、関係者全員、手をつないで地獄行き」
という前提であれば、真剣に仕事をしてくれるはずです。
原子力事業の参加資格を合名会社に限定し、東京電力の課長以上の職員全員が合名会社の出資者となる合名会社が事業を運営すれば、安全性が相当向上するのではないでしょうか。
東京電力の課長ともなると年収は1000万円を超えるでしょうし、不景気の時代ですから、無限責任というリスクがあっても、残留を希望する部課長や役員はたくさん出てくると思われますので、案外、うまく機能するかもしれません。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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古くは豊臣秀吉の朝鮮出兵、また、時代が近くなると、満州で一旗上げる話や、ハワイやブラジルへの移民話、さらには、バブル期のロックフェラーセンターやハリウッドの映画会社買収話など、日本人は、国際進出というものを安易に考えすぎる気質があるようで、毎度毎度バカな失敗を繰り返してしまいます。
国際進出は、情報収集も情報分析も国内では考えられないくらい難しく負荷がかかるものです。
これはあくまで感覚値ですが、国際進出して成功するには、国内で成功するより5倍から20倍難しいといえると思います。
「国内で成功し尽くした会社が、国内での市場開拓より数倍、十数倍のリスクがあることを想定し、周到で綿密な計画と、十分な予算と人員と、信頼できるアドバイザーを整え、撤退見極めのメルクマール(基準)を明確に設定して、海外進出する」
というのであればまともな事業判断といえます。
しかし、(アウェー戦ではないホーム戦である)国内ですら低迷している会社が、
「新聞で読んだが、中国ではチャンスがある」
という程度のアバウトな考えで、適当に海外進出して成功する可能性はほぼゼロに近いといえます。
本業が痛んでいるにもかかわらず、起死回生の海外進出策などと称した、現実味のない話が出てきて、浮ついているような会社に未来などあるはずもなく、こういう知的水準に問題のある会社が、中途半端に
“国際進出もどき”
をおっぱじめても、儲かるのは、現地のコーディネーターやコンサルティング会社や旅行関連企業(航空会社やホテル)や現地会計事務所等だけで、たいていはお金と時間と労力の無駄に終わってしまいます。
フィージビリティスタディ段階で自らの無能を悟り、進出をあきらめてくれれば、損害は軽微なもので済みます。
しかし、頭の悪い人間ほど自らの無能を知らないもので、実際は、多くの中小企業が、実に“テキトーなノリ”で、いきなり、現地法人を作ってしまい、その結果、自分の首を締め、死期を早めてしまうようです。
日本企業のアジア進出ですが、多国籍展開経験のある一部の巨大企業を除き、ほとんどの中堅中小企業は、すべからく残念な結果に終わっているようです。
2010年ころになってから、
「中国進出ブーム」なるもの
が日本の全産業界を席捲しました。
その当時の経営者向けのメールマガジン等を見てみますと、
「国連『世界人口白書』によると、世界の総人口が70億人を突破する予定です。そのうちの人口のトップは、約13億人で中国。単純に考えて、世界の5人に1人は中国人という計算です。この国が抱える13億人の一大マーケットは非常に魅力的」
なんてリードがあり、
「今、中国進出しないのはバカです! 何もしないと死にます!」
ともとれるような煽り文句が読み取れます。
この種の威勢のいい号令に従う形で、
「日露戦争における203高地への無謀な突撃」
の如く、数多くの中堅中小企業が中国に進出して行きました。
そこから数年経った2015年になると、中国ビジネスに関するもっともホットな経営テーマは、なんと
「中国進出企業の撤退(?!)の実務」
に変貌します。
曰く、
「外国企業が中国事業から撤退しようとしても、日本での撤退手続のように、必ずしもスムーズにいくわけではない」
「中国では、外国企業の撤退に関する法制度が未だ完全には整備されていないため、手続が煩雑で、多くの時間とコストがかかる」
「また、撤退に際して、政府から許認可等を得る必要がありますが、各地方政府の担当官の裁量により、ケース毎に撤退に関する判断や要求が異なる場合が多くある」
「『中国における清算の実務上のポイントを説明し、いくつかの実例を挙げながら、よりスムーズに撤退手続を行うための方策』なるものを勉強しましょう」、
といったセミナーが、中国からの撤退を考える中堅中小企業の経営幹部に人気になりました。
こういう状況を冷静に観察すると、
「進出するのか、撤退するのか、どっちやねん!? お前ら(中略)ちゃうか?」
というツッコミを入れたくなります。
日本の中堅中小企業の経営者の多くが、なぜ、こんな無意味で愚劣な行為をするのでしょうか?
私のような
「東大卒弁護士」風情
では理解ができない、何か、
「高度高邁にして、深淵で難解で、奥深い、形而上の意味」なるものがあるのでしょうか?
私はそう思いません。
「経営者が、多大な時間とコストとエネルギーを注ぎ込んで中国に進出した挙句、数年後、さらに多大な時間とコストとエネルギーを費消して撤退する、という壮大な愚挙を敢行する」
のは、
「何か深淵で高邁な意味がある」
というわけではなく、単に、
「経営者が愚劣だから」
ということに尽きると思います。
中国進出をやらかして失敗するような中堅中小企業の経営者は、
「目的が未整理で、頭脳が混乱した状態」
で経営判断しているから、ということが原因で愚かなことを仕出かし、悲惨な状況に陥るのだと考えられます。
営利を追求することをメインミッションとする組織である企業の目的設定・経営判断の方向性としては、
1 カネを増やす
2 出て行くカネを減らす
3 時間を節約する
4 手間・労力を節約する
のいずれかに収斂するはずです。
とはいえ、現実的には、
「企業の目的設定・経営判断」
として、
5 (経済的には意味がなくとも)イイカッコをする、世間体や体面を保つ
「すごいですね」
「国際企業ですね」
とか言われてプライドを充足する、意地を張る、見栄を張る、ナメられないようにする、劣等感を解消するという、
「経済的には説明できない、というか、合理的理解を超えた、愚劣極まりないもの」
も存在します。
オーナー系中小企業をみていると、本社社屋に、娯楽施設とかフィットネスクラブとか茶室とか業務に関係のない施設も併設されていたりする光景や、社長室が無駄に広く、動物の剥製、著名人とのスナップ写真、有名絵画、高級酒、さらには、銅像や日本刀や兜など、高価というだけで特定の趣味・嗜好・センスが感じられない品々が、一貫性もなく、無秩序に羅列されている光景に遭遇することがあります。
また、素材メーカーや部品メーカーの企業が、突然、イタリアンレストランやブティックの経営に乗り出し、
「素性のよくわからない、社長と親交のある、妙齢の女性」
が当該子会社のトップに抜擢されたり、ということもたまにあります。
以上を整備するのにカネや時間や労力が相当投入されていますが、当該設備への投資は、
1 カネを増やす
2 出て行くカネを減らす
3 時間を節約する
4 手間・労力を節約する
のいずれにも無関係であり、これらいずれの目的への貢献もほぼ皆無です(社内外には、相応の説明がなされますが、いずれの説明も、私のような「東大卒弁護士」風情の頭脳では理解できない複雑怪奇な説明であり、案の定、この種の「理解を超越した難解な」新規事業は、いずれも、短い時間に赤字を積み上げ、無残に撤退しているようです)。
目的が合理的でなかったり、現実的でなかったり、計測不能であったり、タイムラインもいい加減であったり、といったものは、形式上の説明如何にかかわらず、要するに
「イイカッコをする、世間体や体面を保つ、プライドを充足する、意地を張る、見栄を張る、ナメられないようにする、劣等感を解消する」
というのが当該経営判断の実体であると推定されます。
そして、
「中国進出ブームに舞い上がって中国進出をやらかしちゃった経営者」
というのは、冷徹で緻密な計算をし尽くすこともせず、要するに、
「わが社は、トレンドに遅れていないぜ! 最先端の国際ビジネスをやっているぜ!」
という意地やプライドや主観的満足充足のため、頭脳が混乱した状態で、進出した、という蓋然性が高いと思われます。
だからこそ、
「短期間に赤字を積み上げた揚句、撤退を決定したが、出口戦略をまともに描いていなかったため、撤退すらままならず、のたうち回っている」
という悲惨な現状に直面しているのではないか、と高度の蓋然性を以て推測されます。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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冷戦の終了に伴い、製品市場、労働市場、金融市場ともに世界の市場が単一化し、また、インターネットの発達により、大量のヒト・モノ・カネ・情報がスピーデイーに世界を行き来する時代が到来しました。
これにより、国際取引は増加の一途を辿っています。
質の面でも国際取引や国境をまたぐ事業は高度なものに発展しています。
債権や株式に対する国際投資、外国のマーケットでの資金調達、為替や金利差を用いた金融派生商品、ジョイントベンチャー、国際的M&A、クロスライセンスによる技術取引といった技術的に高度な国際取引が、今や日常的に行われるようになっています。
また、古典的な輸出入取引についても、商品や機器の輸出入だけではなく、設備・機器に技術を付加して輸出する取引、これにファイナンスを付加したベンダーファイナンス取引、さらに複数の金融機関の参加を前提としたシンジケーション方式のプロジェクト・ファイナンスによるプラント輸出など、国際取引は日々発展を続けており、これを支援する企業法務(国際法務)についても高度の知見が要求されるようになってきています。
世界市場は単一化され、国際取引は日々活発化しています。
ビジネスや会計の世界では、ヒト・モノ・カネ・情報の動きが国境をやすやすとまたぎ、言語の問題は別として、マネーや会計という共通言語で国際的なプラットフオームが形成されつつあることも事実です。
このような状況をふまえると、
「法律という分野においても、国境がなくなり、自由に取引できる環境ができるようになったのではないか」
という錯覚が生じます。
実際、法律をまったく知らないビジネスパースンは、往々にして、世界に
「“国際所有権”とか“国際登記”とか“国際特許権”といった趣のものが存在し、債権や物権その他の法的関係をすべて可視できる共通のプラットフォームがあるはずだ。国際取引における法律は、この種のツールを利用して、一元管理すればいい」
などといった安直な妄想を抱きがちです。
しかしながら、(ビジネスやマネー、会計と異なり)法律に関して、各国は、国際化の動きに一切関知せず、むしろこれに背を向けた姿勢を固持しており、それぞれ主権国家が独自性を貫く状態が続いています。
すなわち、国際社会における法秩序に関しては、主権国家という“巨大な暴力団”が、それぞれ、法律という“ナワバリ”を使って、領土という固有の“シマ”を排他的に堅持する状況が続いているのです。
このようなモザイク的な国際法環境は、世界が単一主権国家によって独裁される状況でも出現しない限り、永遠に続くものと思われます。
ある程度国際法務を経験された方であれば常識以前の話ですが、
「世界のあらゆるところであらゆる民事規律として通用するオールマイテイーな法、としての国際法」
なるものはまったく存在せず、一般に
「国際法(国際私法)」
と呼ばれるものの実体は、“シマ”ごとに異なるルールのハーモナイゼーションの手続ないし方法論に過ぎません。
一般的に、欧米先進国においては法律による統治がなされており、法律に従った行動をしていれば、予見不能な事態に陥ることは少ないといえます。
また、欧米先進国においては、日本の法令とその基本的哲学のレベルで異なる法令が存在することも少ないと思われます。
ただし、日本の法令とは大きく異なる制度が海外には存在することも事実であり、民事裁判における陪審制や懲罰的損害賠償の制度など、現地に進出する日本企業としては、その特性を十分に理解しておく必要があります。
したがって、国際法務においては、そもそも
「どの国の法律を用いて、当事者間の関係が規律されるのか」
が重要なポイントとなります。
「イスラム諸国などとの比較において」
という留保が付きますが、欧米先進国は、その法令内容が、日本法と大幅に内容が異なるということはありません。
しかし、細かな意味・内容において、日本法と異なる法体系や法内容を有する外国も多く存在するところです。
そして、紛争状況に至ると、この
「細かな意味・内容」
が増幅されて、解決までに多大な資源を費消する事件等に発生し、ビジネスの支障となったり、企業の法務安全保障を脅かしたりする原因にもなり得ます。
したがって、国際取引において
「日本語で表現された契約書をそのまま英文に翻訳しさえすれば、当方の認識した相手方との合意内容が法的に異議なく確立し、取引上のリスクが完全に予防できる」
というものではありません。
このようにして、国際取引において契約を取り交わすに際しては、互いに自身に有利な法環境や紛争処理環境を選択する方向で主張し、例えば、
「準拠法(当該契約に適用される法律)について、双方自国の法とすることを譲らず、交渉が難航する」
等といったことが日常茶飯事となるのです。
また、国際取引においては、日本人同士あるいは日本企業同士の取引のように、いわゆる
「阿咋の呼吸」(暗黙知に基づく予定調和)
を期待することは一切できず、逆にその種の期待はことごとく裏切られることになります。
国際取引においては、
「法律だけでなく、文化や常識が当然異なり、他人をどこまで信頼するかという基本的部分すらも異なる相手との契約である」
ことを十分に認識して、
「わざわざあえて契約書に明記するまでもないと考えられる事項」
についてであっても、
「あえて、わざわざ、逐一、くどく、細かく文書化」
し、契約で用いる定義や概念についても、内包的定義に加え、想定される具体例や適用例を外延的定義で示すなどして認識の齟齬を防止するなどし、双方署名することで共通認識とするといった煩瑣な作業が要求されます。
国際取引を遂行する企業法務の現場においては、諸事このような対応が必要となります。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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1 企業に対する攻撃類型の変化(リアルからネットへ)
これまで、
「企業に対する攻撃」
といえば、
反社会的勢力による攻撃や、
「総会屋」による株主総会での妨害行動、
右翼を称する組織が行う街宣車による宣伝活動、
企業に実弾入りの封筒を送りつける、
といった
目に見える「有形力の行使」
による攻撃がほとんどでした。
当然、これらの攻撃から防衛する企業の側の対応も、警察の協力を得て取締まりを強化してもらったり、弁護士などの専門家の指導の下で万全の株主総会対策を整えたり、といったように、あくまで特定の攻撃相手による有形力の行使への対応策がその中心でした。
これらの
「有形力の行使」を中心とする「企業に対する攻撃」は、
攻撃を行う者がある程度特定でき、
また、
攻撃態様の違法性が顕著であり、
かつ、
害悪の発生を瞬時に把握することができ、
それゆえ、
事前の防衛策や対応策に取り組み易い、
という特徴がありました。
ところが、インターネットの普及率が飛躍的に増加した2000年代前半頃から、
「企業に対する攻撃」
は、
古典的な「特定の者による有形力の行使」から、
「インターネット上の掲示板への企業の誹謗中傷記事の書込み行為」や、
「インターネット上のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を通じた企業のデマ・風評の流布行為」など、
「匿名の人間が行う、情報を利用した無形の攻撃」
に変化してきています。
すなわち、警察庁の統計等からも明らかなように、例えば、パスワードを不正に取得したりして不正に企業内のパソコンに侵入するといった、いわゆる
「不正アクセス」行為
により検挙された数は、2000年には67件だったものが、2012年には7,334件へと約109倍にも増加しています。
また、インターネットなどのネットワークを利用した脅迫事件、名誉棄損事件も2000年から増加傾向にあります。
もちろん、これらの数字がすべて企業に対する攻撃を示しているものではありませんが、昨今のニュースなどからも明らかなとおり、これらの
「インターネットを利用した攻撃」
は増大の一途を辿っており、これを防ぐための事前の防衛策や対応策の確立が企業にとって火急に行うべき課題となっています。
2 ネットトラブルへの対処が極めて困難であること
1)ネットトラブルに対応するスピーディーで都合のいい法的手続は存在しない
企業を誹謗中傷する書込みがなされた場合、多くの企業は、即座に当該書込みを削除できる方法を検討するものと思われます。
しかしながら、書込みを保存しているサーバなどに侵入し(ハッキングし)て、当該書込みを削除するという違法な方法を除き、
書込みを「即座に」削除するスピーディーで都合のいい法的手続
などというものは、少なくとも現状においては、存在しません。
2)司法手続の煩雑さ
特に、司法手続は、侵害の相手方を特定することが必須の前提となりますが、ネット上の攻撃は、ほぼ例外なく、匿名の第三者による攻撃の形が取られます。
当該匿名の情報発信者は、インターネットに接続するプロセスにおいて、インターネット通信事業者のような経由ISP(インターネットサービスプロバイダ)とプロバイダ契約をしており、当該サービスプロバイダを通してし、インターネット上でコンテンツを提供しているサイト運営者等のサーバと通信して、ウェブサイトや掲示板等にアクセスし、有害情報(あくまで被害企業から観察した主観に基づく)を発信しています。
匿名発信者を特定するためには、サイト運営者に対して、発信者の通信ログ等の開示を請求し、その情報をもとにサービスプロバイダに対して、発信者の情報開示を請求するという、前提手順が要求されます。
その上で、ようやく、訴訟の相手方が判明し、そこから初めて本来の訴訟を提起する前提が整う、という面倒臭さです。
3)逆SEO等による対策手法
そこで、迂遠で鈍速でコストと時間と手間のかかる司法手続によらず、かつ違法な手段にもよらずに、即座に、しかも容易に削除する方法を探すべく、多くの企業は、インターネットなどを用いて、書込みを削除できる方法を考えるものと思われます。
実際に、インターネットを利用し、
「ネット」
「誹謗中傷」
「書込み」
「削除」
などといったキーワードを組み合わせて検索すれば、時事ニュースの記事などを除き、
「誹謗中傷書込みを直ちに削除します!」
「誹謗中傷対策は○○○へ」
「風評被害対策サービス」
「ネット書込み削除は任せてください」
といったウェブサイトが相当数ヒットします。
もちろん、これらウェブサイトを運営する民間会社が提供するサービスも、中には安価でコストパフォーマンスが良いものもあり、これらのサービスを利用することで、実際に書込みの削除に成功した企業もたくさんありますし、これらのサービスの利用を否定するものでは決してありません。
ここで、1つ問題提起をするならば、
書込みの削除に成功したことをもって「インターネットを利用した攻撃」に対する抜本的解決に至った
と判断することができるかどうかです。
書込みの原因となった事実関係(すなわち、書込み対象となった企業関係者にまつわる事実関係)が変わらず、さらには、書込みを行った者が野放しのままである以上、
「高い匿名性」
という特徴を有する
「インターネットを利用した攻撃」
においては、同様の書込みは何度も継続すること(イタチごっこ状態)が想定されますし、そもそも、
「次はどの掲示板に書込まれるか」
等といったことは皆目検討もつきませんので、その場合はまた1から上記プロセスをやり直すということになります。
3 ネットトラブル対策の概要
そこで、
「インターネットを利用した攻撃」への対応策
を策定する際の基本姿勢としては、このようなネットトラブルの特性を見越した戦略的対応を構築する必要があります。
具体的には、事前の防衛策として、
(1)ビジネスの設計・企画段階における戦略的対応(実験的なコンシューマー製品を提供する際、OEM提供にするなどして、誹謗中傷に晒されないポジショニングによる事業展開を構築するなどの対応)
(2)ビジネスの構築・運営段階における戦略的対応(セールスクレームが想定されるような営業を展開する事業においては、総販売代理店に営業をすべて委託する形の事業構築を行い、クレームを受けるリスクを回避するといった対応)
事後の対応策として、
(3)裁判手続を前提としない対処方法として、書込みの原因となった事実関係(すなわち、書込み対象となった企業関係者にまつわる事実関係)の改善・除去(例えば、クレームの対象となった欠陥箇所を改善し、これをプレスリリースしてネットトラブルの根本原因を解消する対応)
(4)裁判手続きを利用する手法として、書込みを行った者の特定と、当該書き込みを行ったものを被告とした効果的な手続の選択
といった形で適切な解決策を構築していくことになります。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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