00112_企業法務ケーススタディ(No.0066):内部通報の放置・もみ消しはNG!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
浦川銀行 内部監査室室長 大和 裕之(やまと ひろゆき、64歳)

相談内容: 
先生、ご無沙汰しております。
当行は、昨年来、頭取の浦川雅彦の指揮の下、役員や従業員の不正を通報する窓口として、当行内部監査室内に内部通報窓口を設置し、私がその責任者となりました。
とは言っても、その実は、窓際族と言われて久しい私の定年前の花道のためにわざわざ設置したような部署ですので、本当に内部通報があった時に、きちんと対応できるかどうかとても心配していたところです。
そんなある日、当行融資課の担当者から、頭取が中心となって行われた暴力団関係者に対する不正な無担保融資をの件について、調査を求める内容の通報がありました。
実際に通報があったのは初めてでしたので、この通報にどう対処すべきかと、頭取に相談に行ったところ、頭取はとてもバツの悪そうな顔をしながら、
「そんなくだらん話、ウソに決まっておるだろう。銀行員というものは高度の守秘義務を負っておるんだし、どうせ誰にも相談できずに勝手に収まるわ。ほっておけ」
という態度で、私も何ともしようがなく、この通報は放置しておきました。
それから1ヶ月後、頭取の不正を通報した当行担当者がマスコミにリークし、当行と暴力団関係者との関係が新聞にすっぱ抜かれてしまったんです。
頭取はカンカンに怒って、
「就業規則で顧客の情報について守秘義務を負っている従業員が機密を漏らしたんだろ。就業規則違反でそいつをスグにクビにしろ」
と言うんです。
通報を放置したのは悪かったですが、銀行員が守秘義務に違反するというのはそれ以上にいけないことですから、今回は、コイツをクビにしてしまっていいですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:公益通報者保護法の趣旨
2006(平成18)年4月1日に施行された公益通報者保護法は、公益目的で企業内部の非違行為を外部公表した従業員(公益通報者)を企業が不当に解雇することを禁じています。
この法律は、公益通報者を企業の報復的な解雇から保護することにより、従業員等が、解雇などの不利益を恐れずに企業の内部の不正等を通報することを可能としていますが、この法制度により、企業内で発生した問題が重篤化する前に早期に是正されるべきことが期待されています。
例えば、
「基準値以上の毒性を含む廃液を排出している工場がある場合、重篤な公害問題に発展する前の段階で通報を行う機会が保護されていれば、初期の段階で公害対策に取り組むことが可能となり、国民の健康を守ることができる」
といったものが公益通報者保護法の意図するところといわれています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:内部通報と外部通報
公益通報者保護法は、
「従業員等が、企業が設置した内部通報窓口等に通報すること」
を保護するだけではありません。
せっかく通報者が公益通報をしたにもかかわらず、一定の期間が経過しても通報先が何の調査も行わないような場合などには、通報者が
「その者に対し通報対象事実を通報することがその発生、またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」
に通報することを認めています。
要するに、企業内部の通報窓口に通報しても放置されたり、取り合ってくれなかったりした場合、
「企業の不正等により発生する被害やその拡大を防止するための一定の影響力を有する者」、
すなわちマスコミや政治家や圧力団体等に駆け込んで、企業内部の不正をベラベラしゃべっても問題ない、と法が積極的に認めているのです(これらを「内部通報」に対し、「外部通報」と呼ばれております。公益通報者保護法3条3号等)。
無論、法は
「外部通報を行ったことを理由とする解雇」
も禁止することで厚い保護を図っております。
なお、通報先が何の調査も行わない場合のほか、通報先から解雇などの不利益な扱いを受ける可能性が高い場合や、証拠の隠滅がされてしまうなどの危険性が高い場合には、即刻
「外部通報」
することも許されています。

モデル助言: 
浦川銀行の場合、せっかく内部通報センターを設置したものの、形だけのもので、しかも、法律上の期間内(20日以内)に、適切な調査をしなかったというのですから、外部のマスコミに通報されても文句は言えませんね。
名目上は就業規則違反であったとしても、このような
「外部通報」
を行ったことを理由に解雇した場合、当該解雇の無効を巡って労働訴訟や労働審判を起されたり、また、労働組合から団体交渉を求められるなど、争議に発展する可能性もあります。
とにかく解雇は難しいと思ってください。
今後は、内部通報に対し、一つひとつ誠実に対応することを心掛けなければなりません。
経営者の指示で
「もみ消す」
など、外部へのタレコミを促すようなもので、有害無益です。
内部通報窓口が企業の
「内部」
にあっては、経営者の干渉を完全に排除した対応を行うことができない場合もありますので、内部通報窓口を
「社外」
に設置することも検討すべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00111_企業法務ケーススタディ(No.0065):業務委託契約相手のすり変わりにご用心

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
京阪神電鉄株式会社ホテル 事業部担当取締役 渡辺 亜斗夢(わたなべ あとむ、39歳)

相談内容: 
昨今の景気低迷の影響もあり、ウチのようなぱっとしない電鉄系ホテルグループは、生き残るのが大変です。
お客様のアンケート等をみても、
「洗練されていない」
「カタい」
「つまんない」
と散々な評価で、正直、限界を感じておりました。
そんな中、昨年秋頃に世界的ホテルチェーンのピンドン・ホテル・グループ(ピンドン・グループ)から、
「日本進出を考えているが、自社でホテルを建築するのはコスト的に無理なので、御社のホテルのマネジメントを受託する形で進出したい」
というオファーが舞い込んできました。
社長は非常に前向きで、話はトントン拍子に進みましたが、今年に入ってイヤな噂を耳にしたんです。
ピンドン・グループは、地味で客足の悪いホテルを、プロパティ・オ-ナーの経費をふんだんにつぎ込んで大々的な改装や宣伝を行って一見ホテルを建て直したように見せ掛け、その後即座に、マネジメントの権利を高値で第三者に売り抜けるという
「焼き畑農業」
のようなことをしているとのことなんです。
当社としては、そんなことをされても困りますし何とも不安なのですが、この話に乗り気な社長は、
「結婚した後、旦那が知らない間にいつの間にか女房が入れ替わるか!
それと同じで、業務提携をしておいて、肝心の提携相手が別の会社になるなんてことがあるはずがない。
常識で考えてみろ。
つまらん話をして水を差すな」
という態度で、基本的に先方の言うなりに交渉が進んでしまっています。
私が心配しすぎなんでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約上の地位の譲渡
設例のケースのような契約上の地位の譲渡については、一般に他方当事者の承諾が必要とされており、基本的には、社長のおっしゃるとおりで、ピンドン・グループが勝手に業務提携契約を第三者に売ることは困難です。
しかしながら、方法を工夫すれば、京阪神側の承諾なくして、ピンドン・グループがホテル・マネジメントの権利を売却することは可能です。
例えば、ピンドン・グループが京阪神電鉄保有ホテルの運営を受託するための100%出資会社を設立し、京阪神電鉄との運営受託主体を当該子会社として、業務受託契約を締結します。
そして、マネジメントが軌道に乗った段階で、当該子会社の株式全部を第三者に売却してしまえばいいのです。
自社で保有する当該子会社の株を誰に売ろうがピンドン・グループ側の自由ですし、株主に移動があっても京阪神電鉄との契約当事者が当該子会社であることに何ら変わりはありませんので、京阪神電鉄としては一切文句が言えません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:東京ヒルトン事件
事例はやや異なりますが、設例のような事件が裁判で争われたことがあります。
ヒルトングループが、東急グループとの間で業務委託契約を締結したのですが、その後、ヒルトン側が当該契約当事者の地位を東急グループに無断で譲渡したため、
「契約上の当事者たる地位」
の譲渡の有効性等が争われました。
東京地方裁判所は、東急グループに無断で行われた
「契約上の当事者たる地位」
の譲渡を有効と判断しました。
事件自体は非常に込み入った事情があるため、当該裁判例を判例法理として一般化するのは困難ですが、少なくとも、
「業務委託契約が、一方当事者の同意なく、突然第三者に売り渡されることがある」
という事態をリスクとして想定し、契約上の手当てをしておくことは重要です。
特に、グローバルに展開する海千山千の企業との契約では、道義や仁義もなく、
「契約に定めなきことはすべて自由にやっていいこと」
という単純なルールが支配しますので、想定されるリスクはきちんと文書で予防しておくことが推奨されます。

モデル助言: 
ま、ピンドン・グループと言えば、短期間で急成長し、世界規模に展開している企業グループとして有名であり、営利・功利に徹底した海千山千の商売人です。
渡辺さんが耳にした噂については、真偽如何にかかわりなく、リスクとして認識し、契約上の予防措置を講じておくべきですね。
まず、相手が業務受託に当たって改装を要求してくるのであれば、その一部を相手方に負担させるとともに、上限予算を明確にしておくべきですね。
あと、設計業者や施工業者を選定する権利を京阪神電鉄側が留保しておくべきです。
でないと、ピンドン・グループの息のかかった業者に好き放題ふっかけられかねません。
ピンドン・グループが京阪神電鉄からのホテル運営を受託するに際して、専用の会社を設立するのであれば、その会社のガバナンスに目を光らせるべく、京阪神電鉄も出資参加・役員派遣を要求すべきですね。
最後に、ご懸念の契約上の地位の譲渡ですが、
「契約上の地位の譲渡」

「丸投げ行為(再委託)」
を業務受託契約上明確に禁止しておくとともに、子会社を株ごと売り払うことを予防するために、チェンジ・オブ・コントロール(チェンジ・イン・コントロール)条項、すなわち
「受託会社の株主その他同社を実質的に支配する者が変更したときは、京阪神電鉄はいつでも契約を解除できる」
という条項も入れておくべきしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00110_企業法務ケーススタディ(No.0064):MBOをするなら内部の組織固めをしっかりと!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社アレレ 会長 猪田 幸治(いのだ こうじ、42歳)

相談内容: 
先生、もう、上場なんかヤメですわ。
証券会社の口車に乗せられて上場してみましたけど、メリットなんか全然おませんがな。
監査報酬に証券取引所の上場料、株主総会運営コストに株主名簿管理の委託料、ほんでまた、四半期決算開示負担に、日本版SOX法対策のための文書化コストと内部統制監査費用でっしゃろ。
ホンマ、ボラれっ放しですわ。
「上場したら優秀な従業員が群れをなして集まってくる」
とか言われましたけど、来るのは
「学歴高いが使えん」
ちゅうヤツばっかりですわ。
そんなこんなで、MBOして上場廃止してまえゆうことになって、外資系のモレル・ピンチ証券と共同でのTOBすることになりましてん。
この話をするため、先週取締役会開催したら、取締役連中が皆
「反対や」
言いよるですわ。
理由を聞いたら
「せっかく『上場会社の役員』というステータスを手に入れたのに、非公開のエエ加減な会社の役員に戻ったら、カッコ悪い」
とかいうアホみたいな話ですわ。
ゆうても、根性ない連中ですから、睨みきかして一喝したらそれで黙ってしまいましたけどね。
私は細かいことようわからんので、今回のTOBの細かいことは財務担当役員の東野に丸投げしとるんです。
コイツは、もともと信用金庫勤めのウダツの上がらん経理マンやったのを拾ってやったんですが、
「上場会社の役員」
ちゅうステータスに最も固執しとって、
MBO反対派の急先鋒やったんです。
今はおとなしいですが、寝返らへんか心配ですわ。
先生、どんなもんでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:MBOと取締役会の賛同
MBO(マネジメント・バイアウト)とは、経営陣による会社買収のことを言いますが、設例のように上場にまつわるさまざまなコストを忌避して、創業社長が上場廃止策として実施するケースが増えてきました。
「大変な思いをして上場しておきながら上場廃止にする」
など何とももったいない話ですが、逆に言えば、そのくらい上場維持のための直接間接の負担や敵対的買収リスクが大きくなっているのだと言えます。
MBOを実施するといっても、創業社長等の筆頭株主がポケットマネーで市場に出回っている株式を買い戻すのは困難ですので、金融機関から借り入れたり、共同でTOBを実行したりすることとなります。
協力してくれる金融機関はリスクを嫌いますので、契約上
「TOBについて取締役会が異議なく賛同表明すること」
をファイナンスや投資の条件として要求してきます。
創業社長が取締役会を押さえ切れず、取締役会がTOBへの協力を拒むと、MBOの契約(実際はTOBのファイナンスやTOB(共同買付契約)上、金融機関が直ちに手を引くことを定めておりますので、MBOはたちまち頓挫することとなります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:シャルレ事件
2007年に社長として招聘した元バレーボール日本代表選手を解任するという騒動を起こした婦人用下着販売会社のシャルレですが、同社創業家は、08年9月、モルガン・スタンレーグループと共同してMBOを提案しました。
当初、シャルレ社取締役会は、このMBO提案について、TOB価格の妥当性も含め、賛同していました。
ところが、その後、取締役会が豹変します。
「TOB価格が不当に安い等の内部通報が相次いだ」
として、外部弁護士を含む第三者調査委員会を立ち上げます。
そして、同委員会が
「利益相反行為があったとの疑念を払拭できない」
との調査結果を提出したことをもって、シャルレ取締役会として賛同表明を撤回し、創業家と真っ向から対立する構えを見せたのです。
モルガン・スタンレーとの契約上、
「シャルレ社取締役会の賛同」
が共同買付実行の条件となっていたため、結局TOBが不成立となり、ここにMBOが頓挫することとなったのです。

モデル助言: 
モレル・ピンチ証券会社との契約上、
TOB共同買付実行は御社取締役会の賛同表明が条件になっているはずです。
お話を聞く限り、東野氏はMBOの反対派の急先鋒で、しかもTOBの実務責任者というわけですから、東野氏はその気になれば何時でもMBOを潰せる立場にあります。
安易に考えるべきではないでしょう。
東野氏としては、気心の知れた弁護士や会計士に依頼して外部委員会を立ち上げ、当該委員会の口で
「MBOの手続きが不透明であり、アレレ社の企業価値を損ねる」
等の大義名分を言わせ
「委員会の威」
を借りて、取締役会決議でTOBへの反対表明が可能です。
MBO・TOBが頓挫するだけであればいいですが、
「転んでもタダでは起きない」
外資系証券会社のことですから、取締役会が賛同表明せずにTOBが失敗した場合、猪田さんが成功報酬相当額の違約金を払わされることもあり得ます。
証券会社との契約をよく精査するとともに、取締役会が裏切らないように十分な組織固めをし、また、TOB実務担当者の人選もよく見直すべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00109_企業法務ケーススタディ(No.0063):課徴金納付命令審判手続はとりあえず争っておくべし

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社トリビアン 会長 棚橋 勝美(たなはし かつみ、47歳)

相談内容: 
先生、昨日、ウチの会社宛に
「課徴金納付命令にかかる審判手続開始決定書」
ってのが、郵送されてきたんです。
ちょっと前に証券取引等監視委員会の検査で
「開示書類として提出した決算書の数字がおかしい。
会計方針が不当な変更により資産が過大計上され、純資産額が粉飾されている」
といった指摘を受けたことがありました。
ま、利益が少なかったので、株主をビックリさせてはいけないと思って、会計方針を少しイジったのですが、そんな目くじら立てるようなものじゃないし、会計士さんからも継続性の原則の範囲内ということでお墨付きをもらっていました。
その後、証券取引等監視委員会から金融庁に対して課徴金納付命令発出の勧告が出されちゃって、これらの経緯は取りあえず開示しておきましたが、ついこの間の株主総会が平穏無事に終わったこともあり、すっかり終わった話だと思っていたんですよ。
争ったってどうせ勝てっこないし、それに長期間お役所とで争っていても外聞が悪い。
何より、そのために株価が下がったら株主に迷惑がかかるじゃないですか。
メインバンクや証券会社の担当者に聞いたら、
「課徴金は刑罰でないし、前科にならない。
江戸の仇を長崎で討たれるってこともあるので、お上とのケンカは良くない。
大した額ではないから、とっとと払って、この件は早く終わりにしたほうがいい」
という意見です。
先生、どう思います?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:金融商品取引法が定める課徴金制度
課徴金制度とは、法令違反行為を行った者に対し、
「行政罰」
としての金銭的負担を課す制度ですが、金融商品取引法のほか独占禁止法においても定められているものです。
インサイダー取引など悪質な法令違反行為に対しては、従前から懲役や罰金など
「刑事罰」
による制裁システムが存在しました。
しかしながら、
「刑事罰」
を発動するためには、裁判手続において厳格かつ慎重な立証が必要で、最終的な解決までに何年もかかってしまいます。
金融商品取引法令違反行為の是正にこのように煩瑣で面倒な手続を逐一履践していては、適時に罰すべき行為が放置されることになり、日々発展し変化を遂げる証券取引におけるモラルハザードが助長されかねません。
そこで、違反行為に対して簡単かつスピーディーに金銭的なペナルティを課して金融商品取引秩序を維持すべく、平成17年の証券取引法改正(その後金融商品取引法に制度承継)により
「行政罰」
たる課徴金制度が導入されました。
「簡単かつスピーディー」
と言っても、曲がりなりにも、企業に対し一定の不利益を食らわす制度ですから、いきなり
「何時何時までに課徴金としてX億円を支払え」
という命令を下すわけにはいきません。
適正手続を保障する観点から、金融庁での審判手続によって違反事実の有無が審理され、これに基づき、課徴金納付命令発令の是非が判断されることになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:IHI株主代表訴訟事件
金融庁は、有価証券報告書に虚偽記載があったとして、株式会社IHIに対し、平成20年6月に審判手続き開始決定をしました。
これを受けた IHIは、審判手続きで争わず、法令違反事実や納付すべき課徴金額を認める答弁書を提出したことから、金融庁は同年7月、約15億9千万円の課徴金納付命令を決定したのです。
ところが、その後、 IHIの株主が
「有価証券報告書の虚偽記載の発覚が原因で同社の株価が下落し損害を被った」
として同社に対して総額1億4千万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。
IHIは、この裁判において全面的に争う姿勢を示したものの、
「虚偽記載の有無について長期間争えば企業価値が低下し、かえって株主のためにならないと思い課徴金納付命令を認める答弁をしたが、虚偽記載を認めたわけではない」等という相当苦しい弁解を強いられる羽目に陥っている状況です。

モデル助言: 
棚橋さんは、
「株主のため」
と考えて、金融商品取引法違反の有無を争わず、課徴金納付命令に異議なく従うことを考えているようですが、 IHIのように、後から株主が訴訟提起することもあります。
「確かに、金融庁の審判手続きで金融商品取引法違反の事実を認めたことはありますが、これは早く手続きを終わらせるための方便としてのウソなんです。実際は法令違反なんて一切ありません」
なんてカッコワルイ弁解をすることになりますよ。
審判手続きには弁護士を代理人として選任し、自己に有利な証拠も提出して徹底して争うことができますし、いったん、課徴金納付命令が発令された場合であっても、これをさらに裁判所で争うことだってできるんです。
どんなに状況が不利であっても、認めてしまったら最後です。
後日、株主からの賠償請求訴訟で、やられ放題になっちゃいますよ。
審判段階、さらにはその後の審決取消訴訟も視野に入れてとことん争うべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00108_企業法務ケーススタディ(No.0062):発明者ファースト国、アメリカでの特許出願の注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
磐梯食品株式会社 会長  磐梯 栄二(ばんだい えいじ、68歳)

相談内容: 
先生、いよいよアメリカ進出ですわ。
すごいでっしゃろ。
今度アメリカで私が発明した特許を出願して、ウチの商品を売って売って売りまくるんですわ。
え?
お前、ほんまにそんなすごいもん発明したんか、やて?
ちゃいますがな、ちゃいますがな。
私なんか、シャベクリ営業だけでのし上がってきた人間でっさかい、技術なんか、なんも分かっていませんし、発明とかできるわけないですやん。
ご存じのとおり、最近、ウチの会社は食料品の加工販売だけでなく、食品加工用機械の開発に力を入れとるんですわ。
ほんでね、去年中途で入ってきよった開発部の神岡虎太郎ゆうヤツが
「ゆで卵の黄身部分を捨てて白身部分だけを取り出す画期的な機械」
の開発に成功しよったんですわ。
日本での販売ももちろんですが、今、アメリカはダイエットブームですから、アメリカでもこの機械や卵の白身だけの食材の販売を大々的に始めたろ、ゆうわけですわ。
まあ、ゆうても、アメリカで勝負するんやったら、特許とか出願しとかんとあきませんわな。
それで特許出願するんですけどね、向こう行って商談とかで
「私が発明しました。日本のエジソン、磐梯です」
とかゆうて、ツカミで一発カマしたいですやん。
そしたら、アメリカさんの私を見る目が違うてくるてなもんで、そやって、パンパンパーン、と商売進めたいんですわ。
そういうわけで、今回の機械は、私が発明者ゆうことで出願しときたいわけですわ。
ま、当の発明者の神岡にはずいぶん飲ませ食わせしてますし、職務発明ゆうことで相当な報奨金払ってますさかい、異議ございませんゆうとりますわ。
あーははははは。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「特許を受ける権利」と「発明者」
「特許を受ける権利」
すなわち、特許を出願し、特許権の付与を受けることができる者は、特許法上、
「産業上利用することができる発明をした者」
すなわち
「発明者」
であるとされております(特許法29条柱書)。
しかしながら、
「発明者」
とはどのような者を指すかについては明文の規定が存在しません。
学説上は、まず
「発明」

「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」
と定義した上で、
「発明者」
について、
「発明の創作行為に現実に加担した者だけを指し、単なる補助者、助言者、資金の提供者あるいは単に開発等の命令を下した者は含まない」
としています。
よく、発明や特許出願に関与した者へ名誉を与える趣旨で発明者の上司や所属企業の社長も発明者欄に記載して出願を行う慣行を持つ企業がありますが、後日、上司が発明者に該当するか否かが争われた事例において、東京地方裁判所平成13年12月26日判決は、研究開発環境を整備したにとどまる者や単なる後援者は発明者ではないと判断しております。
なお、発明者ではなくても、発明者から特許を受ける権利の譲渡を受けることで、出願人として、当該発明にかかる特許を出願することが可能です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「特許を受ける権利」という制度のないアメリカでの特許出願の注意点
アメリカでは、特許を受ける権利という考え方がなく、発明をした者しか特許出願できません。
この関係で、アメリカで特許を出願する者は、出願に際し、
「当該発明は自分こそが最初の考案者である」
という内容の誓約書を同時に提出しなければならないとされ、発明者と出願人の厳格な一致が要求されます。
アメリカにおいて、これに反し発明者ではない者を発明者として出願した場合、当該特許の有効性が疑問視されるリスクが生じることになります。

モデル助言: 
磐梯さんの場合、明らかに発明者ではありませんので、発明者として特許出願し、特許権が付与された場合であっても、後日の裁判で特許が無効とされる危険が生じます。
え?
アメリカ人がウチの社内事情のことなんて分かるはずないから、バレやしないって?
アメリカの訴訟手のディスカバリー(証拠開示)手続きにおいて、事実認定のための証言録取(デポジション)を実施し、磐梯さんが本当にこの発明を行ったかどうかを攻めたてることはアメリカの特許弁護士の十八番(おはこ)です。
磐梯さんの場合、技術に関する何のバッググラウンドもないのですから、相手方の弁護士の巧みな尋問にあえば、すぐにウソがバレてしまいますよ。
見栄のため発明者を気取ったばかりに、せっかくの特許権が使えなくなってはバカバカしいですから、現地の出願代理人とよく相談して、発明者の特定には細心の注意を払って出願されることをお勧めしますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00107_企業法務ケーススタディ(No.0061):パテントプールによる嫌がらせを受けた!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
田原ブラザー電機株式会社 専務取締役 田原 寿仁哉(たはら じゅにや、34歳)

相談内容: 
先生、最近流行り出した3Dビデオウォークマンって知ったはりますか。
歩きながら飛び出す映像が見られるヤツですわ。
あれ、今、物すごい勢いで売れてるそうですねん。
あの程度のモンやったら、ウチの会社と仲良ぅさせてもうてる台湾の会社に頼んだら、今の価格の半分くらいで出せますんや。
そない思うて、突貫工事でプロトタイプ作って、これから最終製品に仕上げて量産に入るぞ、ちゅうことになって調べてみたら、株式会社メディア解放機構(解放機構)ゆうところが持ってる3D画像専用のデコーディング・ソフトのライセンスもらわんとアカン、ちゅうことがわかったんですわ。
で、この前、ソフトのライセンスをもらうために菓子折持って解放機構さんとこに行って、
「ウチも3Dビデオウォークマン作りますさかい、あんじょう頼んますわ」
ゆうて挨拶したんですわ。
ほなら、
「お前とこみたいなミジンコ会社が参入してくんな、ボケ!」
みたいなこと言われて、ライセンスとか全然だめなんですよ。
よう調べたら、解放機構ゆうとこは、
「解放」
どころか無茶苦茶閉鎖的なところで、3Dビデオウォークマン作ってる大手家電メーカーと大手パソコンメーカーが株主になっている会社で、ま、ゆうたら、メーカーの仲良しクラブみたいな組織やそうですわ。
ほんで、社長の兄貴と一緒に、いつもお願いしている弁理士の仏原(ほとけはら)先生とこ行って相談しても、
「プログラム著作権を持っている人間が誰にライセンスするかは権利者の自由ですわ。そりゃ、しゃーないですな。
あーははは」
ゆう対応で、兄貴もヘコんでもうて、
「寿仁哉、もうアカンワ。やめとけ」
て言いだすんですわ。
俺としては、もう一歩やゆうとこまで来たのにこんな嫌がらせのような扱いを受けたのが悔しいんですわ。
どうにかならんもんですかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:パテントプール
パテントプールとは、特許権等の知的財産権を有する企業が仲良しグループを作って、各自が保有している知的財産権を企業が合同で出資する特定の会社(ジョイントベンチャー会社とかコンソーシアムとかいわれます)に管理させ、メンバーの企業だけが知的財産権を使えるような仕組みのことを言います。
例えば、音楽や映像を録音・再生するために必要な技術が標準化された場合、これに対応した製品を作ろうとすると、どうしても当該標準化に対応した技術を使う必要が出てきます。
しかし、標準化された技術には、標準化の前後に多数の知的財産権が取得されており、各権利者に支払うライセンス料が積み上がると合計のライセンス料は高額になりますし、また各特許権者と個別にライセンス契約交渉するのも面倒です。
このようなこともあって、パテントプールというシステムを作ることによって、単一のライセンス窓口から機器製造に必要となるライセンスを一括して安価で受けることが可能となる、というわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:独占禁止法による制限
パテントプールは前記のような建前で実施されますが、これは使い方によっては機器製造市場に参入しようとする新参企業をのけ者にする格好の道具として使えます。
独占禁止法では、新規参入者を市場から排除する行為を排除型私的独占行為として違法としております。
こういう新参者に対する陰湿なイジメ行為も、あからさまな排除や妨害ではなく、
「知的財産権は独占権だから、誰にライセンスしようがこっちの勝手でしょ」
という理屈の下、パテントプールのライセンスを拒否する(あるいは新参者にだけ不合理なライセンス料を吹っ掛ける)という形を取れば、スマートは私的独占行為が行えます。
このように、パテントプールは、公正且つ自由な競争を阻害することに使われるケースもあり、東京高等裁判所平成15年6月4日判決も、
「パテントプール自体が直ちに独占禁止法に違反するというものではないが、当該パテントプールの運用の方針、現実の運用が、特許権等の技術保護制度の趣旨を逸脱し、又は同制度の目的に反すると認められる場合には、特許権等による権利の行使と認められる行為に該当せず、独占禁止法違反の問題が生じることがある」
と述べています。

モデル助言: 
ま、今回のライセンス拒否は新規参入妨害行為の一環として行われたものなんでしょうね。
無論、知的財産権は権利者に独占的利用権が与えられており、もともと反競争的な権利であることは確かです。
これを受けて、独占禁止法21条はこれら無体財産権による
「権利の行使と認められる行為」
には独占禁止法を適用しないとしています。
ただ、これは、逆の見方をすれば、新参者の嫌がらせの道具として使うような場合は、
「権利の行使」
とは認められず、独占的権利についても独占禁止法のメスが入る、ということになります。
ま、被害申告書を作成して、公正取引委員会に排除措置をお願いに行ってみましょう。
さすがに、公取委が動いたら、解放機構もおとなしくなってライセンスしてくれますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00106_企業法務ケーススタディ(No.0060):コワい株主から脅された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
フォー・ビジネス株式会社 冬木 元雄(ふゆき もとお、57歳)

相談内容: 
おかげさまで当社も今年で上場5周年を向かえますが、ちょっと前から当社の株式を「バク進」という仕手集団が買い集めていたようなんです。
先月になって、突然、バク進グループの代表が私に面会を求めてきたので会ってみたところ、会うなり
「梅田組から引っ張った借金が返せなくなって、御社株式5万株全部を梅田組の複数のフロント企業に押さえられてしまった。御社が代わりに借金を返してくれれば、助かるのだが・・・」
なんて言い出すんですよ。
梅田組と言えば、有名な指定暴力団じゃないですか。
困ったことになったとは思い、
「考えておきます」
と言ってその場は引き取ってもらったところ、昨日になって、いきなり電話がかかってきて、大声で
「いつまで待たすんだ、コノヤロー!!
梅田組にはもう借金返すからって話してんだぞ。
テメエとこにあるキャッシュからすれば端金だろ。
早く、払えよ。
断ったら、お前の会社だけじゃなく、大阪からヒットマンが飛んできて、お前ら役員全員、家族や愛人を含めてどうなるか知らねえからな!」
って脅されたんです。
このことを話したら、役員全員震え上がってしまい、
「当社の複数の子会社からコンサルとか企画発注とか適当な名目でバク進グループに資金提供しよう」
ということになりました。
命あっての物種ですし、死んでまで会社を守るなんてことはできませんしね。
万が一、株主総会で追及された場合に備えて、先生、何か説明のつく適当な理由を考えておいてください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株主の権利の行使に関する利益供与罪
日本の企業社会では古くからの悪習として、株主総会の進行の補助や妨害を行わないことの見返りとして金品を要求する特定の筋の方々(いわゆる総会屋。法曹業界用語では「特殊株主」などと言います)に対する利益供与が繰り返されておりました。
この悪習は、
「自社の体面を保ち、株主総会をトラブルなく済ませたい」
という経営者側の意向と、
「株主総会のスムーズな進行に協力することを収入源のひとつとしたい」
という特殊株主の意向が見事に合致し、これに
「どうせ、サイフを痛めるのは会社だから」
という経営者の無責任な姿勢が融合して産まれた、世界にあまり誇れない日本の企業文化です。
しかしながら、1981年の商法(現会社法)改正以来、このような利益供与行為は罰則をもって禁止されるようになり、その後さらに処罰範囲が広げられ、現会社法は、特殊株主が企業に対して利益供与を要求した段階で犯罪とする(会社法970条3項)仕組を設けるに至っています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:蛇の目ミシン事件
ある仕手集団が88年から90年にかけて蛇の目ミシン工業株式を買い占め、同社の経営陣(当時)に対して高値引き取りを要求し、融資名目で約300億円を脅し取ったり、蛇の目ミシンに子会社の債務保証をさせる等した事件が発生しました。
仕手集団元代表自身は恐喝等の罪で懲役7年の実刑判決が確定しましたが、その後、
「この事件が原因で会社が巨額の負債を抱える等の損害を被った」
などとして、蛇の目ミシン工業の株主が、当時の社長ら旧経営陣5人に対して、同社へ939億円の損害賠償をなすよう求めた株主代表訴訟が提起されました。
東京地裁(1審)も東京高裁(2審)も、金員の要求が生命に関わる暴力的な脅しであった点を重視し、
「やむを得なかった」
として旧経営陣らの責任を否定しました。
ところが、最高裁判所は
「経営陣には株主の地位を乱用した不当な要求に対し、経営者は法令に従った適切な対応をする義務があった。恐喝行為について警察に届けず、会社が巨額の損失を被るような理不尽な要求に応じた」
旨判示し、取締役の責任を認めました(東京高裁に差戻しされた後、損害賠償額は約583億円で確定)。

モデル助言: 
そもそも、御社が株式を公開している以上、自社株式が誰の手に渡ろうが、会社にとっては無関係な話です。
教師も警察官もヤクザも、みんな株を買える。
これが株式公開というものですから。
もっとも、金融商品取引法に違反する違法な買い占めなど買い集め段階での違法行為があったり、株主総会でルールを無視した進行妨害をするなど株主権行使段階での違法行為があれば、それは別途法律違反になりますが。
好ましくない方が株主になったからと言って慌てる必要などそもそもなく、平常心で日々の経営にあたり、株主からの必要なご要望は株主総会で聞けばいいだけです。
今回のように、株主から身の危険が迫るほど脅されたのであれば、それは経営問題ではなく刑事事件です。
取締役会で何時間話し合っても答えなど出ませんので、とっとと警察に行くべきです。
え、警察に行くのも怖いって?
それほど怖いなら、社長なんか辞めてしまえばいいんですよ。
取締役なんていつでも辞任できるわけですから。
ま、すぐに告訴状書いて一緒に警察行ってあげますから、ちょっとしっかりしてくださいよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00105_企業法務ケーススタディ(No.0059):労働基準監督署が乗り込んできた!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
グッチ・カメラ株式会社 野口 裕三(のぐち ゆうぞう、56歳)

相談内容: 
先生もご存じのとおり、わが社は家電量販店を大々的に展開しており、業績はうなぎ上りなんですが、ちょっと気がかりなことがひとつ出てまいりまして。
今年の初めあたりから、
「グッチ・カメラ池袋店従業員の残業代を払ってないだろ」
ってことで、しょっちゅう本社のほうに来ては、やれタイムレコーダーはないのか、労働組合との協定がどうしたとか、給与台帳見せろとか、あれこれ文句言ってくるんです。
でも、ウチの会社には労働組合なんてないからそんな協定などありっこないし、それに、残業代を払う払わないって話は会社と従業員との間のことで、従業員は誰ひとり文句言っているヤツいないから、当局は関係ない話でしょ。
これって、借金の問題に、いきなり行政当局が出てきて、
「お前、金返してやれよ」
って言うのと一緒で、民事に対する不当な干渉ですよ。
だから、いつも、
「うるせえ」
って一喝して、追い返していたんです。
そしたら、昨日、東京労働局っていうんですか、偉そうな連中がたくさん乗り込んできて、きちんと対応しないなら労働基準法違反で刑事事件にしますよ、って脅かされたんです。
で、さすがにちょっと怖くなって先生のところに相談に来たんですけど、残業代払わないからって逮捕されるなんてことはないですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:取締法規としての労働法
会社と従業員との関係は、労働契約という民事の契約関係で成り立っていますので、残業代不払い等も単に民事上の問題と思われがちです。
しかしながら、労働者の生活を保障する観点から労働基準法により最低限の労働条件を定められており、国が会社と従業員との契約関係に介入し、罰則の制裁を以て、企業側一定の労働基準の順守を強制しています。
一口に労働法といっても民事、行政、刑事といったさまざまな問題があります。
懲戒処分の有効性や解雇理由の有無・解雇権濫用等が純粋な民事上の問題であり、また、労働安全衛生法違反や労災隠しが取締法令順守の問題であることは明白です。
ところが、残業不払いの問題は、残業代支払い義務の存否という一見民事上の問題だけでなく、他方で取締法令遵守の問題もはらむので、やっかいです。
すなわち、労働基準法36条において義務付けられた労働協約を締結することなく法定労働時間を超えて残業させたような場合には同条違反の問題が生じますし、また法的に明らかに発生したと考えられる残業代の支払いを拒否した場合には賃金全額払原則違反(労働基準法24条違反)が生じるなど、残業問題は労働取締法令コンプライアンスも含むのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:労働基準法違反のペナルティ
従業員と前述の36協定を締結することなく、従業員を週40時間以上勤務させた場合違法残業になりますし、週40時間を超える勤務時間につき法定の割増賃金(残業代)を支払わない場合、36協定締結の有無に関わらず、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられる場合があります。
この場合、割増賃金の支払いを懈怠している人事部長等の担当者のみならず、当該不払いを放置し、必要な措置を講じなかった役員も同罪に問われる可能性があるので注意が必要です。
実際、2005年2月に、時間外賃金を支払わずに従業員にサービス残業をさせていたことを理由として、家電量販店大手Bカメラ社長ら役員8人らが労働基準法違反(割増賃金不払いなど)容疑で書類送検(刑事事件として立件する方法のひとつ)される、といった事件も起きていますので十分な注意が必要です。

モデル助言: 
最近では、従業員の誰ひとりとして文句を言わなくても、監督当局である労働局・労働基準監督署が調査介入し、刑罰権を背景に有無を言わさず法令を順守させるようになっています。
「従業員の誰も文句言っていないし、会社と従業員との内部の話だから、当局が口出しするな」
という野口社長の主張は、まず通らないですね。
グッチ・カメラさんの場合、相当過酷な残業をさせているようですから、36協定の締結は必須です。
労働組合が無かろうが、法は職場代表を選出して締結することを要請しておりますので、この点のコンプライアンスはすぐに整備しておくべきです。
残業代は基本給の25%増(休日の場合35%)となりますので、計算の際、注意してください。
残業代不払いが悪質な場合には、後日、裁判で、未払い残業代と2年分の法定利息と残業代と同額の賦課金を支払えと命じられることもあるので、放置するのは得策ではありません。
まずは労働局の職員に平謝りした上で、指導に従い、36協定を締結し、未払いになっている残業代を支払う方向で話をつけましょう。
昔のことで勤務時間の詳細な資料がないとか、職場で休日の遊びの打ち合わせをしていた従業員もいた等の事情をきちんと説明すれば、当局側とうまく話がついて、1年分そこそこの遡及払いで解決できる場合もありますので、少し作戦を練りましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00104_企業法務ケーススタディ(No.0058):ジョイントベンチャー話に踊らされるな!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ウキウキ・ホリディー株式会社 春名 亜矢(はるな あや、32歳)

相談内容: 
イェーイ、今度、ズバっと、海外進出しちゃうよ~。
ウチの会社も今までは、コテコテの大阪ローカルの旅行代理店やったけど、今度、タイの大手旅行代理店と提携することになったんよ。
え?
なんで、タイかって?
ほら、ウチの会社、昨年、ニューハーフさん向けに、タイ現地での性転換手術付格安パック旅行企画して、大当たりしたやんか。
それから、タイ結構行ってるんよ。
現地のニューハーフ仲間から紹介されて、バンコクの大手旅行代理店の社長と仲良くなって、
「ほな、合弁会社でも作って、ドカンとビジネス立ち上げよかー」
ゆう話になって、トントン拍子に話が進んで。
それで、先週、合弁会社の事業計画が送られてきたわけよ。
合弁会社の名前は「フル・リフォーム」。
やるよねぇー。
先方の会社の余っているフロアに会社作って、そこで、ホテルの手配、性転換クリニックとの連携強化、ニューハーフしか参加しないオプショナルツアーの企画開発とかやるねん。
で、投資額のところみたら、出資金は3億円やて。
言うよねぇー。
株はこっちが49%で向こうが51%。
ま、私も、お金がないわけやないし、今後タイ向の企画ドンドン作って売り込んでいきたいし。
あと、
「ウチの会社も海外展開してるんやー」
ゆうたら、ハクも信用も付くし。
ええ話やと思うんやけど、私も性別変わってから、
「ワキ甘い」
ゆわれるし、先生の意見聞いとこ、思たわけ。
で、これって、どんなん?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:合弁事業とは
ビジネスを展開していく上で、新規分野に参入したり、海外進出するような場合が出てきます。
もちろん、会社の新規事業部門が、
「事業環境や会社の経営資源等から考えて、参入してうまくいくかどうか」
「うまくいくとして、どのくらいのタイミングで投資回収できるか」
等について事前検証(フィージビリティスタティ)をした上で、
「イケる」
と判断したら、そのまま新しい分野や外国市場に突入するというシンプルな戦略もありです。
しかし、新規事業分野については調査では分からない妙な業界慣行やマーケット特有の不文律があったりしますし、海外市場進出の場合、文化や商慣習の違いによる苦戦や、外国企業参入に対する忌避感による猛烈な抵抗に遭遇することもあります。
そこで、事業進出リスクの分散・低減や既進出企業や現地企業との協力を得る目的で、複数の企業の資による新たな会社(合弁企業)を設立し、その会社に経営資源を投入して、新しい事業分野への進出が図られることがあります。
これが、合弁事業あるいはジョイントベンチャーと呼ばれるものです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:合弁事業のリスク
以上のような話を聞くと、合弁事業は非常に素晴らしいビジネス手法のように思われがちですが、実際は結構大変で、無残に失敗する例も相当存在します。
そもそも、合弁事業では、複数の企業が、複数の思惑で、ヒトやカネやエネルギーを投入しますが、
「同床異夢」
の状況が生じがちです。
加えて、海外の現地企業との合弁の場合、合弁そのものの難しさの上に、言語や文化、契約慣行等の乖離の克服という課題がのし掛かり、合弁契約締結まで参加企業の思惑の調整と文書化にエラい苦労しますし、契約をしてからも、日々文化的ギャップ克服の苦労が絶えません。
苦労が実らず、国際合弁事業が失敗した場合、その事後処理はさらに大変で、
「国際結婚破 綻後の離婚紛争」
と同じような、かつ面倒くさい修羅場になることもあります。

モデル助言: 
どうしても合弁をしたいというのであれば、こういう合弁事業の
「闇」の部分
を踏まえ、出資比率や収益の分配方法、合弁会社運営の方法(どちらの企業が、何人役員を送り込んで、どのような順番で代表取締役のポストを回していくか)、さらには合弁が行き詰まったときの株の買取や関係清算方法等、細々としたことを取り決め、これを明確に文書化した合弁契約書を作成する必要があります。
と言うよりも、そもそも、合弁なんてする必要あるんですか。
単に、当該現地企業と事業提携して、業務受託者なり代理商として動いてもらって、こちらのビジネス上のニーズを実現し、相応のフィーを払えば済むだけの話じゃないですか。
また、どうしても御社の現地オフィスを作りたいなら、先方の会社の遊休フロアを
「友情価格」
の家賃で貸してもらえばいいだけですし。
だいたい、49%の株式なんて無意味ですよ。
民主党みてくださいよ。
議員数がそこそこ多いといっても、過半数に届かないから、大臣1人も出せず、ずーと冷飯食わされてるじゃないですか。
非公開会社の少数株主の立場なんてこれと同じですよ。
見栄のためとはいえ、そんなものに3億円も使うなんてバカげてますねえ。
もうちょっと、冷静になって、考え直したらどうですか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00103_企業法務ケーススタディ(No.0057):役所のイヤガラセで申請が受理されない!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
南野帝王環境マネジメント株式会社 南野 力(みなみの りき、44歳)

相談内容: 
先生も知ってのとおり、ウチの会社は、どんな建物でも、早く、安く、ゴミもあんまり出さんと、バラすことのできる特殊な解体技術をもってる企業として、地球規模の環境問題解決に貢献しとるわけや。
ところで、大きな解体工事受注をした知り合いがいたんやけど、下請け連中とカネがらみのトラブルで、それどころやのうなった。
で、急遽ウチが大阪から解体作業員連れて、現場仕切るようになったんや。
解体ゆうても、昔みたいに簡単にいかへん。
建設リサイクル法ちゅうやつがあって、他県の現場で工事やる場合、そこでの登録がいるんや。
行政書士に完璧な登録申請書作らせて、県に持っていったら、担当のおっさん、
「県内の業者の一部から、関西のヤクザのフロント企業が県内で登録しようとしているが、行政としてきちんと対応しろと言ってきている。県としてもトラブルになるのは困るので、届出は、当面受理できない」
とかぬかしよる。
そりゃ、社員全員、声がデカくて、関西弁が流暢に話せて、目力のあるヤツや。
そやゆうても、コワイのは見かけだけで、ヤクザちゃうで。
ウチの技術があまりにも高度やさかい、要は、仕事取られると思てる県内の業者連中が、びびって妙な工作しとるねん。
わしも
「わしらヤクザちゃうで。あんたら誤解しとるんや」
ゆうたけど、
「県内の業者と話し合いができたら、再度お越しください」
の一点張りや。先生、どないしたらええ?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:行政が許認可を出し渋る際の遣り口
ビジネスを進める上で、行政から必要な許認可を取得するため申請や届出を行う場合があります。
設例の南野帝王環境マネジメント社(以下、「南野社」と言います)も、建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(以下、「建設リサイクル法」と言います)21条に基づき、県に解体工事業者の登録申請を行っているわけです。
申請があった場合、県側は、申請書の記載不備の有無等の形式的審査を行い、申請を受理するかしないか、の判断を行わなければなりません。
もし、県が、形式的に不備がないにもかかわらず不受理とした場合、南野社は、不受理処分取消を求めて行政訴訟を提起することになります。
しかしながら、設例の県職員のやり方は実に巧妙で、終始、
「登録申請書を持ち帰ったのは、あくまで南野社の自主的判断」
という形にしております。
これは、後日、
「形式的に不備がないにもかかわらず、屁理屈こねて不受理にしたのは問題だ!」
ということを言われても、
「申請書の受理を拒否したって? とんでもない。県としては、『県内の業者の皆様といろいろとお話し合いをなさってからお越しになったほうがいいんじゃないですか』と助言しただけで、南野社が勝手に届出書をお持ち帰りになっただけですよ」
との逃げ口上で責任回避できるようにしているわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:行政指導
行政側の
「われわれはあくまで助言しただけ。
南野社が助言を聞き入れて勝手に申請書を取りやめた」
との言い種は、行政指導という手法によるものです。
行政指導は、上品に表現すれば
「行政機関が権限の範囲において行政目的を達成すべく市民に行う勧告、助言等であって処分でないもの」
等といわれますが、端的に言えば
「権力を背景に無言の圧力で市民を従わせる」
ものです。
行政指導は、設例のケースのようなものだけでなく、建築行政、金融行政、運輸行政、医療保険行政等、行政の許認可を要する事業活動を展開する際に広く活用されており、中には不当な指導が行われる場合もありますので、注意が必要です。

モデル助言: 
ヤリ手の南野さんも、クレバーな役人のやり口にすっかりやり込められてしまいましたね。
とはいえ、このまま、放置すれば、ビジネスは止まったままで、損害も大きくなるばかりですし、ちょっと工夫が必要ですね。
申請書は、別に県に持参する必要などありません。
県知事宛に書留で送っても申請行為としての効力に影響ありません。
申請書送付と同時に、県知事宛に
「本日、別便で解体工事業者の登録申請を送付したので、受理されたい。申請書自体は、一切の不備が見当たらないので、まさか不受理ということはないと思うが、仮に不受理という不利益取り扱いをされる場合は、行政手続法に基づく所定の処分を行われたい。なお、先般、申請受理に当たって『県内の業者と話し合うこと』を受理の条件として求められたが、当方としてはどのような行政目的達成を企図した指導なのか全く理解できない。貴庁があくまで行政指導を実施される場合、行政手続法35条2項の定めに従い、指導内容を示した文書を交付されたい」
という趣旨の内容証明でも出しておきましょうか。
県の役人も、自分のクビを懸けて不受理処分をしたり、文書で行政指導するだけの根性もなく、権力を背景にちくちくイヤミを言いたいだけですから、すんなり、受理してくれるでしょう。
行政とケンカするなら、行政手続法をうまく利用して、スマートにするべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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