01652_法律相談の技法18_継続法律相談(5)_相談者・依頼者の決意にストレステストを加え、覚悟のほどを確認する

継続法律相談において、
1 相談者と弁護士の役割分担を理解させ、相談者のタスクとして、『詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化及び痕跡の収集・発見・整理』を宿題として課して、これを責任を以て完遂させることができ、
2 詳細な見積もりを提示して、その後取引条件について意思の合致をみて、報酬契約を締結する前提が整備された場合、
次に行うべきは、
相談者・依頼者の決意にストレステストを加え、覚悟のほどを確認する
というプロセスです。

事件に着手・遂行し終了するまで、様々な想定外の事態が発生します。

想定外の事態の最たるものは、やはり、
「最終的に、希望した解決を一切得られることなく、敗北した状態で終結する」
というものです。

相談者・依頼者としては、そのような不愉快な事態は一切頭に入れていないと思いますが(負けることを想定してゲームを始めるようなバカはいませんので当たり前といえば当たり前です)、本来、冷静かつ客観的・俯瞰的視点を喪失してはいけない弁護士サイドまで
「勝つはず」
「勝つべきだ」
「絶対、勝つだろう」
「負けることはない」
といった楽観バイアスに冒されると、愚劣に堕し、結果、状況を見誤ってしまいかねません。

自分を過信し、敵を侮ると、理性を曇らせ、判断力を奪います。

勝負は水物であり、裁判の行方など誰にもわかりません。

「勝って当たり前、絶対負けるはずがない事件」
であっても、やってみないとわかりません。

「話し合いで折り合いがつかず、裁判までもつれ込んでいる」
という状況そのものが、
「相手方においても、当方と同じく、当方と同じだけの意気込みで、『勝つはず』『勝つべきだ』『絶対、勝つだろう』『負けることはない』と確信して応訴している」
という事実を示唆しています。

「処分証書(請求を基礎づける権利発生原因を明確に記述した契約書等)が存在して、相手方も事実関係一切を争わず、証人尋問を行うことなく事実に関する取り調べが訴訟開始早々終了するような訴訟」
であれば格別(銀行が借主に対して提起する貸金請求訴訟などではよくみられます)、第2回期日以降続行して、事実認識や事実評価・解釈や見解の隔たりが顕著に存在するような訴訟事件においては、要するに、どちらも相応に根拠のある言い分や証拠を提出しているわけであり、原被告双方とも、真剣に、
「勝つはず」
「勝つべきだ」
「絶対、勝つだろう」
「負けることはない」
と強く確信している状況です。

そういう状況において、
「『敗北することや、不利な状況を受け入れ、満足いかない和解条件を裁判所から提示されて不服ながら承諾するような悲観的状況』を一切想定しないし、まったく考慮に入れないし、断固拒絶する」
という幼稚で固陋な精神傾向は、
「楽観バイアスに冒され、冷静さと客観さを欠いており、認識不足も顕著であり、総じて、愚劣である」
ということができます。

裁判所の目線からは、民事紛争というのは、どう映っているのでしょうか。

そもそも論となりますが、
「一般的な民事訴訟において希求されるべき、本質的な目標とは一体何か」
と問われれば、端的かつ直截にいって、
「真実や真理や正義を追求する」
という高踏で高邁なものではなく、
「『私利私欲丸出しの当事者』の間における『エゴの調整』」
という、卑近で卑俗で下劣極まりないものです。

新聞で報道される大企業間の裁判であろうが、中小零細企業の契約をめぐる紛争であろうが、夫婦げんかや、仲の悪いご近所の間の縄張りの確定であろうが、正妻と愛人の間の故人の骨や墓の取り合いであろうが、本質は同じです。

当事者の思いはさておき、裁判所からみると、民事紛争はすべからく
「犬も食わない、猫も跨ぐ、くだらない意地の張り合い」
と映っているのです。

もちろん、当事者にとってみれば、
「それぞれが認識している真実があり、それぞれに言い分があり、それぞれが固く信じる『民事上の法的正義の実現』なるものを求めて、裁判所という公的機関の判断ないしお墨付きを求め」
ていると思われます。

しかし、
「報道に値する、公益性の高い一部の行政事件(例えば投票価値の平等の問題や基本的人権が危険にさらされているような事件)や冤罪事件」等
を除けば、通常の民事裁判紛争については、
「(少なくとも裁判所の目線からは)ほとんどの事件には絶対的な正義などというものはまったく存在せず、くだらない意地の張り合い、エゴのぶつかり合いでしかない」
とみられています。

裁判沙汰を考えられる企業も個人も、まずは、こういう、裁判所視線から眺めた
「身も蓋もない過酷な現実」
を、俯瞰状況として、きちんと認識しておく必要があります。

そして、以上のような、
「当事者の思いをまったく共有しない(むしろ、そのようなエゴの衝突を、卑しく、下劣で、くだらない意地の張り合いとして、冷ややかに眺める)裁判所」
が、
「訴訟において、強烈なまでの独裁的権力を保持し、原被告双方に対する生殺与奪の権利と権力を掌握している」
のです。

裁判官は、他の国家機関等からはもちろんのこと、他の裁判所や先輩裁判官、さらには最高裁長官からも、一切指揮や命令や指示や干渉や嫌味や説教も受けることなく、上司もおらず、個性と私情を発揮して、 差し詰め
「やりたい放題」
といった体で、目の前の事件処理を遂行できます (なお、裁判官といえども、人事権や配置権を掌握する最高裁事務総局には、頭が上がりませんが、同局は事件処理効率やノルマ達成・未達には厳しく目を光らせるものの、個々の事件についてまで干渉しない〔と推測されます〕)。

この
「裁判官が、個性の赴くまま、やりたい放題で仕事してもいい」
という業務指針は、単なる慣行でも取扱でもなく、法律の王様である憲法に明文で明記されているのです。

憲法76条3項をみると、
「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」
と書いてあります。

「その良心に従ひ」

「この憲法及び法律にのみ拘束される」
は、和歌における
「たらちねの」
「ちはやぶる」
「あをによし」
と同様、無意味な枕詞ですので、端的かつ本質的な意味ある文章に再記述すると、
「すべて裁判官は、独立してその職権を行ふ」
となります。

要するに、裁判官は、上司も指揮命令上の上級機関も不在であり、誰に遠慮することなく、誰はばかることなく、誰かの顔色を伺うことなく、誰かの意向を忖度することもなく、スーパーフリーの状態で、司法権力、すなわち、
「目先の事件についてどのような事実を認定し、どのように法律を解釈し、適用して、どのような解決をするか、ということを決定せいて宣言する権力」
を行使しちゃってよい、という、結構、ラディカルでパンクでロックなことが憲法に書いてあるわけです。

すなわち、裁判官が、その職務権限を行使するにあたっては、外部の権力や裁判所内部の上級者からの指示には拘束されないことが憲法上保障されているのです。

例えば、行政官が、
「この法律は、私の良心や憲法解釈に反するので、個人の判断として執行をしません」
とすると大問題となります。

ところが、裁判官は自分の良心と自身の憲法解釈・法律解釈に基づき、気に食わない法律を違憲無効と判断したり、憲法に反するおかしな法律制度を維持したりすることができるのです。

こういう言い方をすると、
「カタくてマジメそうな裁判所がそんないい加減なことをしないでしょう」
という声が聞こえてきそうですが、日本の最高裁は、民主主義について非常識ともいえる判断を長年敢行し続けています。

例を用いてお話しします。

東京都内の私立小学校で学級委員を決める際、クラスの担任が、
「港区と千代田区から通っている生徒に5票与え、中央区と渋谷区から通っている生徒には3票、足立区と台東区に通っている生徒には2票、川崎市から通っている生徒に1票という形で付与する」
と発表し、生徒の住所地によって票数を露骨に差別したとします。

もし、実際こういう非民主的な教育運営している教師がいたら、気でも狂ったのではないかと思われ、即座にクビを切られるでしょう。

しかしながら国政レベルにおいては、このような
「気でも狂ったか」
と思われる行為が平然と行われ、最高裁もこれを変えようとはしません。

すなわち、国会議員を選ぶ選挙においては、投票価値が平等ではなく、鳥取県や島根県の方々は3票ほど与えられる反面、東京都民や神奈川県民には1票しか与えられない、という異常な状況が長年続いています。

このような
「『多数決』ならぬ『少数決』による、非民主的な国民代表選出制度」
の違憲無効性が最高裁で度々審理されていますが、
「素性も選任プロセスもよくわからない、民主的に選ばれたわけではない、頭が良くて、毛並みがいいだけの、個性に乏しい、地味な最高裁の15人の老人たちの思想・良心」
によればこのような制度による選挙結果も
「違憲とまでも言えん」
とか
「違憲かもしれんが、たいしたことないし、選挙のやり直しとかそこまでは不要」
などとされ、延々と投票価値の不平等が事実上容認され、放置され続けているのです。

小学生の学級委員の選出ですら許されない非民主的蛮行が、国政レベルで平然と行われ、かつ最高裁に聞いても
「別に問題ない。これがワシらの良心じゃ。黙ってしたがっておれ」
という態度が貫かれるのです。

無論、最近では、投票格差の問題を是正するため立ち上がった弁護士グループの尽力で、ようやく、この問題が改善される動きが芽生えつつあります。

しかしながら、気が遠くなるような時間と多大なエネルギーと莫大なコスト(関わっている弁護士は手弁当参加であり、実費等もカンパで賄われているようです)をかけ、耳が痛くなるほど連呼しないと、
「少数決ではなく、多数決こそが民主主義」
という、小学生でも理解できる単純な理屈を実現してくれない。

これが、
「法の番人」の実体
です。

刑事事件や重大な憲法問題ですら、
「上司もなく、やりたい放題」
が憲法で保障されているのをいいことにありえない異常を何十年単位で放置するわけですから、そこらへんの民事事件の扱いなど、推して知るべしです。

法律というと、
社会「科学」
と分類されてはいるものの、単なる制度や取決めに過ぎず、集団的自衛権の議論の迷走ぶりをみてもわかるとおり、立場や時代や解釈者によってどのようにも使われます。

その意味では、法律は、
「サイエンス」ではなく、「イデオロギー」
なのです。

しかも、
「イデオロギー」
たる法律を解釈運用するのは、
「上司もなく、やりたい放題」
が憲法で保障されている、いわば
「独裁者」
たる裁判官。

「真理探求に謙虚な姿勢の科学者が、サイエンスを扱う」
のとは180度異なる、
「独裁者がイデオロギーを、自由気ままに振りまわす」
というのが司法という権力の実体です。

以上のとおり、裁判所は、日本国における最高・最強の権力を保持しながら、誰の指図を受けることなく、自由気ままに、個性を発揮することが憲法によって保障されており、この点において、個性の発揮が極限まで否定される行政官僚とはまったく異なるのです。

裁判所という国家機関は実にオカタイ感じのところで、そこで働く裁判官も、公務員の中でも最も個性がなく、慎重で先例を墨守する連中と思われがちです。

しかしながら、実際は、裁判官は行政官とはまったく異質で、上司もおらず、個性は発揮し放題で、先例や慣習をときに大胆に無視することも辞さない、実にラディカルな権力機関なのです。

そのような、
「自由気まま、勝手放題、天下御免」
といった体で事実認定権力と法適用権力を振り回す、また、目の前の事件を
「絶対的な正義などというものは全く存在せず、くだらない意地の張り合い、エゴのぶつかり合いでしかない」
と冷ややかに眺める、気まぐれな
「独裁的な専制君主」
である裁判官が、生殺与奪を掌握する、というのが、訴訟におけるゲーム環境です。

単純に考えて、勝率は常に50%程度なのであり、負ける状況や不利になる状況を一切考えずに、事件を取り組んでいれば、想定不足、認識不足、愚劣なまでに楽観的、独りよがりと言われても仕方ありません。

この意味で、冷静かつ独立の立場で、理性的であることが求められる弁護士が、依頼者と一体化して、極度の楽観バイアスに冒され、負けることや不利になることを一切想定に入れず、猪突猛進しか考えないのは、論外といえます。

問題は、弁護士として負ける状況や不利に陥る状況は想定していても、
・依頼者には伝わっていない
・依頼者には伝えているつもりでも、依頼者は一切聞いていない
・依頼者には伝えているつもりで、依頼者は言葉としては受け取っていても、話としては理解していない(理解を拒絶している)
・依頼者には伝えているつもりでも、依頼者は言葉として受け取り、話としても理解しているが、実感レベルでは一切腹落ちしていない
といった事情で、
「負ける状況や不利に陥る状況の想定」
という面で、
「弁護士と依頼者の間に、絶望的なまでに深い理解のギャップが存在する」
という事態が起こり得ます。

この、
「負ける状況や不利に陥る状況の想定」
という面で、
「弁護士と依頼者の間に、絶望的なまでに深い理解のギャップが存在する」
という事態
は極めて危険です。

このような事態においては、依頼者の内心には、
・本件は、「勝つはず」「勝つべき」「勝つだろう」「負けることはない」と強く確信している
・本件は、勝つのであり、勝って当然であり、負けることは一切想定する必要がないし、想定していない
という思考が深く根付いている、ということを示唆します。

そうなると、依頼者の内心における
・苦労して訴訟で勝っても(勝訴判決を得る、勝訴的和解を勝ち取る)、勝って当然の事件を勝っただけであり、弁護士の貢献価値はそれほど高くないので、成功報酬を渋りだす
・「勝つはず」「勝つべき」「勝つだろう」「負けることはない」「勝って当然」の事件を、万が一、負けたり、不利になったりすると、その弁護士は、考えられないくらい無能であり、即時に解任するか、理解・納得して支払った稼働分費用すら、返してくれ、などと言い出す
という精神傾向を放置・助長することになり、弁護士としては、勝っても地獄、負けたらさらなる地獄、という不愉快な二者択一状況を強いられる事になりかねません。

この意味で、クライアントが抱くであろう
「勝つはず」「勝つべき」「勝つだろう」「負けることはない」「勝って当然」
という楽観バイアスは、その精神の最深・奥底に巣食うものも含めて、きっちりと排斥しておくことは決定的に重要です。

とはいえ、これは言うほど生易しいものではありません。

弁護士になったり、弁護士を目指すような人種は、多かれ少なかれ、自意識や自尊感情や自負心が強く、自分が有能で、優秀で、非凡であると思い込んでおり、そのことをクライアントや世間や周囲から認められ、評価されたい、という精神傾向を持っています(無論、私もそのような自意識過剰な面を多分に有しています)。

そして、以上の弁護士の通有性は、依頼者から、
「すごいですね」
「この仕事は先生にしか出来ない」
「先生は不可能を可能にできる人だし、今回の件もそうなるはずです」
と言われて、素直に受け取って舞い上がるような精神傾向を内包することを示しており、この傾向に真逆の方向性をもって、
「この事件は負ける」
「この事件は厳しい」
「負ける状況、不利な状況に陥ることも想定すべきだ」
「裁判所は独裁権力をもっており、弁護士が介入できる余地は限られているし、どっちに転ぶかは時の運」
「楽勝、完勝という事件であっても、裁判は水物であり、先はわからない」
「私は無能であるとは言わないが、有能といっても、発揮の余地は限られている」
といって、依頼者がせっかく褒めてくれた状況否定して、自己評価を破壊するような真似をすることには自然とブレーキがかかります。

・悲観的な状況を一切伝えない
というのは論外としても、
・悲観的な状況を伝えるにしても、伝え方が弱い
・真剣に伝えていない
・クライアントに共有されるに至っていない
といったように、見通しについてのストレステストを加え、その結果をしっかりクライアントと共有できないまま(=クライアントにおいて、「勝つはず」「勝つべき」「勝つだろう」「負けることはない」「勝って当然」という楽観バイアスが残存した状態で)、同床異夢の状態で、過酷な事件に突き進み、
「勝っても地獄、負けたらさらなる地獄、という不愉快な二者択一状況を強いられる」
という帰結に陥る、という例も少なくありません。

最後に、
「見通しについてのストレステストを加え、その結果をしっかりクライアントと共有する」
というプロセスは、口頭でしっかりと伝えることはもちろんのこと、文書でも残し、証拠化しておくべきです。

クライアントの中には、記憶を上書きしたり、言ったことや聞いたことをすっかり忘れたり、すっとぼけたりする方も少なからずいて、
「聞いていない」
「話が違う」
「伝え方が悪い」
と開き直る姿勢を示すこともあります。

そのような緊張感あふれる状況において、
「言った言わない」の不毛な紛争
で消耗しないように、この種のことはきっちり文書に残しておくべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01651_法律相談の技法17_継続法律相談(4)_「弁護士費用の見積もり」の具体例

ここで、弁護士費用の見積もりについて、筆者(及び所属する弁護士法人)で行っている実例(の概要)をご紹介します。

見積もりとは、法的に整理すれば、
「弁護士報酬契約の『申込みの意思表示』ないし『申込みの意思表示の誘引』」
ということになろうかと存じます。

一般的に
「見積書」
と呼ばれるものは、売主あるいは受注(予定)者等、商品や役務を提供する予定の者から、買主や発注者に対して送付する、契約条件(取引条件)を簡潔に示して取引の意思決定を促す文書です。

同書を前提に買主や発注者が同意して見積もり合意が得られれば、当該見積書において記述された基本的取引条件に、さらに詳細な契約条件を付加して合意すべき内容を契約書の形で再記述し、契約締結プロセスに移行します。

しかし、これでは、
見積書の作成→見積書の検討→さらに、契約書案の作成→契約書案の検討→契約書の作成・契約締結、
と2段階の書面作成が必要となり、面倒かつ煩瑣ですし、何より、法的なタスクを抱えた有事の真っ最中において、時機を逸する危険性すら懸念されます。

そこで、筆者(及び所属する弁護士法人)は、弁護士報酬契約書案を最初に作成してしまい、当該契約書案を提示して、
「『我が方としては、これが、今後の適正な稼働を担保する、経済的取引条件と考える』という弁護士サイドとしての取引提案メッセージ」
として相談者・クライアントに発信し、このメッセージを以て見積もりとしています。

すなわち、メールに、契約書案の電子ファイルを添付し、メール本文には、
「同契約書案は、弁護士法人サイドとして、今後の適正な稼働を担保するための合理的な取引経済条件であり、これを見積もりとして提示するので、諾否あるいは合理的な対案等、しかるべきご返答を一定期限内にいただきたい」
という趣旨のメッセージを記述します。

以下、筆者(及び所属する弁護士法人)が実務で運用している見積もりメッセージの具体例です。

========================================
株式会社○○○○御中
ご担当 ○○○○様

冠省

 ○○の件につきまして、事件処理を遂行する稼働条件としての弁護士費用に関し、お見積りのご提案をご案内申し上げます。

 別添は、当弁護士法人が本件を受任する場合の費用等の経済条件を記しました弁護士報酬契約書(案)であり、
「『同契約書案に記載した取引条件』と『本メールメッセージ』」
を以て、
「取引提案メッセージ」、
すなわち
「当法人からのお見積もり」
とさせていただきますので、よろしくご査収の上、お取り計らいください。

 なお、上記取引条件については、御社との顧問契約締結に基づく信頼関係に鑑み、一般の非顧問先のスポット受任(完全なタイムチャージ制とインセンティブを併用する形での受任が原則的形態です)に比して、顧問契約に則った形で、御社に有利な修正を加えた条件として策定しております。

 当法人提案の取引条件(受任するための経済条件)の概要を申し上げますと、
・キックオフフィー(○○というキックオフイベント完遂に至るまでの稼働を填補する費用) ○円(税別)
・リテーナーフィー(キックオフイベントの翌月から事件終了まで申し受ける月次定額費用) 毎月○円(税別)
・サクセスフィー(インセンティブ、報酬金) 契約書記載のサクセスイベント発生に対応して、同書記載の条件にしたがって発生する報酬金
という形になっております。

 何卒よろしくお願い申し上げます。

 なお、以下、冗長に過ぎるかと存じますが、詳細な説明を求めるクライアント企業様(あるいはご担当者様)もいらっしゃいますので、
「弁護士費用に関する当弁護士法人の基本的考え方」
を記しておきます。

 後記当弁護士法人の弁護士報酬契約の考え方に異議がなく (あるいは確認するまでもなく、条件概要についての合理性についてご信頼頂ける場合)で、別添弁護士報酬契約書(案)についても問題ないとお考えになる場合は、その旨、契約手続きに進めて差し支えないご連絡を賜れば、おって、当弁護士法人片側押印の契約書と請求書をご送付申し上げますので、よろしくご処理賜れば、迅速に着手させていただきます。

 他方、もし、報酬の考え方や報酬条件にご異議や不明点等があり、別途、報酬契約条件について、協議ないし確認等が必要とお考えになる場合、後記の「報酬契約条件についてご異議がある場合の返信テンプレート」を活用して、「“具体的かつ明確かつ合理的な”対案」をご提示賜りたく存じます。

 後記「報酬契約の考え方」にも記しておりますとおり、
当然ながら、これら見積もりは、当弁護士法人としての意思表明に過ぎません。もちろん、異論はおありかもしれません。当弁護士法人としても、我々のプランや、価値表明にクライアントが異議を唱える権利まで否定するものではありません。したがいまして、議論や意見交換には、常にオープンでありたい、と考えております
ので、クライアント側のカウンタープロポーザルが
“具体的かつ明確かつ合理的な”対案
である限り、当弁護士法人としては、
「双方納得いくまで議論を尽くすべきであるし、尽くしたい」
と考えております。

 他方で、報酬条件について、抽象的で、不明確・不明瞭で、不合理な対案や異議をいただきましても、時間と労力を空費して、結果として利敵に失し、却って、クライアントの利益に反する結果になりますので、この点はご承知おき賜りますようお願い申し上げます。

 以上、意のあるところを汲んで頂き、何卒、よろしくご処理賜りますようお願い申し上げます。

謹言不一

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所(法人受任)
本件担当 弁護士 ○○○○
事務窓口 パラリーガル ○○○○

【以下、弁護士法人畑中鐵丸法律事務所の弁護士報酬契約の考え方】
1 はじめに
 ご相談いただきました事件・事案について、別紙報酬契約書(案)のとおり、当弁護士法人として、エンゲージさせていただく場合のお見積りを提示させていただきます。

 なお、報酬契約条件の設計にあたっては、
1 キックオフフィー(いわゆる着手金)
2 リテーナーフィー(事件継続中の稼働を担保する費用)
3 追加リテーナーフィー(リテーナーフィー算定の前提を大きく覆す例外的作業ないし対応が生じた場合の追加稼働を填補精算するための費用)
及び
4 マイルストンフィー(中間報酬金)
5 サクセスフィー(インセンティブあるいは報酬金)
 によって構成されています(契約の性質によっては、一部、項目として除外されているものもあります)。

2 キックオフフィー、リテーナーフィー及び追加リテーナーフィーについて
 前記のフィーのうち、キックオフフィー、リテーナーフィー及び追加リテーナーフィーは、担当ないし関与する弁護士の時間単価(当事務所所定の経験年数に応じた単価です)に想定稼働時間を乗じた形で計算しております。
 想定稼働時間についてですが、例えば、内容証明郵便による通知書を作成する場合についても、「単にクライアント一方的に申告する状況を前提に、思いついた論理を適当に当てはめ、文書化する」という単純な作業を意味しません。
実際は、
●詳細状況認知・観察、
●詳細状況評価・解釈、
●事実・状況・経緯の想起・復元・客観化・ミエル化・カタチ化・言語化・文書化(ロウ・ファクツの作成。なお、こちらの作成はクライアントが責任を以て遂行いただくべきタスクです)
●ロウ・ファクツの時系列整理(タイムラインの作成。こちらの作成もクライアントが責任を以て遂行いただくべきタスクです )、
●同種事例の法令・裁判例・実務的相場観の調査・精読・評価、
●ゴール設定、
●課題抽出、
●選択肢創出と整理とプロコン分析、
●ロウ・ファクツとタイムラインを前提に、ストーリー(クライアントの利益に整合した仮説)策定・再構築、
●策定・再構築したストーリーの言語化・文書化・フォーマル化によるドラフト作成、
●展開予測・反論処理・ストレステスト(バックチェック)によるリバイズ・チューンナップ、
●成文化・発出手続き等
といった各タスクを実践して実現されるものであり、
「クライアントないし一般の方が抱かれるであろう素朴で単純な作業イメージ」
とは異なる稼働実体が背後に存在します。

 費用額そのものだけをみれば、一見高額な印象をお持ちになるかもしれません。

 しかし、当弁護士法人としては、
「まずは、クライアントとしては、採算や経済合理性を度外視して、当弁護士法人として、目の前の課題に、最善の条件・環境で取り組むことを望むであろうし、そのための必要な動員資源としての予算を把握しておきたいであろう」
という推定を所与として、総括原価方式に基づき、原価に適正利益を賦課する方法で積み上げ算定したものとして表現させていただいております。

 すなわち、ご提案させていただいたものは、
「予定調和的な、落とし所」
をあえて考えずに、
「当弁護士法人として、目の前の課題に、最善の条件・環境で取り組むことを所与として、単純に原価と適正利益を積み上げて積算したもの」
であることをご理解ください。

3 サクセスフィー及びマイルストンフィーについて

 以上に述べた各費用(キックオフフィー、リテーナーフィー及び追加リテーナーフィー)は、単純に、
「所要原価に適正利益(といっても、ギリギリ何とか「仕事になる」という程度であり、完全時間単価制ではないご提案であり、追加リテーナーフィー条項発動に至るまでのマイナーな稼働負荷増大は当弁護士法人の負担になるので、相手方等の出方や状況の変化によっては、損失を被る可能性を内包したものです)を賦課したもの」
です。

 このため、当弁護士法人としては、
「別途、成功に対するインセンティブを設定していただくことで、当弁護士法人との間で『(ユーザーないしカスタマーと目的や利害を共有しない)サプライヤーないしサービスプロバイダーとしての関係』ではなく『(ユーザーないしカスタマーと目的や利害を共有する)パートナーとしての関係』を構築することにより、当弁護士法人としても成功に対する強い関心と意欲を共有し、結果として、より目的に適った目標が、より早期に達成されることに繋がる」
「その関係性は、終局的にクライアントの利益にも貢献する」
という意味と趣旨を含め、成功報酬(及び中間報酬を含む。以下、同じ)の設定を提案させていただいております。

 成功報酬(サクセスフィー)ですが、こちらは、基本的な報酬条件としては、旧弁護士会報酬規程を参考値として、「経済的利益(経済的利益不明な場合は、こちらも旧弁護士会報酬規程を参考に800万円とするみなし経済的利益を用いて算定します)」の○%(税別)として提案しております。

 ただ、事件の難易度等により、貢献や成果の価値にも相応の幅がありうることは経験上明らかであるため、これを適正に反映させるべく、
● 【略】性加算(0~○%。加算理由及び加算割合算定方法については略)、
● 【略】性加算(0~○%。加算理由及び加算割合算定方法については 略) 、
● 【略】性加算(0~ ○%。加算理由及び加算割合算定方法については 略)、
● 【略】性加算(0~ ○%。加算理由及び加算割合算定方法については 略) 、
● 【略】性加算(0~ ○%。加算理由及び加算割合算定方法については 略)、
● 【略】性加算(0~ ○%。加算理由及び加算割合算定方法については 略) 、
● 【略】性加算(0~ ○%。加算理由及び加算割合算定方法については 略)、
● 【略】性加算(0~ ○%。加算理由及び加算割合算定方法については 略) 、
といった加算項目を整備し(ただし、これら加算を含め、顧問先減額を適用後の加算上限割合としては、「金銭や財産を獲得することを目的とする事件」の場合最大報酬割合として○%、「被告弁護、債務者弁護、地位確認あるいは名誉回復等、金銭や財産を獲得することを目的としない事件」の場合最大報酬割合として○%)し、実体に適した合理的インセンティブを算定し提示させていただいております。

 このサクセスフィーは、
「当弁護士法人が今後遂行する活動(提供役務)についての価値表明」
としての性格を有します。

 もちろん、これらフィー条件は、最終的には、クライアントの同意なしには設定できないものですし、調整協議において、増減されるのはご随意です。

 具体的条件の設定に際しては、クライアント、すなわち
「結果にもっとも切実な利害をお持ちの方の感受性や、事件に対する意気込みや切実の度合い」
にもよりますので、一概に定めることは困難ですが、
「結果のベネフィットやリスクを共有することで、より効果的に、最善の結果を出す」
という(単なるサービスプロバイダではなく)パートナーシップという仕組構築のための目安として、まずは、当弁護士法人の考え(価値表明)を記述させていただいております。

4 各フィーの意味と意義

 以上の各フィーは、それぞれ異なる意味と役割と機能を有しています。

 キックオフフィーやリテーナーフィーは、保守想定・シビアインシデント認識に基づく、最善の対応措置(攻撃手段、防衛措置)という前提で、経験と論理的蓋然性を前提にした、一つの選択としての状況認知や状況解釈をもとに、
「希少で有限な資源を運用する上での稼働コストを受益者負担原理に基づき合理的に負担いただく」
ということを前提に、構築設計した動員資源のプランです。

 また、サクセスフィーは、
「成功時において、これだけの価値があったことを認めていただきたい(し、そのような信頼関係に基づくパートナーシップの前提があってこそ、当弁護士法人もリスクやインセンティブを共有して、最善の活動が展開しうる)」
という意味での、
「当弁護士法人としての、自らの活動(提供役務)の価値ないし貢献に対する定量的な価値表明」
という内容を表現しています。

 当然ながら、これら見積もりは、当弁護士法人として適正妥当と考える当方提供役務の価値についての一つの意思表明に過ぎません。

 もちろん、異論はおありかもしれません。

 当弁護士法人としても、「我々のプランや価値表明に対して、クライアントが異議を唱える権利や機会」まで否定するものではありません。

 したがいまして、議論や意見交換には、常にオープンでありたい、と考えております。

5 報酬契約条件決定プロセス

 報酬契約条件最終決定までのプロセスについてご説明申し上げます。

 この種の協議決定に関して、
「たたき台なしで、ゼロベースで、自由な協議で交渉し、決定する」
という形で詰めていくこともあろうかと思います。

 しかし、経験則上、クライアントにおいて、この種の協議や決定に関し、判断材料も、経験も持ち合わせませんし、上記調整方法は無理があり、うまく機能しません。

 その意味では、まずは、当弁護士法人が「初手」の形で、「資源動員推定」と「活動価値表明」を行い、これを「たたき台」として調整することが、合理的で効率的な協議方法と考えます。

 その際、「たたき台」作成提案のあり方として、「予定調和的な、落とし所」を当初から提示することも不可能ではありません。

 しかし、
「『有事対処予算や安全保障対策予算の多寡』は、『危機状況認知の深刻さ・重篤さ』と正比例する」
という形で、事件の捉え方や感受性と直結する課題です。

 当初から「予定調和的な、落とし所」を提示すると、特にクライアントサイドにおいて罹患しがちな「楽観バイアス」「正常性バイアス」が克服されない状態で、状況を錯誤したまま重大な意思決定をしてしまい、最終的に「悲惨な失敗」と、「その責任の所在をめぐる、弁護士とクライアントの間の醜悪で重篤な第二次紛争」を生むことになりかねません。

 この点については、アナロジー(比喩)を用いながら、ご説明させていただきます。

 当弁護士法人は、いわば「ミリタリー(軍事・安全保障・有事外交を生業とする専門傭兵集団ないし有事外交専門家)」として、「シビリアン(クライアント)」に対して、防衛体制予算を提案し、予算に基づいて防衛体制を構築運用する責任を負担します。

 その予算提案の際、シビリアンが管理する「財布」の状況を勘案・忖度して、「本当は、B29迎撃には、最新型の対空ミサイルの実戦配置がベストな選択」であったが、「財政負荷や予算の逼迫状況もふまえ、時代遅れですが、旧ソ連時代の対空キャノンでなんとかします」といってしまったとします。

 そして、その結果、B29が迎撃できず、首都に爆弾が雨あられと降ってきた挙げ句、ボロ負けの敗戦に至った、とします。

 その場合、シビリアン(クライアント)としては、「なんで、対空ミサイルの話を提案しなかった。そりゃ、高いといえば、高いが、首都壊滅の結果になるくらいなら、予算をなんとかしたし、なんとかできた」と怒って、少ない予算で奮戦したミリタリーを罵倒し、殴りつける事態を招くことになりかねません。

 このアナロジーで示すような最悪の事態を防ぐべく、当弁護士法人としては、
「クライアントにより多くの選択の機会と保障を提供する」
という哲学に基づき、
●「たたき台」としては、保守想定に基づく、最善の対応措置(攻撃方法や防衛措置)という前提で、動員資源構築を行って、披瀝する
●そこをベンチマークとしつつ、現実的な資源運用という点で、予算を削る、想定を縮小する、有事認識を緩和する、という形で、クラアントにおいてその経済的感受性や合理的資源配分・期待値とのトレードオフ調整をしていただきつつご選択をいただく方が、クライアントの選択も広がり、議論も効率的でよかろう、
という考え方に立脚して見積もり提示させていただいております。

 繰り返しになりますが、状況認知も状況解釈も、対処想定=予算も、正解も、定石もなく、選択課題であり、その選択をするのはクライアントであり、当弁護士法人は、選択の機会と範囲を広げる、という活動にベストを尽くしており、その意味で、徹頭徹尾、「クライアント(の選択の幅の拡充)ファースト」で考え、行動し、実践するものです。

 以上を前提に、以下にクライアントサイドにおいて、是非や対案等のお考えをご提示賜り、これを基礎に、当弁護士法人との間のありうべきギャップを明確にし、調整の可否を議論させていただければ、と考えます。

【以上、弁護士法人畑中鐵丸法律事務所の弁護士報酬契約の考え方】 

【以下、 報酬契約条件についてご異議がある場合の返信テンプレート 】
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所御中

クライアントからの応答

(以下、□1~3のいずれかに☑ないし◎を記入ください。なお、その後、別添報酬契約書【案】のとおりの報酬契約が締結された場合、☑1の意思ないし希望であったものとみなします。また、本見積作成日から15日間を経過するも、報酬契約が締結されず、何らのレスポンスもなかった場合、☑3の意思ないし希望であったものとみなす扱いとさせていただきます。)

□1:お見積りを異議なく承諾し、これにしたがった報酬契約を希望します

□2:お見積りについては、当方予算イメージと合致しないため、以下のとおり、対案ないし修正案をご提示いたします。なお、下方修正の結果、貴弁護士法人において、「予算制約による資源動員体制の悪化」や、「『希少で有限な資源を運用する上での、受益者負担原理』に基づく他事件との相対的関係において処理の速度や密度が後退すること」が生じてしまうことを異議なく容認します。また、貴弁護士法人負荷軽減のため、詳細状況認知・観察、詳細状況評価・解釈、時系列整理細密化といったクライアントにおいて積極的に協力・貢献できる作業部分についてはクライアントの責任と負担で積極的に協力いたします。さらに、インセンティブ条件悪化に伴い当然生じるべき結果期待値の後退についても、自己責任の帰結として、異議なく受け入れます。
(☑2の場合、以下、修正案ないし対案提示部分に☑を入れ、ご提案内容をご記入ください)
□①キックオフフィー:
□②リテーナーフィー:
□③追加リテーナーフィー:
□④マイルストンフィー:
□⑤サクセスフィー:
□⑥その他:

□3:依頼を無期限に見合わせます。なお、再度依頼する場合、相談時点からの状況変化や、記憶のリフレッシュを含め、相応の時間と相談費用と労力が生じうることを異議なく了解します。また、事件や事案によっては、依頼を遷延している間に対応の適時性を喪失し、不可逆的な不利な状況に陥っており、その結果として、回復のため費用がより高額化することや、依頼がそもそも成立しない場合もありうることも、異議なく了解します。さらに、自己判断や素人判断に基づき我流で話を進めてみたり、他のプロフェッショナルに依頼して、貴弁護士法人の想定とは異なる状況推移をもたらしてしまった場合、不可逆的な不利な状況に陥ってしまい、その結果として、回復のため費用がより高額化することや、依頼がそもそも成立しないこともありうることも、異議なく了解します。

_______年___月___日

法人名(個人の場合は不要)_____________

代表者名(個人名)_________________
  【以上、報酬契約条件についてご異議がある場合の返信テンプレート 】  

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01650_法律相談の技法16_継続法律相談(3)_「弁護士費用の見積もり」プロセスの意味と価値と機能

継続法律相談において、
「相談者と弁護士の役割分担を理解させ、相談者のタスクとして、『詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化及び痕跡の収集・発見・整理』を宿題として課して、これを責任を以て完遂させる」
というプロセスが完了したら、
「『情報戦としての性格を有する裁判沙汰』における最重要戦争資源としての『情報』」
すなわち
「事実と痕跡」が入手できた、
ということになります。

次に、この
「最重要戦争資源としての『情報(事実と痕跡)』」
に加えるべき
「もう1つの戦争遂行資源」、
「弁護士が、適切な士気を維持して稼働するためのガソリン」
ともいうべき
「弁護士費用」の調達プロセス
に移行します。

要するに、
「弁護士費用」
を推定し、見積もり、相談者・クライアントに提示することを皮切りに、この費用に関する取り決めを契約にして取り決めるプロセスを進めていきます。

この
「弁護士費用」の算定
ですが、弁護士あるいは法律事務所により顕著に異なります。 

・タイムチャージ制
・着手金(キックオフフィー)・中間金(マイルストンフィー)・報酬金(サクセスフィーあるいはインセンティブ)制
・イベントチャージ制
・ドキュメンテーションチャージ制
・リテーナーフィー制
・これらの組み合わせ
など、いろいろあり得るところです。

筆者(筆者の所属する弁護士法人)は、
原則として「タイムチャージ制」
としつつ、(クライアントとの信頼関係等を勘案して)例外的に
「『キックオフフィー等とリテーナーフィー制による稼働清算費用体系』と『インセンティブフィー設定』を組み合わせた、独自に構築した合理的費用設計」を提案
する形としています。

ただ、これら見積もりに際しては、想定外の事態による予算増加を考え、保守的(高め)の予算を見積もり段階で設定しておくべきです。

ここでいう
「予測すべき想定外・不測の事態」
ですが、様々な方向から生じ得ます。

1 裁判所が想定外の動きをする事態

まず、裁判所が想定外の動きをする事態です。

言うまでもないことですが、裁判所という司法権を行使する国家機関は、他の国家機関や同じ裁判所からの一切の干渉を受けることなく、やりたい放題で権力(事実認定権力、法適用権力)を行使できることが憲法上容認されており、
「当該事件に対する司法権の行使」
という局面については、
「専制君主国家における独裁的専制君主」並の権力
を有しています。

加えて、1998年の民事訴訟法改正以来、3審制から実質2審制、さらに実務運用においては、1.2ないし1.3審制ともいうべきゲーム環境が構築されており、加えて、争点中心型審理に移行したこともあり、一審裁判所の権限と裁量が極めて大きく広汎になっています。

そして、当該裁判所の権限と裁量の可動領域(ゆらぎ、ダイナミックレンジ)が個々の裁判所毎に大きく、
「何が争点となり、当該争点についてどのような事実、事情ないし証拠が裁判官の感受性に響くか」
という点の想定や予測がより困難になってきています。

その意味で、裁判所が全く想定と異なる、合理的経験則からは理解できないような争点を形成したり、事実や事情を重視したり、証拠を評価したりする危険性が大きい、という現実を保守的・謙抑的に理解すべきです。

2 相手方が想定外の動きをする事態 

加えて、相手方の動きも読めません。

このくらいの事実と証拠と法適用の理屈を示せば、「ギャフン」と言って折れてくるだろう、
裁判所がこのくらい強烈に和解を進めれば、空気を読んで(忖度して)、和解に応じるだろう、
証人尋問であそこまでボロボロだったから、尋問後の和解にはすんなり応じるであろう、
一審で完膚無きまでに敗北したわけだから、流石に控訴してこないだろう、
相手方はあんなにお金をもっているわけだし、この程度の請求だったら、弁護士費用のことを考えて、経済合理性にしたがって和解に応じるだろう、

といった、各推定ないし予測が、すべて覆ることはあり得ます。

だいたい、事件の相手方というのは、相談者・依頼者の常識が通用せず、払って当然の金銭を払わず、明々白々の義務を知らぬ存ぜぬですっとぼけ、認めて当然の事実を争うことを平然とやってのけるような属性の人間です。

だからこそ、事件になり、裁判になり、揉めに揉めて、弁護士のみならず、裁判所まで巻き込んで揉め倒しているわけですから。

「このくらいやれば折れてくる」
などという常識や経験則が通用するだろう、と考える方がどうかしています。

無論、素人である相談者・クライアントがそのような希望的観測(というか妄想)を抱くのはやむを得ませんが、プロである弁護士が甘い考えで、甘い負荷予測で、安易に、楽観的な負荷想定と予算設定して、後から想定外に直面して、予算増加を相談者・クライアントに懇請するのは、プロ失格と言われても仕方ありません。

3 クライアントが想定外の動きをする事態 

最後に、相談者・依頼者がもたらす想定外も見込んでおくべき必要があります。

相談者が、

・肝心なことを言わない
・誇張したり過少に述べたりする
・いい加減なことを言う
・ウソをつく
・偽造した証拠をもってくる
・重要で決定的な不利な事実を隠したままにする
・証人尋問でとんでもないミスをやらかす
・合理的な和解提案を蹴り飛ばして裁判官の忌避反感を買う
・想定した悲観的予測に同意・納得したことを忘れ去り、不利ではあるものの想定内の状況に至ったにもかかわらず、これを頑として受け入れず、弁護士に八つ当たりする

など、訴訟遂行の過程で、様々な相談者・依頼者サイドが想定外の事態をやらかすこともあり得ます。

特に一番厄介な依頼者サイドの想定外が、弁護士費用や、報酬を支払わなかったり、値切ってきたりすることです。

このような想定外も予測するなら、稼働費用と適正利益は必ず前払いか預かり金として事前に確保しておく、あるいは途中で弁護士費用の支払いを渋った場合でも引き継ぎ含めてある程度責任を持って関係清算できるように最初に大まかな稼働分が清算されるような費用設計にしておくことが推奨されます。

というのは、予算内で当初予算より低廉な方向で収まるのであればクライアントとしても特段異議を申し立てませんが、予算を増加するとなると、クライアントは、
「話が違う」
「それではコストパフォーマンスの計算前提が狂うし、訴訟提起したこと自体が不経済なプロジェクトとなるではないか」
「約束違反だ」
といった形で激怒し、信頼関係が負の方向で変質しかねない事態となり得るからです。

4 相談者・クライアントからの値引き要請への対処 

最後に、これは弁護士や法律事務所のポリシーにより可変的になると思いますが、
「見積もりに対する.ありうべき相談者・依頼者サイドからの値下げ要求」
に対する妥協ないし調整方針を示しておくこともあり得ると思います(もちろん、一切値引きしない、というポリシーもあり得ると思います)。

ちなみに、筆者(及び所属弁護士法人)としては、見積もりの際、かなり柔軟な妥協・調整方針を明示しています。

当初見積もりは、稼働に対する費用として稼働原価に適正利益を付加した額と、これにインセンティブ(成功報酬)を設定した形で提示します。

前者は、適正利益のバッファーがあるので冗長性・柔軟性を内包してします。

また、後者は、あくまでインセンティブなので、ある意味、成功の蓋然性が高まるという意味でクライアントの最終的利益にも適うものですが、こちらも、冗長性・柔軟性があります。

要するに、見積もりというのは、一種の、弁護士サイドの提供役務の価値表明という側面を持ちます。

そして、これに対する応諾や異議や修正提案は、弁護士の提供役務に対するクライアントとしての価値表明という意味を有します。

弁護士の価値表明も1つの意見ないし見解に過ぎず、クライアントのそれも同様です。

弁護士の提供役務の価値に絶対的基準なるものがない以上、そこに調整の契機が働くのは当然であり、交渉が生じるのは自然な現象です。

1ついえることは、クライアントの値下げ要求ないしその趣旨を含むメッセージは、弁護士サイドとして、冷静に観察するべきです。

クライアントによっては、単に高いからという理由で忌避感を表明する人もいれば、きちんとした理由を述べ合理的対案を含めて論理的かつ紳士的な応答をする人もいます。

感情的になって暴言を吐き出す人もいれば、感謝しつつ異議なく受け止める人もいるでしょう。

当然ながら、合理的な理由を述べず、感情的に、情緒丸出しで、高いだの、おかしいだの、と非紳士的(あるいは淑女らしからぬ)罵倒を始める相談者・クライアントを観察すれば、今後、その御仁とどういう関係が築けるか、という点について、実に示唆に富む情報が得られます。

相談段階では、
「さすが!」
「なるほど!」
「すごい!」
などと持て囃していた相談者が、事件遂行のために必要な稼働費用な見積もりを見た瞬間に、
「赤い布を前にした牡牛のような反応」
を示すようなことがありますと、
「そういう方と、長期のタフな戦いに、鉄壁の信頼関係を維持して戦い抜けるのか?」
という将来予測に関する疑問に、端的な回答を示してくれることになります。

「ビジネス上の委託関係・信任関係を形成する」
という文脈においては、
「敬意を払う」
ということは
「カネを払う」
ということと同義です。

「巧言令色鮮し仁」
とはよくいったもので、口先だけでどれだけ敬意を払ってくれても、カネを払ってくれない、あるいは、
「適正な事件処理のための適正な稼働費用を提案したことに対して、不合理かつ感情的に、異議を申し立て、嫌悪感を露わにし、あるいは猛然と怒りだす」
という態度をみると、
「払ってくれた敬意」

「カネを負担しない程度と限度において、(費用のかからない)口先で褒めそやすだけのもの」
という現実を実に明確に露呈してくれます。

「そのような相談者・クライアントのため、無理をして値切りに応じてまで廉価な契約を承諾し、タフな事件を遂行する価値と意味があるか」
ということを慎重に考え、
「(医師と違い弁護士には応召義務がないこともありますし、そもそも民事訴訟は刑事訴訟と違って提起する義務も必要もなく、それほどカネをかけたくなければ泣き寝入りするという合理的意思決定も可能であることもふまえ)エンゲージをお断りする」
ということもあり得ます。

いずれにせよ、相談者・クライアントとの
「費用と報酬」
という生々しい現実のやりとりを行う過程で、クライアントが弁護士をどこまで敬意を払い、どこまで信頼してくれるのか、ということを知ることができますので、しっかりとした形で
「本音」
の情報交換プロセス(クライアントの払ってくれる敬意が、本物の敬意か、カネを払わない範囲での口先だけのものか、といった隠れた本音を露見させ、信頼関係の構築の可能性を検証する機会)として活用すべき、ということになるでしょうか。

余談になりますが、私個人の意見としては、
「値切るのは悪いことではないのですが、プロフェッショナルサービスを値切るのはやや問題である」
と考えます。

私も、稀代の吝嗇家であり、ケチっぷりについては人後に落ちないのですが、例えば、医者などのプロフェッショナルにお世話になる場合、絶対ケチりません。

ケチらないどころか、
「そんな安くていいんですか。もっと払いますから、その分、ちゃんとやってください」
といって、値上げをお願いするくらいです。

なぜなら、プロフェッショナルサービスにおける重大な課題とリスクは、
「完成度や品質について、形も基準も相場も検証方法も存在しない」
という点にあるからです。

すなわち、サービスプロバイダ側(プロフェッショナル側)は、気分1つで、いくらでも、手を抜いたり、適当にお茶を濁したり、頑張ったふりをしてサボったりすることが可能なのです。

もちろん、反対に、プロフェッショナルの気持ちや熱意次第で、いつも以上に情熱的に取り組み、アウトパフォームを期待することもできます。

要するに、
「プロ側の気分次第でサービスクオリティが大きく変動する」
まさに、この点こそが、この種のサービス取引の最大の課題であり、リスクなのです。

命や財産や事業が危険にさらされ、この状況の打開や改善を専門家に委ねざるを得ない状況で、値切って、値切って、値切りたおして、士気を低下させれば、どうなるでしょうか。

そんな状況でも、プロフェッショナルは、いつもと同じように、あるいはいつも以上に情熱を注ぎ込み、アウトパフォームして、見事な成果を出し、事態を打開して、窮地から救ってくれるでしょうか。

それとも、露骨に手を抜かないまでも、切所で踏ん張りが効かず、結果、大惨事につながる危険性が増幅するだけでしょうか。

私は、弁護士として、受任した以上は最善を尽くしますし、不合理に値切られるようであれば、そもそも仕事をお引き受けしませんが、他の事例で、ケチなクライアント(相当な資産家であるにも関わらず、過剰にケチるような御仁)の無茶な値切りが遠因となって、ホニャララスキームがうまく機能せず、その後、支援プロとの間において、血で血を洗う内部ゲバルトに発展した、なんて話を聞くと、
「さもありなん」
「こいつは、カネがあるのに、カネの使い方が下手くそなバカ」
と思ってしまいます。

いずれにせよ、上記のような話も含めて、
「見積もりと値切り交渉」
というのは、
「お互いの本音が露見する」
という文脈において、実に意味と意義と価値のある重要なクライアントとのコミュニケーションプロセスですので、信頼関係形成・構築(あるいは解消)のため効果的に使うべきかと思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01649_法律相談の技法15_継続法律相談(2)_相談者と弁護士の役割分担を理解させ、相談者のタスクとして、「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化及び痕跡(資料や文書等)の収集・発見・整理」を宿題として課して、これを責任を以て完遂させる

継続法律相談のプロセスに入った際、まず、行うべきは、
1 詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化と
2 痕跡(資料や文書等)の収集・発見・整理
です。

まず、
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」、
すなわち、体験事実の言語化・文書化です。

事件遂行に向けて詳細な計画立案する上では、
「客観的なものとして言語化された体験事実を、5W2Hの各要素を明確にする形で想起・復元して言語化し、これをさらに時系列に従って整理・整序し、文書化して、事件処理のために活用できる資料として整備すること」
は絶対的に必要な前提となります。

ところで、自らが体験した事実ないし状況ないし経緯を、記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、文書化する、となると、どえらい時間とエネルギーが必要になります。

例えば、皆さんは、5日前の昼飯のこととかって覚えています?
誰と、どこで、どのメニューを注文し、どの順番で、どんな話をしながら食べたか?
食後のデザートに何を選んだか? 
飲んだのはコーヒーか紅茶か、レモンかミルクかストレートか、おかわりをしたか?
おごったか、おごられたか、割り勘にしたか、傾斜配分にしたか?
勘定はいくらだったか?
とか、覚えていますか?

私は、別に認知機能に問題なく、東大に現役合格する程度の暗記能力・記憶力は備えているものの、自慢ではないですが、
「5日前の昼飯のこととか、そんなのいちいち覚えてるわけないやろ!」
と胸をはって言えます。

といいますか、仕事の関係で、食事は不規則であり、忙しくて昼飯をすっ飛ばしたり、朝食ミーティングがあれば、夜まで食べないこともあるので、昼飯を食べたかどうかすら、いちいち覚えていません(何度も言いますが、認知機能に問題があるわけではなく、あまりにどうでもいいというか、くだらないことなので、覚えていないのです)。

もちろん、
「がんばって5日前の昼飯のこと、思い出せ」
と言われれば、思い出せないこともありません。

それなりに、認知機能もありますし、記憶力や暗記力も平均以上だと思いますので。

スケジュールを確認し、前後の予定や行動履歴を、メールや通話記録をみながら、記憶の中で復元していき、手元の領収書や店への問い合わせや店が保管している記録を前提に、一定の時間と労力を投入すれば、状況を相当程度再現していくことは可能であり、さらに時間と労力を投入すれば、これを記録として文書化することもできなくはありません。

とはいえ、それをするなら、投入する時間や労力をはるかに上回るメリットがないと、こんなくだらないことに0.5秒たりとも関わりたくありません。

もともと、人間のメンタリティとして、
「過ぎたことは今更変えられないし、どうでもいい。未来のことはあれこれ悩んでも仕方ないし、考えるだけ鬱陶しい。今、この瞬間のことだけ、楽しく考えて、生きていたい」
という志向がある以上、
「過ぎ去ったことを調べたり考えたり、さらには、内容を文書化したりする、なんてこと、あまりやりたくない」
という考えは実に健全といえます。

さらにいえば、伝聞法則(「又聞き」「書面報告」といった、反対尋問のチェックを受けない供述証拠は証拠能力を認めない、という刑事訴訟法上の法理)の制度原理としては、
「人間の供述は、知覚・記憶・表現・叙述の各過程で過誤が介在する蓋然性がある」
という経験則を前提にしています。

平たくいえば、
「一般の健常者であっても、見間違え、記憶違い、言い間違い、ウソをつく(誇張したり、隠蔽したり)する」
という経験上の蓋然性がある、ということであり、さらにいえば、
「人間は、誰しも、認知症で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖がある」
という不愉快な現実がある、ということであろうと思います(病気としての知覚障害ないし認知症や記憶健忘症や言語障害や虚言癖は、一定の閾値を超えて社会生活上の困難が生じた場合を指すものであり、健常者の通有性としての各症状等との違いは、単なる程度問題に過ぎない、ということでもあろうかと考えられます)。

要するに、我々は、皆、健常者も病人も、程度の差こそあれ、
「知覚ないし認知が不全で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖」
を生来的に有しており、したがって、そのような欠陥を有した人間の知覚や記憶や叙述や表現を介在させて、過去の体験事実や状況等を確認するのは、非常な困難を伴う、という現実をわきまえておくべきです。

これは、私も経験上理解できます。

年齢が50を超えているという加齢の影響もあるかもしれませんが、普通に生活していて、まあ、見間違い、聞き間違い、認識違い、ど忘れ、言い間違い、大げさに言う、過小に表現する、といったことの多いこと、多いこと。

特に、10日前、5日前のことも、普通に忘れ去っています。

「一週間前の昼飯、何を食べた?」
と聞かれても、凍りついてしまい、まったく答えられないどころか、思い出すのも困難というか不可能です。

いえ、そこそこ年はとっていますが、認知症の診断もされておらず、東大出の弁護士で、立派な健常者です。

それでも、
「一週間前の昼飯、何を食べた?」
という簡単な体験事実の想起ができないわけですから、
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
となると、それだけで一大プロジェクトとなるくらいの難事です。

すなわち、
「がんばって5日前の昼飯のこと、思い出せ。思い出して、文書化できたら30万円あげる」
と言われたら、ヒマでやることないし、あるいは期限や他の予定との兼ね合いをみながら、少し小遣いに困っているなら、その話を受けるかも、という感覚です。

このような言い方をすると、
「でもそれって弁護士さんがやってくれるんじゃないの?」
というツッコミが入りそうですが、それは弁護士と当事者の役割分担の誤解です。

弁護士は、事件の当事者ではなく、事件に携わったわけでも体験したわけでもないので、事件にまつわる経緯を語ることはできません。

無論、事件経緯を示す痕跡としてどのようなものがどこにあるか、ということも、直接的かつ具体的に知っているわけではありません。

弁護士として、そのあたりのストーリーを適当に創作したりでっち上げたりすることはできません。

たまに、依頼者から
「思い出したりするの面倒なんで、先生、その辺のところ、適当に書いといて」
という懇請に負けて、弁護士が適当な話を作って裁判所に提出してしまうような事例もたまにあるように聞きます。

しかし、こんないい加減なことをやったところで、結局、裁判の進行の過程で、相手方や裁判所からの厳しいツッコミを誘発し、ストーリーが矛盾したり破綻したりしていることが明確な痕跡(証拠)をもって指摘され、サンドバッグ状態になり、裁判続行が不能に陥りかねません(「証人尋問すらされることなく、主張整理段階で、結審して、敗訴」というお粗末な結論に至る裁判はたいていそのような背景がある、と推察されます)。

弁護士は、
「記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、ある程度文書化された依頼者の、事件にまつわる依頼者の全体験事実」(依頼者の責任によって調査し、作成されるべきファクトレポート)
から、依頼者が求める権利や法的立場を基礎づけるストーリー(メインの事実)ないしエピソード(副次的・背景的事情)を抽出し、こちらの手元にある痕跡(証拠)や相手方が手元に有すると推測される痕跡(証拠)を想定しながら、破綻のない形で、裁判所に提出し、より有利なリングを設営して、試合を有利に運べるお膳立てをすることが主たる役割として担います。

いずれにせよ、真剣かつ誠実に裁判を遂行しようとすると、
「弁護士費用や裁判所利用料としての印紙代という外部化客観化されたコスト」
以外に、気の遠くなるような資源を動員して、クライアントサイドにおいて、
「事実経緯を、記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、文書化する」
という作業を貫徹することが要求されますし、この作業は、相談者・クライアントサイドでしか出来ず、相談者・クライアントにおいて確実かつ完全に遂げてもらわないと困るのです。

具体的には、継続法律相談に先立ち、相談者に
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」
を課し、これを確実かつ完全に遂行してきてもらうよう指示します。

なお、筆者の所属する弁護士法人畑中鐵丸法律事務所においては、この相談者・依頼者に
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」を課すプロセス
をフォマット化して、ルーティンとして、相談者・依頼者に当該プロセスを責任をもって遂げてもらうような仕組みを策定しています。

ところで、相談者・依頼者の中には、
「人間は、誰しも、認知症で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖がある」
という通有性について劣化の程度が激しい為か、
「知的な水準や事務スキルの問題で事実ないし状況のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
が困難なためか、単に、怠惰あるいは無責任なせいか、この
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」
をやってこない、出来ない、ギブアップする、という方もいらっしゃいます。

弁護士は、いわば
「銃砲」
として、依頼者から提供される
「事実」「痕跡」
という
「弾薬」
を用いて、裁判という
「銃撃戦」
を展開します。

「依頼者の体験事実」「当該事実の痕跡」
という
「弾薬」
は、依頼者にしか提供できず、依頼者が提供すべき、戦争遂行資源です。

もちろん、
「軍資金」
という
「弁護士費用」
も依頼者が責任をもって調達すべき戦争資源ですが、
「カネ」
があっても、
「情報」「痕跡」
がなければ、裁判という
「情報戦」
を勝ち抜くことは不可能です。

他方で、世の中の方全員が、自分が体験した事実を、詳細に想起・復元し、これをミエル化・カタチ化・言語化・文書化し、さらに当該事実を示す痕跡たる文書や資料等を収集・発見し、時系列に沿って整理する、という能力を十全に持っているとは言い難い、という現実があります。

そこで、
「体験事実の想起と詳細な復元」
及び
「詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
及び
「当該事実に関連する痕跡(文書や資料)の発見、収集、整理」
という
「宿題」
をやってこない、出来ない、ギブアップする、という相談者・依頼者については、別途、継続相談の前後に、弁護士のサポートを得て、同「宿題」を遂行する、というプロセスを介在させることになります。

要するに、体験事実に関連する全ての痕跡(資料や文書。EメールやSNSの記録や領収書や請求書や手紙や写真を含む)を持参して、法律事務所に来てもらい、
1 まず、当該痕跡を、時系列にしたがって、整理し、
2 上記痕跡をたどりながら、5W2Hにしたがって、弁護士がインタビュワーとなって、取材をしていき、
3 痕跡と整合させながら、体験事実の記憶を想起・復元していき
4 その結果を、弁護士が、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化していく
という方法によって、本来、依頼者の責任において成し遂げるべき
「宿題」
を、弁護士がサポートして、完遂する、ということになります。

当然、上記プロセスを経由すると、相応の費用(たいていはタイムチャージ)がかかりますが、 相談者・依頼者側において、
・「人間は、誰しも、認知症で、記憶健忘症で、言語障害を持っており、虚言癖がある」という通有性について劣化の程度が激しい為か、
・「知的な水準や事務スキルの問題で事実ないし状況のミエル化・カタチ化・言語化・文書化」が困難なためか、
・怠惰あるいは無責任なせい
という事情がある以上、これら問題を、費用を負担して解消するのは、やむを得ないといえばやむを得ません。

もちろん、このプロセスで増加した予算を知ると、ますますコスパが悪いことが判明し、
「やっぱり、事件の遂行は見合わせる」
と言い出す相談者・依頼者も出てきます。

事件をきちんと遂行するための
「宿題」
を、自分の無能のためか無責任ゆえか不明ながら、適切に完遂せず、そのための支援費用を聞いて鼻白むような相談者・依頼者とは、やはり信頼関係の構築は困難かと思いますので、将来の不幸な内紛を防ぐためにも、 こういう無能で無責任でかつ外罰傾向の強い相談者・依頼者とは、早めに距離を置く方が、吉かもしれません。

最後に、痕跡(資料や文書等)の収集・発見・整理という点についても触れておきます。

君子危うきに近寄らず、という格言を逆説的に捉えれば明らかなように、危うい目に遭う人、というのは、たいてい、
「君子ではない人」
すなわち、
「立派でもなく、物事をきちんと整理・管理できておらず、いってみれば、いい加減で、だらしない人」
です。

「立派で、物事をきちんと整理・管理しており、自己にも他者にも厳格で、諸事行き届いた人」
は、トラブルに遭遇しませんし、トラブルに遭遇してから弁護士の支援を乞うのではなく、トラブルに遭遇しないように弁護士を使うような賢さをもった人です。

トラブルに遭遇して、トラブルの処理のために法律事務所の門を叩く人は、程度の差はあれ、
「立派でもなく、物事をきちんと整理・管理できておらず、いってみれば、いい加減で、だらしない人」
ですから、そういう属性をもつ方々が、トラブルに関する事実ないし状況の痕跡を短期間にすべて収集・発見し、これを時系列に整理できる、ということは、全く期待できません。

当然ながら、トラブルに関する体験事実に関する文書や痕跡について、この書類がない、あの書類がない、家のどこかにあるはず、捨ててしまったかもしれない、確かあったはずだがわからない、思い出せない、ということのオンパレードです。

また、仮にトラブルにトラブルに関する体験事実に関する文書や痕跡について、
「コピーして時系列に整序してファイルして持参してきてください」
という簡単な指示ですら、無能なためか、怠惰なためか、その両方なのか不明ですが、まともな対応を期待できない場合が少なからず存在します。

自覚してか無自覚かは知りませんが、危うきことに近寄ってしまうような
「君子ではない人」
すなわち、
「立派でもなく、物事をきちんと整理・管理できておらず、いってみれば、いい加減で、だらしない人」
だから、仕方ありません。

結局、
「痕跡(資料や文書等)を収集ないし発見し、時系列に整理してきてください」
という相談者・依頼者サイドにおいて遂行すべき単純にして明快な指示事項も、まともに対応できず、最後はギブアップして、稼働費用を支払って未整理の書類の山をもってきて法律事務所サイドで整理を乞う、さらには、オフィスや自宅に趣き、カオス状態になった書庫等から必要な痕跡を探し出すのに弁護士ないし法律事務所のスタッフを動員する、という事態も生じ得ます。

こうなると、労力の面や、費用の面で音を上げ始め、
「もう、事実とか証拠とか、そんな面倒なことなしで、裁判、何とかなりませんか?」
と言い始めます。

おわかりのとおり、中世の魔女裁判ならいざしらず、近代的な裁判制度が整備された今の社会において、
「事実も不明、証拠もなし」
の状態で、
「認識や見解の隔たりのある相手方に対して自己の主張を通す」
など、およそ不可能です。

こういう前提環境を整備している最中に、鼻息荒く、
「アクションを起こして、請求を実現する」
といっていた相談者が、
「アクションを起こさない(泣き寝入りする)」
と結論を変更することもあります。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01648_法律相談の技法14_継続法律相談(1)_継続法律相談のゴール

課題達成(解決)のための選択肢が浮上し、各選択肢についての動員資源の見積もりができれば、相談者は、それぞれの選択肢のプロコン(Pros and Cons、長短所)分析をして、当該見積りと期待値との相関性を考えながら、

1 アクションを起こさない(泣き寝入りする)

2 何らかのアクションを起こす
1)創出・整理された選択肢(メニュー)の中から選ぶ
2)どれを選ぶにしても納得出来ないので、新たな選択肢を探して、「自分にとって都合のいい秘策」がどこかにある、との主観(妄想)を前提に、「当該秘策を持っている別の優秀な弁護士」なるものを探す旅に出る

3 決定を先延ばしにする

のいずれかの態度決定をして初回法律相談が終了します。

そして、初回法律相談において、2の1)、すなわち
創出・整理された選択肢(メニュー)の中から選ぶ
という態度決定をした相談者には、再度足を運んでもらい、継続法律相談のプロセスに移行することになります。

初回法律相談のゴールは、
「アクションを起こさない(泣き寝入りする)か、アクションを起こすとして相談した弁護士に依頼するか、アクションを起こすが別の弁護士を探すか、決定を先延ばすか」
という
「態度決定」
です。

他方で、継続法律相談のゴールは、
「アクションを起こすこと」

「当該アクションを相談した弁護士に依頼すること」
をそれぞれ態度決定した相談者に対して、
1 「相談者と弁護士の役割分担を理解させ、相談者のタスクとして、『詳細事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化及び痕跡の収集・発見・整理』を宿題として課して、これを責任を以て完遂させる(自力で完遂させることが困難であればしかるべき費用を負担して支援を依頼する)」
2 「詳細な見積もりを提示して、報酬契約を締結する前提を整備する」
3 「相談者・依頼者の決意にストレステストを加え、覚悟のほどを確認する」
というコミュニケーションを行うことにあります。

初回相談においても、事実関係を確認したり、ゲームの環境、ロジック、ルール、相場観及び展開予測を伝えたり、選択肢を整理したり、各選択手段の見積もり(粗見積もり)を提示したりしますが、これは、あくまで
「態度決定」
のためのプロセスと行われるものです。

事件や今後の展開について、法的にああなる、こうなる、こうなるべきだ、こうする方がいい、とアバウトなことを言われても、
「アクションを起こさない(泣き寝入りする)か、アクションを起こすとして相談した弁護士に依頼するか、アクションを起こすが別の弁護士を探すか、決定を先延ばすか」
という態度決定は困難です。

お金がかかるとして、
1万円なのか、10万円なのか、100円なのか、1000万円なのか、
時間がかかるとして、
1週間なのか、1月なのか、半年なのか、10年なのか、
言い分が認められるとして、現実にテーブルの上の現金として積まれる可能性があるのは
10万円なのか、100万円なのか、1000万円なのか、
依頼者・相談者としても相応の協力が必要であり労力負荷がかかるというが、それは
5時間程度で済むのか、100時間なのか、1万時間要するのか、
といった程度のデータがないと、
「目の前の紛争対処について、アクションを起こさない(泣き寝入りする)か、アクションを起こすとして相談した弁護士に依頼するか、アクションを起こすが別の弁護士を探すか、決定を先延ばすか」
という基本的意思決定は困難です。

初回相談においては、以上の基本的意思決定に必要な程度と限度において、アバウトな見込みや予測を披瀝し、相談者の態度決定を支援することが目的となります。

他方、継続法律相談においては、具体的な作戦、すなわち資源動員計画と役割分担を決定して、動員計画を確定合意すること、すなわち、事件遂行に向けた具体的環境構築活動としての、
「弁護士報酬契約締結(軍資金の調達)」

「依頼者による事実整理と証拠収集を宿題として与え、確実な履行を約束させる(弾薬の調達)」
がゴールになります。

その意味で、継続相談における各種コミュニケーションは、概ね初回相談と同じですが、その密度や粒度が異なり、また、ゴールが
「弁護士報酬契約締結」
「相談者・依頼者の具体的協力内容(宿題)の明示と当該協力遂行の同意」
といった点が異なります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01647_法律相談の技法13_初回法律相談(7)_プロコン(長短所)分析と態度決定

相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有でき、
「スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題」
を発見・設定・定義し、
当該課題が複数にわたる場合は優劣・先後等について相互の関係や関連性を整理でき、
当該課題達成手段の創出・整理を終え、
各課題達成手段遂行のための動員資源の見積もりができた、
とします。

ここまでくると、初回法律相談は、最終段階です。

課題達成(解決)のための選択肢が浮上し、各選択肢についての動員資源の見積もりができれば、相談者は、それぞれの選択肢のプロコン(Pros and Cons、長短所)分析をして、当該見積りと期待値との相関性を考えてもらいながら、相談者に、

1 アクションを起こさない(泣き寝入りする)

2 何らかのアクションを起こす
1)創出・整理された選択肢(メニュー)の中から選ぶ
2)どれを選ぶにしても納得出来ないので、新たな選択肢を探して、「自分にとって都合のいい秘策」がどこかにある、との主観(妄想)を前提に、「当該秘策を持っている別の優秀な弁護士」なるものを探す旅に出る

3 決定を先延ばしにする

のいずれかの態度決定をしてもらい、初回相談を終えることになります。

ところで、
「各選択肢のコストや必要資源の高さ」

「期待値(成功の蓋然性)」
とは、見事に反比例の関係に立ちます。

すなわち、
「安くて、早くて、手軽な選択肢」
を選択すれば、
「期待値は低い、すなわち成功の確率は低い」
ということになり、
「成功確率を高めたい」ということであれば、
「カネと時間とエネルギーを要する、死ぬほど面倒な選択肢」を選択することになる、
という関係です。

例えば、
「相談者の相手方が義務や責任を認めず、こちらが求める金を払わない状況」
に直面した相談者が当該状況を改善するためには、自己制御課題として達成・解決し得る課題、具体的には
「(何らかの)強制の契機を働かせ翻意させる」
という課題に再定義し、
この課題達成を通じて
「義務や責任を認め、相談者が求める金銭を支払う」
という目標達成を企図し、
そこで、課題達成手段として、

3 弁護士名の内容証明郵便による通知書を送付する
4 仮差押えを申し立てる
5 調停を申し立てる
6 訴訟を提起する
7 仲裁申し立ての仲裁合意を提案する
11 詐欺だと警察に告訴する(ナンバリングは、01645のものを踏襲しています)

というものを創出して整理したとしましょう。

3の選択肢、
「弁護士名の内容証明郵便による通知書を送付する」
を選べば、比較的にお金もかからず、てっとり早く、労力も面倒さもさほど要求されません。

その意味では、お手軽で、動員資源もライトで済みます。

しかしながら、
「弁護士名の内容証明郵便による通知書」
などといっても、
「何の権力基盤もない、一介の在野の事務屋のつぶやき」
に過ぎません。

弁護士など一度も出会ったことのない、
「オレオレ詐欺」
に容易に騙されるような、純朴な、僻地の高齢の専業主婦の方であれば、そのような
「弁護士作成名義の通知書」
に驚愕し、態度を改めて、お金を払ってくれるかもしれません。

しかしながら、こういうものをもらい慣れている人間にとっては、あるいは相手方も弁護士に相談してプロの法律家のレビューのさらされれば、
「弁護士名の内容証明といっても、『DMやチラシや広告と同様の紙くず』に過ぎず、そんなもの振りかざしたところで、屁の突っ張りにもならない」
という至極当たり前のことが、0.5秒で見透かされてしまいます。

要するに、そういう
「目の肥えた」相手方ないし相手方の助言者
にかかれば、
「弁護士名での通知書」
などといっても、
「相手方の態度を変更させるような強制の契機」
として働きませんし、内容証明もらったくらいでは、
「義務や責任を認め、相談者が求める金銭を支払う」
という改善結果は得られません。

結局、振り返れば、
「無駄な手続きのために、弁護士に内容証明作成してもらうための費用や実費が無駄になっただけで、効果はゼロ」、
さらにいえば、
「『あれこれ勇ましいことを言っていたが、なんだかんだ言って、内容証明郵便で、嫌味を言う程度のことしかできないか。それほど、カネに困っているか、ケチっているのか。これでは、訴訟を起こすどころか、コスパの壁にぶち当たって、永遠に訴訟を提起してこないだろう』と足元を見透かされ、なめられ、体面を喪失して終わり、名誉感情を失うだけ、やらない方がよかった」
ということになり、無駄、無益どころか、
「ナメられ、バカにされ、コケにされる」
という有害な状況を自招した、
という愚かな事態に直面することになりかねません。

他方で、
「6 訴訟を提起する」
を選択すると、
相手は、強制的に裁判手続きにエンゲージさせられ、カネを払い弁護士を雇ってきちんと応訴すべきであり、これをせずに放置するとどんどん状況を悪化することになります。

また、訴訟の途中では、幾度となく裁判所が和解を勧告(和解勧試)が行われる可能性がありますが、この勧告は、いってみれば
「裁判の結論を左右する絶対的権力を有する専制君主が生殺与奪を背景に強制的に押し付ける和解」
であり、
「不合理に蹴り飛ばせば、敗訴を食らう」
という意味で、相手方を屈服させることが期待できます。

しかしながら、訴訟の提起及び遂行するコストは、
「弁護士名の内容証明郵便による通知書を送付する」
のとは比較にならないほど高額になります。

そして、1年から2年程度の訴訟を遂行するものとして、弁護士が見積もった稼働予算と、
「訴訟によって得られる利益とその蓋然性」
を考えた期待値とを比較すると、
「1万円札を3万円で買う」くらい
の経済的に不愉快な話になってしまう可能性があります。

例えば、先程の事例で、仮に、請求金額が300万円で、訴訟のコストが内部事務コストを含めると250万円とします。

経済的に考えれば、請求額300万円を満額取れるかどうかわからない、むしろ、取れない可能性も十分考えるべき状況であり、現実的期待値は100万円をはるかに割り込んでいるような経済的成果のための営み、といえます。

現実的期待値が100万円のプロジェクトのため、200万円をはるかに超える資源を動員するなど、明らかに不合理です。

したがって、相談者が合理的経済人であれば、
「アクションを起こさない(泣き寝入りする)」
という選択も、合理的で経済的で賢明この上ない選択肢として浮かび上がってきます。

なお、相談者によっては、
「カネをかけずにてっとり早い方法を選んだら、まったく役に立たず、むしろやらない方がまし。きっちり落とし前をつけようとして、訴訟提起という堅実な方法を選べば、1万円札を2万円で買うような決定になる。そんなアホな話があるか。どこかおかしい」
と考え出し、
「うまい、早い、安い」
という
「妄想・空想上の最善手」
があると信じて、当該解決策をひねり出すような弁護士を探し求める旅に出る方もいます。

「妄想・空想上の最善手があると信じて、当該解決策をひねり出すような弁護士を探し求める冒険の旅」
に出る相談者としては、
「『一般の弁護士には知られていない、特定の専門的な弁護士にだけ知られている、訴訟に勝利をもたらすような高い価値と決定的な意味を有する、この、類まれなる高度で貴重で価値あるこの、秘伝の奥義ともいうべき理論』を、これを知る日本でも数少ない弁護士である当職が、法廷で披瀝したところ、裁判官が刮目して仰天し、それまでの裁判の流れが一挙に変わり、9回裏で逆転満塁ホームランを放ったかのように、窮地に陥ったこの難事件を、鮮やかな完全勝利で終えることができました(爆)」
みたいなことをイメージされているのかもしれませんが、ツッコミどころが多すぎ、コメントしようがないくらいの与太話です。

訴訟や紛争事案対処というプロジェクトの特徴は、
・正解が存在しない
・独裁的かつ絶対的権力を握る裁判官がすべてを決定しその感受性が左右する
・しかも当該裁判官の感受性自体は不透明でボラティリティーが高く、制御不可能
というものです。

「正解が存在しないプロジェクト」
で、もし、
「私は正解を知っている」
「私は正解を知っている専門家を紹介できる」
「私のやり方でやれば、絶対うまくいく」
ということを言う人間がいるとすれば、
それは、
・状況をわかっていない、経験未熟なバカか、
・うまく行かないことをわかっていながら「オレにカネを払えばうまく解決できる」などというウソを眉一つ動かすことなく平然とつくことのできる邪悪な詐欺師、
のいずれかです。

そもそも
「絶対的正解が存在しないプロジェクト」
と定義された事件や事案については、
「正解」
を探求したり、
「正解を知っている人間」
を探求したりするという営み自体、すべてムダであり無意味です。

そりゃそうです。

「絶対的正解が存在しないプロジェクト」
と定義された以上、
「正解」
とか
「正解を知っている人間」
とかは、
「素数の約数」
と同様、世界中駆けずり回ったって絶対見つかりっこありませんから(定義上自明です)。

その意味では、
「『妄想・空想上の妙手・最善手』があると信じて、当該解決策をひねり出してくれるような、『スーパーで、ミラクルで、天才的に、うまく、早く、手軽に、相談者の望みを完全に実現するような解決ができる、麒麟やユニコーンと同じく空想上ないし妄想上の、魔法を使え、奇跡を起こせるミラクル弁護士』を探し求める冒険の旅」
は、最終的には、
「『できないことや、多額の時間と費用を要するような難事を、格安で、短期間に、さしたる労力を要さずに実現出来る』などと無責任に言い放つ、『経験未熟のバカ』か、『着手金欲しさに、真実とは程遠いほど極度に楽観的な見通しを真顔で告げる、善意の詐欺師』」
に捕まって、
「カネと時間と労力を無駄に費消して終わる旅」
になる危険性が高いと思われます。

なお、
「うまい、早い、安い」
という
「妄想・空想上の最善手」
を求める旅に出た相談者が、非法律的な手段、非合法な手段、反社会的な手段を提供する、
「組織的自由業者」
ともいうべき特殊な専門家集団(一般に、ヤクザとか暴力団とか言われる方々です)にたどり着くことがあります。

曰く
「前金なしの取り半(着手金ゼロだが、回収できたら半額が報酬)」
という好条件で、
「うまい、早い、安い」
という
「妄想・空想上の最善手」
を提案します。

裁判制度が整備された法治国家では、法的解決には時間とカネと労力がかかります。

そういう場合に、法律や理性ではなく、暴力に訴えて解決するのは、前近代的な社会では普通に行われていた紛争解決方法(今でも国家間の争い等では行われているようです)であり、論理上、思考上の1つの方法ないし手段としては、存在します。

ただ、法に違反してカネを取り返す、というのは、あまりにもリスクが高すぎておすすめしませんし、だいたい、ヤクザや暴力団に借りを作ると、たいてい高くつきます。

さらにいえば、その種のプロジェクトが成立すると、刑法上は、ヤクザや暴力団との間で、教唆犯や共謀共同正犯の関係に立ってしまい、今度は、ヤクザや暴力団に弱みを握られて、終生脅されることにもなりかねません。

「うまい話にはウラがある」
とはよくいったもので、こういうファーストトラック(近道)はたいていトラップ(罠)がそこら中にあったりします。

「急がば回れ」
ではありませんが、法的な方法や手段が面倒だから、反社会的勢力を使って非合法な手段に訴えるのは、最終的にはまったくワリに合わなくなる可能性もあるので、絶対おやめになるべきです。

最後の
「決定を先延ばしにする」
は、決断・判断ともいえないものですが、
「わかっちゃいるけど、納得できない」
というだけで、無駄な時間を費やし、機会損失が増えるだけですし、
「下手の考え休むに似たり」
ではありますが、果断に決断する方が、
「時間(という最も希少性ある資源)の消失と精神的消耗」
を防ぐという意味で、もっとも賢明な選択です。

以上は、すべて経済合理性の点のみから考察したものです。

無論、
「金銭に換算できない『プライスレス』な、取り組み価値」
を考えれば、訴訟等のようなコスパの悪い選択肢であっても、妙手として考えることができるかもしれません。

すなわち、
「事件処理対応のための総合的資源動員」
を総合すると、
「事件解決により得られるべき期待値」
との比較においてマイナスになる経済的リスクを孕んでいるということになり、
「1万円を得るために5万円を投じる」類の危険性
があることは、相談者においても百も承知という状況です。

そして、相談者としても、
「純粋に経済合理性を追求するのであれば、これ以上の埋没費用(サンクコスト)出捐を防ぐため、特段の対応を取得ることも理解しています。

しかし、相談者側で、
「『事件を放置することは、相談者の尊厳や体面やアイデンティティが不可逆的に毀損され、相談者個人としての内部人格均衡ないし情緒安定性や、相談者が企業である場合、法人としての組織内部統制秩序に対して、不可逆的な混乱・破壊・崩壊をもたらしかねず、また、『やられてもやり返さないと、そういう組織ないし人間と見下され、以後、やられっぱなしにされたり、際限なき譲歩を迫られたりして、生存戦略上致命的な不利を被る』というより大きな損失を発生する危険が見込めるため、巨視的・長期的・総合的に熟慮の上、事件の成否に関わらず、事件単体の局所的経済不合理性があっても、弁護士費用をかけて事件を取り組むことそのものが、全体的・総合的・長期的に、十分な経済的メリットをもたらす』との理性的かつ合理的判断の下、相談者が理解納得し、相談対応した弁護士の強い警告や遠慮と謙抑からの忌避に関わらず、本費用の取り決めに基づく依頼を強く要請する」
ということも考えられます。

要するに、
「こんなくだらない事件に勝利しても、せいぜい期待できる経済価値も100万円程度だが、他方でそのような結果を得るために必要な資源動員を総合すると全体のコストは1000万円になるし、経済的には愚劣なことであることはわかっているが、感情面として納得できないし、悔しくて夜も寝れないし、精神面のダメージとそれにより『前を向いて新しい金儲けに取り組めない』という機会損失は1億円以上になる。だから、これは、なんとしてでも、出るところに出て、ケジメをつけることに大きな価値がある」
という話です。

名誉毀損等による慰謝料(精神的苦痛)の支払いを求める訴訟で認められる賠償金認定相場は、極めて低廉で、せいぜい100万円とかです(精神的苦痛であり、いってみれば、気分が落ち込む、とか、気が滅入るといった程度の話なので、その程度の金銭評価になるのは、当たり前といえば当たり前です)。

しかしながら、メディアで醜聞報道をされた芸能人や政治家は、単価の高そうな弁護士を多数動員して、訴訟を提起します。

弁護士をそのような困難な訴訟遂行のために1年あるいは2年も動員すると、優に数百万円かかると推定されます。

もちろん、訴状に記載した請求額は、数千万円とか数億円なのでしょうが、実際に認定される金額が100万円前後であることは、火を見るより明らかです。

そうなると、そのような裁判を起こす芸能人や政治家は、
「1万円札を5万円で買っている」
ような愚かな行為をしている、ということになります。

もちろん、実際愚かだから愚かな行為をしている方もいるのでしょうが、上記の態度決定のエコノミクスとしては、
「黙っていれば認めたも同じ、と解釈されてしまう。訴訟を提起して、マスコミに対して威嚇し、自らの正当性を誇示するような行動(デモンストレーション)をしておかないと、事実を認めたことになるし、今後もナメられるし、世間体が悪い。そういう信用上のダメージを回復する価値は数千万円の価値に匹敵する」
という前提があって、上記のように、
「100万円程度の期待値」
に対して数百万円かけて訴訟を提起する、という態度決定を選択しているものと推察されます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01646_法律相談の技法12_初回法律相談(6)_各課題達成手段を遂行した場合の動員資源の見積もり

相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有でき、
「スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題」
を発見・設定・定義し、
当該課題が複数にわたる場合は優劣・先後等について相互の関係や関連性を整理でき、
そして、
当該課題達成手段の創出・整理を終えたら、
次に行うべきは、各課題達成手段遂行のための動員資源の見積もりです。

「相談者の相手方が義務や責任を認めず、こちらが求める金を払わない状況」
に直面した相談者が当該状況を改善するためには、自己制御課題として達成・解決し得る課題、具体的には
「(何らかの)強制の契機を働かせ翻意させる」
という課題に再定義し、この課題達成を通じて
「義務や責任を認め、相談者が求める金銭を支払う」
という目標達成を企図し、そこで、課題達成手段として、

3 弁護士名の内容証明郵便による通知書を送付する
4 仮差押えを申し立てる
5 調停を申し立てる
6 訴訟を提起する
7 仲裁申し立ての仲裁合意を提案する
11 詐欺だと警察に告訴する(ナンバリングは、01645のものを踏襲しています)

というものを創出して整理したとしましょう。

ここで、各選択手段における動員資源、すなわち、各手段を履践した場合、どのくらいの費用、どのくらいの時間、どのくらいの労力がかかるか、を見積もっていきます。

弁護士によっては、着手金・報酬金方式もあるでしょうし、イベントチャージ方式、タイムチャージ方式、それらの混合形態もあるでしょうし、詳細な見積もりには相応の時間と負荷がかかりますが、初回相談段階では、相談者としての大まかなコストイメージがつかめればよいわけですから、ざっくりとした感じでよいかと思います。

ただ、弁護士として重要なことは、迷ったら、高めの予算を設定することです。

法律上の事件や事案は、すんなり想定通りにいくことはまずありえず、想定外や不測の事態が多数発生します。

そういうときに、追加費用や追加予算をクライアントにお願いしても、プロジェクトを決定した際のコストパーフォマンス計算が完全に狂うことになるので、信頼関係が負の方向で変質する危険も出てきます。

したがって、保守的な想定をしつつ、高めのコストイメージを伝えておき、想定外に軽く、簡単に解決できれば、喜ばれる、という前提で、コストイメージデザインをした方がベターといえます。

なお、動員資源の見積もりには、コスト以外にも、時間と労力の見積もりも含まれます。

時間については、裁判沙汰は、ビジネスの世界では狂っているとしか考えられないくらい長期の時間を費消します。

第一審だけで1年超はザラで、高裁も含めると2年程度は想定しておかないと、相談者の常識にまかせていると、そこで大きな認識ギャップが生じ、後々信頼関係に影響しかねません。

その場合、類似事件の裁判例等を示し、事件番号や事実経緯から推察される提訴日と、判決日までの期間を算定して、示すことで、相談者にリアルに訴訟事件における時間イメージが伝わりやすくなります。

また、相談者には労力資源の費消も要求されます。

すなわち、事実経緯のミエル化・カタチ化・言語化・文書化や、相手方の主張内容の認否等のファクトチェック等、クライアントサイドの事務負荷はかなり大きくなります。

企業紛争等では、そのために、専任者一人がかかりきりになりますが、当該専任担当者の年収が800万円とすると、
「みえないコスト」
として、訴訟事件継続年で
「800万円」相当のコスト
が発生します。

たまに、ズボラな依頼者から
「思い出したりするの面倒なんで、先生、その辺のところ、適当に書いといて」
と懇請され、懇請に負けて、弁護士が適当な話を作って裁判所に提出してしまうような事例もたまにあるように聞きます。

しかし、こんないい加減なことをやったところで、結局、裁判の進行の過程で、相手方や裁判所からの厳しいツッコミを誘発し、ストーリーが矛盾したり破綻したりしていることが明確な痕跡(証拠)をもって指摘され、サンドバッグ状態になり、裁判続行が不能に陥りかねません(「証人尋問すらされることなく、主張整理段階で、結審して、敗訴」というお粗末な結論に至る裁判はたいていそのような背景がある、と推察されます)。

弁護士は、
「記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、ある程度文書化された依頼者の、事件にまつわる全体験事実」(ファクトレポート)
から、依頼者が求める権利や法的立場を基礎づけるストーリー(メインの事実)ないしエピソード(副次的・背景的事情)を抽出し、こちらの手元にある痕跡(証拠)や相手方が手元に有すると推測される痕跡(証拠)を想定しながら、破綻のない形で、裁判所に提出し、より有利なリングを設営して、試合を有利に運べるお膳立てをすることが主たる役割として担います。

いずれにせよ、真剣かつ誠実に裁判を遂行しようとすると、
「弁護士費用や裁判所利用料としての印紙代という外部化客観化されたコスト」
以外に、気の遠くなるような資源を動員して、クライアントサイドにおいて、
「事実経緯を、記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、文書化する」
という作業を貫徹することが要求されます。

このあたりの
「相談者・クライアント側に発生するであろう、隠れた動員資源」
を明確かつ具体的に伝えておくことも、相談者の態度決定をゴールとする初回相談においては、重要なこととなります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01645_法律相談の技法11_初回法律相談(5)_課題達成手段の創出・整理

相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有でき、
次に、
「スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題」
を発見・設定・定義し、当該課題が複数にわたる場合は優劣・先後等について相互の関係や関連性を整理できた後、当該課題達成手段の創出・整理をすることになります。

相談者の相手方が義務や責任を認めず、こちらが求める金を払わない状況を改善するためには、自己制御課題として達成・解決し得る課題、具体的には
「(何らかの)強制の契機を働かせ翻意させる」
という課題に再定義し、この課題達成を通じて、
「義務や責任を認め、相談者が求める金銭を支払う」
という目標を達成することになります。

ここで、
「(何らかの)強制の契機を働かせ翻意させる」
という課題を達成するための手段としては、いくつかの方法論が想定されます。

方法論想定に、タブーを設定せず、モラルや法律はさておき、想像力を働かせて、違法・不当なものも含めて、極論も含めて、考えてみますと、

0 相手方が正義に目覚め、自発的に義務を認めて金を払ってくれるよう、神(か仏様)に祈る
1 電話をかけ説得する、面談して説得する
2 請求書や催告書を送り付ける
3 弁護士名の内容証明郵便による通知書を送付する
4 仮差押えを申し立てる
5 調停を申し立てる
6 訴訟を提起する
7 仲裁申し立ての仲裁合意を提案する
8 脅す
9 暴力に訴える
10 暴力団を使って説得する
11 詐欺だと警察に告訴する
12 米軍を動員して攻撃態勢を整える

というものが考えられます(なお、冗談が通じない方もいらっしゃるので、注意しておきますが、思考訓練として想像力を働かせているだけであって、実行することあるいは実行を推奨することを意味していません)。

以上のように想像した方法論(課題解決手段)のうち、まるで無意味なもの、違法なもの、実現不可能なものを排除していきます。

そうすると、
3 弁護士名の内容証明郵便による通知書を送付する
4 仮差押えを申し立てる
5 調停を申し立てる
6 訴訟を提起する
7 仲裁申し立ての仲裁合意を提案する
11 詐欺だと警察に告訴する
というものが、
「相応に意味と価値があり、適法で実現可能で、取組価値ある選択肢」
と浮上してきます。

ここで、想定する方法論(課題解決手段・解決のための選択肢)は、多ければ多いほど、ダイナミックレンジ(範囲の広がり)が広ければ広いほどカウンセリングの価値が高くなります。

もちろん、違法、不当なものや、まるで無意味なものや実現できないものなどを議論の俎上に乗せるのは、常識を疑われますし、時間の無駄です。しかし、そのようなものでない限り、選択肢は多ければ多いほど、個々の選択肢の偏差が大きければ大きいほど、助言者のスキルと助言の価値が高いと認識されます。

助言者が、選択肢を1つしか出してこない、というのは、助言ではなく、指示・命令です。

助言者が
「訴訟提起しかありません」
といえば、それは、相談者に
「現状を改善したければ、訴訟提起をせよ。それ以外に現状を解決する方法は存在しない。オレにカネを払って、裁判を起こすことを決めろ」
と脅しつけているのとあまり変わりありません。

法律実務、紛争処理実務において発生する課題は、すべて
「自然科学上の課題」
とは違う
「社会上あるいは社会生活上の課題」
であり、
「この手段ないし方法を、この程度までやれば、絶対にこうなる」
という
「唯一絶対の正解としての選択肢」
が存在するわけではありません
(自然科学上の課題であれば、水を100度に熱すれば気化する、0度以下に冷やせば固体になる、といった形で「この手段ないし方法を、この程度までやれば、絶対にこうなる」という「唯一絶対の正解としての選択肢」が必ず存在します)。

対人課題としての他者制御課題を含む、法律実務、紛争処理実務において、課題解決の方法論として浮上する選択肢は、どれも
「正解」
ではなく、すべからく
「最善解」「現実解」
であり、いってみれば、どれもこれも不正解であり、
「やってみないとわからない」
という程度のものです。

そうすると、多くの不正解から
「不正解の中でも、もっともマシな、最善解」
を探すためには、より多くの選択肢を比較検討して消去法的に候補を絞ることがもっとも有益なアプローチになります。

合理的なプロジェクトマネージャーないしプロジェクトオーナーほど、豊富な選択肢から自由に判断することを好みます。

2016年から現在までの在任期間中一度も戦争を行わずに輝かしい外交成果を挙げてきた米国のトランプ大統領も、安全保障課題については、よく
「すべての選択肢はテーブルの上にある」
と述べます。

要するに、安全保障課題という、もっとも重大かつ困難な
「社会上あるいは社会生活上の課題」の「他者制御課題」
についても、正解も定石も存在しないことから、どこまで選択肢を広げ、どこまで判断の柔軟性や自由度を保てるか、という点こそが、判断の合理性を担保する、ということを示唆しています。

この点で、
「正解も定石も存在しない」紛争処理課題
について、
「こうなったら訴訟提起しかない」
「ここは刑事告訴でしょう」
「絶対仮差押から始めるべきです」
などと、一択しか提案できない専門家は、決定者・判断者を脅しつけて判断の自由を奪っているだけであり、あまり価値の高い助言を提供しているとは言い難いと考えれます。

仮に、トランプ政権の外交アドバイザーや軍事顧問の中で、
「ここはミサイルによる先制攻撃しか考えられません」
「ここは妥協して戦争を回避すべきです。それしかありません」
などと、
「正解のない課題に対して、一択しか提示できない、視野が狭く、思考の柔軟性がなく、想像力が貧困で、助言者としての役割をきちんと認識していない愚劣な人間」
は、即刻解任されたであろう、と推測します(「愚劣な人間をゴミや汚物のように毛嫌いするトランプ大統領」のことですから、「正解なき課題に直面してより多くの選択肢を多面的に検証して最善解を探す努力をしている大統領」からの下問に対して、「狭い視野と貧困な想像力から陳腐な方法論を一択として押し付ける」ような愚劣な輩が、トランプ大統領から即時解任された例は少なからず存在するような気がします)。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01644_法律相談の技法10_初回法律相談(4)_自己制御課題と他者制御課題

相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できた後、次に、
「スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題」
を発見・設定・定義し、当該課題が複数にわたる場合は優劣・先後等について相互の関係や関連性を整理していくことになります。

ところで、世の中に存在する
「課題」全般

「筆者の独自の整理哲学ないし区別基準」
によって大別しますと、
1 自然科学法則にまつわる課題(自然科学上の課題)
2 社会的事象にまつわる課題(社会上あるいは社会生活上の課題)
に整理できます。

「自然科学上の課題」
については、自然科学法則を適用することにより(もし、そのような法則がなければ、新たに法則を発見・援用して)、必ず一定の結果が得られます。

水を気化させたければ、摂氏100度に熱すれば、自然科学法則にしたがって必ず気化して水蒸気となります。

水を固体にしたければ、摂氏0度以下に冷やせば、自然科学法則にしたがって必ず固体(氷)になります。

他方で、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
例えば、
・東大に合格したい
・ゴルフのHDCPを5以下にしたい
・30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメンと結婚したい
・特定の女性と交際したい
・あいつの苦しむ様子をみたい
・裁判官にこういう判決を下してほしい
といった課題については、
「非科学的で予測不能でデタラメで再現性や画一性が期待できない人間」
が関わる事柄ですから、
「必ず一定の結果が得られる(必ず達成できる、必ず達成不能となる)」
とは絶対言い切れません。

弁護士に持ち込まれる法律に関わる事件ないし事案において生じる課題は、100%、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
です。

すなわち、
「相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できた後、スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかるものとして認識される障害ないし課題」
はどれも、
「『非科学的で予測不能でデタラメで再現性や画一性が期待できない人間』が関わる事柄」
であり、
「必ず一定の結果が得られる(必ず達成できる、必ず達成不能となる)」とは言い切れない課題ばかりです。

ところで、ひとくくりに
「社会上あるいは社会生活上の課題」
といっても、
「達成可能の蓋然性」の有無
という基準により、さらに2つに分かれます。

すなわち、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
には、
・自己制御課題(達成の蓋然性が、「自己を制御できるかどうか」に大きく左右される課題)
・他者制御課題(達成の蓋然性が、「他者を制御できるかどうか」に大きく左右される課題)
の2つにわかれます。

「東大に合格したい」
「ゴルフのHDCPを5以下にしたい」
は自己制御課題です。

「30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメンと結婚したい」
「特定の女性と交際したい」
「あいつの苦しむ様子をみたい」
「裁判官にこういう判決を下してほしい」
は他者制御課題です。

自己制御課題は、
「達成蓋然性が想定できる課題」
言い換えれば
「努力すれば何とか達成できることを予測・想定できる課題」
です。

自分をきちんと制御し、管理できればそれで達成できる課題ですから、絶対不可能というわけでも、運任せの出たとこ勝負というわけではなく、未来と希望をもてる課題です。

「がんばって自己を制御し、自己を管理できさえすれば、達成でき、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかが理解でき、合理的努力によって達成の可能性が高まることを明確に実感できる課題」
ですから、要するに、自分が頑張ればいいだけで、それだけで叶えられる課題です。

逆に、達成できないとすれば、それは、自分が悪いだけで、自己責任、自業自得、因果応報の帰結であって、責任原因ははっきりしていますので、納得も諦めもつきます。

なお、
「自分をきちんと制御し、管理できればそれで達成できる課題」
「未来と希望をもてる課題」
とはいっても、
「簡単な課題である」
というわけではありません。

世の中、自己制御、自己管理できる人ばかりか、というと、まったくそんなわけではなく、むしろ、その逆だからです。

もし、
「世の中、自己制御、自己管理できる人ばかり」
であれば、世の中の人全員、東大に合格しているはずですし、ゴルフをやればパープレーで回れますし、ボーリングでも12回連続ストライクを出して300点満点取れるはずです。

東大に合格することや、ゴルフでパープレーで回ることや、ボーリングで300点を取ることが難事とされ、こういう課題を達成すると世間から評価されるという事実は、
「自己制御と自己管理程度のことであっても、平均的な人間にとっては、非常な困難である」
ということを示唆しています。

すなわち、世の中、
「自己制御も自己管理もできない人」
が圧倒的多数です。

自己制御課題といっても、
「がんばって自己を制御し、自己を管理できさえすれば、達成でき、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかが理解でき、合理的努力によって達成の可能性が高まることを明確に実感できる」
というだけであり、実際は、世の中のほぼ100%の方々が、自己制御も自己管理も出来ないので、設定される課題にもよりますが、大半は達成が困難なことが多いです。

ただ、
「がんばって自己を制御し、自己を管理できさえすれば、達成でき、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかが理解でき、合理的努力によって達成の可能性が高まることを明確に実感できる」
だけ、まだ、ましです。

自分の努力で何とかなるわけですから。

東大だの司法試験だのといっても、自分だけで解決できる課題なので、人によっては
「たいしたこと」
のうちに入らない、という場合もあります。

ところが、(これも課題によりますが)
「他者制御課題」
となると、
「達成の蓋然性」
がまったく期待ないし想定困難となります。

というより、
「自分のことすら満足に制御・管理できない人間」

「同じく、自分のことすら満足に制御・管理できない他者」
を制御し、管理するという営みなのですから、
「達成できるかどうか不明で、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかも理解できず、合理的努力をしても達成の可能性が高まることを明確に実感できるわけではない」
という課題です。

こうなると、運任せにするほかなく、何かをがんばるというより、祈るほかなく、課題達成を描くことは
「妄想」
に近いものとなります。

「ある有名アイドルと結婚したい」
という課題を設定したとします。

この課題は、当該アイドルをこちらに振り向かせ、結婚に同意させる、という
「他者制御課題」
を意味しますが、これは何か対処行動を構築できるような課題ではなく、
「妄想」
に近いものになります。

特に、
「働きかけるべき相手に損害や負荷を被らせるような他者制御課題」
となると、
「達成の蓋然性」
が絶望的に想定困難です。

もちろん、刃物や拳銃や脅迫の言辞を使って意思を制圧すれば、
「他者制御課題」
も可能となりますが、これは犯罪であり、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
をこのような方法で解決していると、
「反社会的勢力」
と呼ばれ、社会から排除されます。

「他者を自由に制御できる能力」
などという能力を有してる人間(おそらく詐欺師とか犯罪者とか偉大な宗教家とか歴史に残るメディアクリエイターとか営業の神様と呼ばれるような属性の方であろう、と推測されます)もいるかもしれませんが、そういう希少で価値ある能力を有している方は、巨万の富を得ているでしょう。

そういう方は、成功者にせよ、犯罪者にせよ、世間を騒がせ、歴史に名を残すレベルのマイノリティであり、見つけるのは大変ですし、見つかっても動員するのに莫大なコストがかかります。

一般的な社会的課題の対処方法構築として、そういう
「稀有な天才」
を発見し、動員する、という方法論は無理があります。

法律実務的課題・争訟対処課題については、どうでしょうか。

「相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できれば、次に、スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題」
を発見、整理するプロセスにおいて、
「当該課題は自己制御課題か他者制御課題か」
という点に分けていくことが非常に重要となります。

そして、
「他者制御課題」
は、極力
「自己制御課題」
に還元・転換・再定義していき、
「他者制御課題」
がなるべく少なくなるように課題設計・課題整理していくことが重要となります。

この
「他者制御課題」

「自己制御課題」
に還元・転換・再定義する知的営みは、課題解決を行う上で極めて貴重なスキルとなります。

先程の例でいえば、
「30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメンと結婚したい」
という課題は、
「他者制御課題」
であり、これを他者制御課題のままにしておけば、単なる
「妄想」「夢物語」
で終わります。

しかし、これを
「自己制御課題」
に還元・転換・再定義すると、その実現可能性がみえてきます。

単なる
「妄想」「夢物語」
と、
「自己努力を投入することにより解決可能な課題」
とでは、天と地ほど異なります。具体的に申し上げますと、
・「30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメン(以下、「ターゲット」といいます)」は本当に存在するのか? 存在するとして、どこのあたり、どのようにして存在するのか?
・「ターゲット」がいるとして、それは、どんな生態、嗜好、価値観、哲学、嗜好、恋愛観、結婚観をもっているのか?
・「ターゲットの生態、嗜好、価値観、哲学、嗜好、恋愛観、結婚観」を前提とすると、「ターゲット」は、どんなスペックの女性と結婚したい、と指向するのか?
・仮に、その「所要スペック」が、身長○○センチ、体重○○キロ未満、体脂肪率○%、ウエスト○センチ以下、年齢○歳以下、・・・・・と判明した場合、当該「所要スペック」を「自己制御課題」として再定義すると、自助努力で何とかなるかものか、不可能(例えば年齢要件などでスペック未達)か?
・ 「所要スペック」到達を「自己制御課題」として再定義して、自助努力で何とかなるとして、 どのような努力をどれだけ投入すれば、何時ごろ「自己制御課題」が達成できるのか?
・・・と、思考展開をしていくと、いつの間にか、
「妄想」「夢物語」
が自己制御・自己管理により達成・到達・解決可能な
「自己制御課題」
となっていることがおわかりいただけると存じます。

このことは、法律実務的課題・争訟対処課題でも同様です。

例えば、
「裁判官に、特定の契約が成立していたことを認めさせる」
という
「他者制御課題」
を課題として定義ないし設定しただけで放置すると、
「妄想」「夢物語」「運任せの出たとこ勝負のギャンブル」
で終わってしまいます。

また、どうしても課題達成しようとすると、 テレパシーや催眠術を用いない限り、不可能です。

他方で、上記
「他者制御課題」
を、
「裁判官をして、特定の契約が成立を認めざるを得ないような、訴訟資料における環境を整備する」
という形で
「自己制御課題」
に転換・再定義すると、この課題は、自己制御・自己管理・自助努力で何とか対処し得る課題となります。

すなわち、
「裁判官をして、特定の契約が成立を認めざるを得ないような、訴訟資料における環境」
とはどのようなものか、
という点を論理や先行事例や経験則を踏まえて整理していき、当該
「環境」構築
を、
「自己制御課題」
として対応処理していけば、運任せでもなく、
「テレパシー・催眠術といった非科学的な方法」
を持ち出すまでもない、
「純粋な事務タスク(事務の設計・構築・運用等のタスク)」
として、合理的な資源投入によって達成することが可能となります。

以上のとおり、「相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できた後、次に、『スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題』
を発見・設定・定義し、当該課題が複数にわたる場合は優劣・先後等について相互の関係や関連性を整理していく」というプロセスにおいて、
「他者制御課題(妄想・運任せ)」

「自己制御課題(制御可能課題)」
に変質・転換させつつ、
「達成蓋然性を想定しうる、社会上ないし社会生活上の課題」
として捉え、整理していくことが重要となります。

法律相談においては、このように、相談者と共有されたゴールに至る課題のうち、どこまでが
「自己制御・自己管理・自助努力によって達成可能な自己制御課題」
に転換・書換・再定義でき、最終的に、どのような課題が
「他者制御課題」

「運任せのギャンブル」
として残り、そのような
「ギャンブル」
を受容し得る精神的冗長性が相談者に期待できるか、という点を確認することになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01643_法律相談の技法9_初回法律相談(3)_課題の整理_展開予測とゴールデザイン

「相談者が(素人考えを前提に、主観的に)求めるゴール」
が把握され、
「相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム」
が認識されましたら、
「当該ゲームの環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」
を教示し、相談者を啓蒙します。

ここで、
「相談者が(素人考えを前提に、主観的に)求めるゴール」
と、
「ゲームの環境、ゲームのロジック、ゲームのルールを踏まえて、経験則に基づく現実的な展開予測に基づき設定される現実的なゴールデザイン」
とのギャップ(差分)を顕著にして、相談者との間で正しくチームビルディング(協働関係構築)ができるか、が議論されることになります。

例えば、相談者が、
相手方とこういう約束したことは間違いありません。絶対です。そして、相手方が、その約束に違反して、当方に損害を被らせたことも紛(まご)うことなき事実であり、真実です。神様はきちんとみてますし、真実は真実であり、絶対です。もちろん、証拠だの資料だの、そんなものはありません。だって、それまでは、お互い信頼しあっていましたから。強固な信頼関係にある者同士に、契約とか資料とかそんな無粋なものは必要あるわけないでしょ。そんなの当たり前じゃないですか。とにもかくにも、相手の契約違反は、明々白々で明らかで、神様だって、裁判官だって、見間違うことなんで500%ありません。ですから、損害賠償を請求して、相手に、きっちり落とし前つけてやってください
と強硬に主張し、以上のような状況を前提に、
「相談者が被った全損害の賠償を相手に支払わせる」
ということを
「相談者が(素人考えを前提に、主観的に)求めるゴール」
として設定していた、としましょう。

しかしながら、
法律実務の世界においては、以下のような、
「特殊なゲームの環境、ロジック及びルール 」
が形成さており、(素人の方がテレビドラマや映画や小説などを根拠に妄想として構築する)一般常識がまったく通用しません 。

すなわち、
「『相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム』の環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」
として、

1 言い分はあっても、証拠がない
→これを民事トラブル処理の実務の世界では「ウソ」といいます。
2 契約があっても、契約書はない
→相手が了解していない可能性があり、「妄想」と判断されます。
3 記憶があっても、記録がない
→この場合、当該記憶にかかる事実は「なかったもの(マボロシ)」と扱われます。江戸時代や中世ヨーロッパではいざしらず、現代では、マボロシでは裁判は戦えません。
4 裁判所や相手方に穏当で真っ当で健全な常識が通用しない
→法律は常識に介入しません。といいますか、法は常に非常識な人間の味方です。また、日本の裁判所は、常に加害者にやさしく、被害者に過酷です。
5 「証拠ないから、資料がないから、というだけで、約束を否定し、約束違反をなかったことにして、責任を否定するなんて、あまりにも非常識で反社会的。法的責任云々の前に、社会的責任があるでしょ」という主張
→「社会的責任がある」「道義的責任がある」というフレーズを耳にすることがあるでしょう。裏を返せば、つまり「法的責任がない」という意味です。
6 社会正義に反する行いについては、出るとこ(裁判所)に出れば、明敏で正義を求める裁判官が成敗してくれるはず
→下品な独裁国家や中世封建社会でもない限り、先進的な法治国家においては、「社会正義」などという曖昧なもので、他者に法的責任を追及することなどおよそ不可能です。

といったものが厳然と存在しております。

相談者の直面した状況(相手方と何らかの約束をしたが、契約書も資料もない)に以上のような
「『相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム』の環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」
を当てはめて、合理的な展開予測を行ってみます。

そうしますと、
「相談者を取り巻く現状を前提にすると期待できる現実的なゴール」
としては、
期待可能な現実的ゴールデザイン1:
損害賠償の期待は絶無であるが、裁判を受ける権利が人権として保障されているので、訴訟を提起して、裁判沙汰にして、事態を大事にして、相手方に対して、『泣き寝入りはしない』というメッセージをミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化・大事(おおごと)化して、カタルシスを得る(鬱憤を晴らす)」
期待可能な現実的ゴールデザイン2:
「極めて乏しい期待としては、わずかながらの裁判官の同情(情緒面において同調)を得て、応訴とこれに伴う時間とコストと労力といった無駄な資源動員と機会損失を忌避したい相手方の忌避と嫌悪感に基づく一定の譲歩を得て、『責任原因を前提とする損害賠償』としてではなく、『見舞金』程度のファイトマネーを下賜賜る」
という程度のものしか出てきようがありません。

要するに、
「ボロ負けになるが、爪痕が残せるし、相手を訴訟に引きずり込み無駄な資源動員をさせることで、『裁判を受ける権利という保障された人権行使』の名の下に、合法的な嫌がらせが実行できて〔全く理由も根拠もなく、また主観面で最初から権利濫用意図があれば不当訴訟として逆に損害賠償請求を食らうので、この点は警戒すべきリスクになる〕、そのことで鬱憤を晴らせ、ケジメがつけられる(訴訟をやって、敗訴すれば、恥の上塗りになって、さらに、自尊心が傷つく、ということになるリスクもある。このあたりは感受性による)」
「試合としてはボロ負けですが、相手と裁判官の同情と憐憫から、雀の涙程度の見舞金をもらう程度」
というプロジェクトゴールを設定することになりますが、これを相談者が受け入れることができるか、という話になります。

この点で、相談者によっては、
・「相談者を取り巻く現状」について認識がおかしい、
・「『相談者を取り巻く現状を改善し、求めるゴールを達成するゲーム』の環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」がおかしい、
・展開予測がおかしい
・設定されたゴールがあまりにも不愉快であり容認しがたい
などと言い始め、ゴールデザインの点で相談者(要するに無知で未熟で未経験の素人ですが)と弁護士との間で共有が困難な事態が生じることがあります。

こういうときも、弁護士としては、無理せず、去る者は追わずで、相談者が離れるままにするべきです。

「放流」
すなわち、暗い見通しを忌避して相談を中断する依頼者を引き止めずに望み通りお帰りいただくことになります。

弁護士は医師と違って、応召義務を負いませんし、むしろ、ゴールデザインを共有しないまま、同床異夢で、クライアントに無駄で無価値な時間と費用と労力を費やさせることこそ善管注意義務に悖ります。

逆に、弁護士が、ゲームロジック、ゲームルール、実務的なゲーム相場観を前提に設定した現実的かつ合理的なゴールを相談者と共有されるのであれば、次のステップに進むことになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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