02139_仮運用中の決裁こそ、記録を残す―意思決定を見えるカタチに残せるかが、企業の分かれ道になる

会社のルールというのは、案外あいまいな時期があるものです。

特に、経営ルールの整備には、どうしても時間がかかります。

新しい組織が立ち上がるタイミングや、制度を切り替える局面では、どうしても
「仮運用」
の状態が生まれます。

要するに、ルールが整っていない間、現場では
「仮運用」
という言葉で日々の判断が下されることになります。

仮運用だからといって、やってよいことと、やってはいけないことがあります。

ある企業では、経営委員会が正式に動き出す前段階として、いくつかの決裁を
「仮運用」
で進めていく必要が出てきました。

新規事業の決裁、取引条件の変更や資産の処分、社外への発信に関すること、子会社への貸付といった場面で、現場からは、
「これは、社長代理の決裁でよいのか」
「今までどおりのやり方で流していいか」
こうした確認が、経営委員会、すなわち始動前の経営本部に入ってきました。

これらはすべて、たとえ仮運用中でも、あとから
「なぜその判断をしたのか?」
と問われる可能性のあるテーマです。

社長代理の決裁で進める場合でも、関係者がフォーマットに沿って内容を整理し、簡潔にまとめておくだけで、判断の質が変わってきます。

いわば、立ち止まって考える時間を一度つくること。

それが、結果として組織の意思決定の精度を上げていくのです。

貸付などの金額が大きい案件では、特に記録の重みが増してきます。

どんなに善意の判断であっても、根拠が示されていなければ、後から誰にも説明できません。

つまり、記録があることで、正当性が支えられるのです。

仮運用中は、ルールの完成を待つだけの時間はありません。

むしろ、この時期にどれだけ地道に記録を重ねられるかが、組織の成長に差をつけていきます。

たとえ仮であったとしても、
「決裁フォーマット」
とは単なる
「様式」
ではなく、後からの見直しや事後検証を可能にするための
「しくみ」
なのです。

言い換えると、
「決裁フォーマット」
に記入することは、ただの手続きではありません。

あとから見返したときに、
「なぜこの判断をしたのか」
「そのとき何が前提になっていたのか」
を確認できるようにするための、いわば足あとです。

仮運用の時期というのは、どうしてもルールが不明確で、判断が人に寄ってしまいがちです。

だからこそ、記録に残すという作業が大事になってきます。

しかも、これは誰かのためというよりも、自分たちの未来のための記録です。

あとから振り返ったとき、何も残っていなければ、
「その場のノリで決めたのでは」
と疑われかねません。

判断の背景を残すことで、時間がたったあとでも、その決裁が妥当だったかを振り返ることができるのです。

経営判断というのは、タイミングによっては、状況を乗り切るために、手段を選ばず、知恵と工夫を総動員して突破口を見つけなくてはならない局面もあります。

しかし、そういう場面でも、きちんとした記録が残っていれば、後からの検証に耐えられます。

逆に、
「なぜそうしたのか」
が記録されていなければ、判断そのものの正当性が揺らいでしまうのです。

特に、貸付や資産処分のように金額が大きく、会社全体の信用にもかかわる話では、なおさらです。

「仮運用だから、まあいいか」
ではなく、
「仮運用だからこそ、記録を残す」。

この意識の切り替えが、組織の透明性を保ち、後々の信頼にもつながっていくのです。

「決裁フォーマットを埋める」
たったそれだけのことが、未来の自分たちを守ることになります。

一見すると些細な作業に見えるかもしれませんが、こうした積み重ねが、いざというときに、組織の信頼や意思決定の正当性を支えてくれるのです。

実際、私は、このことを地道に実践してきた企業と、
「後でやればいい」
と軽んじた企業とでは、その後の結末に、明確な違いが出てきています。

法務の現場で、私は何度もその差を目の当たりにしてきました。

ルールがまだ曖昧な時期だからこそ、フォーマットを活用して、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化を進めていくことが重要なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02138_告発を避けることはできるのか─査察が終わった「その後」、会社としてできる対応とは?

査察が終わった――それは、緊張の連続だった現場対応がようやく一段落した瞬間かもしれません。

けれど、そこで本当に終わったわけではありません。

むしろ、そこから先に
「もうひとつの分岐点」
が待っています。

それが、
「告発されるかどうか」
の判断です。

これは、調査の結果をもとに国税側がまとめた資料を、検察と協議し、告発に値するかどうかを最終判断するプロセスに入ったことを意味します。

要するに、
「刑事事件として、起訴すべきかどうか」
が、検察とともに検討される段階です。

この段階で、会社側が何もしなければ、その判断は調査資料だけをもとに行われることになります。

しかし、この時点でも、会社としてできることはあるのです。

ちなみに、査察から告発までの大まかな流れは次のようになります。

(1)査察調査が終了する
(2)査察部門が調査報告書を作成
(3)その報告書をもとに、検察庁と協議(=勘案協議)
(4)告発すべきか否か、総合的に判断
(5)告発されれば、検察に送致され、起訴判断へ

1 査察が終わったあとも、会社にできる“手続き”がある

調査終了後、査察部門は検察庁と、調査資料をもとに
「勘案協議」(正式には「告発要否勘案協議会」)
を行い、告発すべきかどうかを検討します。

このとき、重要になるのが以下のような要素です。

(1)脱税額そのものの大きさ
(2)隠し方・手口の悪質性
(3)組織的な関与の有無
(4)反省・修正申告・納税の有無
(5)再発防止の対応状況

これらを総合的に見た上で、
「刑事事件として起訴に値するか」
が判断されます。

たとえば、国税庁が公表している査察の概要では、告発に至った案件と至らなかった案件を区別して以下の点に触れています。

・告発の決定に至った理由
・修正申告・納税の有無
・組織ぐるみか否か
・反省や協力の姿勢の有無
・悪質性・計画性の程度

要するに、査察を受けた経営者としては、
「もう終わったこと」
として何もしないのか、それとも何かをする(=何かを提出する)のかで、その後の道筋が変わってくることがあるのです。

2 会社として“伝えるべき事実”を届ける

この時点で、会社としてできる対応には、たとえば以下のようなものがあります。

(1)調査結果に対する見解書
(2)事実関係の補足説明書
(3)修正申告と追徴納税の完了報告
(4)社内体制の見直し・改善計画書

こうした書類は、査察部門・検察に対して、
「反省しているかどうか」
だけでなく、企業としての姿勢と対応能力があるかどうかを示す資料になります。

たとえば、ある事案では、期ずれ処理が意図的だったか否かが問題になりました。

そこで、会社側は
「なぜその処理を選んだのか」
「どういう経緯でその判断に至ったか」
「関与した人物の認識はどうだったか」
といった点を、
「文書化」
して提出しました。

結果的に、事実の評価が変わり、告発には至りませんでした。

重要なのは、後からでも説明できるようにすることです。

そしてそれは、企業法務の力の見せどころでもあります。

3 “悪意があった”と見られないためにできること

ここで注意したいのは、
「悪意はなかった」
と主張することが目的ではないということです。

そうではなく、以下のようなことを
「事実として説明する」
ことが大切なのです。

・当時の意思決定の経緯
・税理士や専門家のアドバイスの有無
・組織としての体制や、チェック機能の有無
・同様のミスが他にもあったかどうか
・その後の改善策の実行状況

実際、誤った処理であっても、
「なぜそうなったのか」
「どういう認識で、どんな代替案があり得たのか」
を丁寧に語れるかどうかで、計画的だったのか、それとも結果的な判断ミスだったのかの評価が変わることもあるのです。

これは、刑事責任を免れるための
「言い訳」
ではなく、
「企業としての意思決定過程」
をきちんと見えるようにする作業です。

ここでもまた、説明責任と
「文書化の力」
が問われる、ということなのです。

4 弁護士としてできること

査察終了後、企業側が
「自分たちの立場や判断経緯をどう伝えるか」
は、弁護士のサポートによって大きく変わります。

弁護士が関与することで、以下のような働きかけが可能になります。

・国税に対する意見書の提出
・事実関係
・法的評価に関する補足意見
・修正申告書の作成支援と納付手続の整備
・検察側に対する意見陳述(非公式折衝を含む)

重要なのは、企業がどれだけ冷静に、論理的に説明しようとしているかを、第三者の立場から伝えることです。

ここにおいては、企業単独では難しい
「法律的文脈での物語の再構成」
が求められます。

弁護士がその“媒介役”となることで、告発に至らない可能性を現実的に広げることができるのです。

5 “終わったあと”が、本当の説明のはじまり

査察が終わった瞬間から、企業としての説明が始まります。

そしてその説明が、刑事告発という重大な判断の一因になる可能性がある以上、企業としてできる限りの情報整理と、改善・再発防止の表明は現実的な選択肢であり、実務上、有効性が認められる対応のひとつです。

その後の判断に影響を与えうる材料として、積極的に準備しておく価値があります。

大切なのは、
「何もしないこと」
ではなく、
「相手の受け止め方まで、先を見越して、対応を設計すること」
です。

最後にものを言うのは、どれだけ
「説明しようとしたか」
という姿勢です。

上手に話せたかどうかではなく、日ごろから
「どう考え、どう整えてきたか」
が、そのまま表に出るだけなのです。

その備えができていたかどうかは、企業法務の積み重ねが語ります。

そして、忘れてはならないのが
「時間」
です。

査察後の局面は、冷静さとスピードの両方が問われる場面です。

だからこそ、日ごろから税理士や弁護士と対話できる環境を整えておくことも、企業にとっての重要な備えになるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02137_その日の朝に備えて─査察が始まった「当日」、現場でできる対応とは?

ある朝、出社してみると、玄関に複数の査察官が立っていました。

名刺を差し出しながら、手にした裁判所の令状を見せ、
「本日、査察に着手します」
と告げてきました。

・・・これは決してフィクションではなく、査察における
「現実の初日」
の光景です。

そしてその日、最初の30分の対応が、その後6か月にも及ぶ査察全体の印象と方向性を左右してしまうことがあります。

1 「その日」は、ある朝突然やってくる

査察は、税務調査とはまったく異なる枠組みの手続きです。

税務調査が行政上の任意調査であるのに対して、査察は、刑事告発を目的とした強制調査です。

(1)裁判所の発付した捜索差押許可状(令状)に基づき、
(2)強制的に会社や自宅に立ち入り、
(3)書類・帳簿・データをその場で押収します。

対象は、会社本体にとどまらず、社長個人の自宅、倉庫、取引先、自動車の中まで広がることもあります。

しかもその日は、事前の予兆も警告も一切ありません。

だからこそ、これは単なる税務調査ではなく、
「刑事事件の入り口」
であることを意識して動く必要があるのです。

2 現場でまず大切なのは「落ち着くこと」

突然の事態にパニックになるのは当然です。

けれど、そのとき最も大切なのは、
「しない」
ことです。

(1)査察官に詰め寄らない
(2)社員や経理担当者を問い詰めない
(3)その場の思いつきで説明を加えたり、その場しのぎの言い訳を口にしない

ある事案では、社長がその場で
「これはうちの税理士のミスで・・・」
と語ったひとことが、のちに
「税理士に責任転嫁している」
という文脈で記録されてしまいました。

その場で口にしたことは、後から
「会社の公式見解」
として扱われる可能性があります。

3 その場でやりとりする「言葉」は、のちの証拠になる

査察では、口頭での発言も、後日
「供述調書」
として記録に残ることがあります。

たとえば、ある会社の経理担当者が、対応中にこう口にしました。

「処理の根拠は正直よく分かっていません。わたしは、ただ、上司から指示されたことをしていただけです」

この一言が、後日、調査官の事情聴取メモでは次のように再構成されて記載されていました。

「正当な根拠に基づかない処理を、社内で常態的に行っていた」
「会社として処理の正当性を確認しない体制だった」

本人にそのつもりがなかったとしても、発言は
「組織全体の姿勢」
として読み取られてしまうことがあるのです。

要するに、発言は“都合よく”再構成されるのが実務の現場であり、
「その場の発言」=「のちの証拠」
になる可能性があるのです。

4 “何も言わない”という選択肢

これは刑事手続である以上、会社や関係者にも
「沈黙の権利」
が保障されています。

質問に対して、無理に答える必要はありません。

・「現在、確認中のため即答できません」
・「法的助言を受けた上でお答えします」

こうした対応は、
「逃げ」
ではありません。

むしろ、事実誤認を避け、誠実に対応するための冷静な判断です。

「言ってはいけないこと」
よりも、
「言わなくて済むこと」
を知っておくことの方が重要です。

5 提出資料・メモ・コピー対応の考え方

査察では、物的証拠が押収の対象になります。

パソコン、USB、帳簿、手帳、契約書、領収書等。

このときに重要になるのが、
「何を出したのか」
「どこから出てきたのか」
を正確に記録することです。

ある事案では、保管場所を指示した担当者の発言から、
「当該帳簿の存在を十分認識していた」
という形で会社の“認識”が構成されたこともありました。

だからこそ、
(1)控えのコピーの有無
(2)提出書類のリスト化
(3)提出時に付記した注意書きの記録
といった
「持ち出しの履歴管理」
が、のちの自己防衛につながるのです。

6 企業法務の視点からみた「査察中の初動体制」

このような場面では、企業としての危機対応の体制が試されます。

(1)誰が現場対応の指揮をとるのか
(2)弁護士と連絡をとる責任者は誰か
(3)社内の記録保管状況は誰が把握しているか

こうした体制が整っていないと、その場しのぎの対応になり、かえって疑念を呼ぶ結果になります。

実際、ある案件では、初日の対応に混乱があったことで、
「社内での見解が統一されておらず、情報を意図的に隠している可能性がある」
と調査官側に受け取られたケースがありました。

査察や税務調査においては、調査官は以下のような点を重要な評価指標とします。

(1)現場対応時の社内の受け答えが一貫しているか
(2)役職者・経理担当者・現場担当の言うことが噛み合っているか
(3)同じ資料の説明が、人によって違わないか

これらがバラバラだった場合、次のように評価されることがあります。

(1)「社内での認識が統一されておらず、虚偽や隠ぺいの可能性がある」
(2)「組織としての管理体制に問題がある」
(3)「説明内容に整合性がなく、重要事項を隠している可能性が否定できない」

だからこそ、日ごろ積み重ねてきた企業法務の備え(対応チーム・書類の所在・応対マニュアル等)が、査察初日の数時間で、まるごと“見えてしまう”のです。

7 まとめ:沈黙か、反応か。その選択が意味を持つ

査察の現場では、すべてが
「のちの証拠」
になります。

(1)発言内容
(2)発言のタイミング
(3)書類の出し方
(4)メモの取り方
(5)その場の沈黙
までもがすべて、
「会社としての意図を示すもの」
として評価されてしまうのです。

だからこそ、
(1)反射的に答えない
(2)言い訳しない
(3)慌てて否定しない

「その場しのぎで話す前に、まず、黙る」
のです。

要するに、無理に語らない・・・その冷静な初動こそが、のちに
「説明できる会社」
だったかどうか、評価される分かれ目になるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02136_査察はある日いきなり始まる─その前に、経営者にできる備えとは?

「査察は、突然やってくる」
これは決して比喩ではなく、実務上の事実です。

ある朝、会社に出社してみたら、玄関に複数の査察官がずらりと並び、調査開始を宣告される・・・そんな“非日常”が、現実のものとして起こり得るのが査察です。

税務調査と違って、事前通知や日程調整は一切ありません。

なぜなら、査察は、
「証拠を押さえるための刑事手続」
の一環だからです。

査察官にとっては、その場で“証拠品”を持ち出せるかどうかが勝負になります。

だからこそ、査察を受ける側としての備えは
「その日」
が来る前にしかできません。

では、査察を受ける側として、経営者は、どんなことを意識し、どこまで備えておけばいいのでしょうか。

1 日常業務の中に、査察対応の「土台」がある

査察に備えると聞くと、何か特別な対策を講じなければ・・・と思われるかもしれません。

しかし、実際には、備えの大部分は日々の業務の中にすでに組み込めるものです。

たとえば、

(1)税理士との相談内容をメモに残しておく
(2)グレーな判断をした経緯や社内のやり取りを、誰が見ても分かるように記録する
(3)売上・経費処理の「合理的理由」を、誰が説明しても同じ内容になるよう整えておく

こうした積み重ねが、いざというときに
「説明できる会社」

「意図的に何かを隠している会社」
かどうかを分けるのです。

2 “ストーリー”を語れるようにしておく

査察で問われるのは、金額の多寡だけではありません。

重視されるのは、処理の背景に
「悪意」
があったのかどうかです。

実際の事例でも、売上の計上タイミングが月をまたいだことで、
「これは操作された数字ではないか」
と査察官が疑念を抱き、その後の調査全体が
「ズラした証拠探し」
に傾いていったことがありました。

その会社では、請求書を郵送する担当者が引継をしないまま急に退職したことで不在期間ができ、実際の発送が年度をまたいでずれてしまいました。

売上の発生自体は何も変わっていません。

しかし、対応した社長が事情をうまく説明できなかったことで、調査官の中で
「これは隠していたに違いない」
という印象が強まり、他の処理や帳簿のミスまで、すべて“意図的”と解釈されてしまったのです。

このように、ほんの少しの事実のズレでも、それが説明されなければ、“悪意の物語”の中に組み込まれてしまう・・・。

まさに、そういう場面を何度も見てきました。

だからこそ、前もって
「説明の言葉」
を準備しておくのです。

まさに、
「事実をストーリーとして語れるようにすることが、最も実効的な備え」
になるのです。

3 経営者自身が知っておくべき“判断の軌跡”

ある会社では、売上の一部が集計漏れになっていたことを理由に査察が入りました。

現場の経理担当者は
「慣例的な処理だった」
「前任者のやり方を踏襲した」
と言っていましたが、最終的に署名していたのは社長でした。

査察官の関心は、すぐに
「社長がこの処理をどう理解していたか」
に移ります。

「知らなかった」
と言えば、
「では、なぜ社長が印を押したのか?」
という話になりますし、
「知っていた」
と言えば、
「ならば、意図的な処理だったのでは?」
という疑いがかかる・・・。

結局、社長が何も語らないままでいたことが、
「自覚していたが隠した」
ように見えてしまい、疑いを深める結果になりました。

このような事例は、何も特別なことではありません。

たとえば、グレーな処理をした場合、
「そこは税理士に任せていました」
では通用しません。

しかし、査察の場では、最終判断をした経営者がどう認識していたかが問われます。

重要なのは、
(1)なぜそう判断したのか
(2)他にどんな選択肢があったのか
(3)いつ、誰から、どういう説明を受けて、それを選んだのか
といった、
「“経営判断の軌跡”を言葉にできること」
です。

査察が入ったあとに慌てて思い出そうとしても、記憶はあいまいになり、後手に回ってしまいます。

だからこそ、経営者として判断を下したときに、何を根拠に選んだのか、そのときに
「言葉にして記録しておく」
ことが鍵になります。

4 企業法務としての“説明責任”の整え方

ここまでお話ししてきたことは、税務対応であると同時に、まさに企業法務そのものです。

(1)会社の意思決定を、記録として残す
(2)曖昧さのある処理は、経緯・理由を明示できるようにしておく
(3)いざというときに、社内で誰が対応するかが決まっている

このような体制を整えることは、税務リスクへの備えにとどまらず、社内統制・法的リスク管理の基盤になります。

つまり、査察に備えるとは、日常業務を企業法務的視点で“整理し直す”ことにほかならないのです。

5 誤解を防ぐための“予防線”を張っておく

下着を1枚だけ盗んだ人が、近所の連続下着泥棒の犯人に仕立て上げられるようなことが、実際に起こり得ます。

「やったのは1枚だけ。それ以外は絶対にやっていない」
と、最初から言っていればまだ下着泥棒として扱われるだけだったのに、黙っていたことで、
「あれもこれも、やったに違いない」
と広がっていき、気づけば、連続下着泥棒の犯人になり、余罪まで追及される・・・。

・査察の場面でも同じです。
・帳簿の記載が微妙にずれていた。
・経理担当者の説明が曖昧だった。
・社内のメールに不自然な表現があった。

どれも単体ではたいした問題ではなかったはずなのに、そういったものが積み重なると、連続的に“隠ぺいの兆候”として積み上げられ、
「意図的な隠ぺい」
と受け止められてしまい、“悪意ありき”の物語が立ち上がり、それに沿って調査が進んでしまうことがあるのです。

だからこそ、誤解されないように
「説明の材料」
を事前に整えておく。

それが、調査を受ける側の唯一の防御手段なのです。

6 まとめ:その日が来る前にこそ、できることがある

査察は、ある日突然やってきます。

けれど、備えは突然ではありません。

日々の業務の中に、
「もしものとき」
に効く準備を埋め込んでおくことができます。

それは、特別な対策ではなく、日常の業務を少し丁寧に、少し構造的に整えることにほかなりません。

経営者として、
「説明できる準備は、今のうちに整っているか」、
自身に問いかけてみるだけで、組織の見え方が変わってくるかもしれません。

それこそが、査察に対する最も実効的な“リスク管理”であり、企業法務の第一歩になるはずです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02135_税務調査の延長に“査察”がある?─それ、実はよくある誤解です

「税務調査で指摘されたんです。もしかして、このあと“マルサ”が来るんじゃないでしょうか。心配で心配で・・・」
企業の経営者や担当者の方と話していると、こうしたご相談をいただくことがあります。

いかにもありそうな流れに思えますが、これはよくある誤解のひとつです。

1 査察は、「税務調査の延長」ではない

「税務調査のあとに、査察(いわゆる“マルサ”)が来る」
という考え方は、実際の運用からすると、かなり異なります。

まず整理しておきたいのは、
「税務調査と査察は、制度としても性質としてもまったく別物」
だということです。

税務調査は、あくまで
「任意の行政調査」
です。

「この申告、ちょっと気になるな」
というレベルの疑問から始まり、帳簿や領収書を見せてもらいながら、申告の内容を確認していきます。

一方、査察は、
「強制調査」
です。

しかも、
「脱税の証拠を押さえるため」
に動く、
「刑事手続」
の一環です。

国税局の
「査察部門(いわゆるマルサ)」
が、裁判所の令状を取り、
「 完全に抜き打ちで調査に着手」
します。

2 運用上も「別ルート」で動いている

運用面でも、税務調査と査察は、それぞれ
「独立した情報収集」

「判断ルート
で動いています。

査察が行われる場合、その対象者に対して事前に税務調査が入ることは原則としてありません。

なぜかというと、事前に調査を入れてしまえば、調査対象者に
「怪しまれている」
という警戒心を与えてしまい、
「証拠隠滅や口裏合わせが行われるリスク」
が高まるからです。

査察の目的は、
「現場を押さえ、証拠を確保し、刑事告発につなげること」。

そのため、
「何の予兆もなく始まる」
ことが前提の調査なのです。

3 なぜ誤解が広がるのか?

この誤解が生まれやすい理由のひとつは、
「税務調査」

「査察」
の両方が
「税務の調査」
と一括りにされがちだからです。

また、テレビドラマなどで、
「税務調査で怪しまれた会社に、後日マルサが…」
という描写を目にすることもあります。

こうしたイメージが、現実の運用とは異なる印象を生んでしまっているのかもしれません。

4 査察は“いきなり始まる”もの

実務の現場では、査察はある日突然始まります

・・・その日の朝、会社の玄関先に複数の査察官が現れ、社内や関係先の調査が一斉に始まる。帳簿やデータが、次々と持ち出されていく・・・。

その流れの中で、
「2年分」
「3年分」
といった過去の処理までさかのぼって調査されることもあります。

もちろん、事前通知や日程調整などは一切ありません。

税務調査とは異なり、
「その日の対応が結果に直結する緊張感の高い場面
になるのです。

5 税務調査と査察は完全に無関係なのか?

補足しておくと、税務調査の結果が査察に影響を及ぼすことがまったくないわけではありません。

たとえば、悪質な虚偽説明や、繰り返される不正が調査で明らかになったようなケースでは、情報が査察部門に
「参考情報」
として提供されることもあります。

しかし、それはあくまで例外的なケースです。

原則として、査察は査察で独自に情報収集と判断を行い、告発を視野に入れて動く別枠の調査です。

(1)査察部は、国税当局の中でも「刑事告発を目的とした調査専門部隊」として機能している。
(2)情報収集は独自に行われるケースが大半であり、税務署や調査部門とは異なる「捜査的判断」に基づいて査察着手が決定される。
(3)したがって、通常の税務調査の“延長線上”ではなく、査察は“最初から刑事事件の予備的捜査”として動く独立ルートと位置づけられる。

実務上も、実務経験を持つ国税出身者や税理士は、以下のように説明しています。

(1)査察の端緒(出発点)は、査察部自身が集めた情報や通報等
(2)税務調査と重ならないよう、事前に調査が入っていないことを確認して動く
(3)目的は修正申告ではなく、刑事責任(告発)を前提に証拠を押さえること

6 査察は「税務の問題」であり、同時に「企業法務の問題」でもある

「税務調査」

「査察」
の違いを正しく理解することは、単に税務対応の一環にとどまりません。

実はこれは、企業法務の視点から見ても重要な論点です。

なぜなら、企業としての内部統制の有無、文書や会計記録の整備状況、意思決定の透明性が問われるからです。

つまり、査察とは、
「企業がどれだけきちんと説明できる体制をつくっているか」
が試される局面でもあるのです。

突発的な調査に対して、誰が対応するのか。

記録はどこにあり、どのように管理されているのか。

こうした初動対応も含めた日常の備えは、まさに企業法務の力によって支えられるものです。

7 誤解に振り回されず、備える

「税務調査で怪しまれたから、次は査察が来るのでは」
と不安になる方もいれば、
「税務調査で何もなかったから、もう大丈夫」
と安心してしまう方もいます。

けれど本当に大切なのは、事実に基づいて、自社の状況を冷静に把握すること。

そして、調査が入る・入らないにかかわらず、日ごろから整理し、説明できる体制を整えておくことです。

それこそが、経営者としてやるべき
「本当の予防法務」
だと考えます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02134_4000万円でも査察が入る?―査察は“額”だけを見ていない:経営者が知っておきたいリスクの正体

税務署の査察が入る―このひとことで、経営者に走る緊張感は、相当なものです。

しかも、調査の結果、告発・起訴されて有罪判決が確定すると、たとえ罰金刑であっても
「前科」
がつくことになります。

それは、経営者にとっては社会的な信用を一気に失いかねない、極めて重い結果を意味します。

では、どれほどの金額を脱税すれば、査察が動くのでしょうか。

実は、査察において告発された事案の脱税額は、毎年ほぼ1億2000万円〜1億3500万円。

告発されなかったケースでも平均は5300万円というデータがあります(*)。

そう聞くと、
「5000万円以下の金額なら対象にならないのでは」
と思う方もいるかもしれません。

しかし、必ずしもそうとは限りません。

実際、4000万円前後の所得隠しであっても査察が入るケースはあります。

動員人数や調査対象期間などから見ると規模は小さめかもしれませんが、それでも調査に着手しているという事実は、国税側が相応の準備と判断をもって動いている証拠です。

つまり、査察が動くかどうかは、単純な金額だけでは決まらないのです。

国税が重視しているのは、
「悪質性」
です。

たとえ脱税額が比較的小さくても、
「それがどういう意図で、どういう手段で、どんな背景で」
行われたのか。

そこに
「明確な悪意」

「意図的な隠蔽」
があったと判断されれば、告発の対象になり得ます。

そして、いったん告発された場合には、その後の対応によって結果が大きく変わる可能性があります。

査察対応においては、悪質性を否定するための説明が重要になります。

たとえば、
「うっかり処理を間違えた」
「法的な理解が甘かった」
「被害者的な立場だった」
「周囲に強く勧められて断れなかった」
といったストーリーを、具体的な事実に基づいて構築していくことが考えられます。

もちろん、それらは単なる言い訳として扱われてしまう可能性もあります。

だからこそ、言い方や出し方が問われるのです。

ここで重要になるのが、
「妄想」
に振り回されないことです。

実際の調査の現場では、いったん
「悪意がある」
というストーリーが立ち上がると、その印象がどんどん膨らみ、本人の意図を超えて解釈されてしまうことがあります。

これは、警察実務の話になりますが、たとえば、ある人物が、出来心で下着を1枚盗んだとします。

ところが、その地域で連続して発生していた下着泥棒の犯人像に“なんとなく”当てはまってしまうと、警察の側としては
「全部まとめて解決できるなら、それでよし」
と判断してしまうこともある。

その結果、やっていないことまで背負わされ、
「一連の犯人」
として扱われてしまう……という展開は、警察実務でも実際に見られることがあります。

だからこそ、
「盗んだのは1枚だけ。それ以外はやっていない。物理的にも不可能だ」
と、事実を最初の段階で大きな声で主張しておくことが極めて重要となります。

黙っていれば、あれもこれもと誤解され、話が大きく膨らんでしまうのは否めないのです。

そして、その構図は、査察の現場でも同じように起こり得ます。

一度広がった妄想は、それを打ち消すよりも、むしろ現実の方をそれに合わせてしまおうとする力を持っています。

ある法人に対する査察では、期末に計上された未収売上が
「操作された数字ではないか」
と指摘されたことがありました。

実際には、請求書の発送が月をまたいだだけで、売上の計上自体には問題はありませんでした。

しかし、調査官の中で
「これは意図的なズラしだ」
という印象が一度根付いてしまうと、その後の会話や資料の提出すべてが、すでに
「操作ありき」
の前提で進んでいくのです。

結果的に、帳簿のちょっとした記載ミスや、経理担当者の言い回しのあいまいさまでもが、
「隠している証拠」
として扱われかねない状況になりました。

事実を丁寧に説明し、タイミングのズレが意図的ではないことを立証していく作業は、非常に根気がいるものでした。

印象や思い込みが一度固まると、それをひっくり返すためには、事実以上の“物語”が必要になる・・・そう実感させられる場面でした。

査察対応の本質は、金額の多い少ないではありません。

問われるのは、
「悪意があったのかどうか」。

そして、それをどう伝えるのか、どう表現しきるのか。

まさにここで、
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」
の力が問われるのです。

本当に見られているのは、数字の裏にある――経営に対するスタンスや哲学なのかもしれません。

*【出典】国税庁「令和5年度 査察の概要」
https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2024/sasatsu/r05_sasatsu.pdf

*【参考資料】国税庁「平成24年度 査察白書(査察の概要)」
※PDF: https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2013/sasatsu/pdf/01.pdf(6ページに記載)

告発されなかった査察事案の平均脱税額は、同資料によれば約5300万円とされています。

※なお、この数値は現時点で国税庁が最新として公表しているものではなく、実務上の目安として用いられることがある参考値です。

※実務上は、査察における告発・非告発の線引きについて、個別事情や悪質性の有無による総合判断が行われるため、脱税額の多寡のみでは一概に語れません。記事中の数値は、過去の国税庁資料に基づく参考値としてご理解ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02133_感情ではなく事実を語れ―当事者が語ってはいけないこと

裁判というと、自分の思いのたけを語る場所だと思っている方は少なくありません。

「私はこんなに苦しんだ」
「相手は本当にひどいことをした」
「正義は自分にある」
そうした強い気持ちを、裁判官の前でしっかり伝えたい、というのは、ごく自然な感情です。

けれども、こと民事裁判においては、そうした
「思い」

「感情」
を正面からぶつけることは、かえって逆効果になることがあります。

民事裁判の世界で問われるのは、
「何を思ったか」
「どう感じたか」
ではなく、
「何があったのか」
という事実だけです。

そして、当事者が語るべきなのも、この
「事実」
に限られています。

汝(当事者)、事実を語れ。
我(裁判所)、法を適用せん。

この古代ローマの法格言が示すように、裁判の基本的な仕組みは、当事者が事実を整理して提示し、それに対して裁判所が法を適用して結論を出す、というものです。

言い換えれば、評価や解釈や法律論を当事者が語るのは、裁判官の役割を“侵す”ことになるのです。

たとえば、ある控訴審で、当事者による意見陳述の機会を求めて裁判所に一度相談してみたのですが、その答えは
「できればご遠慮ください」
でした。

つまり、それは、
「聞きたくない」
という意思表示です。

裁判官は、感情的な訴えや、素人による法律論、主観的な評価に対しては非常に慎重で、むしろ
「この当事者はコントロールできない」
と見なされる危険性さえあります。

特に担当裁判官が
「超エリート型」
「無駄や混乱を嫌う」
「整然とした審理を好む」
というプロファイルの場合、その傾向はより顕著になります。

当事者の思いが強ければ強いほど、その熱量をぶつけたくなりますが、それが裁判官にとっては“雑音”となってしまうのです。

たとえば、あなたがレストランのシェフだとして、繊細で食の細い美食家に料理を出す場面を想像してみてください。

そんな時、
「これは30年研究して作った最高の味です! 絶対にうまい! 食べて損はありません!」
と大声でまくし立てられたら、食欲が失せてしまうのではないでしょうか。

裁判官という“食の細い美食家”にとって、当事者の強すぎる主張は、まさにそのような圧になるのです。

では、当事者は何も語れないのか。

そうではありません。

大切なのは、感情や評価を語るのではなく、
「事実」
を丁寧に伝えることです。

「いつ、どこで、誰が、何をしたのか」
「何が起きて、何を見たのか」
これらは、裁判所が知りたい情報ですし、当事者からしか出てこない貴重な材料です。

さらにいえば、裁判所が歓迎するのは、
「世の中の仕組み」

「業界の慣習」
など、事実に準じた背景情報です。

これらは評価や感情ではなく、客観的な理解を助ける材料として有効です。

たとえば、
「この業界ではこういうやり取りが一般的です」
といった説明は、裁判所にとって重要な判断材料になります。

つまり、裁判官が知りたいのは、
「何が正しいか」
ではなく、
「何が起きたのか」。

そして、
「それを支える証拠があるのかどうか」。

ここに焦点を合わせて、必要な情報を、無理のない形で提供する。

それこそが、当事者に求められる最大の貢献です。

私たち弁護士は、そうした裁判の仕組みと裁判官の嗜好をふまえて、当事者の思いをどうやって伝えるかを設計しています。

自由記述として別添したり、
「補足資料」
として背景をそっと添えたり。

メインディッシュではなく、あくまで“別皿”として、食の細い美食家が
「食べられそうならどうぞ」
と手に取れるように工夫するのです。

裁判という場は、正義を訴える劇場ではありません。

事実だけを、必要な順番で、適切な形で提示する、極めて理性的で冷静な舞台です。

当事者にとってはもどかしいかもしれませんが、
「語るべきは感情ではなく事実。評価ではなく出来事。正しさではなく、証拠」

それが、民事裁判を有利に進めるための、もっとも重要な
「語り方」
なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00132_投資案件は法務DDの前に決まる ― 鍵は、チーム編成と専門家の営業力

資金調達の現場に入ると、つくづく感じることがあります。

どんなに緻密な準備をしても、案件は予定通りには進まないものです。

特に投資家との交渉では、最初の段取りを誤れば、その後は何をやってもズルズルと不利な展開に追い込まれていきます。

どれだけ立派なレポートを書いても、どれだけ法務リスクを正確に並べても、それだけで投資家の財布が開くことはありません。

名の通った法律事務所であろうと、結局のところ、資金を引っ張れるかどうかは営業力があるかどうかにかかっているのです。

営業のできない専門家は、残念ながら、ただのコストセンターに過ぎません。

今回相談が持ち込まれた投資案件も、まさにその典型でした。

コンサルタント会社が当初依頼した法律事務所は、知識も経験もそれなりにあったのでしょう。

しかし、投資家との距離を詰める力がありませんでした。

結果、
「無精卵を孵化させるような努力」
になってしまったのです。

どれだけ温めても、生まれる命はない。そういう話です。

本来であれば、事前の打ち合わせで投資家のストライクゾーンを共有し、予定調和の形で法務デューデリジェンス作業を進めるべきでした。

それを怠った結果、財務デューデリジェンスの提出時点で
「投資の可能性はゼロではないが、相当厳しい」
と言われる事態に追い込まれてしまったのです。

こういう場面になると、決まって
「でも、法務DDは進めないといけないですよね」
と言い出す人が出てきます。

ですが、それは違います。

法務DDは、あくまで刺身のツマです。

肝心の刺身、つまり投資が確実に注文される見込みが立たないのに、ツマだけを盛ってどうするのでしょう。

しかも、そのツマにおカネをかける意味など、どこにもありません。

このままでは、営業力のない専門家に財布を軽くされるだけです。

ここで必要なのは、軍資金を守るという判断です。

すべての戦に勝つことなどできません。

だからこそ、撤退するタイミングを見極め、次の一手に備えて力を残しておくことが大切なのです。

たしかに、元財務省出身や金融機関への人脈がある弁護士なら、話は変わります。

営業支援まで含めて動ける専門家なら、戦い方も変わってくるでしょう。

こういう人であれば、持てる知恵と人脈を総動員し、何としてでも投資家の決裁ラインに話を通してくれるはずです。

しかし、ここで忘れてはいけないのは、それもあくまで
「手段のひとつ」
でしかないということです。

法律事務所をすげ替えれば、この局面を打開できるのか。

たとえ営業力のある弁護士に依頼しなおしたとしても、当然カネはかかります。

場合によっては、今の法律事務所に支払う金額と大差がない、ということにもなりかねません。

だからこそ、大事なのは
「誰に頼むか」
ではなく、
「限られた軍資金をどう使い、どう守るか」
という視点です。

目先の専門家選びに気を取られるあまり、資金を食い潰してしまっては元も子もありません。

今、できることは明確です。

いますぐ法務DDを止め、次の展開に備えること。

軍資金さえ守っておけば、この戦いはまだ終わりではありません。

チャンスは、必ずやってきます。

資金調達の現場は、理屈ではなく、生き残った者が勝つ世界です。

だからこそ、
「営業のできない専門家は、ただのコストセンター」
だと、はっきり線を引く覚悟が必要なのです。

さて、次の一手をどう打つか。

ここからが本当の勝負になります。

これは、現時点でのコメントにすぎません。

一日たち、一週間たてば、状況はガラリと変わります。

投資案件は、おカネとの勝負でありつつ、時間との勝負でもあるのです。

だからこそ、一番最初にチーム編成に時間をかけるのは、言うまでもない、ということなのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02131_ビジネスの現場で「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」を徹底させるには理由がある

ビジネスの現場では、スピードが求められるあまり、つい口頭のやり取りだけで物事を進めてしまうことがあります。

特に、投資案件や法務デューデリジェンスのように、複数の専門家や海外関係者が関わるプロジェクトでは、最初に決めたルールや役割が、途中で曖昧になってしまうことが少なくありません。

実際、あるコンサルタント会社の投資案件の現場でも、こうした典型的な問題が起こりました。

最初は、外部の法律事務所とコンサルタント会社の間で、作業範囲や予算について、きちんと書面で確認されていました。

しかし、途中でクライアント会社から予算の大幅な見直しが入り、口頭でのやり取りのまま作業が続けられるようになってしまったのです。

その結果、誰がどこまで責任を持つのかが曖昧になり、受注したコンサルタント会社としては、損失が発生しかねない状況に追い込まれました。

さらに、この案件には海外、特に米国の法律事務所も関わっていました。

米国側とは契約書のドラフトまでは交わされていたものの、正式な契約書は締結されないまま、時間だけが過ぎていきました。

国内の感覚で物事を進めてしまうと、こうした海外とのやり取りでは、大きなリスクにつながります。

相手の感覚や常識がまったく違うからです。

そして、この案件では、もう1つ、大きな問題がありました。

当初依頼していた法律事務所が、十分な成果を出さないまま、ただ毎月の顧問料を請求し続けるという、残念な状況に陥っていたのです。

タイムチャージだけが積み上がる一方で、肝心の成果物は一向に見えてきません。

それなのに、依頼した法律事務所に問い合わせると、作業は順調で、3/4まで進んでいるというのです。

コンサルタント会社としては、途中でこの法律事務所を切ってしまいたい、という気持ちになるのも無理はありませんでした。

しかし、ここまで時間が進んだ段階で、別の法律事務所へ切り替えるとなれば、スイッチングコストがかかるだけでなく、これまでの作業を一からやり直すことになりかねません。

そうなれば、さらに大きな損失につながるリスクが現実のものとなります。

最終的には、苦しい判断ではありましたが、当初依頼していた法律事務所にそのまま続行させる決断に至りました。

これは、被害を最小限に抑えるための選択であり、本来の理想的な進め方ではありません。

ビジネスの現場で一番怖いのは、
「わかっているはず」
「話したはず」
という思い込みです。

契約関係は、時間が経過し、状況が変わると、いくらでも
「言った・言わない」
の問題に発展します。

特に、関係者が複数いる場合は、そのリスクがさらに高まります。

だからこそ、どんなに信頼している相手であっても、最初の段階で必ず
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」
しておかなければなりません。

・どこまでが誰の仕事なのか
・いくらまでなら支払うのか
・成果物の基準は何か
・途中で方針が変わったらどうするのか

こうした基本事項を、相手と自分の認識がずれていないか確認し、すべて明確に書面で残しておく。

これこそが、万が一トラブルになったときに冷静に対処する力となり、いざという時、自分を守る唯一の手立てになるのです。

また、ビジネスの世界では、最終的な結果だけでなく、そのプロセスすべてが問われます。

途中で状況が変わるのは当たり前のことだからこそ、都度、契約内容や取り決めを見直し、必要があれば修正しながら進めることが大切です。

今回は、コンサルタント会社からの相談でしたが、あらためて痛感するのは、予算やスコープの見直しがあった時点で、改めて契約書を締結し直しておくべきだった、ということです。

海外との契約も、正式な書面での締結をせずに進めるのは、非常に危険な行為です。

契約書は、仕事を進める上での障害ではありません。

契約書作成に時間がかかることより、状況が変わったにもかかわらず契約内容や取り決めを見直さず、時間だけ徒過してしまうほうが、よほど厳しい――言わずもがな、です。

契約書は、トラブルを未然に防ぎ、関係者全員が安心して取り組むための大切な道具です。

特に投資案件のように、最後に投資家の厳しいチェックが入るプロジェクトでは、途中のやり取りがすべて後から問題視される可能性があります。

契約さえしっかりしていれば、その後の対応も冷静かつスムーズに進めることができます。

ビジネスの現場では、
「急ぐから」
「相手はわかってくれているはずだから」
といった理由で、書面を後回しにしがちです。

しかし、こうした判断こそが、後の大きな損失につながります。

ビジネスは、信頼だけでは守れません。

どれだけ信頼している相手であっても、契約はきちんと文書に残す。

これが、リスクを最小限に抑える最も確実な方法です。

私たち弁護士は、依頼者の利益を守るために、常にこの視点で案件を見ています。

どんな案件でも、まずは
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」
から始める。

この基本さえ守られていれば、たとえ途中で問題が起きても、必ず道は開けます。

ビジネスを安全に、そして確実に成功へ導くための、何より大切な一歩です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02130_裁判所の「時間との闘い」と、弁護士が選んだ90秒の戦略

裁判所という場所は、想像以上に時間との闘いの真っ只中にあります。

どの法廷でも、朝から晩まで事件がびっしりと詰め込まれており、1件あたりに割り当てられる時間は本当にわずかです。

たとえば、ある民事事件の弁論期日では、午前10時から10分刻みで事件が組まれていくことも珍しくありません。

10時00分、10時10分、10時20分と続き、答弁確認や進行協議のような簡単な内容の期日では、1コマの時間枠に2つの事件が並ぶこともあります。

実際、現場では
「1日20件以上」
をさばくこともあり、少しでも時間が押せば、後ろのスケジュールがたちまち崩れてしまうのです。

今回の事件でも、限られた時間の中で、どうすれば依頼者の思いを裁判官に伝えることができるのか、弁護士チームで何度も検討しました。

そこで出した結論は、
「依頼者本人が、自分の言葉で直接伝える」
という戦略でした。

書面や代理人の説明だけでは伝えきれない想いがあると判断したのです。

とはいえ、ここで最大の壁になるのが
「時間」
です。

裁判所にとって一番の不安は、
「発言を認めたはいいが、話が長引いて予定が崩れるのではないか」
という点です。

実際、担当書記官を通じて裁判長に打診したところ、
「当日はかなり時間が詰まっている」
「裁判長の一存では決められず、陪席裁判官と相談してから判断する」
という返答がありました。

つまり、
「許可は難しいかもしれない」
というニュアンスだったのです。

ここからが、まさに弁護士のウデの見せ所です。

依頼者の思いをどう届けるか・・・。

伝え方やタイミングを細かく練り直し、あらゆる可能性を検討したうえで、状況を見極め、最も効果的な方法を慎重に選びました。

こちらも時間との勝負です。

期日は明日の午後2時です。

あと24時間もありません。

すぐに上申書を作成し、その中で、
「90秒以内に話を終えます」
「短く、要点だけをお話しします」
「話す内容も、事前に具体的にお示しします」
と伝えました。

さらに、裁判所や他の事件の進行を妨げないよう、発言は書面の骨子に沿って簡潔に行う工夫をし、指定された時間は厳守することも誓いました。

加えて、依頼者には
「90秒以内で話せるように」
しっかり練習をするよう伝えました。

「90秒以内で話します」
この一言が、裁判所にとって大きな安心材料になります。

裁判所の不安は、
「何を話すのか分からないまま、時間だけ取られてしまう」
ことだからです。

だからこそ、
「90秒で終える」
「内容はこれです」
と示すことで、裁判官も
「それなら認めてもいいかもしれない」
と思えるのです。

こうした場面では、具体的な内容を示してしまうことが大切です。

裁判官も人間です。

予定がぎゅうぎゅうに詰まった期日では、どうしても
「余計なことを言い出されたら困る」
と考えるものです。

だからこそ、
「これだけの話を、90秒で終わらせます」
と約束し、原案まで添えることで、裁判所の不安を取り除き、許可が得られる可能性を高めるのです。

裁判の現場では、
「時間」
は最大の武器にも、最大の敵にもなります。

だからこそ、弁護士は時間をコントロールしなければなりません。

依頼者の言いたいことを全てぶちまけるのではなく、
「依頼者のために、一番伝えるべきことを、限られた時間内にきちんと伝える」
工夫が必要なのです。

私たち弁護士は、裁判所を味方につけるためにも、ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化を徹底しなければなりません。

依頼者の大切な権利を守るためには、限られた時間の中で何をどう伝えるべきかを見極め、裁判所の最大の懸念である
「時間の問題」
を払拭する工夫が欠かせません。

それこそが、法廷という現場で、弁護士が果たすべき大切な役割のひとつだと、著者畑中は考えています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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