企業の経営者や法務担当者の皆さんであれば、誰もが一度は危機状況に直面した経験があるのではないでしょうか。
それは、法的な問題であったり、事業承継の複雑な局面であったり、あるいは不測の事態による突然の損失であったりするかもしれません。
そんな時、専門家へ相談にいらっしゃる皆さんの多くは、まさに
「藁にもすがる思い」
で助けを求めてこられます。
私たち弁護士は、そうした皆さんの窮地を救うべく、全力を尽くします。
休日返上、徹夜での対応も、決して珍しいことではありません。
一刻も早く、その危機から脱していただきたい。
その一心で、専門家としての知識と経験を総動員し、最善の解決策を提案します。
そして、ようやく一連の緊急対応が一段落し、皆さんが
「これで一件落着」
「危機は去った」
と、安堵の息を漏らす瞬間が訪れます。
まさに、嵐が過ぎ去り、ようやく穏やかな日差しが差し込んできたかのような感覚でしょう。
「安堵」が招く、もう一つの危機
しかし、ここで、私たちはしばしば耳にすることになる言葉があります。
「先生、おかげさまで、もう大丈夫です。これ以上、先生に煩わしい思いをさせる必要もありませんし、費用もこれ以上かけるのは馬鹿らしい。これまで本当にありがとうございました。ええ、もう十分です」
この言葉は、私たち弁護士にとっては、まるで冷水を浴びせられるような衝撃を伴います。
なぜならば、私たちプロの目から見れば、その問題は一時的な沈静化に過ぎず、根本的な解決には至っていないことがほとんどだからです。
まさに、熱が下がったからといって、病気が完治したと勘違いするようなもの。
あるいは、火事が消えたからといって、延焼を防ぐための防火対策を怠るようなものです。
にもかかわらず、このように言い放つ企業は、その後の具体的な対策や、新たなリスクへの備えを怠ります。
そして、数ヶ月も経たないうちに、同じ、いや、より複雑で深刻な問題が再燃し、再び専門家へ、以前よりも焦った顔で助けを求めてくるのです。
これは、安堵が招く、もう一つの危機と呼ぶものです。
「プロの助言」は、なぜ「耳の痛い話」になるのか?
では、なぜこのような事態が繰り返されるのでしょうか?
それは、危機状況において、弁護士の言葉を部分的にしか聞いていないからです。
緊急対応を要する局面では、目の前の火を消すことに全神経が集中します。
それは当然のことです。
しかし、弁護士が提供するのは、その場しのぎの消火活動だけではありません。
その根底にある法的なリスク、将来的に顕在化しうる隠れた問題、そして、二度と火種を生まないための恒久的な仕組みづくりまで、全体像として提示しているのです。
ところが、
「もう大丈夫」
という安堵感、あるいは
「これ以上費用をかけたくない」
というコスト意識から、経営者によっては、弁護士の言葉の中から、
「危機が去った」
という部分だけを都合よく聞き取り、その後の
「耳の痛い話」──例えば、再発防止策や潜在リスクへの備え、継続的な法務体制の強化といった助言
には、耳を傾けなくなってしまうのです。
ある製造業のケースです。
製品の欠陥が見つかり、緊急リコールが必要になりました。
弁護士は、迅速に法的な対応策を構築し、プレスリリース案を作成するなど、目先の危機を乗り越えるために奔走しました。
事態は沈静化し、会社も
「これで一安心です」
と、胸をなでおろしました。
しかし、弁護士は同時に、根本的な品質管理体制の見直しや、サプライチェーン全体のリスク評価、さらには同種の問題が将来的に発生しないための契約書の見直しまで提案していました。
ところが、会社側は
「緊急対応が終わったのだから、そこまでやらなくても良い。もう弁護士の力は必要ありません」
と、これらの提案を後回しにしただけでなく、いきなり、費用が高いと難癖をつけはじめました。
弁護士から見れば、その問題は
「一時的な休止」
に過ぎず、根本的な解決には至っていなかったからです。
それでも、彼らは耳を貸そうとしませんでした。
むしろ、
「くどい」
と言わんばかりに、弁護士を解任しました。
それは、弁護士のそれまでの尽力を踏みにじるような言動です。
まるで、危機の間だけは救命ボートにしがみつき、岸に着いた途端に、恩人を突き飛ばすような振る舞いです。
数ヶ月後、別の製品ラインで、同様の欠陥が発覚しました。
しかも、前回よりも広範囲にわたり、社会的な信用失墜は避けられない状況でした。
「先生、大変です! あの問題が再燃して、今、大変なことになっています。どうか、もう一度お力をお貸しください!」
経営者は再び弁護士に助けを求めてきました。
一度後回しにした対策は、その後の状況をより複雑にしていたのは言うまでもありません。
危機が去ったと勘違いし、一度は縁を切ったはずの相手に、再び頭を下げて助けを求める。
この滑稽な状況は、その経営者が
「信頼」
というものを、いかに軽んじていたかを如実に物語っています。
このような事例は枚挙にいとまがありません。
共通しているのは、プロの助言を都合よく解釈し、全体像を捉えなかった点、そして、
「信頼」
という極めて実務的な
「資産」
を軽んじていた点にあります。
弁護士の言葉を「ミエル化」する「3つの聞き方」
ビジネスにおける
「信頼」
は、単なる感情論ではありません。
それは、企業の存続を左右する、極めて実務的な
「資産」
なのです。
その資産が曖昧なままだと、いざという時に、まさかの事態があなたを襲います。
信頼は、空気のようなものです。
あるのが当たり前すぎて、その存在に気づかない。
しかし、それが一度なくなれば、呼吸すらできなくなります。
ビジネスの世界では、この
「信頼の空気」
を、意図的にミエル化し、カタチにしなければなりません。
危機状況における弁護士の話の聞き方として、以下の3つのポイントをお伝えしましょう。
(1)「緊急対応」と「恒久対策」を分けて聞く
弁護士が話す内容には、目の前の「緊急対応」と、将来を見据えた「恒久対策」の2つの側面があります。
緊急対応が終わった後も、恒久対策に関する話にこそ、真の価値があることを理解し、継続して耳を傾けることです。
(2)「安堵の言葉」に惑わされず「次のリスク」を尋ねる
危機が一段落しても、「これで本当に終わりですか?」「他に潜んでいるリスクはありませんか?」と、積極的に質問してください。
弁護士は、最もリスクをミエル化できる立場にいます。 その知見を最大限に引き出す努力をしてください。
(3)「費用」ではなく「投資」として捉え、「信頼」を「カタチ」にする
危機対応にかかる費用は、単なる出費ではありません。
それは、将来のより大きなリスクから会社を守るための投資です。
そして、弁護士との関係も、信頼という見えないものをカタチにしていくプロセスです。 曖昧な関係性では、いざという時に、会社を守るチームは機能しません。
契約書や取り決めをフォーマル化し、費用も明確にすることで、真の信頼関係が構築されていくのです。
真の「危機管理」とは、未来への「投資」である
「危機は去った」
という言葉に安堵し、プロの助言に耳を傾けなくなること。
それは、新たな危機を自ら招き入れるようなものです。
真の危機管理とは、目先の
「沈静化」
だけに囚われず、常に未来を見据え、潜在的なリスクをミエル化し、それに対する備えをカタチにしていくことに他なりません。
専門家を上手につかう経営者は、
「曖昧な関係」
では、前に進めないことを知っています。
言葉だけの
「感謝」
や、口約束だけの
「協力」
では、次の危機は乗り越えられないことを、知っています。
要するに、持続的な成長を遂げている企業は、専門家が提供する知恵と経験を最大限に活用することで、無用なトラブルを避け、不測の事態に動じることなく、確実に問題を解決しつつ
「強靭なビジネス」
を築き上げている、ということなのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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