002207_契約書のチェックの段取りと実務【シリーズコンテンツ#1~#15】

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02203_課題や問題の種類_QuestionとProblemとIssue_「問題」を正しく訳して、本質を捉える

QuestionとProblemとIssue。

いずれも、日本語では
「問題」
とか
「課題」
となりますが、それぞれ意味が違います。

“question” は、一義的に定義されうる答え(正解、模範解答)が想定される問題で、正解を要求される問題ないし課題です。

学生が要求される問題はたいていこれです。

知識や、解法を知っていれば、誰でも対応できます(解法については、その運用に一定の知的水準が必要となりますが)。

“problem” は、多くの場合、正解がなかったり、正解があるかどうかすらわからなかったり、定石が確立されていなかったり、トレードオフ課題だったりします。

正解はありませんが、最善解や現実解は想定できます。

そこでは、”solve”、すなわち、なんとかする、肉を切らせて骨を断つ、解決することが求められます。

“issue” は、問題や課題に関わる人間の思考や思惑や利害が様々で、こっちの問題を解決しようとすると、既得権益を持っているこちらの方々に権益を捨て去ってもらったり、我慢してもらわなければならない、というニュアンスが含まれる、さらに厄介な問題ないし課題です。

政治や企業活動では “social issues”(社会的課題)という使い方も一般的ですが、解決には非常に長い期間かかりますし、場合によっては永遠に解決できないかもしれない。問題や課題というより、
「向き合うべきテーマ」
を意味します。

ビジネスの現場で
「問題があります」
と言うとき、私たちは実に幅広い意味でこの言葉を使っています。

品質上の欠陥も、顧客対応上のトラブルも、あるいは新たな市場機会の模索も、すべて
「問題」
という一語に押し込めてしまう。

けれど、英語に翻訳してみると、その
「問題」
は必ずしも一つの単語には収まりません。

「question」は
前提やコンセンサスの確認、探求の出発点 、
「problem」は
一義的な対応方法は確立していないが、対処可能だし、対処すべきマイナスの現象、
「issue」は
できるかどうかすれわからないが、皆が意識すべき課題
という感じでしょうか。

日本語の
「問題」
という言葉は、この3つの概念をすべて呑み込んでしまうため、ビジネス上の議論ではしばしば混乱を生みます。

たとえば、ある会議で
「このプロジェクトには多くの問題がある」
と言ったとき、それは
「すぐさま解決すべき障害(problem)」
なのか、
「あまりに利害が錯綜していて、問題の構造分解から始めるレベルの中長期的な取り組み課題(issue)」
なのか、
「知識や前提の確認なのか(question)」
なのかによって、次に取るべき行動がまったく異なります。

“problem” であれば “solve(解決する、あるいは解決に向けた試行錯誤)” が必要です。

“issue” であれば “settle(落ち着かせる)” や “address(取り組む)” がふさわしい。

“question” であれば、まず “answer(答える)” ことが求められます。

この違いを意識せずに
「問題がある」
とだけ言ってしまうと、チーム全体が誤った方向に走り出すリスクがあります。

実際、 一義的な対応方法は確立していない、すなわち正解がなく、最善解や現実解に向けた試行錯誤が必要な対処課題(“problem”)であるにもかかわらず、一義的で確立した正解(“answer”)を探そうとすることで、議論は混乱します。

では、どうすれば正しく
「問題」
を捉えられるのでしょうか。

鍵は、まず
「言葉を分けて考える」
ことです。

会議の冒頭で、
「この件は problem ではなく、issue として整理したい」
と明言するだけで、議論の質は一段上がります。

「problem」

「原因を取り除く」アプローチが求められ、
「issue」は
「利害を調整する」アプローチが必要になる。

そして「question」は、
「答えを見つける」思考プロセスを設計しなければなりません。

日本の組織文化では、“問題解決(problem solving)”という言葉があまりにも強力に浸透しています。

そのため、あらゆる場面で
「とにかく解決を」
と叫びがちですが、実際には、すべてが
「解決可能な problem」
ではありません。

多くのビジネス課題は
「調整すべき issue」
であり、あるいは
「探求すべき question」
なのです。

むしろ、最初から“solve”しようと焦るより、“settle”できるところを落ち着かせ、“answer”を探しながら、“issue”として育てる方が、長期的には健全です。

「問題」という言葉に引きずられると、視野は狭くなります。

しかし
「これはまだ question だ」
と捉えれば、探求心が生まれる。

「これは issue だ」
と言えば、関係者との協調の糸口が見える。

「これは problem だ」
と明確に言えば、解決のための責任と期限を設定できる。

ビジネスの現場において重要なのは、単に語彙を知ることではなく、思考の枠組みを整理することです。

どのような種類の“問題”に直面しているのかを見極める力こそ、リーダーに必要な知性の一部です。

言葉を正しく選ぶことは、世界を正しく観ることです。

曖昧な
「問題意識」
から、具体的な
「課題設計」
へ。

そして、その先にあるのは、単なる
「解決」
ではなく、
「納得のいく落としどころ」

「新しい問い」
なのかもしれません。

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保護中: 02202_企業法務ケーススタディ:会社は潰すが名は残す「ステルス再生」_破産を回避し、“一部を守る”戦略

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02201_弁護士と「ハサミ」は使いよう_経営者のためのリスク管理三原則

想定外、では済まされない

想定外が起きたとき、人間の本性、そしてプロフェッショナルの本質が露わになるものです。

とくに、法務の現場ではそうです。

「想定していませんでした」
と口にした瞬間、その者がプロかどうか、正体がはっきりと見えてしまうのです。

ある企業に対して、監督当局から厳しい指導上の要求が突きつけられたときのことです。

顧問弁護士チームの対応に、社長は激怒しました。

彼らは、
「想定外です」
「具体的な影響はわかりません」
「でも、大事になると困るので、丸く収めた方がいいんじゃないですか。とにかく、無難なところで手を打ちましょう」
という言葉で、その場をごまかそうとしたのです。

しかしこれは、もはやお茶を濁すどころか、泥水を差し出したレベルの対応でした。

顧問弁護士チームは、
「状況把握も分析も評価もしていないけれど、なんとなくヤバそうだから、適当に対処して逃げよう」
という、プロの仮面をかぶった
「戦略的敗北主義」
そのものを晒したのです。

事なかれ主義などという生ぬるい言葉で片付けられることではありません。

彼らは、
「リスクの予見・構造化・定量化」
というプロの三原則を、あえて、積極的に放棄したのです。

その上で
「今回は従っておいた方がいいのでは」
とクライアントに逃げ道を提案する。

これは最悪の法務戦略であり、着手金をもらっての
「敗北宣言」
に他なりません。

社長の怒りは当然です。

要するに、彼らの対応は、もはや法務でも、リスク管理でも、プロフェッショナルでもなく、ただの
「やってる感」
の演出であり、カネのためにそれっぽく動いていただけなのです。

リスク管理の核心──3つのチェックポイント

経営者が弁護士チームを評価するとき、必ずチェックすべき視点があります。

それが、リスク管理に欠かせない
「3つの行動原則」
です。

(1)予測の目があるか──“想定できなかった”は失格

事が起きてから反応するのでは遅すぎます。

リスク管理において、最初の仕事は
「リスクの予兆を察知すること」。

事前にリスクを発見し、想定することができなければ、対応も戦略も始まりません。

「今回は想定外でした」
などと平然と言う者に、会社の命運を預けてはいけません。

プロには、予見の義務があるからです。

たとえるなら──
軍隊で歩哨が寝ていて、敵の接近を見落とし、いざ侵入されたあとで
「気づきませんでした」
と言い訳しているようなもの。

これは、下手をすれば銃殺されても文句の言えないレベルの懈怠です。

(2)脅威を構造化できるか──“怖い”だけでは戦えない

次に問うべきは、
「その不安、具体的にどう説明できますか?」
ということです。

相手が強い。
怖い。
動きが読めない。
──それ自体は構いません。

しかし、それを言いっぱなしで終わるなら、それはただの主観であり、思考の放棄です。

たとえば
「監督当局が怖い」
とだけ言って、その行動の根拠も範囲も整理せず、
「だから、従うしかない」
と言う。

これは、落語の
「饅頭怖い」
と同じです。

「とにかく大変なことになる」
と言いながら、何がどう大変なのかは説明できない。

法律のプロなら、相手方が取りうる手段を法的に分解し、その範囲や限界、手続き、発動条件を構造化するべきです。

それによって、リスクが
「戦えるカタチ」
になる。

形にならない恐怖とは戦えません。

ただの影と戦っているようなものです。

(3)リスクの定量化ができているか──“どのくらい”に答えられない者はプロではない

最後に、忘れてはならないのが、
「いくら失うのか」
「いくらかけるのか」
の算定です。

つまり、定量化と費用対効果(ROI)の判断。

「怖い」
「ヤバい」
と連呼しても、経営判断の材料にはなりません。

経営者が問うべきは、
「で、どのくらい損するのか?」
です。

それに答えられないなら、話になりません。

たとえば、
・行政当局が発動しうる措置(課徴金・業務停止命令など)を列挙し、その発動の蓋然性や発動手続きの難易度まで想定する。
・さらに、それが発生した場合の損失額を想定し、対策にかけるコストとのバランスを判断する。
──それがプロの仕事です。

医者でいえば、
「死ぬかもしれません」
とだけ言って、病名も治療法も告げないようなもの。

それはプロの態度ではありません。

「従うしかない」は、プロの敗北宣言

本ケースにおいて、弁護士チームのいちばん深刻な問題は、
「もう従うしかないんじゃないか」
という発言でした。

これは、事実上の敗北宣言です。

税務調査にたとえるなら、
「調査が怖いので、すべて言いなりになりましょう」
と言う税理士と同じです。

本当に頼れる税理士であれば、指摘事項を精査し、金額を見積もり、争うべき点は争い、リスクの全体像を見せてくれます。

法務のプロも同じ。

「怖いから従いましょう」
というのは、プロとして最悪の態度です。

弁護士はハサミ──使う者の責任を忘れるな

ここまで述べたように、プロのフリをして、実際は
「従っておけばいい」
「大事(おおごと)にしないように」
という逃げの姿勢しか取らない者は、もはや味方ではありません。

彼らが敬意を払っているのは、あなたの人格ではなく、あなたの財布です。

経営者にとって重要なのは、
「自分のために働く人間」

「金のために働く人間」
を見抜くことです。

弁護士はハサミのようなものです。

どれだけ立派でも、握って使わなければ切れません。

逆に、正しく使えば、相手の脅しも、官庁の要求もバッサリ斬れます。

孤独なリーダーを支える「感覚」を組織に根づかせよ

こうした“やってる感”だけの弁護士チームを前にしても、最終判断を下さねばならないのは、経営者であるあなただけです。

ただ、せめてその判断を支える味方が、社内にも必要です。

「この弁護士は戦えるか」
「この提案に戦略はあるか」
そうした視点を、社内のキーパーソンにも共有しておくべきです。

お金を払っているのだから任せて安心、ではありません。

お金を払っているからこそ、使いこなす意識が必要なのです。

繰り返しますが、それは、リーダー1人ではできません。

組織として共有しなければ、また同じ過ちを繰り返します。

まとめ──リスク管理を任せるべき「プロ」の条件

あなたが払ったカネに見合う働きをしているか──その基準が、ここにあります。

プロを名乗る者に、あなたが問うべき3つのポイントです。

(1)想定できているか?(=予見の義務)
(2)脅威を具体的に構造化できているか?(=戦術の設計)
(3)対応のROIを定量化して示せるか?(=費用対効果の原則)

この3つがない者は、プロではありません。

「怖い」
「ヤバい」
「従いましょう」
と言っているだけの者に、会社の未来を預けるのは、経営としての敗北を意味します。

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02200_勝てる経営者は知っている!企業法務における「天の時・地の利・人の和・兵糧」4つの鉄則

勝てる経営者だけが知っている企業法務の真実

企業法務の現場は、甘くありません。

法廷での争いにしろ、合意形成にしろ、契約交渉にしろ、それらはすべて
「戦い」
と言って差し支えない、濃密で過酷な局面の連続です。

「どうすれば勝てるか?」
――知る人ぞ知る戦い方、勝てる経営者は当たり前のように実践している、生々しく残酷なまでの真実をお伝えします。

フワフワした理想論や、学術的な正しさ――そんなものは戦場では一切役に立ちません。

「天の時、地の利、人の和、そして兵糧」

これは、兵法の世界で語られる常識であり、同時に、クライアントに問うべき4つの覚悟でもあります。

天の時――ハンコを押した後では、もう“負け”が始まっている

経営者のなかには、
「とりあえずハンコを押してから考える」
タイプの方がいます。

ビジネスのスピードを優先するあまり、調査(DD)を端折り、関係者や部下の報告を鵜吞みにして契約に突っ込むことを厭いません。

むしろ、
「弁護士はビジネススピードをわかっていない」
と、得意げにおっしゃる。

トラブルが起こっても、
「まだ致命的ではない」
と、悠長なことをおっしゃる。

結果、
「サインしてしまったけど、これって大丈夫ですか?」
という相談になるのです。

調査(DD)を割愛したり、
「大丈夫です!」
という根拠のない言葉を鵜吞みにしたりした時点で、負け戦は始まっているのです。

兵法の世界でいえば、その時点で、すでに
「天の時」
を逸しているのです。

要するに、(企業法務においては)後手に回っている、ということです。

もっと言えば、軽々しくハンコを押した時点で、もう遅いのです。

まずは、この現実を受け入れなければ、始まりません。

とはいえ、絶望する必要はありません。

その甘い尻を叩くのが弁護士の仕事です。

訴訟前に交渉フェーズがある、というのは事実です。

これは、
「まだ巻き返しが間に合うライン」
があるということです。

ただし、それには条件があります。

あなたに、状況を
「危機」
として認識し、
「今ならまだギリ間に合う」
という
「時間の鮮度」
を理解し、即座にシリアスな対応を取る
「覚悟」
があるか、ということです。

戦いの“構え”ともいうべきものです。

ここで“構え”を間違えると、次の一手が
「敗戦処理」
になるだけです。

地の利――契約書は“盾”になり、“穴”にもなる

多くの経営者は
「契約書にサインさえもらえれば勝ち」
あるいは
「サインしてしまったら負け」
という牧歌的な幻想を抱いています。

残念ながら、どちらも現実を知らなすぎます。

契約書とは、たしかに戦いのための
「装備」
です。

しかし、それは
「完全な勝利の証」
でもなければ、
「取り返しのつかない失敗」
でもありません。

どこかに必ず
「穴」
があります。

完璧な契約など、この世に存在しないからです。

逆に言えば、その
「穴」
を突けば、形勢をひっくり返せる(あるいは、ひっくり返される)可能性すらあるのです。

たとえば、
・契約条項の曖昧な言い回し
・立証責任の所在
・実務運用との乖離
このような
「解釈の揺れ」
は、修羅場を潜り抜けたプロの目から見れば、すぐにわかります。

問題は、あなたがこの事実を知っているか。

そして、契約書の読み込みやリスク分析を、“丸投げ”で済ませていないか、ということです。

戦場では、武器の使い方を知らない者から、まず死にます。

人の和――カネとリスペクトをケチれば、人は必ず裏切る

「人の和」
とは、命がけで共に戦ってくれる“戦友”が、あなたのそばにいるかどうか、です。

一人で戦える場面など、現実にはほとんどありません。

契約に
「穴」
があっても、それを突くには、技術とタイミング、そして人が必要です。

社内のキーマン、調査(DD)に長けたプロフェッショナル、そして攻撃(あるいは防御)に強い弁護士等、
「関係者の協力」
なくしては、戦えません。

ところが、残念ながら、法務の戦いにおいて、
「人の和」
は、最も過小評価されている要素です。

さて、ここからが
「カネと覚悟」
の話です。

プロがどんな戦術を考えても、 現場がバラバラ、決裁者が動かない状況では、机上の空論で終わります。

そして、最も重要なこと。

あなたには、彼らを動かす
「リスペクト」

「感謝力」
がありますか?

要するに、その協力者への
「対価とリスペクト」
を惜しまない、人間的な
「感謝力」
が、あなたにあるか、ということです。

口では
「頼りにしてます」
と言いながら、金は出さない、報酬はケチる、感謝の言葉もない――そういう経営者は、例外なく人が離れます。

「人の和」
が崩れると、戦いは崩壊します。

あなたが本当に勝ちたいのなら、
「人の和」
を、戦略資源として扱う覚悟が必要です。

兵糧――「金をケチる者」が戦場で死ぬ

「兵糧」
この言葉が刺さらないなら、あなたは戦うべきではありません。

「シリアスな状況」
は、
「シリアスな予算」
と同義です。

「金をケチる者は、必ず負ける」
これは真理です。

法務の現場で勝ち筋をつくるには、
・弁護士の投入
・外部調査会社の活用
・財務・会計・業界の専門家との連携
など、さまざまな兵站(ロジスティクス)が必要です。

兵站(ロジスティクス)なくして戦争はできません。

それを
「費用が高いから」
と渋れば、どうなるか?

その瞬間、戦力は半減し、勝てるはずの戦をも自滅に導きます。

しかも、金をケチる人に限って、
「成果を出せ」
と言う。

「金は出せないけど、勝ってください」
と(言葉はとても丁寧です)。

それは、
「無料で命を懸けろ」
と言っているようなもので、品性の欠片もない、下品な要求です。

最大の敗因は、「人の和」と「兵糧」が一緒に崩れるとき

戦いに敗れるクライアントの共通点は、2つです。
・「カネをケチる」こと
・専門家に対する「リスペクトが著しく欠如している」こと

繰り返しますが、弁護士や専門家は、カネとリスペクトで動きます。

この2つが欠けた瞬間、専門家のモチベーションは落ち、情報共有は鈍り、現場は混乱します。

「費用は抑えたいが、世界一の成果を出せ」?
「協力者は欲しいが、報酬は出せない」?

これらの言葉は、
「人の和の崩壊」
を意味します。

勝てる戦も、なすすべなく負ける。

敗れる企業の典型パターンです。

あなたは、勝てる経営者になる覚悟が、本当にあるのか。

その分水嶺は、
「どこに金を出すか」
「誰に頭を下げるか」
に如実に表れます。

正論より、構え――あなたはもう“戦地”にいる

「これは簡単に解決できる」
と思っている時点で、アウトです。

現実には、和解、交渉、訴訟、撤退――あらゆる選択肢について、
「金はいくらかかるか」
「誰が動くのか」
「時間はどれだけあるか」
と、現実的なアクションプランに落とし込まなければ、絵に描いた餅になります。

それは、ただ契約書を読むだけの人間には、できません。

緻密なロジックだけでなく、汚い現実と人間の欲望を知ってこそ、法務での戦いは機能します。

それには、泥をかぶり、修羅場をくぐったプロフェッショナルの目と手が必要です。

しかし、そのプロたちも、あなたの“構え”がブレていれば力を発揮できない、ということなのです。

さて、戦う前に、あなたの“構え”は、できていますか?

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02199_弁護士への報酬値引き交渉で信頼を失う企業の末路_プロが引く「信頼の損切り」ライン

企業が弁護士に求めるものは、危機の局面で実直に動いてくれる“プロフェッショナル”との信頼関係でしょう。

ところが、ときに、その信頼関係を自ら破壊してしまう企業は少なくありません。

今回は、教科書には載らない、しかし企業にとっては死活的に重要な
「契約と信頼のリアル」
について、実例をお話ししましょう。

信頼の上に成り立つ「特別扱い」

かつて、私(以下、弁護士)は、ある企業と、数年来の法律顧問契約を結んでいました。

クライアント企業の訴訟対応を受任し、第一審で成果を出し、第二審では不利な状況下で全力を尽くしました。

報酬は当然、契約に明記されており、クライアント企業には全額の支払義務が発生している状況でした。

言葉をかえせば、弁護士側は、約定どおりの報酬を全額請求できる立場にあったのです。

請求する段になって、弁護士は、
「今後も信頼関係が継続する」
との前提で、本来の請求可能な金額を下げた“好意的な精算案”を提示しました。

これは、一種の
「優しさ(恩恵)」
であり、
「将来のビジネスを見越した投資」
だったわけです。

しかし、クライアント企業はこの
「優しさ(恩恵)」
を拒否しました。

「ご提示額については再検討させていただきたい」
と言いながら、報酬交渉を長引かせ、さらに
「応じていただけないなら、辞任やむなし」
「顧問契約解除」
をちらつかせたのです。

要するに、値引き交渉のフリをしながら、
「契約打ち切り」
という事実上の脅しをかけてきたのです。

「信頼前提」の好意は、一度きり

弁護士は、そもそも“信頼関係がある”という前提で値下げ提案をしていたのです。

企業側がその前提を自ら蹴り飛ばした以上、報酬
「ディスカウント」
の話は打ち切りです。

状況を緊迫させたのが、上告という
「時間との闘い」
でした。

弁護士側からすれば、報酬精算がはっきりしない状況では、上告理由書という
「時間との闘いのなか、時間を食う、頭のいる仕事」
に着手できるはずもありません。

そこで、弁護士はいたしかたなく、明確なデッドラインを設定しました。

にもかかわらず、クライアント企業は、のらりくらりと値下げ交渉を続けます。

信頼を失った者に、プロは付き合わない

結局、弁護士はクライアント企業に対し、
「『契約を破ってまで値切る』という態度を貫くのですね? では、こちらとしては『辞任と満額請求』でいかざるを得ません」
と、宣戦布告を伝えるしかありませんでした。

・特別な報酬案は撤回し、契約どおり満額請求
・顧問契約はご要望どおり終了
・上告は、信頼関係がないため受任を拝辞する
・訴訟資料の整理や引継ぎには、別途人件費・実費を申し受ける

これは、腹いせでも報復でもありません。

最も合理的な対処です。

信頼がない以上、下手に継続すると、双方にとって不幸が待っているだけですから。

この結果、クライアント企業は、
「契約どおりの満額支払い」

「上告代理人辞任」
という、最悪のセットを、自ら手に入れる羽目になりました。

クライアント企業が、上告の期限が刻一刻と迫るなか、新たな弁護士に高い着手金を支払って訴訟の戦略を一から再設計しなければならなくなったのは、言うまでもありません。

“値引き交渉”の末路

クライアント企業は、自分たちの
「優位性」
をちらつかせた
「値引き交渉」
の延長戦をやろうとしたのでしょうが、弁護士から見れば、
「信頼を失った相手に、これ以上のおまけをする義理はない」
という話に尽きるのです。

顧問先が蹴ったのは、
「ディスカウント」
ではなく、
「信頼関係」
そのものでした。

その代償として、彼らは現実を突きつけられたのです。

契約と信頼は、ワンセット

この実例から学べる、実務家が心に刻むべき3つの教訓をまとめます。

1) 信頼が消えれば、特典も消える

弁護士が提供する「有利な提案」は、単なる善意ではなく、「将来の信頼関係」という極めて現実的な前提の上に成り立っています。
その前提が崩れれば、特典は即座に消滅します。
ディスカウントは、信頼という「見えない対価」の代償なのです。

2) “ごね得”は通用しない

信頼関係を失えば、弁護士は躊躇なく「約定どおり」を盾に満額請求します。
これは彼らの権利です。
企業法務の実務において、「ごね得」は許されません。
最悪、「弁護士会での紛議調停を経て、最終的には支払いを求めて訴訟」という泥沼に引きずり込まれることになります。

3) 値引き交渉のつもりが、信頼切り捨て

危機対応後の弁護士に対して、契約解除をちらつかせて報酬交渉を長引かせる行為は、「優良顧客」というタグを自ら引き剥がしたことになります。
その瞬間から、クライアント企業は「特別扱い」の対象外となるのです。

プロと結ぶ、もうひとつの契約

プロフェッショナルは、原則、
「信用」
では動きません。

動くのは、
「信頼」
があるときだけです。

・実際に支払う
・約束の期日を守る
・相手の時間を尊重する
・依頼者としての礼節を持つ

こうした具体的な行動の積み重ねがあってはじめて、プロフェッショナルは
「この会社のためなら動こう」
と思うわけです。

「信頼関係」
は、契約書には書かれていない、互いに譲歩し合うための余白です。

同時に、それは緊急時に助けてもらえる保険でもあります。

安っぽい値引き交渉で
「信頼関係」
という最大の資産を食い潰している企業は、目も当てられません。

このことに自覚のない経営層や法務部員がいるようでは、言わずもがなです。

逆に言えば、信頼関係さえ築けていれば、プロフェッショナルは驚くほど柔軟に、こちらの事情をくんでくれるでしょう。

「契約どおり」
にしか動かないプロは、
「信頼」
という裏契約を結んでいないだけです。

貴社は、自社のプロフェッショナルと
「裏契約」
を結べていますか?

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02198_企業法務ケーススタディ:システム詳細情報や契約骨子等を契約当日提示するベンダーと組むべきか?_ITプロジェクト炎上はここから始まる

<事例/質問>

あるITベンダーとの交渉がうまくすすみません。

当方が
「そちらが販売しているシステムを我が社でカスタマイズして使いたい。ただ、我が社で使えるかどうかわからないので、 提案書・機能一覧・SLA〔Service Level Agreement〕案・セキュリティ資料・評価(デモ)環境(以下、『システム詳細情報』)を見せてほしい。見ないままでは、お金を払えない」
と極めて常識的な要求をしているにも関わらず、ベンダーはこう返してくるのです。

ベンダー「たぶん使えると思いますよ。同業さんで使っておられますから」

当方「たぶんじゃ困る。ちゃんとどんなものなのか確認しないと、買ってから使えなかったら大問題だ」

ベンダー「それは、買ってからじゃないと、つまり 契約・入金する前には、詳細資料の持出しや内部仕様の開示はできない(NDAを結んでも閲覧限定) 」

・・・こんな調子です。

ほかにも、懸念があります。

うちの社長は、7月1日から本格運用開始をイメージしているのに、ベンダーの最短スケジュールでは、5月1日に開発開始で、 開発には最低3ヶ月必要だから納品は7月末と。

実務上はここから受入(SIT/UAT)・データ移行・教育・本番切替(カットオーバー)・初期安定化(Hypercare)が必要ですので、「7月末の完成見込み」=「7月1日本番」は成立しません。 会長のイメージとベンダーの提示する納期には、1ヶ月のズレがあるんです。

そして、肝心の
「システム詳細情報」
について、ベンダーは
「契約締結日の4月30日に合意事項を持参し、その場で確認・押印(=要件定義もその場で確定)」
という提案です。

しかし、要件定義は本来、契約後に共同で作成する成果物であり、契約当日の一括提示・即時確定は高リスクです 。

ベンダーは、ぎりぎりまで値引きに応じた代償として、スケジュールでは譲歩できないと強硬姿勢です。

ITプロジェクトの交渉とは、このようなものなのでしょうか?

<鐵丸先生の回答/コメント/助言/指南>

法務がヘラヘラと
「どうしましょうか」
などと悩んでいる時点で、もう負け戦は確定しています。

なぜなら、これは
「価格交渉」
でも
「納期調整」
でもなく、貴社の経営ジャッジと知性を試す、究極のリスク選択だからです。

まず大前提を整理します。

・要件定義とは単なる「資料」ではなく、契約後の前段フェーズで発注者とベンダーが共同で確定させる“成果物”です。
契約前に確認すべきは、提案書・機能一覧・SLA案・セキュリティ白書・再委託方針・体制表・見積内訳・評価(デモ)環境などの適合性評価資料です。

・契約形態は、受託開発(ウォーターフォール)/準委任・アジャイル(MSA+SOW)/SaaS導入で異なります。
用語の「納品」はスクラッチ開発向けの概念であり、SaaSでは「サービス提供開始/設定・移行完了」が正確です。

・スケジュールは、要件定義→基本設計→SIT→UAT→移行リハ→カットオーバー→Hypercareというゲート付きで考えるべきです。
「7月1日本番」を厳守するなら、MVP化(スコープ縮減)や段階リリースを交渉テーブルに載せます。

要件定義書とは、単なる
「資料」
ではありません。

それは、
「納品されるべき商品そのものの設計図であり、発注者である貴社の意思を反映した、この契約の魂」
です。

この
「魂」
を見ずに契約書に判を押す行為は、白紙の小切手に金額を書き込ませるようなものです。

【悪魔の推論】ベンダーの強硬姿勢が示す「火の車」状態

「金を払ったら見せる」
という常識外れな交渉姿勢、そして契約当日まで要件定義書を見せないというのは、ITプロジェクトが高確率で炎上し、最終的に頓挫するために組まれた、悪魔的なスケジュールと言えましょう。

あるいは、ベンダー内部の火の車状態を隠蔽するための、稚拙なブラフである可能性が高い、と推論します。

仮説1:
ベンダーは、貴社の要件に適合した要件定義書を、期日までに用意できていない。

仮説2: ベンダーの体制表・アサイン計画・再委託先の確定度が低く、要件合意まで具体化できていない。
用意はしたが、あまりに杜撰な内容で「とても契約前に見せられるレベルではない」とベンダー内部で判断している。

だからこそ、情報開示を拒否し、値引きをエサにスケジュールで譲歩を求めないという、典型的な
「逃げの手」
を打っていると言えるかもしれません。

「確認」ではなく、「追認」を求められているだけ

要件定義書は、契約前に貴社が内容を深く検討し、社内の全部署(法務、経理、営業、ⅠT部門)が横断的に承認すべき、最も重要な成果物です。

それを
「契約締結の当日」
に、しかも
「押印時に提示」
などと言うベンダーは、貴社に
「確認」
ではなく、
「追認」
を求めているだけです。

そして、判を押した貴社は、納品直前の7月になって
「こんなものは使えない!」
と騒いでも、手遅れです。

ベンダーは
「4月30日に確認・押印されています」
と言い放ち、貴社の責任にして逃げ切るでしょう。

要するに、これは
「契約書の条文解釈」
ではなく、
「経営判断と戦略選択」
の話だということです。

対応の選択肢としては、以下のとおりです。

1)こんなわけのわからない連中とは契約しない(撤退)
2)要件定義書を見るのにいくらか支払い、その内容次第で本契約を考える(手付金)
3)言われるがままの条件で契約する(丸呑み)

繰り返しますが、これは法律問題というより、経営ジャッジの問題であり、思考整理の問題です。

何を選ぶかは、契約相手の信頼性や市場優位性、あるいはそのプロジェクトの重要性によって変わってきます。

法律的な
「正解」
はありません。

あるのは、御社の状況に照らした、最適な選択肢だけです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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