02235_ケーススタディ:「金目の物はどこだ?」と探偵ごっこは不要! 相手のオフィスを“まるごと”人質に取る「動産仮差押え」の破壊力

「取引先が支払いをバックレそうだ。資産を差し押さえたいが、相手が隠し持っている財産の『特定』ができない・・・」 

債権回収の現場で、多くの経営者がここで足踏みをしてしまいます。

銀行口座なら支店名まで、不動産なら地番まで特定しなければならない。 

「ならば、オフィスにある高価な機材を差し押さえたいが、型番や製造番号なんていちいち控えていないぞ」

ご安心ください。

法律はそこまで意地悪ではありません。 

実は、動産(オフィス内の什器備品や在庫など)の仮差押えにおいては、中身を細かく特定する必要などないのです。 

本記事では、相手の懐(ふところ)の中身を知らなくても実行可能な、しかし相手にとっては心臓が止まるほど恐ろしい
「動産仮差押え」
という名の“絨毯爆撃”について解説します。

【この記事でわかること】

• 「商品名」も「型番」も不要? 驚くほどアバウトな申立ての極意
• 裁判所の執行官を味方につける「現場立会い」の重要性
• 勝訴判決が出る前に、相手のビジネスを物理的・心理的にロックする驚異のスピード感

【相談者プロフィール】 

相談者: メディカル・サプライ・フロンティア株式会社 営業本部長 切込 鋭治(きりこみ えいじ) 
業種 : 歯科・眼科向け高度医療機器の販売・リース 
相手方:  医療法人社団ニッコリ・デンタル(資金繰り悪化が噂される歯科医院)

【相談内容】 

先生、煮え湯を飲まされています。 

取引先のニッコリ・デンタルですが、納入した最新鋭の歯科用CTスキャナーや高級な診療ユニット(診療台)、合計2000万円分の支払いが半年も滞っています。

 院長は
「患者が減って苦しい」
とのらりくらり。

しかし、院内には私が納めたピカピカの機材があり、それで日銭を稼いでいるのです。

代金を支払っていないにもかかわらず、納入された医療機器(資産)を使って診療を行い、売上(日銭)を上げているなんて、許せません。

そのうえ、支払いが滞っているようでは、転売されかねないと、危機感マシマシです。

もう、すぐにでも機材を差し押さえて、転売されないようにロック(仮差押え)したいのですが、問題があります。 

納品書はありますが、現在院内のどこにどの機材が置かれているか、細かい付属品のシリアルナンバーまで特定できているわけではありません。 

「何を差し押さえるか」
を特定できないと、裁判所は動いてくれないと聞きました。

探偵でも雇って、院内に潜入調査させるべきでしょうか?

「ピンポイント爆撃」ではなく「エリア爆撃」でいい

切込本部長、スパイ映画のような潜入工作は不要です。 

銀行預金の差押えでは、
「〇〇銀行××支店」
というピンポイントの特定(爆撃)が必要ですが、動産(形のあるモノ)の仮差押えは違います。

「その場所にある、換金価値のあるもの全部」 
という、極めてアバウトな指定(エリア爆撃)で構わないのです。

申立書に書くのは、
「東京都〇〇区×× ニッコリ・デンタル院内」
という
「場所」
だけで十分です。

「診療台の型番A-123」
などと特定する必要はありません。

むしろ、特定してしまうと、型番が違っていたり、別の部屋に移動されていたりした時に
「空振り」
になるリスクがあります。

網は、大きく、ざっくりと広げるのが、動産執行の鉄則です。

執行官という名の「目利き」を連れて行く

「でも、特定しなくて、誰がどれを差し押さえるか決めるんですか?」 

良い質問です。

それを決めるのは、あなたではなく、裁判所の
「執行官」
です。

仮差押えの決定が出たら、あなたは執行官と一緒に現場(歯医者)に踏み込みます。 

そこで執行官は、プロの目で院内を見渡し、
「これは金になる」
「これはガラクタ」
と瞬時に判断し、金になりそうな物に次々と
「差押え」
のシール(封印)を貼っていきます(これを貼られると、勝手に動かしたり売ったりできなくなります)。

この時、債権者であるあなたも立ち会い、
「先生、あのCTスキャナーは高く売れますよ」
「あの棚の在庫も押さえてください」
と、執行官の裁量の範囲内で“おねだり”(アドバイス)をすることが可能です。

「1ヶ月」でカタがつくスピード感

仮差押えの威力は、そのスピードにあります。 

申立てから担保金の納付(請求額の2~5割程度)を経て、執行官が現場に行くまで、早ければ数週間です。 

ある日突然、裁判所の人間と債権者が土足で踏み込んできて、患者の目の前で治療器具に
「差押」
の赤紙を貼っていく・・・。

院長にとっては、まさに悪夢、心停止レベルの衝撃です。 

「これ以上騒ぎにしないでくれ! 金はなんとかする!」 
と、判決を待たずに解決金が支払われるケースも少なくありません。

もし裁判(本訴訟)までもつれ込んでも、勝訴判決さえ取れば、すでに仮差押えでロックした動産をそのまま競売にかける
「本執行」
へスムーズに移行できます。

買い手がつきやすい物なら、1ヶ月程度で現金化も可能です。

【今回の相談者・切込本部長への処方箋】

切込本部長、探偵の真似事はやめて、堂々と正面玄関から踏み込みましょう。

1 ターゲットは「モノ」ではなく「場所」 

「どの機械か」
を特定しようと悩む必要はありません。

「相手のクリニックの住所」
さえわかれば、申立ては可能です。

むしろ、
「院内にある動産一切」
を対象にするつもりで準備を進めてください。

2 担保金(保証金)の用意を 

裁判所は
「仮」
の手続きとして強力な権限を与える代わりに、万が一の間違いに備えて
「担保金」
を要求します。

2000万円の債権なら、400万~1000万円程度の現金を用意する必要があります。

これは
「捨て金」
ではなく、勝てば戻ってくるお金ですが、キャッシュフローには注意してください。

3 結論: 

動産仮差押えは、回収の実効性もさることながら、相手に与える
「心理的打撃」
が最大の武器です。

「なめてかかると、店を潰されるぞ」
という強烈なメッセージを、執行官という国の権力を使って叩きつけるのです。

※本記事は、架空の事例をもとに、民事保全手続(動産仮差押え)の一般的な仕組みと戦略を解説したものです。 
実際の申立てにおいては、被保全権利の疎明や保全の必要性の立証が必要となり、担保金の額も裁判所の裁量により決定されます。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02234_ケーススタディ:「板挟みの悲劇」は思考停止の証拠?  “返品”という名の「甘え」を断ち切り、真の敵を討つ“矛先転換”の極意

「メーカーの都合で代理店契約を切られた。そのとばっちりで、顧客から理不尽な返品を迫られている・・・」 

商社や販売代理店ビジネスにおいて、メーカー(仕入先)とユーザー(顧客)の板挟みになるのは宿命です。

しかし、メーカーの身勝手な裏切りによって生じたトラブルの尻拭いを、なぜ御社が自腹(返品・返金)で負わなければならないのでしょうか? 

「お客様だから」
といって、法的義務のない要求を飲み続けるのは、経営判断ではなく
「思考停止」
です。

本記事では、理不尽な板挟み状態から脱却し、
「顧客の怒りの矛先」を
御社から
「真の悪者(メーカー)」
へと転換させ、ピンチをチャンスに変える“法的・政治的”交渉術について解説します。

【この記事でわかること】

• 「リーガルマター(法的義務)」と「ビジネスマター(お願い)」の冷徹な峻別
• 「敵の敵は味方」理論を応用した、顧客との共闘関係の構築術
• 海外メーカーを動かすための「現地の弁護士」というカードの使い方

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ボレアス・トレーディング 代表取締役 須田 仲(すだ なか) 
業種 : 高度医療機器・システム輸入商社
相手方: 株式会社ゼピュロス・メディカル(大手医療機器販売会社)、テウトニア・システムズ(ドイツのシステムメーカー)

【相談内容】 

先生、胃が痛い毎日です。 

当社は長年、ドイツの
「テウトニア社」
の日本総代理店として、同社のシステムを国内大手の
「ゼピュロス・メディカル」
に卸してきました。

ところが先日、テウトニア社が一方的に当社との契約を打ち切り、あろうことか、業界でも評判の悪い名古屋のブローカー
「ナニワ・トレーディング」
に代理店を変更したのです。

怒ったのは顧客であるゼピュロス・メディカルです。 

「ナニワ社のような怪しい会社と付き合えるか。サポートも不安だ。ついては、御社から買った在庫品(数億円分)をすべて返品・返金したい」 
と言ってきたのです。

当社としては、売買契約は完了しており、製品に欠陥があるわけでもありません。 

しかし、ゼピュロス社は重要顧客ですし、無下にもできず・・・。 

やはり、ここは泣く泣く返品に応じるしかないのでしょうか?

「お願い」と「義務」を混同するな

須田社長、まず頭を冷やしましょう。 

ゼピュロス社の要求は、法的に見れば
「返品請求権」
に基づくものではありません。

売買契約は適法に終了しており、御社が納品したモノ自体に瑕疵(欠陥)はないのですから、御社に返品を受ける法的義務は1ミリもありません。

つまり、彼らの要求は、 
「困っているから助けてくれ(そのために御社が数億円損してくれ)」
という、単なるビジネス上の
「お願い(ビジネスマター)」
に過ぎません。

数万円の菓子折りならともかく、数億円の損失を伴う
「お願い」
を、義理人情だけで受け入れる必要などありません。

それは経営判断の域を超えた
「ギフト(贈与)」
です。

「真の悪者」は誰かを再定義せよ

今回の騒動の元凶は誰でしょうか? 

御社ですか?

ゼピュロス社ですか?

違いますよね。

「長年日本市場を支えてきた信頼できる東京のパートナー(御社)を切り捨て、目先の利益のために怪しげなブローカー(ナニワ社)に乗り換えた、ドイツのテウトニア社」 
こそが、諸悪の根源であり、非難されるべき対象です。

ゼピュロス社が文句を言うべき相手、そして請求書を回すべき相手は、御社ではありません。 

「あり得べからざる判断」
をしたテウトニア社であるべきです。

現在、御社がサンドバッグになっていますが、その構図自体が間違っています。

「敵の敵」は味方にする

ではどうするか。 

ゼピュロス社の怒りを、御社に向けさせるのではなく、テウトニア社(および新代理店のナニワ社)に向けさせるのです。

御社は
「加害者」
ではなく、彼らと同じ
「被害者」
なのですから。

ゼピュロス社に対して、ただ
「返品は受けられない」
と拒絶するだけでは角が立ちます。

そこで、 
「返品は受けられないが、その代わり、テウトニア社に責任を取らせるための『武器』と『知恵』を提供する」
という提案をするのです。

これが
「ファシリテーション(協働支援)」
です。

【今回の相談者・須田社長への処方箋】

須田社長、御社が取るべき戦略は
「サンドバッグからの脱出」

「司令塔への就任」
です。

1 「返品不可」の通告(リーガルマターの確定) 

まず、ゼピュロス社に対しては、 
「法的にも契約上も、返品を受ける義務はない。また、金額的にも一企業の『お付き合い』として受容できる限度を超えている」
と、きっぱり断ります。

ここで曖昧な態度をとると、つけ込まれます。

まずは
「無理なものは無理」
と線を引きます。

2 怒りの矛先の誘導(政治的解決) 
その上で、彼らに対し、こう提案します。 
「悪いのは、不当な契約解消をしたテウトニア社であり、我々も被害者だ。 ゼピュロス社が被る損害や不利益については、
(1)テウトニア社に金銭賠償させるか、
(2)ナニワ社ではなく、信頼できる当社を代理店に復帰させるか、
この二択をテウトニア社に迫るべきだ」

3 「ドイツの弁護士」という武器の提供 

ゼピュロス社がその気になったとしても、ドイツ企業相手にどう戦えばいいかわからないでしょう。 

そこで、御社の出番です。 

「我々はテウトニア社と戦う準備ができている。ドイツの強力な弁護士へのアクセスも提供できる。 エンドユーザーからのクレームとなれば、テウトニア社も無視できない。 一緒に圧力をかけよう」 
と持ちかけるのです。

4 結論: 

御社は
「金を払う」側
ではなく、
「戦い方を教える」側(参謀)
に回るのです。

これにより、数億円のキャッシュアウトを防ぎつつ、うまくいけばテウトニア社への代理店復帰の道筋すら見えてくるかもしれません。 

これが、法務を武器にした
「転んでもただでは起きない」
経営戦略です。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業グループ内のガバナンス強化手法や紛争解決戦略に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約締結や運用においては、会社法上の権限規定や下請法などの関連法令に留意する必要があります。 個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02233_ケーススタディ:「性善説」の限界を突破せよ! 子会社の暴走を物理的に止める“人間監視カメラ”の導入術

「子会社に『報告しろ』と言っても、上がってくるのは事後報告ばかり。都合の悪い情報は隠されている気がする……」 

M&Aで買収した子会社や、遠隔地の拠点の管理において、多くの経営者がこのジレンマに頭を抱えています。

「ルールを作れば守るはずだ」 
という性善説に基づいた遠隔操作には、限界があります。

現場の暴走を食い止めるには、書類上のルールではなく、物理的な
「関所」
が必要です。

本記事では、契約書という
「紙」
の中に、ファイナンシャル・コントローラーという
「生きた人間」
を送り込み、資金と契約の蛇口を物理的に握ることでガバナンスを効かせる、泥臭くも強力な統制手法について解説します。

【この記事でわかること】

• 「報告義務」がいつの間にか「事後通知」に劣化するメカニズム
• 金額基準だけでは防げない「分割発注」と「質的リスク」の抜け穴
• 現場に「お目付け役(FC)」を常駐させるための具体的な契約条項

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ゼウス・ロジスティクス・グループ 経営企画室長 権田 巌(ごんだ いわお) 
業種 : 総合物流・倉庫業(持株会社)
相手方: 株式会社ヘルメス・トランスポート(買収したばかりの地方運送会社)

【相談内容】 

先生、先日買収した子会社ヘルメス・トランスポートの件で相談です。 

彼らは
「現場の判断」
を言い訳に、稟議も通さず独断でトラックを購入したり、危なっかしいリース契約を結んだりする傾向があります。

月次報告を義務付けてはいますが、上がってくるのは 
「契約しちゃいました」
「払っちゃいました」
という事後報告ばかり。

これでは管理になりません。

今回、彼らと改めて
「経営管理契約」
を結び直してガバナンスを強化したいのですが、単に
「報告せよ」
と書くだけでは、また無視されるのがオチです。

現場のスピード感を殺さずに、しかし、彼らの財布の紐とハンコをこちらが実質的に握るような、そんな強力な縛り方はできないでしょうか?

「報告」は必ず「事後通知」に劣化する

権田室長、多くの企業が陥る罠がそこにあります。 

契約書によくある
「甲は乙に対し、事前に報告しなければならない」
という条項。

これは実務上、往々にして
「事後通知」
へと劣化します。

現場は
「急いでいたから」
「社長と連絡がつかなかったから」
と理由をつけて既成事実を作り上げます。

 一度締結された契約や、外部へ支払われた金銭を覆すのは、
「覆水盆に返らず」
で、法的に極めて困難です。

必要なのは、
「報告」
という受動的なアクションではなく、
「承認(確認)」
という能動的な
「関所」
を設けることです。

「金額」の網だけでは、小魚もサメも逃がす

「1000万円以上の取引は親会社の承認を要する」
といった金額基準も一般的ですが、これには抜け穴があります。

 990万円の契約を10回繰り返して1億円使ったり、金額は小さくても
「無制限の保証予約」
のようなリスクが無限大の契約を結んだりするケースです。

網をかけるべきは、
「金額」
だけでなく、
「質(新規・非定型)」
です。

ルーティン以外の動きをすべて補足する網が必要です。

「遠隔操作」ではなく「常駐監視」が必要

親会社からたまに連絡して釘を刺す程度の
「遠隔操作」
では、現場の熱気や隠蔽工作を見抜けません。

刑事ドラマの張り込みと同じで、現場に
「目」
を置く必要があります。

それが
「ファイナンシャル・コントローラー(FC)」
です。

「ルールを守れ」
と叫ぶのではなく、
「ルールを守らざるを得ない物理的状況」
を作るのです。

【今回の相談者・権田室長への処方箋】

権田室長、単なる
「ルールの押し付け」
ではなく、
「人間監視カメラ」
を導入しましょう。

契約書に以下の条項を盛り込み、物理的に彼らの自由を制限するのです。

1 「ファイナンシャル・コントローラー」という名の“関所” 

契約書に、御社(ゼウスHD)から子会社へ
「ファイナンシャル・コントローラー(FC)」
を派遣することを明記します。

そして、重要なのはここからです。 

子会社の役職員が行う取引について、 
「FCに直接打診し、合理性・合法性の確認を経なければならない」
というプロセスを義務付けます。

つまり、FCのハンコ(確認)がなければ、彼らは対外的な契約もできないし、銀行から1円も引き出せないという
「物理的制約」
を課すのです。

2 網の目は「金額」だけでなく「異物」も捉えるように 

FCがチェックする対象を、単に
「**万円以上」
とするだけでは不十分です。

・新規取引(新しいことはリスクの塊)
・非定型取引(いつものルーティン以外はすべて怪しい)
・**万円以上の取引(金額的インパクト)

この3点セットを
「一切」
確認対象とします。

これにより、
「金額は小さいが、反社勢力との新規取引」

「奇妙な条件のついた覚書」
といった、
「異物」
を入り口でシャットアウトします。

3 「親会社」による最終承認権の留保 

FCはあくまで現場の駐在員です。

FCが現場に取り込まれて
「なあなあ」
になるリスクもゼロではありません。

そこで、FCによる確認を経た上で、
「最終的には親会社の確認を受けなければならない」
という二段構えにします。

これにより、FCは
「私の判断だけでは決められないので、本社に上げます」
と言って、現場からの不当なプレッシャーを回避する口実を得ることができます。

4 結論: 

以下の条項案で、子会社の血管(資金と契約の流れ)にステントを入れるが如く、コントロール権を確保してください。

「第三者との契約締結等の行為について、親会社は子会社へファイナンシャル・コントローラー(FC)を派遣し、子会社役職員が行う新規取引、非定型取引あるいは**万円以上の取引一切については、FCに直接打診し、同人による合理性・合法性の確認を経て、最終的には親会社の確認を受けなければならないものとする」

※本記事は、架空の事例をもとに、企業グループ内のガバナンス強化手法に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約締結や運用においては、会社法上の権限規定や下請法などの関連法令に留意する必要があります。 個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02232_ケーススタディ:「社長、また余計なことを!」 炎上必至の失言を“神対応”に変える、危機管理広報の逆転劇

「今の若い連中は根性が足りない。私が若い頃は・・・」 

新入社員歓迎会や株主総会、あるいはメディアのインタビューで、社長が放った一言がSNSで拡散され、瞬く間に
「炎上」
する。

現代の企業経営において、トップの不用意な発言は、不祥事そのものよりも速く、深く、企業のブランドを毀損する
「リーサル・ウェポン(致死兵器)」
となり得ます。

広報担当者が真っ青になって謝罪文のテンプレートを探す横で、法務・コンプライアンス担当者は何をすべきか? 

実は、失言の内容によっては、単に頭を下げるだけでなく、その
「時代錯誤」
を逆手にとって
「改革のアピール」
に繋げる、ウルトラCの危機管理術が存在します。

本記事では、社長の失言による炎上リスクを最小化し、あわよくばピンチをチャンスに変えるための
「損切り」

「上書き」
の法務戦略について解説します。

【この記事でわかること】

• 「不適切な発言」と「法的にアウトな発言(名誉毀損・侮辱)」の境界線
• テンプレート通りの「定型謝罪」が火に油を注ぐ理由
• トップの“キャラ”を逆手に取った「毒を薬に変える」広報戦略

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ブレイズ・セラミックス 広報室長 鮫島 健(さめじま けん) 
業種 : 陶磁器・ファインセラミックス製造販売
相手方: 世間(SNS、メディア)、および失言をした自社社長 剛田(ごうだ)

【相談内容】 

先生、胃がキリキリします。 

当社の社長である剛田(ごうだ)が、昨日の業界団体の講演会で、またやってしまいました。 

働き方改革の話題になった際、 
「権利ばかり主張して定時で帰るような社員に、いい焼き物ができるわけがない。うちは“火を見て学べ”の精神で24時間没頭できる人間しか要らない」
と発言したのです。

この発言の一部が切り取られてSNSで拡散され、 
「ブラック企業だ」
「時代錯誤も甚だしい」
「こんな会社の製品は買わない」
批判が殺到しています。

社長本人は
「職人としての本音を言って何が悪い」
と悪びれていませんが、株価にも影響が出始めています。

やはり、即座に全面的に謝罪し、発言を撤回させるべきでしょうか?

それとも、無視を決め込むべきでしょうか?

「法的アウト」と「不適切」の境界線を見極めろ

鮫島室長、まずは冷静に
「傷口の深さ」
を測りましょう。

今回の発言は、労働基準法の精神には反する可能性がありますが、特定の個人を攻撃する
「名誉毀損」
や、人種・性別に基づく
「差別的発言」
とは少し性質が異なります。

いわゆる
「昭和的な精神論(ポリティカル・インコレクト)」
の範疇です。

これがもし、特定の社員や競合他社を名指しで誹謗中傷したなら、即座に法的責任を認めて土下座レベルの謝罪が必要です。 

しかし、今回のケースは
「価値観の相違」
が炎上の火種です。

ここで下手に
「誤解を招いたなら申し訳ない」
という定型的な謝罪をすると、
「何が悪いと思っているのかわかっていない」
と、さらなる燃料投下になりかねません。

「コピペ謝罪」は火に油を注ぐだけの着火剤

炎上対応で最もやってはいけないのが、 
「お騒がせして申し訳ありません(でも、間違ったことは言っていない)」
というニュアンスが透けて見える、心のこもっていない謝罪文の掲載です。

世間は、企業の形式的な対応を敏感に嗅ぎ分けます。

社長のキャラクターが
「頑固一徹な職人肌」
であることは、ある意味で御社のブランドの一部でもありますよね?

それを全否定して
「今日からホワイト企業になります」
と嘘をついても、誰も信じませんし、既存のファン(顧客)すら離れていくリスクがあります。

毒を薬に変える「キャラ立ち」広報戦略

ではどうするか。 

「社長の発言は、品質に対する異常なまでの執着の裏返しである」 
という文脈を維持しつつ、
「しかし、その表現方法と労務管理の考え方は、現代社会においてはアップデートが必要であると痛感している」
というストーリー(物語)に書き換えるのです。

つまり、社長の
「職人魂」
は肯定しつつ、
「マネジメント手法」
については会社として是正するという、
「人格と行動の分離」
を行うのです。

これにより、製品への信頼を守りつつ、コンプライアンス意識のアピールを行うことが可能になります。

【今回の相談者・鮫島室長への処方箋】

鮫島室長、社長の口を縫い合わせることはできませんが、その発言を
「改革の号砲」
に変えることはできます。

1 「頑固オヤジ」を認めつつ、組織の未熟さを詫びる 

リリース文には、こう記します。 

「弊社代表の発言は、ものづくりへの妥協なき姿勢から出たものではありますが、現代の労働環境および多様な働き方を尊重する社会通念に照らし、経営者としては極めて不適切かつ未熟な表現でありました」 

社長の
「熱意」
は認めつつ、経営者としての
「OSが古い」
ことを会社が公式に認めてしまうのです。

これが
「損切り」
です。

2 「監視役」をその場で作る 

「社長一人に任せておくと暴走する」
ということを世間も理解しました。

そこで、
「本件を重く受け止め、外部有識者による『働き方改革アドバイザリーボード』を設置し、社長自身の意識改革を含めた組織風土の刷新に取り組みます」
と宣言します。

社長の失言をきっかけに、逆にガバナンス(統治)を強化する機会にしてしまうのです。 

これが
「上書き」
です。

3 結論:ピンチを「人間味」に変える 

完璧な優等生企業がミスをすると叩かれますが、 
「腕はいいけど口が悪い頑固オヤジの店」

「時代に合わせて変わろうと努力している」
姿は、応援の対象にもなり得ます。

社長を隠すのではなく、
「教育的指導が入った社長」
として露出させ、更生プロセス自体をコンテンツ化するくらいの気概で乗り切りましょう。

※本記事は、企業の危機管理広報およびレピュテーションリスク対応に関する一般的な戦略を解説したものです。 
個別の発言内容の違法性(名誉毀損、侮辱、差別等)や、具体的な対応策の法的妥当性については、事実関係や社会的背景により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02231_ケーススタディ:「買った相手が消滅した?」 瑕疵担保責任の“鎖”が切れるとき、売主が得る“法的免責”の果実

「事業を売却した後、設備に不備が見つかったらどうしよう・・・」 

M&Aや事業譲渡、不動産取引において、売却後の
「契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)」
は、売り手経営者にとっての重い十字架です。

何年も経ってから、
「話が違う」
「欠陥がある」
と損害賠償を請求されるリスクがあるからです。

しかし、もしその十字架を背負わせるべき相手、つまり
「買主」
が、忽然とこの世から消えてしまったとしたら?

「権利の鎖」
は、繋がっていて初めて意味を成します。

真ん中のリングが外れれば、その先の重りは落ちてしまうのです。

本記事では、SPC(特別目的会社)が介在するプロジェクト取引において、買主が清算結了(法人消滅)したという事実がもたらす、売り手にとっての
「偶発的な免責」
のロジックと、その際に踏むべき
「賢いクロージング作戦」
について解説します。

【この記事でわかること】

• 買主(法人)が消滅すると、なぜ転売先からの追求が止まるのか
• 「債権者代位権」を行使させないための「死人に口なし」のロジック
• 高額な弁護士費用をかけずに、安全に会社をたたむための記録術

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社オリオン・パワー・ディベロップメント 専務取締役 葛城 健二(かつらぎ けんじ) 
業種 : 再生可能エネルギー発電所開発・販売
相手方: アクア・ホライズン・キャピタル(買主・SPC)、ステラ・トラスト信託銀行(最終権利者)

【相談内容】 

先生、朗報です! 

先日ご相談した、当社が開発・売却した太陽光発電プロジェクトの件ですが、なんと、買主であったSPC(アクア・ホライズン・キャピタル)が、先月末にすでに清算結了(法的に消滅)していることが判明しました! 

これ、ものすごく大きな意味を持ちますよね?

1 最終的な所有者である「ステラ・トラスト」などの投資家は、通常なら買主(アクア社)の権利を使って(代位して)、当社に設備の不備などの責任追求をしてくるところですが、その「アクア社」が消滅している以上、代位しようがありません。 

2 残るは信託銀行との直接契約ですが、契約書を皿のようにして読み返しても、「売主は買主に責任を負う」とは書いてあっても、「当初売主(当社)が最終受託者(信託銀行)に直接責任を負う」とは書いていません。

つまり、当社がこのまま解散・結了してしまえば、買主も売主もこの世から消え、最終投資家も誰にも文句を言えない状況になるはずです。 

「買主不在」
という事実により、役員や清算人が
「過失」
を問われるリスクも消えました。

高額な弁護士意見書(Fairly Legal Opinion)なんて取らなくても、このままサクッと会社をたたんでしまって問題ないですよね?

「権利の鎖」は真ん中が切れたら繋がらない

葛城専務、鋭いですね。

その読み通りです。 

法律の世界では、権利関係は
「鎖」
のようなものです。

通常、最終的な転売先(C:ステラ・トラスト)は、直接の契約関係がない売主(A:御社)に対して文句を言うために、間に挟まった買主(B:アクア社)がAに対して持っている権利を
「代位(代わりに使う)」
することで、Aを攻めることができます(C→代位→B→請求→A)。

しかし、真ん中のB(アクア社)が清算結了して法人格を失ったということは、この世に存在しない
「死者」
になったということです。

死者は権利を持ちません。 

したがって、Cが代位するための
「足場」
そのものが消滅したことになります。

「死人に口なし、死人に権利なし」。

これが今回の勝因です。

契約書に「書いていない責任」は負わない

信託契約書についても、ご指摘の通りです。 

ビジネス契約、特に金融機関やファンドが絡むプロ同士の契約では、
「書いていないこと」

「合意していないこと」
です。

「なんとなく製造者として責任を取るべきだ」
という道徳論は通用しません。

契約書に
「受託者に直接責任を負う」
という文言がない以上、そこから矢が飛んでくることはありません。

誰もいないリングで防御姿勢をとる必要はない

本来、瑕疵担保責任(契約不適合責任)のリスクを残したまま会社を解散するのは、清算人の責任問題になりかねないリスク行為です。 

しかし、今回は
「請求してくるはずの相手」
が先に消えてしまいました。

これは、
「対戦相手がいないリングに、一人で上がり続ける」
ようなものです。

相手がいない以上、パンチが飛んでくることは物理的にあり得ません。 

この状況で
「ゴングが鳴るまで待とう(時効まで会社を残そう)」
というのは、臆病を通り越して、経済合理性を欠く判断と言えるでしょう。

【今回の相談者・葛城専務への処方箋】

葛城専務、結論を申し上げます。 

「勝ち戦です。粛々と店じまい(清算)を進めましょう」

1 「アリバイ」を議事録に残す 

理屈は通っていますが、念には念を入れましょう。 

万が一、後から誰かが
「なんでそんなに急いで解散したんだ! 責任逃れだ!」
と難癖をつけてきたときのために、
「清算人の報告」
という形で、防御壁を作っておきます。

具体的には、清算結了決議の株主総会議事録に、以下のロジックを少しオフィシャルな表現で記載しておくのです。 

「調査の結果、買主法人は既に清算結了しており、当社に対する債権債務関係は存在しないことが確認された。また、関連契約においても、当社が直接の責めを負うべき残存債務は確認されない。したがって、清算を結了することに法的支障はないと判断する」

2 意見書(Opinion)代の節約

 当初予定していた、高額な弁護士による
「問題ないですよ」
というお墨付き(リーガルオピニオン)は、もはや不要です。

 「相手がいない」
という事実が、最強のオピニオンです。

その予算は、最後の打ち上げ代にでも回してください。

3 結論: 

買主がSPC(特別目的会社)だったことが幸いしましたね。 

彼らはプロジェクトが終われば消える
「使い捨てカメラ」
のような存在です。

今回は、相手が勝手に消えてくれたおかげで、御社は無傷で戦場を去ることができます。

 堂々と、しかし迅速に、幕を引きましょう。

※本記事は、特定の契約関係および事実関係(買主の清算結了等)を前提とした戦略的判断の一例です。 
個別の事案における責任の有無や清算人の善管注意義務については、具体的な契約条項や事実経過により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02230_ケーススタディ:「確認書」を「申込書」に変えるだけで回収リスクが激減? 眠っていた書式を最強の武器にする“3つの改造”

「社内のサーバーに、2年前に作ったけれど一度も使っていない『取引確認書』のフォーマットがあるんですが、今回の大型案件でこれを使ってもいいですか?」

こんな相談を受けたとき、多くの経営者は
「あるなら使えばいいじゃないか」
と軽く考えがちです。

しかし、ちょっと待ってください。

その
「眠っていた文書」、
そのまま使うと錆びついたナイフのように、いざという時に折れてしまうかもしれません。

特に、相手が海外企業や新規取引先の場合、生ぬるい
「確認書」
では、代金回収やコンプライアンスのリスクをカバーしきれない恐れがあります。

本記事では、社内で埃を被っていた
「確認書」
を、リスク管理の観点から
「申込書」
へと進化させ、相手を法的にガッチリとグリップするための
「文書改造術」
について解説します。

【この記事でわかること】

• なぜ「確認書」ではなく「申込書」にするだけで立場が変わるのか
• 未払いを防ぐための「人質(保証金)」条項の入れ方
• 法的トラブルの地雷を相手に踏ませる「責任転嫁」のテクニック

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ゼニス・クリエイション 営業本部長 富樫 健二(とがし けんじ) 
業種 : イベント企画・空間プロデュース業
相手方: グロリア・インポート社(海外高級家具の輸入専門商社)

【相談内容】 

先生、お世話になります。 

この度、海外の高級家具を扱うグロリア・インポート社から、新作発表のための大規模な展示イベントのプロデュースを総額1500万円で受注することが決まりました。 

相手は実績のある商社で、与信調査の結果も問題ありません。

そこで契約手続きなのですが、
「基本取引契約書」
に加えて、個別の発注内容を固めるために
「イベント業務確認書」
という書類を交わそうと思っています。

ただ、この
「確認書」、
2年ほど前に法務担当者が作ったものの、現場では面倒がられて一度も使われたことがありません。

せっかく作ったので、この機会に正式な書式として運用したいのですが、このまま使って問題ないでしょうか? 

記載内容についてご助言をいただけますでしょうか。

「確認書」は“お互い様”、「申込書」は“頼んだのはお前だ”

富樫本部長、2年も眠っていた
「確認書」、
そのまま使ってはただの紙切れ同然になりかねません。

まず、タイトルの
「確認書」
を、
「イベント業務申込書」
に変えましょう。

これは単なる言葉遊びではありません。 

「確認書」
は、
「お互いに内容を確認しましたよ」
という対等でニュートラルなニュアンスを持ちます。

 一方、
「申込書」
は、
「顧客(クライアント)が、御社(プロデューサー)に対して、仕事を『申し込みます』」
という、顧客側からの能動的な意思表示の文書になります。

ビジネスの主導権を握るため、そして万が一トラブルになった際に
「頼んだのはそっちだろ(だから金も払え)」
という構図を明確にするために、文書の性質を根本から変えるのです。

「カネ」を人質に取る ~保証金条項の挿入~

1500万円という巨額の取引です。

いくら与信があるとはいえ、海外製品を扱う商売は水物です。

転ばぬ先の杖は必要です。 

そこで、この申込書に
「保証金(デポジット)」
に関する条項をガッツリ入れ込みましょう。

具体的には、 
「申込時に、保証金として総額の〇〇%(例えば30%など)を支払うこと」
「何月何日までに、指定口座に着金させること」
を明記します。

そして、ここが重要ですが、 
「保証金を期限内に支払わなければ、イベント準備作業には着手しない。その結果、開催日に間に合わなくても、それは金払いの悪いそっちの自己責任だ(御社は免責される)」
という趣旨の、かなりキツイ一文を入れておくのです。

これで、
「カネの見込みがない仕事で汗をかき、結局タダ働きになる」
という最悪の事態を防げます。

「地雷」は相手に踏ませる ~コンプライアンス調査義務の転嫁~

イベントや広告の世界には、使用する音楽や映像の著作権、あるいは展示内容に関する法的規制といった
「地雷」
が埋まっています。

これを御社がすべてチェックするのは荷が重すぎますし、コストもかかります。

そこで、申込書には以下の条項を追加し、リスクを遮断します。

• 調査はクライアントの責任: 展示物の権利関係や関連法規への適合性調査は、すべてクライアント(グロリア社)の責任で行い、御社は調査義務を負わない。
• 不適合時の対応: もし内容が法令に抵触した場合、あるいは会場側の事情で実施できない場合、御社は内容の変更を要求でき、相手が応じなければ中止できる。
• カネはもらう: たとえ中止になったとしても、御社は準備にかかった費用および所定の報酬全額を受領できる。

【今回の相談者・富樫本部長への処方箋】

富樫本部長、結論を申し上げます。 

「2年前の『古文書』を、現代のビジネス戦を生き抜く『最新兵器』にリニューアルしましょう」

1 「確認」から「申込」への意識改革 

単に
「確認しました」
という生ぬるい文書ではなく、
「私が申し込みます、条件はすべて飲みます」
という言質を取る
「申込書」形式
にすることで、心理的にも法的に相手を強く拘束します。

2 「カネ」と「コンプラ」のリスク遮断 

イベントプロデュースにとっての二大リスクである
「未払い」

「法的トラブル」
を、この申込書一枚で相手方に転嫁・遮断します。

「保証金が入らなければ動かない」
「法に触れる企画を持ち込んでも、金はもらうし、イベントは止める」
という強気なスタンスを、契約の入り口で明確にしておくのです。

3 結論: 

2年間眠っていたその文書は、使いようによっては御社を守る最強の盾となり、相手から確実に回収を行うための矛となります。 

ぜひ、この
「改造版」
を使用して、安全にビッグプロジェクトを成功させてください。

※本記事は、具体的な相談事例に基づき、契約書の条項修正やリスク管理の手法を解説したものです。 
個別の契約交渉や法的リスクの評価については、具体的な取引内容や相手方との関係性、適用される法令により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02229_ケーススタディ:「大手だから変な契約書は出さない」は命取り? 契約書の“数字”より100倍重要な“仕事の定義”

「相手はあの大手広告代理店だ。変なことはしないだろう」 
「契約書のドラフトも向こうが出してきたし、遅延損害金の利率くらいチェックしておけばいいか」

新しいビッグ・ビジネスの予感に胸を躍らせ、契約書のチェックが単なる
「儀式」
になっていませんか?

特に、目に見えない
「サービス(役務)」
を提供する取引において、相手のネームバリューを信じて契約書を鵜呑みにするのは、
「目隠しをして高速道路を横断する」
ようなものです。

後になって
「これもやってくれると思っていた」
「クオリティが低い」
と泥沼の争いになるのは、往々にして契約書の
「数字」
ではなく
「中身」
の不備が原因です。

本記事では、大手企業から提示された
「標準的な契約書」
に潜む罠と、遅延損害金や期間よりも圧倒的に重要な
「仕事の定義(SOW:Statement Of Work)」
について、弁護士の視点から解説します。

【この記事でわかること】

• 「モノの売買」と「サービスの提供」で全く異なる契約のリスク
• 「別途協議する」という条文が招く“ちゃぶ台返し”の恐怖
• トラブルを防ぐ最強の盾「SOW(Statement of Work:作業範囲記述書)」の作り方

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社ヴァンテージ・ロジック 営業本部長 大西 進(おおにし すすむ) 
業種 : ITソリューション・コンサルティング
相手方: 株式会社タイタン・エージェンシー(業界最大手広告代理店グループ)

【相談内容】 

先生、いつもお世話になっております。 

この度、業界最大手の
「タイタン・エージェンシー」
と、新規の広告コンサルティング取引を行うことになりました。

先方から
「基本取引契約書」
のドラフトが送られてきたのですが、法的に問題がないか見ていただけますか?

私が見たところ、
・検収は30日以内
・遅延損害金は年利6%
・契約期間は1年ごとの自動更新
・管轄裁判所は東京地裁
といった条件で、ごく標準的な内容かなと考えています。

相手は大企業ですし、変な契約書は出してこないと思うので、このままハンコを押して進めてもよろしいでしょうか?

「モノ」と「サービス」は、ルールが全く違う別競技

大西本部長、形式的な数字のチェックは完璧です。 

しかし、肝心な視点が抜け落ちています。 

今回の取引は、ネジやパソコンといった
「モノ」
の売買ではなく、コンサルティングや制作といった
「サービス(役務)」
の提供ですよね?

「モノ」
なら、不良品かどうかは一目瞭然です。

しかし、
「サービス」
は目に見えません。

「私の思った通りのクオリティではない」
「ここまではやってくれると思っていた(やってくれるはずだ)」
という、
「主観のズレ」
が、後々、最大の火種になります。

契約書で数字だけを見て安心するのは危険です。

契約書に「何をするか」が書かれていない恐怖

提示された契約書は
「標準的」
に見えますが、おそらく
「具体的業務内容」
については
「別途仕様書で定める」
あるいは
「都度協議する」
となっているのではありませんか?

これは、
「料理の内容も値段も決めずに、高級レストランで『お任せ』で注文する」
のと同じです。

大手企業であればあるほど、現場担当者はジョブローテーションで変わります。 

「前の担当者は『いい感じでやって』と言っていたのに、新しい担当者は『契約書に書いてないことは金払わん』と言い出す」 
そんな
「ちゃぶ台返し」
が起きたとき、業務内容が曖昧な契約書は御社を守ってくれません。

「信頼関係」という名の幻想を捨てよ

「相手は大手だから、無茶なことはしないだろう」
という正常性バイアスが働いていませんか?

ビジネスの世界において、契約書に書いていないことは
「何をやっても自由」
というのが原則です。

「大手だから」
ではなく、
「大手だからこそ」、
契約書に書かれていない業務(サービス残業的な修正作業など)を平然と要求してくる可能性も否定できません。

それは彼らにとっての
「常識(=下請けは黙って従うもの)」
だからです。

【今回の相談者・大西本部長への処方箋】

大西本部長、選択肢は2つです。

「仕事の定義をガチガチに固める」
か、
「性善説に賭けて丸投げに乗る」
かです。

1 トラブルを完全に防ぎたいなら、「仕様」を握れ 

もし、後で
「言った言わない」
「クオリティが低い」
といった泥仕合を避けたいのであれば、契約書の条文修正よりも、
「SOW(Statement of Work:作業範囲記述書)」
の作成に全力を注ぐべきです。

 「何を、いつまでに、どのような品質で、どこまでやるか(そして、何はやらないか)」
を、小学生でもわかるレベルで言語化し、契約書の一部として合意するのです。

これができて初めて、契約書は御社を守る
「盾」
になります。

2 「大人の関係」で波風立てずに進めるなら 

一方で、
「あまり細かく決めると、先方の機嫌を損ねる」
「現場の柔軟性がなくなる」
と懸念されるのであれば、ご提示のドラフトのままで進めるのも1つの経営判断(ビジネスジャッジメント)です。

相手が紳士的であれば、何事もなく終わるかもしれません。 

ただし、それは
「ノーガード戦法でリングに上がる」
のと同じです。

何かあったときに
「契約書に書いてない!」
と泣きつくことはできません。

自己責任です。

3 結論: 

遅延損害金の利率を気にする前に、
「我々に提供される“サービス”のゴールはどこか」
が、相手と1ミリのズレもなく共有されているかを確認してください。

そこが曖昧なら、どんな立派な契約書もただの
「紙切れ」
です。

※本記事は、業務委託契約(準委任・請負)における業務範囲の特定(SOW)や契約実務に関する一般的なリスクと対策を解説したものです。 
個別の契約解釈や交渉、および具体的な紛争解決については、契約内容や事実関係により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02228_ケーススタディ:「補償金は家主のもの」という大誤解! 立ち退き命令を“設備一新”の好機に変える、店子のための「対行政」交渉術

ある日突然、役所から届く
「立ち退き要請」
の通知。

「道路拡張のため、立ち退いてください」
と言われた時、多くのテナント(店子)経営者は、
「補償金をもらえるのは土地建物のオーナー(家主)だけで、借りている自分たちは泣き寝入りか・・・」
と諦めてしまいがちです。

しかし、その思い込みこそが
「法律オンチ」
の典型です。

実は、公共事業における補償は、家主と店子で
「財布」
が明確に分かれています。

家主に頭を下げる必要も、遠慮する必要もありません。 

むしろ、この不可抗力を利用して、古びた設備を国の費用で最新鋭にリニューアルし、事業を飛躍させるチャンスになり得るのです。

本記事では、家主の顔色を伺うことなく、国(行政)から正当な
「営業補償」

「移転費用」
を満額引き出し、ピンチを成長の起爆剤にするための交渉知識について解説します。

【この記事でわかること】

• 「家主への対価」と「店子への補償」は完全に別枠であるという事実
• 引っ越し代だけでなく、「見えない損失(営業補償)」まで積み上げる請求の技術
• 行政担当者任せにせず、こちらからアプローチする「申請主義」の鉄則

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社オルフェウス・オートマタ 代表取締役 機巧 弾(からくり だん) 
業種 : アンティーク・オルゴールおよび自動演奏楽器の修復・製造
相手方: 国道事務所(国・自治体)、および有限会社バロック・エステート(家主)

【相談内容】 

先生、弱り目に祟り目です。 

当社の工房が入居しているビルが、県の道路拡張計画(バイパス工事)のルートに引っかかり、取り壊されることになりました。

 家主の
「バロック・エステート」
には、土地・建物の買収金として莫大な補償金が入るようです。

しかし、我々はただの店子です。 

工房内には、巨大な自動演奏ピアノや、繊細な調整を要する旋盤・工作機械が所狭しと並んでいます。 

これらを分解・梱包して移転させるだけで数百万円はかかりますし、移転工事の間は修復作業もストップしてしまいます。 

家主に
「補償金の一部を分けてくれ」
と頼んでも、
「それは建物の代金だから関係ない」
と門前払いです。

やはり、借りている身分の弱さでしょうか。

自腹で泣く泣く引っ越すしかないのでしょうか?

「家主の財布」と「店子の財布」は別宇宙

機巧社長、まずはその
「家主におねだりする」
という発想を捨てましょう。

公共事業の補償において、家主(オーナー)と店子(テナント)は、全く別の権利主体です。 

家主がもらうのは
「土地と建物の対価」
です。

一方で、あなたがもらうべきなのは
「事業を継続するための移転対価」
です。

これは離婚の財産分与のような
「パイの奪い合い」
ではありません。

それぞれが国に対して別々の請求書を回す、独立した
「保険請求」
のようなものです。

ですから、家主の顔色を伺う必要は1ミリもありません。

補償の「裏メニュー」を知っているか?

「引っ越し代くらいは出るだろう」 
そんな謙虚な姿勢では、役所の言い値で買い叩かれます。

「公共用地の取得に伴う損失補償基準」
という、いわば役所の“支払基準マニュアル”には、驚くほど細かい
「補償メニュー」
が記載されています。

1 動産移転料: 巨大なオルゴールや精密機械をバラして、運んで、新天地で組み立て直す費用。専門業者による調整費も含まれます。

2 借家人補償: 今より家賃が高い所しか見つからない場合の差額補償(一定期間)。

3 移転雑費: 新しい物件を探すための仲介手数料、広告費、登記費用、移転案内の挨拶状印刷代まで。

4 営業補償(重要!): これが一番大きいです。休業中の固定費(従業員の給料含む)、休業しなければ得られたはずの利益、移転によって常連客が離れることによる減収分まで、理論上請求可能です。

つまり、うまく交渉すれば、古くなった設備を国のお金で最新鋭にし、宣伝費まで出してもらった上で、リニューアルオープンが可能になるのです。

「お客様」になってはいけない

役所仕事の基本は
「申請主義」
です。

向こうから
「こんな補償もありますよ」
と親切に教えてくれることは、まずありません。

「順次、係の者が訪問します」
という通知をのんびり待っていたら、予算消化の都合で、安易な条件でハンコを押させられるのがオチです。

【今回の相談者・機巧社長への処方箋】

機巧社長、被害者面をするのはやめて、今日から
「敏腕請求者」
になりましょう。

1 ターゲットは家主ではなく「国道事務所」 

交渉相手を間違えています。

家主と喧嘩しても1円にもなりません。 

事業主体である
「国道事務所の用地課」
の担当者に、直接連絡を入れてください。

「当社は立ち退きに協力する用意がある。ついては、早期に詳細な条件を詰めたい」 
と、こちらからアプローチするのです。

役所にとって、一番怖いのは
「ゴネて居座る人」
ですが、一番ありがたいのは
「話のわかる、しかし計算高いプロ」
です。

2 「見積もりの山」を築く 

担当者が来る前に、ピアノ運送業者、内装業者、設備業者から、もっとも丁寧(かつ高額)なコースの見積書を取ってください。 

さらに、過去の決算書から
「1日休んだらいくらの損失が出るか」
を弾き出しておきます。

 「これだけの損害が出ます。基準通り払ってくださいね」
と、数字という名の武器を突きつけるのです。

3 結論: 

立ち退きは、ビジネスの強制終了ではありません。 

「国をスポンサーにつけた、大規模な事業再構築プロジェクト」
です。

感情を排して、電卓を叩き続けましょう。

※本記事は、架空の事例をもとに、公共事業に伴う損失補償の一般的な仕組みを解説したものです。
実際の補償項目や算定基準は、事業主体(国・自治体)や適用される基準(公共用地の取得に伴う損失補償基準等)、個別の賃貸借契約の内容により異なります。
個別の交渉や金額算定については、必ず弁護士や補償コンサルタントにご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02227_ケーススタディ:「ドイツ企業なら日本で訴えろ」が正解? “地の利”と“時間”を味方につける国際訴訟の勝ち筋

「ドイツの取引先とトラブルになった。でも国際訴訟なんて金と時間の無駄だ。泣き寝入りするしかない」 
そう諦めて、回収できるはずの債権をドブに捨てようとしたケースがあります。

しかし、ちょっと待ってください。

もし契約書で
「日本の裁判所」
が管轄になっているなら、その判断は早計に過ぎます。

実は、ドイツ企業との訴訟は、最初の難関である
「送達」
さえクリアすれば、こちらが圧倒的に有利な
「ホーム戦」
に持ち込める、勝算の高いゲームなのです。

相手にとって、言葉も法律も通じない極東の島国での裁判は
「悪夢」
でしかありません。

本記事では、ハードルが高いと思われがちな対ドイツ企業訴訟において、
「ホーム(日本)開催」
のメリットを最大限に活かし、有利な和解や回収を引き寄せるための法務戦略について解説します。

【この記事でわかること】

• スポーツと同じ「ホーム・アンド・アウェイ」の残酷なまでの格差
• 最大の難所「訴状の送達」を突破するための心構えとコスト感
• 日本の判決がドイツで「紙切れ」にならない法的な理由

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社クレスト・ケミカル 海外事業部長 剣持 守(けんもち まもる)
業種 : 高機能化学素材・フィルム製造
相手方: ドラッヘ・ケミカル社(ドイツの化学メーカー)

【相談内容】 

先生、頭が痛いです。 

共同開発を行っていたドイツの取引先
「ドラッヘ・ケミカル社」
が、契約を一方的に破棄し、分担金の支払いを拒否して音信不通になりました。

契約書には
「紛争は東京地方裁判所を専属的合意管轄とする」
と書いてあるので、日本で裁判はできるはずです。

しかし、社内会議では 
「国際訴訟なんて泥沼だ」
「勝ってもドイツの資産を差し押さえられる保証がない」
「翻訳費用や弁護士費用で赤字になる」
と、弱気な意見ばかりです。

やはり、わざわざドイツまで行って回収するのは現実的ではないのでしょうか?

泣き寝入りすべきでしょうか?

訴訟は「ホーム」が天国、「アウェイ」は地獄

剣持部長、スポーツの世界を思い出してください。

サッカーでも野球でも、
「ホーム有利、アウェイ不利」
は鉄則です。

訴訟も全く同じです。

もし、御社がドイツに行って裁判をするとしたら? 

ドイツ語の書類、ドイツの法律、ドイツ人の裁判官、そしてユーロ建ての高額な弁護士費用・・・想像するだけで胃が痛くなりますよね。 

しかし、今回は東京地裁が管轄です。

つまり、相手を
「ホーム(日本)」
に引きずり込めるのです。

これは、御社にとっては
「いつものグラウンド」
ですが、相手にとっては
「言葉も法律も通じない完全なる敵地」
での戦いとなります。

このアドバンテージを捨ててはいけません。

「送達」という名の“長くて面倒な入場ゲート”

ただし、この有利な試合を開始するためには、1つだけ厄介なハードルがあります。

それが
「訴状の送達」
です。

日本の裁判所からドイツの会社に
「お前を訴えたぞ」
という手紙(訴状)を、条約に基づいた正式なルートで届けなければなりません。

これには訴状のドイツ語翻訳が必要ですし、外務省や大使館を通じるため、数ヶ月単位の時間がかかります。

多くの企業は、この
「入場ゲート」
の面倒くささと翻訳コストに心が折れてしまいます。

しかし、ここさえ突破すれば、あとはこちらのものです。

日本の判決はドイツでは「紙切れ」ではない

「勝っても執行できないのでは?」
という懸念ですが、執行のハードルは比較的低いと判断できます。

実は、日本の法律(民法など)は、明治時代にドイツ法をモデルにして作られました。

いわば親子のような関係で、法体系が非常に似ています。

そのため、相互の保証(相互の保証)があり、日本の確定判決は、ドイツの裁判所でも
「承認・執行」
の手続きを経ることで、比較的スムーズに強制執行の効力を持つことができます。 つまり、ドイツでゼロから裁判をやり直す必要はなく、日本の判決文を持ってドイツの裁判所に
「これ、よろしく」
といえば、相手の資産を差し押さえられる可能性が高いのです。

【今回の相談者・剣持部長への処方箋】

剣持部長、結論を申し上げます。

 「面倒くさい『送達』の手続きさえ我慢すれば、あとは勝てる可能性のあるゲームです」

1 相手を「土俵」に上げる 

まず、数ヶ月かかろうとも、翻訳費用をかけて粛々と訴状の送達プロセスを進めます。 

これは、相手をこちらの土俵(ホーム)に引きずり込むための、必要な儀式(先行投資)です。

2 「和解」という名の白旗を待つ 

有効に訴状が送達された瞬間、ドラッヘ・ケミカル社はパニックになるでしょう。

 「極東の島国で、ワケのわからない日本語による裁判が始まった!」 
彼らは、日本の法律を理解し、日本語を操る高額な弁護士を雇い、わざわざ日本まで来て対応しなければなりません。

まともな経営判断ができる相手なら、
「こんなコストがかかるくらいなら、和解金を払って終わらせたほうがマシだ」
と考える確率が非常に高いです。

3 結論:我慢比べに勝つ 

国際訴訟は、突き詰めれば
「どちらがより面倒くさい思いをするか」
の我慢比べです。

ホームで戦える御社と、アウェイで戦わされる相手。

どちらが有利かは明白です。 

「泣き寝入り」
という選択肢を捨て、相手に
「アウェイの洗礼」
を浴びせてやりましょう。

※本記事は、一般的な国際民事訴訟の管轄、送達、および外国判決の承認執行に関する実務的知見を解説したものです。
個別の事案における送達の可否、準拠法の適用、および外国での執行可能性については、条約や現地法制により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02226_ケーススタディ:「契約書がない!」を嘆く前に _“どんぶり勘定”を“鉄の証拠”に焼き直す、債権回収の錬金術(5W2H)

「長年の付き合いだから、契約書なんて水臭いものは作っていなかった」 
「合計でこれだけ未払いがあるんだから、裁判所もわかってくれるだろう」

ビジネスの現場、特に古くからの商習慣が残る業界では、こうした
「阿吽の呼吸」
で取引が進むことが珍しくありません。 

しかし、いざ相手が支払いを渋り、法的手段に訴えようとした瞬間、その
「信頼」

「立証の欠如」
という絶壁となって立ちはだかります。

本記事では、契約書が存在しない状態で、多額の売掛金を回収しようとする企業の事例をもとに、
「ざっくりとした請求」

「裁判に勝てる主張」
へと昇華させるための、泥臭くも確実な準備作業(5W2Hの再構築)について解説します。

【この記事でわかること】

• 「合計請求書」だけでは裁判所が動かない理由
• 契約書がない場合に、過去の取引を「鉄の証拠」に変えるリスト作成術
• 仮差押えを成功させるための「銀行支店」特定の重要性

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社プレシジョン・パーツ 営業部長 鉄本 堅(てつもと けん) 
業種 : 精密機械部品・産業用部材卸売業
相手方: 株式会社ギャラクシー・ファクトリー(製造工場運営)

【相談内容】 

先生、先日ご相談した取引先
「ギャラクシー・ファクトリー」
への債権回収の件です。

相手の経営状態が怪しいので、先生のアドバイス通り、訴訟の前に
「仮差押え(相手の資産を凍結すること)」
を急ぎたいと思います。

未払い金は、合計で約1810万円あります。

毎月、合計金額の請求書は送っています。 

ところが、担当者に確認したところ、元々創業者が友人同士だったこともあり、
「基本取引契約書」
などの契約書を交わしていなかったことが判明しました。

契約書がないと、裁判所は相手にしてくれないのでしょうか?

あと、先生からのメールに
「仮差押えをするなら銀行の支店情報が必要」
とありましたが、相手がどこの支店を使っているかなんて、いちいち把握していません。

合計金額の請求書はあるので、これでなんとかなりませんか?

裁判所は「ざっくり」を最も嫌う

鉄本部長、お気持ちはわかりますが、司法という国家作用を動かすには、
「だいたいこんなもの」
という感覚は通用しません。

裁判所は、
「いつ、誰が、誰と、何を、いくらで売る約束をして、いつ納品し、いつが支払期限で、どの部分が未払いなのか(5W2H)」
という事実が、ミクロのレベルで特定されていないと、1円たりとも認めてくれません。

合計1810万円の請求書1枚だけでは、
「内訳は? その根拠は?」
と突っ込まれて終了です。

契約書がない以上、
「過去の個別の取引の積み重ね」
こそが、契約の存在を証明する唯一の武器になります。

「5W2H」で過去を復元せよ

契約書がない場合、諦める必要はありませんが、その分、汗をかく必要があります。 

お手元の納品書、発注メール、受領証などを総動員して、以下の項目をリスト化してください。

• 取引日(いつ注文を受けたか)
商品名・種類(何を売ったか。「XXライン用部品一式」「型番YY」など詳細に)
価格(いくらで)
• お届け日(いつ義務を果たしたか)
請求日と支払期限(いつ払う約束だったか)

これらをエクセルなどで一覧表にすること。 

これが、
「存在しなかった契約書」
の代わりとなります。

面倒だと思われるかもしれませんが、これをやらない限り、裁判所というリングには上がれません。

「銀行支店」という宝の地図

「仮差押え」
は、相手に知られずに銀行口座を凍結する奇襲攻撃です。

しかし、裁判所に対しては
「××銀行の〇〇支店にある預金」
とピンポイントで指定しなければ、差押え命令を出してくれません。

「どこかの支店にあるはずだ」
では、空振りに終わります。

これは、宝探しにおいて
「この島のどこかに宝がある」
と言うのと、
「この島の北緯〇度、東経〇度の木の根元にある」
と言うのとの違いです。

過去の入金履歴や、相手の振込通知書、あるいは営業担当者が聞き出した情報などから、相手が使っている
「メインバンクの支店」
を特定する必要があります。

【今回の相談者・鉄本部長への処方箋】

鉄本部長、契約書がないことを嘆いてもお金は戻ってきません。

今やるべきは、
「事実の再構築」
です。

1 「請求の解像度」を極限まで上げる 

1810万円という
「塊」
を、1つ1つの具体的な取引(細胞)にまで分解してください。

「○月○日現在、部品代金1810万円」
という請求書があるとのことですが、これを、
「○月○日、A工場ライン用ギア、50万円、納期○月○日」
といった具合に、すべての取引についてリスト化します。

裁判官に
「なるほど、これだけ具体的な仕事をしたのだから、代金が発生するのは当然だ」
と思わせるだけの、圧倒的な事実の羅列が必要です。

これが
「事実による立証」
です。

2 「支店特定」は探偵になったつもりで 

銀行支店の特定については、経理担当者に過去の通帳をすべてひっくり返させてください。

一度でも相手から入金があれば、そこに支店名が記載されている可能性があります。 

もしなければ、営業担当者が
「集金」
の名目で相手を訪問し、それとなく取引銀行の話題を出すなど、あらゆる手段で情報を収集してください。

仮差押えはスピード勝負ですが、
「的(まと)」
が見えていなければ矢は放てません。

3 結論 

契約書という
「紙」
がないなら、
「事実と記録」
という
「レンガ」
を積み上げて城壁を作るしかありません。

「細かいことはいいじゃないか」
はビジネスの現場では通じても、法廷では命取りになります。

今すぐ、総力を挙げて
「リスト作成」

「支店特定」
に取り掛かってください。

※本記事は、架空の事例をもとに、債権回収における事実の特定(要件事実)および民事保全手続(仮差押え)の実務的ポイントを解説したものです。 
個別の事案における証拠の評価や手続の可否については、具体的な事情により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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