02225_正解も定石も不明なプロジェクトを推進するためのチーム体制を整える【#1~#7】


著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02220_ケーススタディ:取引先倒産! 破産管財人からの「底引き網」請求に慌てるな_社長個人への支払いは有効か?

「取引先が倒産した! しかも、破産管財人から『売掛金を払え』という通知書が届いた!」 
「いやいや、もう社長個人に払ってしまったし、そもそも契約相手は法人ではなく社長個人のはずだが・・・」

取引先が破綻した際、裁判所から選任された
「破産管財人」
から、有無を言わさぬ請求書が届くことがあります。

弁護士名義の仰々しいFAXや内容証明郵便を見ると、つい
「払わなければならないのか」
と萎縮してしまいがちです。

しかし、慌てる必要はありません。

管財人の請求が常に正しいとは限らないからです。

彼らは職務上、あえて
「ダメ元」
で網を広げている可能性があるのです。

本記事では、破産管財人からの請求に対して、
「契約当事者の別人格性」

「支払の前後関係」
を武器に、不当な二重払いを回避するための法務戦略を解説します。

【この記事でわかること】

• 破産管財人が行う「底引き網」的な債権回収の実態とその背景
• 「法人」と「社長個人」の別人格性を利用した反論ロジック
• すでに支払い済みである場合の法的な対抗要件と交渉術

【相談者プロフィール】 

株式会社キッチリ・ペイメント 管理本部長 堅山 守(かたやま まもる、52歳) 
業種:システム開発・ITコンサルティング

【相談内容】 

先生、驚きました。 

当社の長年の外注先であるウェブデザイン会社
「株式会社ザル・プランニング」
が破産したそうなんです。

そこまでは昨今の情勢を考えればあり得る話なのですが、裁判所から選任されたという破産管財人の弁護士から、いきなりFAXで 
「未払いの制作料300万円を、直ちに管財人口座へ振り込んでください」
という請求書が届いたのです。

確認したところ、その制作料は、今朝一番に、代表の羽田氏の個人口座へ送金済みでした。 

これでは二重払いをしろということになりませんか? 

それに、そもそも当社が契約しているのは、法人である
「株式会社ザル・プランニング」
ではなく、代表の羽田氏(個人)なんです。

契約書の名義も個人の実印が押されています。

しかし、相手は裁判所のバックがついている管財人ですし、弁護士の先生です。

言われた通りに払わないと法的にまずいことになるのでしょうか?

管財人の「底引き網」漁法

破産管財人からの通知書や請求書は、受け取った側からすると、まるで
「お上の命令」
のように感じられ、心拍数が上がるものです。

しかし、ここで思考停止してはいけません。

彼ら(管財人)のミッションは、破産財団(債権者に配当するための原資)を1円でも多く確保することです。 

そのため、破産会社の帳簿やメールをざっと見て、
「あ、ここから金が取れそうだ」
と思ったら、とりあえず
「底引き網」
を投げてくる習性があります。

精査する時間がないため、
「数打ちゃ当たる」戦法
を取らざるを得ない事情もあるのです。

「法人」と「個人」は赤の他人

法律の世界では、生身の人間(社長個人)と、法人(会社)は、
「まったくの赤の他人」
として扱われます。

たとえ社長が100%株主であったとしても、法的には
「別人」
です。

破産管財人は、あくまで
「法人」
の財産を管理する人であり、
「社長個人」
の財布を管理する権限はありません(社長個人も同時に破産していない限り)。

したがって、社長個人との契約に基づくお金を、会社の管財人が請求してくるのは、
「隣の家の人が破産したからといって、その隣人があなたの給料を差し押さえに来る」
のと同じくらい、筋違いな話なのです。

タッチの差の法的効力(対抗要件)

債権回収や破産の世界は、
「早い者勝ち」
の非情なルールで動いています。

管財人からの通知(破産開始決定の通知や支払請求)が届く前に、善意で(破産の事実を知らずに)本来の債権者へ支払ってしまった場合、その支払いは有効です。 

これは、サッカーのゴールライン・テクノロジーのようなものです。

ボール(お金)がラインを割った(送金された)のが、ホイッスル(管財人の通知到達)より先であれば、ゴール(弁済)は認められます。 

「入れ違いで支払い済みです」
この事実があれば、管財人は
「二重払い」
を要求することはできません。

【今回の相談者・堅山 守氏への処方箋】

 堅山部長、慌てる必要はありません。 

相手が
「裁判所の代行人」
であっても、法的な理屈が通っていれば恐れることはありません。

今回のケースでは、以下の2点を主張することで、
「ゼロ回答(支払拒絶)」
を返すことができます。

1 「契約の主体が違います」 

契約書を確認してください。

ハンコが個人の実印であれば、契約の主体は個人です。 

「本件契約は、貴職が管理する破産法人との契約ではなく、羽田氏個人との契約です」 
この一言で、法人の破産管財人の請求権は消滅します。

管財人には個人の財産を管理する権限がないからです。

2 「すでに支払いました」 

FAXや通知が届く前に送金済みであれば、新たに支払う必要はありません。 

もし管財人がお金を取り戻したいなら、受け取った社長個人から回収すべきであって、支払った御社に文句を言う筋合いはないのです。

結論: 

以下の文面で、毅然と回答してください。 

「ご請求の件ですが、以下の理由によりお支払いする義務はございません。
① 本件契約は、貴職が管理する破産法人との契約ではなく、社長個人との契約であること
② 本日の送金分については、貴職からの通知が到達する前に、すでに契約相手方へ送金済みであること」

相手もプロ(弁護士)ですから、理屈が通っていれば、
「ああ、そうですか(釣れなかったか)」
と、あっさり引き下がります。

過剰に恐縮したり、忖度したりする必要は一切ありません。

ビジネスにおいては、
「誰と契約したか(契約の主体)」

「いつ払ったか(履行の完了)」
の記録さえしっかりしていれば、どんな
「底引き網」
も怖くはありません。  

※本記事は、架空の事例をもとに、破産法および民法上の弁済の有効性に関する一般的な法解釈を述べたものです。破産管財人の権限を不当に害する意図や、財産隠しを推奨する意図は一切ありません。個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02219_ケーススタディ:「肉を切らせて骨を断つ」戦略的訴訟の流儀_“勝訴”だけがゴールではない

「明らかにパクリなのに、裁判で白黒つけるのは難しいと言われた……」
「勝訴の見込みが五分五分の訴訟に、コストをかける経営判断は正しいのか?」

競合他社による模倣や権利侵害に直面した経営者にとって、裁判の
「勝ち負け」
は重大な関心事です。

しかし、企業法務の最前線である
「戦略法務」
の世界では、必ずしも
「勝訴判決(100%の勝利)」
だけがゴールではありません。

本記事では、クラフトコーラ事業を展開する架空の事例をもとに、法的なハードルが高い事案であっても、あえて訴訟の場に引き出すことが、なぜ
「最強のビジネス防衛策(抑止力)」
になり得るのかを解説します。

この記事でわかること:

• 模倣品(パクリ)対策の現実: 不正競争防止法などのハードルが高い場合の「次の一手」
• 訴訟の経済学: 相手方に「紛争解決コスト」と「経営的リスク」を意識させる交渉術
• レピュテーション(評判)管理: 「権利侵害とは徹底的に戦う」という姿勢を見せることの投資価値

単なる法的な勝ち負けを超え、訴訟プロセスそのものを
「自社の市場優位性を守るための正当な権利行使」
として活用する、経営者のための実践的なケーススタディをご紹介します。

相談者プロフィール:

株式会社クラフト・スピリッツ 代表取締役社長 釜炊 煮込(かまたき にこむ、45歳)

相談内容:

先生、先日はありがとうございました。

博多で雨後の筍のように湧いて出た、ウチの
「クラフトコーラ」
を真似した店への対応の件です。

先生の解説、目からウロコでした。

「不正競争防止法だの著作権法だの真正面からぶつかっても、相手をねじ伏せる判決を勝ち取るのは難しい。下手をすれば負ける」
という、冷徹な見立て、しかと受け止めました。

ですが、それ以上に響いたのは、先生のこの一言です。

「たとえ判決で100%勝てなくても、訴訟を提起し、退かずに戦う姿勢を見せること自体が、相手に対して『安易なパクリは高くつく』という強烈なメッセージになり、それが結果としてビジネスを守る抑止力になる」

社内で検討した結果、今回の博多の件は、相手も小粒ですし、今回は見送ることにしました。

ただ、今回教えていただいた
「勝敗を超えた戦略的訴訟」
という高度な戦術は、今後、もっと体力のある大手がウチの真似をしてきた時のための
「伝家の宝刀」
として、懐に忍ばせておきます。

いざという時は、抜きますよ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:裁判所の「判断基準」とビジネスの「感覚」のズレ

多くの経営者は、
「パクリだ!悔しい!」
という直感的な正義がそのまま裁判所で認められると思っています。

しかし、実務の世界では、アイデアやコンセプトといった
「フワッとしたもの」
を独占的な権利として守るのは、法律上、非常にハードルが高いのが現実です。

特に不正競争防止法における
「商品の形態模倣」

「周知表示混同惹起」
のハードルは、一般の方が思うよりも高く設定されています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:訴訟の「副次的効果」を戦略に組み込む

しかし、訴訟の目的を単に
「勝訴判決」
だけに置かず、
「交渉のテーブルに着かせること」

「将来の模倣に対する牽制(抑止力)」
に置くと、景色は一変します,。

訴訟が提起されると、被告側は応戦を余儀なくされます。

弁護士を選任し、過去の資料をひっくり返し、詳細な反論書面を作成しなければなりません。

これには相応の
「コスト(費用・時間・労力)」
がかかります。

相手が大企業であればあるほど、コンプライアンスやレピュテーション(風評)を気にしますから、
「係争中である」
という事実自体が、経営判断に重い影響を与えます。

つまり、確たる法的根拠を持って訴訟に踏み切ることは、
「安易な模倣や権利侵害は、割に合わないコストを強いることになる」
ということを、業界全体に知らしめる
「投資」
としての側面を持つのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:戦略的「消耗戦」の効用

「たとえ最終的な判決が引き分けや和解に終わったとしても、相手に『この会社は権利侵害に対して徹底的に戦う』という強烈な印象を植え付け、安易な参入を躊躇させることができれば、ビジネスの競合戦略としては『勝ち』である」
という考え方が、戦略法務の深層には存在します。

これは、単なる勝ち負けではなく、長期的視野に立った
「自社の知的財産とブランドの防衛戦」
なのです。

モデル助言:「伝家の宝刀」は、抜くべき時まで研いでおく

釜炊社長、ご英断です。

今回の相手のような小規模な相手に対し、こちらの貴重な経営資源(弁護士費用や社長の時間)を投じてまで全面戦争を仕掛けるのは、コストパフォーマンス(費用対効果)の観点から得策ではありません。

しかし、今回得られた知見は、御社にとって大きな武器になります。

将来、資金力のある大手企業が参入してきた際、
「我々は、一歩も引かずに徹底的に権利を主張する覚悟がある」
という姿勢を見せることは、最強の抑止力(防衛策)になります。

・「勝訴」だけが目的ではない。
・プロセスそのものを武器として、自社の市場優位性を守り抜く。

この
「大人の喧嘩の作法」
とも言うべき戦略的思考を理解された御社は、また一つ、企業として強くなったと言えるでしょう。

今回は刀を鞘に納め、次の
「本番」
に備えましょう。

※【注意事項】法的根拠のない訴訟提起について※
本記事は、法的根拠(勝訴の見込みや合理的な法解釈)が存在することを前提とした戦略論です。
事実無根の言いがかりや、単に相手を困らせるためだけの目的で訴訟を提起することは、民事上の不法行為(不当訴訟)を構成する可能性があるほか、弁護士倫理にも反します。
あくまで
「権利の存否が争われるグレーゾーンにおいて、あえて引かずに司法判断を仰ぐ」
という毅然とした態度の重要性を説くものです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02218_企業が行うべき最新ネット風評対策【シリーズコンテンツ#1~#8】


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#ネットメディア#ネット風評被害#企業法務#企業法務大百科#企業活動

02217_ケーススタディ:その「豪華な内装」、大家さんにとっては「ただの産業廃棄物」かもしれません_造作買取請求の冷徹な現実

「内装に5000万円もかけたのに、退去時に全部壊せだなんて!」
「この豪華な設備、次のテナントも絶対に使いたいはず。大家に買い取らせることはできないのか?」

店舗やオフィスの撤退時、経営者を悩ませるのが
「原状回復義務」
の壁です。

こだわりの内装や最新設備も、貸主から見れば単なる
「残置物」
扱いされ、多額の解体費用を請求されることが少なくありません。

ここで多くの借主が思い浮かべるのが、法律で認められた権利
「造作買取請求権(ぞうさくかいとりせいきゅうけん)」
です。

しかし、この権利を振りかざせば、本当にお金を取り戻せるのでしょうか?

本記事では、eスポーツカフェの撤退事例をもとに、借主が陥りがちな
「内装価値」
の誤解と、契約書に隠された冷徹な現実について解説します。

この記事でわかること:

• 造作買取請求権の罠: 法律にあっても、実際の契約書で「無効」にされている理由
• 価値のギャップ: あなたの「こだわり(資産)」が、大家にとっては「産業廃棄物(負債)」になる法的ロジック
• 客観的価値とは: 「ゲーミングブース」が買取対象にならず、「雨戸」なら対象になり得る境界線
• 撤退戦の戦術: 唯一の勝ち筋である「居抜き退去」を成功させるための交渉術

「もったいない」
という感情論が通用しない不動産法務の世界。

無駄なコストを抑え、賢く撤退するために知っておくべきルールを紐解きます。

相談者プロフィール:

株式会社サイバー・ディメンション 代表取締役社長 未来 翔(みらい かける、35歳) (※本ケーススタディは、実在の事例を参考に構成したフィクションです。)

相談内容:

先生、ちょっと聞いてくださいよ!

3年前に社運を賭けてオープンした
「次世代型eスポーツカフェ」、
残念ながら撤退することにしました。

ただね、内装にはめちゃくちゃこだわったんですよ。

全席防音の個室ブースに、床下には最新のLAN配線、天井には近未来的なLED照明。

工事費だけで5000万円もかけました。

これ、壊して更地(スケルトン)にして返せって、大家は言うんです。

「原状回復義務だ」
って。

でもね、これだけの設備、次のテナントだって絶対使いたいじゃないですか?

建物の価値、爆上がりですよ。

だから、大家に
「この素晴らしい設備を買い取ってくれ、それが無理でも、せめてそのまま残していかせてくれ」
と交渉したんですが、
「いらん。全部壊して金払え」
の一点張りです。

民法か借地借家法か忘れましたが、
「造作買取請求権」
っていう、店子が大家に内装を買い取らせる権利がありますよね?

これを使って、大家に5000万円…いや、減価償却して2000万円くらいで買い取らせたいんですが、行けますよね?

だって、もったいないじゃないですか!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「契約書」という名の絶対王政

未来社長の
「もったいない」
というお気持ち、痛いほどわかります。

しかし、結論から申し上げますと、その5000万円の内装は、大家さんにとっては
「撤去費用のかかる巨大な粗大ゴミ」
でしかありません。

まず、契約書の確認です。

お手元の賃貸借契約書第20条をご覧ください。

ここには明確に、
「明渡の際の原状回復義務」

「造作買取請求権の放棄」
が記載されています。

借地借家法は、立場の弱い借主を守るための法律ですが、この
「造作買取請求権」
については、
「特約で排除(放棄)しても有効」
と解されています。

つまり、契約書で
「買取請求はなしね」
とサインした時点で、法律上、未来社長の
「買い取ってくれ」
という要求は、門前払いされる運命にあるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「客観的価値」と「主観的価値」の埋めがたい溝

「でも、原状回復(破壊)する方が社会的損失だ!」
と食い下がる未来社長のお気持ちもわかります。

しかし、法律上の
「造作(ぞうさく)」
として買取請求が認められるためには、
「建物の客観的価値を上げるもの」
でなければなりません。

ここでいう
「客観的価値」
とは、誰が借りても便利、という意味です。

例えば、雨戸や畳、一般的なエアコンなどは、次のテナントが誰であれ役に立ちます。

しかし、御社の
「全席防音のゲーミングブース」

「サイバーなLED照明」
はどうでしょうか?

もし次のテナントが
「落ち着いた和食店」

「調剤薬局」
だった場合、それらは単なる
「撤去しなければならない障害物」
に過ぎません。

特定の事業用(この場合はeスポーツカフェ)のためだけに施した設備は、原則として
「建物の価値を減じてしまう」
と理解されており、造作買取請求権の対象にはならないのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:例外は「シンデレラの靴」並みに狭き門

もちろん、例外的に買取が認められるケースもあります。

それは、
「その建物が最初から特定の用途(例えば飲食店)に使われることを予定して建てられ、かつ、その設備がその用途なら必ず必要とされる」
といった、建物と設備が
「シンデレラの靴」
のようにピタリと一致する場合です。

しかし、今回のビルは一般的な雑居ビルであり、御社が後からこだわりの内装を施したに過ぎません。

この
「かなり限定的」
な例外要件をクリアするのは、極めて困難と言わざるを得ません。

モデル助言:「居抜き」というラストチャンスに賭けるか、潔く散るか

未来社長、法的に大家と戦って買取を迫るのは、
「竹槍で戦車に挑む」
ようなものです。

勝ち目はありません。

選択肢は1つです。

「大家ではなく、『次のテナント』を見つけること」

大家に対して
「買い取れ」
と言う権利はありませんが、大家にお願いして、
「次のテナントがこの内装を気に入ってくれれば、原状回復を免除してもらう(いわゆる居抜き退去)」
という交渉の余地は残されています。

同業他社や、似たような設備を必要とするネットカフェ業者などを自力で探し出し、
「内装をタダで譲るから、スケルトン戻し費用を浮かせたい」
と大家に懇願するのです。

もし、それが叶わなければ、残念ながら5000万円の夢の跡は、追加の解体費用を払って、きれいさっぱり
「無」
に帰すほかありません。

結論

ビジネスにおける
「こだわり」

「世界観」
への投資は、事業が継続している間は
「資産」
ですが、撤退が決まった瞬間、それは
「負債(撤去コスト)」
へと変貌します。

「自分の宝物は、他人にとっても宝物であるはずだ」
という思い込みは、不動産の世界では通用しません。

今回は、高い勉強代となりましたが、原状回復費用を予算に組み込んだ上で、粛々と撤退戦を進めましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02216_ケーススタディ:悪徳テナントを実力で追い出せ!?_「自力救済」という名の甘い罠

「家賃を半年も滞納して連絡もつかない。もう鍵を交換して、荷物を捨ててしまえ!」
「夜逃げ同然の悪徳テナントに、情けをかける必要なんてないだろう?」

ビルのオーナー様や管理会社様にとって、居座り続ける滞納テナントは頭の痛い問題です。

実力行使で追い出したくなる気持ちは痛いほど分かりますが、その行為は法律上、
「自力救済(じりききゅうさい)」
と呼ばれる危険な罠であることをご存知でしょうか?

本記事では、オーナーの依頼で
「実力行使」
を手伝おうとしたリフォーム会社の事例をもとに、安易な追い出し行為が招く刑事・民事の重大なリスクと、急がば回れの
「正しい明け渡し戦略」
について解説します。

この記事でわかること:

• 自力救済の禁止: なぜ「自分の建物」なのに勝手に鍵を変えてはいけないのか
• 法的リスクの現実: 荷物の勝手な処分が招く「器物損壊罪」や「損害賠償」の恐怖
• 共犯のリスク: オーナーの手伝いをしただけの業者が負う「共同不法行為責任」とは
• 唯一の正解ルート: 結局は一番安上がりで確実な「強制執行」の手順,

一時の感情で動いて
「被害者」
から
「加害者」
に転落しないために。

不動産トラブルにおける法的な「地雷原」の避け方を徹底解説します。

相談者プロフィール:

株式会社リノベ・マスターズ 代表取締役社長 猪突 猛(ちょとつ たけし、45歳) 

相談内容:

先生、ちょっと聞いてくださいよ!

ウチの得意先のビルオーナーが、テナントの
「バー・カスミ」
に手を焼いてるんです。

家賃は半年も滞納するわ、連絡はつかないわで、もうオーナーはカンカンです。

そこで、オーナーから相談を受けましてね。

「もう契約解除の通知は送った。来週、鍵屋を呼んで鍵を交換して、中の荷物を全部運び出して処分してやる。ついては、お宅の会社で荷物の搬出と、その後のスケルトン工事、次のテナント募集まで全部任せたい」
って言うんですよ。

こっちとしては、工事も請け負えるし、新しいテナントの仲介手数料も入るしで、願ったり叶ったりです。

相手はどうせ夜逃げ同然の連中です。

文句なんて言ってくるはずもないし、仮に言ってきたとしても、家賃を払わない向こうが悪いに決まってます。

来週の月曜日に決行する予定なんですが、先生、法的に何か問題なんてないですよね?

スピーディーに解決して、オーナーに恩を売る絶好のチャンスだと思ってるんですが!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:現代日本は「江戸時代」ではない

猪突社長の
「スピーディーに解決したい」
という熱意は痛いほど分かります。

しかし、結論から申し上げますと、オーナーがやろうとしていること、そして御社が手伝おうとしていることは、法治国家においては違法行為と判断されます。

法曹界の用語でこれを
「自力救済(じりききゅうさい)」
と言います。

「家賃を払わないなら、実力で追い出してやる!」
というのは、時代劇に出てくる悪代官や長屋の大家さんの世界の話であって、現代の法律では厳禁されています。

「権利があるからといって、裁判所の手続きを経ずに、自らの実力で権利を実現すること」
は、原則として認められていないのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:鍵の交換は「侵入」、荷物の処分は「器物損壊」?

具体的に何がダメなのか、細かく見ていきましょう。

オーナーや御社が
「建物に立ち入って様子を見る」
くらいまでなら、管理権の行使として許される可能性はあります。

しかし、
「鍵を勝手に交換して締め出す」
「中の設備や荷物を勝手に撤去・処分する」
といった行為は、完全にアウトです。

たとえ賃貸借契約が解除されていて、相手に占有権限がなくなっていたとしても、です。

これをやると、民事上の損害賠償請求(不法行為)を受けるだけでなく、最悪の場合、住居侵入罪や器物損壊罪、窃盗罪といった刑事責任を問われるリスクすらあります。

例外的に許されるのは、
「テナントが行方不明で、建物が倒壊しそうで緊急の保全が必要」
といった、極めて限定的な場面だけです。

単に
「連絡がつかない」
「家賃を払わない」
程度では、正当化されません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「共犯者」になる覚悟はありますか?

猪突社長、
「オーナーがやることだから、うちは言われた通り手伝うだけ」
と思っていませんか?

それが一番危険です。

もし、御社がビルオーナーの
「実力行使(撤去・処分・転売)」
に協力した場合、御社自身も
「共同不法行為者」
として、テナントから損害賠償請求をされる可能性が高いです。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
どころか、
「赤信号、みんなで渡ればみんな事故る」
のが法律の世界です。

オーナーの違法行為に加担すれば、御社も同罪。

巻き添えを食らって、工事代金どころか賠償金を支払う羽目になりかねません。

モデル助言:「急がば回れ」が唯一の正解

猪突社長、はやる気持ちを抑えて、冷静になってください。

この件で唯一の正解は、
「債務名義(判決)」
を取得することです。

1 実力行使は中止する

まず、来週の
「鍵交換・荷物撤去」
は直ちに中止するよう、オーナーを説得してください。

「これをやると、逆にオーナーが訴えられて、もっと金がかかりますよ」
と脅してもいいくらいです。

2 法的手続きを粛々と進める

面倒でも、裁判所に建物明渡請求訴訟を提起し、勝訴判決(債務名義)を得て、裁判所の執行官による
「強制執行」
という正規の手続きで追い出すしかありません。

「そんなの時間がかかるじゃないか!」
と思われるでしょうが、違法行為で後から訴えられて泥沼化するリスクとコストを考えれば、これが最短ルートです。

3 証拠の確認

先週末にお送りいただいた資料(契約書や滞納の記録など)を拝見する限り、訴訟提起の材料は揃いつつあります。

いくつか補足で確認したい点がありますので、後ほど担当から連絡させます。

結論

ビジネスにおいてスピードは命ですが、法律の地雷原を全速力で走るのはただの自殺行為です。

今回は
「急がば回れ」。

正規の手続きを踏んで、堂々と、合法的にテナントを退去させ、その後に御社の素晴らしいリノベーション技術を発揮してください。

それが、オーナーにとっても御社にとっても、最も
「安上がり」

「確実」
な道です。

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02215_ケーススタディ:その「魔法のチケット」、実は「自家製紙幣」かもしれませんよ?_資金決済法の甘くない罠

「資金繰りの救世主! 先払いのチケットを売って、現金収入を確保だ!」
「地域の加盟店でも使えるようにして、経済圏を作ろう!」

新規事業のアイデアとして、こうした
「オリジナル商品券」

「ポイント制度」
の導入を検討する経営者は少なくありません。

しかし、その
「魔法のチケット」
は、一歩間違えると
「自家製紙幣」
の乱発とみなされ、金融庁(財務局)の厳しい規制対象になることをご存知でしょうか?

本記事では、軽い気持ちで始めたチケット販売が、いかにして
「資金決済法」
という法律の地雷原に抵触するか、そしてビジネスを適法に進めるための
「2つの分岐点」
について、具体的なケーススタディで解説します。

この記事でわかること:

• 前払式支払手段とは: 単なる「紙切れ」が「金融商品」に変わる4つの要件
• 自家型 vs 第三者型: 自社以外でも使えるチケットに課される重いハードル
• 規制回避のテクニック: 「有効期限」の設定で法の網を抜ける方法と、そのビジネス的代償

「知らなかった」
では済まされない金融規制の罠。

社長の夢が
「違法行為」
に変わる前に押さえておきたいポイントを一挙公開します。

相談者プロフィール:

株式会社ミラクル・プロモーション 代表取締役社長 夢見 語郎(ゆめみ ごろう、42歳)

相談内容:

先生、聞いてくださいよ! ウチの会社、起死回生の新規事業を思いついちゃいました。

名付けて「ミラクル・プレミアム・チケット」事業です。

仕組みは簡単です。

お客様に、1万円分のチケットを先に買ってもらうんです。

このチケットは、ウチの店だけじゃなくて、提携する近所のカフェや美容室、マッサージ店なんかでも使えるようにします。

お客様にとってみれば、財布いらずで便利だし、加盟店にとっても新規客が来るからハッピー。

何より、ウチにはチケットの代金が
「前払い」
でガツンと入ってくるわけです。

これで当面の資金繰りも一気に解決、まさに
「打ち出の小槌」
ですよ!

印刷屋にきれいな金券を刷らせて、来週から駅前でバラ撒いて売りまくろうと思ってます。

単なる
「紙の商品券」
ですから、特に役所の許可とか、そんな面倒な話はないですよね?

念のため、先生の
「お墨付き」
をいただきに参りました!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ビジネスの「新大陸」には、必ず「先住民(規制)」がいる

新しいビジネスを思いついたとき、経営者は得てして
「誰もやっていない、ブルーオーシャンだ!」
と興奮しがちです。

しかし、そこが
「誰もやっていない」
のには、法的な理由がある場合がほとんどです。

夢見社長、
「打ち出の小槌」
とおっしゃいましたが、結論から申し上げますと、このチケットは単なる
「紙切れ」
ではなく、法律上は
「前払式支払手段」
という、いかめしい名前で呼ばれる金融商品の一種として扱われます。

企業が新規事業を検討する際、
「いかに儲けるか」
というアクセルの議論ばかりが先行しがちですが、
「その儲ける仕組みが法律の地雷原を歩いていないか」
というブレーキの議論は、往々にして後回しにされます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:お上の言葉(霞が関文学)を解読せよ

法律の条文は、難解な漢字の羅列であり、一般人の理解を拒絶するような
「特殊文学」
です。

今回のチケットが、資金決済法の規制対象となるかどうか、その要件は以下の4点です。

1 金額等が証票等に記載されていること(価値の保存)

2 証票等に記載された金額等に応じる対価が支払われていること(対価性)

3 金額等が記載された証票等が発行されていること(証票の発行)

4 物品購入・サービス提供を受けるとき等に、使用できるものであること(権利行使性)

要するに、
「お金を先に払って、後でサービスに変えられるチケット」
は、原則としてすべて網にかかる、ということです。

「単なる割引券だ」
とか
「会員証のおまけだ」
といった主観的な言い訳は、お上(行政)には通用しません。

彼らは形式的かつ客観的に、
「要件に当てはまるか否か」
だけを冷徹に判断します。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「お墨付き」を得るための慎重なステップ

今回、当事務所から財務局へ、匿名を前提に照会を行いました。

これは、いわゆる
「ノーアクションレター制度」
的なアプローチの変形です。

ビジネススキームが法令に違反するかどうかが曖昧な場合、独断で突っ走って後から
「業務停止」
などの行政処分を食らうリスクを避けるため、事前に監督官庁の感触を探ることは、企業防衛の鉄則です。

その結果、当局の回答は以下の通りでした。

「基本的に前払式支払手段に該当し、第三者型なので事前届出が必要。他の同様の事例でも適用対象とされている」

つまり、
「クロ(規制対象)」
であるとの判定が下されたわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:「自家製紙幣」を発行する覚悟はあるか

今回のチケットの最大の特徴であり、同時に最大のリスク要因となっているのが、
「発行者(御社)以外の店舗でも使える」
という点です。

これを
「第三者型前払式支払手段」
といいます。

自社だけで使える
「自家型」
であれば、届出だけで済む場合もありますが、
「第三者型」
となると話は別です。

これは実質的に、御社が
「通貨」
を発行して経済圏を作ろうとしているのと同じです。

そのため、財務局長の
「登録」
という、非常にハードルの高い手続きが必要になります。

もし、登録なしでこれを行えば、無登録営業として刑事罰の対象にもなりかねません。

モデル助言:規制の壁を「迂回」するか、「正面突破」するか

夢見社長、このまま
「来週から駅前でバラ撒く」
のは、地雷原でタップダンスを踊るようなものです。

選択肢は2つです。

案1:規制の適用除外(抜け道)を使う

資金決済法には、
「有効期限が6か月以内のもの」
は適用除外とする、という規定があります。

もし、チケットに
「発行から6か月限り有効」
という使用期限をつければ、面倒な登録手続きや供託金の積み増し義務から逃れることができます。

ただし、これは
「お客様にとって使い勝手の悪いチケットにする」
ことと引き換えです。

ビジネス上の魅力(ベネフィット)と、法的リスク(コスト)のトレードオフです。

案2:正面から「金融業者」としての覚悟を決める

あくまで
「有効期限なし(あるいは長期)」

「他店でも使える」
ことにこだわるなら、腹をくくって財務局長の登録を受けるしかありません。

それには、相応の供託金を積む資力と、管理体制の構築が必要です。

まさに、
「カネ」
を扱うプロとしての資格が問われるわけです。

結論

「打ち出の小槌」
だと思っていたチケットは、扱いを間違えると、会社を吹き飛ばす
「爆弾」
になりかねません。

今回は、6か月という有効期限を設定して規制を回避する
「小回り」
を効かせるか、あるいはコストをかけて登録を行い、堂々と
「プラットフォーマー」
としての道を歩むか。

経営判断(ビジネスジャッジメント)が求められる局面です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02214_「前提の錯誤」取引モデル破綻が招く最も高くつく授業料— ITシステム導入でトライアル条項を軽視した事業は、大損確定だ!

システム開発やIT導入を外部ベンダーに委託する際、契約書のレビューに注力する企業は多いでしょう。

しかし、契約書の文言を整えるだけでは、プロジェクトの失敗は防げません。

とくに、取引モデルが曖昧なまま契約書を交わしてしまうケースでは、導入後のトラブルや損失が深刻化するリスクがあります。

本稿では、よくある失敗事例をもとに、契約実務で見落とされがちな
「取引構造の確定」
という視点の重要性を解説します。

原契約を場当たり的な繕いで済ませようとしていないか

法務担当者の皆さん、今日も赤ペンを握りしめて、契約書と格闘していますか?

「管轄条項がおかしい」
「著作権の帰属が曖昧だ」
「契約期間が長すぎる」

そんなことに血道を上げて、条文を弄り回す。

その姿は、まるで沈没寸前の船のデッキを磨いているようなものです。

悪いことは言いません。

今すぐ、その赤ペンを置いてください。

なぜか?

あなたが修正しようとしているその契約書、そもそもの前提が破綻している可能性があるからです。

契約書は「器」に過ぎない—— 取引モデルが未確定では意味がない

契約書というものは、取引モデル・スキームをカタチ化したものに過ぎません。

ところが、そのカタチばかりを先に整えようとして、肝心の取引構造が曖昧なまま、形式面だけが妙に整っている——このような契約書は、枚挙にいとまがありません。

前提が破綻していれば、どんなに優秀な法務が契約書を磨き上げても、それは事業を縛る足枷にしかなりません。

事業の地盤が定まらないまま契約を結ぶというのは、地盤がゆるい土地に超高層ビルを建てるようなものです。

どれだけ立派なビルを建てても、下が崩れてしまえばすべてが瓦解します。

問いかけてほしいのです。

「このプロジェクト、そもそも何がしたいんでしたっけ?」

答えられないなら、その契約書は白紙の紙と大差ない。

いや、白紙の方がマシです。

少なくとも、事業の足を引っ張ることはありませんから。

「契約書さえ直せばなんとかなる」という致命的な錯誤

このようなケースがありました。

ある企業が、基幹システムを導入することになりました。

外部ベンダーに委託する契約(期間2年、4ヶ月後にカスタマー料金の見直し条項付き)を急ぎで結ぼうとしていました。

社長直轄プロジェクトのため急いでおり、
「提示された契約書について不備があれば指摘してほしい」
と弁護士に依頼してきたのです。

弁護士は、以下の構造的な欠陥を指摘しました。

(1)会社の要望が明確に定義されていない
(2)システムが本当に機能するかの検証プロセスがない
(3)トライアル期間という概念そのものが欠落している

すると、法務担当者は、弁護士の指摘の一部分を受け、
「トライアル期間」
の条項を挿入した修正案を作成してきました。

一見、問題は解決したように見えます。

しかし、これは
「弥縫策(びほうさく)」
でしかありません。

「弥縫」
という言葉をご存じですか?

弥縫——破れた服に布切れを当てて、
「とりあえず穴は塞いだ」
と自己満足する、その場しのぎの繕いのことです。

見た目は整っても、構造的欠陥は何ひとつ解決していない。

それどころか、問題を先送りにして、傷口を広げているだけです。

なぜなら、トライアル期間を設けるということは、契約の根本的な性質が変わるということだからです。

・原契約:2年間の業務請負契約(本番運用前提)
・あるべき契約:トライアル期間付き検証契約(評価・判断前提)

この2つは、似て非なるものです。

前者は
「システムが機能することを前提に、2年間お願いします」
という契約。

後者は
「まず機能するか検証させてください。ダメなら撤退します」
という契約。

原契約に
「トライアル条項」
を追加したところで、契約の骨格は変わりません。

「トライアルは難しい」——交渉現場で露呈した取引構造の欠陥

ここで、さらに悲劇が起きます。

プロジェクトリーダーである専務から、こんな言葉が返ってきました。

「トライアル期間の設定について、相手に飲ませるのはビジネス問題として難しい」
この一言が出た瞬間、弁護士は察しました。

ああ、この取引、すでに詰んでいる。

なぜ、そう言い切れるのか。

依頼する側は既に大幅な値引きを飲ませていたため、ベンダー側は
「これ以上は譲れない」
と強気の姿勢に出たのです。

要するに、力関係が逆転しているのです。

・ベンダー側は本格契約を前提にしている
・依頼する側は実は検証したい
・でも、それを言い出せない力関係にある

値引き交渉で主導権を失い、ベンダーに首根っこを掴まれている。

「安く買えた」
と喜んでいるうちに、高くつく契約を押し付けられたわけです。

そして会社側はベンダーの言い分に折れ、次善の策として
「契約期間は6ケ月、その後1年毎の更新」
という妥協案を選択しました。

これも
「弥縫」
です。

問題を半年先送りにしているだけです。

システムがうまく機能しなかった場合、
「2年間縛り」
から
「半年間お試し縛り」
に変わったに過ぎません。

もしうまく機能したとしても、4か月後にはベンダーから
「値上げ」
という名の
「脅し」
が待っています。

この時点で、取引の主導権は完全にベンダー側にあります。

契約期間を短くしても、
「検証してから判断する」
という取引モデルの根本は、何も変わっていません。

「要件定義は契約時」——ありえない提案の裏にあるリスク

そして、話は最悪の方向に転がります。

弁護士が指摘した(1)の要件定義書については、外部ベンダーがこう言い出した、というのです。

「本契約押印時に提示する。それ以前は、見せられない」

おわかりでしょうか。

要件定義書というのは、
「何を作るのか」
を定義した、システム開発における最重要文書です。

契約前に要件定義書を見せない——これが何を意味するか。

答えは明白です。

「何を作るかは教えない。でも契約書にハンコを押せ。押したら教えてやる」

想像してみてください。

料理店に入って、メニューも見せてもらえず、
「とりあえず3,000円払ってください。何が出るかは払ってからのお楽しみです」
と言われている状況を。

出てきた料理が腐っていても、量が足りなくても、アレルギー食材が入っていても、
「契約書に書いてありますから」
の一言で片づけられる。

これは取引ではない。

ロシアンルーレットです。

しかも、基幹システムの契約は、事業の命運を左右します。

福袋なら
「外れても数千円の損」
で済みますが、こちらは会社が傾きかねないリスクを背負わされているのです。

依頼する会社が既に値引き交渉をしていたため、ベンダー側は強気に出たのでしょう。

「これ以上は譲れない」
と。

典型的な、
「安く買って、高くつく」
ビジネスの敗北パターンです。

あなたは答えられますか?取引モデルに欠かせない5つの要素

事業の根幹に関わる基幹システムについて、トライアルを拒否するベンダーは、自分のプロダクトによほど自信がないか、揉めることを前提にしているかのどちらかです。

契約書の条項をいじる前に、
「なぜベンダーがトライアルを拒否できるのか」
という、取引モデルの構造的な欠陥を直視すべきでしょう。

直視できないのであれば、それは経営責任の放棄に等しい行為をした、ということになります。

多くの法務担当者が、
「契約書さえ直せばなんとかなる」
という錯誤に陥りがちです。

法務担当者が契約書に血道を上げる前に、確定すべきだった
「取引モデル」
の要素は、以下の5点です。

1 求めるシステム要件は何か?(要件定義の明確化)
2 そのシステムは本当に機能するのか?(検証プロセスの設計)
3 どのくらいの期間で評価するのか?(トライアル期間の設定)
4 評価が不合格だった場合、どうするのか?(撤退条件の明確化)
5 本格運用に移行する判断基準は何か?(移行条件の定義)

契約書は、あくまで
「合意内容を文書化したもの」
に過ぎません。

その前段階にある
「何を合意するのか」
という取引モデルが腐っていたら、どんなに美しい契約書を作っても、それはただの紙切れ——いや、事業を縛る足枷にしかなりません。

結末:白紙撤回という、最も高くつく「授業料」

結局、この案件は要件定義書非開示という致命傷が重なり、最終的に白紙撤回となりました。

一見、
「正しい判断」
に見えます。

でも、考えてみてください。

・専務、本部長、担当者が何度も面談を重ねた時間
・法務担当者が契約書を修正し続けた時間
・弁護士が何度も説明した時間
・関係者が外部ベンダー本社に出張した時間とコスト

これら全てが、無駄になりました。

なぜか?

最初から、取引モデルを確定させていなかったからです。

契約書は“副産物”である——本当に見るべきは取引の中身

契約書は、交渉や合意形成の
「副産物」
です。

契約書自体が、問題を解決する手段ではありません。

契約書だけを見て
「これで大丈夫でしょうか?」
と尋ねる前に、こう問い直してほしいのです。

「そもそも、うちと相手が握っている話は何なのか?」
「この契約書は、それをきちんと表現しているのか?」

契約書をチェックするとは、
「文言を直す」
ことではなく、
「取引の骨格を確認し、表現とのズレを見抜く」
ことに他なりません。

その視点を欠いたまま、
「契約書を整えれば大丈夫」
という幻想に頼ってしまうと、気づけば、あなたのビジネスを縛るのは、あなた自身が整えたその契約書——という皮肉な構図が生まれることになります。

最も危険なのは、
「契約書を見たけど問題なさそう」
と言いながら、その契約書が
「何を根拠に作られたのか」
を誰も説明できない状態です。

それは、地雷原を目隠しして歩くような行為。

いや、地雷原だと気づかずに、スキップしながら歩いているようなものです。

爆発してから気づいても、遅い。

あなたの会社は、大丈夫ですか?

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02213_会社ぐるみのネット誹謗中傷に勝つには──企業を守るための名誉毀損対応、失敗と成功の分かれ目

はじめに──実名の会社なのに「誰か分からない」? 中傷犯は“法人名の奥”に潜んでいる

「当社の評判を貶める虚偽の記事が、ライバル関連会社のブログに掲載されている。しかも代表者の名前は出ているが、住所はわからない」

インターネット上に企業の名誉を毀損する虚偽の事実が書き込まれた際、経営者や法務担当者が直面するのは、
「発信者の匿名性」

「法的手続きにかかる費用対効果」
という、2つの大きな壁です。

相手が悪ふざけレベルの中傷であれば、無視という選択肢もあり得ます。

しかし、事業の信用を根底から揺るがすような悪質な虚偽記事が出てきたら、躊躇している時間はありません。

ただし、やみくもに動けば逆効果。

求められるのは、感情ではなく、戦略です。

本稿では、過去の実務経験をもとに、以下の3点をミエル化します。
(1)発信者を特定するための、実務的かつ合法的な手段
(2)相手に心理的な優位性を確立する交渉の初動戦略
(3)事件が長期化することも見据えた弁護士費用のリスクマネジメント

1 企業発信の中傷記事──”嘘の中に1割の真実”があるから厄介

「●●株式会社による公式ブログに、ウチのことが書かれていて──」

この時点で、
「発信者は特定済みだから、すぐ対処できる」
と考えるのは、少々早計です。

たしかに、法人名・代表者名・所在地などが明記されていれば、個人による匿名中傷よりは追いやすい印象を受けます。

しかし、法人が名義上の発信元になっていても、実際に“誰が”、どういう立場で書いたのかが不明確なケースは少なくありません。

たとえば、
・記事は外部ライターに委託していた
・法人の関与があいまいで、社員の個人投稿という体裁になっている
・名義上の代表者は存在するが、実質的に別人物が運営している

このような場合、攻撃の矛先を間違えれば、“空振り内容証明”になるだけでなく、逆に名誉毀損で反訴されるリスクすらあります。

だからこそ、
「実名が出ている=相手を特定できた」
ではなく、
「実名の“背後”に誰がいるのか」
まで見極める必要があるのです。

とくに、謝罪や損害賠償を求める場合、責任の所在がハッキリしなければ、法的効果のある要求にはなりません。

要するに、法人による中傷対応でも、第一歩は
「発信者の実体を掴むこと」
なのです。

2 匿名という障壁を崩す「法定照会の力」

(1)弁護士法23条照会とは?

匿名の投稿者や、不明瞭な会社代表の“本当の住所”が隠されているケース。

こうした場面で威力を発揮するのが、弁護士法23条照会です。

これは、弁護士が弁護士会を通じて、職務遂行上必要な情報を官公庁・企業等に対して照会し、開示を求める制度です。

照会先には原則として回答義務が課されており、弁護士という“資格”が持つ法的アクセス権が、ここで真価を発揮します。

たとえば、
・法務局に照会して、会社代表者の住所を取得
・プロバイダに照会して、投稿に使われたIPアドレスの契約者情報を取得
・銀行に照会して、債務者の口座情報を取得
いずれも、相手の“素性”を裏からあぶり出す、合法的な手段です。

(2)23条照会の真価は「バレずに情報が取れること」

23条照会の強みは、正確な情報が取れるだけではありません。

相手に
「(照会していることを)通知する義務がない」
という点にあります。

相手が知らないうちに、こちらが正確な住所を入手し、牽制力抜群の
「内容証明」
を、突然、送り込むことができるのです。

裁判より速く、探偵より確実に。

しかも合法的に。

それが、23条照会の破壊力です。

(3)ただし、タダじゃない―実費と手数料の話

当然のことながら、この照会にはコストがかかります。

郵送代や、弁護士会の事務手数料を含めて、数万円程度が相場です。

ただし、すでに顧問契約を締結している場合、手数料が免除され、実費のみで照会ができる場合もあります。

3 犯人特定に成功したら──内容証明は「送付先」で「牽制効果」が激変する

名誉毀損が認められる場合、企業としては大きく2つの法的請求が可能になります。

(1)虚偽の事実に基づく損害賠償請求
(2)名誉回復のための謝罪文の掲載要求

そして、この請求を正式に通知する手段が
「内容証明郵便」
というわけです。

ここで重要になってくるのが、
「その内容証明を、どこに送るか」
という送付先の選択です。

送付先A:法人の所在地(会社あて)
送付先B:代表者の自宅住所(個人あて)

法人宛てに送れば、少なくとも形式的には通知は到達したことになります。

事務員や受付を通じて代表者に回されることもあるでしょう。

したがって、
「届けた」
という意味では、一定の効果は得られます。

しかし。

実際の交渉局面において、相手の心に響くか?
こちらの要求に対して本気で向き合うか?

という点で言えば、牽制効果は限定的です。

圧倒的な心理的インパクトを与えるのは、やはり、
「生活圏=自宅に、内容証明が届くこと」
です。

家族が受け取る可能性もある。

プライベート空間に、突然、法的文書が届く衝撃。

たったそれだけで、相手の動揺は段違いになります。

実際に相手の
「防御壁の奥」
に踏み込んだという事実は、その後の示談交渉や請求交渉において、決定的な心理的優位性を生み出します。

相手の動きを止めたいなら、送付先の選択を間違えてはいけないのです。

ただし。

この“自宅への送付”を実現するには、23条照会の結果が手元に届くまで、しばらく待つ必要があります。

よほど差し迫った事情(例:翌日に株主総会が控えている、記事が一気に拡散し始めているなど)がない限り、住所判明まで一呼吸おくことが、最終的には有利に働きます。

これは、交渉における、いわば
「タイミング論」
なのです。

情報が出揃っていない段階で、慌てて打っても効果は薄い。

むしろ、足元を見られます。

照会の結果を待ってでも、すべての情報を握った上で、逃げ場のないタイミングで、
「相手の個人住所宛」
に送る価値は大いにあるのです。

「焦って送るな。
撃つなら確実に仕留めるタイミングで。
情報武装を完璧にしてから動く」
それが、名誉毀損案件における、鉄則です。

4 弁護士費用で地獄を見るな──「1通いくら」の罠

内容証明を送る。
交渉が始まる。
記事の削除や謝罪文の提示を求める。

ここまでは、対処としては極めてシンプルです。

しかし、ここから先、法務コストの泥沼地獄が始まる可能性があります。

多くの依頼者が見落としがちなのは、
「弁護士を頼む=1回いくら、で済むと思っていた」
という金銭感覚です。

ところが、実際の現場では、
・文書1通で●万円
・電話交渉で●時間分のタイムチャージ
・和解案ドラフトでまたドキュメンテーションチャージ
・相手がゴネたら、もう一往復

気づけば、
「書面合戦→交渉合戦→追加費用」
の無限ループに突入します。

これは、言い換えれば、
「泥沼化すれば、依頼者の負担も底なし沼になる」
ということです。

法律的な正しさと、費用的な賢さは、必ずしも一致しません。

だからこそ、委任方式の選び方1つで、天国と地獄が分かれるのです。

5 費用の選び方──3方式比較で見えてくる「破産」と「助かる」の分かれ目

企業が弁護士に名誉毀損対応を依頼する場合、費用の支払い方式として、大きく3つの選択肢があります。

それぞれの特徴とリスクを見ていきましょう。

(1)方式A:タイムチャージ型──短期決戦なら最安、長期化したら破産一直線

仕組みはシンプルです。

文書作成・交渉・電話・メールのやりとりなど、弁護士が動いた分だけ、課金されていきます。

内容証明の作成も、たとえば40字×20行=1シートごとに●●円、という計算方式で、複数ページに渡れば、それだけで数万円〜十数万円に。

さらに、相手が頑強で交渉が数ラウンドに及べば、毎ラウンドごとにタイムチャージが発生します。

メリット
相手がすぐ謝罪・削除に応じれば、費用は最小限で済む
・途中で撤退しても、使った分だけの支払いで済む
・成功報酬が不要なので、解決時の追加出費は発生しない

デメリット(致命的になりうる)
泥沼化した場合、コストが青天井で膨れ上がる
・弁護士の「がんばり」にブレーキがかかりにくい(働くほど儲かる)構造のため、依頼者側の予算統制が難しい
・着地の総額が読めず、経営判断がブレやすい

こんな案件に向く
・相手が弱腰で、最初から交渉に応じる気配がある
・こちらに決定的な証拠があり、勝負は一発で決まる見込みがある

要するに、
「一撃で沈む敵」
には有効ですが、
「粘る敵」
には危険な方式です。

(2)方式B:着手・報酬の二段階制──初期投資は重いが、泥沼でも費用が増えない

これは、伝統的な弁護士費用のモデルです。

委任時に
「着手金」
を支払い、事件が解決したら
「報酬金」
を払う。

どれだけ交渉が長引いても、書面が何通出ても、基本的には追加費用は発生しません(実費除く)。

「着手金」
は、経済的利益をベースに計算されます。

しかし、名誉毀損に関する記事削除などは
「金銭価値が明確でない」
ため、便宜上
「経済的利益1,000万円相当」
として算出されるケースが多いです。

報酬金は、その成功に応じて、さらに別途支払う、という仕組みです。

メリット
・費用の見通しがつく(成功すれば着手金+報酬金、失敗なら着手金のみ)
・泥沼化しても費用が跳ね上がらない
・弁護士は成果を出すモチベーションが高くなる(成功にコミットしやすい構造)

デメリット
・初期費用として、ある程度まとまった着手金が必要
・短期で決着しても、満額の報酬金が請求される
・「経済的利益」の見積りに弁護士側の裁量が入りやすい

こんな案件に向く
・相手がしぶとく、交渉が長期化するおそれがある
・訴訟や仮処分に発展する可能性が高い
・経営として費用の上限を確定しておきたい

一言で言えば、
「戦争前提の委任モデル」
です。

(3)方式C:DIY型──コスト最安、ただし効果も最薄

この方式は、徹底的にコストを抑えたい依頼者向けの手法です。

依頼者(側の担当者)が内容証明の文案を作成し、それを弁護士がレビュー・修正し、最終的に依頼者(企業)名義で内容証明を発出するというスタイル。

メリット
・コストが極限まで削減できる
・文書作成スキルがあれば、知見の蓄積にもつながる

デメリット
・相手が「これは弁護士じゃない」と判断して、通知を軽視する可能性が高い
・交渉が始まってからは、依頼者(会社)自身で対応する必要があり、精神的・時間的負担がかえって大きくなる
・初期対応で失敗すると、その後の法的手続きにマイナスの影響を与える

こんな案件に向く
・とにかく予算がない
・自社に法務経験者がいる
・牽制が目的で、本格解決は二の次

削ったぶんだけ、成果も削られる。

この構図を理解せずに選ぶと、かえって高くつくこともあり、弁護士としては推奨いたしません。

要するにこれは、効果が
「博打」
に近い方式です。

費用は低廉化できても、コストパフォーマンスは著しく低下し、結果として事件解決を遠ざけるリスクを負うことになります。

プロの手による内容証明と、素人の内容証明では、圧力、緻密さ、そして相手に与える恐怖感がまるで違います。

仮に訴訟を視野に入れる場合、前段のやりとりがすべて証拠化されます。

それを見て裁判官がどう感じるか、という視点も、見落としてはいけません。

6 「削除」と「謝罪」の2段構え──どこで”落とし所”を作るか

落とし所を決めずに交渉に入ると、
「勝ったのに納得できない」
という最悪の結末を招きます。

交渉を始める前に、明確にしておくべきことがあります。

それは、
「この案件の“着地点”をどこに置くか」
という視点です。

企業としての目的は、
・記事の削除なのか
・謝罪文の掲載なのか
・損害賠償の回収なのか

これによって、戦略の立て方も、費用のかかり方も、まるで変わってきます。

たとえば、名誉毀損記事の
「削除」
だけが目的であれば、裁判上は
「経済的利益が算定不能」
とされ、便宜上1,000万円相当と見なされます。

結果として、費用見積もりの根拠が
「不透明」
に見えやすく、依頼者としては納得感が得られにくい。

だからこそ、
「どこで勝ちとするか」
を、最初から経営判断として定めることが重要です。

7 安く済ませて、高くつく──その判断が事件をこじらせる

費用を抑えたい──誰しもそう考えます。

とくに法的対応に慣れていない企業であれば、なおさらです。

しかし、費用を削った結果、こうなったケースを数多く見てきました。

・相手が内容証明を無視
・自社で対応しているうちに交渉が泥沼化
・相手に一枚上手を取られ、反訴を受けて訴訟へ
・結局、専門家に頼り直すが、時すでに遅し

「最初からちゃんと頼んでおけば、10万円で済んだ」
「費用を削った結果、100万円になった」

このような事例は、枚挙に暇がありません。

コストとは、
「お金」
だけではないのです。

「時間」

「ストレス」

「リスク」
もすべてがコストです。

費用を削って得た満足感よりも、失うもののほうが多い。

そうならないために、専門家に支払う金額は、“安心の先払い”と考えるべきでしょう。

8 まとめ──名誉毀損への反撃は、冷静と大胆の二刀流で臨め

ネットで虚偽の記事を流す企業。

しかも、堂々と社名入りで、事実をねじ曲げ、競合を攻撃する。

個人の匿名中傷よりも、はるかにやっかいです。

なぜなら、
「会社として戦ってきている」
からです。

こちらがナメていれば、その隙をつかれます。

けれど、焦って法的手段を乱発すれば、今度は費用で死にます。

だからこそ、反撃の基本はこの3つ。

・照会で可視化し、
・内容証明で揺さぶり、
・交渉と訴訟のカードを手に残す。

さらに、コストとリスクを読みきりながら、“踏み込むべき瞬間”を見極める。

これが、会社を守る
「実務的反撃術」
です。

名誉は、取り戻せます。

ただし、取り戻し方を間違えなければ、という条件付きで。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02212_デジタル預手(ステーブルコイン)の時代(5・完)_「デジタル預手(ステーブルコイン)」時代到来に向けて、企業と個人が意識しておくべきこと

これまで4回にわたり、「円建てステーブルコイン実用段階―ドル建て1強に風穴 3メガ・JPYCの2陣営に―越境送金へ弾み」という2025年11月8日付日経新聞の記事を契機に、「従来の仮想通貨=(信用性が不安な)一般企業が振り出す約束手形」「ステーブルコイン=デジタル預手」という視点から、新しい決済インフラがもたらす未来と、それが直面する法規制の壁について考察してきました。

【これまでのまとめ】

  1. 概念: 価値の源泉が「信用」である『手形』に対し、「デジタル預手(ステーブルコイン)」は1:1の『裏付資産』に価値が担保された、安全な決済インフラである。
  2. 未来: 「デジタル預手(ステーブルコイン)」はプログラム可能であり、証券決済・貿易・不動産・サプライチェーンにおける「契約」と「決済」を自動で同時実行し、社会の信用コストを劇的に下げる。
  3. 課題: しかし、その実現には「倒産隔離」「契約の法的有効性」といった、既存の法律や社会システム(法務局の登記システムなど)との分厚い壁が存在する。

では、この「理想」と「現実」のギャップを踏まえ、この変革期を生きる私たち企業、そして個人は、今から何を考え、何に注目しておくべきなのでしょうか。

これは「いつか来る未来」の話ではありません。5年後、10年後に勝者と敗者を分ける「今、始まる変化」への向き合い方です。

1. 【企業経営者・担当者向け】今すぐ注目すべき3つの視点

この変革は、既存の商流や金流を根本から覆します。それは「脅威」であると同時に、自社の非効率を解消する「最大の機会」でもあります。

視点1:自社の「信用の非効率」を棚卸しせよ

まず注目すべきは、派手なテクノロジーではなく、自社の足元です。 あなたの会社では、「モノ・サービス」と「お金」の流れに、どれだけの「時差」と「事務コスト」が事業活動を妨害していますか?

  • 経理・財務部門:
    • なぜ、請求書は「月末締め、翌々月末払い」なのか?
    • 売掛金の回収と買掛金の支払いの「サイト(時差)」を管理するために、どれだけの運転資金を確保し、どれだけの銀行借入利息を払っていますか?
    • 請求書と入金の「照合(リコンサイル)」に、毎月何人日を費やしていますか?
  • 調達・営業部門:
    • 取引先の与信管理(=相手を信用できるか)のために、どれだけのコスト(調査費や人員)をかけていますか?
    • 「納品・検収」から「支払い」までのプロセスは、本当にそれ以上短縮できませんか?
  • 法務部門:
    • 契約書に「甲が乙に対し〜した場合、丙は〜を支払う」という条項(=支払い条件)がどれだけありますか?
    • その条件が満たされたかを確認し、支払いを実行するまでに、どれだけのアナログな確認作業がありますか?

これらすべてが、「デジタル預手(ステーブルコイン)」によって自動化・効率化できる可能性のある「お宝(=非効率なコスト)」です。「デジタル預手(ステーブルコイン)」は、これらの業務を自動化する「実行ボタン」そのものです。

視点2:「技術(Tech)」より「法律(Law)」の動向を追え

今、本当に重要な情報(シグナル)は、新しいブロックチェーン技術のニュース(ノイズ)の中にはありません。
それは、金融庁、法務省、経済産業省、あるいは自業界の所管省庁の地味でわかりにくい動向、「パブリックコメント募集」や「審議会資料」の中にあります。

自社のビジネスが、これらの「規制の壁」のどれに関連しているかを把握し、その規制が動くタイミングこそが、本当の「ゲームチェンジ」の瞬間であり、ライバルと差をつける好機到来と知るべきです。

視点3:「自動化の文化」をスモールスタートで醸成せよ

「デジタル預手」が普及する日を待っていても、何も始まりません。重要なのは、「プログラムが契約や決済を動かす」という文化に、今から慣れておくことです。

  • いきなり決済自動化は無理でも、「契約書のデジタル締結(電子契約)」なら今すぐできます。
  • いきなりスマートコントラクトは無理でも、「RPAやワークフローシステムで、検収報告が上がったら自動で経理に通知が飛ぶ」仕組みなら作れます。

「デジタル預手(ステーブルコイン)」とは、これらの社内プロセスの「最後の出口(決済)」を担う部品に過ぎません。その手前にある「契約」「検収」「承認」といったプロセス自体がデジタル化・自動化されていなければ、宝の持ち腐れになります。

もちろん、「デジタル預手(ステーブルコイン)」 を今から使って、手触りを確かめ、いざとなったら、大きな変革のために使える手馴しを行っていくべきことはいうまでもありません。

2. 【個人向け】今すぐ注目すべき2つの視点

この変革は、私たちの「お金」と「資産」の常識も変えていきます。

視点1:「決済(財布)」と「投資(手形)」を厳格に区別せよ

今後、私たちの前には様々な「デジタル通貨」が登場します。その時、絶対に混同してはならないのが、この2つです。

  • デジタル預手(ステーブルコイン。安全な財布): 銀行や信託が発行する「円ステーブルコイン」です。これは1円=1コインであり、価値は1円も増えも減りもしません。あくまで決済用の「便利な財布」です。
  • デジタル手形(リスク資産): ビットコインや、その他の暗号資産(仮想通貨)です。これらは価格が変動します。決済にも使えますが、本質は「投資(あるいは投機)」対象です。

最も重要なリテラシーとして実装しておくべきことは、上記両者の区別がつきにくい点であり、そのような盲点をついて様々な不正が行われる危険性があることです。

もし、安全な円ステーブルコインかのような外形を装いつつ、「年利10%!」といった謳い文句の商品が出てきたら、それは「デジタル預手(決済手段としてのステーブルコイン)」ではない可能性を疑うべきです。

それは、そのコインをどこかのDeFi(分散型金融)などで運用する「投資商品(デジタル手形)」です。

そして、投資である以上、元本割れのリスク(=預けた円が返ってこないリスク)を必ず伴います。

「安全な決済」という言葉と「高利回り」という言葉が組み合わさった時、それは詐欺を疑うべきシグナルです。

視点2:あなたが払う「手数料」の本質を意識せよ

私たちは普段、何気なく多くの「手数料」を払っています。銀行の振込手数料、不動産仲介手数料、司法書士への報酬、クレジットカードの加盟店手数料……。

これらはすべて、「取引相手を信用するため」あるいは「取引の安全を担保するため」に、仲介者に支払っている「信用のコスト」です。

「デジタル預手」がやろうとしているのは、この「信用の担保」を、人間や組織の代わりにプログラム(スマートコントラクト)に実行させ、コストを劇的に下げることです。

この視点を持つと、日常のニュースの見え方が変わります。 「銀行の振込手数料が無料化」というニュースを見たら、
「なぜ無料にできるのか? デジタル預手が普及したら、この手数料ビジネス自体が消滅するからではないか?」
と考える。

この変化の本質に気づくことが、個人として最大の「知的な防衛」であり、新しい時代の「教養」となります。

おわりに:「実行ボタン」を押すのは誰か

「デジタル預手(ステーブルコイン)」というテクノロジーは、信用の形を再定義する強力な道具です。しかし、道具は道具に過ぎません。

その道具を使って、非効率な商慣習という「壁」を壊し、新しい契約の形という「未来」を実装していくのは、技術者ではなく、現場のビジネスパーソンであり、ルールを作る行政官であり、取引実務を作っていく弁護士や裁判所であり、そしてそれらを使いこなす私たち一人ひとりです。

この変革は、ゆっくりと、しかし確実に進みます。今からこの「信用の自動化」という視点にアンテナを張っておくことこそが、5年後、10年後に振り返ったとき、最も価値のある準備だったと気づくことになるはずです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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