02224_ケーススタディ:「判決」という名の“公開処刑”を回避せよ _「あと50万円」で買う、“沈黙”と“安心”の値段

「あと50万円積めば、この泥沼から抜け出せる? 冗談じゃない、こっちは1円だって払いたくないんだ!」

裁判所から和解を勧められたとき、経営者の多くはこう憤ります。 

自分たちに非がない、あるいは相手の要求が不当だと思えば思うほど、金銭での解決は
「屈服」
のように感じられるものです。

しかし、ここでの50万円は、単なる
「負け代」
ではありません。

それは、将来のリスクを完全に遮断し、相手の口を封じるための
「高機能な錠前代」
なのです。

本記事では、裁判所からの
「強い和解勧告」
を蹴ることのリスクと、判決ではなく和解を選ぶことの
「戦略的な経済合理性」
について、弁護士の視点から解説します。

この記事でわかること:

• 裁判官の「お願い」は「命令」である: 具体的金額が出た勧告を拒否したときに待っている「報復」とは
• 判決文という「公開タトゥー」: 勝っても負けても、判決理由に書かれることの恐怖
• 「口止め料」としての解決金: 判決では得られない「守秘義務」と「誹謗中傷禁止」の価値

感情的な
「納得」
よりも、勘定的な
「得」
を取る。

これは、訴訟という泥沼から、最もスマートに、そして無傷で脱出するための
「大人の脱出術」
です。

【クライアント・カルテ】

• 相談者: 株式会社グレース・ブライダル 代表取締役 高砂 結(たかさご むすぶ)
• 業種: 結婚式場運営・イベントプロデュース
• 相手方: 元取引先(業務委託先)

【相談】

先生、納得がいきません。 

元取引先とのトラブルの件、今日の裁判で、裁判官から
「200万円で和解しなさい」
と強く言われましたよね?

こちらは、以前から申し上げている通り、お見舞金的な意味合いも含めて
「150万円」
までなら譲歩すると言っています。

これでも十分すぎる額です。 

相手の不手際もあったわけですし、これ以上、1円たりとも上乗せする理由がありません。 

「裁判所の努力でここまで下げさせた」
なんて恩着せがましく言われましたが、そもそも200万円払う義務なんてないと思っています。

このまま和解を拒否して、判決をもらって白黒つけたほうが、スッキリするのではないでしょうか?

【9546リーガル・チェックポイント】

1 「具体的な金額」が出たら、それは「命令」です 

高砂社長、裁判官の言葉を額面通りに受け取ってはいけません。 

裁判官が
「200万円での和解をお願いしたい」
と言い、かつ
「絶対に和解で終わらせたい」
とまで言った場合、これは
「お願い」
ではなく、実質的な
「命令」
です。

民事訴訟の実務感覚で言えば、裁判官が具体的な数字を出して和解を勧めるのは、
「判決を書きたくない(和解で終わらせて仕事を減らしたい)」
という本音に加え、
「この辺りが法的な落とし所だ」
という確信があるからです。

これを
「納得できない」
と蹴り飛ばすとどうなるか。

裁判官は
「せっかくの顔を潰された」
と感じ、判決文において
「江戸の仇を長崎で討つ」
がごとく、こちらに極めて厳しい事実認定(報復的な敗訴判決)を下すリスクが跳ね上がります。

2 判決文は、ネット時代の「デジタル・タトゥー」になり得る 

「判決で白黒つける」
とおっしゃいますが、判決には副作用があります。

判決文には、勝敗の理由が詳細に書かれます。

仮に勝訴に近い結果だったとしても、
「グレース・ブライダル社の管理体制には一部不備があった」
などと、後世に残したくない恥ずかしい認定が公文書として刻まれる可能性があります。

一方、和解であれば、理由は書かれません。

「解決金を支払う」
という事実だけで、中身はブラックボックスにできます。

企業の評判(レピュテーション)を守る意味で、判決という
「公開処刑」
を避けるメリットは計り知れません。

3 「50万円」で買う「沈黙」と「未来」

ここが最も重要な点です。

判決では
「金払え」
「払わなくていい」
しか決められません。

しかし、和解なら
「条項」
を作れます。

今回、当事務所が提案しているように、
「今後、一切の紛争・誹謗中傷を行わない」
「本件の内容を口外しない(守秘義務)」
という条項を入れることができます。

相手がSNSや業界内で御社の悪口を言いふらすリスクを、このプラス50万円で封じ込めるのです。

判決まで行って勝ったとしても、相手が腹いせに
「あの会社はひどい」
と吹聴して回るのを止める法的な力は、判決文にはありません。

差額の50万円は、相手の口にチャックをするための
「高性能なジッパー代」
と考えてください。

【戦略的アドバイザリー】

高砂社長、結論を申し上げます。

「悔しい気持ちをグッと飲み込み、200万円で手を打ちましょう。それが、御社にとって最も安上がりで、賢明な『勝利』です」

1 「不確実性」というリスクを買わない 
もし和解を拒否して判決になった場合、相手が控訴して高等裁判所までもつれ込む可能性があります。
そうなれば、解決までさらに半年、1年とかかり、弁護士費用も追加でかかります。
さらに、高裁でひっくり返されて、200万円以上の支払いを命じられるリスクもゼロではありません。
今、200万円でサインすれば、この瞬間に
「将来の不安」

「追加コスト」
をすべて遮断できます。
これは、
「時間を金で買う」
高度な経営判断です。

2 「実質的な解決」をパッケージする 
単にお金を払うだけではありません。和解条項に以下のセットを組み込みます。
• 清算条項: 「これ以外に一切の債権債務がない」と確認させ、後出しジャンケンを封じる。
• 守秘義務・誹謗中傷禁止: 違反した場合は違約金を払わせる条項も検討し、相手の口を物理的・心理的に封じる。

結論: 

裁判官の顔を立てて(=裁判官を味方につけて)、穏便に、かつ密室でトラブルを葬り去る。 

これが、企業防衛における
「大人の喧嘩の終わらせ方」
です。

50万円の差額は、将来の悪評被害を防ぐための
「広告宣伝費」兼「保険料」
だと割り切ってください。

※本記事は、一般的な民事訴訟における和解のメリットとリスクについての戦略的視点を解説したものです。
個別の事案における和解の可否や条件については、具体的な証拠状況や裁判所の心証に依存しますので、必ず担当弁護士と詳細に協議の上、ご判断ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02223_ケーススタディ:「逃げるが勝ち」を許さない_債権回収における「仮差押え」という名の“時間停止魔法”

「相手の会社が危ないらしい。すぐに裁判を起こして回収だ!」
「いや、ちょっと待ってください。裁判の前に『仮差押え』をしておかないと、勝っても1円も取れませんよ?」

取引先の信用不安が発覚したとき、多くの経営者は
「早く裁判をして白黒つけたい」
とはやる気持ちを抑えきれません。

しかし、法律のプロである弁護士は、まず
「裁判」
ではなく
「仮差押え」
を提案します。

なぜなら、日本の裁判は時間がかかりすぎるからです。

本記事では、倒産寸前の相手から債権を回収するための必須テクニックである
「仮差押え」
の重要性と、その具体的な準備(コストや必要資料)について、実務的な視点から解説します。

この記事でわかること:

• 「訴訟」と「仮差押え」の違い: なぜ「仮」の手続きが「本番」より重要なのか
• 早い者勝ちのルール: 危ない会社から回収するためのタイムリミット
• 魔法の代償: 仮差押えを実行するために必要な「担保金」と「情報」

「勝訴判決」
という名の紙切れを抱いて泣かないために。

債権回収の現場で生死を分ける
「初動」
の鉄則をお伝えします。

【クライアント・カルテ】

• 相談者: 株式会社 グルメ・ホールディングス 営業本部長 早飯 喰男(はやめし くらお)
• 業種 : 業務用食材卸売業
• 相手方: 株式会社 満腹亭(まんぷくてい)(飲食チェーン)

【相談】

先生、緊急事態です。 

取引先の
「満腹亭」
への売掛金が焦げ付きそうです。

あそこ、給料未払いで先月から全店舗シャッターが下りているんです。

夜逃げ寸前というか、もう半分逃げているような状態です。

すぐに裁判を起こして白黒つけたいんですが、法務担当者が
「裁判の前に『仮差押え』をした方がいい」
と言い出しました。

でも、
「仮」
のくせに、保証金を積まないといけないし、手間もかかると聞きました。

面倒なので、いきなり本裁判(訴訟)を起こして、勝ってから差し押さえればいいんじゃないですか?

どっちがいいのか、ズバッと決めてください。

【9546リーガル・チェックポイント】

1 「裁判」と「仮差押え」は、カレーとライスの関係

早飯さん、根本的な誤解があります。
「訴訟(本裁判)」

「仮差押え」
は、ランチのメニューで
「A定食にするかB定食にするか」
と迷うような二者択一の関係ではありません。

訴訟は
「私が正しい(債権がある)」
ことを公的に認めてもらう手続き(権利の確定)です。

一方、仮差押えは、その権利が認められるまでの間、相手が財産を隠したり、他のハイエナ(債権者)に食い荒らされたりしないように、現状を凍結する手続き(保全)
「カレー(訴訟)」

「ライス(仮差押え)」
の関係にあり、両方あって初めて
「カレーライス(確実な回収)」
になるのです。

ライスなしでカレー(判決文)だけ渡されても、食べられませんよね?(回収できませんよね?)

2 「判決」という名の紙切れ

日本の裁判は、丁寧ですが遅いです。

判決が出るまでに半年や1年かかることはザラです。
「給料未払いで営業停止」
しているような会社が、半年後まで行儀よく財産を残していると思いますか?

判決が出るころには、めぼしい資産はすべて散逸し、預金口座は空っぽ、不動産は他人の手に渡っているでしょう。

その時、あなたが手にする勝訴判決は、
「あなたは正しい。でも、お金はない」
と書かれた、ただの高級な紙切れになってしまいます。

これを防ぐために、裁判という長い試合が始まる前に、相手の財布に鍵をかける魔法、それが
「仮差押え」
なのです。

3 魔法を使うための「対価(コスト)」

この便利な魔法を使うには、それなりの準備と対価が必要です。

まず、魔法をかける対象(どこの銀行のどの支店の口座か、など)を特定しなければなりません。

そして、裁判所に対して
「保証金(担保金)」
を積む必要があります。

相場は、請求額の1割から3割です。

「えっ、1000万円取り返すのに、300万円も預けるの?」
と思われるかもしれませんが、これは
「もし私の勘違いで相手に迷惑をかけたら、これで賠償します」
という人質のようなものです。

もちろん、最終的に勝てば戻ってきますが、一時的にキャッシュが寝てしまう覚悟は必要です。

【戦略的アドバイザリー】

早飯さん、結論を申し上げます。

「四の五の言わずに、今すぐ仮差押えをやりましょう」

1 状況は「待ったなし」
相手は給料未払いで営業停止しています。
これは、企業の体温が急激に低下し、死後硬直が始まる直前のサインです。
他の債権者も、血眼になって回収に動いているはずです。
債権回収は、椅子取りゲームです。
音楽が鳴り止んでから(判決が出てから)動いたのでは、座る椅子(財産)は残っていません。

2 必要な「武器」と「弾薬」 
至急、以下のものを準備してください。
• 疎明資料: 契約書、注文書、納品書、請求書など、「ウチにお金を払ってもらう権利がある」ことを証明する書類一式。
• ターゲット情報: 相手のメインバンクの支店情報や、取引先(売掛金)の情報。
• 軍資金: 申立費用等の実費(数十万円)と、担保金(請求額の20~30%程度)。

3 結論 
ビジネスにおいてスピードは命ですが、債権回収においてスピードは
「すべて」
です。
悠長に裁判の準備をしている間に、虎の子の資産が逃げていってしまっては元も子もありません。
まずは
「仮差押え」
で相手の急所をガッチリと掴み、その上で、堂々と裁判(あるいは交渉)に臨む。
これが、プロの回収作法です。

※本記事は、一般的な民事保全手続(仮差押え)の概要と法的効果を解説したものです。
個別の事案における保全の必要性(被保全権利の存在や保全の必要性)の判断、および担保金の額については、裁判所の裁量や事案の具体的事情により異なりますので、必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02222_ケーススタディ:「穴だらけの鎧」と「鉄壁の首輪」_契約書の“書いてないこと”と“書かれすぎていること”

「いよいよ海外メーカーとの独占契約だ! これでウチも安泰だ!」
「・・・ちょっと待ってください。その契約書、御社にとって『死亡届』になりかねませんよ?」

取引の現場では、金額や数量といった
「数字」
には敏感でも、契約書の
「条項」
には無頓着なケースが少なくありません。

特に海外企業との取引では、相手は
「書かれていないことは、何をやっても自由」
「書かれていることは、絶対守れ」
という、ドライかつシビアな契約文化を持っています。

本記事では、ある輸入商社の事例をもとに、
「自分たちの権利を守る条項の欠落(穴)」
と、
「相手に有利すぎる過酷な条件(罠)」
という2つの視点から、契約書レビューの重要性を解説します。

この記事でわかること:

• スカスカの契約書の恐怖: 注文方法や決済条件を決めずに握手することの危険性
• 「書いてないことは自由」の原則: 独占権を明記しないと、相手は誰にでも商品を売れる理由
• リードタイムの罠: 「変更不可」の条項が招く在庫リスクと機会損失
• 責任制限条項のトリック: 一見高額な賠償上限額に隠された「免責」の落とし穴

「契約書なんて、揉めなきゃただの紙切れでしょ?」
と思っているあなた。

揉めた瞬間に、その紙切れが
「鉄壁の盾」
になるか、自らの首を絞める
「死刑執行書」
になるかが決まるのです。

転ばぬ先の杖、いや、転ばぬ先の
「リーガルチェック」
の極意をお伝えします。

【クライアント・カルテ】

• 相談者: 株式会社フロンティア・トレーディング 専務取締役 一本木 通(いっぽんぎ とおる)
• 業種 : 専門商社(海外雑貨輸入卸)
• 相手方: 豪州・サザンクロス社(メーカー)

【相談】

先生、ようやくオーストラリアのサザンクロス社(SC社)との独占販売契約がまとまりそうです!

向こうは、今、世界中で大ヒットしている高機能アウトドア雑貨のメーカーです。

向こうから契約書案が来ましたし、こちらも要望をまとめた合意書案を作りました。

「あとはサインするだけ」
のつもりで先生にチェックをお願いしたんですが、本日の打ち合わせで、先生、めちゃくちゃ渋い顔をしていましたよね?

「御社の作った案は、車で言えばエンジンとタイヤがないようなもの」
「相手の案は、ハンドルが固定されていてブレーキが効かない車のようなもの」
っておっしゃいましたが、意味がわかりません。

具体的に、どこがどうマズいんでしょうか?

このまま契約すると、地獄が待ってる、ってことですか?

【9546リーガル・チェックポイント】

1 「スカスカの合意書」は、ただの“願い事リスト”

まず、御社(フロンティア・トレーディング)が作成した合意書についてですが、致命的な欠陥があります。

注文方法、支払い方法、危険負担(輸送中に商品が壊れたらどっちの責任か)、知的財産権、守秘義務、損害賠償・・・これらが
「規定がない」
状態です。

これは、結婚に例えるなら、
「好きです! 一緒になりましょう!」
と愛だけは叫んでいるものの、
「で、家賃はどうする? 家事は誰がやる? 浮気したらどうする? 別れる時の財産分与は?」
という生活のルールが一切決まっていないのと同じです。

ビジネスの世界、特に海外では
「書いていないことは、何をやっても自由」
というのが契約の基本ルールですから、これではトラブルが起きた瞬間、御社は丸裸で戦場に放り出されることになります。

2 「独占」の冠を被った「隷属」契約

次に、相手方(SC社)の契約書ですが、御社が喉から手が出るほど欲しい
「独占的供給権」
の規定がありません。

さらに、
「最低供給数量」
の規定もありません。

ここでも
「書いていないことは自由」の原則が牙を剥きます。

独占権が明記されていない以上、SC社は御社以外にも商品を売れますし、極端な話、御社からの注文をすべて無視して
「在庫がない」
と言い張ることも可能です。

「独占契約だと思っていたら、実はただの『買わせていただく』契約だった」
という、笑えないオチになりかねません。

3 「8週間の予言者」になれますか?(リードタイムの罠)

SC社案の第3条を見てください。

「見積り要求は8週間前」
「注文は4週間前」
「その後の変更不可」
とあります。

今の激動の市場で、2ヶ月先の需要を完璧に予測し、1ヶ月前に確定注文を出し、一切変更しないことが可能でしょうか?

これは、御社に
「『予言者』になれ」
と要求しているのと同じです。

予測が外れれば、過剰在庫の山に埋もれるか、欠品で機会損失を出して顧客に怒られるかの二択です。

4 「1000万ドル」という免罪符

第9条には、SC社の責任上限が
「1000万豪ドル(約数億円)」
に制限され、かつ
「『間接損害(逸失利益など)』は互いに免責」
とあります。

一見、高額に見えますが、もしSC社の製品がPL事故(製造物責任事故)を起こし、大規模なリコールや損害賠償が発生したらどうでしょう?

「間接損害免責」
の条項があるため、御社がその事故のせいで失った将来の利益や、ブランド毀損による損害は、1円も請求できません。

相手は、1000万ドルという
「手切れ金」
を払ってサヨウナラですが、御社は焼け野原に残されることになります。

【戦略的アドバイザリー】

一本木専務、このままハンコを押すのは、
「パラシュートなしでスカイダイビングをする」
ようなものです。

以下のポイントで、契約書という
「命綱」
を編み直しましょう。

1 「穴」を塞ぐ(自社案の修正)
まず、御社の合意書案に、ビジネスの
「血液」
を通わせます。
いつ、どうやって注文し、いつ払い、いつ所有権が移り、トラブルが起きたらどう責任を取るか。
これら
「5W2H」
を明確に規定し、
「日本昔話型文書(具体性のない曖昧な文書)」
から脱却させます。

2 「手枷足枷」を外す(相手案の修正)
SC社案の第3条(供給)については、現実的なリードタイムへの短縮と、一定範囲での変更の柔軟性(フレキシビリティ)を求めます。
「市場の変化に対応できない契約は、共倒れになる」
と、ビジネスの合理性から説得しましょう。

3 「盾」と「矛」を確保する(独占と責任)
最も重要な
「独占権」
を明記させ、
「最低供給義務」
を課すことで、SC社を逃さないようにします。
また、第9条(責任制限)については、PL事故などの第三者請求や、重大な過失がある場合は上限を撤廃するよう交渉します。

結論:

交渉のテーブルで、
「御社のドラフトをベースにしますが、ビジネスの実態に合わせて、いくつか『微調整』させてください」
と笑顔で切り出しつつ、中身はガッツリと
「こちらの生存領域」
を確保する修正案をぶつけましょう。

契約書は、トラブルが起きた時のための
「聖書」
であり
「武器」
です。

神に祈る前に、条文を磨くことが、ビジネスの寿命を延ばします。

※本記事は、架空の事例をもとに、契約法務および国際取引に関する一般的な法解釈と実務的視点を述べたものです。個別の契約交渉や法的判断については、具体的な事情に応じて弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02221_ケーススタディ:「開かずの金庫」と「敵の敵」を攻める_債権回収、正面突破がダメな時のBプラン

「相手の会社、供託金があるらしいぞ。それを差し押さえれば回収できるんじゃないか?」

債権回収の現場では、こうした噂や膠着状態に一喜一憂することがよくあります。

しかし、法律の壁は厚く、単に
「お金を貸している」
というだけでは、相手の懐(供託金)を覗き見ることすら許されません。

本記事では、回収困難な事案における
「見えない資産(供託金)」
へのアプローチ方法と、正面突破が無理な場合に使う
「三角関係を利用した回収テクニック(債権譲渡・相殺戦略)」、
そして最終手段としての
「債権者破産」
という3つの法的アプローチについて解説します。

この記事でわかること:

• 供託所の鉄壁ガード: なぜ債権者は供託金の有無を簡単には確認できないのか
• 搦手(からめて)からの奇襲: 「敵の敵」を味方につけて回収する「債権譲渡×相殺」のスキーム
• 最後の手段: 煮え切らない債務者に引導を渡す「債権者破産申立て」の効用とリスク

「ない袖は振れない」
と居直る相手に対し、法律のプロが懐に忍ばせている
「次の一手」
をご紹介します。

【クライアント・カルテ】

• 相談者: 株式会社ガテン・ビルド 営業本部長 現場 守(げんば まもる)
• 業種 : 内装工事業
• 相手方: 株式会社 砂上の楼閣(さじょうのろうかく)不動産

【相談】

先生、もうお手上げですわ。

以前から支払いが滞っていた
「砂上の楼閣不動産」
ですが、ついに連絡が取れなくなりました。

ところが、業界の噂で耳にしたんですが、あそこ、別の取引先と揉めていて、数千万円の現金を法務局に供託しているらしいんです。

その
「供託金」、
ウチみたいな債権者が
「いくらあるのか」
「本当にあるのか」、
中身を覗くことはできませんか?

もしその虎の子が手に入らないなら、もうラチがあきません。

【9546リーガル・チェックポイント】

1 「供託金」という名の埋蔵金伝説

債権回収の現場では、追い詰められた債権者の間で
「あそこには隠し財産(供託金)があるらしい」
という埋蔵金伝説のような噂が飛び交うことがあります。

しかし、法務局(供託所)のガードは、スイス銀行並みに鉄壁です。

法的には、単に
「お金を貸している」
「売掛金がある」
という一般債権者の立場では、供託所に対して
「中身を見せろ(閲覧請求)」
と言う権利は認められていません。

これは、
「隣の家の旦那がへそくりを隠しているらしいから、銀行にその残高を教えろ」
と窓口で叫んでいるのと同じで、プライバシー(秘密)の壁に跳ね返されてしまいます。

確認できるのは、
「すでに差押えをした人」
などの
「直接の利害関係者」
だけ。

「中を見るためには、まず鍵(債務名義や差押命令)を手に入れなければならない」
というジレンマがあるのです。

2 「敵の敵」は「味方(財布)」である(相殺戦略)

正面からの差押えが空振りに終わる場合、視点を変える必要があります。

砂上の楼閣不動産に対して
「お金を払わなければならない人」
はいませんか?

もし、砂上の楼閣不動産にお金を払う予定の別の業者(B社)がいて、B社も砂上の楼閣不動産に対して何らかの不満や債権を持っているなら、チャンスです。

あなたの持っている不良債権をB社に譲渡するのです。

すると、B社は
「砂上の楼閣に払う義務」

「砂上の楼閣からもらう権利(あなたから買った債権)」
を相殺して、支払いを免れることができます。

あなたはそのB社から債権譲渡代金をもらうことで回収を図る。

これは、
「敵(砂上の楼閣)の敵(砂上の楼閣にお金を払いたくない人)は味方」
という、マキャベリズム的な回収戦術です。

3 ゾンビ企業に引導を渡す「お葬式(債権者破産)」

「もう死に体なのに、往生際悪く生きている」
そんなゾンビ企業に対し、トドメを刺すのが
「債権者破産」
です。

通常、破産は自ら申し立てるもの(自己破産)ですが、法律上は、債権者からも
「この会社はもう死んでいます(支払不能)。お葬式(破産手続)をあげてください」
と裁判所に申し立てることが可能です。

過去には、経営悪化で給与未払いを起こした医療法人に対し、職員(債権者)たちが団結して破産を申し立てた事例などがあります(大森記念病院事件などが有名です)。

【戦略的アドバイザリー】

現場さん、お気持ちは痛いほどわかりますが、感情に任せて突撃しても
「開かずの金庫」
の前で立ち尽くすだけです。

まずは冷静に、搦手(からめて)から攻めましょう。

1 供託所へのアプローチ:弁護士会照会(23条照会)
いきなり法務局に乗り込んでも門前払いですが、弁護士会を通じた
「23条照会」
という公的な虫眼鏡を使えば、供託の有無や額について回答を引き出せる可能性があります。
まずはこのルートで、埋蔵金の実在を確認しましょう。

2 奇策:「敵の敵」を探せ 
砂上の楼閣不動産に対して
「お金を払いたくない」
と思っている業者を探しましょう。
そこに債権を譲渡して相殺させるスキームが組めれば、キャッシュを回収できる可能性があります。

3 最後の切り札:「債権者破産」 
これは
「諸刃の剣」
です。
相手を法廷に引きずり出し、管財人という公的な管理人を送り込んで資産を洗う強力な手段ですが、申立てには
「予納金」
という安くない費用(お布施)が必要です。
相手が本当にスッカラカン(無資産)であれば、予納金分だけ赤字が拡大する
「費用倒れ」
に終わります。
あくまで、
「破産されたくなかったら、払え」
という最強のプレッシャーカードとして懐に忍ばせつつ、まずは実態調査を優先しましょう。

※本記事は、一般的な債権回収の手法と法的背景を解説したものです。
個別の事案における回収可能性や、具体的な手続き(債権譲渡の対抗要件具備や破産申立の疎明資料、予納金の額等)については、事案ごとに異なりますので、弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02220_ケーススタディ:破産管財人からの「底引き網」漁法にご用心_「社長個人」と「会社」は赤の他人です

「取引先が倒産した! しかも、破産管財人から『売掛金を払え』という通知書が届いた!」
「いやいや、もう本人に払っちゃったし、そもそも契約相手は社長個人で、倒産したのは会社の方だろ?」

取引先が破綻した際、裁判所から選任された
「破産管財人」
から、有無を言わさぬ請求書が届くことがあります。

弁護士名義の仰々しいFAXを見ると、つい
「払わなければならないのか」
と萎縮してしまいがちです。

しかし、慌てる必要はありません。

管財人の請求が常に正しいとは限らないからです。

彼らは職務上、あえて
「ダメ元」
で網を広げている可能性があるのです。

本記事では、破産管財人からの請求に対して、
「契約相手は法人ではなく個人である(別人格)」
場合や、
「タッチの差ですでに支払ってしまった(弁済完了)」
場合に、支払いを拒絶できる法的根拠について解説します。

この記事でわかること:

• 管財人の底引き網: なぜ管財人は「ダメ元」で請求してくるのか
• 法人格の壁: 「社長個人」の契約は「会社」の破産と無関係である理由
• タッチの差の法的効力: 通知が届く前の「支払済み」が有効になる法的根拠

相手が
「裁判所の代行人」
であっても、恐れることはありません。

支払う義務のないカネを守るための、正しい切り返し術を伝授します。

【クライアント・カルテ】

• 相談者: 株式会社キッチリ・ペイメント 法務担当 吉良 守(きちら まもる)
• 業種 : 決済代行・収納代行サービス業
• 相手方: 弁護士(「株式会社ザル・プランニング」の破産管財人)

【相談】

先生、驚きましたよ!

ウチの加盟店である
「株式会社ザル・プランニング」
が破産したそうなんです。

そこまでは
「よくある話」
なんですが、裁判所から選任された破産管財人の弁護士から、いきなりFAXで
「本日付けの立替払いの精算金を、直ちに管財人口座へ振り込んでください」
という請求書が届いたんです。

ええっ? と思って確認したら、その精算金、今朝一番に、もう送金しちゃってるんです。

二重払いしろってこと?

それと、そもそも、ウチが契約しているのは、ザル・プランニング(法人)じゃなくて、社長の公私 混造(こうし こんぞう)氏(個人)なんです。

でも、相手は裁判所のバックがついている管財人ですし、弁護士の先生です。

やっぱり、言われた通りに払わないといけないんでしょうか?

【9546リーガル・チェックポイント】

1 管財人の「底引き網」漁法

破産管財人の通知書や請求書は、受け取った側からすると、まるで
「お上の命令」
のように感じられ、心拍数が上がるものです。

しかし、ここで思考停止してはいけません。

彼ら(管財人)のミッションは、破産財団(債権者に配当するための原資)を1円でも多く確保することです。

そのため、破産会社の帳簿やメールをざっと見て、
「あ、ここから金が取れそうだ」
と思ったら、とりあえず
「底引き網」
を投げてくる習性があります。

精査する時間がないため、
「数打ちゃ当たる」戦法
を取らざるを得ない事情もあるのです。

2 「法人」と「個人」は赤の他人

法律の世界では、生身の人間(社長個人)と、法人(会社)は、
「まったくの赤の他人」
として扱われます。

たとえ社長が100%株主であったとしても、法的には
「別人」
です。

破産管財人は、あくまで
「法人」
の財産を管理する人であり、
「社長個人」
の財布を管理する権限はありません(社長個人も破産していない限り)。

したがって、社長個人との契約に基づくお金を、会社の管財人が請求してくるのは、
「隣の家の人が破産したからといって、その隣人があなたの給料を差し押さえに来る」
のと同じくらい、筋違いな話なのです。

3 タッチの差の法的効力(対抗要件)

債権回収や破産の世界は、
「早い者勝ち」
の非情なルールで動いています。

管財人からの通知(破産開始決定の通知や支払請求)が届く前に、善意で(破産の事実を知らずに)本来の債権者へ支払ってしまった場合、その支払いは有効です。

これは、サッカーのゴールライン・テクノロジーのようなものです。

ボール(お金)がラインを割った(送金された)のが、ホイッスル(管財人の通知到達)より先であれば、ゴール(弁済)は認められます。

「あ、すみません。入れ違いでお支払い済みです」
この事実があれば、管財人は
「二重払い」
を要求することはできません。

【戦略的アドバイザリー】

吉良さん、慌てる必要はありません。

相手が
「裁判所の代行人」
であっても、恐れることはありません。

今回のケースでは、以下の2点により、
「ゼロ回答」
を返すことができます。

1 「契約の主体が違います」 
「契約書を見てください。ハンコは個人の実印ですよね?」
この一言で、管財人の請求権は消滅します。
契約の名義が個人である以上、会社の破産管財人が口を出す幕はありません。

2 「すでに支払いました」 
FAXが届く前に送金済みであれば、新たに支払う必要はありません。
もし管財人がお金を取り戻したいなら、受け取った社長個人から回収すべきであって、支払った御社に文句を言う筋合いはないのです。

結論: 
以下の文面で、毅然と回答してください。
「ご請求の件ですが、以下の理由によりお支払いする義務はございません。 
① 本件契約は、貴職が管理する破産法人との契約ではなく、社長個人との契約であること
② 本日の送金分については、貴職からの通知が到達する前に、すでに契約相手方へ送金済みであること」

相手もプロ(弁護士)ですから、理屈が通っていれば、
「ああ、そうですか(釣れなかったか)」
と、あっさり引き下がります。

過剰に恐縮したり、忖度したりする必要は一切ありません。

ビジネスにおいては、
「誰と契約したか(契約の主体)」

「いつ払ったか(履行の完了)」
の記録さえしっかりしていれば、どんな
「底引き網」
も怖くはありません。

※本記事は、架空の事例をもとに、法人格の独立性(会社法・民法)および弁済の有効性に関する一般的な法解釈を述べたものです。
破産管財人の権限を不当に害する意図や、財産隠しを推奨する意図は一切ありません。
個別の事案については弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02219_ケーススタディ:「肉を切らせて骨を断つ」戦略的訴訟の流儀_“勝訴”だけがゴールではない

「明らかにパクリなのに、裁判で白黒つけるのは難しいと言われた……」
「勝訴の見込みが五分五分の訴訟に、コストをかける経営判断は正しいのか?」

競合他社による模倣や権利侵害に直面した経営者にとって、裁判の
「勝ち負け」
は重大な関心事です。

しかし、企業法務の最前線である
「戦略法務」
の世界では、必ずしも
「勝訴判決(100%の勝利)」
だけがゴールではありません。

本記事では、クラフトコーラ事業を展開する架空の事例をもとに、法的なハードルが高い事案であっても、あえて訴訟の場に引き出すことが、なぜ
「最強のビジネス防衛策(抑止力)」
になり得るのかを解説します。

この記事でわかること:

• 模倣品(パクリ)対策の現実: 不正競争防止法などのハードルが高い場合の「次の一手」
• 訴訟の経済学: 相手方に「紛争解決コスト」と「経営的リスク」を意識させる交渉術
• レピュテーション(評判)管理: 「権利侵害とは徹底的に戦う」という姿勢を見せることの投資価値

単なる法的な勝ち負けを超え、訴訟プロセスそのものを
「自社の市場優位性を守るための正当な権利行使」
として活用する、経営者のための実践的なケーススタディをご紹介します。

相談者プロフィール:

株式会社クラフト・スピリッツ 代表取締役社長 釜炊 煮込(かまたき にこむ、45歳)

相談内容:

先生、先日はありがとうございました。

博多で雨後の筍のように湧いて出た、ウチの
「クラフトコーラ」
を真似した店への対応の件です。

先生の解説、目からウロコでした。

「不正競争防止法だの著作権法だの真正面からぶつかっても、相手をねじ伏せる判決を勝ち取るのは難しい。下手をすれば負ける」
という、冷徹な見立て、しかと受け止めました。

ですが、それ以上に響いたのは、先生のこの一言です。

「たとえ判決で100%勝てなくても、訴訟を提起し、退かずに戦う姿勢を見せること自体が、相手に対して『安易なパクリは高くつく』という強烈なメッセージになり、それが結果としてビジネスを守る抑止力になる」

社内で検討した結果、今回の博多の件は、相手も小粒ですし、今回は見送ることにしました。

ただ、今回教えていただいた
「勝敗を超えた戦略的訴訟」
という高度な戦術は、今後、もっと体力のある大手がウチの真似をしてきた時のための
「伝家の宝刀」
として、懐に忍ばせておきます。

いざという時は、抜きますよ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:裁判所の「判断基準」とビジネスの「感覚」のズレ

多くの経営者は、
「パクリだ!悔しい!」
という直感的な正義がそのまま裁判所で認められると思っています。

しかし、実務の世界では、アイデアやコンセプトといった
「フワッとしたもの」
を独占的な権利として守るのは、法律上、非常にハードルが高いのが現実です。

特に不正競争防止法における
「商品の形態模倣」

「周知表示混同惹起」
のハードルは、一般の方が思うよりも高く設定されています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:訴訟の「副次的効果」を戦略に組み込む

しかし、訴訟の目的を単に
「勝訴判決」
だけに置かず、
「交渉のテーブルに着かせること」

「将来の模倣に対する牽制(抑止力)」
に置くと、景色は一変します,。

訴訟が提起されると、被告側は応戦を余儀なくされます。

弁護士を選任し、過去の資料をひっくり返し、詳細な反論書面を作成しなければなりません。

これには相応の
「コスト(費用・時間・労力)」
がかかります。

相手が大企業であればあるほど、コンプライアンスやレピュテーション(風評)を気にしますから、
「係争中である」
という事実自体が、経営判断に重い影響を与えます。

つまり、確たる法的根拠を持って訴訟に踏み切ることは、
「安易な模倣や権利侵害は、割に合わないコストを強いることになる」
ということを、業界全体に知らしめる
「投資」
としての側面を持つのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:戦略的「消耗戦」の効用

「たとえ最終的な判決が引き分けや和解に終わったとしても、相手に『この会社は権利侵害に対して徹底的に戦う』という強烈な印象を植え付け、安易な参入を躊躇させることができれば、ビジネスの競合戦略としては『勝ち』である」
という考え方が、戦略法務の深層には存在します。

これは、単なる勝ち負けではなく、長期的視野に立った
「自社の知的財産とブランドの防衛戦」
なのです。

モデル助言:「伝家の宝刀」は、抜くべき時まで研いでおく

釜炊社長、ご英断です。

今回の相手のような小規模な相手に対し、こちらの貴重な経営資源(弁護士費用や社長の時間)を投じてまで全面戦争を仕掛けるのは、コストパフォーマンス(費用対効果)の観点から得策ではありません。

しかし、今回得られた知見は、御社にとって大きな武器になります。

将来、資金力のある大手企業が参入してきた際、
「我々は、一歩も引かずに徹底的に権利を主張する覚悟がある」
という姿勢を見せることは、最強の抑止力(防衛策)になります。

・「勝訴」だけが目的ではない。
・プロセスそのものを武器として、自社の市場優位性を守り抜く。

この
「大人の喧嘩の作法」
とも言うべき戦略的思考を理解された御社は、また一つ、企業として強くなったと言えるでしょう。

今回は刀を鞘に納め、次の
「本番」
に備えましょう。

※【注意事項】法的根拠のない訴訟提起について※
本記事は、法的根拠(勝訴の見込みや合理的な法解釈)が存在することを前提とした戦略論です。
事実無根の言いがかりや、単に相手を困らせるためだけの目的で訴訟を提起することは、民事上の不法行為(不当訴訟)を構成する可能性があるほか、弁護士倫理にも反します。
あくまで
「権利の存否が争われるグレーゾーンにおいて、あえて引かずに司法判断を仰ぐ」
という毅然とした態度の重要性を説くものです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02218_企業が行うべき最新ネット風評対策【シリーズコンテンツ#1~#8】


著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務

#ネットメディア#ネット風評被害#企業法務#企業法務大百科#企業活動

02217_ケーススタディ:その「豪華な内装」、大家さんにとっては「ただの産業廃棄物」かもしれません_造作買取請求の冷徹な現実

「内装に5000万円もかけたのに、退去時に全部壊せだなんて!」
「この豪華な設備、次のテナントも絶対に使いたいはず。大家に買い取らせることはできないのか?」

店舗やオフィスの撤退時、経営者を悩ませるのが
「原状回復義務」
の壁です。

こだわりの内装や最新設備も、貸主から見れば単なる
「残置物」
扱いされ、多額の解体費用を請求されることが少なくありません。

ここで多くの借主が思い浮かべるのが、法律で認められた権利
「造作買取請求権(ぞうさくかいとりせいきゅうけん)」
です。

しかし、この権利を振りかざせば、本当にお金を取り戻せるのでしょうか?

本記事では、eスポーツカフェの撤退事例をもとに、借主が陥りがちな
「内装価値」
の誤解と、契約書に隠された冷徹な現実について解説します。

この記事でわかること:

• 造作買取請求権の罠: 法律にあっても、実際の契約書で「無効」にされている理由
• 価値のギャップ: あなたの「こだわり(資産)」が、大家にとっては「産業廃棄物(負債)」になる法的ロジック
• 客観的価値とは: 「ゲーミングブース」が買取対象にならず、「雨戸」なら対象になり得る境界線
• 撤退戦の戦術: 唯一の勝ち筋である「居抜き退去」を成功させるための交渉術

「もったいない」
という感情論が通用しない不動産法務の世界。

無駄なコストを抑え、賢く撤退するために知っておくべきルールを紐解きます。

相談者プロフィール:

株式会社サイバー・ディメンション 代表取締役社長 未来 翔(みらい かける、35歳) (※本ケーススタディは、実在の事例を参考に構成したフィクションです。)

相談内容:

先生、ちょっと聞いてくださいよ!

3年前に社運を賭けてオープンした
「次世代型eスポーツカフェ」、
残念ながら撤退することにしました。

ただね、内装にはめちゃくちゃこだわったんですよ。

全席防音の個室ブースに、床下には最新のLAN配線、天井には近未来的なLED照明。

工事費だけで5000万円もかけました。

これ、壊して更地(スケルトン)にして返せって、大家は言うんです。

「原状回復義務だ」
って。

でもね、これだけの設備、次のテナントだって絶対使いたいじゃないですか?

建物の価値、爆上がりですよ。

だから、大家に
「この素晴らしい設備を買い取ってくれ、それが無理でも、せめてそのまま残していかせてくれ」
と交渉したんですが、
「いらん。全部壊して金払え」
の一点張りです。

民法か借地借家法か忘れましたが、
「造作買取請求権」
っていう、店子が大家に内装を買い取らせる権利がありますよね?

これを使って、大家に5000万円…いや、減価償却して2000万円くらいで買い取らせたいんですが、行けますよね?

だって、もったいないじゃないですか!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「契約書」という名の絶対王政

未来社長の
「もったいない」
というお気持ち、痛いほどわかります。

しかし、結論から申し上げますと、その5000万円の内装は、大家さんにとっては
「撤去費用のかかる巨大な粗大ゴミ」
でしかありません。

まず、契約書の確認です。

お手元の賃貸借契約書第20条をご覧ください。

ここには明確に、
「明渡の際の原状回復義務」

「造作買取請求権の放棄」
が記載されています。

借地借家法は、立場の弱い借主を守るための法律ですが、この
「造作買取請求権」
については、
「特約で排除(放棄)しても有効」
と解されています。

つまり、契約書で
「買取請求はなしね」
とサインした時点で、法律上、未来社長の
「買い取ってくれ」
という要求は、門前払いされる運命にあるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「客観的価値」と「主観的価値」の埋めがたい溝

「でも、原状回復(破壊)する方が社会的損失だ!」
と食い下がる未来社長のお気持ちもわかります。

しかし、法律上の
「造作(ぞうさく)」
として買取請求が認められるためには、
「建物の客観的価値を上げるもの」
でなければなりません。

ここでいう
「客観的価値」
とは、誰が借りても便利、という意味です。

例えば、雨戸や畳、一般的なエアコンなどは、次のテナントが誰であれ役に立ちます。

しかし、御社の
「全席防音のゲーミングブース」

「サイバーなLED照明」
はどうでしょうか?

もし次のテナントが
「落ち着いた和食店」

「調剤薬局」
だった場合、それらは単なる
「撤去しなければならない障害物」
に過ぎません。

特定の事業用(この場合はeスポーツカフェ)のためだけに施した設備は、原則として
「建物の価値を減じてしまう」
と理解されており、造作買取請求権の対象にはならないのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:例外は「シンデレラの靴」並みに狭き門

もちろん、例外的に買取が認められるケースもあります。

それは、
「その建物が最初から特定の用途(例えば飲食店)に使われることを予定して建てられ、かつ、その設備がその用途なら必ず必要とされる」
といった、建物と設備が
「シンデレラの靴」
のようにピタリと一致する場合です。

しかし、今回のビルは一般的な雑居ビルであり、御社が後からこだわりの内装を施したに過ぎません。

この
「かなり限定的」
な例外要件をクリアするのは、極めて困難と言わざるを得ません。

モデル助言:「居抜き」というラストチャンスに賭けるか、潔く散るか

未来社長、法的に大家と戦って買取を迫るのは、
「竹槍で戦車に挑む」
ようなものです。

勝ち目はありません。

選択肢は1つです。

「大家ではなく、『次のテナント』を見つけること」

大家に対して
「買い取れ」
と言う権利はありませんが、大家にお願いして、
「次のテナントがこの内装を気に入ってくれれば、原状回復を免除してもらう(いわゆる居抜き退去)」
という交渉の余地は残されています。

同業他社や、似たような設備を必要とするネットカフェ業者などを自力で探し出し、
「内装をタダで譲るから、スケルトン戻し費用を浮かせたい」
と大家に懇願するのです。

もし、それが叶わなければ、残念ながら5000万円の夢の跡は、追加の解体費用を払って、きれいさっぱり
「無」
に帰すほかありません。

結論

ビジネスにおける
「こだわり」

「世界観」
への投資は、事業が継続している間は
「資産」
ですが、撤退が決まった瞬間、それは
「負債(撤去コスト)」
へと変貌します。

「自分の宝物は、他人にとっても宝物であるはずだ」
という思い込みは、不動産の世界では通用しません。

今回は、高い勉強代となりましたが、原状回復費用を予算に組み込んだ上で、粛々と撤退戦を進めましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02216_ケーススタディ:悪徳テナントを実力で追い出せ!?_「自力救済」という名の甘い罠

「家賃を半年も滞納して連絡もつかない。もう鍵を交換して、荷物を捨ててしまえ!」
「夜逃げ同然の悪徳テナントに、情けをかける必要なんてないだろう?」

ビルのオーナー様や管理会社様にとって、居座り続ける滞納テナントは頭の痛い問題です。

実力行使で追い出したくなる気持ちは痛いほど分かりますが、その行為は法律上、
「自力救済(じりききゅうさい)」
と呼ばれる危険な罠であることをご存知でしょうか?

本記事では、オーナーの依頼で
「実力行使」
を手伝おうとしたリフォーム会社の事例をもとに、安易な追い出し行為が招く刑事・民事の重大なリスクと、急がば回れの
「正しい明け渡し戦略」
について解説します。

この記事でわかること:

• 自力救済の禁止: なぜ「自分の建物」なのに勝手に鍵を変えてはいけないのか
• 法的リスクの現実: 荷物の勝手な処分が招く「器物損壊罪」や「損害賠償」の恐怖
• 共犯のリスク: オーナーの手伝いをしただけの業者が負う「共同不法行為責任」とは
• 唯一の正解ルート: 結局は一番安上がりで確実な「強制執行」の手順,

一時の感情で動いて
「被害者」
から
「加害者」
に転落しないために。

不動産トラブルにおける法的な「地雷原」の避け方を徹底解説します。

相談者プロフィール:

株式会社リノベ・マスターズ 代表取締役社長 猪突 猛(ちょとつ たけし、45歳) 

相談内容:

先生、ちょっと聞いてくださいよ!

ウチの得意先のビルオーナーが、テナントの
「バー・カスミ」
に手を焼いてるんです。

家賃は半年も滞納するわ、連絡はつかないわで、もうオーナーはカンカンです。

そこで、オーナーから相談を受けましてね。

「もう契約解除の通知は送った。来週、鍵屋を呼んで鍵を交換して、中の荷物を全部運び出して処分してやる。ついては、お宅の会社で荷物の搬出と、その後のスケルトン工事、次のテナント募集まで全部任せたい」
って言うんですよ。

こっちとしては、工事も請け負えるし、新しいテナントの仲介手数料も入るしで、願ったり叶ったりです。

相手はどうせ夜逃げ同然の連中です。

文句なんて言ってくるはずもないし、仮に言ってきたとしても、家賃を払わない向こうが悪いに決まってます。

来週の月曜日に決行する予定なんですが、先生、法的に何か問題なんてないですよね?

スピーディーに解決して、オーナーに恩を売る絶好のチャンスだと思ってるんですが!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:現代日本は「江戸時代」ではない

猪突社長の
「スピーディーに解決したい」
という熱意は痛いほど分かります。

しかし、結論から申し上げますと、オーナーがやろうとしていること、そして御社が手伝おうとしていることは、法治国家においては違法行為と判断されます。

法曹界の用語でこれを
「自力救済(じりききゅうさい)」
と言います。

「家賃を払わないなら、実力で追い出してやる!」
というのは、時代劇に出てくる悪代官や長屋の大家さんの世界の話であって、現代の法律では厳禁されています。

「権利があるからといって、裁判所の手続きを経ずに、自らの実力で権利を実現すること」
は、原則として認められていないのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:鍵の交換は「侵入」、荷物の処分は「器物損壊」?

具体的に何がダメなのか、細かく見ていきましょう。

オーナーや御社が
「建物に立ち入って様子を見る」
くらいまでなら、管理権の行使として許される可能性はあります。

しかし、
「鍵を勝手に交換して締め出す」
「中の設備や荷物を勝手に撤去・処分する」
といった行為は、完全にアウトです。

たとえ賃貸借契約が解除されていて、相手に占有権限がなくなっていたとしても、です。

これをやると、民事上の損害賠償請求(不法行為)を受けるだけでなく、最悪の場合、住居侵入罪や器物損壊罪、窃盗罪といった刑事責任を問われるリスクすらあります。

例外的に許されるのは、
「テナントが行方不明で、建物が倒壊しそうで緊急の保全が必要」
といった、極めて限定的な場面だけです。

単に
「連絡がつかない」
「家賃を払わない」
程度では、正当化されません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「共犯者」になる覚悟はありますか?

猪突社長、
「オーナーがやることだから、うちは言われた通り手伝うだけ」
と思っていませんか?

それが一番危険です。

もし、御社がビルオーナーの
「実力行使(撤去・処分・転売)」
に協力した場合、御社自身も
「共同不法行為者」
として、テナントから損害賠償請求をされる可能性が高いです。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
どころか、
「赤信号、みんなで渡ればみんな事故る」
のが法律の世界です。

オーナーの違法行為に加担すれば、御社も同罪。

巻き添えを食らって、工事代金どころか賠償金を支払う羽目になりかねません。

モデル助言:「急がば回れ」が唯一の正解

猪突社長、はやる気持ちを抑えて、冷静になってください。

この件で唯一の正解は、
「債務名義(判決)」
を取得することです。

1 実力行使は中止する

まず、来週の
「鍵交換・荷物撤去」
は直ちに中止するよう、オーナーを説得してください。

「これをやると、逆にオーナーが訴えられて、もっと金がかかりますよ」
と脅してもいいくらいです。

2 法的手続きを粛々と進める

面倒でも、裁判所に建物明渡請求訴訟を提起し、勝訴判決(債務名義)を得て、裁判所の執行官による
「強制執行」
という正規の手続きで追い出すしかありません。

「そんなの時間がかかるじゃないか!」
と思われるでしょうが、違法行為で後から訴えられて泥沼化するリスクとコストを考えれば、これが最短ルートです。

3 証拠の確認

先週末にお送りいただいた資料(契約書や滞納の記録など)を拝見する限り、訴訟提起の材料は揃いつつあります。

いくつか補足で確認したい点がありますので、後ほど担当から連絡させます。

結論

ビジネスにおいてスピードは命ですが、法律の地雷原を全速力で走るのはただの自殺行為です。

今回は
「急がば回れ」。

正規の手続きを踏んで、堂々と、合法的にテナントを退去させ、その後に御社の素晴らしいリノベーション技術を発揮してください。

それが、オーナーにとっても御社にとっても、最も
「安上がり」

「確実」
な道です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

02215_ケーススタディ:その「魔法のチケット」、実は「自家製紙幣」かもしれませんよ?_資金決済法の甘くない罠

「資金繰りの救世主! 先払いのチケットを売って、現金収入を確保だ!」
「地域の加盟店でも使えるようにして、経済圏を作ろう!」

新規事業のアイデアとして、こうした
「オリジナル商品券」

「ポイント制度」
の導入を検討する経営者は少なくありません。

しかし、その
「魔法のチケット」
は、一歩間違えると
「自家製紙幣」
の乱発とみなされ、金融庁(財務局)の厳しい規制対象になることをご存知でしょうか?

本記事では、軽い気持ちで始めたチケット販売が、いかにして
「資金決済法」
という法律の地雷原に抵触するか、そしてビジネスを適法に進めるための
「2つの分岐点」
について、具体的なケーススタディで解説します。

この記事でわかること:

• 前払式支払手段とは: 単なる「紙切れ」が「金融商品」に変わる4つの要件
• 自家型 vs 第三者型: 自社以外でも使えるチケットに課される重いハードル
• 規制回避のテクニック: 「有効期限」の設定で法の網を抜ける方法と、そのビジネス的代償

「知らなかった」
では済まされない金融規制の罠。

社長の夢が
「違法行為」
に変わる前に押さえておきたいポイントを一挙公開します。

相談者プロフィール:

株式会社ミラクル・プロモーション 代表取締役社長 夢見 語郎(ゆめみ ごろう、42歳)

相談内容:

先生、聞いてくださいよ! ウチの会社、起死回生の新規事業を思いついちゃいました。

名付けて「ミラクル・プレミアム・チケット」事業です。

仕組みは簡単です。

お客様に、1万円分のチケットを先に買ってもらうんです。

このチケットは、ウチの店だけじゃなくて、提携する近所のカフェや美容室、マッサージ店なんかでも使えるようにします。

お客様にとってみれば、財布いらずで便利だし、加盟店にとっても新規客が来るからハッピー。

何より、ウチにはチケットの代金が
「前払い」
でガツンと入ってくるわけです。

これで当面の資金繰りも一気に解決、まさに
「打ち出の小槌」
ですよ!

印刷屋にきれいな金券を刷らせて、来週から駅前でバラ撒いて売りまくろうと思ってます。

単なる
「紙の商品券」
ですから、特に役所の許可とか、そんな面倒な話はないですよね?

念のため、先生の
「お墨付き」
をいただきに参りました!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ビジネスの「新大陸」には、必ず「先住民(規制)」がいる

新しいビジネスを思いついたとき、経営者は得てして
「誰もやっていない、ブルーオーシャンだ!」
と興奮しがちです。

しかし、そこが
「誰もやっていない」
のには、法的な理由がある場合がほとんどです。

夢見社長、
「打ち出の小槌」
とおっしゃいましたが、結論から申し上げますと、このチケットは単なる
「紙切れ」
ではなく、法律上は
「前払式支払手段」
という、いかめしい名前で呼ばれる金融商品の一種として扱われます。

企業が新規事業を検討する際、
「いかに儲けるか」
というアクセルの議論ばかりが先行しがちですが、
「その儲ける仕組みが法律の地雷原を歩いていないか」
というブレーキの議論は、往々にして後回しにされます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:お上の言葉(霞が関文学)を解読せよ

法律の条文は、難解な漢字の羅列であり、一般人の理解を拒絶するような
「特殊文学」
です。

今回のチケットが、資金決済法の規制対象となるかどうか、その要件は以下の4点です。

1 金額等が証票等に記載されていること(価値の保存)

2 証票等に記載された金額等に応じる対価が支払われていること(対価性)

3 金額等が記載された証票等が発行されていること(証票の発行)

4 物品購入・サービス提供を受けるとき等に、使用できるものであること(権利行使性)

要するに、
「お金を先に払って、後でサービスに変えられるチケット」
は、原則としてすべて網にかかる、ということです。

「単なる割引券だ」
とか
「会員証のおまけだ」
といった主観的な言い訳は、お上(行政)には通用しません。

彼らは形式的かつ客観的に、
「要件に当てはまるか否か」
だけを冷徹に判断します。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「お墨付き」を得るための慎重なステップ

今回、当事務所から財務局へ、匿名を前提に照会を行いました。

これは、いわゆる
「ノーアクションレター制度」
的なアプローチの変形です。

ビジネススキームが法令に違反するかどうかが曖昧な場合、独断で突っ走って後から
「業務停止」
などの行政処分を食らうリスクを避けるため、事前に監督官庁の感触を探ることは、企業防衛の鉄則です。

その結果、当局の回答は以下の通りでした。

「基本的に前払式支払手段に該当し、第三者型なので事前届出が必要。他の同様の事例でも適用対象とされている」

つまり、
「クロ(規制対象)」
であるとの判定が下されたわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:「自家製紙幣」を発行する覚悟はあるか

今回のチケットの最大の特徴であり、同時に最大のリスク要因となっているのが、
「発行者(御社)以外の店舗でも使える」
という点です。

これを
「第三者型前払式支払手段」
といいます。

自社だけで使える
「自家型」
であれば、届出だけで済む場合もありますが、
「第三者型」
となると話は別です。

これは実質的に、御社が
「通貨」
を発行して経済圏を作ろうとしているのと同じです。

そのため、財務局長の
「登録」
という、非常にハードルの高い手続きが必要になります。

もし、登録なしでこれを行えば、無登録営業として刑事罰の対象にもなりかねません。

モデル助言:規制の壁を「迂回」するか、「正面突破」するか

夢見社長、このまま
「来週から駅前でバラ撒く」
のは、地雷原でタップダンスを踊るようなものです。

選択肢は2つです。

案1:規制の適用除外(抜け道)を使う

資金決済法には、
「有効期限が6か月以内のもの」
は適用除外とする、という規定があります。

もし、チケットに
「発行から6か月限り有効」
という使用期限をつければ、面倒な登録手続きや供託金の積み増し義務から逃れることができます。

ただし、これは
「お客様にとって使い勝手の悪いチケットにする」
ことと引き換えです。

ビジネス上の魅力(ベネフィット)と、法的リスク(コスト)のトレードオフです。

案2:正面から「金融業者」としての覚悟を決める

あくまで
「有効期限なし(あるいは長期)」

「他店でも使える」
ことにこだわるなら、腹をくくって財務局長の登録を受けるしかありません。

それには、相応の供託金を積む資力と、管理体制の構築が必要です。

まさに、
「カネ」
を扱うプロとしての資格が問われるわけです。

結論

「打ち出の小槌」
だと思っていたチケットは、扱いを間違えると、会社を吹き飛ばす
「爆弾」
になりかねません。

今回は、6か月という有効期限を設定して規制を回避する
「小回り」
を効かせるか、あるいはコストをかけて登録を行い、堂々と
「プラットフォーマー」
としての道を歩むか。

経営判断(ビジネスジャッジメント)が求められる局面です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所