00221_企業法務ケーススタディ(No.0176):実印預けたばかりに連帯保証人に・・・

相談者プロフィール:
南海商事株式会社 代表取締役 山黒 亮太(やまぐろ りょうた、36歳)

相談内容: 
僕は、10年前に南海商事っていう商社を大学の同期と立ち上げました。
僕が代表取締役社長で、同期の山岬(やまみさき)静代ってのが副社長。
大学時代から、お互い、
「不細工」「不細工」
っていってからかい合うくらい、僕たちの信頼関係といったらもう抜群でした。
僕は、ホラ、しゃべるほうが得意で人当たりもいいから、商談とか外交担当って感じで、彼女はおとなしいけどしっかりものだったので、経理とかは山岬担当でした。
会社の印鑑類や僕の個人の実印とかも全部彼女が管理して、すべて彼女にお任せ状態でした。
それが、ここ2、3年ちょっとよそよそしいっていうか、なんか様子がおかしいなとは思ってたんです。
そうしたら! 先月から山岬と全然連絡が取れなくなったかと思ったら、身に覚えのない借金取立ての電話がバンバンかかってくるようになって。
裁判所からも訴状だの呼出状なんてものも届くようになりました。
山岬の奴が会社の営業部長とデキてて、こいつらが会社の金持って逃げやがったうえに、あげく、僕の個人の実印を使って連帯保証人になっていやがったんです。
先生、僕は連帯保証したことすら知らなかったんです。
それなのに連帯保証人としてお金返さなきゃいけないなんて、世の中そんなに不合理じゃないですよね?!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:保証契約書の存在
自らの意思に反し、勝手に連帯保証人とされていたような場合、本人は連帯保証人となる意思がないわけですから、法律理論上、本人に連帯保証の効力は及びません。
しかし、本件のように、自分の実印を他人に預けていたところ、知らない間に連帯保証人となっていたという場合、自らの実印の押された保証契約書が外形上存在する、といった状況が出てきます。
保証契約における保証契約書や売買契約における売買契約書など、契約等の法的な取引(専門用語で「法律行為」といいます)が記載されている文書を
「処分証書」
といいます。
このような処分証書には法律行為の内容そのもの、例えば
「AはBの債務を保証する」
とか
「AはBに対してX不動産を売却する」
といった事実が、ばっちり記載されている、いわば
「取引を示す動かぬ証拠」
となります。
法律行為の有無が争いになった場合、裁判所においては、処分証書があれば当該法律行為があったという認定をするのが原則となっています。
ただし、このような認定がされるのは、処分証書が真正に作成されたことを前提としています。
「処分証書が真正に作成された」
とは、本人の意思どおりに処分証書が作成された、ということです。
この点、民事訴訟法228条4項は、
1 本人の押印がある場合には本人が記載された事実を行う意思のあったこと
及び
2 本人の意思に基づいて押印をしたと推定される
と規定されています。
したがって、自分の印鑑が押印してある処分証書がある場合、処分証書に記載されてある事実が認定されてしまうケースが極めて高いのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「特段の事情」
しかし、実印があれば、必ず
「真正に作成された」
と推定されるわけではありません。
上記2の推定がされる理由は、
「実印は大切に保管・使用されており、みだりに他人に手渡したりしないものだから、作成名義人の印章が押されているならば、特段の事情ない限り、それは作成名義人が自らの意思に基づいて押したものだ」
と考えられるためです。
しかし、実印が盗難に遭ったり、同居の親族に無断で使用する場合もあります。
このような場合にまで、2の推定が働くわけではありません。
ただし、民事訴訟法228条4項があるので、
「特段の事情」
を本人が裁判所に対し明らかにする必要があります。

モデル助言: 
山黒さんのお話を聞く限り、山黒さんを訴えてきた金貸しは、山黒さんの実印が押された保証契約書を持っている可能性が極めて高いですね。
裁判になった場合、山黒さんが連帯保証をしたという事実が認められてしまう可能性が極めて高いです。
こうなると、
「処分証書が真正に作成された」
との推定を破る
「特段の事情」
を主張するほかないですね。
「特段の事情」
が認められた裁判例としては、本人が第三者に印鑑を預けていた場合や本人が他の者と実印を共有していた場合等があります。
本件も、山黒さんは山岬さんに日ごろから実印を預けていたということですから、
「特段の事情」
が認められる可能性もありますが、まあ、立証に成功する確率は極めて低いとお考えください。
相手が金融機関で、金額が異常に高額の場合、金融機関側が調査を懈怠した等と反論することも可能です。
山岬をみつけて、おもいっきり文句をいって
「私が無断でやりました」
といわせるなど、立証協力させることも検討すべきですね。
まあ、そのあたりをネチネチつきながら、和解に落ち着くようにもっていくしかないですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00220_企業法務ケーススタディ(No.0175):ゴミ株主から「競業行為だ」とケチをつけられた!

相談者プロフィール:
株式会社ほっとっと 代表取締役 澤倍 裕(さわべ ゆう、27歳)

相談内容: 
先生、ちょっといいっすか。
俺ね、死んだ親父の跡を継いで、地元の湘南で弁当屋やってるんすけど、それが結構流行ったから、1都6県関東地方でじゃんじゃん店舗拡大したのよ。
んで、今じゃわりかし有名な弁当屋ってわけ。
まぁ規模はデカくなって株式会社になんてしてるし、ウゼー兄貴がゴミ株主としているけど、実際は代表取締役の俺の一言ですべて決まるほぼワンマン会社って感じよ。
それでね、うちの弁当屋も関東だけじゃなくて、関西でも店出して行こうぜって話になってて、関西の弁当屋の動向とかさ、関西人の味の好みとかも結構調べてたわけ。
だけど、俺なんか新しいことしたくなっちゃって、ぽーんと金出して
「もっとっと」
っつう新しい会社作って、メキシカンな弁当屋はじめてみたんだよね~。
メキシカンなら東京より熱いとこのがいいかなーって思って、大阪とか関西地方で3店舗出したんだ。
そうしたら、ゴミ株主の兄貴がケチつけてきやがって。
ロクデナシで死んだ親から勘当されたくせに、お情けで5%だけ株持たされてる
「勇気」
っつう兄貴が、弁護士かなんかに入れ知恵されて、
「競業行為で会社法違反だ」
とか言って騒いでるわけ。
「ほっとっと」
は関西に店舗も出してねぇし、競業とか訳わからないし。
先生、ほっときゃいいよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:取締役の競業避止義務
株式会社の取締役は、会社との間で委任関係に立ち(会社法330条)、会社に対して“善良な管理者の注意義務(善管注意義務)”(民法644条)および忠実義務(会社法355条)を負っています。
簡単にいうと、
「会社は、取締役を信頼して会社の業務執行を任せているんだから、一切の私心を抱かず、誠心誠意、会社の利益のため、犬のように忠実に働け!」
ということです。
その上で、会社法356条1項1号は
「取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき」
には、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)において重要な事実を開示した上で、その承認を受けなければならない旨を規定しています。
これが取締役の
「競業避止義務」
といわれるものです。
このように取締役に競業避止義務が課されているのは、会社の資金やノウハウを利用して情報を集めまくり、その上で、
「自分の会社を設立して、ちゃっかり自分だけが儲け放題!」
となることを防ぐためです。
しかし、例えば本件の澤倍さんのように若いころから一生懸命お弁当屋さんをやってきて、別の会社を設立しようとしたらお弁当屋さんはできません、というのもなんだか澤倍さんにかわいそうな気もします。
しかし、会社法に明記されており、また、澤倍さんが会社の100%オーナーシップを有していない以上、仕方がありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:競業避止義務に違反した場合
では、取締役が競業避止義務に反した場合、どのような責任追及がなされるのでしょうか。
前述のように、会社と取締役は委任契約が締結されており、取締役は、会社にとって最善の策を取る義務があります。
そこで、本件のようにワンマン経営を行っていた会社の代表取締役が、競業避止義務に反して新しい会社を設立したケースについて、判例では、
「代表取締役が新しい会社を設立したのは、会社が代表取締役に対し、新しい部門を設置するようにとの委任があったと考えるのが合理的である」
として、
「当該委任義務の履行として、新しく設立した会社を元の会社の一部門とするか、子会社として引き渡す義務がある」(東京地裁判決・昭和56年3月26日『判例タイムズ』441号73頁)
としたものや、代表取締役および新会社に対する損害賠償請求が認められた事例(名古屋高裁判決・平成20年4月17日)などがあり、役員側に厳しい結果が出ています。

モデル助言: 
本件の場合、澤倍さんが新しく設立した
「もっとっと」
は、
「ほっとっと」
と同じくお弁当屋さんであり、近隣住民や会社等同じゾーンをターゲットにしています。
確かに
「ほっとっと」
は、まだ、関西地方に進出してはいないものの、開業準備に着手していたといえることから、澤倍さんが
「もっとっと」
を設立したという行為は、競業避止義務に違反する可能性はあり得ますね。
ゴミ株主といえども、騒ぎ出すと、
「ほっとっと」

「もっとっと」
の子会社とするようにいわれたり、損害賠償を請求されたりする可能性もあり得ます。
もうちょっと慎重にやるべきでしたね。
ズルい方法ですが、この際、ゴミ株主であるお兄さんをスクイーズアウトしちゃいましょうか。
スクイーズアウトなんていうと、上場している大企業だけの専売特許のように聞こえるかもしれませんが、定款変更して、種類株式発行する等いくつかしょうもない手続きをすればいいだけです。
ま、会社から追い出す際の手切れ金の額でモメる可能性があるので、額を釣り上げられないようにするため、
「もっとっと」
の新規出店はストップしておいた方がいいでしょうかね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00219_企業法務ケーススタディ(No.0174):パブリシティ権侵害リスクに要注意!

相談者プロフィール:
鈍蜜(ドンミツ)出版株式会社 代表取締役 鈍田 蜜子(どんだ みつこ、32歳)

相談内容: 
30年ほど前に一世を風靡したパンクレディーのダンスを紹介し、
「パンクレディーのパンクダンスをしながら痩せちゃおう!」
というコンセプトで、パンクレディーの写真を使いながらわかりやすく解説したものを書籍にして、
「パンクレディーダイエット」
として出版することにしたんです。
やはりパンクレディーのお二人はスタイルがいいから、図解より写真がいいかなって思って、たくさんお写真を載せてね。
パンクレディーの写真は、最近破産した出版社が著作権もっていたのを、安値で買い叩いたので、著作権は問題ないはずよ。
ま、パンクレディーなんて、もう過去のヒト。
タレントとしての商品価値はほぼゼロ。
でも、パンクレディーも、ウチの本のおかげで、また、最近テレビにも出だしたみたい。
すると、先日、パンクレディーのマネジメント会社から電話があって、
「ウチのパンクレディーの名前を使って儲かったんだから少しカネくれ。
50万円でいい。
今週中に振り込んでくれたら、それでチャラにする」
とか言い出すんです。
こんなのあり得ないでしょ。
ウチがパンクレディーのリバイバルを手助けしたようなもんじゃない。
だいたい、写真の著作権はウチが押さえているし。
この話、お断りしようかと思います。
裁判になったら、お願いしますわね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:パブリシティ権とは
自己の承諾なしに、自己の容ぼうや姿態を撮影されたり描かれたりされず、また、自己の写真等をむやみに公表されない権利を肖像権といいます。
この権利は、明確に何らかの法律上にはっきりと規定されたものではありませんが、国民は憲法13条によって国民の私生活上の自由が保障されており、その一環として認められている権利です。
そして、肖像権は、このような私生活上の自由として保護されているだけではありません。
肖像という個人の容ぼうや姿態は,商品の販売等を行うに際して、これを促進する顧客吸引力を有する場合があります。
そこで,このような顧客吸引力を利用する権利は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものとして保護されます。
これが肖像権のうち
「パブリシティ権」
と呼ばれるものであり、裁判所によって認められた権利なのです。
プライバシー権という人格上の利益が侵害された場合は精神的苦痛という低い賠償相場の事案にとどまるのに対し、パブリシティ権という経済的利益が侵害された場合、高額な経済的利益の回復も求めることが可能になります。
つまり、
「使用許諾契約を締結した場合の許諾料を損害として算定し、これをすべて賠償せよ」
というような議論が可能となるのです。
これを根拠に、鈍蜜出版は、パンクレディーの写真すなわち個人の容ぼうや姿態を利用して、週刊誌の売り上げを伸ばしたとして、パンクレディーから損害賠償請求をされるおそれがあるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:パブリシティ権侵害が認められるためには
しかし、芸能人の容ぼうや姿態を無断で利用したからといってすべてがパブリシティ権の侵害になるわけではありません。
どのような芸能人の容ぼうや姿態の利用がパブリシティ権の侵害になるかというと、この点につき裁判所は、
「肖像等に顧客吸引力を有する者は、社会の耳目を集めるなどして、その肖像等を時事報道等に使用されることもあるのであって、その使用を正当な表現行為等として甘受すべき場合もある」
と権利範囲に相当な制限を加えた上で、
「1 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、
2 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、
3 肖像等を商品等の広告として使用するなど、
専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合にパブリシティ権の侵害と認めることができる」
と判断しました(最高裁平成24年2月2日判決)。

モデル助言: 
ダイエット方法解説のために、芸能人の写真を週刊誌に掲載した事例で、全200ページの週刊誌のうち、わずか3ページであること、白黒写真であること、読者の記憶を喚起するための補足的な目的で掲載されていることから
「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」
には当たらないと判断されたケースもあります。
しかし、本件の場合、
「パンクレディーダイエット」
という書籍を出版し、その中でパンクレディーの写真を多用しています。
これは、ダイエット目的の購入者が、スタイルのいいパンクレディーの写真を見て、
「自分もこうなれるかしら」
と思い、本書籍を購入すると考えられますので、パンクレディーの肖像の経済的価値を利用しているといえ、まさに
「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」
にあたるといえるでしょう。
本件が訴訟になれば、パンクレディと鈍蜜出版がパンクレディの写真使用許諾契約を締結した場合の許諾料や本書籍の売り上げ等多額の賠償が請求され、これらが損害として認められかねません。
50万円で済むならこれで手を打っておくべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00218_企業法務ケーススタディ(No.0173):取締役やめたのに…

相談者プロフィール:
株式会社ビッグフィッシュ 海宮 辰夫(うみみや たつお、75歳)

相談内容: 
先生どうも~。
俺も歳をとったから、世代交代かなぁと思って、去年の12月に長年営んできた釣り竿製造会社の
「株式会社ビッグフィッシュ」
を娘婿に譲って、取締役を辞任したんだよね。
取締役辞めた後はさ、湘南の家に移り住んで、の~んびり好きな釣りと料理をやって過ごしてたんだ。
それが、うちの会社で釣り竿の一部に不良品があって、大量の返品をくらっちゃったんだよね。
娘婿が泣きついてきたから、個人的に1000万円貸してやったんだよ。
それなのに突然、釣り道具屋の
「釣りの松形(まつかた)」
から俺に対して、不良品の釣り竿を返品するから、その代金300万返せっていってきたんだよ。
冗談じゃないよ~。
会社に1000万円も払ってやって、そのうえ300万円?!
第一、俺はもう取締役も辞めてるんだし、娘婿にいいな! っていってやったんだよ。
そしたら、娘婿のやつ、俺の貸した1000万円持ってどっか行きやがって、そのうえ、会社の金もすっからかん。
おまけに、会社の取締役の登記も俺のままにしていきやがったんだ。
娘かわいさに俺も馬鹿なことしたよ・・・。
とりあえず、娘婿をどうやってとっちめるかはゆっくり考えるとして、俺はもう取締役じゃないんだし、ひとまず釣りの松形に300万も払ってやる必要ないよな?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「登記」とは?
登記とは、不動産登記や商業登記等さまざまなものがありますが、これらの登記はあくまでも、権利関係等を公示、つまり公に明らかにするためのものであり、登記に書かれていることがそのまま真実となるものではありません。
そこで、真実会社の取締役と登記上の取締役が一致しないこともあるのです。
しかし、
「登記に書かれている事項=真実」
ではないという事実が、社会の常識となれば、登記を信じる人はいなくなり、登記の存在価値もなくなってしまします
そこで、会社法908条2項は
「故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない」
と規定しています。
つまり、わざと、もしくはかなりうっかり、真実選任された取締役と異なる者を取締役として登記した場合、真実の取締役を知らない人に対し、本当の取締役を取締役であると主張することはできないとされているわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:辞任登記の未了
ビッグフィッシュにおいて、海宮さんが娘婿に取締役を譲ったことから、本当の取締役は娘婿さんということになりますが、登記上の取締役は海宮さんのままでした。
しかし、今回のケースは、海宮さんはもともとビッグフィッシュの取締役であったことは確かですし、海宮さんの辞任登記が未了になっていたにすぎず、なにも
「不実の登記をした」
わけではありません。
そうだとすると、真実選任された取締役とは異なる者を取締役として登記した場合と異なり、既に海宮さんが取締役でないと知らなかった人に対し、海宮さんが取締役ではないと主張することはできるのでしょうか。
裁判所は、
「株式会社の取締役を辞任した者は、辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合を除いては、特段の事情がない限り、辞任登記が未了であることによりその者が取締役であると信じて当該株式会社と取引した第三者に対しても、取締役としての責任を負わないものというべきである」
としています。
つまり、今回のように辞任登記が未了であるにすぎない場合、積極的に異なる登記をした場合と異なり、積極的に海宮さんが取締役として契約に立ち会ったり、社内で依然取締役として会議に参加したりしていたなどの事情がなければ、海宮さんはすでに取締役を辞任していると主張することはできるので、海宮さんは取締役としての責任をとる必要はないのです。

モデル助言: 
海宮さんは、取締役辞任後は、湘南の家に移り住んで、釣りや料理をなさっていたとのことで、
「積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合」
には当たらなそうですね。
そこで、松形さんが、海宮さんが取締役をやめていたことを知らなかったとしても、既に取締役を辞めていると主張して、取締役としての責任を否定し、300万円の支払いを拒否することができるでしょう。
もっとも、このような場合でも、海宮さんが、娘婿さんに対して、辞任登記を申請しないで真実と異なる登記を残存させることについて、明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情がある場合には、松形さんに対し、海宮さんが既に取締役をやめていたと主張することはできず、取締役としての責任を免れることはできませんよ。
まぁ辞任した取締役には、登記を変更する権利も義務もないわけですから、うっかり登記が海宮さんのまま放置されていることを知らなかったというだけならまだ
「明示的に承諾を与えていた」
とは判断されないと思いますけど、まさか、娘婿さんに対して、
「取引先との信頼関係もあるし、取締役の登記は自分のままでもいいぞ~」
なんていってないでしょうね?!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00217_企業法務ケーススタディ(No.0172):特許権じゃなくノウハウとして保護したい!

相談者プロフィール:
株式会社E・R・O(イー・アール・オー) 代表取締役 太久保 佳代子(たくぼ かよこ、42歳)

相談内容: 
私どもE・R・O 社は、年齢層高めの女性向けコスメ
「マンイーター」シリーズ化粧品
の製造販売をしております。
実際の製造は、下請に出してるんですけど、その際、品質の保持は大切なんで、下請業者に念入りに研修を受けさせた後に、製造させてます。
研修には、わが社が独自に作成した研修用資料が使われています。
この資料には、わが社の
「マンイーター」シリーズコスメ
の材料・用途等が記載されているのみならず、競合他社の製品の分析・比較やお客さまのニーズを分析したものが記載されており、長年の研究や市場調査の結果がすべて詰まっているので、わが社が業界で独り勝ちを誇るノウハウのすべてが書かれているといっても過言ではありません。
だからきちんと研修用資料には、
「コピー厳禁。外部への持ち出し禁止」
と書いてあります。
先日、業界内の昔からの知り合いに、
「マンイーターシリーズのコスメはやっぱりよく考えられているよね。
やっぱりよく調べているわ!」
なんていわれたんですよ。
どういうことか問い詰めると、前にうちが下請けに出していた光裏工業がうちの研修資料を業界内で勝手に開示してるっていうんですよ!
うちのノウハウをそこら中にばらまくなんて、光裏工業のやつをなんとかぎゃふんといわせてやれませんかね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特許とノウハウ
近年、
「知的財産」
という概念が広まり、キャラクターやブランド名等を勝手に使用すると、差止請求や損害賠償請求をされる危険性があることをご存じの方も多いでしょう。
知的財産とは、知的財産基本法2条により
「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう」
と規定されており、キャラクターやブランド名のみならず、企業のノウハウも知的財産に含まれます。
そして、例えば、発明については、特許庁に登録することによって
「特許権」
として保護されるようになりますが、特許出願をすることによって、1年半後に自動的に発明の内容が公開されてしまいます(特許法64条1項)。
自社のノウハウを特許庁に申請しなくとも、重要なノウハウが不正に利用されてしまった場合、不正競争防止法によって差止請求や損害賠償請求をすることができます(不正競争防止法2条6項、3条、4条)。
したがって、特許権としてではなく、ノウハウとして自らの会社が開発した技術等を保護していく方が自社の利益を追求できる場合もあるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:ノウハウの保護
特許庁に登録していないノウハウでも、特許権と同様にすべてが保護されるのかというと、そうではありません。
不正競争防止法によって、差止請求等ができるのは、ノウハウが一定の要件を充足する場合、これが不正競争防止法上
「営業秘密」
に該当するものとされ、同法2条6項によって
「取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為」
が不正競争とされるからです。
「営業秘密」に該当するかどうかは、
1 非公知性
2 有用性
3 秘密管理性
の3つの要件によって判断されます。
つまり
「世間に知られていない、商売に使うことのできるノウハウで、秘密としてちゃんと管理されているもの」
に限定して、これを不正競争防止法上保護しようと考えているわけです。
裁判所では、特に
「秘密管理性」
が認められるか問題になるケースが多く、
「当該情報が、客観的に秘密として管理されていると認識できる状態にあることが必要であり、具体的には、
(1)当該情報にアクセスできる者が制限され、
(2)アクセスした者に当該情報が営業秘密であること
が認識できるようにされていることが必要である」
とされています(東京地裁判決平成12年9月28日)。

モデル助言: 
E・R・O 社の研修用資料がノウハウとして保護されるのであれば、光裏工業に対し、当該資料の使用をやめさせ、これを勝手に利用し、公開したことによって生じたE・R・O社の損害を請求することも可能です。
当該資料は、これまで門外不出の機密であったということですから1の非公知性は問題なく、また、自社製品の材料・用途等のみならず、競合他社の製品の分析・比較やお客様のニーズを分析したものが記載されていて、企業が営業を行う上で有用な情報が満載というわけですので、2の有用性も認められる。
しかし、当該資料には
「コピー厳禁。
外部への持ち出し禁止」
と記載されていただけ、というのはひっかかりますね。
光裏工業を信用して、誓約書を提出させたり、使用後にこれを回収したりしていない、となると、なかなか厳しいかもしれませんね。
まずは光裏工業の社長と担当者を呼んで、事実を確認し、クロとわかれば、秘密保持義務云々はさておき、
「信頼関係がなくなったから、契約解除をする」
と圧力をかけて、仕入れ値を見直させましょう。
流出してしまった情報は仕方がないですから、この損害は光裏工業を生殺しにして回収し、次のプロジェクトを立ち上げましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00216_企業法務ケーススタディ(No.0171):債権譲渡をぶっとばせ

相談者プロフィール:
株式会社モーニングファーム 専務取締役 失口 真理(うせぐち まり、30歳)

相談内容:
私の父が創業しましたモーニングファームですが、現在、出戻りの私が取締役に就任して、牧場をイメージしたカントリーな洋菓子店
「プチモッニ」
を秋葉原に出店することになりました。
このお店は、これまで電気店の入っていたところを改修することにし、もう今週から工事に入ってもらっています。
城田設計事務所との工事の契約こそまだ結んでいませんが、工事をお願いするのを前提に、平成23年12月からずっと相談に乗ってもらっていて、お店のコンセプトとか何度も打ち合わせをしてくれていました。
本当に献身的で、やさしい事務所です。
しかし、城田は商才に欠けるのか、経営がうまくいっていないという話を度々聞いてはいたんですよ。
それが、昨日父がびっくりする情報を仕入れてまいりましてね!
タチが悪いって評判の梅田土建(以下、梅田)が、借金のカタに城田が今後うちに請求する予定の工事代金債権を質草に取った、ていうんですよ!
いやいや、工事だって始まったばっかりだし、まだきちんとした契約書だって作ってないのに、うちの工事代金債権を質に押さえたってどうゆうことですか?!
あんな乱暴な梅田がうちの債権者になんてなったりしたら、1回でも支払いが遅れたらお店をめちゃくちゃにされかねませんよ!!
城田設計事務所のままがいいんです・・・。
どうにかしてくださいよ~。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:将来債権の譲渡
本件のような工事代金債権や賃料債権等、未発生であるが、将来生ずる可能性が高いものを
「将来債権」
と言います。
将来債権は、発生するか否か不安定な債権であることから、債権譲渡契約を締結した段階では、その譲渡が現実的なものとなっていないとも考えられます。
しかし、このような不安定な将来債権であっても債権譲渡をすることは可能とされています。
裁判例においても
「将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の締結時において、右債権発生の可能性が低かったことは、債権譲渡契約の効力を当然に左右するものではない」
としています(最判平成11年1月29日)。
ところで、失口さんサイドでは、城田のこの契約における債権に譲渡を禁止する特約を付けることができます(民法466条2項)。
この点、譲渡された債権に譲渡禁止特約が付いていたとしても、譲受人が譲渡債権に譲渡禁止特約がついていたことを知らなかった場合、特約があったことを譲受人に主張することはできないとされています(民法466条2項ただし書)。
つまり、当該債権の譲渡禁止特約について、
「調べてもわかんなかったんだし、そんな勝手な取り決め、知るわけねえじゃん」
という状況であれば、特約にかかわらず、譲受人(梅田)は債務者(失口さん)に請求することができるわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:譲渡後に付された譲渡禁止特約
ところで本ケースのように未発生の債権についてまで、片っ端から担保に取るというのはあまりにやり過ぎで失口さんに不測のリスクを負わせるとも考えられます。
将来債権の譲渡があった場合、債権譲渡時には譲渡債権は発生していないわけですから、当然譲受人(梅田)は、債権者(城田)と債務者(失口さん)がどのような契約を締結するかなど知る由もありません。
この点につき、東京地裁平成24年10月4日の裁判例では
「債権の譲渡禁止の特約についての善意(民法466条2項ただし書)とは、譲渡禁止の特約の存在を知らないことを意味し、その判断の基準時は、債権の譲渡を受けた時であるところ、本件請負報酬債権に譲渡禁止の特約を付する合意がされたのは、被告が本件請負報酬債権を譲り受ける契約を締結した後のことであるから、本件請負報酬債権の譲渡当時の被告の善意について論ずることは不可能であって、無意味というほかない。
したがって、本件債権譲渡契約により被告が本件請負報酬債権を取得したとは認められない」
と判断しています。

モデル助言: 
失口さんと城田との工事請負契約が締結されていなくとも、工事代金債権をあてこんで、城田が当該債権を知らない人間に担保に差し出すのは勝手というわけです。
しかし、当該債権が、城田から梅田に譲渡されてしまっていたとしても、これから城田とモーニングファームさんの間で締結する工事請負契約に譲渡禁止特約を付けてしまえば、梅田には当該債権の取得を合法的に妨害することができちゃいます。
後出しじゃんけんはだめですけど、後付け債権譲渡禁止特約はオッケー、てことなんですよ。
まぁ梅田には相当恨まれるでしょうが、発生していない債権をガツガツ担保に取るってのもどうかしてますから、お互いさまですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00215_企業法務ケーススタディ(No.0170):外国の裁判所で訴えられた!

相談者プロフィール:
株式会社タワーオブトーキョー 百合井 フランク(ゆりい ふらんく、49歳)

相談内容: 
僕さ、画材用品って洒落たものがないから、絵の具をチョコの箱に詰めたようなパッケージにして売り始めたんだよね。
そしたら、めちゃめちゃ流行っちゃって、フランスでも売ることになったんだけど、僕の会社の規模を考えると難しいから、現地にある画材道具の問屋に卸してたんだ。
そしたら、一昨日、僕の会社に、突然
「法律事務所の者だけど、あなたの会社を訴えたからよろしく」
といって、手紙みたいなもんを置いていった人がいたんだよ。
その手紙はさ、フランス語で書いてあって、さっぱり何書いてあんのかわかんないから、翻訳業者さんに日本語にしてもらったのよ。
そうしたら、
「裁判所で訴えたぞ」
って内容だっていうんだよね。
僕の会社の絵の具を本物のチョコと間違えて子どもが食べちゃって、病院に運ばれたらしいんだよね。
僕の会社が
「製造物責任」
なんてのを負うから、その子どもにお金を払う必要があって、その裁判をするからフランスまで来いってさ。
期日が来週だ、とか書いてあるんだけど、来週たまたまベルギーに行く用事があるから、ついでにフランスの裁判所にいって、
「チョコと間違うのって、あり得ないよ。
こんなの認められるわけないでしょ」
と一発文句でもいってこようかと思ってるんだけど、それでいいかな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:裁判と強制執行
自己の権利を実現する場合、債権者が実力で権利を実現するという自力救済が原則として認められておらず、
「判決→強制執行→権利の実現」
といったプロセスで権利実現がなされるシステムが採用されています。
この手続は、司法権という国家主権が行使される場面ですので、国家間の問題をはらみます。
ここに、
「他国の司法機関が下した、他の国の法律を前提に、当該言語で書かれた判決書」
があるとしましょう。
当該判決書はその国では有効ですが、別の国においては、そんな
「よくわからない法律に基づいてくだされた、よくわからない言語で書かれた判決書」
という意味不明な紙切れがあっても強制執行を行うことはできず、無視されるだけです。
しかし、
「日本人が、外国で不正な行為をしても、日本に帰ってくれば、相手方は必ず、アウェーである日本でしか裁判は提起できない」
というのも不公平ですので、
「一定の条件が整えば、外国の裁判所による判決に基づいて、日本国内で強制執行できる」
とされています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:外国判決の承認・執行制度
日本では、民事訴訟法第118条の要件を充足する外国の判決であれば、特別の手続を必要とせずに
「承認」
されます(自動承認)。
つまり、外国の判決書であっても、自国の判決と同等であると
「承認」

「執行」
することができる、とされています。
民訴法118条によると
「外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
1 (略)
2 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
3 (略)
4 (略)」
と規定されています。
2について、最高裁判所は、
「(1)『敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達』とは、外国と締結した条約に定められた方法を遵守しなければならない」
とし、また、
「(2)『これを受けなかったが応訴したこと』とは、被告が防御の機会を与えられ、かつ裁判所で防御の方法をとったことを意味する」
としています(最判平10.4.28)。
その上で、香港での裁判において原告側の日本人弁護士が、日本に在住する被告に訴訟書類を直接交付した場合、
「外国と締結した条約に定められた方法を遵守していないから、(1)には当たらないが、裁判に出席して争っているので、(2)には当たる」
という判断をしています。

モデル助言: 
つまり、
「日本では認められない外国の作法で送達された訴状」
を無視して、外国で敗訴判決が出たとしても、その判決に基づいて日本で強制執行されることはないんです。
今回百合井さんの会社に来てフランス語の訴状を置いて行ったのは、法律事務所の人だったのですよね。
ということは、条約に定められた方法を遵守した送達の方法とはいえません。
放っておいて、相手が日本の裁判所でフランスの判決を承認してもらう手続の段階で、
「マトモな方法で訴状を受け取っていない。
ちゃんとした手続保障もなく、勝手な裁判をされただけで、そんなもん知らん」
といえちゃうんですよね。
ま、翻訳代をケチったり、日本法上の送達が面倒くさい、と思ったんじゃないでしょうかね。
他方、放っておけばいいのに、百合井さんがフランスの裁判所に出向いて、争ったとなると、
「防御の機会を与えられ、かつ防御の方法をとった」
ということになり、外国判決が承認されてしまう可能性が出てきます。
したがって、中途半端な反論をするくらいなら放っておいた方がよいということになります。
外国が絡んだ場合、自分の常識で判断せず、専門家の意見を聞いて慎重に行動すべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00214_企業法務ケーススタディ(No.0169):カタチだけの副社長と取引してしまった!

相談者プロフィール:
株式会社ユウコ・ヤベッチ 社長 矢米地 裕子(やべち ゆうこ、32歳)

相談内容: 
先生~私、これまでの仕事を辞めて最近アパレル会社を始めたんです。
ほかのブランドからは出してないような珍しい生地のワンピースを製造販売することにしたんです。
そしたらちょうど、パーティーで知り合った
「生地のオサムラ」
っていう老舗生地屋さんの副社長さんから連絡があって、インドの珍しい生地があるから買わないかって。
ロン毛のチャラ男で怪しそうな人だったんですけど、
「普段はメートル当たり1万円の生地を、現金先入金という条件であれば、3割の3千円にしてくれる」
っていうし、名刺も本物でしたので大丈夫だと思って、その生地を100メートル買っちゃったんです。
それなのに、いつまでたっても生地が来ないから、昨日生地のオサムラに問い合わせたんです。
そしたらなんと!
私の会社と契約するときに副社長として出てきた納村浩之って人は
「生地のオサムラ」
の代表取締役である納村(おさむら)隆さんの弟で、違法賭博のトラブルで現在行方不明になっているっていうんです。
お兄さんの社長さんは
「弟は、名ばかりの副社長をさせていただけで、一切の仕事をさせていませんでした。
役員登記も外し、家族も縁を切っています。
当社は、そんな契約知りませんよ。
あんなチャラい男を信じたあんたの落ち度です」
っていうんです。
当社に来た納村浩之の名刺には
「副社長」
と書かれていたので、その人が会社の責任者だって思ったんです。
そんなの当然じゃないですか?
30万円払ったし、インドの生地100メートル買えないと困っちゃうんですけど!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:表見代表取締役
原則、代表取締役が選定されている場合、その他の取締役には代表権はありません。
代表取締役を定めている会社で、代表権のない平取締役が会社を代表して契約を締結したとしてもその売買契約は成立していないのが原則です。
その場合、買主は、売主に対して売買の対象物を引き渡すように請求することはできません。
しかし、会社法354条は、会社が、代表取締役以外の取締役に対して、社長や副社長といったような株式会社を代表する権限を有すると思わせるような名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、権限のないことを知らなかった者に対してその責任を負うとしています。
このように会社が代表権を持たない平取締役に
「社長」「副社長」
といったエラそうな名称を付す場合がありますが、そのような実態と違ってエラそうな肩書を持つ平取締役を
「表見(ひょうけん)取締役」
といいます。
そして、当該表見取締役が締結した契約は、会社の代表者が締結した契約と同様の契約として、会社はその契約から発生する義務を履行しなければなりません。
ただし、会社法354条が適用されるためには、
「権限のないことを知らなかった」
場合でなければなりません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「そんなの、知るわけねえじゃん」では保護されない
一口に
「知らなかった」
といっても、
「権限のないことを知らなくて当然」
「うっかり知らなかった」
「どう考えても権限があるとは思えないのに、どうして信じてしまったの?!」
と、さまざまな程度や理由があります。
権限のないことを知らなかった理由によって、契約を成立したことにして保護してあげる必要性は異なるので、どんな状況でも信じたもん勝ち!
っていう訳ではないんですね。
会社法354条にはその理由、程度については明記されていません。
そこで、どの程度の
「うっかり」
であれば保護されるのかというと、代表権のないことを知らなかったことにつき第三者に重大な過失があるとき以外はOKというのが最高裁判例の理屈です。
つまり、ヤバいシグナルがビンビン出ているにもかかわらず、アホな考えで権限がないことを調べなかったような場合には、知っていたのと同じと考えて、そんなウッカリさんは保護しません、ということなんですよ。

モデル助言: 
本件では、確かに、ロン毛のチャラ男ってところが引っ掛かりますが、名刺に
「副社長」
という肩書があるし、社名が
「生地のオサムラ」
で、同じく納村性の人間ですから、矢米地さんがこの納村浩之氏にも
「生地のオサムラ」
を代表する権限があったと信じても無理はないかな、という感じはします。
無論、生地に関する知識や会社に関する情報等が明らかに希薄であったり、通常の取引を行う上で、
「もしかしたら代表権がないのではないか?」
と疑うのが当然と考えられる場合、
「代表権のないことを知らなかったことにつき重大な過失がある」
と判断されることはありますが、チャラ男であろうが、生地の知識はあったようですし、アパレル業界にいた矢米地さんと対等に取引できる程度に会話はできたわけですから、何とか保護されそうですね。
女だし、独立して会社をつくったばかりだからナメられているんでしょうね。
額もたいしたことないし、3割でも十分利益が出る金額ですから、弁護士を立てて内容証明で多少うるさく言えば解決できるかもしれません。
まあ、やってみましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00213_企業法務ケーススタディ(No.0168):裁量労働を使えばサービス残業OK?

相談者プロフィール:
株式会社楽大・システムズ 伊集院 輝(いじゅういん てる、45歳)

相談内容: 
先生、ちょっと困ったことがありましてね。
最近退職したウチのシステムエンジニア(SE)が、未払いの残業代1千万円を払えっていってきたんですよ。
でも、ウチの会社では、そのSEが入社する前から、SEについては裁量労働制を採っていているので、残業代は払わなくていいはずじゃないですか。
法律でそのとおりに定められているんですよね?
入社時にもその旨ちゃんと伝えていましたし、
「IT企業は残業代が出ない」
なんて業界の常識ですよ。
裁量労働制を導入すれば人件費を節約できるって聞いたのに、残業代を払わなければいけないなんて、話が違うじゃないですか!
まぁ、社内ではSEとプログラマーとの区別なく、そのSEにもシステム設計・分析とプログラミングの両方をさせていて、ついでに営業もやらせていたんですけどね。
でも、ウチみたいな小さい会社は、どこもそういう風にしてますよ。
それと、ウチは下請なので、システム設計も取引先からの指示に基づいて、納期までに仕上げるというようにしていて、こちらには裁量なんてほとんどないですけど。
でも、実態はともかく、ちゃんと労使協定や届出も済ませて裁量労働制を実施しているんですから、残業代払わなくていいはずですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「裁量労働制」とは?
世の中には、決まった時間に出社して、上司の指揮命令下で働く一般の会社員と異なり、成果さえちゃんと出していれば良いとされ、時間の使い方・仕事の進め方等についてその労働者自身の自由度が高く、一般労働者と同様に労働時間を厳格に規制することには馴染まない業務もあります。
そして、そのような業務の性質上、労働基準法施行規則24条の2の2第2項に列挙された業務に関しては、労使協定を結び労基署に届出を行う等により、
「専門業務型裁量労働制」
を導入することができます。
対象業務には、研究者や弁護士等の士業といったいわゆる専門職が多いのは、その名のとおりです。
通常、賃金は実労働時間に応じて計算されるものですが、この制度の導入により、実労働時間に関係なく労使協定で定める時間数労働したものとみなされ、それに応じて賃金が支払われます。
したがって、みなし労働時間数を8時間とすれば、実際にはそれ以上働いていたとしても、残業代が発生しないということになります。
ただし、みなし労働時間数が法定労働時間を超える場合は、その分の割増賃金の支払が必要になる等、単純に
「いくらでもサービス残業OK」
というオイシイ制度ではありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:勘違いによる安易な導入に注意!
制度の仕組みが誤解を招きやすいことに加え、裁量労働制の適用対象となる業務についても、列挙された業務に形式的に当てはまればよいというわけではありません。
設例のシステムエンジニア(SE)は適用対象と解されていますが、業務内容が裁量性の高くないプログラマーは対象外と考えられ、このような複数の業務を兼務している場合、適用対象外となり得ます。
また、専門業務型裁量労働制の趣旨としては、
「対象業務の性質上、その遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要があるものについて、労使協定で定めた時間数労働したとみなす」
というものですから、肩書上は列挙されている業務に当たるとしても、業務実態として裁量性がないのであれば、適用対象外となる可能性が高いです。
実際に、SEについて裁量労働制を実施する会社で、SEの肩書を与えられていたが、実際はプログラミングや営業も行い、SEの業務内容もあまり裁量性がなかったというケースで、裁量労働制の適用対象外として、当該SEの未払残業代請求が認められました(大阪高裁判決平成24年7月27日)。

モデル助言: 
本件は、前記裁判例と同様、純粋にSEとして仕事の進め方や時間配分等を本人が自由に決めていたとは到底いえませんから、
「SE」
の肩書があったというだけで、裁量労働制の適用対象とするのは難しいですね。
しかも、裁量労働制は、労働時間のみなし制であって、その他の規制の適用除外ではありませんが、この点についても誤解が多いようですね。
すなわち、時間外、深夜業等の法規制は依然として及ぶので、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合、三六協定の締結・届出と割増賃金の支払が必要ですし、深夜時間帯に労働が行われた場合、割増賃金の支払が必要になります。
特に中小企業では、1人何役もこなすことが多いですし、法が想定している高度な専門職はあまりいないというのが実態でしょう。
それにもかかわらず、
「裁量度労働制なら時間管理しなくてもいい、残業代ゼロ」
という誤解の下、残業代を払わない口実として裁量労働制を導入することにより、トラブルが発生しています。
制度をよく理解しないまま、実態を無視して安易に導入すると、後から多額の残業代を支払う羽目になりかねませんから、要注意です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00212_企業法務ケーススタディ(No.0167):消費者相手の契約はやりたい放題?

相談者プロフィール:
平成生命保険株式会社 法務部二係 係長 汀角 マキ子(ていすみ まきこ、46歳 )

相談内容: 
先生、今日は他の件のご相談と一緒に、この度改変しました約款をチェックしていただきたいのですが。
少し前に年金の未納問題が話題になりましたけれど、最近、契約者様の保険料不払いも問題になっていまして、約款を見直そうという話が出ていましてね。
具体的には、
「保険料の払込を怠った場合、5日間は猶予期間として待つけれども、それでも支払われなかったら、それ以上は催告なしで直ちに保険契約が失効する」
という条項を約款に盛り込もうと考えています。
払わない人はバッサバッサ切っていかないと、顧客管理コストも馬鹿になりませんから。
他の会社は、猶予期間を1か月くらい設けたり、催告とかしているみたいですけど、そんな面倒なことしていられませんよ。
それにしても、約款って便利ですね。
会社同士の契約交渉だと、相手方から
「この条項は不公平だ」
とか、やたらと難癖をつけて、せっかくウチに有利に作った契約書も大幅に修正しないといけなくなることもありますからね。
これが、約款だと、相手は素人の一般消費者ですし、そもそもあんな細かい字で書かれた書類なんて誰も読みませんから、いくらでもウチに有利にできます。
ということで、先生、やっちゃっても、いいですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:BtoC取引の特色
民法や商法では、取引を行う当事者は対等で、契約内容は当事者間の交渉で自由に決められることが前提とされています。
この原則は、一般人同士やプロの商人同士の取引なら当てはまるでしょうが、一方がプロの商人である会社、他方が商売に関してはド素人の一般消費者となれば、取引に関する情報量や交渉力に歴然とした差があり、一般消費者が無知に付け込まれて食い物にされるという事態も生じかねません。
このような実情に配慮して、BtoC取引(会社と一般消費者との取引)では、BtoB取引(会社同士の取引)とは異なり、一般消費者は保護対象ととらえられ、消費者契約法や特定商取引に関する法律等の特別法によってハンディキャップ解消策が与えられているのです。
ところで、設例に出てくる
「約款」
とは、会社が不特定多数の消費者とスムーズに契約を結ぶことができように、決まった型で事前に作った条項で、保険約款のほか、銀行取引約款、鉄道の運送約款等があります。
消費者は提示された条件に応じるか応じないかの二者択一となり、
「契約交渉」
なるものは想定されていませんから、会社に一方的に有利な内容が定められていることもあり、しかも、よくよく読まなければ気付かないようにサラッと書かれていたりするので、トラブルの元となっています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:消費者に不当に不利になっていないか
このような消費者のハンディキャップ解消策の1つに消費者契約法10条があり、
「消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、・・・消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」
と定められています。
どのような場合が
「消費者の利益を一方的に害するもの」
にあたるかはケースバイケースですが、生命保険契約約款に関しては、保険料の払込がなされない場合に履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める条項の有効性について判断した最高裁判例(最判第2小法廷平成24年3月16日)があります。
ここでは、
「1 保険料が期限内に払い込まれず、かつその後1か月の猶予期間内にも不払の状況が解消されない場合に初めて保険契約が失効し、
2 不払額が解約返戻金額を超えないときは、自動的に保険会社が保険契約者に保険料相当額を貸し付ける形にすることで契約を有効に存続させる条項があり、
3 実務上の運用として、不履行があった場合は契約失効前に督促を行うときに、消費者契約法10条に当たらず無効とならない」
と判断されています。

モデル助言:
この判例では契約が有効とされましたけど、これで安心してはいけません。
この件では、1回の不払ではなるべく失効しないように他の規程等によって配慮されていました。
逆に、本件のように猶予期間が短く、契約が失効しないように配慮した規程がない場合、生命保険契約の失効が契約者にとって死活問題ともいえることから、
「消費者の利益を一方的に害するもの」
とされる可能性はかなり高いですよ。
そもそも、約款だからといって、一般消費者の無知に付け込んで、ここぞとばかりに会社に有利な条項ばかりを入れるなんて、
「消費者は保護対象である」
という消費者法のポリシーとは真っ向から対立しますからね。
今回の契約の失効に関する条項のほか、例えば、会社の損害賠償責任全部を免除する条項や、法外な違約金を設定して事実上消費者に中途解約できないようにさせる条項等は、無効とされる可能性があります。
最近、このような会社に一方的に有利な内容の約款について、訴訟が起こされるなど、約款を巡るトラブルが相次いで起こっていますから、 BtoC取引では、通常の商取引の感覚で会社の利益追求をするだけでなく、消費者法の観点も見落としてはなりませんよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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