00209_企業法務ケーススタディ(No.0164):使えない奴は定年過ぎたら辞めさせたい

相談者プロフィール:
株式会社ライト・テイスト 総務部人事課長 杉村 犬蔵(すぎむら けんぞう、33歳)

相談内容: 
先生、今日は、弊社の定年制度について、ご相談に参りました。
弊社は、60歳定年制で、希望者は定年後も引き続き雇用する継続雇用制度をとっています。
ですが、はっきりいって、60過ぎたじいさんなんてさっさと引退してほしいんですよね。
大体は、頭固いのに、自分はまだまだ若いつもりで、
「生涯現役」
っていうタイプの人ばかりで。
こちらとしては、上にドスンと居座られると、新卒採用も抑えないといけなくなるし、社内の新陳代謝が図れなくていいことなんてありません。
そこで、弊社では、御用組合の労組と合意して、
「人事考課が平均B以上の者であって、かつ会社が必要と認める者は再雇用できる」
という選別基準を設けています。
人事考課なんて、どうにでも操作できますし、こうすれば、本人が継続雇用を希望していても、会社が必要ないと思えば再雇用しなくてすみますからね。
この辺、僕もたくさん本を読んで勉強しましたから。
それでですね、来年度から、改正高年齢者雇用安定法が施行されるらしいじゃないですか。
再雇用の際の選別基準制度が廃止されるとか聞きましたけど、ホントになくなるんですか?
その場合、どうすればいいですかね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:定年後の継続雇用制度
公的年金の支給開始年齢が65歳になっていくのに伴い、空白期間が生じないよう継続雇用を実現するために、2006年に高年齢者雇用安定法が改正・施行され、65歳定年制等を段階的に進めることが義務付けられました。
この結果、65歳までの雇用確保措置として、
1 定年引き上げ
2 継続雇用制度の導入
3 定年制度廃止
のいずれかの措置を講じなければならなくなり、設例企業のように2を選択する企業が多いのが現状です。
継続雇用制度を導入する場合、労使協定により、対象者について基準を定めること、すなわち
「希望者全員を対象とはせず、選り好みする制度」
としてしまうことも可能です(法9条2項)。
この基準は、労使の協議により、各企業の実情に応じて定められますが、具体性・客観性が必要とされ、他の労働関連法規や公序良俗に反するものは認められません。
この
「選り好み高年齢者継続雇用システム」
に関連して、12年11月29日に最高裁判決が出されました。
本件では、定年後1年間の嘱託雇用契約により雇用された労働者が、同契約終了後の継続雇用を求めたものの、基準を満たしていないとして拒否されました。
これについて最高裁は、
「基準を満たすものであったから、被上告人(労働者)において嘱託雇用契約終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由がある」
「基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく・・・雇用が終了したものとすることは・・・客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」
として、再雇用されたのと同様の雇用契約上の地位を認めました。
本件では、点数制の基準となってはいたものの、実際は会社に都合の良いように算定されていたため、企業側は敗訴しました。
このように、継続雇用の場面でも、具体的・客観的な基準と、
「客観的合理的な理由」
及び
「社会通念上の相当性」
という解雇の場面で適用されるのと同様の法理により、企業が意図的に特定の労働者を排除することは認められません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:改正高年齢者雇用安定法
ところで、同法は再改正され、13年4月に施行されます。
重要な改正点は、再雇用の選別基準を廃止し、65歳までは希望者全員を再雇用の対象とする制度になることです。
ただし、13年度から12年間は経過措置があり、老齢厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢に達した者については、引き続き再雇用の基準を利用できます。
そのため、経過措置に伴い「選り好み」基準が使用される場面では、先程の最高裁判例が依然として意味を持ちます。

モデル助言: 
御社の基準では、平均B以上の人でも会社が
「いらない」
と言って再雇用しなかった場合、会社が意図的に選り好みしてその人を排除したと評価されかねません。
「会社が必要と認める者」
なんていう会社の気分次第のような基準では、まともな基準として認めてもらえませんよ。
人事考課だって、点数制など客観的なルールに公正にあてはめて行わないと、後でトラブルになっても裁判所に認めてもらえません。
しかも、判例は、基準を満たしている場合、該当期間の賃金分の賠償だけでなく、その労働者を再雇用したことになるとまで判断しています。
これは、年金支給年齢引き上げに伴う高年齢者の収入安定化という高年齢者雇用安定法の趣旨によるもので、企業にとってはかなり痛手ですね。
それと、御社では、すでに継続雇用制度の対象者を選別する基準が定められていますが、経過措置が適用されるのは、改正高年齢者雇用安定法が施行されるまで(13年3月31日)に、労使協定により継続雇用制度の対象者を選別する基準を定めていた事業主に限られます。
また、あくまでも、経過措置ですから、企業側は今から対策を進めていかなければなりませんね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00208_企業法務ケーススタディ(No.0163):元取締役に従業員を引き抜かれた!

相談者プロフィール:
株式会社Two-Timing 代表取締役 葦永愛(あしなが あい、30歳)

相談内容: 
先生、私は、3年前に、私が代表になってモデル仲間とアパレルブランドを立ち上げました。
ですが、去年、取締役2人、塩谷と園山ってのが、私の経営方針に納得できないとかいって、会社を辞めました。
私は結構サバサバしたタイプなので、単に辞めただけなら別に構わないですけど、その元取締役2人が、新たに自分たちのアパレル会社をつくって、ウチの従業員を5人引き抜いていっちゃったんですよ。
ウチの会社は、規模は大きくないので、一気に5人辞められると、キツイです。
お客さんは取られるは、私の信用は下がるは、社内の雰囲気も悪くなるはで、ホント大迷惑ですよ。
その元取締役2人は、結構前から私に不満を持っていたみたいで、ウチにいたときから、自分達の会社を作ることを考えていたみたいです。
それで、元取締役の片方はウチの従業員に対して、私の悪口をいろいろいって、取締役の立場を振りかざして相当しつこく誘っていたそうです。
もう1人は、直接の部下に少し声をかけたくらいで、そこまで積極的に勧誘していたわけではないみたいですが。
今回、元取締役2人がそんなことをしていたなんて思ってもいなかったですが、そうやって裏でコソコソやっていたっていうのが許せなくて。
先生、どうにかなりませんか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:取締役の競業避止義務
株式会社の取締役は、会社との間では委任関係(会社法330条)にあり、会社に対し、善良な管理者の注意義務(善管注意義務、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を負っています。
すなわち、
「会社は、取締役を経営の専門家として信頼して業務執行を任せているのだから、会社の利益になるように忠実に働かなければならない」
ということです。
その上で、会社法は、取締役が会社と同じ種類の営業を行う場合は、事前に株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の承認を得ることを要求しています(会社法356条1項1号、365条1項)。
これを取締役の
「競業避止義務」
といい、取締役在任中、勝手に競業会社を設立することは義務違反となります。
もっとも、取締役の競業避止義務は現役の取締役についての義務であり、退任後の取締役の場合、退任後の競業禁止特約が会社との間で締結されていなければ、取締役自身の
「職業選択の自由」(憲法22条1項)
との関係上、原則競業避止義務を負うことはありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:在任中の勧誘行為
ただし、退任後の競業会社設立が競業避止義務違反にあたらないとしても、在任中に従業員等に対して行った勧誘行為がまったく問題にならないというわけではありません。
在任中から、競業会社設立を目的として、従業員に強制にも近い引き抜き準備行為を行っていたなど、社会的相当性を著しく欠いた手段や態様による勧誘行為は、忠実義務違反や民法上の不法行為が成立し、損害賠償義務を負うことになる場合があります。
裁判例では、
「会社の取締役であった者が、同会社と競合するほかの会社の代表取締役となるに際して、従前取締役を務めていた会社の従業員らに同競合会社に移籍するよう勧誘することは、個人の転職の自由は尊重されるべきであるという見地から直ちに不法行為を構成するとはいえないが、その方法が背信的で一般的に許容される転職の勧誘を超える場合には、社会的相当性を逸脱する引き抜き行為として不法行為を構成する」
とし、営業社員による営業行為が主な業務であった会社において、退任取締役が、綿密な計画の下で秘密裏に、各営業所の全営業社員を対象として新会社への勧誘を行い、その結果大量の営業社員が移籍したとして、その退任取締役について、忠実義務違反、不法行為の成立を認め、引き抜き行為による営業損害につき賠償義務を認めたもの(東京地裁判決平成18年12月12日)などがあります。

モデル助言: 
元取締役の片方については、葦永さんのおっしゃるような状況だと、その勧誘行為が、取締役の地位を利用した強力かつ執拗なもので、従業員が、意に反して、移籍することを余儀なくされるようなものであったなどといえば、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為と評価されるでしょう。
ただもう一方の元取締役は、少し声をかけていたという程度だと、社会的相当性を逸脱する勧誘行為とは認められないでしょうね。
というか、葦永さん、その元取締役との間で、退任後の
「競業禁止特約」
を結んでいなかったのですか?
退任後の競業禁止特約を締結していなくても、引き抜き行為について不法行為が成立する余地はありますが、今回のように、
「社会的相当性」
の要件をクリアできない場合もあって、事後的な救済は結構ハードルが高いですよ。
むしろ、ケンカ別れはいつ訪れるか分からないですから、仲の良いうちに、あらかじめ、
「退任後も競業行為はいたしません」
という誓約書をとっておくべきです。
ただし、
「50年間禁止」
などとすると公序良俗に反し無効になりますから、禁止期間、地域、業種などは相手の職業選択の自由にも配慮して定めなければなりませんが。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00207_企業法務ケーススタディ(No.0162):抜け殻方式の会社分割で借金をうまいこと踏み倒せ!?

相談者プロフィール:
ミスタースポーツ株式会社 代表取締役 中嶋 一茂(なかじま かずしげ、47歳)

相談内容: 
先生、僕、最近、いいアイデアを思いついちゃいましてね。
今日は、僕のアイデアが問題ないかチェックしてもらおうと思って、相談に来ました。
僕の会社は、父がスポーツ用品の製造販売を始めたことからスタートしました。
会社を始めてすぐ、特に運動靴で人気が出て、一躍日本を代表するスポーツ用品メーカーになったことは、先生もご存じかと思います。
そして、父のときはスポーツ用品の製造販売だけでしたけど、僕の代になってからは、スポーツジムや最近だとスポーツカフェの経営も手掛けるようになりました。
ただ、サイドビジネスのほうは勢いで始めちゃったもので、不景気とも重なって、赤字続きになっています。
父が代表だったときは、景気も良かったし、業績はかなり良かったのですけどね。
でも、幸い、メーンのスポーツ用品販売部門は、定番商品もあるし、根強いファンもいて、問題はありません。
だから、今度、新しい会社を設立して、黒字部門を全部新会社に移した上で事業を続けて、赤字部門だけ元の会社に残して放っておけば、借金からは解放されるし、新会社で心機一転やっていけるんじゃないかなと思いまして。
われながら名案だと思うんですけど、先生、これできますよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:濫用的な会社分割
会社法では、会社分割のうち、既存の会社が、新たに設立される会社に、事業に関する権利義務を包括的に承継させる制度を
「新設分割」
と規定しています。
新設分割にあたり、旧会社は、新会社に対し、資産や負債の一部を承継させ、新会社から、資産に見合った株式を譲り受けます。
その際、承継させる負債は、旧会社の選択によって、旧会社に残る債権者と、新会社に移る債権者とに振り分けられ、好調な事業は新会社に承継させ、不振事業は旧会社に残すという振り分け方も可能になります。
しかし、旧会社には目ぼしい資産や有望な事業は残っておらず、対価として取得したのが換価可能性がほとんどない株式(非上場で譲渡制限が付いている)であれば、抜け殻状態の旧会社にしか請求できない旧会社の債権者が自己の債権の満足を図ることは困難です。
会社分割を行う上では、異議を述べた債権者が弁済や担保提供を受けられる債権者保護手続きが必要な場合があります。
しかし、前述のような旧会社の債権者は、新設分割後も、旧会社に対し、債務の履行を求めることができるため、債権者保護手続きの対象ではなく、異議を述べる機会はありません(会社法810条1項2号)。
このように、抜け殻方式による会社分割は、旧会社に残った債権者にとって、濫用的なものとなるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:詐害行為取消権
民法424条では、債務者が債権者を害することを認識しつつ自己の財産を売買するなどして積極的に減少させた場合に、債権者が裁判上その債務者の行為を取り消して財産を返還させることができるという、
「詐害行為取消権」
が定められています。
本件のような抜け殻方式の会社分割についても、旧会社の債権者が害されることになるため、詐害行為取消権の対象に含まれるか否かが議論されていました。
そして、最近、この問題について最高裁判決(最判平成24年10月12日金商1402号16頁)が出され、
「新設分割がされた場合において、新設分割設立株式会社(注:新会社)にその債権にかかる債務が承継されず、新設分割について異議を述べることもできない新設分割株式会社(注:旧会社)の債権者は、民法424条の規定により、詐害行為取消権を行使して新設分割を取り消すことができる」
と判断しました。

モデル助言:
抜け殻方式の会社分割なんて、いくら手続的に可能だからって、そんな虫の好い話は通用しませんよ。
ただし、中嶋さんのような場合、
「抜け殻方式」
とは似て非なる手法を使える可能性があります。
それは、財務内容が悪化している企業の収益性のある事業を、会社分割または事業譲渡により切り分け、新会社または既存会社に承継させ、不採算事業や債務が残った旧会社を、その後特別清算などを用いて整理することによる再生手法です。
抜け殻方式と異なるのは、分割後、旧会社は対価として取得した新会社株式をスポンサー企業への譲渡などにより現金化し、それを債務の弁済原資に充てるという手法をとることです。
また、スポンサー企業に継続する事業を事業譲渡し、その譲渡代金を債務の弁済に充てるという事業譲渡方式が使われる場合もあります。
結局、借金踏み倒しなんて簡単にできるものではないんですよ。
この手法だって、一定程度の弁済をすることになりますし、それによって債権者やスポンサー企業の理解を得ることが重要ですから。
ろくに借金を返しもしないで、自分は新会社で心機一転なんていう無責任なことはできませんよ。 

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00206_企業法務ケーススタディ(No.0161):デキない中途採用者をクビにしたい

相談者プロフィール: リストランテ・ヒデ株式会社 代表取締役 山中 秀征(やまなか ひであき、45歳)

相談内容: 
先生、これまで弊社は、イタリアンレストランを全国にチェーン展開してきたんですが、近頃はレストランだけだと厳しくて、ケータリングサービスにも進出予定なんです。
ですけど、ウチはレストランしかやってこなかったんで、ケータリングサービスのノウハウを知っている社員なんていないんですよ。
そこで、ケータリングサービスの企画・運営の責任者になってくれる人を社外からスカウトしようと思って求人していたんです。
そしたら、前の会社でもケータリングサービスの立ち上げに携わったっていうちょうどウチが求めていた人材にぴったりの人がいて、その人を事業の企画・運営責任者として採用する予定で今調整しているところなんです。
ただ、経営者仲間の話なんか聞くと、こういう中途採用の人って意外と使えない人もいるみたいなんですよね。
こっちは即戦力になるのを期待して高い給料を払っているのに、期待はずれだったらすぐにクビにしたい。
だけど、いったん雇ったら解雇するのってなかなか難しいっていうじゃないですか。
これって、中途採用でも同じなんすかね?
中途の連中って、スれてて、使いにくいし、新卒の子みたいにつぶし効かないし、NGだったら大損害なんですよ。
何かうまい方法ないすかね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:一定の能力を前提とした即戦力型中途採用者の解雇
雇用関係は婚姻関係と同じで、
「結婚は自由、離婚は不自由」
というのと同様、
「採用は自由、解雇は不自由」
です。
すなわち、人ひとりクビを切ろうとすると、
「客観的合理的理由」

「社会通念上の相当性」
というおよそクリアできない法律上の要件が課されてしまい、この高いハードルを乗り越えるのはほぼ不可能です。
しかし、これは新卒採用などの場合にあてはまることであって、特定の能力を前提として即戦力になることが期待されている中途採用者の場合は、解雇に対する制約は比較的緩やかになる、ということは意外と知られていません。
実際に、人事本部長という地位を特定した雇用契約を締結して、特定の能力発揮を期待されて中途採用された人物が、人事本部長という地位に要求された業務の履行または能率が極めて低く、就業規則中の
「雇用を終結しなければならないやむを得ない業務上の事情がある場合」
として、会社による解雇が認められた裁判例があります(フォード自動車事件)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:期待される能力の特定
判例・裁判例の考え方ないし傾向を踏まえる限り、中途採用者の解雇は比較的認められやすい、とされています 、とされています。
しかし、これがあてはまるのは、採用者が被採用者に期待する能力が契約上明確になっている場合です。
逆に、採用者の側で販売成績の向上などの目的が記載された書面等がなく、被採用者が努力することを約束した程度の抽象的なやりとりであれば、通常の解雇と同様、厳しい制約を受けることになってしまいます。
さらに、採用者が期待する能力についての条項を契約書に盛り込んだとしても、役職や販売成績というような具体的なものでなければ、特定として不十分とされてしまう危険があります。
以上のとおり、ツメが甘いと、
「中途採用者に対する解雇は緩い」
という折角の判例法理が使えなくなってしまうことに注意が必要なのです。

モデル助言: 
確かに、山中さんのおっしゃるように、特定の能力がある前提で即戦力になることが期待されて中途採用されるのだから、使い物にならなかったときに新卒採用と同じように簡単に解雇できないんでは、会社にとってあまりに酷ですよね。
そこで、裁判所も世情に配慮して、
「中途採用でダメなオッサンは、新卒みたいに丁寧に育てる必要なく、すぐにバッサリやってもOK」
と意気な計らいをしてくれているんですよ。
けれども、こういうオイシイ裁判例の考え方を援用してうまいことやるようにするためには、会社側も一定の決め事をしておかないといけません。
すなわち、会社側は
「どんなことを期待して、この人を採用するのか」
を、当初の契約の段階ではっきりさせとかなければならないんです。
そこを口約束や努力目標的なあやふやな言い方ですましていると、裁判所は一切救ってくれません。
能力の特定の程度ですが、山中社長のおっしゃる程度のものでは、全然特定されたことにはなりませんね。
抽象的な文言は後の紛争の元です。
何年以内にいくらの利益を挙げることというように、できる限り具体化・数値化して、契約書に盛り込まないといけませんね。
また、あくまでも解雇に対する制約が緩くなるだけですから、どんな場合も解雇回避の措置等が全く必要ないというわけではありません。
契約書に
「目標が達成できなければ解雇できる」
と書いておいたとしても、いきなりクビをちょん切るのはさすがに難しいですね。
まずは、少しは改善をさせてみるとか、といった配慮は当然必要になります。
それと、解雇ができる状況にあっても、最後は相手がやめる方向に持っていくことが、紛争抑止という点でベストです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00205_企業法務ケーススタディ(No.0160):循環取引のリスク

相談者プロフィール:
バンダム株式会社 代表取締役 岩井 おさむ(いわい おさむ、39歳)

相談内容: 
先生、ボクのこと、まだまだ忘れてはいけません。
バンダムのプラモデルで、一躍、上場を果たしたバンダム株式会社のパイロット、じゃなかった、社長の岩井おさむです。
実は、一時のバンダムブームに乗っかって、上場したはいいけど、やっぱり、そううまくは続かないもんで、最近では、バンダム出撃の出番もないし売り上げも上がんないし、ほんと、困っていたところなんです。
最近、連邦軍の会合、じゃなかった、同業の会合に出たんですけど、やっぱり今は、プラモデルよりカードゲームばかりが流行ってるみたいで、他の会社もみんな苦しんでるみたいなんですよ。
それで、みんなで、何とかしよう、と話あった結果、ウチが持ってるバンダムのプラモデルの在庫を、在庫はウチの倉庫に置いたままで、ウチからA社、A社からB社、B社からまたウチへ売ったことにして、それぞれ売り上げを上げようってことになったんです。
そうすれば、売り上げが上がって証券取引所での株価評価も上がるし、銀行からの融資も受けやすくなるじゃないですか。
そしたら、ウチの艦長、じゃなかった堅物の監査役が、そんなことしたら証券取引所に大目玉を喰らうぞって、ボクを2度もぶったんです。
親父にもぶたれたことないのに!
先生、ボクは悪くないですよね!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:循環取引の功罪
「循環取引」
とは、俗に、実際には商品を動かさず、伝票上だけで売買を繰り返し、複数の企業間で転売していく取引のことをいい、最終的に商品は最初の企業に戻ってくる点に特徴があります。
このような
「循環取引」
は、実際、放っておけば劣化してしまう在庫を売買することで売上高を伸ばすことができますし、自分が売却した商品を、再度、購入するまでの間(循環してくるまでの間)、短期的に資金を確保することができますので、商品代金を他の借入金の返済に充てることなどもできます。
さらには、売上高が増せば、
「将来性のある企業」
と評価され、銀行融資を受けやすくなる場合も考えられます。
このようなメリットがあることから、
「循環取引」
は、同じ業界内で在庫と資金の保有比率を適正に維持する商慣行の1つとして行われることが、ままあるわけです。
それに、商品の転売行為自体を直接的に違法とする法令はありませんし、
「循環取引」自体
を取締まる法的根拠もありません。
しかしながら、特に、証券取引所に株券を上場しているような企業の場合、投資家は、適正な事業活動によって企業が成長していると理解した上で投資判断を行うわけですから、単に、伝票を数社間で“廻す”だけのような取引実態を伴わないような
「循環取引」
で売上高を過大に計上していたのであれば、投資家にとってみれば、“騙された”ということになりかねません。
したがって、このような投資家の信頼を保護する必要がありますので、金融商品取引法は、
「資本市場(株式市場等)への正しい情報提供」
を確保するために、さまざまな規制を設けているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:不適切な架空計上に対するペナルティー
実際に、2008年2月11日、実態のない循環取引を敢行して不正な会計処理を行い、さらにはこの不正な会計処理を基にした有価証券報告書を作成した等の罪で、東京証券取引所1部上場会社のシステム開発会社の経営陣が逮捕され、その後の12年12月13日、東京高裁が懲役3年の実刑判決等を言い渡しています(会社自体は10年9月に解散)。
また、10年には、大手ワイン製造会社の一事業部門が、循環取引等の架空の取引によって、総額約65億円の売り上げを計上していたことが発覚し、東京証券取引所から違約金の支払いを命じられるといった事件も発生しております。
このように、循環取引等の不正な営業活動を利用した
「ホラ吹き」行為
ですが、単なる
「見栄」「虚勢」
にとどまらず、投資家の判断を誤らせ、ひいては株式市場への信頼を根底から覆す危険な行為として、金商法上、非常に厳しいペナルティーを与えれる結果を招来します。

モデル助言: 
確かに、不景気の中、何とか売り上げを伸ばしたいという岩井社長のお気持ちはよくわかりますし、それで、業界内が“うまくいく”のであれば、よし、としないでもありません。
しかしながら、上場企業のように、開示された情報の正確性を大前提とした取引(株式取引)が行われているような企業の場合には、それを信頼する資本市場や投資家を保護しなければならない、という別の観点も生じてきます。
最近でも、11年4月には、不正な会計処理に基づく有価証券報告書を提出したことで、ライブドア社(06年に上場廃止)の元社長に対する懲役2年6月の実刑判決が確定していることなども考えると、若井おさまるさんの場合も、ただ単に、上場廃止といった経済的なペナルティーだけでなく、懲役刑をくらってしまうこともありますよ。
上場廃止とムショ暮らしで“2度もぶたれる”よりは、監査役の鉄拳制裁で目を覚ましてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00204_企業法務ケーススタディ(No.0159):抱き合わせ販売のリスク

相談者プロフィール:
和田昇降機メンテナンス株式会社 代表取締役 勝間 邦和(かつま くにかず、49歳)

相談内容: 
今日ご相談に来たのはですね、当社のやっている営業方法についての相談なんです。
ご存知のとおり、当社は、大手エレベーター製造メーカー・和田昇降機の子会社として、エレベーターメンテナンスをやらせていただいております。
正直、自社ではほとんど営業活動はしません。
「親会社のエレベーターが納入されたら、それにひっついていって、メンテナンスの契約をいつの間にかいただけてしまう」
というコバンザメ商売なんです。
それでですね、客が、
「エレベーター壊れちゃったので、保守部品だけくれない?
あんたんとこ高いから取り付けと保守は他に頼むことにするからさ」
なんて急にいうようになってきたんですよ。
不景気というか、世知辛いというか、何ともこすっ辛い話です。
こんなことされるとウチも商売あがったりです。
現場の担当者には
「最近エレベーター事故が発生しているのはご存知ですよね。
ウチが取り付けないと、安全性も保証できません。
どうなっても知りませんよ」
といって、取り付けとセットじゃないと部品販売を一切拒否するよう、指導しようと思っています。
実際、デタラメな取り付けがされて、事故でも起こされたらたまったもんじゃありませんから、別にこういうやり方でも問題無いですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:抱き合わせ販売規制
人気のあるものと不人気のものを抱きあわせて販売してしまうこと、例えば、大人気のゲームを買うために、人気のないゲームを買うことを条件とするような行為は、一般に
「抱き合わせ販売」
と呼ばれます。
そして、かかる行為は、独占禁止法において
「事業者が、独占禁止法上不当に、主たる商品や役務の供給にあわせて、他の従たる商品や役務を、自己または自己が指定する事業者から購入させ、その他自己または自己が指定する事業者と取引するように強制すること」(一般指定第10項)
として規定され、違法行為として扱われています。
違法視される理由ですが、抱き合わせ販売行為は、不人気な商品の在庫を捌けさせることができ事業者には都合が良いのですが、買主は、たいして興味のない商品の購入が強制され、商品選択の自由が不当に害されていることが挙げられます。
加えて、本来的に魅力のない商品が、抱き合わせ販売行為により大量に売れることとなる点も根拠とされています。
独占禁止法は、品質や価格が市場により正当に評価されての競争(能率競争)を保護するものですが、抱き合わせ販売は、これを阻害することとなるため、法により禁じられているというわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:東芝エレベータテクノス事件
さて
「抱き合わせ販売」
とされる独占禁止法上の要件についてですが、まず、行為要件として、別個の商品やサービス等の役務を併せて購入させることが必要です。
そして、問題になるのが、前記一般指定第10項にいう、
「不当に」
の解釈です。
これは、買主の商品選択の自由を侵害することや、能率競争の阻害をいうとされていますが、抽象的な要件ということもあり、個別の裁判例を検討していく必要があります。
同種の事例において、大阪高判1993年7月30日は、公正な競争を阻害するかが重要であると指摘した上、確かに安全性の確保も考慮することが必要な要素ではあるものの、
「(親会社の)エレベーターの保守に関しては90%の市場占拠率を有している」
から
「(当該)エレベーターの保守を一手に独占し、独立系保守業者等他の競争者を排除しようとの意図の下に本件各行為を行った」
と断じ、さらに、
「安全性確保のための必要性が明確に認められない」
ために、
「不当に」
抱き合わせ販売がなされた、との認定を行いました。
部品の供給と取り替え工事とは、それぞれ経済的には別個の事柄ですし、独立して取引の対象とされることからすれば、相当な判断といえるでしょう。

モデル助言: 
おっしゃるように、取り替え工事はエレベーターの特性を最も理解されている御社が行うべきだ、ということもよく分かります。
しかし、本当に御社でないとできない工事ですか?
安全性のためとか言いながら誰でも取り付けができるにもかかわらず納入を拒絶したりしていませんか?
本件では、大阪地裁が認定したように取引妨害に該当する可能性もありますし、事情によっては、優越的地位の濫用も問題になるものと思われます。
もっとも、先に述べましたように、
「不当性」
の判断は多分に事情に左右されますし、また、安全性の観点について考慮することも許されるという点の検討も忘れてはなりません。
ですので、御社が当該エレベーターの保守をどの程度占有しているか、また、今回の部品の交換がどれくらい専門性の高いものなのかを調査・判断する必要がありますね。
その結果として、御社が交換工事をしなければどうしても安全が担保できないという事情があれば、独占禁止法上の問題は生じにくいものと思われます。
一時的な利益を追求すると、独占禁止法違反として課徴金の制裁を受けることもあるので、これからの交渉についても十分慎重に行っていきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00203_企業法務ケーススタディ(No.0157):雇用上の安全配慮義務

相談者プロフィール:
ねんじ質店株式会社 代表取締役 大林 利次(おおばやし としじ、71歳 )

相談内容:
先生、世間は不景気が続いているようですねぇ~。
うちの質屋にも、ちょっと前まで羽振りがよさそうだった方々が、高給腕時計やら象牙の置物みたいな高価な物を持ち込んだり。
まぁ、お陰さまで質屋は大忙しですよ。
最近は、深夜の買取りもできるように24時間営業を始めたんです。
で、今回の相談なんですけど、最近、牛丼チェーンなんかで、深夜、強盗が入って、従業員が暴行されて大ケガをしたとかっていうニュースがよくあるじゃないですか。
まぁ、牛丼屋ならたいして金目のものは置いてないし、せいぜい売上金が盗られるだけでしょうけど、うちの場合、高価な物がざくざく置いてあるから心配といえば心配なんですよ。
つい先日も夜勤の従業員から
「夜、1人で勤務していると危ないので、もう1人増やすとか、店に監視カメラ付きの高性能な防犯装置を付けてください」
なんて要望もあったんで、警備会社から見積をもらったら、これが結構高いんですよね。
でも、一応、店舗保険には入っているし、従業員には、社是として
「カネは命。
商品は命。
命に代えてカネと商品を守れ」
と教育しているから、きっと、いざとなれば体を張って商品を守ってくれますよ。
別に監視カメラがないからって質屋の免許が剥奪されたりするわけじゃないですよね?
問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:雇用契約における安全配慮義務
雇用契約というものは、労働力の提供とこれに対する賃金を支払うことを内容とする契約ですが、労働者と使用者の関係は、売買の場合の売り主と買い主のように、ある程度、継続するものなので、単純に
「労働力を提供する」
「賃金を支払う」
というだけの関係で終わるものではありません。
例えば、使用者は、従業員が安全に労働できるような諸条件を整えたりしなければならないのです。
この点、雇用契約について定める民法には、特に規定はありませんが、判例は、古くから使用者に課せられる安全配慮義務というものを認めてきました。
例えば、最高裁判所1984年4月10日判決は、宿直勤務中の従業員が侵入してきた強盗に殺害された事故について、
「会社が、夜間においても、その社屋に高価な反物、毛皮等を多数開放的に陳列保管していながら、右社屋の夜間出入口にのぞき窓やインターホンを設けていないため、(中略)そのため来訪者が無理に押し入ることができる状態となり、盗賊が侵入して宿直員に危害を加えることのあるのを予見しえたにもかかわらず、のぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の盗賊防止のための物的設備を施さず、また、宿直員を新入社員1人としないで適宜増員するなどの措置を講じなかった場合において、宿直勤務の従業員がその勤務中にくぐり戸から押し入った盗賊に殺害されたときは、会社は、右事故につき、安全配慮義務に違背したものとして損害賠償責任を負う」
と判断し、従業員の死亡についての責任を負わせています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:労働契約法上の規定
このような判例の流れを受けて、2008年3月1日に施行された労働契約法は、5条において
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」
と定め、法律上の義務として、安全配慮義務を規定しました。
要するに、使用者は、労働者に対してカネを払うだけでなく、労働者が危険を感じて萎縮しながら労働したりすることのないように、また、その労働力をいかんなく提供できるように、常に、労働者の生命や身体などの安全を確保するための配慮を怠ってはならないということなのです。
最近では、従業員を危険な場所や危険な機械等から防御する、というハード面の安全配慮義務だけでなく、使用者は職場の上司によるいじめを防止しなければならない、といったソフト面での安全配慮義務が認められたりもしています(さいたま地裁04年9月24日判決等)。

モデル助言: 
確かに、質屋営業法7条や公安委員会告示第96号が定める
「(質屋に求められる)盗難予防設備」
規定では、
「堅ろうな施錠設備」

「非常ベル」
の設置等が義務付けられているだけで、
「監視カメラ」
の設置までは求められていないようです。
したがって、
「監視カメラ付きの高性能な防犯装置」
がないからといって、質屋の免許が、直ちに剥奪されるようなことはないようです。
しかしながら、犯罪の対象になりそうな高価な物を取り扱う質屋を経営しているのですから、判例上、従業員の生命や身体の安全を守るために、それに見合った相応の人員体制や、セキュリティーシステムを整備する義務があると言えますね。
にもかかわらず、お金をケチって、ろくなセキュリティーシステムがない状態で、深夜、1人で勤務させ、その結果、店に強盗が入って商品が盗られて従業員がケガをした場合、裁判例上、従業員のケガは御社で賠償しなければならないことにもなりかねません。
まぁ、儲かっているんでしょうから、後で痛い思いをしないように、早く防犯体制を見直すべきですね。
まさに転ばぬ先の杖です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00202_企業法務ケーススタディ(No.0158):商品パッケージの模倣

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ジプシー製菓株式会社 代表取締役 三多摩 邦彦(みたま くにひこ、59歳)

相談内容: 
先生、浅草で売っている雷コンペイトウってあるじゃないですか。
あれって、実は、砂糖の水分を飛ばして固くする製法や、色合いをよくする製法とか、いろんな技術に特許があるみたいなんですってね。
で、昭和の初めの頃から、浅草の老舗のお菓子屋さんが販売している、神社の
「鳥居」
の形をした袋に雷コンペイトウをパッケージした商品が一番売れているみたいなんです。
それで、最近、浅草を訪れる外国人観光客の数も回復してきたみたいだから、当社も、それにあやかって、主力商品の砂糖菓子を
「鳥居」
の形をしたパッケージに封入して発売したんです。
確かに
「鳥居」
の形は真似しましたけど、もちろん、いちゃもんつけられないように、
「鳥居」
の色を赤ではなく、黄色にしたパッケージを使用することにしたり、そこら辺は、素人ながら工夫したつもりです。
そしたら、先日、浅草の老舗お菓子屋さんから、弁理士の資格を持った弁護士の名前が山ほど書かれた内容証明郵便が届いたんです。
いわく、
「著作権侵害だ、不正競争防止法違反だ、損害賠償だ、販売差し止めだ、刑事告訴だ」
とかって書いてあるんですよ。
はぁ~、これで大丈夫と思っていたのに、やっぱり、弁理士で弁護士の先生がいっているんですから先方が正しいんですよね。
素人の浅はかな考えじゃだめだったんですかね。
先生、もうだめです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:著作権の成立要件
そもそも、著作権とは、文章、音楽、美術、映画、写真、プログラム等の表現形式によって自らの思想・感情を創作的に表現した者に認められる、それらの創作物の利用を支配することを目的とする権利をいいます。
そして、このような保護を受けることができる
「著作物」
として認められるためには、法律上、
「思想または感情を創作的に表現したもの」
という要件があります。
つまり、著作物といえるためには、創作性が必須ということになります。
なぜなら、創作性がないものまですべて保護するとなると、第三者が同様の作品を創作したり利用したりできなくなってしまい、表現活動に著しい支障が生じるからです。
例えば、単に、他人の絵画を写真で撮影したものは、カメラを利用して被写体を忠実に再現しただけなので、創作性は認められません(東京地裁1998年11月30日判決等)し、
「表現が平凡で、ありふれたもの」
である場合も創作性は否定されることになります(東京地裁99年1月29日判決等)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:不正競争防止法上の「形態模倣」
次に、不正競争防止法についてですが、不正競争防止法2条1項3号は、
「他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡(中略)する行為」
を不正競争と定義し、模倣された者に対し、損害賠償請求や信用回復のための措置(販売差止など)を求める権利を付与しています。
なぜ、このような形態模倣行為を規制するかといいますと、要するに、商品を開発するには一定の資金や労力が必要となるわけですから、先行してこのような資源を投下して商品を開発したものを保護し、資源を投下することなく“フリーライド(ただ乗り)”する者たちを排斥しなければならないからです。
ところで、不正競争防止法2条1項3号がいう
「商品」
とは、商品自体に限られません。
その容器や包装など、当該
「商品」
と一体となって、商品自体と容易に切り離し得ない態様で結びついているものも
「商品の形態」
の一部として保護することとしています(大阪地裁96年3月29日決定)。
なお、このような形態模倣行為を
「不正の利益を得る目的」
をもって行った場合、
「5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金、またはこれらの併科」
という罰則が規定されています(不正競争防止法21条2項3号)。
ここでいう
「不正の利益を得る目的」
とは、公序良俗に反する態様で自己の利益を不当に図る目的をいうと解されています。

モデル助言:
まず、神社の
「鳥居」
の形をした袋に著作性が認められるか、つまり
「創作性」
があるかどうかについては、マユツバものですね。
特に、浅草の老舗お菓子屋さんのパッケージは、どこにでもあるような、ありふれた
「鳥居」
をパッケージにしただけですからね。
そこに思想または感情が表れているかどうかについては、十分、争える余地があると思いますよ。
また、不正競争防止法違反うんぬんについてですが、確かに、雷コンペイトウと
「鳥居」
の形をしたパッケージは、商品と一体となっているとも考えられますから、不正競争防止法上の
「形態模倣」
といわれても仕方がない場合もありますね。
実際、ジプシー製菓さんは“真似”したわけでしょ?
でも、
「鳥居」
の色を変えるなどして、消費者に
「誤認」
を与えないように工夫しているようですし、それに、そうそう、不正競争防止法19条1項5号をよく見てください。
「販売から3年が経過した商品」
については、損害賠償請求や差止請求による保護規定や、刑事罰の適用はないと書いてあるんですよ。
昭和の初めから販売しているんなら、とっくに3年はたってますよ。
はい、深呼吸して落ち着いて、
「何か問題でも?」
という反論文を返してやりましょう!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00201_企業法務ケーススタディ(No.0156):商標はワイのもんや!?

相談者プロフィール:
坂尾商事株式会社 代表取締役 坂尾 逸見(さかお いつみ、49歳 )

相談内容: 
せんせ、せんせ。
おう、元気やっとるか?
俺もなんとかやっとるで。
そんでや、今日はこれ見てもらおかと思て来たんや、商標の登録証。
まぁ、取引先の
「ホンコン株式会社」
が全然期限どおりに支払ってこんくてな、さらに、借金で飛びそうやったんで、借金のカタにこの登録証をもらってきたっちゅうわけや。
何の商標かっていうと、
「ものごっつぅええ」
や、どや!
しっかし、よう取れたでこんな商標。
ウチとしては、これ使こて、マッサージ機やらツボ押しの道具やらをシリーズ化してやな、未来永劫大儲けっちゅうわけや。
この立派な登録証、賞状みたいやろ。
まごうことなきほんまもんやで。
われながらええもん差し押さえたったわ。
俺も苦節10年? 20年? ま細かいことはええ、2番手3番手でなんとかこの経済社会を生き延びてきた。
でもな、これからはちゃうで!
俺が日本を引っ張っていくねん。
今日はセンセにこれを自慢しにきたっちゅうのが主な目的なんやけど、一応や、一応やで、先生の厳しい目からみても、この商標がしっかり俺のモンって言えるかどうか確認しといてもらっとこと思てな。
登録証は引き渡してもろうてるし、何の問題もないとは思てるんやけどな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:商標権も財産権
「商標」
とは、商品を購入しようとする人やサービスを受けようとする人に対し、その商品・サービスを
「誰」
が提供しているのかをはっきりさせるために、業として当該商品やサービスなどに付けるマーク(文字、図形、記号、形状など)をいいます。
このような商標について第三者が勝手に利用すると、商標権者の信用を害するばかりか、その商標を信頼して購入した者の利益も害することになりますので、商標は法律によって保護されています。
すなわち、商標を取得しようとする者は、特許庁に対して、商標の登録の手続きを行い、当該商標を用いることができるのは商標権者のみということになるのです。
さて、消費者からすると、著名な商標が記載されていた場合には、深く考えることもなく
「あの会社が作っているのだから大丈夫だ」
などと一定の品質を期待しますので、商標には、
「信用」
が化体されているとも言えます。
そして、このような
「信用」
は経済社会では金銭的な評価が可能です。
いわゆる
「ブランド」
としての価値の一端を担うことになり、取引可能な財産権としての価値を有しています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:商標権の移転
それでは、このような財産的価値を有する
「商標権」
はどのようにして移転するのでしょうか。
財産権である以上、差し押さえや売買契約の対象になることはもちろんですが、売買契約を締結したり、登録証の引き渡しを受けただけでは、誰に対しても
「今日からは俺の商標だ」
と主張することはできません。
これは、前述したように、商標という権利が
「登録」
によって生じる目に見えない権利であるため、
「一体誰の権利なのか」
が、常に世間に公示されている必要があるためです。
したがって、譲渡等により商標権を取得したことを主張しようとする者は、特許庁において、移転登録手続きを経なければならないということになります。
要するに商標権では、
「誰が所有しているのか」
を証明する1つの手段として登録制度が採られているわけです。
このことは、
「占有」
の事実によって、
「所有権者は誰か」
が比較的目に見えやすい時計や宝石等の動産に関しては、このような制度が不要なことから理解されます。
さらに検討してみますと、不動産に関しては
「登記」
が必要なことはよく知られていますが、これは
「占有していても賃借人としてであり、所有者ではない」
という社会的事実が比較的多くみられ、所有者と占有者の分離現象が生じているために、登記制度によってフォローしようとしている、と考えることができます。

モデル助言: 
商標の
「登録証」?
いくら立派そうに見える証書でもそんなものその時期に商標として登録されたことがあったという証明にはなっても、御社が現在商標を所有していることの証明にはなりませんよ。
すぐさま、
「ホンコン株式会社」
と協力して移転登録手続きをしないといけませんね。
これは早くしないと、二重に譲渡されたり極めて面倒な事になりますよ。
しかし、借金のカタとして押さえてきたということになると、相手方の自発的な協力を得ることも難しいでしょうから、ここは、
「移転登録請求」
ということで訴訟手続きを利用したほうが早いかもしれませんね。
う~ん、最近では、いざ商標の権利行使をしようとしたら、無効審判を請求されてすぐ無効、などという事例も散見されますから、どの程度の価値のある商標かということをまずは慎重に見極めましょうか。
そうしないと費用かけて取得した商標が無価値、なんてことにもなりかねませんからね。
その上で、商標に大きな経済的価値がありそうだ、ということになれば、すぐさま訴訟を提起し、他にも売られて面倒な事になったりする前に、しっかりと財産権の確保をしておくこととしましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00200_企業法務ケーススタディ(No.0155):入社時の健康調査の限界

相談者プロフィール:
孔雀(クジャク)ホールディング株式会社 専務取締役 里目 太一(さとめ たいち、21歳)

相談内容: 
先日、ウチの会社の業務拡大のために新人を雇うことにしたんです。
一応、入社テストやったり、経歴書提出させたり。
ご存知のとおり、父から会社を継ぐ前提で人事の総責任者をやらされているんですが、このご時世、まともな人間を採用するのって、結構大変なんですよ。
それで、ウチの会社の顧問をお願いしている北野社労士の意見もあって、今回、入社希望者の全員に、指定の病院で健康診断を受けてもらうことにしたんです。
だって、最近は、入社したとたん、
「持病があるので、キツイ仕事はできません」
とか、面倒くさいことぬかす新人がたくさんいるじゃないですか。
だから、最初に健康診断を受けさせて、面倒くさいことを言いそうな奴は、選考から外そうってことにしたんです。
そしたら、先日、ウチの採用試験を受けた西山ってやつが、
「オレが落とされたのは、オレの持病のせいだろう。差別だ。損害賠償だ」
って騒ぎ出したんです。
確かに、本人に内緒で行った血液検査の結果、ちょっと、面倒な病気をもってたんで、適当な理由をつけて採用見送りにしたんです。
だって、こっちだって、健康な人間を雇いたいわけだし、まだ内定すら出してないし問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:採用の自由
企業にとってみれば、採用する人間の能力や考え方、健康状態などは、今後の人事などを考える上で最重要課題となるはずですが、“採用時”に得られる情報には限界がありますので、企業にとっての
「採用」
は、一種の“カケ”の様相があります。
それゆえ、どのような人間を雇うかは、基本的には、経営責任を負う経営者の自由な判断に委ねられるべきであると考えられています。
特に、終身雇用制という独特の雇用システムを採用しているわが国の場合、これまで本連載で何度も取り上げてきたように解雇が極めて限定されているので、企業への“入口”である採用時に、ある程度、企業側の自由を確保しなければならないという実際上の要請もあるからです。
このような、採用時における企業側の自由を、
「採用の自由」
といいます。
そして、この採用の自由は、採用を望む者との間で雇用契約を締結する自由、すなわち私的自治の中核をなす
「契約の自由」
の一部として位置付けることができ、さらには、企業の経済活動の自由のひとつとして、憲法にその根拠を求めることができます。
例えば、企業の採用の自由について争われた、いわゆる
「三菱樹脂事件」
では、最高裁判決は憲法上の採用の自由について、次のように述べています。
「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別な制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる(最高裁73年12月12日判決)」。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:採用のための情報入手の可否
以上のとおり、企業には、採用する、採用しないの自由があることになりますが、前提として、採用を判断するための情報を入手することも、原則として自由であると考えられております(調査の自由)。
例えば、前記最高裁判例は、
「採用にあたって、思想や信条といった、人の能力には関係がない、内心的なことを調査し、調査の結果を理由に採用を拒絶することも、当然には違法ではない」
と判断しています。
企業にとって、健康的、継続的に勤務してもらうことを目的として、採用希望者に対し、健康診断を受けさせたり、診断書を提出させることも許容されると解されています。

モデル助言:
里目さんの会社の場合、健康診断を受けさせて、その健康状態を調査した上で採否を検討するというのは、病歴の内容いかんによっては、労働能力に影響を与えたりもしますので、ま、
「“調査の自由”を行使した」
といえなくもありません。
ただ、いくら
「調査の自由」
が認められるからといって、無制限な調査が許されるわけではありません。
本来の必要性を超えて、単に“興味本位”で調査を実施する、というのはご法度です。
病歴や持病の種類によっては、センシティブな問題をはらみます。
健康情報を調査・取得する場合、
「本人の同意」
と、調査の必要性が不可欠となります。
実際、採用にあたっての調査で、採用候補者に無断でB型肝炎ウィルス感染の調査をしたことがプライバシーを侵害するものとして、企業に対し慰謝料の支払を命じる判決が出ています(東京地裁03年6月20日判決)。
里目さんの場合、本人に内緒で検査を行っている時点でアウトです。
訴訟で敗訴しても慰謝料額自体はわずかでしょうが、たちまち
「ブラック企業」
という噂がたち、新卒採用に誰も応募しなくなりますよ。
まだ内定すら出していない段階であれば、早めに謝罪して、示談することをお勧めします。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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