00108_企業法務ケーススタディ(No.0062):発明者ファースト国、アメリカでの特許出願の注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
磐梯食品株式会社 会長  磐梯 栄二(ばんだい えいじ、68歳)

相談内容: 
先生、いよいよアメリカ進出ですわ。
すごいでっしゃろ。
今度アメリカで私が発明した特許を出願して、ウチの商品を売って売って売りまくるんですわ。
え?
お前、ほんまにそんなすごいもん発明したんか、やて?
ちゃいますがな、ちゃいますがな。
私なんか、シャベクリ営業だけでのし上がってきた人間でっさかい、技術なんか、なんも分かっていませんし、発明とかできるわけないですやん。
ご存じのとおり、最近、ウチの会社は食料品の加工販売だけでなく、食品加工用機械の開発に力を入れとるんですわ。
ほんでね、去年中途で入ってきよった開発部の神岡虎太郎ゆうヤツが
「ゆで卵の黄身部分を捨てて白身部分だけを取り出す画期的な機械」
の開発に成功しよったんですわ。
日本での販売ももちろんですが、今、アメリカはダイエットブームですから、アメリカでもこの機械や卵の白身だけの食材の販売を大々的に始めたろ、ゆうわけですわ。
まあ、ゆうても、アメリカで勝負するんやったら、特許とか出願しとかんとあきませんわな。
それで特許出願するんですけどね、向こう行って商談とかで
「私が発明しました。日本のエジソン、磐梯です」
とかゆうて、ツカミで一発カマしたいですやん。
そしたら、アメリカさんの私を見る目が違うてくるてなもんで、そやって、パンパンパーン、と商売進めたいんですわ。
そういうわけで、今回の機械は、私が発明者ゆうことで出願しときたいわけですわ。
ま、当の発明者の神岡にはずいぶん飲ませ食わせしてますし、職務発明ゆうことで相当な報奨金払ってますさかい、異議ございませんゆうとりますわ。
あーははははは。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「特許を受ける権利」と「発明者」
「特許を受ける権利」
すなわち、特許を出願し、特許権の付与を受けることができる者は、特許法上、
「産業上利用することができる発明をした者」
すなわち
「発明者」
であるとされております(特許法29条柱書)。
しかしながら、
「発明者」
とはどのような者を指すかについては明文の規定が存在しません。
学説上は、まず
「発明」

「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」
と定義した上で、
「発明者」
について、
「発明の創作行為に現実に加担した者だけを指し、単なる補助者、助言者、資金の提供者あるいは単に開発等の命令を下した者は含まない」
としています。
よく、発明や特許出願に関与した者へ名誉を与える趣旨で発明者の上司や所属企業の社長も発明者欄に記載して出願を行う慣行を持つ企業がありますが、後日、上司が発明者に該当するか否かが争われた事例において、東京地方裁判所平成13年12月26日判決は、研究開発環境を整備したにとどまる者や単なる後援者は発明者ではないと判断しております。
なお、発明者ではなくても、発明者から特許を受ける権利の譲渡を受けることで、出願人として、当該発明にかかる特許を出願することが可能です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「特許を受ける権利」という制度のないアメリカでの特許出願の注意点
アメリカでは、特許を受ける権利という考え方がなく、発明をした者しか特許出願できません。
この関係で、アメリカで特許を出願する者は、出願に際し、
「当該発明は自分こそが最初の考案者である」
という内容の誓約書を同時に提出しなければならないとされ、発明者と出願人の厳格な一致が要求されます。
アメリカにおいて、これに反し発明者ではない者を発明者として出願した場合、当該特許の有効性が疑問視されるリスクが生じることになります。

モデル助言: 
磐梯さんの場合、明らかに発明者ではありませんので、発明者として特許出願し、特許権が付与された場合であっても、後日の裁判で特許が無効とされる危険が生じます。
え?
アメリカ人がウチの社内事情のことなんて分かるはずないから、バレやしないって?
アメリカの訴訟手のディスカバリー(証拠開示)手続きにおいて、事実認定のための証言録取(デポジション)を実施し、磐梯さんが本当にこの発明を行ったかどうかを攻めたてることはアメリカの特許弁護士の十八番(おはこ)です。
磐梯さんの場合、技術に関する何のバッググラウンドもないのですから、相手方の弁護士の巧みな尋問にあえば、すぐにウソがバレてしまいますよ。
見栄のため発明者を気取ったばかりに、せっかくの特許権が使えなくなってはバカバカしいですから、現地の出願代理人とよく相談して、発明者の特定には細心の注意を払って出願されることをお勧めしますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00107_企業法務ケーススタディ(No.0061):パテントプールによる嫌がらせを受けた!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
田原ブラザー電機株式会社 専務取締役 田原 寿仁哉(たはら じゅにや、34歳)

相談内容: 
先生、最近流行り出した3Dビデオウォークマンって知ったはりますか。
歩きながら飛び出す映像が見られるヤツですわ。
あれ、今、物すごい勢いで売れてるそうですねん。
あの程度のモンやったら、ウチの会社と仲良ぅさせてもうてる台湾の会社に頼んだら、今の価格の半分くらいで出せますんや。
そない思うて、突貫工事でプロトタイプ作って、これから最終製品に仕上げて量産に入るぞ、ちゅうことになって調べてみたら、株式会社メディア解放機構(解放機構)ゆうところが持ってる3D画像専用のデコーディング・ソフトのライセンスもらわんとアカン、ちゅうことがわかったんですわ。
で、この前、ソフトのライセンスをもらうために菓子折持って解放機構さんとこに行って、
「ウチも3Dビデオウォークマン作りますさかい、あんじょう頼んますわ」
ゆうて挨拶したんですわ。
ほなら、
「お前とこみたいなミジンコ会社が参入してくんな、ボケ!」
みたいなこと言われて、ライセンスとか全然だめなんですよ。
よう調べたら、解放機構ゆうとこは、
「解放」
どころか無茶苦茶閉鎖的なところで、3Dビデオウォークマン作ってる大手家電メーカーと大手パソコンメーカーが株主になっている会社で、ま、ゆうたら、メーカーの仲良しクラブみたいな組織やそうですわ。
ほんで、社長の兄貴と一緒に、いつもお願いしている弁理士の仏原(ほとけはら)先生とこ行って相談しても、
「プログラム著作権を持っている人間が誰にライセンスするかは権利者の自由ですわ。そりゃ、しゃーないですな。
あーははは」
ゆう対応で、兄貴もヘコんでもうて、
「寿仁哉、もうアカンワ。やめとけ」
て言いだすんですわ。
俺としては、もう一歩やゆうとこまで来たのにこんな嫌がらせのような扱いを受けたのが悔しいんですわ。
どうにかならんもんですかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:パテントプール
パテントプールとは、特許権等の知的財産権を有する企業が仲良しグループを作って、各自が保有している知的財産権を企業が合同で出資する特定の会社(ジョイントベンチャー会社とかコンソーシアムとかいわれます)に管理させ、メンバーの企業だけが知的財産権を使えるような仕組みのことを言います。
例えば、音楽や映像を録音・再生するために必要な技術が標準化された場合、これに対応した製品を作ろうとすると、どうしても当該標準化に対応した技術を使う必要が出てきます。
しかし、標準化された技術には、標準化の前後に多数の知的財産権が取得されており、各権利者に支払うライセンス料が積み上がると合計のライセンス料は高額になりますし、また各特許権者と個別にライセンス契約交渉するのも面倒です。
このようなこともあって、パテントプールというシステムを作ることによって、単一のライセンス窓口から機器製造に必要となるライセンスを一括して安価で受けることが可能となる、というわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:独占禁止法による制限
パテントプールは前記のような建前で実施されますが、これは使い方によっては機器製造市場に参入しようとする新参企業をのけ者にする格好の道具として使えます。
独占禁止法では、新規参入者を市場から排除する行為を排除型私的独占行為として違法としております。
こういう新参者に対する陰湿なイジメ行為も、あからさまな排除や妨害ではなく、
「知的財産権は独占権だから、誰にライセンスしようがこっちの勝手でしょ」
という理屈の下、パテントプールのライセンスを拒否する(あるいは新参者にだけ不合理なライセンス料を吹っ掛ける)という形を取れば、スマートは私的独占行為が行えます。
このように、パテントプールは、公正且つ自由な競争を阻害することに使われるケースもあり、東京高等裁判所平成15年6月4日判決も、
「パテントプール自体が直ちに独占禁止法に違反するというものではないが、当該パテントプールの運用の方針、現実の運用が、特許権等の技術保護制度の趣旨を逸脱し、又は同制度の目的に反すると認められる場合には、特許権等による権利の行使と認められる行為に該当せず、独占禁止法違反の問題が生じることがある」
と述べています。

モデル助言: 
ま、今回のライセンス拒否は新規参入妨害行為の一環として行われたものなんでしょうね。
無論、知的財産権は権利者に独占的利用権が与えられており、もともと反競争的な権利であることは確かです。
これを受けて、独占禁止法21条はこれら無体財産権による
「権利の行使と認められる行為」
には独占禁止法を適用しないとしています。
ただ、これは、逆の見方をすれば、新参者の嫌がらせの道具として使うような場合は、
「権利の行使」
とは認められず、独占的権利についても独占禁止法のメスが入る、ということになります。
ま、被害申告書を作成して、公正取引委員会に排除措置をお願いに行ってみましょう。
さすがに、公取委が動いたら、解放機構もおとなしくなってライセンスしてくれますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00106_企業法務ケーススタディ(No.0060):コワい株主から脅された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
フォー・ビジネス株式会社 冬木 元雄(ふゆき もとお、57歳)

相談内容: 
おかげさまで当社も今年で上場5周年を向かえますが、ちょっと前から当社の株式を「バク進」という仕手集団が買い集めていたようなんです。
先月になって、突然、バク進グループの代表が私に面会を求めてきたので会ってみたところ、会うなり
「梅田組から引っ張った借金が返せなくなって、御社株式5万株全部を梅田組の複数のフロント企業に押さえられてしまった。御社が代わりに借金を返してくれれば、助かるのだが・・・」
なんて言い出すんですよ。
梅田組と言えば、有名な指定暴力団じゃないですか。
困ったことになったとは思い、
「考えておきます」
と言ってその場は引き取ってもらったところ、昨日になって、いきなり電話がかかってきて、大声で
「いつまで待たすんだ、コノヤロー!!
梅田組にはもう借金返すからって話してんだぞ。
テメエとこにあるキャッシュからすれば端金だろ。
早く、払えよ。
断ったら、お前の会社だけじゃなく、大阪からヒットマンが飛んできて、お前ら役員全員、家族や愛人を含めてどうなるか知らねえからな!」
って脅されたんです。
このことを話したら、役員全員震え上がってしまい、
「当社の複数の子会社からコンサルとか企画発注とか適当な名目でバク進グループに資金提供しよう」
ということになりました。
命あっての物種ですし、死んでまで会社を守るなんてことはできませんしね。
万が一、株主総会で追及された場合に備えて、先生、何か説明のつく適当な理由を考えておいてください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株主の権利の行使に関する利益供与罪
日本の企業社会では古くからの悪習として、株主総会の進行の補助や妨害を行わないことの見返りとして金品を要求する特定の筋の方々(いわゆる総会屋。法曹業界用語では「特殊株主」などと言います)に対する利益供与が繰り返されておりました。
この悪習は、
「自社の体面を保ち、株主総会をトラブルなく済ませたい」
という経営者側の意向と、
「株主総会のスムーズな進行に協力することを収入源のひとつとしたい」
という特殊株主の意向が見事に合致し、これに
「どうせ、サイフを痛めるのは会社だから」
という経営者の無責任な姿勢が融合して産まれた、世界にあまり誇れない日本の企業文化です。
しかしながら、1981年の商法(現会社法)改正以来、このような利益供与行為は罰則をもって禁止されるようになり、その後さらに処罰範囲が広げられ、現会社法は、特殊株主が企業に対して利益供与を要求した段階で犯罪とする(会社法970条3項)仕組を設けるに至っています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:蛇の目ミシン事件
ある仕手集団が88年から90年にかけて蛇の目ミシン工業株式を買い占め、同社の経営陣(当時)に対して高値引き取りを要求し、融資名目で約300億円を脅し取ったり、蛇の目ミシンに子会社の債務保証をさせる等した事件が発生しました。
仕手集団元代表自身は恐喝等の罪で懲役7年の実刑判決が確定しましたが、その後、
「この事件が原因で会社が巨額の負債を抱える等の損害を被った」
などとして、蛇の目ミシン工業の株主が、当時の社長ら旧経営陣5人に対して、同社へ939億円の損害賠償をなすよう求めた株主代表訴訟が提起されました。
東京地裁(1審)も東京高裁(2審)も、金員の要求が生命に関わる暴力的な脅しであった点を重視し、
「やむを得なかった」
として旧経営陣らの責任を否定しました。
ところが、最高裁判所は
「経営陣には株主の地位を乱用した不当な要求に対し、経営者は法令に従った適切な対応をする義務があった。恐喝行為について警察に届けず、会社が巨額の損失を被るような理不尽な要求に応じた」
旨判示し、取締役の責任を認めました(東京高裁に差戻しされた後、損害賠償額は約583億円で確定)。

モデル助言: 
そもそも、御社が株式を公開している以上、自社株式が誰の手に渡ろうが、会社にとっては無関係な話です。
教師も警察官もヤクザも、みんな株を買える。
これが株式公開というものですから。
もっとも、金融商品取引法に違反する違法な買い占めなど買い集め段階での違法行為があったり、株主総会でルールを無視した進行妨害をするなど株主権行使段階での違法行為があれば、それは別途法律違反になりますが。
好ましくない方が株主になったからと言って慌てる必要などそもそもなく、平常心で日々の経営にあたり、株主からの必要なご要望は株主総会で聞けばいいだけです。
今回のように、株主から身の危険が迫るほど脅されたのであれば、それは経営問題ではなく刑事事件です。
取締役会で何時間話し合っても答えなど出ませんので、とっとと警察に行くべきです。
え、警察に行くのも怖いって?
それほど怖いなら、社長なんか辞めてしまえばいいんですよ。
取締役なんていつでも辞任できるわけですから。
ま、すぐに告訴状書いて一緒に警察行ってあげますから、ちょっとしっかりしてくださいよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00105_企業法務ケーススタディ(No.0059):労働基準監督署が乗り込んできた!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
グッチ・カメラ株式会社 野口 裕三(のぐち ゆうぞう、56歳)

相談内容: 
先生もご存じのとおり、わが社は家電量販店を大々的に展開しており、業績はうなぎ上りなんですが、ちょっと気がかりなことがひとつ出てまいりまして。
今年の初めあたりから、
「グッチ・カメラ池袋店従業員の残業代を払ってないだろ」
ってことで、しょっちゅう本社のほうに来ては、やれタイムレコーダーはないのか、労働組合との協定がどうしたとか、給与台帳見せろとか、あれこれ文句言ってくるんです。
でも、ウチの会社には労働組合なんてないからそんな協定などありっこないし、それに、残業代を払う払わないって話は会社と従業員との間のことで、従業員は誰ひとり文句言っているヤツいないから、当局は関係ない話でしょ。
これって、借金の問題に、いきなり行政当局が出てきて、
「お前、金返してやれよ」
って言うのと一緒で、民事に対する不当な干渉ですよ。
だから、いつも、
「うるせえ」
って一喝して、追い返していたんです。
そしたら、昨日、東京労働局っていうんですか、偉そうな連中がたくさん乗り込んできて、きちんと対応しないなら労働基準法違反で刑事事件にしますよ、って脅かされたんです。
で、さすがにちょっと怖くなって先生のところに相談に来たんですけど、残業代払わないからって逮捕されるなんてことはないですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:取締法規としての労働法
会社と従業員との関係は、労働契約という民事の契約関係で成り立っていますので、残業代不払い等も単に民事上の問題と思われがちです。
しかしながら、労働者の生活を保障する観点から労働基準法により最低限の労働条件を定められており、国が会社と従業員との契約関係に介入し、罰則の制裁を以て、企業側一定の労働基準の順守を強制しています。
一口に労働法といっても民事、行政、刑事といったさまざまな問題があります。
懲戒処分の有効性や解雇理由の有無・解雇権濫用等が純粋な民事上の問題であり、また、労働安全衛生法違反や労災隠しが取締法令順守の問題であることは明白です。
ところが、残業不払いの問題は、残業代支払い義務の存否という一見民事上の問題だけでなく、他方で取締法令遵守の問題もはらむので、やっかいです。
すなわち、労働基準法36条において義務付けられた労働協約を締結することなく法定労働時間を超えて残業させたような場合には同条違反の問題が生じますし、また法的に明らかに発生したと考えられる残業代の支払いを拒否した場合には賃金全額払原則違反(労働基準法24条違反)が生じるなど、残業問題は労働取締法令コンプライアンスも含むのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:労働基準法違反のペナルティ
従業員と前述の36協定を締結することなく、従業員を週40時間以上勤務させた場合違法残業になりますし、週40時間を超える勤務時間につき法定の割増賃金(残業代)を支払わない場合、36協定締結の有無に関わらず、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられる場合があります。
この場合、割増賃金の支払いを懈怠している人事部長等の担当者のみならず、当該不払いを放置し、必要な措置を講じなかった役員も同罪に問われる可能性があるので注意が必要です。
実際、2005年2月に、時間外賃金を支払わずに従業員にサービス残業をさせていたことを理由として、家電量販店大手Bカメラ社長ら役員8人らが労働基準法違反(割増賃金不払いなど)容疑で書類送検(刑事事件として立件する方法のひとつ)される、といった事件も起きていますので十分な注意が必要です。

モデル助言: 
最近では、従業員の誰ひとりとして文句を言わなくても、監督当局である労働局・労働基準監督署が調査介入し、刑罰権を背景に有無を言わさず法令を順守させるようになっています。
「従業員の誰も文句言っていないし、会社と従業員との内部の話だから、当局が口出しするな」
という野口社長の主張は、まず通らないですね。
グッチ・カメラさんの場合、相当過酷な残業をさせているようですから、36協定の締結は必須です。
労働組合が無かろうが、法は職場代表を選出して締結することを要請しておりますので、この点のコンプライアンスはすぐに整備しておくべきです。
残業代は基本給の25%増(休日の場合35%)となりますので、計算の際、注意してください。
残業代不払いが悪質な場合には、後日、裁判で、未払い残業代と2年分の法定利息と残業代と同額の賦課金を支払えと命じられることもあるので、放置するのは得策ではありません。
まずは労働局の職員に平謝りした上で、指導に従い、36協定を締結し、未払いになっている残業代を支払う方向で話をつけましょう。
昔のことで勤務時間の詳細な資料がないとか、職場で休日の遊びの打ち合わせをしていた従業員もいた等の事情をきちんと説明すれば、当局側とうまく話がついて、1年分そこそこの遡及払いで解決できる場合もありますので、少し作戦を練りましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00104_企業法務ケーススタディ(No.0058):ジョイントベンチャー話に踊らされるな!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ウキウキ・ホリディー株式会社 春名 亜矢(はるな あや、32歳)

相談内容: 
イェーイ、今度、ズバっと、海外進出しちゃうよ~。
ウチの会社も今までは、コテコテの大阪ローカルの旅行代理店やったけど、今度、タイの大手旅行代理店と提携することになったんよ。
え?
なんで、タイかって?
ほら、ウチの会社、昨年、ニューハーフさん向けに、タイ現地での性転換手術付格安パック旅行企画して、大当たりしたやんか。
それから、タイ結構行ってるんよ。
現地のニューハーフ仲間から紹介されて、バンコクの大手旅行代理店の社長と仲良くなって、
「ほな、合弁会社でも作って、ドカンとビジネス立ち上げよかー」
ゆう話になって、トントン拍子に話が進んで。
それで、先週、合弁会社の事業計画が送られてきたわけよ。
合弁会社の名前は「フル・リフォーム」。
やるよねぇー。
先方の会社の余っているフロアに会社作って、そこで、ホテルの手配、性転換クリニックとの連携強化、ニューハーフしか参加しないオプショナルツアーの企画開発とかやるねん。
で、投資額のところみたら、出資金は3億円やて。
言うよねぇー。
株はこっちが49%で向こうが51%。
ま、私も、お金がないわけやないし、今後タイ向の企画ドンドン作って売り込んでいきたいし。
あと、
「ウチの会社も海外展開してるんやー」
ゆうたら、ハクも信用も付くし。
ええ話やと思うんやけど、私も性別変わってから、
「ワキ甘い」
ゆわれるし、先生の意見聞いとこ、思たわけ。
で、これって、どんなん?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:合弁事業とは
ビジネスを展開していく上で、新規分野に参入したり、海外進出するような場合が出てきます。
もちろん、会社の新規事業部門が、
「事業環境や会社の経営資源等から考えて、参入してうまくいくかどうか」
「うまくいくとして、どのくらいのタイミングで投資回収できるか」
等について事前検証(フィージビリティスタティ)をした上で、
「イケる」
と判断したら、そのまま新しい分野や外国市場に突入するというシンプルな戦略もありです。
しかし、新規事業分野については調査では分からない妙な業界慣行やマーケット特有の不文律があったりしますし、海外市場進出の場合、文化や商慣習の違いによる苦戦や、外国企業参入に対する忌避感による猛烈な抵抗に遭遇することもあります。
そこで、事業進出リスクの分散・低減や既進出企業や現地企業との協力を得る目的で、複数の企業の資による新たな会社(合弁企業)を設立し、その会社に経営資源を投入して、新しい事業分野への進出が図られることがあります。
これが、合弁事業あるいはジョイントベンチャーと呼ばれるものです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:合弁事業のリスク
以上のような話を聞くと、合弁事業は非常に素晴らしいビジネス手法のように思われがちですが、実際は結構大変で、無残に失敗する例も相当存在します。
そもそも、合弁事業では、複数の企業が、複数の思惑で、ヒトやカネやエネルギーを投入しますが、
「同床異夢」
の状況が生じがちです。
加えて、海外の現地企業との合弁の場合、合弁そのものの難しさの上に、言語や文化、契約慣行等の乖離の克服という課題がのし掛かり、合弁契約締結まで参加企業の思惑の調整と文書化にエラい苦労しますし、契約をしてからも、日々文化的ギャップ克服の苦労が絶えません。
苦労が実らず、国際合弁事業が失敗した場合、その事後処理はさらに大変で、
「国際結婚破 綻後の離婚紛争」
と同じような、かつ面倒くさい修羅場になることもあります。

モデル助言: 
どうしても合弁をしたいというのであれば、こういう合弁事業の
「闇」の部分
を踏まえ、出資比率や収益の分配方法、合弁会社運営の方法(どちらの企業が、何人役員を送り込んで、どのような順番で代表取締役のポストを回していくか)、さらには合弁が行き詰まったときの株の買取や関係清算方法等、細々としたことを取り決め、これを明確に文書化した合弁契約書を作成する必要があります。
と言うよりも、そもそも、合弁なんてする必要あるんですか。
単に、当該現地企業と事業提携して、業務受託者なり代理商として動いてもらって、こちらのビジネス上のニーズを実現し、相応のフィーを払えば済むだけの話じゃないですか。
また、どうしても御社の現地オフィスを作りたいなら、先方の会社の遊休フロアを
「友情価格」
の家賃で貸してもらえばいいだけですし。
だいたい、49%の株式なんて無意味ですよ。
民主党みてくださいよ。
議員数がそこそこ多いといっても、過半数に届かないから、大臣1人も出せず、ずーと冷飯食わされてるじゃないですか。
非公開会社の少数株主の立場なんてこれと同じですよ。
見栄のためとはいえ、そんなものに3億円も使うなんてバカげてますねえ。
もうちょっと、冷静になって、考え直したらどうですか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00103_企業法務ケーススタディ(No.0057):役所のイヤガラセで申請が受理されない!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
南野帝王環境マネジメント株式会社 南野 力(みなみの りき、44歳)

相談内容: 
先生も知ってのとおり、ウチの会社は、どんな建物でも、早く、安く、ゴミもあんまり出さんと、バラすことのできる特殊な解体技術をもってる企業として、地球規模の環境問題解決に貢献しとるわけや。
ところで、大きな解体工事受注をした知り合いがいたんやけど、下請け連中とカネがらみのトラブルで、それどころやのうなった。
で、急遽ウチが大阪から解体作業員連れて、現場仕切るようになったんや。
解体ゆうても、昔みたいに簡単にいかへん。
建設リサイクル法ちゅうやつがあって、他県の現場で工事やる場合、そこでの登録がいるんや。
行政書士に完璧な登録申請書作らせて、県に持っていったら、担当のおっさん、
「県内の業者の一部から、関西のヤクザのフロント企業が県内で登録しようとしているが、行政としてきちんと対応しろと言ってきている。県としてもトラブルになるのは困るので、届出は、当面受理できない」
とかぬかしよる。
そりゃ、社員全員、声がデカくて、関西弁が流暢に話せて、目力のあるヤツや。
そやゆうても、コワイのは見かけだけで、ヤクザちゃうで。
ウチの技術があまりにも高度やさかい、要は、仕事取られると思てる県内の業者連中が、びびって妙な工作しとるねん。
わしも
「わしらヤクザちゃうで。あんたら誤解しとるんや」
ゆうたけど、
「県内の業者と話し合いができたら、再度お越しください」
の一点張りや。先生、どないしたらええ?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:行政が許認可を出し渋る際の遣り口
ビジネスを進める上で、行政から必要な許認可を取得するため申請や届出を行う場合があります。
設例の南野帝王環境マネジメント社(以下、「南野社」と言います)も、建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(以下、「建設リサイクル法」と言います)21条に基づき、県に解体工事業者の登録申請を行っているわけです。
申請があった場合、県側は、申請書の記載不備の有無等の形式的審査を行い、申請を受理するかしないか、の判断を行わなければなりません。
もし、県が、形式的に不備がないにもかかわらず不受理とした場合、南野社は、不受理処分取消を求めて行政訴訟を提起することになります。
しかしながら、設例の県職員のやり方は実に巧妙で、終始、
「登録申請書を持ち帰ったのは、あくまで南野社の自主的判断」
という形にしております。
これは、後日、
「形式的に不備がないにもかかわらず、屁理屈こねて不受理にしたのは問題だ!」
ということを言われても、
「申請書の受理を拒否したって? とんでもない。県としては、『県内の業者の皆様といろいろとお話し合いをなさってからお越しになったほうがいいんじゃないですか』と助言しただけで、南野社が勝手に届出書をお持ち帰りになっただけですよ」
との逃げ口上で責任回避できるようにしているわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:行政指導
行政側の
「われわれはあくまで助言しただけ。
南野社が助言を聞き入れて勝手に申請書を取りやめた」
との言い種は、行政指導という手法によるものです。
行政指導は、上品に表現すれば
「行政機関が権限の範囲において行政目的を達成すべく市民に行う勧告、助言等であって処分でないもの」
等といわれますが、端的に言えば
「権力を背景に無言の圧力で市民を従わせる」
ものです。
行政指導は、設例のケースのようなものだけでなく、建築行政、金融行政、運輸行政、医療保険行政等、行政の許認可を要する事業活動を展開する際に広く活用されており、中には不当な指導が行われる場合もありますので、注意が必要です。

モデル助言: 
ヤリ手の南野さんも、クレバーな役人のやり口にすっかりやり込められてしまいましたね。
とはいえ、このまま、放置すれば、ビジネスは止まったままで、損害も大きくなるばかりですし、ちょっと工夫が必要ですね。
申請書は、別に県に持参する必要などありません。
県知事宛に書留で送っても申請行為としての効力に影響ありません。
申請書送付と同時に、県知事宛に
「本日、別便で解体工事業者の登録申請を送付したので、受理されたい。申請書自体は、一切の不備が見当たらないので、まさか不受理ということはないと思うが、仮に不受理という不利益取り扱いをされる場合は、行政手続法に基づく所定の処分を行われたい。なお、先般、申請受理に当たって『県内の業者と話し合うこと』を受理の条件として求められたが、当方としてはどのような行政目的達成を企図した指導なのか全く理解できない。貴庁があくまで行政指導を実施される場合、行政手続法35条2項の定めに従い、指導内容を示した文書を交付されたい」
という趣旨の内容証明でも出しておきましょうか。
県の役人も、自分のクビを懸けて不受理処分をしたり、文書で行政指導するだけの根性もなく、権力を背景にちくちくイヤミを言いたいだけですから、すんなり、受理してくれるでしょう。
行政とケンカするなら、行政手続法をうまく利用して、スマートにするべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00102_企業法務ケーススタディ(No.0056):ウマいMBO話に惑わされるな!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社オーケーレストラン 大橋 清(おおはし きよし、74歳)

相談内容: 
当社は、株式公開してもう20年になりますが、株式公開当時は、バブル真っ盛りで、公開のお陰で大卒の優秀な従業員も来てくれるようになりましたし、新規開店資金を調達するのにいちいち銀行に頭下げなくてよくなりました。
ですが、もう、株式公開を続けるのがつらくなってきました。
ファミリーレストランの業界も市場が飽和状態になったのか、当社の成長も鈍ってきて、その度に小うるさい投資家が騒ぐので株主総会でぐちゃぐちゃ弁解しなければならず、加えて、昨今の公開市場における各種規制強化や、業界再編の動きに合わせた敵対的買収の動きやら騒がしくなってきて、気ままに経営できなくなってきました。
それと、競走馬を何頭か買う予定があったり、ロサンゼルスで不動産投資したいので100億円ほどカネがいるのですが、私の保有株は市場で一気に売却するのは困難ですし、昨今の市況の悪化で銀行も株担保融資をしてくれず、困っています。
そうしたところ、外資系のゲルマン証券からMBOをしてはどうか、という提案が舞い込みました。
ゲルマン証券が集めたカネでTOB(株式公開買い付け)をして上場廃止し、経営自由度を高めて体制を建て直し、その後、同業他社に売るなり、再上場するなり、別のファンドに転売したりする、っていう話です。
うまい話といえば、うまい話ですが、どんなもんなんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:MBO
MBOとは、マネジメント・バイアウト(Management Buyout)の略です。
英語で表現すると、何だか、物すごく斬新で高尚なことをやっているように思われがちですが、日本で昔からある「暖簾(のれん)分け」のようなもので、要するに雇われ社長がオーナーから株を譲ってもらって独立するという話です。
中小零細の非公開企業であれば、簡単に実施できるのですが、株式公開企業の場合、厄介で面倒です。
すなわち、MBOは、社長をはじめとした経営陣が、会社のオーナーである株主から株式を買い受けることにより行われますが、金融商品取引法上、一定割合の株式を買い集めるにはTOBの方法によらなければなりません。
このTOB価格をいくらにするかは重要な問題で、あまり安い価格でTOBをやろうとすると、ライバル会社や抜け目のないファンド筋からカウンターTOBを仕掛けられる可能性があります。
加えて、高値で購入した株主がTOBに応じず、MBO実施後の最終的な追い出し(スクイーズアウト)の場面でグズグズ言い出し、買取価格を巡る訴訟トラブルに発展する場合もあります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:MBOの実態はオーナーチェンジ
さらに大きな問題は、MBOで株式を買い受ける場合、会社の経営陣に株式を買い受けるだけの財力がなくファンドの力を借りないとMBOができない、ということです。
もちろん、ファンド(実際には、ファンドを組成し、運営を取り仕切る金融機関)は、MBO実施までは、
「経営の自由度が増す」
「上場維持にまつわるさまざまな負担からの解放」
等、経営陣に上場廃止後のバラ色の未来を語ります。
ですが、上場を廃止し、会社の株式の大半をMBOファンドが掌握した瞬間、事情は一変します。
新しくオーナーとなった
「金と数字にシビアな投資家連中」
は、経営陣に対し
「『経営の自由度が増す』といってもあくまで一定の経営成果を出した上での話であり、ファンドの意向を無視して好き勝手できるわけではない」
ということを言い始めるのです。

モデル助言: 
「いったん、株式公開して一般大衆からカネを集めておきながら、株主総会とかが面倒だから非公開に戻って好き勝手やりたい」
なんて虫のいい話。
世の中それほど甘くありませんよ。
MBOだなんだかんだ言ったところで、ファンドの力を借りる以上、大橋さんは相変わらず
「雇われ経営者」
にすぎず、奉仕するオーナーが
「そこらへんのオトーサン、オカーサン株主」
から
「目つきの鋭いプロの金貸し」
に変わるだけです。
今までは、年に1回の株主総会で
「経営のことをよく知らず、的外れのことしか言わない零細株主」
の嫌みに耐えればよかったのが、
「数字にうるさく、スキあらば株主権を行使してたちまち首をすげ替える、殺気だった投資家」
が新オーナーになるわけですから、それこそ、
「毎日が株主総会」
というくらい緊張した経営を強いられますよ。
気ままに経営したいなら、むしろ今のままのほうがかえって気楽なはずです。
逆に、これを機に保有株を換金して、リタイアするというのであれば、
「TOBの際にすべての保有株を売り払う」
ことを絶対条件として、ファンドの話に乗っかればいいだけです。
「リタイアしつつも、経営にやや未練がある」
というのであれば、
「雇われ社長」
として相応の報酬とストックオプションをもらって経営を続けられてはいかがでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00101_企業法務ケーススタディ(No.0055):アメリカで懲罰的賠償判決を食らってしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社スターダスト・ブレイカーズ 専務 武下 大五郎(たけした だいごろう、30歳)

相談内容: 
先生、チョリース。
てゆーか、ぶっちゃけ、オレ、ガチで困っちゃってんすけど。
ウチの会社、バブル絶好調だったおじいちゃんの代に、アメリカに進出しようとしたんすよ。
現地のコンサルタントから、
「その州で工場とか建てると、州の税金が無税になる」
とかノリノリなこと言われて、それで、おじいちゃんもノリノリになっちゃって、デカい土地を借りる仮契約結んだんですよ。
このコンサルタントは完全インチキで、税の優遇の話は最初からナッシングで、あと、工場近辺の道路がシャビーで、製品が港まで運べなかったらしいンすよ。
で、土地賃貸借契約をキャンセルしたら、今度は、地主から
「詐欺だ」
とか言われて訴えられちゃって、現地の弁護士に依頼してがんばったんですけど、裁判ではボロ負けしちゃって。
判決ではキャンセルとかで迷惑掛けた10億円のほか、懲罰的賠償つうんですか、そんな余計な債務が30億円もくっついてきちゃって、それで、おじいちゃん、今は会長になってんすけど、超ブルー入っちゃって、寝込んじゃって動けないんすよ。
今、相手の弁護士から、
「日本で強制執行して、お宅の本社ビルとか根こそぎ取り上げてもいいけど、いろいろ手間がかかるから、40億円だけ払ったらあとは負けてやる」
とか手紙が来て、それで、孫のオレに、
「鐵丸先生に交渉してもらって、分割とかにしてもらってくれ」
って伝言ことづかって来たんすよ。
てゆうか、ぶっちゃけどうなんすか、これ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:懲罰的損害賠償
懲罰的損害賠償(punitive damages)とは、アメリカやイギリス等のコモンロー体系の国の法制度で、不法行為に基づく損害賠償請求事件において加害者側の非違性が強い場合に、一般予防目的(加害者に懲罰を与えて、将来の同様の行為を抑止する目的)の観点から、実損害の塡補としての賠償(補償的賠償)に上乗せして支払うことを命じられる高額の賠償のことです。
懲罰的損害賠償は、日本企業のアメリカ進出が盛んだった頃、アメリカの法体系の不気味で恐ろしい部分として企業関係者の間で有名なものでした。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:日本の最高裁はアメリカの懲罰的賠償判決を完全無視
アメリカの裁判で敗訴して損害賠償債務が確定した場合、無論、判決に基づいて強制執行され、これに基づいてアメリカ国内の被告企業の資産が取り上げられてしまいます。
ところが、被告企業が既にアメリカを引き揚げ同国内にまったく資産を持たない場合、原告側としては、日本まで追っ掛けていき、日本国内の被告企業資産に強制執行しようとしますが、これが実は一筋縄ではいきません。
アメリカで獲得した英文の判決書を、裁判所の執行受付に持ち込んで、
「すぐに強制執行してくれ」
とわめいたところで、何が書いてあるか不明な英語の紙切れを片手に強制執行を求める人間など、裁判所は一切相手する必要はありません。
裁判所は、
「外国判決に基づき日本国内で強制執行したいのであれば、当該判決を承認し、これを執行する旨の判決を日本の裁判所で取ってきてから、出直してこい」
と冷たくあしらうだけです。
アメリカの判決が日本で無条件に承認・執行されると考えるのは、大間違いです。
裁判も国家主権の行使である以上、日本の裁判所としては、外国の裁判所の判決で気に入らない部分があれば、一切無視できます。
実際、懲罰的賠償責任を含むアメリカの判決の承認・執行の是非が争われた事件(萬世工業事件)で、最高裁は、
「見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しない」
として、
「補償的賠償責任を超える懲罰的損害賠償責任に関しては、日本での強制執行は認めない」
旨判断しています。

モデル助言: 
相手方代理人の法律事務所は、多国籍展開しており、日本でも提携の事務所があるようですから、当然萬世工業事件判決を知っているんでしょうね。
だから、もし、本気で我が国で強制執行しようとしても、せいぜい10億円部分の賠償部分しか強制執行できないことは重々分かっている。
その上で、こちらの無知につけ込み、
「40億円にまけてやる」
とのオファーを出してきているんでしょうが、こんなの慌てて応じる必要はない。
取りあえず、先方の弁護士には、当事務所が交渉代理人に就任したことを知らせ、その手紙で、萬世工業事件判決を引用しつつ、
「貴国の裁判で負けたとはいえ、日本での承認・執行裁判でリターンマッチの機会がありますので、当方としては徹底的に戦うつもりです。
東京地裁でお会いしましょう」
とカマしておきます。
日本の裁判がそこそこ時間がかかることは相手も知っているはずですから、そのうち音を上げて補償的賠償10億円前後での早期解決を内容とする和解条件を受諾するかもしれません。
ま、思っているよりも安く解決できるかもしれませんので、ブルーになっちゃっているおじいさんにも元気を出してもらってください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00100_企業法務ケーススタディ(No.0054):カルテルの疑いを晴らせ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社名倉化学 名倉 懸壱(なくら けんいち、56歳)

相談内容: 
この前、
「原油高を考えるケミカル業界トップの会」
という新しく設立された業界の会合に出てきました。
当社は独自路線でやって参りましたし、私は業界の重鎮とは反りが合わないので、これまで業界のお付き合いはあまりしてこなかったのでが、このところの原油高はかなりひどい状況でして、業界全体としても何らかの取組が必要と考え、参加することとしたんです。
会合に来ていたのは10社程度。
参加者は社長クラスで、外資系証券会社の方のお話を聞くという程度のものでした。
無駄だったかな、と思っていたところ、反省会という名の食事会に誘われ、そこで、話題が価格カルテルの話になってきて、しかも、
「カバンの素材として使われる高品質のポリプロピレン材料の価格を一斉に値上げしよう」
なんて話になってきた。
ま、そりゃ、
「和を以て貴しとなす」
も重要ですが、今のご時世、カルテルが違法行為であることくらい、私でも知っていますよ。
こりゃいかん、と思い、早々に抜け出してきました。
そしたら、後日、会合参加企業が続々と値上げを始めたんです。
取締役会では、副社長が
「わが社は協定を結んでいないから、カルテル参加企業ではない。
『原油高で苦しかったので、かねてから値上げを考えていた』という理由で、わが社も便乗して値上げしましょう」
なんて言い出し、役員全員賛成しています。
とはいえ、心配なんで、取締役会では継続審議として、先生の意見も聞いてみようと思った次第なんです。
大丈夫でしょうかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:不当な取引制限行為(カルテル)
独占禁止法2条6項は、
「事業者間の共同行為で、相互に当該事業者の事業活動を拘束するものであって、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限する行為」
を禁止しています。
要するにカルテルや談合はイカンということですが、この
「イカンとされる理由」
がピンと来ないため、多くの企業がカルテルや談合に安易に手を染めてしまいます。例を用いて説明します。
オリンピックの100m競争をイメージしてください。
ある国が何がなんでも確実に金メダルを取りたいという場合、
(A)最終ランナー全員を当該国の国民にしてしまう
(B)最終ランナー同士の話し合いで当該国のランナー がトップでゴールできるよう競争をやめる
(C)当該国のランナーが自分の前を走る選手の足を引っ張ったりつかんだりして転ばせてしまう
ことが考えられます。
こんなことは競技の意味をなくしてしまうので、ダメに決まっていますが、独占禁止法も、同じ理念の下、市場での公正な競争を促すため、
(A)を私的独占とし
(B)をカルテルとし
(C)を不公正取引として
それぞれ禁止しているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:価格引き上げ追随行為の違法性
独禁法が禁止しているカルテルは、事業者間の
「協定」
であり、何らかの話し合いが想定されています。
逆に言えば、本ケースのように、
「話し合いが始まってすぐに逃げ出し、協定自体に参加せず、同業者が実施したカルテルに一方的に便乗する行為」
は問題なさそうにも見えます。
しかしながら、商品価格の協調的価格引上げにつき黙示の意思の連絡による共同行為が存在したか否かが争われた事件で、東京高等裁判所は、
「特定の事業者が、他の事業者との間で対価引上げ行為に関する情報交換をしたような場合には、特段の事情が認められない限り、事業者間に協調的行動をとることを期待し合う関係があり、『意思の連絡』があるものと推認される」
という趣旨の判断を下しています。
本ケースにおいても、会合に参加した名倉化学が価格引き上げに便乗したら、原則として違法と判断される可能性が高いと言えます。

モデル助言: 
予防的観点から言うと、
「李下の冠」
「瓜田の靴」
の故事のとおり、明らかにヤバそうな会合には参加しないことでしょうね。
正式な事業者団体の会合であっても、法律に
「事業者団体自体が独禁法違反主体となる」
に明記されている以上、油断は禁物です。
本件に関してですが、情報交換の途中から抜け出し価格引き上げに追随した場合であっても、ダメというのが裁判所の判断である以上、便乗値上げはやめといたほうがいいでしょうね。
「(カルテルがあったからではなく)原油高のため、値上げさせていただきます」
という言い訳も、
「じゃあ、なぜわざわざこの時期を選んで値上げをしたのか」
という問いには答えられないでしょうし、やはり言い訳にも限界がある。
いっそのこと、御社のみ価格を据え置いてみられてはどうでしょうか。
100m競争の例でいうと、他のランナーが一斉にダラダラ歩き始めたわけですし、こんな連中ほっといて、全速力で走り続け、先頭切ってゴールするのが正しい競争の姿です。
あと、公取委は密告大歓迎ですから、タレ込みを平行して行い、カルテル自体を排除してもらうのもいいでしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00099_企業法務ケーススタディ(No.0053):販売価格を拘束せよ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社メガ・フェロモン 好下 艶子(すきもと つやこ、39歳)

相談内容: 
当社が取り扱うフランス製輸入下着
「マダム・エロス」
シリーズは、大手百貨店や当社認定代理店にしか卸していません。
当社認定代理店は全国で80カ所ほど設けておりますが、いずれも各都市のファッション街といわれるところに出店し、当社のイメージに合った高級感あふれる店舗外観を備えていただき、フィッティング・コーディネーターと呼ばれる認定販売員を常時在店させられるところに限って、代理店として認定しております。
この下着は、超高級感を売り物にしているので、ディスカウントショップに並ぶと、ブランドイメージが崩れてしまい、事業モデルが崩壊してしまいますので、流通管理は非常に苦労しました。
苦労の末、全国的な流通がようやく出来上がったと思ったら、先月、大手ディスカウントショップ
「ドン・ドン・ドキュン」(「トリプルD」)がマダム・エロスを格安で販売し始めたんです。
トリプルDがどういう流通経路で入手したか不明ですが、パッケージが日本語での表記ですし、国内卸商や国内代理店のどこかがひそかに卸しているものと思われます。
当社としても、これ以上見過ごすことはできませんので、来月の代理店大会の際、代理店や卸業者との契約を
「値引き販売しない。
認定フィッティング・コーディネーターが常時在籍する店にしか卸してはらならない。
また、ディスカウントショップ等には卸さない」
という内容を盛り込んだものに変更させようと考えています。
先生、契約書の改訂をお願いしてよろしいかしら。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:価格拘束の禁止
自由で公正な競争状態を維持することによる健全な市場経済の発展を目的とする独占禁止法の理念から言うと、モノの値段というのは、市場参加者間のガチンコ競争で決まるものであり、特定の誰かが有無を言わさず一方的に値段を決めるのは競争制限的であり、実にケシカラン行為ということになります。
このような観点から、流通業者に一定の商品価格を順守させたり(価格拘束行為)、あるいは卸先のそのまた卸先の販売店の価格を拘束したり(再販売価格拘束行為)する行為は、独占禁止法上、違法とされています(一般指定12項)。
最近では露骨でドギツイ価格拘束行為こそ影を潜めましたが、価格拘束を守らない業者には取引量を制限したり値引きを拒んだり、あるいはきちんと守る業者だけにリベートを支払ったり、といったソフトな拘束行為は根強く残っています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:専門販売員による対面販売義務づけ
次に、販売の「方法」面についても
「ディスカウントショップに卸してはいけない」
する行為が、独占禁止法に抵触する場合があります。
例えば、高級化粧品卸販売する際、
「専門販売員による対面販売ができる店以外に卸してはいけない」
という拘束を課すことがありますが、これが独占禁止法に違反するか否かが裁判で争われました。
最高裁平成10年12月18日判決は
「義務付けられた対面販売は、付加価値を付けて化粧品を販売する方法であって、化粧品という商品の特性に鑑みれば、顧客の信頼を保持することが化粧品市場における競争力に影響することは自明のことであるからそれなりの合理性がある」
という趣旨の判断をしています。
この判例を、
「対面販売は完全自由」
と言い切ったと解釈するのは早計であり、
「『それなりの合理性』がない対面販売の強制は独占禁止法に違反する」
との前提で取引構築すべきと思われます。

モデル助言: 
確かに、下着なんて、
「布キレ一枚にバカ高い値段を付けて売る、高付加価値商品の最たるモノ」
ですから、安売りされたらたまったもんじゃないですね。
とはいえ、独占禁止法を無視して川下の流通をがんじがらめに規制すると、これまた問題になる。
いずれにせよ、慎重な取引設計が必要です。
販売価格を拘束したり、
「ディスカウントショップなんて理由の如何を問わずNG。こんなところに卸したら理由を問わず即ペナルティ」
という仕組みは、販売方法の不当な拘束に該当する可能性があります。
他方、
「ブランドイメージの保持や正しいサイズや着用法を伝えるため」
という大義名分の下、専門販売員による対面販売を義務付けることは合理的な拘束と言えなくもありません。
ですので、
「合理的対面販売を拘束条件として契約設計し、結果として、対面販売条件をクリアできないトリプルDに卸せなくなった」
というシナリオはアリでしょうね。
と言いますか、完璧な価格統制をしたいのであれば、委託販売に切り換えればいいのです。
委託販売だと価格決定権は委託者が掌握しますし、現に委託販売と直営販売による販売展開をする高級アパレルメーカーは強力な価格統制を実現しています。
今まで
「売り切り・在庫なし」
の現在の身軽な経営スタイルからすると、無論、面倒な管理が増えますが、長期的課題として取り組まれてはいかがでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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