00136_企業法務ケーススタディ(No.0091):勘違いによる取引を無効にできるか?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
豹金属(ヒョウキンゾク)株式会社 社長 村上 正一(むらかみ しょういち、54歳)

相談内容: 
こんなんで代金請求されても、ワシはビタ一文払いませんで。
ほんなもん、当たり前でっしゃろ?
思てた話と全然ちゃいますやん、コレ。
ウチは、広告出す予定の企業リストを確認させてもろた上で、金属加工業者はウチだけやゆうことでナニオ・ユー社の年刊誌
「サタデーナイト8」に広告出したんや。
それがやで、出来上がってきたもん見たらビビったわ。
ライバル会社の善印州(ゼンインシュウ)合金株式会社が、ドゥーン! ってウチよりデッカい広告出しとるがな。
こんなん、ウチが善印州合金に負けとるみたいで、かえってイメージアップどころか、信用ガタ落ちですわ。
わざわざ高い金出して広告打った意味あらへんがな。
ウチかて黙ってられへんよって、早速、ナニオ・ユー社の担当者を呼び出したら、
「『ライバル会社の広告が載ってるから広告代金は支払えない』などといわれても、そんな話は聞いてませんでしたし、広告自体には全く問題がないわけですよね」
なんていいよりますねん。
確かに広告自体は問題あらへんけど、ウチは
「金属加工業者はウチだけ」
ゆうことを重視してましたんや。
善印州合金も一緒に広告出すんやったら、そもそも契約なんかしまへんがな。
えらい勘違いやで。
こんなんもん、あかんあかん。
契約無効ですわ。
そやさかい、絶対カネ払いまへんで。
ナニオ・ユー社から請求書来たら、先生のほうであんじょうやっとったってください。
たのんますわ、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:錯誤による無効とは
私法の世界では、
「人は自らの意思に基づいた約束にのみ拘束される」
というのが原則です。
この原則に照らせば、
「勘違いによる契約」
は、自分が思ったこととは違うわけですから、
「自らの意思に基づいた約束」
とはいえませんので、その人はその契約に拘束されないことになります。
そこで、民法95条本文は、
「法律行為の要素に錯誤があったとき」、
つまり、
1 その勘違いがなければ契約を締結しなかったといえる場合で
2 通常人の基準からいっても(一般取引の通念に照らしても)その勘違いがなければ契約を締結しなかったことがもっともであるといえる場合には
「錯誤による契約」
として無効となる旨が規定されています(錯誤による無効)。
本件の場合も、
「ライバル会社の広告が一緒に掲載されるとは思わなかった」
という勘違いがありますので、錯誤があったと言えそうに思われます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:動機の錯誤
ですが、見方を変えてみると、ナニオ・ユー社側の
「そんな話は聞いてない」
という言い分にもなるほどと思わせるところがあります。
たとえば
「雑誌広告を出すつもりが、間違えてテレビCMを契約してしまった」
というならまだしも、
「サタデーナイト8に広告を出すつもりで契約し、契約に書かれているとおりに広告が掲載された」
のだから、契約自体には何の勘違いもなかったといえそうです。
ナニオ・ユー社にとっては、
「ライバル会社が広告を掲載するんだったら、オレはヤだ」
なんて、契約内容とは別個の背景事情に過ぎず
「知ったこっちゃない」
ことなのです。
このように、
「契約の内容自体には勘違いがないものの、契約しようと思った背景事情に勘違いがある場合」

「動機の錯誤」
と言います。
そして、判例は、
「動機の錯誤」
について、勘違いしてしまった者と契約の相手方との利益を調整するため、
「その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となった場合」
には契約が無効になるとしています。
本件であれば、
「広告を掲載する金属加工業者は豹金属社だけ」
という条件が契約の相手方であるナニオ・ユー社側に(黙示的にでも)表示されていた場合には、契約が無効となるわけです。

モデル助言: 
本件の場合、契約書には、
「他の金属加工業者の広告は掲載しないこと」
といった条件は特に書かれていませんね。
口頭で説明していたかどうかは水掛け論になってしまうことも多く、立証が困難でしょう。
とはいえ、御社は、契約締結の際に、
「広告を掲載する予定の企業リスト」
の提示を要求していたようですから、この点に関するメールのやり取り等をよくよく調査すれば、ナニオ・ユー社に御社の意図を暗に伝えていた痕跡があるかもしれません。
これをもって、
「黙示的に表示していた」
ことを主張することも不可能ではないかもしれませんので、あえて支払いを拒否して、相手方の訴訟を提起させ、泥試合に持ち込み、クリンチを連発して相手を疲弊させ、多少なりとも減額してもらうような和解解決を目指してみましょうか。
今後は、こうした強い動機があるなら、必ず契約書に条件として明記しておくべきですね。
自分が当然と思っていることでも、相手方にとっては
「想定外のこと」
であることは少なくなく、以心伝心に頼ることは取引社会では御法度です。
また、言葉で伝えただけでは立証が困難な場合がほとんどですから、書面に残すことも大切ですかね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00135_企業法務ケーススタディ(No.0090):名板貸の危険

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ウルフーズ株式会社 社長 松本 東達(まつもと とうたつ、年齢非公表)

相談内容: 
きましたよ、きましたよ、振り込め詐欺。
株式会社オバンザイとかいう会社から
「調理機器の代金として1500万円を振り込め」
なんて請求がきたんですが、当社は、そんな会社見たことも聞いたこともありません。
もちろん、取引実績なんて一切ありません。
ところがどっこい、オバンザイ社は
「御社の大阪工場に調理機器を納入したが、数日後に訪ねたら“もぬけのから”で、工場長にもまったく連絡がつかない。
御社の工場なのだから、御社の本社のほうで代金を支払ってもらわなければ困る」
って強硬に請求してくるんです。
確かに、当社のレトルト食品の製造委託先である大阪の零細食品工場がちょっと前に
「箔付け」
のため、ハッタリで「ウルフーズ大阪工場」なんてドデカイ看板を出してたことは知ってましたが、ま、ウチも黙認していましたよ。
とはいえ、大阪の工場は、合名会社か何かがやってて、当社とは全く別の事業者です。
そんなこと、ちょっと調べれば誰でも判りますよ。
「他人の買い物の代金を、ウチが支払わなくちゃならん道理はないでしょう」
と言ってやったら、オバンザイ社は
「たとえ別の事業者であったとしても、『ウルフーズ大阪工場』という名称を使用させていたのだから支払う責任がある」
なんてヌカすんです。
そんなバカな話がありますかね。
こんなの架空請求の振り込め詐欺ですよ。
警察に告訴したいと思うんですが、ついてきてもらえますか、先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:名板貸とは
江戸時代においては
「連座制」
なんて制度があり、自分に責任がなくても他人のケツを拭かされるということが当たり前のようにありましたが、近代法制においては
「人は自らの意思に基づいた約束にのみ拘束される」
というのが基本的な考え方であり、
「自らが合意したものでない限り、他人が勝手に締結した契約に拘束されることはない」
というのが原則です(私的自治の原則)。
とはいえ、取引社会を円滑にするためには、この原則を貫くと不都合な場合があり、
「取引社会において紛らわしい外観が存在し、これを信頼して取引してしまった第三者が損害を被ろうとしている場合、外観作出に責任のある者がケツを拭くべき」
とのルール(「外観法理」といいます)が登場しました。
たとえば、会社法第9条は、
「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社と取引しているものと誤信した第三者に対し、商号使用の許諾先である他人とともに連帯して、その取引によって生じた債務を弁済しなければならない」
と規定しています。
「自社と誤解されるような紛らわしい商号の使用を許したのはテメエなんだから、商号使用者の不始末はテメエがとれよな」
というわけです。
なお、
「自己の商号の使用を他人に許諾すること」

「名板貸(ないたがし)」
と言い、商号使用の許諾元を
「名板貸人」、
許諾先を
「名板借人」
と呼びます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:名板貸人の責任が発生する要件
では、名板貸人は、どのような場合に、名板貸人の責任を負わされることになるのでしょうか。
自らの意思に基づいて約束を交わしたわけではない名板貸人に、私的自治の大原則を修正してまで、本来他人であるはずの名板借人が勝手に背負った債務まで弁済させるという重い責任を発生させるわけですから、それなりの要件が要求されます。
すなわち、
(1)虚偽の外観の存在(名板借人による商号の使用)
(2)当該外観への信頼(第三者が名板借人を名板貸人であると信じたこと)
(3)当該外観作出についての名板貸人の帰責性(名板貸人が自己の商号を使用して事業を行うことを自ら許諾していたこと)
という要件が必要となります。
たとえば、(2)第三者が名板貸人と名板借人とが別の業者であることを知っていた場合や(悪意)、普通なら誰でも気付けた状況なのに気付かなかったような場合(重過失)には、第三者側の落ち度ですから、名板貸人に責任は発生しません。

モデル助言: 
御社の場合、大阪の町工場が勝手に御社の商号を使用していたのを放っておいただけであり、ウソの外観作出を積極的に認めたわけではありません。
ですが、法律の世界では
「黙示の承諾」
なんていうやっかいな理屈がありまして、
「名板貸人が、商号使用を明確に許諾していなくても、名板借人による使用の事実を知っていて放置していたような場合には、紛らわしい状況を信じて泣かされた第三者とのバランスにおいて、黙認は許諾したも同然」
ということで、名板貸人の責任が発生する場合があるんです。
御社は、大阪工場による商号の使用を知りながら放置していたという経緯があるので、名板貸の責任を回避できない状況ですね。
とはいえ、むざむざ引き下がるのも悔しいですから、大阪工場が別事業者であることは地元では有名だったようですので、オバンザイ社も知ってて当然であったとの反論を準備しましょう。
早速、
「看板はウソのハッタリであることは地元で有名であった」
という陳述に協力してくれる地元関係者の抱き込みにかかりましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00134_企業法務ケーススタディ(No.0089):発明技術者が裏切った!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
セラセラ株式会社 社長 ウワバミ エミコ (うわばみ えみこ、年齢非公表)

相談内容: 
先生先生、大変なんですわ。
うちがちょっと前から売り出してる主力商品のタッチパネルが、マネされそうなんです。
このタッチパネルですけど、ずいぶん昔に、流行るかもと思いついて、辻元ゆう奴に開発させる業務命令を出して以来、とんと忘れとりました。
ゆうてもねぇ、小さい画面でこまい文字なんて打っとられませんやろ?
最初は売れへんと思うたんやけど、新製品が何も出てこうへんかった3年前に、しゃーないから、これでも売り出そかってなりましてん。
そしたら、意外にも引き合いが多いもんでしてな、物好きもおるでぇと斜に見とったら、これがまたどんどん売れよる。
こんな経緯ですわ。
そしたら、去年の秋に、辻元がライバル会社の小藪電機に転職しよって、もうウチの社内エラい騒ぎやったんです。
それだけでもエラい話やのに、今度は、業界の噂で、辻元の行った小藪電機がウチと同じタッチパネル売り出すゆう話になっとるんですわ。
で、この前、辻元に
「あんた、なんや心得違いしとんちゃうか。
あんたが発明しとったときに給料払っとったんはウチやで。
ええ加減にしいや」
って説教したら、
「何ゆうてんねん。
就業規則もロクに作ってないような会社がアホぬかすな。
特許法読んでみいや。
特許はオレのもんやで、お前の会社はお情けで使わしてもらってる立場なんやぞ」
って逆ギレですわ。
ま、確かに、ウチは東大阪の町工場の時代から経営管理は適当にやっとりましたし、就業規則なんてあったかどうかもようわかりません。
せやけど、これはあまりにもヒドすぎます。
小藪電機の販売、止められませんやろか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:職務発明
特許を受ける権利は、発明を自ら行った者(発明者)に与えられるのが原則であり、法人は発明者にはなり得ないとされています。
したがって、当該発明を自ら行った者が特許申請を行い、特許権を取得するのが通常です。
しかしながら、発明はその技術が高度であればあるほど多大な費用が必要となります。
そして、通常、企業などに所属する従業員などは、所属先の研究設備等を最大限に利用して発明を行うわけですから、もし、法人が当該発明を使用できない、特許権を取得できない、とするならば、莫大な費用を投じた企業等は、投資に見合った収益を得ることができなくなってしまいます。
そこで特許法は
「職務発明」
という制度を設け、ある発明が職務発明に該当する場合には、発明者たる従業者と使用者の双方に一定の利益を付与し、両者の利益調整を図っています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:職務発明を企業のモノにするためのハードル
企業が職務発明を自社のモノとして専有するにはいくつかハードルがあります。
まず前提として、職務発明に該当するためには、
1 企業等に雇用される従業員が、
2 その業務の範囲内において行った発明で、
3 現在または過去の職務に属する発明である必要があります(特許法35条1項)。
当該企業等に雇用されていない委託先の別会社の従業員が発明しても職務発明とは言えませんし、製薬会社の従業員が
「高性能モニター」
を発明しても、
「業務の範囲内の発明」
ではありませんし、また、製薬会社の人事担当が
「ガンの特効薬」
を発明しても
「現在または過去の職務に属する発明」
ではないので職務発明には当たりません。
「職務発明」
に該当すると、企業としては、タダで当該発明を実施する権利を取得します(特許法35条1項、通常実施権)。
ですが、その権利では、設例のように発明をした従業員が他社に実施を許諾し、類似製品が販売されたときに、これを差し止めることまではできません。

モデル助言: 
今回の発明は、従業員である辻元が過去の業務命令を契機に完成させたものですから、職務発明に該当することは間違いありません。
ただ、それだけでは、御社が当該発明の通常実施権を取得するにすぎず、辻元のいうとおり、
「(特許法35条1項という法令の)お情けで使わしてもらってる立場」
としかいえず、小藪電機の販売を差し止めることはできません。
小藪電機の販売を差し止めるためには、御社が職務発明に基づく特許権を専有する必要がありますが、そのためには、特許法35条3項にいう
「権利承継の定め」
が必要となります。
御社は
「町工場時代から就業規則を放ったらかしにしていた」
ということなので相当難しい状況ですが、まずはこの点をチェックしてみましょう。
万が一、権利承継の定めがあったとしても、今度は相当の対価を支払わなければならず、この点でも額でモメるの必至ですし、トラブルは覚悟してもう必要がありますね。
いっそのこと、周辺技術を洗い出してみて、そちらで有望な発明を特許出願されたらいかがですか。
辻元の発明部分というのが商品全体で利用している技術の一部に過ぎない場合、周辺技術を抑え、封じ込め作戦で辻元発明部分を希釈化することも考えてみましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00133_企業法務ケーススタディ(No.0087):債権差押命令がやってきた!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
FUJIMON商事株式会社 代表取締役社長 藤原 本史(ふじわら もとし、39歳)

相談内容: 
先生、裁判所から、債権差し押さえ命令なんていう、オドロオドロシイものが送られてきました!
ウチで去年から取締役として働いてもろてる西原というヤツがいるんですが、どうやら
「西原のウチの会社に対する取締役報酬債権を差し押さえる」
ちゅう内容らしんですわ。
よう話を聞くと、西原が、昔、会社やってる友達の保証人になって、その友達がトンズラこいたから5千万以上の借金背負ってしもて、それで西原が差押えられた、ゆうことですねん。
「西原の役員報酬を、西原やのうて、金貸しに払え」
ちゅうわけですわ。
西原はウチで1日も休まず一生懸命頑張って働いとりますし、西原の上の男の子が有名私立に合格したらしく、西原は、ウチからの報酬をあてに生活設計をしとります。
それに、自分がこさえた借金やのうて、保証人になっただけやないですか。
西原が役員報酬を召しあげられたら、一生懸命勉強してる西原の子どもも大変になりますし、第一、こんなん人道に反しますよ。
一緒に封筒に入っていた陳述書とか何とかゆう紙に、
「西原に対して払とる取締役報酬債権の額とかを書け」
とかってことが書いてありました。
こんなん適当でいいんでしょ。
ま、少なめに書いといて、あんじょうやりますわ。
現金で払ったら、バレませんし。
自分で使ったわけでもない保証人としての借金で、ここまで追い詰められるのはオカシイですよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:債権差し押さえとは
債権差押えとは、債権者が、債務者のもっている債権を、裁判所の命令をもらって強制的に取り上げ、そこから未払分を払わせる手続のことをいいます。
例えば、金融業者が、債務者に対して公的に証明されている売掛債権(裁判所の判決や公正証書で存在が明らかになっている債権)を有してるにもかかわらず、債務者が四の五のいって支払わないときに、債務者の銀行預金(銀行に対する預金債権)を強制的に召し上げるのが、債権差し押さえ手続です。
ここで、金融業者が差し押さえをする銀行は、自分が借金を負っているわけではないのですが、債務者が有する預金債権の関係では債務者となりますので、法律上
「第三債務者」
といわれます。
なお、預金債権を差し押さえる場合には、通常、銀行の支店名まで調査、特定しなければならず、これを捜し当てるのが難しい場合があり、金融業者は、債務者が勤務先に対して有する給料や報酬などの債権を差し押さえる場合があります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:陳述催告とは
債権差し押さえ命令を受領すると、第三債務者は、債務を弁済することが禁止されます。
差し押さえを無視して債務を支払ってしまっても、差し押さえ債権者から取り立てを受けた場合には、差し押さえ債権者に対してももう一度支払わなければなりません(二重弁済リスク)。
債権差し押さえは、目に見えない
「債権」
というものを相手にするために、債権者としては、本当に債権があるのか、あったとしても、誰のものなのか確信が持てません。
従って、差し押さえが成功したのであれば、さっさと次の手続を開始し、失敗したのであればさらに別の方法を検討するなどする必要があります。
そこで、法律は、
「差し押さえられた債権に関する情報を、差し押さえ命令受領後一定期間内に申し述べなさい」
と第三債務者に対して要求できる制度を定めました。
これが
「陳述催告」
と呼ばれるものです。
ところで、設例のように、第三債務者と債務者との間に親密な関係がある場合には、通謀して、第三債務者が虚偽の陳述を行う可能性があります。
そこで、民事執行法147条2項は、
「故意又は過失により、陳述をしなかったとき、又は不実の陳述をしたときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる」
と規定し、バレたら、差し押さえ債権者に損害賠償を請求されることになります。

モデル助言: 
藤原さんが西原さんに同情するのはわかるのですが、ウソはまずいですね。
差し押さえ債権者から損害賠償の訴えを起こされて、文書提出命令とかかけられたら、それまで払い続けていた役員報酬額なんてすぐバレます。
役員を解任するなり辞任させて、従業員として雇用しても一定額の差し押さえは避けられませんし、顧問とかコンサルティングとかの扱いにしても、ウソを突き通すのは難しいです。
西原さんについては、職場を変えたとしても、いつかは職場が債権者にバレて、また職場に債権差し押さえ命令が送られてくる可能性があります。
毎日不安な生活を続けるよりも、自己破産して債務をキレイに清算する方向で検討するべきでしょうね。
会社法が改正され、破産者でも取締役を続けられようになっていますし、生活に全く影響ありません。
大した額ではりませんし、保証債務による破産ですから、免責・復権も問題なくできます。
こういう正攻法で西原さんを助けてあげたらいかがですか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00132_企業法務ケーススタディ(No.0086):会計検査院が襲来した!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
シュール・ゲイ&スベール証券株式会社 COO 深井亮(ふかい りょう、35歳)

相談内容: 
リーマンショック以来、ウチの会社も、個人の有価証券取引が冷え込んじゃって、大変ですよ。
そうそう、それでなんですが、ちょっとやっかいな話がありまして。
一昨年、高校時代からの友人で、独立行政法人で退職積立金の運用責任者やっている山崎って奴から
「ウチの退職積立金を運用してみないか」
って相談があったんです。
まぁ、おカタい法人らしくて、あまりハイリスクの投資はできないから手数料なんかはそんなに稼げないんですけど、金額もそれなりに大きかったから、喜んで引き受けさせてもらったんです。
そしたら、例のリーマンショックですよ。
投資先として組み入れたところがポシャって、元本が欠けちゃった。
そうしたら、山崎、パニックになって
「なんとか取り戻せ。
オレをクビにする気か!」
なんて言い出す。
仕方がないから、当初の運用ポリシーに抵触するリスクのある投資を提案したら、山崎は
「契約はオレが口頭で許可する。
イチイチ文書巻きなおすと3カ月かかる。
とにかくやってくれ」
と必死になって頼むんで、やってはみたものの、これもダメで、結局、また損が増えちゃった。
悪いことしたなあ、なんて思ってたら、昨日、いきなり、灰色のスーツを着てしかめっ面をした連中がウチの会社にやってきて、
「御用だ、御用だ。会計検査院だ。独立行政法人との取引に関する帳簿を一切合切提出しろ。
拒むようなら強制的に持っていくぞ。問題があったら、ただちに刑事告発するからな。覚悟しとけ」
なんて言い出すんです。
とりあえず、
「責任者の深井は、具合悪くなって早退して病院に行った」
ことにして、お帰りいただきました。
どうなんですかね?
私、牢屋に行くんですかね?
もう怖くて怖くて。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会計検査院法の改正
日本国憲法第90条は
「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない」
と規定しており、これを受けた会計検査院法第20条は
「会計検査院は、日本国憲法第90条の規定により国の収入支出の決算の検査を行うほか、法律に定める会計の検査を行う」
と規定しております。
このように、国の会計が会計検査院検査の対象となるのはもちろんですが、会計検査院法は、会計検査院が必要と認めるときには、
「国が直接又は間接に補助金、奨励金、助成金等を交付し又は貸付金、損失補償等の財政援助を与えているものの会計(例:日本放送協会の会計)」
「国が資本金の一部を出資しているものの会計(例:日本郵政株式会社の会計)」
なども検査ができる旨を定めております。
さらに、平成17年の会計検査院法の改正で、
「国もしくは国が資本金の二分の一以上を出資している法人の工事その他の役務の請負人もしくは事務もしくは業務の受託者又は国等に対する物品の納入者のその契約に関する会計」、
すなわち、国などに対し、業務サービスなどを提供する業者や、備品などを納入する業者などの会計内容に対しても検査を行えるようになりました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:会計検査院による検査方法
前記改正により、会計検査院の検査は、官庁などに出入りする文具品などの納入業者らにも及ぶこととなり、会計検査にとっては検査遂行上、大きな武器を手に入れることになりました。
会計検査院は、会計検査院法に基づき、会計検査院の検査を受けるものに対し、帳簿、書類その他の資料若しくは報告の提出を求めたり、関係者に質問したり、出頭を求めることができますし、必要な場合には会計検査院の職員を派遣して、実地検査をすることもできます。
会計検査院の検査を受けるものは、このような検査に対し、
「これに応じなければならない(会計検査院法25条、26条)」
とされております。
しかし、会計検査院は捜査機関ではありませんので、捜索や差押さえといった強制捜査はできません。
また、検査に従わなかったとしても罰則が課されるわけではありませんので、不必要な検査や過剰な検査に関しては、きちんとした理由を述べてお断りすることも不可能ではありません。

モデル助言: 
当該独立行政法人が、国から補助金をもらっていたり、国から資本金の一部を出していたりしている場合、その取引先である御社も、会計検査院法上の会計検査の対象となります。
もっとも、前記のように、会計検査院には強制の捜査権限があるわけではありませんし、脅しつけるような検査手法はそれ自体大きな問題です。
「拒むようなら強制的に持っていくぞ」
「告発するから覚悟しておけ」
などと発言していたのなら、これは大きな問題ですので、この点はキチンと釈明させるべきですし、場合によっては、正式な苦情申入れも検討すべきです。
まあ、
「威嚇されっ放し」
というのもケッタクソ悪いので、会計検査院長宛に苦情の内容証明でも送りつけ、反撃し牽制しつつ、調査手法をソフトなものに変更させましょう。
あとは、適切な落とし所をさぐりながら、話をうまく丸めて行きましょうかねぇ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00131_企業法務ケーススタディ(No.0085):ストックオプションとインサイダー取引

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
アンシャンレジーム興産株式会社 社長 山垂井 五三(やまだるい いつみ、34歳)

相談内容: 
ボンジュール!
先生聞いて!
ストックオプションで従業員を救済してあげ~る~の話!
ちょっといいかな?
あ~先生、忙しいところ驚かしてすまんね。
や~いつぞやの弊社の従業員士気向上のためのストックオプション発行ではお世話になりました。
従業員一同、お陰で一所懸命に一騎当千の働きをしてくれてきたのだがね~、財務部から今期の決算の報告がきましたんや~!
そこで、事情が変わった~!
今期は前期よりもさらにさらに減収減益やないか~い!
このままだとボーナスは出ないし、今期の決算内容が外部に出たとたん、株価も急降下するやないか~い!
今期の報告内容を知った従業員の間からは、
「年末はパンが食べられない」
なんて悲惨な叫びが聞こえてくるやないか~い。
上場してしまった以上、私が個人的に持っている弊社株式を決算内容が外部に出る前にコッソリと売るのもインサイダーになるからダメと法務から止められるやないか~い。
そこへ救世主が登場~。
コンサルタントの樋口がいうには、
「法律上、ストックオプションの権利行使はインサイダーの規制対象ではないので、決算内容が外部に出る前に権利行使しても大丈夫」
らしい。
ん~、事情が変わった~!
早速、従業員たちには、決算内容が外部に出る前にストックオプションの権利行使をさせて、今年の年末にはパンとケーキが食べられるようにさせてあげよう。
ストックオプションを従業員に与えておいて本当によかった~!
かんぱ~い!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:インサイダー取引規制
金融商品取引法(旧証券取引法)は、
「資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする(第1条)」
という目的を実現するため、詳細な規定を設けています。
株価は市場において形成された客観的で公正な企業価値を反映するものであり、このような期待があるからこそ、投資家は市場を信頼し、資本主義が健全に機能することになります。
その意味では、市場における株価は、正確な情報に基づき、自由かつフェアに評価されたものでなければなりません。
反対に、市場における株価形成のプロセス自体が歪められたり(相場操縦)、株価形成の際に虚偽の情報が混入したりすること(開示における虚偽記載)、さらには、
「一部の者だけが正しい情報を持つ結果、本来あるべき企業価値とは離れた株価が形成されること(インサイダー取引)」
も、投資家の市場に対する信頼を失わせ、資本主義という制度そのものを破壊しかねない悪質な行為と考えられることになります。
このような点から、金融商品取引法は、インサイダー情報による取引を違法視し、刑事罰や課徴金の制裁など厳しい制裁を科しています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:ストックオプションとインサイダー取引
ところで、ストックオプションの権利を行使して株式を取得する場合については、
「厳格な手続きが予定されており、投資家による市場への信頼喪失が発生しない」
という理由で、インサイダー取引に該当しないものとされています(金融商品取引法166条6項)。
ただ、
「ストックオプションがインサイダー取引にならない」
のはあくまで、株式取得面に限ってのことであり、重要事実を知った者が公表前にストックオプションで取得した株式を売却したりすると、当該売却行為にはインサイダー取引規制が及びことになります。

モデル助言: 
コンサルタントの樋口氏がいっていた
「ストックオプションの権利行使はインサイダーにあたらない」
との話は間違いではありませんが、
「権利行使」
というのは、与えられたストックオプションの権利(新株予約権)を行使して、株式を取得することまでしか意味していません。
ですので、権利行使した株式を入手して、手元に置いておき、眺めるだけなら誰も文句をいいません。
しかしながら、
「大幅な減収減益」
という重要事実を知ったインサイダーが、当該事実の公表前に、皆を出し抜いて、売却して暴利をむさぼることはインサイダー取引として禁止されるのです。
証券取引等監視委員会や証券取引所などは、株式の売買を毎日監視しています。
「このタイミングのこの取引は、インサイダーでなければできない」
と思しき異常な取引については、取引の規模にかかわらず厳重な調査の対象となりますので、
「ちょっとした小遣い稼ぎだから、お目こぼしにあずかれる」
などと思ったらあとで大変なことになりますよ。
特に御社のように上場したばかりの企業では、インサイダーに関する知識が職員の間に徹底しておらず、安易にインサイダー取引に手を染め、企業の信用まで落としてしまう実例が少なくありませんので、一度、社内セミナーを実施して啓発活動をしておいた方がよろしいですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00130_企業法務ケーススタディ(No.0084):秘せずば特許なるべからず

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
井尻理研株式会社 社長 井尻 昇(いじり のぼる、45歳)

相談内容: 
本日は、弊社の大躍進の前祝ということで、ご挨拶に伺わせていただきました。
実はですね、ついこないだ、わが社で、とんでもなく素晴らしい技術が完成しましたんです。
不況のせいか、当社のようなショぼいベンチャー企業にも、昨年あたりから、理系出身の博士号もっているような連中が
「就職させてくれ」
と言ってわんさか押し寄せてきました。
その中で京都大学理学部大学院卒ってのがいたんですが、ヤツがやってくれました。
さすが、天下の東大、宇宙の京大、構想力がぶっ飛んでます。
自動車のマフラーに、この舌のような形状をした板を取り付けると、1秒間18回という高速スピードでレロレロし、排気ガス中の二酸化炭素が激減する、という仕掛けです。
私も三流私立大卒とはいえ、一応理系なので分かるのですが、この研究のすごさは、ノーベル賞級ですし、何といっても、二酸化炭素排出25%減の国家目標を達成するに当たって間違いなく貢献しますし、それに、やらしい話、この技術、無茶苦茶儲かります。
早速、明日、業界団体主催の定例の研究発表会があるので、マスコミとかをワンサカ呼んで、研究の成果発表を大々的にやる予定です。
来月には特許出願する運びですから、特許が取れた暁には、大企業とのライセンス交渉など、先生にガツンとお願いしますから、一緒にガッポガッポ儲けましょうね。
アーハハハハハハ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特許権が認められるための要件
自由な競争による経済社会の発展を標榜するわが国において、
「特定のアイデアや思いつきといったものに規制がかけられ、その使用が制限される」
などというのは、国是に真っ向から反する話です。
しかしながら、
「斬新で高度な技術に対して一定期間独占的な利用権を与え、保護することにより、発明が促進し、産業が発達し、結果として社会や国家が豊かになる」
という観点から、わが国においても特許制度というものが定められています。
このような特許制度の趣旨からは、
「アイデアや思い付きであれば何でもかんでも特許権を与える」
ということにはならず、
「産業の発達に寄与するような新規の発明に限って、特許を与える」
という仕組みが導かれます。
このような観点から、特許法において、特許要件として、新規性、すなわち
「その発明が未だ社会に知られていないこと」
が加えられています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:特許出願前の研究発表には要注意
研究者の中には、特許法の知識に疎いために、研究が成功すると、嬉しさのあまり、特許出願なんて面倒なことは後回しにして、すぐに研究内容を発表してしまう方がいらっしゃいます。
しかしながら、この行為は特許取得にとっては非常に有害な影響を与えます。
すなわち、研究発表をしてしまうことで、その研究内容が特許出願に先立ち社会に知られてしまうこととなり、特許を受けるための要件である新規性が喪失してしまうのです。
発表をした本人からすれば、自分の行った研究と同一又は似通った内容の研究が誰かに発表されてしまう前にいち早く発表したいのは心情として当然でしょうし、何より、
「自分で発見した研究成果・技術を自分自身が発表することで、なぜ特許権が与えられなくなるのか?」
と不信に思われるかもしれません。
しかし、新規性のない発明には特許を原則与えないとしているのは特許制度の本質から導かれる要件であり、特許法の立場としては
「成果をいいふらしたいのであれば、特許出願してからにしなさい」
ということなのです。
とはいえ、ときに、法律も粋な計らいをしてくれるもので、特許法は、新規性のない発明については原則特許権を与えないとしつつ、30条にて、
「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」

「刊行物」
にて発表した場合には、例外的に、新規性が失われないとの救済規定を設け、
「研究者の功名心」
に一定の配慮を与えています。

モデル助言: 
ガッポガッポという景気のいい話はまことにありがたいのですが、その前に、そもそも御社が特許を取れなくなるところでしたね。
明日の発表会は業界団体の定例会だそうですから、
「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」
にはあたらないでしょうね。
研究発表を行った瞬間に、新規性が喪失し、特許権は永久に取れないということになります。
どうしても発表を行いたいというのであれば、別のアプローチを考えないとダメですね。
特許法29条1項1号にいう
「公然知られた」
とは、
「秘密状態を脱した」
ことをいうとされています。
すなわち、その研究発表を聞いた人間と守秘義務契約、つまり、秘密を守るという約束をしている場合には、
「公然知られた」
とはなりません。
ですので、明日の研究発表会の参加者全員から守秘義務契約書を徴収しておけば、なんとか新規性が維持されますかね。
とはいえ、そもそもそんな舌が高速でレロレロなんて発明で特許取れますかね。
ま、発明の高度性の点も含めてよく検討してください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00129_企業法務ケーススタディ(No.0083):自爆出願にご注意

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社太陽広場 中野 訓 (なかの くん、49歳)

相談内容: 
ウチのヒット商品
「リゾートラバー」
について相談させてください。
この商品、単に腕に着けるだけのゴム製のアクセサリーで見た目も全然お洒落じゃないんですけど・・・。
ほら!
匂いません?
すごい良い香りでしょ?
けっこう人気なんですよ。
ただ、実はこれ、けっこう簡単に作れちゃうんです。
高い値段で売るために、素材のゴムに特殊な製法があるような雰囲気でPRしてるんですけど、本当のところ、どんなゴムでもできちゃうんですよね。
香り付けのほうも、コーラとラー油と大きな玉ねぎを・・・、おっと、いかん。
とにかく、そこらへんのお店で手に入るような材料とか薬品を混ぜた液体の中にテキトーなゴム製品を1週間も漬け込んでおけば、誰でも作れちゃう~みたいな。
だから、この製法、絶対バラしちゃダメなんです。
そうしたら、先日、中堅パソコンメーカー法務部の勤務経験のあるウチの八原(ぱっぱら)法務部長が、
「社長! そういう知的財産は、特許を出願しておかないと危ないですよ」
っていうんです。
確かに、他社にマネされたり、先に特許出願されちゃったら大変だし、やっぱり早急に出願しておいたほうがいいですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:自爆出願の代
特許権、実用新案権、意匠権及び商標権を総称して、産業財産権(かつての工業所有権)といいます。
近年のわが国の
「知的財産戦略」
のお陰で、特許権をはじめとする産業財産権は一躍脚光を浴び、マスコミ等が騒ぎ立てる
「発明で大金持ち」
のシンデレラストーリーと相まって、
「何でもかんでもとにかく出願」
という風潮が高まりました。
しかしここ最近、こうした状況に疑問を呈する声が上がり始めました。
といいますのも、特許権をはじめとする産業財産権に共通する特徴として、権利として保護されるためには
「登録」
が必要であるという点が挙げられます。
この
「登録」
という制度は、裏を返せば
「企業機密を世界中に暴露する」
ことを示しています(ただし、意匠権については3年以内に限り登録内容を秘密にする制度があります)。
確かに、登録された権利を侵害して商売する企業などには、利用の中止を求めたり、利用許諾の対価を請求したりできますが、単に家庭内で利用する場合等、個人使用の範囲にとどまっている限りは利用の中止や対価を求めることができません。
つまり、一般消費者を対象とする
「誰でも作れちゃう」
商品の作り方を出願して、これが一般に公開された場合、たとえ他企業がマネしなくても、商品の売れ行きは落ち込んでしまうわけです。
さらに、知的財産権の属地主義(登録した国の国内のみしか効力が及ばないこと)の原則のお陰で、わが国でせっかく出願・登録されても、海外で別途出願の手続をとらなければ、海外ではパクられ放題となってしまい、これを避けようとして、たくさんの国で出願すれば、それだけ多額の費用が掛かります。
「わが国での無計画な出願の乱発が、かえってわが国の貴重な知的財産流出の深刻な要因となっている」
との批判がなされている所以です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:営業秘密の重要性
それでは、今回の
「リゾートラバー」
の製造方法のような企業秘密は、法律上の保護を一切受けられないのか、というと、そんなことはありません。
ここで登場するのが企業法務の伝家の宝刀、不正競争防止法に規定される
「営業秘密」
です。
あまり知られていませんが、
「営業秘密」
は広い意味での
「知的財産権」
に含まれるもので、産業財産権に負けない重要なものです。
「営業秘密」
に該当する情報は、法律上の手厚い保護が与えられており、営業秘密の不正な取得・使用・開示行為に対しては、民事上、差し止め請求や損害賠償請求が認められている上、悪質なものには刑事罰まで課されます。
「営業秘密」として保護される対象は、特許権や実用新案権等と異なり大変幅広く、およそ事業に有用な情報であればOKです。
1 秘密として管理されている
2 有用な情報であり
3 公然と知られてはいないものであれば
「営業秘密」
としての手厚い保護を享受できます。
つまり、厳重なパスワードをかけて保管し従業員に厳格な守秘義務を課すなど、営業に有用な秘密情報を厳重に管理しておけば、ライバル企業も迂闊に手出しできなくなるというわけです。

モデル助言: 
そんな簡単に作れるものが特許として認められるかどうか甚だ疑問ですし、実用新案にしても、保護の対象は
「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」(実用新案法1条)
ですから、製造方法や定まった形のない液体などはそもそも対象外です。
特許出願して企業秘密を自主的にさらした挙げ句、結果的に特許が取れなかった場合には、競争優位性を失うわ、恥はかくわ、出願費用は無駄になるわで目も当てられません。
「リゾートラバー」
なんて、商品の性質上、出願に最も適さないものの典型例ですよ。
「知財の時代だから、なんでもかんでも出願すべき」
なんてのは、実務を知らないアタマでっかちの生兵法もいいところです。
そういう
「知ったかぶりの知財バカ」
の話など無視して、営業秘密として法律上の保護が与えられるよう、しっかりとした情報管理体制を構築することにこそ心血を注ぐべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00128_企業法務ケーススタディ(No.0082):下請業者への購入規制の問題点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社アイネ化粧品 横分 剣 (よこわけ けん、49歳)

相談内容: 
こんな御時世だと、かえってギラギラしててゴージャスなほうがウケるんでしょうネ。
当社は、古き良き昭和時代をコンセプトに、そんなイメージの化粧品を作ってるんですけど、売れ行きは昇る龍のごとく上昇中です。
ただ、ちょっと困ってることがありまして。
当社の本年度の戦略商品
「クレイジー・ポマード」
だけが全然売れないんですよ。
ハンサムボーイにはポマードが必需品だと思うんですけど、ベトベト過ぎて今の若い人は嫌がるみたいですネ。
それで、当社も考えまして、来月から
「クレイジー・ポマード販売キャンペーン」
と称して、役員や従業員の知人とか、取引先に対して、協力を求めることにしたんですよ。
まぁ、主なターゲットは、当社製品の製造を請け負っている下請業者なんですけどネ。
下請業者との取引担当者が、各下請業者に対して、取引額に応じて1社につき10~100ダースの目標個数を決めて
「クレイジー・ポマード」
の購入を要請するんです。
下請業者たちからは
「ポマードなんて買わされても持て余すだけだ」
という強い反対があったみたいですけど、結局、取引担当者が
「俺の話を聞け! 5ダースだけでもいいから! 嫌なら他の企業の仕事でも請け負うか?」
なんて強気で何度も要請し続けたら、一部を除いてほとんどの下請業者がそれぞれの目標個数の購入を了承してくれそうみたいで、一安心してます。
当社も下請業者には沢山仕事をあげてるわけだし、あくまで任意の協力を要請してるだけだから、問題ないですよネ?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:独禁法と下請法
独禁法は、大企業など取引上優越した地位にある企業が、その地位を不当に利用して圧力をかけるなどし、相手方企業に不利な取引条件等を強要することを、
「不公正な取引方法」
のうちのひとつ、
「優越的地位の濫用」
として禁止しています。
もっとも、この弱肉強食の資本主義経済においては、契約締結や取引条件の交渉等の局面において厳しい交渉が行われるのは当然のことであり、
「どこまでやると不当なのか」
の判断は難しく、その分、公取委(公正取引委員会)が
「優越的地位の濫用」
として独禁法違反を認定するためには、長時間を要する慎重な調査や手続が不可欠となっています。
そこで、一般に極めて弱い立場にあるといえる下請業者を画一的な基準と簡易な手続で迅速に救済するために、独禁法の補完法としての下請代金支払遅延等防止法(長ったらしいので「下請法」と略称されます)が制定されました。
例えば、化粧品といった
「物品の製造委託」
の場合、原則として、
1 資本金3億円を超える企業が3億円以下の業者に下請けさせる場合、
もしくは
2 資本金1千万円を超える企業が1千万以下の業者に下請けさせる場合に、
下請法が適用されます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:物の購入強制の禁止
下請法は、適用対象となる下請取引について、発注元会社に対し
「下請代金の減額」「買いたたき」等の
「11の禁止事項」
を命じており、そのうちのひとつとして、
「正当な理由なく自己の指定する物を強制して購入させること」
を禁止しています(物の購入強制の禁止。同法4条1項6号)。
違反した発注元会社には、公取委による警告や勧告措置等が待っています。
ここにいう
「正当な理由」
とは、例えば、
「下請業者に発注した製品の品質を一定に保つために、発注元会社が自社製原材料の(適正な価格での)購入を要請する場合」
などが挙げられますが、今回のように、単に自社の在庫の消化を目的としているような場合には、正当な理由があるとは認められません。
また、
「強制して購入させること」
とは、下請業者による上辺だけの
「任意の了承」
の有無で決まるわけではなく、発注元会社としての強い立場を利用し、物の購入を取引条件に組み入れさせる場合はもちろん、事実上、物の購入を余儀なくさせているような場合も含まれます。
典型例としては、
1 発注担当者など下請取引に影響を及ぼし得る者が購入を要請する場合
2 下請業者ごとに目標額や目標量を定めて購入を要請する場合
3 購入しなければ不利益な取扱いをする旨を示唆するような場合
4 下請業者が反対したにもかかわらず重ねて購入を要請する場合
等が挙げられます。
今回のキャンペーンは、このすべてに該当するものといえるでしょう。

モデル助言: 
確かに、市場競争社会では合意があればどんな取引をすることも自由なのが原則ですが、強い立場を利用して弱い立場の業者にアンフェアな合意を要求することは、もはや
「自由で公正な市場競争」
とはいえません。
最近では、2008年4月に、物の購入強制の禁止に違反した発注元会社に対して、
「違反行為で得た利益額(約一千万円)を下請業者に速やかに支払うこと」
等を求める公取委の勧告なんかも公表されてますし、会社名の公表等による企業信用の失墜を回避するためにも、今回のキャンペーンは即中止すべきですね。
だいたい、商売に失敗したからといって、そのツケを下請けに押しつけるのは商売道に反しますよ。
ここは潔くビジネスでの負けを認めて、マット系とかワックスとか今風の売れ線のものを作って挽回した方がいいですね!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00127_企業法務ケーススタディ(No.0081):偽りの“限定”“割引”広告

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
三森中央電工株式会社 会長 小島 美幸(こじま みゆき、29歳)

相談内容:
先生ご承知のとおり、当社は、海外のしょぼい健康商品や美容品を見つけて買いつけてきては、テレビやインターネットなどで通信販売していますが、昨年、当社の企画部長が、台湾の会社からなかなか見栄えのいい美顔器具を見つけてきたんです。
海外のよくわかんない大学の先生が特許を取得した秘密の光線を発することで肌を活性化させるという代物なんですが、やってみると結構効果があるんです。
さっそく、健康器具ブームに乗っかって大々的に売り出そうってことで、今年初めに定価4万9800円で売り出したんです。
ところが、これがぜんぜん売れずに、在庫が積み上がる一方でどうしようもない。
そこで、営業の連中に
「あんたらなんとかしなさい。
期末まで在庫残したら承知しないわよ」
ってハッパかけたら、ウマい販売方法を考えてきたんです。
日本人って、「期間限定」とか、「限定何個」ってのに弱いじゃないですか。
そこに目をつけて、
「限定50個をご提供! 早い者勝ち! 今週土曜日までに購入すれば1万円引!」
ってキャッチコピーで販売することにしたんです。
もちろん、商品はたくさんあるから50個超えても販売しちゃうし、ホトボリ冷めたらまた同じように、
「販売再開! 限定50個」
「土曜日までなら安い」 
って具合です。
このキャッチコピーが大当たりして、倉庫で眠っていた商品がまたたくまに売れて、在庫がどんどん減っていきました。
そうやって喜んでいたんですが、昨日、いきなり、消費者庁っていう役所からの通知がきて、このキャッチコピーは景品表示法に違反する行為だから詳しく調べる、とかいって脅すんですよ。
在庫を一挙に掃くか、限定して小出しにするかなんてウチの自由だし、お客さんも商品を安く買えるわけだから、何の問題もないじゃないですか。
こんなの、嫌がらせですよ、まったく。
先生、とっとと追い返してください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:景品表示法
景品表示法とは、正式には不当景品類及び不当表示防止法といいます。
消費者は、商品を購入するにあたり、より質の高いもの、より価格の安いものを求めますし、商品を販売する事業者等はそのような消費者の期待に応えるため、他の事業者の商品よりも質を向上させ、また、より安く販売する努力をし、このような過程を通じて市場経済が発展していきます。
ところが、品質や価格などに関して、誇大な広告や過大な景品類の提供が行われるようになると、消費者が誇大な広告に惑わされたり、商品を選択する際に商品の品質ではなく景品の善しあしに左右されるようになり、その結果、質が良く安い商品を選ぼうとする消費者の適正な選択に悪影響を与えてしまい、本来あるべき
「商品の価格と品質による競争」
がなくなってしまいます。
そこで、公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護することを目的として景品表示法が制定されたのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:有利誤認表示
以上のような趣旨で定められた景品表示法ですが、第4条第1項第2号において
「実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるものであって、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる広告」
等を禁止しています。
具体的には、商品・サービスの取引条件、購入方法などについて、実際よりも顧客にとって有利であると偽って宣伝したりする行為、例えば、過去に定価で販売したことがないにも関わらず、広告などで
「今なら通常価格から1000円引!」
などと表示する行為が
「有利誤認表示」
に該当することになります。
消費者庁(かつての所管官庁であった公正取引委員会から平成21年9月1日付で消費者庁に移管されました)から、当該
「有利誤認表示」
行為の排除命令がなされ、命令の公表等を通じて対消費者イメージが急激に悪化してしまう場合があります。

モデル助言: 
ま、おっしゃるとおり、在庫をどのように切り取って売るかは企業の経営判断ですし、お客さんに対しても定価以下の割引販売なので、一見すると損がないように思える。
しかしながら、実際50個を超えても販売しているにもかかわらず限定50個と謳って販売するのは、価格と品質以外の
「飢餓感」
という要素を不当に誇張して消費者の選択を誤らせるものですし、当初から50個以上であっても売るつもりであれば宣伝文句自体虚偽といわれても仕方ないですね。
また、恒常的に
「1万円引き」
で販売しているなら、最初から
「1万円引きの値段」
を表示すればよいわけで、恣意的に実績のない定価を提示してそこからの値引きを不当に誇張するのは、
「お客さんに虚偽のお得感」
を与えているともいえます。
ま、争ってもいいですが、争えば争うほど、消費者がドン引きするだけで、強気は愚の骨頂です。
一応争う姿勢を見せつつ、
「規制の基準の公表がなかったので問題ないだろうと早合点したが、今後はご指導を得て慎むので、寛恕されたし」
と平伏し、注意・警告で静かに幕引きさせるのが一番でしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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