00144_企業法務ケーススタディ(No.0099):取締役をクビにしたい!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
YOUR TALE(ユア・テイル)株式会社 会長 地味井 西男(じみい にしお、46歳)

相談内容: 
ウチの会社で社長やっとります岡面多浪(おかも・たろう)さんのことで相談させてください。
先代社長の高校の先輩で、会社の立ち上げからかかわってはった人で、古参中の古参のおっさんですわ。
頭やわかいですし、企画マンとしては優秀で、仕事はけっこうできるほうなんですけ、とにかく変わり者なんです。
「ビジネスは爆発だ!」
なんて突然叫んだりとか、
「四角いキャンパスにとらわれるな」
とかいって星型の紙で書類作り始めたりとか、意味分からんのです。
その上、エラい迫力で、ぎょろ目で睨みながら難しい言葉とかまくしたてるんで、みんな怖がっておるんです。
ウチの会社の代表取締役職は、会長である私と、社長やってもろてます岡面さんの2人ですが、株式自体は、先代から譲ってもらって私が100%持ってますんで、私はいわばオーナーですわ。
だけど、私のことを立てる気はサラサラないようで、
「ボン」
とか
「アホボン」
とか呼びはって、取引先や銀行の方の前でも平気でバカにしよるんです。
それで、この前、岡面さん以外の役員が集まって
「岡面さんが社長では、皆、よう付いていかんし、会社はガタガタになる。
もう引退してもらいましょ」
ゆう話になりまして、岡面さんに引退を勧告したら、
「私が社長になってから会社は一貫して増収増益。
理由もなく辞めるつもりなどない。
残りの任期満了まで立派に務めるつもりだ」
なんて言われて、ぎょろ目で睨まれる始末ですわ。
正直、手に負えまへん。
それなりの退職金は出すつもりなんですが、確かに辞めてもらうだけの理由がないといえばない。
こりゃ、任期満了まで諦めるしかないですかねえ、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社と取締役の関係
会社の従業員を会社の都合で一方的に解雇することは労働契約法をはじめとする法令等により禁じられており、解雇にはそれを正当化するような合理的な理由が必要です。
同様に、いくら
「会社役員」
といっても、取締役だって会社から報酬を支給されているわけですから、合理的な理由もなく一方的に辞めさせること(解任)はできないように思われます。
ですが、実は、従業員と取締役とでは、会社との関係に本質的な違いが存在します。
会社と従業員の関係は雇用関係と呼ばれ、要するに
「強い使用者(会社)と弱い労働者」
というモデルで捉えられます。
そのため、
「弱い立場の労働者」
を守るべく、労働基準法や労働契約法等が従業員を厚く保護するわけです。
これに対し、会社と取締役の関係は、簡単に言ってしまえば
「経営のプロ(取締役)とカネに不自由していない出資者(株主、つまり会社の所有者)」
という対等の地位にある当事者同士が想定されており、雇用ではなく委任に準じた関係であるとされています(会社法330条参照)。
従って、原則として取締役には労働基準法等の適用はなく、
「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる」(民法651条1項)
との原則に倣い、会社法339条1項も、取締役について
「いつでも、株主総会の決議によって解任することができる」
と規定しています。
つまり、100%株主は株主総会を開いて、いつでも自由に不愉快な取締役(もちろん、代表取締役を含みます)を解任できるというわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:正当な理由と損害賠償
ただし、
「対等な当事者間の契約」
といえども、一方の当事者の気まぐれで無闇に契約を解消されては、やられた側にとってはたまったものではありません。そこで、会社法339条2項は、解任に
「正当な理由」
がない場合には、会社は解任した取締役に対して
「解任によって生じた損害」
を賠償しなければならない旨を規定しました。
これは、株主に解任の自由を保障する一方で、取締役の任期に対する期待を保護し、両者の利益の調和を図ったものです。
したがって、
「解任によって生じた損害」
とは、取締役が解任されなければ在任中及び任期満了時に得られた利益の額であり、簡単に言えば
「任期満了までの役員報酬」
を意味します。

モデル助言: 
取締役の解任に合理的な理由なんて必要ありません。
「気に食わない」
の一言で、1人株主総会を開いて、バッサリとクビ切っちゃえばいいんじゃないですか。
解任の
「正当な理由」
とは、取締役の職務遂行上の法令・定款違反行為、心身の故障、職務への著しい不適任(能力の著しい欠如)等ですが、こうした理由が見当たらない以上、任期までの役員報酬は支払わなければなりません。
ただ、これだって、適当な理由をつけた解任という形で抵抗しておき、最後の最後は捨て扶持の退職金と思って払ってやればいい。
とはいえ、会社の登記に
「解任」
という登記原因が記載されることになるので、御社の御家騒動を世間に公示することになりかねません。
ですから、戦略としては、岡面社長を呼びつけて、その場で1人株主総会開催を宣言して、適当な理由をこじつけて、即時解任扱いとしてしまいます。
岡面さんが、事態を理解してガックリきたところで、退職金の提示と併せて辞任届にサインしてもらう、というのが穏当な筋でしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00143_企業法務ケーススタディ(No.0098):休暇を与えて残業代をチャラにせよ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
東京テレビ製作株式会社 人事部長 斜見 信一郎(はすみ しんいちろう、37歳)

相談内容: 
テレビ制作会社の人事ほどつらい仕事はありませんよ。
世間は、不景気だ、不景気だ、と騒いでいるようですけど、当社のような番組製作会社は、不景気だからといって仕事の量が減るなんてことはありませんが、テレビ局からは、少ない予算で質の良い番組を作れ、なんて無茶なこといわれちゃって、ホント大変なんです。
で、こんな状況を知ってか知らずか、社長からは、人件費を削れ、無駄を省け、ってウルサイし、もうホトホト困っています。
スタッフはみんな、休暇も返上して不眠不休でがんばってくれているのに、今度は、社長が、
「どうせ、8時間でできる仕事をダラダラやっているんだろうし、ロクな仕事をしていないんだから、残業代をケチれ。
残業代を払うくらいだったら、代わりに休ませてチャラにしろ」
って無茶なこといいだす始末。
どうしろっていうんですか、まったく。
もちろん、スタッフを休ませてあげたいのはやまやまですけど、残業代ケチりたいから給料とバーターで休暇を与えるなんてできるはずありませんよね、先生。
社長に、
「そんなアホなこといっていると、労働基準監督署の手入れが入りますよ。
残業代くらい、きちんと払った方がいいですよ」
って教えてやってください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:平成20年度労働基準法改正
平成20年12月、
「労働者が、生活と仕事の調和を図り、かつ能率的な労働が可能となるような制度を整備する」
とのお題目で、労働基準法の規定が改正され、本年4月から施行されています。
改正のポイントは、主に労働時間に関する部分で、
1 1カ月の時間外労働の時間が60時間を超えた場合の割増賃金率を50%以上とすること(ややこしいのですが、「通常の割増賃金」と割増率と取り扱いが異なるので「上乗せ割増賃金」と言います)
2 「上乗せ割増賃金」部分を休暇に振り替える代替休暇制度の創設
3 有給休暇を「時間」で取得する制度の創設など
かなりメジャーな改正メニューとなっています。
今回のケースは、新しく創設された代替休暇制度が問題となります。
そもそも、雇用者が、1日8時間、週40時間を超える労働をさせる場合、労働基準法36条に基づいた、いわゆる時間外労働に関する労使協定を締結しなければなりません。
そして、当該時間外労働分については、従来、25%以上の割増賃金を支払うものとされていました(「通常の割増賃金」)。
ところが、今般の労働基準法改正により、1カ月の時間外労働の合計が60時間を超える場合、雇用者は、当該60時間を超える部分について、50%以上の割増賃金を支払わなければならないこととなりました(「上乗せ割増賃金」)。
整理しますと、今般の改正により、1カ月の時間外労働について、60時間を超えない分は25%以上の割増賃金を、60時間を超える部分については
「さらに」25%以上を「上乗せ」した割増賃金(合計50%以上)
を支払わなければならないこととされました(ただし、一定の資本金額に満たない中小企業には「当分の間」は適用されないこととされております〔労働基準法138条〕)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:代替休暇制度の創設
そして、今般の改正により、
当該「上乗せ割増賃金」部分
に関し、支払いに代えて休暇を付与する制度が新たに創設されました。
なお、これは、グッタリするほど長時間勤務した労働者に休暇を与え、リフレッシュさせるという労働者のための制度ですので、
「上乗せ」分を休暇とするかどうか
は、労働者の意向を踏まえることが必要となります。
すなわち、実施する上では、あらかじめ、労使協定をもって
「幾らの割増賃金」

「何日の休暇」
とするかなど、その換算率などを定め、その上で、就業規則に休暇の種類のひとつとして規定しなければなりません。

モデル助言: 
「忙しいときには死ぬほど働かせたい、残業代はあまり払いたくないし、ヒマなときには会社に来なくていい」
なんて、御社の社長のワガママぶりは、聞いて呆れますが、とはいえ、そんなワガママもある程度かなえることも可能ですね。
今回の労働基準法の改正により、残業代の割増率は、60時間を超えたあたりから一挙にハネ上がることになりましたので、繁閑の差が激しい業態の企業では、
「バカ高くなった残業代を、カネの代わりに休暇で払いたい」
というニーズが少なくありません。
御社のような企業にとっては、うってつけの制度といえますね。
もっとも、この代替休暇制度は、あくまで
「上乗せ割増賃金」部分を休暇に代える制度
であり、
「通常の割増賃金」は、原則どおり、カネで精算
しなければなりませんので、この点、十分注意してください。
割増賃金をもらうか、その分を休暇とするかは、あくまで労働者の選択によるものなので、無理強いはできません。
この点はきちんと意向聴取なり組合との協議なりを踏まえてくださいね。
ま、組合との協議の際には、私もお付き合いしますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00142_企業法務ケーススタディ(No.0097):おとり広告の罠

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
松竹梅電気 社長 滑田 圭助(かつだ けいすけ、39歳)

相談内容: 
先生、今日来ましたのわな、何を隠そう、うちの電気店の不況っぷりの打開策についてですわ。
まだまだ客の財布の紐は緩まへんし、このままやと閉店ガラガラ!
客さえ来てくれたら、ワシのナイスなトークでいくらでも物売れますのに、
その客が来おへん。
そこでや、社長のワシとしては、客を呼ぶことに注力せなあかんと気付いたわけ。
冴えとるやろ?
具体的にはな、目茶苦茶魅力的な商品の広告を出そうかと思うてる。
まぁ自社が開発したどんなお肌もつるつるスベスベスベリまくるナイスな
「メチャスベール」
を、なんと! 500円で売ってしまおうって算段や。
そんな商品をバーンと広告の前面に出したったら、いくら金に厳しい大阪のおばちゃんらもイチコロやわな。
大阪でおばちゃんらと相対したら、そこからは真剣勝負や。
社長のワシも現場に出て勝負に臨む意気込みやで。
もちろん、勝つ気満々や。
そやかてな、こっちの懐事情やって苦しいからには、台数は5台に絞らせてもらいます。
え? そんなん広告に書かへなんだら客には分からへ分からへん。
来てさえくれたらこっちのもんや。
しかし、今回は5台限定やけど広告どおりの値段で売るわけやし、何にも問題なんてありませんよね?
先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:景表法による規制
事業者は自らの販売計画に従って、商品を販売し、これに付随して広告を出すことができることは当然です。
自らの商品をどのように売ったら利益が出るのかを決定する自由がありますから、ある商品については赤字になろうとも、これを誘因として顧客を多く呼び込み、店全体として儲けようという仕組みが非難されることは原則としてありません(もちろん不当廉売等に至る規模での安売りは独占禁止法上規制され得ます)。
しかし景品表示法(以下では「景表法」といいますが、正式には、不当景品類及び不当表示防止法といいます)では、商品の性能や価格を示す
「表示」
に着目して規制がされています。
現代において
「広告」
が有する顧客誘因力の大きさを否定することは誰もできないでしょう。
広告媒体については新聞の折り込みチラシからテレビ、インターネットとさまざまですが、これらに載っている情報は、消費者による商品選択に多大な影響を及ぼします。
そのような広告に、品質や価格等に関する不当な表示などが表示されると、良質廉価なものを選ぼうとする消費者の適正な選択に悪影響を与える一方、そのような広告が許されると、商品力や販売努力など公正な競争を頑張る企業も減少し、結果的に、公正な競争が阻害されることになります。
そこで、独占禁止法の特例法として景表法が制定されました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:おとり広告
このように不当な広告により顧客を誘引することを規制する一態様として、景表法には
「おとり広告」
の禁止が定められています。
正確にいえば、具体的に何が
「おとり広告」
に該当するのかについては、景表法は、同法第4条1項3号によって公正取引委員会の指定に委ねており、これを受けた公正取引委員会が
「おとり広告に関する表示」
を告示しています。
本件との関係では、同告示第2号の
「取引の申出に係る商品又は役務の供給量が著しく限定されているにもかかわらず、その限定の内容が明瞭に記載されていない場合のその商品又は役務についての表示」
が問題になります。
行政によりこれに該当すると認定されると、定期的に広告の仕方について報告をさせられたり、立ち入り検査が行われたり、さらには差し止め等の措置命令が出される可能性もあり、当該措置命令に違反したときには刑事罰も定められています。

モデル助言: 
今回、松竹梅電気の広告の仕方については、同告示第2号の
「限定の内容が明瞭に記載」
されているものかどうか注意なされるべきでしょう。
この点、公正取引委員会による運用基準を参考にすると、
「数量限定」
などという
「限定されていること」
がわかるだけでは不十分で、具体的な数量まで記載しておくことが安全でしょう。
警告程度で済めばいいですが、是正命令の恐れもないとはいえません。
例えば、既に埋まっている賃貸物件を
「おとり」
として広告をしたことで是正命令を受けた大手不動産仲介業者エイブルは、すぐさま大きく株価を下げたなんて話もありますからね。
え? そんなことを広告に明示したら、どうせ買えないと客が考えて来店してもらえないですって?
魅力ある商品が安く手に入る可能性があるとなったら客は来ますよ!
特に目の肥えた大阪のお客様なら。
勝負に出るというのなら、もう少し美顔器の数量を増やし、自信を持って呼び込みを行ってはどうですか?
つまらぬウソをつくより価格と品質と顧客優先で、まっとう勝負してくださいよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00141_企業法務ケーススタディ(No.0096):大家さんが破産した!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社イレギュラー 社長 松本 強田(まつもと ごーた、30歳)

相談内容: 
先生、隣が破産したんですわ。
先生、この書類なんですが。
ハイハイ、コレ。
「破産者ニシカワコーポレーション 破産管財人弁護士」
「おたくが入居しているビルの大家について、破産開始決定が下されました、ウンヌン」
とかなんとかややこしいことが書かれてますわ。
ま、ウチの大家が破産した、ゆうことですわ。
これって、今後も今までどおり賃料を支払わないといけないんですかね?
もともと、ここは、リーマンショック直前の不動産プチバブル期にムチャ高額の賃料で契約させれたんで、正直、賃料自体高すぎるんですわ。
ウチの店舗は、月の賃料が300万円で、敷金は、足元見られて12か月分の合計3600万円てな具合です。
大家は破産したんですから、敷金だってちゃんと返ってくるかわからないですし、こんなもん、ありえへんくらい高い賃料取られるわ、敷金踏み倒されるわで、どうもならんですわ。
なんでしたら、
「賃料は、預けてある敷金から控除しといてくれ」
みたいな形で、賃料精算することはできませんかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:大家が破産した場合、敷金はどうなるか
債務者が債務を支払えなくなると、力のある債権者が強引に取り立てをして財産を持ち去ったり、債務者と仲の良い債権者だけが弁済してもらったりするなど、不公平な処理が発生しがちです。
そこで、破産制度は、債務者の経済的破綻を債権者の間で公平に分担させるため、裁判所が
「コイツは債務を支払えないから、破産手続きを開始させて、残った財産を皆で公平に分配しよう」
と宣言した場合には、各債権者は、その債権額に応じて、債務者に残った財産から平等に弁済を受けることとしています。
例えば、債務者である大家の総債務額が100万円、敷金債権が10万円だとして、大家の手元に残った財産が1万円とします。
この場合、敷金債権は総債務額の10%しかありませんから、債務者の手元に残った1万円の10%である、1千円しか分配されないことになります。
このように、敷金を人質に取られていながら、賃料を従来どおり支払っても、敷金は一部しか帰ってこないのです。
これでは、大家が破産した場合には、賃料を支払わない方が利口にも見えますが、賃料の不払いを行うことは、破産管財人から、賃料不払いを理由として、賃貸借契約を解除されるリスクを伴います。
そこで、賃貸借契約を解除されないように、
「店子が負担する賃料債務と、店子が持つ敷金返還請求権とを相殺して、賃料を支払ったことにすればよい」
とも考えられます。
しかし、この点については、
「店子が建物を明け渡した後で、その時点で大家が店子に対して有している債権額を敷金から引き、なお残額がある場合に、ようやく敷金返還請求権が店子に発生する」
との最高裁判例があるので、建物を引き渡す前の段階で賃料と相殺をすることはできません。
これは、大家の破産という非常時でも同じです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産管財人に対する寄託請求
このような法律の仕組みを見ると、店子は踏んだり蹴ったりのようです。
しかし、破産法は店子の権利を保護する規定をきちんと設けています。
破産法70条は、
「店子が賃料を支払う場合には、敷金返還請求権の額を上限として、支払額の寄託を請求できる」
と規定しています。
例えば、店子が3600万円の敷金を大家に預けている場合には、毎月の賃料300万円を破産管財人に支払うたびに、支払う額について破産管財人に対して供託を要求でき、それを合計12か月間行うことができるということです。
これによって、店子が建物を明け渡して敷金返還請求権を取得した際には、店子は、破産管財人が供託していた額について、優先的に支払を受けることができます。

モデル助言: 
大家さんが破産した以上、敷金返還請求権といえども原則として、一般債権者と同じ配当率の範囲でしか返ってきません。
他方、
「大家が破産したなら、既に預けている敷金を使って賃料の支払に充ててくれ」
などという要求を許してしまうと、大家は店子に対する
「敷金」
という有力な担保を失います。
これでは、賃料の支払いに充てる敷金がなくなっても建物に居座るなど、店子がやりたい放題をした場合に大家の債権者すべての利益が害されることになります。
そこで、
「建物を明け渡すまで店子は敷金を返してもらえない」
としつつ、他方で、店子の権利にも配慮して、破産法70条が
「賃料の弁済額の寄託を請求することができる」
と規定しているのです。
後で
「寄託を請求した、請求していない」
でもめないように、早速、内容証明郵便で寄託請求通知を破産管財人に郵送した上で、せめて12か月分の敷金の確保に動きましょう。
それと、賃料減額の調停申立ても行い、少しでも被害が少なくなるようやってみましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00140_企業法務ケーススタディ(No.0095):スーパー内の物販ワゴン業者を入れる際の注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ジャパンゲット多々田株式会社 社長 多々田 明(たたた あきら、54歳)

相談内容: 
この度、先生にご紹介するのは、私が昨年買収し、多角化戦略の一環として経営を始めた
「スーパー・タタタ」
の一件です。
小売業界の不況ぶりは先生ももちろんご存じのことと思いますが、私のスーパーだって他人事ではありません。
本業の通信販売の方は商品を厳選し、私どもの明るいキャラクターや殺し文句が直接お客様に届くこともあってなかなか順調なんですがねぇ。
それでね、スーパーのほうは、スペースの有効利用と手数料収入と
「賑やかさ」
の演出を狙って、ワゴン販売業者を呼び、売上歩合方式で上前ハネて、さらに客寄せをしていこうといろいろ考えていました。
そしたら、ちょっとイヤな話を小耳に挟みまして。
と言うのは、デパート経営している知り合いが、私と同じような目論見で、デパート内にワゴン業者をわんさか入れたのですが、店舗の全面改装のためにワゴン業者に立ち退きをお願いしたところ、彼らは
「どかへん!」
「うちらはこのスペースの賃借人や! 解除? だったら立ち退き料払わんかい!」
なんて言い出したそうで、裁判沙汰にまでなったと聞きました。
今回かるーい気持ちでワゴン販売業者に入ってもらおうかなと思ってるわけですが、立ち退き料とか面倒なことが起こるんだったら、ワゴンなんて入れずに地道に経営するしかないかな、とか思ってるんです。
そうするしかないんでしょうかね、先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:借主の立場が異常に強い借家契約
落語で出てくる大家と店子の諍いのように
「この野郎、店子の分際で大家に楯突きやがって! ええい、うるせえ! 店あげてどっか行きやがれ」
なんて形で借家人の事情を無視して大家の都合だけで借家契約がいきなり解除されると、借家人が住む所を失い、町はたちまち浮浪者が増え、社会不安が増大します。
こういう事態を防止するため、社会政策立法として借地借家法が定められており、かつ司法解釈としても借家人を保護する解釈姿勢が長年積み重ねられてきた結果、現在においては、
「貸したら最後、譲渡したのも同じ」
といわれる程、借家人の立場は強化されてきました。
すなわち、借家契約が一度締結されると、原則として、借家人側が出ていかない限り、契約は半永久的に更新されていき、借地借家法により強力に保護された借家人を追い出そうとしても、大家側は、多大な立ち退き料を支払う必要が出てくるのです。
このような解釈は、一般住宅に限ったものではありません。
商業施設における物件賃貸借についても、当然に借地借家法が適用され、プロパティオーナー側は、いったん物件賃貸契約を締結したら最後、
「こちらの都合だけで自由に解除できない」
という極めて大きな不利益を被ることになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:借地借家法の適用を阻止する戦略
本件のようにワゴン販売をさせるという契約は、スーパーの経営者からすると、時機に応じて業者を代えたいこともあるでしょうし、売り場のリニューアル等の都合で営業場所を変更させたいというニーズもあるでしょう。
そういった場合、ワゴン業者との契約に借地借家法を適用させず、いつでも気ままに契約を解除できるような方法はないのでしょうか。
そもそも、借家契約(賃貸借契約)とは、
1 ある物を特定した上でこれを独立した立場で使用収益させ、
2 当該使用収益の対価として賃料を支払うこと、
の2つを本質的要素としています。
逆に考えれば、ワゴン業者を独立の占有主体ではなく、単に
「商品販売を実施する代理業務を行っているにすぎない者」
と解釈されるような工夫を事前にしておけば、スーパーとワゴン業者との契約関係については賃貸借契約の本質的要素のうち1を欠くものと扱われ、借地借家法の適用を排除し、ワゴン業者の適宜追い出しや、営業場所の変更が可能になってくる、ということになります。

モデル助言: 
ワゴン業者に借家人ないし占有者としての立場を与えないようにするためには、契約文言を工夫するとともに、運営実体においても、ワゴン業者の独立の占有が生じるような状況が認めらないような方法を構築することが重要になります。
具体的には、営業場所たるスペースを特定せず、スーパー側が任意に稼働場所を変更することができるものとし、かつ障壁や区画といった営業場所の独立性排他性も一切与えず、大規模小売店舗立地法の届出についても独立の営業者としての届出等させないようにします。
さらに、指定商品以外は自由に売らせないなど使用収益を制限する等の条項を設け、ワゴンの仕様についてもスーパー側でがんじがらめに指定し、レジもスーパー側で管理し、領収書のスーパー名で発行等といった形で、ワゴン業者に対して徹底して立場の独立性を否定することが重要です。
要するに、ワゴン業者に
「おめえ達は、店子ですらない、ただの手伝いなんだよ!」
とわからせておき、イザ追い出すときに
「店子なんだから立ち退き料くれ」
といった妙な気を起こさせないようにすることが肝要なんですね。
ま、妙な契約を結ぶ前に、当事務所に来てもらって正解でしたね。
早速、ガッチガッチの契約書の作成に取り掛かりましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00139_企業法務ケーススタディ(No.0094):定期賃貸借の罠に注意せよ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
鬼渡商事株式会社 総務部長 鬼渡 一樹(おにわたり かずき、25歳)

相談内容: 
先生もご存じのとおり、ウチは、現会長である母の寿賀子が開発したギョウザとラーメンを合体させたヒット商品
「微妙食感! ギョウザラーメン」
を引っさげ、関東地方中心にチェーン店
「道楽」
を展開しております。
ところで、つい2年前、汐留の商業施設に、記念すべき
「道楽10号店」
をオープンさせました。
この商業施設ですが、汐留の再開発計画っていうことで、東京都の肝入りでできたんですが、当時の担当者から
「貴店のような人気店舗にぜひ入っていだきたい」
と土下座されて出店することにしました。
当社としても、お客さんが入ると母・寿賀子会長の等身大のフィギュアがにっこり笑って迎えるような仕掛けを作ったり、巨大な餃子のオブジェが床から生えるような装飾をしたりと、内装にも相当お金をかけるなどして集客に力を入れました。
そのお陰もあって、集客はバッチリで、平日はサラリーマン、休日は家族連れ、といったように、連日、行列ができるほどの人気ぶりです。
お陰さまで、ウチのチェーン店の中でも常時最高売上を叩き出す店舗になっております。
ところが、昨日、東京都から商業施設の運営を受託している会社の新しい担当者がやってきて、突然、何の前触れもなく
「この店舗は定期賃貸借ですから今月で契約は終了します。
契約の更新はありません。
再契約の場合、歩合家賃とし、最低保障家賃として現在の家賃の2倍額を設定させていただきます。
他に入りたいテナントもいるようですので、不服であれば、その気味の悪い造作を全て撤去して、とっとと出て行ってもらっても結構です」
っていうんですよ。
先生、こんなのってないですよね。
まだ、造作の償却も終わってないし。
これじゃ、あんまりですよ。
先生、何とかしてくださいよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:民法における賃貸借契約
賃貸借契約では、一定の期間が経過すれば、当然に、借りた物を返還しなければなりませんので、もし、借り主が、借りた物を気に入るなどして、一定の期間経過後も、同じ物を借り続けたいのであれば、再度、貸主と交渉し、新たな賃貸借契約を締結しなければなりません。
民法は、
「賃貸借の存続期間は、更新することができる(民法604条2項)」
と規定するのみで、いかに借主が同じ物を借り続けたいという希望を持っていたとしても、貸主が了解しない限り、当然には賃貸借契約が継続することはない、との立場を採用しております。
このように、民法上、借り主は、賃貸借契約を継続させるという点において、非常に弱い立場にあることは否めません。
ところが、立場の弱い借り主をそのまま放置することは社会政策上好ましくないという配慮から、不動産の借り主の立場を強化した借地借家法は、26条、28条において、建物賃貸借は更新されることを原則とし、かつ更新を拒絶するには貸主がその物を使用する必要がある場合や借り主に対し立退料を支払うという特殊事情(「正当の事由」)を必要としました。
このように、建物賃貸借契約の終了が原則として、借り主側の都合や腹積もりに委ねられることとなり、借り主の法的地位が著しく強化されるとともに、
「不動産なんて、一度貸したら、自分の所有ではなくなる」
とまでいわれるようになったのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「例外の例外」としての定期賃貸借制度
しかしながら、借り主の地位を強化しすぎてしまうと、不動産オーナーは、不動産を貸すということを躊躇するようになりますし、これが原因となり、かえって賃貸物件の円滑な供給を阻害することになりかねません。
そこで、借地借家法は、さらに、
「更新がないことを前提とした賃貸借契約制度(定期賃貸借契約制度)」
を設け、貸主、借り主の調整を図ることとしました。
この結果、法律上、適式に定期賃貸借契約が締結された場合、借り主は、当然には賃貸借契約の更新を主張することができず、たとえ当該物件に愛着があっても、四の五のいわず出て行かなければならない、という過酷な帰結になります。

モデル助言: 
ちょっとひどい話ですが、一般論でいうと、定期賃貸借という過酷な契約であることを分かって契約してしまった以上、どうしようもありませんねえ。
とはいえ、借地借家法38条3項
「建物の賃貸人が前項の規定による説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする」
との条項に基づき
「テメエの説明が不十分だから更新だ!」
と争ってみましょう。
これに加えて、
「権利濫用だ」
「優越的地位の濫用行為だ」
と言って、東京都の耳に届くようにわめいておけば、相手も大きなトラブルになるのを嫌がって、案外いいところで折り合いつくかもしれません。
それよりも、出店時には出店を懇請されている立場で御社にバーゲニングパワーがあったわけですから、事前に契約書をよく読んでおき、契約交渉段階で、
「普通賃貸借にしろ」
「定期賃貸借でも期間を7年にしろ」
「5年にしろ」
といった強気の交渉は十分可能だったはずです。
スピード出店もいいですが、今後はこのあたりの契約管理をきっちりやるようにしてくださいね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00138_企業法務ケーススタディ(No.0092):規制抵触が不安なビジネスのお墨付き入手法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ワンタッチャブル株式会社 社長 大山崎 大成(おおまやざき ひろなり、34歳)

相談内容: 
あざ〜っす!
今度当社で新しくやっちまおうとしているのが、究極のネット通販なんです。
ネット通販とかやっていると、ショッピングカートとか何回も出てくるじゃないですか!
もう、いいーつぅーの!
買うのわかってんだから!
って、いいたくなりません?
で、考えたのは、5分以上見ていると、自動で知らない間に注文しちゃってるっ、っていう画期的な仕組なんです。
もう、ショッピングカートとか面倒くさいもの使わないで、欲しいものがたちまち、バンバン買えちゃう通販システムです。
すごいでしょ。
ところがね~、なんていいましたっけ?
特商法?
よく分からないんですが、通販やる上ではそういう規制があるって聞きまして、慎重にいきたいわけなんですよ~。
で、当社の法務部長に調べさせているんですが、
「今回のネット通販の仕組は、特定商取引法14条、同法施行規則16条の『意に反して契約の申込みをさせようとする行為』としてNGのような気がしますが、でも、確認画面もあるし、キャンセルもできるし、どっちともいえません」
なんて言い出して、はっきりしないんです。
当社も安穏としてられるような状況じゃないですし、できる限りアグレッシブな営業戦略を取りたいんですが、他方で営業停止とかなんてされちゃったら大変ですから、もうどうすればいいのか全然分かんなくって・・・。
あ~、考えてたら胃が痛くなってきた。
こういうのって、どっかちゃんとしたところからお墨付きとかもらえないもんなんでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:新規事業の立ち上げ
企業が新規事業を検討する際、
「いかに儲けるか」
という積極的な検討課題とともに、
「儲ける仕組が法律によって禁止されていないか」
という保守的な検討課題が必ずつきまといます。
「これって、なんか儲かりそう!」
という魅力的な事業であればあるほど、企業が行き過ぎた営利活動に突っ走らないように、必ず周到に規制の壁が用意されているものです。
このようなことから、新規事業の立ち上げに際しては、法令適合性を事前に調査する作業が非常に重要となります。
この作業において、企業は2つの問題にぶつかります。
ひとつは
「新規事業に関連する規制法令と該当条文を漏れなく全部ピックアップできるか」
という問題(法的リスクアセスメントの問題)、もうひとつは
「当該新規事業について、ピックアップした法令や条文に違反することがないかを正確に見極められるか」
という問題です(規制解釈の問題)。
法的リスクアセスメントは
「星の数ほど存在する法令から、特定の事業に関係するものを漏れなく抜き出す」
わけですから、これ自体相当大変です。
ところがさらにやっかいなのが、見つけ出した規制をどう解釈するかという問題です。
設例のケースの場合、ショッピングカート機能を省略したネット通販システムが
「意に反して契約の申込みをさせようとする行為」
に該当するか否かという判断をしなければなりませんが、必ずしも白黒がはっきりするわけではなく、極めて微妙な判断とならざるを得ません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:ノーアクションレター制度
ビジネススキームが法令に違反するのかどうかが判断できないような状況であるにもかかわらず、これを確認する手段が一切存在しないとすれば、企業は法令違反を必要以上に恐れてしまい(萎縮効果)、積極的な経済活動が阻害されかねません。
こうした事態を回避するために、規制緩和政策の一環として、ノーアクションレター(法令適用事前確認手続)という制度が整備されました。
ノーアクションレターとは、
「具体的な事業内容を明らかにすることにより、当該事業が法令に違反するかどうかを事前に官庁に問い合わせることができる」
制度です。
企業は、違反するかどうかを確認したい法令と条文、具体的な事業の内容、自社の法令適合性に関する見解、連絡先などを記載した照会書を当該規制法令の所管官庁の担当窓口に提出することにより、多くの場合30日以内程度で、当該官庁からの回答を得ることができます。

モデル助言: 
ノーアクションレターの回答結果は、司法判断や捜査機関等を拘束する効力はなく、ノーアクションレターで法令違反とならない旨の回答が得られた場合でも、後に、裁判手続等において絶対に違法と判断されないことが保証されるわけではありません。
ですが、微妙な法律判断において、事実上の
「行政のお墨付き」
がもらえることは、非常に心強いものといえますから、ぜひとも活用したいところです。
ノ-アクションレター制度においては、照会事項や回答内容が当該官庁のウェッブサイトで公表されることとなっていますので、公表したくない事柄については当該制度を利用できないという難点があるにはありますが、合理的な理由を示せば、希望する時期まで公表を延期してくれる制度もあります。
まずは、非公式な相談をしてみた上で、それでもなお、お墨付きが必要というのであれば、ノーアクションレターを採取する方向でやってみましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00137_企業法務ケーススタディ(No.0093):株式非公開会社にも適用される金商法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ビバリーヒルズ青春出版社 難儀 隆志(なんぎ たかし、37歳)

相談内容: 
今度、ウチの会社で、懐かしの青春モノドラマを集めたDVDボックスシリーズを発売する企画が進行していてですね、これ、今のタイミングだったら、実現すると間違いなくドーンと売れるちゅうわけですよ。
これで悲願の上場にも1歩近づくんですわ!
この企画には資金が2億円ほどすぐにでも必要で、株主たちに追加増資をお願いしたのですが、
「支援したいが、この不況の中、手元不如意でお役にたてへん」
と増資には応じてくれません。
それでも、
「新株予約権という形であれば、今すぐに支配比率が薄まるわけでもないから、既存の株主以外の投資家たちに発行していい。
詳細は社長に任せる」
とゆうてもらいました。
ウチに出入りしている証券会社OBのコンサルタントに相談したところ、
「新株予約権やったら、会社が傾いたら権利行使せんとほっときゃいいだけで、投資家の方も株そのものを引き受けるよりリスクが少ないし、小銭持ってそうなヤツをギョーサン集めるにはもってこいやないか」
ゆうてます。
取りあえず、役員や従業員の親戚とか知り合いとか、とにかくこの話に乗りそうな山っ気のある連中を片っ端からかき集めて、新株予約権を発行してしのいどこか、ゆう話になってますねん。
ゆうても、証券を売るんで、証券取引法にも気はつけんとあかんわと思うとるんですが、法務のことも担当やらせてる信用金庫OBの役員は、
「当社は未公開会社やから、金融商品取引法なんて関係おまへん。登記だけ気ぃつけとけば何も問題ありませんわ。あーはははは」
ゆうて気にしてない感じなんですわ。
でも、いつやったか、増資したときに登記すんのも忘れてたくらいアバウトなヤツなんで、心配ですわ。
先生、ウチみたいな非公開会社やったら、証券取引法とか一切無視しといて、バンバン新株予約権発行しても問題ないゆうことでええでっしゃろか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:金融商品取引法(金商法)
まず、従来の
「証券取引法」
は2007年改正により
「金融商品取引法(以下、「金商法」)」
という新しい法律に生まれ変わって施行されています。
金商法は、金融市場における取引が適切な情報に基づき公正に行われるようにするため、金融市場というインフラを用いる企業に厳格な情報開示を求めています。
金商法は、
「金融市場というインフラを用いる企業」
すなわち株式公開企業を主な規制の対象とし、当該企業に適切な情報を開示することを要求しています。
株式公開企業にとっては、金商法違反を犯すと刑事罰・行政処分に加え上場廃止というペナルティーが課される可能性があることから、金商法は
「“御家おとり潰し(=上場廃止)”にならないようにすべき、死んでも守るべき法律」
として重要視されています。
この意味では、
「当社は未公開会社やから、金融商品取引法なんて関係おまへん」
という法務担当役員の発言は、一見正しいようにも思えます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:未公開会社にも適用される金商法
とはいえ、金商法は、
「上場会社向けに限って適用され、株式を公開していない会社には一切適用されない」
というものではありません。
金融商品取引法は、個人投資家等を保護するため、金融商品について幅広く横断的なルールを規定する法律でもあり、すべての会社が発行できる株式の取引を規制しているため、一定規模以上の非公開会社の増資や新株予約権発行に関しても規制を及ぼします。
すなわち、未公開会社であっても、発行価格の総額が1千万円を超え、かつ、50名以上の者を相手方として、新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘を行う場合などには、有価証券通知書や、有価証券届出書の提出をすることが義務づけられる場合があります。

モデル助言: 
法務担当役員の方のおっしゃるとおり、一般的には、
「未公開会社は会社法だけ考えておけばよく、金商法は公開会社や市場で社債を発行するような会社だけが気をつければよい」
と考えられております。
しかしながら、金商法をよく読んでもらえばご理解いただけるとおり、金商法は、上場・未上場問わず、金融商品取引に関する規制を広く行っており、未上場会社でも一定規模の増資等には規制が頭をもたげてきますから、よく注意しておく必要があります。
今回の場合、2億円という調達規模で新株予約権証券を発行するため、かなりの数の方々に対して勧誘をするとのことですので、
「有価証券届出書」
を提出すべき可能性が出てきます。
この手続を怠ったまま勧誘を行うと、金商法違反となって、5年以下の懲役または500万円以下の罰金が課されるリスクもありますが、それ以上に、金商法違反でミソをつけると株式公開(IPO)が永遠に出来なくなる可能性もありますので、IPOを目指される以上、軽微なルール違反も厳禁ですよ。
コンプライアンス体制を整えるまで、当面、今回の勧誘を中止するように、ストップをかけてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00136_企業法務ケーススタディ(No.0091):勘違いによる取引を無効にできるか?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
豹金属(ヒョウキンゾク)株式会社 社長 村上 正一(むらかみ しょういち、54歳)

相談内容: 
こんなんで代金請求されても、ワシはビタ一文払いませんで。
ほんなもん、当たり前でっしゃろ?
思てた話と全然ちゃいますやん、コレ。
ウチは、広告出す予定の企業リストを確認させてもろた上で、金属加工業者はウチだけやゆうことでナニオ・ユー社の年刊誌
「サタデーナイト8」に広告出したんや。
それがやで、出来上がってきたもん見たらビビったわ。
ライバル会社の善印州(ゼンインシュウ)合金株式会社が、ドゥーン! ってウチよりデッカい広告出しとるがな。
こんなん、ウチが善印州合金に負けとるみたいで、かえってイメージアップどころか、信用ガタ落ちですわ。
わざわざ高い金出して広告打った意味あらへんがな。
ウチかて黙ってられへんよって、早速、ナニオ・ユー社の担当者を呼び出したら、
「『ライバル会社の広告が載ってるから広告代金は支払えない』などといわれても、そんな話は聞いてませんでしたし、広告自体には全く問題がないわけですよね」
なんていいよりますねん。
確かに広告自体は問題あらへんけど、ウチは
「金属加工業者はウチだけ」
ゆうことを重視してましたんや。
善印州合金も一緒に広告出すんやったら、そもそも契約なんかしまへんがな。
えらい勘違いやで。
こんなんもん、あかんあかん。
契約無効ですわ。
そやさかい、絶対カネ払いまへんで。
ナニオ・ユー社から請求書来たら、先生のほうであんじょうやっとったってください。
たのんますわ、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:錯誤による無効とは
私法の世界では、
「人は自らの意思に基づいた約束にのみ拘束される」
というのが原則です。
この原則に照らせば、
「勘違いによる契約」
は、自分が思ったこととは違うわけですから、
「自らの意思に基づいた約束」
とはいえませんので、その人はその契約に拘束されないことになります。
そこで、民法95条本文は、
「法律行為の要素に錯誤があったとき」、
つまり、
1 その勘違いがなければ契約を締結しなかったといえる場合で
2 通常人の基準からいっても(一般取引の通念に照らしても)その勘違いがなければ契約を締結しなかったことがもっともであるといえる場合には
「錯誤による契約」
として無効となる旨が規定されています(錯誤による無効)。
本件の場合も、
「ライバル会社の広告が一緒に掲載されるとは思わなかった」
という勘違いがありますので、錯誤があったと言えそうに思われます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:動機の錯誤
ですが、見方を変えてみると、ナニオ・ユー社側の
「そんな話は聞いてない」
という言い分にもなるほどと思わせるところがあります。
たとえば
「雑誌広告を出すつもりが、間違えてテレビCMを契約してしまった」
というならまだしも、
「サタデーナイト8に広告を出すつもりで契約し、契約に書かれているとおりに広告が掲載された」
のだから、契約自体には何の勘違いもなかったといえそうです。
ナニオ・ユー社にとっては、
「ライバル会社が広告を掲載するんだったら、オレはヤだ」
なんて、契約内容とは別個の背景事情に過ぎず
「知ったこっちゃない」
ことなのです。
このように、
「契約の内容自体には勘違いがないものの、契約しようと思った背景事情に勘違いがある場合」

「動機の錯誤」
と言います。
そして、判例は、
「動機の錯誤」
について、勘違いしてしまった者と契約の相手方との利益を調整するため、
「その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となった場合」
には契約が無効になるとしています。
本件であれば、
「広告を掲載する金属加工業者は豹金属社だけ」
という条件が契約の相手方であるナニオ・ユー社側に(黙示的にでも)表示されていた場合には、契約が無効となるわけです。

モデル助言: 
本件の場合、契約書には、
「他の金属加工業者の広告は掲載しないこと」
といった条件は特に書かれていませんね。
口頭で説明していたかどうかは水掛け論になってしまうことも多く、立証が困難でしょう。
とはいえ、御社は、契約締結の際に、
「広告を掲載する予定の企業リスト」
の提示を要求していたようですから、この点に関するメールのやり取り等をよくよく調査すれば、ナニオ・ユー社に御社の意図を暗に伝えていた痕跡があるかもしれません。
これをもって、
「黙示的に表示していた」
ことを主張することも不可能ではないかもしれませんので、あえて支払いを拒否して、相手方の訴訟を提起させ、泥試合に持ち込み、クリンチを連発して相手を疲弊させ、多少なりとも減額してもらうような和解解決を目指してみましょうか。
今後は、こうした強い動機があるなら、必ず契約書に条件として明記しておくべきですね。
自分が当然と思っていることでも、相手方にとっては
「想定外のこと」
であることは少なくなく、以心伝心に頼ることは取引社会では御法度です。
また、言葉で伝えただけでは立証が困難な場合がほとんどですから、書面に残すことも大切ですかね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00135_企業法務ケーススタディ(No.0090):名板貸の危険

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ウルフーズ株式会社 社長 松本 東達(まつもと とうたつ、年齢非公表)

相談内容: 
きましたよ、きましたよ、振り込め詐欺。
株式会社オバンザイとかいう会社から
「調理機器の代金として1500万円を振り込め」
なんて請求がきたんですが、当社は、そんな会社見たことも聞いたこともありません。
もちろん、取引実績なんて一切ありません。
ところがどっこい、オバンザイ社は
「御社の大阪工場に調理機器を納入したが、数日後に訪ねたら“もぬけのから”で、工場長にもまったく連絡がつかない。
御社の工場なのだから、御社の本社のほうで代金を支払ってもらわなければ困る」
って強硬に請求してくるんです。
確かに、当社のレトルト食品の製造委託先である大阪の零細食品工場がちょっと前に
「箔付け」
のため、ハッタリで「ウルフーズ大阪工場」なんてドデカイ看板を出してたことは知ってましたが、ま、ウチも黙認していましたよ。
とはいえ、大阪の工場は、合名会社か何かがやってて、当社とは全く別の事業者です。
そんなこと、ちょっと調べれば誰でも判りますよ。
「他人の買い物の代金を、ウチが支払わなくちゃならん道理はないでしょう」
と言ってやったら、オバンザイ社は
「たとえ別の事業者であったとしても、『ウルフーズ大阪工場』という名称を使用させていたのだから支払う責任がある」
なんてヌカすんです。
そんなバカな話がありますかね。
こんなの架空請求の振り込め詐欺ですよ。
警察に告訴したいと思うんですが、ついてきてもらえますか、先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:名板貸とは
江戸時代においては
「連座制」
なんて制度があり、自分に責任がなくても他人のケツを拭かされるということが当たり前のようにありましたが、近代法制においては
「人は自らの意思に基づいた約束にのみ拘束される」
というのが基本的な考え方であり、
「自らが合意したものでない限り、他人が勝手に締結した契約に拘束されることはない」
というのが原則です(私的自治の原則)。
とはいえ、取引社会を円滑にするためには、この原則を貫くと不都合な場合があり、
「取引社会において紛らわしい外観が存在し、これを信頼して取引してしまった第三者が損害を被ろうとしている場合、外観作出に責任のある者がケツを拭くべき」
とのルール(「外観法理」といいます)が登場しました。
たとえば、会社法第9条は、
「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社と取引しているものと誤信した第三者に対し、商号使用の許諾先である他人とともに連帯して、その取引によって生じた債務を弁済しなければならない」
と規定しています。
「自社と誤解されるような紛らわしい商号の使用を許したのはテメエなんだから、商号使用者の不始末はテメエがとれよな」
というわけです。
なお、
「自己の商号の使用を他人に許諾すること」

「名板貸(ないたがし)」
と言い、商号使用の許諾元を
「名板貸人」、
許諾先を
「名板借人」
と呼びます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:名板貸人の責任が発生する要件
では、名板貸人は、どのような場合に、名板貸人の責任を負わされることになるのでしょうか。
自らの意思に基づいて約束を交わしたわけではない名板貸人に、私的自治の大原則を修正してまで、本来他人であるはずの名板借人が勝手に背負った債務まで弁済させるという重い責任を発生させるわけですから、それなりの要件が要求されます。
すなわち、
(1)虚偽の外観の存在(名板借人による商号の使用)
(2)当該外観への信頼(第三者が名板借人を名板貸人であると信じたこと)
(3)当該外観作出についての名板貸人の帰責性(名板貸人が自己の商号を使用して事業を行うことを自ら許諾していたこと)
という要件が必要となります。
たとえば、(2)第三者が名板貸人と名板借人とが別の業者であることを知っていた場合や(悪意)、普通なら誰でも気付けた状況なのに気付かなかったような場合(重過失)には、第三者側の落ち度ですから、名板貸人に責任は発生しません。

モデル助言: 
御社の場合、大阪の町工場が勝手に御社の商号を使用していたのを放っておいただけであり、ウソの外観作出を積極的に認めたわけではありません。
ですが、法律の世界では
「黙示の承諾」
なんていうやっかいな理屈がありまして、
「名板貸人が、商号使用を明確に許諾していなくても、名板借人による使用の事実を知っていて放置していたような場合には、紛らわしい状況を信じて泣かされた第三者とのバランスにおいて、黙認は許諾したも同然」
ということで、名板貸人の責任が発生する場合があるんです。
御社は、大阪工場による商号の使用を知りながら放置していたという経緯があるので、名板貸の責任を回避できない状況ですね。
とはいえ、むざむざ引き下がるのも悔しいですから、大阪工場が別事業者であることは地元では有名だったようですので、オバンザイ社も知ってて当然であったとの反論を準備しましょう。
早速、
「看板はウソのハッタリであることは地元で有名であった」
という陳述に協力してくれる地元関係者の抱き込みにかかりましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所