00204_企業法務ケーススタディ(No.0159):抱き合わせ販売のリスク

相談者プロフィール:
和田昇降機メンテナンス株式会社 代表取締役 勝間 邦和(かつま くにかず、49歳)

相談内容: 
今日ご相談に来たのはですね、当社のやっている営業方法についての相談なんです。
ご存知のとおり、当社は、大手エレベーター製造メーカー・和田昇降機の子会社として、エレベーターメンテナンスをやらせていただいております。
正直、自社ではほとんど営業活動はしません。
「親会社のエレベーターが納入されたら、それにひっついていって、メンテナンスの契約をいつの間にかいただけてしまう」
というコバンザメ商売なんです。
それでですね、客が、
「エレベーター壊れちゃったので、保守部品だけくれない?
あんたんとこ高いから取り付けと保守は他に頼むことにするからさ」
なんて急にいうようになってきたんですよ。
不景気というか、世知辛いというか、何ともこすっ辛い話です。
こんなことされるとウチも商売あがったりです。
現場の担当者には
「最近エレベーター事故が発生しているのはご存知ですよね。
ウチが取り付けないと、安全性も保証できません。
どうなっても知りませんよ」
といって、取り付けとセットじゃないと部品販売を一切拒否するよう、指導しようと思っています。
実際、デタラメな取り付けがされて、事故でも起こされたらたまったもんじゃありませんから、別にこういうやり方でも問題無いですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:抱き合わせ販売規制
人気のあるものと不人気のものを抱きあわせて販売してしまうこと、例えば、大人気のゲームを買うために、人気のないゲームを買うことを条件とするような行為は、一般に
「抱き合わせ販売」
と呼ばれます。
そして、かかる行為は、独占禁止法において
「事業者が、独占禁止法上不当に、主たる商品や役務の供給にあわせて、他の従たる商品や役務を、自己または自己が指定する事業者から購入させ、その他自己または自己が指定する事業者と取引するように強制すること」(一般指定第10項)
として規定され、違法行為として扱われています。
違法視される理由ですが、抱き合わせ販売行為は、不人気な商品の在庫を捌けさせることができ事業者には都合が良いのですが、買主は、たいして興味のない商品の購入が強制され、商品選択の自由が不当に害されていることが挙げられます。
加えて、本来的に魅力のない商品が、抱き合わせ販売行為により大量に売れることとなる点も根拠とされています。
独占禁止法は、品質や価格が市場により正当に評価されての競争(能率競争)を保護するものですが、抱き合わせ販売は、これを阻害することとなるため、法により禁じられているというわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:東芝エレベータテクノス事件
さて
「抱き合わせ販売」
とされる独占禁止法上の要件についてですが、まず、行為要件として、別個の商品やサービス等の役務を併せて購入させることが必要です。
そして、問題になるのが、前記一般指定第10項にいう、
「不当に」
の解釈です。
これは、買主の商品選択の自由を侵害することや、能率競争の阻害をいうとされていますが、抽象的な要件ということもあり、個別の裁判例を検討していく必要があります。
同種の事例において、大阪高判1993年7月30日は、公正な競争を阻害するかが重要であると指摘した上、確かに安全性の確保も考慮することが必要な要素ではあるものの、
「(親会社の)エレベーターの保守に関しては90%の市場占拠率を有している」
から
「(当該)エレベーターの保守を一手に独占し、独立系保守業者等他の競争者を排除しようとの意図の下に本件各行為を行った」
と断じ、さらに、
「安全性確保のための必要性が明確に認められない」
ために、
「不当に」
抱き合わせ販売がなされた、との認定を行いました。
部品の供給と取り替え工事とは、それぞれ経済的には別個の事柄ですし、独立して取引の対象とされることからすれば、相当な判断といえるでしょう。

モデル助言: 
おっしゃるように、取り替え工事はエレベーターの特性を最も理解されている御社が行うべきだ、ということもよく分かります。
しかし、本当に御社でないとできない工事ですか?
安全性のためとか言いながら誰でも取り付けができるにもかかわらず納入を拒絶したりしていませんか?
本件では、大阪地裁が認定したように取引妨害に該当する可能性もありますし、事情によっては、優越的地位の濫用も問題になるものと思われます。
もっとも、先に述べましたように、
「不当性」
の判断は多分に事情に左右されますし、また、安全性の観点について考慮することも許されるという点の検討も忘れてはなりません。
ですので、御社が当該エレベーターの保守をどの程度占有しているか、また、今回の部品の交換がどれくらい専門性の高いものなのかを調査・判断する必要がありますね。
その結果として、御社が交換工事をしなければどうしても安全が担保できないという事情があれば、独占禁止法上の問題は生じにくいものと思われます。
一時的な利益を追求すると、独占禁止法違反として課徴金の制裁を受けることもあるので、これからの交渉についても十分慎重に行っていきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00203_企業法務ケーススタディ(No.0157):雇用上の安全配慮義務

相談者プロフィール:
ねんじ質店株式会社 代表取締役 大林 利次(おおばやし としじ、71歳 )

相談内容:
先生、世間は不景気が続いているようですねぇ~。
うちの質屋にも、ちょっと前まで羽振りがよさそうだった方々が、高給腕時計やら象牙の置物みたいな高価な物を持ち込んだり。
まぁ、お陰さまで質屋は大忙しですよ。
最近は、深夜の買取りもできるように24時間営業を始めたんです。
で、今回の相談なんですけど、最近、牛丼チェーンなんかで、深夜、強盗が入って、従業員が暴行されて大ケガをしたとかっていうニュースがよくあるじゃないですか。
まぁ、牛丼屋ならたいして金目のものは置いてないし、せいぜい売上金が盗られるだけでしょうけど、うちの場合、高価な物がざくざく置いてあるから心配といえば心配なんですよ。
つい先日も夜勤の従業員から
「夜、1人で勤務していると危ないので、もう1人増やすとか、店に監視カメラ付きの高性能な防犯装置を付けてください」
なんて要望もあったんで、警備会社から見積をもらったら、これが結構高いんですよね。
でも、一応、店舗保険には入っているし、従業員には、社是として
「カネは命。
商品は命。
命に代えてカネと商品を守れ」
と教育しているから、きっと、いざとなれば体を張って商品を守ってくれますよ。
別に監視カメラがないからって質屋の免許が剥奪されたりするわけじゃないですよね?
問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:雇用契約における安全配慮義務
雇用契約というものは、労働力の提供とこれに対する賃金を支払うことを内容とする契約ですが、労働者と使用者の関係は、売買の場合の売り主と買い主のように、ある程度、継続するものなので、単純に
「労働力を提供する」
「賃金を支払う」
というだけの関係で終わるものではありません。
例えば、使用者は、従業員が安全に労働できるような諸条件を整えたりしなければならないのです。
この点、雇用契約について定める民法には、特に規定はありませんが、判例は、古くから使用者に課せられる安全配慮義務というものを認めてきました。
例えば、最高裁判所1984年4月10日判決は、宿直勤務中の従業員が侵入してきた強盗に殺害された事故について、
「会社が、夜間においても、その社屋に高価な反物、毛皮等を多数開放的に陳列保管していながら、右社屋の夜間出入口にのぞき窓やインターホンを設けていないため、(中略)そのため来訪者が無理に押し入ることができる状態となり、盗賊が侵入して宿直員に危害を加えることのあるのを予見しえたにもかかわらず、のぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の盗賊防止のための物的設備を施さず、また、宿直員を新入社員1人としないで適宜増員するなどの措置を講じなかった場合において、宿直勤務の従業員がその勤務中にくぐり戸から押し入った盗賊に殺害されたときは、会社は、右事故につき、安全配慮義務に違背したものとして損害賠償責任を負う」
と判断し、従業員の死亡についての責任を負わせています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:労働契約法上の規定
このような判例の流れを受けて、2008年3月1日に施行された労働契約法は、5条において
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」
と定め、法律上の義務として、安全配慮義務を規定しました。
要するに、使用者は、労働者に対してカネを払うだけでなく、労働者が危険を感じて萎縮しながら労働したりすることのないように、また、その労働力をいかんなく提供できるように、常に、労働者の生命や身体などの安全を確保するための配慮を怠ってはならないということなのです。
最近では、従業員を危険な場所や危険な機械等から防御する、というハード面の安全配慮義務だけでなく、使用者は職場の上司によるいじめを防止しなければならない、といったソフト面での安全配慮義務が認められたりもしています(さいたま地裁04年9月24日判決等)。

モデル助言: 
確かに、質屋営業法7条や公安委員会告示第96号が定める
「(質屋に求められる)盗難予防設備」
規定では、
「堅ろうな施錠設備」

「非常ベル」
の設置等が義務付けられているだけで、
「監視カメラ」
の設置までは求められていないようです。
したがって、
「監視カメラ付きの高性能な防犯装置」
がないからといって、質屋の免許が、直ちに剥奪されるようなことはないようです。
しかしながら、犯罪の対象になりそうな高価な物を取り扱う質屋を経営しているのですから、判例上、従業員の生命や身体の安全を守るために、それに見合った相応の人員体制や、セキュリティーシステムを整備する義務があると言えますね。
にもかかわらず、お金をケチって、ろくなセキュリティーシステムがない状態で、深夜、1人で勤務させ、その結果、店に強盗が入って商品が盗られて従業員がケガをした場合、裁判例上、従業員のケガは御社で賠償しなければならないことにもなりかねません。
まぁ、儲かっているんでしょうから、後で痛い思いをしないように、早く防犯体制を見直すべきですね。
まさに転ばぬ先の杖です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00202_企業法務ケーススタディ(No.0158):商品パッケージの模倣

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ジプシー製菓株式会社 代表取締役 三多摩 邦彦(みたま くにひこ、59歳)

相談内容: 
先生、浅草で売っている雷コンペイトウってあるじゃないですか。
あれって、実は、砂糖の水分を飛ばして固くする製法や、色合いをよくする製法とか、いろんな技術に特許があるみたいなんですってね。
で、昭和の初めの頃から、浅草の老舗のお菓子屋さんが販売している、神社の
「鳥居」
の形をした袋に雷コンペイトウをパッケージした商品が一番売れているみたいなんです。
それで、最近、浅草を訪れる外国人観光客の数も回復してきたみたいだから、当社も、それにあやかって、主力商品の砂糖菓子を
「鳥居」
の形をしたパッケージに封入して発売したんです。
確かに
「鳥居」
の形は真似しましたけど、もちろん、いちゃもんつけられないように、
「鳥居」
の色を赤ではなく、黄色にしたパッケージを使用することにしたり、そこら辺は、素人ながら工夫したつもりです。
そしたら、先日、浅草の老舗お菓子屋さんから、弁理士の資格を持った弁護士の名前が山ほど書かれた内容証明郵便が届いたんです。
いわく、
「著作権侵害だ、不正競争防止法違反だ、損害賠償だ、販売差し止めだ、刑事告訴だ」
とかって書いてあるんですよ。
はぁ~、これで大丈夫と思っていたのに、やっぱり、弁理士で弁護士の先生がいっているんですから先方が正しいんですよね。
素人の浅はかな考えじゃだめだったんですかね。
先生、もうだめです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:著作権の成立要件
そもそも、著作権とは、文章、音楽、美術、映画、写真、プログラム等の表現形式によって自らの思想・感情を創作的に表現した者に認められる、それらの創作物の利用を支配することを目的とする権利をいいます。
そして、このような保護を受けることができる
「著作物」
として認められるためには、法律上、
「思想または感情を創作的に表現したもの」
という要件があります。
つまり、著作物といえるためには、創作性が必須ということになります。
なぜなら、創作性がないものまですべて保護するとなると、第三者が同様の作品を創作したり利用したりできなくなってしまい、表現活動に著しい支障が生じるからです。
例えば、単に、他人の絵画を写真で撮影したものは、カメラを利用して被写体を忠実に再現しただけなので、創作性は認められません(東京地裁1998年11月30日判決等)し、
「表現が平凡で、ありふれたもの」
である場合も創作性は否定されることになります(東京地裁99年1月29日判決等)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:不正競争防止法上の「形態模倣」
次に、不正競争防止法についてですが、不正競争防止法2条1項3号は、
「他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡(中略)する行為」
を不正競争と定義し、模倣された者に対し、損害賠償請求や信用回復のための措置(販売差止など)を求める権利を付与しています。
なぜ、このような形態模倣行為を規制するかといいますと、要するに、商品を開発するには一定の資金や労力が必要となるわけですから、先行してこのような資源を投下して商品を開発したものを保護し、資源を投下することなく“フリーライド(ただ乗り)”する者たちを排斥しなければならないからです。
ところで、不正競争防止法2条1項3号がいう
「商品」
とは、商品自体に限られません。
その容器や包装など、当該
「商品」
と一体となって、商品自体と容易に切り離し得ない態様で結びついているものも
「商品の形態」
の一部として保護することとしています(大阪地裁96年3月29日決定)。
なお、このような形態模倣行為を
「不正の利益を得る目的」
をもって行った場合、
「5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金、またはこれらの併科」
という罰則が規定されています(不正競争防止法21条2項3号)。
ここでいう
「不正の利益を得る目的」
とは、公序良俗に反する態様で自己の利益を不当に図る目的をいうと解されています。

モデル助言:
まず、神社の
「鳥居」
の形をした袋に著作性が認められるか、つまり
「創作性」
があるかどうかについては、マユツバものですね。
特に、浅草の老舗お菓子屋さんのパッケージは、どこにでもあるような、ありふれた
「鳥居」
をパッケージにしただけですからね。
そこに思想または感情が表れているかどうかについては、十分、争える余地があると思いますよ。
また、不正競争防止法違反うんぬんについてですが、確かに、雷コンペイトウと
「鳥居」
の形をしたパッケージは、商品と一体となっているとも考えられますから、不正競争防止法上の
「形態模倣」
といわれても仕方がない場合もありますね。
実際、ジプシー製菓さんは“真似”したわけでしょ?
でも、
「鳥居」
の色を変えるなどして、消費者に
「誤認」
を与えないように工夫しているようですし、それに、そうそう、不正競争防止法19条1項5号をよく見てください。
「販売から3年が経過した商品」
については、損害賠償請求や差止請求による保護規定や、刑事罰の適用はないと書いてあるんですよ。
昭和の初めから販売しているんなら、とっくに3年はたってますよ。
はい、深呼吸して落ち着いて、
「何か問題でも?」
という反論文を返してやりましょう!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00201_企業法務ケーススタディ(No.0156):商標はワイのもんや!?

相談者プロフィール:
坂尾商事株式会社 代表取締役 坂尾 逸見(さかお いつみ、49歳 )

相談内容: 
せんせ、せんせ。
おう、元気やっとるか?
俺もなんとかやっとるで。
そんでや、今日はこれ見てもらおかと思て来たんや、商標の登録証。
まぁ、取引先の
「ホンコン株式会社」
が全然期限どおりに支払ってこんくてな、さらに、借金で飛びそうやったんで、借金のカタにこの登録証をもらってきたっちゅうわけや。
何の商標かっていうと、
「ものごっつぅええ」
や、どや!
しっかし、よう取れたでこんな商標。
ウチとしては、これ使こて、マッサージ機やらツボ押しの道具やらをシリーズ化してやな、未来永劫大儲けっちゅうわけや。
この立派な登録証、賞状みたいやろ。
まごうことなきほんまもんやで。
われながらええもん差し押さえたったわ。
俺も苦節10年? 20年? ま細かいことはええ、2番手3番手でなんとかこの経済社会を生き延びてきた。
でもな、これからはちゃうで!
俺が日本を引っ張っていくねん。
今日はセンセにこれを自慢しにきたっちゅうのが主な目的なんやけど、一応や、一応やで、先生の厳しい目からみても、この商標がしっかり俺のモンって言えるかどうか確認しといてもらっとこと思てな。
登録証は引き渡してもろうてるし、何の問題もないとは思てるんやけどな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:商標権も財産権
「商標」
とは、商品を購入しようとする人やサービスを受けようとする人に対し、その商品・サービスを
「誰」
が提供しているのかをはっきりさせるために、業として当該商品やサービスなどに付けるマーク(文字、図形、記号、形状など)をいいます。
このような商標について第三者が勝手に利用すると、商標権者の信用を害するばかりか、その商標を信頼して購入した者の利益も害することになりますので、商標は法律によって保護されています。
すなわち、商標を取得しようとする者は、特許庁に対して、商標の登録の手続きを行い、当該商標を用いることができるのは商標権者のみということになるのです。
さて、消費者からすると、著名な商標が記載されていた場合には、深く考えることもなく
「あの会社が作っているのだから大丈夫だ」
などと一定の品質を期待しますので、商標には、
「信用」
が化体されているとも言えます。
そして、このような
「信用」
は経済社会では金銭的な評価が可能です。
いわゆる
「ブランド」
としての価値の一端を担うことになり、取引可能な財産権としての価値を有しています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:商標権の移転
それでは、このような財産的価値を有する
「商標権」
はどのようにして移転するのでしょうか。
財産権である以上、差し押さえや売買契約の対象になることはもちろんですが、売買契約を締結したり、登録証の引き渡しを受けただけでは、誰に対しても
「今日からは俺の商標だ」
と主張することはできません。
これは、前述したように、商標という権利が
「登録」
によって生じる目に見えない権利であるため、
「一体誰の権利なのか」
が、常に世間に公示されている必要があるためです。
したがって、譲渡等により商標権を取得したことを主張しようとする者は、特許庁において、移転登録手続きを経なければならないということになります。
要するに商標権では、
「誰が所有しているのか」
を証明する1つの手段として登録制度が採られているわけです。
このことは、
「占有」
の事実によって、
「所有権者は誰か」
が比較的目に見えやすい時計や宝石等の動産に関しては、このような制度が不要なことから理解されます。
さらに検討してみますと、不動産に関しては
「登記」
が必要なことはよく知られていますが、これは
「占有していても賃借人としてであり、所有者ではない」
という社会的事実が比較的多くみられ、所有者と占有者の分離現象が生じているために、登記制度によってフォローしようとしている、と考えることができます。

モデル助言: 
商標の
「登録証」?
いくら立派そうに見える証書でもそんなものその時期に商標として登録されたことがあったという証明にはなっても、御社が現在商標を所有していることの証明にはなりませんよ。
すぐさま、
「ホンコン株式会社」
と協力して移転登録手続きをしないといけませんね。
これは早くしないと、二重に譲渡されたり極めて面倒な事になりますよ。
しかし、借金のカタとして押さえてきたということになると、相手方の自発的な協力を得ることも難しいでしょうから、ここは、
「移転登録請求」
ということで訴訟手続きを利用したほうが早いかもしれませんね。
う~ん、最近では、いざ商標の権利行使をしようとしたら、無効審判を請求されてすぐ無効、などという事例も散見されますから、どの程度の価値のある商標かということをまずは慎重に見極めましょうか。
そうしないと費用かけて取得した商標が無価値、なんてことにもなりかねませんからね。
その上で、商標に大きな経済的価値がありそうだ、ということになれば、すぐさま訴訟を提起し、他にも売られて面倒な事になったりする前に、しっかりと財産権の確保をしておくこととしましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00200_企業法務ケーススタディ(No.0155):入社時の健康調査の限界

相談者プロフィール:
孔雀(クジャク)ホールディング株式会社 専務取締役 里目 太一(さとめ たいち、21歳)

相談内容: 
先日、ウチの会社の業務拡大のために新人を雇うことにしたんです。
一応、入社テストやったり、経歴書提出させたり。
ご存知のとおり、父から会社を継ぐ前提で人事の総責任者をやらされているんですが、このご時世、まともな人間を採用するのって、結構大変なんですよ。
それで、ウチの会社の顧問をお願いしている北野社労士の意見もあって、今回、入社希望者の全員に、指定の病院で健康診断を受けてもらうことにしたんです。
だって、最近は、入社したとたん、
「持病があるので、キツイ仕事はできません」
とか、面倒くさいことぬかす新人がたくさんいるじゃないですか。
だから、最初に健康診断を受けさせて、面倒くさいことを言いそうな奴は、選考から外そうってことにしたんです。
そしたら、先日、ウチの採用試験を受けた西山ってやつが、
「オレが落とされたのは、オレの持病のせいだろう。差別だ。損害賠償だ」
って騒ぎ出したんです。
確かに、本人に内緒で行った血液検査の結果、ちょっと、面倒な病気をもってたんで、適当な理由をつけて採用見送りにしたんです。
だって、こっちだって、健康な人間を雇いたいわけだし、まだ内定すら出してないし問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:採用の自由
企業にとってみれば、採用する人間の能力や考え方、健康状態などは、今後の人事などを考える上で最重要課題となるはずですが、“採用時”に得られる情報には限界がありますので、企業にとっての
「採用」
は、一種の“カケ”の様相があります。
それゆえ、どのような人間を雇うかは、基本的には、経営責任を負う経営者の自由な判断に委ねられるべきであると考えられています。
特に、終身雇用制という独特の雇用システムを採用しているわが国の場合、これまで本連載で何度も取り上げてきたように解雇が極めて限定されているので、企業への“入口”である採用時に、ある程度、企業側の自由を確保しなければならないという実際上の要請もあるからです。
このような、採用時における企業側の自由を、
「採用の自由」
といいます。
そして、この採用の自由は、採用を望む者との間で雇用契約を締結する自由、すなわち私的自治の中核をなす
「契約の自由」
の一部として位置付けることができ、さらには、企業の経済活動の自由のひとつとして、憲法にその根拠を求めることができます。
例えば、企業の採用の自由について争われた、いわゆる
「三菱樹脂事件」
では、最高裁判決は憲法上の採用の自由について、次のように述べています。
「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別な制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる(最高裁73年12月12日判決)」。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:採用のための情報入手の可否
以上のとおり、企業には、採用する、採用しないの自由があることになりますが、前提として、採用を判断するための情報を入手することも、原則として自由であると考えられております(調査の自由)。
例えば、前記最高裁判例は、
「採用にあたって、思想や信条といった、人の能力には関係がない、内心的なことを調査し、調査の結果を理由に採用を拒絶することも、当然には違法ではない」
と判断しています。
企業にとって、健康的、継続的に勤務してもらうことを目的として、採用希望者に対し、健康診断を受けさせたり、診断書を提出させることも許容されると解されています。

モデル助言:
里目さんの会社の場合、健康診断を受けさせて、その健康状態を調査した上で採否を検討するというのは、病歴の内容いかんによっては、労働能力に影響を与えたりもしますので、ま、
「“調査の自由”を行使した」
といえなくもありません。
ただ、いくら
「調査の自由」
が認められるからといって、無制限な調査が許されるわけではありません。
本来の必要性を超えて、単に“興味本位”で調査を実施する、というのはご法度です。
病歴や持病の種類によっては、センシティブな問題をはらみます。
健康情報を調査・取得する場合、
「本人の同意」
と、調査の必要性が不可欠となります。
実際、採用にあたっての調査で、採用候補者に無断でB型肝炎ウィルス感染の調査をしたことがプライバシーを侵害するものとして、企業に対し慰謝料の支払を命じる判決が出ています(東京地裁03年6月20日判決)。
里目さんの場合、本人に内緒で検査を行っている時点でアウトです。
訴訟で敗訴しても慰謝料額自体はわずかでしょうが、たちまち
「ブラック企業」
という噂がたち、新卒採用に誰も応募しなくなりますよ。
まだ内定すら出していない段階であれば、早めに謝罪して、示談することをお勧めします。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00199_企業法務ケーススタディ(No.0154):昇給できるのに降給できないの!?

相談者プロフィール:
湾岸倉庫株式会社 代表取締役会長 滝村 総一郎(たきむら そういちろう、76歳)

相談内容: 
先生、私ねぇ~、長年奉職した警察署長を辞してからは、うちの親戚がやってた倉庫業の会長に据えられたのよね~。
ただ、会長のイスに座ってれば、月20万円あげるからっていわれてね~。
年金だけじゃ暮らしていけないから、ラッキーと思って、毎日、11時過ぎに出勤して午後3時には帰るっている悠々自適な生活が始まったのはいいですけどね~。
実は、先日、労働基準監督署の人間がやってきて、
「責任者出てこい」
っていうから、一応、元警察署長としてかっこいいところみせようと思って出ていったら、なんでも、ウチの従業員の青島ってのが、勝手に給与を下げられたことを労働基準監督署に相談したらしいのよ。
で、ウチの人事を仕切っている副社長の秋山に聞いたら、上司に向かって
「仕事は現場で起きてるんだ~」
とか暴言を吐いたり、そのくせ仕事は雑で遅かったりで、今年から給料を下げたらしいのよ。
そしたら、青島が、
「何を根拠に給料を下げるんだ」
とかってかみついて、挙げ句の果てに、労働基準監督署に駆け込んだということらしいのね。
だって、従業員の給料なんてのは、会社が従業員の働き具合をみて決められるんだし、給料を上げられるなら、下げるのだって、当然、できるはずじゃないですか。
先生、そうですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:給料の定め方
民法623条以下に規定される雇用契約は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって成立しますので、給料の額は、原則として、雇用者と従業員の合意によって決まることになります。
そうすると、従業員の給料を変更する場合、いちいち、雇用契約の当事者である雇用者と従業員との間の話合いによって決めなければならないことになりますので、多くの従業員を雇用しているなどの場合には、煩雑になってしまいます。
そこで、たいていの企業(常時、10人以上の従業員を雇用している企業)の場合、雇用条件について画一的に処理するために、
「就業規則」
を作成し、その中で、給料の額の計算方法や支給条件などについて細かく定めることとしました。
この
「就業規則」
は、労働契約法7条の
「使用者が合理的な労働条件が定められている『就業規則』を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」
旨の規定によるもので、労働者の個別の同意を得なくとも、
「就業規則」
を定めることで、多数の従業員に対して、一挙に画一的な労働条件の内容を設定することを可能としています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「降給」も規定がないとだめ
ところで、多くの
「就業規則」
は、
「昇給」
に関する規定(昇給のための査定方法、昇給額の決定方法、時期など)についてはしっかりと定めているようですが、給料の額を減額する意味の
「降給」
については、あまり規定していない場合があるようです。
もし、
「降給」
の規定がないにも関わらず、雇用者が一方的に
「降給」
してしまった場合、
「賃金を引き下げる措置は、労働者との合意等により契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当な理由がなければなし得るものではない」
と判断され、当該
「降給」
が無効とされてしまう場合もあります(東京地裁96年12月1日判決。アーク証券事件)。
そして、単に
「賃金は勤務成績によって降給すことがある」
と規定するだけでは足りず、能力別の資格等級基準などを設けるなどして、どのような人事評価によれば、どのくらい
「降格」
になるのかを明確にしなければならないとされております。

モデル助言: 
滝村さんの会社に、何人の従業員がいるのかは分かりませんが、もし、常時、10人以上の従業員を雇っているなら、当然のことながら、就業規則を整備しなければなりません。
え?
就業規則はあるけど
「降給」
の規定がない場合どうするかですって?
まずは、勝手に減額した分を直ちに払ってあげてください。
そうじゃないと、
「給料全額払いの原則(労働基準法24条)」
に違反して、罰金刑をくらってしまう場合もあります。
次に、今後、適法に
「降給」
するために、就業規則を変更して
「降給」
の規定を新設しなければなりませんね。
あ、でも、変更といっても、好き勝手に就業規則を変更してもだめですよ。
「降給」
規定の新設は従前の労働条件よりも労働者にとって
「不利益変更」
になりますので、第四銀行事件(最高裁97年2月28日判決)が判示するように、労働者の被る不利益の程度、使用者側の必要性の内容・程度、代償措置等を総合的に考慮して、
「合理的な変更」
にあたるかどうかを慎重に検討しながら進めなければなりません。
まずは、就業規則の見直しをしていきましょう!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00198_企業法務ケーススタディ(No.0153):行き過ぎたエコ表示へのおとがめ

相談者プロフィール:
チャラ・ビューティー株式会社 代表取締役 茶良 慎吾(ちゃら しんご、29歳)

相談内容: 
せ~んせ~い!
ご無沙汰してます。
本日は、新商品の相談に来ましたよっと。
これまで、いろんなものを売ってきたけど、今はエコに敏感なギャル向けにターゲットを絞った美顔器、『チャラ・ビューティー・スーパー・エコ』を発売したところ、売れに売れちゃっております!
チャラ男です!
この美顔器、
「リサイクル材を活用」
とかうたってて二酸化炭素排出削減率50%って表示してるんだけど、実際は、研究部門から
「そこまでは達成できてないかもしんない」
なんて報告が上がってきちゃって。
いやぁ、最近は若者もエコ意識が高くて、ある意味ファッション化してるんだよ。
それで、
「ギャルとエコ」
なんて斬新な組み合わせのこの商品はバカ売れしたってわけ。
何か問題でもあるんですかって?
いやぁ、俺としては全くないと思ってるんだけど、なんだっけ、急に先週、公正取引委員会とかいうところから連絡があってさ、
「おたくの商品の広告表示に関して少しうかがいたい」
なんていってきたってわけ。
不安だからさ、いったい何のことだろうって、社内でさっそく緊急対策本部立ち上げて調査したら、どうやら
「エコ表示」
がちょっとヤバいっぽいんだって。
キツイねー。
先生、これってどれくらいやばいことなのかな?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:景品表示法とは
企業のコンシューマーセールス(消費者向営業活動)を規制するものとして、消費者を誤認させるような不当な商品表示や射幸心を煽るような過大な景品類の提供に対しては、これらを禁止する目的で定められた不当景品類及び不当表示防止法(景表法)の規制が及びます。
顧客誘引に力を入れなくても十分なブランド力がある企業等は、これまで景表法など意識すらしなかったと思われます。
しかし、最近では、個人消費が冷え込み、また業界再編の波を受けて企業間競争も活発になり、積極的に顧客誘引を行おうとした結果、大企業でも景表法に抵触してしまう、という事例が出てきています。
景表法違反の措置としては、排除措置命令(同法6条)を受け、カタログやチラシやポスターの回収等が命じられる場合がありますし、さらに、当該措置命令に違反した場合、刑事罰が科されることまで想定しておかなくてはなりません。
何よりも同法違反によって消費者に対する信用がダメージを受け、売り上げの低迷や株価の低下を招く、といった事業への悪影響が生じます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:優良誤認について
同法第4条第1項第1号は、事業者が、商品やサービスに関して、その品質・規格その他の内容について、一般消費者に対し、
1 実際のものよりも著しく優良であると示すもの
2 事実に相違して競争関係にある事業者に係るものよりも著しく優良であると示すもの
であって、不当に顧客を誘引する等のおそれがあると認められる表示を禁止しています。
具体的には,商品等の品質を、実際よりも優れていると偽って宣伝したり、競争相手よりあたかも優れているかのように偽って宣伝したりする行為が該当します(2009年4月20日には過大なエコ表示に関して大手家電メーカーに対して排除措置命令が出されました)。
そしてこの規制は、故意に偽った場合だけでなく、誤って表示してしまった場合であっても、優良誤認と外形的に認められる場合には、同法の規制を受けるため、十分な注意が必要です。
この規制に該当すると上記排除措置命令が出されることが一般ですが、そのための調査として、消費者庁長官(実際には委任を受けた公正取引委員会)が、期間を定めて、表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めてきます。
そして、この提出に応じないとか、十分な資料が提出できないなどということになると、
「不当表示」
とみなされてしまう、という仕組みを有しています。

モデル助言: 
このような法律の仕組みになっていますから、公取の調査を無視するなんて手法は取り得ません。
そんなことしたら、
「不当表示」
と決めつけられた上、排除措置命令が出されて
「我が社は嘘をついていました。
ごめんなさい!」
という表示を義務付けられるなど公開羞恥プレーをさせられます。
企業の信用など一挙に吹き飛んでしまいますよ。
そこで、指導勧告で本件を終わらせることが目標になります。
そのためには不当表示と決めつけられないように真摯に対応すべきことは基本ですね。
そして、法が規制しているのは
「著しく」
優良である旨の表示ですから、
「著しくはない」
ということはしっかりと主張していかなくてはなりません。
現在のところ、どれほどデータとかけ離れた表示がなされていたかは不明確なままですよね?
研究部門の実験データ等全部洗いなおして、表示とデータとの間にどれくらいの乖離があるのかを分析し、それが一般消費者に大きな影響を与えないことを論理的に説明しなくてはいけません。
その上で、説得的に再発防止策を論じた報告書を提出することで、なんとか排除措置命令を避ける方向で、全力を尽くしていきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00197_企業法務ケーススタディ(No.0152):家主が夜逃げして、地主から出て行けといわれた!

相談者プロフィール:
forever mature 代表取締役 矢部 祐二(やべ ゆうじ、34歳)

相談内容: 
先生、この前、友人と、おしゃれな40代、50代の女性限定のアパレルブランドを立ち上げたことはお話ししましたよね。
その後、表参道の古い民家を借りて、内装にかなりのカネをかけてリノベーションして、セレブな奥様方にうけるように1階にはおしゃれなカフェなんかもつくって、ショップをオープンしたんです。
お陰さまで、ショップも大繁盛で、俺好みの年上の女性にも会えるんで、最高っすよ。
で、いいこと尽くしだと思っていたら、昨日、いきなり、土地の持ち主だっていう、欲深そうなジジィがやってきて、
「土地を貸して民家を建ておった輩が、6ヶ月以上、地代を払っとらん。
それに、行方をくらませて地代の請求もできん。
よからぬ連中からカネを借りていたという話も聞いておるし。
とにかく、土地の借主が地代を払わん以上、建物は取り壊して土地を明け渡してもらう。
お前さんにも出てってもらうからな!」
とかっていうんですよ。
俺は、民家のオーナーに毎月ちゃんと銀行引き落としで賃料支払っているのに、民家のオーナーと地主との間の地代のことなんて知らないっすよ。
でも、地主は、土地を明け渡せって息巻いているし。
このまま、ショップが取り壊されちゃうんですか?
先生、改装費用とか、全然回収できないし、そんなのヤですよ。
何とかしてください!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:土地(敷地)と建物の賃貸借関係の原則
土地(敷地)の賃貸借は、
「土地の所有者」

「土地を利用する者」
との間で締結されるものであり、また、建物賃貸借は、
「建物の所有者」

「建物を利用する者」
との間で締結されるものです。
それゆえ、
「土地を利用する者」
が、
「土地の所有者」
から土地を借りて建物を建築し、今度は
「建物の所有者」
として
「建物を利用する者」
に建物を貸した場合であっても、
「土地の所有者」

「建物を利用する者」
との間に、契約関係はありません。
なお、
「土地の所有者」
にとってみれば、
「建物を利用する者」
は、建物の利用と同時に、事実上、土地も利用しているのだから、あらかじめ
「土地の所有者」
の許可を求めてもよいような気もしますが、この点について最高裁1971年4月23日判決は、法律上、土地を利用しているのは依然として
「建物の所有者」
であるとして
「土地の所有者」
の許可は不要であるとしております。
このように、
「土地の所有者」

「建物を利用する者」
との間には、何らの契約関係も、何らの利害関係もないのが通常です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「建物の所有者」に代わって地代を支払えるか
ところで、
「土地の所有者」

「建物を利用する者」
との間には、何らの契約関係も利害関係もない以上、仮に、
「建物の所有者」

「土地の所有者」
に地代を払っていない場合であっても、“代わりに地代を支払う”根拠を欠くとも思われます。
しかしながら、実際に
「建物の所有者」
が地代を支払わなければ、そのうちに土地(敷地)の賃貸借契約を解除されてしまい、結果として、建物からの退去を強制されてしまいます。
そこで、何とか、土地(敷地)の賃貸借契約を解除されないように、“代わりに地代を支払う”ことができるかが問題となります。
この点、最高裁86年7月1日判決は、
「建物賃借人と土地賃貸人との間には直接の契約関係はないが、土地賃借権が消滅するときは、建物賃借人は土地賃貸人に対して、賃借建物から退去して土地を明け渡すべき義務を負う法律関係にあるから、敷地の地代を支払い、敷地の賃借権が消滅することを防止することに法律上の利益を有する」
として、
「建物を利用する者」
による地代の支払いを有効としました。
この判例を適切に活用することにより、きちんと家賃を支払っている建物を利用する者としては、
「『建物の所有者が土地の所有者に地代を払わない』等という、自分ではどうにもできない理由で、底地のオーナーから無理やり建物から追い出される」
という事態を防止できる、というわけです。

モデル助言: 
矢部さんとしても、民家のオーナーが地代を支払わないと、多額のリノベーション費用をかけて立ち上げたアパレルショップから、突然、立退きを余儀なくされてしまうわけですから、民家のオーナーに代わって地代を払う
「利害関係」
があるわけです。
したがって、まずは、地主さんに事情を説明して、民家のオーナーに代わって滞納している地代を支払うことを提案してみてください。
もっとも、地主さんと民家のオーナーとの間で話がこじれてしまっている場合には、地代を受け取ってくれないかもしれません。
地主とすれば、
「行方不明になるなど面倒くさい民家のオーナーとの間で、法律上、少なくとも30年間は継続することになる借地契約」
なんて面倒くさいものはとっとと解除して、30年前に比べて相当値上がりしている土地を有効活用したい、と考えるでしょうから。
このような場合には、支払いを行う
「利害関係」
があるにも関わらず、債権者である地主が
「弁済の受領を拒むとき」
に該当する(民法494条前段)として、法務局に
「供託」
すれば済みますよね。
いずれにせよ、心配しなくて大丈夫ですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00196_企業法務ケーススタディ(No.0151):株主からの質問への対処法

相談者プロフィール:
高橋映画株式会社 代表取締役 高橋 英雄(たかはし ひでお、68歳)

相談内容: 
先生、最近は、3D映画とかアニメとかに押されっぱなしで、もう時代劇は流行らなくて困っていますよ。
弊社の一部の株主からは
「ドリームワークスみたいなフルCGの感動超大作は作れないのか」
なんていい加減な提案が飛び交う始末です。
今まで、時代劇一本でやってきた会社にCGを作れ、なんて、ムリに決まっているじゃないですか。
とはいえ、今年もまた、弊社の株主総会の時期がやってきました。
今年の議題は役員の改選と定款の一部変更だけなので、そんなに紛糾することはないと思うんですが、何せ、昨年度の売上も悪いだけに、嫌がらせのように
「なんでハリウッドスターを使わないのか」
とか、バカ丸出しの質問が出てくるに決まってるんですよ。
さらに、去年の時代劇の大作でヒロインを演じた弊社の専属女優の熱愛スクープとか、経営に全く関係ない事項についても、ネチネチ質問してくる輩もいるでしょう。
いっそのこと、
「ノーコメント。もう知らない!」
で通してやろうと思うんです。
もちろんくだらん質問に対してですよ。
そりゃ、まともな質問にはきちんと答えますって。
主幹事証券会社の連中や法務の連中は、
「株主の質問には、誠意をもって回答すべき」
とかいってますが、そんなの無理ですよ。
バカな奴のバカな質問には、
「ノーコメント」
で十分ですよ。
先生、それで問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株主総会の位置づけ
そもそも、株主総会というものは、株式会社の基本的な方針や重要な事項について議論して決定する会社の機関の1つであり、会社の実質的な“持ち主”である株主によって運営される会です。
株主が会社の“持ち主”である以上、会社に関することは、全て株主総会で議論して決定するべきとも考えられますが、実際には、多人数に及ぶことが予定されておりますし、日々の業務についていちいち議論していたのでは迅速性を損ない、ビジネスチャンスを逃してしまいます。
そこで、日々の業務については取締役等の経営の専門家に委ね、株主総会では株主の権利を守ることを目的として、基本的な方針や重要な事項についてのみ議論し決定することとしたわけです(いわゆる「所有と経営の分離」)。
なお、基本的な方針や重要な事項について議論するといっても、多くの株主(特に個人株主)は、株価や剰余金(利益)の配当の有無、その額にしか興味がなく、これまでの多くの株主総会は、さしたる議論もなされずに短時間で終了するというのがほとんどでした。
もっとも、近年では、株価をより高くするために、会社に対し様々な提案等を直接行うアクティビストと呼ばれる株主も多くなり、これらの提案等が経営陣の意思決定に大きな影響を与えています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:取締役の説明責任
ところで、前記のとおり、株主にとっての株主総会は、会社に対し自分の意見を述べることができる唯一の機会でありとても重要な会合ですが、株主は、日頃から会社の詳しい情報や資料に接しているわけではなく、会社についての情報が不足しています。
また、株主総会開催の際に送られてくる招集通知には簡単な資料しか添付されておらず、議論をするにしても、そのための前提を欠いています。
そこで、会社法は
「取締役(中略)は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならない(法314条)」
と、
「取締役は、株主総会において、株主に対して説明義務を負うべきもの」
としています。

モデル助言: 
「株主の質問には、誠意をもって回答すべき」
という主幹事証券会社や法務の担当者の助言は、取締役として会社法に定められた説明義務を果たす、という観点では、間違ってはいません。
ただ、株主の質問には何でもかんでも答えなければならないとするとそれはそれで不合理です。
そこで、まず、会社法は、
「1 株主総会の目的である事項に関しないものである場合、
2 その説明をすることにより株主の共同の利益を著しく害する場合に取締役の説明責任を免除し、また、説明のために調査が必要となる場合や同じ質問を繰り返す場合など、正当な理由がある場合にも説明責任を免除する」
とも定めています。
なお、株主総会の目的に関するかどうかは、
「議題について、株主が合理的な判断をするのに必要な範囲がどうか」
によって決まると解されております。
御社の専属女優の個人的な交際についてはどう考えても
「役員の改選」

「定款の一部変更」
に賛成するかしないを判断する上で必要とも思われません。
また、同じ質問を繰り返すようであれば、株主総会の効率的な議事の進行を確保するために議長に認められている
「質問を制限する」
という権限を行使するのも一つの方法です。
いきなり
「ノーコメント」
では、株主をいたずらに刺激するだけですから、会社法に則って、手続きを踏んで、うまくスルーしちゃいましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00195_企業法務ケーススタディ(No.0150):サブリースの甘言

相談者プロフィール:
レッドマネジメント株式会社 代表取締役 牛田 吉憲(うしだ よしのり、46歳)

相談内容: 
先生、お久しぶりですっ!
今日はね、不動産の相談で参りましたよ。
俺も余裕できて一戸建て買って、一昨年には世田谷に別の結構な土地まで買わせていただきました。
その際には、先生にもお世話になって・・・。
勢いで土地買ったはいいけどさ、今になって活用法考えてないことに気づいたんっすよ。
そんな時、ゴリラ不動産なんてところから、
「良い土地をお持ちですね!
駅近だし、商業施設を造っていただければ、われわれがそれを一括で借り上げ、賃借人との折衝も全部行わさせていただきます。
われわれとの契約では賃料の自動増額特約入れていただいても構いませんし、損はさせません!」
って話が来ましてね。
そいつによれば、確かにビル建てるのにお金は必要だけど、全部借り入れで賄えるし、3年ごとに10%賃料上がるし、不動産屋は15年間解約せずに借り続けてくれるっていうし、その15年で間違いなく借金返済に十分で後はお金が入ってくるだけだし、全くもって問題ないと思うんだよね。
これは身銭切って
「位置についてよーいドミニカ!」
かなぁって思うんだけど、俺、意外に保守的だからさ、リスクの確認に来たってわけ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:サブリースとは
本設例で牛田氏がゴリラ不動産から提案を受けているのは、いわゆる
「サブリース」方式
と呼ばれるものです。
法的には要するに単なる
「転貸」(日常用語にすれば「又貸し」)
なのですが、
「所有権者(オーナー)が業者に建物全体を賃貸し(賃貸①)、その業者が、建物の運営・管理を一気に引受けた上で、さらに、各区画を賃借人に又貸しする(賃貸②)」
という2段階の賃貸借契約を想定して行われる1つの事業です。
オーナーとしては、余っている土地の合理的な活用方法を業者に任せられるし、各区画を実際に使用する賃借人との個別の対応に追われなくてもいいし、たとえ空き室があっても業者が賃料保証してくれているようなものだし、ということでメリットばかりのようにも思えます。
ただし、管理・運営を全部業者に任せる以上、どのような者が区画を利用するのかの選択権はありませんし、オーナーが建設すべきビルについても、細かな設計・仕様などすべてに、業者の意思が反映されることになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:賃料減額請求の可能性
一番の問題は、
「一定額の賃料を長年にわたって確定的にもらい続ける保証がない」
ということです。
本件では、不動産屋から、
「定期的に賃料を自動で増額させていただきますから」
などという甘言が用いられ、あたかも長期の賃料保証がなされているようにも思えます。
しかし、たとえ、このような定めがあったとしても、一定期間後に賃料が減額される可能性を否定することはできません。
すなわち、賃料については、不動産の価値が周辺環境、景気、不動産市況等によって影響されやすいものであることから、借地借家法により、借り主には賃料減額請求なる権利が認められています。
借地借家法というと、
「“個人”の借り主を保護する趣旨で制定されたものであり、借主が“事業者”であるときは無関係だろう」
などと即断する方もいらっしゃるかもしれませんが、事業者であっても同法の保護を受けます。
上記サブリースという仕組みからすると、
「2段階の賃貸借を包含する1つの事業性の強いプロジェクトであることから、個別に1つの賃貸借関係だけを抜き出して借地借家法を適用するのは不合理だ」
という有力な学説もかつては存在しておりました。
しかし、最高裁は、
「借主が事業者で、しかも、賃料自動増額の定めがあったとしても、同法に基づいて賃料減額請求をすることができる」
旨判示し、サブリース業者が約束を違えて賃料の減額をできる(逆にいえばオーナーは賃料収入の一部を失う)、との法理が確立したのです(最高裁2003年10月21日判決)。

モデル助言: 
危険ですね。
事業性の検討を自ら行うこともなく、不動産業者に任せっきりで
「サブリース事業がうまくいくはず」
なんて期待しているようでは。
牛田さんは、不動産業者が一定額の賃料を長年にわたって支払ってくれるなんて甘く考えているようですが、上記のように減額請求の可能性も十分あり、また、ビル建設のための大きな債務を自分で負うことも考えると、相当慎重に検討する必要があります。
もちろん、土地を寝かしておいておくだけでは、固定資産税等の負担しか生じず、何か利用法を考えなくてはいけないということも分かります。
ですが、
「土地を提供し、自らビルを建設して、事業者にこれを貸すことで利益を得る」
という行為は、
「サブリース事業に共同して参画する」
ということに他ならず、共同事業者として、真剣に経済的合理性を分析しなければなりません。
ビルだけ建設して、不動産業者が倒産してしまっては元も子もありませんから、不動産業者の体力がどうなっているのか、本件サブリース事業を遂行するにあたって、どのようなテナントからどれほどの歩率を取るのか、これからの不動産市況をどう考えているのかなど、逐一、精査すべきですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所