00153_企業法務ケーススタディ(No.0108):会社の定款を紛失してしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
カミナリ製菓株式会社 代表取締役会長 武右 貴樹(ぶう たかき、77歳)

相談内容: 
先生、ウチの会社って、もともと、兄貴の故・長介と一緒に立ち上げ、浅草寺のそばで細々とアラレやせんべいを作ってきた小さなお菓子屋だったんです。
でも、ここ数年、
「カミナリ様せんべい」
っていう商品が大ヒットしまして、売り上げもうなぎ上りで、銀行もたくさんお金を貸してくれるし、よくわからない横文字のファンドって連中もどんどん出資してくれるし、女房も機嫌がいいし、いいことばっかり続いているんです。
そこで、創業50周年を記念して、わがカミナリ製菓株式会社も、3年後の株式公開を目指して頑張っていこう、ってことになったんです。
で、さっそく、ウチの仲本税理士に紹介してもらった支村証券会社の人や一緒に付いてきたよくわかんないコンサルタントの方にお願いして、株式公開に向けた準備は始めたのですが、そしたら、いきなり蹴つまずいてしまいました。
というのも、ウチの会社の定款が見当たらないんです。
もともと、先代だった兄貴の長介自身、だらしのない人間で、会社の書類なんて全然整理していなかったから、いくら探しても定款がないんですよ。
これには、コンサルタントや証券会社の人もあきれ果てて、
「こんなに内部統制がずさんで、書類の管理もできないような会社じゃ、株式公開なんて絶対無理です。いちから出直してきてください」
っていうんですよ。
確かに、会社の憲法っていわれるくらいの定款ですから大事なのは分かりますけど、なくしちゃったら最後、二度と株式公開できないんじゃ、死んだ兄貴にも申し訳ないです。
何とかしてください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社法施行により重要性が高められた会社の憲法
株式公開企業や資本金5億円以上の大企業ならまだしも、これまで、多くの中小企業にとってみれば、会社の定款の管理をしたり、内容の確認をしたりするといった必要性はなかったかもしれません。
しかしながら、2017年に会社法が施行され、所定の手続を経て定款に定めることで利用できる新しい制度等が増えたこともあって、昨今、その重要性が再認識されております(定款自治の拡大)。
例えば、株主総会の特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)を経て
「取締役会を設置しない」
旨を定款に記載することで、それまで義務付けられていた取締役会を設置しなくてもよくなりましたし、また、株主総会の特別決議を経て
「役員の会社に対する損害賠償責任の範囲を、報酬の4倍以内とする」
といった内容の責任制限規定を定款に記載することで、株主代表訴訟が提起された場合の役員の責任の範囲を限定することもできるようになりました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:紛失の場合の手続き
もっとも、このような会社法上の便利な制度等を利用するためには、そもそも定款がなければ始まりません。
しかしながら、中小企業の場合、さまざまな理由で定款自体を紛失してしまっているケースが少なからず見受けられます。
定款を紛失した場合、まず、会社設立後、5年以内であれば、法務局に会社の設立登記申請書類一式と定款の写しが保存されています(商業登記規則34条)ので、法務局で閲覧することができます。
次に、会社設立後、20年以内であれば、会社設立時に定款認証手続きを行った公証役場に定款が保存されています(公証人法施行規則27条)ので、当該公証役場で定款謄本の交付を受けることができます。
もっとも、会社の文書管理は内部統制の前提ともいうべき基本課題であり、定款のような重要な文書すら紛失してしまう会社については文書管理体制を徹底的に直しておく必要があります。
経営トップが
「文書管理の重要性」
すなわち
「文書の保管・運用コストを掛けても解決すべき課題である」
ということを認識した上で、文書を種類ごとに選別し、重要度合いごとに適切な保管方法を選択するなどして立体的な管理方法を確立する必要があります。

モデル助言: 
カミナリ製菓株式会社さんの場合、創業50周年ということですので、公証役場で定款を保管する期間が切れてしまっています。
会社設立後、20年以上が経過してしまっている場合は、先ほど申し上げたような方法が使えず、少しやっかいです。
御社のようなどうしようもない場合、法務局で会社設立後に変更されたすべての登記内容も含めた登記簿謄本(登記事項証明書)を発行してもらい、設立時の株主総会議事録がある場合には、これらを参考に定款を復元する作業を行うことになります。
また、設立時の株主総会議事録すらない場合には、まず、登記事項証明書を参考に定款を再製し、株主総会の特別決議をもって、当該再製した定款の承認を受けるという形で定款扱いするという裏技を使うことになりますね。
定款すら紛失してしまっている御社のことですから、どうせ、株主総会議事録なんかもろくに作成していないでしょうし、まずは、法務局で登記簿謄本(登記事項証明書)を確認するところからやってみましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00152_企業法務ケーススタディ(No.0107):整理解雇のお作法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
特命パートナーズ 社長 杉下 左奇男(すぎした さきお、58歳)

相談内容: 
先生、ひとつよろしいですか?
最近の不景気について、先生はどのように分析しておられますか。
私は、調査分析を経た結果、この不景気をひとつの好機と捉え、
「不景気を理由として人員削減を進めたほうが良い」
という結論に達しました。
わが社では、若手はよく働いてくれます。
現場にも始終出ますし、何より熱心です。
一方、中間管理職の連中は
「穀潰し(ごくつぶし)」
といわざるを得ません。
彼らは、働きが悪いばかりか、私の指示にも盾突く始末。
この間などは、私が、
「長嶋茂雄を崇拝する、“大”の付く巨人ファン」
であることを知りながら、暑気払いの終わりに、タイガースファンの亀山課長が筆頭となって、六甲おろしを皆で合唱する、なんてことをしましてね。
このことからも、私への敬意を欠いていることが明らかであるといえましょう。
さて、先生、私は、前から、こういう使えない輩を一掃してリストラを進めたいと考えているわけですが、不景気は渡りに船。
同業他社はどこもリストラしており、業界ではプチリストラブームです。
私もブームに乗って、
「業界全体どこも大変で、もうリストラもやむを得ないから」
という空気感を作って、ダメな連中をクビにしたいのです。
新聞でも
「不況下ではリストラ解雇は認められる」
と書いてましたし、解雇は問題なくできますよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:整理解雇
会社が人を雇うという行為は結婚に、解雇は離婚に例えることができます。
すなわち、
「結婚は自由だが離婚は不自由」
と言われるように、採用は非常にイージーにできますが、離婚(解雇)は大問題になります。
例えば、裁判離婚(強制離婚とも呼ばれます)では、裁判所が相当と認めない限り離婚が認められることはありませんし、解雇についても、従業員側に相当な非違事由がない限り、裁判所は、解雇をほとんど認めてくれないのが現状です。
もっとも会社が存続しなくては雇用関係も意味がなくなってしまいます。
そこで、会社がつぶれそうな場合には、従業員側に非違行為がなくても、次の要件を満たすことで特別の解雇(整理解雇)が認められています。
すなわち、
1 人員削減の必要性
2 解雇回避努力義務の履行
3 人選の合理性
という整理解雇理由の要件と
4 解雇するに際して説明・協議等をしたか
という手続要件の計4要件です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:4要件の検討
整理解雇の各要件について詳しくみていきます。
まず、
1 人員削減の必要性について
は、人件費削減の必要性や業績悪化などという抽象的な理由では足りません。
もっとも、裁判所が、人員削減の必要性の有無について検討する際、使用者の経営判断(裁量)が尊重される傾向にあるため、人員削減の必要性がないことが明白な場合を除き、当該要件自体は認められることが通常です。
次に
2 解雇回避努力義務
については、新規募集の停止、ボーナスのカット、希望退職者の募集などの手段を尽くす必要があります。
このような努力義務を尽くすことなくいきなり整理解雇という強硬な手段に出た場合には、解雇権の乱用と判断されてしまいますから十分な留意が必要です。
さらに、
3 の人選基準
については、人員削減基準が客観的かつ合理的である必要があります。
整理解雇は、決して恣意的な解雇を認めているわけではありませんから、後日の訴訟をも見越して、客観的な基準を整備しておくべきでしょう。
最後に
4として、十分な手続・手順を踏むことも求められます。

モデル助言: 
御社がどれほど経営危機に陥っているかという点は別途調査するとしても、2の解雇回避努力義務と3の人選基準は問題になりそうですね。
話を聞いていますと希望退職者の募集も行っていないようで、
「社長の主観面においてキライな中間管理職を一斉に解雇したいだけ」
という印象を受けます。
このような場合には、整理解雇の要件の充足はキビしいと思われます。
「デキナイ」
人間について、クビにしたいのであれば、単純に普通解雇ができるかどうかを個別に検討すべきです。
無論、
「解雇権の濫用」
などといわれないように、いかに
「デキナイ」
人間かを慎重に調査・裏付けすることは必須の前提です。
もちろん、従業員が自分の意思で辞めていただく場合には、理由など問われませんから、まずは、事実上の退職勧奨を行い、従業員から辞表を出していただくことを行うべきですね。
手間は掛かりますが、世間でいわれている
「リストラ」
とは通常はこの手法を意味します。
とにかくあせりは禁物です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00151_企業法務ケーススタディ(No.0106):敷金差し押さえを理由に大家から立ち退きを要求された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社猿吉コンサルティング 代表取締役 猿吉 弘樹(さるよし ひろき、36歳)

相談内容: 
低空飛行の弊社にも回復の兆しが見えて、再来月には大口の入金予定があるのですが。
金融屋に借りた借金の返済ができずにいたら、いつのまにか公正証書を作られていて、ウチの会社のビルの大家に預けてる敷金について、差し押さえを受けてしまいました。
公正証書って、裁判もなしに差押えられてしまうんですね。
ほんとびっくりですよ。
差し押さえ通知が大家の哀川不動産のところに行ったのか、昨日、哀川会長がウチの会社に怒鳴り込んできました。
「オマエ、敷金まで差し押さえられたぞ、そんな会社、ウチのビルにふさわしくねえな。
いいか、ウチとアンタんとことの賃貸借契約書、良く見てみやがれ。
『店子が差し押さえを受けた場合には、ウチは催告なしに本契約を解除できる』て書いてあるだろ?
明日にでも店を閉めてくれるよな。
待ってくれ?
だったら、今後のウチの迷惑も考えて、迷惑料として200万円を払ってもらおうか。
アンタんとこの会社のハンコついた契約書もある以上、ガタガタ言うなら、すぐ出てってもらうよ。
カネがないなら、いい金融屋紹介するぞ」
なんて言われました。
これからウチの会社で商談予定がたくさんあります。
ほんの2カ月も持ちこたえれば順調に立ち直れるんです。
今追い出されたら、困ります。
哀川会長の要求どおり、迷惑料を払ったほうがいいんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約自由の原則とその修正
そもそも、わが国においては、私人間でどのような約束をしても、原則自由であり、法的効力が認められます。
これは、旧来の封建的な制約をなくして、自由な経済活動をできるだけ拡大することが、競争による経済の発展を目指すわが国の国是にかなうと判断されたことによります。
ところが、契約を全く当事者の自由に任せてしまうと、強者による弱者の恒常的支配が生じ、このような歪な経済環境を放置すると、社会不安を生じ、かえって経済の発展を阻害しかねない、ということが認識されるようになりました。
こうして、私人間の契約原理にも社会政策目的が反映されるようになり、特定の契約関係に関し、契約自由の原則が大幅に修正されるようになりました。
その大きな例として挙げられるのが、本事例でも問題となっている借地借家契約です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:信頼関係破壊の法理
店子に債務不履行があった場合、大家からの解除によって賃貸借契約は終了するはずです。
しかし、些細な債務不履行で即時契約が解除されるとなると、店子は簡単に住居や営業拠点を失い、店子の経済活動が著しく制限されてしまいます。
このような背景のもと、1964年に
「相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意が賃借人にあると断定できないから、賃貸人による解除権の行使は信義則に反し、許さない」
との最高裁判例が下され、以来、大家からの自由な解除を制限する理屈として
「信頼関係破壊の法理」
なる判例法が確立しました。
すなわち、
「信頼関係を破壊しない程度の契約違反くらい大目にみてやんなさい」
などと、
「約束したことは守るべし」
という単純かつ明快な契約の本質が、大家にとってこの上なく迷惑な形で、大幅修正されるに至ったのです。
設例と類似のケースとして、店子が銀行取引停止処分を受け、さらに税金の滞納処分として差し押さえを受けたものの、店子が破産宣告を受けることなく営業を継続して賃料支払に不履行がなかったが、大家が賃貸借契約を解除した、という事件がありました。
この事件について、東京地裁平成4年12月9日判決は、
「賃貸借契約を継続しがたい事実関係が発生したとは言えない」
として、銀行取引停止処分と差し押さえを理由とする大家からの賃貸借契約解除を認めませんでした。
すなわち、東京地裁は、
「賃料の支払はしているわけだから、敷金にちょいとツバを付けられたくらいで、ガタガタ騒ぎなさんな」
と考え、
「この程度では信頼関係は破壊されていない」
という評価をしたわけです。

モデル助言: 
確かに契約書には
「差押えを受けた場合には催告なくして大家が解除できる」
とは書いてありますが、賃貸借契約においては
「信頼関係破壊法理」
が判例上確立しており、店子の法的地位は非常に強化されています。
大家としては、差押えを受けた店子は賃料を滞納するんじゃないかと心配なのでしょうが、毎月きちんと賃料が支払われていれば十分なのですから、差し押さえを受けたというだけで信頼関係が破壊されたとはいいにくいでしょう。
とはいえ、賃料の滞納を続けると信頼関係が破壊されるとされていますので、賃料は今後もきちんと払ってください。
現在、契約違反状態が続いていることには変わりありませんし、他の些細な契約条項に違反したことをもって、
「差し押さえの事実と『合わせ技一本』で、信頼関係破壊成立。
ゆえに解除有効」
などと評価されることもありますので、十分気をつけてください。
大家の哀川さんからの
「迷惑料払え」
なんて冗談もいいところです。
完全に無視していいですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00150_企業法務ケーススタディ(No.0105):会社分割の妙味と注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
蚊刺(カサス)・プロダクション株式会社 人事・総務担当取締役 蚊刺 英一郎(かさす えいいちろう、50歳)

相談内容: 
先生、うちのプロダクションは、これまで
「制作すれば必ず視聴率が取れ、絶対外れなし」
といわれたサスペンスドラマ専門の俳優育成に力を入れるべく、平成初期にサスペンスドラマ専業俳優部門を立ち上げてそれなりに頑張ってきました。
しかし、最近では、お笑い番組やバラエティ番組ばかり注目されて、今では、この部門、すっかりわが社のお荷物になってしまっているんです。
このような状況もあり、うちの父で当社社長の英二が、会社分割に詳しい会計士の助言を得て、思い切って俳優プロダクション部門をうちの会社から分社独立させて、これをナニワ興業の子会社として引き取ってもらうというプロジェクトを立て、これを進め始めました。
とはいえ、俳優やマネージャー、その他働いている従業員丸ごと、強制的にナニワ興業に移籍させてしまうことができるかどうか、大問題になっているんです。
ナニワ興業は強烈な実績主義がモットーで、
「若手や売れないタレントやデキないマネージャーに対する労働条件が過酷」
という噂があり、移籍を嫌がっている連中も少なからずいるようなんです。
とはいえ、ウチとしても、サスペンスドラマ専業俳優や、温泉旅館でマッタリ仕事をするのに慣れたドラマ俳優のマネージャーとか使えない連中が残っても困ります。
分社化した会社に部門の従業員を円満に移籍させることができるか、頭を痛めているのですが、どうしたらいいでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社分割の妙味
会社分割とは、大きく分けて、会社がその事業の一部を切り離し、新しく設立する会社に事業を承継させる
「新設分割」
と、
既存の別会社に事業の一部を承継させる
「吸収分割」
があります。
この制度は、2001年の商法改正の際に導入されたものですが、その後、2005年に成立した会社法によってより簡易な手続きで会社分割等ができるように制度整備がなされ、組織再編の一手法として多用されるようになってきています。
会社分割という手法の妙味は、会社の経営に関わる各契約関係を、事業を承継する新しい会社(あるいは、事業を承継する既存の会社。以下、「承継会社」)に一挙に付け替えることができるという点です。
すなわち、事業譲渡のように、取引先との契約や従業員との間の労働契約を締結し直したり、事業用設備・商品在庫・預金等をはじめとする会社資産の譲渡手続きを行ったり、といった面倒なことをせず、スムーズに分社化ができるところが会社分割の旨味といえます。
具体的には、承継会社に承継させたい各契約関係や資産等を、会社分割手続きにおいて作成する新設分割計画書ないし吸収分割契約に記載すれば、原則として、取引相手の個別の同意を要することなく承継先に引き継がれていくことになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:会社分割と労働契約
「会社の一方的都合だけで契約関係が電光石火の如く切り替えられる」
というのは会社にとっては実に都合がいいようですが、見ず知らずの承継会社に突如転籍させられてしまった従業員にとっては大事です。
そこで、会社と従業員の利害調整のため
「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」
が定められております。
同法は、従業員を、
1 承継される事業に従事していた従業員
2 それ以外の従業員(承継される事業に従事していなかった従業員)
に分類した上で、会社分割において、
1の従業員を承継会社に「承継させない」場合と
2の従業員を「承継させる」場合に
それぞれの従業員に「異議権」を与えています。

モデル助言: 
社長のお話を前提とすると、当該部門の俳優やマネージャーさんというのは、先程お話しした①の従業員に当たりますね。
1の従業員を承継会社に
「承継させる」
場合には、従業員にとってみればこれまでと同じ仕事ができるわけですから、法律上、会社が対応する必要はありませんね。
この点、最高裁平成22年7月12日判例では、法律上
「異議権」
がない場合であっても、
「会社分割に伴う労働契約の承継に先立って、その承継に関して労働者との間で行われるべき協議が全く行われなかった場合または当該協議における会社からの説明や協議の内容が著しく不十分である場合には、当該労働者は労働契約承継の効力を争うことができる」
などとされているところが厄介といえば厄介です。
しかしながら、最高裁が要求しているのは、
「説明や協議」
であって、
「従業員のワガママな条件をすべてのめ」
ということではありません。
ま、今回の件は多分に噂がひとり歩きして疑心暗鬼を招いているところもあるでしょうから、ナニワ興業さんにきちんとした雇用条件を明示してもらうなりして、まずは説明と協議を尽くすことでしょうね。
そこまでやってもまだ文句を垂れるようであれば、
「最高裁判例で求められている説明や協議は尽くした」
として、そんな連中は放っておいて承継を進めてもいいんじゃないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00149_企業法務ケーススタディ(No.0104):資産運用の罠

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
日国工業大学 経理課長 美濃川 聞多(みのかわ もんた、66歳)

相談内容: 
先生、先生。
今日は、本学の資産を投資するにあたってのアドバイスをいただきに来ました。
まぁ、大学という機関には、毎年毎年定期的に学費やら受験料やらで大金が入ってくるんですが、ほとんど死に金という状況の中、昨今の少子化に対処すべく、資産運用について真剣に考えないとイカンのです!
なのに、理事たちは、研究にしか興味のないボンクラの上、
「絶対学校をつぶすな。
オレたちの退職金は絶対確保。
あとは良きに計らえ」
と勝手ですし、理事長の娘婿の財務部長ですら、ヨット狂いでほとんど学校に出てきやしない。
そんなわけで、私ひとりが、財務運用を任されてます。
学校をつぶすわけにはいかないので、国立パリ・バレバレ銀行という外資系金融機関の
「学校・病院財務担当者のためのサバイバル投資戦略」
というセミナーに行ってみたら、営業責任者の宮根谷(みやねや)というのがペラペラ回る口と、元気のいい関西弁でやたらと自信たっぷりに語ってまして。
その後オフィスに行ったら、
「これやらんと、少子化で学校つぶれますよ! 知りませんよ!」
と畳み掛けられ、その後は物すごい接待攻勢。
とりあえず、20億円から、といわれ、断りづらいんです。
別にいいすよね。
きちんとした金融機関が自信たっぷりに任せてくれ、といってますし。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:大学の巨額・運用失敗事件
リーマンショックのちょっと前から、本件のように、大学が資産運用に色気を見せ始めるようになりました。
ただその結果といえばお粗末なもので、K澤大学は190億円の損失、K応大学は179億円の損失、I知大学、N山大学、J智大学も軒並み100億円程度の損失を出しています。
他にも数十億円の単位で損失を出している大学が多数ありますが、その中でも、K奈川歯科大学では、損失問題から刑事事件にまで発展しました。
同校では、人事権を掌握する理事が、その権力を背景に、実体のない投資先に巨額の投資をし、業務上横領等で逮捕されています。
経営陣が逮捕されるという異常事態から、年間7億円の補助金も打ち切られかねないという状況に陥りました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:事件の背景
K奈川歯科大学では、強大な権力を一手に握る理事を誰も止めることができなかったというガバナンスの欠如を指摘することができます。
また、K澤大学においては、多額の損失が通貨スワップ等のデリバティブ取引により生じましたが、これを運用していたのは一経理課長でした。
取引開始時には、理事長による最終決裁を経ていたものの、その後の取引を、同課長が理事長名義で捺印することにより行い、市況の悪化に伴い追加保証金が要求されたときにも、ひとりで処理を続けていたようです。
このことからは、商品特性に応じた運用ルールが全く定められていなかったことも明白といえます。
これらのガバナンスの問題や、運用ルールの不備は、組織作りの観点からの分析ですが、より重大なことは、担当者を含む学校経営陣に金融知識がまったく欠如していることでしょう。
このことは、刑事事件等に発展してはいないものの、多額の損失を生んでいる多くの大学に共通していえることです。
知識の欠如した経営人らがなぜ複雑な金融商品に手を出すのかといえば、金融機関に完全に依存した結果であるといわざるを得ません。
金融に明るい人が大学経営陣にいればよいのですが、そのようなことは稀ですし、多額のキャッシュを有する大学は金融機関にとってはおいしいカモ、もとい、お客様として、強烈な営業の対象となりがちです。
知識はないのに営業攻勢をかけられ、かつ、組織としてもやめる仕組みを設けていないとなったら、金融機関の食い物にされることは明らかでしょう。

モデル助言: 
この学校の規則は、昨年の改訂の際に、ひと通りレビューしていますが、確か有価証券取扱細則があったはずです。
ほらほら、これ。
これによると、投資はNGと書いていますから、独断でやって失敗したら、美濃川さんがすべて責任を取らされますよ。
民事で賠償できるような額ではないですから、最悪刑務所行きですよ。
特にこの商品の提案資料をみると、現在の円高をベースにシミュレートしてありますが、為替が逆に振れると、ほら、こんなに損が膨れ上がるんですよ。
え? 知らなかった? こういう不都合なことは宮根谷はいわないんでしょう。
こりゃ、一歩間違えばアリ地獄ですね。
どういう接待を受けたかは知りませんが、そんな浮世のギリは無視してしまって構いません。
それに、少子化に伴って入学希望者数にお悩みということなら、大学の競争力を向上させるために、魅力ある学校づくりこそが第一ですし、そのための投資をすべきでしょう。
それでもなおリスクの高い投資を試みるというのであれば、定められた規則に照らした運用計画を策定し、理事会に諮って慎重に進めるべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00148_企業法務ケーススタディ(No.0103):自己株式取得のウルトラC

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
合綿(ゴウメン)紡績株式会社 代表取締役 浜田 裕二(はまだ ゆうじ、68歳)

相談内容: 
先般、中田ハウス商事が仕掛けてきた敵対的TOB騒動では、大変お世話になりました。
まさに
「万事休す」
というところでしたが、吉本物産が裏で動いてくれて、ホワイトナイトとして岡八紡績さんを連れきてくれたお陰で命拾いしましたわ。
ところで、今日参上しましたのは、あの件の事後処理のことなんですわ。
あのとき、岡八紡績さんには、中田ハウス商事をイテこます目的で、業務提携を発表し、弊社の株式を150億円分、どーんとお買い上げいただきましたが、その後、株価もしばらくいい値段で推移しておりましたので、ほったらかしにしていました。
ところが、先日、岡八紡績の社長がいらっしゃって
「オマエところの株価、下がる一方やんけ。
業務提携ゆうても具体的な話一つもあらへんし、オレのところの株主騒ぎ始めてるぞ。
こんなクソ株いらんから、早よ引き取ってくれ」
とかなり強い調子で要請しはるんです。
ウチとしても、何とか、岡八さんところに一時的に抱いてもらったウチの株を引き取ってあげたいんですが、ウチの主幹事の桑原証券に相談しても
「岡八さんが保有株式を短期で市場売却すると、株価がむちゃくちゃなことになりますし、岡八さんのところだけ特別に自己株式として引き取るゆうてもイロイロ手続が大変です。
ま、難儀でんなぁ」
とツレナイ返事なんですわ。
昨年から進めてきました花紀州テクスタイル社との株式交換話も佳境に入ってきてクソ忙しいときに、また、ややこしい話持ち込まれて参っとるんですがこれ、なんとかなりませんかいな。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:ホワイトナイトのその後
敵対的 TOBで乗っ取られそうになっている企業を助太刀すべく、ホワイトナイトとして登場し、第三者割当増資等で株式を引き受けたりする会社がときどき脚光を浴びることがあります。
しかし、ホワイトナイトとして活躍して役目を終えた会社が、その後、
「どのようにして舞台をハケていくのか」
という点についてはあまり語られません。
設例のように、ホワイトナイトとして助太刀したのはいいが、そのために買い取った大量の株式(しかも買収騒動が終わった後は、もとの地味な会社に戻るため、株価はぐんぐん下がり始める)の処理は、ホワイトナイト側として正直頭を痛めるところです。
市場で大量に売却するとなると、株価の下落にさらに拍車をかけることになりますし、自己株式として引き取るといっても株主全員に対して声をかける必要があり(株主平等原則)、
「ホワイトナイトさんだけ特別扱いしてあげて、会社が株を引き取ってあげる」
というのも会社法上特別決議を要します(会社法160条1項、309条2項2号)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:株式買取請求を利用したウルトラC
このように、通常は、特定の株主から自己株式を取得することは非常に難しいのですが、
「会社の合併など、組織再編行為の場合の、反対株主からの自己株式の取得」
については、このような制限がありません。
その理由ですが、
「会社が合併などの組織再編をする必要性の高さと、それに反対する株主の利益を両立させるためにはやむを得ない措置であるから」
等と説明されています。
そこで、このような株式買取請求制度に目を付け、
「ホワイトナイトの手許の塩漬け株を自己株式として引き取る」
という離れ業をやってのけた事例が出てきました。

モデル助言: 
ホワイトナイトが、 TOB騒動が鎮静化した後の株式をどのように処分するのかは頭の痛い問題です。
ですが、世の中には、頭のいい人間がいまして、株式買取請求制度を狡猾に利用して、手元の塩漬株を自己株式として引き取らせることに成功した例があるんです。
数年前世間を騒がせた製紙業界における TOB事件で、ホワイトナイトとして登場したN製紙は、乗っ取りの危機にあったH製紙の株式を150億円あまりで引き取りましたが、このH製紙株式は危機が去った後も売却ができず、塩漬けとなっていました。
しかし、H製紙がK製紙と株式交換を行うタイミングをとらえ、N製紙は、手元のH製紙株式について株式買取請求を行い、自己株式として引き取らせたのです。
うがった見方をすれば、株式交換自体本当に必要だったのか、株式買取請求という場面を作り出すために株式交換というイベントがつくられたのではないか、といろいろ疑問が生じてきますが、とにかく、手法としてはよく練られた方法です。
この手法のいいところは、株式買取請求を行使されると請求された側は拒否できないことから、事前の密談の実際の内容はさておき、引き取る側も
「ま、制度ですから、しゃーないですわ」
というポーズを取りつつ引き取れるところです。
とはいえ、きわどいと言えばきわどい方法ですので、後ろ指をさされないよう、リリース方法や株式買取請求権を行使する大義名分等を勘案し、慎重に進めて参りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00147_企業法務ケーススタディ(No.0102):個人株主叛乱のリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ダンディ株式会社 社長 伊達 ひろし(だて ひろし、60歳)

相談内容: 
先生もご存知のとおり、もともと薬品卸の当社は、10年前、男性用化粧品「ダンディクリーム」の販売で一世を風靡し、5年前には株式公開にも成功しました。
ところが、2年前に粉飾決算がバレてからというもの株価は下落する一方で、粉飾決算がバレる前には1500円を付けていた株価が、最近では300円を切る始末です。
それに、最近は「ダンディクリーム」も時代遅れみたいで全然売れないし。
それで、思い切って、業績の悪い化粧品部門を知人の会社に売却し、いっそのこと上場なんかもやめて本来の薬品卸に専念して地味に営業していこうと決心したわけです。
とはいっても、化粧品部門を売却するにも、株主総会開いたり何だか面倒くさい手続が必要みたいだし、こんなことやっている間にタイミングを逸しますよ。
先日、独立系ファンド・キッドブラザーズを経営する友人の柴田に相談したところ、柴田のファンドの協力で
「TOB(株式公開買い付け)やって株主数を減らしてから、化粧品部門を売却してしまえばいい。
その時点で残っている株主(TOBに応じなかった株主)から、株式を買い取れって請求されるかもしれないが、TOBの後上場廃止にしてしまえば、株式の客観的価値自体がわからなくなるから、適当に安い株価で買い取ればいい」
なんて言うんですよ。
確かに、反対する株主は少ないほうがいいし、それに安い株価で買い取れるなら万々歳ですけど、そんなにうまくいくもんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:反対株主の株式買い取り制度
会社法は、例えば取締役を選任する場合や新たに株式を発行する場合など、会社における基本的な事項を決めたり変更したりする場合には、一部の例外を除き、議決権の過半数をもって決することとしています(資本多数決の原則)。
もちろん、反対する株主であっても、一度、多数決が採られた以上、これに従わなければなりません。
しかしながら、
「常にかつ絶対的に多数決原理が優先され、反対株主(少数派株主)は、いついかなるときでもこれに従い続けなければならない」
というルールがまかり通れば、多数派が企業価値を下げるような不合理な多数決に及んだ場合、反対株主にとってあまりにも不当な結果を招来しかねません。
そこで、会社法は、株式の権利内容を変更したり、重要な事業を譲渡する場合など、株主権の変更や会社の重要事項の変更を伴う決議に反対する株主について、会社に対して自己の株式を
「公正な価格」
で買い取ることを請求できる権利を付与する旨の規定を設けています。
そして、このような株式買い取り請求があった場合、会社は反対株主と株式の買い取り価格に関する協議を行うこととなります。
しかしながら、反対株主側とすれば1円でも高く買い取って欲しいし、会社側とすればなるべく安く買い取りたいところであり、実際は、互いの利害が相反し、なかなか協議が進みません。
そこで、会社法は、30日以内に当該協議が整わない場合には、会社または反対株主からも申し立てにより、裁判所は、会社の資産内容、財務状況、収益力、将来の業績見通し、直近の株価などを総合的に考慮し、
「公正な価格」
を決定することとなります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:近年の個人株主の動向
これまで、設例のような投資ファンド主導による企業買収のケースにおいて、個人株主等の少数株主が、意に反して予想外に安い価格での株式売却を迫られ、泣き寝入りすることが多かったようです。
しかしながら、昨今では、個人株主がインターネットを通じて同じ立場の個人株主を探し出し、被害者の会を結成するなどして、会社側が提示した株式の買い取り価格に集団で反対を表明したり、場合によっては、前記のとおり、裁判所に対し、株価を決定する手続を申し立てたりするケースが出始めており(旧カネボウ株式買い取り価格決定事件、レックス・ホールディングス株式買い取り価格決定事件など) 、今後、このような傾向が顕著になることが予想されています。

モデル助言: 
御社の場合、TOB(株式公開買い付け)によって株主数を減らしてから化粧部門を売却し、反対する個人株主は、上場廃止後、雀の涙ほどの価格で追い出そうという魂胆のようですね。
そのようなスクイーズアウト策が簡単に実施できたのは、数年前の話で、現在では、しぶとく残っていた株主が、化粧部門売却の際に株式買い取りを請求し、買い取り価格を巡って徹底抗戦してくるリスクを無視できません。
その際、提示した株価が不当に安い場合には、反対株主の申し立てを受けた裁判所がダンディ株式会社の資産内容や将来の業績見通しなんかを高く評価してしまい、予想以上の高い株価を決定してしまう場合もありますので、このあたりのリスクを検証しておく必要がありますね。
というより、そんなに化粧部門の売却を実施したいのであれば、株主をバカにしたような小手先の技巧に走らず、正々堂々と株主の理解を得て、適正な価格と適正な方法で公正に事業譲渡していくべきじゃないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00146_企業法務ケーススタディ(No.0101):債権譲渡禁止特約

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
大暮企画株式会社 大暮 三太 (おおくれ みつた、57歳)

相談内容:
聞いてください。
この前、弊社の取引先の明石屋産業株式会社ってところに、弊社のなけなしの銭を絞り出して500万円貸してやったんですわ。
ところが、返済期限を過ぎてもちっとも返してくれへんのですぅ。
弊社にも銭の余裕は全くないですから、
「遅い! 遅い! はよ返してくんなはれ~」
って、取り立てにいったんですぅ。
そしたら、明石屋産業の杉本社長から、
「オマエみたいな貧乏神から銭借りてもうたばっかりに、ウチまですっかり資金繰りがメチャクチャになってもうた。
少しでも悪いと思うなら、ウチが村上商事に対して持ってる売掛金が515万円あるよって、これで我慢しいや。
債権譲渡の通知は、ウチから出しておいてやるさかい」
なんて説得されて、結局、その売掛金を貰い受けたんですわ。
それで、
「まぁ、15万円得したわけだし、しゃーないわ」
なんて思うて、いざ村上商事に売掛債権の請求に行ってみたら、村上の社長から
「アホか。
この取引基本契約書をよく見てみぃ。
オマエは知らんやろが、ウチと明石屋産業との取引には、別個に基本契約があるんじゃい。
ここに『明石屋産業が村上商事に対して有する売掛債権は、譲渡できないものとする』って書いてあるやろ。
明石屋産業から確かに通知は来とるが、大暮企画を債権者と認めることはでけへんで」
ゆうて、まったく払ってくれまへん。
そんな約束があったなんて全然知りまへんでしたよって、エライ驚いて何もいえまへんでした。
いつの間にか明石屋産業は夜逃げしてもうたみたいやし、こりゃ、八方塞がりですわ。
何かエエ方法あったら、教えていただけんでしょか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:譲渡禁止特約とは
譲渡禁止特約とは、通常、債権者と債務者との間の契約で、(債務者の承諾なしに)債権を譲渡してもその効力を認めないものとすることを言います。
具体的には、明石屋産業(もとの債権者)と村上商事(債務者)との間で
「売掛債権は譲渡できないものとする」
と約束すると、明石屋産業は第三者に売掛債権を譲渡できなくなります。
その結果、村上商事から承諾のないまま明石屋産業との間で売掛債権を譲り受ける約束をしても、大暮企画(債権の譲受人)は当該売掛債権を取得することができないことになります(譲渡禁止特約の物権的効力)。
なお、取引基本契約書とは、当事者の間で個々に行われる取引に共通して適用される約束事を定めたもので、村上商事が示した取引基本契約の対象に含まれる限り、同社と明石屋産業との間の個々の取引に適用されることになります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:債権の自由譲渡性
しかしながら、民法466条1項は
「債権は、譲り渡すことができる。
ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない」
として、原則として、債権は自由に譲り渡すことができる旨宣言しています。
これは
「信用流通を高め、金融資本主義を発展させるためにも債権は自由に譲渡されるべき」
というわけです(債権の自由譲渡性)。
そして、譲渡禁止特約の効力を定める同条2項は、その但書において、
「譲渡禁止特約は)善意の第三者に対抗することができない」
と規定し、譲受人(本件で言えば大暮企画)が
「譲渡禁止特約の存在」
を知らなかったのであれば譲渡は有効になるとしました。
この点については、かつ
「譲渡禁止特約の存在を知らなかった(善意)としても、知らなかったことに過失があれば、やはり債権譲渡は無効」
という議論もありましたが、通常の過失を超えた重大な過失のない限り、善意の譲受人は当該債権を取得することができるというのが裁判の趨勢です。
債権の自由譲渡性という原則を重んじ、譲受人の保護を重視しているものといえるでしょう。

モデル助言: 
大暮社長は、本件の売掛債権に譲渡禁止特約があることはもちろん、別途、取引基本契約が存在していたことすら知らなかったわけですし、明石屋産業から渡された売買契約書にも
「他に取引基本契約が存在していること」
を示す記載はないようですから、泣き寝入りはもったいないですね。
「そもそも知らなかったし、重大な過失などなかった」
として、徹底的に支払いを求めていきましょう。
「譲渡禁止特約の存在を知らなかったことに重大な過失があったかどうか」
は、最後は裁判所の判断となりますから、楽観的な見通しは禁物ですが、
「債権は自由に譲渡できるのが原則」
ですから、
「大暮企画に重大な過失があったこと」
は債務者である村上商事が立証しなくてはなりません。
ですから、明石屋産業が夜逃げしてしまったことも、それほど痛手ではありません。
もっとも、念には念を入れるということで、明石屋産業の杉本社長をこちらが先に見つけ出し、杉本社長の
「私は、譲渡禁止特約のことなど、大暮社長には何ひとつ説明しませんでした」
といった内容の宣誓供述書を貰っておきましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00145_企業法務ケーススタディ(No.0100):履行の着手

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ザーマス・リアルエスティト株式会社 社長 仁村 和勝 (にむら かずかつ、年齢非公表)

相談内容: 
土地、売れねぇのかよっ! なぁ、先生よぉ~。
俺、びっくりしちゃったよ。
ウチは不動産を売ったり買ったりしてんだけどさ!
つってもさ、俺が実際に売り主とか買い主になるわけじゃないから・・・、そっ、そうっ! 要するに仲介業。
そういうこと! さすが先生、よくご存じでらっしゃる。
でね、今回は、どうしようもない土地があったって話。
一応、地目は宅地なんだけど、ず~っと放置されてた土地で、道路も敷設されてなきゃ、電気や水道も通ってないって状態だったわけ。
そんな土地をさ、腐れ縁の大岳(おおだけ)が
「ちょっと売るの手伝っちゃってくんない?」
って軽く売却の斡旋をお願いしてきたから、つい、
「任せろっ!」
ていっちゃったんだよね。
当時、大岳はカネがなくってさ、仕方ないから今回は俺が買い受けて、宅地として売り出すために必要な工事とかした上で、売却することにしたんですよ。
一応、買い主になるってことで100万円手付金も払ってやって、頑張って高値で買い受けてくれる人間も見つけたのにさぁ・・・。
さぁ、残金支払うかって段になって、急に大岳のヤロウ、別のオイシイ話を見つけてきたのか、
「200万、これ手付け倍返しってことで契約ナシね!
やっぱさぁ、お前に売った金額低過ぎるわ」
なんて急に言い出すんです。
先生、俺、頑張って土地の工事して転売利益得るつもりだったのに、200万ポッチもらって、あいつに土地返さないといけないのかな?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約の縛り
売買契約は、当事者の
「売る」「買う」
という意思の合致によって成立します(民法555条)。
そして、いったん契約が成立すると、当事者は、契約に拘束され、一方的に解約等をすることは原則としてできません。
もちろん、相手方に契約条項の違反等があり、それにより当事者が契約に拘束され続けることが不当だと思われるような場合には、解除や損害賠償といった手段が用意されていることはご存じのとおりですが、あとから考えたら不利だから
「やっぱヤンペ! ノーカン、ノーカン!」
なんてことはできません。
他方、
「オイシイ取引があるが、最終的に契約するかどうかちょっと考えたいので、しばし、ホールドしておきたい」
というときに、ツバを付けておく趣旨で、手付金が交付される場合があります。
この
「手付金」
ですが、よりよい条件での契約を締結できるよう、自由な取引を保護する趣旨で、
「売り主は、受け取った手付金の倍返しをすれば負担なく契約を解約できる(買い主は、差し入れた手付金を放棄すれば負担なく契約を解約できる)」
ことを意味し、
「解約手付」
と呼ばれます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:手付倍返しによる解除のリミット
しかし、このような手付金の交付がなされていた場合、
「わずかなカネで、何カ月であれ、何年であれ、気の向くまま解除が認められる」
というのでは、そんな不安定な関係を強いられる相手方としてはタマったもんじゃありません。
契約から引き渡しまでに一定の時間と手間が必要な取引を考えてみれば、ある程度履行の準備をした後は、
「他との取引のチャンスはもう考えず、相手のためだけに履行を完了しよう」
という信頼関係が構築されます。
いくら手付金のやり取りがなされているからといって、自由に解約が認められるべきとは考えられません。
そこで、民法557条1項は
「買い主が売り主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは」
解除できるとしております。
すなわち、この反対解釈から、
「いくら手付が打たれているからといっても、一度、相手方が履行に着手したら、手付を使った解除はできない」
というルールが導かれるのです。

モデル助言: 
要するに、仁村さんが
「履行に着手」
した後であれば、大岳が手付金の倍額を持参してこようが、もはや解除が認められない、ということになりますね。
具体的に何が
「履行の着手」
に該当するのかは、解釈に委ねられていますが、解約される側に不測の損害を与えないため、
「後戻りを要求するのが酷なほど、目に見える形で準備をした状態」
とされています。
今回、仁村さんは、宅地の転売をするために、水道の工事や道路の舗装工事などの多額の出費を既にしており、このような事情は相手方も知っていた上、残代金についても支払い準備が完了していたと思われますから、買い主として十分な準備をしたとして、
「履行の着手」
があったといえる可能性が高いですね。
とにかく、手付金の倍返しは一切受け取らず、逆に残金を提供し
「とっとと登記を移転しろ」
と請求していくことですね。
無論、大岳が見つけてきた取引の額が巨額で、
「とにかく、ナシにしてほしいから、カネには糸目を付けず、いくらでも出す」
というのであれば、こちらの言い値の解決金を払わせて合意解除してあげてもいいですね。
いずれにせよ、状況はこちらに有利ですから、徹底して強気にいきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00144_企業法務ケーススタディ(No.0099):取締役をクビにしたい!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
YOUR TALE(ユア・テイル)株式会社 会長 地味井 西男(じみい にしお、46歳)

相談内容: 
ウチの会社で社長やっとります岡面多浪(おかも・たろう)さんのことで相談させてください。
先代社長の高校の先輩で、会社の立ち上げからかかわってはった人で、古参中の古参のおっさんですわ。
頭やわかいですし、企画マンとしては優秀で、仕事はけっこうできるほうなんですけ、とにかく変わり者なんです。
「ビジネスは爆発だ!」
なんて突然叫んだりとか、
「四角いキャンパスにとらわれるな」
とかいって星型の紙で書類作り始めたりとか、意味分からんのです。
その上、エラい迫力で、ぎょろ目で睨みながら難しい言葉とかまくしたてるんで、みんな怖がっておるんです。
ウチの会社の代表取締役職は、会長である私と、社長やってもろてます岡面さんの2人ですが、株式自体は、先代から譲ってもらって私が100%持ってますんで、私はいわばオーナーですわ。
だけど、私のことを立てる気はサラサラないようで、
「ボン」
とか
「アホボン」
とか呼びはって、取引先や銀行の方の前でも平気でバカにしよるんです。
それで、この前、岡面さん以外の役員が集まって
「岡面さんが社長では、皆、よう付いていかんし、会社はガタガタになる。
もう引退してもらいましょ」
ゆう話になりまして、岡面さんに引退を勧告したら、
「私が社長になってから会社は一貫して増収増益。
理由もなく辞めるつもりなどない。
残りの任期満了まで立派に務めるつもりだ」
なんて言われて、ぎょろ目で睨まれる始末ですわ。
正直、手に負えまへん。
それなりの退職金は出すつもりなんですが、確かに辞めてもらうだけの理由がないといえばない。
こりゃ、任期満了まで諦めるしかないですかねえ、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社と取締役の関係
会社の従業員を会社の都合で一方的に解雇することは労働契約法をはじめとする法令等により禁じられており、解雇にはそれを正当化するような合理的な理由が必要です。
同様に、いくら
「会社役員」
といっても、取締役だって会社から報酬を支給されているわけですから、合理的な理由もなく一方的に辞めさせること(解任)はできないように思われます。
ですが、実は、従業員と取締役とでは、会社との関係に本質的な違いが存在します。
会社と従業員の関係は雇用関係と呼ばれ、要するに
「強い使用者(会社)と弱い労働者」
というモデルで捉えられます。
そのため、
「弱い立場の労働者」
を守るべく、労働基準法や労働契約法等が従業員を厚く保護するわけです。
これに対し、会社と取締役の関係は、簡単に言ってしまえば
「経営のプロ(取締役)とカネに不自由していない出資者(株主、つまり会社の所有者)」
という対等の地位にある当事者同士が想定されており、雇用ではなく委任に準じた関係であるとされています(会社法330条参照)。
従って、原則として取締役には労働基準法等の適用はなく、
「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる」(民法651条1項)
との原則に倣い、会社法339条1項も、取締役について
「いつでも、株主総会の決議によって解任することができる」
と規定しています。
つまり、100%株主は株主総会を開いて、いつでも自由に不愉快な取締役(もちろん、代表取締役を含みます)を解任できるというわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:正当な理由と損害賠償
ただし、
「対等な当事者間の契約」
といえども、一方の当事者の気まぐれで無闇に契約を解消されては、やられた側にとってはたまったものではありません。そこで、会社法339条2項は、解任に
「正当な理由」
がない場合には、会社は解任した取締役に対して
「解任によって生じた損害」
を賠償しなければならない旨を規定しました。
これは、株主に解任の自由を保障する一方で、取締役の任期に対する期待を保護し、両者の利益の調和を図ったものです。
したがって、
「解任によって生じた損害」
とは、取締役が解任されなければ在任中及び任期満了時に得られた利益の額であり、簡単に言えば
「任期満了までの役員報酬」
を意味します。

モデル助言: 
取締役の解任に合理的な理由なんて必要ありません。
「気に食わない」
の一言で、1人株主総会を開いて、バッサリとクビ切っちゃえばいいんじゃないですか。
解任の
「正当な理由」
とは、取締役の職務遂行上の法令・定款違反行為、心身の故障、職務への著しい不適任(能力の著しい欠如)等ですが、こうした理由が見当たらない以上、任期までの役員報酬は支払わなければなりません。
ただ、これだって、適当な理由をつけた解任という形で抵抗しておき、最後の最後は捨て扶持の退職金と思って払ってやればいい。
とはいえ、会社の登記に
「解任」
という登記原因が記載されることになるので、御社の御家騒動を世間に公示することになりかねません。
ですから、戦略としては、岡面社長を呼びつけて、その場で1人株主総会開催を宣言して、適当な理由をこじつけて、即時解任扱いとしてしまいます。
岡面さんが、事態を理解してガックリきたところで、退職金の提示と併せて辞任届にサインしてもらう、というのが穏当な筋でしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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