00037_企業法務ケーススタディ(No.0008): “事件”ではなく“事故”を起こしただけなら、“道義的”責任は生じても、“法的”責任は生じない

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ジャイアント・シッパー 江戸川 登(えどがわ のぼる、41歳)

相談内容:
先生、先生、先生、たっ、たっ、大変なんすよ~。
どうにかしてくださいよ~。
落ち着けって? そんなの無理すよ。
いや、どうもこうも。
今日、でけえ荷物運ぶ仕事があって、いつものようにウチの現場の人間に、利根川に船、出させたんですよ。
いや、その荷物って、動物園からの依頼で、キリンなんですけどね。
で、キリンだから、当然背丈が高いわけですよ。
頑丈でとんでもなく背丈の高い檻を船に載っけて、ドンブラコ、ドンブラコ、って運んでたわけですよ。
船長やらしてたのは、ベテランですが、上に送電線があるのをすっかり忘れてキリンの檻にひっかけやがって。
そうそう、今朝の東京の大停電。
それウチなんです。
え? ウチが株式公開してるかって?
ちょっと前、株式公開目指すなんて大きなこといってましたっけ。
あんなの銀行や取引先に対するホラに決まってるじゃないすか。
ええ、ウチは正真正銘の非上場ですよ。
てゆうか、そんなことどうでもいいんですよ。
とにかく、電話はじゃんじゃんかかってくるわ、テレビレポーターは押しかけるわ。
もう、だめ。破産ですよ。
破産。
助けてくださいよ~。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:法的責任と道義的責任
江戸川さんは、相当あせっておられますが、まず、冷静になる必要があります。
ある事件や事故がおこり、これに対して何らかの責任がある企業に対しては、事故当初、世間やマスコミから大きな非難が寄せられます。
ですが、社会的・道義的非難が大きいからといって、当該企業が負担する法的責任が当然のように発生し企業が崩壊するか、というと、そうはなりません。
法的責任と道義的責任は別物ですから。
道義的責任や社会的責任とは違い、法的責任の射程は極めて狭く、故意や過失まで、責任追求側が全て立証できて、はじめて、民事責任や刑事責任等が生じるのです。
故意・過失が立証できていない段階、あるいは、故意・過失すら不明で疑いの段階であれば、それは、事件ではなく、事故に過ぎません。
法的責任がない、あるいは法的責任が不明にもかかわらず、自ら、法的責任を認めて墓穴を掘るような(戦略的に)愚かな真似さえしなえければ、特段、窮地に陥ることはありませんし、慌てる必要もありません。

モデル助言:
そんなに焦ることはないですよ。
御社が株式公開企業だったら、売りが殺到で株価についてダメージを被りますが、幸い、御社は株式非公開です。
また、御社の商売は、消費者相手のいわゆる
「BtoC」ビジネス
ではありませんので、取引先関係だけしっかり関係維持しておけば、経営に影響があるということはないでしょう。
船長さんは、警察に呼ばれると思います。
ですが、
「過失による器物損壊」
を処罰する規定は刑法にはありませんので、特殊な業法違反で何らかの行政処分を受けるくらいは想定できますが、それほど大事にはならないと思います。
とはいえ、世間の評価をわざわざ下げることもないでしょう。
とにかく、
「道義的責任を痛感する」
とかいう法律上無害なコメントを出して、平身低頭、嵐が過ぎるのを待ち、損害賠償請求等も、会社の経営に与えない程度に賠償枠を予算として確保し、法的に明らかなものに限り、適宜の処理をするという方針で参りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00036_未払残業代の請求については、短期の時効を援用して請求を一部でも拒否すべき

労働債権は比較的短期の時効に服します。

すなわち、労働基準法115条で、賃金債権(残業代請求権を含む)は2年で時効になりますので、2年(*)より前の債権の請求をされたら、すかさず時効を主張(時効を主張することを、法律用語で「援用」といいます)すべきです。

(*法改正により、2020年4月1日以降に支払日が到来した賃金請求権(残業代請求権を含む)の消滅時効完成までの期間は、3年に変更されています。2020年3月31日までに支払日の到来した賃金請求権(残業代請求権)については、2年の消滅時効が適用されます)

なお、時効が完成した債権であっても、承認したり、その一部でも支払ったりすると、時効が援用できなくなります。

この
「時効」や
「時効の援用」や
「時効援用権の喪失」
といった制度ないし法理は、紛争法務の実務担当者にとって、すべての民事紛争において常に念頭に置いておくべき最重要なものです。

時効の利益を援用する権利を喪失してしまうと、
「2年待って、せっかく完成した時効の利益をフイにして、2年より前の未払残業代の支払いを余儀なくされる」
ということになりますので、労働債権に関しては、不利益を被る側(債務者側、企業側)として、十分な注意と警戒が必要となります。

流石に、プロの弁護士で、
「時効が完成して消滅させられる債務をわざわざ承認したり、一部弁済したりして、時効の完成した債務を復活させてしまう、愚劣極まりない失態」
に及ぶような手合はいないと思います。

ただ、このあたりの法律の仕組みをよくわかっていない、
「法律の素人」
の企業の人事担当者・労務担当者が案件を取り扱う場合や、企業が弁護士ではない非資格者(行政書士等)からアドバイスを受けたりしている場合等においては、
「お金に困っていて可哀相なので、少しだけ払っておきました」
などという愚劣な行為に及び、
「万事休す」
の状態に陥るケースがあったりします。

そうなると、一部弁済を理由に、せっかく完成した時効の効果を援用する権利を喪失して、かなり前にさかのぼって全額払わされる、ということも生じ得ます。

時効の取扱は、かなり慎重さを要しますので、面倒臭がったり、素人や非資格者が生兵法で適当な対処をするのではなく、しっかりとしたプロの弁護士のアドバイスに基づいて適切に対処することが推奨されます。

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00035「残業代を払うことなく延々と労働を強制できる、経営者にとって夢のような労働者」である、“管理監督者”とは?

労働基準法第41条は、
「監督若しくは管理の地位にあるもの(いわゆる「管理監督者」)」
について、労働時間、休憩および休日に関する規定の適用の除外を認めています。

逆にいえば、
「管理監督者」
に該当するような従業員に関し、法は過酷な残業を許容している、ということができます。

とはいえ、違法残業をさせるため、入社半年の従業員に
「明日から、君は管理監督者だ」
なんていうことは許容されるはずもありません。

管理監督者は、
「経営と一体的な立場にある者を指し、名称に関係なく、その職務と職責、勤務態様、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か等、実態に照らして判断すべき」
とされており、法律が想定しているのは
「仕事さえきちんとしていれば、平日にゴルフに行っても、文句を言われないくらいのエグゼクティブ」
だと思われます。

ちなみに、店をほっぽりだして平日にゴルフに行けるような店長は別として、ファミレスやファーストフードの店長もただの従業員であり、
「経営と一体的な立場にある者」
とはいえませんので、管理監督者と一方的に考えて無闇矢鱈と残業させることは危険です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00034_サービス残業は単なる違法行為

企業経営者の中には、
「従業員たる者、滅私奉公の精神を持つべきで、サービス残業など当たり前」
との戯言を平然とおっしゃる方がおられます。

ですが、
「サービス残業」
というと聞こえはいいものの、
「客観的には企業が支払うべき残業代を支払っていない」
という事実に変わりなく、つまるところ
「労働基準法違反の常態化」
という違法行為を企業として明示または黙示に是認しているにすぎません。

賃金は、残業代を含め、正確に計算して全額支払うことが法律上の義務として定められており(賃金全額払の原則、労働基準法24条)、これに違反すると罰則も課され得ることが定められています(労働基準法120条1号)。

実際、サービス残業が基準監督署調査で露見しても、なおも
「こんなもん払えるか!」
と逆ギレして、無駄にお上(厚生労働大臣)に楯突く、よくわかっていない企業を見かけます。

こんなことをやったところで、返す刀で、書類送検され、新聞沙汰になったり前科持ちになるだけで、
「空気の読めないどんくさい企業(の経営者や人事責任者)」
というアホ姿を世間に晒す結果が待っているだけです。

書類送検ですし、起訴猶予、執行猶予、せいぜい罰金前科ですから、
「たいしたことない」
といえばたいしたことない(もちろん、個々人の感受性によります)のですが、ずっと後になって、叙勲選考の際に、この黒歴史が仇となって、勲章もらえなかったりすることもあります(無論、こちらも、勲章なんてもの欲しがるかどうか、という点も、個々人の感受性によります。私は、もらえるなら、ぜひとも欲しいですが)。

この種の違法の常態化を解消するのは実に簡単で、残業管理を適正に行ない、残業が不可避な業態の場合
「三六協定」
の締結を含めた法令遵守を実施し、きちんと残業代を支払うことです。

残業代を現実に支払うと事業として維持できないようであれば、基本給の見直しを行なって従業員に不利益変更に応じてもらうか、それもできないのであれば事業自体止めるべきです。

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00033_企業法務ケーススタディ(No.0007):“訳あり”で辞めた不良社員から、「未払残業代を支払え」といわれた

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
どっきり寿司チェーン オーナー 大瀞 炙郎(おおとろ あぶろう、46歳)

相談内容:
先生、ちわっす。
景気はどうかって?
いやもう、絶好調ですよ!
銀座に今度新しい店オープンしましたから、ぜひ一度来てくださいよ。
新鮮なネタ用意させておきますから。
といっても、回転寿司ですから、雰囲気的にはイマイチですが、そこんとこは勘弁してください。
今日来ましたのはね、実は、ちょっと前まで神田店の店長やらしてた奴がいまして、先月
「身体がもたねえ」
つって退職しやがったんですがね、その野郎、弁護士に依頼して、
「入社してから辞めるまでの5年分の残業代が未払いだ。
すぐに払え。
払わないと訴訟を提起します」
なんて、御大層な内容証明郵便でぬかしてきやがったんですよ。
そんなバカな話あるかって感じですよ。
そいつ、板前やってたんですが、前の店、女将さんに手ぇ出して追い出されたんで、オレがひろってやったようなもんなんですよ。
給料だって、800万円もやってたんですぜ。
店のレジちょろまかしやがっても、多少ことは目ぇつむってきた。
なのに、なんだよ、これ、って感じですよ。
ったく。
こんなの払わなくていいですよねぇ? 先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:サービス残業は単なる違法操業
相談者は、
「従業員たる者、滅私奉公の精神を持つべきで、サービス残業など当たり前」
という前提認識を持っておられるようですが、賃金は、残業代を含め、正確に計算して全額支払うことが法律上の義務として定められており(給与全額払の原則、労働基準法24条)、
「サービス残業」
という状態は、単なる違法状態の恒常化を示すものにほかなりません。
また、
「店長」
という肩書も、管理監督者に該当するかどうか、問題になり得ますが、実際の認定実務では、かなり高給で地位の高い者を除き、そう簡単に認定してくれません。
会社のお金をくすねていた、という点も、横領の事実を5W2H で具体的に立証できる痕跡があれば格別、
「なんとなく怪しい」
程度では、戦う武器としてはかなり脆弱といえます。
最後に、賃金債権は2年の時効にかかりますので(労働基準法115条)、これは援用して、請求を一部縮減すべき、ということになります。

モデル助言:
残念ながら、どっきり寿司としては、時効にかかっていない2年分残業代を支払わなければならない。
まあ、時効を援用して、請求を5年分から2年分に減らしただけではちょっと芸がないですから、和解を目的として、少し法廷で暴れてみましょうか。
和解交渉の際のカードに使う前提で、店のレジから勝手にお金を盗んだ件は、被害届を出し、損害賠償請求をしましょう。
それと、在職中、他に問題なかったですか?
なるほど。
セクハラとかもあったんですね。
それじゃあ、そちらの件も事実聴取の上、こちらから先行して訴訟をしかけましょう。
こちらが先手を取った後、相手は未払残業代を払えなどと反訴をしてくるでしょう。
その際は、認められない可能性はあるものの、戦略上、管理監督者性の主張は出しておきましょう。
あとは、裁判官を味方につけて、残業代を極力値切っていきます。
とはいえ、残業管理をせずにだらだら残業させておくような御社の体質は問題ですので、早急に、コンプライアンス体制を整えるべきですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00032_企業法務ケーススタディ(No.0006):銀行支店長から持ち込まれる投資案件には要注意

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
有明製パン株式会社 オーナー 有明 聡子(ありあけ さとこ、61歳)

相談内容:
先生、ごきげんよう。
ところでね、先生ね、今日はちょっと先生のご意見をうかがいたいんです。
芝浦に長年使っていないパン工場跡地があるんですけどね、最近、また不動産市況がいいみたいで、都心に新築マンション作ると結構いい値段で売れるそうなんです。
当社は、バブル期に等価交換やらサブリースやら銀行に散々騙されましたんで、今度は、人に頼らず自分でやろうと思いまして、工場跡地マンション作って売りに出そうと思ってるんですの。
雑誌で読んだんですけど、所帯染みたマンションじゃなくて、デザイナーズマンションっていうんですか、ナウなヤングの情報発信基地みたいな、え?
今そんな言葉使わない?
あ、そ。
ま、ようするにハイカラなマンションなんですのよ。
そういうのつくると、バカ売れするそうですのよ。
それで、先日、この計画をメインバンクの“よこしま銀行”の支店長に話したところ、
「是非、この会社を使ってください。
もう、ナウなヤングにバカ受けのマンション作らせたら、ここ、ほんと、バッチグーです」
なんていって、よこしま銀行さんがメインバンクやってらっしゃる建設業者を紹介してきたんです。
中堅ゼネコンで、”ツキナミ建設”っていうんですが、パッとしないし、なんか公共工事減って経営苦しいって噂聞くし、私としては、正直、二の足踏んでるんですけど、よこしまの支店長は、
「ツキナミさん使っていただければ、建設資金の融資についてはどのような相談にでも乗ります」
なんていってるんです。
先生、どう思います?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:銀行紹介の取引案件の危険性
このケースは、バブル期(といってもかれこれ10年以上前の話ですが)に実際あった事件を参考にしたものです。
バブル経済においては、銀行がいろいろな商品を紹介してくれました。
銀行の支店長室に取引先を呼びつけ、
「完成もしていない(その後も完成しなかった)ゴルフ場でプレーする権利」

「株式市場が冷え込むと大損するような危険な保険商品」
やらを、
「今、買わなきゃバカですよ」
なんて言葉とともに紹介し、買うカネがないと、ご丁寧に融資までしてくれました。
当時、銀行法には、銀行業以外やっちゃいけないというルールがあったのですが(当時の銀行法12条)、
「そういうくだらないルールを守っていたら、健全な金融資本主義は発展しませんよ」
なんて言葉が返ってくる。
バブル時代って、そんな時代だったようです。
「泣く子と地頭には勝てない」
などという諺がありますが、裁判においても
「役所と銀行には勝てない」
という不文律があります。
銀行や役所は、もともと頭がいい上、あらゆる局面で言質を取られない慎重さがあり、加えて、
「役人と銀行員とインディアンは決して嘘をつかない」
という認定則があると思われるぐらい、裁判所では行員の証言は100%信用されます。
設例で参考にした事件は、
「銀行が債務超過の建設業者を契約の相手方として取引先に紹介し、一旦はビル建設を断念した取引先を翻意させてまで契約させ、債務超過という事情を知らない原告に融資金を建設業者の口座に振込ませ、銀行は不良債権を優先的に回収しておきながら、建設業者が破産しても知らんぷりした」
なんてひどいケースでしたが、高裁では銀行が勝訴しています。

モデル助言:
「晴れのときに傘貸して、雨のときに傘を返せというのが銀行」
なんていいますが、資本主義社会において、銀行ほどしたたかな企業はありませんが、有明さんもそういうしたたかなところは多いに見習ってくださいね。
ゴルフ会員権であれ、変額保険であれ、銀行が盛んに勧めることに真に受けると、たいてい待っているのは地獄ですから、警戒は怠らない方がいいでしょう。
ツキナミ建設が万が一つぶれると、マンション建設は頓挫しますが、よこしま銀行としては、そういう場合でも、貸し付けた建設資金はどんなことをしてでも回収してきます。
そこで、こういうのはどうでしょうか。
よこしま銀行さんに対して
「そんなにツキナミ建設を勧めるのであれば、ツキナミ建設が履行すべき施工義務について連帯保証人になってくれ。
それが無理なら、ツキナミ建設が破綻してマンション建設が頓挫した場合、貸金の返済義務を免除するとの念書を差し入れろ」
と言って、踏み絵を差し出すのです。
こういう踏み絵に躊躇するということは、
「ツキナミ建設を勧めるが保証はしない。
ツキナミ建設が破綻しても、建設資金として貸した金は返してもらう」
と言っているのと同じですよね。
そうやって、よこしま銀行の本音をまず確認してから、今回の話を進めるかどうか判断すべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00031_「危なくなった取引先からの債権回収法」としての相殺活用テクニック

よく債権回収事故を減らすための知恵として
「あぶない取引先とは付き合うな」
といいますが、この言葉は、半分正しく、半分間違いです。

もちろん、あぶなくなった取引先が再建することを期待して、お金を貸したり、商品を掛けで売ったりするようなことは、回収できなくなる債権額を増やすだけであり、絶対禁物です。

他方、あぶなくなった取引先から逆に商品を掛けで買うなどして、当該取引先の債務額を増加させることは、相殺で回収できる額が増えますので、推奨される行動となります。

すなわち、
「あぶない取引先とは付き合うな」
ではなく、
「あぶない取引先からはどんどん掛けで物を買え」
というのが正しい行動です。

さらに高等のテクニックを紹介しますと、あぶなくなった取引先が債権を持っている先と組んでこちらの債権を譲渡したり、担保枠に余裕がある債権者に債権譲渡を行ない、担保枠を使った回収に相乗りさせていただく、という方法などがあります。

債権譲渡は債務者である当該取引先にいちいち承諾を取ることなく、こちらが一方的に通知を発するだけで手続が完了しますので、取引先を飛び越して譲渡先との話をつければ、あとは問答無用で実行できるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00030_企業法務ケーススタディ(No.0005): 取引先が危なくなった場合の債権回収法

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相談者プロフィール:
太平洋商事 社長 太平 洋(おおひら ひろし、56歳)

相談内容:
今日は、ちょっと不景気な相談に乗ってください。
実は、当社が2次卸となって、オフィス用事務機器を仕入れさせていただいています、グローバル物産さんという1次問屋さんがあるのですが、
「グローバル物産はどうやらヤバそうだ」
という情報が入ってきたんです。
いえ、私の友人のコンサルタントが、グローバル物産さんとお付き合いのある大手文具メーカーの社長さんとゴルフに行ったそうなんですが、その際、
「グローバルから支払のリスケを要請されて何度か応じているが、我慢の限界だ。
大規模な手形のパクリ被害に遭い、不渡り回避のためにあの手この手を尽くしているらしいが、そろそろ縁を切ろうと思っている」
ということを漏らしていたとのことなんです。
当社は、当初信用がなかったもので、取引開始にあたって、保証金として1千万円ほど差し入れていました。
取引規模の拡大に伴い、保証金額は3千万円ほどになっております。
さらに、先月、実際はおそらく手形事故の処理のためだと思いますが、グローバル物産社長から倉庫設備の増強のための協力という名目で2千万円の借金を求められ、これに応じてすでに支払いました。
よく、
「あぶない取引先とは付き合うな」
なんていうじゃないですか。
とはいえ、このまま手をこまねいてみておくわけにはいきませんし。
どうしたらいいですか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:究極の債権回収法としての相殺
破綻した会社から、無担保の債権を回収することはまず不可能と考えた方がいいでしょう。
債権回収の努力に相手が応じてくればいいですが、
「無い袖が振れない」
ような相手が回収に協力してくれることは期待できません。
そうなると、強行手段を取らざるを得ません。
強行策というのは、
「法律に基づく回収」

「法律によらない回収」
の二者択一となりますが、後者は、要するに窃盗や強盗や恐喝や監禁等の犯罪的手段を行使するわけです。
いかに債権回収のためとはいえ、こんなことをしたら反対にこちらが牢屋に放り込まれます。
「法律に基づく回収」
といっても、やることは保全処分や本案訴訟ぐらいですが、それなりの時間とエネルギーとコストを要しますし、また、手続をやっているうちに取引先債務者が破産や民事再生をしてしまえば、徒労に帰します。
ここで、債権回収におけるテクニックとして知っておいていただきたいのは、
「相殺は唯一かつ最高の債権回収方法」
ということです。
そのためには、
「あぶない取引先とは付き合うな」
ではなく、
「あぶない取引先からはどんどん掛けで物を買って、反対債権を作って、相殺のチャンスを増やせ」
というのが正しい行動となります。

モデル助言:
とにかく、グローバル物産さんの商品在庫を掛けで買いまくってください。
決済は2カ月後くらいにしておきましょうか。
破綻したら、商品在庫に回収に遅れた債権者などがうじゃうじゃ群がったり、グローバルが二重譲渡とかしたりして、債権者同士の綱引き問題(対抗問題)になる可能性があります。
ですので、引渡しも早急に完了しておいてください。
法律上、占有改定というあいまいな方法でも対抗力は認められますが、トラブルを回避する意味でも、トラックを手配して現実に引き取ってしまった方がいいでしょう。
グローバル物産さんとの商品取引基本契約や金銭消費貸借契約を拝見しますと、グローバル物産に信用不安が生じた場合、契約解除や弁済期の前倒しを求められます。
法律上、こちらは、債権者として、グローバル物産の決算書謄本を徴収できますから、商品引取後これを徴収して財政状況・財産状態を分析し、さらにその他の情報も裏付けを取ってグローバル物産が信用不安であるという客観的証拠を揃えてください。
商品在庫を5千万円分超になるまで掛で購入した後、商品取引基本契約を解除するともに、こちらの保証金や貸金の弁済期を到来させ、購入代金とこれらの債権を相殺してしまいましょう。
とにかく、スマートにやることです。
金属バットもって交渉に行ったり、社長を監禁して保証書にサインさせるなんてのは絶対ダメですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00029_モデル仲裁条項

本契約に起因ないし関連して当事者間に生ずるすべての紛争、論争または意見の相違は、仲裁法及び一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って、東京都において同協会の非公開仲裁手続により最終的に解決されるものとする。
仲裁が申し立てられた事実、仲裁手続きの内容、仲裁判断あるいは和解の内容、これらに起因、派生ないし関連する内容、あるいはこれらを推知させる一切の内容は、本契約に定める守秘義務が及ぶものとする。
仲裁人が当事者を審尋することなく仲裁判断をなしたとしても、あるいは、理由の付記を省略した判断を行ったとしても、両当事者はこれを予め異議なく承諾する。
当事者は、前記仲裁人の行った仲裁判断に従い、異議を述べないものとする。また、仲裁人によりなされた判断は最終的なものとして、当事者を拘束するものとする。
当事者は、本仲裁合意に基づく当然の法的効果として、相互に訴訟提起をしないことを約する。したがって、仮に当事者の一方により訴訟が提起されたとしても上記仲裁合意が防訴抗弁となり、当該訴訟が当然に却下されるべきことを相互に異議なく確認する。

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00028_紛争プライバシーを守る方法(揉め事を公にしない方法)としての、不起訴の合意と仲裁契約

訴訟沙汰なんてあまり聞こえがいいものではありませんし、ましてや衆人監視の下で法的トラブルをあれやこれや議論するなんて事態は誰しも避けたいと思われます。

しかし、憲法では国民に裁判を受ける権利を保障しており、かつ、裁判は原則として公開で行なわれることになっています。

従って、紛争の相手方に
「こちらのプライバシーも考えて、訴訟を起こすな」
ということをいう権利はありませんし、特段の事情がない限り、裁判所に対して
「頼むからこの裁判については密室でやってくれ」
などと注文することはできません。

しかし、このような
「こちらのプライバシーも考えて、訴訟を起こすな」
「頼むからこの裁判については密室でやってくれ」
という紛争プライバシーを実現する方法(揉め事を公にしない方法)があります。

さすがに刑事訴訟を密室で行なうことは困難ですが、民事裁判については、相手と事前に合意して、
「訴訟を起こさない」
という約束(不起訴合意などといいます)により、訴権を放棄させることが可能です。

民事裁判なんて、そこらへんの私人同士のカネや権利のトラブルですから、当事者の意に反してまで公開しておおっぴらにする必要性がないからです。

さらに、仲裁合意という方法もあります。

法的な紛争解決は、常にかつ当然に裁判所で行なわなければならないというものではありません。

当事者が合意の上で、
「裁判官でない、特定の人の判断に委ね、その判断に文句を言わない」
と合意すれば、仲裁法という法律に基づき、私人が裁判官役として、非公開のテーブルで、紛争を法的かつ終局的に解決することができるのです。

仲裁というと国際取引にまつわる紛争解決の際に使われるものですが、国内の一般的な民事紛争も利用できる方法です。

無論、相手が事前に仲裁することに同意してくれないと取りえない方法ですが、
「事件プライバシー」
を保ちつつ、紛争を表沙汰にすることなく、極秘的に解決するには最適な手続きです。

訴訟では3審制が取られ、当初の判決に不服があれば高裁、最高裁へとさらに2回の裁判を起こせますが、仲裁は1回勝負で、不服があっても上訴に持ち込むことができません。

その意味では、訴訟に比して、迅速な解決が期待できます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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