01624_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(15)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその9_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅵ)_(e)正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する

物事を正しく進め、成果を出すためには、さらにいえば、M&Aのように
「常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を成功させるためには、正しい状況認識ができ、正しく目的が定められ、正しく課題がみつけられただけでは、まだ不十分です。

大きなプロジェクトを進めて成果を出すためには、ほぼ例外なく、ヒエラルキー(階層性)を有する組織集団において行われることになりますし、そこでは、指揮命令が適切に伝達され実施されることが必要になります。

大勢が集まって、階層と身分と規律と秩序を作り、役割分担と指揮命令の確実な実行を通じて、相互に相互を利用補充する関係の下、個人では達成し得ないような大きな成果を成し遂げる、ということが人間であれサルであれライオンであれ、一定の知能を有する動物はその有益性を理解し、実行することができます。

政府、企業、ヤクザ、警察、軍隊、研究機関、オーケストラ、チームスポーツと、どのような組織集団であれ、
「大勢が集まって、階層と身分と規律と秩序を作り、役割分担と指揮命令の確実な実行を通じて、相互に相互を利用補充する関係の下、個人では達成しえないような大きな成果を成し遂げる」
という普遍的な前提が機能してはじめて価値を持ちます。

このような普遍的前提がない、ただの人の集まりは、飲み会であり、フェスであり、ドラッグパーティーであり、暴徒集団であり、将棋倒しで圧死者が出る人混みであり、無意味無価値あるいは有害危険なものでしかありません。

しかしながら、産業界において、ガバナンス(企業統治)や内部統制という、この
「普遍的前提」
ともいうべき課題が
「課題」
として議論されるほど、現在、日本の企業においては、階層や身分や規律や秩序や役割分担や指揮命令や責任の所在があいまいになりつつあり、これが企業内部の重篤な病巣と化しています。

ここで、M&Aに話を戻します。

組織が大きくなると、コミュニケーションが悪くなり、これが大失敗の原因となります。

2017年3月現在、M&Aのしくじりで企業存亡の危機に陥るという大失態をやらかし、私のような
「企業しくじりウォッチャー」
であり、
「日本企業M&A失敗事例収集家」
に、毎日毎日、美味しいネタをたくさんご提供いただいている東芝ですが、この企業、M&Aでこんな失敗をしていたそうです。

WHが15年末に買収した原発の建設会社、米CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)でただならぬ出来事が起きた。105億円のマイナスと見ていた企業価値は6253億円のマイナスと60倍に膨らんでいた」「複雑な契約を要約すると、工事で生じた追加コストを発注者の電力会社ではなくWH側が負担するというものだ」「問題は担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかったことにある。米CB&Iは上場企業で、原子力担当の執行役常務、畠沢守(57)らは『提示された資料を信じるしかなかった』と悔しさをにじませるが、会計不祥事で内部管理の刷新を進めるさなかの失態に社内外から批判の声がわき上がった」「原子力事業全体の損失額は7125億円にのぼった。16年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、12月末時点で自己資本は1912億円のマイナスだ。先達が営々と蓄積してきた利益が全て吹き飛ばされ、ついに債務超過に陥った。」(2017年2月21日付日本経済新聞「もう会社が成り立たない」~東芝4度目の危機 (迫真)~より抜粋)

無論、東芝は、日本を代表する大企業集団ですが、このドタバタの悲喜劇を見る限り、
「階層と身分と規律と秩序を作り、役割分担と指揮命令の確実な実行」
という要素がなく、もはや、ただの人の集まりと化しています。

古代中国で巨大帝国を築いた漢帝国は、人類史上最高と言われる社会システムを発明しました。

それは、官僚制度といわれるものです。

「共通原理をもち、これを言語化した共通言語とし、これを自在に操れる官僚による文書行政を通じて、広大な領土を管理し支配する、という画期的なシステム」
を、漢帝国は作り上げたのです。

ちなみに、この
「官僚制度」
すなわち
「識字スキルをもつエリートによる文書行政システム」
ですが、私の理解では、
「性悪説」

「性『愚』説」
を前提とするものと考えます。

人間は、皆、愚かか、邪悪か、その双方であり、バカなことや、有害なことをしておきながら、猫の粗相隠しがごとき、発覚露見しないようにするし、発覚露見しても素知らぬ顔をする。

しかし、文書という
「認識内容や意思内容が当該時点で固定され、時間と空間を超えて、保存格納される媒体」
を組織運営におけるすべての言動の伝達道具としておけば、文書を読解し把握する人間同士においては、責任の所在が明らかになり、バカな行ないや、有害な行ないができなくなり、組織がバカや犯罪者によってつぶされるリスクがなくなるし、事後検証によって、バカな行ないが逓減していく。

「担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかった」
「提示された資料を信じるしかなかった」
という東芝は、このような適切な官僚制や文書行政システム、さらにいえば、性悪説や性愚説を前提とした
「不健全な人間の不健全な思考を増幅して認識し、あぶり出す、という健全な思考」
ができるような知性を持った人間が経営陣に誰もいなかった、というのが一連の悲喜劇の根源的原因といえます。

では、東芝のようなアホな失敗をしないためには、正しい階層制と適切な組織秩序を前提とした組織において、どのようなコミュニケーションをすべきだったのでしょうか?

「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
などという組織課題は、実はそれほど難しいものではありません。

それこそ、少年野球でも、高校生が部活でやっているサッカーチームでも、青少年の吹奏楽団でも、暴走族でも、ヤクザ組織でも、テロ組織でも、極フツーにできている事柄です。

ところが、企業集団が、普段やっているルーティンとしての営業活動から離れ、
「安くて、使える企業をみつけて、きちんと条件確認して、カモにされないようにして、エエ買いモンする」
といったプロジェクトをおっ始めると、途端に、暴走族や少年野球チーム以下の迷走集団に成り下がる、というのは不思議でなりません。

そこで、組織集団において、
「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
という(ある意味、すごく簡単な)タスクの本質を整理し、確認しておきます。

命令は、受ける方より、発する方が、より大きな責任を負います。

大変です。

苦労します。

よく、新橋あたりの安居酒屋で、
「部長はいいよな。命令するだけだから。命令されて、実施するオレたちの気持にもなってくれよな」
なんていう、若手サラリーマンの
「愚痴」
が聞こえますが、まさしく
「愚か」で「痴れた」
発言です。

命令は正しくなければなりません。

正しい命令を企画発案・構築・表現するため、それこそ、社長や上司や管理職は、ものすごく神経を使っていますし、また、使うべきなのです。

間違った命令、狂った命令は、組織に害を与え、命令を発した者にも害を与えかねない帰結をもたらしますから。

間違った命令、狂った命令、あるいは
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
を出してしまうと、当然ながら、プロジェクトはビタ1ミリ動きません。

動かないどころか、真逆の方向に進んで、時間、コスト、エネルギー、機会といった貴重な資源が際限なく流出する事態に見舞われる危険すらあります。

その昔、我が国において、
「アジアのみんなが、仲良く、平和で、楽しく暮らせる、極楽世界のような、同盟関係を作っていき、国際協調・世界平和を推進しなさい」
という政治目標が掲げられ、現場スタッフである政治家、官僚、軍人たちに、この実現を命じられるべく一大プロジェクトが動きはじめました。

しかしながら、不幸なことに、この命令は、その高尚さのため、具体性がなく、抽象的で、いろいろな解釈が可能であり、ま、ぶっちゃけいってみれば、
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
とも言い得るものでした。

で、
「アジアのみんなが、仲良く、平和で、楽しく暮らせる、極楽世界のような、同盟関係を作っていき、国際協調・世界平和を推進しなさい」
という拝命を受けた軍人たちは、何をやらかしたか?

でっち上げの謀略のテロを実行して、その事件の責任を相手国になすりつけ、
「われ、よう、やってくれよったのぉ」
とばかりに因縁をつけ、押し込み強盗のように侵略をして、傀儡国家を作って事実上乗っ取ったり、あるいは、予告もなくいきなり爆弾を落としてケンカをふっかけるなどして、他国を侵略しまくりました。

国際協調の意義を理解され、平和主義者で厭戦思想をお持ちであった昭和天皇は、自分の想定とあまりに異なる現実が出現して、さぞ、驚かれ、嘆かれたことかと思います。

とはいえ、この歴史的事実をみても、
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
を出すことの怖さ、すなわち、プロジェクトが真逆に進展し、ついには、組織の資源が際限なく損なわれ、組織を崩壊させる事態すら招来する、という危険があることが理解できます。

ちなみに、昔、TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement。環太平洋連携協定)是か非か、みたいな議論があちこちでなされていますが、その実、議論している人たちの9割くらいは、そもそもTTPってどういうものか理解していないような気がしますし、実体が理解されないまま、実現したときのカタチがよくわからないまま、いいとか悪いとか、という議論をするのも、極めて危険な感じがします。

私などは、
「TPPは、本来的な意味の大東亜共栄圏。侵略戦争抜きの大東亜共栄圏」
といってしまった方が理解しやすいのではないか、と思います(却って誤解が広がるかもしれませんが)。

「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
というのは、少年野球でも、高校生のサッカーチームでも、青少年の吹奏楽団でも、暴走族でも、ヤクザ組織でも、テロ組織でも、極フツーにできている事柄である、と申し上げました。

しかしながら、こんな簡単な事柄も、やってみると、意外と難しく、
「ナメて適当な感じでやっていると、いつの間にか、企業が滅び、国が滅ぶ(実際、我が国は、約70年前に一度滅びました)」
くらい、エライ目に遭いかねない、極めて重要な課題である、とも申し上げました。

では、このビジネス上のタスク・アイテムである
「正しい命令を企画・制作し、正しくデリバリ(発令)する」
とうものは具体的にどのように遂行・実践すべきなのでしょうか?

間違った命令、曖昧な命令を発して現場が勝手に解釈し本来の意図や想定と真逆のことをおっぱじめたりすると、大きなロスやダメージが発生し、命令を遂行した者が責任を問われ、恥をかきますし、そのような誤った命令や、
「広汎な裁量を与え、現場の無秩序な暴走を許し、結果として、好き勝手やってよい」
と無制限の暴走を許す帰結が想定されるような、曖昧で抽象的で多義的な解釈が可能な命令を発した者も、相応のペナルティは受けることとなります。

これら、
「アホなことをしでかした戦犯」
は、場合によっては組織を追われますが、それ以前に、組織自体が崩壊の危機に陥ります。

なお、少し前、日本を代表する国際的大企業(仮に、「T」といいます)においては、トップが、
「多義的な解釈が可能で、現場で好き勝手やりたい放題に、柔軟な運営裁量を内包するような、曖昧で意味不明瞭な命令」
を悪用して、無茶苦茶なことをしていた、という事件が発生しました。

この企業T社では、成績が悪く
「赤点状態」
であったのに、そのまま、スポンサーに報告すると、恥をかいたり、怒られたり、干されたりする、という恐怖感からか、成績の改ざんを上層部主導で行っていたそうです。

上層部は、部下から
「全社一丸となってがんばりましたが、残念ながら、経営環境が厳しく、赤字になっちゃいました」
という報告を受けましたが、これに対して、上層部は、
「チャレンジしろ」
という命令を出したそうです。

おそらく、この会社では、粉飾決算したり、そのための各種データ改ざんをするような
「法を破る」行為
のことを、
「チャレンジする」
という言い方をしていたようです。

スーパーの警備員奥さん、ダメでしょ。今、商品をカバンにこっそり入れたでしょ。それで、レジを通さず、そのまま帰ろうとしたでしょ。これ、万引きですよ。窃盗ですよ。犯罪ですよ。なんで、こんなことしたんですか? ダメでしょ!
万引きした専業主婦すいません。つい、出来心でチャレンジしちゃったんです。犯罪とか万引きとか盗みとか、そんな物騒な言い方はやめてください。まるで私が犯罪者みたいじゃないですか。『チャレンジ』しただけなんですから
警備員あんた、何いってんの。何、『チャレンジ』って。あんたのやったことは、ま・ん・び・き。盗み。窃盗。ちょっと前、ほら、近所の堀江さんのとこの奥さんも、出来心で万引きして、ワーワーグダグダいってましたが。最後は、裁かれて、おとなしく、服役されて、今また、元気にやってますよ。あんたも、往生際悪く、『チャレンジ』とか訳わかんないこといってないで、ほら、一緒に警察行きますよ

といった趣のものなのでしょうか。

「規範的障害を乗り越えて犯罪行為を実現する」
というのも、まあ、いってみれば、
「チャレンジ」
であり、このT社内の符牒(チャレンジ=法令違反を敢行する)は、ブラックジョークとしてはかなり秀逸ですが、命令は具体的で的確である以前に、正しくなければなりません。

じゃあ、どんな命令が、
「正しい命令」
なのか。

具体的で、
明確で、
現実的で、
定量的で、
達成したか否かを客観的に評価することができ、
シンプルで、
アホでもわかり、
勝手な解釈を許さないこと、

「正しい命令」
の要素といえます。

もっと、明解に説明しますと、以前にも紹介しました、
「SMART」基準
を充足するコミュニケーションメッセージです。

◆要素1:「S」pecific(具体的に):誰が読んでもわかる、明確で具体的な表現や言葉で書き表されている
◆要素2:「M」easurable(測定可能な):目標の達成度合いが本人にも上司にも判断できるよう、その内容が定量化して表されている
◆要素3:「A」chievable(達成可能な):希望や願望ではなく、その目標が達成可能な現実的内容である
◆要素4:「R」elated(経営課題をクリアしうる現実的な目標に関連した):設定した目標が職務記述書に基づくものであるかどうか。と同時に自分が属する部署の目標、さらには会社の目標に関連する内容である
◆要素5:「T」ime-bound(時間的な制約は必須):いつまでに目標を達成するか、その期限が設定されているもの

が、
「正しい命令」
です。

このような要素の一部または全部が欠落した命令は、正しくない命令といえます。

デタラメで適当で、具体的かつ現実的な観点で何を達成したいのか理解不能な命令は、正しくない命令といえます。

また、たとえ、美辞麗句がまばゆいくらいに散りばめられた格調高い文章で表現されていたとしても、抽象的で、意味不明で、指示内容が一義的でない命令や、難解さや高尚さのため命令を受けた実行担当者において何を期待し、何を義務付けられているか、さっぱりわからないようなシロモノは、正しくない命令といえます。

初出:『筆鋒鋭利』No.117、「ポリスマガジン」誌、2017年5月号(2017年5月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.118、「ポリスマガジン」誌、2017年6月号(2017年6月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.119、「ポリスマガジン」誌、2017年7月号(2017年7月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01623_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(14)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその8_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅴ)_(d)正しく課題をみつける

M&Aは、
「結果とそこに至る経過が明確で一定の資源(時間と費用と労力)をかければ属人的な能力差にかかわらず予定調和的に成功ないし成果がイメージできるルーティン」
とは違い、
「正解も定石もなく、結果がどこまでいっても蓋然性にとどまるゲーム」
としての性格を有します。

このM&Aのような
「常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を進める上で、正しい目的が設定された、すなわち、状況を正しく認知・解釈し、環境や相場観を把握し、そして、現実的で、達成可能で、経済的に意味のある目的が設定された、としましょう。

また、その目的は、
「あいまいで、多義的な解釈を招く、目的」
ではなく、
「具体的な完成予想図」
であり、
「成功時の未来の姿を具体的にイメージしたもの」
であり、しかも、しびれるくらいわかりやすく、
「どんなに、理解力不足な、妄想力豊かな、アホでも、勝手な独自解釈をしでかしようがない」
形で、共有される状態になった、としましょう。

もちろん、
「楽観バイアス」
を徹底的に排除して、自分に都合よく解釈できる要素は皆無となり、そのうえ、成功者や達成した経験者の話をよく聴いて、悲観シナリオやプランB(予備案、バックアッププラン)も含めた、保守的で、現実的で、堅牢な二次目的も設計・設定・具現化された、とします。

じゃあ、
「そろそろ、目的を達成するために、目的から逆算した手段構築に入るか」
というと、まだ早いのです。

目的が正しく設計・設定・具現化されたあと、次に行うべきことがあります。

それは、
「正しく課題をみつけること」
です。

よくある戦略の誤りというのは、課題抽出をせずに、いきなり段取りを組みはじめ、実行着手することです。

「ストレステストをせず、原発をおっ立てて、後から、津波が来て、深刻な厄災を撒き散らしちゃった」
という話も、要するに、
「課題発見プロセスがあることを知らなかった」か、
「そのようなプロセスを無視ないし軽視した」か、
「課題を探索するのが面倒くさいので、やっつけで、課題探索を適当に手を抜いておざなりにして、とっとと原発作りをおっ始めた」か、
のいずれか、またはすべてが原因であろう、と推察されます。

どんなに状況や環境が正確に認識され、具体的で合理的でシビアな目的が設計・設定・具現化されたとしても、課題がよくわかっていない、あるいは課題がないと信じてしまい、不安要素や都合の悪い事象や障害を、無視したり、見て見ぬふりをしたりして、いきなり取りかかれば、大きなプロジェクトは確実に失敗します。

そもそも、人間や組織は、ミスを犯すものです。

ミスから端を発したことがエラーとなり、エラーがリスクとなり、リスクが事故ないし事件となり、事故ないし事件が、やがてプロジェクトオーナーと関わった関係者全員を、奈落の底に突き落とし、皆を破滅させます。

金融の世界で、“ブラック・スワン”と呼ばれるものがあります。

スワン(白鳥)というのは、その名の通り、白い鳥です。

「黒い白鳥」
なんて、あり得ない。

ヨーロッパで、
「滅多に発生しないこと」
「あり得ないこと」
「起こり得ないこと」
を表す諺として、
「そんなのは黒い白鳥を探すようなものだ」
というものがありました。

そうしたら、1697年にオーストラリアで本当にブラック・スワンがみつかってしまったことから、
「起こり得ないことが起こった」
ことを表す言葉として使われるようになったというものです。

日本風に言い直しましょう。

よく
ありえないほど大げさな表現として、
「笑い過ぎて、ヘソで茶が沸く」
という言い方があります。

とはいえ、どれほど大爆笑して、腹筋が振動しても、決して、お茶が沸くほどのエネルギーが生まれることは現実的にはありえません。

ここに、
「黒田鳥男(仮称)」
という方がいたとしましょう。

黒田さんは、笑って腹筋が振動すると、腹部に高温を発する異常体質をお持ちで、実際、寒い日には、ヤカンを腹部において、吉本新喜劇をみながら、お湯を沸かし、紅茶を作って飲んでいる、ということが、ニュースで報道され、日本人全員が
「ほんまに、ヘソで茶を沸かす奴がいよった!」
「ありえへんこともあるもんや」
としみじみと言い合った。

そんな趣の話が、
「ブラック・スワン」
です(もちろん、話をわかりやすくするための喩え話です。某国大統領のように「お前のは偽ニュースだ」とかいわないでくださいね)。

このように、マーケット(市場)において、事前にほとんど予想できず、起きた時の衝撃が大きい事象のことを
「ブラック・スワン」
といいますが、その最近の代表例が、サブプライムローン危機(リーマンショック)です。

この事件は、
「誰も予測、想定できなかった」
などといわれます。

しかし、当時の社債利回り(AA格)を国債の利回りとの比較(社債の対国債スプレッド)の推移で見ると、アメリカやEU等では、2007年夏以降、拡大していくという異常状況がありました。

すなわち、エラー・メッセージは存在したのであり、このエラーをきちんと認識・評価していれば、ブラック・スワン(ヘソで茶を沸かす異常体質の黒田鳥男〔仮称〕さん)が発見され得ることも予測できたと思います。

ただ、人間には、
「正常性バイアス」
といわれるものもあり、ブラック・スワンの予兆があっても、
「これは何かの間違いだ」
「黒い白鳥なんているわけないだろ」
「ヘソで茶を沸かす奴がいる? それは偽ニュースだ!」
というバイアスをかけて、情報解釈を歪める心の動きが備わっている、ということであり、それこそが最も恐ろしい事態を招く“人間の脳の欠陥”なのです。

物事を正しく進め、成果を出すためには、さらにいえば、M&Aのように
「常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を成功させるためには、失敗の予兆を、事前に、正しく、具体的に予測し、対策をしておくことが必要です。

すべての事件や事故は、
「ある日突然、火星人が大挙として襲来して、地球を爆発させ、地球が3秒で消滅する」
といった趣の、サドンデス(突然死)のような形で発生するわけではなく、ほぼ確実に、失敗の兆候、すなわち、エラー・メッセージが存在します。

突然、ブラック・スワンが発見されたかのように受け取られ、皆が驚愕してひっくり返るのは、すでに存在していたエラー・メッセージを
「見て見ぬふり」
をする、という情報解釈をしてしまう心の歪み(正常性バイアス)があるためです。

「プロジェクトマネジメントにおける知性とはどういうものでしょうか?」
理数系の学部で学ばれた人の中には、
「エラーや異常値がいくつかあっても、全体を統合する美しい仮説や理屈や自然法則が絶対に存在するはずだ」
というロマンチックな妄想に冒されてしまっている方もいらっしゃいます。

無論、そのような思考も人類社会の発展のためには、絶対必要です。

しかしプロジェクトにおいて、この種のロマンチックな妄想は、危険有害極まりない代物といえます。

「細部の破綻があっても大丈夫。そんなものには目をつぶるべきだし、誤差や異常値など見えないふりしてしまえ。性善説や科学的合理性というバイアスを使って、全体を正常かつ健全に統合してモデル化し、そのことをもって、満足し、先に進むべきだ。仮説に反する有害な現実は、異常値や誤差やバグとして、シカトしちゃえばいい話」
こんな考えをもつ人間が、プロジェクトの責任者となったら、やがて、そのプロジェクトに関わる人間全員が破滅を味わいます。

「些細なミスやエラーがリスクにつながり、リスクが事件事故につながり、事件事故が破滅につながる」
のです。

ホニャララ細胞も、各種研究不正も、このような発生経緯から、やがて、関係者を破滅に導く厄災に至ったのではないでしょうか。

ホニャララ細胞の事件では、我が国を代表する科学者の自殺という事件まで発生し、有為かつ貴重な人的資源が我が国から奪われました。

さらにいえば、人類史上に残る厄災となった福島原発事故も、
「細部の破綻があっても大丈夫。そんなものには目をつぶるべきだし、誤差や異常値など見えないふりしてしまえ」
という、科学者やエンジニアの愚劣な奢りに根源的原因があると考えられます。

当初の疑問に戻ります。

「プロジェクトマネジメントにおける知性とはどういうものでしょうか?」
それは、課題発見能力と同義です。

1の不安要素から10のネガティブな未来を予測し、イメージできる能力です。

些細なミスやエラーを発見特定し、増幅した姿を想像でき、これを、プロジェクトチーム内で共有できるように、ムカつくくらいリアルかつ具体的かつ残酷に表現できる力です。

「そんなにネガティブで不愉快な未来を予測ばかりしていては物事が前に進まない。不安要素や都合の悪い事象や障害は、無視し、見て見ぬふりをし、そんな不愉快な出来事が出来しないように神に祈ろう」
こんなことを言い出すバカがプロジェクトチームの中にいるだけでプロジェクト成功は遠のきます。

ましてや、こんなバカが、プロジェクトを主導していると、チーム全員、身の破滅を味わうことになります。

「そうやって、悪態ばかりついていたら、プロジェクトなんか1つも達成できないぞ!」
という怒りの声が聞こえてきそうです。

だったら、やめりゃいいだけです。

別の、もっとマシで、冒険性やギャンブルの要素がなく、
「1万円札を3000円で買ってくるような、安全でラクな儲け話」
を探せばいいだけです。

2017年3月に、天下の名門企業、東芝が、存続危機に見舞われ、その後、東証1部から2部へ降格市場替えとなり、その後も長期間、厳しい経営状況が続いています。

このしくじりの最も大きなポイントは、原発を作るアメリカの会社を買収したら、儲かるどころか、膨張し続ける債務を背負わされた、というアホな失敗が原因です。

東芝はどうすればよかったのか?

簡単です。

「買収したら、買収した会社の債務を背負わされる危険がある」
というエラーを増幅して理解し、バカ高いのにそんなエラーが紛れ込んでいるアホな買収話、一蹴して取り合わなかったら、よかったのです。

「そんな消極の安全策ばかりでは、東芝の未来は築けない」
なんてバカことをいうバカな人間の話など無視して、半導体事業をしっかりやっていたら、今頃、高笑いしていたはずです。

初出:『筆鋒鋭利』No.115、「ポリスマガジン」誌、2017年3月号(2017年3月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.116、「ポリスマガジン」誌、2017年4月号(2017年4月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01622_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(13)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその8_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅳ)_(c)正しい目的の設定

おそらく、皆さんは、学校の先生や、お父さんお母さんから、
「努力は尊い。結果が全てではない。努力はいつか報われる。失敗をおそれるな」
といった類の話を聞いて育ったかもしれません。

しかし、これらは、ビジネスやプロジェクトマネジメントの世界(M&Aは、ビジネスの世界における、非常に高度で知的で失敗の多発するリスキーなプロジェクトマネジメントの話です)では、圧倒的間違いといっても過言ではないほど、愚劣で有害な妄想です。

ビジネスやプロジェクトマネジメントの世界においては、無駄な努力、無意味なガンバリ、というのは山程あることはすでにお伝えしているとおりです。

大事なことは努力することではありません。

ガンバルことではありません。

むしろ、目的から逆算した最小限の犠牲で十分なのであり、牛丼のキャッチフレーズではありませんが、早く、安く、それなりに、うまいことやった方がいいに決まっています。

方向性を誤って空回りしていても、努力は無意味です。

努力は無意味どころか、時間を失います。

時間があればカネは作れますが、カネがあっても時間は買えません。

もうすぐ受験の季節がやってきますが、受験も同様ですね。

たとえば、ここに東大を強く志望する高校生がいたとします。

この高校生が、一生懸命、走り込みや、筋トレをやっています。

曰く、
「ボクは、小学校の先生からも、中学の先生からも、公務員をやっているお父さんからも、専業主婦としてパートで頑張っているお母さんからも、ボクが大好きで尊敬する、善良を絵に書いたようなみんなから、こういわれて育った。
『努力は尊い。努力はいつか報われる。失敗をおそれるな』と。だからこうやって、走り込みや筋トレをして、体を鍛え、誰にも負けない運動性能と体力を身に着け、東大に合格するんだ。こんなに、体力を鍛え、努力しているんだから、神様はきっと見放さない。いつか、ボクは東大に合格するはずだ」
と。

しかし、残念ながら、この高校生は、10年浪人しようが、50年浪人しようが、東大に合格することはないでしょう。

理由はかんたんです。

東大の受験科目には、体育がないからです。

だから、どんなに走り込みをしたり、筋トレをしたりして、体育の点数を向上改善させても、それが、どんなに苦労を伴い、負荷がかかり、尊い、立派な努力であっても、その努力は、東大合格、という点に限っては、全く意味がありません。

なぜか。

努力が、目的に結びついていないからです。

努力が、目的から逆算された、合理的で有益なものではないからです。

もっといえば、そもそも、自分の適性や能力に見合った目的の設定がなされていなかったのかもしれません。

こんな話をすると、
「当ったりめえじゃねえか! 何をバカなことをいってやがるんだ! そんなアホなことをするわけねえだろ!」
という声が聞こえてきそうですが、M&Aもさることながら、国家規模のプロジェクトにおいても、狂った目的が設定されたり、目的と無関係で、むしろ目的達成に有害無益な壮大な努力が展開された挙句、自分の首を締めてエライ目にあった、ということは、かなりの数、存在します。

太平洋戦争という、日本史上最大の
「公共事業」
が失敗したのは、目的があいまいな上、目的を達成するための努力が目的と真逆のものだったからではないでしょうか。

太平洋戦争という
「公共事業」
の目的とされた、大東亜共栄圏? 鬼畜米英? 八紘一宇? なんすかこれ。

これって、まるで意味不明です。

「大東亜共栄圏のためにアジア各国に進出した」
などといわれますが、
「隣の家の住人と仲良くしたいので、凶器をもって、押し入って、居座りました」
って、意味がわかりません。

目的が不明確、目的とやっていることが違う、あるいはチグハグ。

こんなプロジェクト、失敗するに決まっています。

で、やっぱり、失敗しました。

無論、M&Aにおいても同様です。

ロックフェラーセンターを買収したり、コロンビア映画や、映画会社MCAを買収したり、ブラジルのビール会社を買収したり、などなど日本の名だたる企業も、M&Aプロジェクトとして壮大な努力を展開されていますが、いずれも目的があいまいだったり、努力の方向性が相当おかしい感じが否めません。

正しい目的を設定しないと、戦略の前提が整いませんし、結果は出ませんし、あらゆる営みが無駄になり、さらには、組織が崩壊するリスクを招来します。

正しい目的、達成可能で現実的で損得勘定において意味ある目的を定めることが、正しく合理的な戦略を構築する第一歩です。

「目的の設定なんて、簡単じゃねえか。そんなもん、どんなアホでもできるワイ!」
などという声が聞こえてきそうですが、そうでしょうか?

くどいようですが、
「太平洋戦争という『公共事業』の目的とされた、大東亜共栄圏? 鬼畜米英? 八紘一宇? って、まるで意味不明です。大東亜共栄圏のためにアジア各国に進出した、といわれますが、『隣の家の住人と仲良くしたいので、凶器をもって、押し入って、居座りました』って、意味がわかりません」
といいましたが、
「立派な教育を受けた高い受験偏差値を有するエリートといわれる方々」
ですら、こんなアホな目的をぶち上げ、挙句の果てに、国を滅ぼしたわけですから、凡人である我々も、日々、間違った目的を設定しがちです。

ところで、ビジネスにおける
「目的」
とは何でしょうか?

弱者救済や、世界平和実現や、人類社会の調和的発展や、生態系の健全な維持でしょうか?

無論、綺麗事として、そういうことを真顔でおっしゃる方もいますが、その種の善意のペテン師は別として、ビジネスの目的はもっと別のところにあることは間違いないはずです。

異論はあるかもしれませんが、
「東大文一に現役合格し、在学中に司法試験に合格し、20代の若造から知的プロフェッショナルとして認められ、世間から20年以上“先生”と呼んでいただいている、まあまあ、平均的かちょっとそれより上の知性を有している、といってもあながち間違いとは言い難い筆者の頭脳」
で理解するところによれば、ビジネスの目的は、
「てっとり早く、リスクなく、なるべくたくさんのカネをもうける」
ということだと考えます。

もう少し、穏やかで高尚な言い方をしますと、M&Aを含めたあらゆるビジネスの目的は、

A カネを増やす
B 出費を減らす
C 時間を節約する
D 手間を節約する
E 安全保障(リスクを減らす)

のいずれかに紐づくはずです。

いえ、紐づかないと、それは、ビジネスではなく、道楽か趣味です。

日本のホワイトカラー(管理系職種)の中には、
「こいつ、一体、何の仕事をしているんだ?」
という、意味不明な仕事を生業としている方がかなりの数いるように思います。

「意味不明な仕事」
というのは、管理系職種にいらっしゃる彼なり彼女なりの仕事が、前述のAないしEのどれに属するか、あるいは、どういう形で貢献するか、全く理解できない活動をされている、ということです。

無論、その種の
「意味不明な仕事」
の中には、あまりに高度で高尚で哲学で高邁過ぎて、
「東大文一に現役合格し、在学中に司法試験に合格し、20代の若造から知的プロフェッショナルとして認められ、世間から20年以上“先生”と呼んでいただいている、まあまあ、平均的かちょっとそれより上の知性を有している、といってもあながち間違いとは言い難い筆者の頭脳」
程度では理解できないような仕事をなさっているからかもしれません。

とはいえ、AないしEのいずれにも紐づかないような営みをなさっているということは、少なくともビジネスという活動に関していえば
「(仕事が高尚であることはさておき)彼なり彼女は、いてもいなくても差し支えない」
とも考えられます。

いずれにせよ、目的があいまい、不合理で意味不明な目的、達成不可能で非現実的な目的であったり、損得勘定ではなく主観や感情(嫉妬やコンプレックス解消)といった劣悪な動機を前提に、AないしEとの紐づきが疎遠な、経済合理性という点において間違った目的を設定しても、うまくいくはずはありません。

「そのM&Aをするとどんなことが達成されるの? カネが増えるの? 支出が減るの? 時間や手間の節約につながるの? 特定の具体的リスクが消えたり減少したりするの?」
という問いをなげかけることによって、
「目的の正しさ」への「ストレステスト」
を行うとともに、どんなにご立派な方が華麗で高尚なことをおっしゃろうが、狂った目的は、早期に排除しておくべきです。

そうでないと、ロックフェラーセンターを買収したり、コロンビア映画や、映画会社MCAを買収したりといった例のように、
「膨大な時間とエネルギーを費やした挙句、カネは減る一方で、最後には、企業が崩壊の危機を招く」
といった趣の
「何の目的のために行ったM&Aか、ワケがわからない」
という状況に陥る危険性が出来しかねません。

また、あいまいで、多義的な解釈を招く、目的というのも、NGです。

完成予想図、成功時の未来の姿を具体的にイメージすべきです。

そして、これを、しびれるくらいわかりやすく、
「どんなに理解力が不足し、身勝手な妄想力豊かな、アホでも、勝手な独自解釈をしでかしようがない」形で、
共有しておくべきです。

ゴールには、予備目標も設定・構築しておくべきです。

目的を作り上げるときには、楽観バイアスに侵され、すべてを自分に都合よく解釈しがちです。

成功者や達成した経験者の話をよくきいて、悲観シナリオやプランB(予備案、バックアッププラン)も含め、保守的で現実的で堅牢な目的を設定すべきです。

最後にゴールデザインの手法についてです。

1)「プロジェクトのゴール」を創出(あるいは発見ないし定義)しても、当該ゴールが言語化・文書化されない状況
2) 「プロジェクトのゴール」なるものが一応言語化・文書化されたとしても、非現実的で馬鹿げた妄想の域を出ない代物
3)「プロジェクトのゴール」なるものが言語化・文書化され、当該ゴールに一定の実現可能性があっても、抽象的で多義的で、期限設定等がなされていない代物

といった状況がしばしば観察されます。

これでは、プロジェクトをキックオフ(開始)する以前に、当該プロジェクトの失敗は決定的となります。

その意味では、プロジェクトのゴールをデザインし、言語化・文書化する作業は非常に重要です。

プロジェクトマネジメントのプロフェッショナルにおいては、ゴールデザインの際、一般的に、SMART基準を用います。

すなわち、「プロジェクトのゴールがが客観性と合理性を維持しているかどうかを検証するテストのための検証基準ないし指標」
として、
「SMART基準(法則)」
が指標ないしモノサシとして使われることがあります。

「SMART」とは、
“S”pecific(目的が具体的で客観的で明確であること)
“M”easurable(目的が、定量化・数値化されるなど計測可能となっていること)
“A”greed upon(達成を同意しうること。無理難題ではなく、達成可能であること)
“R”ealistic(現実的で、経済合理的な結果を志向したものであること)
“T”imely(期限が明確になっていること)
の頭文字を取ったものです。

ビジネスを真剣に考えないトップがいいかげんなプロジェクトをぶち上げ、その際に適当に設定される「事業目的」なるものは、SMART基準を充足しない場合が多いですが、そうならないように、常にSMART基準をにらみながら、ゴールを発見・定義・創出した上で、ミエル化・カタチ化し、さらに言語化・文書化していくことが肝要です。

初出:『筆鋒鋭利』No.113、「ポリスマガジン」誌、2017年1月号(2017年1月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.114、「ポリスマガジン」誌、2017年2月号(2017年2月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01621_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(12)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその8_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅲ)_(b)自分が置かれた客観的状況や環境を正しく認識する

自分のおかれた状況と、現実と、改善可能な範囲や相場観を知ることが、戦略的な思考の第一歩です。

「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」
ユリウス・カエサルが語ったとされる名言です。

「偏見等によって認知がゆがんでしまい、自分のおかれた状況が理解・認識できない」
あるいは
「不愉快な現実を直視しない」
なんてことは、生きていると、うんざりするほどやらかしがちです。

記憶の上書き、すっとぼけ、自己暗示などなど、言葉はいろいろありますが、これらは、自分にとって忘れたいほどこっ恥ずかしい黒歴史やみっともない事実によって自己の尊厳が蹂躙されることを忌避するため、
「自分にウソをついて自己を保存する」
という本能としての行動です。

特に、失敗の原因が自身にある場合、自己保存のため、自分にウソをついて、あるいは事実を意図的に誤解し、自己の尊厳を守り、現実を受け入れることを徹底して拒絶する、ということは、よくあります。

また、改善不能なことや達成が不可能なことを想像したり、現実的・実務的な相場観を拒否し、
「テレビやドラマで見知ったファンタジーを前提にした身勝手な成功プロセスがすべて達成され、最後に、自分にとって都合のいい結末が劇的に実現すること」
を妄想する、なんてことは、老若男女、皆、日々やっています。

このような傾向は、社会経験とか知的レベルとか学歴の高低とかは、関係ありません。

太平洋戦争において、日本軍の作戦指揮の現場において行われていた状況認識や作戦立案等の低劣っぷりを想像すると、立派なエリートといえども、議論の前提たる事実認識がかなり危ういレベルであったことは推定されます。

また、破綻したリーマン・ブラザーズの首脳陣や、その他リスキーな挽回策を重ねた挙句に会社を倒産に至らしめた経営者たちの脳内において
「自分の取り巻く状況や環境に関する事実をどのように認識していたか」
をイメージすると、戦略云々以前に、事実の認知レベルにおいて、かなり歪みがあったものと思われます。

去る2016年に行われた、ヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏が争ったアメリカ大統領選の予測についても、立派な大学の立派そうに見える先生が、
「ヒラリーに決まっている。トランプなんて、なるはずない」
と大見得切っていましたが、結果は、ヒラリー・クリントンの惨敗。

立派な大学の教員ですら、事実と妄想を区別する、ということが困難である以上、そこらへんの企業経営者の認知能力のレベルって、歪みまくっていると推定されます。

むしろ、我々は皆、認知能力に問題を抱えている認知症罹患者であり、それが重篤化して、社会生活に支障がきたすと、
「認知症患者」
といわれるのであり、一般の健常者と認知症患者との区別は、相対的な症状レベルの問題である、とも思えます。

我々の脳内に巣食っている偏見の中で、もっとも強固に作用するものが、
「常識」
です。

入手したデータを観察したり、認識したり、解釈したりして、最終的に
「自分のおかれた状況や環境はこうだ」
という判断をする際、学校の先生やサラリーマンの父や専業主婦の母が刷り込んだ
「渡る世間に鬼はなし」
「頑張ればきっとうまくいく」
「神様は誠実な人間を見放さい」
といった誤った偏見が、脳を間違った方向に回転させ、致命的な判断ミスを誘う、ということも事例としてよくあります。

無論、日常生活はこれで差し支えありません。

ですが、今、議論されているのは、
「イレギュラーでアブノーマルなビジネス案件」
をとりまく状況や環境の問題です。

にもかかわらず、迷ったら、常識という
「偏見のコレクション」
で、憶測し、思い込み、たくましく想像してしまうのが、失敗しがちな経営者の脳内で起きていることです。

「アブノーマルで刺激的な状況を、陳腐で退屈な常識で推し量って、正しい情報解釈に至る」
というのは、フツーに考えてうまくいくはずがありません。

初出:『筆鋒鋭利』No.112、「ポリスマガジン」誌、2016年12月号(2016年12月20日発売)

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01620_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(11)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその7_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅱ)_(a)正しい戦略リテラシーを実装する

学校教育では、
「努力は尊い。結果がすべてではない。努力はいつか報われる。失敗をおそれるな。とにかく我武者羅に突き進め。考えるな、感じろ。熱いハートにしたがえ。ダメでも次がある」
という趣旨のリテラシーが洗脳(そもそも学校教育というのは、未熟の脳に特定の思想や価値観を植えつけるものであり、社会的なコンセンサスを背景にした、合法的な洗脳です)されます。

しかしながら、ビジネスや事業戦略を構築するうえで実装しておくべきリテラシーは、
「無駄な努力、無意味なガンバリ、というのは山程ある。目的から逆算した最小限の犠牲で十分。方向性を誤って空回りしていても、努力は無意味。結果がすべてであり、目的は常に手段を正当化する。必要であれば、明確な痕跡が残らない範囲で、あの手、この手、奥の手、禁じ手、寝技、小技、反則技、すべてを駆使しても差し支えない」
というものです。

外資系企業など
「M&Aを成功するスキルを有するマネージメントチーム」
においては、もちろん、後者を当然の前提として思考・準備・計画・実行を冷厳に進めます。

他方で、
「M&Aで失敗して痛い目に遭う日本の多くの企業」
は、学校教育で培ったリテラシーを墨守しているように見受けられます。

初出:『筆鋒鋭利』No.111-2、「ポリスマガジン」誌、2016年11月号(2016年11月20日発売)

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01619_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(10)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその6_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅰ)_総論

「戦略が大事だ」
「戦略的に考えよう」
「チミには戦略というものがないのかね(怒)」
「ウチの上司はバカで、戦略センスとかナッスィングで、ホント、困っちゃうよ~」
とかなんとか、という形で、この
「戦略」
という言葉、本当に巷でよく耳にします。

しかし、また、この
「戦略」
という言葉ほど、曖昧で、無内容で、誤解されているものはありません。

私なりの理解ですが、
「戦略」
というものは、
「様々な環境要因や制約条件のなかで、現実的に達成可能な目的を決め、合理的に筋道を立てて、最小限の犠牲で、目的を段取り良く、達成するための方法論」
というものです。

戦略論の大家・ビッグネームといえば孫子(孫武)ですが、その
「孫子イチオシの最強の戦略」
は、
「三十六計逃げるに如かず(三十六計逃げるが上策なり)」
といわれるものです。

要するに、
「逃げるが勝ち」
「逃げて逃げて逃げまくれ」
ということですが、
「意識高い系の自信過剰な方々が多用する『戦略』という言葉のもつ、中世ヨーロッパの騎士道のようなヒロイックでロマンチックなイメージ」
とは、真逆の、
「姑息で卑怯で下劣でリアルな方法論」
が、軍事思想の大家の壮大な思索の結果の最終解、というのも、皆さんにとっては違和感があるかもしれません。

しかし、私個人としては、多いに納得しますし、とくに、投資や金儲けについていえば、この
「逃げることをベストとする戦略」
が最強であることは疑いようもありません。

すなわち、投資でカネを増やすコツは、
「勝ち逃げ」と「損切り」
につきるのです。

「意地やプライドや沽券で勝負を続けるのではなく、勝っているあいだにとっとと戦果を得て退却し、負けたらボロ負けしないうちに逃げちまえ」
という身もフタもない方針です。

逆に、勝ちに慢心していつまでも戦場に残っていると、想定外の事態に見舞われ制御不能のまま元本割れという憂き目にあうことになりかねませんし、損切りのタイミングを逸すると、特に信用売買や先物をやっていると、最悪、全財産を失い破産することもある、というのも経験上理解されている現実です。

M&Aも同様であり、
「いかにして逃げるか」、
すなわち
「出口戦略」
がもっとも重要な戦略の根幹を形成します。

まあ、いってみれば、M&Aも、企業を取引対象物とする金儲けのための取引の一種に過ぎませんし、株取引や不動産売買と同様、
「安く買って、とっとと高く売りつけ、しこたま儲ける」
という経済活動の手法の一種に過ぎません。

ところが、日本の多くの残念な企業がM&Aでやっていることは、出口戦略を描かず、うまくいかなかった場合の想定(ストレステスト)すらおこなわず、
「妄想満載のバラ色の未来が永遠に続くこと」
だけを身勝手に思い描きつつ、無警戒に、エントリーし、出口のない閉塞状況に追い込まれ、貴重な時間とカネとエネルギーを消耗し続ける、という愚劣極まりないことです。

では、具体的にどういう戦略にもとづき、M&Aという
「イレギュラーでアブノーマルな取引」
を遂行することが、推奨されるのでしょうか。

初出:『筆鋒鋭利』No.111-1、「ポリスマガジン」誌、2016年11月号(2016年11月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01618_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(9)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその5_(B)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業(ⅲ)

01617に引き続き、
(B)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業
に関する日本企業の失敗やしくじりのメカニズムを解説させていただきます。

06167では、M&Aを結婚になぞらえながら、
「結婚が、結婚後の生活について現実的な生活設計がないまま、若気と霊感の赴くまま、ノリで結婚に突入する、と失敗することが多い」
のと同様、M&Aも
「現実や打算や計算を抜きに、天啓や霊感や神のお告げだけでM&Aを猛スピードで敢行すると失敗する可能性が高い」
という趣旨のことを申し上げました。

ところで、戦後以来、離婚率がものすごい勢いで増加しているようです。

熟年離婚がテレビ等で取り沙汰されていますが、若い世代の離婚に比べれば、熟年離婚の数自体、必ずしもしびれるくらい多いとはいえないと思われます。

といいますのは、離婚には、相当エネルギーが必要で、年を取って、くたびれきっている世代には、過酷なプロジェクトとなるからです。

加えて、離婚をすると、家計単位が分割されるので、経済的には両者にとってマイナスになります。

2人で暮らしていれば、1つで足りていたテレビやクーラーや冷蔵庫やアパートが2つ必要になる、ということを考えれば明らかに想像できます。

しかも、熟年世代は、年金暮らしあるいは年金支給待機という方も多く、要するに、
「カネ」
がありませんので、不倶戴天の仇敵という関係でもない限り(そんな関係だったら、そもそも結婚したこと自体摩訶不思議というべきです)、理想的なシェア・エコノミーが成立し、効用面でメリットのある生活関係をわざわざ不合理かつ不経済に変更する必然性は乏しいはずです。

で、若い世代の離婚率が一貫して増加傾向にあることについてですが、この理由について、私は、
「特に、女性にとって、悪い方向での想定外が連続するから」
という状況によるもの、と推察します。

シンデレラというお話をご存じでしょうか?

作者は、ウォルト・ディズニーというアメリカのオッサンではありません。

ディズニーさんは、擬人化されたネズミとその一派たち以外、実はあまり純粋オリジナルコンテンツはありません。

シンデレラも、白雪姫も、人魚姫も、ムーランも、いってみれば全部合法的に余所からパクったものです。

だからといって、ディズニーのコンテンツをパクったら、タダでは済みません。

ディズニーは、自分は結構余所から(合法的にですが)パクっていますが、自分のものをパクられるのは厳しい、という
「自分に優しく、他人には厳しい」
という経営という点で立派というかシビアな企業なのです。

脱線しましたが、シンデレラの作者は、ディズニーではなく(アメリカの方々の多くはディズニーがオリジナルで作ったと誤解しちゃっているかもしれませんが)、グリム兄弟というドイツの童話作家です。

で、このシンデレラというお話、かいつまんで説明すると、

・ボロを着て、カネも余裕もなく、炊事・洗濯・ムカつくガキの世話等、毎日毎日家事全般させられ、休む間もない赤貧生活をしていた不幸な女性が、
・やがて、悲惨な現実の世界」から「ロマン満ち溢れる世界」へ段階的に移行していき、
・最後は、壮大な結婚式を挙げ、皆の祝福を受け、幸せの頂点に到達する、

という話です。

ところが、日本の若い女性が体験する一般的な結婚生活というのは、この
「シンデレラ・ストーリー」
の、見事なまでの逆回転バージョンです。

すなわち、

・出会ってまもなく、壮大な結婚式を挙げ、皆の祝福を受け、幸せの頂点に到達した女性が、
・やがて、「ロマン満ち溢れる世界」から「悲惨な現実の世界」へ段階的に移行していき、
・何年か後には、ボロを着て、カネも余裕もなく、炊事・洗濯・ムカつくガキの世話等、毎日毎日家事全般させられ、休む間もない赤貧生活に陥る

という、悪い意味での想定外の連続のストーリーを経験します。

こういうことがあると、離婚したくなるのも、うなずけます。

M&Aも、同様の傾向にあります。

M&Aという取引が成立する時点においては、あらゆる不愉快な想定が度外視され、
「この取引が成立しさえすれば、バラ色の未来が訪れる」
というロマンと希望とファンタジーに満ちた想定を関係者全員共有し、取引実現というその瞬間だけを目指して、そこに、カネと労力とすべての勢力を注ぐ熱狂が先行します。

しかしながら、M&A取引が成立し、熱狂が過ぎ去り、
「宴の後」
となった時点以降のプランやシナリオは、なんとなくおざなりになっています。

一応、その種の計画は想定されてはいるものの、華々しい、夢のようなシナジーシナリオを描き、熱狂して神輿を担ぎ、横で声援を送り、脇で踊り狂っていたM&A支援プロフェッショナルは、祭りが終わるといなくなって(別の祭りに行っている)、残ったのは、
「M&A当時は素晴らしく魅力的にみえたものの、よくみりゃ、たいしたことのない、あるいは、お荷物として足を引っ張るしか能が無い、どうしょうもないガラクタ企業」
という状況だったりします。

結婚はともかく、M&Aについては、あまりアホな失敗が続くと、東芝やパナソニックや丸紅のように、企業そのものが傾きます

ノリや熱狂も大事ですが、そんなことより、M&Aが終わった後、その後、長く、長く、長~く続く、投資回収までの道のりを、どういう現実的な方法で達成していくのか、ということを、ドライに、クールに、スマートに考えるべきといえます。

ただ、M&Aが下手くそな企業の幹部のメンタリティーは、
「将来的な生活設計も乏しいままノリとアツさだけで結婚に突進した挙句、神の速さで破綻する若いカップル」
のそれとあんまし変わらないせいか、前記のようなドライかつクールでスマートな思考を完全に欠如しているがゆえに、失敗し、失敗し、失敗しまくるのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.110、「ポリスマガジン」誌、2016年10月号(2016年10月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01617_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(8)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその4_(B)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業(ⅱ)

引き続き、
(B)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業
に関する日本企業の失敗やしくじりのメカニズムを解説させていただきます。

よく、芸能人が、出会ってまもなく結婚に至る、という例をみかけることがあります。

いわゆるスピード婚といわれるものです。

中には、すでに妊娠しており、早く結婚しないとお腹から出てきた子供の立場が不安定になる、という切羽詰まった状況で結婚を決定し、公表する、ということもあるようです。

企業のM&Aでいえば、M&Aの交渉前に、経営統合が現場レベルではじまって、ジョイント・ベンチャーの子会社までできて、今更、知らん顔もできない、という趣の状況です。

中には、特段、結婚前の妊娠とか、そういう差し迫った事情が見受けられないにもかかわらず、電撃婚、スピード婚に至るような例も見受けられます。

企業のM&Aでいいますと、守秘義務契約を取り交わし、お互い裸になった付き合いが始まってから、デューデリ(買収前監査)をほとんど時間をかけず形骸化したまま進めていき、値段交渉や買収後の取り決めもおざなりにして、一気呵成にM&Aを完遂する、という趣のものです。

電撃婚であれ、スピード婚であれ、ビビっと婚であれ、そういう迅速果断な結婚を行った芸能人が、レポーターから経緯や動機を尋ねられると、
「会った瞬間、ビビッときた」
「すぐにわかった、この人しかいない、と」
という直感なり霊感を重要な根拠として挙げることが多いようです。

しかし、その後、だいたい3年くらいしてからひっそりと離婚する、という例も多いようであり、
「直感とかインスピレーションとかってのもあまりアテにならない」
という例も少なくないようです。

企業も同様で、
「現実や打算や計算を抜きに、天啓や霊感や神のお告げだけでM&Aを猛スピードで敢行するような会社」
で、投資回収がうまくいき、しびれるくらい儲かっている、といったところはあまりないようで、たいていは、
「やんなきゃよかった」
「なんで、こんな企業買ったんだろ」
と後悔することの方が多いようです。

考えてみればそうかもしれません。

俳優の高島政伸氏がいい例です。

高島氏は、あるタレントの方と、交際まもなく、
「この人しかいない、とすぐわかった」
とかなんとかいう直感だか霊感だかにしたがって、スピード結婚しましたが、その後、すぐに離婚したくなってしまいました。

ところが、相手が離婚に応じてくれず、膨大な時間とコストとエネルギーを費やし、ワイドショーでいじられまくられる、“離婚トラブル”に見舞われた、とのことです。

「結婚は自由だが、離婚は不自由」という私が作った格言がありますが、高島氏は、これをまさしく地でいくような地獄の経験をなさいました。

やってみるとわかりますが、結婚なんて、実はそんなに難しくありません。

結婚式とか披露宴とか二次会とかって、別に法律上必要なわけではありません。

双方が合意し、役場に届け出さえすれば、結婚なんて非常に簡単にできちゃいます。

逆に、結婚式とか披露宴とか二次会とか盛大にやって、その後、ヨーロッパに新婚旅行に出かけ、帰国後、婚姻届け出を出す段取りで、新婚旅行中に仲違いして
「別れる」
という話に至った場合、たとえ、結婚式や披露宴とか二次会とかが終わり、カタコト日本語を話す外国人神父の前で永遠の愛を近い、バッカ高い指輪を交換したとしても、
「この結婚式を挙げたカップル」
は法律上は結婚していないので
「アカの他人」同士
です。

「別れる」「別れない」
といっても、
「離婚」
という話ではなく、もともと無関係のものを、無関係のままとするだけです。

厳密にいえば、婚約不履行の問題にはなり得ますが、まあ、カネの清算の問題であり、身分関係は
「無関係の男女」
のままであり、清算も解消も何も必要ありません。

このように、結婚は、本当にあっさり、というかサックリというか、驚くほど簡単にできます。

結婚は、結婚することそのものより、結婚した後が大変なのです。

したがって、
「結婚するかしないか」
「いつ、誰と、どのような生活設計を想定して結婚するか」
という問題は、もっと、冷静に考えるべきなのです。

この観点からすると、
「ビビっときたので、すべてをなげうって、出会って間もない、素性も不明な相手の胸に飛び込む」
なんてことをいきなりやるのは、無謀でリスキーでしびれるくらいヤッヴァイ行動といえます。

無論、企業間の結婚(ないし養子縁組)であるM&Aも同様です。

統合後、投資回収が成功するまでの苦労や困難、あるいは出口戦略を描かず、うまく行かなかった場合の想定(ストレステスト)を行わず、
「妄想満載のバラ色の未来」
だけを身勝手に思い描きつつ、無警戒に、入り口に飛び込んで、うまくいくはずなどありません。

まず、M&Aを行うほとんどの企業は、当該買収対象企業を、
「買った後どうやって使うべきか」
についてあまり考えていません(出口戦略・シナジーシナリオの不在)。

結婚生活になぞらえると、結婚生活について現実的な生活設計がないまま、若気と霊感の赴くまま、ノリで結婚に突入する、という趣向に近似する傾向です。

あと、企業の立ち上げから現在まですべての歴史や詳細を把握しているわけではなく、また、企業の全てを知っているわけでもなく、
「企業独自のルールややり方や“黒歴史”や裏マニュアルや密約やヤヴァイ機密」
などはそもそも文書化・記録化すらされておらず知りようもなく、M&Aの後で、各種瑕疵や想定外に見舞われる、ということも、M&A買い手企業がPMIに失敗する理由として挙げられます。

結婚生活になぞらえると、
言えない過去がある、
多額の借金がある、
実は年齢や身長や体重を誤魔化していた、
重い病気がある、
潔癖症過ぎて共同生活無理、
子ども大嫌いで生むのヤダ・育てるのマジ勘弁、
とか考えておりすでに家庭設計において致命的な意見の隔たりが内在していた、
などによる結婚生活の破綻です。

そして、このようなことをあまり突き詰めて考えないまま、霊感と神のお告げにしたがい、ノリと勢いでM&Aに突入するものですから、買った後経営統合が出来ない(結婚生活になぞらえると、性格の不一致、方向性が違う、夫婦喧嘩が絶えない、イヤな面が見えてきてしまい生理的に無理といった、結婚当時とは真逆の見解が双方から表明されるなど)、という悲喜劇に見舞われるのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.109、「ポリスマガジン」誌、2016年9月号(2016年9月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01616_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(7)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその3_(B)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業(ⅰ)

まず、
(B)PMI(ポストマージャーインテグレーション。M&A後の統合実務)による円滑な経営統合作業
の失敗事例やしくじり話といった、残念な状況をお話したいと思います。

M&Aは突き詰めれば単なる
「買い物」
であるということができますが、本稿においては、
「人生におけるそこそこ重要な決断で、かつ決断し、セレモニー自体も大変だが、むしろ、セレモニーを行った後の話の方がより重要かつ大変」
という意味において、状況が近似する
「結婚」
になぞらえて、その難しさや、失敗の根源的原因を探っていきます。

「M&A」
という
「結婚」自体
もそこそこ大変です。

散々苦労して取引にこぎつけたのだから、もうこれで、バラ色の未来が描けるだろう、というのが、まあ、普通のM&Aの買い手の認識です。

ところが、結婚もそうですが、結婚するまでに、いろいろな障害や苦労や、あるいは結婚相手に群がる競争相手との競争に競り勝った困難を乗り越えて、さんざん時間とエネルギーを(と場合によってはコストも)費消することがあります。

ただ、そのように、結婚するまでに散々苦労したから、といって、そのような
「結婚に至る苦労の大きさ」

「結婚後の生活が楽しく、愉快で、幸せになる」
ということを保障する、というものでもありません。

ちなみに、2013年という古いデータですが、日本における一般の夫婦の離婚率は31%、とのことです。

これは、恋愛破綻率ではありません。

結婚がぶっ壊れる確率です。

結婚を決めて、結婚式を挙げて、入籍に至るまで、相当な時間とエネルギーとコストを費やしたはずです。

その、膨大な時間とエネルギーとコストの結晶としてのつながりが、3割も解消される、ということです。

離婚に至らないまでも、
「仮面夫婦」
などのような離婚に近い状態の破綻夫婦が、膨大な
「暗数」
として存在する、ということも考えれば、これはこれで、衝撃的な話です。

まあ、一般の方の婚姻となると、気持や感情も入りますし、
「ソロバン勘定」
だけで計算づくでやるすべてをなげうって、
「出会って間もない、素性も不明な相手の胸に飛び込む」
などという合理的に考えて高度の蓋然性を以って破綻が見込まれるリスキーな関係構築もあるわけですから、仕方がない、とも考えられます。

ですが、
「経済合理的な頭脳を有する企業経営者が、プロや優秀な部下を交えながら、純ビジネス的な判断として、熟考の末、行ったM&A」
は、流石に、そんなことはないだろう、と思い、これまた統計データを確認してみました。

ところが、同じく2013年に大手監査法人のトーマツが調べたデータによると、M&Aの成功基準達成企業は、全体の36%に過ぎず、M&Aを行った企業のうち、実に、64%もの企業が、やってみたM&Aは失敗、
「やらなきゃよかった」
と考えている、ということが判明しました。

「仮面夫婦」
のように、本当は、大失敗しているのだけれども、
「このM&A、よかった、成功した、うまくいっている」
と強弁している企業が暗数として相当数存在していると思われる、という経験上の事実も併せ考えると、まあ、M&Aは、ほとんどのプロジェクトが失敗に終わる運命にある、ということがいえるほどです。

そういう、
「仮面夫婦のような形で、破綻状態で存続するM&A」
という代物ですが、1つには、見栄っ張りで意固地なオーナー経営者が暴走して推進させたM&Aなどにおいて、
「素直に、潔く負けと失敗を認めることができず、損切りするタイミングを逸し、傷口を広げ、あるいは泥沼化する」
という事例です。

もう1つは、例えば、上場企業などにおいては、下手に、自分たち経営陣が自信満々に進めたM&Aが失敗して大コケしたことを、あっさり認めると、株主総会で突き上げを食らったり、最悪、代表訴訟を提起され、自分の立場が危うくなります。

さらに、先代経営者や先輩・OB経営者のM&Aで、失敗してゾンビ状態になっているものを、失敗したとして終わらせると、どのように文句をいわれるかもしれません。

そんなこともあって、
「夫婦仲が冷えきっても、努力によって維持継続する結婚生活」
を続ける夫婦のように、
「論理的に正しくない選択をしてしまったあと、選んだ選択肢を正解にする努力」
というものを尽くして、M&A失敗の表面化を先送りする企業も相当数存在するのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.108、「ポリスマガジン」誌、2016年8月号(2016年8月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01615_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(6)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその2_(A)現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収価格あるいはこれを達成するためのハードな交渉

まず、
(A)現実的な投資回収シナリオが機能する適正な買収価格あるいはこれを達成するためのハードな交渉
です。

M&Aは、いってみれば、買い物と同じです。

専業主婦が、大根や肉や魚を買うのと大差ありません。

とにかく、
「良い物を安く」
というのが買い物における賢い戦略です。

ところがM&Aを行うほとんどの日本企業は、賢い企業の買い方をしていません。

外資系で訓練を受けて独立した百戦錬磨のM&Aのプレーヤーがやるような
「『1万円札を3000円で買える』といった、しびれるくらい安い買い物の提案が見つけてきて、それを、相手の無知につけ込み、足元をみて、2000円に値切って買う」
という買い方ができる日本企業は皆無です。

買い物慣れしていいない日本企業のM&Aプレースタイルは、
「買いたい」
という強い願望が先行し、この願望が強力なバイアス(認識の歪み)となって
「価格の合理性に関する検証」
を怠らせ、
「買いたい気持ちがある以上、多少高くても、値段は安いと信じる」
といった愚劣なジャッジの末、経済合理性に反する買い物を敢行して、大損害を被る例がほとんどです。

すなわち、M&Aを行うほとんどの日本企業は、
「感情で決めて、理屈で正当化し、相手のペースに振り回され、引くに引けず、最後は意地になってどこまでも高値交渉に付き合う」
という、
「買い物では、もっともやってはいけない、愚かな購買行動」
に走るのです。

といいますか、M&Aを行う日本企業の大半は、買い物に参加する前提として、
「適正な買収価格」
なるものを把握しておりませんし、さらにいうと、そもそも、マガイモノとホンモノを見分ける鑑定眼すら欠如しています。

企業に持ちかけられるM&A取引の中には、
「生きている企業」
ではなく、
「死にそうになっている企業」
の買収話もあり、これを前提としたファイナンス(DIPファイナンス)、などという
「ちょっと聞いただけで、うまくいかなさそうな代物」
もあります。

DIPファイナンスの
「DIP(debtor in possession)」
とは、即ち経営再建中の会社、さらに具体的にいうと
「実質的に倒産状態にある会社」
のことをいいます。

DIP企業の買収とは、たとえていうなら、
「金持ちで若くて健康な人間」
と結婚するのではなく、
「赤貧にあえぎ、かつ今にも死にそうな病人」
との縁談話であり、DIPファイナンスとはそんな縁談に多額の結納金(ファイナンス)を出すという話です。

したがって、DIP企業買収やDIPファイナンスなどという技法は、普通に考えておよそうまくいくとは期待できない代物です。

よほど企業を見る目があれば格別、こういう話に踊らされている企業は後で大きなケガを負う羽目になりかねません。

にもかかわらず、M&Aの経験のなさそうな企業に限って、ブローカーやコンサルタントの
「最先端のM&A! 今、グローバル企業がこぞって採用する、DIPファイナンスを用いた、DIP企業買収戦略!」
などといった、無内容で有害な煽り文句に踊らされ、
「ババつかみ」
をさせられてしまいます。

ここまで酷い買収話ではないにせよ、日本の一般的事業会社の買収条件の交渉のスキル、なかんずく、価格交渉については、その下手くそっぷりは、非常に際立っております。

日本企業が買収に参加すると、まず、どの企業も、
「物欲しそう」
にしています。

何時でも席を立って破談させるようなポーズをみせながら、
「大阪のおばちゃん」
のようななりふりかまわぬ値切り交渉を行うような日本企業は皆無です。

「骨付き肉を前に、空腹で死にそうになっている、素直な子犬」
のように、ヨダレを垂らして、尻尾をふりながら、1分でも早く
「食らわされているお預け」
が1分でも早くなくなるよう、相手の意のままに全ての条件を呑み、ぼったくられている。

これが標準的な日本の事業会社のM&Aスタイルです。

無論、契約書をギチギチ詰めていけば、ある程度のリスクはヘッジできます。

しかし、そこまで、時間と労力をかけて契約書を詰めなければならない、というのであれば、座組自体を考えなおした方がいいかもしれません。

すなわち、
「『市場価格1万円で新品を調達できる商品』について、5万円を払って中古品を購入する」
といった趣の愚劣極まりないM&A取引については、どんなに優秀な弁護士に契約書をつくってもらったところで、そもそもの取引の前提が狂っているわけですから、うまくいくはずもありません。

かくして、狂った取引条件のまま、狂った取引内容を正確に反映した狂った契約書が作成され、多大な時間と費用とエネルギーをかけて、始まる前から失敗するようなM&Aプロジェクトが完遂されてしまうのです。

初出:『筆鋒鋭利』No.107、「ポリスマガジン」誌、2016年7月号(2016年7月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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