00119_企業法務ケーススタディ(No.0073):消費者団体からの差止通知への対応

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
木村絨毯株式会社 社長 木村 銀治(きむら ぎんじ、33歳)

相談内容: 
うちの会社が昨年売り出した「健康絨毯」という商品名のカーペットなんですが、当社の営業部の者が
「お肌に優しく、毛玉が立たない、ペルシャ猫のような魔法の絨毯!」
っていういい加減なキャッチコピーを考え出し、これで営業を始めたら、世間のおばあちゃんたちに大ウケして、売上もぐんぐん上がったんです。
もちろん、ただの化繊絨毯ですし、ペルシャ絨毯というわけでもありませんので後で問題にならないように、包装のすみに
「本商品はペルシャ絨毯ではありません」
って小さく書いておきました。
確かに、買った後でクレームがきたことはありましたけど、ウチも面倒は嫌なので、クレーム言ってきたところにはその都度返金して対応しています。
そしたら、「内閣総理大臣認定消費者団体 悪徳企業排除機構」っていう、おっかなそうな名前の団体から通知書が届いて
「ペルシャ絨毯ではないタダの化繊の絨毯を、ペルシャ絨毯と偽って消費者に売りつける行為を1週間以内にやめよ。
さもなくば訴えを提起する」
と言ってきました。
5~6年前に先生にお世話になった事件の際には、確か、
「消費者団体は原告になれないし、ほっとけばいい」
というアドバイスを受けて、ほっておいたら、そのうち鎮静化しましたが、今回も適当にあしらっておけば大丈夫ですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:民事訴訟における当事者とは
民事訴訟においては、争いを解決するための手段である
「判決」
に実効性を持たせるために、自分の権利の実現を求める者本人が
「原告」
となり訴えを起こす必要があります。
すなわち、可哀そうで見ていられないという理由で、見ず知らずの第三者が
「原告」
となり、民事訴訟を提起するということは原則としてできません。
民事訴訟法においては、これを
「当事者適格」
と言い、民事訴訟を適法に進めるための条件のひとつとされていますので、当事者適格を有さない者が
「原告」
となったり、当事者適格を有さない者を
「被告」
として訴訟を提起した場合、当該訴訟は、不適法なものとして
「却下」
されることになるのが原則です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:消費者団体訴訟制度
しかしながら、社会的強者である企業と社会的弱者である消費者との格差が顕著となった現代社会において、このような民事訴訟上の原理原則を形式的に貫くことによる不都合が生じました。
すなわち、企業などが消費者契約法に違反する営業行為を行い、これによって被害を受けた個々の消費者が個別に解決を図ろうとしても、情報力や交渉力に圧倒的な差があるため、また、このような営業行為の被害者となる消費者にはお年寄りなど、訴訟遂行費用すら賄えない社会的弱者が多いということもあり、泣き寝入りしてしまうケースが常態化したのです。
そこで、法改正により、消費者問題に関し、当事者適格に対する例外が設けられるようになりました。
これが、消費者契約法に基づき設けられた消費者団体訴訟制度と呼ばれるものです。
この制度は、消費者全体の利益を守ることを目的として、
「消費者のことをよく理解し、利益を代弁することが客観的に期待でき、かつ、組織的にも堅実と認定された消費者団体」
に対し、
(1)消費者契約法に違反する営業行為に対して、書面にてそのような営業行為をやめるよう請求する権利と、
(2)当該書面でも是正されない場合に、民事訴訟の例外として、消費者に代わって、消費者契約法に違反する営業行為をやめることを求めて訴えを提起する権利を、
それぞれ付与しているのです。

モデル助言: 
確かに、法改正前までは、企業としては、個々の消費者の情報力、経済力、交渉力などを甘く見て、あまり真剣に対応せず、また、消費者団体から苦情申入れなどがきても、どうせ、当事者適格もないから訴えも提起できないだろうとタカをくくった対応がなされてきました。
しかしながら、この消費者団体訴訟制度が導入され、個々の消費者とは異なる、知識と専門性を有する強力な団体組織に、消費者契約法に違反する営業行為を是正するための有効な手段が付与されるようになり、これまでの企業の姿勢に牽制が加えられるようになったのです。
もちろん、事前の通知もなく、いきなり訴えを提起されるということはありません。
ですが、違反行為の是正を求める旨の書面が届いた場合には、事態を甘くみることなく、まず、事実の有無に関する徹底した社内調査を行うとともに、適格消費者団体と誠実な話し合いをして妥協点を見いだす努力をすべきと考えますし、法律上も、まずは企業と消費者団体との話し合いによる解決を推奨しています。
逆に、いい加減な態度で放置した場合、訴えを提起されて営業行為を差し止められ予想以上の大きなダメージを被る可能性もありますし、それ以上に報道等を通じて企業イメージの低下や顧客離れといったリスクが発生しかねませんので、慎重に対応すべきでしょうね。
とにかく、これまでのようなナメた対応を取らないようにしてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00118_企業法務ケーススタディ(No.0072):個人情報が漏洩してしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
熱血教育株式会社 社長 漏田 健策(もれた けんさく、59歳)

相談内容: 
ご存じのとおり、当社は、教育機関や検定機関などから委託を受け、各種検定試験などを実施したり、検定合格のための問題集を販売したり通信教育を提供しております。
最近は、検定ブームで、それにあやかって当社の業績もうなぎ上りでしたが、エラい事件が起きてしまいまして。
どうやら、ウチの会社の販売管理部にいる釣野(つるの)剛志という若いのが、データベース化してある顧客情報を、名簿業者に売り込んでたみたいなんです。
悪いことに、当社で扱っている情報には、検定受験者や生徒の名前、住所、生年月日、試験の結果なんかが詳細に含まれていました。
学習教材会社なんかが名簿業者から既に購入しているみたいで、判明しているだけでも、1200件ほどの個人情報が、30社以上に漏洩してしまったんです。
もちろん、釣野は、即刻解雇処分にしました。
ですが、文部科学省から天下りしてきたエラそうな役員の1人が、やれ、生徒や受験者に謝罪したほうがいいとか、もっと誠意を見せるべきだ、とか騒ぎ始めたのです。
幸い、漏洩した件数が少なかったということもあって、それほど騒ぎが大きくなっていませんし、過剰な対応をするとかえって大事になると思うのですが、その役員がとにかくうるさいもんで、放置もできない状態なんです。
この際、1人当たり幾らかを払っちゃおうと思っているのですが、個人情報漏洩の場合の賠償額の相場ってものを教えてもらえますか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:個人情報保護法
一昔前であれば、個人情報の保護など全く意識されず、各種学校の名簿なんかがごく普通に名簿業者に売買されていました。
会社の従業員も、カネに困ったら、小遣い稼ぎのために会社の顧客名簿を売りさばき、バレたところで、ちょっとお叱りを受ける程度で済んだ牧歌的な時代もありました。
しかし、高度情報化社会が到来した現代にでは、各種企業が保有する顧客データなどの膨大な個人情報は、情報処理技術などの発達により、その蓄積、加工、編集などが簡単に行えるようになり、一旦漏洩すると、インターネットなどを通じて、これら個人情報が一瞬で世界中を駆け巡りました。
さらに漏洩した個人情報は、オレオレ詐欺やフィッシング詐欺といった、個人情報を用いた新手の犯罪に使われるようになってきました。
そこで、平成17年に個人情報保護法が全面的に施行され、個人情報などを扱う企業は、従業員に個人情報などを扱わせるに当たり、個人情報の安全管理のための必要な監督義務が課されるようになりました。
その結果、個人情報の保護は単なる努力指針ではなく、法律問題・経営課題として意識されるとともに、個人情報を漏洩させた企業に対しては厳しい責任追及がなされるようになってきています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:侵害論と損害論
個人情報は、個人情報保護法により法律上保護されるべき権利であることが明記されているところ、釣野は、これを違法に第三者に売り渡していますので、釣野個人は権利侵害行為を行ったことになります。
また、熱血教育社についても、個人情報保護法に基づく監督義務違反による社固有の不法行為(民法709条)として、あるいは釣野の使用者としての責任(民法715条)として、個人情報を漏洩された被害者各人に対して損害賠償責任を負うことになります。
しかしながら、権利侵害行為があれば常に賠償義務を負うというものではなく、権利侵害行為が明らかであっても具体的に発生した損害が不明な場合等には、損害賠償義務が生じないということもあり得ます。
法的解決の場面においては、権利侵害の議論(侵害論)と発生した損害に関する議論(損害論)とは明確に区別されるからです。
すなわち、設例においては、個人情報の漏洩により現実に被った経済的損害や精神的苦痛といったものは被害者各人で異なるでしょうし、そもそも被害者が賠償請求の主張すらしていない段階において、具体的に損害賠償の議論をするのは、やや稚拙と思われます。

モデル助言: 
熱血教育社さんの場合、会社として漏洩に責任があるかどうかいまだ議論の余地がありますし、発生した具体的損害についても全く不明です。
ましてや、漏洩された被害者から賠償請求されたわけでもありません。
従って、法律上、こちらから一律○○円を支払う義務が自動的に課されるなんてことはありません。
とはいえ、
「当社は、具体的な損害賠償請求を一切受けていませんし、もし、仮に請求を受けたとしても、裁判所が損害額を決めるまではビタ一文払うつもりはない」
という身も蓋もない言い種では、企業としての信頼が失われ、客が離れていきます。
個人情報が漏洩した場合の賠償問題について法的に確定したルールがない以上、ビジネスマターとして対応すべきでしょう。
例えば、受講割引券を配布するなり、試験対策用特別テキストや特別講義の通信講座用DVDを無償で配るなどして、顧客の怒りを静めつつ、ちゃっかりビジネスチャンスを創出したりするのも十分アリだと思いますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00117_企業法務ケーススタディ(No.0071):ライバル企業の顧客勧誘時の落とし穴

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社トゥース 代表取締役 大鳥 流石(おおとり さすが、30歳)

相談内容: 
今日の相談は、ウチで全国各都市に展開している少人数英会話教室「We(ウィー)」のことなんです。
当社のライバル会社で、全国各駅のソバに英会話教室を展開している「SOBA」という会社があるんですが、「SOBA」の埼玉地区事業部長の赤林(あかばやし)ってのとパーティーで名刺交換して以来意気投合しまして、昨年、ウチの会社の事業部長として招聘することになったんですよ。
赤林も「SOBA」をぶっつぶす勢いで頑張ります、ってヤル気になって頑張ってくれました。
まず、英会話教室を「SOBA」から当社に切り替えた受講生は、半年間、他の受講生より授業料を安くするっていうキャンペーンを始めたら、これが大当たり。
加えて、「SOBA」で安くこき使われてヒーヒー言っている外国人の英会話教師を大量に引き抜いてきた。
そんなこんなで、「SOBA」 はもうヘロヘロ。
東京・名古屋ではウチの一人勝ちです。
昨年末、「SOBA」が公正取引委員会に被害申告したみたいで、公取からいろいろ電話がかかってくるようになり、なんか雲行きが怪しくなってきました。
とはいえ、同業他社より安い価格を付けて顧客を勧誘するなんてのは、自由競争社会では当ったり前のことですし、外国人教師が「SOBA」を見限ったのも安くコキ使ってた「SOBA」が悪いんですし、ウチは全く悪いことなんかしていない。
胸を張って堂々としていいすよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:顧客属性に応じた価格の差別化
適正な利益が上げられる範囲で、同業他社より安い価格を設定して商品を販売したりサービスを提供したりすることは、自由競争社会においては当然のことです。
本来、企業は、自社の商品やサービスの価格を自由に決めることができるのが原則ですし、顧客によってはその取引量やコスト(事務費用など)が異なるのですから、例えば、
「子供は割引します」
といったように、顧客の属性で価格を変えたからといって、直ちにそれが違法と評価されるようなことはありません。
しかしながら、例えば、同業他社のシェアが大きい地域だけ、自社の商品やサービスを安くしたり、同業他社の顧客を勧誘する時に限って安い価格を提示したりするといった行為は問題があります。
なぜならこのような行為を放置した場合、大企業がその資金力にものを言わせて、同業他社のシェアが大きい地域や市場に狙い撃ち的に介入し、その地域や市場における同業他社の資金力が尽きるまで安い価格を維持して顧客を奪うことが許されることになり、反競争状態が出現することになるからです。
このため、独占禁止法は、公正取引委員会が指定する
「不当に、地域または相手方により差別的な対価をもって、商品もしくは役務を供給し、またはこれらの供給を受けること」
を「差別対価」として不公正な取引方法としているのです(一般指定3項)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:顧客や従業員の苛烈な引抜きが私的独占に該当する場合
最近、ある会社が、ライバル企業の3割近くの従業員を引き抜いた上、さらに、当該ライバル企業の顧客に対し、
「自社との取引に切り替えれば、他の顧客にはない特別な条件で取引する」
という不当な差別対価を提示して勧誘したという事件がありました。
この事件について東京地方裁判所は、
「違法な引き抜き行為」
に加え、これと近接した時期に
「違法な差別対価」
を提示するキャンペーンを大々的に行ったことを総合的に考慮し、いわば
「併せ技一本」
のような形で前記企業の行為を悪質な私的独占行為と判断し、20億円にも上る損害賠償額の支払いを命じました。
設例の場合も、単なる不公正取引としての
「差別対価」
にとどまらず、
「差別対価を手段とした私的独占行為」
として判断されるリスクがあると言えます。

モデル助言: 
株式会社トゥースさんの場合、
「SOBA」の受講生だけを狙い撃ちして授業料が安くなるような対価設定を行っておりますので、公正取引委員会に睨まれるような、不当な差別対価による営業政策と言えるんじゃないでしょうか。
加えて、
「SOBA」潰しのキャンペーンと近接した時期に、大量に講師を引き抜いているのもよくありませんね。
いかに
「SOBA」が外国人教師をコキ使ってきたとはいえ、
「引き抜き行為」
と目されるような積極的かつ強引なやり方で横取りしたというのであれば、差別対価と
「併せ技一本」
で、私的独占行為として評価される危険すらあります。
「SOBA」の受講生だけでなく、全受講生を対象とした割引キャンペーンに切り替えるとともに、今後「SOBA」から移籍を希望する外国人教師については、円満退社することを条件にするなどして、戦略をマイルドな方向にシフトしていくべきです。
それと、公正取引委員会への対応についても、「SOBA」の外国人教師の雇用の一件は、
「困窮している彼らを助けるためで引抜きではない」
「「SOBA」からの切り替えキャンペーンとは関係ない」
ということをしっかり説明していく必要がありますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00116_企業法務ケーススタディ(No.0070):破綻会社からの債権回収法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社アホー・ネット 埴輪 騎士(はにわ ないと、30歳)

相談内容: 
先生、当社が運営する検索サイト、Ahoo(アホー)は、もう絶好調で、広告収入やら何やらがジャカジャカ入ってきて、笑いが止まりません。
ですが、楽器屋チェーン店フライ・アウェイ社を経営していた兄貴の埴輪嵯峨男(はにわ・さがお)の方がもうダメで。
今は、もう行方不明の状態で、連絡もつかない。
ところで、兄貴の嵯峨男が、行方不明前に、たまっていた当社の広告料を現金で一挙に支払ってくれたことがあったんです。
行方不明になる半年以上前なんですけど、
「広告料遅れて悪かったな。
お前に迷惑かけちゃ、かっこ悪いから・・・」
って、支払を延ばしに延ばした広告料1千万円ほどを、もっていた現金でバサッと払っていったんですよ。
その後、だんだん連絡がつかなくなってしまって、とうとう、先月、破産。
身内とはいえ他人事のように思っていたら、この前、破産管財人の弁護士ってのから内容証明が送られてきて、
「抜け駆けだ」
「資産隠しだ」
とかなんとかで、兄貴から払ってもらった1千万円を弁護士のところに返金せよ、って話が書いてある。
どうやら、兄貴は、取引先の支払はおろか、従業員の給料まで何カ月分か遅らせた挙げ句、トンズラしちゃったみたいで、エライ騒ぎになっているようなんです。
もうすぐ期末で、払ってもらった1千万円の扱いを決めなきゃいけないんです。
やっぱ身内が優先して返済してもらうのってマズそうだし、裁判所も関わっているようですし、これ、返しておいた方がいいんですかね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:破産直前期に横行するドサクサ紛れの違法行為
企業の経営が傾き、破産までカウントダウンの状態になると、ドサクサ紛れの不当な行為が横行するようになります。
まず、破産する企業の社長などは、将来の生活や再起に備えて少しでも多くしようと、あの手この手で財産を隠匿しようと画策します。
また、債権者の方も、1円でも多く自己の債権を回収しようと、脅し、すかし、だまし、なだめながら、強硬な取立てを試みようとします。
このような事態がそのまま放置されるとすれば、
「裁判所が後見的に介入し、多くの債権者に、できるだけ多額かつ平等の回収を」
という破産手続の目的が達成できなくなります。
そこで、破産直前に行われがちな財産の投げ売りや叩き売り(詐害行為と呼ばれます)や、抜け駆け的回収行為(偏頗<へんぱ>行為とよびます)については、後日、そのような行為の効力を取り消されたり、あるいは否認されたりして、買い取った財産や支払を受けた金銭を返還させる制度が設けられています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産管財人の役割と権限
企業が破産すると、社長交代が起こります。
すなわち、それまで企業を取り仕切っていた社長が一切の権限を喪失し、代わって、裁判所が指定する弁護士が企業のトップに就任することになります。
この弁護士のことを、破産した企業の財産を管理する人、すなわち、管財人と呼びます。
そして、管財人は、破産直前期のドサクサ紛れの違法行為を調査し、
「レッドカード」
を出して、本来破産企業が保持しておくべき財産を取り戻す権限を有しています。
これが、否認権制度と呼ばれるものです。
すなわち、債務者が支払できなくなった時点あるいは支払を停止した時点を基準として、これより後になされた債務の支払について、支払不能状態を知っていながら支払を受けることは、破産管財人による否認対象行為とされており、管財人は、
「アホー・ネット社が広告料の支払を受けたこともこれに該当するので、その効力を否認するので、当該支払を受けた金銭を返せ」
と言ってきた、というわけです。

モデル助言: 
恐らく、社長が行方不明になり、社長に対する義理も忠誠心も喪失したフライ・アウェイ社の役員か従業員が、
「嵯峨男社長は、オレらの給料は遅らせながら、身内にだけ高額の債務を弁済しやがった。
あれは取り返すべきだ」
なんて言って破産管財人にチクったんでしょうね。
とはいえ、結論としては、あまりビビらなくていいです。
兄弟といえども、他人ですし、支払を受けたのは、破綻する随分前の話です。
実際、御社としては、相手方会社の経営状態や支払不能状態について、ご存じなかったようですから、否認権行使の実体要件を充足するとも思えません。
社長同士が兄弟の関係にあるからといっても、法的には全く別個の法人格だし、基本的に債権者が債務の弁済を受領する時に、債務者の支払能力について調査する義務も権利もないですから。
管財人からの通知も、状況をつぶさに検討してなされたというよりも、
「ビビって応じてくれたら儲けモノ」
くらいの感覚で出していることもありますし、訴訟になれば正々堂々と受けて立てばいい。
仮に訴訟になったとしても、こちらが否認要件に該当しないことをきちんと反論すれば、破産手続を長引かせたくない管財人の側から和解を願い出ることも考えられます。
ま、とりあえず、私から、管財人に反論の内容証明を出しておきますが、心配せず、普通に構えていてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00115_企業法務ケーススタディ(No.0069):マイカー通勤制のリスクに注意せよ

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社談合坂建設 代表取締役 妹新井 栄(いもあらい さかえ、41歳)

相談内容: 
ウチの会社では、以前は、会社にいったん集合してから会社の車で現場に向かわせていたのですが、昨年ガソリン代が高騰したのを受け、従業員から
「自家用車で現場に行くことにするからガソリン代見合いで、ちょっと給料上げてくれ」
という話が出ました。
そこで、マイカー通勤を容認するとともに、現地集合・現地解散ということにしてみたのですが、やってみたら意外にうまく機能し、移動のための無駄な時間が減り、会社としては大きなメリットにつながりました。
そこで、ガソリン代高騰が収まった後もこの仕組みを続け、昨年末、会社の車もほとんど処分しちゃいました。
ところが、こないだウチの若い従業員が、朝まで飲み明かし、酔いが覚めない状態で飲み屋からマイカー運転で現場に直行し、途中で事故りやがったんですよ。
ケガ人はなかったんで良かったんですけどもね、T字路でそのまま突っ込んで、ブロック塀をこわしちゃったんですよ。
ところがその従業員、任意保険にも入っていなかったため、ぶっこわしたお宅の修理費が払えないってことが発覚したんです。
そうこうしているうちに、そこのご主人から、当社に
「塀の修理代として400万円支払え」
なんていう内容証明が届いたんですよ。
そりゃ、ウチの従業員がしたことですけど、個人が勝手に酔っぱらって起こした事故ですよ。
こんなもんにイチイチ賠償責任負わされていたら、会社なんかやってられませんよ。
ウチに賠償金払う義務なんかないですよね、先生!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:使用者責任
従業員にマイカー通勤をさせると、設例のような経費削減や時間短縮につながることがあり、特に自動車での移動頻度が高い地方の企業等においては、マイカー利用を前提とした通勤体制を構築する企業も多いようです。
しかしながら、マイカー通勤を採用することは、設例のようなメリットばかりではありません。
マイカー通勤する従業員が事故を起こしたことによって従業員個人が負うべき損害賠償義務を、企業が負わされるリスクが存在するのです。
「江戸時代であれば、子の責任を親が負うってことはあったかもしれない。
しかし、現代の私的自治・自己責任原則を基本とする近代法の下で、子供ですらない従業員の不始末を会社が負うなんてことはあるはずないだろ!」
とお考えの向きもいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、民法715条において
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」
と定められています。
すなわち、
「たくさんの従業員を働かせることにより、大きく儲けている企業については、当該従業員の業務遂行中の不始末についても責任を負うのが公平だ」(報償責任の法理)
という考えに基づき、民法上の自己責任原理に大きな修正が加えられているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:マイカー通勤制のリスク
もちろん、民法715条は、従業員がひき起こしたあらゆる賠償義務を企業が負担せよ、と言っているわけではなく、企業が賠償義務を負うべき範囲を
「その事業の執行について第三者に加えた損害」
に限定しています。
しかしながら、裁判の動向をみると
「その事業の執行について」
の概念は拡張の一途を辿っており、
「私生活」

「勤務中」
か微妙な場合、ことごとく
「勤務中」
とみなされ、企業側に賠償責任を負担させる方向での司法判断が増加しています。
また、
「マイカー通勤をタテマエでは禁止していたのだけれども黙認していた」
というような事例においてすら、マイカー通勤中の事故について、会社に賠償責任を負わせた裁判例も存在します。
このように、マイカー通勤を認めた企業については、通勤中に従業員が起こした事故についてすべからく連座させられるリスクが発生することになるのです。

モデル助言: 
御社の場合、マイカー通勤を容認し、事実上奨励すらしている状況ですので、今回の件で損害賠償を免れるのは厳しいと思いますね。
とはいえ、今回は、車が住宅に突っ込んだと言っても、被害はさほど大きくなく、また、ブロック塀自体かなり古いものです。
被害者としては、今回の件を逆手にとって塀全体を一挙に修繕しようという魂胆で、相当ふっかけているものと思われますね。
今後は、支払額の適正化が交渉主題になりますが、数十万円の適正額に収めることは可能だと思います。
あと、今後の話ですが、今回のような事態を防ぐ方法としては、
「マイカー通勤を明確に禁止し、黙認もしない」
という体制に復帰するか、
「マイカー通勤を容認しつつ、厳格なリスク管理をする」
という体制にするか、いずれかの選択しかあり得ませんね。
後者で行くのであれば、マイカー通勤を認める前提として、任意保険加入を絶対条件とし、かつ3年以上無事故無違反の者に限定し、かついざとなったときに賠償義務を負担させる身元保証人も増やす、といった入念なリスク予防体制の導入を検討すべきですね。
いずれにせよ、死亡事故とか重篤な事件が発生してしまう前に、マイカー通勤のリスクに気付いて良かったです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00114_企業法務ケーススタディ(No.0068):業界自主規制による新規参入排除

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ラ・セイラー 社長 根古田 博(ねこた ひろし、32歳)

相談内容: 
当社はもともとヨットの帆を作っていてバブル崩壊後業績がサッパリだったのが、最近、これのお陰で持ち直したんですよ。
これです、これ、
「スポーツマスト」
です!
こうしてヨットみたいな帆を背中に装着すると、風を受けて速く泳げるんです。
遊び半分でスポーツマストを作り始めたら、妙に人気が出ちゃいまして。
昨年は、用具の安全性向上と競技振興のために、
「スポーツマスト振興協議会」
という団体まで立ち上げちゃって、仲良くしている同業者で、ウチにスポーツマスト製造ライセンス料払ってくれるところは皆入会してくれています。
ところがですね、ウチにライセンス料も払わないし、協議会にも参加しない非会員業者ってゆうのがいましてね、コイツらが粗悪なスポーツマストを安値で売り始めたんですよ。
粗悪品は、使用中に帆布が破けるわ、支柱が折れるわで、問題にもなってるんです。
そこで、先月、自主的な安全基準を設定することにしたんです。
安全基準に適合したスポーツマストには「協会審査適合」というシールを貼ることにして、スポーツ用品の卸しや小売店には、シールのない不適合品の製造・販売は一切しないように指導することにしました。
あと、協会主催の競技では適合シールの貼っていないスポーツマストの使用は全面禁止にしてやりました。
どうです、これで不適合の粗悪品売っているヤツらも観念ですね。
ドァー、ハハハハハッ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:事業者団体にも及ぶ独占禁止法
「製造・販売業者の団体が製品の安全確保のため、自主的に厳しい安全基準を課す」
というと一見聞こえはいいですが、
「団体の意向に沿わない製品の駆逐行為」
という反競争的な意図が透けてみえます。
このような自主規制の名を借りた弱い者イジメは、独占禁止法違反の問題が生じます。
独占禁止法は、
「経済活動の憲法」
とも呼ばれ、企業の営業・販売活動の法務に関わる重要な法令ですが、規制の対象は企業だけではありません。
すなわち、企業の集まり(独占禁止法では、「事業者団体」といいます)についても、独占禁止法の規制が及びます。
独占禁止法上の
「事業者団体」
とは
「事業者としての共通の利益を増進することを主な目的とする複数の事業者の結合体」
ですが、無論、設例の
「スポーツマスト振興協議会」
もこれに該当します。
「この種の団体は反競争行為の温床となる可能性が高い」
という認識を前提に、このような隠れ蓑を通じた独禁法違反行為も厳しく取り締まるというのが規則の趣旨のようです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:自主規制が独占禁止法違反となる場合
以上のとおり、加入企業による個別のカルテルや各種不公正取引行為だけでなく、事業者団体そのものが主体となった反競争的行為も厳しく取り締まられることになります。
設例のスポーツマスト振興協議会の行為ですが、安全審査基準を設けること自体は問題ないとしても、安全性向上に名を借りて、非会員企業のスポーツマストを市場から締め出す行為は、事業者団体による不当な競争制限行為(独禁法8条1項1号)や、事業者団体による間接の取引拒絶(独禁法8条1項5号、一般指定1項2号)に該当する可能性があります。
振興協議会の
「安全対策のためのやむを得ない措置」
という弁解が通用するか否かは、
1 競争手段を制限し需要者の利益を不当に害するものではないか
2 事業者間で不当に差別的なものではないか
3 正当な目的に基づいて合理的に必要とされる範囲内のものか
といった各要素が考慮された上で、公正競争阻害性が判断されることになります(公正取引委員会「事業者団体の活動に関するガイドライン」参照)。

モデル助言: 
協議会の行為ですが、ユーザー等の安全を守るというのは正当な目的と評価できそうですが、不適合製品への対応方法が当該目的達成との関連において不当に差別的ではないか、が問題になると言えます。
また、競技使用禁止という厳しい措置を取ったことについては、非会員企業の製品による事故の状況を詳しく調査した形跡もなく、当該非会員企業から弁解を聴取されたわけでもないので、手続的には多いに問題ありですねえ。
以上のような事情をみる限り、事故防止・製品安全性向上に名を借りてはいるものの、
「気に食わない業者を排除する」
という反競争的意図がミエミエであり、公正取引委員会からお叱りを受ける可能性が大いにあると言わざるを得ません。
いったん、非会員業者に対するボイコットや競技からの締め出し措置は解除した上で、あらためて、誰からも後ろ指さされないような手続を経て、安全性向上のための諸施策を実行すべきなんでしょうね。
と言うよりも、非会員業者にも協議会に参加してもらう形で、仲直りするのが一番ですよ。
ま、業者全員がベタベタし過ぎるのも、これまた独禁法上問題になるので、難しいところですが。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00113_企業法務ケーススタディ(No.0067):激安販売もホドホドに

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
爆安レッドシグナル 専務取締役 鍋谷 正行(なべや まさゆき、53歳)

相談内容: 
ちょうど1年前に埼玉のある国道沿いに、酒類ディスカウントチェーンをしている当社は店をオープンしました。
資金力にモノをいわせて大量に格安仕入れをし、他店では150円で売っている人気発泡酒「ビッグ・バブル」を、120円で売ることにしたんです。
そしたら、昨年夏頃から近隣の商店街の酒屋が対抗値下げをしてきて
「ビッグ・バブル」
を105円で売り始めたんです。
当社も、
「地元の酒屋になんか負けるな」
ってことで、発泡酒の消費が落ち込む秋に入ってから、「ラストサマーセール」と銘打って1週間限定で「ビッグ・バブル」を100円で販売したんです。
「ビッグ・バブル」の仕入価格は通常110円が限度ですから、自腹を切るセールなんですが、地元の酒屋への競争上、背に腹は代えられませんし、発泡酒が売れなくなる秋・冬に向けての在庫消化策としてもうってつけでしたので、1週間限定の安売りキャンペーンをしたんです。
その甲斐あって、1度は商店街の酒屋に戻りかけた客足もお客さんもまたウチに来るようになり、在庫も掃けて、ほっとしました。
そしたら、先日、公正取引委員会から何やら不気味な手紙が来て、読むと
「お宅は人気発泡酒について違法な原価割れ販売をしているようだな。調査をするので、協力せよ」
っていう高圧的な内容です。
どうやら、地元の酒屋が仕組んでタレ込んだようなんですが、全くワケが分からなくて。
安売りやって何が悪いんですか?
うち、なんか悪いことしましったっけ?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:何故安売りをして公取委に怒られるのか?
一般に、安売りは競争を活発化させ国民の実質的所得の向上に貢献しますし、何より消費者にとってメリットがありますので、公取委からホメられてもいいような話です。
ですので、いきなり公取委から文句を言われて
「ワケがわからない」
という鍋谷さんの気持ちも理解できます。
しかしながら、一時的に損失が出ることを覚悟で体力にモノをいわせて原価割れ販売等が行われた場合、対抗する気も失せたライバルは、そこに踏みとどまって勝負せず市場から退出していくことになります。
そうなると、競争が活発化するどころか将来的には競争はなくなってしまいます。
そして、ライバル全員を市場から追い出した後、
「体力勝負の原価割れ販売を続けて生き残った事業者」
は、今度は高い価格で商品販売して、原価割れ販売によって被った一時的な損失を容易に取り返すことができます。
このように、競争自体はいいとしても、「行き過ぎた」安売り行為は、独占禁止法の意図する「効率性に基づく競争」ではなく、「資本力・体力勝負の競争」を助長することにつながりかねません。
このようなことから、独占禁止法上、
「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある行為 」(不当廉売)
は、違法とされているのです(一般指定6項)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「不当廉売」に該当しない場合
設例のように、取得原価を下回る対価での販売(「原価割れ販売」)は不当廉売行為に該当する可能性が高いと言えます。
とはいえ、原価割れ販売がすべて違法というわけではなく、例外的に不当廉売に該当しないと解釈されない場合があります。
市価が相当下がってしまった場合の値引き販売、季節遅れ商品や流行遅れ商品のバーゲンセールなど商習慣上妥当と認められる場合には、期間や対象商品が一定であり、公正な競争への影響が小さい等といった付加的事情等も勘案し、廉売は廉売でも「不当」廉売ではない、とされる場合があります。

モデル助言: 
「何か悪いことしましったっけ?」
というお気持ちは分かりますが、爆安レッドシグナルの場合、原価割れ販売を行っていますので、独占禁止法違法と評価される可能性がありますね。
とはいえ、
「秋・冬に向けて売れ行きが伸び悩む季節商品について在庫処分のため」
「一週間という限定された期間だけ行った」
という事情もありますし、
「自由な競争を活発化させる目的」
もありますので、公正な競争を阻害する可能性がないということで、きちんとした書面で弁解しておきましょう。
ところで、御社の原価割れ販売のきっかけとなった地元の酒屋の値下げ販売ですが、こっちの方こそ、原価割れ販売している可能性がありますね。
ここはひとつ、地元の酒屋も不当廉売行為の疑いありということで公取委に被害申告して調査を促すという形で、カウンター・パンチを放っておきましょう。
そうやって泥試合に持ち込んでしまえば、公取の担当者も嫌気が差し、まともに調査をする気が失せ、「喧嘩両成敗」のように双方に対する是正指導で幕引き、なんてことも考えられますからね。
ともあれ、値下げも行き過ぎると違法になるということはきちんと理解しておいてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00112_企業法務ケーススタディ(No.0066):内部通報の放置・もみ消しはNG!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
浦川銀行 内部監査室室長 大和 裕之(やまと ひろゆき、64歳)

相談内容: 
先生、ご無沙汰しております。
当行は、昨年来、頭取の浦川雅彦の指揮の下、役員や従業員の不正を通報する窓口として、当行内部監査室内に内部通報窓口を設置し、私がその責任者となりました。
とは言っても、その実は、窓際族と言われて久しい私の定年前の花道のためにわざわざ設置したような部署ですので、本当に内部通報があった時に、きちんと対応できるかどうかとても心配していたところです。
そんなある日、当行融資課の担当者から、頭取が中心となって行われた暴力団関係者に対する不正な無担保融資をの件について、調査を求める内容の通報がありました。
実際に通報があったのは初めてでしたので、この通報にどう対処すべきかと、頭取に相談に行ったところ、頭取はとてもバツの悪そうな顔をしながら、
「そんなくだらん話、ウソに決まっておるだろう。銀行員というものは高度の守秘義務を負っておるんだし、どうせ誰にも相談できずに勝手に収まるわ。ほっておけ」
という態度で、私も何ともしようがなく、この通報は放置しておきました。
それから1ヶ月後、頭取の不正を通報した当行担当者がマスコミにリークし、当行と暴力団関係者との関係が新聞にすっぱ抜かれてしまったんです。
頭取はカンカンに怒って、
「就業規則で顧客の情報について守秘義務を負っている従業員が機密を漏らしたんだろ。就業規則違反でそいつをスグにクビにしろ」
と言うんです。
通報を放置したのは悪かったですが、銀行員が守秘義務に違反するというのはそれ以上にいけないことですから、今回は、コイツをクビにしてしまっていいですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:公益通報者保護法の趣旨
2006(平成18)年4月1日に施行された公益通報者保護法は、公益目的で企業内部の非違行為を外部公表した従業員(公益通報者)を企業が不当に解雇することを禁じています。
この法律は、公益通報者を企業の報復的な解雇から保護することにより、従業員等が、解雇などの不利益を恐れずに企業の内部の不正等を通報することを可能としていますが、この法制度により、企業内で発生した問題が重篤化する前に早期に是正されるべきことが期待されています。
例えば、
「基準値以上の毒性を含む廃液を排出している工場がある場合、重篤な公害問題に発展する前の段階で通報を行う機会が保護されていれば、初期の段階で公害対策に取り組むことが可能となり、国民の健康を守ることができる」
といったものが公益通報者保護法の意図するところといわれています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:内部通報と外部通報
公益通報者保護法は、
「従業員等が、企業が設置した内部通報窓口等に通報すること」
を保護するだけではありません。
せっかく通報者が公益通報をしたにもかかわらず、一定の期間が経過しても通報先が何の調査も行わないような場合などには、通報者が
「その者に対し通報対象事実を通報することがその発生、またはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」
に通報することを認めています。
要するに、企業内部の通報窓口に通報しても放置されたり、取り合ってくれなかったりした場合、
「企業の不正等により発生する被害やその拡大を防止するための一定の影響力を有する者」、
すなわちマスコミや政治家や圧力団体等に駆け込んで、企業内部の不正をベラベラしゃべっても問題ない、と法が積極的に認めているのです(これらを「内部通報」に対し、「外部通報」と呼ばれております。公益通報者保護法3条3号等)。
無論、法は
「外部通報を行ったことを理由とする解雇」
も禁止することで厚い保護を図っております。
なお、通報先が何の調査も行わない場合のほか、通報先から解雇などの不利益な扱いを受ける可能性が高い場合や、証拠の隠滅がされてしまうなどの危険性が高い場合には、即刻
「外部通報」
することも許されています。

モデル助言: 
浦川銀行の場合、せっかく内部通報センターを設置したものの、形だけのもので、しかも、法律上の期間内(20日以内)に、適切な調査をしなかったというのですから、外部のマスコミに通報されても文句は言えませんね。
名目上は就業規則違反であったとしても、このような
「外部通報」
を行ったことを理由に解雇した場合、当該解雇の無効を巡って労働訴訟や労働審判を起されたり、また、労働組合から団体交渉を求められるなど、争議に発展する可能性もあります。
とにかく解雇は難しいと思ってください。
今後は、内部通報に対し、一つひとつ誠実に対応することを心掛けなければなりません。
経営者の指示で
「もみ消す」
など、外部へのタレコミを促すようなもので、有害無益です。
内部通報窓口が企業の
「内部」
にあっては、経営者の干渉を完全に排除した対応を行うことができない場合もありますので、内部通報窓口を
「社外」
に設置することも検討すべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00111_企業法務ケーススタディ(No.0065):業務委託契約相手のすり変わりにご用心

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
京阪神電鉄株式会社ホテル 事業部担当取締役 渡辺 亜斗夢(わたなべ あとむ、39歳)

相談内容: 
昨今の景気低迷の影響もあり、ウチのようなぱっとしない電鉄系ホテルグループは、生き残るのが大変です。
お客様のアンケート等をみても、
「洗練されていない」
「カタい」
「つまんない」
と散々な評価で、正直、限界を感じておりました。
そんな中、昨年秋頃に世界的ホテルチェーンのピンドン・ホテル・グループ(ピンドン・グループ)から、
「日本進出を考えているが、自社でホテルを建築するのはコスト的に無理なので、御社のホテルのマネジメントを受託する形で進出したい」
というオファーが舞い込んできました。
社長は非常に前向きで、話はトントン拍子に進みましたが、今年に入ってイヤな噂を耳にしたんです。
ピンドン・グループは、地味で客足の悪いホテルを、プロパティ・オ-ナーの経費をふんだんにつぎ込んで大々的な改装や宣伝を行って一見ホテルを建て直したように見せ掛け、その後即座に、マネジメントの権利を高値で第三者に売り抜けるという
「焼き畑農業」
のようなことをしているとのことなんです。
当社としては、そんなことをされても困りますし何とも不安なのですが、この話に乗り気な社長は、
「結婚した後、旦那が知らない間にいつの間にか女房が入れ替わるか!
それと同じで、業務提携をしておいて、肝心の提携相手が別の会社になるなんてことがあるはずがない。
常識で考えてみろ。
つまらん話をして水を差すな」
という態度で、基本的に先方の言うなりに交渉が進んでしまっています。
私が心配しすぎなんでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約上の地位の譲渡
設例のケースのような契約上の地位の譲渡については、一般に他方当事者の承諾が必要とされており、基本的には、社長のおっしゃるとおりで、ピンドン・グループが勝手に業務提携契約を第三者に売ることは困難です。
しかしながら、方法を工夫すれば、京阪神側の承諾なくして、ピンドン・グループがホテル・マネジメントの権利を売却することは可能です。
例えば、ピンドン・グループが京阪神電鉄保有ホテルの運営を受託するための100%出資会社を設立し、京阪神電鉄との運営受託主体を当該子会社として、業務受託契約を締結します。
そして、マネジメントが軌道に乗った段階で、当該子会社の株式全部を第三者に売却してしまえばいいのです。
自社で保有する当該子会社の株を誰に売ろうがピンドン・グループ側の自由ですし、株主に移動があっても京阪神電鉄との契約当事者が当該子会社であることに何ら変わりはありませんので、京阪神電鉄としては一切文句が言えません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:東京ヒルトン事件
事例はやや異なりますが、設例のような事件が裁判で争われたことがあります。
ヒルトングループが、東急グループとの間で業務委託契約を締結したのですが、その後、ヒルトン側が当該契約当事者の地位を東急グループに無断で譲渡したため、
「契約上の当事者たる地位」
の譲渡の有効性等が争われました。
東京地方裁判所は、東急グループに無断で行われた
「契約上の当事者たる地位」
の譲渡を有効と判断しました。
事件自体は非常に込み入った事情があるため、当該裁判例を判例法理として一般化するのは困難ですが、少なくとも、
「業務委託契約が、一方当事者の同意なく、突然第三者に売り渡されることがある」
という事態をリスクとして想定し、契約上の手当てをしておくことは重要です。
特に、グローバルに展開する海千山千の企業との契約では、道義や仁義もなく、
「契約に定めなきことはすべて自由にやっていいこと」
という単純なルールが支配しますので、想定されるリスクはきちんと文書で予防しておくことが推奨されます。

モデル助言: 
ま、ピンドン・グループと言えば、短期間で急成長し、世界規模に展開している企業グループとして有名であり、営利・功利に徹底した海千山千の商売人です。
渡辺さんが耳にした噂については、真偽如何にかかわりなく、リスクとして認識し、契約上の予防措置を講じておくべきですね。
まず、相手が業務受託に当たって改装を要求してくるのであれば、その一部を相手方に負担させるとともに、上限予算を明確にしておくべきですね。
あと、設計業者や施工業者を選定する権利を京阪神電鉄側が留保しておくべきです。
でないと、ピンドン・グループの息のかかった業者に好き放題ふっかけられかねません。
ピンドン・グループが京阪神電鉄からのホテル運営を受託するに際して、専用の会社を設立するのであれば、その会社のガバナンスに目を光らせるべく、京阪神電鉄も出資参加・役員派遣を要求すべきですね。
最後に、ご懸念の契約上の地位の譲渡ですが、
「契約上の地位の譲渡」

「丸投げ行為(再委託)」
を業務受託契約上明確に禁止しておくとともに、子会社を株ごと売り払うことを予防するために、チェンジ・オブ・コントロール(チェンジ・イン・コントロール)条項、すなわち
「受託会社の株主その他同社を実質的に支配する者が変更したときは、京阪神電鉄はいつでも契約を解除できる」
という条項も入れておくべきしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00110_企業法務ケーススタディ(No.0064):MBOをするなら内部の組織固めをしっかりと!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社アレレ 会長 猪田 幸治(いのだ こうじ、42歳)

相談内容: 
先生、もう、上場なんかヤメですわ。
証券会社の口車に乗せられて上場してみましたけど、メリットなんか全然おませんがな。
監査報酬に証券取引所の上場料、株主総会運営コストに株主名簿管理の委託料、ほんでまた、四半期決算開示負担に、日本版SOX法対策のための文書化コストと内部統制監査費用でっしゃろ。
ホンマ、ボラれっ放しですわ。
「上場したら優秀な従業員が群れをなして集まってくる」
とか言われましたけど、来るのは
「学歴高いが使えん」
ちゅうヤツばっかりですわ。
そんなこんなで、MBOして上場廃止してまえゆうことになって、外資系のモレル・ピンチ証券と共同でのTOBすることになりましてん。
この話をするため、先週取締役会開催したら、取締役連中が皆
「反対や」
言いよるですわ。
理由を聞いたら
「せっかく『上場会社の役員』というステータスを手に入れたのに、非公開のエエ加減な会社の役員に戻ったら、カッコ悪い」
とかいうアホみたいな話ですわ。
ゆうても、根性ない連中ですから、睨みきかして一喝したらそれで黙ってしまいましたけどね。
私は細かいことようわからんので、今回のTOBの細かいことは財務担当役員の東野に丸投げしとるんです。
コイツは、もともと信用金庫勤めのウダツの上がらん経理マンやったのを拾ってやったんですが、
「上場会社の役員」
ちゅうステータスに最も固執しとって、
MBO反対派の急先鋒やったんです。
今はおとなしいですが、寝返らへんか心配ですわ。
先生、どんなもんでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:MBOと取締役会の賛同
MBO(マネジメント・バイアウト)とは、経営陣による会社買収のことを言いますが、設例のように上場にまつわるさまざまなコストを忌避して、創業社長が上場廃止策として実施するケースが増えてきました。
「大変な思いをして上場しておきながら上場廃止にする」
など何とももったいない話ですが、逆に言えば、そのくらい上場維持のための直接間接の負担や敵対的買収リスクが大きくなっているのだと言えます。
MBOを実施するといっても、創業社長等の筆頭株主がポケットマネーで市場に出回っている株式を買い戻すのは困難ですので、金融機関から借り入れたり、共同でTOBを実行したりすることとなります。
協力してくれる金融機関はリスクを嫌いますので、契約上
「TOBについて取締役会が異議なく賛同表明すること」
をファイナンスや投資の条件として要求してきます。
創業社長が取締役会を押さえ切れず、取締役会がTOBへの協力を拒むと、MBOの契約(実際はTOBのファイナンスやTOB(共同買付契約)上、金融機関が直ちに手を引くことを定めておりますので、MBOはたちまち頓挫することとなります。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:シャルレ事件
2007年に社長として招聘した元バレーボール日本代表選手を解任するという騒動を起こした婦人用下着販売会社のシャルレですが、同社創業家は、08年9月、モルガン・スタンレーグループと共同してMBOを提案しました。
当初、シャルレ社取締役会は、このMBO提案について、TOB価格の妥当性も含め、賛同していました。
ところが、その後、取締役会が豹変します。
「TOB価格が不当に安い等の内部通報が相次いだ」
として、外部弁護士を含む第三者調査委員会を立ち上げます。
そして、同委員会が
「利益相反行為があったとの疑念を払拭できない」
との調査結果を提出したことをもって、シャルレ取締役会として賛同表明を撤回し、創業家と真っ向から対立する構えを見せたのです。
モルガン・スタンレーとの契約上、
「シャルレ社取締役会の賛同」
が共同買付実行の条件となっていたため、結局TOBが不成立となり、ここにMBOが頓挫することとなったのです。

モデル助言: 
モレル・ピンチ証券会社との契約上、
TOB共同買付実行は御社取締役会の賛同表明が条件になっているはずです。
お話を聞く限り、東野氏はMBOの反対派の急先鋒で、しかもTOBの実務責任者というわけですから、東野氏はその気になれば何時でもMBOを潰せる立場にあります。
安易に考えるべきではないでしょう。
東野氏としては、気心の知れた弁護士や会計士に依頼して外部委員会を立ち上げ、当該委員会の口で
「MBOの手続きが不透明であり、アレレ社の企業価値を損ねる」
等の大義名分を言わせ
「委員会の威」
を借りて、取締役会決議でTOBへの反対表明が可能です。
MBO・TOBが頓挫するだけであればいいですが、
「転んでもタダでは起きない」
外資系証券会社のことですから、取締役会が賛同表明せずにTOBが失敗した場合、猪田さんが成功報酬相当額の違約金を払わされることもあり得ます。
証券会社との契約をよく精査するとともに、取締役会が裏切らないように十分な組織固めをし、また、TOB実務担当者の人選もよく見直すべきでしょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所