01595_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(8)_法人向営業活動(BtoB)その3_「官庁御用達」ビジネスのリスク

江戸時代以前から、
「○○御用達」
というものが商人のブランドの1つを形成してきたことからも判るように、
「役所から仕事をもらえる」
ということは商売人にとって一種のステータスとなっていました。

公共工事その他の役所とのビジネスというのは、BtoB取引の中でも最も大きな法人組織相手の取引(その意味では、BtoG、Business to Governmentとでもいうべきでしょうか)ですが、取引発注者の予算が無制限であることもあり、どことなく
「役所と取引があるということは企業の安定の証」
という考え方が今でも、ビジネス界の中にあるように思われます。

しかしながら、
 「取引先が特定の企業に依存していることは危険である」
という話は、仕入れ先や取引相手が
「官公署」
という場合も同様にあてはまります。

赤字国債が連発され、財政破綻の危険が具体化する中で、民主党政権下になって、事業仕分けというものが大々的に行われるようになりました。

現在の財政上、もっとも重荷になっているのは間違いなく公務員の人件費です。

その意味では、財政健全化において、公務員、特に地方公務員の削減こそがもっとも急務の課題と言えます。

かつて、民主党が政権を担っていた時代がありました。

民主党も、公約として、財政健全化を掲げていたところから、民主党なりに正しいと考えた財政健全化策に着手しました。

前述のとおり、財政健全化において、公務員、特に地方公務員の削減こそがもっとも急務の課題であることは、知性を働かせれば、だれでも理解できる事柄でした。

同時に、自治労が支持母体である民主党に、財政健全化策として、地方公務員の数や人件費に手を付けることを期待しても無理であることもまた、誰の目にも明らかでした。

結局、民主党は、
「パフォーマンス」
として、
「事業仕分け」なる財政健全化策
を行うことでお茶を濁すこととし、その矛先は、
「切り捨てても文句を言わないところ」
すなわち、官公署や独立行政法人との取引を行っている業者に向かうことになりました。

すなわち、民主党が行った
「財政再建パフォーマンス」
としての
「事業仕分け」
は、官公署や独立行政法人と民間企業の取引を止めたり合理化したり、という方向に行き着くことになります。

このように、官公署との取引に依存している企業は、取引相手方たる役所の都合によって、突然、取引自体が消失したり、消失しないまでも相当程度、規模を縮小することになったりして、不幸に見舞われることがあり得るのです。

また、コンプライアンスという観点からも、役所は些細な不祥事であれ、少しでも問題があれば、問答無用で取引を停止します。

すなわち、談合その他の法令違反があれば、軽重を問わず、指名停止扱いとなり、以後、役所との取引から徹底して排除されることになります。

役所からの仕事に依存しているような企業がこのような事態に直面した場合、その企業の命脈は直ちに尽きてしまいます。

実際、筆者が仕事として経験した事案ですが、ある会社において、地方の一営業所の営業マンが自治体職員を接待する、ということが明るみになり、これが贈賄事件に発展して、新聞に報道されてしまいました。

それからまもなく、当該自治体のみならず、ほかの自治体の取引も一切できなくなり、役所からの発注に依存していた主要営業部門が機能停止に陥りました。

その会社は、役所依存から脱却しようと、民間からの受注も開拓していた矢先であったのですが、結局、主要営業部門の取引停止をカバーするだけに成長しておらず、たちまち破綻状態に陥りました。

結果、会社は、再生を断念し、破産に至ったのです。

役所と取引するのは大いに結構です。

しかし、役所との取引の依存割合が極度に高いと、役所の予算の都合で突然取引そのものが廃止されたり、些細な事件や事故がきっかけで事業が全て停止に追い込まれる危険があるのです。

したがって、漫然と役所からの受注に全て依存するというスタンスの企業は、企業の行く末に大きな危険をはらんでいるものといえます。

初出:『筆鋒鋭利』No.95、「ポリスマガジン」誌、2015年7月号(2015年7月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01594_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(7)_法人向営業活動(BtoB)その2_一社依存取引の危険性

中小企業などで、
「ウチは一部上場企業の□□社が上得意だ」
「当社は世界展開している○○社の取引口座を持っている」
「わが社は、△△社の系列だ」
などと自慢するところがあります。

いずれも、大きな会社が主要取引先であり、
「よらば大樹の蔭」
という諺のとおり、
「そこに依存している限り、我々も倒れないから安心できる、ということを自慢したい」
ということだと思います。

しかしながら、これまで
「世界の工場」
として世界中の製造加工を一手に担い我が世の春を謳歌してきた日本は、冷戦の終結とともに、中国や旧東欧といった、考えられないような低コストで製造加工を請け負う新興勢力との競争にさらされるようになりました、ということは何度か申し上げました。

後発組は、新しい技術を既存のものとして取り入れ、設備も全面的に更新できますし、かつて日本で行ってきた
「傾斜生産方式」
などのように国を挙げての保護支援を受けています。

このような環境の変化を受けて、日本の多くの企業は、部品や関連製品の調達コストの合理化を常に検討しています。

取引先に対してコストを下げる圧力を強めるほか、調達先自体を多様化し、互いに競争させるような施策を取り始めています。

このような状況下においては、
「取引先が大手一社」
ということは、将来の安全を保障するものではなく、逆に、
「その大手に切られた場合、たちまち経営不安に陥る」
という意味で、きわめて危険な状況と評価できるのです。

下請けや系列の立場でありながら、生き残りを真剣に考えている企業は、このような変化を敏感に感じ取り、新たな仕入れ先を開拓したり、培った技術でまったく新しい製品を作る可能性を検討し始めています。

逆に、こういう状況下で
「取引先が大手だから安泰」
などと考える企業は、認識不足が甚だしいというほかなく、こういうおめでたい企業の将来は芳しいとはいえません。

初出:『筆鋒鋭利』No.94-2、「ポリスマガジン」誌、2015年6月号(2015年6月20日発売)

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01593_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(6)_法人向営業活動(BtoB)その1_業界「協調」時代から業界「競争」時代へ

BtoBあるいはB2Bと呼ばれる営業領域、すなわち、法人向け営業や企業間取引営業(Business to Business)の現代型仕事の基本を解説していきます。

護送船団行政や業界癒着構造の終焉の動きに併せて、低成長時代の到来、これによるパイの奪い合い、さらには構造的不況による業界間(内)競争や業界再編の動きが加わりました。

このようにして、日本の産業界は業界“協調”時代から、業界“競争”時代にシフトしていくことになりました。

かつては
「健全な経済発展のためには必要なもの」
という論調まであった談合(談合の当事者は、「談合」という言葉を忌避し、「業界協調」という言葉を使われるようです。しかし、「便所」を「お手洗い」「Rest Room」と言い換えたところで、そこで行われる行為が上品でエレガントなものに変わるわけではないのと同様、言葉を変えたからといって、実体としての違法性が払拭されるわけではありません)ですが、リーニエンシーという
「密告奨励制度」
まで整備され、カルテルや談合は、法的に徹底的に排除される時代になりました。

このような時代の変化により、企業は
「仁義や友情を欠いても、非情なまでに能率競争(品質と価格の競争)を徹底しないと生き残れない」
という状況に直面するようになりました。

このことは、
「古くからの友人関係をビジネスに優先させる会社は生き残れない」
ということを意味します。

また、環境が激変する時代においては、企業は、生き残りのための変革を行い、環境適応しなければなりません。

変革をして環境適応する際には、必ず、新しい事業を興し、新しい市場に参入し、新しい関係構築がついて参ります。

逆に考えますと、会社の取引相手が古くからの会社に固定化されており、長期間変わり映えしない、という状況は、新しい人間関係や商流が形成されていないことの裏返しといえます。

BtoB営業を展開している企業で、古くからの取引先と十年一日のごとき取引を繰り返しているというところは、よほどのブランドやコアコンピタンス(絶対的差別化要因)でももっていない限り、生き残りが厳しいといえます。

初出:『筆鋒鋭利』No.94-1、「ポリスマガジン」誌、2015年6月号(2015年6月20日発売)

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01592_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(5)_コンシューマー向営業活動(B toC)その2_消費のリーダーである女性や低年齢層の視点・目線を徹底する

「顧客の欲求・現実・価値に真摯に向き合い、方向性を誤らず、誠実な努力を重ねることによって、営業活動が成功する」
と申し上げましたが、何事も、方向性を誤り、無駄な努力を重ねても意味がありません。

では、
「B toC営業を行う際、どのような方向性をもつべきか」
という点ですが、営業あるいはその企画・計画を練る上では、
・圧倒的な入手しやすさ(価格や購入方法の簡便さ等)
・圧倒的なクオリティ(品質や機能)
・圧倒的な刺激・目新しさ
いずれを目指す場合も、消費という営みにおいて強いリーダーシップを発揮する方々、すなわち、女性や低年齢層の目線をもって磨き上げることが重要です。

一般に
「女子供」
という言葉は、女性や低年齢の方々に能力を蔑視する言葉として忌避されますので、口幅ったい言い方になりますが、
「消費という営みにおいて強いリーダーシップを発揮する特定区分ないし階層の方々」
あるいは
「女性と低年齢層」
という言い方を使いたいと思います。

しかし、現実を重視するマーケティングにおいて、モラルや方式にとらわれて、ジャッジを誤ることこそ避けるべきなので、私としては、批判的な文脈で用いる場合にのみ
「女子供」
という言葉を使いたいと思います。

「女子供」
という言葉は、
「相手が、女子供だから、この勝負、ちょろいもんだ」
という形で、
「女性と低年齢層」
あるいは
「女性」
をディスるときに使われるのが一般的な用法ですが、マーケティングにおいては、
「女性と低年齢層」
は強敵です。

最強です。

「女性と低年齢層」
の対極にあるのが
「オッサン」
ですので、これと比較しながらお話しましょう。

「オッサン」は、何事も我慢します。

あきらめます。

目先の人間関係に波風立てるくらいなら、カネを払ってすまそうとします。

それだけの時間的経済的余裕があります。

恥とか外聞とかあるので、騒いだりしませんし、文句も言いません。

情実が通用するのでしつこく食い下がると不要なモノでも買ってくれます。

ところが、
「女性と低年齢層」

「オッササン」
ほど我慢しません。

イヤなものは、イヤ。

つまんないものは、つまんない。

古臭いもの、つまんないもの、陳腐なもの、退屈なもの、感覚や感性にビビっとこないものは手に取ることはおろか、見向きする時間ももったいない。

0.5秒で判断し、一度、NGを出したら、2度と振り向いてくれません。

一度拒否したにもかかわらずしつこくアプローチすると、
「ストーカー」扱い
され、嫌悪感が増すだけで、逆効果です。

だから、
「女性と低年齢層」
はむちゃくちゃ手強いのです。

「こんな手強い方々の注意を惹き、商品やサービスを知ってもらい、財布を開かせ、命の次に大事なカネと引き換えにして、お買い上げいただく」こと
を実現するための苦労は並大抵ではありません。

B toC営業を展開する上で失敗するのは、
「女性や低年齢層の目線」
に立たず、
「オッサン」
の頭と感性で考えるからです。

「オッサン」
の中には女性や低年齢層をそれこそ
「女子供」
といって意味なくバカにする人はいますが、こういうオッサンこそ、愚劣の極みです。

むしろ、女性と低年齢層は、
「営業活動の合理性・目的適合性を検証する上で、ストレステストの最強のカウンターパート」
として、その感性や行動をつぶさに観察研究することが、現代のB toC営業には求められるものといえます。

初出:『筆鋒鋭利』No.93-2、「ポリスマガジン」誌、2015年5月号(2015年5月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01591_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(4)_コンシューマー向営業活動(BtoC)その1_すべての品はコモディティ(日用品)化する

昭和の営業、平成以降の営業の違いを述べてきましたが、もっぱら、後者、現代型営業活動について述べさせていただきます。

営業については、
コンシューマー向けの営業活動(Business to Consumer、BtoCあるいはB2Cなどといわれます)と、
法人向け営業や企業間取引営業(Business to Business、BtoBあるいはB2Bなどといわれます)とで、
基本的なロジックや活動スタイルが異なりますので、2つに分けて解説していきますが、まずは、前者、コンシューマー向の営業活動(BtoC)についてです。

「すべての商品はコモディティ化する」
という命題があります。

無論、サービスも同様、すべて日用品化し、陳腐化していく運命にあります。

衣食足り、モノやサービスがあふれ、消費者の目が肥え、究極にワガママになった現代において、
「フツーのものをフツーに作って、フツーの値段で、フツーに売ろう」
としても、消費者にそっぽを向かれ、早晩倒産してしまいます。

結局、
・圧倒的な入手しやすさ(価格や購入方法の簡便さ等)
・圧倒的なクオリティ(品質や機能)
・圧倒的な刺激・目新しさ
のいずれか又はすべてにおいて、消費者の支持を得ない限り、モノやサービスは売れないのが現代です。

すなわち、営業活動においては、
「怠慢を戒め、以上のすべての要素を常に改善されるよう、たゆまぬ努力をするしか企業が生き残る道はない」
というのがシンプルな結論です。

商品やサービスを、
「値段が高く、入手が面倒くさく、品質や機能も陳腐なままで、長い時間同じものを売っている」
ような怠け者の企業は市場からとっとと退場を命じられます。

逆に、品質や価格において常に消費者の支持を得られるように改善を続けていき、また、リニューアルや新商品や新サービスを恒常的に提供し続けることができる企業は生き残ります。

よく、デフレでモノが売れない、などという声が産業界から聞こえます。

じゃあ、
「インフレになったから、昭和時代のように、モノがバカスカ売れるか」
というと、そんな甘い話にはなりません。

アベノミクスで市中にカネがあふれ、貨幣価値が下がり、これに加えて、コロナ禍で史上空前の金融緩和が実施されましたが、
「若い世代が新車を争うように買ったり、デパートで高級品を買い漁ったり、高級ホテルやレストランでバンバン飲み食いする」
なんて景気のいい話は寡聞にして知りませんし、今後、さらなる金融緩和やインフレが進んでも、そんな事態にはならないでしょう。

顧客の欲求・現実・価値に真摯に向き合い、方向性を誤らず、誠実な努力を重ねることによって、営業活動が成功する。 実につまんない話ですが、これが営業という仕事のすべてです。

初出:『筆鋒鋭利』No.93-1、「ポリスマガジン」誌、2015年5月号(2015年5月20日発売)

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01590_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(3)_「平成以降の営業」=「営業は気合・根性からサイエンスへ」

1 平成時代=もはや気合、根性だけでは売れない時代

このようにして、
「フツーのものをフツーに作れる」
というのは希有でもなんでもなく、
「ビミョーなものを、イジョーな安価で作れる中国に簡単に負ける」こと
を意味するような時代になったのです。

こんな時代の到来とともに、日本企業は、フツーのものを大量に作れば、フツーに在庫が積み上がり、フツーに会社が死んでしまう時代になったのです。

また、消費者規制が強化されるようになり、気合で売ろうとすると、逆に特定商取引法違反で逮捕される時代が来たのです。

その意味で、気合、根性、精神論で営業を展開する企業は、
「すでに20ないし30年ほど時代遅れの経営を行っている」か
「特定商取引法に無視ないし軽視した経営を指向している」か
のいずれかまたは双方である、といえます。

2 営業は気合・根性からサイエンスに

低成長でデフレーションが顕著な現代においては、営業は、データと科学で緻密に戦略をたて、細かいことにこだわる戦術によって行うことが求められます。

一例を申しあげますと、

売り上げ= (潜在客数×来店率×成約率×平均客単価)
              +
      (来店客数×リピート率×リピート成約率×平均リピート客単価)

として計算されます。

売り上げを伸ばすには、潜在客数を増やすか、来店率を上げるか、成約率を上げるか、平均客単価を上げるか、リピート率を上げるか、のいずれかの方法によるしかありません。

すなわち、
「売り上げが低迷している」という状態
を改善するのであれば、

1)平均客単価が減少しているのか
2)成約率が悪いのか
3)来店率が悪いのか
4)リピート率が下がっているのか
5)潜在客数が減少しているのか
6)そもそも市場自体が構造的に縮小傾向にあるのか

等を分析した上で、それぞれに原因に対して有意となるべき合理的な手段を構築し、遂行すべきなのです。

いたずらに、
「気合」「根性」
と叫んだところで時間とエネルギーの無駄です。

科学的なアプローチを行って合理的な手順や段取りで進めていかない限り、営業はまともに機能しません。

3 根性論ではなく、科学的かつ具体的な営業指示へ

大日本帝国海軍連合艦隊司令長官であった山本五十六は、
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」
と言ったそうです。

海軍のような指揮命令系統が整備されていて、最終目標が
「敵をより多く殺戮する」
という単純明快な組織ですら、このような状況です。

ましてや
「人にモノを買わせる」
という複雑で小難しいミッションを遂行しなければならない企業においては、海軍以上に現場への指示を、合理的で、細かく、具体的で、再現性を持たせるようにしないと組織は動きません。

ハウステンボスを建て直した社長が建て直しの苦労話をしていた際、
「『10%売上げを増やせ』という指示を出しても、現場には理解できない。現場への指示は明快で具体的であるべきだ。そこで『移動であれ、会議であれ、作業するのであれ、話をまとめるのであれ、10%スピードアップをしてくれ。1時間かかっている会議は50分で終わってくれ。お遣いに行くときは歩いていかずに自転車を使ってくれ。こういう細かいところも含めてすべてスピードアップをしてくれ』という指示を出しました。そうしただけで、売上が劇的に改善された」
ということを言っていました。

このように、営業上の復活を遂げ、生き残る企業(ハウステンボスの場合、「生き返る企業」ということになりますが)は、精神論、根性論ではなく、
「現場に対して確実に伝わる、現実的で合理的な指示」
が行われることが多いようです。

初出:『筆鋒鋭利』No.92、「ポリスマガジン」誌、2015年4月号(2015年4月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01589_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(2)_「昭和の営業」=「気合、根性だけでモノが売れた時代の営業」

最近では、中東における緊張状態が連日報道されていますし、ウクライナにおける代理戦争のようなロシアとEUとの暗闘状態が垣間見えたりしますが、今から、30年から40年ほど前までは、米ソが、世界を舞台にして、一触即発のガチの睨み合いの真っ最中でした。

本格的な殴り合いはないものの、今にも殴り合いがはじまりそうな、みていてハラハラするような
「ガンの飛ばし合い」
を、
「冷戦」
などといっていました。

このように世界が緊張状態のまっただ中にある中、アジアにおける西側世界の
「代貸し」ないし「若頭」的地位
にあった日本は、アメリカという
「組長」
の庇護の下、
「フツーのものをフツーの値段でフツーに作れる」
という稀有な工業国家として、
「世界の工場」
の地位を築き上げました。

経済はインフレーション傾向にあり、作っても作ってもモノが不足し、作ればすべてモノが売れる時代でした。

現在のように、マーケティングだの営業戦略だの細かいことをグダグダ考えなくても、気合を入れれば、なんとか需要家がみつかり、あとは押しの一手で在庫を持ってもらうことができる、そんな時代でした。

そういう時代においては、能書きたれるよりも行動こそが重要で、まさしく営業は気合であり、根性だったのです。

この時代、売上とは、

「営業マンの数×一人当たり売上」

で計算されました。

いかに多くの営業マンを採用するか、そして、いかに営業マンを働かせるか、が重要だったのです。

しかし、1989年、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終了し、世界市場が単一化し、供給が過剰になりはじめました。

そして、東欧諸国や南米や中国が競争に参入し、圧倒的な価格競争力で
「世界の工場」
という地位を日本から奪取しにかかります。

加えて、日本国内においては社会が成熟し、デフレ・低成長時代になり、モノ余りが顕著になっていきました。

初出:『筆鋒鋭利』No.091-2、「ポリスマガジン」誌、2015年3月号(2015年3月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸
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01588_企業法務部員として知っておくべき営業・販売活動(1)_営業循環

「ヒト」
「モノ」
「カネ」
「情報・技術・ノウハウ」
といった各経営資源を調達・運用した企業は、企業内部に
「商品在庫」

「サービス・プラットフォーム(役務提供のための設備・人員等)」
という形で
「付加価値(未実現収益)」
を蓄積していきます。

次に、企業は、営業・販売活動によって、これら付加価値(未実現収益)を収益として実現していくことになります。

「『商品』や『サービス・プラットフォーム』を『カネ』に変える営み」
のことを、日常用語で
「営業」
といいます。

すなわち、どんなに立派で高機能の商品でも、売れるべき期間売れずに長く売れない状態が続けば、不良在庫として、事業活動上も税務上も邪魔なものとして企業に害を与え続け、それでも売れなければ、陳腐化・品質低下し、ただの廃棄物(ゴミ)となります。

「サービス・プラットフォーム」
も同様です。

バブル期前後に出来た遺物的なテーマパークの中には、客が来ないし、
「ショバ代(固定資産税)は取られるわ、邪魔だわ、不気味だわ、と社会的には有害物であり、壮大なオバケ屋敷兼ゴミ屋敷となってしまうもの」
も相当数存在します。

ゴミなら捨てればいいのですが、最近では、うっかり廃棄物の捨て方を間違うと、産業廃棄物処理法違反で書類送検される世の中です。

このように、企業にとって、営業活動は、もっとも重要かつ意義ある活動として考えられます。

なお、営業活動の成果として、商品がカネに変わり、この
「カネ」
が経営資源となって、ヒトやモノやチエを生み出す原資になり、最後は、また商品となり、カネに変わり、というサイクルを繰り返す。

これを、小難しい言葉で
「営業循環」
などと表現したりします。

このような循環を繰り返す中で、企業は拡大再生産を繰り返し、企業価値を高めていくのです。

いずれにせよ、企業にとっては営業活動がもっとも重要です。

1 顧客を発見し、
2 顧客の「欲求、現実、価値」を理解し、特定し、
3 これに適合する形で、自社の商品やサービスを提供していく

アホではできない高度に知的なチャレンジです。

なぜなら、
「カネ」
は万人にとって命や健康に次ぐ貴重かつ高価なもの(借金苦で自殺したり、脱税して服役する人がいるなど、人によっては、カネは命や健康より貴重と判断されます)だからです。

すなわち、それほどまでに貴重で大切な
「カネ」
を、暴力や脅迫によらず、
「欲求を刺激し、価値をわからしめる」
というジェントルでエレガントな方法だけに依拠して、自発的かつ任意に、
「商品」

「サービス」
と交換に、手放させる、という営みは、考えてみれば非常に困難で高度に知的な能力を要求される、ということは理解されると思います。

実際、企業においては、デキる人間ほど営業に回されます。

よく、テレビドラマ等では、営業マンというと、できないサラリーマンの典型例のように扱われますが、実際の企業社会においては、営業部隊がもっとも発言権をもっており、事業会社の社長は、営業のトップが就任する例がほとんどです。

ただ、営業のあり方も、日本の社会構造や産業界の変化に伴い、大きく変質していることも事実であり、そういう状況も踏まえないと、企業法務を含めたビジネスや仕事そのものをうまく前に進めることはできません。

そこで、以下、
「営業」
という仕事のお作法について、特に時代の変化をふまえながら、現代における営業活動の基本を、私なりに解説してまいりたいと思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸
著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

初出:『筆鋒鋭利』No.91-1、「ポリスマガジン」誌、2015年3月号(2015年3月20日発売)

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01587_企業法務ケーススタディ(No.0371):治療院経営者のための法務ケーススタディ(11)_ネットで悪評を書き込まれてしまった!

======================================== 
本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
=========================================

相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
先生、とうとう、やられましたよ、ネットに。
いえね、
「ちりょナビ」
っていうサイトがあるんです。
ぐるナビの治療院版。
まあ、いってみれば、便所の落書きみたいなもんです。
業界では、いろいろ話題になり始めたようなので、私もこの間、ちょいと覗いてみたんです。
そしたら、
「ちりょナビ」
の、わが池井毛治療院の書き込みサイトがですね、
「七指圧子(ななしあつこ)」
というふざけたハンドルネームの奴に、ヤブだ、ヘボだ、臭い、不潔、待たせる、狭い、とかいって、ボロカスにけなされているんです。
ライバルの“捨馬(すてま)治療院”のサイトにいったら、清潔で、待ち時間なく、先生もスタッフもイケメン揃いで、やさしく、丁寧で、非常に良くなった、なんて書いてある。
こんなの、絶対、“捨馬”の野郎の、姑息で卑怯なやり口に決まってますよ。
ウチの家内の甥っ子がこの種のネット悪評対策を専門にやっているってんで、相談したら、なんですか、IT系つうんですか、六本木で遊んでいそうな、シャツのボタンをヘソのところまで外した茶髪のチャラ男が何人かでてきて、
「これ、フツーにヤヴァいっしょ。つか、名誉毀損っしょ。マジ、ハンパねえし。法律違反とか権利侵害だとかなんとか適当な理由つけて、発信者情報開示で脅せばパツイチですよ。あと、逆SEOで火消しするとか。ま、ざっくり500万円すね。ケチってたら、大変なことになりますよ」
みたいな、ことをサラリと言われ、それはそれで腹が立ってイライラMAXです。
気のせいか、患者さんも来なくなっているようで、先月は売上が落ちましたし。
どうすりゃ、いいんですかね。
ほんとアタマいたい。
どっか、いい治療院でクビでもほぐしてもらいたい気分ですよ。

モデル助言:
最近、ネットでの書き込みで、ディスられた、商売の邪魔された、ステマをやっている、といった悩みやトラブルが急増しているようです。
とはいえ、テレビや、壁の落書きのように、一瞬であっさり消すようなわけにはいきません。
じゃあ、消せないとなると、どうなるか?
そのサイトが消えてなくなるまで、半永久的にネット空間に、
「書き込まれた被害者」
にとって不愉快極まりない情報が漂い続けます(無論、ほっとくと、やがて検索エンジン下位に落とされ、事実上、目に触れない状態になります)。
不埒な書き込みによって、名誉や信用に加え商売にまで影響すると、やられた方としては、たまったものではありません。
なんとかしないと死活問題です。
ところが、一筋縄ではいかないのです。
この種の問題を解決しようと、様々な
「法律の壁」
にぶち当たります。
1つめの
「壁」

「言論の自由」
「見解表明の自由」(憲法上の人権としては「表現の自由」)
です。
この権利は、行政も裁判所もアンタッチャブルな、非常に重要な権利です。
この権利をおろそかにしてしまうと、国際社会から
「法の支配なき独裁専制国家」
とまで非難されかねない、そんな国家基盤そのものである人権なのです。
したがって、自由な民主社会を標榜する先進的で近代的な我が国では、この
「言論の自由」
「見解表明の自由」
を制度として、体制として保障することは、国是というか不磨の大典といってもいいほど、重要とされています。
無論、権利があるといっても、何をやってもいいわけではなく、
「他人に迷惑をかけないかぎり、何をやっても自由」
という限定ないし留保があります。
では、その
「迷惑」
の大きさや内実ですが、不愉快だとか心が傷ついたとか非常識や良識に反する、とう程度の
「迷惑」
では足りません。
日本国民のほとんど全員が
「そりゃ、ひでえ」
と思うくらい、明らかな権利侵害があり、しかも、その具体的事実のエピソードと明確な証拠と法的根拠が必要です。
2つめの
「壁」
が、
「書き込み者の特定」
です。
「法律と裁判を使って争い事を解決する」
という社会システムは、すべて、当事者が具体的に特定されることが前提となっています。
「裁判の相手は誰か」
を特定しないと裁判を始められないことになるのですが、この
「書き込み者特定作業」
は、警察も裁判所も一切協力してくれません。
また、電話会社やネット接続業者や掲示板運営会社も
「通信の秘密」
を守らないと法令違反に問われるので、一切協力しません。
そんなわけで、
「書き込んだ不逞の輩が誰か」
という至極単純な課題すら無力感に苛まれるような状況が待ち構えており、
「(莫大な時間と費用をかけた、冒険的な賭けをする覚悟があるならまだしも)効率的で経済的で効果が見込めるような方法は、まずない」
というのが現状なのです。
では、このような状況に対応するための具体的かつ現実的な方法としては、ないのでしょうか?逆SEOというのも1つの手ではあります。
壁の落書きの例でいうと、不快な落書きの周りに、もっと別の落書きをたくさん大書して、目立たなくする、という方法です。
とはいえ、カネがかかるのも事実であり、しかも抜本的な解決とまでは言えないところが難点です。
シンプルに考えれば、やられたらやり返す、ということが意外と効果的です。
すなわち、こちらも言論の自由、見解表明の自由を行使して、
「言い返す」
ということです。
この方法ですが、自社の公式サイトで、誰の目にも明らかな反論の材料(清潔の度合いを示す客観的なデータや、待ち時間や顧客満足度に関する情報)を整え、フォーマルでエレガントな表現で、
「そんなことは全然ございません。何か、別の意図でおやりになっているのでは?」
とやんわりたしなめることで、
「土俵を違えたケンカ」
にもっていくことでしょうか。
いずれにせよ、
「専門業者に、こんだけ払えば、絶対こうなる」
といった類の話はなく、現実的な相場観を前提に、時間やコストといった現実的な制約条件をもとに、
「正しい完全なゴールイメージ」
ではなく、
「よりマシな最善の状況」
を目指して、いくつかの戦略上の選択肢を組み合わせて、いろいろやってみるほかない、というのが現状での対処法です。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01586_企業法務ケーススタディ(No.0370):治療院経営者のための法務ケーススタディ(10)_「やる気がなく、内部告発をすると脅す、どうしようもない中途採用の社員」をすぐにクビにしたい!

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
先生、もうクビですよ、クビ。
今年の4月に、当治療院に入ってきた人間のことです。
大卒で、
「メーカーに入社したが、どうもサラリーマンが肌に合わない。カネためて、柔道整復の専門学校に通って、資格とって、開業する。そんな夢をもった人間です。よろしくお願いします!」
なんて、キラキラした目で訴える。
それで、採用したんですがね。
ところが、なんというか、ゆとりですよ。
常識がない、挨拶ができない、空気が読めない。
遅刻、サボり、スマホいじり、どうにもこうにもダメなんですよ。
「いい加減にしろ」
って言ったら、泣き出す。
励ます意味も込めて飲みに連れて行ったら、
「これって残業代でるんですか?」
って、こりゃ駄目だ、と思って、解雇を言い渡したところ、
「パワハラがあった、保険の不正請求を発見して、告発をしようとしたところ、報復で解雇された」
とか、あることないこと言い出し始めた。
「退職金として、数カ月分の生活費見合いの解決金で手を打ってもいいです。でなきゃ、裁判で徹底的に争います」
とぬかしやがる。
先生、裁判でもなんでも来いってことですよね。
「ふざけんな!」
と言ってやって下さい!

モデル助言:
まず、
「解雇」
について、
「日本の労働法の規制環境ないし運用の相場観」
がどのようなものなのかを、ご理解いただく必要があります。
「デキナイ従業員のクビを切るのは自由」
なんていう誤解を前提に、過激な対応をしてしまい、裁判沙汰に巻き込まれると、敗訴して大恥をかいた揚げ句、裁判所から多額のバックペイ(給与の遡及払)をさせられることにもなりかねません。
労働契約法16条は、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用(らんよう)したものとして、無効とする」
と明文で規定しております。
この条文は、昭和50年代に出された複数の最高裁の判決で示された
「解雇権濫用法理」
といわれる著名な判例法理、すなわち、
「書かれざる不文律であったルール」
を法律の明文として昇格させたものです。
すなわち、従業員をクビにするルールないし作法は、昭和の時代からまったく変わっていないのです。
最高裁まで争われた挙げ句、企業側が敗訴した
「高知放送事件」(最高裁昭和52年1月31日判決)
というものがあります。
これは、ラジオ局のアナウンサーが、
1 宿直勤務で寝過ごし、10分間のニュース番組を放送することができなかった
2 この2週間後、再度寝過ごし、10分間のニュース番組を、5分間放送できなかった
3 2回目の寝過ごしの際、上司から求められた事故報告書に、事実と異なる内容を記載した(ウソを書いた)
という、(トンデモなく非常識で、会社に重大な損害を与え、しかも反省する様子も伺えない)アナウンサーの解雇について、その適法性(解雇が適法有効か違法無効か)が争われました。
誰もが
「これはヒドイ! 迷惑極まりない!」
と思うケースですが、最高裁は、
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」
として、
「解雇は違法無効」
とされてしまいました。
映画やドラマの世界で、
「今すぐクビだ! 今すぐ出てけ!」
なんていうセリフを言う場面がありますが、解雇は、
「客観的に合理的な理由を欠く」
典型的な状況であり、解雇という措置は、法律上到底許せない
「蛮行」
となります。
解雇が認められるのは、殺人や傷害、横領背任などの犯罪行為や、それに準じるような非違行為を従業員がした場合くらいです。
ちなみに、百歩譲って、上記解雇に法律上の解雇理由があったとしても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定をもらわない限り、解雇は1カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払わないと、手続き上、
「即時解雇」
をすることができません。
日本では、一旦
「ヒトを雇う」
という契約をすると、その解消は、ほぼ不可能といっても過言ではないのです。
このように、法令環境における
「相場観」
「スタートライン」
は、
「解雇なんて、まず無理! 絶対に無理! 裁判所は、解雇を認めてくれない!」
という点をご理解いただけましたでしょうか。
以上を前提に、
「能力が低い、どうしようもない従業員」
との雇用関係解消の方法について、ご説明します。
このように、解雇は
「もともと絶対に無理」
というのがスタートラインであり、非常にハードルが高いため、訴訟はあまりお勧めできません。
スマートに対象者とお別れする最も推奨される方法は、
「訴訟を避け、従業員から退職届を出してもらう」
ことにつきます。
解雇には様々な規制が及んでいるところですが、
「従業員が嫌がっているのに、会社が『解雇』という一方的な意思表示をすることで、勝手に契約関係を消滅させる」
という、会社からの一方的都合で実施されるからこそ、厳しく法律で規制されているのです。
他方、従業員側が自主的に、会社との雇用関係を消滅させることはまったく自由であり、そのような形での雇用関係の消滅には、法律は一切介入しません。
男女関係をスマートに解消し、相手と自分が傷つくことを最小限にする方法として、
「相手方が愛想を尽かせて、相手方からフラせる」
方法が推奨されると聞いたことがあると思います。
雇用関係の解消も、同様に進めることができれば、カドを立てずに目的が達成できることになります。
忙しいから、人手不足だから、というだけの理由で、能力や適性を考えず、
「目がキラキラしてやる気がありそうで、前向き」
というだけで誰でもかれでも採用する、という姿勢自体、考え直したほうがいいかもしれませんね。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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