01582_企業法務ケーススタディ(No.0366):治療院経営者のための法務ケーススタディ(6)_広告規制違反で有罪になる?!

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
先生、大変です!
先日、保健所の連中がうちにやって来て、
「おたくの治療院で出してる広告は、適応症が書かれており、“アッキー法”とか“アッキーナ法”の7条違反だから、すぐに訂正してください。我々は、警察に刑事告発だってできる権限もっているんですよ」
なんて脅しやがるんですよ!
私は、何を言ってるのかさっぱりわかりませんでした。
連中は、私のことナメてるんですかね?
なんかのドッキリですかね。
その場では、平身低頭、ただただ彼らの言い分を聞き、なんとかやり過ごしましたが、私としては、まーっったく、納得しておりません。
どうやら、以前から配布しているこの広告に問題があるみたいなんです。
「神経痛、麻痺、痙攣、慢性関節リウマチ、筋肉痛、貧血、疲労回復なんでも来やがれ! 地域で口コミ№1! マジックハンド、ゴッドハンドで何でも治しちゃうぞ! 安心と信頼と評判の“池井毛治療院”にお任せあれ!!」
どうです、しびれるキャッチコピーでしょ!
私は、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を得て20年。
この間、ありとあらゆるマッサージの研究・研鑽に勤しみ、マッサージ治療に関して相当な知見・技術と自信をもっています。
そのおかげで、これまでこの治療院をやってこれたわけですし、お客さんからだって、
「先生の治療のおかげで長年悩まされ続けてきた神経痛が治りました!」
といった評判を受けております。
ですから、この広告に書いたことには、何1つ嘘なんてないわけですよ。
だから先生、ガン無視で行きますよ!
いいっすよね?

モデル助言:
まぁ、池井毛さんの気持ちを分からないではないです。
とはいえ、今回の広告は、“あはき法” 7条にバッチリ違反していますね。
“あはき法”とは、
「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法」

あん摩の「あ」
はり師の「は」
きゆう師の「き」
をとった略称です。
“アッキー”でも“アッキーナ”でもありません。
南明奈とか、安倍昭恵さんとかまったく関係ありません。
7条は、広告に書き込んでよい事項を規定しており、反対に、そこに規定された事項以外については、書き込むことを禁止しています。
書き込める事項は、極めて限られており、「池井毛治療院、院長池井毛剛、あん摩マッサージ指圧師、東京都〇〇区××町、診療時間午前10時~午後8時、電話番号042×××、予約受付可」といったシンプルな記載のみ許されているにすぎません。
適応症を書いていいですよ、とお墨付きを与えた事項ではないため、広告に記載することはできないことになります。
この規制に違反した場合には、30万円以下の罰金に処されてしまいます(“あはき法”13条の8第1項1号)。
この法律の規定を設けた理由について、裁判所は、
「いわゆる適応症の広告をも許さないゆえんのものは、もしこれを無制限に許容するときは、患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般大衆を惑わす虞があり、その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来することをおそれたためであって、このような弊害を未然に防止する」
と述べています。
わかりやすく言うと、
「適応症等を好き勝手広告に書いてよいとなると、お客さん欲しさから、実際の効能よりも大げさに書いてしまい、それを信じて治療を受けたお客さんが“全然広告に書いてあることと違うじゃん!”といったことになるに決まってんだろ。だから、こんなこと書いちゃダメ」
というのがこの規定を設けた理由です。
”きゆう”の適応症として神経痛その他の病名を記載した広告ビラを配布したという、7条違反が問われた裁判例(最高裁昭和36年2月15日判決)で、最高裁は、
「その記載内容が前記列挙事項に当らないことは明らかであるから、右にいわゆる適応症の記載が被告人の技能を広告したものと認められるかどうか、またきゆうが実際に右病気に効果があるかどうかに拘らず、被告人の右所為は、同条に違反するものといわなければならない」
ということを述べ、有罪判決を下しています。
わかりやすく言いますと、
「適応症は、“あはき法”が広告に書いていいですよと認めた記載事項に当たらない。形式的に法令に違反する以上、適応症が書かれたビラを配布した行為は、違法というほかない。実際に、どれだけ素晴らしい効能をもち、どんな症状でも、たちどころに治す力があったかどうかは関係ない」
ということです。
池井毛さんの広告について見てみますと、そこにはマッサージの適応症がバッチリ書いてあります。
また、
「地域で口コミ№1! マジックハンド、ゴッドハンドで何でも治しちゃうぞ!」
の記載については、裁判所が述べるまさに誇大広告にあたりかねません。
そのため、保健所の忠告を無視してこの広告を出し続けると、7条違反となりますし、彼が言うとおり刑事告発され、罪人扱いされることもあり得ます。
治療院が乱立する現在の治療院戦国時代ともいうべき現状においては、池井毛さんの言うこともわからないでもありませんが、まあ、とにかく、一人ひとりのお客さんに丁寧に接し、地域のいろいろな集まりやイベントにせっせと顔を出し、口コミや評判をどんどん広げてもらって、信用を得て、事業を堅実に広げていかれるのが一番ですね。
あと、どうしても名を売りたいのであれば、本を書いたり、テレビに出たり、ラジオに出演したり、そんな形で、間接的に知名度を獲得していくのがスマートで効果的ではないでしょうかねえ。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01581_企業法務ケーススタディ(No.0365):治療院経営者のための法務ケーススタディ(5)_既往歴のある箇所への施術の危険性

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
おかしいんです、ホントにおかしいんです!
ウチでマッサージと軽いストレッチを受けたお客さんが、
「頚椎第7棘突起骨折、頚髄損傷」
の診断書を持ってきて、慰謝料を払え、などとぬかしやがるんですよ。
今まで
「イナバウアー・スペシャル」
とか調子に乗ってやって失敗してきたから(参照:治療院経営者のための法務ケーススタディ(1)「過激で強烈な施術」を行うなら、医学的初見を前提にすべき)、あまり奇をてらったことはやらないで、常識的な施術を心がけていたわけですよ。
それに、練習台役のスタッフへの施術であると、患者さんへの施術であるとを問わず、問診をして施術をすることが大切、ってことで(参照:治療院経営者のための法務ケーススタディ(3)_無料で従業員を練習台にするときも、きちんと問診を)、ちゃんと質問票に既往症を書いてもらったうえで、問診もするようにしていました。
今回のお客さんからは、
「何年か前に椎間板ヘルニアとか頚椎捻挫とかをやってるから普段からマッサージには通っている、今回は、海外出張で重たい荷物を持ち歩いて全身疲れちゃって、しかも肩凝りがヒドイ」
ことを聞き取りました。
それで、全身マッサージをしてから、首回りのストレッチをしてあげました。
ストレッチっていっても、こないだのイナバウアーなんかとは全然違いますよ!? 
問診で、頚椎捻挫とかの既往症が分かっていましたから、優しくやりました。
患者さんを仰向けに寝かせて、頭を支えてあげてアゴを引かせて、首の後ろを伸ばすストレッチとか、頭の重さを利用して、患者さんの首が動く範囲内で、ゆっくりと回してあげるストレッチとかです。
ムリに力をいれたりなんてしてません。
施術が終わった後は、まだマッサージをしたほうが良いように見えたので、また来院することをお勧めしたら、普通に予約を入れて帰っていきました。
それがイキナリ、
「施術が原因で、頚髄損傷になった!」
だなんて信じられますか?
そんなの、絶対、ウチのせいじゃないですよ!
大方、どっかで転んでケガしたのを、ウチのせいにしてるんですよ。
「訴えてやる!」
とか言ってますけど、これは正々堂々と裁判を受けて立って大丈夫ですよね??

モデル助言:
以前の助言をちゃんと取り入れてくれていたのですね。
その点は、とても良かったです。
とはいえ、頚椎捻挫の既往症がある方に対して、
「優しく」
とはいえ、首回りのストレッチをやったのですか?
もちろん、池井毛さんのおっしゃるとおり、神様の目で見ると、客観的には、今回の施術ではなくて、他の原因が、今回の患者さんの傷害の原因となっているかもしれません。
池井毛さんからすれば、
「イナバウアー」
なんかじゃなくて、優しくストレッチをしてあげた、という自覚もあるでしょうから、まさか、自分のせいでこんな傷害が発生しただなんて、認めたくもないでしょう。
ところが、今回と同じような事例で、
「患者の傷害が本件施術以外の原因によるものとまで認められないから、本件施術が患者の傷害の原因である」
と認定し、後遺症による慰謝料等も含めて、なんと3800万円弱の損害賠償の支払いを、マッサージをしたマッサージ師と、そのマッサージ師の雇用者である会社に対して命じた裁判例(東京地裁平成15年3月20日判決)があるんです。
この裁判例は、海外出張が続いて肩凝りが酷くなった患者さんが、治療院に来院されました。
その際、質問票には
「8年前椎間板ヘルニア、5年前頸椎捻挫、3年前再度」
と記載され、問診では、
「普段からマッサージに通っている、先日まで3週間の海外出張があり、重い荷物を持って移動していた、普段は左手親指側にしびれがある、坐骨神経痛が左足に出ている」
などと話しました。
マッサージ師は、触診でわかった肩周りの筋肉の緊張を緩めるために、背中、臀部、下肢、頚まわりのマッサージをしてから、池井毛さんがやったようなストレッチをやったそうです。
その後、次回の予約を入れた患者さんは、勤め先の会社に戻ろうとして駅まで行ったのですが、その途中で頚部に痛みが生じたことが、裁判所によって認定されています。
このように、
「優しいストレッチ」
が終わった後、治療院から出て
「移動中」
に首が痛くなった、という事例なのです。
ところが、裁判所は、
「患者に頚椎捻挫の既往があったこと、肩凝りが酷い状況であったこと、本件施術と患者の頚部の痛みとの間に時間的接着性があること(つまり、施術してすぐに痛みが生じた、ということです)、本件施術をした部位と傷害の発生部位が同じであること」
などを指摘しました。
そして、
「マッサージ師が行った本件施術は、力の入れ具合や速度等によっては、傷害が生じる危険性があったこと」
からすれば、
「本件施術と原告の傷害の発生との因果関係が推定され、これを否定しうるような他の原因が存しない限り、因果関係を肯定することができる」
と判断しました。
これはつまり、
「昔ケガした部分について、ケガが悪化する危険性がある施術をして、そこに傷害が発生したら、多分、その施術が原因。そんなの絶対ウチのせいじゃない、とか言うのであれば、他の原因があったことを証明しろ」
と言っているのと同じです。
今回は、他の原因があったことを積極的に示していかないと、裁判では厳しい判決が出てしまうかもしれません。
とはいえ、
「その患者さんは、今回の傷害が発生する前に、どこでどういう行動をしていたのか」、
なんて、池井毛さんが調べるのはものすごく難しいですよ。
しかも、施術をした部分と同じ部分について、
「頚椎第7棘突起骨折、頚髄損傷」
の診断書が出ていますから、裁判例に照らせば、有利とはいえません。
放っておいて裁判になれば、負ける可能性も十分にあります。
そーっと示談にして、損切りしたほうが、賢いかもしれませんね。
それから、もちろん、既往症がわかっている部分の施術は、今後は本当に慎重にやらないといけないですよ!

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01580_企業法務ケーススタディ(No.0364):治療院経営者のための法務ケーススタディ(4)_迷ったら、我流を通さず、整形外科医師への転医を

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
鐵丸先生~いやー困っちゃいましたよ~。
以前うちに通ってた患者さんが、うちのせいで肩が固まったとか言って金払えってきたんですよ。
数ヶ月前のことですが、肩が痛いっていうお客さんが来たんですよ。
「どうしたの?」
って聞いたら、
「昨日寝返りを打ったときに痛みが発生した」
っていうもんだから、筋肉を緩めた状態とそのままの状態、動かしたときの状態触診したんですよ。
私もこの道長いですから、触ったらピーンときましたよ。
「これは寝返りによる捻挫だな」
って。
患者さんは、なんだか前に整形外科で五十肩だって言われたとかなんとか言ってたけど、
「こりゃ捻挫に間違いないっしょ!」
ってことで、五十肩は無視して、バイターっていう器械で肩周りをあたためて、筋肉が緩んだところにマッサージをする!
これが1番ですよ!
それでも、かなりの痛みを伴っているようだったので、できれば会社を休むようにいったんだよね。
でも、患者さんは忙しいから休めないって言ってて。
まぁ仕方がないけどね。
それで、3カ月くらい通ったんだけど、痛みが増したとか言うから、
「ほらね、僕の言う通りに仕事を休んで安静にしないからだよ」
って言ったらやっと、三角巾で固定して、仕事を休んで安静にしてたの。
そんな状態で1カ月近く、5、6回来てたかな。
徐々に良くなってたんだよ。
だけどね、その患者さんがその後、病院に行ったら
「凍結肩」
って診断されたらしく、僕の治療が悪かったから
「凍結肩」
になったんだって言うですよ!
仮に、僕の治療が功を奏さなかったとしても、その患者さんが
「凍結肩」
になったのは、もともと患ってた
「五十肩」
が原因で、僕が行った治療によって
「凍結肩」
になったわけじゃないんですよ!
僕と凍結肩は無関係なんですよ!
それなのに金払えなんておかしいでしょ?!

モデル助言:
なるほどなるほど。
確かに、池井毛さんの言うとおり、池井毛さんの治療が原因でその患者さんは
「凍結肩」
になったわけではないかもしれません。
しかし、その患者さんは池井毛さんのところに来た時は、
「病院で五十肩といわれた」
と言っていたんですよね?
「五十肩である」
という申告を受けたにもかかわらず、
「捻挫」
と判断し、治療院で施術を続けた柔道整復師に対し、
「しかるべき整形外科医師の診療を受けるよう転医を働きかける契約上の義務」
に反するとされた裁判例(平成20年6月26日、広島高等裁判所判決)があるんです。
この裁判例は、患者さんが
「前日寝返りを打ったときに痛みが発生した。動かすだけでも痛い」
と訴えて治療院に来院されました。
その際、患者さんは、整形外科で五十肩と診断されて運動療法を受けていたことは話したものの、その経緯等については詳しく話さなかったそうです。
そこで、その先生は、今回の池井毛さんと同じように、触診の結果、
「捻挫」
と判断して、マッサージ後、安静にするように指示したそうなんです。
その後、その患者さんは、4カ月程月に1度、その柔道整体師のもとに通院したそうなんですが、症状は悪化し、物も持てないくらいの痛みが発生するようになってしまったので、その先生は三角巾で固定して安静にするように指示したそうです。
その患者が整形外科でもう一度診察してもらったところ
「凍結肩」
であると診断されたのです。
この裁判例では、
1 肩の痛みは五十肩が原因であったこと
2 患者が病院で五十肩と診断されたことを告げていることから肩の痛みは五十肩が原因であることを認識していたこと
3 2カ月程度施術をしても症状に悪化がみられることからもはや自らの施術の権限外であることを十分認識し得たと言えること
から「整形外科の診療を受けるよう転医を働きかける義務があった」と判断されたのです。
資格をもって治療院を運営している以上、患者さんに最も適切な施術を行わなければなりません。
「これは自らの施術の権限を越える」
と少しでも感じたら、
「お医者さんにも診てもらった方がいいですよ」
と助言してあげた方がいいでしょう。
まぁ今回の場合、池井毛さんは、
「五十肩が原因かもしれない」
とは毛頭思わなかったのかも知れません。
しかし、前述の裁判例においては
「五十肩が原因であると分かっていながらも、柔道整復師が自らの施術の範囲内であると装うため『捻挫』と診断書に記載した」
とも判断されていることから、池井毛さんの今回の事例おいても同様に判断されかねません。
ここは、丁重に謝罪した上、お見舞い金としていくばくかのお金をお支払いし、こっそり示談にした方が無難ですね。
相手が裁判を起こして、裁判所において
「転医を働きかける義務違反があったのにこれに違反した」等
と判断されたら、池井毛治療院は
「適切な治療の判断をできない治療院」
「藪治療院」
というレッテルを貼られ閑古鳥となってしまいます。
経験に過剰な自信を持ちすぎて、絶対おれが直してやる! と息をまかずに、もしかしたら施術の範囲外かも……と思ったら、
「お医者さんにも行ってみれば?」
と一言声をかけてあげましょう。
転医をお勧めするのも治療院の立派なお仕事ですよ。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01579_企業法務ケーススタディ(No.0363):治療院経営者のための法務ケーススタディ(3)_無料で従業員を練習台にするときも、きちんと問診を

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
鐵丸先生、ウチに芳年川(ほねかわ)って受付の女の子がいたでしょう。
彼女は2年前に
「体を壊して仕事を続けるのが難しい」
ってことで突然辞めたのは、先生もご存知ですよね。
芳年川嬢が、最近になって役所勤めの兄貴と一緒にやって来て、
「整体師の木偶(でく)のマッサージの練習台にされたせいで腰が悪くなって、整形外科医に通い続ける羽目になり、痛いし、鬱になるし、不眠症は続くし、仕事はできないし、大変な事態になっている。通院している整形外科医の話では、まだまだ治療に時間がかかる、とのこと。治療代と休業損害として1000万円払え!」
と無茶苦茶なこと言ってきて困っているんです。
施術をした時は芳年川嬢も
「タダでマッサージしてもらって、ラッキー」
って言って全面的な同意をしていましたし、
「こんな具合の力加減でマッサージするんだ」
という形で私が指導していました。
その後、私は患者宅での治療があったので木偶に任せその場を離れた後で、芳年川嬢が
「アンタ、ホントに押してんの? 全然マッサージになってないわよ!」
と言ったとかで、木偶はちょっと強めに腰部を押したようなんです。
そしたら、今度は、芳年川嬢は、
「グェエエ!」
と痛みを訴えたので中止したようなんです。
それが原因で急性腰痛症になったようなので、翌日から10日間ほどは応急治療をしたものの、その間、芳年川嬢は足を引きずっていました。
後で判ったことですが、芳年川嬢には腰椎椎間板症の既往症があったんですよ。
マッサージの際、芳年川嬢はそんなこと一言も言っていないし、何より同意してますからね。
ちょっと強めと言っても1回だけ。木偶も、小柄で華奢な体形で非力な女性です。
それに、うつ伏せの芳年川嬢に馬乗りではなく、脇に立って腰をマッサージしたに過ぎませんから。
私としては、まったく納得がいきません。
先生、こんな理不尽な話、応じなきゃならんのですか?

モデル助言:
同意を得た練習であったとはいえ、施術相手に既往症があるか否かは問診義務の内容として確認すべきであることには間違いないですね。
問診義務違反を明示的に認めたものではありませんが、こういう裁判例(平成23年6月16日、甲府地方裁判所判決)があるんですよ。
今回の池井毛さんと同じように、ある整骨院の新人整体師(以下「新人」)が事務員(原告)に対してマッサージの練習をした結果、事務員が急性腰椎症等の傷害を負った事件で、この整骨院の院長が使用者責任を問われ、被告となりました。
華奢な体形の女性新人が、わずか1回強めに、ただし強めといっても脇に立って腰をマッサージするという体勢のためさほど力を入れない施術。
その程度で2年もの通院治療を要する腰部の負傷が生じることは通常はない…のですが、本件では、院長が翌日から10日間ほどは応急治療をし、その間、事務員は足を引きずるようなこともあったんだから、急性腰痛症等は本施術が原因でもあると裁判所は判断したんです。
この原告・事務員は施術前から腰椎椎間板症の既往症を抱えていました。
被告・院長は、本件施術の際、事務員が
「その既往症があったことを一言も言っていない」
「何より同意している」
として、相手にも責任があるので、過失相殺を主張したのです。
ところが、裁判所は、問診をせずに施術を行った行為は不適切であるとし、さらに、過失相殺については、
「原告が腰に持病があって治療を受けていたことを告げなかったことは、本件施術が筋肉をほぐすマッサージであったことにかんがみれば、過失相殺として考慮するのは相当でなく、また合意して練習相手になったとの点についても、本件施術に至る経緯が、被告院長の命令ないし指示によるのか被告施術者と原告との私的な約束に過ぎなかったのか必ずしも明らかではないが、施術を持ちかけたのは被告・施術者の方であるし、自身の技量向上のための練習も兼ねていたのであるから、原告の同意を過失相殺事由として考慮するのは相当ではない」と判断しました。
結果、被告院長と被告施術者は、原告の被った急性腰痛症等の治療費等の損害として、一旦、575万円の損害額の支払義務がある、とされました。
本裁判例では明示されていませんが、一言で言うと、たとえ、通常の診療時間外の、手技向上のための練習であっても、通常の患者に施術する場合と同様に既往症等の有無を確認すべきであったということです。
ところで、本裁判例では、最終的にどんでん返しがあり、原告の請求は棄却されています。
すなわち、一旦は認められた損害賠償責任につき、裁判所は、
「他の素因と競合を前提に」
認める、つまり、被告が問診せずに施術しなかったのはまずかったものの、既往症に起因する症状が今回の施術により受けた痛みで再発し治療を長期化したにすぎないとして、損害額から70%もの大幅な減額をし、すでにこの損害に相当する金銭は労災保険による障害補償一時金により填補されているので、賠償不要としたのです。
まぁ、今回の件も、素因減額等の話を持ち出し、見舞金程度でカタをつければいかがでしょうか。
とはいえ、今後、この種の診療時間外の仲間内の練習であろうが、善意で友達に施術するのであろうが、実際の診療と同様、しっかり問診を行い、既往症の確認をするようにしてください。
法律上、委任は、無料であっても、善管注意義務が生じますので、
「タダでやったんだから、文句は言うな」
という言い訳は通りませんので。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01578_企業法務ケーススタディ(No.0362):治療院経営者のための法務ケーススタディ(2)_イージーなはり治療で犯罪者に

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
鐵丸先生!
聞いてください、バカみたいな話を患者さんの家族がギャーギャー言って来るんです。
いえね、2週間前、腰が痛いっていう新しい患者さんが来たんですよ。
その患者さん、全身のむくみがひどかったので、この道40年の私には、
「この人、血行が悪いんだな」
とすぐにピンと来ました。
「血行が悪いなら、やっぱ、『はり』でしょ! で、何時やるか? 今でしょ!」
というノリで、去年から密かに習い始めたはりをすすめてみました。
まあ、治療院も商売ですからね、私がはり師の免許をまだ取っていないことは内緒にしました。
ていっても、私、3年制のはりの学校で2年生でしたし、技術には自信ありますから、まったくもって問題ナッシングです。
それで、その患者さんにはりを打ちました。
もちろん背中にもです。
打ち終わってしばらくしてから、患者さんが
「なんかちょっと息苦しいな」
とか言ってたんですよね。
きっと血行が良くなりすぎて息切れ状態なんだな~とポジティブにとらえていました。
そしたら、次の日、その患者の奥さんが治療院に来て、
「お前がはりを背中に深く刺したせいで、主人が気胸になった! この犯罪者!」
とギャーギャー言ったって訳です。
背中にはりを入れたつっても、たった2センチ弱ですし、自然気胸の既往症かもしれないし、私の打ったはりのせいで患者さんが気胸になったなんていう証拠なんてない。
そもそも打ってあげたのは、患者さんを治してあげたいという、プロとしての高邁な精神に基づくものなのに! ったく!
何が、犯罪者ですか? 
はり2センチですよ。
それこそ、患者を訴えたいくらいすよ!

モデル助言:
はり、ですか。
当たり前ですが、はりのように専門的知識と技術が必要な治療はきちんと免許を取って行わなければなりません。
そもそも
「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」
違反ですし、間違えれば患者さんの命を奪ってしまい、刑事法の罪に問われかねませんよ。
こういう裁判例(平成22年12月7日、大阪地方裁判所判決)があるんですよ。
この裁判例の先生は、今回の池井毛さんと同じように、はりの養成所(専門学校)の2年生で、まだはり師の免許を持っていないのに、患者さんの背部にはり治療を行いました。
まあ、2年生といっても、他の治療免許をもっていてキャリアも自信もあったのかもしれませんね。
背部には19ミリメートル以上指すと気胸を発生させる危険があるのに左背部に約30ミリメートル、右背部に約20ミリメートルも打ってしまった。
その結果、その患者さんは両側緊張性気胸に起因する低酸素脳症で死亡したんです。
「背部にははりを19ミリメートル以上刺してはならない」
という禁忌の目安を知らなかったということだけでも、技術不足が強く推認されるところですが、はり師の免許の取得もしておらず、通っていた学校ではまだ2年生で十分な教育を受けていたとはいえない状況であったこともその先生の過失は明らか、と判断されました。
その結果、その先生には業務上過失致死傷罪が成立すると認定されました。
この種のいい加減な治療は本当に危ないんですよ。
ガチで犯罪者になってしまいますからね。
あと、学校に通わせている弟子にやらせるのも非常に危険ですからね。
「忙しい、手が足りない。エイ、やっちゃえ。これも、いい勉強だ。オレが見てりゃ大丈夫!」
なんて最も危険です。
この訴えられた治療家の方は、どうすればよかったのでしょうか?
はりなどの人体に危険が及ぶ治療は、まだ学生のうろ覚えの技術ではするべきではなかったのです。
裏付けのある専門的な技術をお持ちだと確信できる場合以外に行う治療行為は、とても危険性の高い行為であり、間違えれば犯罪行為だということを肝に銘じておいてください。
裁判所も
「はり師免許を取得していない被告人のはり施術が治療行為として是認されないことはもちろんであるが、さらに被告人は、はり施術に必要な専門的知識や技能も習得していなかった。それにもかかわらず、身体、生命に対する危険のある背部への施術を繰り返す中で、本件の事故を引き起こしたものである」
と、免許を取得していなかったことだけでなく、専門的知識や技能も習得していないのに危険な治療行為を行ったことを認定した上で厳しく非難しています。
まあ、今回の池井毛さんの場合、死に至るほど背部に深くはりを刺したわけではないですし、それほど大きな事件には至っていないようです。
ここは、丁重に謝罪した上、気胸の治療費はお支払いし、こっそり示談にするべきでしょうね。
もし、これで患者さんが刑事告訴したりすれば、池井毛さんに業務上過失致傷罪が成立し犯罪者になってしまいます。
はりは学校を卒業するまでは封印して、きちんと知識や技能を習得してから慎重に患者さんにはり治療を施してあげてください。
無論、免許を取得してからも、くれぐれも無茶はダメですので、
「サービス精神発揮して、ハードなむくみには、ハードな治療で、グイグイ突っ込め」
なんてNGですからね。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01577_企業法務ケーススタディ(No.0361):治療院経営者のための法務ケーススタディ(1)_「過激で強烈な施術」を行うなら、医学的初見を前提にすべき

======================================== 
本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
=========================================

相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
鐵丸先生、この前、
「ホームページでみて近場で便利なので来ました」
っていう初老の患者さんが当院にやって来たんですよ。
本人曰く、
「肩が凝って仕方がない」
とか言うんです。
話を聞くと、二十年前、運転していたら、後ろの車からカマ掘られて(追突されて)、そんとき、ムチ打ちと椎間板ヘルニアとか診断されたんですって。
また、本人曰く、
「オリンピック腰」
とかで、4年1回の割合でギックリ腰を患うらしいんですよ。
要するに肩凝りだけじゃなくて、体全体がダメらしいんですね。
こういう場合って、体全部を直した方が早い。体って全部つながっているんですよ。
肩凝りつっても、ムチ打ちの再発とか腰の患いとも関係しているんですよ。
そんでもって、指圧、置針、低周波治療をやったあと、
「この際、悪いところは全部直してもらおう」
と思って、当医院の最大の売り、
「イナバウアー・スペシャル」
という治療を提案したんです。
まあ、
イナバウアー・スペシャル」
つうのは、ベッドでうつ伏せになってもらい、腰椎あたりに膝をあてて、患者さんの足と上体を持って、ちょうど、トリノ・オリンピックで金メダル取ったときの荒川静香選手の
「イナバウアー」
のような格好で腰の血行を良くして、痛みを吹き飛ばそう、っていう治療法なんですよ。
で、いざ、ちょっと始めると、その患者さん、ちょっとやっただけで、
「イタタタタ。殺す気か!」
といって、いきなり代金も払わず、帰っちゃったんですよ。
そしたら、次の日、当院にやってきて、
「オマエのせいで、なんともなかった腰が余計に傷んで、ひどい状況だ。賠償しろ!」
とか言い出した。
とんでもないですよ、治療代払わず逃げちゃって。
そっちこそ犯罪でしょ。
先生、どう思います、このふざけた患者。
治療代督促の内容証明の書き方とか教えてくれませんか。

モデル助言:
「イナバウアー・スペシャル」
ですか。
まあ、そういう過激な治療をするのは、相当慎重にやる必要がありますよ。
すぐ止めて、大きな事故にならなくてよかったですね。
こういう裁判例(平成6年5月11日、大阪高等裁判所判決)があるんですよ。
今回の池井毛さんと同じように、肩凝りで治療に来た人から、自動車の追突事故ムチ打ちの既往や、ギックリ腰の話を聞いて、
「よし、全部直してやる」
と勢い込んで、脊椎整体術っていうんですか、池井毛さんの
「イナバウアー・スペシャル」
のような手技を実施されたんですよ。
しかし、この患者さん、腰部脊椎管狭窄症だったらしくて、無理な姿勢を取ることはNGだったんです。
といいますか、この種の脊椎整体術のような、衝撃圧によって腰椎矯正を行うようなアクロバチックなものは、効果よりも害が大きく、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症、脊椎管狭窄症等の持病の方にやると、殺人行為に匹敵する危険な行為となり得るんですよ。
にもかかわらず、この事件の治療家は、
「悪いところ、オレの手技で全部直してやる!」
と息巻いて、
「イナバウアー・スペシャル」
を、本人が
「痛い」
「やめてくれ」
を連発している中、続けちゃった。
結果、その患者さん、神経症状が悪化して、坐骨神経痛、変形性腰椎症などを発症し、最後は、長時間立つの座るのもできず、歩くのも困難、という後遺症が出て、約1660万円の損害賠償を払え、と裁判所に命じられた。
じゃあ、この訴えられた治療家の方はどうすれば、よかったのか?
一言でいうと、中高年でヘルニアとか腰の痛みを持っている人に過激な治療はNGということですね。
どうしてもやるなら、提携されている整形外科の先生のところに行ってもらって、レントゲン写真で医学的な検査をして、問題ないことを確認してからやるんでしょうね。
裁判所も
「年寄りにそんな強い衝撃を与えることやるなら、きちんと医学的所見を得てからにしろ。不注意にもほどがある」
と、医学的な見解を前提とせず、いきなり過激な手技を行ったことを厳しく非難しています。
まあ、今回の池井毛さんの場合、痛がってからすぐやめてますし、ご本人も元気で歩いて文句言いに来ているくらいですから、それほどシビアじゃないんでしょうね。
とりあえず、大事になっていませんので、下手にケンカせず、穏便に済ませることです。
ヘルニアの既往症を本人がいっているのを聞いた上でやってますから、もし、これで何か問題が出てくると、すべて池井毛さんの
「イナバウアー・スペシャル」
のせいになりますよ。
まずは平謝りして、見舞金をさし上げて、本人が気づかないうちに帰ってもらうことがいいでしょうね。
というよりも、お年寄りにそんな過激なことをやる必要あるんですか?
池井毛さんとしては、善意でやってあげているんでしょうが、善意は言い訳になりません。
もうすぐ冬のオリンピックですが、
「イナバウアー・スペシャル」
しばらく封印ですね。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01576_人権感覚が「中世封建領主並」にお粗末で、「ヒト」と「モノ」の区別ができないニッポン企業

1 労働法、みんなで無視すりゃ怖くない?

企業活動に必須の経営資源は、ヒト、モノ、カネ、チエなどといわれますが、
「ヒト」、
すなわち、
「労働者」
という経営資源は、これらの筆頭に数えられるくらい重要なものです。

他方、企業経営者にとって、もっとも知識がないのも、労働取引に関するルール、すなわち労働関係法規です。

これにはきちんとしたデータの裏付けがあります。

毎年、
「労働白書」
というものが刊行されますが、ここに、労働基準監督官による事業所調査を行った際の結果が統計データとして公表されます。

これによりますと、国内の事業所において、労働関連法規(労働基準法や労働安全衛生法等)の違反率は毎年70%前後(遵法企業の割合ではなく、違反企業の割合です)、業種によっては85%前後(何度も申し訳ありませんが、これは「遵法」企業の割合ではなく、「違反」企業の割合です)もの割合で労働関連法規違反が発見され、指摘されている、とのことです。

要するに公刊されている白書を前提にすると
「日本では、10社中、7、8社の企業が、労働関連法規を平然と無視して経営している」
という実体が浮かび上がってきます。

ですので、労働問題といえば、税務問題と並び、
「どの会社もつつけば、“必ず”ホコリが出る」
という法務課題の代表選手です。

そのせいか、最近、政府の政策でウジャウジャ増殖した弁護士が、労働者の代理人となって、企業をバンバン訴えています。

辞めた従業員等から訴えられた企業が、弁護士の事務所にやってきて最初におっしゃるのは
「先生、聞いて下さい。こんなインチキ通るんですか! こんなの絶対おかしい。出るとこ出たら、はっきりします。絶対勝って下さい!」
という趣旨のことです。

しかしながら、冷静に事実関係の詳細を確認し、適切に関係法令や裁判例をお示しした後は、たいていの件は企業側に非があり、
「出るとこ出た」ら、
却って自分の方が恥を晒す、ということをご理解いただけます。

相談に来た当初は鼻息荒かった社長や人事責任者も、ションボリして小さくなり、最終的には、
「なんとか和解でお願いします」
と蚊の泣くような声でおっしゃいます。

2 知ってました? 「ヒト」と「モノ」は使い方が違うんですって!

企業が労働法でけつまづく大きな原因は、企業が、
「ヒト」

「モノ」
の区別は今ひとつ理解していない、ということに原因があります。

その昔、といっても、近代よりはるか前の頃、人類社会には奴隷制度というものがありました。

その時代、労働力を提供する
「奴隷」
といわれる人たちは、人間としての権利や尊厳を与えられず、
「モノ」
と同様に扱われていました。

例えば、我々は、仕事で必要な情報処理をする際、パソコンという
「モノ」
を使います。

パソコンは、手頃な値段で購入でき、実によく、いろいろな情報処理をしてくれます。

ところが、何年かたつと、壊れたり、陳腐化したりして、使えなくなってきます。

そんなとき、我々は、使えなくなったパソコンをどうするでしょうか?

使えなくなっても、何十年も大事に保管しておくでしょうか?

使えなくなっても、何十年も保守料支払い続けるでしょうか?

使えなくなっても、職場の目立つところに置いて忘れないようにするでしょうか?

そんなことは、一切しませんよね。

速攻でゴミ箱にポイですよね。

では、労働者はどうでしょうか?

労働者が、安価に、いろいろな情報処理や指揮命令された作業をこなしてくれる間はいいのですが、労働者によっては、何年かたつと、壊れたり、陳腐化したりして、使えなくなってくる、ということがあります。

そんなとき、経営者は、使えなくなった労働者をどうするでしょうか?

使えなくなっても、何十年も大事に雇用を継続しておくでしょうか?

使えなくなっても、何十年も賃金を支払い続けるでしょうか?

使えなくなっても、職場の目立つところにおいて忘れないようにするでしょうか?

「んなことは、一切しません。速攻で解雇してポイ」
と言いたい社長さんがほとんどではないでしょうか?

また、こういうことを実際やってしまう社長さんも相当数いらっしゃると推測されます。

なんつっても、
「日本では、10社中7、8社の企業が、労働関連法規を平然と無視して経営している」
という実体があるくらいですから。

しかし、残念ながら、同じ経営資源であっても、奴隷制度を採用しない近代法治国家においては、法律上、
「ヒト」

「モノ」
は明確に区別され、パソコンでできるような廃棄物処理が、
「ヒト」
では一切許されないことになっているのです。

このように、ヒトとモノの区別が今一つできていない、人権感覚が、中世封建時代の領主のような古臭い、カビ臭い企業トップがあまりに多く、そのため、
「日本では、10社中、7、8社の企業が、労働関連法規を平然と無視して経営している」
実体が改善されず、厳然と存在しているのです。

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01575_企業(株式会社)は生まれてすぐに、ハンデなしのガチンコ競争社会に放り込まれる(2・完)_企業(株式会社)の場合、取引ビギナーは保護されるか?

生身の人間の場合、半人前の人間、すなわち
「未成年」
は、法による手厚い保護を受け、
「ちょっとタンマ」
「やっぱ、アレ、キャンセル」
といった得手勝手な振る舞いが許されます。

このことは、企業の場合にもあてはまるのでしょうか?

よく、自分の能力を勘違いして、サラリーマンを辞めて、いきなり会社を起こしたりする方がいます。

こういう方のビジネス知識や取引上の経験値は、たいていの場合、赤ん坊並みで、事業計画等を聞いていると、
「こいつ、脳ミソがはちみつ漬けになっとるんちゃうか」
と首を傾げたくなります。

この種の社長ビギナーから、ビジネスプランとかを聞いていると、イタい、というか、危なっかしくて仕方がないのですが、とはいっても、まともに弁護士をつけるだけのカネがありません。

といいますか、そもそも、社長(ビギナー)自身、
「リスク予防のためにカネをまったく理解していません。

そういうわけで、この種の
「赤ん坊企業」
は、たいてい、出だしからトラブルに巻き込まれて、いきなり倒産の危機に陥ったりします。

危機に陥った際、このようなベンチャー企業のビギナー社長さんたちは、
「そんなのひどいよ。こっちは何にも知らないんだから。助けてくれるのが普通でしょ。そういう法律とかってあるんでしょ。それを使って救済するのが弁護士でしょ」
とか、かなり“イタい”ことをのたまわります。

では、生まれたばかりの“赤ん坊企業”の無知や経験不足による失敗を、法は救済してくれるのでしょうか?

答えはNO。

Absolutely NOです。

結論からいいますと、民法にも商法にも会社法にも、
「企業(会社)について、生身の人間のように、知識や経験のない若年層に対し行為能力を制限したり、それに伴う取消権を与える」
といったシステムはありません。

社長がどんなに未経験のド素人であっても、会社は、誕生したらその日から
「商法上の『商人』」
すなわち
“ハンデなしのガチンコ競争に耐えられるプロの商売人”
とオートマチックにみなされてしまうのです。

ということは、3日前にできたばかりの会社であろうが、100年続いている会社でろうが、会社は、皆等しく、モノを買ったり売ったり、借金をしたり、担保を提供したり、投資をしたり、といったことは制限なくできるのです。

したがって、会社の場合、
「失敗しても大丈夫。まだ、若いからやり直せる」
と悠長なことを吐かしている暇はありません。

設立間もなく、ジャッジミスにより大きな失敗をしてしまえば、試行錯誤や再チャレンジなどの機会を与えられることもなく、即倒産という結果になるのです。

死亡の形態は、破産や解散・清算といった立派なお葬式のようなセレモニーを開催する場合もありますが、若年死した企業は、たいてい葬式を上げるカネもないので、登記上ほったからしになったまま、休眠法人として野垂れ死にする、というケースが圧倒的に多いようです。

生身の人間の場合、弱者たる子供は、親もさることながら、祖父母、兄弟、あるいは地域や社会全体から、愛され、保護され、温かい目で育てられます。

ところが、会社に関しては、生まれたその日から、ガチンコ競争の取引社会に放り出されます。

安直にハンコ1つ押しただけでも過酷な取引上の責任を背負わされますし、取引社会のルールを知らずに多額の借財を負う羽目になっても、
「そんなの法律を知らない方がどうかしている」
といわれます。

若いから、青いからといって、誰も保護してくれませんし、
「どんなに酷い騙され方をしても、騙される方が常に悪い」
といわれ、その結果、破綻状態にあっても、放置されたまま、野垂れ死にした姿を晒しますが、そんな状態になっても、見事に誰も手を貸そうとしません。

ゴーイング・コンサーン(企業が永遠の生命を持つ、という理論的前提)は、強引なコンサーン(仮定)、さらに端的にいいますと、完全な虚構(ウソ)であり、
「日本の企業の短命ぶりは、(10年近く内戦が続いたことにより)“地球上で最も寿命が短い国”であるシェラレオネより短い(※内戦が終了した現在では事情は別の状況であることは否定しません)」
という厳然たる事実があります。

シェラレオネの状況は、我が国社会のように
「弱者たる子供は、親はもちろんのこと、祖父母、兄弟、あるいは地域や社会全体から、愛され、保護され、温かい目で育てられる」
という平和で悠長なものではないであろうことは想像に難くありません。

おそらく、同国社会は、生まれてすぐ過酷な生存競争にさらされ、若いからといって、誰も保護も支援もしてくれず、騙されても、騙される方が悪いといわれ、食えない状態にあっても放置されたまま、野垂れ死の姿を晒す、この世の地獄のような光景ではないか、と推測されます。

日本の企業社会も、そんな地獄のような社会です。

だからこそ、
「企業は永遠の生命を有する」
という理論的前提は、虚しいお題目となり、1年後に3割の企業が死に、5年後には4割が消え、10年間続く企業は25%しか存在しない、ということになるのだと思います。 

(完)

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01574_企業(株式会社)は生まれてすぐに、ハンデなしのガチンコ競争社会に放り込まれる(1)_人間の場合における未成年者保護制度

人間の場合、新生児は非常に未熟な状態で生まれてきますし、生まれた後も大人になるまで、周りがいろいろと世話を焼いてやらなければなりません。

このように実生活において、子供が大人による保護の対象となっているのと同様、法的な意味においても、よちよち歩きの赤ん坊や幼児、学生等の
「未成年者」
については、保護の対象とされています。

人は、生まれてから、即、
「権利能力」
が付与されます。

法律用語で
「能力」
というと、特定のことができる
「資格」
を意味し、
「権利能力」
とは、
「権利を行使し義務を負う主体」
となることができる資格をいい、この世のすべての人間がこの
「権利能力」
を有しています。

といっても、まったく意味不明ですよね。

「権利能力」
とは、要するに、
「そいつの名義で財産が持てる」
「そいつの名義でモノを買ったり売ったりといった取引ができる」
という程度の意味と考えてください。

「赤ん坊が咥えているバブバブ」

「小学生が持っているランドセルやリコーダー」
は、その小学生の持ち物であって、親が所有して子供にリースしているわけではありません。

これは、未成年者が権利能力を有する、という制度が前提となっているのです。

「未成年者ごときが財産を持つのはケシカラン。テメエら半端者は、大人の所有物を借用しておけば十分じゃ」
という制度も想定可能ですし、昔はそういう感覚であったかわかりませんが、現代では、子供も大人も、みな等しく、財産を持ったり、モノの売り買いができる、という制度となっています。

他方、
「未成年者」
には
「『行為』能力」
がない、といわれます。

「行為能力」
とは、契約を結ぶといった、財産に関する法律行為を単独で行うことができる法律上の資格のことです。

これもわかりやすくいうと、
「ガキには、一人でデカイ取引をさせない」
という意味です。

そして、この
「行為能力の制限」
を通じて、民法は、未成年者を厳しい大人の取引社会から保護しているのです。

なぜ
「未成年者」
が法的に保護されているかというと、例えば、未成年者が借金をしようとしても、借金をした場合、条件によっては、利息ばかりが膨らみ、元金の返済にとりかかる前に、利息分の返済だけで何年もかかる場合があるということを、十分に理解した上で借用書にサインするかというと、なかなか難しそうです。

未成年者は、自分が負うことになる義務についてのリスクを判断する知識や経験が少なく、それにもかかわらず
「自己責任」
と言い切って、自分がしたことの全責任を負わせてしまうのは、いささか可哀想です。

このあたり、成人でも、心許ない方も大勢いらっしゃるような気もしますが・・・。

このような観点から、未成年者を保護するために、未成年者が
「法律行為」
を行う場合には、原則として、保護者の同意(=許可)を得なければならないとされており、同意を得ていない場合は、その行為を取消すことができる、とされています。

なお、もう少しややこしい話をついでにしますと、
「権利能力」

「行為能力」
のほかに、
「意思能力」
という概念もあります。

これは、自分の行為がどのような結果をもたらすのかを判断できる能力のことです。

「未成年」

「成年」
とが20歳で一律に区切られているのと違い、ケースバイケースですが、一般的には、10歳程度で意思能力ありとされています。

まとめますと、

1)赤ん坊でもガキでも、テメエの名前で財産を持つことは許してやる(権利能力)。
2)とはいえ、一人で取引社会の鉄火場で火傷を負うのはあまりに可哀想だから、親の同意なしに取引をやっちまった場合、「え、ウソ。そんな。ちょっと、タンマ。やっぱ、あれナシにして」という泣き言を認めてやる。ガキと取引する大人連中も、親から同意をもらっていないガキは後から「待った。やっぱ、あれナシ」とか吐かす可能性あるから、そのあたり、しっかり確認しておきな(行為能力)。
3)10歳以下のオネショするようなガキは、まったくワケわかってねぇから、親の同意があっても、そもそも「取引」なんかできねぇから、こいつら一切相手にするな(意思能力)。

という形で、未成年者が、ガチンコ勝負の過酷な取引社会から保護される仕組みが存在します。

(つづく)

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01573_意外と短命な企業(株式会社)

1 「企業は永遠の生命を持つ」という理論的前提

「ゴーイングコンサーン(going concern)」
という言葉を聞かれた方がいらっしゃるかと思います。

これは、企業会計上の用語で
「企業が将来に渡って無期限が事業を継続する」
との理論的前提をいいます。

要するに、
「企業は永遠の生命をもち、決して廃業や解散・清算などをしないんだ」
という理屈です。

また、
「ゴーイングコンサーン」

「企業は永遠に継続するのであるから、社会的使命・責任がある」 という意味で使われることもあるようです。

2  シエラレオネの平均寿命より短い企業の寿命

ところが、この
「ゴーイングコンサーン」
という言葉とは裏腹に、現実には、企業というのは、結構あっさりつぶれちゃいます。

実際、起業1年目で約30%近くの企業が消滅するそうです。

まさに今、日本の企業社会のそこかしこで、“幼児突然死症候群(一見ごく健康に育っているように見える乳児が、何の予兆もなく眠っている間に突然呼吸停止し、死亡してしまう病気)”を発症している状況といえます。

また、よくいわれる指標が、
「5年後の生存率は約40%、10年後では約25%の企業しか生存していない」
というものです。

古いデータになりますが、日経新聞が調べた倒産企業の平均寿命という統計データがあります。

1996年から2010年までの期間で、毎年倒産した企業について社歴を調べ、これを平均化していったものです。

これによりますと、一番平均寿命が短かった年で15.9歳、一番長かかった年でも24.6歳。

単純に平均すると21.05歳となります。

なお、これは
「きちんとした法的整理を行って死んでいった会社」
の平均寿命です。

「きちんとした法的整理を行って死んでいった」
とは、
「それなりの費用を負担して、葬儀屋(破産申立をする弁護士)と読経する坊主(破産手続きにおいて、破産者の財産の管理・処分を行う管財人弁護士)を雇い、葬儀場(破産裁判所)できちんとしたお葬式(破産手続という立派なセレモニー)を行って、法人格をきちんと消滅させた」
という意味です。

世の中には、破産手続きをすることもなく、借金を踏み倒して、事実上休眠してしまうような会社、すなわち
「葬儀費用すらなくなったため、葬式を挙げずに野垂れ死する」
といった会社も相当数あります。

きちんとお葬式を行えた企業のほかに、前記のような“暗数”も含めると、日本の会社の平均寿命って、15歳以下だと思われます。

ちなみに、10年近く内戦が続いたことにより世界で最も寿命が短い国の1つといわれる西アフリカのシエラレオネ(内戦が終了した現在では事情は別の状況であることは否定しません)ですら、平均寿命が25歳を超えているそうです。

これと比較しますと、日本の会社というものの短命っぷりは相当なもんで、企業が生きる社会が、人間の人生よりはるかに過酷なことが分かります。

3 「企業は永遠の生命を持つ」という虚構(ウソ)

以上からしますと、
「ゴーイングコンサーン」、
すなわち
「企業が永遠の生命を有する」
などという理論的前提は、相当、楽観的で、ゴーイン(強引)な仮説である、といえます。

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