01704_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)15_カネの調達・活用(資金調達や投融資活動)に関する法とリスク

1 企業の経営資源としてのカネの重要性

企業の運営・存続にとって最も貴重な経営資源は
「カネ」
といえます。

かの堀江貴文氏(ホリエモン)は、
「カネさえあれば買えないものはない。女の心もカネで買える」
といって物議をかもしましたが、表現の品位は別として、これは核心をついた発言です。

「カネ」
さえあれば、ヒト、モノ、チエその他の経営資源はいくらでも調達できます。

さらにいえば、M&Aという手法を使えば、
「カネ」
さえあれば企業まるごとを買うことだって可能です。

ヒトやモノやチエがなかったからといってそれだけで倒産する会社はありませんが、カネがなければ会社はたちまち倒産します。

その意味で、カネは、企業経営に欠くことのできない経営資源といえます。

2 企業経営における「カネ」の意味

企業活動において
「カネ」
を調達したり運用したりといったビジネス活動をファイナンスあるいはファイナンスマネジメントと言ったりします。

カネに関わる仕事は、単純に金に関する管理だけにとどまりません。

株式・社債・リース等を含めた企業の資金調達・資金運用といった企業の信用創造・信用管理等を含め、仕事として大きな広がりをもちます。

他方、
「(具象化された価値そのものである)カネ」
については、その価値の重大性や、移転が簡単に行えることから事故発生の可能性が高く、取扱に慎重さが要求されますし、
「カネ」
を抽象化・観念化した形而上の価値としての
「信用」
については、取り扱う上で、慎重さに加え、技術的難解さのため、一定の知的水準が要求されます。

このため、
「カネ」
や信用の取引・管理・運用は、
「ヒト」

「モノ」
といった経営資源の場合に比べて、技術的色彩が強くその運用は複雑で困難なものとなっており、これに比例してビジネスの活動としての管理の重要性は増します。

企業の資金調達(コーポレート・ファイナンス)、さらには
「カネ」

「信用」
の管理・運用に関する企業活動と、これを安全かつ戦略的に実現するために、取引・管理・運用の合理性や合法性や安全性を担保する上で、企業法務の担当者・責任者は、重要な役割を期待されることになります。

3 カネの魔力

カネを継続的に増やすという本能をもった
「企業」
ないしその責任者となれば、カネに対する執着と欲は異常なほど強力なものとなります。

そもそも、カネという経営資源の特徴ですが、決裁手段として使うならともかく、カネを運用手段として自己増殖的に増やそうとした途端、不可視性、抽象的かつ複雑、高度の技術性という点が如実に現れます。

要するに、バカでは扱えないし、バカが扱うとエライ目に遭う、という危険を内包しているのです。

ところが、カネの欲は、冷静さや理性的判断や謙虚さを吹き飛ばします。

カネに対する強い欲望と、
「オレはバカではない」
と謙虚さのない知ったかぶりが昂じると、聞いてはいけない人間の助言(有害なノイズ)に踊らされ、ゲームのルールを理解しないまま、危険な立場を取らされ、リスクを取らされ、損害を被り、損害を隠蔽するため、さらに危険なマネを強いられ、最後は会社を傾かせることになります。

4 運用話や節税商品や会計マジックといった話のリスク

これほどまでに運用が困難な時代に、
「リスクが少なく、リターンが大きな、安全な投資」
などあり得ませんし、仮にそういうものがあっても、
「資産といってもほどほどの額しかなく、金融に関する知識にも乏しい、そこらへんの一般企業」
のところには決して回ってきません。

一般的に申し挙げて、
「余剰資金運用や節税にエネルギーを使う企業」
は、
「健全な成長・発展してきちんと納税する企業」
との比較において、短命といえます。

企業が
「一発逆転」
を狙って自分の頭脳で理解できない利殖商品に手を出したり、何度聞いてもよく分からない節税商品に手を出すのは、方向性としても、実際問題としても大きなリスクがあり、企業生命を危うくするものと考えられるのです。

おカネないしファイナンスというものは、サイズが大きくなっていくにつれ、その価値の構成が抽象化され、時間やリスクというファクターが複雑に組み合わさっていき、どんどん理解が困難な仕組みになっていきます。

また、
「銀行は、晴れた日に傘を貸して、雨が降ったら取り上げる」
などといわれますが、おカネを扱う方の品性や野蛮さは、着用しているスーツの品のよさや学歴の高さと見事に反比例しています。

無論、これは褒め言葉です。

「百獣の王と呼ばれ、動物の世界で頂点に立つライオン」
が、知的で、狡猾で、慎重で、自己中心的で、冷酷で、残忍であるように、
「金融資本主義が高度化した現代において、経済社会の頂点に立つ、金融関係者」
も、強靭で、知的で、狡猾で、慎重であることは当然です。

金融のプロからみれば、
「知ったかぶりで、無防備な企業の社長」
をひねりつぶすなどいとも簡単なのです。

バブル期の不動産担保ローン、変額保険、高額会員権、為替デリバティブ等、
「カネの知識のない一般企業」
が銀行や金融機関によって経済生命を奪われた例は枚挙に暇がありません。

「身の丈を知る」
という言葉がありますが、実業に徹し、ラクをすることを考えず、慎重かつ保守的に行動し、理解できないものには手を出さず、手を出すなら売る側の金融機関担当者を上回るくらいきっちり勉強して、諸事疑ってかかれば、おカネやファイナンスで失敗することはありません。

5 カネのマネジメントの基本

以上のとおり、おカネにまつわる仕事をする際は、おカネやファイナンスの難しさや、おカネやファイナンスをとりまく人間のずる賢さや恐ろしさといったものを適切に理解し、勉強を怠らず、慎重に行動していくことが求められるのです。

特に、企業法務の担当者の役割としては、複雑な専門用語や高度で難解な表現が散りばめられた資料の奥底にある、本質とメカニズムをきっちり把握した上で、
「カネの知識のない一般企業」
が知的で、狡猾で、慎重で、自己中心的で、冷酷で、残忍な金融プレーヤーや危険な節税提案をする方々の食い物にされることのないよう、リスクをきちんと把握し、これをしっかりとカネを取り扱う責任者に警告することが役割として求められます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01703_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)14_モノの調達・活用(生産活動)に関する法とリスク

1 モノ作りに関するトラブルの増加傾向

20世紀にはあまり取り沙汰されなかったものの、21世紀になって急激に増えた企業法務関係の事件があります。

それは、モノ作り大国日本の信用を根幹から揺るがす、製造関係の事件やトラブルです。

自動車や温風機の欠陥隠蔽問題、各種機器や建設資材の性能偽装問題、食品に関わる原産地表示や賞味期限偽装の問題や廃棄物処理や環境汚染問題等、21世紀に入ってから、製造現場でのトラブルが頻出しています。

「モノ」
の中でも、消費者の口に届き、人の健康や生命を奪う結果を招来しかねない食品製造に関しても、表示偽装事件が発生し、不正競争防止法違反により、逮捕や家宅捜索、さらには有罪判決を受けるケースも相当数発生しました。

また、公益通報者保護法の施行やネット掲示板の普及等の環境の変化もあり、内部告発が一般化し、企業がこれまで内部で隠蔽してきた偽装を隠し通せない状況になってきました。

このように、
「モノ」
に関わる企業にとっては、その姿勢が厳しく問われる時代になってきたといえます。

2 ニッポンのお家芸「モノ作り」の質的変化

ところで、
「モノ」
に関する企業活動は、質的な面で急激に悪い方向に変化しています。

「モノづくりは日本産業のお家芸」
との言葉に代表されるように、これまでの日本企業は、使い勝手がよく、安全・高品質で、値頃感のある
「モノ」
を作り出すことを得意としていました。

そして、日本企業は、
「高度な製造活動のためのインフラである、高い技術力と生産設備操業能力、さらにはこれを担う優秀な人材」
を自ら保持し、育成してきました。

ところが、
「モノづくり」
を得意とした日本企業も、ビジネスの進化に伴い、下請やOEM生産等によるファブレス(工場設備を持たない製造業)化や生産拠点の海外移転等を積極的に行うようになってきました。

このようにして、近年、日本企業において
「モノづくり」
の意味が加速度的に希薄化するようになってきたのです。

3 「モノ作り」の質的変化に伴うリスク

以上のような
「モノ」
との関わりの希薄化は、品質面、安全面、規格ないし法令遵守面における企業の管理が行き届かなくなる危険が増幅してきたことも意味します。

例えば、日本国内での工場操業においてはコンプライアンスや製品の品質や安全性に対するこだわりが浸透していても、日本企業が生産を海外に委託する場合における現地委託先企業がそのような観念を欠落している場合、日本企業は大きなリスクを抱えることになります。

かつて中国産食品における毒物混入事件が発生し世間を騒がせましたが、
「モノ」
との関わりが希薄化した企業において、上記のようなリスクが現実化した現象といえます。

4 モノ作りの管理に失敗した場合のリスク

輸送機器、建物、食品、薬品、電気製品等、企業から製造される
「モノ」
は何らかの形で消費者や社会に関ってきます。したがって、消費者や社会は企業が製造する
「モノ」
の品質や安全性に大きな興味と関心を抱きます。

万が一、
「モノ」作り
において、現場管理や委託先管理に失敗し、品質や安全性において問題のある
「モノ」
を流通させた場合、大きな社会問題に発展し、企業に対して回復不可能な損害をもたらすことになります。

「法令遵守より効率優先」
という経営姿勢や製造管理状況に対して消費者や社会一般の厳しい目が向けられるようになっていますし、この種のトラブルは、企業の生命を即座に奪いかねません。

「モノ」
と企業との関わりは歴史的に古く、調達・製造活動は成熟した経営課題といえますが、海外生産委託の動き等の急激な変化もふまえて、日本企業は、今一度、調達・製造に関するマネジメントのあり方を見直す必要に迫られています。

5 性悪説vs性善説

「モノ作りを管理する」
という仕事を進める上での哲学として、管理の相手方、すなわち、現場や委託先を信頼するか(性善説)常に不審の目を向けるか(性悪説)、という問題があります。

一昔前、二昔前のニッポンにおいては、右肩上がりの成長を謳歌しており、
「作っては売れる」
という市場があり、生産現場には、常に設備や人的資源が投入され、活気がありました。

従業員は、終身雇用というシステムによって雇用された正社員がほとんどで、会社と成長の糧を共有し、モノ作りの現場には高い士気と
「決して、会社や社会を裏切らない」
という忠誠と信頼が満ち満ちていました。

しかしながら、現代においては、終身雇用システムが崩壊し、モノ作りの現場には非正規雇用の労働者が増殖し、成長が見込めない市場において、過酷な価格及び品質競争にさらされています。

このような現代のモノ作りの現場において、かつてのように、
「モノ作りの現場には高い士気と『決して、会社や社会を裏切らない』という忠誠と信頼が満ち満ちている」
などという前提がそもそも働かず、漫然と現場を信頼することは管理放棄につながりかねない状況となっています。

したがって、
「モノ作りを管理する」
という仕事に限っては、
「常に操業効率化を優先する現場や委託先においては回収品の再利用や賞味期限改竄を行う等の法令その他各種規範違反を冒す誘惑と危険が存在する」
という性悪説に立脚し、徹底したリスク・アプローチによる不祥事予防のための科学的・合理的体制を構築することが求められます。

6 モノ作りの現場においては、「操業優先、規制無視(軽視)」

モノ作りの現場においては、
「製造ラインの効率的稼働」
が最優先課題であり、細かい手続を含めた規制把握や規制遵守は、いわば二の次となってしまいがちです。

原発関連事故といえば、東日本大震災直後に発生した福島原発事故が有名ですが、1999年に発生した茨城県東海村の核燃料加工会社JCO東海事業所の
高速増殖炉実験炉「常陽」用の核燃料の製造現場での臨界事故
も著名です。

この事故については、転換試験棟において、1991年から現場において承認されたものと異なる工程(本来は、「溶解塔」という装置を使用した手順であったところ、現場がこれを無断で変更し、ステンレス製バケツを使用)が実施されており、その後、1996年にはこのような違反工程が盛り込まれた
現場「裏マニュアル」
が作成され、違法操業が常態化していたことが原因であった、といわれています。

厳格なコンプライアンスが要請される核燃料の製造現場ですらこのような状況ですから、他のモノ作りの現場がどのような状況か、ということはある程度想像できます。

7 モノ作りの管理を実施する上での指揮命令系統デザイン

以上のとおり、
「モノ作りの現場においては、面倒くさい法令遵守より効率性・経済性が優先される危険が常に存在する」
ということを十分認識し、細かい操業の末端に至るまで管理の目を光らせる必要があるといえます。

多くの場合、過酷な操業効率のノルマを負っている工場現場の責任者は、
「一方の要請の無視」、
すなわち、
「効率性を犠牲にしても法令遵守を徹底すること」
という要請を無視するという行動にシフトし、その結果、トラブルが発生することになります。

現代においては、製造現場の管理体制の設計上、
「『操業管理』と『コンプライアンス管理』という相反する課題の達成に関して、権限・責任・指揮命令系統を分断し、後者は操業効率に責任を負わない部署に遂行させるべき」
というスタイルが求められるようになってきています。

すなわち、
「操業責任者とは別の、コンプライアンス管理を担う責任者が、効率性に目を奪われることなく現場の細かいところまで管理の目を光らせることを通じて、操業効率とコンプライアンスという矛盾する両課題の止揚的解決が図られるべき」
という考え方が、製造現場の管理体制設計において採用されるようになってきているのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01702_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)13_ヒトの調達・活用(労務マネジメント)に関する法とリスク

1 「ヒト」という経営資源は「モノ」とは取扱い方が異なる

職場で使用しているパソコンが壊れてしまい、起動すらできない状態となり、修理センターに持ち込み、
「修理不可能」
といわれた場合、皆さんはどうなさいますか?

壊れて使い物にならないパソコンを後生大事に保管しておくでしょうか?

こういう場合、たいていの企業はパソコンをさっさと廃棄処分にするはずです。

では、次に、企業に勤める従業員が、いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した場合はどうでしょうか?
「さっさと」廃棄、
いや、解雇処分できるでしょうか?

答えはNOですね。

2 解雇不自由(解雇不可能)の原則

結婚において
「結婚は自由だが、離婚は不自由」
などといわれるのと同様、法律上、雇用に関しても
「採用は自由だが、解雇は不自由」
というべきルールが存在します(解雇権濫用法理、労働契約法16条)。

上記のような法律の規定に従う限り、
「いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した」
くらいでは解雇はできません。

すなわち、
「モノ」
であるパソコンと違い、
「ヒト」
という経営資源(すなわち労働者・従業員)については、労働契約や労働基準法を筆頭とする労働法制が従業員に対して徹底した法的保護を与えており、企業に対しては
「一旦雇用したら最後、原則として定年退職いただくまで解雇は不可能」
という、過酷なまでの対応が義務づけられています。

3 ヒトという経営資源の調達は「億単位の買物」を意味する

労働資源たる
「ヒト」
については、パソコンになぞらえると、
「一度購入したら最後、『壊れて使い物にならない』状態になろうが、年間何百万円というメンテナンスフィーを支払って、後生大事に数十年間保管し続けなければならない」
というのと同様のことが、企業に求められるのです。

平均的な大卒新入社員を例にとって考えます。

企業が、大卒新入社員を、一旦採用すると、23歳で入社し、(入社から定年直前までをざっくりと平均した年間所得としてみて)年間約500万円定年を迎えるまでの間の約40年間、支払続けることになるのです。

さらに、この社員に対しては、机や椅子やパソコンやオフィススペースや諸々用意しなければならず、この費用として、さらに年間300万円ほどかかります。

このように考えると、
「従業員を採用する」
ということは、
「(500万円+300万円)×40年」、
すなわち
「約3億2000万円の買い物をする」
ということと同義であることに気がつきます。

4 大企業はなぜ新卒社員に異常に時間とコストと労力をかけるのか

一般に大企業は、新卒社員の採用について、異常なまでの時間とコストとエネルギーをかけます。

すなわち、壊れたパソコンを買い換える場合、適当に調べて1日2日で調達購入します。

他方、新卒採用については、
「3、4億円の高額不動産を購入する」
といった趣で、約1年の時間をかけて、調査し、何度も考え直しながら慎重に判断します。

これは、大企業が、
「従業員の雇用」
という経営資源調達活動が、
「“超”高額なお買い物である」
ということをきちんと理解しているからです。

5 労務トラブルに頻繁に見舞われる中小企業の採用のいい加減さ

他方、中小企業は、実にいい加減に雇用上の意思決定をします。

人手不足になると、すぐ採用数を増やそうとしますし、採用のプロセスもいい加減で適当。

特に、中途採用に至っては、面接して、
「ウン、気に入った。明日からすぐ来られる?」
のような形で、行うことが多いようです。

こうやって、無定見に人を増やした挙げ句、
「こいつは思ったほど使えない」
「受注が減ったので従業員はこんなに一杯要らない」
といって、使えなくなったパソコンを廃棄するような感覚で、すぐにクビを切ろうとします。

前世紀においては、いまだ労働法における解雇禁止則の世間への認知浸透が不十分であり、
「使えないからクビ」
などといい渡された従業員側も、あきらめて自主的に退職し、次の就職先を探すため、とっとといなくなってくれました。

ところが、最近は、
「採用は自由だが、企業側からの解雇は原則不可」
というルールの認知が世間に浸透しはじめており、
「能力不足」
などの適当な理由で安易にクビを切ろうとしても、従業員は応じてくれません。

無理に解雇しようとすると、裁判所に訴訟や労働審判を申し立てられたり、最悪、合同労組に駆け込まれたりして赤旗が立ち、大きなトラブルに発展します。

6 労務マネジメントにおける法的リスク管理のポイント

労務マネジメントにおける法的リスクを把握する最大のポイントとしては、実に簡単な話です。

同じ経営資源でも、パソコンのような
「モノ」
と、
「ヒト」
とは、廃棄ないし処分のルールに明確な違いがあり、したがって、採用は慎重に行わなければならない、ということです(この点、中小零細企業の経営者は、「ヒト」と「モノ」の区別がついていない、ということがいえます)。

かなりネガティブな話ばかりしましたが、もちろん、もっと前向きな意味もあります。

企業というものは、あくまで人が動かすものであり、
「ヒト」
という経営資源をうまく組み合わせることにより、
「モノ」

「カネ」
のオペレーションの何倍、何十倍もの収益を産み出してくれます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01701_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)12_ガバナンスに関する法とリスク

1 株式会社の利害関係者

組織体である企業には、様々な思惑を持った利害関係者が集まります。

株主は株主としての思惑をもって企業に参加しますし、経営者は経営者なりの考えがあります。

一括りに
「株主」
といっても色々な種類の株主がいます。

株を長期間保有する株主
もいれば、
「午前中に株式を購入したら午後3時までにはすべて売っ払って株主でなくなる」というトレーダー
もいます。

「企業の組織運営についての株主の考え」
といっても、その具体的内容は株主毎に異なります。

というか、そもそも
「株価の動向には関心があるが、企業の組織運営なんぞまったく興味がないし、どうでもいい」
という株主も相当数存在します。

2 株式会社の統治秩序と内部統制

とはいえ、企業も組織である以上、
(1)誰がボス(トップ)かを決め、
(2)企業を運営する方針を決め、
(3)従業員に企業が決定した方針に従わせる、
ということが必要になります。

上記(1)及び(2)が企業統治(コーポレートガバナンス)と呼ばれる経営課題であり、(3)が内部統制と呼ばれる経営課題です。

3 誰をトップにするか

(1)のトップの選出については、株主総会で出資口数に比例した多数決(資本的多数決)により取締役を選出します。

そして、取締役会における多数決で、企業のトップ、すなわち代表取締役が選出されます。

企業運営が正常に行われている場合、
「トップは誰か」
という企業組織の根本的な事柄が曖昧になったり、モメたりするようなことはまずありません。

しかしながら、現実の企業社会においては、
「トップは誰か」
という企業組織運営において根本的な事柄をめぐって激しい紛議が生じることがあります。

古くは老舗百貨店三越の社長解任劇(1982年、三越の取締役会において、突如発議された代表取締役解職決議案が満場一致可決成立し、当時のワンマン社長が、取締役全員に裏切られる形で、非常勤取締役に降格させられた事件)が有名です。

また、最近では、総合電機メーカー富士通の“お家騒動”(辞めたはずの前社長が「オレは辞任した覚えも、解任された覚えもない。反社会的勢力と付き合いがあった云々は事実無根の因縁だ」という趣旨の反論を展開し、訴訟沙汰になった)など、
企業が「誰がトップなのか、明確に定まらない」という異常事態
に陥ることがあるのです。

4 どういう方針を採用するか

また、(2)企業の経営方針についても、大きな混乱が生じることがあります。

“ホリエモン”こと堀江貴文氏が率いるライブドアがニッポン放送の株を買い占めて同社筆頭株主に踊り出た際、筆頭株主たるライブドアとニッポン放送経営幹部とで企業経営の基本方針をめぐって重篤な対立が生じ、これがきっかけとなって訴訟沙汰に発展しました。

“モノ言う株主”として名を馳せた村上世彰氏率いる村上ファンドは、多数の株式を取得した会社に対して
「会社を解散し財産を株主に配当せよ」
「会社所有のプロ野球球団を上場したほうがいい」
など、現経営陣の策定した経営方針に強烈に異議を唱え、大きな議論を呼びました。

このように、企業において
「株主と経営陣の間で紛議が生じ、経営方針が定まらず、混乱する」
ということも起こり得るのです。

5 どうやって決められた方針を従業員に従わせるか

(3)の内部統制についても同様です。

企業の組織内部が適正に統制されていれば、企業トップが定めた組織運営方針は、組織の末端に至るまで適正に遵守されます。

しかしながら、
「企業トップあるいは上層部が策定した組織運営方針を、現場の従業員が無視あるいは軽視し、法令違反その他の重大な事件や事故に発展する」
という事態がしばしば起こります。

旧大和銀行ニューヨーク支店において現地トレーダーが独断で巨額投資を行って莫大な損失を発生させた事件や、総会屋への利益供与事件や談合やカルテルなど、現場が暴走して、内部統制上のトラブルを惹き起こすケースは枚挙に暇がありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01700_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)11_法人制度

1 法人制度とは

企業のほとんどは、株式会社、という形態で営まれます。

この株式会社は、営利社団法人であり、広いくくりでいうと
「法人」
の一種です。

そして、日本の法人の中でもっとも数多いものであり、
「法人」
の代表選手といえるほどメジャーな
「営利社団法人」
です。

「法人」
とは
「法律上のフィクションによって、人として扱うバーチャル人間」
のことをいいます。

この「法人」という概念ですが、よく聞く言葉ですが、実はまったく理解できない法律概念の一つと思われますので、少しこの
「法人」制度
について解説します。

「個々人バラバラではなく、一定の人間の集団と取引をする」
ということを考えてみます。

人間の集まりには、

・「渋谷や銀座といった特定の場所に一定時点存在する、相互に無関係で、無秩序で、方向性もバラバラで、無責任この上ない群衆」
もあれば、
・「一定の統治秩序があり、永続性があり、方向性と責任の所在が明確な人間の集まり」
もあります。

前者、すなわち、
「渋谷や銀座といった特定の場所に一定時点存在する、相互に無関係で、無秩序で、方向性もバラバラで、無責任この上ない群衆」
について、一定の法律上の人格を想定して付与し、取引社会に参加させた場合、
「何をしでかすかわからないし、しでかしたことにも責任を取らず、皆がトンズラこいて、知らぬ存ぜぬで押し通す」
といったことになるので、あまりに不安で危険であり、取引社会が大混乱となります。

他方で、後者、すなわち、
「一定の統治秩序があり、永続性があり、方向性と責任の所在が明確な人間の集まり」
であれば、一定の法律上の人格を想定して付与し、取引社会に参加させても、混乱は想定できませんし、却って、より大規模で効率的な取引がスマートに実現でき、経済社会の発展に寄与します。

取引や支払の責任という点であれば、最終的には、
「カネで責任を取ってもらえれば問題ない」
といえますので、
「人間の集まり」同様、
「財産の集まり」
であっても、
「統治秩序(財産運用秩序)があり、永続性があり、方向性と責任の所在が明確な財産の集まり」
であれば、これも、取引社会に参加させても問題なかろう、と考えられます。

そこで、人の集合体(社団法人)と財産の集合体(財団法人)の2種を想定し、これらいずれについても、
「統治秩序(財産運用秩序)があり、永続性があり、方向性と責任の所在が明確」
であれば、
「自然人ではないものの、財産的基礎があるので取引社会に参加させても、自然人と同様に取引を含む民事責任を負わせることが可能である」
と考えられるようになりました。

このような背景から、人の集まり(社団)や財産のカタマリ(財産)について、一定の要件を備えたものを
「本来の人(ヒト)とは異なるが、『法』律上、『人』と同等に扱ってやろう」
とし、
「法」「人」
として扱う制度を設けたのです。

これが法人制度の基本的な考え方です。

2 法人制度の種別

法人には、前述の社団法人(ヒトの集まり)と財産法人(財産の集まり)という区別のほか、目的によって、公益法人と営利法人があります。

株式会社は、営利目的で、株主という名の共同オーナー、すなわち人が集まった法人であり、営利社団法人とカテゴライズされます。

3 法人の運営(統治)

そして、株式会社も法人として、規律も責任も曖昧な単なる烏合の衆ではなく、きちんとした統治秩序が確立して、適切に運用されることが当然の前提となりますが、これをガバナンスあるいはコーポレート・ガバナンスなどといわれたりします。

ところで、法人は、人の集合体であっても、個々のメンバーとはまったく別の
「チーム」「グループ」
であり、抽象的・観念的存在に過ぎません。

実際は、チームのトップや、グループのセンターに相当する、代表者が、法人に成り代わって、各種取引を行います。

株式会社の場合、代表取締役が、チームのトップや、グループのセンターに相当します。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01699_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)10_企業活動を体系化して捉える(後)

1 債権管理回収

商品やサービスをカネに変える営みを「営業」という、といいました。

しかし、営業の種別によって、
「商品やサービスが瞬時にカネに変わるプロセス」
もあれば、
「商品やサービスが一旦債権に変わり、債権(支払い約束)がさらにカネに変わる、という2段階のプロセス」
を踏む場合もあります。

例えば、コンビニエンスストアでおにぎりとお茶を買う場合は、いちいち契約を締結したり、売掛債権にして別途弁済したりするする、ということは生じ得ません。

他方で、自動車メーカーが、自動車用の薄板を一定のロットを鉄鋼メーカーから買う際、大量の薄板ロールを搬入した港かどこかで、現金の入ったアタッシュケースと薄板ロールを交換する、などということも生じ得ません。

後者の場合、鉄鋼メーカーから観察すると、一旦、商品は売掛債権に変質し、当該債権が金銭に変わる、といプロセスを踏むことになります。

ところで、すべての債権が期日に遅れることなく全額弁済されればいいのですが、一定の管理活動をして、また、事故が発生した場合、きちんと回収までフォローする活動が必要となりますが、これが債権管理・回収活動です。

2 会計・税務

企業の活動は一定の期間毎に区切られ、その活動内容が会計的に記録され、整理されていきます(期間損益計算)。

このような計算の結果は、経営成績(P/L)・財政状態(B/S)という二元的切り口で表現されて、投資家や債権者に整理して報告されるとともに、産み出された利益の中から一定割合の税金を税務当局に納める、ということが行われます。

このように、
「一定の期間毎にその活動の成果が整理され、ステークホールダーズ(企業をとりまく利害関係者)に報告する」
というのも企業の特徴的な営みといえます。

3 破産・再生とM&

以上が、一般的で日常的な企業活動ですが、企業活動の中には、非日常的な特殊な活動も生じます。

まず、企業が債務超過により、あるいは資金繰りに失敗して支払不能に陥った場合、債務を整理(返済リスケジュールや債権放棄等)して再建したり、あるいは会社を解散・清算や破産して残った財産を債権者に分配する場面が出てきます。

そして、
「破産・再生あるいは廃業の手前で、企業を身売りする」
というときには、
「M&A」
という特殊な取引が登場します。

M&Aとは、企業そのものを取引対象とする、ということです。

普通の取引対象といえば、ヒト、モノ、カネ、ノウハウといった形で、個別経営資源毎にバラバラで調達するのですが、
「これをいちいちやっていると面倒くさくてしょうがない。ヒト・モノ・カネ・ノウハウが統合的にシステマチックに合体して動いている人格そのものを取引しちゃった方がいいんじゃね?」
ということで、

「企業まるごと買っちゃえ」
という趣で形成されてきたビジネス分野です。

4 第三者からの攻撃への対処

企業活動をしていると、取引等とは無関係の第三者から攻撃を受ける場合が生じ、そのようなリスクを想定した安全保障や、有事対処を行うべき場合も出てきます。

まずは、物理的な攻撃を加える外敵が考えられます。

具体的には、暴力団等の反社会的勢力から不当な要求を受けたり、何らかの嫌がらせや、生命・身体、名誉・財産等に対する危険をほのめかされたりする場合です。

攻撃は、暴力を伴った物理的なものだけではありません。

インターネット上で、誹謗中傷や名誉毀損、さらにはデマを拡散されて、企業の信用が致命的に毀損するような場合もあります。

これらの安全保障課題や、有事対処も企業活動の1つです。

5 国際取引

冷戦の終了に伴い、製品市場、労働市場、金融市場ともに世界の市場が単一化し、また、インターネットの発達により、欧米諸国である、非欧米諸国であるとを問わず、大量のヒト・モノ・カネ・情報がスピーディーに世界を行き来する時代が到来しました。

債権や株式に対する国際投資、外国のマーケットでの資金調達、為替や金利差を用いた金融派生商品、ジョイントベンチャー、国際的M&A、クロスライセンスによる技術取引といった技術的に高度な国際取引が、今や日常的に行われるようになっています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01698_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)9_企業活動を体系化して捉える(前)

1 そもそも企業とはどのような存在か

企業活動を取り巻く法とリスクを体系化して捉えるためには、まず、
「企業とは何か」
「企業とはどんなことをしているか」
ということを知らなければなりません。

企業というのは、営利活動をする組織を指しますが、要するに、
「組織として、チームとして、利益を追求する存在」
といういい方もできます。

企業の代表選手、株式会社は、通常の人間と違って、姿・形がありません。

「株式会社は法人である」
などといわれますが、法人とは、自然人(我々通常の人間)とは異なるもので、法律上のフィクションとして、権利・義務の主体となりうる、とされたものです。

例えるなら、生身の体をもたないが、法律上の人格を与えられた
「バーチャル(仮想上の)人間」
です。

2 企業の統治秩序の確立

企業は、自然人と違い、生身の体をもたない、法律上のフィクションとして人格を与えられた人の集団(社団)か財産の集合体(財団)であり、それ自体意思をもたない存在ですので、適当な方法で意思を決定し、また、その決定した意思の内容を誰か適当な自然人(代表者)を通じて
「法人の意思」
として表明してもらわなければなりません。

無論、法人の代表者を誰にするか、ということについても、適当な方法で決定しておかなければなりません。

このように、企業においては、代表者を決めたり、その意思内容を決めたり、という統治秩序を確立するための活動(ガバナンス)が必要になります。

3 企業活動(経営資源の調達・運用・廃棄)

経営の基本方針やこれを実現する代表者や執行者が決まって、内部統治体制(ガバナンス)が整った企業は、次の段階として、経営資源を調達し、あるいは調達した経営資源を活用する、という活動に移行します。

ここにいう経営資源とは、よくいわれる、ヒト(労働力)・モノ(設備や原材料)・カネ(資金)のほか、第4の経営資源といわれるチエ(技術・情報・ブランド)が挙げられます。

すなわち、企業は、資本を募ったり融資を得たりしながら資金を調達し、集めた資金で労働者を雇い入れたり設備や原材料を購入し、これらを活用して製品や商品を作り出したりサービス提供体制を整えたりします。

さらに、研究開発や情報収集を通じ、技術、ノウハウやブランドを創造・確立するとともに、企業経営の様々な局面でこれらを活用していきます。

このように、企業は、さまざまな経営資源を調達・活用しながら、
「製品」・「商品」

「サービス提供体制」
という形で、企業内部に
「一定の価値(企業がその営みに基づき生み出した独自の価値です)」
を創出し、蓄積していくことになります。

ただし、
「一定の価値を創出し、企業内部に蓄積する」
というだけでは企業活動としては不完全といえます。

4 「内部付加価値を実現する活動」としての営業活動

企業は、次の段階として、自己の内部に蓄積した
「一定の価値」
をキャッシュに転化させるための活動を行うことになります。

「自己の内部に蓄積した『一定の価値』をキャッシュに転化させる」
という企業の生態ないし活動は、一般的に営業活動と呼ばれます。

営業活動によって、
「商品等がカネに転化し、そのカネが再び、経営資源として活用される」
というサイクルが生まれ、この循環的な生態を繰り返すことにより、企業は継続して発展していくことになるのです。

ところで、営業活動は、営業ターゲットの属性によって、B2BB2Cの2種に分類されます。

B2Bとは、“Business to Business”の略称であり、企業間取引、あるいはコーポレートセールス(ホールセール)を指します。

これに対して、B2Cとは、“Business to Consumer”の略称であり、消費者向営業、あるいはコンシューマーセールス(リテール)を指します。

このような分類がなされるのは、上記2種の営業は、採用される戦略・戦術も、債権管理や回収のリスクの有無についても、活動の上で服すべき規制も、まったく異なることに基づきます。

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01697_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)8_法は「日本語」ではない(後)

2 民法の「善意」の意味

大学等で民法を学ぶと、かなり最初の方に勉強する、
94条「虚偽表示」
という条文があります。

かつては、通謀虚偽表示といわれた条文でしたが、通謀性が欠如する虚偽表示をも取り込む趣旨から、最近では、
「通謀」
が取れて、単に
「虚偽表示」
と呼ばれるようになった条文です(私個人としては、「相手方と通じてした」という文言が入っている以上、「通謀」が取れるのはしっくりこないですが)。

民法94条(虚偽表示)
1項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2項 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

虚偽表示やら通謀虚偽表示などと聞くと、犯罪の匂いがぷんぷんする、邪悪でダーティーでデンジャラスでスキャンダラスな状況のような印象を受けますが、ざっくり言えば、
「なんちゃって契約をした」、
すなわち、お互い本気ではなく、形で契約をしたことにした、という話で、よくあるといえば、よくある話です。

この
「なんちゃって契約」
をする理由としては、いろいろあり得ます。

ウソも方便といいますが、いいカッコをしようとした、体裁を繕うため、信用を増強しようとした、話の整合性を作るため暫定的な演出として、というライトなものから、債権者に貧乏なフリをするため、離婚協議中の妻に見つかったり取られたりしないように、差押えを免れるため、税務署に見つからないように、と犯罪的なものまで、様々です。

「なんちゃって契約」
を行った動機が正しいか、許容範囲か、悪質か、犯罪的かはさておき、民法の世界の話でいうと、この契約の効力、すなわち、法的に拘束力を認めるかどうかという点については、1項に書いてあるとおり、無効です。

だって、
「なんちゃって」
ですから。

ウソですから。

本気じゃないですから。

 こんなものを裁判に持ち込んで、契約どおり義務を果たせ、なんてやられても、困っちゃいます。

   厄介なのは、2項です。

 「前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」ここの「善意」ってなんなんでしょ。この日本語を言葉通り受け取っていいんでしょうか?

   ここで、ケースをみてみましょう。

船越英太郎(ふなこしえいたろう)は、妻との離婚紛争が激化する中、妻に内緒で購入した投資用のマンション1棟(時価約6億円)を、財産分与で取られないようにするため、友達の芳賀賢一(はがけんいち)に頼んで、
「離婚が成立するまで暫定的に芳賀名義にしておいて」
ということで、芳賀に売却した形にして、所有権移転登記も済ませた。

もちろんこれは二人の間では形だけの仮装の譲渡であった。

ところが、芳賀は、突然、身に覚えのない犯罪嫌疑を受けて弁護士費用が必要になり、また、その他、信用売買で投資していた株式が相場の急変で追証が必要になり、さらに、株価がどんどん下がり追い込まれたこともあり、急激にお金が必要になり、芳賀の“友人”に相談した。

船越→【通謀して名義を偽装】→芳賀→【芳賀名義で取引】→“友人”

<ケース1:”友人”が心根のやさしい根っからの善人で天使のような人間の場合>
芳賀の“友人”その1である笹井建介(ささいけんすけ)は、
「友達のためなら一肌も二肌も脱ぐ」
「義理人情が何より大切」
がモットーの、大きい体に優しい心をもつ、友達思いの根っからの善人である。
芳賀の窮状を聞いて、
「なんとかしてあげたい」
と思って、芳賀を助けるつもりで、
「返ってこなくてもいい」
と思い、芳賀に5000万円を貸した。
しかし、笹井の妻の晶子(あきこ)から
「ちょっと、あんた、何やってんのよぉ! 担保も取らずそんな大金貸してどうするの!」
と激怒され、最後はグーでパンチされるわ、ヘッドロックかけられるわ、喉輪をされて、
「ちゃんと返してもらうか、担保取ってきなさい! それまで家に入れないから」
と言われ、自宅から締め出されてしまった。
笹井は、芳賀に
「妻がうるさいので、なんでもいいから担保になるようなものを入れておいてくれ。土地でも不動産でも何でもいいから」
と懇請した。
芳賀が、船越から名義を移転されていた別荘のことを持ち出して説明すると、笹井は、
「とにかくそれなりの担保があればいいし、要するに、後でお金を返してくれて、担保の登記を消せば何も問題ないんだし」
と説得し、芳賀も
「船越から名義移転されているが、後できちんと承諾をするので、この別荘を抵当権を設定しておくよ」
といってマンションに抵当権を設定した。
そうしたところ、芳賀は有罪判決が確定し、また、破産宣告を受けて、返済は絶望的になり、笹井も妻から
「マンション競売かけてとっとと回収しなさい」
とこれまた連日うるさく言われる状況となった。

<ケース2:“友人”が狡賢くて冷酷で暴力的で阿漕でエゲツなさMAXの毒々しい悪魔のような商売人の場合>
芳賀の“友人”その2である浜田慎助(はまだしんすけ)は、名うての不動産屋。
パンチパーマに色付き眼鏡に関西弁にストライプのスーツ姿がトレードマーク。
そのモットーは
「安く買いたたいて、高く売る。困った奴から財産を合法的に巻き上げる」
というもの。
芳賀は、カネに困って、かつての飲み仲間であった浜田に相談したところ、
「タダで助けてくれとかナメたことぬかすな。お前、なんか不動産とかもってへんのか。不動産もってるんやったら助けたらんことはない」
と言われた。
芳賀は、船越から名義を移転されていたマンションを、船越との名義移転が仮装のものであることを言わずに
「自分名義の不動産ってのがあるにはありますが、とりあえずあるのはこれだけです」
と申し出た。
そうしたところ、浜田は、
「ええやないか。ええやないか。麻布のマンション1棟? 最高やないか。こういうマンションは絶対人が入る! 持って家賃収入で儲けるもよし、ころがして利益取るのもよし。わかった。これ買うたろ。そのかわり、3億5000万円や。それ以上出せん。てゆうか、お前カネないんやろ。贅沢言うてる場合ちゃうで。早よ決めんかいボケ。まあ、一応、来月までに4億円別に用意できるんやったら、4億円で買い戻す条項付けたってもええわ。まあ、お前なんか無理やと思うけどな。」
と言って脅すように迫り、芳賀も浜田の迫力にそのまま押し切られるようにして、売買を実行し、マンションの名義を浜田に移転してしまった。
そうしたところ、芳賀は有罪判決が確定し、また、破産宣告を受けて、返済は絶望的になった。

“友人”1の笹井と、”友人”2の浜田、どちらも民法94条2項の第三者として、本来の所有者である船越とのマンションの争奪戦が繰り広げられそうな展開ですが、肝心なのは、
「善意の第三者」
といえるかどうか。
天使の笹井と、悪魔の浜田、彼らは、「善意の第三者」として民法で保護されるのでしょうか?!

このケースにおいて、答えをいいますと、

心根のやさしい根っからの善人で天使のような人間である笹井は
「悪意の第三者」
として扱われ民法は一切保護してくれませんが、他方、
狡賢くて冷酷で暴力的で阿漕でエゲツなさMAXの毒々しい悪魔のような商売人の浜田は
「善意の第三者」
 として保護されます。

え?

心根やさしく友達思いのカタギの天使が「悪意の人」
で、
半分ヤクザのような阿漕な悪魔が「善意の人」
だって?

何か逆のような印象を受けるかも知れませんが、法律用語を日本語として日本の常識で読解したら、こういう間違いを犯します。

なぜなら、
「善意」とは特定の状況(船越と芳賀の売買が仮装かどうか)を知らないこと
を指し、
「悪意」とは当該状況を知っていること
を指すからです。

すなわち、連続殺人犯だろうかテロリストであろうが麻薬の常習犯であろうが暴力団の組長であろうが、
特定の状況を知らなければ当該状況について「善意」の人
になり、

ローマ法王だろうが、マザーテレサだろうが、ヘレン・ケラーだろうが、ノーベル平和賞受賞者だろうが、
特定の状況を知っていれば「悪意」の人
になる。

これが、民法という特殊で異常で非常識な世界における日本語なのです。

これを知らずに、法律を日本語として読もうとすると間違いを犯す可能性があります。

法律は、日本語で書かれていますが、特殊な言語によって書かれた特殊な文書(もんじょ)と考えて、翻訳をしながら使うべき必要がある、ということです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01696_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)7_法は「日本語」ではない(前)

1 会社法の「社員」の意味

法律、といってももちろん日本の法律ですが、これは日本語として、普通に理解していいのでしょうか? 

ここで、例をとって考えてみます。

滋賀県から東京の大学に進学し、東京で就活をしていたA子さんですが、希望の就職先が全滅で、夢破れて地元の滋賀に帰ってきました。

民間会社で適当なところがなかったので、1年かけて地方公務員試験を受験し、地元の役所を目指します。

とはいえ、1年間勉強だけでは食べていけないので、どこか適当なところに就職しようとして、実家の近くで昔から経営している自動車修理工場
「合名会社浅井自動車」
に無事公務員になれるまでの腰掛けとして就職することにしました。

このことを、
「地元の大学の法学部に通っている、とはいえ、あまり勉強もしておらず、法律のことをわかっていないが、口だけは一人前の弟」
に話したところ、
「お姉ちゃん、そんなところいったら大変な目に遭うで。合名会社の社員になるんやろ? ほら、みてみいや、この会社法の条文、

会社法
第576条2項 設立しようとする持分会社が合名会社である場合には、前項第五号に掲げる事項として、その社員の全部を無限責任社員とする旨を記載し、又は記録しなければならない。

第580条1項 社員は、次に掲げる場合には、連帯して、持分会社の債務を弁済する責任を負う。
一 当該持分会社の財産をもってその債務を完済することができない 場合
二 当該持分会社の財産に対する強制執行がその効を奏しなかった場合(社員が、当該持分会社に弁済をする資力があり、かつ、強制執行が容易であることを証明した場合を除く。)

東京でちゃんと勉強したん? これ、あかんのちゃう? あの浅井自動車、調子良さそうにみえるけど、先代社長がバブルのときに手出した駅前の学生用マンションの借金がまだ返せんみたいで、経営がだいぶしんどいみたいやで。ほら、この条文よう見てみいな。お姉ちゃん、そんな合名会社の社員なんかになったら、無限責任、連帯責任背負い込まされて、破産やで。へんな契約書とか内定誓約書とかサインしてへんやろな。すぐ断わって来たほうがええで」

A子さん、
「来週から合名会社の社員になって働きます」
という誓約書にサインしたばかりで、顔が真っ青になり、慌てて、撤回しに浅井自動車に向かって走り出していきました。

ところで、この弟くんの話、そのとおりなんでしょうか?

確かに、持ち分会社である合名会社の社員は
「無限連帯責任を負う」
なんてことが、バッチリ会社法に書いてある。

すぐさま、合名会社浅井自動車の内定を取り消してもらい、 こんな危ない会社の危ない責任を背負い込まされない、危険きわまりない
「社員」
になろうとした痕跡を、さっさと、きれいさっぱり消してしまうべきでしょうか??

いえいえ、まったくその必要性はありません。

この
会社法でいう「社員」
とは、従業員という意味ではないからです。

この
会社法の「社員」
は、出資持分(オーナーシップ)をもつオーナー(共同オーナー)という意味だから、出資をしていない従業員は、会社が潰れようが、債権者として未払い賃金を要求する立場にあっても、一切会社の債務について責任を負うことはありません。

極めて紛らわしい言葉の使い方ですが、
会社法の言葉は、日本語ではありません。

会社法という
「特殊文学」というか、
「特異で奇っ怪な読み物」というか、
「日本語を使った特殊暗号文」の世界では、
日本語や日本人の常識や普通の言い回しは通用しないのです。

ちなみに、平成17年に改正された会社法ですが、以前は、カタカナ混じりの古色蒼然たる文語体で書かれており、一見して古文書か何かと見紛うばかりであったことを改善しようと、
「現代社会にふさわしいわかりやすい言葉にフルリフォームした」
という触れ込みで登場したものです。

ですが、
「社員」が「従業員」を意味しない、特殊言語を使う
ことからしても、やはり、
「会社法は日本語ではない」
という状況は変わっていません。

要するに、
「法律を日本語として読もうとするのが間違いなのであって、特殊な言語によって書かれた特殊な文書(もんじょ)と考えて、翻訳をしながら使うべき必要がある」
ということです。

日本語で書かれていて、一見すると、普通に日本語を読解できれば、読んで理解して何とか対処できそうな気がするが、特殊な知識をもって、意味翻訳しながら読まないと、誤解する危険性がある代物。 これが法律のもつ闇です。

まさしく、
“げに恐ろしきは法律かな”
といえるかと思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01695_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)6_法が非常識であり、法と倫理は別物であること(後)

2 「法」の世界~客観的ルールが整備され、自由が保障された世界~(承前)

適正手続の保障を定めた憲法31条
「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」
についてみてみましょう。

この条文は、カタギの方にはほとんど縁がなく、
「チエのある厄介者」
が頻繁に使うものです。

全国の組織的自由業者の方々にとっては、強い味方であり最も使える武器と考えられているかもしれません。

以下のようなケースをみてみましょう。

霞が関で、棒状の凶器により某官庁に勤める公務員が撲殺される通り魔事件が起きた。
警察は、犯人捜索のため、緊急配備を行った。
丸の内線の霞が関駅入り口近くで、人相が悪く、パンチパーマで、サングラスをかけ、雪駄履きで、ガニマタで、バットケースのようなものを背負いながら、携帯電話をしながら関西弁で大声で話ながら歩いている男がいた。
不審に思った警察官がバットケースのようなものの中身を見せろ、と言ったところ、男は、
何じゃい、こら。ポリスの分際で、邪魔するんかい。わしは 忙しいんや。そこ通さんかい。何?このケースを見せろ、てか。おんどりゃ、それ命令しとんか。イヤじゃ、ぼけ。見たかったら、令状もってこんかい
といった。
警察官は、この、
「生意気で、非常識で、見るからに反倫理的で、明らかに不審で犯罪臭のプンプンする、舐め腐った男」
を取り押さえて、バットケースを取り上げ、中身を検めた。

1)ケース1:バットケースから血糊がべったりついたバットが出てきた場合
バットケースから血糊がべったりついたバットが出てきた。
しかし、男は、この状況の説明をせず、一切沈黙と貫いている。
このバットを証拠にこの男に罪を問うことに特段の障害はないだろうか?

2)ケース2:バットケースから出てきたのが問題のないバットで勘違いだった場合
バットーケースから出てきたのは、血糊など一切ついておらず、丁寧に包装された王貞治選手の700号ホームランを打ったときのバットで、数百万円もの価値をもつものであったが、取り押さえる際に無残に折れてしまい、また、この男は取り押さえた際に頭を打ち、死亡した。
遺族は、取り押さえた警察官を告訴するとともに、国家賠償請求を検討しているが、これは認められるであろうか?

法は、ときに、
「手続的正義のためであれば、結果として、実体的不正義を容認するのもやむを得ない」
という判断をすることもあります。

例えば、違法収集証拠排除法則という理屈があります。

これは
「刑事事件の捜査の過程で、証拠の収集手続が違法であったとき、起訴され、裁判となって、犯罪事実の認定においてその証拠を使おうとしても、証拠としては使えない(証拠能力が否定される)」
という刑事訴訟法上の法理です。

刑事訴訟法には記載がありません(非供述証拠について明文規定はない)が、憲法31条に基づき、判例によって採用された法理です。

前記事例においては、バットケースをもった男の言っている内容(「見たかったら、令状もってこんかい」)は、まさしくそのとおりであり、警察官の行為は、違法行為です。

令状が必要な状況であるにもかかわらず、令状もなく、いきなり逮捕や捜索することは、たとえ、それが制服を着た警察官がやっていたとしても、単なる、拉致監禁行為であり、住居侵入・窃盗行為であり、れっきとした違法行為であり、犯罪行為です。

事例1は、訴追側において、違法収集証拠排除法則によって証拠能力が否定されるリスクが発生しますし、
事例2については、国家賠償請求訴訟や刑事告訴も十分な根拠と理由のあるものと判断処理される可能性が濃厚です。

このように、法は、決して
「窮屈で厄介で人生を不自由にするようなもの」
ではなく、むしろ、
「書いてなければ何をやってもいい」
という逆説的なメッセージを通じて、自由を愛し、道徳や常識に縛られず自由に生きる人間を保護し、その強い味方となります。

反面、法は、不正義・不道徳・反倫理・非常識に対して、比較的寛容であり、
「健全な道徳と倫理観をもつ、秩序を愛する道徳人」
に対して極めて不愉快に作用することも往々にあります。

したがって、法の世界では、
「そんな非常識な」
「そんなバカな」
「そんなことありえない」
という結論が数多く導かれますし、非常識で、不道徳で、反倫理的と思わざるを得ない結果を導きかねない、危険でダークな側面を有している、ともいえるのです。

以上みてきたように、法律は、道徳や常識や倫理や社会秩序に反する結果を容認する、という意味で、
「げに恐ろしきは法律かな」
といえようかと思います。

3 倫理の世界~主観が幅を効かす、不自由で窮屈な世界~

倫理や道徳の世界ですが、法律家からみれば、不自由でデタラメな暗黒社会のように映ることもあります。

倫理の世界においては、
「人は、自由の前に、権利の前に、倫理を持つべきである」
という形で人を拘束し、人の自由が奪われることがあります。

そして、倫理は、あいまいで、実体が不明で、人によって、時代によって、変わります。

現代においては、お金を貸す際に金利をもらっても問題ありませんが、人を奴隷のように扱ったり、人身売買することは反倫理的とされます。

しかし、数百年前のヨーロッパにおいては、まったく逆でした。

すなわち、農奴等の奴隷が日常生活に溶け込む形で普通に存在する一方、金を貸す際に金利を受け取ることは、大きな罪とされました。

また、国家や社会が違えば、特定の独裁者を褒め称えないことは反倫理的で反道徳的であり、ときに、刑務所よりも過酷な収容施設に送り込まれるような重大な罪を構成することもあります。
「反革命罪」
「帝国主義的堕落思想」
「ボリシェビキ的腐敗」
「不敬罪」
「帝国軍人としてあるまじき行為」
「反キリスト的行い」
「悪魔崇拝」
「公務員としてあるまじき非行」

いずれも、どんな行為がこれに該当するかさっぱり不明で、気分と印象によって適当に決められた挙げ句、非常に厳しいペナルティが課せられます。

これも、道徳や倫理や常識や秩序といったものの怖さです。

「げに恐ろしきは法律かな」
とは言いましたものの、それよりも怖いのは、
道徳や倫理や常識や社会秩序といった、得体の知れない、具体性がなく、人によって、時代によって、社会によって融通無碍に形も中身も変えて、人を縛り付け、自由を奪うもの
なのかもしれません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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